こたけ 正義感(こたけ せいぎかん、1986年5月12日 -… こたけ 正義感(こたけ せいぎかん、1986年5月12日 - )は、京都府出身の日本のお笑い芸人、弁護士。ワタナベエンターテインメント、漫才協会、東京弁護士会所属。本名は小竹 克明(こたけ かつあき)。 京都府京都市出身。京都府立山城高等学校、香川大学法学部卒業。立命館大学大学院法務研究科(法科大学院)修了。司法試験には1回目の受験で最終合格し、司法修習(新65期、実務修習地・愛媛県)を経て2012年東京弁護士会に登録。都内の法律事務所に勤務し、社会人コースのあるワタナベコメディスクールに24期生として入学、2017年に同期の木田雄貴とお笑いコンビ「ほどよし」を結成する。 同期にはGパンパンダ、Den(リンダカラー∞)、たいこー(リンダカラー∞)、信子(ぱーてぃーちゃん) 、金子きょんちぃ(ぱーてぃーちゃん)など。
山添 拓(やまぞえ たく、1984年〈昭和59年〉11月20… 山添 拓(やまぞえ たく、1984年〈昭和59年〉11月20日 - )は、日本の政治家、弁護士。日本共産党所属の参議院議員(2期)、同党政策委員長。自由法曹団、日本労働弁護団、青年法律家協会所属。 京都府向日市生まれ。京都市立堀川高等学校、東京大学法学部卒業。早稲田大学大学院法務研究科修了、法務博士(専門職)修得。2010年司法試験合格、2011年弁護士登録、以後東京法律事務所や山添拓法律事務所で、原発事故の被害賠償事件に取り組む弁護団、過労死弁護団、首都圏青年ユニオン顧問弁護団、国公労連賃下げ違憲訴訟弁護団等に参加。2016年の第24回参議院議員通常選挙に、改選数・定数6名の東京都選挙区から日本共産党公認で立候補し、得票率10.7パーセント (%) を得て4位で初当選する。
川浪 芳聖(かわなみ よしのり、1980年7月15日 - )… 川浪 芳聖(かわなみ よしのり、1980年7月15日 - )は、弁護士法人琥珀法律事務所代表社員弁護士。京都府京都市出身。 小学生、中学生のときは軟式少年野球団、野球部に所属。 趣味は、読書とオートバイ(ブログによると、複数台のオートバイを所有している様子)。 私立洛南高等学校卒業後、一橋大学法学部に進学し、上京。在学中に旧司法試験に合格できず、1年間の司法浪人を経て立命館大学法科大学院既修者コースに進学。大学院進学に伴って再び京都に戻り、司法試験予備校でのアルバイト・病院の救急外来夜間受付のアルバイトをしながら、新司法試験を受験し、1回で合格。合格後、1年間、山口県にて修習した後に2008年に弁護士登録し、東京都内の法律事務所に就職。
角田 龍平(すみだ りゅうへい、1976年12月16日 - … 角田 龍平(すみだ りゅうへい、1976年12月16日 - )は日本の弁護士(登録番号 37624 大阪弁護士会)、タレント、元漫才師。京都府宇治市出身。立命館大学法学部卒。弁護士としては角田龍平の法律事務所で活動し、タレントとしてはタイタンに所属していたが、2015年限りで事務所から離れ、現在はフリーで活動している。
三輪 記子(みわ ふさこ、1976年10月24日 - )は、… 三輪 記子(みわ ふさこ、1976年10月24日 - )は、日本の弁護士、タレント。松竹芸能所属。京都府出身、東京都在住。戸籍名は樋口 記子(旧姓:三輪)。 京都府京都市出身。実家は浄土宗の寺だが、父はサラリーマンだった。 同志社中学校・高等学校、東京大学法学部卒業後、立命館大学法科大学院修了。京都弁護士会→第一東京弁護士会所属(登録番号:43167)。大学合格後に外交官を目指すも断念。留年して大学5年のとき、同じ京都出身の飲み仲間・映画監督の林海象から「お前は弁護士に向いている」と助言を受けて一念発起。司法浪人を経験した後に立命館大学法科大学院に進み、新司法試験に合格、2010年弁護士登録。2012年に京都にて三輪記子法律事務所開設。
赤神 諒(あかがみ りょう、1972年 - )は、日本の小説… 赤神 諒(あかがみ りょう、1972年 - )は、日本の小説家、法学者、弁護士。上智大学大学院法学研究科教授。日本学術会議会員。法学博士。本名は、越智敏裕。法学者としての専門は環境法、行政法。法学者としての著書として「環境訴訟法」(日本評論社)がある。 京都府生まれ。祖父は同志社女子大学学長を務めた英文学者の越智文雄。 同志社高等学校から同志社大学文学部英文科に進み、大学3年在学中の1992年に同年度試験の最年少合格者として旧司法試験に合格。 司法修習48期、東京弁護士会に登録。東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了。フルブライト奨学生として、カリフォルニア大学バークレー校ロースクールに留学した後に、上智大学大学院法学研究科博士後期課程(環境法専攻)単位取得退学。
岡村 久道(おかむら ひさみち、1958年 - )は、日本の… 岡村 久道(おかむら ひさみち、1958年 - )は、日本の弁護士。 京都府福知山市出身。京都共栄学園中学校・高等学校卒業。京都大学法学部卒業。1986年に弁護士登録。現在弁護士法人英知法律事務所所長。大阪弁護士会所属。国立情報学研究所客員教授、神戸大学法科大学院講師(知的財産法)、近畿大学法科大学院および産業法律情報研究所兼任講師、奈良先端科学技術大学院大学講師(情報倫理)である。内閣府規制改革・民間開放推進会議 生活・ビジネスインフラワーキンググループ専門委員、内閣官房情報セキュリティセンター (NISC) セキュリティ文化専門委員会専門委員、(財)インターネット協会評議員、情報ネットワーク法学会情報法研究部会 部会長を務める。
北井 久美子(きたい くみこ、1952年〈昭和27年〉10月… 北井 久美子(きたい くみこ、1952年〈昭和27年〉10月29日 - )は、日本の弁護士、労働・厚生労働官僚。 京都府出身。京都府立綾部高等学校を経て、1976年(昭和51年)3月、東京大学法学部を卒業。東京大学在学中に司法試験に合格した。 1976年(昭和27年)4月、労働省に入省。 労働省入省後、雇用政策や雇用均等行政に携わり、男女雇用機会均等法の改正、パートタイム労働法の改正などにあたった。職業安定局業務指導課課長補佐、婦人局婦人政策課課長補佐、職業安定局雇用保険課課長補佐、労働省大臣官房総務課課長補佐、職業安定局雇用政策課企画官、同局地域雇用対策課長、婦人局婦人福祉課長、同局婦人政策課長、女性局女性政策課長、厚生労働省大臣官房審議官などを歴任。
南出 喜久治(みなみで きくぢ、1950年〈昭和25年〉1月… 南出 喜久治(みなみで きくぢ、1950年〈昭和25年〉1月3日 - )は、日本の弁護士。京都弁護士会所属。國體護持塾塾長、体罰の会副会長。憲法無効論を主張。反ワクチン活動家であり、全てのワクチンを否定する立場をとっている。 京都市生まれ。生家は公衆浴場業(風呂屋)。父親は支那に渡り、支那事変以降は特務機関の将校として北支那で勤務した。復員後は、逓信局(郵便局)に勤務していたが、軍歴のため公職追放の対象となり失職。その後は、家業の風呂屋を営んだ。 小学校3年のときに母親が脳溢血で寝たきりとなったため、南出が家事を受け持ち、家業の手伝いもするようになった。中学進学後に父親が肝硬変で倒れ、南出は家業や家事のため、中学・高校時代は慢性的寝不足の状態で登校していた。
水野 武夫(みずの たけお、1941年11月7日 - )は、… 水野 武夫(みずの たけお、1941年11月7日 - )は、日本の弁護士、税理士。立命館大学大学院教授や、近畿弁護士会連合会理事長、日本弁護士連合会副会長、日本センチュリー交響楽団理事長等を歴任した。 1960年京都府立鴨沂高等学校卒業。1964年立命館大学法学部卒業、国税庁入庁。1966年最高裁判所司法研修所司法修習生。1968年弁護士登録(大阪弁護士会)。 1978年立命館大学法学部非常勤講師。1983年神戸大学法学部非常勤講師。1984年税理士登録。1992年法務省人権擁護委員。1996年大阪市立大学法学部非常勤講師。1999年龍谷大学法学部教授。2000年向日市情報公開審査会会長。2001年大阪弁護士会会長、近畿弁護士会連合会理事長、日本弁護士連合会副会長。
堀田 力(ほった つとむ、1934年4月12日 - 2024… 堀田 力(ほった つとむ、1934年4月12日 - 2024年11月24日)は、日本の検察官、弁護士、福祉事業家。さわやか法律事務所所長、第一東京弁護士会所属、公益財団法人さわやか福祉財団会長、全日本社会貢献団体機構名誉顧問。 法務省大臣官房人事課課長、甲府地方検察庁検事正、法務省官房長、さわやか福祉推進センター所長などを歴任した。 京都府出身の弁護士である。京都大学を卒業後、検察官として任官し、東京地方検察庁では特別捜査部の検事としてロッキード事件の捜査に従事した。その後、甲府地方検察庁の検事正や法務省の官房長などを歴任した。退官後は弁護士として活動するとともに、さわやか福祉推進センターを開設するなど福祉事業家として活動した。
藪 重夫(やぶ しげお、1925年6月30日 - 2008年… 藪 重夫(やぶ しげお、1925年6月30日 - 2008年2月17日)は、日本の法学者・弁護士。北海道大学名誉教授、元学校法人北海学園理事。専門は民法。京都市生まれ。 主に、民法の財産法全般であるが、家族法の一分野である親族法も研究対象としており、実務家からの視点の論稿を幾つも出している。 北海学園大学法学部教授退任後は、後進育成のために、北海学園大学付属図書館に所有図書を寄贈している。
安原 美穗(やすはら よしほ、1919年1月2日 - 199… 安原 美穗(やすはら よしほ、1919年1月2日 - 1997年3月20日)は、日本の検察官、法務官僚、検事総長、弁護士。 京都府出身。京都府第二中学校(現京都府立鳥羽高等学校)、第三高等学校 (旧制)を経て、京都帝国大学卒業。 1943年司法官試補。1947年検事となる。東京地方検察庁検事、オランダ大使館一等書記官などを経て、1973年法務省刑事局長、1977年法務事務次官、1979年東京高等検察庁検事長。1981年7月23日-1983年12月2日検事総長。 1984年弁護士を開業。のち財団法人国際研修協力機構理事長、財団法人矯正協会会長、株式会社住友銀行顧問弁護士を務めた。 著書『検察の窓から』(高文堂出版社、1985年)のほか、論文・記事を多数執筆している。
安原 美穗(やすはら よしほ、1919年1月2日 - 199… 安原 美穗(やすはら よしほ、1919年1月2日 - 1997年3月20日)は、日本の検察官、法務官僚、検事総長、弁護士。
辻 辰三郎(つじ たつさぶろう、1916年(大正5年)7月2… 辻 辰三郎(つじ たつさぶろう、1916年(大正5年)7月23日 - 2004年(平成16年)8月28日)は、日本の検察官、弁護士。検事総長。京都市出身。位階は正三位。 1947年(昭和22年)検事任官。法務大臣官房長、刑事局長、最高検刑事部長等を経て、1976年(昭和51年)に次長検事。1978年(昭和53年)東京高検検事長、1979年(昭和54年)に検事総長に就任。 1981年(昭和56年)に定年退官後、弁護士登録し法制審議会委員等を務めた。1988年(昭和63年)の秋の叙勲で勲一等瑞宝章を受章。死後、正三位に叙された。
大塚 喜一郎(おおつか きいちろう、1910年(明治43年)… 大塚 喜一郎(おおつか きいちろう、1910年(明治43年)2月5日 - 1988年(昭和63年)8月26日)は、日本の弁護士。最高裁判所判事、学校法人中央大学理事長。京都府舞鶴市出身。 三高に入ったが、寮に門限をつけることに反対して、ストライキ実行委員長をしてストライキに入り、警察に拘束されて放校処分となり、1934年(昭和9年)に中央大学法科を卒業。1935年(昭和10年)9月に高等文官試験司法科に合格し、同年12月に弁護士登録。 堀江専一郎法律事務所に勤務後、1939年(昭和14年)に大塚法律事務所を開設する。1959年(昭和34年)4月に日弁連事務総長、1961年(昭和36年)3月に法学博士、司法研修所教官、1970年(昭和45年)4月に第一東京弁護士会会長に就任。
藤林 益三(ふじばやし えきぞう、1907年〈明治40年〉8… 藤林 益三(ふじばやし えきぞう、1907年〈明治40年〉8月26日 - 2007年〈平成19年〉4月24日)は、日本の弁護士(第一東京弁護士会所属)、裁判官。第7代最高裁判所長官。夫人は明治の文豪、巖谷小波の末娘。 企業法務の弁護士として活躍した後に最高裁判事となり、その後最高裁長官となる。現在に至るも、唯一の「弁護士出身の最高裁長官」であり、68歳9ヶ月での最高裁長官就任は歴代最高齢である。熱心な「無教会主義キリスト教」の信徒であり、毎週日曜に聖書研究会を続けていた。その信仰は、いわゆる「津地鎮祭訴訟」判決における、異例の「長官の反対意見・補足反対意見」(津市による地鎮祭主催は政教分離を定める憲法違反との立場。
田中 伊三次(たなか いさじ、1906年〈明治39年〉1月3… 田中 伊三次(たなか いさじ、1906年〈明治39年〉1月3日 - 1987年〈昭和62年〉4月11日)は、日本の政治家、弁護士。衆議院議員(15期)。位階は正三位、勲章は勲一等旭日大綬章。 衆議院副議長(第44代)、法務大臣(第22・23・31代)、自治庁長官(第7・8代)等を歴任した。 兵庫県にて田中宗吉の二男として生まれる。家が貧しく、17歳の時に郷里の兵庫県姫路の在からナマ米をかじりながら鉄道線路を歩いて大阪に出る。新聞配達、めし屋の注文取りなどをしながら貯めた金で汽車に乗り、京都に移る。 立命館中学、府立第二中学校、京都予備学校(のちの京都商業)を経て、立命館大学に入学した。1931年、高等文官試験に合格。
高山 義三(たかやま ぎぞう、1892年(明治25年)6月1… 高山 義三(たかやま ぎぞう、1892年(明治25年)6月15日 - 1974年(昭和49年)12月6日)は、日本の弁護士、政治家。京都市長(第19代)。国立京都国際会館初代館長。京都自由人権協会理事長。初代京都市会議長で第1回衆議院議員を務めた中村栄助の三男。 中村栄助の三男として京都市に生まれる。京都府立二中では野球部で小西作太郎とバッテリーを組んでいた。第五高等学校を経て1918年に京都帝国大学法科大学法律学科を卒業。学生時代は河上肇を顧問とする労学会に所属、キリスト教社会主義運動に参加。1917年、友愛会の初代京都支部長に選ばれた。賀川豊彦の影響により普選運動に携わった。 京大助手、同志社大学講師を経て、神戸で弁護士を開業した。
田中 昌太郎(たなか しょうたろう、1872年11月20日(… 田中 昌太郎(たなか しょうたろう、1872年11月20日(明治5年10月20日) - 1964年2月25日)は、日本の法曹(検察官、弁護士)。立命館大学元学長。立命館中学校父兄会会長。京都府船井郡園部村(のち園部町、現・南丹市)生まれ。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
岩田 信(いわた しん、1864年12月11日(元治元年11… 岩田 信(いわた しん、1864年12月11日(元治元年11月13日)- 1910年(明治43年)9月4日)は、明治期の弁護士、政治家。衆議院議員。幼名・信二郎。号・吉甫。 丹波国加佐郡大俣村(京都府加佐郡岡田上村字大俣、加佐町を経て現舞鶴市大俣)で、郷士、大庄屋、農業・岩田伊左衛門、千重の二男として生まれる。草場船山に師事し漢学を修めた。1879年(明治12年)ころに上京し、称好塾に入り杉浦重剛の薫陶を受けた。代言人(弁護士)を目指し1884年(明治17年)大学予備門を卒業。司法省法学校に進み1887年(明治20年)10月に卒業して代言人資格が与えられた。 1889年(明治22年)京都市で法律事務所を開設し、民事専門の弁護士として活躍した。
石黒 涵一郎(いしぐろ かんいちろう、嘉永7年1月3日(18… 石黒 涵一郎(いしぐろ かんいちろう、嘉永7年1月3日(1854年1月31日) - 大正6年(1917年)10月2日)は、日本の衆議院議員(憲政党→立憲政友会)、弁護士、教育者。 丹後国加佐郡舞鶴出身。丹後田辺藩士の家に生まれ、藩校明倫館に学んだ後、大阪兵学寮に入った。その後、法律を学び、1876年(明治9年)に代言規則が発布されると、免許を得て代言人となった。豊岡、大阪で開業した後、1879年(明治12年)に岡山に移住した。 1882年(明治15年)に山陽自由党を結成して自由民権を唱え、1885年(明治18年)には大阪事件の被告の弁護にあたった。その後、大同団結運動がおきると積極的に参加して、岡山に大同倶楽部を組織した。
井口 博(いぐち ひろし)は、元裁判官・元検察官の弁護士。 … 井口 博(いぐち ひろし)は、元裁判官・元検察官の弁護士。 京都府出身。京都教育大学教育学部附属高等学校を経て、1974年一橋大学法学部卒業、1976年一橋大学大学院法学研究科修士課程中退。1978年司法修習修了。 横浜地方裁判所判事補、法務省訟務検事、大阪地方裁判所判事を経て、1989年弁護士登録。1992年ジョージタウン大学ローセンター大学院修士課程(環境法)修了。1996年、東京ゆまにて法律事務所を開設。 2008年~2010年司法試験考査委員(環境法)。自然環境訴訟(西表島リゾートホテル建設差止訴訟、福島イヌワシ保護訴訟など)のほか、ハラスメント問題に詳しく、企業や大学のハラスメント防止対策委員やハラスメント調査委員を数多く務める。