井堀 利宏(いほり としひろ、1952年2月25日 - )は… 井堀 利宏(いほり としひろ、1952年2月25日 - )は、日本の経済学者。勲等は瑞宝中綬章。専門は、財政学・公共経済学・経済政策。東京大学名誉教授。政策研究大学院大学教授。財務省財政制度等審議会委員。2011年紫綬褒章受章。岡山県倉敷市出身。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。
河合 正弘(かわい まさひろ、1947年12月1日 - )は… 河合 正弘(かわい まさひろ、1947年12月1日 - )は、日本の経済学者。東京大学名誉教授、元アジア開発銀行研究所長。学位は経済学Ph.D(スタンフォード大学)。岡山県出身。 ほか、現在、日本国際フォーラム参与、政策委員を務める。
篠原 総一(しのはら そういち、1945年 - )は、日本の… 篠原 総一(しのはら そういち、1945年 - )は、日本の経済学者で、専門は国際経済学、マクロ経済学。京都先端科学大学学長。同志社大学経済学部名誉教授。中国人民大学経済学院客座教授。日本経済教育センター理事長。2025年、瑞宝中綬章受章。 岡山県出身。大阪府立北野高等学校を経て、1969年東京大学経済学部卒業。1973年シカゴ大学大学院修士課程修了(M.A.)、1976年ウォータールー大学大学院博士課程修了(Ph.D.)。中国人民大学・西北大学名誉博士。 1973年ウォータルー大学講師。同大助教授を経て、1978年より同志社大学経済学部講師、1980年同大助教授、1984年より同大教授。2015年より京都学園大学学長、同志社大学名誉教授。
林 敏彦(はやし としひこ、1943年3月4日 - 2017… 林 敏彦(はやし としひこ、1943年3月4日 - 2017年4月28日)は、日本の経済学者。専門は、公共政策・経済政策。大阪大学名誉教授。同志社大学特別客員教授、放送大学客員教授。 岡山県出身。岡山県立朝日高等学校、1966年京都大学経済学部卒業。京大時代は学生運動に身を投じるもその後離反。大阪大学大学院経済学研究科修士課程へ進学し熊谷尚夫に師事。フルブライト奨学生としてアメリカのスタンフォード大学博士課程へ留学しPh.D.(数理経済学専攻、1972年)を取得。スタンフォード大学でケネス・アローに師事。 神戸商科大学(現・兵庫県立大学)経済研究所助手(1967-1971年)、神戸商科大学商経学部講師/助教授(1971-1980年)を経て、蝋山昌一(元大阪大学教授)の招きで大阪大学経済学部へ移籍。
豊田 利久(とよだ・としひさ、1940年 - )は岡山県生ま… 豊田 利久(とよだ・としひさ、1940年 - )は岡山県生まれの経済学者。 1940年、岡山県新見市出身。1959年、岡山朝日高等学校を卒業。 1963年神戸大学経済学部卒業、1965年同大学大学院経済学研究科修士課程(経済学・経済政策専攻)修了、1971年米国カーネギーメロン大学産業管理大学院(現 Tepper School of Business)博士課程修了(Ph. D. ) (Omicron Delta Epsilon)。 1966年、神戸大学経済学部助手に就任。同学部専任講師、助教授を経て、1980年同学部教授。1993~2004年同大大学院国際協力研究科教授。2004~2012年広島修道大学教授。
逸見 啓(へんみ あきら、1940年 - )は日本の経済学者… 逸見 啓(へんみ あきら、1940年 - )は日本の経済学者。阪南大学名誉教授。岡山県新見市出身。 1940年(昭和15年)、岡山県新見市に生まれる。岡山県立新見高等学校卒業。1966年(昭和41年)、大阪経済大学経済学部経営学科卒業。1968年(昭和43年)、神戸商科大学(現:兵庫県立大学)大学院経営学研究科修士課程修了。 大学院修了後、静岡大学人文学部の講師として勤務する。1972年(昭和47年)、阪南大学経営情報学部の講師となる。その後、同学部教授を経て名誉教授となる。 また、ならコープの創立から理事として関わり、1994年に理事長に就任するなど様々な改革に取り組んだ。奈良県生活協同組合連合会会長理事を経て、名誉会長を務める。
那須 正彦(なす まさひこ、1928年1月5日 - )は、日… 那須 正彦(なす まさひこ、1928年1月5日 - )は、日本の経済学者、明海大学名誉教授。 岡山県岡山市出身。1953年東京大学経済学部卒業。旧太陽銀行(現三井住友銀行)に入行し、審査部総務課長、奥沢支店長、大阪副支店長等を歴任。1976年太陽火災海上保険常務取締役に出向。1981年、太陽神戸銀行に復帰、審議役。1982年中部工業大学(現中部大学)教授に転じる。1990-1993年経営情報学部長。1993年明海大学経済学部教授。2000年定年、名誉教授となる。1988年「現代日本の金融構造 資金循環分析による実証と国際比較」で法政大学経済学博士。専攻は経済学、金融論。
古川 哲(ふるかわ てつ、1928年 - 1990年)は、マ… 古川 哲(ふるかわ てつ、1928年 - 1990年)は、マルクス経済学者。法政大学経済学部教授。専攻は産業循環論・経済原論。 岡山市生まれ。1949年旧制第六高等学校文科甲類卒業。1952年東京大学経済学部卒業。旧制六高時代から東大時代以来宇高基輔、大学の演習以来山田盛太郎に師事。法政大学経済学部助教授を経て、教授。1963年に山田盛太郎が土地制度史学会のメンバーを母体に発足させた「再生産構造研究会」に参加した。同じく山田門下の南克巳と「冷戦研究会」を主催した。
暉峻 衆三(てるおか しゅうぞう、1924年〈大正13年〉6… 暉峻 衆三(てるおか しゅうぞう、1924年〈大正13年〉6月26日 - 2023年〈令和5年〉12月22日)は、日本の経済学者。専門は農業経済学。学位は、農学博士(東京大学・論文博士・1984年)(学位論文『日本農業問題の展開』)。東京教育大学教授・信州大学教授・宇都宮大学教授・東亜大学教授を歴任。 暉峻義等の次男。妻は暉峻淑子。長男は暉峻創三。 岡山県倉敷市出身。1943年東京帝国大学に入学。1944年学徒動員により入隊し、陸軍経理学校に入る。1945年8月12日、原爆投下後の広島市に入る。 1947年東京帝国大学農学部農業経済学科卒業。1984年『日本農業問題の展開』で東京大学より農学博士の学位を取得。
建元 正弘(たてもと まさひろ、1924年1月1日 - 19… 建元 正弘(たてもと まさひろ、1924年1月1日 - 1997年12月27日)は、日本の経済学者。専門は、近代経済学・国際経済学。学位は、経済学博士(大阪大学・1961年)。大阪大学名誉教授。岡山県出身。
星島 一夫(ほしじま かずお、1922年9月10日 - 20… 星島 一夫(ほしじま かずお、1922年9月10日 - 2003年8月3日)は、日本の経済学者(社会政策論)。愛媛大学名誉教授。経済学博士。岡山県岡山市出身。 1922年(大正11年)岡山県岡山市生まれ。旧制釜山中学、旧制第六高等学校を経て、1948年(昭和23年)京都帝国大学法学部卒、昭和26年愛媛大学文理学部助手、昭和44年法文学部教授、附属図書館長、昭和60年法文学部長、愛媛大学退官後松山大学経済学部教授、平成5年今治明徳短期大学長。この間株式会社えひめ勤労者生活情報センター所長も務める。社会政策、労働問題を精力的に研究し、特に来島グループの坪内寿夫の経営姿勢や労務管理に批判的であった。後年には伊賀貞雪・愛媛県知事の推進した「生活文化」を賞賛した。
入江節次郎(いりえ せつじろう、1921年2月9日- )は、… 入江節次郎(いりえ せつじろう、1921年2月9日- )は、日本の経済学者、同志社大学名誉教授。 岡山市生まれ。1944年東京帝国大学法学部卒。1980年「帝国主義論への道」で大阪市立大学経済学博士。同志社大学経済学部助教授、教授、92年定年退任、名誉教授。
美土路 達雄(みどろ たつお、1917年(大正6年)5月1日… 美土路 達雄(みどろ たつお、1917年(大正6年)5月1日 - 1992年(平成4年)11月29日)は、日本の農業経済学者・教育学者・家政学者。専門は農業経済学・農民教育論・農業家政学・農業協同組合経営論など。農産物市場論において市場構造分析の基礎を築き、農協の経営主義を批判するなど、研究領域は多岐に渡る。教育学博士(北海道大学)。名寄女子短期大学名誉教授。 岡山県津山市生まれ。1938年第一高等学校 (旧制)卒業。1942年東京帝国大学農学部卒業。同年、日本勧業銀行に入社。1945年東京帝國大学大学院(旧制)特別研究生修了。その後、病気療養。1955年協同組合短期大学協同組合科助教授に就任。
熊谷 尚夫(くまがい ひさお、1914年(大正3年)7月11… 熊谷 尚夫(くまがい ひさお、1914年(大正3年)7月11日 - 1996年(平成8年)6月11日)は、日本の経済学者。専門は、厚生経済学・経済政策。学位は、経済学博士(大阪大学・論文博士・1958年)(学位論文「資本主義経済と雇傭」)。大阪大学名誉教授。日本学士院会員。位階は従三位。岡山県岡山市生まれ。河合栄治郎門下。
松井 清(まつい きよし、1912年5月26日 - 1972… 松井 清(まつい きよし、1912年5月26日 - 1972年9月6日)は、日本の経済学者。元京都大学大学院経済学研究科・経済学部教授。 岡山市生まれ。第三高等学校卒、1934年京都帝国大学(現・京都大学)経済学部卒。副手をへて1936年同講師、1947年助教授、1949年教授、1950年「世界経済学批判」で、経済学博士(大阪商科大学)の学位を取得。1960-1961年京都大学経済学部長。60歳で教授在任中に死去。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。
宇高 基輔(うだか もとすけ、1911年10月1日 - 19… 宇高 基輔(うだか もとすけ、1911年10月1日 - 1994年4月23日)は、日本の経済学者。東京大学名誉教授。マルクス経済学を研究した。 岡山県生まれ。旧制閑谷中(現:岡山県立和気閑谷高等学校)、旧制第三高等学校を経て、1936年東京帝国大学経済学部卒。戦後、東京大学社会科学研究所助教授、教授、1972年定年退官。また、専修大学教授を務めた。1994年4月23日、肝不全のため死去。
青山 秀夫(あおやま ひでお、1910年3月21日 - 19… 青山 秀夫(あおやま ひでお、1910年3月21日 - 1992年2月16日)は、日本の経済学者。学位は、経済学博士・社会学博士。京都大学名誉教授。 岡山県出身。岡山第一中学(現:岡山朝日高校)、旧制第六高等学校を経て、京都帝国大学経済学部を卒業。その後、京都大学経済学部教授・学部長、京都大学経済研究所所長、関西学院大学社会学部教授、摂南大学経営情報学部教授、同学部長などを歴任した。
森谷 克己(もりたに かつみ、1904年(明治37年)1月1… 森谷 克己(もりたに かつみ、1904年(明治37年)1月1日 - 1964年(昭和39年)11月17日)は、日本の経済学者。専門は経済史。 1904年、岡山県上房郡上水田村(現:真庭市北房地域)生まれ。岡山県立高梁中学校(現:岡山県立高梁高等学校)へ進学し、同期には、関西電力取締役になる板野道夫がいた。1921年3月に同校を卒業、板野と同じく同年4月第六高等学校文科乙類に進学。1924年3月六高卒業、同年4月東京帝国大学法学部に入学。1927年3月東大法学部卒業した。 1927年6月、京城帝国大学法文学部助手に任ぜられる。1929年京城帝大助教授に就任。1945年11月敗戦により引き上げ。1946年5月名目のみ教授となるが自然退官。
宇野 弘蔵(うの こうぞう、1897年11月12日 - 19… 宇野 弘蔵(うの こうぞう、1897年11月12日 - 1977年2月22日)は、日本のマルクス経済学者。 日本のマルクス経済学者の中でも特に影響力の大きな一人であり、その学派は宇野学派と称された。宇野学派は新左翼や社会主義協会に影響をあたえた。 岡山県倉敷市に生まれる。旧制高梁中学校(現・岡山県立高梁高等学校)に入学し、同期には、後に宇野の人生に大きな影響を与えた西雅雄や一高の特待生となる松田享爾、関西大学法学部教授になる高木益郎がいた。卒業後、第六高等学校を経て、1921年に東京帝国大学経済学部卒業。1954年、経済学博士(東京大学)。 1921年、大原社会問題研究所入所。ドイツ留学を経て、1924年に東北帝国大学法文学部経済学第三講座(経済政策論)助教授。
黒正 巌(こくしょう いわお、1895年(明治28年)1月2… 黒正 巌(こくしょう いわお、1895年(明治28年)1月2日 - 1949年(昭和24年)9月3日)は、日本の経済学者、農業史家、農村社会史学者。専門は経済史、経済地理学。経済学博士(京都帝国大学)。岡山県出身。大阪経済大学初代学長。 1895年(明治28年)岡山県上道郡可知村(現在の岡山市東区)生まれ。可知尋常小学校、上道高等小学校を経て1909年(明治42年)4月岡山県立岡山中学校(現・岡山県立岡山朝日高等学校)に入学、1914年(大正3年)3月同校を卒業し同年9月第六高等学校に入学、ドイツ語や英語などを習得し他に歴史や経済史を研究した。1916年に黒正家の養子となる(旧姓中山)。翌1917年(大正6年)7月に六高を卒業し同年9月京都帝国大学法科大学政治経済学科に入学。
久留間 鮫造(くるま さめぞう、1893年(明治26年)9月… 久留間 鮫造(くるま さめぞう、1893年(明治26年)9月24日 - 1982年(昭和57年)10月20日)は、日本の経済学者。法政大学名誉教授・法政大学大原社会問題研究所所長。専攻はマルクス経済学であり、『マルクス経済学レキシコン』の編者として有名。立教大学名誉教授の久留間健は彼の子である。 岡山県岡山市に紙問屋の長男として生まれる。家業を継いで欲しいという親の願いに反し、岡山県立岡山中学校、第六高等学校から東京帝国大学法科大学経済学科に入学、1か月後に政治学科に転科。病気による1年の休学をはさんで卒業。ゼミには参加していない。 1918年、住友銀行に入行するが、自分のやりたい仕事ではないと感じ(久留間は学問をしたい、また世の中のためになること、国家のためになることをしたいと考えていた)、また米騒動における労働者階級の力に衝撃を受け、銀行にはいられないと、3か月余りで退行。
本位田 祥男(ほんいでん よしお、1892年(明治25年)3… 本位田 祥男(ほんいでん よしお、1892年(明治25年)3月8日 - 1978年(昭和53年)11月17日)は、日本の経済学者。西洋経済史専攻。欧州経済史、殊にイギリス経済史および消費組合研究の権威者として知られ、協同組合論にも多大な貢献をもたらした。
林 癸未夫(はやし きみお、1883年9月17日 - 194… 林 癸未夫(はやし きみお、1883年9月17日 - 1947年10月26日)は、経済学者であり、教育者でもある。早稲田大学大学部法学科卒業後、古河鉱業に入社し、欧米を視察。帰国後、早稲田大学政治経済学部教授、早稲田大学総長代理を勤めた。岡山県高梁市出身。 明治16年(1883年)、岡山県上房郡高梁町八幡(現・高梁市)にある藤井種次郎の二男として生れ、母の実家・林家を継ぐ。地元の旧制高梁中学校(現・岡山県立高梁高校)から大阪府立第一中学校(現・大阪府立北野高校)に転校、東京専門学校高等予科を経て、明治38年(1905年)早稲田大学大学部法学科を卒業、古河鉱業に入社、労働問題の調査研究にあたる。 入社後の大正9年(1920年)欧米を視察、翌年帰国し、母校の早稲田大学政治経済学部で、社会政策や工業経済の講義に当たる。
安田 行宏(やすだ ゆきひろ)は、日本の経済学者。専攻は金融… 安田 行宏(やすだ ゆきひろ)は、日本の経済学者。専攻は金融論。一橋大学大学院経営管理研究科教授、博士(商学)。プロネクサス懸賞論文優秀賞受賞。 岡山県立岡山操山高等学校を経て、1996年一橋大学商学部卒業。2002年一橋大学大学院商学研究科博士課程修了。論文「銀行リスクと規制の経済分析:自己資本比率規制の評価」により、一橋大学博士(商学)の学位を取得。審査員は小西大、小川英治、藤田岳彦。 2002年東京経済大学経営学部専任講師。2005年同助教授。2006年から2008年までカリフォルニア大学バークレー校ハース・ビジネススクール客員研究員。2011年第3回プロネクサス懸賞論文優秀賞受賞。2012年東京経済大学経営学部教授。