大村 美根子(おおむら みねこ、1947年10月13日 - … 大村 美根子(おおむら みねこ、1947年10月13日 - 2005年1月 )は、日本の翻訳家。北海道札幌市生まれ。東京女子大学英米文学科中退。 浅倉久志が中心となって、翻訳家の交流会「エイト・ダイナーズ」が、小尾芙佐、深町眞理子、大村美根子、山田順子、佐藤高子、鎌田三平、白石朗というメンバーで行われていた。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
高山 宏(たかやま ひろし、1947年10月8日 - )は、… 高山 宏(たかやま ひろし、1947年10月8日 - )は、日本の英文学者、翻訳家、評論家。旧・東京都立大学(首都大学東京)教授、大妻女子大学教授などを歴任。専門は17・18世紀を軸とする英文学で、美術史、表現芸術の文化史の著作・翻訳を多数刊行している。 岩手県生まれ、高知県育ち。生来の弱視(黒サングラスと眼鏡を併用)。 東京大学文学部英文科を卒業、同大学院人文科学研究科修士課程修了。東大大学院ではメルヴィルの『白鯨』で修士号を取得。博士課程には進まず、東大教養学部外国科助手となる。青土社の月刊誌『ユリイカ』の常連寄稿者になるとともに、旧・東京都立大学助教授、教授、首都大学東京都市教養学部教授を経て、明治大学国際日本学部教授、2014年より大妻女子大学比較文化学部教授。
真崎 義博(まさき よしひろ、1947年9月23日-)は、日… 真崎 義博(まさき よしひろ、1947年9月23日-)は、日本の翻訳家。 1960年代後半、明治大学文学部英米文学科在学中に「ボロディラン」の名でシンガーソングライターとして活動。1972年から翻訳家として活躍。 東京都生まれ。1960年代、中学生の頃からジャズ喫茶に入り浸り、ジョン・コルトレーンを知る。 明治大学在学中、カレッジフォーク全盛の東京で、高田渡、遠藤賢司、南正人、金子章平(後に音楽プロデューサーとして活躍)らと東京で「アゴラ」という日本語のフォーク・ソングのチームに参加。1968年8月に京都で行われた第3回フォークキャンプに「ボロディラン」の変名で出演した。単独で「いやなおまえ」、「カラス」、金延幸子と「アリス」を歌い、その音源がレコード化、CD化されている。
清水 憲男(しみず のりお、1947年9月19日 - )は、… 清水 憲男(しみず のりお、1947年9月19日 - )は、日本のスペイン語・スペイン文学者、翻訳家。上智大学名誉教授。 静岡県生まれ。上智大学外国語学部イスパニア語科卒、同大学院言語学修士課程修了、1976年マドリード大学文学博士。上智大学外国語学部助教授、教授、2009年名誉教授、サラマンカ大学客員教授、早稲田大学教授をへて退任。
冨山 太佳夫(とみやま たかお、1947年9月5日 - )は… 冨山 太佳夫(とみやま たかお、1947年9月5日 - )は、日本の英文学者、翻訳家。青山学院大学名誉教授。立正大学文学部文学科(英語英米文学専攻コース)元教授。専門はヴィクトリア朝小説を中心とした英文学および文化研究。文学理論や現代思想、歴史研究にも造詣が深い。 父は税理士の冨山實。 鳥取県西伯郡日吉津村出身。鳥取県立米子東高等学校を経て、東京大学文学部英文学専修課程卒業。1973年同大学院修士課程修了、同大助手、お茶の水女子大学専任講師・助教授、成城大学助教授・教授を経て2001年青山学院大学文学部英米文学科教授。2016年退職、名誉教授、立正大学文学部教授、2018年退職。 1993年、『シャーロック・ホームズの世紀末』で芸術選奨新人賞、2004年、『書物の未来へ』で毎日書評賞受賞。
寺田 光徳(てらだ みつのり、1947年9月 - )は、日本… 寺田 光徳(てらだ みつのり、1947年9月 - )は、日本のフランス文学者、翻訳家。熊本大学名誉教授。 19世紀フランス文学、疾病の研究を行う。 静岡県生まれ。東京都東大和市在住。 1974年大阪市立大学仏文科卒、1981年同大学院博士課程満期退学、弘前大学助教授。2002年熊本大学教授。2013年4月より熊本大学名誉教授。 1998年「跳梁するシフィリス 十九世紀文学における梅毒神話をめぐって」で大阪市大文学博士。
白崎 容子(しらさき ようこ、1947年8月22日 - )は… 白崎 容子(しらさき ようこ、1947年8月22日 - )は、日本のイタリア文学者、翻訳家。元慶應義塾大学文学部教授。 1947年、東京都生まれ。1970年に東京外国語大学イタリア語科を卒業。同大学院に進み、1974年に博士課程中退。1985年より武蔵野音楽大学専任講師となり、1998年慶應義塾大学文学部助教授。2002年に教授昇進。2013年、慶應義塾大学を定年退職した。
水上 はるこ(みなかみ はるこ、1947年8月16日 - )… 水上 はるこ(みなかみ はるこ、1947年8月16日 - )は、元雑誌編集者、音楽評論家、翻訳家。本名非公開。 愛媛県生れ、山口県下関市で育つ。1966年、山口県立下関南高等学校卒業後、新興楽譜出版社(現シンコーミュージック・エンタテイメント )に入社。1966年5月、音楽雑誌「ミュージック・ライフ」編集部に配属された。そのタイミングで来日したビートルズのコンサートをすべて見て、コンサート評を書いた。当時の編集長は星加ルミ子だったが、水上はボブ・ディランやジャニス・ジョプリンなどを好み、星加編集長の「そんな記事を書いても雑誌は売れない」というポリシーと対立し、3年後に一度、会社を辞めている。高校時代にはフォーク・ソングにも興味をもち、ギターを弾いて歌っていた。
木村 由利子(きむら ゆりこ、1947年7月17日 - )は… 木村 由利子(きむら ゆりこ、1947年7月17日 - )は、日本の児童文学の翻訳家。 大阪府大阪市出身。1970年、大阪外国語大学デンマーク語学科卒業。公務員を三ヶ月務めたのちデンマーク文部省の奨学金をえて1971年にかけてコペンハーゲン大学に留学。帰国後、大阪外国語大学非常勤講師を務め、北欧三国及び英米の児童書、小説の翻訳家となる。宝塚ファミリーランド主催の「宝塚ファミリーランド・デンマークチボリガーデン提携記念童話コンクール」の選考委員を務めた。近年はモンゴメリなどの新訳、北欧の推理小説の翻訳も手がける。
荒俣 宏(あらまた ひろし、1947年7月12日 -)は、日… 荒俣 宏(あらまた ひろし、1947年7月12日 -)は、日本の博物学研究家、図像学研究家、小説家、収集家、神秘学研究家、妖怪評論家、翻訳家、タレント。元玉川大学客員教授、武蔵野美術大学造形学部客員教授、サイバー大学客員教授、京都国際マンガミュージアム館長、日本SF作家クラブ会員、世界妖怪協会会員。 日本大学藝術学部芸術研究所教授なども歴任している。翻訳家としての筆名に団 精二(だん せいじ)を用いていた。また、雑誌『BOOKMAN』における筆名に本野 虫太郎を用いていた。 東京都出身。中学生にして平井呈一に弟子入りし、平井と交流していた紀田順一郎を紹介されさらに兄事した。幻想小説や怪奇小説に魅かれ、野村芳夫と同人誌を発行するとともに、鏡明と国外作品の翻訳に取り組み、ハワード・フィリップス・ラヴクラフトやロバート・E・ハワードらの作品を手掛けた。
中江 昌彦(なかえ まさひこ、1947年6月11日- )は、… 中江 昌彦(なかえ まさひこ、1947年6月11日- )は、翻訳家。 東京都出身。慶應義塾大学経済学部卒。トリオ・レコードのレコード・ディレクターを経て、翻訳を始める。ブレット・イーストン・エリスなど小説のほか、ロック関係の翻訳が多い。 母は中江泰子、祖母は料理研究家の中江百合、女優の東山千栄子は大伯母。
矢崎 節夫(やざき せつお、1947年5月5日 - )は、日… 矢崎 節夫(やざき せつお、1947年5月5日 - )は、日本の児童文学作家、童謡詩人、翻訳家。金子みすゞ記念館館長。 会社員の父の長男として東京都文京区の後楽園球場近くで生まれる。童謡の好きな母親、詩の好きな小学校教諭の影響で小学4年から詩人を志す。 早稲田大学卒。詩誌『ピアノとペン』に童謡を発表。絵本、童話、子供向け伝記などを書く。 1975年『二十七ばん目のはこ』で児童文芸新人賞受賞、1982年『ほしとそらのしたで』で赤い鳥文学賞受賞。童謡詩人金子みすゞの全作品を発掘、[要出典]『金子みすゞ全集』を編纂し、1984年日本児童文学学会特別賞受賞、1993年『童謡詩人 金子みすゞの生涯』で日本児童文学学会賞受賞、1994年日本童謡賞特別賞受賞。
金坂 清則(かなさか きよのり、1947年5月 - )は、日… 金坂 清則(かなさか きよのり、1947年5月 - )は、日本の地理学者、翻訳家。京都大学名誉教授。主な研究分野は、都市歴史地理学、地域構造、イザベラ・バード論。 富山県滑川市に生まれ、魚津市で育ったが、これはもともと大阪市西区に住んでいた一家が、富山県に疎開したため。その後、一時、尼崎市に住んだ後、大阪市住吉区に転居し、その間、尼崎市立園和小学校、大阪市立東粉浜小学校、大阪市立住吉中学校に学んだ。1966年に大阪府立住吉高等学校を卒業し、京都大学文学部に入学、1970年に史学科人文地理学専攻を卒業、大学院に進んで1975年に京都大学大学院文学研究科地理学専攻博士課程を単位取得退学した。 1975年福井大学教育学部講師、1976年助教授、1987年大阪大学教養部助教授、1993年教授、1994年文学部教授。
河合 信和(かわい のぶかず、1947年4月13日 - )は… 河合 信和(かわい のぶかず、1947年4月13日 - )は、日本の科学ジャーナリスト、翻訳家。自費出版専門の出版社・株式会社リブパブリ代表。 千葉県生まれ。北海道大学薬学部卒業、朝日新聞社に入る。同出版局勤務のかたわら、人類学・考古学についての著作、翻訳をおこなう。
鎌田 三平(かまた さんぺい、1947年4月2日 - )は、… 鎌田 三平(かまた さんぺい、1947年4月2日 - )は、日本の翻訳家、文芸評論家、作家。 本名は瀧田英雄 (たきた ひでお)。 千葉県出身。3 - 4歳から大田区蒲田で暮らし、のちのペンネームの由来となった。 1971年に明治大学文学部英文科卒業。1972年に、早川書房入社。「ハヤカワ・ノベルズ」などの編集を担当するかたわら、「ハヤカワ・ミステリ・マガジン」に冒険小説のコラムを執筆。瀧田 英雄名義での短編の翻訳もある。宮田 洋介も鎌田の別名義。 1979年、早川書房退社、翻訳家に専念。主にSF、冒険小説の翻訳を行う。また、評論、創作も手がけた。1988年には、システムサコムから発売されたノベルウェア(「パソコンで読む小説」と銘打ったアドベンチャーゲーム)『シャティ』の原作を書いている。
山本 やよい(やまもと やよい、1947年3月26日 - … 山本 やよい(やまもと やよい、1947年3月26日 - )は、日本の翻訳家。筆名に長谷川 まや(ハセガワ マヤ) 。日本翻訳家協会会員。 岐阜県生まれ。1971年、同志社大学文学部英文科卒。英語の家庭教師を経て結婚。バベル翻訳学校で小泉喜美子、中田耕治のクラスで学ぶ。清水俊二の下訳をへて、1981年、『ミステリマガジン』にジャック・リッチー「カメリアの香り」翻訳を掲載してデビュー。 代表作、サラ・パレツキーのヴィク・シリーズ、ピーター・ラヴゼイ作品他、ミステリの訳書多数。
佐々田 雅子(ささだ まさこ、1947年3月14日 - )は… 佐々田 雅子(ささだ まさこ、1947年3月14日 - )は、日本の翻訳家。 三重県生まれ。立教大学文学部英米文学科卒。日本翻訳専門学院で、中村能三、常盤新平、柳瀬尚紀らに学ぶ。35歳から翻訳家として独り立ちし、トルーマン・カポーティ『冷血』の新訳を行った。ハードボイルド小説を多く訳している。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・作詞家・作家・放送作家・随筆家(コラムニスト)・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ:作家)。
桑原 真夫(くわばら まさお、1947年3月 - )は、日本… 桑原 真夫(くわばら まさお、1947年3月 - )は、日本の詩人、スペイン・ガリシア文学研究者、翻訳家。本名・中西 省三。 所属は日本イスパニア学会、スペイン史学会、日本観光研究学会、京都セルバンテス懇話会。 広島県福山市鞆の浦生まれ。広島大学附属福山高等学校、北海道大学経済学部卒。三井銀行に入行後、ブリュッセル、マドリッド、ロンドン等ヨーロッパに約14年駐在。のち赤福相談役。
中務 哲郎(なかつかさ てつお、1947年2月24日 - )… 中務 哲郎(なかつかさ てつお、1947年2月24日 - )は、日本の西洋古典学者、古代ギリシア文学研究者、翻訳家。京都大学名誉教授。 大阪府大阪市生まれ。大阪府立天王寺高等学校卒、1969年京都大学文学部西洋古典学卒、1975年同大学院西洋古典学博士課程満期退学。松平千秋門下生、岡道男や藤縄謙三の指導も受けた。1975-1979年京都大学文学部助手、1980年京都産業大学専任講師、1984年助教授、1987年京大文学部助教授、1994年「古代説話研究」で京大文学博士、同年教授となった。2010年定年により名誉教授。同年6月より日本西洋古典学会委員長(第10代、2016年6月まで)。 2014年に『ヘシオドス 全作品』の訳により第65回読売文学賞(研究・翻訳賞)受賞。
相原 真理子(あいはら まりこ、1947年2月22日 - 2… 相原 真理子(あいはら まりこ、1947年2月22日 - 2010年1月29日 )は、日本の翻訳家。 ライトノベル作家の相原真理子(1963年 - )は別人。 東京都生まれ。慶應義塾大学文学部英文科卒業。卒業後すぐに結婚し2児をもうけるが、翻訳教室に通い『リーダーズ・ダイジェスト』の翻訳者となる。1982年から翻訳を刊行し始め、1986年に『リーダーズ・ダイジェスト』が廃刊になると独立して翻訳に専念、推理小説、実用書などを訳すようになる。パトリシア・コーンウェルや日本でのターシャテューダーの私生活と庭づくりブームのきっかけとなった初の邦訳の訳者として知られる。2010年1月29日、心不全のために自邸にて死去。
宇田川 悟(うだがわ さとる、1947年2月7日- )は、日… 宇田川 悟(うだがわ さとる、1947年2月7日- )は、日本の料理評論家、写真家、翻訳家。 東京都出身。早稲田大学政経学部政治学科卒。フランスの社会・文化・食文化に詳しい。 フランス政府農事功労章シュヴァリエを受章、ブルゴーニュワインの騎士団、シャンパーニュ騎士団、コマンドリー・ド・ボルドー、フランスチーズ鑑評騎士の会などに叙任。
今村 葦子(いまむら あしこ、1947年1月20日 - )は… 今村 葦子(いまむら あしこ、1947年1月20日 - )は、日本の児童文学作家、翻訳家。 熊本県球磨村生まれ。武蔵野美術短期大学卒。 1986年『ふたつの家のちえ子』で野間児童文芸推奨作品賞受賞、作家デビュー。同作で坪田譲治文学賞受賞、芸術選奨新人賞、1988年同作と『良夫とかな子』『あほうどり』で路傍の石幼少年文学賞、1991年『かがりちゃん』で野間児童文芸賞、『ぶな森のキッキ』で絵本にっぽん大賞、1993年『まつぼっくり公園のふるいブランコ』でひろすけ童話賞受賞。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
浅野 敏夫(あさの としお、1947年 - 2012年4月)… 浅野 敏夫(あさの としお、1947年 - 2012年4月)は、日本の英文学者、翻訳家。 1970年茨城大学文理学部英文学科卒業。シオン短期大学教授、茨城キリスト教大学教授。現代アメリカ文学専攻。
鳥取 絹子(とっとり きぬこ、1947年 - )は、日本の翻… 鳥取 絹子(とっとり きぬこ、1947年 - )は、日本の翻訳家、評論家。 富山県生まれ。お茶の水女子大学家政学部食物学科卒業後、柴田書店勤務。1972年から1974年パリ滞在。帰国後、翻訳家およびジャーナリスト。
菊地 浩司(きくち こうじ、1947年 - )は、字幕翻訳家… 菊地 浩司(きくち こうじ、1947年 - )は、字幕翻訳家、日本語版制作・音響制作会社ACクリエイトの創業者であり、元 代表取締役 会長・現 相談役、映画翻訳家協会会員。東京都出身。学習院大学法学部卒業。現在活躍中の字幕翻訳家の中では、戸田奈津子に次ぐキャリアの持ち主。アクション、ホラーものを中心に幅広く手がける。代表作は『ロボコップ』シリーズ、『スタンド・バイ・ミー』、『セブン』、『スパイダーマン』シリーズ、『アラジン』など。『13日の金曜日』シリーズも多く担当しているが、本人はホラーが苦手だという[要出典]。戸田とは友人。弟子に石田泰子、林完治、栗原とみ子、税田春介などがいる。 現在活躍中の字幕翻訳者の中でも、かなり波乱万丈の人生を歩んできた人物である。
菅 靖彦(すが やすひこ、1947年 - )は、日本の翻訳家… 菅 靖彦(すが やすひこ、1947年 - )は、日本の翻訳家、自己啓発書作家、トランスパーソナル心理学者。岩手県花巻市生まれ。国際基督教大学人文学科卒業。日本トランスパーソナル学会顧問。別名・神宮寺祥。数多くの自己啓発書、翻訳を刊行している。
菅野 彰子(すがの あきこ、1947年 - )は、翻訳家。 … 菅野 彰子(すがの あきこ、1947年 - )は、翻訳家。 東京生まれ。国際基督教大学卒業。ポルノ小説、ポピュラー音楽の評論の翻訳を主とする。
賴 明珠(らい めいしゅ、ライ・ミンチュー、1947年 - … 賴 明珠(らい めいしゅ、ライ・ミンチュー、1947年 - )は、台湾の女性翻訳家である。日本の小説家村上春樹の繁体字翻訳で知られる。1969年に国立中興大学農経系を卒業し、研究助手を務めた後、コピーライターになり、不動産の広告企画の仕事に携わった。1975年から1978年に日本へ留学し、千葉大学園芸学部農業経済研究室に在籍、指導教員は鈴木忠和教授であった。 賴明珠は台湾の出版界に村上春樹をもたらし、当時の彼女の翻訳による出版の最初の作は中編小説『1973年のピンボール』と短編小説「4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」である。後に台湾の故郷出版社が翻訳集団の劉惠禎、黃琪玟、傅伯寧、黃翠娥、黃鈞浩を通じて先を越して『ノルウェイの森』上中下巻を出し、1989年に、村上春樹旋風を引き起こした。
前田 和男(まえだ かずお、1947年 - )は、日本のノン… 前田 和男(まえだ かずお、1947年 - )は、日本のノンフィクション作家、翻訳家、実業家、選挙参謀。 東京都生まれ。芝中学校・高等学校卒。東京大学農学部農業経済学科卒。在学中は全共闘に関わり、一時は過激派にも加入した。東京大学卒業後は、左派系出版社やバーなどの職を転々とした。日本読書新聞勤務をへて、企画会社「同文社」を経営。 2001年千葉県知事選、2002年参議院千葉補選で若井康彦、2003年総選挙大阪選挙区で辻恵と、立候補者の選挙参謀を務め、2007年都知事選では浅野史郎の勝手連として活動する。 路上観察学会事務局。資生堂化粧文化研究会会員。
田口 孝夫(たぐち たかお、1947年 - )は、日本の英文… 田口 孝夫(たぐち たかお、1947年 - )は、日本の英文学者、翻訳家。大妻女子大学名誉教授。専門はエリザベス朝の文学。 埼玉県生まれ。1971年東京教育大学英文科卒、1974年同大学院修士課程修了。大妻女子大学文学部英文学科講師、1983年助教授、 1993年教授。2011年から2015年英文学科長、2016年から2018年大学院言語文化学専攻修士課程主任。2020年名誉教授。シェイクスピア研究において、優れた業績を残す。
さくま ゆみこ(作間 由美子、1947年 - )は、日本の翻… さくま ゆみこ(作間 由美子、1947年 - )は、日本の翻訳家。日本国際児童図書評議会(JBBY)理事。 東京都出身。東京都立大学人文学部仏文科卒業。出版社勤務、フリーの編集者、玉川大学大学院英米文学科講師、白百合女子大学児童文化学科講師、青山学院女子短期大学子ども学科教授(2016年退官)などを経て、現在は翻訳家。 1999年『もうひとつの「アンネの日記」』で第46回産経児童出版文化賞・大賞受賞。著書に『エンザロ村のかまど』(福音館書店)、『どうしてアフリカ? どうして図書館?』(あかね書房)、『明日の平和をさがす本』(共著、岩崎書店)など。 訳書は、絵本からYA小説、研究書に至るまで230点を超える。
行方 均(なめかた ひとし、1947年 - )は、日本のアメ… 行方 均(なめかた ひとし、1947年 - )は、日本のアメリカ文学者、翻訳家。首都大学東京名誉教授。 1976年明治大学大学院修士課程修了。東京都立短期大学助教授、教授、首都大学東京教授。2012年3月退官、首都大学東京名誉教授。アメリカ黒人文学、都市伝説などを研究、翻訳する。
金容権(キム・ヨングォン、1947年 - )は、岡山県倉敷市… 金容権(キム・ヨングォン、1947年 - )は、岡山県倉敷市出身の在日韓国人で翻訳家・著作家。韓国語・韓国史などの著書が多い。 早稲田大学第一文学部卒業。韓国の劇画を日本で初めて紹介。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
村松 潔(むらまつ きよし、1946年12月1日 - )は、… 村松 潔(むらまつ きよし、1946年12月1日 - )は、日本の翻訳家(英仏文学)。 東京都江東区生まれ。臨海小学校卒。深川第三中学校卒。東京都立両国高等学校卒。 1971年 国際基督教大学教養学部 卒業。5年間フランスに留学、パリ大学でフランス現代文学を学ぶ。1974年 パリ大学3大学院 現代仏文学専攻修士課程修了。 1993年に訳出した『マディソン郡の橋』はベストセラーになった。マティソン郡の橋の売上が頭打ちになっていた1993年、11月14日の「関口宏のサンデーモーニング」に取り上げられ一気に注文が来たという。
池上 千寿子(いけがみ ちずこ、1946年11月21日 - … 池上 千寿子(いけがみ ちずこ、1946年11月21日 - )は、日本の女性史家、性科学者、文筆家、翻訳家。 北海道生まれ。1965年に東京教育大学附属高等学校(現・筑波大学附属高等学校)卒業。1969年東京大学教養学部教養学科アメリカ科卒業。 育児雑誌編集長、1972年『アメリカ女性解放史』を刊行、1982年ハワイ大学環太平洋性・社会研究所研究員、『シングル・マザー』を刊行し、この言葉を広めた。 フェミニスト的な著書などを刊行したのち、1992年「HIVと人権・情報センター」東京支部代表、東京都エイズ専門家会議委員。 1994年エイズ予防啓発団体「ぷれいす東京」代表(のちNPO)、日本性教育協会理事、2000年厚生労働省エイズ対策研究事業主任研究者、慶應義塾大学非常勤講師、厚生科学審議会感染症分科会エイズ専門委員、厚生労働省エイズ発生動向調査委員会委員。
小林 宏明(こばやし ひろあき、1946年9月28日 - 2… 小林 宏明(こばやし ひろあき、1946年9月28日 - 2025年1月29日)は、日本の翻訳家、エッセイスト。東京都三鷹市生まれ。本名・宏昭。 毎日放送(TBS系)の連続ラジオドラマ『ゴールデン・ボーイ長嶋物語』の主役一般公募に合格し、子役として、立教大学から読売巨人軍に入ったばかりの長嶋茂雄役を約2年演じた。 明治大学文学部英米文学科卒業。大学で出会った教授から文学雑誌の翻訳を依頼された後、翻訳エージェンシーを紹介され、そこで片岡義男と知り合う。 仕事の傍ら、ヒッピー文化やロック・シーンなどのアメリカ大衆文化を追いかけ、『ローリング・ストーン』日本版の翻訳などを手がける。相原真理子、東江一紀、八代登志江の勧めによる銃に関する著作もある。
井上 義夫(いのうえ よしお、1946年9月 - )は、日本… 井上 義夫(いのうえ よしお、1946年9月 - )は、日本の文芸評論家、イギリス文学研究者、翻訳家。一橋大学名誉教授。和辻哲郎文化賞受賞。 徳島県生まれ。徳島県立城南高等学校を経て、1969年一橋大学経済学部卒業、1974年一橋大学大学院社会学研究科博士課程中退。指導教官は増谷外世嗣。同年相模女子大学短期大学部専任講師、1976年助教授、1980年一橋大学法学部助教授、1983年から1985年ケンブリッジ大学客員研究員、1990年一橋大学教授、1998年から1999年、2000年から2002年評議員、2000年言語社会研究科長、2003年から2004年にウィーン大学客員教授。2010年一橋大学名誉教授、一橋大学大学院言語社会研究科特任教授、テクスト研究学会会長。
木幡 和枝(こばた かずえ、1946年7月26日 - 201… 木幡 和枝(こばた かずえ、1946年7月26日 - 2019年4月15日)は、日本の芸術評論家、アートプロデューサー、翻訳家。東京藝術大学美術学部先端芸術表現科名誉教授。新潟市民芸術文化会館アドバイザリー・プロデューサー。舞踊資源研究所管理責任者。 東京都生まれ。1965年、雙葉高等学校卒業。1969年、上智大学文学部新聞学科卒業。 同年から1973年まで、TBSブリタニカの編集者で、百科事典「世界子ども百科」編集長。工作舎+フォーラム・インターナショナルの編集者も務めた。後に、1978年に独立。 1970年代より美術、音楽、ダンスのプロデューサー。1981年、東京都中野区にある地下の先駆的パフォーマンススペースplan-Bの設立メンバー、実行委員。
中村 福治(なかむら ふくじ、1946年〈昭和21年〉7月2… 中村 福治(なかむら ふくじ、1946年〈昭和21年〉7月23日 - 2004年〈平成16年〉11月20日)は、日本の経営学者、文芸評論家、翻訳家。 大阪府生まれ。1969年小樽商科大学卒業、東北大学大学院修士課程修了。 1994年「北川宗蔵 創造の道をまっすぐに」で立命館大学博士(経営学)。立命館大学経営学部助教授、教授。58歳で死去。 野間宏などの文学における裏面の研究もおこなった。
村田 健司(むらた けんじ、1946年7月8日 - )は、日… 村田 健司(むらた けんじ、1946年7月8日 - )は、日本のバリトン歌手、翻訳家。 1966年、東京都立駒場高等学校音楽科を卒業。1969年、東京芸術大学音楽学部声楽科を卒業。声楽を中山悌一、古沢淑子、疋田生次郎、ジャック・ジャンセン、カミーユ・モラーヌに師事。1972年、二期会研究生修了。同年、フランス政府給費留学生としてパリ音楽院へ入学、1975年に帰国する。 1984年、「プーランクの歌曲」に対し文化庁芸術祭優秀賞を受賞。 オペラは1974年にフランス・リヨン・オペラ座のアペルギス「運命論者ジャック」でデビュー。 帰国後は西武劇場、三谷礼二プロデュースのモーツァルト「フィガロの結婚」の伯爵、日本オペラ協会、池辺晋一郎「死神」の早川、東京オペラプロデュース、ミヨー「オルフェの不幸」のオルフェ、藤原歌劇団、ヴァイル「マハゴニー」のビル、東京室内歌劇団、プーランク「ティレジアスの乳房」の亭主、青島広志「火の鳥」のヤマト・タケル等に出演。
今野 雅方(こんの まさかた、1946年6月12日 - )は… 今野 雅方(こんの まさかた、1946年6月12日 - )は、日本の教育者、翻訳家、哲学者。日本論文教育センターGlobe代表。ミュンヘン大学東アジア研究所専任講師、駿台予備学校論文科講師等。長年若い世代を主な対象とした論文教育を手がけ、現在はヘーゲル精神現象学の註解ゼミを中心とした教育活動を展開している。
ハル・ヤマノウチ(1946年4月20日 - )は、日本出身の… ハル・ヤマノウチ(1946年4月20日 - )は、日本出身のイタリアの俳優、声優、振付師、翻訳家、エッセイスト。本名は山内 春彦(やまのうち はるひこ)。帰化しており、国籍はイタリア。
八百板 洋子(やおいた ようこ、1946年〈昭和21年〉4月… 八百板 洋子(やおいた ようこ、1946年〈昭和21年〉4月1日 - 2025年〈令和7年〉2月18日)は、日本の翻訳家、児童文学作家。 福島県伊達郡飯野町(現・福島市)に生まれる。父は日本社会党の参議院議員を務めた八百板正。結婚後の本姓(夫姓)は折方。 1968年中央大学文学部国文科卒業後、1970年ブルガリアのソフィア大学大学院に留学。1976年『ふたつの情念()』で第13回日本翻訳文化賞特別賞・翻訳功労賞、1996年『吸血鬼の花よめ』で第33回日本翻訳文化賞を受賞。1999年の『ソフィアの白いばら』で第47回産経児童出版文化賞推薦作、第48回日本エッセイストクラブ賞受賞。2011年、ブルガリア共和国文化省より文化功労賞が授与される。
岸田 理生(きしだ りお、女性、1946年3月10日 - 2… 岸田 理生(きしだ りお、女性、1946年3月10日 - 2003年6月28日)は、日本の劇作家、演出家、シナリオ作家、小説家、翻訳家。本名︰林 寛美(はやし ひろみ)。 小劇場運動の旗手の一人と目された。怪奇幻想的な作風で、小説も書いたほか、テレビドラマのシナリオを多数執筆した。 長野県岡谷市出身。中央大学法学部卒業。 1974年(昭和49年)、寺山修司が選考委員を務めていた第1回新書館フォアレディース賞を『不眠症の猫』で受賞。それをきっかけに劇団天井桟敷に参加。1983年(昭和58年)に寺山が病没するまでの間、寺山との共作で戯曲『身毒丸』『奴婢訓』『レミング』などを執筆、他に映画『草迷宮』『ボクサー』などの脚本も手掛けた。
荒 このみ(あら このみ、1946年2月27日 - )は、日… 荒 このみ(あら このみ、1946年2月27日 - )は、日本のアメリカ文学者、翻訳家。東京外国語大学名誉教授、立命館大学客員教授。アメリカの黒人文学などを研究する。 文芸評論家・荒正人の次女として埼玉県に生まれる。姉は英文学者の植松みどり。お茶の水女子大学文教育学部卒業、東京大学大学院英文学専攻博士課程中退。津田塾大学助教授を経て、東京外国語大学教授。2009年定年退職、同名誉教授、立命館大学客員教授。2001年「アフリカン・アメリカン文学におけるアメリカ的精神」で東京外国語大学博士(文学)。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
中田 平(なかた ひとし、1946年 - )は、日本の情報学… 中田 平(なかた ひとし、1946年 - )は、日本の情報学者、翻訳家。金城学院大学名誉教授(元・現代文化学部情報文化学科教授)。特定非営利活動法人東海インターネット協議会理事長。デジタルエステイト株式会社代表取締役社長。 石川県金沢市出身。愛知県立瑞陵高等学校、愛知県立大学卒業、名古屋大学大学院文学研究科修士課程修了。 吉本隆明『共同幻想論』のフランス語翻訳者として知られる。 2014年3月に大学を定年退職したあとは、デジタルエステイトでの電子書籍出版業をメインに活動している。
大窪 一志(おおくぼ かずし、1946年 - )は、日本のフ… 大窪 一志(おおくぼ かずし、1946年 - )は、日本のフリー編集者、著述家、翻訳家、左翼活動家。 神奈川県生まれ。東京大学文学部哲学科卒業。実存哲学を専攻。 筑摩書房、日本生協連広報室などの編集者を経てフリーの編集者・著述家として活動する。
船木 裕(ふなき ひろし、1946年 - )は、日本の、英語… 船木 裕(ふなき ひろし、1946年 - )は、日本の、英語文学およびロシア語文学の翻訳家である。東京都出まれ。東京大学卒業。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
中野 康司(なかの こうじ、1946年 - )は、日本のイギ… 中野 康司(なかの こうじ、1946年 - )は、日本のイギリス文学者・翻訳家。19世紀から20世紀のイギリス小説が専門。元青山学院大学教授。 小池滋の門下生、小池監修のちくま文庫版『シャーロック・ホームズ全集』の訳者の一員。ジェイン・オースティンの長編を全訳、E・M・フォースター作品も多く訳した。 神奈川県に生まれる。東京外国語大学卒業、旧・東京都立大学大学院博士課程中退。國學院大學文学部助教授、東京都立大学助教授、教授を経て青山学院大学教授。2012年退職。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
荒木 正純(あらき まさずみ、1946年 - )は、日本の英… 荒木 正純(あらき まさずみ、1946年 - )は、日本の英文学・比較文学者、翻訳家。筑波大学名誉教授。 東京教育大学大学院博士課程中退。東京教育大学文学部助手、静岡大学講師を経て) 1973年に筑波大学助教授、のち教授。1995年、「ホモ・テキステュアリス」で筑波大学文学博士。2009年、定年退官、名誉教授、白百合女子大学教授。