室 淳介(むろ じゅんすけ、1918年3月17日 - 200… 室 淳介(むろ じゅんすけ、1918年3月17日 - 2000年11月16日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。早稲田大学名誉教授。 兵庫県生まれ。早稲田大学文学部仏文科卒業。早大教授、1988年定年、名誉教授。
職業が文学者:3,030人
室 淳介(むろ じゅんすけ、1918年3月17日 - 200… 室 淳介(むろ じゅんすけ、1918年3月17日 - 2000年11月16日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。早稲田大学名誉教授。 兵庫県生まれ。早稲田大学文学部仏文科卒業。早大教授、1988年定年、名誉教授。
長谷川 泉(はせがわ いずみ、1918年2月25日 - 20… 長谷川 泉(はせがわ いずみ、1918年2月25日 - 2004年12月10日)は、日本の国文学者。近代文学専攻。 千葉県山武郡生まれ。1942年、東京帝国大学国文科を繰り上げ卒業。在学中に「帝国大学新聞」の編集に携わる。 医学書を刊行する医学書院に入社。これは妻の兄が創業者・金原一郎の女婿だった縁故である。1944年、母校の大学院に入学し、1949年まで在籍。その間に最初の著書『近代への架橋』を刊行。戦中戦後にかけて「東京大学新聞」を編集し、1945年に青年文化会議の事務局長となる。 学習院大学講師、國學院大學講師、東京大学講師、清泉女子大学教授を歴任するが、その間、医学書院勤務を続け、1979年に社長就任。
金関 寿夫(かなせき ひさお、1918年2月17日 - 19… 金関 寿夫(かなせき ひさお、1918年2月17日 - 1996年7月6日)は、日本の英文学者・翻訳家。東京都立大学名誉教授。専門はアメリカ現代詩、先住民の詩。数多くの翻訳で知られる。 1918年、島根県松江市で生まれた。同志社大学文学部英文科に入学し、アメリカ文学および文化を専攻した。 神戸大学教授、旧・東京都立大学教授、駒澤大学教授を務めた。 アメリカの現代詩、口承詩に関する著作を多く書いており、詩人の谷川俊太郎と友人であった。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
永野 藤夫(ながの ふじお、1918年2月8日 - 2002… 永野 藤夫(ながの ふじお、1918年2月8日 - 2002年6月6日)は、日本のドイツ文学者、横浜国立大学名誉教授。ドイツ演劇、キリスト教文学が専門、文芸評論も書いた。 福島県生まれ。1941年、東京帝国大学独文科卒。横浜国立大学助教授、教授。1964年、「宗教改革時代のドイツ演劇 その史的発展の考察」で東京大学文学博士。1976年、定年、名誉教授。 1991年、勲三等旭日中綬章を受章。2002年6月6日、肺炎のため死去。
竹下 数馬(たけした かずま、1918年1月23日 - 20… 竹下 数馬(たけした かずま、1918年1月23日 - 2003年10月7日)は、日本文学者。 大分県出身。1941年に東京帝国大学文学部国文科を卒業。東京大学副手、上智大学講師を経て、1950年に立正大学文学部助教授、次いで教授に就任。1988年に定年を迎え、立正大学名誉教授となる。浅野晃に師事し、松尾芭蕉などの研究を行った。
宇佐見 英治(うさみ えいじ、1918年1月13日 - 20… 宇佐見 英治(うさみ えいじ、1918年1月13日 - 2002年9月14日)は、日本の詩人・フランス文学者・美術評論家。明治大学名誉教授。 大阪府出身。1941年(昭和16年)東京帝国大学文学部倫理学科卒。48年『同時代』の創刊に矢内原伊作らと参加、同誌の第3次第二号(黒の会、1997年5月)では個人特集も組まれた。そのほか『歴程』にも参加。明治大学商学部教授を務め、88年定年。 1957年(昭和32年)、初の著書となる『ピエールはどこにいる』を刊行。同書に収録された中編小説「死人の書」は宇佐見英治の小説における代表作であり、その後も推敲が加えられ『夢の口』『死人の書』に再録されている。 1982年(昭和57年)『雲と天人』が第20回藤村記念歴程賞を、97年『明るさの神秘』を始めとする評論活動の業績から第7回宮沢賢治賞を受賞。
北垣 信行(きたがき のぶゆき、1918年1月7日 - 19… 北垣 信行(きたがき のぶゆき、1918年1月7日 - 1981年10月21日)は、日本のロシア文学者。 茨城県下妻市出身。1944年東京外国語学校ロシヤ語科卒業。北海道大学助教授を経て、東京大学教養学部教授。当初大竹博吉とともにルイセンコ論争に加わったが、のちロシア文学の翻訳・研究に専念し、レールモントフ、ゴーゴリのほか、トルストイ『戦争と平和』、ドストエフスキー『罪と罰』『白痴』『カラマーゾフの兄弟』などを翻訳した。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
佐野 利勝(さの としかつ、1918年 - 2006年)は、… 佐野 利勝(さの としかつ、1918年 - 2006年)は、ドイツ文学者。京都大学・滋賀医科大学名誉教授。 1918年、大阪府に生れる。1941年、京都帝国大学経済学部を卒業。同大学文学部独文科に進んで1946年に卒業。卒業後は、母校の京都大学教養部教授。1982年に定年退官し、名誉教授となる。その後は滋賀医科大学教授として教鞭をとった。
塚崎進(つかさきすすむ、1918年 - 2007年9月27日… 塚崎進(つかさきすすむ、1918年 - 2007年9月27日)は、日本の国文学者、民俗学者、歌人。筆号は東籬男(とう りお)。 1941年慶應義塾大学文学部国文学科卒業。折口信夫から国文学、民俗学、短歌作法を学び、折口春洋より短歌実作の指導を受ける。同時に柳田國男にもつき日本民俗学会に属す。
貴志 正造(きし しょうぞう、1918年〈大正7年〉 - 1… 貴志 正造(きし しょうぞう、1918年〈大正7年〉 - 1980年〈昭和55年〉8月27日)は、日本の国文学者。中世日本文学・説話文学専攻。二松学舎専門学校・國學院大學文学部国文科卒業。二松学舎大学文学部国文学科教授を歴任。和歌山県生まれ。
梅原 成四(うめはら なるし、1918年 - 1957年)は… 梅原 成四(うめはら なるし、1918年 - 1957年)は、日本のフランス文学者。 画家・梅原龍三郎の長男。妹は嶋田紅良。妻の昭子は小坂善之助と田中隆三の孫。 1918年、生まれる。東京帝国大学仏文科卒。 戦後東京大学教養学部助教授となりいくつかのフランス文学の翻訳を行う。 助教授在職中の1957年7月26日午前5時半、急性肺炎により新宿区の自宅で死去。享年39。墓所は多磨霊園。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
小川 超(おがわ ちょう、1918年 - 1982年11月3… 小川 超(おがわ ちょう、1918年 - 1982年11月30日)は、日本のドイツ文学者、翻訳家。 勲三等旭日中綬章 愛媛県生まれ。浦和高等学校(旧制)卒、1948年東京帝国大学文学部独文科卒。立教大学教授、横浜市立大学教授、東京大学教養学部教授、1979年定年、名誉教授、お茶の水女子大学教授、図書館情報大学教授を務め、在任中に死去した。ドイツ文学の子供向け翻訳を多くした。
大久間 喜一郎(おおくま きいちろう、1917年(大正6年)… 大久間 喜一郎(おおくま きいちろう、1917年(大正6年)12月13日 - 2012年(平成24年)3月24日)は、日本の国文学者・歌人。明治大学名誉教授。若い頃にはラジオアナウンサーを務めた経歴も持つ。 東京府東京市浅草区(現・東京都台東区)に生まれる。1940年、國學院大學文学部国文科を卒業。卒業後、日本放送協会アナウンサーから満洲電信電話勤務となる(満州電信電話には森繁久弥もアナウンサーとして勤務していた)。 戦後、獨逸学協会中学校(現・獨協中学校・高等学校)教師を経て、明治大学経営学部助教授となり、1962年に教授に就任。1972年「古代文学の構想」で國學院大學より文学博士の学位を取得。
白井 健三郎(しらい けんざぶろう、1917年12月12日 … 白井 健三郎(しらい けんざぶろう、1917年12月12日 - 1998年2月13日)は、日本の文芸評論家、フランス文学者、翻訳家。 東京市神田区(現千代田区神田)出身。 1943年東京帝国大学文学部仏文科卒業。1948年慶應義塾大学講師、1952年経済学部助教授、1954年学習院大学文学部フランス文学科助教授、1961年教授。1988年定年退任、名誉教授。 1995年勲三等瑞宝章を受章。 1998年死去。享年80。 戦時中に、福永武彦、中村真一郎たちが中心となったマチネ・ポエティクに参加し、数編の日本語による定型押韻詩や小説を遺した。その後のアルベール・カミュやジャン=ポール・サルトルの著書の翻訳紹介で知られる。
小宮 曠三(こみや こうぞう、1917年〈大正6年〉12月5… 小宮 曠三(こみや こうぞう、1917年〈大正6年〉12月5日 - 1995年〈平成7年〉10月29日)は、日本のドイツ文学者。小宮豊隆の子として東京に生まれる。 旧制仙台二中、旧制二高を経て、1940年東京帝国大学文学部独文科を卒業。戦後、東京大学教養学部助教授、教授、1978年定年退官、専修大学教授、1988年定年退職、東京大学名誉教授。主としてベルトルト・ブレヒトを研究した。1992年、勲三等旭日中綬章を受章。1995年、急性心筋梗塞のため死去。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
萩谷 朴(はぎたに ぼく、1917年11月9日 - 2009… 萩谷 朴(はぎたに ぼく、1917年11月9日 - 2009年1月24日)は、日本の国文学者。放送作家。大東文化大学名誉教授、二松学舎大学名誉教授。日本文学大賞受賞者。 大阪府南区谷町四丁目(現在の大阪市中央区谷町)の医師・萩谷理平治、清江(すみえ)の三男として生まれる。名前の由来は『論語』「剛毅朴訥」に拠る。両親共に済生学舎を経て、母・清江は大阪初の女医で野口英世と同期生。また、済世学舎女子学生の会「淑徳会」明治26年(1983年)発足時の会員名簿26名に、萩谷すみ子、折口ゑい子(折口信夫の叔母で育ての親・ゑい)とその名が見える。 1937年(昭和12年)に旧制浪速高等学校卒業。野間光辰の薫陶を受ける。
野崎 孝(のざき たかし、1917年〈大正6年〉11月8日 … 野崎 孝(のざき たかし、1917年〈大正6年〉11月8日 - 1995年〈平成7年〉5月12日)は、日本のアメリカ文学者、翻訳家。 『ライ麦畑でつかまえて』など一連のサリンジャー作品のほか、フィッツジェラルドやヘミングウェイ、スタインベックなどの翻訳で知られる。 パン屋の長男として青森県弘前市に生まれる。1929年、旧制弘前中学校(青森県立弘前高等学校の前身)に入学、4年間を首席を通し、語学の天才と讃えられる。4年修了で旧制弘前高等学校(弘前大学の前身)に入学。1937年、東京帝国大学文学部イギリス人文学科に進み、中野好夫に師事。卒業後は東京の商業学校などで教鞭を執る。第二次世界大戦で出征、中国大陸で転戦する。
木内 信敬(きうち のぶゆき、1917年11月8日 - 19… 木内 信敬(きうち のぶゆき、1917年11月8日 - 1997年8月7日)は、日本のアメリカ文学者、千葉大学名誉教授。 東京府東京市本郷区(現・東京都文京区)生まれ。 1940年東京帝国大学英文科卒。1950年より千葉大学助教授、1968年より教授を務め、1981年定年退官、名誉教授。1983年東洋女子短期大学教授、1991年より学長。1994年、勲三等旭日中綬章を受章。1997年、膵臓癌のため死去。 日本におけるジプシー(ロマ)研究のさきがけであった。
平田 次三郎(ひらた じさぶろう、1917年10月30日 -… 平田 次三郎(ひらた じさぶろう、1917年10月30日 - 1985年10月28日)は、日本の評論家、ドイツ文学者。 福島県生まれ。1941年東京帝国大学文学部独文科卒。在学中、山下肇、堤重久、小島輝正らと同人誌『新思潮』を刊行。卒業後、逓信省・内務省嘱託・明治大学講師などを経て、中央大学教授。戦後から文芸評論活動を始め、1947年春『近代文学』同人となり、編集者としても働く。荒正人とともに夏目漱石論などを書いた。中大在職中に死去。
伊原 昭(いはら あき、1917年10月24日 - 2018… 伊原 昭(いはら あき、1917年10月24日 - 2018年5月20日)は、日本の国文学者、梅光女学院大学名誉教授。本名・昭子。 鎌倉市生まれ。東京女子大学卒業、日本大学文学研究科修了。1970年「平安朝文学の色相」で日大文学博士。国立国会図書館主査、和洋女子大学助教授、同教授、1977年梅光女学院大学教授、1988年定年退任、名誉教授。 1975年『日本文学色彩用語集成 中世』で風俗史学会第一回「野口眞造記念染色研究奨励金」受賞、1977年『日本文学色彩用語集成 中古』で風俗史学会第六回「江馬賞」受賞。2007年エイボン女性年度賞受賞。古典文学における色彩について研究してきた。 2018年5月20日、老衰のため死去。
白井 浩司(しらい こうじ、1917年10月19日 - 20… 白井 浩司(しらい こうじ、1917年10月19日 - 2004年11月1日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。慶應義塾大学名誉教授。 1917年、東京府で早川千吉郎の三男として生まれた。兄の次男とともに白井秀の養子となり、白井姓を名乗った。暁星中学校を経て、慶應義塾大学文学部仏文科に進学し卒業。 1942年、NHK国際局海外放送フランス語班に勤務。太平洋戦争終結後の1945年9月、NHKを退職。 1947年、母校慶應義塾大学予科講師となった。1951年、サルトルの『嘔吐』を翻訳。実存主義ブームのきっかけを作り、その後もカミュ、ロブ=グリエなどを翻訳紹介。1958年、慶應義塾大学文学部教授に昇格。
角川 源義(かどかわ げんよし、1917年(大正6年)10月… 角川 源義(かどかわ げんよし、1917年(大正6年)10月9日 - 1975年(昭和50年)10月27日)は、日本の実業家、国文学者、俳人。KADOKAWAグループ創業者。俳号は源義(げんぎ)、水羊(すいよう)。 辺見じゅん(作家、幻戯書房代表)、角川春樹(俳人、角川春樹事務所会長兼社長)、角川歴彦(角川文化振興財団名誉会長、元KADOKAWA会長)の父。 富山県中新川郡東水橋町(現富山市)に父・源三郎、母・ヤイの三男として生まれた。父・源三郎は源義誕生時は鮮魚を商っていたが、後に米穀商に転じ成功している。 1930年(昭和5年)、富山県立神通中学校(現在の富山県立富山中部高等学校)に入学した。
大山 俊一(おおやま としかず、1917年10月8日 - 1… 大山 俊一(おおやま としかず、1917年10月8日 - 1983年9月10日)は、日本の英文学者、翻訳家。 東京文理科大学卒。1968年「To be is not to be : a study of Shakespeare's Macbeth」で東京教育大学・文学博士。成城大学教授、成城短期大学学長、学長、学校法人成城学園学園長を歴任した。シェイクスピア学者として研究、翻訳をおこなった。最初の妻の大山敏子もシェイクスピア学者(敏子没後に再婚)。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
梅津 済美(うめつ なるみ、1917年10月2日 - 199… 梅津 済美(うめつ なるみ、1917年10月2日 - 1996年10月7日)は、英文学者。 山形県羽黒山麓生まれ。1945年東京文理科大学英文科卒。1949-50年米国に学ぶ。1967年「A study of William Blake : songs of innocence and of experience」で東京教育大学文学博士。名古屋大学教養部教授、81年定年退官、名誉教授。1989年『ブレイク著作集』で日本翻訳文化賞受賞。
安良岡 康作(やすらおか こうさく、1917年9月14日 -… 安良岡 康作(やすらおか こうさく、1917年9月14日 - 2001年10月1日)は、日本の国文学者。東京学芸大学名誉教授。日本中世文学、国語教育専攻。
鳴海 四郎(なるみ しろう、1917年9月3日 - 2004… 鳴海 四郎(なるみ しろう、1917年9月3日 - 2004年10月7日)は、日本の英文学者、英米演劇研究家、翻訳家。本名は鳴海 弘。 テネシー・ウィリアムズ、エドワード・オールビー、ニール・サイモンの戯曲やアガサ・クリスティなどの小説を翻訳した。文学座座友。 1919年新潟県長岡市に、1922年に東京市に移り関東大震災に遭う。東京府立第五中学校、東京商科大学予科を経て、1940年に東京商科大学(現・一橋大学)卒業。会社員となるがアマチュア演劇団体に所属。 1944年弘前市歩兵連隊に応召。敗戦後、田舎にこもる。1949年帰京。1951年慶應義塾高校教諭、コロンビア大学に留学。1952年帰国、文学座の文芸演出部員となる。
新間 進一(しんま しんいち、1917年9月3日 - 200… 新間 進一(しんま しんいち、1917年9月3日 - 2005年12月11日)は、日本の国文学者。北海道大学助教授・青山学院大学教授を経て、青山学院大学名誉教授。 兵庫県神戸市出身。東京芝生まれ。父は神戸市日蓮宗妙法華院住職・新間智啓。神戸一中、六高を経て、1940年東京帝国大学文学部国文学科卒、同大副手。佐佐木信綱に師事した歌人でもある。1946年白百合女子専門学校教授、1950年北海道大学文学部助教授、1957年文部省教科書調査官、1966年青山学院大学教授、1986年定年、名誉教授。中古・中世和歌と近代短歌を研究、特に「梁塵秘抄」と与謝野晶子研究で知られる。2005年、呼吸不全のため88歳で死去。
斎藤 襄治(さいとう じょうじ、1917年8月26日 - 2… 斎藤 襄治(さいとう じょうじ、1917年8月26日 - 2007年6月12日)は、日本のイギリス文学者、翻訳家、著作家。 東京高等商船学校助教授・茨城キリスト教大学教授・同学長・立正大学教授を歴任。 東京都生まれ。静岡県浜松市育ち。1943年京都帝国大学言語学科卒。東京高等商船学校助教授。 敗戦後、連合国軍総司令部(GHQ)民間情報教育局顧問。その後外務省勤務。日本の小説を英訳するなど文化の国際交流に尽くす。 1969年茨城キリスト教大学教授、1975年から1978年学長。1980年立正大学教授、1988年定年退任。ダートマス大学客員教授。
川俣 晃自(かわまた こうじ、1917年8月16日 - 19… 川俣 晃自(かわまた こうじ、1917年8月16日 - 1999年7月5日)は、日本の劇作家、小説家、フランス文学者。東京都立大学名誉教授。 栃木県足利市出身。第一高等学校を経て、東京帝国大学仏文科卒。一高時代から小説を書き、戦後は都立大学助教授、教授、1957年小説「般若心経」が中央公論新人賞佳作として掲載される。66年戯曲「関東平野」で第12回岸田國士戯曲賞受賞。82年都立大を定年退官、名誉教授、獨協大学教授。
中村 浩三(なかむら こうぞう、1917年(大正6年)7月1… 中村 浩三(なかむら こうぞう、1917年(大正6年)7月10日 - 2008年(平成20年))は、日本のドイツ文学者、翻訳家、早稲田大学名誉教授。 島根県生まれ。1944年早稲田大学文学部独文科卒。早稲田高等学校講師、1951年早稲田大学理工学部助教授、1957年教授、1968 - 1974年語学教育研究所長、1988年定年退任、名誉教授。 1991年『少年ルーカスの遠い旅』で産経児童出版文化賞受賞。ドイツの児童文学を多く訳し、『大どろぼうホッツェンプロッツ』三部作がロングセラーとなっている。
山川 鴻三(やまかわ こうぞう、1917年6月26日 - 2… 山川 鴻三(やまかわ こうぞう、1917年6月26日 - 2009年4月25日)は、日本の英文学者。大阪大学名誉教授。 三重県生まれ。京都帝国大学文学部英文科卒。京都工芸繊維大学助教授、1960年大阪大学文学部助教授、68年「近代英文学における批評の伝統」で大阪大学文学博士。74年教授、81年定年退官、名誉教授、佛教大学教授。
中島 河太郎(なかじま かわたろう、1917年6月5日 - … 中島 河太郎(なかじま かわたろう、1917年6月5日 - 1999年5月5日)は、日本のミステリー文学評論家、アンソロジスト、国文学者。本名は、中嶋馨(なかじま かおる)。日本推理作家協会第7代理事長。日本ミステリー文学大賞受賞者。和洋女子大学元学長・名誉教授。江戸川乱歩の薫陶を受けた推理小説研究の第一人者で、推理小説に加え国文学・民俗学の書誌学者としても知られる。別名に小城魚太郎、石羽文彦、玉井一二三。 鹿児島県鹿児島市生まれ。鹿児島県立第一鹿児島中学校、第七高等学校造士館を経て、東京帝国大学文学部国文科で中世説話文学を専攻する。旧制中学時代から兄の影響で「新青年」を読み始め、探偵小説に親しむ。
阪倉 篤義(さかくら あつよし、1917年5月23日 - 1… 阪倉 篤義(さかくら あつよし、1917年5月23日 - 1994年10月22日)は、日本の国文学者・国語学者。文学博士(京都大学・論文博士・1962年)。京都大学名誉教授。 京都府京都市出身。父は漢学者の阪倉篤太郎。 1941年京都帝国大学文学部国文科卒業。1943年入隊、長沙市にて終戦を迎える。1946年6月に復員、11月に中村憲吉の三女始子と結婚。 1949年京都大学教養部助教授、1962年「語構成の研究」で京大より文学博士の学位を取得。1963年教授、1981年定年退官、名誉教授、甲南女子大学教授。 1991年秋、勲三等旭日中綬章受章。 1994年脳動脈瘤破裂、心機能低下により京都市西京区の病院で死去。
塚越 敏(つかごし さとし、1917年5月16日 - 200… 塚越 敏(つかごし さとし、1917年5月16日 - 2008年2月25日)は、日本のドイツ文学者、翻訳家。慶應義塾大学名誉教授。 1917年、東京生まれ。東京帝国大学文学部独文科卒業。慶應義塾大学文学部独文科教授を務め、定年退任し名誉教授。 2008年2月25日、慢性呼吸不全のため死去。 リルケを研究テーマとした。『書簡集』、『作品集』訳に多く参加した。1996年に『リルケとヴァレリー』で芸術選奨文部大臣賞を受賞。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
尾川 正二(おかわ まさつぐ、1917年(大正6年)4月28… 尾川 正二(おかわ まさつぐ、1917年(大正6年)4月28日 - 2009年(平成21年)3月5日)は、旧朝鮮生まれの国文学者である。
三宅 徳嘉(みやけ のりよし、1917年4月20日 - 20… 三宅 徳嘉(みやけ のりよし、1917年4月20日 - 2003年11月16日)は、日本のフランス語学者・フランス文学者。東京都立大学、学習院大学教授を務めた。父は裁判官の三宅徳業。
坊城 俊民(ぼうじょう としたみ、1917年〈大正6年〉3月… 坊城 俊民(ぼうじょう としたみ、1917年〈大正6年〉3月29日 - 1990年〈平成2年〉4月6日)は、日本の国文学者、教育者。 東京市にて、堂上華族の嫡子として誕生。父・坊城俊良(としなが)は伯爵で宮内官。母は子爵入江為守の娘・朔子(叔父に、昭和天皇の侍従長を務めた入江相政)。神田区駿河台と麻布区笄町に育つ。 1935年(昭和10年)から翌年にかけ、親友・長與道夫の叔父・長與善郎(作家)の邸宅にて、中世国文学の研究者風巻景次郎の指導で源氏物語を初めて読み、文学的に大きな影響を受ける。 学習院では文芸部委員をつとめ、校友会誌『輔仁会雑誌』に詩や散文を発表すると共に、文芸部発行の「雪線」誌に自伝的小説『鼻と一族』などを発表。
大沢 清輝(おおさわ きよてる、1917年3月27日 - 2… 大沢 清輝(おおさわ きよてる、1917年3月27日 - 2005年12月21日)は、日本の天文学者。萩原雄祐門下。日本における観測天体物理学の開拓者の1人である。東京府(現・東京都)出身。1982年紫綬褒章受章、1988年勲二等瑞宝章受章。
柴田 錬三郎(しばた れんざぶろう、1917年〈大正6年〉3… 柴田 錬三郎(しばた れんざぶろう、1917年〈大正6年〉3月26日 - 1978年〈昭和53年〉6月30日)は、日本の小説家、ノンフィクション作家、中国文学者。本名齋藤錬三郎(さいとう れんざぶろう)。代表作に『眠狂四郎』シリーズ、『赤い影法師』『御家人斬九郎』『三国志 英雄ここにあり』などがあり、剣客ブームを巻き起こし、時代小説に新風を送った。「シバレン(柴錬)」の通称でも呼ばれた。 岡山県邑久郡鶴山村(現・備前市)の地主・柴田知太の三男として生まれる。父は日本画家でもあった。3歳で父を亡くしたが、遺された漢籍に親しみ、唐宋詩人の詩を愛吟して育った。 鶴山尋常小学校を卒業後、1929年に旧制岡山県第二岡山中学校に進学。
安田 章生(やすだ あやお、1917年〈大正6年〉3月24日… 安田 章生(やすだ あやお、1917年〈大正6年〉3月24日 - 1979年〈昭和54年〉2月13日)は、昭和期の歌人、国文学者。文学博士。 尾上柴舟門下の歌人・安田青風の長男として兵庫県に生まれる。2歳のとき朝鮮・釜山に、4歳のとき京城に移る。1921年、兵庫県揖保郡龍野町(現たつの市)に転居。1925年、宍粟郡山崎町に移る。 龍野中学校(現兵庫県立龍野高等学校)、姫路高等学校文科を経て、東京帝国大学国語国文学科卒。大手前高等女学校教諭となる。戦中は土浦海軍航空隊教授嘱託、海軍教授を務める。1945年、天理語学専門学校(現天理大学)教授。1946年、樟蔭女子専門学校(現大阪樟蔭女子大学)教授。
新関 岳雄(にいぜき がくお、1917年3月11日 - 19… 新関 岳雄(にいぜき がくお、1917年3月11日 - 1986年10月20日)は、日本のフランス文学者。山形大学名誉教授。 山形県生まれ。旧制山形中学校、旧制山形高等学校を経て、1941年東京帝国大学文学部仏文科卒業、山形大学助教授、教授、81年定年退官、名誉教授、山形女子短期大学学長。郷里の先輩・阿部次郎についても研究した。
坂下 昇(さかした のぼる、1917年3月6日 - 没年不明… 坂下 昇(さかした のぼる、1917年3月6日 - 没年不明)は、日本のアメリカ文学者、翻訳家。 鹿児島県生まれ。1943年東京帝国大学文学部卒。戦後通商産業省勤務を経て、1952年ニューヨーク大学大学院法学研究科修了、1965年までビジネスマンとして滞米。 淑徳短期大学教授を務め、メルヴィル全集を独自の訳語で翻訳、1983年日本翻訳文化賞を受賞した。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
目加田 さくを(めかだ さくお、女性、1917年(大正6年)… 目加田 さくを(めかだ さくお、女性、1917年(大正6年)2月1日 - 2010年(平成22年)12月20日)は、国文学者。平安時代文学が専門。学位は、文学博士(大阪大学・論文博士・1962年)(学位論文「物語作家圏の位相及び教養よりみたる物語の形成」)。福岡女子大学名誉教授。勲三等宝冠章受章。 1917年、福岡県大野城市生まれ。旧姓・瀬利。本名・サクヲ。1941年九州帝国大学法文学部国文科を卒業する。 卒業後は九州帝国大学副手、1945年山口女子専門学校教授、福岡県女子専門学校教授、1950年福岡女子大学助教授、教授を務める。1962年「物語作家圏の位相及び教養よりみたる物語の形成」で大阪大学より文学博士の学位を取得。
御輿 員三(おごし かずぞう、1917年1月25日 - 20… 御輿 員三(おごし かずぞう、1917年1月25日 - 2002年1月30日)は、日本の英文学者。京都大学名誉教授。ジェフリー・チョーサーからジョン・ミルトンまでを研究した。 息子の御輿哲也(1951年 - )も英文学者、神戸市外国語大学教授。 広島県生まれ。1939年京都帝国大学文学部英文学科卒業。文学部副手、広島高等師範学校講師、広島高等学校教授、広島大学助教授、1951年京都大学文学部助教授、1962年教授。評議員、文学部長を務め、1980年定年退官、名誉教授、大谷女子大学教授。
今井 信雄(いまい のぶお、1917年 - 2009年)は、… 今井 信雄(いまい のぶお、1917年 - 2009年)は、日本の国文学者。信州白樺派教員に関する研究の第一人者である。 長野県諏訪郡長地村(現・岡谷市)出身。長野県諏訪中学校(現・長野県諏訪清陵高等学校・附属中学校)を経て、國學院大学卒業。長野県内の小中高校教諭を経て、1948年成城学園中学校高等学校教諭。指揮者小澤征爾の中学の担任となり、小澤が指揮者の道に進んだのは今井の進言が影響した。成城短期大学(のちの成城大学短期大学部)助教授を経て、同短期大学教授、同短期大学学長。1983年退官、同短期大学名誉教授。
岡田 忠軒(おかだ ちゅうけん、1917年 - 1997年3… 岡田 忠軒(おかだ ちゅうけん、1917年 - 1997年3月)は、日本の英文学者、茨城大学名誉教授。 埼玉県出身。1942年、東京帝国大学英文科卒。茨城大学助教授、教授。1981年定年退官、名誉教授、城西大学女子短期大学部教授。1990年、茨城女子短期大学教授。1992年秋、勲三等旭日中綬章受勲。
大沢 実(大澤 實、おおさわ みのる、1916年12月24日… 大沢 実(大澤 實、おおさわ みのる、1916年12月24日 - 1968年9月14日)は、日本の英文学者。早稲田大学教授。 埼玉県生まれ。早稲田大学英文科卒。同大学教授在職中に52歳で死去。ヴァージニア・ウルフを専門とした。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
吉田 弘重(よしだ ひろしげ、1916年(大正5年)10月1… 吉田 弘重(よしだ ひろしげ、1916年(大正5年)10月10日 - 2014年5月)は、日本のアメリカ文学者、広島大学名誉教授。広島県佐伯郡生まれ。広島文理科大学卒、1967年「シンクレア・ルイスの言語の構造と組織」で広島大学文学博士。広島大学文学部助教授、教授、1980年定年退官、名誉教授、広島修道大学教授、ノートルダム清心女子短期大学教授。1992年勲三等旭日中綬章受勲。
高村 勝治(たかむら かつじ、1916年10月9日 - 20… 高村 勝治(たかむら かつじ、1916年10月9日 - 2009年4月3日)は、日本のアメリカ文学者、翻訳家。筑波大学名誉教授。専門はアーネスト・ヘミングウェイで、第二次世界大戦後のアメリカ文学研究の開拓者の一人だった。 石川県生まれ。1940年東京文理科大学卒業、1941年同大学院中退、助手。1946年東京高等師範学校助教授、1948年教授、1949年東京文理科大講師、東京教育大学助教授、1962年「「ローストジェナレーション」研究」で文学博士、1964年教授、移転に伴い筑波大学教授、1980年定年退官、名誉教授、共立女子大学教授。 1990年、勲三等旭日中綬章受勲。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
斎藤 数衛(さいとう かずえ、1916年9月27日 - )は… 斎藤 数衛(さいとう かずえ、1916年9月27日 - )は、日本のアメリカ文学者・翻訳家。 東京生まれ。1940年京都帝国大学文学部英文科卒。早稲田大学法学部教授を務めた。英米文学、推理小説など多数を翻訳。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。