佐藤 大記(さとう だいき、1990年(平成2年) - )は… 佐藤 大記(さとう だいき、1990年(平成2年) - )は、日本の工学者。東京電機大学工学部准教授。元公立諏訪東京理科大学助教。 東京理科大学理工学部卒業。同大学大学院理工学研究科博士後期課程修了。徳島県石井町出身。遠縁は元参議院議員の乾晴美。 徳島県名西郡石井町出身。2013年(平成25年)、東京理科大学理工学部電気電子情報工学科を卒業。2019年(平成31年)、同大学大学院理工学研究科電気工学専攻博士後期課程を修了。 2015年(平成27年)に鉄道総合技術研究所の研究員となり、2018年(平成30年)より公立諏訪東京理科大学の助教に就任。 2020年(令和2年)に東京電機大学工学部の助教となり、2024年(令和6年)に同学部の准教授に就任。
吉田 晶樹(よしだ まさき、1974年 - )は、日本の地球… 吉田 晶樹(よしだ まさき、1974年 - )は、日本の地球科学者。国立研究開発法人海洋研究開発機構地球深部ダイナミクス研究分野主任研究員。
緒方 広明(おがた ひろあき、Hiroaki Ogata, … 緒方 広明(おがた ひろあき、Hiroaki Ogata, 1969年 - )は、日本の情報学者。京都大学学術情報メディアセンター教授、京都大学大学院情報学研究科社会情報学コース教授。 徳島県美馬市穴吹町出身。1969年生まれ。1988年徳島県立脇町高等学校卒業。1992年徳島大学工学部知能情報工学科卒業。1994年徳島大学大学院工学研究科博士前期課程知能情報工学専攻修了。1995年徳島大学大学院工学研究科博士後期課程システム工学専攻中退、徳島大学工学部知能情報工学科助手。1998年博士(工学)。1999年徳島大学工学部知能情報工学科講師。2001年徳島大学工学部知能情報工学科助教授。2001年コロラド大学ボルダー校計算機科学科客員研究員。
安友 康二(やすとも こうじ、1966年 - ) は、日本の… 安友 康二(やすとも こうじ、1966年 - ) は、日本の医学者、小児科医。徳島大学大学院医歯薬学研究部教授、日本学術会議会員、American Society for Clinical Investigation会員。文部科学大臣表彰科学技術賞等受賞。 徳島県立脇町高等学校を経て、1990年徳島大学医学部医学科卒業、徳島大学医学部附属病院小児科学講座医員。1991年高松赤十字病院小児科医師。1992年四国がんセンター小児科医師。1993年徳島大学大学院医学研究科入学。1996年日本学術振興会特別研究員。1997年徳島大学大学院医学研究科修了、医学博士。同年日本学術振興会海外特別研究員(アメリカ国立衛生研究所アメリカ国立アレルギー・感染症研究所)。
本田 由紀(ほんだ ゆき、1964年(昭和39年)12月24… 本田 由紀(ほんだ ゆき、1964年(昭和39年)12月24日 - )は、日本の教育学者。博士(教育学)。東京大学大学院教育学研究科教授。放送大学客員教授。専門は教育社会学。 1991年東大大学院博士課程単位取得退学。日本労働研究機構(当時。現・労働政策研究・研修機構)研究員、東大社会科学研究所の助教授(当時)などを経て、2008年より現職。 徳島県に生まれ、香川県で育つ。香川県立高松高等学校入学直後、県統一模試で1位となった。このため、親や教員など周囲から「優秀」との期待を強く向けられ、成績が僅かに下がっただけでも評判を維持しようと、自らを追い込むようになる。定期試験ではミスを恐れて範囲を丸暗記した。
原田 隆之(はらだ たかゆき、1964年 - )は、日本の心… 原田 隆之(はらだ たかゆき、1964年 - )は、日本の心理学者、保健学博士。筑波大学心理学域教授、公認心理師、臨床心理士。エビデンスに基づく依存症の臨床と理解と犯罪や社会問題の分析と治療をテーマとして活動している。 徳島県徳島市出身。1988年一橋大学社会学部(社会精神病理学)卒業、1990年同大学院社会学研究科(社会精神病理学)博士前期課程修了、1991年同博士後期課程中退、法務省に入省する。2000年カリフォルニア州立大学ロサンゼルス校心理学研究科修士課程修了。2017年東京大学大学院医学系研究科でPhD(博士(保健学))を取得する。 1991年法務省矯正局専門官となり、1997年臨床心理士資格を取得する。
佐藤 泰弘(さとう やすひろ、1963年 - )は、日本の歴… 佐藤 泰弘(さとう やすひろ、1963年 - )は、日本の歴史学者、甲南大学教授。専門は日本古代中世史。徳島県徳島市出身。 京都大学では朝尾直弘、大山喬平、鎌田元一に師事。1980年代に有力な学説であった王朝国家体制論を批判的に検討し、10世紀後半が古代から中世への大きな転換期であることを唱えた。 『日本中世の黎明』(京都大学学術出版会、2001年)
奈須 正裕(なす まさひろ、1961年 - )は、日本の教育… 奈須 正裕(なす まさひろ、1961年 - )は、日本の教育学者。上智大学総合人間科学部教育学科教授。徳島県徳島市出身。専門は学校教育学、教育方法学、教育心理学、カリキュラム論。 1961年徳島県徳島市生まれ。徳島市加茂名中学校、徳島市立高等学校を経て、1985年徳島大学教育学部(小学校教員養成課程)卒業。1987年東京学芸大学大学院教育学研究科教育心理学専攻修士課程修了。1992年東京大学大学院教育学研究科教育心理学専攻博士課程単位取得退学。1994年東京大学より博士(教育学)の学位を取得。神奈川大学経営学部助教授、国立教育研究所(現・国立教育政策研究所)室長、立教大学文学部教授などを経て、上智大学総合人間科学部教育学科教授。
湯本 貴和(ゆもと たかかず、1959年3月11日 - )は… 湯本 貴和(ゆもと たかかず、1959年3月11日 - )は、日本の植物生態学者。京都大学教授。 徳島県生まれ。徳島県立城南高等学校卒業。1982年京都大学理学部生物学科卒、1987年同大学院理学研究科博士課程修了、「極相植生における動物媒花植物の受粉様式に関する研究」で理学博士。 1989年神戸大学教養部助手、1991年講師、1992年理学部講師、1994年12月京都大学生態学研究センター助教授、2003年総合地球環境学研究所教授、2012年京都大学霊長類研究所教授、2016年同所長。植物と動物の共生関係の研究から始めて、現在は人間と自然との相互関係の研究を行っている。 2025年4月より日本モンキーセンター所長に就任。
橋本 基弘(はしもと もとひろ、1959年 - )は、日本の… 橋本 基弘(はしもと もとひろ、1959年 - )は、日本の憲法学者。中央大学教授。中央大学常任理事。博士(法学)(中央大学)。指導学生には阿部純子中央大学法学部准教授(英米法)らがいる。
加渡 いづみ(かど いづみ、1958年(昭和33年)12月 … 加渡 いづみ(かど いづみ、1958年(昭和33年)12月 - )は、日本の経営学者。四国大学副学長、四国大学短期大学部教授。 創価大学法学部法律学科卒業。四国大学大学院経営情報学研究科修了。徳島県徳島市出身。 損害保険会社の勤務を経て、中京大学国際教養学部・徳島大学全学共通教育センターなどの非常勤講師を歴任した。 2012年に四国大学短期大学部の講師に就任し、2017年に教授となる。2025年4月1日、四国大学副学長に就任した。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
一條 秀憲(いちじょう ひでのり、1958年9月4日 - )… 一條 秀憲(いちじょう ひでのり、1958年9月4日 - )は日本の分子生物学者。東京大学大学院薬学系研究科教授を務め(2002年-2024年)、東京科学大学総合研究府特別栄誉教授。徳島県徳島市出身。 1997年、酸化ストレスに応答してアポトーシスを誘導するタンパク質リン酸化酵素のASK1(Apoptosis Signal-regulating kinase 1)を発見し、さらにチオレドキシンとの複合体として機能することを解明した。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。 この項目は、医学に関連した書きかけの項目です。
大塚 達也(おおつか たつや、1958年5月6日 - )は、… 大塚 達也(おおつか たつや、1958年5月6日 - )は、日本の経営者、農学博士。アース製薬社長、会長を務めた。徳島県鳴門市出身。大塚正富の長男。 東京大学農学部農芸化学科を経て、1986年に東京大学大学院農学研究科を修了し、同年に大塚製薬に入社した。1990年3月にアース製薬に転じ、取締役に就任し、1992年3月に常務、1994年3月に専務を経て、1998年3月に社長に就任。2014年3月に会長に就任。
佐野 靖(さの やすし、1957年(昭和32年)3月11日 … 佐野 靖(さの やすし、1957年(昭和32年)3月11日 - )は、日本の音楽学者。徳島文理大学音楽学部教授。東京芸術大学名誉教授。国立音楽大学非常勤講師。 東京芸術大学音楽学部楽理科卒業。東京芸術大学大学院音楽研究科修士課程音楽教育専攻修了。徳島県小松島市出身。 徳島県小松島市坂野町出身。小松島市立坂野小学校・小松島市立坂野中学校・徳島市立高等学校を卒業。 1981年(昭和56年)に東京芸術大学音楽学部楽理科を卒業し、 1985年(昭和60年)に同大学大学院音楽研究科修士課程を修了。また1986年(昭和61年)に同大学大学院音楽研究科博士課程を中途退学。これまでに音楽学を服部幸三、音楽教育学を山本文茂に師事。
近藤 孝造(こんどう こうぞう、1955年(昭和30年)12… 近藤 孝造(こんどう こうぞう、1955年(昭和30年)12月28日 - )は、日本の社会学者。学校法人徳島城南学園理事長。元徳島工業短期大学教授。 早稲田大学政治経済学部卒業。鳴門教育大学大学院学校教育研究科修了。徳島県徳島市出身。 徳島県徳島市南昭和町出身。1985年(昭和60年)に早稲田大学政治経済学部を卒業。1990年(平成2年)に鳴門教育大学大学院学校教育研究科社会科を修了。大学卒業後は石油会社や県立高校教諭で勤務。 1994年(平成6年)に徳島工業短期大学の講師となり、同大学の教授と大学を運営する学校法人徳島城南学園の副理事長を経て2009年(平成21年)に理事長に就任。またこれまでに日本社会学会・家族社会学会などに所属した。
庄野 文章(しょうの ふみあき、1953年(昭和28年) -… 庄野 文章(しょうの ふみあき、1953年(昭和28年) - )は、日本の薬学者。元徳島文理大学薬学部教授。 徳島文理大学薬学部衛生薬学科卒業。徳島大学大学院薬学研究科修了。徳島県徳島市出身。 徳島県徳島市出身。1976年(昭和51年)に徳島文理大学薬学部衛生薬学科を卒業。1990年(平成2年)に徳島大学大学院薬学研究科を修了。 2006年(平成18年)より徳島文理大学薬学部の教授に就任し、2019年(平成31年)まで務めた。 またこれまでに徳島県病院薬剤師会理事を務め、日本薬学会・日本医療薬学会・日本病院薬剤師会・日本環境感染学会などに所属した。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。
辻本 一英(つじもと かずひで、1951年 - )は、日本の… 辻本 一英(つじもと かずひで、1951年 - )は、日本の郷土史家。芝原生活文化研究所代表、NPO法人ヒューマンネットとくしま理事長。阿波木偶箱まわし保存会顧問、徳島県部落史研究会会長を歴任。 徳島市生まれ。駒澤大学文学部国文学科、佛教大学社会学部社会福祉学科卒業。県立高校講師を経て、財団法人徳島県同和対策推進会にて啓発業務などに従事。 1995年「阿波木偶箱まわし保存会」を組織。「三番叟まわし」「箱廻し」「えびすまわし」「大黒まわし」等の無形民俗文化財の伝承を手掛ける。同保存会は、徳島新聞賞文化賞(2006年)、ユネスコ「ACCU賞」(2009年)、阿波文化創造賞(2009年)などを受賞。阿波木偶の門付け用具(163点)は、2009年に国登録有形民俗文化財第12号となる(四国初)。
丸山 茂徳(まるやま しげのり、1949年12月24日 - … 丸山 茂徳(まるやま しげのり、1949年12月24日 - )は、プルームテクトニクスを提唱した日本の地質学者。東京工業大学地球生命研究所特命教授、岡山大学地球物質科学研究センター特任教授。
江島 清(えしま きよし、1949年8月20日 - )は、日… 江島 清(えしま きよし、1949年8月20日 - )は、日本の実業家、工学博士。創薬ベンチャーのDelta-Fly Pharma株式会社創業者・代表取締役社長。徳島大学産学官連携推進部客員教授。 徳島県出身。徳島県立城南高等学校在学中化学に興味を持ち、名古屋工業大学卒業。東京工業大学大学院修士課程修了。ちょうどオイルショックの影響などから高度経済成長が終焉を迎え、就職難だったため、指導教官の勧めで地元徳島に戻り、1976年徳島の大塚グループ企業であった大鵬薬品工業に入社。1988年工学博士。2005年大鵬薬品工業取締役開発センター長。2007年大鵬薬品工業取締役徳島研究センター長。2010年徳島大学産学官連携推進部客員教授。
田中 啓二(たなか けいじ、1949年4月10日 - 202… 田中 啓二(たなか けいじ、1949年4月10日 - 2024年7月23日)は、日本の生物学者。東京都医学総合研究所理事長兼所長。 ハーバード大学のアルフレッド・L・ゴールドバーグ(英語版)とともにプロテアソームを発見した。徳島大学助教授・東京大学教授などを歴任。日本学士院賞等を受賞。文化功労者選出。 徳島県徳島市に、元職業軍人の子として生まれる。1968年徳島県立城北高等学校卒業。1972年徳島大学医学部栄養学科卒業。市原明に師事し、1974年徳島大学大学院栄養学研究科修士課程修了。1976年徳島大学大学院医学研究科博士課程中退、徳島大学酵素研究施設助手。1980年徳島大学より医学博士の学位を取得。
貴島 孝雄(きじま たかお、1949年1月9日 - )は、日… 貴島 孝雄(きじま たかお、1949年1月9日 - )は、日本の工学者。山陽小野田市立山口東京理科大学工学部教授。マツダの元エンジニア。徳島県吉野川市出身。 ロードスターやRX-7、787Bといった同社を代表するスポーツカー、レーシングカーの開発で知られる。 徳島県麻植郡鴨島町(現在の吉野川市)出身。徳島県立徳島東工業高等学校(現在の徳島県立徳島科学技術高等学校)卒業後、1967年に東洋工業(現在のマツダ)に入社。 1994年、平井敏彦の退職に伴い初代ロードスターの開発主査に就任し、その後は順次、2代・3代ロードスター及び3代目RX-7の開発主査を務める。2009年にマツダ株式会社定年退職。同年、山口東京理科大学(現在の山陽小野田市立山口東京理科大学)工学部機械工学科教授就任。
米原 謙(よねはら けん、1948年11月19日- )は、日… 米原 謙(よねはら けん、1948年11月19日- )は、日本の政治学者・歴史学者。元大阪大学教授。専門は日本政治思想史。徳島市生まれ。
湊 博昭(みなと ひろあき、1948年3月7日 - 2006… 湊 博昭(みなと ひろあき、1948年3月7日 - 2006年10月3日 )は、日本の医学者、精神科医。専門は社会精神医学、研究領域は、青年期危機の精神医学的研究、スチューデント・アパシーの臨床研究、青年期精神医学の研究。 徳島県生まれ。一橋大学での湊ゼミで学んだ学生には、漫画家の倉田真由美や黒田硫黄、ジャーナリストの安田純平らがいる。 一橋大学の他、東京大学(駒場・本郷)、東京工業大学、中央大学などの保健センターでも非常勤講師として、学生の診察を行っている。ただし、2006年3月、体調不良のため全て辞職。一橋大学でも、講義・演習は辞退したが、保健センターでの診察は同年9月に帰宅途中の国分寺駅で脳出血で倒れるまで継続した。
吉原直樹(よしはら なおき、1948年 - )は、日本の社会… 吉原直樹(よしはら なおき、1948年 - )は、日本の社会学者。東北大学名誉教授。社会学博士。社会学系コンソーシアム理事長。専門は、社会学、都市社会学、地域社会学、アジア社会論。 長らく東北大学大学院文学研究科教授を務め、2011年4月より大妻女子大学社会情報学部教授、2017年4月より横浜国立大学都市イノベーション研究院教授。 1948年、徳島県阿南市生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、同大学大学院社会学研究科を修了。 立命館大学産業社会学部助教授、神奈川大学外国語学部教授などを経て、1993年度から東北大学文学部教授。インドネシア大学大学院客員教授、地域社会学会会長、東北都市学会会長、東北社会学研究会会長、東北社会学会会長などを歴任。
小野清美(おの きよみ、女性、1948年 - )は、日本の政… 小野清美(おの きよみ、女性、1948年 - )は、日本の政治学者、大阪大学法学研究科教授。
桑野 隆(くわの たかし、1947年11月22日 - )は、… 桑野 隆(くわの たかし、1947年11月22日 - )は、日本のロシア文化学者。早稲田大学教授。徳島県出身。
上田 寛(うえだ かん、1947年8月 - )は、日本の法学… 上田 寛(うえだ かん、1947年8月 - )は、日本の法学者。専門は、犯罪学・刑法、特にソビエト連邦・ロシアの刑法・犯罪学。学位は、博士(法学)(立命館大学・論文博士)。立命館大学名誉教授。学校法人立命館専務理事。 眉毛が薄く強面な人相であり、犯罪学を専門としていることと絡めてしばしば自虐ネタとしている。
上野 達彦(うえの たつひこ、1947年(昭和22年)7月2… 上野 達彦(うえの たつひこ、1947年(昭和22年)7月22日- )は、日本の法学者。三重大学名誉教授。専門は刑事法、犯罪学。 徳島県徳島市出身。愛知大学法経学部法学科、同大学院法学研究科修了。法学博士。三重短期大学学長、放送大学客員教授を歴任。
大島 俊之(おおしま としゆき、1947年7月8日 - 20… 大島 俊之(おおしま としゆき、1947年7月8日 - 2016年2月19日)は、日本の法学者。弁護士。博士(法学)(神戸学院大学、2003年)(学位論文「性同一性障害と法」)。徳島県鳴門市生まれ。
大島 俊之(おおしま としゆき、1947年7月8日 - 20… 大島 俊之(おおしま としゆき、1947年7月8日 - 2016年2月19日)は、日本の法学者。弁護士。博士(法学)(神戸学院大学、2003年)(学位論文「性同一性障害と法」)。徳島県鳴門市生まれ。 日本の法学界で初めて公式に、性同一性障害の人に戸籍情報の変更を認めることを提唱する論文を発表し、「性同一性障害者特例法」成立への礎を築いた。 「性同一性障害」という言葉もない時代から「性障害と法」について研究を続けていたが、当時の法学界はおろか、精神神経学会などからも無視され続けた。性同一性障害に悩む人々や支援者の間では大島を「救性主」と信奉する人も多い。 野球好きで又テニスを趣味とし、性同一性障害者特例法成立後は「スポーツと法」の研究を進める予定であったが、同性愛者と法についての問題に目を背けることはできず、逝去直前まで「性障害と法」について研究を続けていた。
田村 禎通(たむら よしゆき、1946年(昭和21年)8月1… 田村 禎通(たむら よしゆき、1946年(昭和21年)8月18日 - )は、日本の医学者(医学博士)。医師。徳島文理大学学長。徳島大学医学部医学科卒業。徳島県徳島市出身。 1971年(昭和46年)、徳島大学医学部を卒業。1976年(昭和56年)、同大学で医学博士号を取得。その後、同大学講師、国立病院機構徳島病院内科医長、国立病院機構善通寺病院院長などを経て2012年(平成24年)に徳島文理大学保健福祉学部の教授兼学部長に就任。 2017年(平成29年)に徳島文理大学大学院看護学研究科長、そして同大学副学長に就任。2018年(平成30年)、前学長である桐野豊の任期満了に伴い、同大学の学長に就任。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
藤本 英男(ふじもと ひでお、1944年〈昭和19年〉6月2… 藤本 英男(ふじもと ひでお、1944年〈昭和19年〉6月24日 - )は、日本の元レスリング選手、日本体育大学名誉教授。徳島県美馬市美馬町出身。日本体育大学卒。1968年メキシコシティーオリンピック銀メダリスト。 徳島県立穴吹高等学校レスリング部で吉田廣一に師事する。 日本体育大学2年生の1964年に、東京オリンピックのレスリング会場となった駒沢体育館で得点板の掲示係を務める。 1967年、ルーマニアのブカレストで行われたレスリング世界選手権においてグレコローマン・フェザー級で3位となる。 1968年、メキシコオリンピックにレスリング日本代表として出場し、グレコローマン・フェザー級で銀メダルを獲得する。
赤松 則男(あかまつ のりお、1943年9月9日 - )は、… 赤松 則男(あかまつ のりお、1943年9月9日 - )は、日本の工学者。徳島大学名誉教授。徳島大学工学部卒業。京都大学大学院工学研究科博士課程電気工学専攻修了。所属学会は電子情報通信学会。 徳島県立城南高等学校を経て、1966年徳島大学工学部電気工学科卒業。大学では陸上競技部に所属し、1964年東京オリンピックで東大工町から徳島駅前まで聖火ランナーを務めた。大学卒業後、京都大学大学院工学研究科博士課程で電気工学を学び1971年に修了し、同年に徳島大学工学部助手に就任。その後、1975年に徳島大学工学部助教授就任、1987年に徳島大学工学部教授に就任。2009年に徳島大学工学部教授を退官し、徳島大学名誉教授の称号を受けた。
浅川 義範(あさかわ よしのり、1941年8月 - )は、日… 浅川 義範(あさかわ よしのり、1941年8月 - )は、日本の化学者。徳島文理大学薬学部教授。徳島大学学芸学部卒業。広島大学大学院理学研究科博士課程修了(理学博士)。徳島県阿南市出身。 徳島大学学芸学部卒業後、広島大学大学院理学研究科へ進学し理学博士を取得。同大学理学部助手、フランスのルイ・パスツール大学博士研究員及びフランス化学研究所員、徳島文理大学薬学部教授、徳島大学、富山大学、岡山大学、東京薬科大学等で非常勤講師を歴任。 また、学会等においては日本蘚苔類学会会長、国際精油化学シンポジウム常任理事、日本生薬学会・日中韓生薬学合同シンポジウム組織委員長などを歴任したほか、2007年にはアジア植物化学協会の初代会長に就任した。
山川 偉也(やまかわ ひでや、1938年11月30日- )は… 山川 偉也(やまかわ ひでや、1938年11月30日- )は、日本の哲学研究者、桃山学院大学名誉教授。専攻はギリシア哲学。 徳島市生まれ。1962年同志社大学文学部文化学科哲学専攻卒業。1967年同大学院文学研究科博士課程単位取得退学。1975年桃山学院大学経済学部助教授。1977年教授。1989年文学部教授。1991年から1993年まで文学部長。2002年法学部教授。2004年から2006年まで文学研究科長。2009年定年退任、名誉教授。1997年アテネ大学名誉哲学博士。
三浦 宏文(みうら ひろふみ、1938年 <昭和13年> 3… 三浦 宏文(みうら ひろふみ、1938年 <昭和13年> 3月17日 - 2020年 <令和2年> 3月5日)は、日本の工学者。位階は従四位。 東京大学名誉教授。元工学院大学学長。元日本ロボット学会会長。専門はロボティクス、マイクロ技術、スペーステクノロジー、メカトロニクス。 徳島県徳島市出身。東京大学工学部機械工学科卒業。同大学院数物系研究科機械工学専攻博士課程修了。 東京大学助教授、NASA客員研究員、東京大学工学部教授を経て、2003年~2009年工学院大学学長。1993年~1995年日本ロボット学会会長。2017年秋の叙勲で瑞宝中綬章を受章。現在は昆虫の動きを研究し、それを真似て虫型ロボットを研究する。
高田 豊輝(たかた とよてる、1937年 - )は、日本の郷… 高田 豊輝(たかた とよてる、1937年 - )は、日本の郷土史家。阿波郷土会会員。徳島県徳島市出身。 1964年、日本電信電話公社(現NTTグループ)在職中に郷土史研究家・飯田義資に師事。2002年、徳島市勝占中部文化財保勝会会長に就任。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
遠藤 博也(えんどう ひろや、1936年6月10日 - 19… 遠藤 博也(えんどう ひろや、1936年6月10日 - 1992年4月6日)は、日本の法学者。専門は行政法。学位は、法学博士(東京大学・1966年)。元北海道大学教授。指導教授は当初田中二郎だったが、田中が指導途上で最高裁判事になった後は、雄川一郎に師事した。徳島市生まれ。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、法学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝)。
竹田 美文(たけだ よしふみ、1935年〈昭和10年〉11月… 竹田 美文(たけだ よしふみ、1935年〈昭和10年〉11月 - )は、日本の医師・医学者。学位は医学博士(大阪大学・1965年)。国立感染症研究所名誉所員。専門は細菌学、感染症学など。2006年瑞宝重光章受章。 東京大学医科学研究所教授、京都大学医学部教授、日本細菌学会理事長、日本熱帯医学会理事長、野口英世記念会理事長等を歴任した。息子は大阪大学大学院医学研究科免疫制御学教授の竹田潔、東京大学大学院医学系研究科微生物学教授の竹田誠。
藤倉 皓一郎(ふじくら こういちろう、1934年5月18日 … 藤倉 皓一郎(ふじくら こういちろう、1934年5月18日 - 2024年5月)は、日本の法学者(英米法・民法)。東京大学名誉教授。アマースト大学名誉法学博士。純粋の私立大学出身者としては初めての東京大学法学部教授。 大阪府出身。東京大学教授、早稲田大学教授、同志社大学法学研究科教授、帝塚山大学法政策学部教授などを歴任。1980年の伊藤正己教授の最高裁判事就任により、その後任に招かれ、純粋の私立大学出身者(学部は私学出身で大学院のみ東大出身の前例としては経済法の松下満雄教授がいる)としては初めての東京大学法学部教授となった。 なおアメリカ留学時代に環境法を学び、それが後に東京大学教授に招かれる一因となったと言われる。
阿部 永(あべ ひさし、1933年 - )は、日本の哺乳類学… 阿部 永(あべ ひさし、1933年 - )は、日本の哺乳類学者。学位は、農学博士(北海道大学・1960年)。北海道大学名誉教授。北海道大学農学部教授などを歴任。 元日本哺乳類学会会長。日本哺乳類学会特別会員。哺乳類研究グループと日本哺乳動物学会の初期からの会員であった。 1933年、徳島県吉野川市生まれ。父は徳島県における自然史研究の大家の阿部近一。北海道大学農学部農業生物学科卒。1961年北海道大学大学院農学研究科博士課程修了、北海道大学農学部付属博物館助手、1969年北海道大学農学部応用動物学講座助教授、1992年北海道大学農学部応用動物学講座教授、1996年北海道大学農学部農林生態学講座教授、1997年3月北海道大学農学部を定年退職。
山川 雄巳(やまかわ かつみ、1932年7月9日 - 200… 山川 雄巳(やまかわ かつみ、1932年7月9日 - 2002年11月24日)は、日本の政治学者。
湯浅 良幸(ゆあさ よしゆき、1930年 - 2017年12… 湯浅 良幸(ゆあさ よしゆき、1930年 - 2017年12月23日)は、日本の郷土史家。徳島県阿南市上中町出身。イオンド大学名誉教授。徳島民俗学会会長、徳島県市町村文化財保護審議会連絡協議会会長、徳島県文化振興財団民俗資料委員長、阿波学会会長を歴任。2005年には地域文化功労者賞を受賞。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
松浦 馨(まつうら かおる、1929年(昭和4年)6月 - … 松浦 馨(まつうら かおる、1929年(昭和4年)6月 - )は、日本の法学者。専門は民事訴訟法。学位は、法学博士(名古屋大学・論文博士・1962年)。名古屋大学名誉教授。2008年瑞宝中綬章受章。徳島県出身。 日本民事訴訟法学会理事、司法試験第二次試験考査委員、法制審議会幹事、法制審議会民事訴訟法部会委員、法制審議会強制執行制度部会委員、学術審議会科学研究費分科会専門委員、名古屋弁護士会資格審査委員会委員、日本民事訴訟法学会監事、名古屋繊維取引所紛争仲介委員会委員、財団法人民事紛争処理研究基金選考委員会委員長、国際商事仲裁協会商事仲裁研究所運営委員長、日本ローエイシア友好協会顧問、財団法人民事紛争処理研究基金理事を歴任。
佃 實夫(つくだ じつお、1925年(大正14年)12月27… 佃 實夫(つくだ じつお、1925年(大正14年)12月27日 - 1979年3月9日)は、日本の小説家、文献学者。 徳島県阿南市出身。徳島青年師範学校中退。郵便局員、教員、徳島県立図書館司書、横浜市立図書館司書。 1959年「ある異邦人の死」で芥川賞候補。晩年徳島に在住したモラエスを描いたもので、1966年には大部の『わがモラエス伝』を上梓した。幕末・明治期を舞台として、『阿波自由党始末記』などの小説を書いた。1969年にポルトガル文化勲章受章。また文献学にも通じ、日外アソシエーツの『現代日本執筆者大事典』の編纂に携わった。 ポルトガル文化勲章(1969年) この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
茶園 義男(ちゃえん よしお、1925年7月28日 - 20… 茶園 義男(ちゃえん よしお、1925年7月28日 - 2010年代)は、日本の歴史家、昭和史研究家。 徳島県美馬郡(のち三好郡を経て三好市)西祖谷山村出身。広島文理科大学哲学科卒。同大学院倫理学研究科四修。阿南工業高等専門学校教授。パシフィック・ウエスタン大学名誉教授、文学博士(未確認)。平成昭和研究所を主宰、戦争犯罪を研究。1994年、TBSテレビ「わたしは貝になりたい」の考証主幹。 没年は不詳だが、阿南市の広報誌で2010年3月にインタビューを受けた時点では84歳で存命だった。その後、徳島新聞の2015年10月25日付記事では「戦犯問題の著名な研究者だった故茶園義男さん」と記述されており、この間に死去したことが知られる。
千葉 乗隆(ちば じょうりゅう、1921年5月4日 - 20… 千葉 乗隆(ちば じょうりゅう、1921年5月4日 - 2008年4月12日)は、浄土真宗の僧侶、仏教学者・歴史学者。学位は、文学博士(論文博士・1977年)。龍谷大学名誉教授・元学長、元相愛学園長・理事長。 真宗史、真宗教団史他の研究において数多くの研究、業績を残した。浄土真宗本願寺派安楽寺第26世住職。徳島県生まれ。
秦 謹一(はた きんいち、1920年(大正9年)5月30日 … 秦 謹一(はた きんいち、1920年(大正9年)5月30日 - 2006年(平成18年)8月17日)は、日本の工学者。北海道工業大学名誉教授・北海道大学名誉教授である。徳島県徳島市出身。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
佐古 純一郎(さこ じゅんいちろう、1919年〈大正8年〉3… 佐古 純一郎(さこ じゅんいちろう、1919年〈大正8年〉3月7日 - 2014年〈平成26年〉5月6日)は、日本の文芸評論家、二松学舎大学名誉教授、日本基督教団中渋谷教会名誉牧師。 大正8年(1919年)、徳島県名西郡神山町生まれ。旧制徳島中学校(現在の徳島県立城南高等学校)を経て朝鮮全羅南道光州東中学校を卒業。 昭和13年(1938年)、二松学舎専門学校入学。在学中の昭和15年(1940年)に亀井勝一郎を訪問。以後師事する。昭和16年(1941年)、二松学舎専門学校卒業。同年、日本大学法文学部宗教学科入学。同年5月、改造社が募集した第一回文芸推薦評論に『歴史と人間』が佳作入選。大学在学中の昭和18年(1943年)、創元社に入社。
圓藤 眞一(えんどう しんいち、1917年(大正6年)10月… 圓藤 眞一(えんどう しんいち、1917年(大正6年)10月6日 - 2007年(平成19年)2月13日)は、日本の法学者。香川大学名誉教授。高松大学学長。四国女子大学学長。香川大学学長。東京帝国大学法学部卒業。徳島県徳島市出身。 長男は徳島県知事を務めた圓藤寿穂。弟は東京都立大学名誉教授の吉田精一。 徳島県徳島市出身。実業家・吉田長三郎の四男として生まれる。後に圓藤弘一の養子となり、弘一の次女である美代子と結婚。1941年(昭和16年)、東京帝国大学法学部政治学科を卒業。大学卒業後は、同年に高松高等商業学校(現在の香川大学経済学部)の講師となり、1943年(昭和18年)に同学校の教授に就任。 1952年(昭和27年)に香川大学の教授、1960年(昭和35年)に同大学の学生部長、1968年(昭和43年)に同大学経済学部の学部長を経て1973年(昭和48年)に同大学の学長に就任。