山崎 一夫(やまざき かずお、1962年8月15日 - )は… 山崎 一夫(やまざき かずお、1962年8月15日 - )は、整体師、鍼灸師、タレント、元男性プロレスラー。血液型B型。YouTuber。東京都港区出身。愛称は山ちゃん。ワールドプロレスリングの解説を務めていた。 東京都港区麻布十番生まれ。しばしば、山崎は「『いいところに住んでいたんだね』と言われるが、チンチン電車が走っているぐらいで何もなかった。唯一、これっていうのは東京タワーが近くに見えるぐらい」と生育環境を語っている。父親はパイプ加工企業に勤めていた会社員であった。5歳の時、世田谷区の九品仏に引っ越している。中学時代に友人にプロレスラーになりたいと言ったところ、新日本プロレスの道場を勧められ、そこで練習生としてトレーニングを始めた。
廣川 三憲(ひろかわ みつのり、1962年8月15日 - )… 廣川 三憲(ひろかわ みつのり、1962年8月15日 - )は、山口県熊毛郡大和町(現・光市)出身の俳優である。 ダックスープ所属。1981年3月、山口県立柳井高等学校卒業。同年の4月に山口大学人文学部人文学科に入学。社会学専攻。1985年3月に同大学を卒業。血液型はAB型。劇団ナイロン100℃(以下、「ナイロン」)メンバー。
宇梶 剛士(うかじ たかし、1962年8月15日 - )は、… 宇梶 剛士(うかじ たかし、1962年8月15日 - )は、日本の俳優、タレントである。アベベネクスト所属。
角田 浩司(つのだ こうじ、1962年8月15日 - )は、… 角田 浩司(つのだ こうじ、1962年8月15日 - )は、日本の実業家。白銅社長。 埼玉県出身。1986年3月 駒澤大学経済学部卒業。同年4月 東京通運入社。営業職を希望し同年7月 白銅入社。2001年同社中央支社長、2002年経営企画部長、2004年執行役員、2010年取締役、2011年常務を歴任。 2012年4月、社長に就任。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
長野 里美(ながの さとみ、1961年8月15日 - )は、… 長野 里美(ながの さとみ、1961年8月15日 - )は、日本の女優。神奈川県出身、神奈川県立多摩高等学校、早稲田大学第一文学部卒業。2021年3月15日、融合事務所退所。現在はフリー。夫は俳優、劇作家、演出家の上杉祥三。 2012年に解散した劇団第三舞台の元・看板女優で、“小劇場の女王”と称された。夫の上杉とともに演劇ユニットトレランスを旗揚げした。現在トレランスは活動休止、シアターリュウラを率いている。 大学在学中の1981年、早稲田大学演劇研究会に加入。 のちに鴻上尚史率いる第三舞台に参加。1981年に上演された『宇宙で眠るための方法について』での家出少女役として出演して以降、悲しみを秘めた明るい女性役を持ち味にして劇団の看板的な存在となる。
浜田 治貴(はまだ はるき、1961年8月15日 - )は、… 浜田 治貴(はまだ はるき、1961年8月15日 - )は、日本の俳優、ナレーター。本名および旧芸名は浜田 治希(読みは同じ)。 高知県出身。高知高校・日本体育大学卒業。アトミックモンキー所属。身長178cm。 大学在学中に文学座演劇研究所を経て、大学卒業後にこまつ座に入団する。演劇活動を経て、1985年に『電撃戦隊チェンジマン』の主演の剣飛竜 / チェンジドラゴン役に抜擢される。その後もドラマなどに出演。 2000年に活動をナレーションに移行する。ナレーターへの移行は、同期の俳優たちが声優として活躍していたことに刺激され、自分の仕事の幅を広げたいという意識からだった。 趣味は映画、音楽鑑賞。特技は野球で、中学から大学時代の途中まで野球部に在籍していた。
大八木 淳史(おおやぎ あつし、1961年(昭和36年)8月… 大八木 淳史(おおやぎ あつし、1961年(昭和36年)8月15日 - )は、日本の元ラグビー選手、ラグビーコメンテーター、タレント、教育者、学校法人理事長。身長190cm。松竹芸能に所属している。
石川 邦夫(いしかわ くにお、1961年8月15日 - )は… 石川 邦夫(いしかわ くにお、1961年8月15日 - )は、日本の工学者・歯学者。九州大学大学院歯学研究院口腔機能修復学講座生体材料学分野教授。 1984年に大阪大学工学部卒業、1986年に同大学院修了し、以後東レ開発研究所、徳島大学助手、岡山大学助教授を経て2001年より九州大学教授。 1990年 大阪大学より工学博士の学位を取得、学位論文の題は 「MECHANISMS OF CLEAVAGE OF COBALT-CARBON BONDS IN ALKYLCOBALT(III)COMPLEXES(アルキルコバルト(III)錯体におけるコバルト-炭素結合の開裂機構)」。
石井 暁(いしい ぎょう、1961年8月15日 - )は、日… 石井 暁(いしい ぎょう、1961年8月15日 - )は、日本のジャーナリスト。 慶應義塾大学文学部を卒業。1985年共同通信社入社。のちに編集局編集委員となる。1994年から防衛庁(現・防衛省)を担当している。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
鈴木 俊法(すずき としのり、1961年8月15日 - ) … 鈴木 俊法(すずき としのり、1961年8月15日 - ) は、日本の化学者。京都大学大学院理学研究科教授。日本学術振興会賞等受賞。 山形県生まれ。1984年東北大学理学部化学科卒業。1986年日本学術振興会特別研究員。1988年東北大学大学院理学研究科博士課程修了、理学博士。同年岡崎国立共同研究機構分子科学研究所技官。1989年岡崎国立共同研究機構子科学研究所助手。1990年コーネル大学博士研究員(日本学術振興会海外特別研究員)。1991年カリフォルニア大学バークレー校博士研究員(日本学術振興会海外特別研究員)。1992年岡﨑国立共同研究機構分子科学研究所助教授、総合研究大学院大学助教授。1999年科学技術振興事業団さきがけ研究21「状態と変革」研究者。
サンプラザ中野くん(サンプラザ なかのくん、1960年〈昭和… サンプラザ中野くん(サンプラザ なかのくん、1960年〈昭和35年〉8月15日 - )は、日本のミュージシャン、作家。アミューズ所属。「山口のばら」名義で作詞も行っている。身長181cm、体重74kg。血液型はB型。スキンヘッドとサングラスがトレードマーク。本名:中野裕貴。 山梨県甲府市生まれ、千葉県流山市育ち。千葉県立東葛飾高等学校卒業、早稲田大学政治経済学部政治学科除籍。2008年1月15日、日本テレビ系列『踊る!さんま御殿!!』にて、芸名を「サンプラザ中野」から、「サンプラザ中野くん」へ変えたことを発表した。 山梨県甲府市生まれ。山梨英和幼稚園に通う。5歳の時に千葉県市川市に転居、小学3年時に流山市立八木南小学校に転入。
菅野 将晃(かんの まさあき、1960年8月15日 - )は… 菅野 将晃(かんの まさあき、1960年8月15日 - )は、神奈川県出身の元サッカー選手、サッカー指導者。 息子は元サッカー選手でサッカー指導者の菅野将太。 神奈川県立旭高等学校卒業後、古河電気工業入社。 現役時代は古河電工サッカー部、ジェフユナイテッド市原、当時ジャパンフットボールリーグ所属の京都パープルサンガを最後に現役引退。 現役引退後の1995年から京都パープルサンガのユースチームコーチに就任、1998年からはトップチームコーチ兼サテライト監督、1999年からはジュニアユースの監督を務めた。この間、1997年にJFA公認S級コーチライセンス研修を受講し合格している。 2001年からは水戸ホーリーホックのヘッドコーチとなっていたが、7月に小林寛監督がゼネラルマネージャーに転身したのに伴い監督に昇格、2002年まで務めた。
4代目 桂 文我(かつら ぶんが、1960年8月15日 - … 4代目 桂 文我(かつら ぶんが、1960年8月15日 - )は三重県松阪市出身の落語家。本名は大東 幸浩。出囃子は「せり」。 松阪市立中部中学校から落語が好きで学校に落語の部活がなかったので教師に頼んで部活を創設するほどであった。その後三重県立松阪工業高等学校でも部活を立ち上げる、卒業後、1979年(昭和54年)3月2代目桂枝雀に入門。同年7月、茨木市での「雀の会」にて桂雀司として初舞台。1995年(平成7年)、4代目桂文我を襲名。現在では東名阪を中心に、全国各地で年間約300回の落語会を開催。また自らの幼少時に落語や浪曲に触れた経験から、とくに1992年(平成4年)ころより、子供を対象にした落語会も多数開いている。
近藤 康成(こんどう やすなり、1960年8月15日 - )… 近藤 康成(こんどう やすなり、1960年8月15日 - )は、日本の俳優。本名、近藤 幸介。愛知県出身。 群馬大学工学部中退。1984年、自由劇場卒。 2003年に放送された「みの刑事の愛の事件簿大作戦」では静岡県警察焼津警察署・田端署長を演じたが、みのもんた・でんでんら先輩俳優の上司役という難役であり、公式ホームページでも「一生懸命貫禄を出そうとしてますが、ほとんど変なおじさんですね」と綴っている。
小宮 暁(こみや さとる、1960年8月15日 - )は、日… 小宮 暁(こみや さとる、1960年8月15日 - )は、日本の実業家。東京海上ホールディングス株式会社取締役会長、一般社団法人 日本経済団体連合会副会長。 神奈川県生まれ。麻布中学校・高等学校、東京大学工学部卒。1983年3月に東京海上火災保険(現:東京海上日動火災保険)入社。2009年に東京海上日動火災保険の営業開発部長に就任。2012年に日新火災海上保険株式会社の取締役常務執行役員に着任し、2015年3月に同社取締役常務執行役員を退任。その後、同年4月に東京海上ホールディングス株式会社執行役員経営企画部長となり、2016年には常務執行役員(事業戦略部(海外調査)担当)に就任。2017年では同社常務執行役員海外事業副総括となり、2018年には専務執行役員海外事業総括に就任。
加藤 宇章(かとう たかふみ、1960年8月15日 - )は… 加藤 宇章(かとう たかふみ、1960年8月15日 - )は、日本の彫刻家。宮崎県都城市出身。文化教室「アトリエぱお造形教育研究所」創業者。広島芸術学会会員、こども環境学会会員、広島市立大学芸術学部彫刻科非常勤講師。 宮崎県都城市出身。その後1962年から高校卒業までを長崎県長崎市で育つ。 東京芸術大学彫刻科卒業。 1994年、広島県広島市への転居を機に、文化教室「アトリエぱお造形教育研究所」を創立。代表に就任。現在は会員数650名、教室数15ヶ所になるまで成長した。創設のきっかけは、幼少期に通っていた絵画教室があまり楽しいものではなく、「自分自身が通いたくなるような理想の教室」を作りたかったためである。
杉山 忠国(すぎやま ただくに、1960年8月15日 - )… 杉山 忠国(すぎやま ただくに、1960年8月15日 - )は、日本の実業家、馬主。 鋼材の販売などを手掛ける株式会社丸杉の代表取締役社長を務めるほか、バドミントン選手の福島由紀、廣田彩花などが所属するバドミントンチーム「丸杉Bluvic」のオーナーとしても知られる。 1960年、岐阜県出身。早稲田大学教育学部を卒業後、1984年に丸紅入社。1987年にクレスト・スチール(米国)に入社、1990年に丸杉金属興業に入社し取締役関連事業部長。常務を経て2002年、父で前社長の杉山茂夫の死去に伴い同社及びグループ企業の代表取締役社長に就任。同年11月、丸杉金属興業の社名を現在の丸杉に変更。 趣味は読書とスポーツ観戦。
樫田 正剛(かしだ しょうご、1960年8月15日 - )は… 樫田 正剛(かしだ しょうご、1960年8月15日 - )は、日本の演出家、脚本家、漫画原作者。作詞家。LDH JAPAN所属。北海道苫小牧市出身。 大学時代からバラエティ番組の構成作家を担当。その後、雑誌ライター、ラジオ、テレビの番組放送作家を経て脚本家となる。テレビドラマ脚本家としてのデビュー作は、1991年の世にも奇妙な物語『パパは犯罪者』。1993年10月に旗揚げした「劇団方南ぐみ」と「編集プロダクション 方南ぐみ」を主宰している。漫画原作者としてのデビュー作は、1994年の『始末屋事件簿』(集英社)。フリージャーナリストの樫田秀樹は兄。
石塚 和生(いしづか かずお、1960年8月15日 - )は… 石塚 和生(いしづか かずお、1960年8月15日 - )は、日本の料理人。ラーメン店「Due Italian」創業者。愛知県名古屋市出身。20年以上のイタリアンシェフを経て、人気ラーメンの店主に。現在、テレビ等のメディアに多数出演し、ラーメン業界に入ってからもシェフと呼ばれている。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
山下 和美(やました かずみ、1959年8月15日 - )は… 山下 和美(やました かずみ、1959年8月15日 - )は、日本の漫画家。北海道小樽市出身。女性。神奈川県立希望ヶ丘高等学校卒業。横浜国立大学教育学部中退。 1980年、『週刊マーガレット』(集英社)でデビュー。当初は少女漫画誌で活動していたが、その後は青年漫画誌である『モーニング』(講談社)に活動の場を移して人気を博す。代表作に、大学教授の父親・古瀬大六を主人公のモデルとした『天才柳沢教授の生活』、マーク・トウェインの同名の小説から着想を得た『不思議な少年』など。2003年、『天才柳沢教授の生活』で第27回(平成15年度)講談社漫画賞一般部門を受賞。 2011年時点、『モーニング』と『モーニング・ツー』以外では、『YOU』(集英社)で『寿町美女御殿』を経て、『数寄です!』を掲載している。
朝井 まかて(あさい まかて、1959年8月15日 - )は… 朝井 まかて(あさい まかて、1959年8月15日 - )は、日本の小説家。大阪府羽曳野市生まれ。大阪市在住。ペンネームは沖縄県出身の祖母、新里マカテの名に由来する。 甲南女子大学文学部国文学科卒業。広告制作会社でコピーライターとして勤務し、結婚とともに退職して企画制作会社「あんばい房」を設立。 2006年より大阪文学学校で学ぶ。2008年に文学学校の文芸誌「樹林」(通称在特)2006年12月号に本名名義で掲載されたものを改良した『実さえ花さえ』(応募時のタイトルは『実さえ花さえ、その葉さえ』)で小説現代長編新人賞の奨励賞を受賞し小説家デビュー。 数々の名作を出版した功績を称え、2018年に大阪府庁にて大阪文化賞を受賞している。
小林 貴子(こばやし たかこ、1959年8月15日 - )は… 小林 貴子(こばやし たかこ、1959年8月15日 - )は、長野県出身の俳人。 飯田市生まれ。松本市在住。1981年、信州大学学生俳句会、宮坂静生の「岳」入会。1982年、藤田湘子の「鷹」入会。1997年「鷹」退会。2003年、第58回現代俳句協会賞受賞。2020年、句集『黄金分割』により第8回星野立子賞を受賞。 代表句「この世から三尺浮ける牡丹かな」「海市見せむとかどはかされし子もありき」など、自在な詠みぶりと評論活動で信州俳壇を牽引。松本市在住。「岳」編集長、現代俳句協会、俳文学会会員。2022年4月より朝日新聞俳壇選者に就任。
石川 雄一(いしかわ ゆういち、1959年〈昭和34年〉8月… 石川 雄一(いしかわ ゆういち、1959年〈昭和34年〉8月15日 - )は、日本の建設・国土交通技官。 東京都出身。1984年に東京大学大学院工学系研究科修了。国家公務員採用上級甲種試験(土木)に合格し、1984年建設省入省。 2015年7月31日から国土交通省関東地方整備局長、2016年6月21日から道路局長を務め退官後は、新日鐵住金に顧問として再就職、2018年7月31日、退官。
佐藤 寿保(さとう ひさやす、1959年8月15日 - )は… 佐藤 寿保(さとう ひさやす、1959年8月15日 - )は、日本の映画監督。静岡県静岡市出身。東京工芸大学卒業。 主にピンク映画を量産していた向井寛が主宰の獅子プロダクション出身で、滝田洋二郎らの助監督を務めた。 1985年、映画「狂った触覚(劇愛!ロリータ密猟)」で監督デビューをした。同年ズームアップ映画祭新人監督賞を受賞。以後、サトウトシキ、佐野和宏、瀬々敬久とともに「ピンク四天王」と称される。別名義・幡寿一でも数作品の監督作がある。これは佐藤寿保の監督作は抜けないと成人映画ファンから反感を持たれ、劇場側から一時排斥をされたため。
河崎 実(かわさき みのる、1958年8月15日 - )は、… 河崎 実(かわさき みのる、1958年8月15日 - )は、日本の映画監督、ライター、ラジオDJ。東京都出身。南郷勇一の名義で自らの作品に出演することもある。 ふぐ料理屋の息子として生まれ、『ウルトラマン』など特撮ものや、加山雄三の若大将シリーズに親しんで育つ。明治大学農学部に在学中、映画研究会CINEMAZOにおいて1977年から8ミリ映画を自主製作。『フウト』『√ウルトラセブン~放浪の果てに』『イキナリ若大将』などを製作して高い評価を得る。卒業後、CMプロデューサーを経て1984年にフリーとなりテレビ・映画・オリジナルビデオを監督。ソフトオンデマンドの大ヒット「全裸」シリーズの開拓者。主な作品に『地球防衛少女イコちゃん』『電エース』『いかレスラー』『コアラ課長』『日本以外全部沈没』『兜王ビートル』『ヅラ刑事』『かにゴールキーパー』『ギララの逆襲/洞爺湖サミット危機一発』など。
髙望山 大造(こうぼうやま だいぞう、1957年8月15日 … 髙望山 大造(こうぼうやま だいぞう、1957年8月15日 - )は、宮城県栗原郡築館町(現在の栗原市)出身で高嶋部屋と熊ヶ谷部屋に所属した元大相撲力士。本名は蓬田 光吉(よもぎだ こうきち)。最高位は西関脇(1984年1月場所)。現役時代の体格は179cm、145kg。得意手は突き、押し、もろ差し、寄り。 現在は、年寄・高島(高嶋)である。 肉牛を飼育する農家の三男として生まれた。蓬田兄弟は全員運動神経に長けていて、長兄と弟は相撲が、次兄はバレーボールが得意であった。築館中学校に入学してから本格的に相撲を始め、中学時代は2年連続して全国中学相撲選手権大会の宮城県予選の個人戦で優勝という実績を残した。
岡 康道(おか やすみち、1956年(昭和31年)8月15日… 岡 康道(おか やすみち、1956年(昭和31年)8月15日 - 2020年(令和2年)7月31日)は、日本のクリエイティブ・ディレクター、CMプランナー。TUGBOAT代表。
木滑 和生(きなめり かずお、1956年8月15日 - )は… 木滑 和生(きなめり かずお、1956年8月15日 - )は日本の実業家。ダンロップスポーツ元社長、住友ゴム工業副社長。 1979年大阪市立大学商学部を卒業。住友ゴム工業に入社。スポーツ企画課長だった頃にゴルフブランドのXXIO(ゼクシオ)を企画し、後に大成功。2003年にSRIスポーツとして独立し、取締役となる。2015年社長に就任。2018年ダンロップスポーツが住友ゴムに吸収合併されるのに伴い、住友ゴム副社長に就任した。祖父母が碁会所を営んでいたい影響で囲碁に親しみ、大学時代は囲碁部に所属しており、4年生の頃に関西1部優勝を達成し、関西代表となった。
宮治 淳一(みやじ じゅんいち、1955年〈昭和30年〉8月… 宮治 淳一(みやじ じゅんいち、1955年〈昭和30年〉8月15日 - )は、日本の音楽評論家・ディスクジョッキーである。神奈川県茅ヶ崎市出身・在住。ワーナーミュージック・ジャパンで洋楽編成を務めたり、ミュージック・ライブラリー&カフェ「Brandin」を経営したりもしている。 サザンオールスターズの名付け親としても知られている。 姉の影響もあり欧米のロック、ポップス、黒人音楽に関して幅広い知識と愛着を持つ。きっかけは小学校3年の時に聴いたビートルズに衝撃を受けた事からである。その他にもザ・ベンチャーズ、ザ・ビーチ・ボーイズなども愛好していた。この少年時代の時点で「将来、音楽の仕事に就くだろう」と予感していたという。
平賀 富一(ひらが とみかず、1955年8月15日 - )は… 平賀 富一(ひらが とみかず、1955年8月15日 - )は、日本の経営学者。大阪成蹊大学経営学部特命教授。専門は国際経営・国際経済(アジア地域を主とする)、国際人的資源管理 三重県出身。東京大学経済学部を卒業後、東京海上火災保険(現・東京海上日動火災保険)に入社。国際事業、全社経営戦略、生命保険事業戦略等を担当した。外務省(経済協力局)、財団法人国際金融情報センター(欧州部長・アジア大洋州部長)、株式会社日本格付研究所(国際格付部長兼チーフアナリスト)等で勤務。2009年に株式会社ニッセイ基礎研究所に入社(主席研究員兼アジア部長等を歴任)。2018年4月より大阪成蹊大学教授(大阪成蹊学園理事長補佐兼務を含む)を務め、2026年4月より同大学経営学部特命教授。
瓜南 直子(かなん なおこ、1955年8月15日 - 201… 瓜南 直子(かなん なおこ、1955年8月15日 - 2012年6月4日)は、日本の画家。 石川県穴水町に生まれ、2歳のときに家族とともに東京へ移り、東京芸術大学に学んだ。1980年、東京芸術大学美術学部工芸科(鍛金専攻)卒業。 30代以降は鎌倉市に定住し、有元利夫の影響を受けて日本画を基調とした絵画の制作を行なうようになった。 芥川賞作家の藤沢周、詩人の城戸朱理、文芸評論家の富岡幸一郎など地元鎌倉の文化人などと交流し、2012年1月に死去した日本画家の小泉淳作からは画材を遺贈されていた。上田篤を理事長とするNPO法人である「観○光(かんひかり)」の会員でもあった。 漬け物づくりや料理を趣味とし、自ら「漬物道楽」と称していた。
竹内 博(、1955年8月15日 - 2011年6月27日)… 竹内 博(、1955年8月15日 - 2011年6月27日)は、日本の特撮映画研究家、香山滋研究者。 日本推理作家協会会員。日本SF作家クラブ会員。酒井敏夫の名でも特撮関連書籍を著した。 竹内が主催した特撮研究グループ「怪獣倶楽部」についても本稿で述べる。 東京都墨田区吾妻橋生まれ。後に神奈川県横須賀市に移ったため、横須賀を出身地とする。東京都立千歳丘高等学校定時制中退。 少年時代から香山滋の怪獣小説と特撮映画に魅され、中学卒業後の1971年(昭和46年)に円谷プロダクションに入社。勘当同然の身であったため、当時社長の円谷一の自宅に居候した。営業課に配属され、大伴昌司に師事する。1973年(昭和48年)の大伴の急逝後はその遺志を継ぎ、怪獣・怪人大百科や特撮研究書などを多数執筆した。
綱島 理友(つなしま りとも、1954年8月15日 - )は… 綱島 理友(つなしま りとも、1954年8月15日 - )は、日本のプロ野球史研究家、プロ野球意匠学研究家、野球コラムニスト、編集者、エッセイスト。有限会社綱島理友事務所所属。日本プロ野球の歴史研究、特にユニフォームなどの意匠研究の第一人者として知られ、著書の出版のほか、複数のプロ野球チームに研究成果を提供している。 本名は武藤誠一郎。ペンネームの苗字の「綱島」は住んでいた横浜市港北区の地名「綱島」に由来、名前の「理友」はイタリア・フィアット社の小型車、リトモに由来する。なお活動初期には「理友」を「よしとも」と読ませていた。 神奈川県横浜市中区に生まれ。東京都立桜町高等学校、日本大学藝術学部美術学科(デザインコース)卒業。
風祭 ゆき(かざまつり ゆき、1953年8月15日 - )は… 風祭 ゆき(かざまつり ゆき、1953年8月15日 - )は、日本の女優。本名は長谷部 さより(旧姓・吉田)。東京都出身。夫は映画・ドラマの作曲家・編曲家である長谷部徹。 日活ロマンポルノの黄金期を支えた女優の1人。その後、一般映画やテレビ、舞台に活動の場を広げ、演技派女優として活躍した。株式会社グッドラックカンパニー所属。 東京都立戸山高等学校卒業。武蔵野音楽大学短期大学部声楽科卒業。 1973年(昭和48年)(20歳)、NET『非情のライセンス』(天知茂主演)で「吉田さより」の女優名で一般女優として芸能界デビュー(ドラマデビュー)。音大卒業後の1977年(昭和52年)(24歳)、新藤兼人監督の映画『竹山ひとり旅』で映画デビュー。
橋本 せつ子(はしもと せつこ、1953年8月15日 - )… 橋本 せつ子(はしもと せつこ、1953年8月15日 - )は、日本の実業家。セルシード代表取締役社長、バイオブリッジ代表取締役社長。Ph.D(分子生物学)。 福岡県福岡市東区名島(出生当時は糟屋郡多々良町の一部)で九州電力職員の子として生まれる。福岡県立大牟田南高等学校(現・福岡県立ありあけ新世高等学校)を経て、九州大学理学部生物学科卒業。1979年九州大学大学院理学研究科生物学専攻修士課程修了。大学院在学中に先輩と結婚。1986年ハイデルベルク大学博士課程修了、Ph.D(分子生物学)。2010年北陸先端科学技術大学院大学知識科学科博士前期課程修了 1984年ヘキスト日本法人入社。1994年ファルマシアバイオテクに移籍。
三浦 克之(みうら かつゆき、1953年(昭和28年)8月1… 三浦 克之(みうら かつゆき、1953年(昭和28年)8月15日 - )は、日本の生物学者、医師。大阪市立大学名誉教授、日本薬理学会評議員。 大阪市立大学大学院医学研究科修了後、1985年大阪市立大学医学部薬理学教室助手に着任。 1990年に大阪市立大学医学部薬理学教室講師に昇格。体液性因子の体循環が専門で、ノーベル生理学・医学賞を受賞した山中伸弥が同大の大阪市立大学の博士課程に入学してきた際の指導教官を務め、「麻酔イヌにおける血小板活性化因子の降圧機序」の研究の指導をした。 1996年大阪市立大学医学部薬理学教室助教授に昇格。同年薬理学教室の助手に着任した山中伸弥の研究の激励をした。 2001年から大阪市立大学大学院医学研究科教授(薬効安全性学)を務める。
浅羽 莢子(あさば さやこ、1953年8月15日 - 200… 浅羽 莢子(あさば さやこ、1953年8月15日 - 2006年9月18日)は、日本の英米文学翻訳者。 女性作家の作品を多数、翻訳している。女性の本格ミステリ作家の翻訳が多数。ファンタジーではダーク・ファンタジー分野の翻訳が多数。 インド・ボンベイ出生。日本SF作家クラブ、日本推理作家協会会員。Dorothy L. Sayers Historical and Literary Society会員。筆名に西森咲也子(ニシモリ サヤコ) 。 外交官の父の赴任で米国、英国、マレーシアと3ケ国で生活を送った。1976年、東京大学文学部史学科卒業。1976年、講談社勤務を経て、1978年津田スクール・オヴ・ビジネス、東京YMCA各非常勤講師。
吉岡 正人(よしおか まさと、1953年(昭和28年)8月1… 吉岡 正人(よしおか まさと、1953年(昭和28年)8月15日 - )は。大阪府出身の洋画家。 全体的に神秘的な雰囲気が漂う作品が多い。作品には、理想化された女性、細身の犬、印象的な空、白や赤い壁の建物がよく見られる。中でも描かれる女性の表情は、深く、何かを秘めたような面持ちである。現在の作品はテンペラと油彩の混合技法を用いているものがほとんどである。 2002年頃からランチュウ(金魚)の飼育にも力を入れている。
渥美 二郎(あつみ じろう、1952年〈昭和27年〉8月15… 渥美 二郎(あつみ じろう、1952年〈昭和27年〉8月15日 - )は、日本の演歌歌手。 東京都足立区出身。駒込高等学校中退後、地元・北千住で流しの歌手として活動を始めるが、渥美本人はこれを“演歌師”と呼ぶ。大山倍達が名付け親となり「渥美健」の芸名で、1975年の東映映画『けんか空手 極真拳』の挿入歌『空手道』で、ワーナー・パイオニアから発売。1976年「可愛いおまえ」でソニー・ミュージックエンタテインメントからデビュー。1978年発売の「夢追い酒」は、翌1979年から1980年に掛けて約280万枚の大ヒットとなり、渥美の代表曲となった。ほか、1979年「忘れてほしい」、1981年「他人酒」、1983年「釜山港へ帰れ」などのヒット曲がある。
鈴木 孝博(すずき たかひろ、1952年8月15日 - )は… 鈴木 孝博(すずき たかひろ、1952年8月15日 - )は、日本の経営者。作家。東京都出身。慶應義塾大学商学部卒。 1975年野村證券入社、同社神戸支店を皮切りに本社企画部門、支店長職等を歴任 1997年CSK(現・SCSK)入社 2002年サービスウエア・コーポレーション(現・SCSKサービスウエア)副社長 2003年CSK(現・SCSK)取締役常務執行役員 2008年CSKホールディングス(現・SCSK)副社長 2010年UCOM(現・アルテリア・ネットワークス)社長 2014年発現マネジメント代表取締役社長 併せてベンチャー企業数社の社外役員等を務めるほか、中堅社員の育成やお仕事ドラマなどのジャンルでの著作活動や講演活動を行っている。
沼田 宏文(ぬまた ひろふみ、1951年8月15日 - 20… 沼田 宏文(ぬまた ひろふみ、1951年8月15日 - 2022年12月28日)は、兵庫県出身のバスケットボール選手・指導者である。ポジションはセンター。現役当時は204cmの長身から「ジャンボ沼田」と呼ばれていた。 加古川東高から同志社大学に進学。1970年インカレ準優勝を果たし、1972年ミュンヘン五輪に出場。 卒業後は、松下電器に入社。選手として7度の日本リーグ優勝に貢献、新人王も獲得しベスト5も5度受賞する。1976年にはモントリオール五輪代表となる。 引退後は1997年にバスケット部部長に就任。 2002年から2003年には日本協会男子指導部長も務めた。 2007年、母校である同大バスケットボール部監督に就任。
鹿間 陸郎(しかま りくろう、1950年(昭和25年)8月1… 鹿間 陸郎(しかま りくろう、1950年(昭和25年)8月15日 - )は、日本の政治家、行政書士。千葉県東金市長(2期)。 千葉県東金市に生まれる。1969年(昭和44年)3月、千葉県立成東高等学校卒業。1973年(昭和48年)3月、青山学院大学経営学部卒業。同年4月、千葉市役所勤務。2011年(平成23年)、千葉市役所を定年退職。 2014年(平成26年)4月20日に行われた東金市長選挙に立候補するも、現職の志賀直温(自民党推薦)に敗れ落選。 2018年(平成30年)4月15日に行われた東金市長選挙で元市議の前嶋里奈(自民党推薦)との一騎打ちを制し初当選を果たした。投票率は過去最低の42.53%。
藤巻清志(ふじまき きよし。1950年8月15日- )は日本… 藤巻清志(ふじまき きよし。1950年8月15日- )は日本競輪選手会北海道支部に所属していた元競輪選手。日本競輪学校第27期生。実兄は藤巻昇(22期)。 山梨県出身。山梨県立石和高等学校時代はラグビーをやっていた。 競輪選手としての最初の登録地は神奈川。師匠は高原永伍。1970年2月19日、平塚競輪場でデビューし、初勝利も同日。そしてこの開催では完全優勝も達成。 1972年、競輪祭新人王戦を制覇したが、兄・昇も1968年に同タイトルを制しており、同レース史上初の兄弟制覇を成し遂げる。 1975年、高松宮杯決勝で、阿部道、昇らを撃破して初の特別競輪(現在のGI)のタイトルを獲得。昇はまだこの当時無冠であったから、GIのタイトル制覇は弟が先んじる形となった。
塩谷 安男(しおのや やすお、1950年8月15日 - 20… 塩谷 安男(しおのや やすお、1950年8月15日 - 2015年12月)は、日本の弁護士。
笠谷 和比古(かさや かずひこ、1949年8月15日 - )… 笠谷 和比古(かさや かずひこ、1949年8月15日 - )は、日本の歴史学者。国際日本文化研究センター名誉教授。専攻は日本近世史・武家社会論。博士(文学)(京都大学、1994年)(学位論文「近世武家社会の政治構造」)。 兵庫県神戸市出身。甲陽学院高等学校卒業、1973年京都大学文学部史学科卒業、1978年同大学院文学研究科国史学専攻博士課程単位取得退学、国文学研究資料館史料館助手。1988年『主君「押込」の構造』でサントリー学芸賞を受賞、1989年国際日本文化研究センター助教授、1996年教授。2015年定年退官、名誉教授。帝塚山大学教授、2016年退職。2018年4月大阪学院大学法学部教授、2021年3月退職。
正岡 真二(まさおか しんじ、1949年8月15日 - )は… 正岡 真二(まさおか しんじ、1949年8月15日 - )は、愛媛県今治市出身の元プロ野球選手(内野手)。1971年までは村上(むらかみ)姓であった。 2014年まで中日ドラゴンズのスカウトを務めていた。 今治南高校では遊撃手、一番打者として1967年夏の甲子園予選北四国大会決勝に進出。玉井信博投手を主戦とする松山商を降し甲子園に出場。準々決勝に進むが、野上俊夫投手を擁する市和歌山商に延長10回の熱戦の末3-4xで敗れた。 高校球界ナンバーワンの遊撃手と評価され、1967年のドラフト4位で中日ドラゴンズに入団。打撃に極端に難があり、二軍暮らしが長かった。 1973年に一軍に定着、華麗な守備で徐々に出場機会を増やすが、打撃面での弱さが克服できず、広瀬宰とのレギュラー遊撃手争いが続く。
大島 忠一(おおしま ちゅういち、1949年8月15日 - … 大島 忠一(おおしま ちゅういち、1949年8月15日 - )は、愛知県丹羽郡岩倉町(現・岩倉市)生まれ。同県名古屋市熱田区育ちの元プロ野球選手(捕手)、コーチ。
湯川 一行(ゆかわ かずゆき、1949年8月15日 - 2… 湯川 一行(ゆかわ かずゆき、1949年8月15日 - 2025年4月4日)は、日本の政治家。自由民主党所属の元衆議院議員(1期)。 1949年鹿児島県生まれ、出水市出身。日本大学法学部卒業。1973年自由民主党鹿児島県連職員となる。2005年自民党鹿児島県連事務局長就任。 2012年、第46回衆議院議員総選挙で比例九州ブロック単独38位で立候補し初当選。2014年、第47回衆議院議員総選挙の比例九州ブロック単独36位で落選。落選後、自民党鹿児島県連事務局長に復帰。2017年第48回衆議院議員総選挙で比例九州ブロック単独32位で落選。2019年県連事務局を退職。 2025年4月4日午後、誤嚥性肺炎のため出水市内の病院で死去した。
中原 文夫(なかはら ふみお、1949年8月15日 - )は… 中原 文夫(なかはら ふみお、1949年8月15日 - )は、日本の小説家。 広島県広島市生まれ。本名・田部知恵人。一橋大学商学部卒業。文藝春秋社に勤務し、出版部長、編集委員などを歴任する。1994年「不幸の探究」で第111回芥川賞候補。句誌「風鈴」、歌誌「短歌人」に所属する俳人・歌人でもある。日本文藝家協会会員。元早稲田大学大学院政治学研究科非常勤講師。 「神隠し」所収の『不定期バスの客』は「世にも奇妙な物語」で映像化されたほか、ダンカン主演・脚本の映画『生きない』の原案にもなった。 2018年、NHK「ラジオ深夜便」で短編小説「再会のゆくて」が兼清麻美アナウンサーによって朗読された。 近年は「正論」や「文藝春秋オピニオン」などに、勅撰和歌集の現代での復活を訴える論考を寄稿している。
栖原 暁(すはら さとる、1948年8月15日 - 2011… 栖原 暁(すはら さとる、1948年8月15日 - 2011年7月20日)は、日本の社会学者。専門は在日外国人問題。元東京大学国際センター長・教授。 北海道函館市出身。1967年函館ラ・サール高等学校卒業。一橋大学社会学部卒業。 大学卒業後、東京大学大学院人文科学研究科修士課程に進学し、西洋史を専攻したが、「頭でっかちはもういい」と、ビルの清掃作業員のアルバイトを始める。大学院在学中の1973年に、大学で教鞭をとりながらアジア文化会館で在日外国人問題を扱っていた田中宏(のちに一橋大学名誉教授)を訪ねて、アジア文化会館に訪問。1975年に大学院を中退し、田中の紹介により、アジア文化会館を運営するアジア学生文化協会に就職し、留学生問題を担当。