百香(ももか、1985年11月2日 - )は、日本の元タレン… 百香(ももか、1985年11月2日 - )は、日本の元タレント、政治家。本名、久保 百恵(くぼ ももえ)。青森県八戸市出身。八戸市議会議員(3期)。八戸市を拠点に活動するモデルなどが在籍する株式会社トゥインクル取締役。 青森県立八戸南高等学校卒業。 2006年3月にワタナベエンターテイメントカレッジを卒業した後、同年4月から2009年3月までサンミュージックプロダクションに所属し、百瀬 実咲(ももせ みさき)の芸名でグラビアアイドルとして活動する。 2009年4月より、活動拠点を八戸市に移してモデルクラブ「an olive」(アンオリーブ)に所属し、芸名を「百香」と改めた。2013年に現在の所属事務所となる株式会社トゥインクルを設立し、代表に就任する(現在は取締役)。
拝野 健(はいの けん、1985年9月30日 - )は、日本… 拝野 健(はいの けん、1985年9月30日 - )は、日本の政治家。青森県八戸市出身。自由民主党所属の台東区議会議員(2期)。前区議会選出監査委員。 青森県立八戸高等学校 東北大学経済学部退学後、仙台で飲食店の店長を経て、衆議院議員辻清人の公設第一秘書として勤務。2019年3月の台東区議会議員選挙に33歳で初出馬。台東区議会議員に初当選。現在2期目。2023年5月より台東区監査委員。 この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:政治学/PJ政治)。
山本 知也(やまもと ともや、1983年2月19日 - )は… 山本 知也(やまもと ともや、1983年2月19日 - )は、日本の政治家。青森県むつ市長(1期)。元青森県議会議員(1期)。 青森県むつ市出身。青森県立田名部高等学校を経て、法政大学経営学部卒業。卒業後はむつ市役所に入り、教育委員会、財政課、総合戦略課、市長秘書を務める。 2019年の青森県議会議員選挙に無所属で立候補し、初当選。のち、自民党会派に入った。 2023年むつ市長の宮下宗一郎が青森県知事選挙に出馬するため、市長を辞職。これに伴うむつ市の市長選挙に立候補し、元県議の菊池憲太郎を破って初当選を果たした。
佐々木 さやか(ささき さやか、本名:山口 さやか〈やまぐち… 佐々木 さやか(ささき さやか、本名:山口 さやか〈やまぐち さやか〉、1981年〈昭和56年〉1月18日 - )は、日本の政治家、弁護士。参議院議員(公明党所属、2期)、参議院法務委員長、文部科学大臣政務官(第4次安倍第2次改造内閣)、参議院災害対策特別委員長などを歴任した。公明党では、青年委員会副委員長、女性委員会副委員長、女性局長などを務めた。 青森県八戸市に生まれる。生まれた当初の実家は貧しく、粗末な家だった。両親は共働きだった。父親が転勤族だったため、茨城県、山形県米沢市、岩手県釜石市を経て、小学校4年で八戸市に戻り、青森県立八戸北高等学校卒業まで八戸市で暮らした。八戸市の小学校に転校後はクラスに馴染めず、数か月間学校に登校できない時期もあったが、後に学級委員に選ばれる。
藤川 優里(ふじかわ ゆり、1980年〈昭和55年〉3月8日… 藤川 優里(ふじかわ ゆり、1980年〈昭和55年〉3月8日 - )は、日本の政治家。青森県八戸市議会議員(5期)。第44代八戸市議会議長。八戸圏域水道企業団議長。自由民主党所属(公認)で、議会では保守系会派「自由民主クラブ」に所属。選挙ポスターや公式サイト等では藤川ゆりと記載されている。「美人すぎる市議」として有名になり、後に、「美人すぎる××」という言葉が生まれたきっかけになった人物でもある。 1980年(昭和55年)、青森県八戸市生まれ。青森県立八戸東高等学校を経て、帝京大学文学部卒業。 2007年(平成19年)4月、父・藤川友信(元八戸市議会副議長・自民党津島雄二系)の青森県議会議員選挙における2度目の落選がきっかけとなり「私を出馬させてください」と、反対されても挫けずに意志を通し、八戸市議会議員選挙の告示5日前に出馬表明。
宮下 宗一郎(みやした そういちろう、1979年(昭和54年… 宮下 宗一郎(みやした そういちろう、1979年(昭和54年)5月13日 - )は、日本の政治家、国土交通官僚。青森県知事(公選第22代)、青森県むつ市長(3期)。無所属。 父親は元むつ市長の宮下順一郎。 青森県むつ市生まれ。むつ市立大湊小学校、むつ市立田名部中学校、 青森県立青森高等学校、 東北大学法学部卒業。在学中に国家公務員I種試験(法律職)に合格。 大学卒業後、2003年4月 国土交通省入省。国土計画局、道路局、東北地方整備局用地企画課、都市・地域整備局、土地・建設産業局等の旧建設省畑を歩み、主に法案・予算案の企画・立案を担当。2009年 国土交通省都市局まちづくり推進課課長補佐。2011年 国土交通省土地・建設産業局建設業課課長補佐。
今 大介(こん だいすけ、1978年4月10日 - )は、日… 今 大介(こん だいすけ、1978年4月10日 - )は、日本の政治家。青森県黒石市長就任予定者。元黒石市議会議員(3期)。 青森県黒石市出身。青森県立柏木農業高等学校卒業後、建設会社員を経て就農。 2015年に黒石市議会議員に初当選し、3期務める。 2026年4月21日、黒石市長選挙への立候補を表明し、5月1日付で市議を辞職。 6月21日黒石市長選挙が公示され、今ら4人が立候補を届け出た。立候補者のうち今、鳴海恵一郎元県議、大溝雅昭元市議の3人はいずれも自民党籍を持つ保守分裂選挙となり、木村次郎衆議院議員は中立の立場で3陣営全てでマイクを握った。この他、元新聞記者の尾城徹雄が立候補した。28日の投開票の結果、今が鳴海に561票差で競り勝ち初当選した。
小野寺 晃彦(おのでら あきひこ、1975年7月25日 - … 小野寺 晃彦(おのでら あきひこ、1975年7月25日 - )は、日本の政治家、総務官僚。青森県青森市長(2期)を務めた。 宮城県仙台市青葉区に生まれる。小学1年生の時に青森県八戸市に移る。父親の転勤で中学2年の時に青森市に移った。青森市立南中学校卒業。1994年(平成6年)3月、青森県立青森高等学校卒業。1999年(平成11年)3月、東京大学経済学部卒業。同年4月、自治省(現・総務省)に入省。宮崎市財務部長、愛知県総務部財政課長などを歴任。 2016年(平成28年)6月29日、青森市長の鹿内博が、アウガを経営する第三セクター青森駅前再開発ビルが経営破綻状態となった責任を取り、辞任することを表明。
追風海 直飛人(はやてうみ なおひと、1975年7月5日 -… 追風海 直飛人(はやてうみ なおひと、1975年7月5日 - )は、日本の元大相撲力士、政治家。元日本オリンピック委員会委員。本名は齊藤 直飛人(さいとう なおひと)、愛称はサイトー。力士としては追手風部屋(入門時は友綱部屋)に所属し、現役時代の体格は身長184cm、体重129kg、得意手は右四つ、寄り。最高位は西関脇(2000年11月場所)。政治家としては自由民主党に所属し、青森県議会議員(3期)、青森県板柳町議会議員(1期)を務めた。血液型はO型。趣味は読書。 前廻しを取っての寄りや投げを得意とし、玄人受けする力士だった。 青森県北津軽郡板柳町出身。板柳町立板柳中学校から埼玉栄高校に進学し相撲部へ入部。
中野渡 詔子 (なかのわたり のりこ、1970年12月11日… 中野渡 詔子 (なかのわたり のりこ、1970年12月11日 - )は、日本の政治家。元衆議院議員(1期)。 青森県十和田市に生まれる。1986年、十和田市立三本木中学校を卒業。1989年、青森県立三本木高等学校を卒業。1993年、筑波大学第二学群生物学類を卒業。1995年、筑波大学大学院医科学研究科修士課程を修了。1996年、株式会社コンピューターサポート入社。 2007年に小沢一郎政治塾に7期生として入塾し、党青森県総支部連合会副代表を経た後青森2区総支部代表に就任した。 2009年8月30日の第45回衆議院議員総選挙に出馬。自由民主党の江渡聡徳に22,320票差で敗れたが、比例東北ブロックで復活し、初当選した。
平山 幸司(ひらやま こうじ、1969年11月9日 - )は… 平山 幸司(ひらやま こうじ、1969年11月9日 - )は、日本の政治家。参議院議員(1期)、生活の党参議院幹事長代理、党青森県連代表などを務めた。青森県五所川原市出身。
田名部 匡代(たなぶ まさよ、1969年〈昭和44年〉7月1… 田名部 匡代(たなぶ まさよ、1969年〈昭和44年〉7月10日 - )は、日本の政治家。立憲民主党所属の参議院議員(2期)。立憲民主党幹事長(第6代)・参議院幹事長・党青森県連代表。新政権研究会会長。 衆議院議員(3期)、農林水産大臣政務官(菅直人第1次改造内閣・菅直人第2次改造内閣)、参議院国土交通委員長、民進党参議院政策審議会長、旧国民民主党副代表、立憲民主党常任幹事会議長などを歴任した。 父は農林水産大臣、参議院議員、衆議院議員、無所属の会代表等を歴任した田名部匡省。 青森県八戸市生まれ。八戸市立吹上小学校、八戸市立第一中学校、青森県立八戸東高等学校、玉川学園女子短期大学卒業。短大卒業後は父・田名部匡省の秘書を務める。
関 和典(せき かずのり、1967年2月24日 - )は、日… 関 和典(せき かずのり、1967年2月24日 - )は、日本の政治家、元青森県西目屋村長(4期)。 1967年、西目屋村にて出生。東奥義塾高等学校、青山学院大学文学部史学科卒業。1989年STT開発入社。その後、越智通雄衆議院議員秘書・木村守男衆議院議員公設第2秘書、木村太郎衆議院議員秘書を経験し、西目屋村社会福祉協議会事務局長、1999年西目屋村議会議員および副議長を務める。 2006年に38歳で村長選挙へ立候補し当選。2010年・2014年・2018年にそれぞれ無投票で当選。 1967年、世界遺産・白神山地で有名な西目屋村にて出生。東奥義塾高等学校卒業後青山学院大学進学。同大学卒業後、1989年STT開発入社。
福士 珠美(ふくし ますみ、1965年3月24日 - )は、… 福士 珠美(ふくし ますみ、1965年3月24日 - )は、日本の政治家、元アナウンサー。立憲民主党所属の参議院議員(1期)。1987年から2010年まで青森テレビでアナウンサーを務めた。 青森県北津軽郡金木町(現:五所川原市)生まれ。青森県立青森高等学校(33回生)、日本大学法学部新聞学科(牧田ゼミ)卒業。1987年に青森テレビへアナウンサーとして入社。生ワイド番組『おしゃべりハウス』の初代キャスターを務めたほか、放送部、ワイド番組部、編成部、報道部、業務部、営業部と転業転職に等しい異動を経験した。 2020年11月に同局を退社した後、2015年にあおもり藍に関する特別番組をプロデュースしたことがきっかけで株式会社BLUE LINK PEOJEECTを設立した。
岡元 行人(おかもと ゆきと、1964年〈昭和39年〉4月1… 岡元 行人(おかもと ゆきと、1964年〈昭和39年〉4月19日 - )は、青森県の政治家、社会企業家。一般財団法人地域社会課題解決研究所、代表理事。 1964年4月19日、青森県弘前市に生まれる。弘前市立第二中学校では野球部に所属し、青森県立弘前実業高等学校商業科に進学後は生徒会長を務める。卒業後は家業の木材業に従事しつつ、地域の青年活動にも関わり、地域社会や行政への関心を深めた。28歳頃、青年活動を通じて若者の意見が行政に反映されにくいことに疑問を感じ、自らがその役割を担うことを決意し、政治に関心を抱くようになった。 1995年、31歳の時に弘前市議会議員選挙に出馬し、2803票を獲得して7位で初当選。
西 秀記(にし ひでき、1964年3月5日 - )は、日本の… 西 秀記(にし ひでき、1964年3月5日 - )は、日本の政治家。青森県青森市長(1期)。 青森県青森市出身。実家は計測機器会社の「西衡器製作所」。 青森市立長島小学校、青森市立南中学校、青森県立青森高等学校を経て青山学院大学理工学部卒業。 大学卒業後はエンジニアとして東京都内にて精密機器メーカーに勤務。 1998年に帰郷し、家業の「西衡器製作所」に入社し、家業の発展に尽力しつつ、青年会議所活動や商工会議所の活動に積極的に参画し、青森市の振興発展へ向けた活動も広く展開するようになる。 2000年に「西衡器製作所」代表取締役社長に就任し、2011年に青森商工会議所副会頭に就任した。 自身が支持してきた青森市長の小野寺晃彦が2023年青森県知事選挙に出馬することを受けて、その後継に名乗りを挙げる形で市長選挙への立候補を検討。
松尾 和彦(まつお かずひこ、1963年5月9日 - )は、… 松尾 和彦(まつお かずひこ、1963年5月9日 - )は、日本の政治家。元青森県三戸町長(2期)、元青森県議会議員(4期)。参議院議員を4期務めた松尾官平は義父。 青森県立三戸高等学校卒業。1986年(昭和61年)3月、青森大学経営学部卒業。 参院議員で義父の松尾官平が1995年(平成7年)8月4日に参議院副議長に就任すると、副議長秘書官になる。 1999年(平成11年)の青森県議会議員選挙の三戸郡選挙区から無所属で立候補するも落選。2003年(平成15年)の県議選で初当選。2007年(平成19年)の県議選から民主党公認で立候補し再選。2015年(平成27年)に4選。 2016年(平成28年)11月20日に行われた三戸町長選挙に立候補し、現職の竹原義人を54票差で破り初当選を果たした。
熊谷 雄一(くまがい ゆういち、1962年9月7日 - )は… 熊谷 雄一(くまがい ゆういち、1962年9月7日 - )は、日本の政治家。第26代青森県八戸市長(2期)。八戸市議会議員(1期)、青森県議会議員(5期)第81代青森県議会議長を歴任。座右の銘は、論語の「民信なくば立たず」。 先祖は熊谷善六。1191年(建久2年)、南部光行公に仕えていた家臣の桜庭氏共に奥州(現在の東北地方)の糠部(現在の青森県東部から岩手県北部)地域に移住。 祖父は熊谷義雄。自由民主党衆議院議員を5期。デーリー東北取締役、青森放送取締役、八戸商工会議所会頭、八戸工業大学理事長、八戸通運取締役、丸美屋デパート取締役。このほか、1932年(昭和7年)八戸魚市場設立後取締役。南部貨物自動車社長、戦後大洋水産設立、中央魚類、大洋石油、八戸総合振興会会長、熊谷漁業社長、八戸漁連の前身八戸漁業振興会創立、八戸総合振興対策審議会会長、八戸ガス株式会社社長などを歴任。
神 ひろし(じん ひろし、1962年9月4日 - )は、日本… 神 ひろし(じん ひろし、1962年9月4日 - )は、日本の政治家、元中京テレビ放送のアナウンサー。名古屋市議会議員(1期)。 本名:神 浩司(読み同じ)。青森県青森市出身。青森県立青森高等学校、茨城大学卒業。血液型B型。 大学卒業後、1986年に中京テレビにアナウンサーとして入社。入社以来、数多くの自社製作番組でスポーツ実況やキャスターなどを担当していたが、2007年6月18日付で報道局報道部へ異動した。後にアナウンス部の部長に就任した佐藤啓とは同い年だが、佐藤は他業種からの転職であるためアナウンサーとしてのキャリアは神の方が長かった。その後2017年まで報道部に異動していたので、現在は佐藤のキャリアが長くなっている。
平田 衛(ひらた まもる、1959年〈昭和34年〉11月1日… 平田 衛(ひらた まもる、1959年〈昭和34年〉11月1日 - )は、日本の政治家。青森県鰺ヶ沢町長(第6代)。 青森県西津軽郡鰺ヶ沢町出身。1982年(昭和57年)3月、東海大学文学部史学科を卒業。同年4月、鰺ヶ沢町役場に入庁。入庁後、政策推進課長やつがる西北五広域連合鰺ヶ沢病院事務長を歴任。 2017年(平成29年)10月1日、鰺ヶ沢町長選挙への出馬を表明。町の自然を活用したアウトドア体験や地域経済活性化の推進などを公約に掲げ、同年12月4日、現職の東條昭彦、新人で会社社長の一戸隆男を破り初当選。 ※当日有権者数:9,214人 最終投票率:75.50%(前回比: 4.91pts) 2021年(令和3年)11月30日、自身の任期満了に伴う鰺ヶ沢町長選挙が告示され、平田以外に立候補の届出がなく、無投票で2選。
櫻田 宏(さくらだ ひろし、1959年(昭和34年)6月3日… 櫻田 宏(さくらだ ひろし、1959年(昭和34年)6月3日 - )は、日本の政治家。元青森県弘前市長(2期)。 青森県弘前市生まれ。元弘前市長の櫻田清芽は祖父。弘前市立桔梗野小学校、弘前市立第四中学校、青森県立弘前高等学校卒業。1年浪人後、弘前大学人文学部経済学科に入学。1983年3月、同大学卒業。同年4月、弘前市役所に入庁、弘前市観光振興部長。 2018年4月8日に行われた弘前市長選挙に、市職員労組連合会の推薦を得て立候補。3選を目指す現職の葛西憲之は地元青森3区選出の木村次郎衆議院議員に再三にわたり応援依頼をするが、木村は「中立」を貫いた。櫻田は、葛西の進める「箱物行政」への批判票を取り込み、初当選を果たした。
仲野 博子(なかの ひろこ、1959年3月3日 - )は、日… 仲野 博子(なかの ひろこ、1959年3月3日 - )は、日本の政治家。 衆議院議員(3期)、根室市議会議員(3期)、農林水産大臣政務官を歴任。 青森県上北郡横浜町出身。イカ釣り漁師の家に3人姉弟の長女として生まれた。青森県立野辺地高校を経て弘前学院大学文学部英米文学科を卒業後、結婚を機に北海道根室市に転居する。中学校の臨時講師を経て、24歳の時に英語塾「仲野塾」を開設。 1989年、根室市議会選挙に無所属で出馬し、当選。以後3回連続当選。 根室市議会では社民党の市議会会派である社会クラブに属していたが、政党再編の流れを受け1997年3月末の社民党党員会議で個々の判断で社民党にとどまるか民主党に入党するという方針が確認された。
滝沢 求(たきさわ もとめ、1958年〈昭和33年〉10月1… 滝沢 求(たきさわ もとめ、1958年〈昭和33年〉10月11日 - )は、日本の政治家。 自由民主党所属の元参議院議員(2期)。環境副大臣兼内閣府副大臣、外務大臣政務官、参議院環境委員長、外交防衛委員長、自由民主党副幹事長、同環境部会長、青森県議会議員(5期)を歴任。 青森県立八戸高等学校卒業。高校時代にアイスホッケー選手としてインターハイに3年連続出場。また、1977年に開催された「あすなろ国体」に青森県代表として出場し、準優勝。 中央大学法学部政治学科卒業後、元内閣総理大臣・中曽根康弘の公設秘書を務める。1995年、乱戦となった第17回参議院議員通常選挙に無所属で出馬するも落選。 1998年に青森県議会議員初当選。
山中 泉(やまなか せん、1958年8月7日 - )は、日本… 山中 泉(やまなか せん、1958年8月7日 - )は、日本の実業家、著述家、政治家。参政党所属の参議院議員(1期)。 1958年、青森県生まれ。1980年、青森県立青森高等学校卒業後に渡米し、イリノイ大学を卒業。ニューヨーク野村證券勤務後に起業。 2022年現在、東京都に在住し、都内と米国でコンサルティング会社を経営。日本メーカーの北米代表も務める。国際武道空手連合三浦道場師範代として空手を指導。生活者・納税者としての視点から、日本のメディアでは報道されない米国の社会をSNSで発信。 2024年10月、第50回衆議院議員総選挙に参政党公認で比例東北ブロックから立候補したが、比例東北ブロックで参政党は議席を確保できず落選した。
倉光 弘昭(くらみつ ひろあき、1956年11月8日 - )… 倉光 弘昭(くらみつ ひろあき、1956年11月8日 - )は、日本の政治家。青森県つがる市長(2期)。 青森県西津軽郡木造町(現・つがる市木造柴田)生まれ。青森県立五所川原高等学校、明治大学農学部卒業。 1982年(昭和57年)4月、木造町役場に入庁。 2005年(平成17年)2月11日、西津軽郡木造町、森田村、柏村、稲垣村、車力村の1町4村が合併して、つがる市が誕生。2017年(平成29年)4月、つがる市副市長に就任。 2021年(令和3年)2月21日告示、2月28日執行のつがる市長選挙に自由民主党の推薦を受けて立候補し、無投票で初当選した。3月13日、市長就任。2025年(令和7年)2月、無投票で再選。
三村 申吾(みむら しんご、1956年4月16日 - )は、… 三村 申吾(みむら しんご、1956年4月16日 - )は、日本の政治家。 青森県知事(公選第17・18・19・20・21代)。衆議院議員(1期)、青森県上北郡百石町長(1期)を務めた。 父・三村輝文は元青森県議会議員で、2003年から2011年まで親子で県知事・県議会議員を務めていた。東京大学文学部の同期である妻・三村三千代は八戸学院大学短期大学部客員教授で、専門は国文学、特に古典文学。 青森県上北郡百石町(現おいらせ町)生まれ。青森県立八戸高等学校、東京大学文学部国文学科卒業。東大の同期には、立憲民主党所属の参議院議員杉尾秀哉がいた。大学卒業後、新潮社に入社。文芸編集畑を歩み、畑山博、綱淵謙錠、山口瞳、中沢けいらを担当した。
佐々木 孝昌(ささき たかまさ、1954年5月27日 - )… 佐々木 孝昌(ささき たかまさ、1954年5月27日 - )は、日本の政治家。青森県五所川原市長(2期)。 青森県五所川原市出身。父親は青森県議会議員の佐々木啓二。青森県立五所川原高等学校、日本大学法学部卒業。 五所川原市でタクシー会社の津鉄観光株式会社を経営していた佐々木は2007年(平成19年)、地元の別のタクシー会社、相互タクシー株式会社に合併の話をもちかけ五所川原交通株式会社を設立。それと同時に同社の代表取締役社長に就任した。五所川原法人会会長を務める。 2018年(平成30年)4月13日、任期満了に伴う五所川原市長選挙に出馬する意向を表明した。同年6月25日に行われた市長選は、平山誠敏市長の長男でガス会社社長の平山敦士(自民党・公明党推薦)との一騎打ちとなった。
津島 恭一(つしま きょういち、1954年2月4日 - )は… 津島 恭一(つしま きょういち、1954年2月4日 - )は、日本の政治家。 衆議院議員(3期)、国土交通大臣政務官(野田内閣・野田第1次改造内閣・野田第2次改造内閣)などを歴任。 青森県北津軽郡金木町(現五所川原市)生まれ。青森県立青森東高等学校、武蔵大学経済学部卒業後、衆議院議員田沢吉郎の秘書を務める。1996年、第41回衆議院議員総選挙に青森4区(田沢の選出選挙区であった旧青森2区の一部)から自由民主党公認で出馬するが、新進党公認の木村太郎に敗れ落選した。2000年、第42回衆議院議員総選挙に自民党から比例東北ブロック単独で出馬するも再び落選。2003年、御法川英文の死去に伴い繰り上げ当選した。
佐原 若子(さわら わかこ、1953年〈昭和28年〉11月2… 佐原 若子(さわら わかこ、1953年〈昭和28年〉11月22日 - )は、日本の政治家、歯科医師。 衆議院議員(1期)、青森県保険医協会理事を歴任。 青森県五所川原市出身。青森県立五所川原高等学校から鶴見大学歯学部を卒業し、歯科医師となる。青森県保険医協会理事、歯科用レーザー認定医、小嶋歯科医院院長を務める。 2019年6月2日執行の青森県知事選挙に現職・三村申吾の対抗馬として、無所属(市民連合あおもり推薦)で立候補するが落選。 2024年10月27日執行の第50回衆議院議員総選挙に、比例東北ブロック単独の3位にてれいわ新選組公認で立候補。れいわ新選組は比例東北ブロックで1議席を獲得したが、名簿順位1位は小選挙区との重複立候補の候補2名で、共に供託金没収点(有効投票総数の10分の1)未満の得票に終わったため、佐原が初当選を果たす。
櫛引 ユキ子(くしびき ゆきこ、1953年(昭和28年)6月… 櫛引 ユキ子(くしびき ゆきこ、1953年(昭和28年)6月12日 - )は、日本の政治家。青森県議会議員(4期) 青森県立五所川原高等学校卒業。田沢吉郎派重鎮市議の義父・櫛引留吉の後継として、1997年(平成9年)五所川原市議会議員選挙に初当選。
山田 年伸(やまだ としのぶ、1952年8月 - )は、日本… 山田 年伸(やまだ としのぶ、1952年8月 - )は、日本の政治家。青森県大鰐町長(4期)。元大鰐町議会議員(4期)。 青森県大鰐町宿川原生まれ。大鰐町立大鰐小学校、大鰐町立大鰐中学校、青森県立弘前南高等学校卒業。千葉商科大学中退。 大鰐町議会議員を4期務める。 2006年(平成18年)の大鰐町長選挙に立候補するも、現職の二川原和男に敗れ落選。 2010年(平成22年)6月27日執行の大鰐町長選挙に再び挑戦。3期目を目指す現職の二川原和男との一騎打ちとなったこの選挙において、得票がともに3,524票と同数となったため、公職選挙法に基づいて抽選が行われた。くじ引きをした結果、山田が初当選を果たした。
宮下 順一郎(みやした じゅんいちろう、1952年5月1日 … 宮下 順一郎(みやした じゅんいちろう、1952年5月1日 - 2014年5月19日)は、日本の政治家。青森県むつ市長(2期)。 青森県むつ市生まれ。青森県立青森高等学校、早稲田大学政治経済学部卒業。卒業後は帰郷し、学習塾を開く。その後、酒販店を経営する。 1995年、むつ市議会議員に当選。2003年から2007年まで同市議会議長。 3期目途中の2007年7月、杉山粛の死去によるむつ市長選挙に立候補し、使用済み核燃料の中間貯蔵施設誘致などを掲げて初当選する。2011年7月の市長選では市庁舎移転や市の赤字解消の実績を強調して再選。 市長を2期務め、2期目在職中の2014年5月19日、同市内のホテルで開催された異業種組織との総会に参加、午後6時過ぎから行われた懇親会で乾杯の挨拶をしようとしたとき意識を失って倒れ、同日午後9時36分、救急車で搬送されたむつ総合病院でクモ膜下出血により急死した。
渋谷 修(しぶたに おさむ、1950年7月1日 - )は、日… 渋谷 修(しぶたに おさむ、1950年7月1日 - )は、日本の政治家。元衆議院議員(2期)。 青森県出身。青森県立五所川原高等学校卒業。東海大学工学部航空宇宙学科を中退後、中小企業分野協、官公需適格、小売連絡協などの役員を経て、1990年に日本社会党から衆院初当選。社会党時代にはニューウェーブの会に所属。1992年12月、衆議院定数是正をめぐる「9増10減」案採決に社会党から唯一賛成にまわり、1993年5月、社会党を除名される。6月には新政党「板橋民主党」を結成。7月の衆議院総選挙で再選を目指すも落選。社会民主連合を離党した菅直人と共に1994年1月、新党さきがけに合流。1996年9月、鳩山由紀夫らとともに旧民主党結成に参加。
小桧山 吉紀(小檜山 吉紀、こひやま よしのり、1950年〈… 小桧山 吉紀(小檜山 吉紀、こひやま よしのり、1950年〈昭和25年〉5月27日 - )は、日本の政治家。青森県三沢市長(2期)。元青森県議会議員(3期)、元三沢市議会議員(2期)。 青森県上北郡大三沢町(現:三沢市)出身。三沢市立岡三沢小学校、三沢市立第一中学校、青森県立三沢商業高等学校、帝京大学経済学部、八戸学院大学短期大学部幼児教育学科卒業。 2000年に三沢市議会議員に初当選。2007年に青森県議会議員に初当選。議員時代は自由民主党に所属した。 三沢市長の種市一正の後継指名を受け、2018年12月28日、任期満了に伴う市長選挙に立候補する意向を表明した。 2019年の三沢市長選挙には小桧山と、元市長の鈴木重令の長男で、元市議の鈴木重正が立候補した。
小林 眞(こばやし まこと、1950年5月14日 - )は、… 小林 眞(こばやし まこと、1950年5月14日 - )は、日本の政治家・元官僚。元青森県八戸市長(4期)。元八戸圏域水道企業団企業長。 青森県八戸市白銀町生まれ。八戸市立第二中学校、青森県立八戸高等学校、東北大学法学部卒業。1975年に青森県庁に入庁するが、1979年に改めて自治省に入省。1991年から埼玉県浦和市企画部長を務め、浦和・大宮・与野3市の合併に伴うさいたま市の政令指定都市への格上げを推進した。1997年に自治省に復職。2005年9月13日、総務省自治財政局財務調査官を最後に退官した。 2005年10月30日執行の八戸市長選挙に大島派無所属で立候補し、田名部派無所属現職の中村寿文を破り初当選。
赤石 清美(あかいし きよみ、1948年4月12日 - 20… 赤石 清美(あかいし きよみ、1948年4月12日 - 2025年11月24日)は、日本の政治家。自由民主党所属の元参議院議員(1期)。厚生労働大臣政務官を務めた。 1967年(昭和42年)、青森県立八戸工業高等学校を卒業。1970年(昭和45年)、京浜学園衛生技術学科を卒業。その後臨床検査技師として活動。 2010年(平成22年)、第22回参議院議員通常選挙に比例区から自由民主党公認で立候補し初当選した。医療技術者団体協議会を支持団体とする。 2013年(平成25年)、第2次安倍内閣で厚生労働大臣政務官に就任(2014年9月、退任)。改選となる2016年の第24回参議院議員通常選挙には立候補しなかった。
鹿内 博(しかない ひろし、1948年3月4日 - )は、日… 鹿内 博(しかない ひろし、1948年3月4日 - )は、日本の政治家。青森県議会議員(7期)元青森県青森市長(2期)。青森市議会議員(3期)を務めた。 青森県青森市生まれ。青森市立原別中学校、青森県立青森高等学校卒業。高校卒業後、株式会社信行商会、青森県新生活協議会に勤務した後、1976年から1981年まで青森市社会教育委員を務める。1973年、1977年に青森市議会議員選挙に出馬するも落選し、1981年の青森市議選で初当選を果たした。1991年、青森県議会議員選挙に鞍替えし、当選。青森県議を5期務める。 2009年4月19日に行われた青森市長選挙に社会民主党・日本共産党の支持を受けて無所属で出馬。
山崎 力(やまざき つとむ 、1947年5月8日 - )は、… 山崎 力(やまざき つとむ 、1947年5月8日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の前参議院議員(3期)。参議院総務委員長、予算委員長、総務副大臣を務めた。祖父は衆議院議員・青森県知事を務めた山崎岩男、父は参議院議員・環境庁長官を務めた山崎竜男、また次女は青森県外ヶ浜町町長に当選した山崎結子(2017年4月24日就任予定、同県内初の女性首長)。
葛西 憲之(かさい のりゆき、1946年(昭和21年)11月… 葛西 憲之(かさい のりゆき、1946年(昭和21年)11月3日 - )は、日本の政治家。元青森県弘前市長(2期)。 青森県弘前市にて出生。弘前市立和徳小学校、弘前市立第一中学校卒業。1967年(昭和42年)3月、函館工業高等専門学校土木工学科卒業。1970年(昭和45年)4月、青森県庁に入庁。 2002年(平成14年)4月、県土整備部道路課長に就任。2004年(平成16年)4月、弘前県土整備事務所長に就任。2006年(平成18年)7月、県土整備部長に就任。2007年(平成19年)3月、県庁を退職。 2007年(平成19年)7月、道路公社、土地開発公社、住宅供給公社理事長に就任。同年12月、弘前市副市長就任。
小山田 久(おやまだ ひさし、1946年10月8日 - )は… 小山田 久(おやまだ ひさし、1946年10月8日 - )は、日本の政治家。勲等は旭日小綬章。元青森県十和田市長(4期)。 1965年(昭和40年)、青森県立三本木高等学校卒業。1970年(昭和45年)3月、北里大学畜産学部獣医学科卒業。同年4月、青森県庁に採用され、農林部(木造家畜保健衛生所)に勤務する。2007年(平成19年)3月、退職。同7月、青森県草地畜産協会常務理事に就任。2008年(平成20年)7月、青森県畜産協会専務理事に就任。同年9月、退任。 2009年(平成21年)1月18日に行われた十和田市長選挙に連合青森の推薦を受けて立候補。現職の中野渡春雄、元青森県議会議員の中村友信(民主党・国民新党推薦)らを破り初当選した。
大島 理森(大嶌 理森、おおしま ただもり、1946年〈昭和… 大島 理森(大嶌 理森、おおしま ただもり、1946年〈昭和21年〉9月6日 - )は、日本の政治家、元衆議院議員。勲等は桐花大綬章。尾崎行雄記念財団会長、もくもく会名誉会長、横綱審議委員会委員長。 衆議院議長(第76・77代)、農林水産大臣(第33代)、文部大臣(第128代)、科学技術庁長官(第61代)、原子力委員会委員長(第61代)、環境庁長官(第32代)、内閣官房副長官(第2次海部内閣・第2次海部改造内閣)、衆議院議員(12期)、衆議院予算委員長、同議院運営委員長、青森県議会議員(2期)、自由民主党副総裁(第15代)、同幹事長(第48代)、同国会対策委員長(第45・49代)、同東日本大震災復興加速化本部長、同国会対策筆頭副委員長、同国会対策副委員長、同副幹事長、同青森県支部連合会会長を歴任した。
今村 修(いまむら おさみ、1942年2月23日 - )は、… 今村 修(いまむら おさみ、1942年2月23日 - )は、日本の政治家。元社会民主党衆議院議員(1期)。 青森県青森市出身。法政大学法学部通信制卒。青森県労事務局次長、青森市議などを経て、1987年青森県議に当選。1993年の総選挙で旧青森1区から関晴正の後継者として日本社会党公認で立候補して当選。1996年の総選挙で落選。1999年の青森県知事選挙に立候補し落選。2000年、2003年の総選挙でも落選した。 2025年1月時点で社民党青森県連代表を務めている。 この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:政治学/PJ政治)。
種市 一正(たねいち かずまさ、1941年(昭和16年)6月… 種市 一正(たねいち かずまさ、1941年(昭和16年)6月15日 - )は、日本の政治家。元青森県三沢市長(3期)。 青森県三沢市出身。1960年(昭和35年)3月、青森県立三本木農業高等学校卒業。卒業と同時に当時防衛庁長官の職にあった赤城宗徳(旧茨城3区)の書生となる。茨城県の養豚・椎茸栽培を学ぶ。1979年(昭和54年)2月、青森農業協同組合青年部協議会の委員長に就任。 2002年(平成16年)7月25日、全国農業協同組合連合会(JA全農)経営管理委員会の副会長に就任。2004年(平成18年)7月29日、同経営管理委員会の会長に就任。 2005年(平成19年)7月29日、全農秋田県本部などのコメ不正取引問題にかかる責任をとって、JA全農会長を辞任。
鳴海 広道(なるみ ひろみち、1941年(昭和16年)3月1… 鳴海 広道(なるみ ひろみち、1941年(昭和16年)3月10日 - 2020年(令和2年)12月15日)は、日本の政治家。青森県黒石市長(4期)。青森県議会議員(通算5期)。 青森県黒石市出身。日本大学法学部中退。黒石市議会議員を経て、1975年(昭和50年)の青森県議会議員選挙で初当選。1995年(平成7年)まで務める。この間、1991年(平成3年)議長に就任した。 1995年の第17回参議院議員通常選挙において青森県選挙区から自由民主党公認で立候補したが、新進党公認の山崎力に敗れた。 1998年(平成10年)6月の黒石市長選挙に出馬し、元青森県議の高樋憲を破って初当選した。 黒石市長を4期務め、2014年(平成26年)に退任した。
下田 敦子(しもだ あつこ、1940年8月5日 - )は日本… 下田 敦子(しもだ あつこ、1940年8月5日 - )は日本の政治家。参議院議員(1期)、青森県議会議員(3期)、学校法人城東学園理事長を務めた。 青森県弘前市出身。弘前中央高校を経て秋田短期大学家政学科卒業。 学校法人城東学園理事長として、弘前医療福祉大学・弘前医療福祉大学短期大学部を運営する。1991年には青森県議会議員選挙に無所属で出馬し当選。2003年まで3期務めた後、2004年2月の弘前市長選に出馬。現職の金沢隆に対し互角に戦ったが、180票の僅差で落選した。2004年7月の第20回参議院議員通常選挙では、民主党公認で比例区より出馬。党の東北ブロック重点候補となり、初当選。 2010年7月の第22回参議院議員通常選挙では再選を目指し、民主党の比例区から出馬するが落選。
平山 誠敏(ひらやま まさとし、1940年7月9日 - 20… 平山 誠敏(ひらやま まさとし、1940年7月9日 - 2018年8月14日)は、日本の政治家。青森県五所川原市長(3期)。元・青森県議会議員(2期)。 青森県五所川原市出身。青森県立弘前高等学校、早稲田大学政治経済学部卒業。 1999年(平成11年)4月30日、青森県議会議員となる。2003年(平成15年)、再選。 2006年(平成18年)5月27日、五所川原市長の成田守が健康上の理由により辞職。これに伴って7月9日に行われた市長選挙に自由民主党と公明党の推薦を受けて立候補。前市議の前田清勝、「羽柴誠三秀吉」や「羽柴秀吉」名義の政治活動で知られる三上誠三らを破り初当選した(平山:21,174票、前田:12,713票、三上:1,415票)。
中村 寿文(中村 壽文、なかむら としふみ、1939年8月4… 中村 寿文(中村 壽文、なかむら としふみ、1939年8月4日 - 2024年12月1日)は、日本の政治家。元青森県議会議員(7期)、元八戸市長(1期)。 父は衆議院議員で八戸市長を務めた中村拓道。青森県立八戸高等学校、慶應義塾大学法学部卒業。東北電力、衆議院議員船田中秘書を務める。父の死後、1976年・1979年・1980年の衆議院選挙に立候補するが落選。1976年は七日会保守系無所属候補、1979年は新自由クラブ公認候補、1980年は西岡武夫の保守刷新会議系候補だった。 1983年の青森県議会議員選挙で八戸市から無所属で立候補し、トップ当選。以後5期青森県議を務める(そのうち4期はトップ当選)。
木村 守男(きむら もりお、1938年1月24日 - 202… 木村 守男(きむら もりお、1938年1月24日 - 2023年6月25日)は、日本の政治家。青森県知事(3期)、衆議院議員(4期)、青森県議会議員(3期)などを歴任した。父は衆議院議員を務めた木村文男、長男は元衆議院議員の木村太郎。次男は衆議院議員の木村次郎。 青森県南津軽郡藤崎町出身。東奥義塾高等学校から青森県立浪岡高等学校を経て、1960年、日本大学法学部法律学科を卒業。 1967年から青森県議会議員を3期務め、その間、青森県議会農林常任委員長などを務める。 1977年、新自由クラブ公認で参議院青森県選挙区に立候補するが、落選。1980年、新自由クラブ公認で衆議院青森2区に立候補、初当選する。
鈴木 孝雄(すずき こうゆう、1937年〈昭和12年〉2月1… 鈴木 孝雄(すずき こうゆう、1937年〈昭和12年〉2月10日 - )は、日本の政治家。元青森県南津軽郡田舎館村長(5期)。旭日小綬章受章。 田舎館村出身。青森県立黒石高等学校卒業後、家業の農業に従事。1983年10月に田舎館村議会議員になる。1991年10月1日から1995年9月30日まで第12代同副議長を、同年10月2日から2001年3月9日まで、第18・19代同議長を務めた。 1999年10月1日に行われた田舎館村議会議長選挙に絡み、9月4日に阿部潤司村議から現金30万円を受け取り投票を約束したとして、2001年2月9日に収賄の疑いで逮捕された。鈴木は賄賂を飲食代などに使ったものの別の村議から議長選に出馬するよう説得されたため賄賂を阿部に返金した上で議長選に立候補、阿部との一騎打ちとなったが議長に再選した。
田名部 匡省(たなぶ まさみ、1934年〈昭和9年〉12月7… 田名部 匡省(たなぶ まさみ、1934年〈昭和9年〉12月7日 - 2025年〈令和7年〉3月26日)は、日本の政治家、アイスホッケー選手。位階は正三位、勲等は旭日大綬章。 1960年スコーバレーオリンピック、1964年インスブルックオリンピック日本代表。参議院議員(2期)、衆議院議員(6期)、農林水産大臣(第17代)などを歴任した。次女は立憲民主党参議院議員の田名部匡代。 青森県八戸市出身。八戸市立第一中学校、青森県立八戸高等学校を経て、大学進学を期に上京。1957年(昭和32年)に立教大学経済学部経営学科を卒業した。 岩倉組アイスホッケー部のディフェンスとして活躍。アイスホッケー日本代表選手として2度の冬季オリンピック(1960年スコーバレー、1964年インスブルック)に出場した。