須田都古(すだ みやこ、1978年3月7日 - )は、千葉県… 須田都古(すだ みやこ、1978年3月7日 - )は、千葉県市川市出身のバスケットボール選手である。元JOMOサンフラワーズ所属。学位は学士(愛知学泉大学・2000年)。 ニックネームは「キラ」。ポジションはガード。 小学生の時、女子サッカーでスポーツに目覚める。男子顔負けのプレーで頭角を表すが、バスケットボールの魅力が勝り転向。 市川市立鶴指小→昭和学院中→昭和学院高→愛知学泉大学、各世代にて数々の全国タイトルを獲得。大学2年の時、第11回ミスカレッジを受賞。各世代の日本代表でも活躍した。 愛知学泉大学卒業後、JOMOサンフラワーズに入団。 2002年現役引退。経験・実績、教職を生かし母校である昭和学院高で後輩の指導にあたった。
喜多 誠(きた まこと、1978年2月15日 - )は、奈良… 喜多 誠(きた まこと、1978年2月15日 - )は、奈良県大和郡山市出身の元プロバスケットボール選手である。ポジションはポイントガード。169cm、66kg。2018年6月よりBリーグ・香川ファイブアローズのバスケットボールアカデミーのコーチ。 9歳でバスケットボールを始める。郡山南中学校を卒業後、大阪の大商学園高校に進学。2年でウィンターカップ初優勝を経験。一学年上には梶山信吾がいた。 高校卒業後は大阪商業大学に進学し活躍。大学卒業後はデンソーに入社。 デンソーが休部した後は豊田通商、新潟アルビレックスA2、再び豊田通商を経て、2006年ドラフト17位で(デンソーの大先輩青木幹典が指揮を執る)高松ファイブアローズ(現香川)から指名され入団。
堀田 剛司(ほった たけし、1978年〈昭和53年〉2月13… 堀田 剛司(ほった たけし、1978年〈昭和53年〉2月13日 - )は、日本の元プロバスケットボール選手で、現在は指導者。神奈川県出身。現役時代のポジションはスモールフォワード、パワーフォワード。役職はヘッドコーチ。B3リーグ・湘南ユナイテッドBC所属。 13歳の時に大綱中学校でバスケットボールを始める。湘南工科大学附属高等学校から日本体育大学を卒業。 新潟アルビレックスに入団。 2003年、日本代表に選出。 2005年、新潟アルビレックスのbjリーグ転籍に伴い、福岡レッドファルコンズに移籍したが、シーズン途中でチームが解散となったためオーエスジー(現在の三遠ネオフェニックス)へ移籍。福岡からJBLへの移籍選手第1号となった。
中園 隆一郎(なかぞの りゅういちろう、1978年2月3日 … 中園 隆一郎(なかぞの りゅういちろう、1978年2月3日 - )は、福岡県出身のバスケットボール選手である。ポジションはフォワード。身長190cm、体重82kg。 柏陵高校から福岡大学を経て、地元のクラブチームである福太郎クラブでプレー。2005年には全日本クラブ選手権優勝に貢献。全日本社会人バスケットボール選手権大会にも出場した。 2007年より地元からbjリーグに参入するライジング福岡よりドラフト2巡目(全体5位)指名を受け入団。 2008年、鹿児島情報高等学校教員に赴任するとともにJBL2に参加するレノヴァ鹿児島(現鹿児島レブナイズ)に移籍。2011年から2014年までの3シーズンキャプテンを務めた。
宮田 諭(みやた さとし、1978年〈昭和53年〉1月9日 … 宮田 諭(みやた さとし、1978年〈昭和53年〉1月9日 - )は、日本のプロバスケットボール選手。東京都多摩市出身。ポジションはガード。B3リーグ・東京ユナイテッドバスケットボールクラブ所属。 多摩市立和田中学校でバスケを始め、東京都立国立高等学校から早稲田大学を経て、2002年にNECに入社。サラリーマンをしながらクラブチームのエクセレンスでプレーする。 2004年に退社し渡米。サマープロリーグに合格。11月にはABAのオンタリオ・ウォリアーズと契約。 2005年に帰国。トヨタ自動車アルバルク(現アルバルク東京)に入団。2010年退団。 同年、コーチ兼任としてエクセレンス復帰。 2013年よりNBDL→B.LEAGUEに参戦するプロチーム「東京エクセレンス(現横浜エクセレンス)」のアシスタントGMに就任。
矢代 直美(やしろ なおみ、1977年12月30日 - )は… 矢代 直美(やしろ なおみ、1977年12月30日 - )は、茨城県出身の元バスケットボール選手である。ポジションはセンター。 高萩市立高萩中学校、日立女子高校(現:明秀学園日立高校)から日本体育大学に進み、ユニバーシアード代表に選ばれる。 卒業後、日本航空にフライトアテンダント(客室乗務員)として入社し、バスケットボール部に所属する。1シーズン目より活躍し、新人王を獲得。02-03フリースロー王など個人タイトルも獲得。 全日本のメンバーにも選ばれ、2002年世界選手権やアテネオリンピックにも参加。アテネ五輪代表では唯一の4年制大学卒であった。(短大卒も含めるとJALのチームメイトだった薮内夏美(現ENEOSサンフラワーズAC)もいた。
永山 誠(ながやま まこと、1977年〈昭和52年〉12月2… 永山 誠(ながやま まこと、1977年〈昭和52年〉12月21日 - )は、日本の元バスケットボール選手。兵庫県尼崎市出身。現役時代のポジションはポイントガード兼シューティングガード。役職はヘッドコーチ。トライアンズ.EXE所属。株式会社トライアンズ代表。 尼崎市立園田中学校で全国大会に出場。 高校バスケの名門、京都・洛南高等学校で1年生時から活躍、2年生以降はエース、3年生時にキャプテンとなり、3年間にわたり数回の全国ベスト4を含む上位進出に貢献。 3年生時には全日本ジュニアでもキャプテンを任される。 また、3年生時のウィンターカップで身長181cmながらダンクコンテスト優勝。 大学でも名門・日本大学で活躍。
橋本 伸広(はしもと のぶひろ、1977年10月2日 - )… 橋本 伸広(はしもと のぶひろ、1977年10月2日 - )は、山形県出身の元プロバスケットボール選手である。ポジションはフォワード。194cm、96kg。 置賜農業高校卒業後、地元のクラブチームを経て、2004年に新潟アルビレックスBB入団。 2005年のbjリーグ発足の際にはプロテクトされたが、シーズン終了後に自由契約となる。 その後クラブチームに戻り、2年連続で国体に出場した。
菅 裕一(かん ゆういち、1977年9月19日 - )は、愛… 菅 裕一(かん ゆういち、1977年9月19日 - )は、愛媛県出身のバスケットボール選手。元日立サンロッカーズ所属。背番号は11。 松山市立内宮中学校、新田高校から京都産業大学を経て、日立に入社。 2001年のユニバーシアードで日本代表に選ばれる。翌年のアジア大会にも出場。2008-09シーズンは準優勝に貢献し、年間ベスト5賞に輝く。 2009-10シーズン限りで引退。10年間の功績を讃え、背番号11は永久欠番とされ、2010-11シーズン開幕戦においてセレモニーが開かれる。 引退後は日立に社員として残る。
鎌田 眞吾(かまた しんご、1977年9月5日 - )は、日… 鎌田 眞吾(かまた しんご、1977年9月5日 - )は、日本の元男子バスケットボール選手、実業家。栃木ブレックスゼネラルマネージャー(前代表取締役社長)。東京都中央区出身。白鷗大学経営学部経営学科卒業。 中学よりバスケットボールを始め、大学4年時に主将を務める。 卒業後は大塚商会に入社し、OA機器営業職として勤務の傍らバスケットボール部に所属、2004-05シーズンからは主将を務めた。 2007年に引退と共に退社、ドリームチームエンターテインメント栃木(現:宇都宮ブレックス)に入社し、大学4年間を過ごした栃木県でプロバスケットボールチーム運営のためにスポンサー営業を担当した。 2008年5月、取締役就任。
大野 篤史(おおの あつし、1977年〈昭和52年〉8月12… 大野 篤史(おおの あつし、1977年〈昭和52年〉8月12日 - )は、日本の元バスケットボール選手で現在は指導者。石川県出身。現役時代のポジションはシューティングガード/スモールフォワード。B.LEAGUE・三遠ネオフェニックスでヘッドコーチを務めている。 野々市町立布水中学校(現野々市市立布水中)出身。1992年、中学3年時に全国中学校バスケットボール大会初優勝に貢献した。 1993年、愛知県の愛工大名電高校へ越境入学する。1年先輩に岩田淳、2年後輩に松藤貴秋、またバレーボール選手の北川祐介は同期にあたる。1年時はインターハイ3位、2年時は国体準優勝、ウィンターカップでは高校3年時の4位が最高位だった。
薮内 夏美(やぶうち なつみ、1977年7月21日 - )は… 薮内 夏美(やぶうち なつみ、1977年7月21日 - )は、大阪府堺市出身の元女子バスケットボール選手、バスケットボール指導者。現役時代のポジションはポイントガード。元日本航空所属。コートネームは『ナツ』。 樟蔭東高校から樟蔭東女子短期大学を経て、日本航空に入社。 客室乗務員として勤務する傍ら、バスケットボール部に所属し、チームの主力として活躍。 長身ガードでポストプレーが出来る。アシストやスティールを得意とし、01-06シーズンでスティール賞、01-04シーズンでアシスト賞を受賞。また、引退時に功労賞を受賞。 バスケットボール女子日本代表にも選ばれ、アテネオリンピックを始め数多くの国際大会に出場した。
篠原 隆史(しのはら たかし、1977年7月17日 - )は… 篠原 隆史(しのはら たかし、1977年7月17日 - )は、福岡県出身で東芝ブレイブサンダースに所属していたバスケットボール選手である。ポジションはC。 福岡商業高から、日本体育大学を経て、2000年に東芝に入社。 主力として活躍し、2年連続でオールスターに出場。 タイトル獲得にも貢献しオールジャパンではベスト5に選ばれる。一方で2002年アジア大会で日本代表も経験。 現在はクラブチーム「葛飾バックボーン」に選手として所属する一方、バスケットボールクリニックを全国で開催し、後進の指導に当たっている。
塚本 鋼平(つかもと こうへい、1977年〈昭和52年〉7月… 塚本 鋼平(つかもと こうへい、1977年〈昭和52年〉7月16日 - )は、日本のバスケットボール指導者。秋田県藤里町出身。JBA公認S級コーチライセンス、JBA公認コーチデベロッパーの資格を保有している。大学卒業後、秋田県の高等学校に教員として11年間勤務。2009年から札幌大学男子バスケットボール部にてアシスタントコーチを2年間務め、2010年7月に社会評論社から『プリンストンスタイルオフェンス』を出版。2013年6月にグローバル教育出版から同じく『プリンストンスタイルオフェンス』を出版する。その後、 NBL(ナショナル・バスケットボール・リーグ)和歌山トライアンズにてアシスタントコーチ(2014-15)、西宮ストークスにてアソシエイトコーチ(2015-16)を歴任。
半田圭史(はんだ けいし、1977年7月1日 - )は、秋田… 半田圭史(はんだ けいし、1977年7月1日 - )は、秋田県出身のバスケットボール選手である。ポジションはポイントガード。173cm、71kg。A型。
東頭 俊典(とうどう しゅんすけ、1977年〈昭和52年〉6… 東頭 俊典(とうどう しゅんすけ、1977年〈昭和52年〉6月8日 - )は、日本のバスケットボール指導者。北海道出身。大阪エヴェッサやアースフレンズ東京Zの監督を歴任し、現在はB.LEAGUEの神戸ストークスでアシスタントコーチ兼通訳を務めている。 市立札幌藻岩高等学校からNCAA3部に属するニュージャージー州のローワン大学で選手としてプレーした経験を持つ。 卒業後の2002年から1シーズンは三菱電機でマネージャーを務め、アメリカで2か月のコーチ留学を経て、2005年に日立のAC兼通訳に就任。2010年から2年間は男子日本代表AC兼通訳を務める。2013年には大阪エヴェッサで自身としては初となるヘッドコーチに就任。
鈴木 裕紀(すずき ゆきのり、1977年〈昭和52年〉5月2… 鈴木 裕紀(すずき ゆきのり、1977年〈昭和52年〉5月27日-)は、日本の元プロバスケットボール選手で、現在は指導者。神奈川県横浜市戸塚区出身。現役時代のポジションはポイントガード/シューティングガード。B2リーグ・岩手ビッグブルズにヘッドコーチとして所属している。 2001年に新潟アルビレックスに入団しプロ選手となる。2005年にはbjリーグの大分ヒートデビルズに移籍し、最高3ポイントシュート成功率を2度獲得、ベストファイブにも1度選ばれた。 2011年に現役を引退すると同時に大分のヘッドコーチに就任しbjリーグ 2014-15シーズンまで指揮を執った後、bjリーグ 2015-16シーズンより金沢武士団、2017-18シーズンから2020年10月まで島根スサノオマジック、2022-23シーズンより岩手ビッグブルズのヘッドコーチを歴任している。
平井 崇士(ひらい たかし、1977年5月19日 - )は、… 平井 崇士(ひらい たかし、1977年5月19日 - )は、福岡県出身のプロバスケットボール選手である。ポジションはシューティングガード、スモールフォワード。190cm、87kg。 九産大付九州高、国際武道大学を経て、福岡BBボーイズに参加。のじぎく兵庫国体の福岡代表として優勝に貢献した。 2007年のライジング福岡発足及びbjリーグ参加に伴い、チームトライアウトを経て入団した。 1シーズン限りで退団した後、大分ヒートデビルズの練習生となり、2009年10月29日に同チームとプロ契約を結んだ。
安谷屋 健太(あだにや けんた、1977年5月3日 - )は… 安谷屋 健太(あだにや けんた、1977年5月3日 - )は、沖縄県出身のバスケットボール選手である。元三菱電機コアラーズの西田陽子(旧姓安谷屋)は実妹。 北中城高校で沖縄初のインターハイ準優勝を経験する。その後、順天堂大学を経て、2000年にオーエスジーフェニックスに加入。2004年に引退し社業に専念する。2006年、地元に戻り教員免許を取得し、沖縄工業高校に赴任する。その後、クラブチーム「沖創建設」に所属し、現役復帰する。そして母校の北中城高校に6年赴任する
藤本 浩太郎(ふじもと こうたろう、1977年4月26日 -… 藤本 浩太郎(ふじもと こうたろう、1977年4月26日 - )は、福岡県出身の元バスケットボール選手、指導者。 那珂中学校から福岡商業高校を経て日本体育大学に進学。 卒業後の2000年、三菱電機に入社。 2010年引退。アシスタントコーチに転じる。2013年退任。 元東芝の篠原隆史は高校・大学の同期。
高橋 尚毅(たかはし なおき)、1977年4月21日 - )… 高橋 尚毅(たかはし なおき)、1977年4月21日 - )は、秋田県出身のバスケットボール選手である。ポジションはガード。178cm、79kg。A型。
黒田 祐(くろだ たすく、1977年4月19日 - )は、富… 黒田 祐(くろだ たすく、1977年4月19日 - )は、富山県中新川郡上市町出身の元プロバスケットボール選手である。背番号は11番。ポジションはガード。172cm、64kg。現在は富山グラウジーズ社長、NPO法人「GROUSES.NET」理事長。 富山商業高校ではインターハイに3年連続で出場し、信州大学でも2000年の国体に出場。大学では長野オリンピックスピードスケート日本代表コーチも務めた結城匡啓講師(当時、現教授)のゼミに参加。NPO法人に興味を示す。 卒業後に帰郷し、砺波市の酒造会社に勤務する傍ら、富山グラウジーズに入団。選手活動とも並行してバスケ教室を開き、2005年にはNPO法人に認定された。
佐藤 真哉(さとう しんや、1977年4月7日 - )は、宮… 佐藤 真哉(さとう しんや、1977年4月7日 - )は、宮城県仙台市宮城野区出身の元プロバスケットボール選手である。ポジションはシューティングガード。身長184cm、体重80kg。 小学校4年生の時に、地元のミニバスケットボールチーム『宮城野少年団』でバスケを始める。その後、仙台市立東華中学校、東北高校を経て仙台大学に進学。1997年インカレでベスト8。大学卒業後の2000年、公立中学校の非常勤講師となり宮城教員クラブに所属。2001年の国体で宮城県の初優勝に貢献。 2005年に発足したbjリーグに地元から参加する仙台89ERSよりドラフト5巡目全体22位で指名を受け入団。 2010年09-10シーズン終了後、戦力外通告を受ける。
土田 真由美(つちだ まゆみ、1977年3月11日 - )は… 土田 真由美(つちだ まゆみ、1977年3月11日 - )は、日本の女子車いすバスケットボール選手。ポジションはパワーフォワード。女子車いすバスケットボールチーム「SCRATCH」、男子チーム「神奈川 VANGUARDS」 所属。車いすバスケットボール女子日本代表選手。 滋賀県長浜市出身。スポーツが好きで、トレーナーを目指して体育大学に進学したが、大学2年生の時に腰痛を発症し、医師の診察を受けたところ先天性の股関節障害が発覚し、将来的に歩行困難となると告げられる。その後、進行性の障害が徐々に悪化し、実技が難しくなったためトレーナーを断念。ある日、体育館で練習していた車いすバスケットボールチームに誘われ競技に出会う。
岡田 卓也(おかだ たくや、1977年3月8日 - )は、日… 岡田 卓也(おかだ たくや、1977年3月8日 - )は、日本のプロバスケットボール選手である。静岡県出身。プロバスケットボール、ABAのSan Francisco Rumble所属。日本人では、偉業のアメリカプロバスケットボール参戦記録を残している。また、「GYMRATS」という組織を運営しており、年間を通して全国でクリニックを開催。世界に通用する若手選手の育成にも力を入れている。 息子の岡田大河もプロバスケットボール選手。 日本体育大学グリズリーで活躍。 大学を卒業後にNBAを最終目標に単独留学。 2000年から2002年カリフォルニア州日系人リーグに参戦し、2000年に準優勝、2001年には3位と好成績を収める。
服部 梨絵(はっとり りえ、1976年12月29日 - )は… 服部 梨絵(はっとり りえ、1976年12月29日 - )は、愛知県出身の元女子バスケットボール選手である。ポジションはPF/C。 ミュンヘン五輪日本代表の服部信雄を父に持つ。 相野山小でバスケを始め、日進東中を経て、名古屋短大付高に進み、インターハイ・ウィンターカップ・国体のタイトルを多く獲得。 卒業後はシャンソン化粧品に入団。WリーグV10の第二次シャンソン黄金時代を支える。 全日本にも選ばれ、バンコクアジア大会で金メダルを獲得。1999年アジア選手権兼シドニー五輪予選にも出場。 2001年、デンソーに移籍。
古賀 京子(こが きょうこ、1976年12月15日 - )は… 古賀 京子(こが きょうこ、1976年12月15日 - )は、佐賀県出身の元女子バスケットボール選手である。ポジションはフォワード。 佐賀清和高校から三菱電機に入社。 チームの主力として活躍し、ベスト5のタイトルを獲得する。 2008年、山下雄樹ヘッドの元、コーチに就任。Wリーグ復帰に導いた。2016年、ヘッドコーチに昇格。 2023年にゼネラルマネージャーに転じるも、2025年ヘッドコーチ復帰。
下地 一明(しもじ かずあき、1976年12月4日 - )は… 下地 一明(しもじ かずあき、1976年12月4日 - )は、日本のバスケットボール指導者、選手である。 選手としては中学生の頃から全国規模の大会で好成績を収め、日本代表候補にも選ばれるが、マルファン症候群に起因する心臓疾患によって、日本リーグのOSGフェニックスに所属していた2001年、引退を余儀なくされる。その後は指導者に転身し、bjリーグの富山グラウジーズ、埼玉ブロンコスでヘッドコーチとして指揮を執った。2017年3月より、富山グラウジーズのアシスタントコーチを務めている。 沖縄県出身。小学3年生まで静岡県で育ち、その後沖縄に戻る。八重瀬町立東風平中学校入学時には既に身長が177cmあり、上級生の勧めで高身長を活かすことのできるバスケットボールを始める。
梶山 信吾(かじやま しんご、1976年10月28日 - )… 梶山 信吾(かじやま しんご、1976年10月28日 - )は、大阪府出身の元バスケットボール選手である。ポジションはシューティングガード。現名古屋ダイヤモンドドルフィンズアシスタントゼネラルマネージャー 大商学園高から日本大学に進学し、インカレに出場[いつ?][要出典]。 卒業後、三菱電機(現:名古屋ダイヤモンドドルフィンズ)に入社。 2005年にはアジア選手権に出場する日本代表にも選ばれている。[要出典]2013年引退、アシスタントコーチに就任。 2017年オフ、三菱電機の後継プロチーム・名古屋ダイヤモンドドルフィンズのヘッドコーチに就任した。2021年オフにヘッドコーチを退任し、アシスタント・ゼネラル・マネージャーに就任した。
船引 かおり(ふなびき かおり、現姓渡邉、1976年10月2… 船引 かおり(ふなびき かおり、現姓渡邉、1976年10月24日 - )は、北海道出身の女子バスケットボール選手である。ポジションはガード。所属。166cm、64kg。ニックネームは「シップ」(「船=シップ」より)。 おなじく富士通に所属していた船引まゆみは実妹。 札幌山の手高校ではインターハイ・ウィンターカップに出場し、愛知学泉大学に進学後も2年次からインカレ3連覇を果たし、4年次には最優秀選手に選ばれた。1999年には姉妹でユニバーシアードに出場した。 卒業後の1999年、第一勧業銀行に入社するが、バスケ部が1年で廃部したためW1リーグの富士通に移籍。中心選手として活躍を続け、2002年にはW1リーグ優勝及びWリーグ初昇格を果たす。
岩田 淳(いわた あつし、1976年10月24日 - )は、… 岩田 淳(いわた あつし、1976年10月24日 - )は、愛知県出身のバスケットボール選手である。ポジションはF/C。194cm、92kg。 愛工大名電高校でウィンターカップ優勝を経験。 その後専修大学を経てオーエスジーに入社。日本リーグ・スーパーリーグで活躍。 2004年、豊田通商に移籍。 同年、地元のクラブチームに参加し、国体愛知県チームにも選ばれた。
永田 睦子(ながた むつこ、1976年9月26日 - )は、… 永田 睦子(ながた むつこ、1976年9月26日 - )は、長崎県出身の元女子バスケットボール選手である。コートネームは「ミラ」。ポジションはセンターフォワード。178cm、73kg。リングにぶら下がれるほどの日本人女子としてはかなり高い運動能力を有していた。 純心高校ではこれまで長崎の高校女子バスケのトップに君臨していた鶴鳴(現・長崎女子)の前に立ちはだかり、全国大会出場に貢献した。 卒業後、シャンソン化粧品に入社。シャンソン黄金時代に貢献し、10連覇の後期の主力として活躍した。2005-2006年WリーグではMVPを獲得。2006-2007年シーズンを最後に引退。 全日本のメンバーとしてもアジア大会で金メダルを獲得し、アトランタ・アテネの五輪2大会出場を果たす。
塚原 優子(つかはら ゆうこ、1976年8月7日 - )は、… 塚原 優子(つかはら ゆうこ、1976年8月7日 - )は、愛知県出身の元女子バスケットボール選手である。ポジションはC。 味岡小でバスケを始め、味岡中を経て、星城高に進学。 卒業後はデンソーに入団。 全日本にも選ばれ、バンコクアジア大会で金メダルを獲得。
堀部 涼子(ほりべ りょうこ、1976年8月3日 - )は、… 堀部 涼子(ほりべ りょうこ、1976年8月3日 - )は、大阪府出身のバスケットボール選手である。ポジションはセンター、フォワード。 枚方市立第四中学校でバスケを始め、大阪薫英高等学校、大阪薫英女子短期大学を経てユニチカに入社。ユニバーシアード代表も経験し、新人王を獲得する。ユニチカ時代にはミス日本リーグを受賞した。 1999年、ユニチカの日本リーグ撤退に伴い日本航空に移籍。2005年にはオールジャパン初優勝に貢献する。全日本にも選ばれ続け、1998年・2002年世界選手権や2002年アジア競技大会に出場。 2005年1月9日に行われた全日本総合バスケットボール選手権大会決勝で活躍、チームはシャンソンVマジックを破り初優勝を果たした。
石坂 秀一(いしざか ひでかず、1976年7月26日 - )… 石坂 秀一(いしざか ひでかず、1976年7月26日 - )は、日本の元男子バスケットボール選手である。東京都出身。パナソニックトライアンズ所属。198cm、94kg。ポジションはC/F。 國學院久我山高でウィンターカップ準優勝の原動力となり、中央大学を経て、松下電器に入社。 全日本にも選ばれ、2001年・2003年のアジア選手権、2002年のアジア競技大会に出場した。
仲村 直人(なかむら なおと、1976年7月14日 - )は… 仲村 直人(なかむら なおと、1976年7月14日 - )は日本のプロバスケットボール選手である。1999年に松下電器と選手契約を結び、プロ選手となる。2003年と2005年にはバスケットボール男子日本代表に選出された。島根スサノオマジックに所属していた2016年に引退し、指導者に転身した。沖縄県中頭郡中城村出身。選手生活最後のシーズンとなった2015-16シーズン開始時点での身長は192cm、体重88kgで、ポジションはシューティングガードだった。 11歳の時にバスケットボールを始める。中城中学校を卒業後、北中城高に進学し、インターハイ準優勝。高校入学時から190cm近くありセンター (バスケットボール)を務めていたが、2年生の時に長身大型センターが入学したためスモールフォワード兼任となり、その後シューティングガードにコンバートされた。
村上 和之(むらかみ かずゆき、1976年7月10日 - )… 村上 和之(むらかみ かずゆき、1976年7月10日 - )は、大阪府出身の元プロバスケットボール選手で、現在は京都産業大学バスケットボール部コーチである。ポジションはガード。背番号0→9。178cm、75kg。 大阪市立天王寺小学校でバスケを始め、大阪市立天王寺中学校、東住吉工業高校、京都産業大学で活躍。 1999年、日立大阪に入社。しかしチームが合併により解散したため地元のクラブチーム「Teksa・B」に所属。2004年には国体に出場。 2005年、bjリーグに参加する仙台89ERSにドラフト外で入団。プレイオフ出場に貢献した。 2006年、埼玉ブロンコスに移籍。 同年、母校である京都産業大学のコーチに就任した。
慶山 真弓(よしやま まゆみ、1976年7月4日 - )は、… 慶山 真弓(よしやま まゆみ、1976年7月4日 - )は、兵庫県出身の女子バスケットボール選手。身長183cm。ポジションはセンター。2009年に引退。現在はパーソナルトレーニングジムを運営している。 甲子園学院高校から、シャンソン化粧品に入社。バスケット部に入部し、主力として活躍。シャンソン黄金時代を支えた。 また、全日本にも選ばれ、1998年の世界選手権及びアジア大会に出場し、アジア大会では金メダルを獲得した。 2003年、WIリーグのアイシン・エィ・ダブリュのアイシン ウィングスに移籍。2006年にはWリーグ昇格に導いた。 2009年に引退しその後、人材育成部に所属し、新入社員教育やリーダーシップ教育など担当。
森井 智恵(もりい ちえ、女性:1976年6月11日 - )… 森井 智恵(もりい ちえ、女性:1976年6月11日 - )は熊本県出身の元バスケットボール選手である。旧姓・中山。JALラビッツに所属していた。ポジションはセンター・フォワード。 樟蔭東高等学校から樟蔭東女子短大に進学。 卒業後、日本航空に入社。ユニバーシアードに出場した。 2001年に選手登録を一度外れ、アシスタントマネージャーとして1シーズン帯同した後、2002年選手復帰。 2003年に引退してアシスタントコーチに転じる。 2006年、1シーズン限定でプレイングコーチとして2度目の現役復帰。 2007年よりアシスタントコーチに再び専念。
青野 和人(あおの かずと、1976年4月28日 - )は、… 青野 和人(あおの かずと、1976年4月28日 - )は、長野県出身のプロバスケットボール選手・コーチである。現役時代のポジションはガード。背番号は21。181cm。75kg。 東海大三高校から京都産業大学を経て、1999年に大日本印刷イーグルスに入団。しかし1シーズンで廃部。 その後、クラブチームのGSPABL、ブロンコスクラブを経て、2005年にbjリーグに参加する埼玉ブロンコスに入団。2007年を以って現役引退。同じく引退したデービッド・ベンワーヘッドコーチの元、アシスタントコーチに就任。 2009年、学生時代を過ごした京都から新規参入の京都ハンナリーズにベンワーヘッドとともにアシスタントコーチに就任。
宋 燕忻(そう えんきん、1976年4月13日 - )は、中… 宋 燕忻(そう えんきん、1976年4月13日 - )は、中国北京出身の元バスケットボール選手。1992年来日。配偶者あり。 ポジションはフォワード/センター。 東芝ブレイブサンダースに所属していた。背番号33→6(07年度より)。200cm、100kg。B型。 北陸高校、大東文化大学卒。2012年引退。
竹原 太一(たけはら たいち、1976年1月26日 - )は… 竹原 太一(たけはら たいち、1976年1月26日 - )は、奈良県出身の元バスケットボール選手。ポジションはガード。185cm、82kg。 郡山南中学校でバスケを始め、洛南高校、同志社大学に進み、1997・98年の2年連続で関西リーグ得点王・優秀選手賞の2冠を獲得。 卒業後は松下電器に入社。 2000年、オーエスジーに移籍。 2003年、豊田通商に移籍。 2016年、ミニバスケットボールチームの監督を務める。
大口 真洋(おおぐち まさひろ、1976年1月6日 - )は… 大口 真洋(おおぐち まさひろ、1976年1月6日 - )は、大阪府堺市堺区出身のプロバスケットボール選手である。B.LEAGUEの三遠ネオフェニックス所属。ポジションはシューティングガード。
知花 武彦(ちばな たけひこ、1975年11月6日 - )は… 知花 武彦(ちばな たけひこ、1975年11月6日 - )は、沖縄県出身の元バスケットボール選手である。ポジションはポイントガード。180cm、80kg。現在はWリーグ、日立ハイテク クーガーズのアソシエイトヘッドコーチ。 与勝中学校から福大大濠高校に進み、インターハイ準優勝・ウィンターカップ優勝を経験。 その後、明治大学を経て、トヨタ自動車に入社。 2000年にはアジアバスケットボールリーグに出場する日本代表に選出。 2006年、トヨタ自動車女子チームアシスタントコーチに就任。 2008年、総括に回る。 2010年、コーチに復帰。2013年退任。 2014年 環太平洋大学監督に就任。2017年まで務めた。
矢野 優子(やの ゆうこ、1975年9月12日 - )は、徳… 矢野 優子(やの ゆうこ、1975年9月12日 - )は、徳島県出身の元女子バスケットボール選手である。ポジションはガード・フォワード。172cm。ニックネームは「ジェイ」。 三人姉妹の次女で、妹はトヨタ自動車所属で元日本代表の矢野良子。 姉の影響でバスケを始め、城北高校卒業後、ジャパンエナジーに入社。姉妹揃って2000/01シーズンにはWリーグとオールジャパンの2冠に貢献する。 しかし、このシーズンを最後にWIに降格したトヨタ自動車アンテロープスへ移籍。1シーズンでのWリーグ復帰の原動力となり、その後も主力として2004/05、2005/06のセミファイナル進出に貢献した。 2006年、富士通レッドウェーブに移籍。
河合 竜児(かわい りゅうじ、1975年〈昭和50年〉7月1… 河合 竜児(かわい りゅうじ、1975年〈昭和50年〉7月16日 - )は、日本の元バスケットボール選手で、現在は指導者である。 愛知県豊橋市出身。豊橋市立豊小学校、豊橋市立豊岡中学校、岡崎城西高校卒業。オーエスジーに入社。当時実業団リーグ所属だったバスケットボール部に選手として所属し、1997年より3年間は全国タイトルを獲得。オールジャパンも経験した。 1999年に現役を引退し、前年に就任した中村和雄監督の下でアシスタントコーチに就任。2000年のバスケットボール日本リーグ2部優勝などに貢献した。日本プロバスケットボールリーグ転籍初年度の2008-09シーズンまで務めた。2009年にはチーム統括に回り、2009-10シーズンと2010-11シーズンの2連覇を果たした。
鈴木 浩平(すずき こうへい、1975年7月15日 - )は… 鈴木 浩平(すずき こうへい、1975年7月15日 - )は、秋田県出身で三菱電機ドルフィンズに所属していたバスケットボール選手である。ポジションはSG。背番号=7。 秋田県立能代工業高等学校、日本体育大学を経て、1998年に三菱電機ドルフィンズ(現三菱電機ダイヤモンドドルフィンズ)に加入。 小学4年生頃からバスケを始めて、高校時代は1年からメンバー入り、大学時代では中心選手として活躍した。 現在は実家の家業を継ぐ。 長谷川誠は中学・高校の先輩である。 この項目は、バスケットボール関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:BASKET)。
安西 智和(あんざい ともかず、1975年4月4日 - )は… 安西 智和(あんざい ともかず、1975年4月4日 - )は、神奈川県出身のバスケットボール選手・指導者である。現役時代のポジションはG。引退後は前橋育英高等学校でコーチを行う。 現在は茨城県でバスケ指導に携わっている。 土浦日大高では2年時にインターハイ優勝。ウィンターカップでは優勝こそならなかったが、2、3年時に準優勝、3年時の決勝では40得点の活躍。 日本大学進学後もインカレ優勝を経験。当時のチームメートには高橋尚毅等がいた。 卒業後はいすゞ自動車に入社。チームの黄金期を支える。
眞鍋 かおり(まなべ かおり、1975年3月18日 - )は… 眞鍋 かおり(まなべ かおり、1975年3月18日 - )は、埼玉県出身の元バスケットボール選手である。ニックネームは「リト」。ポジションはガード。トヨタ自動車に所属していた。 中尾小学校でバスケットボールを始め、高校は名門の名古屋短大付高に進み全国大会で活躍。全日本ジュニアにも選ばれ世界選手権を経験。 卒業後、愛知学泉大学を経て、トヨタ自動車に入社。主力として活躍しオールスターも経験した。 1997年夏季ユニバーシアード日本選手団の旗手も務めた。 2002年退社。クラブチーム「マインドバース」に所属し、愛知県選抜として国体優勝を経験した。
鹿毛 誠一郎(かげ せいいちろう、1975年3月5日 - )… 鹿毛 誠一郎(かげ せいいちろう、1975年3月5日 - )は、福岡県北九州市若松区出身の元プロバスケットボール選手である。ポジションはセンター。あだ名はBig Daddy。 響南中学校在学中の13歳の時にバスケットボールを始める。高稜高校から九州東海大学(現在は東海大学に統合)、九東クラブを経て、2001年、オーエスジーフェニックスに入団。2007年に怪我のためアシスタントコーチに転じる。2008年、チームのbjリーグ転籍時に選手復帰。2011年引退、チームのアシスタントコーチに転じる。 2013年からは、チームのアシスタントゼネラルマネージャーに就任。