河合 秀和(かわい ひでかず、1933年4月28日 - )は… 河合 秀和(かわい ひでかず、1933年4月28日 - )は、日本の政治学者。学習院大学名誉教授。専門は比較政治、イギリス政治。 1933年、京都市生まれ。1952年京都府立鴨沂高等学校卒業。1956年に東京大学法学部を卒業した。1961年東京大学大学院社会科学研究科国際関係論専攻修了。1962年オックスフォード大学セント・アントニーズ・カレッジに留学。1966年学習院大学法学部助教授。1970年学習院大学法学部教授をつとめた。2000年学習院大学東洋文化研究所長。2004年学習院大学を退任後に、中部大学国際関係学部特任教授として教鞭をとった。2008年3月末を以て、中部大学特任教授を退任。 この他に、1991年から1992年に放送大学客員教授。
清水 宏員(しみず ひろかず、1933年4月14日 - )は… 清水 宏員(しみず ひろかず、1933年4月14日 - )は、京都府京都市出身の元プロ野球選手(投手)。
藤澤 道郎(ふじさわ みちお、1933年4月14日 - 20… 藤澤 道郎(ふじさわ みちお、1933年4月14日 - 2001年9月30日)は、日本のイタリア史学者。専門はイタリア史、イタリア文学。 京都府京都市生まれ。1957年、京都大学文学部イタリア語学イタリア文学専攻卒業。1962年、同大学大学院文学研究科言語学専攻博士課程単位取得満期退学。1967年桃山学院大学専任講師、1969年同助教授、1975年同教授。2000年、選択定年により定年退職、名誉教授。 当初はマルクス主義者として、アントニオ・グラムシの翻訳研究などをしていたが、ルネッサンス期イタリア史研究に転じた。『マキァヴェッリ全集』(共編訳、筑摩書房、1999-2001)によりピーコ・デッラ・ミランドラ賞を受賞した。
岩成 達也(いわなり たつや、1933年(昭和8年)4月10… 岩成 達也(いわなり たつや、1933年(昭和8年)4月10日 - 2022年(令和4年)12月9日)は、日本の詩人。大和銀行常務取締役・同社常任監査役を歴任。 京都市生まれ。東京大学理学部数学科卒業。大和銀行に入行し、後に常務取締役や常任監査役を務めた。1958年、入沢康夫らと詩誌「あもるふ」を創刊。1981年、詩集『中型製氷機についての連続するメモ』で第19回藤村記念歴程賞受賞。1990年『フレベヴリィ・ヒツポポウタムスの唄』で第20回高見順賞受賞、2003年「(ひかり)、…擦過。』で第11回萩原朔太郎賞候補、2009年『みどり、その日々を過ぎて。』で第27回現代詩花椿賞受賞。宝塚市在住。 2022年12月9日、心不全のため死去。
村上 淳一(むらかみ じゅんいち、1933年3月31日 - … 村上 淳一(むらかみ じゅんいち、1933年3月31日 - )は日本の法学者。東京大学名誉教授。専門は比較法、ドイツ法。京都府生まれ。日本におけるドイツ法研究の第一人者。日本学士院会員。東京高等裁判所長官や最高裁判所長官を歴任した村上朝一の長男。
木原 たけし(きはら たけし、1933年3月27日 - )は… 木原 たけし(きはら たけし、1933年3月27日 - )は、日本の翻訳家。元俳優、声優。本名:河内 博。 主に日本語吹き替え作品の翻訳家として第一線で活躍し、数多くのヒット作を手がけた。 京都府福知山市出身。幼少期は神戸で育ち、太平洋戦争による疎開などを経て、終戦後は日光市に移住。 高校時代に演劇部へ所属したことがきっかけで、卒業後は役者になることを志望。だが、実家が代々医者の家系であったことなどから両親に反対され、時間稼ぎのために国際基督教大学英語学科へ進学。在学中に演劇部を設立し、卒業後は役者として演劇を続けながら、テレビドラマのエキストラ出演や生放送CMのモデルをしていた。俳優としてはタレントエージェント、シナリオ文芸くらぶに所属していた。
齋藤 英美(さいとう ひでみ、1933年(昭和8年)3月7日… 齋藤 英美(さいとう ひでみ、1933年(昭和8年)3月7日 - 2008年(平成20年))は、日本の電子オルガン奏者。エレクトーン奏者、作曲家。徳島文理大学名誉教授。上海音楽学院特別顧問教授。 同志社大学卒業。京都市立芸術大学音楽学部卒業。京都府京都市出身。 京都府京都市出身。同志社大学を卒業後、京都市立芸術大学音楽学部音楽学科作曲専攻に進学し卒業。 1957年(昭和32年)にプロデビューする。世界44ヵ国での演奏活動、伝統芸能・民族楽器との共演など、日本の電子オルガン奏者の第一人者として国内外で活動していた。徳島文理大学音楽学部で教授を務めたほか、中国・北京の上海音楽学院で特別顧問教授も務めた。
鈴江 璋子(すずえ あきこ、1933年(昭和8年)3月 - … 鈴江 璋子(すずえ あきこ、1933年(昭和8年)3月 - )は、日本の英文学者、実践女子大学名誉教授。 大阪市東淀川区生まれ。京都府立鴨沂高等学校卒業。1955年京都大学文学部英文科卒業。1962年同大学院博士課程満期退学。1965年龍谷大学文学部助教授、68年実践女子大学文学部助教授、75年教授、2004年定年、名誉教授、創価大学客員教授。2006-2010年日本ギャスケル協会会長。
小西 正一(こにし まさかず、1933年2月17日 - 20… 小西 正一(こにし まさかず、1933年2月17日 - 2020年7月23日)は、日本の生物学者、動物行動学者。京都府京都市出身。カリフォルニア工科大学名誉教授。 1956年北海道大学理学部生物学科卒業。1958年に渡米し、1963年カリフォルニア大学バークレー校で博士号取得。マックスプランク研究所、ウィスコンシン大学、プリンストン大学を経て、1975年よりカリフォルニア工科大学教授。1987年国際ニューロ・エソロジー学会会長。 小鳥のさえずりに関する研究の第一人者で、フクロウの聴覚による定位を通して動物行動学と大脳生理学を結合させた。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
原田 武(はらだ たけし、1933年1月29日-2020年1… 原田 武(はらだ たけし、1933年1月29日-2020年1月29日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。大阪外国語大学名誉教授。 京都市生まれ。1955年大阪外国語大学卒業、1958年大阪市立大学大学院文学研究科修士課程修了。立命館高等学校教諭、1964年帝塚山大学講師、大阪外国語大学助教授、教授、1999年定年退官、名誉教授、関西福祉科学大学教授。 2019年、瑞宝中綬章受章。 ジュリアン・グリーンや、マルセル・プルーストの同性愛を研究。父と娘の近親相姦について虐待的なものも多く存在するとした上でそれだけではないと指摘する。 2020年に老衰のため死去。生没同日である。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
末川 清(すえかわ きよし、1933年1月25日 - 201… 末川 清(すえかわ きよし、1933年1月25日 - 2011年11月1日)は、日本の歴史学者。立命館大学名誉教授。専門は西洋史(ドイツ近代史)。 1933年、京都府京都市で法学者・末川博の長男として生まれた。。 1951年に京都府立鴨沂高等学校を卒業し、京都大学文学部に進学。西洋史学科で学び、1955年に卒業。同大学院文学研究科西洋史学専攻に進み、1957年に修士課程を修了。1960年、博士後期課程を単位満期取得退学。 立命館大学に勤務。2011年に死去。
岩山 太次郎(いわやま たじろう、1933年(昭和8年)1月… 岩山 太次郎(いわやま たじろう、1933年(昭和8年)1月10日 - )は、日本のアメリカ文学者、同志社大学名誉教授。元学長。 京都府出身。同志社中学校、高校卒、1955年同志社大学文学部英文科卒、58年同大学院修士課程修了、助手。 1960年代初頭にケニオン大学とアイオワ州立大学に留学。 1962年アイオワ大学英文科Master of Fine Arts(修士)修了、63年同志社大学文学部専任講師、65年助教授、71年文学部教授、86年文学部長、92年学長。2003年退任、名誉教授。 専門は19世紀アメリカ・リアリズム文学論、モダニズム以降のアメリカ詩、ユダヤ系作家の小説群。 修士論文の対象としてヘンリー・ジェイムズを選択。
石田 輝男(いしだ てるお、1933年 - )は日本の教育者… 石田 輝男(いしだ てるお、1933年 - )は日本の教育者ならびに工業技術者である。京都市下京区出身。
内記良一(ないき りょういち、1933年-1994年7月7日… 内記良一(ないき りょういち、1933年-1994年7月7日)は、日本のアラビア語学者。 京都市出身。大阪外国語大学アラビア語学科卒業。京都大学大学院文学研究科言語学専攻修士課程修了。東京外国語大学アラビア語学科助教授、教授を務めた。在職中に死去。
西村暢夫(にしむら のぶお、1933年 - 2024年12月… 西村暢夫(にしむら のぶお、1933年 - 2024年12月6日)は、イタリア文化研究家、書籍輸入業者、翻訳家。(財)日伊協会評議員。 京都市生まれ。1956年東京外国語大学イタリア語科卒業。1975年国際交流基金の派遣で日本語講師としてヴェネツィアに滞在。株式会社文流取締役社長をへて会長。書籍の輸入、翻訳を行い、イタリアに日本人のための料理学校を設立し、日本でのイタリア料理普及など、日伊文化交流に尽くした功績で、1980年サンドロ・ペルティーニ大統領から教育・文化・芸術銀賞を授与され、99年イタリア政府から大騎士の称号を授かる。
川本 浩司(かわもと こうじ、1932年12月1日 - )は… 川本 浩司(かわもと こうじ、1932年12月1日 - )は、京都府京都市出身の元プロ野球選手。 山城高校から関西学院大学を経て1955年に大映スターズへ入団。1957年に退団。
熊谷 一乗(くまがい かずのり、1932年〈昭和7年〉11月… 熊谷 一乗(くまがい かずのり、1932年〈昭和7年〉11月26日 - )は、教育学者、評論家、創価大学名誉教授。 京都市生まれ。鳥取県出身。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了、創価大学文学部助教授、新潟大学教育学部教授、創価大学教育学部教授、名誉教授、桐生大学教授。
冨士谷 あつ子(ふじたに あつこ、1932年(昭和7年)11… 冨士谷 あつ子(ふじたに あつこ、1932年(昭和7年)11月2日 - )は、日本の評論家。京都文化創生機構理事長、日本ジェンダー学会前会長。 京都市出身。本名は鈴木あつ子。評論家、日本ペンクラブ名誉会員。 京都大学農学部卒。1996年京都大学より博士(農学)の学位を取得。1970年から「京のおんな大学」を主宰。これを改組・改称し特定非営利団体京都生涯教育研究所、所長・副理事長を務めた。現在は京都文化創生機構理事長を務める。 1977年、京都国際文化協会を在洛文化人らと設立(のち財団法人。2012年まで副理事長)。この法人を基盤として日本女性学研究会を有志と設立し、日本女性学会の設立も提言(幹事就任)。
北澤 式文(きたざわ しきふみ、昭和7年(1932年)10月… 北澤 式文(きたざわ しきふみ、昭和7年(1932年)10月11日 - )は、日本の薬学者。 昭和7年、京都市東山区に生まれる。母方の祖母は建仁寺境内で官許の助産婦を開業し社会福祉活動(後に藍綬褒章を受章)をしていた。父が神嘗祭の式辞の文章を推敲している間に生まれたため式文と名付けられる。京都府立京都第二中学校に進み、一年次8月に終戦を迎える。中学二年生の時に肋膜炎を患い、休学、絶対安静の中ラジオで聞いていたクラシック音楽や英会話、劇場中継などがその後の趣味ともなっている。病気から回復した後、京都市立堀川高等学校に復学。英会話や化学に興味をもち、薬学を志望するようになる。 自身が結核に罹病して休学したこともあり、抗結核作用を持つ新規化合物の合成研究とその抗菌性を評価することを行った。
福田 喜重(ふくだ きじゅう、1932年9月26日 - 20… 福田 喜重(ふくだ きじゅう、1932年9月26日 - 2022年12月16日)は、日本の刺繡家、重要無形文化財保持者。刺繡では唯一人の人間国宝である。 京都市生まれ。京都市立第一工業学校(現・京都市立京都工学院高等学校)卒業。父である刺繡家福田喜三郎に1948年から師事。父からの厳しい指導によって本格的伝統技法を習得した。刺繡作品は主に和服。一越縮緬や綸子地などの生地を使用し、意匠では自然物を流動的に表現し、色糸による刺繡で微妙なグラデーションや細かい作業によって繊細で流れるような曲線を描く。そのため、作品は平坦にならず、奥行きを感じさせ絵柄になる。1976年に日本工芸会日本伝統工芸展に初入選、以降受賞を重ねる。
中村 とうよう(なかむら とうよう、本名:中村 東洋、193… 中村 とうよう(なかむら とうよう、本名:中村 東洋、1932年〈昭和7年〉7月17日 - 2011年〈平成23年〉7月21日)は、日本の音楽評論家、編集者。 株式会社ミュージック・マガジンの元・取締役会長、代表取締役。「中村とうよう事務所」代表。武蔵野美術大学客員研究員。 ジャズ、ロック、フォークなどのポピュラー・ミュージックから、ワールド・ミュージック、国内・海外のルーツ・ミュージックまで、幅広く守備範囲とする評論家であり、また、多数のレコード、CDの企画・紹介を行っていた。 2005年、趣味である、音楽関係を中心としたさまざまなジャンルの骨董収集コレクションの内容を本にまとめ、『中村とうようの収集百珍』として刊行した。
栗山 欣彌(くりやま きんや、1932年7月11日 - )は… 栗山 欣彌(くりやま きんや、1932年7月11日 - )は、京都府亀岡市出身の医学者。専門は薬理学。アルコール依存症などを手がける。
市田 ひろみ(いちだ ひろみ、1932年〈昭和7年〉7月10… 市田 ひろみ(いちだ ひろみ、1932年〈昭和7年〉7月10日 - 2022年〈令和4年〉8月1日)は、日本の美容師、服飾評論家、エッセイスト、女優、タレント。新しい歴史教科書をつくる会の理事と、日本会議の4つの関連団体の役員を務めた。 大阪府大阪市大正区出身。京都市立堀川高等学校、京都府立大学女子短期大学部国文科卒。 父の仕事(華中鉱業)の都合で、小学生時代を上海特別市で過ごした。1945年2月戦況の悪化を受けて、母弟と3人で日本へ帰国。母の郷里滋賀県大津市膳所で終戦を迎え、まもなく伯父の世話で京都(西洞院四条)へ移った。父が帰国するまで、と母が自宅で始めた美容院が繁昌し、高校三年生の時に美容師免許を取得。
市野瀬 浩(いちのせ ひろし、1932年7月10日 - )は… 市野瀬 浩(いちのせ ひろし、1932年7月10日 - )は、日本の経営者。日本新薬社長、会長を務めた。初代社長を務めた市野瀬潜の孫でもある。 京都府京都市出身。1950年に京都大学法学部を卒業し、同年に日本新薬に入社。1991年に取締役に就任し、1996年6月に専務を経て、1997年6月に社長に就任。2001年6月に会長に就任。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
藤井 知昭(ふじい ともあき、1932年6月16日 - 20… 藤井 知昭(ふじい ともあき、1932年6月16日 - 2023年3月24日)は、日本の音楽学者。文化・音楽評論家。位階は従四位。 国立民族学博物館名誉教授、総合研究大学院大学名誉教授。専攻は民族音楽学・音楽人類学・比較芸術学。 京都府京都市生まれ。名古屋育ち。名古屋大学文学部哲学科卒業。 名城大学助教授を経て、国立民族学博物館助教授、教授、副館長。1996年3月退官、名誉教授。 また、1988年に国立の総合研究大学院大学文化科学研究科が設置されると、教授・比較文化学専攻長、文化科学研究科長を併任し、1996年3月退官、名誉教授。 その後は中部大学中部高等学術研究所副所長、教授を務めた。特任客員教授。
宇治 みさ子(うじ みさこ、本名:野崎 美咲子、旧姓:田中、… 宇治 みさ子(うじ みさこ、本名:野崎 美咲子、旧姓:田中、1932年5月25日 - 2012年2月27日)は、京都市右京区出身の日本の女優。旧芸名は山中美佐。父は俳優の田中春男。
川那部 浩哉(かわなべ ひろや、1932年5月10日 - )… 川那部 浩哉(かわなべ ひろや、1932年5月10日 - )は、日本の生物学者。京都大学名誉教授。滋賀県立琵琶湖博物館前館長(名誉学芸員)。専門は群集生態学、動物社会学。理学博士(京都大学 , 1960年)。 京都市出身。1948年(昭和23年)京都府立第二中学校を卒業、1951年(昭和26年)京都府立鴨沂高等学校を卒業後、京都大学理学部に入学。宮地傳三郎教授を師事し、動物学と生態学を学んだ。 1960年、京都大学の助手に任官。その後、1967年に助教授、1977年に教授に昇任。1996年に教授を退官後、滋賀県立琵琶湖博物館館長に就任した。2010年に滋賀県立琵琶湖博物館館長を退任。 淡水生物の生態を主に研究。
池田 進(いけだ すすむ、1932年5月7日 - )は、日本… 池田 進(いけだ すすむ、1932年5月7日 - )は、日本の心理学者、関西大学名誉教授。 京都市生まれ。京都市立西京高等学校卒業。1955年京都大学文学部哲学科卒業。1960年同大学院文学研究科心理学専攻博士課程満期退学。1961年日本リサーチセンター入社。1964年京都大学文学部助手。1967年関西大学社会学部専任講師。1969年助教授。1974年教授。1995年「顔の諸現象をめぐる実験的研究の展望と考察」で関西大学社会学博士。2003年定年退職、名誉教授。 2011年瑞宝中綬章受章。
中村宣一朗(なかむら のぶいちろう、1932年5月3日- 2… 中村宣一朗(なかむら のぶいちろう、1932年5月3日- 2025年3月20日)は、日本の会計学者、大阪大学名誉教授。 和歌山県で育つ。京都市出身。1955年大阪外国語大学イスパニア語科卒、学士入学して1959年大阪大学経済学部卒、65年同大学院博士課程単位取得退学、77年「会計統一化政策」で経済学博士の学位を取得。甲南大学助教授、教授をへて、1982年大阪大学経済学部教授。96年定年退官、名誉教授となり、摂南大学教授を務めた。日本会計研究学会太田賞受賞。
真継 伸彦(まつぎ のぶひこ、戸籍上は旧字の「眞繼」。193… 真継 伸彦(まつぎ のぶひこ、戸籍上は旧字の「眞繼」。1932年3月18日 - 2016年8月22日)は、日本の作家。元姫路獨協大学教授。京都市生まれ。 京都大学文学部独文科卒業後の1954年に上京し、創元社の校正アルバイトに就き、1955年に専修大学図書館に就職。同人誌「半世界」に「杉本克己の死」の一部を発表。 一向一揆を題材にした小説を構想し、執筆に専念するために退職、1961年から青山学院大学ドイツ語非常勤講師となる。1963年、盗賊から浄土真宗に帰依する男を描いた歴史小説『鮫』で文藝賞を受賞。これに第二篇を加えて翌年刊行、また中村錦之助主演で東映で映画化された。 その後、芝浦工業大学に勤め、1967年に腹膜炎の手術で休職していた間に、同じく一向一揆を扱った続編『無明』執筆を開始。
赤木 昭夫(あかぎ あきお、1932年3月17日 - )は、… 赤木 昭夫(あかぎ あきお、1932年3月17日 - )は、日本の科学史家、評論家、翻訳家。NHK職員、慶應義塾大学教授、放送大学教授等を歴任。 専攻は科学史、技術論、メディア論。 京都市生まれ。1955年東京大学文学部英文科卒業後、NHK入局。NHK科学番組プロデューサー、NHK科学技術担当解説委員(NHK解説委員)を経てNHKを退職。 慶應義塾大学環境情報学部教授、放送大学教授、コロンビア大学ジャーナリズム大学院フェローを歴任。 慶應義塾大学での教え子に、吉川浩満、山本貴光ら慶応SFC一期生がいる。
高橋 たか子(たかはし たかこ、1932年(昭和7年)3月2… 高橋 たか子(たかはし たかこ、1932年(昭和7年)3月2日 - 2013年(平成25年)7月12日)は、日本の小説家。旧姓岡本、本名和子(たかこ)。夫の高橋和巳の死後本格的に作家活動に入り、『空の果てまで』『誘惑者』などを発表。愛憎を超えた不可解な心理の深層を描き続けた。カトリックに入信、渡仏して観想修道生活を送った(のち還俗して帰国)。 京都府京都市下京区醒ヶ井通仏光寺下ル荒神町で、父・岡本正次郎、母・達子の長女として生まれる。父親は旧制名古屋高等工業学校建築科を卒業し、京都府警察部建築課に勤めていた。尋常小学校時代に等持院北町に転居し、京都府立嵯峨野高等女学校から京都府立山城高等学校を経て、1954年(昭和29年)、京都大学文学部フランス文学科卒。
粂川 光樹(くめかわ みつき、1932年2月22日 - 20… 粂川 光樹(くめかわ みつき、1932年2月22日 - 2018年12月20日)は、日本の作家、国文学者。明治学院大学名誉教授。 京都市生まれ。東京大学国文科卒、同大学院修士課程修了、五味智英に師事して上代文学を専攻、かたわら同人誌『半世界』に小説を発表、長谷川泉の経営する医学書院に秦恒平と同期入社。1965年「極東語学校夜話」で直木賞候補となる。同年プリンストン大学専任講師として渡米、1969年帰国し、関東学院女子短期大学、フェリス女学院大学に勤め、1981年シンガポール大学講師、1986年帰国し、東京大学留学生教育センター講師、明治学院大学国際学部教授。 2002年定年退職し、2007年『上代日本の文学と時間』(笠間書院)を上梓。
柴野 昌山(しばの しょうざん、1932年1月7日 - )は… 柴野 昌山(しばの しょうざん、1932年1月7日 - )は、日本の教育社会学者。京都大学名誉教授。 京都市生まれ。1956年京都大学教育学部教育社会学科卒、61年同大学院博士課程退学。1969年「人格形成の構造 教育と社会の基礎理論」で京大教育学博士。金城学院大学講師、京都大学教育学部助教授、教授、95年定年退官、名誉教授、早稲田大学教育学部教授、特任教授。2001年関西福祉大学特任教授。
中井 貞次(なかい ていじ、1932年1月4日 - )は、京… 中井 貞次(なかい ていじ、1932年1月4日 - )は、京都市出身の日本の染織家。日本芸術院会員。京都市立芸術大学名誉教授。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
下井 隆史(しもい たかし、1932年 - )は、日本の法学… 下井 隆史(しもい たかし、1932年 - )は、日本の法学者。専門は労働法。学位は、博士(法学)(神戸大学・1992年)。神戸大学名誉教授、大阪学院大学名誉教授。元日本労働法学会代表理事。 東京府生まれ。1951年京都府立西舞鶴高等学校卒業。1956年神戸大学法学部卒業。1958年同大学院法学研究科修士課程修了。 熊本商科大学助手。1959年同専任講師。1964年同助教授。1965年神戸商科大学教授。1970年甲南大学法学部教授。1974年同法学部長。1974年北海道大学法学部教授。1982年神戸大学法学部教授。1983年法務省司法試験考査委員。1990年同法学部長。1991年から1994年まで放送大学客員教授。
岡本 貴美子(おかもと きみこ、1932年または1933年 … 岡本 貴美子(おかもと きみこ、1932年または1933年 - )は、日本の陸上競技選手。専門は短距離走。 光華高等学校在学中の1949年に、全国高等学校総合体育大会陸上競技大会(インターハイ)の100mに12秒8で優勝する。1950年6月4日の地域対抗陸上に近畿代表として100mに出場し、12秒5で優勝。これは当時の戦後タイ記録だった。 1950年・1953年の日本陸上競技選手権大会には「光華陸友クラブ」所属として出場した。1950年大会の200mで記録した25秒7は、戦後タイ記録だった。 1951年アジア競技大会(ニューデリー)において4×100 mリレーと200 mで金メダルを獲得した。このアジア大会後の『アサヒグラフ』4月25日号では表紙を飾った。
四代目 坂田 藤十郎(さかた とうじゅうろう、1931年〈昭… 四代目 坂田 藤十郎(さかた とうじゅうろう、1931年〈昭和6年〉12月31日 - 2020年〈令和2年〉11月12日)は、日本の歌舞伎役者。屋号は山城屋。定紋は五つ藤重ね星梅鉢、替紋は向い藤菱。位階は従三位、文化勲章受章者。日本芸術院会員、重要無形文化財保持者。 前名の三代目 中村 鴈治郎(さんだいめ なかむら がんじろう)、また初名の二代目 中村 扇雀(にだいめ なかむら せんじゃく)としても知られる。日本舞踊雁音流の家元として雁音 歌扇(かりがね かせん)を名乗った。妻は女優で政治家の扇千景、妹は女優の中村玉緒。 現代歌舞伎の大看板のひとりでもあり、また上方歌舞伎の復興プロジェクトでも主導的な役目を務めたほか、近松門左衛門作品を原点から勉強し直すために劇団近松座を結成し、尽力した。
有馬 敲(ありま たかし、1931年12月17日 - 202… 有馬 敲(ありま たかし、1931年12月17日 - 2022年9月24日)は、昭和・平成期の詩人、作家。本名は西田 綽宏(にしだ のぶひろ)。日本文藝家協会、日本ペンクラブ所属。 関西詩人協会代表。京都文学研究所代表。全国生活語詩の会代表。日本国際詩人協会理事。元日本モンゴル協会会長。 1931年12月17日生まれ。京都府亀岡市出身。同志社大学経済学部卒業。同志社大学経済学部在学中に「同志社文学」を発行、実存主義の影響を受ける。卒業後、京都銀行に勤めながら詩作を続け、詩誌「ノッポとチビ」「ゲリラ」などを発行する。昭和40年代に盛んになったフォークソング運動では、高石友也、岡林信康らと交流、創作わらべうたなどがフォークシンガーたちによって歌われ、〝オーラル派〝と呼ばれる。
松下 治夫(まつした はるお、1931年(昭和6年)12月 … 松下 治夫(まつした はるお、1931年(昭和6年)12月 - 2014年(平成26年)10月)は、日本の実業家、芸能プロモーター。芸能事務所の草分け的存在である渡辺プロダクション(通称:ナベプロ)の創業者の一人。 京都府出身。京都府立洛北高等学校卒業。従来、芸能人の地方公演はそれぞれの土地の興行師が実権を握り、不明朗なことが少なくなかった、そこで、タレントを抱えるプロダクションが自らの手で興行を行い、利益と権利を確保しようという狙いのもとに、1955年、当時人気ベーシストであった渡辺晋とその妻美佐と組んで渡辺プロダクションを設立した。 それまでレコード会社の専属抱えだった歌手・作詞家・作曲家を渡辺プロの傘下に集結させ、芸能界初の月給制を導入。
川勝 主一郎(かわかつ しゅいちろう、1931年11月28日… 川勝 主一郎(かわかつ しゅいちろう、1931年11月28日 - 2025年3月31日)は、ラグビー監督・指導者。俳優でもある。関西ラグビーフットボール協会会長。京都市生まれ。 1931年、京都府京都市で生まれた。立命館大学経済学部卒業、滋賀大学専攻科修了。1954年、大映所属の俳優となった。ちなみに、勝新太郎、市川雷蔵らと同期であった。俳優としてテレビドラマ『部長刑事』などに出演した。また、花園高等学校ラグビー部の監督として、1964年から1978年までの15大会で14度の京都府代表となり、全国高校ラグビー準優勝3回を成し遂げた。テレビドラマ『スクール☆ウォーズ』で、相模一高のモデルは花園高等学校で、勝又監督のモデルが彼であったという。
須田 稔(すだ みのる、1931年11月5日 - )は、日本… 須田 稔(すだ みのる、1931年11月5日 - )は、日本文学研究者、アメリカ文学者。立命館大学名誉教授。専門はアフリカン・アメリカン・スタディーズ研究者。憲法9条メッセージプロジェクト共同代表。非核の政府を求める京都の会常任世話人。京都府生まれ。
小林 敏峯(こばやし としみね、1931年9月19日 - 1… 小林 敏峯(こばやし としみね、1931年9月19日 - 1999年12月10日)は、日本の実業家。マイカルの創業者の一人。京都府京都市出身。位階は正五位。 1950年に洛陽高等学校を卒業。1954年1月にヤマト小林商店代表取締役に就任し、1963年11月にはニチイ(のちのマイカル)副社長に就任し、1982年11月には社長に昇格。1996年5月に会長に就任。 1994年11月に藍綬褒章を受章。 1999年12月10日心不全のために死去。68歳没。死没日付をもって正五位に叙された。
林 成年(はやし なりとし、1931年9月14日 - 200… 林 成年(はやし なりとし、1931年9月14日 - 2008年2月6日)は、日本の俳優。京都府京都市伏見区出身。慶應義塾大学文学部卒業。本名は長谷川 寿(はせがわ ひさし)。父は俳優の長谷川一夫。女優の長谷川季子、長谷川稀世は妹。妻は上田吉二郎の養女。 1937年、大阪歌舞伎座で初舞台、同年に父・一夫主演の映画『土屋主悦』で映画デビューした。大学卒業後は大映に入社し、『新・平家物語』、『赤胴鈴之助』シリーズなど数多くの映画に出演。1960年に大映を退社し、1962年、東宝に移った。以降は東宝歌舞伎にレギュラー出演するなど、舞台を中心に活躍した。他に杉良太郎などの舞台に客演した。 2008年2月6日、心不全のため死去、76歳だった。
佐々木 元治(ささき もとじ、1931年9月10日 - 20… 佐々木 元治(ささき もとじ、1931年9月10日 - 2013年7月5日)は、京都府出身のプロ野球選手。 堀川高校から法政大学を経て1955年に中日ドラゴンズへ入団。1956年に引退。
出江 寛(いずえ かん、1931年8月29日 - 2024年… 出江 寛(いずえ かん、1931年8月29日 - 2024年6月18日)は、日本の建築家。日本建築家協会第10代会長。 京都府生まれ。京都市立伏見工業高等学校建築科を経て、1957年立命館大学理工学部土木工学科卒業。京都大学施設部技術課建築係勤務の後、1959年竹中工務店大阪本店設計部入社。1976年竹中工務店大阪本店を設計副部長にて退職、出江寛建築事務所設立。1994年からは大阪芸術大学講師を務める。 2024年6月18日、心不全のため死去。92歳没。 黒川紀章に「名人」とまで言わしめる手法は、その鋭い感性と独特の美学が生み出す表現手法にある。気性の激しさとその奔放無頼の発言は多くのファンを惹き付ける一方で敵も多い。
三輪 泰司(みわ ひろし、1931年 (昭和6年)8月27日… 三輪 泰司(みわ ひろし、1931年 (昭和6年)8月27日 - )は、京都芸術大学教授、同大学環境デザイン学科長、工学博士(京都大学、1974)。現・客員教授。株式会社地域計画建築研究所代表取締役・会長を経て現取締役相談役。専門学校ビジネスカレッジ京都校長。京都デザイン会議議長。NPO平安京 理事長。日本の都市プランナーで都市計画協会マスター都市プランナー。都市災害に備える技術者の会役員。府庁旧本館利活用応援ネット代表。京都デザイン関連団体協議会議長。京都商工会議所議員(都市美化・環境対策特別委員会副委員長)など。京都市生まれ。技術士建設部門(都市計画/地方計画)/再開発プランナー/一級建築士。
山村 美紗(やまむら みさ、1931年8月25日 - 199… 山村 美紗(やまむら みさ、1931年8月25日 - 1996年9月5日)は、日本の小説家、推理作家。父は民法学者で京都大学名誉教授の木村常信、4人姉弟の長女であり、弟は政治学者で北海道大学名誉教授の木村汎、他に妹が2人いる。配偶者は東山高校の元数学教師で退職後画家に転身した山村巍(たかし)(1928年 - 2022年)、長女は俳優の山村紅葉。 京都府京都市で生まれ、父親は朝鮮総督府京城法学専門学校校長事務取扱に任じられて終戦まで朝鮮に在住し、山村も日本統治時代の朝鮮の京城で育ち、京城師範付属小学校から京城第一高女へ進学した。帰国後にぜんそくを患い家で療養する時期もあったが、1957年に京都府立大学女子短期大学部を経て文学部国文科を卒業する。
種田 弘(たねだ ひろむ、本名:浅田 弘《あさだ ひろむ》、… 種田 弘(たねだ ひろむ、本名:浅田 弘《あさだ ひろむ》、1931年8月6日 - 2018年2月12日)は、京都府出身のプロ野球選手(投手)。 鴨沂高校から1950年にこの年に創設された大洋ホエールズに入団。スピードはそれほどないが、大きなカーブとシンカー(沈むシュート)を武器に活躍する。1952年途中に退団して、西京観光に入社するが、1955年に阪急ブレーブスでプロに復帰。翌年には梶本隆夫に次ぐ17勝を挙げた。防御率も1.56とリーグ3位という成績を収めた。1961年に引退。 2018年2月12日、死去。85歳没。
松本 章男(まつもと あきお、1931年7月16日 - )は… 松本 章男(まつもと あきお、1931年7月16日 - )は、日本の作家、随筆家。 京都市生まれ。京都大学文学部仏文科卒業。元人文書院取締役編集長。京都の地誌、古典などに関する随筆、小説を執筆する。 2008年、『西行 その歌 その生涯』で第17回やまなし文学賞受賞。