新垣 俊道(あらかき としみち)は、琉球古典音楽の実演家・教… 新垣 俊道(あらかき としみち)は、琉球古典音楽の実演家・教育者。沖縄県立芸術大学音楽学部の准教授として、琉球古典音楽(野村流・湛水流/歌三線・胡弓)の教育・研究に従事している。2023年度(第58回)沖縄タイムス芸術選賞の琉球古典音楽部門・大賞を受賞した。 沖縄県立芸術大学公式プロフィールによれば、同大学および大学院を修了後、助手・助教・非常勤講師を経て准教授となり、琉球古典音楽の教育・研究を担当している。国立劇場おきなわの公式資料では、第1期組踊研修生(地方・歌三線)として紹介されている。 国立劇場おきなわの公演記録には、2009年以降、組踊公演、琉球舞踊公演、普及公演、企画公演などにおいて、歌三線・胡弓・音楽(新作組踊)として出演した記録が掲載されている。
もっと読む
松本 奈緒(まつもと なほ)は、日本の教育学者、体育科教育学… 松本 奈緒(まつもと なほ)は、日本の教育学者、体育科教育学者、舞踊教育者。秋田大学教育文化学部准教授。専門は体育科教育、舞踊教育学。 1997年、お茶の水女子大学文教育学部舞踊教育学科卒業。2003年、筑波大学大学院博士課程体育科学研究科(体育科教育)単位取得満期退学。2006年、秋田大学教育文化学部講師。2011年、同准教授。秋田大学教育文化学部学校教育課程教科教育実践撰修スポーツ・健康教育講座に所属する。 2009年9月末~2010年5月上旬 秋田大学研究者海外派遣支援事業により、アメリカ合衆国、ノースカロライナ大学グリーンズボロ校(University of North Carolina at Greensboro)において、8ヶ月間在外研究を行う(在外研究員)。
もっと読む
馬 君武(ば くんぶ)は、中華民国の政治家・教育家・工学者。… 馬 君武(ば くんぶ)は、中華民国の政治家・教育家・工学者。中国同盟会に属した革命派人士。北京政府で要職に就き、国民政府時代には、新広西派の一員と目された。旧名は道凝、後に和と改名したが、一般には字の君武で知られる。字は他に厚山。本貫は湖北省武昌府蒲圻県(現在の湖北省咸寧市赤壁市)。 地方官吏の家庭に生まれる。1899年(光緒25年)に広西体用学堂に入学した。1900年(光緒26年)、広州へ向かい、フランスの教会が運営する丕崇学院でフランス語を学んだ。 同年7月、シンガポールへ渡り、康有為と会見する機会を得て、変法運動に加わる。後に帰国して、唐才常の自立軍に加わったが、敗北して上海に逃れる。そこで震旦学院で引き続きフランス語を学び、ジュール・ミシュレの『フランス革命史』を翻訳した。
もっと読む
黒田 博(くろだ ひろし)は、日本の声楽家(バリトン)・オペ… 黒田 博(くろだ ひろし)は、日本の声楽家(バリトン)・オペラ歌手・音楽教育者。国立音楽大学教授。二期会会員。2016年(平成28年)から二期会幹事長(任期:2022年(令和4年)3月31日まで)。息子も声楽家(バリトン)の黒田祐貴。 京都府京都市出身。京都市立下鴨中学校卒業。1981年(昭和56年)京都府立朱雀高等学校卒業。1985年(昭和60年)京都市立芸術大学卒業。卒業時に音楽学部賞受賞。蔵田裕行、佐々木成子に師事。1988年(昭和63年)東京芸術大学大学院オペラ科修了。中山悌一、原田茂生に師事。 1989年(平成元年)より2年間イタリアScuola Musicale di Milanoへ留学。
もっと読む
コーイェダー・酒井 ゆかり(コーイェダー・さかい ゆかり、Y… コーイェダー・酒井 ゆかり(コーイェダー・さかい ゆかり、Yukari Kojeder-Sakai)は、オーストリア・ウィーンを拠点に活動する日本出身のピアニスト、音楽教育者。絆音楽プロジェクト・ウィーン代表。元プライナー音楽院(英語版)ピアノ科教授。 福島県いわき市平出身。福島県立磐城女子高等学校(現:福島県立磐城桜が丘高等学校)を経て、国立音楽大学ピアノ科を卒業。同大学大学院音楽研究科ピアノ専攻を修了し、修士号を取得した。日本国内では、石川清、石川瑛子、長峰和子、岩島不二枝の各氏に師事。また、日本人として初めてジュネーブ国際音楽コンクールで入賞したピアニスト、田中希代子の指導を受けた。 1988年よりドイツへ渡り、ミュンヘンにてゲルハルト・オピッツのもとで6年間にわたり研鑽を積む。
もっと読む
後藤 朋子(ごとう ともこ)は、日本の音楽教育者、合唱指導者… 後藤 朋子(ごとう ともこ)は、日本の音楽教育者、合唱指導者。東京都日野市立平山小学校指導教諭。 富山県出身。国立音楽大学器楽学科ピアノ専攻卒業。卒業後、都立特別支援学校や八王子市、日野市内の小学校において音楽専科として勤務。 八王子市立上柚木小学校で勤務後、平成15年(2003年)日野市立百草台小学校に着任。同年秋、合唱団を設立。翌平成16年(2004年)、第71回NHK全国学校音楽コンクールに応募。平成20年(2008年)に百草台小学校と三沢台小学校が統合して新たに開校した日野市立七生緑小学校に着任。統廃合後も合唱団を継続。 2021年度まで日野市立七生緑小学校に勤務し、2022年度より日野市立平山小学校に異動。
もっと読む
曽我 栄子(そが えいこ)は、日本の声楽家(ソプラノ)、オペ… 曽我 栄子(そが えいこ)は、日本の声楽家(ソプラノ)、オペラ歌手、音楽教育者。名前は曾我榮子、曾我栄子または曽我榮子という表記も見られる。 広島県出身。国立音楽大学声楽科卒業。同専攻科修了。田中伸枝、畑中良輔、中山悌一、エレン・ボゼニウスの各氏に師事。 モーツァルト『魔笛』のパミーナでオペラ界にデビュー(ただし昭和音楽大学オペラ情報センターの記録では、一番古いものは1969年(昭和44年)1月の二期会ワーグナー『ラインの黄金』フライアである。ちなみに曽我がパミーナを演じた最初の記録は1973年(昭和48年)となっている)。以後モーツァルト『フィガロの結婚』伯爵夫人、『コシ・ファン・トゥッテ』フィオルディリージ、『ドン・ジョヴァンニ』ドンナ・アンナ、ワーグナー『タンホイザー』エリザベート、『ローエングリン』エルザ、リヒャルト・シュトラウス『ナクソス島のアリアドネ』アリアドネ、ウェーバー『魔弾の射手』アガーテ等に出演。
もっと読む
藤川 泰彰(ふじかわ やすあき)は、日本の声楽家(テノール)… 藤川 泰彰(ふじかわ やすあき)は、日本の声楽家(テノール)、音楽教育者。 香川県高松市出身。1983年(昭和58年)国立音楽大学声楽学科卒業。在学中より布施隆治、中村義春に師事。大学卒業後は、郷里で教鞭をとるかたわら田口興輔のもとで声楽の勉強を続け、四国二期会のオペラ公演に参加。1983年(昭和58年)に松井和彦『泣いた赤鬼』の赤鬼を、1988年(昭和63年)にモーツァルト『魔笛』のタミーノを演じた。 1989年(平成元年)、1990年(平成2年)に東京オペラ・プロデュースによるヴェルディ『オテロ』に出演。1991年(平成3年)5月にBunkamura主催の日中合作オペラ『魔笛』の北京公演においてタミーノを演じ、11月のオーチャードホールでの公演にも同役で参加、いずれも好評を博している。
もっと読む
近藤 薫明(こんどう しげあき)は、日本の教育者、学校経営者… 近藤 薫明(こんどう しげあき)は、日本の教育者、学校経営者である。旧制東京府立第四中学校(現:東京都立戸山高等学校)教諭、城北中学校・高等学校学校長・理事長、及び城北埼玉中学・高等学校を創立するなど中等教育機関の教育と経営・創立に携わった。 國學院大學卒業。旧制東京府立四中(現:都立戸山高校)歴史科教諭から転じて、深井鑑一郎が1941年(昭和16年)に創設(再興)した旧制城北中学校(現:城北中学校・高等学校)で教鞭をとり、1943年(昭和18年)に同校第2代学校長となる。深井鑑一郎の教育理念に感銘を受け、のちに埼玉県川越に城北埼玉中学・高等学校を設立し、初代理事長を務めた。 1976年(昭和51年)に國學院大學院友会第8代会長。
もっと読む
鈴木 崇広(すずき たかひろ)は、日本の化学者、教育者。静岡… 鈴木 崇広(すずき たかひろ)は、日本の化学者、教育者。静岡県賀茂郡東伊豆町(稲取)出身。東京理科大学理学部第一部化学科助教。専門は化学教育、光化学。 高等学校教諭時代に開発した化学実験教材が高く評価され、2022年度(第54回)東レ理科教育賞の最高賞(文部科学大臣賞)を受賞した。現在は大学において、理科教員の養成や新規教材の開発研究に従事している。 「受験のためだけでなく、人生の豊かさにつながる理科教育」を理念に掲げている。 高校教員時代は、授業時間を確保しにくい進学校の環境にあっても「実験」を重視し、生徒自身が仮説を立てて検証するプロセス(探究活動)を積極的に取り入れた。特に女子校(大妻嵐山中学校・高等学校)勤務時代には、理系分野に進む女子生徒(リケジョ)を増やすための取り組みに注力し、2024年に日産財団より「第7回リカジョ育成賞」準グランプリを授与されている。
もっと読む
杉田 豊(すぎた ゆたか)は、日本の教育者。公立大学法人静岡… 杉田 豊(すぎた ゆたか)は、日本の教育者。公立大学法人静岡文化芸術大学顧問、公益財団法人静岡新聞・静岡放送文化福祉事業団評議員。 静岡県教育委員会教育長、財団法人静岡県埋蔵文化財調査研究所理事長(第7代)、学校法人静岡文化芸術大学副理事長などを歴任した。 1957年、静岡県立浜松西高等学校を卒業した。卒業後は静岡大学に進み、教育学部にて学んだ。1961年、静岡大学教育学部を卒業した。 静岡大学卒業後は、静岡県の公立高等学校の教員として勤務する。浜松市立高等学校や静岡県立袋井高等学校などさまざまな高等学校で教諭を務め、静岡県教育委員会の事務局でも高等学校教育課の課長補佐などを務めた。その後もさまざまな高等学校での勤務を経て、静岡県立静岡高等学校にて校長に就任した。
もっと読む
藤森 敦之(ふじもり あつし)は、日本の教育者、言語学者(第… 藤森 敦之(ふじもり あつし)は、日本の教育者、言語学者(第二言語習得研究・言語学・実験言語学)。学位はPh.D.(ブリティッシュコロンビア大学・2011年)。静岡県立大学言語コミュニケーション研究センターセンター長・准教授。 長野県阿南高等学校講師、静岡大学大学教育センター講師、静岡大学情報学部講師、静岡県立大学言語コミュニケーション研究センター副センター長などを歴任した。 第二言語習得研究、統語論インタフェース、実験言語学などを専攻する言語学者である。統語論のインタフェースにおける韻律の役割に関する研究などで知られている。後進の育成に努めており、静岡県立大学、静岡大学などで講じた。また、長野県阿南高等学校で教鞭をとった経験を持つ。
もっと読む
長堀 俊史(ながほり としふみ)は、日本の医師、医学教育者。… 長堀 俊史(ながほり としふみ)は、日本の医師、医学教育者。専門は内科学および医学教育学。北里大学医学部医学教育研究開発センター学習支援研究部門教授を務める。医師国家試験対策を中心に、医学生の学習支援に携わっている。 東京大学物療内科(アレルギー・リウマチ内科)にて研究に従事し、IL-5産生性T細胞やHGF(肝細胞増殖因子)に関する炎症・肺疾患の基礎研究に携わった。 2012年12月、川崎市宮前区に宮前平第2クリニック(透析内科・内科)を開院し、院長を務めた。地域密着型の安心医療を目指し、「安全であること、聴くことを大切に」と語っている。 専門分野は医学教育学と内科学。北里大学医学教育研究開発センター学習支援研究部門にて、医学生の医師国家試験対策や学習支援を担当する。
もっと読む
小林 敢治郎(こばやし かんじろう)は、日本の教育者。 長野… 小林 敢治郎(こばやし かんじろう)は、日本の教育者。 長野県飯田市生まれ、千葉大学教育学部卒業、千葉大学教育学部附属小学校教諭、同副校長。植草学園大学発達教育学部発達支援教育学科教授、「NPOちば算数・数学を楽しむ会」理事長、財団法人日本数学検定協会評議員。「ドラえもんの学習シリーズ」の算数分野の著書を多く担当した。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。 この項目は、教育に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:教育)。 この項目は、数学に関連した書きかけの項目です。
もっと読む
佐藤 孝司(さとう たかし、1966年9月 - 2012年2… 佐藤 孝司(さとう たかし、1966年9月 - 2012年2月18日)は日本の教育者。学校法人佐藤栄学園の第二代理事長。 1990年中央大学文学部、1992年同大法学部卒業。同年、佐藤栄学園国際教育部長に就任する。2008年、父親の佐藤栄太郎の死去に伴い、父の跡をつぐ形で佐藤栄学園二代目理事長に就任し学園運営に尽力していたが、2012年(平成24年)2月18日食道静脈瘤破裂により逝去した。45歳没。墓所はさいたま市西区三橋の青葉園。 父は佐藤栄学園理事長を務めた佐藤栄太郎、母は埼玉短期大学学長などを務めた佐藤照子(1939年-2004(平成16年)6月15日)。非常に酒類を好み、特にぶどう酒を好んでいた。
もっと読む
大井 俊博(おおい としひろ)は、日本の教育者。英明フロンテ… 大井 俊博(おおい としひろ)は、日本の教育者。英明フロンティア中学校・高等学校校長。 東京都立両国高等学校・附属中学校校長や昭和学院中学・高等学校校長、東京都高等学校体育連盟会長、全国高等学校体育連盟副会長を歴任している。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
もっと読む
内田 禎二 (うちだ ていじ)は日本の電子工学者、教育者。東… 内田 禎二 (うちだ ていじ)は日本の電子工学者、教育者。東京大学 工学博士、IEEE Fellow、電子情報通信学会 名誉員。日本電気(NEC)光エレクトロニクス研究所 所長、NEC 取締役、東海大学 教授を歴任し、固体化FM変調装置を完成するなど光通信システムの分野で多くの実績をあげた。 1954年NECに入社し、マイクロ波広帯域通信装置の開発に従事する。1957年からマイクロ波受信ミキサの遅延歪み解析を研究する。1960年、仏政府技術留学生として仏グルノーブル大学理学部に留学、電波文工学用測定器の研究で工学博士を取得し、同時にグルノーブル原子核研究所にて電子スピン共鳴の研究に従事する。1962年、NEC無線工場 基礎開発部にてFM変調機を完成し、実用化する。
もっと読む
加藤 政司郎(かとう せいしろう / まさしろう、生没年不詳… 加藤 政司郎(かとう せいしろう / まさしろう、生没年不詳)は、大正から昭和期の教育者、翻訳家、編集者、軍事史学者。東京高等師範学校(現・筑波大学)で教え、アメリカの教科書を纂訳し出版したほか、軍事史学の翻訳書なども著した。 千葉県平郡、後の安房郡平群村(現南房総市)で生まれた。東京・築地の立教学校(現・立教大学)に入学し、英文学を修学する。第一高等学校大学予科を経て 1903年(明治36年)7月、東京帝国大学文科大学哲学科を卒業。その後、大学院に進み1914年(大正3年)4月、東京高等師範学校(現・筑波大学)教諭を務めた。 その後、翻訳家になり、大正期には、松宮春一郎(世界文庫刊行会主宰者、後の中央大学事務部長)と活動をともにして、水野葉舟とアメリカの教科書を纂訳し刊行したほか、複数の軍事史学の翻訳書を著す。
もっと読む
後飯塚 由香里(ごいつか ゆかり)は、日本の化学教育者。東京… 後飯塚 由香里(ごいつか ゆかり)は、日本の化学教育者。東京都の公立高等学校教諭。「化学は五感を使って観察し、見えないものを想像して文章に表現する教育手段である」という信念のもと、実験教材の開発と科学的な表現力の育成に尽力している。現在は東京都立松原高等学校指導教諭を務める。 1984年に東京大学農学部農芸化学科を卒業後、財団法人日本食品分析センターに勤務する。1986年に高等学校教諭に転身し、東京都立本所工業高等学校、東京都立足立高等学校、東京都立戸山高等学校、東京都立新宿高等学校、東京都立駒場高等学校を経て、現在は東京都立松原高等学校にて化学教諭(指導教諭)を務めている。 教職にある間の1992年には、明治大学文学部二部文学科を卒業するなど研鑽を積み、理系・文系の枠を超えた広い視点での教育実践を行っている。
もっと読む
中田 達也(なかた たつや)は、日本の応用言語学者、第二言語… 中田 達也(なかた たつや)は、日本の応用言語学者、第二言語習得研究者、英語教育者。立教大学教授。専門分野は、第二言語習得語彙習得論、およびコンピューターを使った外国語学習。 立教高等学校を経て、2002年立教大学文学部英米文学科卒業。2005年3月東京大学大学院総合文化研究科言語情報科学専攻修了、修士(学術)。2013年12月ヴィクトリア大学ウェリントン School of Linguistics and Applied Language Studies 修了、PhD in Applied Linguistics(応用言語学博士)。 2015年4月関西大学外国語学部外国語学科助教、2016年4月准教授。
もっと読む
広瀬 錦一(ひろせ きんいち、旧字体: 廣瀬 錦一、生没年不… 広瀬 錦一(ひろせ きんいち、旧字体: 廣瀬 錦一、生没年不詳)は、日本の心理学者、教育者。中京大学初代文学部長、立教大学文学部教授。別名、結城 錦一。 東京帝国大学哲学科を卒業後、同大学心理学研究室に務める。。 1929年(昭和4年)4月に、立教大学文学部哲学科の教授に就任し、実験心理の講座を担当する。 1966年(昭和41年)4月に、中京大学文学部(国文学科、英文学科、心理学科)が名古屋キャンパスに開設されると、初代文学部長を務め、自身が開設に尽力した心理学科の初代主任に就任する。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
もっと読む
傅 式説(ふ しきえつ)は、中華民国の政治家・化学者・教育者… 傅 式説(ふ しきえつ)は、中華民国の政治家・化学者・教育者。南京国民政府(汪兆銘政権)の要人。字は筑隠。傅式悦と表記されることもある。字は築隠。号は耐盦。 1903年(光緒29年)、中山学堂に入学する。1905年(光緒31年)、日本に留学して、東京帝国大学で工学士の称号を取得した。1911年(宣統3年)、帰国し、辛亥革命で革命派の義勇軍に参加した。その後、再び日本へ留学し、東京帝国大学工学部で研究生となった。このとき、同級生たちと『丙辰学社』、『中華学芸社』を創立している。 1918年(民国7年)に帰国し、通易鉱務公司、漢冶萍煤鉱公司などに所属した。1922年(民国11年)、私立廈門大学教授をつとめる。
もっと読む
星野 辰雄(ほしの たつお、1893 - 没年不詳)は、日本… 星野 辰雄(ほしの たつお、1893 - 没年不詳)は、日本の法学者、商学者、教育者、弁護士、翻訳家。立教大学経済学部元教授。父は渋沢栄一。旧姓名、渋沢辰雄。 1893年、渋沢栄一の庶子として生まれる。 星野錫(東京印刷社長・衆議院議員)の養子となり、星野姓を名乗る。 立教学院を経て、東京帝国大学仏法科を卒業したのち、同大学院にて商法および仏法の研究を行う。1923年(大正12年)に弁護士登録を行う。 その後、フランス・パリにあるソルボンヌ大学並びにリヨン大学で労働立法、商法、経済の研究に従事。また、1921年(大正10年)からは、国際労働会議に出席した。 立教大学の教授となり、労働法制とフランス語を講じた。
もっと読む
広瀬 宣行(ひろせ のぶゆき)は日本のピアニスト、音楽教育者… 広瀬 宣行(ひろせ のぶゆき)は日本のピアニスト、音楽教育者。東京音楽大学准教授、東京音楽大学付属高等学校講師。 1979年、東京音楽大学ピアノ科を卒業。ピアノを永野静枝、古村義尚らに師事。ドイツリート伴奏法をイエルク・デムスに師事。1983年から2年連続、NHK-FMリサイタルに出演。1996年、ザルツブルク・モーツァルテウム大学にてコレペティートルを務める。 2002年から2年間、NHK学園「ゴスペル講座」の講師を務める。 2008年、「平均律の弊害について考える」、2009年、内藤晃と「指揮者の発想とピアノ演奏」、2014年、2015年に東京音楽大学にて「音律と奏法」の講座を開催。 ローゼンストック国際ピアノコンクール、東京国際ピアノコンクール等、数多くのコンクール審査員を務める。
もっと読む
小林 洋司(こばやし ようじ)は日本の教育者、公民科教諭。 … 小林 洋司(こばやし ようじ)は日本の教育者、公民科教諭。 著書では『現代社会問題集』(共編著, 横山正, 山川出版社)や『情報A・B』(中村祐治ほか, 開隆堂出版)などの教材を執筆をした。また『法律文化』(東京リーガルマインド, 2004, 8)や『大学時報』(319号, 2008, 3)、『月刊 高校教育』(3月号, 2008)など、都立高等学校の職業教育や高大連携、大学入試について提言を寄稿している。大泉高等学校の同窓会報『いずみ』(51号,2007)では、「中高一貫教育校の特色として、第一に教養主義に徹する」と語っている。
もっと読む
大久保 昭男(おおくぼ あきお、生年月日非公表)は、日本の声… 大久保 昭男(おおくぼ あきお、生年月日非公表)は、日本の声楽家(バリトン)、音楽教育者。 1953年(昭和28年)東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。矢田部勁吉に師事。 1953年(昭和28年)5月NHKオーディションに合格。1954年(昭和29年)2月二期会オペラ近衛秀麿指揮、青山杉作演出による『カルメン』のモラレス役でデビュー。同年5月日本楽劇協会・二期会オペラ山田耕筰:本人指揮『黒船』(初演)、長門美保歌劇団ドヴォルザークのオペラ石井歓指揮、青山圭男演出による『ルサルカ』(初演)等にも出演した。1959年(昭和34年)にドイツ・リート、日本歌曲による第一回リサイタルを開催した。 1960年(昭和35年)、畑中良輔の求めに応じて慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団のヴォイストレーナーに就任。
もっと読む
川上 晃(かわかみ あきら)は、日本の音楽教育者・音楽学者。… 川上 晃(かわかみ あきら)は、日本の音楽教育者・音楽学者。群馬大学教育学部教授。専門は音楽学。 1975年東京芸術大学音楽学部卒業、1978年同大学院音楽研究科修了、芸術学修士。 東京音楽大学紀要 (大学・研究所等紀要、1985年) 東京音楽大学紀要 (大学・研究所等紀要、1979年) 群馬大学教育学部紀要 (大学・研究所等紀要、1988年) この項目は、音楽に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル 音楽/ウィキプロジェクト 音楽)。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
もっと読む
小泉 惠子(こいずみ けいこ)は、日本の声楽家(ソプラノ)、… 小泉 惠子(こいずみ けいこ)は、日本の声楽家(ソプラノ)、音楽教育者。恵子という表記も見られる。 1977年(昭和52年)東京芸術大学卒業。畑中良輔、三浦智津子に師事。1976年(昭和51年)芸大在学中に芸大『メサイア』にてソプラノソロ。卒業時には、NHK新人演奏会やFMリサイタルに出演。1977年 - 1978年(昭和53年)米国サンフランシスコ音楽院に留学。レノアール・ホザックに英・独歌曲とオペラ等、レオポルド・シモノーに仏歌曲、特にベラ=ローザ(キリ=テ=カナワの師)から高く評価され、特別指導を受けた。東京芸術大学大学院修士修了。第一回奏楽堂日本歌曲コンクール第一位。 山田耕筰賞・木下記念金メダル受賞。
もっと読む
永富 啓子(ながとみ けいこ)は、日本の声楽家(ソプラノ、メ… 永富 啓子(ながとみ けいこ)は、日本の声楽家(ソプラノ、メゾソプラノ)、合唱指揮者、音楽教育者。 佐賀県唐津市出身。東京芸術大学音楽学部声楽科卒業。1971年(昭和46年)ウィーンに渡り、ウィーン国立音楽大学発声科、リート・オラトリウム科、オペラ科の各科を卒業。 畑中良輔、W.シュタインブリック、エリック・ヴェルバ、A.コローに師事。 1974年(昭和49年)のウィーン・カンマーオペラ劇場出演を皮切りに、オーストリアと日本で積極的な演奏活動を行う。特にドイツ歌曲の分野には研鑽を重ね、その演奏は常に好評を受けている。永年にわたってウィーン日本人会婦人部女声コーラス“シュパッツェンコーア”の指揮を務める。
もっと読む
中村 義春(なかむら よしはる)は、日本の声楽家(バリトン)… 中村 義春(なかむら よしはる)は、日本の声楽家(バリトン)、オペラ歌手、音楽教育者、合唱指揮者、作曲家。東京学芸大学名誉教授、洗足学園音楽大学名誉教授。 1956年(昭和31年)東京藝術大学声楽科卒業。畑中良輔、小池寿郷に師事。 公式デビューは1957年(昭和32年)二期会 ビゼー『カルメン』モラレスとなっている(それ以前の記録もある。後述)。以後、ブリテン『夏の夜の夢』ディミトリアス、プッチーニ『蝶々夫人』シャープレス、ロッシーニ『セヴィリアの理髪師』フィガロ、ヨハン・シュトラウス2世『こうもり』フランク、レオンカヴァッロ『道化師』シルヴィオ等に出演。 特に室内歌劇や日本の創作オペラに意欲的に取り組んでおり、石桁眞禮生『駈込』、佐藤眞『芥子の天人』、オムニバス・オペラ『小判狂言』、浦田健次郎『トントコトン物語』、飯田隆『真説カチカチ山』、石桁眞禮生『卒塔婆小町』等に出演。
もっと読む
西川 秀人(にしかわ ひでと)は日本のピアニスト、音楽教育者… 西川 秀人(にしかわ ひでと)は日本のピアニスト、音楽教育者。 5歳よりピアノを始め、長岡敏夫、伊達純に師事。 1976年(昭和51年)東京藝術大学音楽学部卒業。同大学院修士課程を修了し、イタリアに留学。国立ローマ・サンタチェチーリア音楽院でヴィンツェンツォ・ヴィターレ、レンツォ・シルヴェストリに師事。同音楽院卒業。 第7回セニガッリア国際ピアノコンクールで第1位入賞。その後ローマを始めイタリア各地でリサイタルを開催。 帰国後も東京でのリサイタルをはじめ、NHK-FMの録音、オーケストラとの共演、室内楽及び声楽、合唱のピアノ奏者を務める等、多方面に亘って活動を行っている。1983年(昭和58年)東西四大学合唱演奏会における小林研一郎の指揮による早稲田大学グリークラブの『繩文』は名演として知られる。
もっと読む
平松 英子(ひらまつ えいこ)は、日本の声楽家(ソプラノ)、… 平松 英子(ひらまつ えいこ)は、日本の声楽家(ソプラノ)、音楽教育者。東京芸術大学音楽学部教授。 東京都出身。東京学芸大学附属竹早小学校、東京学芸大学附属竹早中学校、東京都立芸術高等学校を経て、1980年(昭和55年)東京芸術大学音楽学部声楽科卒業。1983年(昭和58年)同大学院オペラ科修了。その後、ドイツ学術交流会 (DAAD) 奨学生としてミュンヘン音楽大学に留学。ハンス=マルティン・シュナイト、ハンノ・ブラシュケ (De:Hanno Blaschke) のもとで学び、1987年(昭和62年)マイスタークラスを修了する。東敦子に師事。 プロとしてのキャリアのスタートは、ミュンヘン音楽大学在学中に代役としてバッハ・コレギウム・ミュンヘンのJ.S.バッハ『ヨハネ受難曲』に出演したことから始まった。
もっと読む
三宅 麻美(みやけ まみ)は、日本のクラシック・ピアニスト、… 三宅 麻美(みやけ まみ)は、日本のクラシック・ピアニスト、ピアノ教育者。 神奈川県生まれ。東京芸術大学器楽科ピアノ専攻卒業。ドイツ国立ベルリン芸術大学卒業、同大学院演奏家コースを修了し、ドイツ国家演奏家資格取得。イモラ国際ピアノアカデミーをディプロマを得て卒業。 小笠原二郎、助川陽子、辛島輝治、クラウス・ヘルヴィッヒ、レオニード・マルガリウス、ボリス・ペトルシャンスキーに師事。 2008年日本人初となる「ショスタコーヴィチ《24の前奏曲とフーガ》全曲」のCDを発売。 「三宅麻美 ショスタコーヴィチ・シリーズ」のほか、「ベートーヴェン・ピアノ・ソナタ全曲演奏会」、N響メンバーとの「ベートーヴェン室内楽シリーズ」(ピアノ・トリオ、ヴァイオリン・ソナタ、チェロ・ソナタ各全曲)などの演奏会を行っている。
もっと読む
高嶺 英恒(たかみね ひでつね)は、日本の教育者、生物学者(… 高嶺 英恒(たかみね ひでつね)は、日本の教育者、生物学者(昆虫学)。 沖縄尚学高等学校附属中学校教諭などを歴任した。 日本の教育者であり、沖縄尚学高等学校附属中学校で教鞭を執っていた。また、在野の生物学者でもあり、特に蟻の採集や調査で知られている。生涯を賭して採集した標本群は「高嶺コレクション」として知られ、沖縄県において体系的に整備された標本としては最古であり、同時に信頼性の最も高い参照標本とされている。これらの業績から「沖縄産アリ類研究の第一人者」と評されている。 中学生の頃から蟻に興味を持っていた。のちに本州に移り、東京農業大学を卒業した。それに伴い、農学士の称号を取得した。 沖縄県に戻ると、沖縄尚学高等学校附属中学校に採用され、教諭として勤務した。
もっと読む
藤田 敦子(ふじた あつこ)は、日本の子育てアドバイザー、教… 藤田 敦子(ふじた あつこ)は、日本の子育てアドバイザー、教育者。一般社団法人日本ぺたほめアカデミー協会代表理事。同志社大学文学部心理学専攻卒業。日本心理学会認定心理士。日本心理学会正会員。 京都府京都市出身。同志社大学文学部心理学専攻を卒業後、ニットデザイナーとして勤務し、海外部門チーフを務めるも出産を機に退職。離婚を経て、シングルマザーとして2人の息子を育て、両者とも国公立大学医学部に現役合格させた経験をもとに「ぺたほめ子育て術」を考案。 教育虐待を減らし、自己肯定感の高い子どもを増やすという社会的ニーズに応えるため、2018年に「ぺたほめ医専アカデミー」を設立。子育てアドバイザーとして活動しながら、2022年には「一般社団法人日本ぺたほめアカデミー協会」を設立し、代表理事に就任。
もっと読む
藤田 雅(ふじた みやび)は、日本のピアニスト、フルート奏者… 藤田 雅(ふじた みやび)は、日本のピアニスト、フルート奏者、指揮者、音楽教育者。 4歳より音楽教育を受け13歳よりフルートを、15歳より作曲を学ぶ。 桐朋学園大学音楽学部フルート専攻卒業、同研究科修了。フルートを峰岸壮一に師事。三村園子、根岸道子、工藤重典、ジェームズ・ゴールウェイ、クリスティアン・ラルデ (Christian Lardé) の指導も受ける。室内楽を数住岸子、山崎伸子、中川良平、カール・ライスター、アンリエット・ピュイグ=ロジェに師事。ピアノを大原宣子に、作曲・和声学を森垣桂一、香月修に師事。 1987年(昭和62年)渡米、インディアナ大学大学院アーティスト・ディプロマ・コースにて引き続きフルートを学び、室内楽をジョーゼフ・ギンゴールドに学ぶが、1989年(平成元年)同大学院ピアノ科に転科し練木繁夫に師事。
もっと読む
佐藤 在寛 は、日本のろう教育者、社会教育者。北海道函館聾学… 佐藤 在寛 は、日本のろう教育者、社会教育者。北海道函館聾学校(北海道函館市)の前身である函館盲唖院の第3代院長。特殊教育の功労者、函館市教育界の元老として函館市民の尊敬を一身に集め、全道盲聾唖教育の父、北海道のペスタロッチとも呼ばれた。「在寛」の名は号で、本名は佐藤 政次郎。徳島県名西郡高川原村(2023年現在石井町)出身。
もっと読む
江口 智美(えぐち さとみ)は、日本の教育者・家政学者(調理… 江口 智美(えぐち さとみ)は、日本の教育者・家政学者(調理科学・食品物性学)。博士(環境人間学)(兵庫県立大学・2015年)。静岡県立大学食品栄養科学部講師・大学院食品栄養環境科学研究院講師。 愛知県公立中学校教諭、山形県立米沢栄養大学健康栄養学部講師などを歴任。 専門は、調理科学・食品物性学。饂飩など澱粉を混合した食品の物性や咀嚼性、および、嗜好性の関連についての研究で知られる。愛知県公立中学校教諭を経て、山形県立米沢栄養大学・静岡県立大学などで教鞭を執った。 奈良女子大学に進学し、生活環境学部生活環境学科食物科学専攻に在籍、2004年(平成16年)3月、同大学卒業に伴い、学士(生活環境学)の学位を取得。
もっと読む
石田 勝義(いしだ かつよし)は、日本の教育者、教育学者(児… 石田 勝義(いしだ かつよし)は、日本の教育者、教育学者(児童福祉・特別支援教育)。元浜松学院大学学長、元浜松学院大学短期大学部学長、元学校法人興誠学園特任理事・評議員、特定非営利活動法人てんだあネット理事長。 静岡県教育委員会事務局養護教育課指導班班長、静岡県立御殿場養護学校校長、静岡県立浜名養護学校校長、浜松学院大学現代コミュニケーション学部教授などを歴任した。研究活動上の不正行為(盗用)が発覚し、2021年4月28日付けで同大学を懲戒解雇された。 法音寺学園が設置・運営する日本福祉大学に進学し、社会福祉学部にて社会福祉学を専攻した。日本福祉大学を卒業し、社会学士の称号を授与された。 静岡県教育委員会に採用され、事務局の養護教育課にて指導班の班長を務めた。
もっと読む
エカテリナ・アルシャフスカヤ(ロシア語: Екатерина… エカテリナ・アルシャフスカヤ(ロシア語: Екатерина Аршавская、英語: Ekaterina Arshavskaia)は、日本の教育者(英語教授法・応用言語学・メディア研究)。学位は修士(社会科学)(広島大学・2018年)。静岡県立大学言語コミュニケーション研究センター特任講師。出身地はロシア。 新川センサテクノロジ株式会社講師、広島大学ライティングセンターライティングチューター、近畿大学講師などを経験。 第二言語習得研究、英語教授法、応用言語学、統語論、メディア研究を専攻する言語学者である。アカデミックリーディングにおいてのパラグラフリーディングの研究で知られている。新川センサテクノロジのような企業をはじめ、広島大学、近畿大学、静岡県立大学、といった教育・研究機関でおしえた。
もっと読む
小林 晃彦(こばやし あきひこ)は、日本の教育者。上越教育大… 小林 晃彦(こばやし あきひこ)は、日本の教育者。上越教育大学特任教授。上越市教育委員会委員。元上越市立城北中学校校長。 法政大学法学部卒業後、越路町立越路中学校、糸魚川市立上早川中学校、上越市立春日中学校、上越教育大学学校教育学部附属中学校、上越市立城西中学校などの教諭を経て、1999年に栃尾市立秋葉中学校の教頭となる。上越市教育委員会学校教育課の指導主事、長岡市立山古志中学校校長を務め、2008年より豊富な実務経験から新潟県教育庁義務教育課 管理主事へ就任。上越教育事務所課長、所長を経て上越市立城北中学校校長、上越教育大学特任教授となった。
もっと読む
久住 眞理(くすみ まり)は、日本の教育者、医学博士(Ph.… 久住 眞理(くすみ まり)は、日本の教育者、医学博士(Ph.D)、臨床心理学修士。 人間総合科学および心身健康科学を提唱。現在、学校法人早稲田医療学園理事長、人間総合科学大学学長、日本心身健康科学会理事長を務める。私立大学としては、日本初の通信教育課程専門の人間総合科学大学を創立した(2000)。また日本では唯一、心身健康科学の博士・修士を取得できる人間総合科学研究科心身健康科学専攻(通信教育課程)を設置(2004)。新機軸の統合科学である心身健康科学の創始者であり学問構築を牽引する。
もっと読む
谷口 牧子(たにぐち まきこ)は、日本の教育者・法学者、法学… 谷口 牧子(たにぐち まきこ)は、日本の教育者・法学者、法学博士(北海学園大学・1997年)。専門は、国際私法・知的財産法。現在、旭川工業高等専門学校教授。 1985年北海学園大学法学部卒業後、北海学園札幌高等学校教諭。1995年北海学園大学大学院法学研究科博士課程単位取得満期退学。その後、札幌学院大学法学部非常勤講師。1997年法学博士の学位を取得。1997年旭川工業高等専門学校一般人文科講師、同助教授を経て現職。2025年に定年退職後、嘱託教授として、再び旭川高専の教壇に立つ。 この他、札幌学院大学法学部非常勤講師(2010年より2017年まで)。旭川市情報公開・個人情報保護委員会委員、北海道大規模小売店舗立地審議会副部会長、独立行政法人大学評価・学位授与機構審査官、最高裁判所知的財産権訴訟専門委員などを歴任。
もっと読む
小寺 甲子二(こでら きねじ、生年不詳 - 没年不詳)は、日… 小寺 甲子二(こでら きねじ、生年不詳 - 没年不詳)は、日本の教育者、博物学者。 士族として兵庫県に生まれる。1885年7月札幌農学校(北海道大学の前身)(第5期)を卒業した。 1986年札幌農学校の助教授となり、博物学、生理学、物理学、英語、文法を担当した。札幌農学校附属博物館(現・北海道大学総合博物館)の責任者である、博物館主管、博物場主任、博物館掛長を歴任した。1887年には、博物館主管として、利尻島および礼文島に調査に赴いている。同僚の助教授(後に教授)には新渡戸稲造がいた。札幌独立キリスト教会会員であったキリスト教徒であり、新島襄とも交流している。 1901年8月福岡県立中学修猷館館長に就任。
もっと読む
杉山 頴司 (すぎやま えいじ、1924年(大正13年) -… 杉山 頴司 (すぎやま えいじ、1924年(大正13年) - 2003年(平成15年))は、昭和から平成の指揮者であり教育者、日本吹奏楽指導者協会会長、埼玉県吹奏楽連盟理事長、埼玉県文化団体連合会副会長を務めた。 昭和18年(1924年)、埼玉県大宮市(現さいたま市)に生まれる。埼玉県浦和商業学校(埼玉県立浦和商業高等学校の前身)に入学、吹奏楽部でフルートを担当。卒業後、埼玉県庁に勤務。昭和7年(1943年)陸軍戸山学校入学。昭和8年(1944年)7月に8ヶ月で繰り上げ卒業。その後、支那派遣軍の軍楽隊勤務のため南京に派遣。昭和21年(1946年)3月帰国。武蔵野音楽大学入学。卒業後、埼玉県立春日部高等学校に勤務。
もっと読む
谷池 重紬子(たにいけ えつこ)は、日本のピアニスト、音楽教… 谷池 重紬子(たにいけ えつこ)は、日本のピアニスト、音楽教育者。二期会所属。 武蔵野音楽大学音楽学部器楽学科を卒業後、二期会のピアニストとなる。伴奏者として有名になり、朝日新聞に掲載のコラム「天声人語」にも紹介された。 第一線で活躍している歌手のリサイタル、オペラ、合唱伴奏及びその録音、放送等を数多く手がけている。また、静岡国際オペラコンクール等、国際コンクールのオフィシャルピアニストも務めている。 1994年8月、1995年8月、1996年8月、夏のイタリアにおけるガブリエラ・トゥッチ、ジャンニ・ライモンディ、ジュゼッペ・タッデイ等のマスタークラスでの声楽セミナーにピアノ伴奏及びオペラ公演伴奏者として参加。
もっと読む
坂東 肇(ばんどう はじめ)は、日本の教育者・音楽家。 追手… 坂東 肇(ばんどう はじめ)は、日本の教育者・音楽家。 追手門学院高等学校から武蔵野音楽大学に進学し、[要出典]大学院音楽研究科を1979年に修了。 1986年に神戸大学教育学部講師に就任し、後に教授に昇任。2019年2月19日に「発すれば達し,達すれば発す ~秀峰をめざして~」をテーマとした最終講義を,学生、教職員,卒業生に対しておこない、3月をもって定年退職した。退職時点では神戸大学発達科学部大学院人間発達環境学研究科教授であった。退職とともに名誉教授となる。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
もっと読む
眞鍋 淳一(まなべ じゅんいち)は、日本の音楽教育者、合唱指… 眞鍋 淳一(まなべ じゅんいち)は、日本の音楽教育者、合唱指導者。東京都町田市立鶴川第二中学校合唱部顧問、大妻女子大学専任講師。妻は、町田市立鶴川第二小学校主任教諭の眞鍋なな子。 香川県出身。武蔵野音楽大学音楽学部声楽学科を卒業。町田市立堺中学校、町田市立忠生中学校などを経て、2005年に東京都町田市立鶴川第二中学校へ赴任。 また、妻のなゝ子氏と共に、鶴川第二小学校合唱団と鶴川第二中学校合唱部に所属していたOB・OGによる合唱団「CoroTsuruDue」の指導も行っている。
もっと読む
岡島 松太郎(おかじま まつたろう、生没年不詳)は、日本の教… 岡島 松太郎(おかじま まつたろう、生没年不詳)は、日本の教育者、聖職者。平安女学院元院長、聖三一幼稚園(福井)創設者、日本聖公会の聖職者。藍綬褒章受賞。 立教大学に入学し、1915年(大正4年)、同大学文学部を卒業。 福井聖三一教会で司牧し、1929年(昭和4年)に、以前にチャールズ・シュライバー・ライフスナイダー(立教学院総理)が使っていた福井市春山の宣教師館の1階を改造して、聖三一幼稚園を創設する。園長には米国聖公会から派遣されたパウエル女史が就任した。 その後も教育界で活躍し、平安女学院院長を務めた。聖職者としても、京都・聖アグネス教会(苑南基督教会)で奉職した。 1946年(昭和21年)11月には基督教保育連盟の全国大会が開かれ、同連盟の顧問に選出されている。
もっと読む
色田 周次(しきだ しゅうじ、生没年不詳)は、明治期から大正… 色田 周次(しきだ しゅうじ、生没年不詳)は、明治期から大正期の日本の実業家、教育者。高田商会台北支店長や、旭電鍍合資会社代表社員を務めたほか、立教学校(立教大学の前身校の一つ)の最初の日本人教授の一人として指導を行った。 1874年(明治7年)2月に東京・築地に開設された立教学校(立教大学の前身校の一つ)で学ぶ。 1876年(明治9年)4月、貫元介とともに、立教学校の最初の日本人教員となる。同年6月の年度報告によると、当時の教授として、クレメント・T・ブランシェ(Clement T. Blanchet)が主任を務め、チャニング・ウィリアムズ主教とウィリアム・クーパー(William B. Cooper)が語学、聖書、地理歴史などを英語で教えたほか、日本人助教として色田と貫元介が名を連ねた。
もっと読む