冴木 一馬(さえき かずま、昭和32年(1957年) - )… 冴木 一馬(さえき かずま、昭和32年(1957年) - )は、日本の花火写真家、研究家。花火師の免許を取得している。 山形県鶴岡市出身。現在[いつ?]、大阪在住。専門学校卒業後、アパレル会社へ就職。その後、フリーカメラマンとして独立。写真への興味は専門学校時代に同じ寮にいた友人の影響だと語っている。 韓国の民主化運動の取材では肩から提げていたカメラバッグを銃弾が貫通したという話が残っている。 事件や事故の現場を中心に担当していた中、1987年に大阪の天神祭で花火を記録したことをきっかけとして花火への興味を持つようになった。今日では、ハナビストを自称している。ハナビストは写真家以上の活動として肩書きを考えていた当時、コラムニストやエコノミストなどの横文字職業が流行していたのを機に「ハナビスト」と自分で考えたと伝えられている。
山川 元(やまかわ げん、1957年 - )は、日本の映画監… 山川 元(やまかわ げん、1957年 - )は、日本の映画監督、脚本家である。『卓球温泉』『東京原発』の監督として知られる。 1957年(昭和32年)、山形県上山市に生まれる。山形市立商業高等学校を卒業する。 大手証券会社に勤務したのちビデオ製作会社を経て26歳で映画界に入る。鈴木清順監督の『カポネ大いに泣く』(1985年)の製作助手からはじまり、降旗康男、崔洋一、伊丹十三、周防正行らの助監督を務める。 1994年、『唐獅子姉御』で初監督を果たす。監督デビュー後の1996年には、周防正行監督の『Shall we ダンス?』で監督補を務めている。 1998年、自ら企画・脚本を立ち上げた『卓球温泉』を監督。
石澤 靖治(いしざわ やすはる、1957年 - )は、日本の… 石澤 靖治(いしざわ やすはる、1957年 - )は、日本の教育者、ジャーナリスト。学習院大学・教授。 山形県山形市生まれ。山形東高校を経て、立教大学社会学部社会学科卒業後、ダイヤモンド社入社。週刊ダイヤモンド記者。フルブライト留学で渡米。ハーバード大学国際問題研究所(CFIA)フェロー。同大ケネディ行政大学院修了(MPA) 、博士(政治学、明治大学)。ワシントンポスト極東総局記者、ニューズウィーク日本版副編集長などを経て、2000年より学習院女子大学助教授、2002年より同教授、2011年より同学長。2017年3月末で任期満了に伴い同学長を退任。2026年4月より学習院大学との統合により、学習院大学・国際文化交流学部教授。
結城 裕(ゆうき ひろし、1956年10月26日 - )は日… 結城 裕(ゆうき ひろし、1956年10月26日 - )は日本の政治家。山形県尾花沢市長(1期)。 山形県尾花沢市出身。山形県立楯岡高等学校(現・山形県立東桜学館中学校・高等学校)卒業。東洋大学法学部(2部)卒業。1977年1月、防衛庁に入庁した。2017年3月、防衛装備庁電子装備研究所総務課長で定年退職した。その後は、都内民間企業を経て、同年11月に帰郷した。 2018年1月23日、尾花沢市長選挙に無所属で立候補することを表明した。同年7月15日、自由民主党山形県連と公明党山形県本部から推薦を受けたものの、民進党山形県連、日本共産党山形県委員会、社会民主党山形県連から推薦を受けた菅根光雄に226票差で破れた。
伊藤 啓子(いとう けいこ、本名:利根川啓子、昭和31年(1… 伊藤 啓子(いとう けいこ、本名:利根川啓子、昭和31年(1956年)10月17日 - )は、山形県鶴岡市出身の、日本の詩人。
小柴 大造(こしば だいぞう、1956年9月18日 - )は… 小柴 大造(こしば だいぞう、1956年9月18日 - )は、日本のシンガーソングライター、作曲家、編曲家、プロデューサー。山形県出身。山形県立山形南高等学校卒業。 1978年、第1回東芝シンガーソングライターコンテストで「さよならのバラード」が最優秀賞を獲得。同曲が地元山形放送で10週間トップを記録し、同局の『大造のスタンバイ・ミー』ラジオパーソナリティに就任。 1979年に「小柴大造&エレファント」を結成。同年12月21日に山形県県民会館大ホールで開催されたコンサートでは、プロデビュー前にもかかわらず、初の満席を記録した。 1980年5月5日に、東芝EMIから5枚同時シングルリリースというデビューを果たす(昭和55年5月5日と5枚シングルで、5が5つとなる)。
奥山 直司(おくやま なおじ、1956年6月19日- )は、… 奥山 直司(おくやま なおじ、1956年6月19日- )は、日本の仏教学者。高野山大学教授。専攻は、インド・チベット仏教文化、密教図像学、日本近代仏教史。 山形市生まれ。1979年東北大学文学部印度学仏教史専攻卒業、85年同大学院文学研究科博士課程単位取得退学、東北大学文学部助手ののち、1989年一関工業高等専門学校専任講師、91年助教授、1994年高野山大学文学部助教授、2003年教授となる。
阿部 光利(あべ みつとし、1956年6月14日 - )は、… 阿部 光利(あべ みつとし、1956年6月14日 - )は、日本の政治家。台東区議会議員を務めた(2期)。また、松尾明弘衆議院議員(当時)の公設第一秘書を務めた。元フジテレビリポーター。地方政治ジャーナリスト。山形県鶴岡市出身。 国士舘大学政経学部経営学科卒業。 フジテレビ『TIME3』(1988年 - 1993年)専属リポーターとして、本格的なテレビ出演を開始。同番組のリポーターの公募に、当時約1600人の応募者の中から合格した[要出典]。その後、同局の『タイムアングル』、『おはよう!ナイスデイ』、『ナイスデイ』、『とくダネ!』、『2時のホント』などの情報番組でリポーターとして活動。『2時のホント』番組終了をきっかけに転職。
長南 収(ちょうなん おさむ、1956年5月16日 - )は… 長南 収(ちょうなん おさむ、1956年5月16日 - )は、日本の実業家である。キユーピー代表取締役社長や、全国マヨネーズ・ドレッシング類協会会長を務めた。食品産業功労賞受賞。 山形県鶴岡市出身。1980年鹿児島大学水産学部卒、キユーピー入社。2001年仙台支店長。2006年広域家庭用営業部長。2008年大阪支店長。2012年東京支店長。2013年執行役員。2014年取締役。2016年常務執行役員サラダ・惣菜事業担当。2017年2月からキユーピー代表取締役社長執行役員。2021年キユーピーみらいたまご財団理事長。中島董商店取締役。2022年キユーピー相談役。同年食品産業功労賞受賞。元全国マヨネーズ・ドレッシング類協会会長。
本間 洋(ほんま よう、1956年5月8日 - )は、日本の… 本間 洋(ほんま よう、1956年5月8日 - )は、日本の実業家。元NTTデータグループ代表取締役社長兼CEO。 山形県酒田市出身。宮城県仙台第一高等学校を経て、1980年東北大学経済学部卒業、日本電信電話公社入社。 2013年エヌ・ティ・ティ・データ常務執行役員第三法人事業本部長、2014年取締役常務執行役員エンタープライズITサービスカンパニー長、2017年代表取締役副社長執行役員を歴任。 2018年から代表取締役社長を務め、売上の過半を海外売上とする目標を掲げ、海外事業の拡大や日本人以外の役員の増員を進めた。 デジタル変革(DX)を進めている酒田市からの要請を受け、2020年10月、現職と併任で市のDXの推進役である「最高デジタル責任者」(CDO)に就任する。
原田 宏哉(はらだ ひろや、1956年3月10日 - )は、… 原田 宏哉(はらだ ひろや、1956年3月10日 - )は、日本の実業家。東北電力特別顧問、元社長。 山形県出身。山形県立山形東高等学校を経て、1978年3月早稲田大学法学部卒業後、同年4月東北電力入社。2010年同社取締役企画部長。東日本大震災発生時には計画停電を回避するため、経産省などとの連絡・調整業務に奔走した。2011年上席執行役員東京支社長。東京支社長時代には同社の被災状況や経営状況、原子力発電所の再稼働に向けた取り組みを政府に説明する役割を担った。2014年同社副社長。2015年6月同社取締役社長。2019年6月電気事業連合会副会長。その後同副会長を退任し、2020年6月東北電力特別顧問に就任した。
粟野 学(あわの まなぶ、1956年(昭和31年)2月7日 … 粟野 学(あわの まなぶ、1956年(昭和31年)2月7日 - )は、日本の銀行家、実業家。きらやか銀行頭取を務めた。 山形県山形市出身。東北大学法学部卒業後、当時の山形相互銀行入行。同行および山形しあわせ銀行トップをあわせて40年あまり務め、安岡正篤を敬慕し人間教育に力を入れた澤井修一からは薫陶を受けた。営業店勤務は5年程で、キャリアの大部分を本部で過ごし、第二地方銀行協会への出向も経験した。 2005年(平成17年)10月、同様に山形市に本店を置く殖産銀行との経営統合を目的に設立されたきらやかホールディングスが発足すると専務、2007年(平成19年)5月、両行の合併によってきらやか銀行が誕生すると同行専務も兼任した。
奥泉 光(おくいずみ ひかる、1956年〈昭和31年〉2月6… 奥泉 光(おくいずみ ひかる、1956年〈昭和31年〉2月6日 -)は、日本の小説家。近畿大学文芸学部で教授も務めた。 山形県東田川郡三川町出身。埼玉県立川越高等学校、国際基督教大学 (ICU) 教養学部人文科学科卒。同大学院修士課程修了(博士課程中退)。当初は研究者を目指しており、研究者時代の共訳書に『古代ユダヤ社会史』(G・キッペンベルク著、教文館)がある。師は並木浩一、大塚久雄。 1986年、すばる文学賞に応募した「地の鳥天の魚群」が最終候補になり、後に「すばる」に掲載され小説家としてデビュー。 1990年、『滝』が第3回三島由紀夫賞候補および第103回芥川賞候補。 1993年、『ノヴァーリスの引用』で野間文芸新人賞・瞠目反文学賞を受賞。
内谷 重治(うちや しげはる、1956年(昭和31年)1月2… 内谷 重治(うちや しげはる、1956年(昭和31年)1月22日 - )は、日本の政治家。山形県長井市長(5期)。元・長井市議会議員(2期)。 山形県長井市今泉出身。長井市立豊田小学校、長井市立豊田中学校、山形県立長井高等学校卒業。1979年(昭和54年)3月、立教大学経済学部卒業。同年4月、長井市役所に入庁。長井市役所商工觀光課勤務、1990年(平成2年)、市役所を退職し上京、コンサルティング会社や出版社などに勤務。長井市に戻り建設会社に勤めたのち、1999年(平成11年)4月の長井市議会議員選挙に出馬し初当選。2003年(平成15年)、2期目の当選。 2006年(平成18年)11月19日に行われた長井市長選挙に無所属で出馬。
青木 薫(あおき かおる、1956年 - )は、日本の女性翻… 青木 薫(あおき かおる、1956年 - )は、日本の女性翻訳家。 1956年山形県生まれ。1975年山形県立米沢興譲館高等学校卒業。1979年京都大学理学部物理学科卒業。1984年京都大学大学院理学研究科博士課程修了、「原子核間ポテンシャルのパリティ依存性及び角運動量依存性に関する微視的研究」で理学博士の学位を取得。専門は理論物理学。2007年度日本数学会出版賞受賞。
五十嵐 佳子(いがらし けいこ、1956年 - )は、日本の… 五十嵐 佳子(いがらし けいこ、1956年 - )は、日本の小説家、時代小説家、ライター。 山形県山形市出身。お茶の水女子大学文教育学部卒業。 「婦人公論」や「クロワッサン」、「ゆうゆう」などの女性誌中心に人物インタビュー、ファッション、インテリア、健康、法律、小説など幅広い分野で活動する。
涌井 賀代子(わくい かよこ、1956年(昭和31年)- )… 涌井 賀代子(わくい かよこ、1956年(昭和31年)- )は、日本の陶芸家。得意:鉄釉 灰釉 色絵 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
荒井 良二(あらい りょうじ、1956年 - )は、日本の絵… 荒井 良二(あらい りょうじ、1956年 - )は、日本の絵本作家。 山形県山形市に生まれる。日本大学山形高等学校を経て日本大学藝術学部美術学科卒業、1990年に処女作『MELODY』を発表し、絵本を作り始める。また、ライブペインティングやワークショップ、自ら作詞・作曲しギターも演奏する音楽活動などもおこなっている。 ※ 主に単独名義作品を記載
上月 正博(こうづき まさひろ、1956年 - )は、日本の… 上月 正博(こうづき まさひろ、1956年 - )は、日本の医師。公立大学法人山形県立保健医療大学理事長・学長、東北大学名誉教授(医学博士)。リハビリテーション医学、内科学、内部障害学(呼吸循環、代謝、腎、消化器などの内部機能障害)の研究・臨床で知られる1, 2。障害医学の研究を専門的に行うわが国初の大学院専攻として設置された東北大学医学系研究科障害科学専攻の初代専攻長。腎臓リハビリテーションの創設・啓発活動に関して、2018年、ハンス・セリエメダル、2022年、日本腎臓財団「功労賞」を受賞した。父はエンジニア、母は俳人の上月正子(句集『花林檎』、『卒寿』など)、兄は作家・精神科医の上月英樹(『ことばセラピー』、『精神科医がつかっている「ことば」セラピー』、『精神科医がよくつかっている治癒することば』、『精神科医のつきない悩み対応法』など、元筑波大学精神神経科助教授)。
ラズウェル 細木(ラズウェル ほそき、本名:窪田 京一、19… ラズウェル 細木(ラズウェル ほそき、本名:窪田 京一、1956年 - )は、日本の漫画家。旧ペンネームはくぼたケーガ。 山形県米沢市出身。山形県立米沢興譲館高等学校卒業。早稲田大学教育学部国語国文科卒業。東京都練馬区在住。 代表作に『酒のほそ道』『パパのココロ』など。 早稲田大学在学中、漫画研究会に所属していたが、本人は漫画を描く先輩の姿を見て漫画家にはなりたくなかったという。卒業後にカットやイラストの仕事をこなしているうちに、くぼたケーガ名義で麻雀漫画でデビュー(1983年)。大のジャズファンであり、レコードコレクターでもある。ジャズ業界の知識を援用して音楽方面に取材した作品を複数発表している。
鳴海 丈(なるみ たけし、1955年10月30日 - )は、… 鳴海 丈(なるみ たけし、1955年10月30日 - )は、日本の作家、脚本家。山形県米沢市出身。西南学院大学法学部卒業。 シナリオ、ライトノベル、時代小説、官能小説、ハードボイルド、漫画原作、とジャンルを問わずに活躍している。 特撮テレビドラマ『超電子バイオマン』第42話でシナリオ・デビュー。初期はコバルト文庫でファンタジー小説を書いていたが、『聖痕者ユウ』執筆中に乞われてひそかに書いていたアダルト小説『修羅之介斬魔劍』が編集者に発覚し、コバルト文庫を契約停止になる。その後、数年間はアダルト時代小説ばかりを書いていたが、現在は現代物にも手を広げている。週刊少年チャンピオンで連載の『伝鬼活人剣』で漫画原作者デビュー。
金井 たつお(かない たつお、1955年10月7日 - )は… 金井 たつお(かない たつお、1955年10月7日 - )は、日本の漫画家。山形県山形市出身。血液型B型。本名は金井龍郎。 1971年、週刊少年ジャンプ月例新人賞「ヤングジャンプ賞」に入選。翌年、同誌1972年17号に「金井龍郎」名義で入選作の『太陽に泳げ』が掲載された。同名義では1977年に、少年少女向けレーベルの集英社モンキー文庫で『ああ無情』のコミカライズを描き下ろしている。 山形県立山形中央高等学校卒業後、約2年間の本宮ひろ志のアシスタントを経て、1977年に「金井たつお」名義で『ホールインワン』連載開始。連載デビュー作にして代表作となった。 アシスタントとして師事した本宮ひろ志に加え、本宮夫人のもりたじゅんの影響も強く受けており、ゴルフ漫画だった『ホールインワン』もスポーツ描写より、柔らかいタッチの美少女描写が評判となっていた。
星 秀一(ほし しゅういち、1955年9月6日 - )は、日… 星 秀一(ほし しゅういち、1955年9月6日 - )は、日本の実業家。伊藤忠食品代表取締役社長や、日本加工食品卸協会副会長を務めた。 山形県出身。1974年山形県立米沢興譲館高等学校卒業。1979年一橋大学法学部卒業、伊藤忠商事入社。1998年ファミリーコーポレーション取締役。2000年伊藤忠商事社食品流通部食品流通第一課長。2001年伊藤忠商事食品流通第一部長代行兼食品流通第一課長。2002年雪印アクセス取締役。 2006年伊藤忠商事食料カンパニー食品流通部門長補佐兼食品流通部長。2009年伊藤忠商事食料カンパニー食品流通部門長兼CVS事業推進部長。2010年伊藤忠商事執行役員食品流通部門長。
井上 薫(いのうえ かおる、1955年(昭和30年)5月28… 井上 薫(いのうえ かおる、1955年(昭和30年)5月28日 - )は、日本の政治家。 山形県最上郡真室川町生まれ。真室川町長を3期(2005年 - 2017年)務めた。 ※当日有権者数:6,941人 最終投票率:80.13%(前回比:-5.02pts)
佐藤 由美子(さとう ゆみこ、1955年5月21日 - )は… 佐藤 由美子(さとう ゆみこ、1955年5月21日 - )は、日本のプロゴルファー。 日本女子プロゴルフ協会正会員(23期)。 山形県長井市出身、宮城県仙台市在住。日東郡山高等学園中退。 身長 157 cm、体重60kg、血液型 AB型。所属はツインズ。得意クラブは、ショートアイアン。師弟関係は永野幸子。ホームコースは仙台空港カントリークラブ。 家族は、夫、双子の2子、長女の佐藤のぞみもプロゴルファー。 趣味は、音楽鑑賞。好きな色はグレー、紺。愛車はトヨタ・ハリアー。
谷口 敬(たにぐち けい、1955年(昭和30年)5月6日 … 谷口 敬(たにぐち けい、1955年(昭和30年)5月6日 - )は、日本の漫画家。 山形県上山市出身。鶴岡工業高等専門学校電気工学科卒業。デビュー時のペンネームは野島 みちのり。本名の木村 二三夫名義、また、平田 のりお、谷口 敬子 のペンネームを使用したこともある。ペンネームの由来は、山形放送ラジオで若者向け番組のパーソナリティを務めていた谷口圭から。 萩尾望都に影響を受けて漫画家を志す。1979年、エロ劇画誌『漫画エロジェニカ』に掲載の『扉の少女』でデビュー。同誌を発行していた海潮社は程なく倒産してしまうが、豊島ゆーさくの推薦で檸檬社発行のエロ劇画誌『漫画大快楽』に招かれ、初期の代表作となる『水の戯れ』を発表するなど、漫画家としての経歴を本格的にスタートさせる。
海和 俊宏(かいわ としひろ、1955年4月24日 - )は… 海和 俊宏(かいわ としひろ、1955年4月24日 - )は、山形県最上町出身の元アルペンスキー選手。日本が生んだ初のワールドカップ・第1シード選手。現在はカイワスポーツクリエイティブ代表として、北志賀よませ温泉スキー場で、ホテルとスキースクールを経営し、レーシングキャンプから修学旅行の団体まで、幅広くスキー、スノーボードを教えている。よませは、海和の移住以降、レーシング系スキーヤーのメッカの一つとなっている。 1976年の第54回全日本スキー選手権大回転優勝。 1977年オーストリアのサン・アントンで開かれたFISワールドカップ・男子回転で1位とのタイム差が1秒16で7位に入り、第1シード入りを果たす。
室井 尚(むろい ひさし、1955年3月24日 - 2023… 室井 尚(むろい ひさし、1955年3月24日 - 2023年3月21日)は、日本の美学者、記号学者。横浜国立大学名誉教授。唐十郎を横浜国立大学の教授として招いた。
鳥海 修(とりのうみ おさむ、1955年3月13日 - )は… 鳥海 修(とりのうみ おさむ、1955年3月13日 - )は、日本の書体設計士。字游工房設立者の1人で、第2代代表取締役。文字塾塾長。京都精華大学特任教授、武蔵野美術大学非常勤講師。 山形県遊佐町出身。物心ついた時から自動車が好きで、酒田工業高校3年の時にカーデザイナーになりたいと思い立ち、美術大学受験を決める。1975年、多摩美術大学グラフィックデザイン学科に入学。在学中、文字デザインのゼミを担当していた篠原榮太による引率で、毎日新聞社東京本社でフォント製作課を見学。活字の元になる原字のレタリングを目の当たりにする。帰り際に案内役を務めた小塚昌彦が発した「日本人にとって文字は水であり、米である」との言葉に郷里の風景を重ね、書体制作の道に進むことを志す。
岩月 謙司(いわつき けんじ、1955年2月8日 - )は、… 岩月 謙司(いわつき けんじ、1955年2月8日 - )は、日本の生物学者、理学博士、元香川大学教授。専門は動物生理・行動学。著作業としては社会心理学、対人関係学。実質的には愛着理論を叩き台にした恋愛や親子関係に関する著書が多い。 山形県村山市に生まれる。1973年、山形県立山形南高等学校卒業。1978年に早稲田大学教育学部理学科生物学専修を卒業した後、1983年、筑波大学大学院博士課程生物化学研究科修了 (専門は生物物理化学)。筑波大学 理学博士 論文の題は「Physiological Studies on the Light-Induced Motile Responses in Paramecium(原生動物ゾウリムシ(Paramecium)における光反応の生理学的研究)」。
兼子 真也(かねこ しんや、1955年1月6日 - )は、日… 兼子 真也(かねこ しんや、1955年1月6日 - )は、日本のアートディレクター、グラフィックデザイナー、造形作家。E.ART.H (アース) 代表。山形県河北町出身。血液型はO型。 兼子一は従伯父、兼子仁は再従兄。
渡辺 えり(わたなべ えり、1955年〈昭和30年〉1月5日… 渡辺 えり(わたなべ えり、1955年〈昭和30年〉1月5日 - )は、日本の女優。演出家、劇作家、作詞家、日本劇作家協会会長。2022年よりファザーズコーポレーション所属。本名および旧芸名は渡辺 えり子(わたなべ えりこ)。 山形県山形市村木沢出身で、5歳のときに同市美畑町に転居。幼少期から演劇に興味を持ちはじめ、中学生のころに「将来は東京で演劇をやりたい」と思いはじめた。 山形県立山形西高等学校在学中は、演劇部に所属していた。高校卒業後、18歳で上京して舞台芸術学院(以下、舞芸と表記)に入学して本格的に演劇を学んだ後、劇団「兼八事務所」に参加。 1978年、23歳のときに舞芸の同期生のもたいまさこらと「劇団2○○」(げきだんにじゅうまる)を結成(1980年に「劇団3○○」(げきだんさんじゅうまる)と改名)。
若松 正俊(わかまつ まさとし、1955年または1956年 … 若松 正俊(わかまつ まさとし、1955年または1956年 - )は、日本の地方公務員。山形県副知事、山形県住宅供給公社理事長、山形県道路公社理事長、山形県スポーツ振興21世紀協会理事長を務めた。 山形県西村山郡大江町のりんご農家に生まれ、山形県立寒河江高等学校を経て、山形大学理学部卒業後、1979年山形県入庁。農政企画課長や、農林水産部長等を経て、2016年企業管理者。2017年から細谷知行の後任として副知事を務め、山形県住宅供給公社理事長、公益社団法人山形県スポーツ振興21世紀協会理事長、公益財団法人やまがた農業支援センター理事長、山形県土地開発公社理事長、山形県道路公社理事長なども兼務した。
兼子 良夫(かねこ よしお、1955年 - )は、経済学者、… 兼子 良夫(かねこ よしお、1955年 - )は、経済学者、公共経済学・地方財政学。元神奈川大学長。 1955年、山形県西村山郡大江町生まれ。同志社大学商学部卒業、大阪大学大学院経済学研究科博士課程単位修得退学。博士(経済学)。熊本学園大学経済学部専任講師、大分大学経済学部助教授などを経て、2003年神奈川大学経済学部助教授。2007年より同教授。2010-11年、UCLA客員研究員。2013年経済学部長。学校法人神奈川大学評議員、同理事。2016年4月より神奈川大学学長。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
寺崎 保広(てらさき やすひろ、1955年 - )は、日本史… 寺崎 保広(てらさき やすひろ、1955年 - )は、日本史学者、奈良大学教授。日本古代史専攻。 山形県村山市生まれ。1983年東北大学大学院文学研究科国史学修了。1983年奈良国立文化財研究所研究員。1990年から2000年まで主任研究官。2000年現職。奈良大学文学部史学科教授。2020年定年退職、非常勤講師として着任。東北大学文学修士、博士。学位論文の題は「古代日本の都城と木簡」。
池上 冬樹(いけがみ ふゆき、1955年 - )は、日本の文… 池上 冬樹(いけがみ ふゆき、1955年 - )は、日本の文芸評論家、書評家。マルタの鷹協会会員。 山形市生まれ。山形県立山形中央高等学校、立教大学文学部日本文学科卒。マルタの鷹協会に寄稿していた書評を小鷹信光に注目され、アシスタント業務を担当するようになる。ハードボイルドの翻訳から初めて、ミステリなどの書評家となり、『週刊文春』、『本の雑誌』、『ミステリマガジン』、「日本経済新聞」などではばひろく書評・批評をおこなう。2004年から3年間「朝日新聞」書評委員、さくらんぼテレビジョン主宰の山形小説家・ライター講座では世話役を担当している。 漫画家の金井たつおは高校の同級生。また文学研究者の松坂俊夫は高校時代の恩師である。
伊藤 和典(、1954年〈昭和29年〉12月24日 - )は… 伊藤 和典(、1954年〈昭和29年〉12月24日 - )は、日本の脚本家。山形県上山市出身、神奈川県横浜市在住。早稲田大学第一文学部中退。 山形県上山市の映画館「トキワ館」を経営する実家で育ち、中学生のころは円谷英二のような特撮監督になりたいと思っていた。早稲田大学ではテレビ芸術研究会に所属。大学生のころに現場を体験しようと「ライオン奥様劇場」と「土曜ワイド劇場」のADを体験し、演出は朝が早いので向かないと達観し脚本家を意識し始める。テレビドラマの助監督やシナリオライターのアルバイトを始め、やがて大学は3年で中退したがライターの仕事では食べられずに、アニメ業界へ足を踏み入れる。 24歳のころ1年ほど続けた缶コーヒーの自動販売機のセールスの仕事を休んだ日にスポーツ新聞に日本サンライズの制作進行募集の求人広告を見付け応募。
吉田 敏明(よしだ としあき、1954年10月2日 - )は… 吉田 敏明(よしだ としあき、1954年10月2日 - )は、日本のバレーボール指導者。元アメリカ女子代表監督。 山形県山形市出身。山形六中時代にバレーボールを始め、全国制覇(6人制)。 山形南高校、順天堂大学を経て、筑波大学大学院でコーチ学を学ぶ。 修士課程終了後の1979年に渡米。アリー・セリンジャー監督の元、アメリカ女子代表アシスタントコーチを務める。 帰国後の1982年、日立の監督に就任。日本リーグで優勝。その後、1983年4月から東京学芸大学の助教授に就任し、その傍ら女子バレー部監督を務める。 1998年に渡米し、再びアメリカ女子代表コーチに就任。 シドニーオリンピック後、日本人として初めてとなるアメリカ女子代表監督に就任。
新関 善美(にいぜき よしみ、1954年9月29日 - 20… 新関 善美(にいぜき よしみ、1954年9月29日 - 2018年8月22日)は、山形県山形市出身のプロゴルファー。 小学校から東京に転居し、獨協高時代は野球部のエースであった。慶應義塾大学進学を目指して浪人していた時に、父の友人であった1956年のメルボルン五輪レスリング金メダリストの笹原正三にプロゴルファー転向を勧められ、栃木県矢板市の矢板カントリークラブで腕を磨く。 1978年にプロ入りし、「山形で超一流を目指す」と故郷を拠点に活動。バックスイングに独特のリズムを持つ変則的なスイングで、テークバックでインに引き、コックは可能な限り使わず、ヘッド、フェースが常にスクェアを保つ打法で飛距離より正確さを身上とした。
森谷 俊雄(もりや としお、1954年7月4日 - )は、日… 森谷 俊雄(もりや としお、1954年7月4日 - )は、日本の政治家、地方公務員。山形県環境エネルギー部長や、モンテディオ山形代表取締役社長を経て、河北町長。 山形県西村山郡河北町出身。山形県立寒河江高等学校を経て、1978年東北大学法学部卒業、山形県入庁。2004年最上総合支庁企画振興課長。2006年人事課長。2009年総務部次長。2011年企画振興部長。2012年環境エネルギー部長。2015年公益財団法人山形県産業技術振興機構専務理事。 同年から株式会社モンテディオ山形代表取締役社長を務めたが、2018年にJ1リーグ昇格に向け後任を外部招請する意向を示して途中退任した。2019年吉村美栄子山形県知事の河北後援会などの推薦を受け、無投票で河北町長に当選した。
淀 彰(よど あきら、1954年4月25日 - 2014年3… 淀 彰(よど あきら、1954年4月25日 - 2014年3月13日)は、日本の吹奏楽編曲家。 1954年生まれ。山形県長井市出身。 国立音楽大学卒業。専攻はトロンボーンで、伊藤清に師事した。国立音楽大学専任講師。亜細亜大学吹奏楽団、東北学院大学シンフォニック・ウインド・アンサンブル、米沢吹奏楽愛好会にて音楽監督を務めた。 2014年3月13日、死去。59歳没。 この項目は、クラシック音楽に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル クラシック音楽/ウィキプロジェクト クラシック音楽)。 この項目は、音楽家(演奏者・作詞家・作曲家・編曲家・バンドなど)に関連した書きかけの項目です。
丸山 至(まるやま いたる、1954年(昭和29年)3月7日… 丸山 至(まるやま いたる、1954年(昭和29年)3月7日 - )は、日本の政治家。元酒田市長(2期)。 山形県酒田市に生まれる。 山形県立酒田東高等学校 - 山形大学人文学部を経て1977年、行政職員として酒田市に採用される。 キャリアを積みながら昇任した丸山は、商工港湾課、企画調整課、水道部管理課で課長に就任、その後は健康福祉部で地域医療調整監、財務部長、総務部長を歴任した。 また、庄内地域の自治体が共同で設立した「公設民営」の私立東北公益文科大学の創設にも関わりを持つ。 2012年12月、58歳だった丸山は酒田市を定年前に退職し、新たに特別職として副市長に任命される。 副市長として在任中、病気療養で職務を離れた前市長本間正巳の職務代理者として、市政の舵取り役を任された。
富樫 宜弘(とがし よしひろ、1954年2月19日 - )は… 富樫 宜弘(とがし よしひろ、1954年2月19日 - )は、日本の武道家。山形県飽海郡八幡町常禅寺(現 酒田市常禅寺)出身 昭和29年2月19日に山形県に生まれる。同日誕生日の俳優・藤岡弘、/空岡康雄 常陸天心古流拳法第二代宗家は、総帥 富樫宜弘と天心古流拳法の同門弟子である。 昭和44年 15歳より空手を始める。 昭和45年 16歳、キックボクシングジムの名門目黒ジム(現.藤本ジム)に入門。 昭和46年 17歳、極真空手 主催 第3回日本空手道選手権大会にエントリーしたが、高校3年生在学中、急病のため断念。 昭和47年、東京都三鷹市内にある大成高等学校を卒業。 昭和48年 19歳、沖縄に渡り、沖縄拳法空手道を喜納敏光師範(現 沖縄拳法空手道協会・会長)の元で修行、初段を允許。
長谷川 公一(はせがわ こういち、1954年 - )は、日本… 長谷川 公一(はせがわ こういち、1954年 - )は、日本の社会学者。環境社会学・社会運動論の研究で知られる。学位は、博士(社会学)(東京大学・論文博士・2004年)。盛岡大学および盛岡大学短期大学部学長。東北大学名誉教授。尚絅学院大学名誉教授。元尚絅学院大学特任教授。 山形県上山市生まれ。山形県最上町、同県尾花沢市で少年時代を過ごす。山形県立山形東高等学校を経て、1977年東京大学文学部卒業。1983年、東京大学大学院社会学研究科博士課程社会学専攻単位取得退学。2004年東京大学より博士(社会学)の学位を取得。 東北大学教員としての最終講義をもとに、2021年、個人史と研究史と社会史を統合的に記述した「パーソナルな物語」としての『環境社会学入門――持続可能な未来をつくる』を刊行した。 1983年東京大学文学部助手。
石垣 仁(いしがき ひとし、1953年9月25日 - )は、… 石垣 仁(いしがき ひとし、1953年9月25日 - )は、日本の元アマチュアボクシング選手、元プロボクサー。1976年モントリオールオリンピックバンタム級日本代表。第35代日本同級王者。プロ現役時代はヨネクラボクシングジム所属。 山形県飽海郡出身。酒田南高等学校、専修大学卒業。 1974年、テヘランで開催されたアジア大会にバンタム級で優勝。1974年から3年連続で全日本選手権同級に優勝を収めた。村田英次郎とは、アマチュア時代に3戦し、1976年モントリオールオリンピック出場権をかけた試合も含め、いずれも判定勝ちしている。 1976年、モントリオールオリンピックにバンタム級の日本代表として出場し、7月20日に行われた1回戦では2R0分36秒DQ(disqualify; 反則などによる失格)勝利を収めたが、7月24日の2回戦でモントリオール・モスクワ2大会連続銅メダリストとなるヴィクトール・リバコフ(英語版)(ソ連)と対戦し、0-5のポイント負けを喫した。
石川 裕人 (いしかわ ゆうじん、1953年9月21日 - … 石川 裕人 (いしかわ ゆうじん、1953年9月21日 - 2012年10月11日)は、日本の劇作家・演出家・シナリオライター。元「TheatreGroup"OCT/PASS"」主宰・代表。山形県東根市出身。 NHKオーディオドラマ審査員、(財)仙台市市民文化事業団評議委員(1999年から2005年まで)、「仙台劇のまち戯曲賞」選考委員(2001年から)「土井晩翠わかば賞・あおば賞選考委員(2008年から)といった役職も務めた。 高校時代から劇団を結成、役者・劇作・演出・作曲等を手がけ、執筆・演出作は100本を越える。1981年に結成した「十月劇場」は、仙台市の劇団としては初の東京を含む全国公演を成功させ、国内の演劇フェスティバルへも多数参加した。
安部 三十郎(あべ さんじゅうろう、1953年(昭和28年)… 安部 三十郎(あべ さんじゅうろう、1953年(昭和28年)9月21日 - )は、日本の政治家。行政書士。勲等は旭日小綬章。元山形県米沢市長(3期)。 山形県東置賜郡上郷村出身(上郷村は安部が生まれて2年後の1955年に米沢市に編入された)。米沢市立上郷小学校、米沢市立上郷中学校、山形県立米沢興譲館高等学校卒業。早稲田大学法学部卒業後、福島大学大学院地域政策専攻に進む。会社員を経て市長選に立候補する。自治体職員や市議などの経験はなかったが、保守志向の強い住民が多い同地域に草の根運動の選挙スタイルを持ちこみ、市内全戸の訪問や、朝晩の街頭演説などで知名度を上げていった。 3度目の挑戦の末、2003年(平成15年)に第33代米沢市長に初当選した。
兼子 正勝(かねこ まさかつ、昭和28年(1953年)7月2… 兼子 正勝(かねこ まさかつ、昭和28年(1953年)7月21日 - )は、フランス文学者、文学博士、電気通信大学教授。山形県鶴岡市出身。
玉川 みね子(たまがわ みねこ、1953年4月29日 - )… 玉川 みね子(たまがわ みねこ、1953年4月29日 - )は、浪曲曲師。日本浪曲協会参与。山形県酒田市出身。 1975年に浪曲師の2代目玉川福太郎と結婚。曲師の高齢化に危機感を持っていた福太郎によって曲師になることを勧められ、1976年から始まった「浪曲三味線教室」に参加し山本太一に師事。三味線教室に加え福太郎によって鍛えられ、1978年頃に木馬亭で初舞台を踏んだ。 2007年、福太郎と死別。入門3ヶ月で師匠を失った玉川太福を曲師として支えた。 近年は、太福が落語芸術協会に加入したことに伴い、落語芸術協会の定席興行に出演することも多い。
石川 孝志(いしかわ たかし、1953年2月5日 - )は、… 石川 孝志(いしかわ たかし、1953年2月5日 - )は、日本の元プロレスラー、花籠部屋所属の元大相撲力士。 石川 隆士および石川 泰士のリングネームでも活動していた(読みは同じ)。大相撲時代は大ノ海(おおのうみ)の四股名で活躍、最高位は西前頭4枚目。大相撲時代は身長179cm、体重123kg。 中学時代までは野球少年であったが、酒田南高等学校進学後に相撲に没頭、国民体育大会高校の部で優勝するなど実力を発揮、素質にも恵まれ、この時点で相撲部屋からのスカウトもあったがこれを断り日本大学に進学。名門日大相撲部で活躍し、全日本相撲選手権大会に優勝してアマチュア横綱など数多くのタイトルを獲得、主将も務めたが4年時に糖尿病を患った。