山下 拓郎(やました たくろう、1984年10月21日 - … 山下 拓郎(やました たくろう、1984年10月21日 - )は、静岡県出身の元陸上競技選手、陸上競技指導者。常葉学園菊川高等学校、亜細亜大学卒業。かつては社会人の富士通に所属した。現役時代の専門は長距離走。 2024年現在は小森コーポレーション陸上競技部コーチ。 静岡県の常葉学園菊川高校卒業後に岡田正裕率いる亜細亜大学陸上競技部に入部。1年次より箱根駅伝に出場。3年次の第82回東京箱根間往復大学駅伝競走では、同校初の総合優勝に大きく貢献するとともに自身も9区で区間賞を受賞した。このほか、大学時代は出雲駅伝に1回、全日本大学駅伝に3回出場している。 大学卒業後は社会人の富士通に入社。2009年11月の大田原マラソンで優勝するなど実績を積んだ。
北島 寿典(きたじま ひさのり、1984年10月16日 - … 北島 寿典(きたじま ひさのり、1984年10月16日 - )は、日本の元陸上競技選手。専門は長距離走・マラソン。安川電機陸上部所属。2016年リオデジャネイロオリンピック男子マラソン日本代表。 滋賀県甲賀郡水口町(現在の甲賀市)で生まれ、幼少時に群馬県前橋市に転居した。前橋市立第七中学校⇒群馬県立中央高等学校⇒東洋大学出身。中学校時代は水泳部で活動しており、高等学校入学後に陸上競技を本格的に始める。高校時代は全国高等学校駅伝競走大会への出場はなかったが、天皇盃全国都道府県対抗男子駅伝競走大会には2年連続出場した経験があり、第7回(2002年)大会で5区、第8回大会(2003年)で1区をそれぞれ走っている。
井上 喜貴(いのうえ よしき、1984年9月27日 - )は… 井上 喜貴(いのうえ よしき、1984年9月27日 - )は、日本の陸上競技選手。円盤投元日本ジュニア記録保持者。群馬県多野郡吉井町(現・高崎市)出身。吉井町立中央中学校、前橋育英高等学校、早稲田大学スポーツ科学部卒業。
松瀬 元太(まつせ げんた、1984年9月25日 - )は、… 松瀬 元太(まつせ げんた、1984年9月25日 - )は、日本の元陸上競技選手。専門は長距離。佐賀県立白石高等学校-順天堂大学。大学卒業後は出身地の佐賀県で母校白石高校の教師をしている。2007年の箱根駅伝第83回大会10区で区間新記録を樹立、この記録は2020年に嶋津雄大(創価大学)が更新するまで破られなかった。2007年の九州一周駅伝に佐賀県代表として出場した。
吉川 美香(よしかわ みか、1984年9月16日 - )は、… 吉川 美香(よしかわ みか、1984年9月16日 - )は、神奈川県相模原市出身の女子陸上競技選手(主に中距離走・長距離走)。神奈川県立荏田高等学校を卒業し、パナソニック女子陸上競技部に所属していた。 2005年度までは全国的に無名に近い存在だったが、2006年度初めの世界クロカンで代表入りしてから徐々に頭角を現す。2006年7月の第90回日本選手権で1500mに出場し、当時優勝候補と目されていた小林祐梨子とラスト90mの直線でデッドヒートを繰り広げて写真判定までもつれ込み、同タイムの僅差で初の日本一となった。また、自己ベストを大きく更新し、第15回アジア大会出場が決定した。以後2010年の第94回日本選手権大会まで1500m走で5連覇を果たした(日本陸上競技選手権大会の記録一覧 (女子)#1500m参照)。
保科 光作(ほしな こうさく、1984年8月31日 - )は… 保科 光作(ほしな こうさく、1984年8月31日 - )は、日本の元陸上競技選手、現指導者。専門は長距離走。宮城県出身。東北高校、日本体育大学卒業。日清食品グループ陸上競技部でコーチを務めた後、2017年4月に慶應義塾大学競走部のヘッドコーチに就任。 2003年に日本体育大学に入学すると、同学年の上野飛偉楼・鷲見知彦・稲垣晃司とともに「1年生カルテット」として注目された。保科は2003年の出雲駅伝で、大学駅伝デビュー戦ながら3区で区間賞獲得。その後も卒業まで、日本体育大学の主力選手として大学三大駅伝で活躍する。個人のレースでは、大学1年時に出場した地元である宮城県開催の仙台国際ハーフマラソンで、1時間03分09秒というタイムで優勝を飾った。
上野 飛偉楼(うえの ひいろう、1984年8月9日 - )は… 上野 飛偉楼(うえの ひいろう、1984年8月9日 - )は、日本の元陸上競技(長距離)選手、タレント。熊本県鎮西高等学校、日本体育大学卒業。AVILLA STAGEに所属していた。熊本県玉名郡菊水町(現:和水町)出身。身長175cm 、58kg。 高校 5,000m 14分13秒3、3000mSC インターハイ出場、クロスカントリー 日本代表とマルチランナー(高体連陸上競技専門部記録)。大学 全日本大学駅伝 1年時 7区区間賞、箱根駅伝 1年時 6区区間10位(日本学生陸上競技連盟記録)。2005年(平成17年)箱根駅伝、この年の日体大は、強豪駒澤大学に負けて準優勝であった。上野を欠いた日体大はあと一歩のところで優勝を逃がした。
がんばれゆうすけ(本名:猪瀬 祐輔(いのせ ゆうすけ)、19… がんばれゆうすけ(本名:猪瀬 祐輔(いのせ ゆうすけ)、1984年8月7日 - )は、日本のお笑い芸人、タレント、陸上競技選手、マラソンランナー、ランニングコーチ。栃木県下都賀郡野木町出身。 栃木県に生まれ、地元の野木中学校を卒業したのちに作新学院・東洋大学と進学する。大学在学中の4年間、東洋大学は東京箱根間往復大学駅伝競走に出場しているが、自らは2度(第81回・第83回)の補欠メンバーに留まり、一度も箱根路を走ることができなかった。東洋大学時代の5年後輩に柏原竜二がいる。 2006年に東洋大学を卒業し、社会人生活を5年経験した。東日本大震災が発生したあと、仮設住宅で漫才をするボランティア活動を行っている。
成迫 健児(なりさこ けんじ、1984年7月25日 - )は… 成迫 健児(なりさこ けんじ、1984年7月25日 - )は日本の陸上選手、政治家。大分県議会議員(2期)。 大分県佐伯市出身。2007年、ミズノに入社。2013年、地元の佐伯市に戻り、佐伯市役所職員として東京オリンピック出場を目指す公務員ハードラー。
髙平 慎士(たかひら しんじ、1984年7月18日 - )は… 髙平 慎士(たかひら しんじ、1984年7月18日 - )は、北海道旭川市出身の陸上選手。富士通陸上競技部所属。 北海道旭川市春光小学校、六合中学校卒業。旭川大学高等学校に入学し、同高3年生の時、高校総体200m、国体400mで優勝。順天堂大に進み、2004年の日本選手権200メートルで五輪標準記録Aの20秒59をマークして優勝。アテネ五輪代表に選出された。五輪では200mと400mRにエントリーし、200mでは予選落ちしたが、400mRでは3走を務め4位入賞に貢献した。2006年のアジア競技大会で200m銅メダル、400mリレーで銀メダルを獲得した。2007年の世界陸上大阪大会では4×100mRの3走を務め、アジア新及び日本新記録(38秒03)を樹立、5位に入賞した。
髙平 慎士(たかひら しんじ、1984年7月18日 - )は… 髙平 慎士(たかひら しんじ、1984年7月18日 - )は、北海道旭川市出身の陸上選手。富士通陸上競技部所属。
青木 悠人(あおき ゆうと 1984年7月11日- )は日本… 青木 悠人(あおき ゆうと 1984年7月11日- )は日本の陸上競技選手。 小中学校では野球をしていた。中学の時にハードルで四国大会2位となり、高校から陸上競技に転向することを決意、陸上部のある徳島県立富岡東高等学校へ進学した。早稲田大学スポーツ科学部に進学、大学卒業後はMESSIAS TCに所属している。 北京オリンピックの代表選考会である2008年の日本陸上競技選手権大会の110メートルハードルでは準決勝で1位となったが、決勝でハードルを引っかけて転倒、棄権した。同年9月23日に川崎市等々力陸上競技場で行われたスーパー陸上の110メートルハードルでは14秒16で7位となった。 大学卒業後は徳島県で教員となった。
井汲 亮介(いぐみ りょうすけ、1984年7月6日 - )は… 井汲 亮介(いぐみ りょうすけ、1984年7月6日 - )は、日本の陸上競技選手。 キングストン世界ジュニア選手権代表。伊勢崎市立殖蓮中学校、前橋育英高等学校卒業。中央大学法学部卒業[いつ?]
田上 貴之(たがみ たかゆき、1984年5月29日 - )は… 田上 貴之(たがみ たかゆき、1984年5月29日 - )は、日本の元陸上競技選手。佐賀県武雄市出身。専門は長距離。佐賀県立白石高等学校、城西大学出身。 高校時代は高井和治、松瀬元太らと同級生で、3年時の全国高校駅伝では最終7区で区間賞の走りを見せ佐賀県勢最高の成績となる準優勝に貢献した。大学は平塚潤を監督に迎え創部3年目となる城西大学に進学。同大のエースとして箱根駅伝、全日本大学駅伝の初出場時は共にメンバー入りした。なお箱根駅伝には1年時から4年連続で出場している。2005年にはユニバーシアード大会の代表選考会である日本学生ハーフマラソンで優勝。出場したユニバーシアード・イズミル大会のハーフマラソンで銀メダルを獲得した。
岡本 直己(おかもと なおき、1984年5月26日 - )は… 岡本 直己(おかもと なおき、1984年5月26日 - )は、日本の陸上競技選手、専門は長距離走。鳥取県出身。由良育英高校(現・鳥取中央育英高校)、明治大学政治経済学部卒業。中国電力陸上競技部所属。 小学校のマラソン大会で好成績を収めたことをきっかけに、中学校で陸上部に入り本格的に陸上を始める。中学時代から都道府県対抗駅伝に鳥取県代表として出場していた。鳥取県の駅伝の強豪・由良育英高校を経て、明治大学に進学。当時の明治大学は総合優勝経験がありながらも、長らく箱根駅伝出場から遠ざかっていたが、岡本が2年生の時に14年ぶりに予選会を勝ち抜き2005年箱根駅伝への出場を決めた。以後、2007年箱根駅伝まで3年連続で明治大学は箱根駅伝本戦に出場する。
高井 和治(たかい かずはる、1984年5月10日 - )は… 高井 和治(たかい かずはる、1984年5月10日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は長距離走。佐賀県鹿島市出身。佐賀県立白石高等学校、駒澤大学卒業。現役時代は九電工に所属していた。 同級生には箱根駅伝10区区間記録保持者の松瀬元太(順天堂大学卒)、2005年ユニバーシアードハーフマラソン銀メダルの田上貴之(城西大学卒)がいる。また在学時期は重なっていないが、九電工のチームメイト前田和浩は3学年上の先輩である。 2002年のインターハイ1500mで5位入賞。同年の第53回全国高校駅伝では4区に出走し、13年ぶりに区間記録を塗り替える力走(記録:22分53秒)。3区を担当した松瀬、7区で区間賞を獲得した田上らとともに白石高校史上最高成績である準優勝に貢献した。
宮下 梨沙(みやした りさ、1984年4月26日 - )は、… 宮下 梨沙(みやした りさ、1984年4月26日 - )は、日本の元やり投選手。 大阪府島本町出身。島本第一中、大阪薫英女学院高、大阪体育大学を卒業しY-TRAININGに所属した。島本第一中時代には三種競技Aに取り組み、大阪薫英女学院高時代にやり投と出会った。 2013年と2015年のアジア選手権大会に出場し、銅メダルを獲得した。2011年と2016年の日本選手権で優勝している。 2021年10月に引退した。 個人ベストは2016年の全日本実業団対抗選手権で記録した60.86mである。
相川誠也(あいかわ まさや、1984年4月6日 - ) は、… 相川誠也(あいかわ まさや、1984年4月6日 - ) は、千葉県出身の元陸上競技選手。2002年の日本ジュニア、インターハイ、国体100m優勝者。 1999年、君津中時代に第26回全日本中学校陸上競技選手権大会の100mで優勝。当時はサッカー部の活動を中心にしており、陸上の練習は大会前などに行う程度であった。中学時代のベストは10秒80。 2000年、高校への進学先はサッカーの強豪でも知られる市船橋高校であったが、ここでは陸上部に所属。同年、国体少年B100m優勝。翌年100mでインターハイ、国体ともに2位。一方国際大会では世界ユース陸上選手権で7位入賞と健闘する。そして2002年、日本ジュニア選手権で優勝。
今井 正人(いまい まさと、1984年4月2日 - )は、陸… 今井 正人(いまい まさと、1984年4月2日 - )は、陸上競技(長距離走・マラソン)選手。福島県相馬郡小高町(現・南相馬市)生まれ。妻はRKB毎日放送元アナウンサーの川添麻美。トヨタ自動車九州所属。2024年3月に現役引退を表明し、同社で指導者。2024年4月から順天堂大学スポーツ健康科学部の非常勤講師を兼任。 小高町立小高中学校→福島県立原町高等学校→順天堂大学スポーツ健康科学部→トヨタ自動車九州所属。 小中学校時代、野球部に所属しながら、駅伝でも助っ人として活躍し、小高中3年の1999年度に中学生枠で都道府県対抗男子駅伝の福島県代表に選ばれ、区間3位の成績を残した。そこで、当時早大のエースで将来を嘱望された佐藤敦之(福島県出身)と出会った。
飯島 希望(いいじま のぞみ、1984年3月17日 - )は… 飯島 希望(いいじま のぞみ、1984年3月17日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は中長距離種目。積水化学所属。 京都府亀岡市出身。亀岡市立安詳小学校、亀岡市立東輝中学校を卒業。中学校から本格的な練習を始め、顧問の神先宏彰先生(2012年現在、亀岡市立東輝中学校長)の指導を受けた。中学校では陸上部主将を務め、京都府中学駅伝女子4連覇に貢献。京都府立桂高等学校、佛教大学社会学部へ進学。2003年3月、千葉真子選手らを抑え、まつえハーフマラソンで優勝。8月の韓国ユニバーシアードではハーフマラソン4位入賞。2006年4月に積水化学へ入社。
中尾 勇生(なかお ゆうせい、1984年2月28日 - )は… 中尾 勇生(なかお ゆうせい、1984年2月28日 - )は愛知県出身の陸上競技選手。専門は長距離走。中京大中京高校卒業。帝京大学、JR東日本、トヨタ紡織を経てスズキアスリートクラブ所属。 中学まではサッカーをしていたが、勧誘を受け高校から陸上に転向。2008年ブラジルリオデジャネイロで行なわれた世界ハーフマラソンでは5位に入った。2009年は各種目において自己新記録を出した。父は往年のマラソン選手中尾隆行である。
山口 有希(やまぐち ゆうき、1984年2月22日 - )は… 山口 有希(やまぐち ゆうき、1984年2月22日 - )は、日本の陸上競技選手で、400mの日本ジュニア記録保持者。京都府舞鶴市生まれ、身長174cm、体重63kg。 舞鶴市立明倫小学校、舞鶴市立城北中学校、洛南高等学校、東海大学を卒業。舞鶴市立明倫小学校の同級生には、のちに女子重量挙げで北京オリンピックに出場する齋藤里香がいた。東海大学在学中の2004年にはアテネオリンピックに出場し、マイルリレーで4位となった。バスケットボール選手の竹内譲次は高校・大学の1年後輩に当たる。2006年に大阪ガスに入社。2012年9月の全日本実業団陸上を最後に第一線からの引退を表明した。 2016年4月には地元舞鶴市にある京都府立東舞鶴高等学校の教諭となり、同校の陸上部顧問を務める。
猿山 力也(さるやま りきや、1984年2月15日 - )は… 猿山 力也(さるやま りきや、1984年2月15日 - )は、日本の男子陸上競技選手。専門は走幅跳。千葉県流山市出身。成田高校、日本大学を経てモンテローザ10年所属、現在プロ陸上選手へ転向し現役を続けている。自己ベストは走幅跳8m05、400m 47″70、300m 33″10、200m 21″39。 2007年に全日本実業団対抗陸上競技選手権大会で優勝。 2009年には香港で開催された東アジア競技大会に代表に選ばれ、銅メダルを獲得している。また、同年の日本陸上競技選手権大会でも荒川大輔、菅井洋平に続く3位につけた。 2010年にテヘランで開催されたアジア室内陸上競技選手権大会に出場し、走り幅跳びで金メダルを獲得した。
山﨑 勇喜(やまざき ゆうき、1984年1月16日 - )は… 山﨑 勇喜(やまざき ゆうき、1984年1月16日 - )は、日本の男性陸上競技元選手。専門は競歩。オリンピックに2004年アテネ大会から3大会連続出場し、2008年北京大会では50キロメートル競歩で日本人初の7位入賞を果たした。日本選手権50キロメートル競歩では7連覇を含む通算8度優勝した。富山県出身。順天堂大学卒業。長谷川体育施設を経て、自衛隊体育学校に所属していた自衛官。 富山県立富山商業高等学校時代の2001年9月23日、5000m競歩にて日本高校新記録、日本Jr最高記録となる19分35秒79を記録。2002年1月の日本陸上競技選手権大会20キロメートル競歩では高校生ながら1時間20分43秒の日本ジュニア最高記録(当時)で優勝。
山崎 勇喜(やまざき ゆうき、1984年1月16日 - )は… 山崎 勇喜(やまざき ゆうき、1984年1月16日 - )は日本の男性陸上競技選手。専門は競歩。50km競歩日本記録保持者。2008年北京オリンピックでは50Km競歩で7位入賞を果たした。富山県出身。長谷川体育施設を経て、現在は陸上自衛隊(自衛隊体育学校)に所属。階級は二等陸曹。
熊本 剛(くまもと たけし、1984年1月6日 - )は、兵… 熊本 剛(くまもと たけし、1984年1月6日 - )は、兵庫県高砂市出身の陸上競技選手。専門は長距離種目。兵庫県立西脇工業高等学校、日本体育大学卒業。大学卒業後はトヨタ自動車陸上長距離部に所属。現在は現役を退き、同部のコーチを務める。 駅伝の強豪校である兵庫県立西脇工業高等学校を経て日本体育大学に進学。なお、サンベルクスに所属していた北村聡と小学校から大学まですべて同じ学校に通っている。大学時代は箱根駅伝に4年連続出場。4年間すべて異なる区間を走り、その全てで区間順位一桁の走りをしている。(1年-7区4位/2年-4区4位/3年-2区6位/4年-10区4位) 大学卒業後、トヨタ自動車に入社。2011年元日のニューイヤー駅伝では最終区間7区を担当。
村上 康則(むらかみ やすのり、1983年12月30日 - … 村上 康則(むらかみ やすのり、1983年12月30日 - )は、日本の陸上競技選手。中・長距離種目専門。福島県いわき市出身。順天堂大学卒業、元富士通陸上競技部所属、身長 178cm、体重 64kg 。 1500m で、2005年、アジア選手権4位、2009年、東アジア競技大会金メダル、2010年、日本選手権優勝等で活躍、日本歴代6位の記録を残した。また、2006年、箱根駅伝の順天堂大学往路優勝時の4区区間賞など駅伝でも活躍。2016年3月、現役引退。 中学1年生の時、バスケットボール部に所属していたが、その足の速さと持久力の才能に目をつけた陸上競技部の先生から駅伝競走に誘われ、当時福島県でトップだった選手に迫る好記録を残し、その後3年間に県大会2位、東北大会にも出場した。
森本 友(もりもと とも、1983年12月27日 - )は女… 森本 友(もりもと とも、1983年12月27日 - )は女子陸上競技(長距離走・マラソン)元選手。兵庫県宍粟市(旧宍粟郡山崎町)出身。身長164cm、体重53kg。 山崎東中学校、就実高等学校を経て、岡山県の天満屋に入社。ちなみに就実高校は、五輪2大会連続メダリストの有森裕子の母校でもあり、森本が尊敬するマラソンランナーにも有森の名を挙げていた。 入社した天満屋女子陸上部で元所属の先輩選手では、アテネ五輪7位入賞の坂本直子と、シドニー五輪7位入賞の山口衛里などがいた。 2006年1月28日施行の大阪国際女子マラソンにて初マラソンを走り5位となると、5月7日(現地時間)施行のウィーンマラソンにて海外初挑戦。
吉冨 博子(よしとみ ひろこ、1983年12月26日 - )… 吉冨 博子(よしとみ ひろこ、1983年12月26日 - )は日本の女子陸上競技(長距離走・マラソン)選手。佐賀県佐賀市出身。メモリード所属。 兄の影響で鹿島実業高校で陸上を始め、卒業後の2002年から実業団のサニックス陸上部に所属。駅伝を中心に競技を行っていたが故障のため2年で退部。その後2006年に監督の重松森雄の呼びかけで復帰したが、半年後の2007年に陸上部が廃部。重松の紹介で結婚・出産により一旦競技を引退後、市民ランナーとしてマラソン復帰を目指していた小鴨由水(重松が監督を務めていた岩田屋陸上部に所属していた)の練習パートナーとしてトレーニングを重ね、さらに小鴨と重松が立ち上げた福岡県のクラブチーム「ファーストドリームAC」の佐賀チームを作り練習を継続した。
木山 由加(きやま ゆか、1983年12月21日 - )は、… 木山 由加(きやま ゆか、1983年12月21日 - )は、日本の女子陸上競技選手。カテゴリーはT52。岡山県新見市出身。 この項目は、陸上選手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:陸上競技/PJ陸上競技)。
大垣 崇(おおがき たかし、1983年12月2日 - )は、… 大垣 崇(おおがき たかし、1983年12月2日 - )は、日本の元陸上競技選手。専門は砲丸投。回転投法の第一人者である。北海道勇払郡厚真町出身。厚真町立厚真中学校、北海道恵庭南高等学校、日本大学文理学部卒業。 2001年、全国高等学校総合体育大会陸上競技大会(熊本インターハイ)で円盤投に出場し、53m03をスロー。山本一喜を振り切って全国制覇を果たした。砲丸投でも17m58をプットしたが、大橋忠司に敗れて準優勝に終わった。 2003年、関東インカレで自身初の17mプットとなる17m07を記録。畑瀬聡と村川洋平を破り、優勝を果たした。日本選手権でも17m11を投げ3位に入賞した。 2005年、日本インカレで砲丸投、円盤投ともに準優勝 大学卒業後、北海道石狩翔陽高等学校の非常勤講師として働く傍ら、競技を続行。
藤山 哲隆(ふじやま のりたか、1983年11月25日 - … 藤山 哲隆(ふじやま のりたか、1983年11月25日 - )は、日本の元陸上競技選手。佐賀県出身。専門は長距離。佐賀県立白石高等学校、駒澤大学出身。 佐賀県陸上界の名門である白石高校から駒澤大学へ進む。箱根駅伝では優勝した81回大会の6区に出走し区間5位。翌82回大会は1区で区間2位。卒業後は実業団のコマツ電子金属(後、SUMCO TECHXIV)に進み、ニューイヤー駅伝や朝日駅伝などに出場したが陸上部が廃部となり、住友電工に移籍した。住友電工時代の主な実績に、第68回びわ湖毎日マラソンで日本人選手8位入賞。大阪ハーフマラソン2位など。2015年から同部で長距離コーチを務めている。 弟に自身と同じく白石高校-駒澤大学と進んだ陸上競技選手の藤山修一が居る。
濱田 淳(はまだ じゅん、1983年11月6日 - )は、熊… 濱田 淳(はまだ じゅん、1983年11月6日 - )は、熊本県天草市出身の男子元陸上競技選手。400mハードルが専門で、現在は陸上指導者として活動中。陸上・スポーツの普及活動に努めている。THE RIKUJO 代表。 2002年日本ジュニア選手権において優勝。2002年世界ジュニア選手権では、準決勝進出した。身長177cm、体重62kg。 本渡市立本渡中学校から九州学院高等学校、福岡大学スポーツ科学部を経て福岡大学大学院修了。 大学院修了後、スポーツ企業に入社。陸上スクールの指導者として自身の競技経験から陸上の普及活動に積極的に取り組む。 2022年、独立。運動の得意・不得意、年齢、性別、障がいの有無など関係なく、誰もが自由にスポーツを楽しむ環境作りに努める。
上野 政英(うえの まさひで、1983年9月10日 - )は… 上野 政英(うえの まさひで、1983年9月10日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は短距離走。石川県出身。鶴来中学校、野々市明倫高校、東海大学卒業。2007年アジア選手権男子100mの銀メダリスト。 鶴来中学校時代は野球部に所属し1番センターで活躍。ピッチャーゴロ以外はほとんど内野安打にする俊足を買われ、陸上部に借り出される[要出典]。3年時には全日本中学校陸上競技選手権大会の100mに出場し4位入賞、その後ジュニアオリンピックの100mで自身初の10秒台となる10秒97で優勝した。野々市明倫高校1年時に国体の少年B100mで優勝、2年時に高校生ながら日本選手権の100mに出場し7位入賞、国体の少年A100mで優勝、3年時にインターハイの100mと国体の少年A100mを優勝して全国2冠と国体3連覇を達成するなど、高校時代に輝かしい実績を残した。
大橋 祐二(おおはし ゆうじ、1983年9月5日 - )は、… 大橋 祐二(おおはし ゆうじ、1983年9月5日 - )は、日本の陸上競技選手。専門はハードルで、110mハードルの自己ベストは13秒55。県立浦和高校時代に高校生初の13秒台をマークした元高校記録保持者である。 埼玉県出身。さいたま市立大久保中学校、埼玉県立浦和高等学校、筑波大学卒業。ミズノ入社(ミズノ在籍中に筑波大学大学院修士課程修了)。ミズノ、帝京平成大学を経て、現在は日本女子体育大学の健康スポーツ学科にスポーツ方法学(陸上競技)准教授として在籍。 中学時代に110mハードルを始め、3年時には全日本中学校選手権で8位という成績を残した。 高校時代には110mハードルで14秒77(+1.5)の高1最高記録(当時)、14秒30(+0.7)の高2歴代2位(当時)の14秒30をマークすると、3年時の2001年インターハイ110mハードル決勝において13秒98(-0.1)の高校記録(当時)を樹立。
武者 由幸(むしゃ よしゆき、1983年9月2日 - )は、… 武者 由幸(むしゃ よしゆき、1983年9月2日 - )は、福島県相馬市出身の日本の陸上競技選手、陸上競技指導者である。トヨタ自動車、室蘭大谷高等学校陸上部コーチ、日本大学陸上競技部長距離部門コーチを経て、2016年4月に日本大学陸上競技部駅伝監督に就任した。 福島県立田村高等学校を卒業した。高校時代、インターハイの3000mSCにて優勝を果たした。 2002年に日本大学へ入学し、同大文理学部を卒業した。前監督の小川聡の教え子である。大学においても3000mSCなどで活動した。1年次から箱根駅伝に出場し4年連続出走した。4年次にはキャプテンを務め、全日本大学駅伝では14年ぶり2度目の優勝を果たした。
野田頭 美穂(のたがしら みほ、1983年8月17日 - )… 野田頭 美穂(のたがしら みほ、1983年8月17日 - )は、日本の元陸上競技選手。専門は長距離走・クロスカントリー。2004年ベルギー世界クロスカントリー選手権大会日本代表、2007年モンバサ世界クロスカントリー選手権大会日本代表。元ワコール所属。青森県上北郡東北町出身。青森県立野辺地高等学校卒業。
小菅 亜由美(こすげ あゆみ、1983年8月10日 - )は… 小菅 亜由美(こすげ あゆみ、1983年8月10日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は七種競技。中学時代から日本のトップ選手として活躍。2005年日本ランキングは中田有紀、安田地中海に次ぐ3位。
大橋 忠司(おおはし ただし、1983年7月21日 - )は… 大橋 忠司(おおはし ただし、1983年7月21日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は砲丸投。福島県伊達市出身。血液型AB型。
難波 祐樹(なんば ゆうき、1983年7月10日 - )は、… 難波 祐樹(なんば ゆうき、1983年7月10日 - )は、京都府亀岡市出身の日本の陸上競技元選手(中距離走・長距離走)、現指導者。順天堂大学卒業。元JALグランドサービス所属。大分東明高等学校女子駅伝部コーチを経て、現在は京都府立洛北高等学校陸上部監督を担当。 亀岡小学校、亀岡中学校時代はサッカーをして過ごした。1999年の第4回全国都道府県対抗男子駅伝競走大会に京都府代表選手として出場、6区3kmを8:51のタイムで走破し区間賞を獲得した。 中学卒業後は駅伝の名門、洛南高等学校へ入学し陸上部に所属。2000年の第63回中国山口駅伝には洛南高校の代表選手として出場し、6区15.9kmを50:21のタイムで走破し区間賞を獲得している。
糟谷 悟(かすや さとる、1983年7月8日 - )は、日本… 糟谷 悟(かすや さとる、1983年7月8日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は長距離走。愛知県吉良町(現・西尾市)出身。中京大中京高校、駒澤大学卒業。2006年からトヨタ紡織所属。身長179cm、体重58kg。 高校2年の時、第6回全国都道府県対抗男子駅伝競走大会の第1区で区間3位を記録し、愛知県の初優勝に貢献した。 駒澤大学が2002年~2005年に達成した箱根駅伝4連覇のうち、2003年の第79回大会・2004年の第80回大会・2005年の第81回大会と3大会で優勝メンバーに名を連ねた。特に、第80回大会では10区で区間賞を獲り3連覇目の優勝テープを切った。また、第81回大会では7区で区間賞を獲得。
宮内 宏子(みやうち ひろこ、1983年6月19日 - )は… 宮内 宏子(みやうち ひろこ、1983年6月19日 - )は、神奈川県座間市出身の陸上選手。双子である宮内洋子の妹。 白鵬女子高等学校卒業後、全日本実業団対抗女子駅伝で3度の優勝を誇る女子陸上の名門「OKI陸上競技部」に入部。しかし、「OKI陸上競技部」が景気悪化を理由に2009年3月末で廃部となり、2009年4月、同陸上競技部の新原保徳監督と双子の洋子と「京セラ女子陸上競技部」に入部。 京セラ入部後、初マラソンに挑戦。「2009横浜国際女子マラソン大会」では8位に入り、新人賞を獲得(2時間32分30秒)。双子の姉・洋子らと共に出走した「2010札幌国際ハーフマラソン」では9位(1時間13分33秒)。
宮内洋子(みやうち ようこ、1983年6月19日 - )は、… 宮内洋子(みやうち ようこ、1983年6月19日 - )は、神奈川県座間市出身の陸上選手。双子である宮内宏子の姉。 白鵬女子高等学校卒業後、全日本実業団対抗女子駅伝で3度の優勝を誇る女子陸上の名門・沖電気陸上競技部に入部。しかし、沖電気の景気悪化を理由に陸上競技部が2009年3月末で廃部となり、2009年4月、同陸上競技部の新原保徳監督と双子の宏子と京セラ女子陸上競技部に入部。 2010年3月、名古屋国際女子マラソンで初マラソンに挑んだが、24Km過ぎのペースアップについていけず、11位だった(2時間33分36秒)。2010年7月、双子の妹・宏子らと共に札幌国際ハーフマラソンに出走、19位(1時間15分07秒)。
橋本 歩(はしもと あゆみ、1983年6月17日 - )は、… 橋本 歩(はしもと あゆみ、1983年6月17日 - )は、日本の陸上競技選手(長距離種目)。和歌山県御坊市出身。大成中学時代は、全日中で800mと1500mに出場したものの、入賞できずに終わってしまう。しかし、1998年の国体では少年B800mで高校生を押し退けて2位に入った。 日高高校に進学し、2000年、高校2年時の近畿高校総体にて800mで2分05秒79のタイムで他を寄せ付けずに優勝。この記録は高2歴代2位&近畿高校新記録というものであった。しかし、その1ヵ月半後のインターハイでは右脚を故障してしまい、ライバルと目されていた西村美樹に4秒の大差で負けてしまい2位に終わる。そのとき西村は2分04秒00と言う好記録で走り高校記録を更新。
五十嶺 綾(いそみね あや、1983年6月9日 - )は、日… 五十嶺 綾(いそみね あや、1983年6月9日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は中距離走、長距離走。 「富士山女子駅伝」として復活 この項目は、陸上選手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:陸上競技/PJ陸上競技)。
サムエル・カビル(Samuel Kabiru、1983年6月… サムエル・カビル(Samuel Kabiru、1983年6月6日 - 2004年7月)は日本国内で活躍したケニア出身の男子陸上競技選手(長距離種目)。身長175cm。体重57kg。 仙台育英学園高等学校に留学、渡辺高夫監督による指導で実力を伸ばし、全国高等学校駅伝競走大会での同校の優勝などに貢献した。高校卒業後は実業団のホンダに就職し陸上部で活躍したが、白血病によってこの世を去った(21歳)。
渡辺 真弓(わたなべ まゆみ、1983年6月6日 - )は、… 渡辺 真弓(わたなべ まゆみ、1983年6月6日 - )は、日本の陸上競技選手。日本文理高等学校、福島大学卒業。東邦銀行所属。 日本文理高校時代から活躍したが、福島大学進学後にさらに走力を伸ばし、400mリレーで日本学生新記録を樹立するなど、日本のトップ選手に成長する。福島大学時代は福島大学陸上競技部主将も務めた。大学卒業後にナチュリルに入社した。ナチュリル廃部後、東邦銀行へ移籍。2015年に現役を引退。 2003年、日本選手権4×100mリレーに久保倉里美らと出場し、優勝。 2005年、日本選手権4×100mリレーに松田薫らと出場し、優勝。 2006年、東日本実業団100mで初優勝。 2007年、南部記念で好走し、大阪世界選手権4×100mリレー代表に選出。
尾熊 栄輔(おぐま えいすけ、1983年3月30日 - )は… 尾熊 栄輔(おぐま えいすけ、1983年3月30日 - )は、日本の元陸上競技(マラソン)選手。 埼玉県川口市出身の元陸上選手。 埼玉栄高等学校、日本体育大学卒業。NTT西日本陸上競技部に所属していた。埼玉県川口市出身。身長168cm 、48kg。 高校から陸上競技を始め、埼玉栄高等学校、日本体育大学へ進学し、活躍。 大学卒業後はNTT西日本陸上部に所属し、2008年3月に引退した。 現國學院大学陸上部所属の尾熊迅斗の父親 2000年岐阜総体 5000m 予選3組 14位 15分11秒69 全国高等学校駅伝競走大会 第50回4位(4区区間3位23分57秒)、第51回9位(3区区間4位24分45秒)) 全国都道府県対抗駅伝大会 埼玉県代表 第5回10位(4区区間31位15分13秒)第6回3位(5区区間7位25分20秒) 2000年済州島国際マラソン2位 第33回全日本大学駅伝予選会 3組 19位 30分31秒92 第78回東京箱根間往復大学駅伝予選会 2位 個人全体31位 1時間1分2秒 (全大学1学年1位) 大阪実業団駅伝競走大会 (59回3位(4区区間3位9分48秒)60回3位(5区区間3位9分57秒))
田中 宏樹(たなか ひろき、1983年3月18日 - )は、… 田中 宏樹(たなか ひろき、1983年3月18日 - )は、日本の元陸上競技選手。岡山県川上町出身。駒澤大学卒業。 川上町立川上中学校(現:高梁市立川上中学校)、倉敷高等学校、駒澤大学出身。 1年時の第78回箱根駅伝では12月初旬に山の適性を見出され、急遽5区に抜擢される。先頭で襷を受け取り、山頂付近で神奈川大学の吉村尚悟に交わされて2位に後退したが区間4位のタイムで23秒遅れにとどめた。駒澤大学は6区で再び首位に立つとそのまま先頭を譲ることはなく、2年ぶり2度目の総合優勝を果たした。 2年時の第79回箱根駅伝では再び5区を走り、区間2位の記録で4位から2位に浮上した。駒澤大学は9区で先頭に立ち、2年連続の総合優勝を果たした。
谷井 孝行(たにい たかゆき、1983年2月14日 - )は… 谷井 孝行(たにい たかゆき、1983年2月14日 - )は、日本の元陸上競技選手、陸上競技指導者。専門は競歩。日本大学卒業。佐川急便を経て自衛隊体育学校に所属。引退後は同校でコーチを務める。身長167cm・体重57kg。 富山県滑川市出身であるが、幼稚園から小学校6年間は東京都三鷹市で過ごして中学校に進学する際に滑川へ戻っている。幼稚園時代の孝行少年は普段の生活でも転んでばかりであったことから、心配した母親が病院で何度も検査を受けさせたという。 三鷹での小学校時代と、滑川市立滑川中学校時代は野球に熱中、高岡向陵高等学校に入学してから陸上競技を始める。競歩選手になったのは入部1ヶ月で足を疲労骨折してしまったことがきっかけであったという。