安江 伸夫(やすえ のぶお、1987年〈昭和62年〉6月26… 安江 伸夫(やすえ のぶお、1987年〈昭和62年〉6月26日 - )は、日本の政治家、弁護士。公明党所属の元参議院議員(1期)、元文部科学大臣政務官。 愛知県名古屋市北区出身(現住所は知多市日長)。愛知県立半田高等学校、創価大学卒業。創価大学法科大学院修了。2013年に司法試験に合格し、2014年12月に愛知県弁護士会に登録した。 弁護士としての活動を経て、政治の道に進むことを決意し、公明党で青年局次長、中小企業活性化対策本部事務局次長、愛知県本部副幹事長などを務める。 2019年7月21日の第25回参議院議員通常選挙において愛知県選挙区に公明党から出馬し初当選した。鈴木貴子に代わり最年少国会議員となった(2021年10月31日の第49回衆議院議員総選挙で最年少国会議員の座を馬場雄基に明け渡した)。
横粂 勝仁(よこくめ かつひと、1981年9月10日 - )… 横粂 勝仁(よこくめ かつひと、1981年9月10日 - )は、日本の弁護士、タレント、税理士、政治家。公益社団法人日本犬保存会顧問弁護士。 衆議院議員(1期)などを歴任。 愛知県豊田市出身。父・勝次(2010年に急逝)はトラック運転手。東京大学法学部に入学し、奨学金とアルバイトで学費を賄い、2005年に卒業、司法試験に合格した。 2006年、フジテレビ系恋愛バラエティ番組『あいのり』に出演。ニックネームは「総理」。番組中では、意中の女性の過去を執拗に詮索したこともあり、正式な告白前にフラれるという「前代未聞の告白失敗」を経験した。その後、改めて告白し、伴に日本へ帰国する航空券を渡したが失敗した。
猿田 佐世(さるた さよ、女性、1977年2月28日 - )… 猿田 佐世(さるた さよ、女性、1977年2月28日 - )は、日本の弁護士。憲法行脚の会事務局長、新外交イニシアティブ代表。 愛知県東郷町出身。愛知教育大学附属名古屋中学校、愛知県立千種高等学校を経て、1999年3月、早稲田大学法学部を卒業。在学中から国際人権団体アムネスティ・インターナショナルで活動していた。1999年に司法試験合格ののち司法修習第55期を経て第二東京弁護士会に属し、2009年に米国ニューヨーク州で弁護士登録。2008年にコロンビア大学コロンビア・ロー・スクール法学修士号、2012年にアメリカン大学国際関係学部で国際政治・国際紛争解決学修士号をそれぞれ修得。 刑務官の暴行により受刑者が死亡したとされる2001年の名古屋刑務所事件、退職教員が卒業式を妨害した2004年の板橋高校事件、それぞれの弁護団に加わる。
柴山 昌彦(しばやま まさひこ、1965年〈昭和40年〉12… 柴山 昌彦(しばやま まさひこ、1965年〈昭和40年〉12月5日 - )は、日本の政治家、弁護士。自由民主党所属の衆議院議員(9期)。衆議院国家基本政策委員長。 文部科学大臣(第24代)、内閣総理大臣補佐官(第3次安倍第1次改造内閣)、総務副大臣(第2次安倍内閣)、外務大臣政務官(福田康夫改造内閣・麻生内閣)、衆議院内閣委員長、自由民主党総裁特別補佐・筆頭副幹事長、幹事長代理、政調会長代理、自由民主党埼玉県支部連合会長を歴任した。 愛知県名古屋市生まれ(現住所は埼玉県所沢市小手指町2丁目)。武蔵中学校、武蔵高校を経て、1990年、東京大学法学部第1類(私法コース)卒業。東大法学部在学中は高橋宏志(民事訴訟法を専門)のゼミに所属していた。
宮川 美津子(みやがわ みつこ、1960年2月13日 - )… 宮川 美津子(みやがわ みつこ、1960年2月13日 - )は日本の弁護士、最高裁判所判事。 愛知県豊橋市出身。豊橋市立青陵中学校、愛知県立時習館高等学校を経て東京大学文科一類(法学部進学課程)に入学。1983年10月、司法試験第二次試験合格。1984年に東京大学法学部第1類(私法コース)を卒業。1984年4月、最高裁判所司法研修所入所(38期)。1986年4月に西村眞田法律事務所(現:西村あさひ法律事務所)に入所。1990年10月、創設されたばかりのTMI総合法律事務所に入所。1993年6月にハーバードロースクールを修了(LL.M.)。1994年3月にニューヨーク州弁護士資格取得。2005年4月から2019年8月までは慶應義塾大学法科大学院兼任講師。
林 眞琴(はやし まこと、1957年7月30日 - )は、日… 林 眞琴(はやし まこと、1957年7月30日 - )は、日本の検察官、法務官僚、弁護士。第49代検事総長。 愛知県豊橋市出身。1976年、時習館高等学校卒業。1981年に東京大学法学部第1類(私法コース)を卒業。司法修習35期。1983年検事任官、東京地方検察庁検事。1984年甲府地方検察庁検事。1987年3月27日浦和地方検察庁川越支部検事。 1988年東京地方検察庁検事。特別捜査部検事として、1988年のリクルート事件や、1997年の第一勧業銀行総会屋利益供与事件の捜査にあたった。1990年法務省刑事局付。1991年外務省在フランス日本国大使館一等書記官。1994年法務省刑事局付。1995年東京地方検察庁検事。
杉浦 ひとみ(すぎうら ひとみ、1956年6月10日 - )… 杉浦 ひとみ(すぎうら ひとみ、1956年6月10日 - )は、日本の弁護士、人権活動家。元日本女子大学の非常勤講師。 弁護士として子供、障害者、犯罪被害者、女性など社会的弱者の人権分野に重きを置いた訴訟を手がけ、2007年の参議院選挙東京都選挙区候補者として社民党から出馬したが落選した。東京都文京区在住。 奈良県生まれ、愛知県岡崎市育ち。1975年、愛知県立岡崎高等学校卒業。1979年、中央大学法学部法律学科卒業。結婚ののち、子供の問題を扱うために法曹を目指す。出産後、子供を育てながら39歳で司法試験に合格し、1999年に東京弁護士会(東弁)で弁護士登録して弁護士活動を開始。 以来、いじめ・体罰・虐待や少年事件、少年法改正、障害者、犯罪被害者などの社会的弱者、心的外傷後ストレス障害 (PTSD) 、ドメスティックバイオレンス・セクシャルハラスメント・性暴力の問題や訴訟を重点的に取り組み、東弁の人権擁護委員会副委員長、日弁連人権擁護委員会副委員長などを歴任。
神田 真秋(神田 眞秋、かんだ まさあき、1951年(昭和2… 神田 真秋(神田 眞秋、かんだ まさあき、1951年(昭和26年)10月1日 - )は、日本の政治家、弁護士。愛知県知事(3期)、一宮市長(3期)などを歴任した。 愛知県中島郡奥町(現・一宮市奥町川崎)生まれ。一宮市立奥小学校、東海中学校・高等学校卒業。高校時代は弁論部に所属し主将を務めた。中央大学法学部在学中の1973年、司法試験に合格。1974年3月、大学卒業。1976年4月、名古屋弁護士会(現・愛知県弁護士会)に弁護士登録。名古屋市東区に弁護士事務所を構える。 1989年9月21日に一宮市長の森鉐太郎が在職中に死去すると、神田は東海高校同窓会関係者を中心とする若手経営者のグループに担がれる。
加藤 裕治(かとう ゆうじ、1951年 - )は、日本の弁護… 加藤 裕治(かとう ゆうじ、1951年 - )は、日本の弁護士。労働運動家。自動車総連顧問。金属労協顧問。元自動車総連会長。連合副会長。金属労協第8代議長。 愛知県尾張旭市生まれ。愛知県立旭丘高等学校を経て、1975年早稲田大学法学部卒業。トヨタ自動車工業(1982年トヨタ自動車)に入社、法務部に8年間勤務。1984年よりトヨタ自動車労組専従。1992年自動車総連本部専従。2001年自動車総連会長(2008年9月まで)、連合副会長。同年9月金属労協副議長。2002年中央教育審議会委員(2009年まで)。2006年9月金属労協議長(2008年9月まで)。この間、財団法人中部産業・労働政策研究会(中部産政研)監事、社団法人教育文化協会理事、「新しい日本をつくる国民会議」(21世紀臨調)運営委員も務めた。
花井 増實(はない ますみ、1951年 - 2024年 )は… 花井 増實(はない ますみ、1951年 - 2024年 )は、日本の弁護士。日本弁護士連合会副会長、愛知県弁護士会会長、中部弁護士会連合会理事長、アルペン取締役等を歴任。2023年春に旭日中綬章受章。 三重県生まれ。愛知県立旭丘高等学校を経て一橋大学卒業。1999年万朶総合法律事務所開設。2003年アルペン監査役。2014年愛知県弁護士会会長、日本弁護士連合会副会長。2015年中部弁護士会連合会理事長、アルペン取締役。 この間、南山大学大学院法務研究科兼任講師、地籍問題研究会発起人、日本マンション学会中部支部長、中部マンション管理組合協議会顧問、同朋大学学長候補者選考会議委員長等も歴任した。 また、日本弁護士連合会立法対策センター委員長や愛知県弁護士会憲法問題委員長を務め、平和安全法制反対運動に参加。
加藤 新太郎(かとう しんたろう 1950年5月28日 - … 加藤 新太郎(かとう しんたろう 1950年5月28日 - )は、日本の元裁判官、弁護士、法学者。アンダーソン・毛利・友常法律事務所顧問。東京高等裁判所部総括判事や、中央大学大学院法務研究科教授を務めた。2021年瑞宝重光章受章。 愛知県岡崎市出身。愛知県立岡崎高校、名古屋大学法学部卒業。博士(法学)(名古屋大学)。東京高等裁判所部総括判事を経て、退官後弁護士登録し、中央大学大学院法務研究科教授及びアンダーソン・毛利・友常法律事務所顧問に就任。 「別紙を蔑視しないこと」との題名や、「柵の問題だけに良い策がないか模索中だ。」との発言など、ダジャレを好む。 大学時代は大塚仁のゼミに加わったという。論文執筆活動もあり、1992年には、論文「弁護士役割論」で母校名古屋大学から博士(法学)の学位を取得している。
城 正憲(たち まさのり、1947年6月18日 - )は、日… 城 正憲(たち まさのり、1947年6月18日 - )は、日本の元弁護士、元検察官。 愛知県出身。愛知県立田村(現愛西市)に生まれた。愛知県立津島高等学校では弁論部で活躍した。1966年、津島高校を卒業し(18回生)、上京して中央大学法学部法律学科に入学した。当時は、学園紛争が続き中央大学もロックアウトになってまともに講義が受けられない4年間をすごすことになったが、その間に弁論部で活躍し、選挙活動のアルバイトに没頭した。ようやく司法試験を合格を目指すサークルに入って勉強を開始する。 大学卒業後5回目で司法試験に合格した。この後、司法修習を受けた後、検事として検察庁に配属される。 東京地方検察庁、前橋地方検察庁、名古屋地方検察庁に勤務した後、1992年、法務省訟務局検事を最後に退官。
成田 清(なりた きよし、1947年4月1日 - )は、日本… 成田 清(なりた きよし、1947年4月1日 - )は、日本の弁護士(成田・長谷川法律事務所)。元愛知県弁護士会会長。愛知県名古屋市出身。日本弁護士連合会副会長、中部弁護士会連合会理事長等を歴任し、1999年から始まった司法制度改革においては、制度設計に関わった。
杉井 孝(すぎい たかし、1947年1月14日 - )は、日… 杉井 孝(すぎい たかし、1947年1月14日 - )は、日本の大蔵官僚、弁護士。血液型はO型。 1965年愛知県立時習館高等学校を卒業し、1969年東京大学法学部第2類(公法コース)卒業。大蔵省に入省する。在学中に旧司法試験を一番の成績で合格し、国家公務員上級甲種試験(法律)も上位で合格。1973年 主計局総務課の企画係長となり、直属の上司に吉野良彦、主査に斎藤次郎がおり、後に主計人脈の首領的存在になる二人の知遇を得た。1974年 岸和田税務署長。主計官補佐(厚生係主査)、主計局総務課課長補佐などを経て、1989年 主計局主計官、1992年 大臣官房秘書課長となるなど、有力な事務次官候補であった。
中野 直輝(なかの なおてる、1945年(昭和20年)3月2… 中野 直輝(なかの なおてる、1945年(昭和20年)3月26日 - )は、日本の政治家、弁護士。元愛知県小牧市長(4期)。 愛知県名古屋市生まれ。同志社大学法学部卒業。1974年、29歳で司法試験に合格し、司法修習を経て弁護士登録。名古屋市で法律事務所を開業し、小牧市商工会議所や小牧市の顧問弁護士を務める。 1995年1月9日、小牧市総合福祉施設ふれあいセンターの建設を巡り、小牧市長の佐橋薫が収賄の疑いで逮捕される。佐橋の辞職に伴って2月26日に行われた小牧市長選挙に無所属で出馬し、初当選を果たす。以後4期16年にわたり小牧市長を務めた。市長在任中は「市民総ぐるみの協働」を掲げ、「市長交際費ゼロ」を宣言。
内田 雅敏(うちだ まさとし、1945年 - )は、日本の弁… 内田 雅敏(うちだ まさとし、1945年 - )は、日本の弁護士、社会運動家。 愛知県蒲郡市生まれ。愛知県立時習館高等学校卒業。1968年、早稲田大学法学部卒業。1975年、東京弁護士会登録。1978年、四谷総合法律事務所を設立した。 日弁連人権擁護委員会委員、同接見交通権確立実行委員会委員長、関東弁護士会連合会憲法問題協議会委員長を経て、日弁連憲法委員会幹事、西松安野友好基金運営委員会委員長を務める。弁護士としての通常業務の他に、中国人労働者の戦後補償問題、靖国問題などに関与した。 1992年の第16回参議院議員通常選挙では、PKO法案に賛成していた森田健作の野党統一候補(社会・民社・社民連)としての推薦に反発し、反対派候補として社会党、社民連の一部議員の支援を得て東京都選挙区から立候補したが、落選した。
千賀 修一(せんが しゅういち、1943年9月6日 - )は… 千賀 修一(せんが しゅういち、1943年9月6日 - )は、弁護士・税理士。弁護士法人TLEO虎ノ門法律経済事務所代表弁護士、公益財団法人千賀法曹育英会理事長、公益財団法人岡本太郎記念現代芸術振興財団監事、公益社団法人シニア総合サポートセンター理事長。公益財団法人公益事業支援協会理事長。 愛知県愛西市出身。不動産取引・建築・都市再開発を得意としている。中央大学の真法会で同会の理事長(後に会長)であった弁護士向江璋悦氏(当時司法試験受験指導の神様といわれていた)から学問に国境はない、先輩から受けた恩は後輩に返せという指導を受け、司法試験に合格。1973年赤坂1丁目再開発事業のとりまとめを受任し望外の報酬が入ったので後進のため虎ノ門司法研究室を設立し、ボランティアで司法試験受験生の指導を開始(。
岡田 康彦(おかだ やすひこ、1943年6月1日 - )は、… 岡田 康彦(おかだ やすひこ、1943年6月1日 - )は、日本の大蔵・環境官僚、弁護士。環境事務次官などを歴任した。 愛知県宝飯郡出身。愛知県立時習館高等学校、東京大学法学部卒業。大学在学中に国家公務員上級試験で1位を取り(長野庬士と同点)、司法試験にも合格する。1966年に大蔵省に入省する。配属先は大臣官房財務参事官付。同期には長野のほか、武藤敏郎(東京五輪・パラリン競技大会組織委員会事務総長、日銀副総裁、初代財務事務次官、主計局長)、中島義雄(Kエナジー代表取締役、財政金融研究所長、主計局次長)、佐藤謙(世界平和研究所理事長、防衛事務次官)、中山成彬(国土交通大臣、文部科学大臣、初代経済産業副大臣)、中山恭子(拉致問題担当大臣、首相補佐官〈北朝鮮による拉致問題担当〉)らがいる。
簑輪 幸代(みのわ さちよ、1942年4月5日 - )は日本… 簑輪 幸代(みのわ さちよ、1942年4月5日 - )は日本の弁護士、政治家。元衆議院議員(日本共産党公認、2期)。元日本共産党中央委員会委員。夫は同じく弁護士の簑輪弘隆。 愛知県名古屋市出身。中央大学法学部を卒業後、司法修習生時代に日本共産党へ入党。弁護士となってからは、夫・弘隆と共に岐阜県岐阜市内に法律事務所を開設する。 1974年の参院選で岐阜県選挙区から出馬するも落選するが、1980年の衆院選で旧岐阜1区から立候補し初当選、岐阜県初の共産党衆議院議員となった。以後衆議院議員を2期務める。
宮川 光治(みやかわ こうじ、1942年2月28日 - )は… 宮川 光治(みやかわ こうじ、1942年2月28日 - )は、日本の弁護士、元最高裁判所判事(2008年9月3日 - 2012年2月27日)。元青年法律家協会事務局長。 日本占領下の中華民国青島市生まれ。引揚時に北京市から天津市へ逃れる際に、一時は行方不明となるも救出されて日本に帰国した。以後は名古屋市で過ごし、地元の名古屋大学法学部を卒業後、東京で弁護士として活動。 2008年最高裁判所判事に就任。2012年1月16日の君が代不起立訴訟の最高裁判決で、他の4人の裁判官が「学校の規律の見地から重過ぎない範囲での懲戒処分は裁量権の範囲内」などとして戒告処分を容認する中、ただ一人「注意や訓告にとどめるべきだ」と反対意見を述べた。
清水 幹裕(しみず つねひろ、1942年 - )は、日本の元… 清水 幹裕(しみず つねひろ、1942年 - )は、日本の元アマチュア野球審判員であり弁護士。東京大学野球部の選手時代は外野手。愛知県立岡崎北高等学校から東大を経て、旧文部省入省。その後弁護士へ。 1966年から2007年まで東京六大学野球の審判員を、1980年から2000年まで高校野球審判員をそれぞれ務め、高校野球においては1995年の第67回選抜高等学校野球大会決勝戦(観音寺中央 - 銚子商)、1997年の第69回選抜高等学校野球大会決勝戦(中京大中京 - 天理)、1998年第80回全国高等学校野球選手権大会準決勝第2試合(明徳義塾 - 横浜)で球審を、その年の決勝戦(横浜 - 京都成章)で1塁塁審をそれぞれ務めた。
高井 和伸(たかい かずのぶ、 1940年12月13日 - … 高井 和伸(たかい かずのぶ、 1940年12月13日 - 2025年7月30日)は日本の元政治家、弁護士。元連合参議院参議院議員(1期)。愛知県名古屋市出身、岐阜県久々野町(現高山市)育ち。 岐阜県立斐太高等学校卒業後、名古屋中央郵便局にて働きながら愛知大学法経学部二部を卒業。郵政大学校本科などを経て、1969年郵政省入省。1974年司法試験合格。1976年司法修習修了(29期)。高知地裁、浦和家裁各判事補を経て、1981年高井和伸弁護士事務所開設。東京弁護士会所属。 1989年第15回参議院議員通常選挙に連合の会公認で岐阜県選挙区より出馬し初当選。以後1期途中まで務める。その後、1993年第43回衆議院議員総選挙岐阜県第2区で日本新党公認で落選。
髙井 伸夫(たかい のぶお、1937年5月9日 - 2023… 髙井 伸夫(たかい のぶお、1937年5月9日 - 2023年2月7日)は、日本の弁護士。弁護士法人髙井・岡芹法律事務所の創業者、元代表社員。経営法曹会議幹事。社団法人日中協会理事。愛知県名古屋市出身。東京大学法学部卒業。専門分野は企業からの人事・労務問題、会社役員関係等々、使用者側に立つ労働法・労働問題。 この他、財団法人カシオ科学振興財団監事、財団法人労働科学研究所評議員、財団法人日本盲導犬協会理事長等々を歴任。
髙井 伸夫(たかい のぶお、1937年 - )は、日本の弁護… 髙井 伸夫(たかい のぶお、1937年 - )は、日本の弁護士。髙井・岡芹法律事務所会長。経営法曹会議幹事。社団法人日中協会理事。愛知県名古屋市出身。東京大学法学部卒業。 専門分野は企業からの人事・労務問題、会社役員関係等々、使用者側に立つ労働法・労働問題。
大塚 錥子(おおつか いくこ、1935年〈昭和10年〉 - … 大塚 錥子(おおつか いくこ、1935年〈昭和10年〉 - )は、日本の弁護士。愛知県初の女性弁護士とされる。 名古屋大学法学部出身。朝日大学法学部・大学院法学研究科名誉教授。夫は刑法学者の大塚仁(名古屋大学名誉教授)であり、息子は民法学者の大塚直(早稲田大学大学院教授)。 1935年(昭和10年)、愛知県碧海郡刈谷町(現・刈谷市)に生まれた。父親は裁判官である。刈谷市立刈谷南中学校卒業後に愛知県立刈谷高等学校に進学し、高校時代には陸上部に所属していた。名古屋大学では山岳部に所属していた。 大学在学中の1956年(昭和31年)、21歳で司法試験に合格した。1957年(昭和32年)に名古屋大学法学部法律学科を卒業。
杉浦 正健(すぎうら せいけん、1934年〈昭和9年〉7月2… 杉浦 正健(すぎうら せいけん、1934年〈昭和9年〉7月26日 - )は、日本の政治家、弁護士。自由民主党所属の元衆議院議員(6期)。法務大臣(第76代)、内閣官房副長官(政務担当、第2次小泉内閣・第2次小泉改造内閣・第3次小泉内閣)などを歴任した。 1990年2月の総選挙で大規模な買収を行い、岡崎市議会議員13人が逮捕され、同7人が書類送検された(杉浦事件)。17人もの市議を入れ替える補欠選挙を引き起こし、市政を混乱に陥れるが、自身の立件は免れ、2005年には法務大臣として初入閣した。2023年まで小池百合子都知事の政治団体「百乃会」の代表および会計責任者を務めた。 愛知県矢作町大字東本郷(現・岡崎市東本郷町字荒井前)に生まれる。
緒方 重威(おがた しげたけ、昭和9年(1934年)6月4日… 緒方 重威(おがた しげたけ、昭和9年(1934年)6月4日 - )は、日本の元検察官、元法務官僚、元弁護士。元公安調査庁長官。東京都目黒区のハーベスト投資顧問株式会社代表取締役。 父は検察官・弁護士の緒方浩、兄は化学者で上智大学副学長・千歳科学技術大学学長の緒方直哉。 父・浩が当時、岡崎検事局に勤務していたため愛知県岡崎市で生まれた。父はその後、名古屋、金沢、東京と転勤し、昭和14年(1939年)、満洲国最高検察庁検事として満州に赴任することになった。昭和14年(1939年)11月初旬、一家5人が満州国へと到着した。緒方と兄は、父に命じられていたこともあり、幼い頃から剣道を習っていた。 終戦後約1ヵ月をかけて母、兄、姉そして緒方の家族4人は無事に日本まで引き揚げてきた。
安藤 巌(安藤 巖、あんどう いわお、1925年1月28日 … 安藤 巌(安藤 巖、あんどう いわお、1925年1月28日 - 2009年11月11日)は、日本の弁護士、日本共産党員、政治家。衆議院議員(4期)。 愛知県名古屋市出身。1948年に京都大学法学部を卒業後、中部日本新聞社に入り記者となるが、1950年にレッドパージの対象者とされ退社し、日本共産党に入党する。1961年に弁護士を開業、東海労働弁護団代表幹事や総評弁護団代表幹事などを歴任するかたわら、四日市公害や大須事件の弁護団にも加わる。 1976年の衆議院議員選挙に日本共産党公認で旧愛知県第6区から立候補し初当選を果たし、1990年の落選まで衆議院議員を通算4期務めた。議員在職中は法務、決算の各委員のほか、共産党愛知県副委員長などを歴任した。
上村 千一郎(うえむら せんいちろう、1912年1月17日 … 上村 千一郎(うえむら せんいちろう、1912年1月17日 - 1991年3月20日)は、日本の政治家、弁護士。位階は正三位、勲等は勲一等。衆議院議員(10期)、環境庁長官(第10代)。 1912年(明治45年)1月17日、愛知県渥美郡福江町(現田原市福江町)に生まれた。祖父は実業家の上村杢左衛門であり、父は上村武太郎。12歳のときに父親を亡くした。 愛知県成章中学校(現愛知県立成章高等学校)、早稲田大学法学部卒業。大学卒業後にはドイツ留学の話があったが、千一郎を跡取りと考えていた祖父の杢左衛門が難色を示したことで御破算となった。大学院で憲法を学んだあと、豊橋市で弁護士を開業した。そのかたわら青年塾を開設し人材の育成に情熱を傾けた。
天野 末治(あまの すえじ、1901年1月21日 - 197… 天野 末治(あまの すえじ、1901年1月21日 - 1976年3月1日)は、日本の弁護士、社会運動家。扱った事件の多くは、小作争議、労働争議、思想弾圧事件などであり、自由法曹団東海支部結成においては指導的役割を果たした。愛知大学事件、大須事件の弁護団長として知られる。旧姓は柴田。 愛知県美合村大字岡村(現:岡崎市岡町字西側25番地)に、父柴田喜十、母たまの末っ子として生まれた。生家は農業で、当時その地方では養蚕が盛んであったことから、養蚕家が集まって蚕種製造組合を創った。父の柴田喜十は推されてその組合長となり、村会、信用組合などの役員などもした。 1914年(大正3年)、男川尋常高等小学校高等科を修了。
酒井 俊雄(さかい としお、1898年(明治31年)6月25… 酒井 俊雄(さかい としお、1898年(明治31年)6月25日 - 1982年(昭和57年)8月5日)は、愛知県津島市出身の弁護士。衆議院議員を2期務めた。 愛知県名古屋市東区生まれ。1918年(大正7年)、岡崎師範学校(現・愛知教育大学)を卒業。1929年(昭和4年)中央大学専門部法律科卒業、小学校訓導となる。その後、高等試験司法科試験に合格して、1934年(昭和9年)弁護士となり、税務代理士(現税理士)も務めた。 愛知県臨時社会調査員、同方面委員を務めた。1946年(昭和21年)4月の第22回衆議院議員総選挙に愛知県第2区から出馬して当選。1947年(昭和22年)4月の第23回総選挙に愛知県第4区から国民協同党所属で出馬して当選し、衆議院議員を連続2期務めた。
伊藤 修(いとう おさむ、1896年3月30日 - 1969… 伊藤 修(いとう おさむ、1896年3月30日 - 1969年6月14日)は、日本の弁護士、政治家。参議院司法委員長および法務委員長(初代)。 名古屋市生まれ。1921年、日本大学法科卒。1922年、弁護士となる。中部日本農民組合および日本農民組合岐阜県連の常任顧問、岐阜市会議員、東亜興業、旭炭鉱、関東重工業、三富士製作所、朝日精機、旭電気工業および日本社会公論の社長、日本社会新聞岐阜県総局長、社会文化大学名誉学長、富田高等女学校理事、岐阜弁護士会会長、岐阜地方裁判所調停委員。1952年、右派社会党岐阜県連委員長。青年民主主義擁護連盟本部会長。浄土真宗。東京都新宿区下落合に龍山荘を構えていた。 1966年4月の春の叙勲で勲二等に叙され、瑞宝章を受章する。
永田 安太郎(ながた やすたろう、1895年(明治28年)7… 永田 安太郎(ながた やすたろう、1895年(明治28年)7月15日 – 1955年(昭和30年)5月13日)は、日本の政治家、弁護士。衆議院議員(1期)、愛知県会議長、愛知県会議員(4期)などを歴任した。 愛知県碧海郡長瀬村大字橋目字毘沙門(現岡崎市)に永田半兵衛の次男として生まれた。安城農林学校を卒業後、家事の農業に従事していたが、明治大学専門部法律学科に入学した。1917年(大正6年)7月、同大学を卒業。1922年(大正11年)に弁護士試験に合格し弁護士を開業した。1937年(昭和12年)には名古屋弁護士会長に就任した。 1927年(昭和2年)9月25日の愛知県会議員選挙に碧海郡選挙区から立憲民政党公認で出馬し初当選。
大野 正直(おおの まさなお、1893年1月20日 - 19… 大野 正直(おおの まさなお、1893年1月20日 - 1951年10月20日)は、日本の大正から昭和前期にかけて活動した弁護士。 愛知県海部郡佐屋村(現在の愛西市)出身。愛知県第三中学校(現在の県立津島高校)を経て日本大学に入学し、1920年(大正9年)に弁護士試験合格、岡崎正也法律事務所に3年間在籍ののち帰郷し、1923年(大正12年)に名古屋市で個人事務所を開設する。 以降、名古屋市会議員を務めるなど中京圏の法曹界における重鎮とされ、スポーツ全般への造詣の深さから1936年(昭和11年)に新愛知新聞社が結成した職業野球チームの名古屋軍(現在の中日ドラゴンズ)設立に当たっては社外から会長として迎えられた。
西脇 晋(にしわき しん、1882年(明治15年)1月2日 … 西脇 晋(にしわき しん、1882年(明治15年)1月2日 - 1933年(昭和8年)12月19日)は、日本の大蔵官僚、弁護士、衆議院議員(立憲民政党)。 名古屋市出身。高岡応次の三男として生まれ、1905年(明治38年)に西脇長太郎の婿養子となった。1907年(明治40年)、東京帝国大学法科大学を卒業し、大蔵省に入った。大蔵省では税務監督官などを務め、1916年(大正5年)に退官した。退官後は弁護士・弁理士として活動した。 1926年(大正15年)、衆議院補欠選挙に当選。以後、当選回数は4回を数えた。その間、齋藤内閣では外務参与官を務めた。その他、法政大学講師、帝国製鉄・蔵内商事・満蒙土地建物・横浜倉庫監査役、大阪造船所取締役などを兼ねた。
武富 済(たけとみ わたる、1879年(明治12年)4月23… 武富 済(たけとみ わたる、1879年(明治12年)4月23日 - 1937年(昭和12年)4月20日)は、日本の検事、弁護士、衆議院議員(憲政会→立憲民政党)。正しくは武富 濟。
鈴木 仙太郎(すずき せんたろう、1855年12月18日(安… 鈴木 仙太郎(すずき せんたろう、1855年12月18日(安政2年11月10日) - 1936年(昭和11年)10月28日)は、日本の政治家、弁護士。衆議院議員(立憲改進党→憲政本党→立憲国民党)、愛知県会議員などを務めた。 尾張国海東郡佐屋村(現在の愛知県愛西市)出身。1883年(明治16年)、代言人となる。1894年(明治27年)、第4回衆議院議員総選挙に出馬し、当選を果たした。1903年(明治36年)、愛知県会議員に選ばれ、議長を務めた。その後、1908年(明治41年)の第10回衆議院議員総選挙で再選された。
福岡 精一(ふくおか せいいち、安政2年4月8日(1855年… 福岡 精一(ふくおか せいいち、安政2年4月8日(1855年5月23日) - 昭和17年(1942年)4月9日)は、日本の衆議院議員(立憲政友会)、弁護士。 三河国加茂郡殿貝津村(現在の愛知県豊田市)に福岡新蔵の二男として生まれる。幼時は僧籍にあり、大沼枕山のもとで漢学を学び、旃檀林で原坦山について哲学を学んだ。その後僧職を捨て、法学を学んで弁護士となり、岡崎町に事務所を開いた。 1881年(明治14年)に自由党が結成されるとこれに加入し、以後自由党系政党の支部幹事を務め、愛知県会議員にも選出された。 1902年(明治35年)、第7回衆議院議員総選挙に出馬し、当選。第10回まで4回連続当選を果たした。
池田 桂子(いけだ けいこ)は、日本の弁護士、弁理士。女性初… 池田 桂子(いけだ けいこ)は、日本の弁護士、弁理士。女性初の愛知県弁護士会会長や、日本弁護士連合会副会長、中部弁護士会連合会理事長を歴任した。 愛知県出身。1975年愛知淑徳高等学校卒業。1979年早稲田大学政治経済学部卒業。1981年司法試験合格。1983年弁護士登録、2000年弁理士登録。2017年には女性初の愛知県弁護士会会長及び日本弁護士連合会副会長に就任。2018年中部弁護士会連合会理事長。