平尾 隆之(ひらお たかゆき、1979年1月10日 - )は… 平尾 隆之(ひらお たかゆき、1979年1月10日 - )は、日本のアニメーション監督、アニメーション演出家、脚本家、音響監督、小説家。香川県大川郡津田町(現・さぬき市)出身。配偶者はアニメーションの色彩設計者である千葉絵美。 マッドハウス、ufotableを経て、現在はフリーの演出家としてCLAPを中心に活動している。 大阪デザイナー専門学校アニメーション学科卒業。 1999年にマッドハウスに入社し、2002年公開の映画『千年女優』に制作進行として参加。 2003年の『TEXHNOLYZE』第8話「CRUCIBLE」にて演出デビューを果たす。 マッドハウスからufotableに移り、2008年に劇場アニメ『劇場版 空の境界 第五章 矛盾螺旋』で監督デビューを果たす。
泉 和良(いずみ かずよし、1976年9月9日 -)は、日本… 泉 和良(いずみ かずよし、1976年9月9日 -)は、日本の小説家、音楽家、ゲーム作家、お笑い芸人。香川県木田郡三木町出身。2007年に『エレGY』で第2回講談社BOX新人賞“流水大賞”の優秀賞を受賞し、小説家としてデビューした。1997年より、ジスカルド名義でゲーム制作サークル「アンディーメンテ」を主催し、多数の自作PCゲームを発表。また、アナログゲーム制作サークル「7キューブ」を主催。他にも、ボーカル音源"VOCALOID"を用いたジェバンニP名義による音楽活動、LUPIA名義によるバンド活動、泉アナザーワールド名義によるお笑い芸人としての活動など、幅広い分野にて活動する。 大阪芸術大学音楽学科を卒業。
香西 志帆(こうざい しほ、1976年7月29日 - )は、… 香西 志帆(こうざい しほ、1976年7月29日 - )は、日本の映画監督、映像作家、脚本家。 香川県高松市出身。小学生3年生頃に自作の小説を書き始める。中学時代は漫画制作に手を染め、14歳の時に『りぼん』に作品が掲載された。 大学時代はジャーナリスト(新聞記者・アナウンサー)志望だったが、いずれも採用に至らなかった。地元の百十四銀行に就職する。就職は、リクルーターから社内報があると言われたことが理由だった。 銀行で広報を担当し、全国社内報コンクールで金賞を受賞するなどしたが、29歳の時に「今から目指せる夢」として脚本家になることを着想する。 その後、映画作家(脚本と監督を担当することが多い)として数多くの作品を制作。
乙武 洋匡(おとたけ ひろただ、1976年〈昭和51年〉4月… 乙武 洋匡(おとたけ ひろただ、1976年〈昭和51年〉4月6日 - )は、日本の作家、タレント、政治活動家、YouTuber。政治団体「ファーストの会」副代表、地域政党「都民ファーストの会」顧問。 NPO法人グリーンバード新宿代表や東京都教育委員会所属の教職員を務めた。身長106cm、体重40kg。先天性四肢欠損症という障害があり、移動時は常に電動車椅子を使用している。 東京都江戸川区西葛西に生まれ、4歳まで育つ。父親は建築家である。父方の祖父は香川県綾歌郡綾川町出身で、乙武姓は同町に20軒ほど存在する。 4歳から16歳まで世田谷区用賀で育つ。世田谷区立用賀小学校、世田谷区立用賀中学校、東京都立戸山高等学校卒業。
山下 貴光(やました たかみつ、1975年 - )は日本の小… 山下 貴光(やました たかみつ、1975年 - )は日本の小説家、推理作家。
つげ のり子(つげ のりこ、1971年2月9日 - )は、日… つげ のり子(つげ のりこ、1971年2月9日 - )は、日本の作家、皇室ライター、放送作家、Yahoo!オーサー、日本脚本家連盟会員、日本放送作家協会会員。別名・原くるみ。 香川県高松市出身。香川県立高松西高等学校、東京女子大学を卒業後、安田火災海上保険(現・損害保険ジャパン)株式会社に女性総合職として入社。4年半の勤務後に、テレビ業界に転身。 放送作家として、テレビのワイドショーから政治経済番組、ラジオ番組まで幅広いジャンルを手掛ける。 2001年(平成13年)の愛子内親王誕生以来、テレビ東京の皇室番組で構成を担当して約20年間、皇室番組の構成を担当。同時に皇室研究をライフワークとしている。
多田 容子(ただ ようこ、1971年(昭和46年) - )は… 多田 容子(ただ ようこ、1971年(昭和46年) - )は、日本の小説家、古武術研究家。三重県伊賀市在住。 香川県高松市に生まれ、兵庫県尼崎市園田で育つ。1993年に京都大学経済学部卒業。在学中から小説を書き始める。卒業後は保険会社に入社するも同年12月に退職。小説家への道を目指す。時代小説大賞には1996年から3年連続で最終候補に残る。1999年、『双眼』(講談社)にてデビュー。 小学生の頃からテレビの時代劇のファン。武術・古武術・忍術・手裏剣術についても造詣が深く、講演も行っている。居合道3段。2004年に兵庫県芸術奨励賞を受賞。2013年から三重県伊賀市に在住。
暁 玲華(あかつき れいか、1969年 - )は、日本の占い… 暁 玲華(あかつき れいか、1969年 - )は、日本の占い師、風水師、作家。神社やパワースポットに関する著作、雑誌記事がある。 東京都世田谷区[要出典]生まれ、香川県高松市育ち。香川大学教育学部附属高松中学校、香川県立高松高等学校、千葉大学工学部建築学科卒業。玉木雄一郎は高校の同級生。 大学卒業後は鹿島建設に入社。退社後、風水や神社研究の傍ら神社本庁神職資格を取得。2002年4月から1年間東京大学大学院新領域創成科学研究科の非常勤研究職員を務める。全国の神社を巡るうちに見えない力の偉大さを痛感し、大地の霊気や人の魂の光の大切さを伝えようと「暁玲華」として活動を開始。現在は主に弓前文書の「神文」の研究家として活動している。
宇川 直宏(うかわ なおひろ、1968年4月12日 - )は… 宇川 直宏(うかわ なおひろ、1968年4月12日 - )は、日本の現代美術家、映像作家、グラフィックデザイナー、VJ、文筆家。香川県高松市出身。 DOMMUNE代表。MOM/N/DAD PRODUCTIONS主宰。Mixrooffice代表。GODFATHER主宰。ANOMALY所属。京都造形芸術大学情報デザイン学科教授(2002-2019の17年間)。日本自然災害学会正会員。2013年度、2014年度、2015年度文化庁メディア芸術祭審査委員。2015年度アルスエレクトロニカ(リンツ・オーストリア)審査委員。2015年度高松メディアアート・フェスティバル・ゼネラルディレクター、キュレーター、審査委員長。
黒名 ひろみ(くろな ひろみ、1968年2月4日 - )は、… 黒名 ひろみ(くろな ひろみ、1968年2月4日 - )は、日本の小説家。 香川県高松市生まれ、在住。武庫川女子大学短期大学部を卒業後、脚本家を目指して、10年間シナリオの勉強をする。2011年頃、地元の小説教室に勧誘されたことをきっかけとして、小説を執筆するようになる。2015年、「温泉妖精」で第39回すばる文学賞を受賞し小説家デビュー。 宮沢賢治の作品について、何度も繰り返し手に取っており、「何歳になって読んでも発見があり、面白く読めるところが素晴らしい。いつか、年代を問わず人の心に響く小説を書きたい」と語っている。
高木 智視(たかぎ ともみ、1967年3月18日 - )は、… 高木 智視(たかぎ ともみ、1967年3月18日 - )は、日本の小説家。香川県さぬき市出身。香川県立三本松高等学校卒業。慶應義塾大学文学部仏文科卒業。 2005年に「KASAGAMI」で第12回三田文学新人賞受賞。作家デビュー。2007年に和歌山県にて、大桑文化奨励賞を受賞。 2009年、作品集「かさがみ」を出版。
小西 マサテル(こにし まさてる、1965年8月19日 - … 小西 マサテル(こにし まさてる、1965年8月19日 - )は、日本の放送作家、ミステリー作家、日本推理作家協会員。香川県高松市出身。本名は小西 正晃(読み同じ)。 高松第一高等学校在学時に落語研究会に入部し、笑いの世界の第一歩を歩む。当時の高座名は「朝起亭めやに」。落研の先輩には元参議院議員の喜岡淳のほか、1学年上にウッチャンナンチャンの南原清隆がいる。高校への在学当時は落研に所属するかたわら、同校OBが作った想呂家落語会にも所属し、芸名を想呂家ねっくと名乗っていた。当時はツービートやB&Bなどによる漫才ブーム真っ盛りであり、古典落語そっちのけで先輩である想呂家元気と「ファミリーレストラン2分の1」というコンビ名で漫才に力を入れ、地元のテレビ番組やラジオ番組にもよく出演していた。
太田 愛(おおた あい、1964年9月2日 - )は日本の脚… 太田 愛(おおた あい、1964年9月2日 - )は日本の脚本家、小説家。香川県高松市出身。青山学院大学文学部仏文科卒。ミリアゴンスタジオ所属。 小劇団で10年ほど脚本を担当した後、1997年に『ウルトラマンティガ』第21話「出番だデバン!」でテレビ脚本家としてデビューした。当時は塾講師をしながら合間をぬって脚本を執筆していた。映像作品への参加を志望していたことから、筑摩書房で実相寺昭雄の本を担当した先輩から円谷プロダクションへの参加を勧められ、プロデューサーの笈田雅人へプロットを提出し「出番だデバン!」が採用された。『ウルトラマンネクサス』では同作品でシリーズ構成を担当した長谷川圭一の要望により第3クールのメインライターを担当した。
川本 晶子(かわもと あきこ、1962年7月5日 - )は、… 川本 晶子(かわもと あきこ、1962年7月5日 - )は、日本の小説家。 香川県高松市出身。香川県立高松高等学校を卒業する。高校卒業後、上京する。演劇活動に携わるフリーライターを経る。 2005年、「刺繍」で第21回太宰治賞を受賞する(同時受賞は、津村記久子「マンイーター」)。趣味はアイスホッケーとカート。
広谷 鏡子(ひろたに きょうこ、1960年12月17日 - … 広谷 鏡子(ひろたに きょうこ、1960年12月17日 - )は、日本の小説家。 香川県丸亀市生まれ。香川県立丸亀高等学校、早稲田大学第一文学部文芸科卒業後、NHKに入局。NHK放送文化研究所専任研究員などを務める。1995年、「その如月の望月のころ」(「不随の家」と改題)で第19回すばる文学賞受賞、1997年、「げつようびのこども」で第118回芥川賞候補。 丸亀市文化観光大使。文楽好きであり、同じく文楽愛好家である歌人・松平盟子が主宰する短歌誌「プチ☆モンド」に連載を持つ。
大崎 悌造(おおさき ていぞう、1959年11月1日 - 2… 大崎 悌造(おおさき ていぞう、1959年11月1日 - 2024年2月27日)は、日本の作家・漫画原作者。 「大崎」は「大﨑」と表記する場合もある。また、達山一歩(たちやま かずほ)、甲斐真(かい しん)などの筆名も持つ。 香川県木田郡三木町出身。早稲田大学教育学部卒業。 2024年2月27日、病気のため死去。 ※今井修司との共著で、ストーリー(構成・文)を担当
芦原 すなお(あしはら すなお、1949年9月13日 -)は… 芦原 すなお(あしはら すなお、1949年9月13日 -)は、日本の作家。本名 蔦原 直昭(つたはら なおあき)。 香川県観音寺市出身。香川県立観音寺第一高等学校、早稲田大学第一文学部独文科卒業。 小学校の教員をしていた実父が、子供たちのために買ってくれた世界少年少女文学全集が文学に親しむきっかけとなった。小、中学で全巻を読破する。物語一つ一つがおもしろくて、まるで魔法にかけられたかのようだった。いずれ自分も魔法を使う側になりたい、そのうちいつか自分も物語を書くだろうと思っていたという。大学もすんなり文学部を選び、早稲田大学第一文学部に進んだ。 早稲田大学大学院博士課程中退後、帝京短期大学講師を務める傍ら執筆活動を行う。
高城 修三(たき しゅうぞう、1947年10月4日 - )は… 高城 修三(たき しゅうぞう、1947年10月4日 - )は、香川県高松市出身の作家。本名は若狭雅信。 香川大学学芸学部附属高松中学校、香川県立高松高等学校、京都大学文学部言語学科卒業。京都の出版社に勤務。 1977年、「榧の木祭り」で新潮新人賞を受賞、同作で同年下半期(1978年1月)芥川賞を受賞。当時は山科区で学習塾経営をしていた。 芥川賞受賞後は小説を書く機会は減り、京都に関するエッセイや古代史関連の著作が中心になっている。連歌会の宗匠としても活動する。
吉良 敬三(きら けいぞう、1945年4月1日 - )は、日… 吉良 敬三(きら けいぞう、1945年4月1日 - )は、日本の映像作家、アニメーター。香川県観音寺市出身。 アニメーション制作会社、株式会社スリー・ディ代表。「きらけいぞう」名義で活動することもある。 1968年、多摩美術大学日本画科卒業後、鈴木伸一、石ノ森章太郎、藤子不二雄、赤塚不二夫らが設立したアニメーション制作会社「スタジオ・ゼロ」に入社。 1970年12月に解散が決まり、一旦はフリーとなるが、翌1971年10月、赤塚にスカウトされるかたちでフジオ・プロのグループ企業「不二アートフィルム」の設立に参加。 コマーシャルやNHKの音楽番組『みんなのうた』や『おかあさんといっしょ』、フジテレビの『ひらけ!ポンキッキ』などのための実験的アニメーションやキャラクターデザインに携わる。
大藪 春彦(おおやぶ はるひこ、1935年〈昭和10年〉2月… 大藪 春彦(おおやぶ はるひこ、1935年〈昭和10年〉2月22日 - 1996年〈平成8年〉2月26日)は、日本の小説家、狩猟家。日本統治期の朝鮮・京城生まれ。日本におけるハードボイルド小説の先駆者の1人である。 アクション・エンターテインメント色の濃い作風で知られ、代表作には『野獣死すべし』『蘇える金狼』『汚れた英雄』などがある。作品の多くは電子書籍化され、映像化作品も多い。 1935年 2月22日、日本統治下の 京城(ソウル)で生まれ、年内に山形県酒田市へ移転。1941年、当時(「韓国併合ニ関スル条約」に基づき)大日本帝国の領地だった朝鮮半島北部の新義州に移転し、国民学校へ入学する。 1945年に父が応召。
菅 龍一(すが りゅういち、1933年 - )は、日本の劇作… 菅 龍一(すが りゅういち、1933年 - )は、日本の劇作家、児童文学作家、教育評論家。香川県高松市生まれ。 少年時代を山陰の禅寺で過ごす。 京都大学理学部物理学科卒業。32年間神奈川県立定時制高等学校教諭を務め退職。和光大学講師。1964年『女の勤行』で第10回岸田國士戯曲賞受賞。1982年『善財童子ものがたり』で第29回産経児童出版文化賞受賞。
咲村 観(さきむら かん、1930年1月1日 - 1988年… 咲村 観(さきむら かん、1930年1月1日 - 1988年4月24日)は、日本の小説家。 香川県高松市出身。 旧制高松中学、海軍兵学校、旧制高松中学、旧制六高を経て、東京大学法学部を卒業後、住友倉庫に入社し、1976年に退社。1977年に企業小説「左遷」を発表し、中間管理職の哀歓を描いて話題となる。サラリーマン小説を多く書き、のち歴史小説も書いた。1988年に58歳で他界。
田尾 壱良(たお いちりょう、1927年10月27日 - 2… 田尾 壱良(たお いちりょう、1927年10月27日 - 2011年4月28日)は、香川県の郷土刀研究者、銃砲刀剣類登録審査員、彫金作家。社会生活においては「壱良」の漢字を使用したが、彫金作品には「一良」「壹良」なども使っている。戸籍上は「壹良」。刀身彫りのほか、鍔や目貫などの刀装具を多く制作した。 1927年(昭和2年)10月27日、香川県善通寺市に田尾織之助、ツヤの長男として生まれる。織之助の父母、弥之助とトミは明治35〜36年頃から昭和2年頃まで善通寺市中通り2丁目で金物店を営んでいた。当時、田尾金物店は善通寺一大きい店であった。織之助は銀行員だったが、昭和初期の世界的な恐慌と国内の不況で銀行が倒産し失業。
香川 茂(かがわ しげる、1920年4月14日 - 1991… 香川 茂(かがわ しげる、1920年4月14日 - 1991年5月13日)は、日本の児童文学作家、教育評論家。 香川県高松市中新町出身。旧制高松中学から日本大学(芸術科)に進むも中退し、香川県師範学校を卒業。 終戦まで北支と満洲で軍隊生活を送る。戦後、高松市内の小・中学校で教鞭をとった。1951年に上京。川越市立富士見中学校を振り出しに、1960年志木市立志木中学校の校長となり、1980年新座市立新座中学校の校長を最後に退職した。 その間作家として活動、1967年「セトロの海」で野間児童文芸賞、1980年「高空10000mのかなたで」で小学館文学賞受賞。 「中学生文学」を創刊し、編集長を務めて文学教育にも取り組んだ。
中川 幸夫(なかがわ ゆきお、1918年7月25日 - 20… 中川 幸夫(なかがわ ゆきお、1918年7月25日 - 2012年3月30日)は、日本の前衛いけばな作家。華道家、芸術家。代表作に「花坊主」「魔の山」などがある。香川県出身。 敗戦直後の日本で勃興し、数年間の隆盛ののちに収束した「前衛いけ花」の活動家として知られる。この頃には中川のほかに勅使河原蒼風、小原豊雲、中山文甫らが同様の活動をしていた。この極めてアーティスティックな花の表現運動は「流派」という大きな流れを頂点とするいけ花界ヒエラルキーをどのように維持してゆくかに執着する動きにはあわず、「古典のみなおし」という建前によって後退、収束を余儀なくされた。中川は「流派」に属さず「流派」を持たないことで、唯一「前衛いけ花」作家でありつづける事を貫いた。
島 比呂志(しま ひろし、1918年7月23日 - 2003… 島 比呂志(しま ひろし、1918年7月23日 - 2003年3月22日)は、日本の小説家。本名 岸上薫(きしうえ かおる)。 香川県観音寺市出身。旧制香川県立三豊中学校、東京高等農林学校獣医学科卒業。 1940年(昭和15年)東京高等農林学校卒業後、満洲国立大陸科学院獣疫研究所に勤務。1943年(昭和18年) 東京高等農林専門学校(現 東京農工大学)助教授に就任。 1947年(昭和22年)6月、ハンセン病を発病し、国立療養所大島青松園に入所。1948年(昭和23年)6月、国立療養所星塚敬愛園へ転園。1958年(昭和33年)より、同人雑誌『火山地帯』を主宰。1990年(平成2年)6月、エイズ裁判原告赤瀬範保から「癩患者はなぜ怒らないのか?」という手紙を受け取る。
徳永真一郎(とくなが しんいちろう、1914年6月1日 - … 徳永真一郎(とくなが しんいちろう、1914年6月1日 - 2001年12月5日)は、歴史小説家。元毎日新聞編集局参与。本名は德永眞一。地域的には主に近江を舞台に、時代的には戦国時代および幕末を舞台に、歴史上の人物を描写した作品を発表し続けた。 香川県綾歌郡飯山町(現在の丸亀市)に生まれる。旧制高松中学校(現、香川県立高松高等学校)を卒業。 1940年に毎日新聞社入社。毎日新聞社鳥取支局長、大津支局長、学生新聞編集部長などの職を歴任した。学生新聞編集部に在籍中に連載した「少年三国志」が東映から映画化された。 1964年(昭和39年)に吉川英治賞を受賞。1969年(昭和44年)に55歳で退職。1971年(昭和46年)から1975年(昭和50年)までの4年をびわ湖放送局で常務の職にあった。
十返 肇(とがえり はじめ、1914年〈大正3年〉3月25日… 十返 肇(とがえり はじめ、1914年〈大正3年〉3月25日 - 1963年〈昭和38年〉8月28日)は、香川県出身の作家、文芸評論家、編集者。 本名は十返 一(とがえり はじめ)。筆名=大方宗多(オオカタ ソウダ)。 高松市生まれ。料亭・淀川楼の長男に生まれる。 旧制高松中学校を経て、1935年(昭和10年)日本大学芸術科卒業。在学中から中河与一主宰「翰林」の同人となり、文芸時評を連載。東京市麹町区土手三番町に下宿していたとき、近所の吉行エイスケに師事。 森永製菓宣伝部に勤務。後に、第一書房に入社して「新文化」(「セルパン」改題) 編集長。 戦後、丹羽文雄に勧められて十返肇という筆名を名乗る。
中原 淳一(なかはら じゅんいち、1913年〈大正2年〉2月… 中原 淳一(なかはら じゅんいち、1913年〈大正2年〉2月16日 - 1983年〈昭和58年〉4月19日)は、日本の画家、ファッションデザイナー、編集者、イラストレーター、人形作家。 妻は宝塚歌劇団元男役トップスターの葦原邦子。長女芙蓉、長男洲一、次男蒼二、次女すみれの二男二女があり、長男は画家。姪はシャンソン歌手の中原美紗緒。俳優・声優の加古臨王は孫。 先祖は物部姓中原氏といわれる。 幼少の時より絵や造形に才能を示し、18歳の時、趣味で作ったフランス人形が認められて東京の百貨店で個展を開催。それがきっかけで雑誌『少女の友』の挿絵、口絵、表紙絵、付録等を手掛けるようになり、一世を風靡する人気画家となる。
河田 誠一(かわだ せいいち、1911年〈明治44年〉11月… 河田 誠一(かわだ せいいち、1911年〈明治44年〉11月23日 – 1934年 〈昭和9年〉2月3日)は、香川県出身の日本の詩人であり小説家。 早稲田大学第二高等学院では田村泰次郎と出会い、深い交流があったほか井上友一郎や坂口安吾などと文学活動を行った。文芸誌『東京派』や『桜』を創刊し、豊かな才能を認められながらも、結核により22歳で没した。 あまり知られた存在ではないが、詩人・作家として昭和初期に期待されたホープであった。代表作は「新城榛名の手記」『河田誠一詩集』。 1911年(明治44年)に香川県三豊郡仁尾町中津賀(現在の三豊市)に父武治、母マスノの間に4人兄弟の次男として生まれる。生まれてすぐ叔母の家に預けられるものの5歳ごろに実家に戻る。
山田 克郎(やまだ かつろう、1910年11月5日 - 19… 山田 克郎(やまだ かつろう、1910年11月5日 - 1983年4月26日)は、日本の小説家。 朝鮮・釜山生まれ(石川県金沢市とするものもある)。本名・克朗。 旧制中学3年のときに父の故郷である香川県香川郡香西町(現・高松市香西南町)に移り、高松中学校に転入する。 1936年、早稲田大学商学部卒。 1937年、処女作「燈台視察船」を『オール讀物』に発表。 1941年、最初の単行本『翼の饗宴』を上梓、以後、旺盛な作家活動を戦中、戦後と続ける。 海洋もの作家として活躍し、戦後、1949年に「海の廃園」(『文藝読物』発表)で直木賞受賞。 日本テレビ放送網でテレビドラマ化された『快傑ハリマオ(原作名『魔の城』)』の原作者として知られる。
神崎 清(かんざき きよし、1904年8月31日 - 197… 神崎 清(かんざき きよし、1904年8月31日 - 1979年3月2日)は、日本の小説家、文筆家。 島本 志津夫(しまもと しづお)の筆名も用いた。 香川県高松市出身。旧姓は河野であった。 兵庫県立第二神戸中学校(現・兵庫県立兵庫高等学校)から大阪高等学校に進学。大阪高等学校在学中の1925年に大阪で創刊された文芸同人誌『辻馬車』に藤沢桓夫らとともに参加。 東京帝国大学文学部国文科を1928年に卒業。卒業後、大森高等女学校(現・三田国際学園中学校・高等学校)の教員を務めたが、思想的な理由により1930年に退職に追い込まれる。以後、文筆業に就く。 島本志津夫名義で映画『女學生と兵隊』の原作も手がけた。
三上秀吉(みかみ ひできち、1893年6月1日 - 1970… 三上秀吉(みかみ ひできち、1893年6月1日 - 1970年10月2日)は、日本の作家。和歌山県生まれ。旧姓・龍田、結婚して三上姓となる。香川県立高松中学校卒。『婦人之友』編集長ののち志賀直哉に師事。娘の三上慶子も作家で、戦時中熊本県球磨郡に家族で疎開、1951年慶子とともに西日本新聞文化賞を受賞。
竹田 敏彦(たけだ としひこ、1891年〈明治24年〉7月1… 竹田 敏彦(たけだ としひこ、1891年〈明治24年〉7月15日 - 1961年〈昭和36年〉11月15日)は、日本の劇作家、小説家。本名は敏太郎。 1891年(明治24年)7月15日、香川県仲多度郡多度津町本町の資産家に生れる。香川県丸亀尋常中学校に入る頃までは家庭も安定していたが、4年生の頃、父が事業に失敗し、一家は大阪へ移り住む。 敏彦は働いて家計を助けなければならず、石炭人夫、人力車夫、沖仲仕、風呂屋の釜焚きなど、様々な肉体労働に従事した。この頃、重労働のために失明寸前になるという出来事もあった。そんな生活の中で仕事や将来への不安に襲われ、悩みぬいた挙句上京し、早稲田大学に入学。按摩などに従事して苦学した。
前田 伍健(まえだ ごけん、1889年1月5日 - 1960… 前田 伍健(まえだ ごけん、1889年1月5日 - 1960年2月11日)は香川県高松市出身の川柳作家である。本名は久太郎。 父は画家の前田北水。ペンネームの由来は五剣山から始まり、五剣、五健を経て、伍健となる。 地元の旧制高松中学校(現・香川県立高松高等学校)を卒業後、愛媛県松山市に出て、現在の伊予鉄道に入社した。在勤中は東京の窪田而笑子(1867年〜1928年)の弟子となり、「媛傘」「番傘」など津々浦々の川柳雑誌の客員として活躍した。 絵は父である北水から始まり、堂本印象、近藤浩一路の指導を受けた後、村上霽月(1869年〜1946年)と出会い、川柳作家として普及活動を行った。愛媛県川柳文化連盟の初代会長となる。
大杉 栄(おおすぎ さかえ、大杉榮、1885年〈明治18年〉… 大杉 栄(おおすぎ さかえ、大杉榮、1885年〈明治18年〉1月17日 - 1923年〈大正12年〉9月16日)は、日本の無政府主義者、思想家、作家、ジャーナリスト、翻訳家、社会運動家。エスペランティスト、自由恋愛主義者でもあった。 愛媛県那珂郡丸亀(現・香川県丸亀市)で生まれた。父親の大杉東(おおすぎ あずま)は愛知県海東郡越治村(現・愛知県津島市)出身の大日本帝国陸軍近衛師団の前身である常時陸軍の軍人で、代々庄屋の家系で親戚にも軍人が多数いる家庭環境だった。その後、東は東京に移って近衛少尉として勤務し、大隊長の仲介によって母・とよ(豊)と結婚した。栄は次男で、はる、きく、伸、まつゑ、勇、進、あき、あやめの兄弟姉妹がいる大家族だった。
足立 淳(あだち じゅん)は、日本の漫画家、元漫画原作者、同… 足立 淳(あだち じゅん)は、日本の漫画家、元漫画原作者、同人作家。香川県丸亀市出身。同人サークル「世田谷ボロ市」のちに「足立淳画廊」主宰。 漫画原作者として上野毛あさみの名義を使用していた。 2007年、『人間噂八百』(足立淳名義)、『ステージガールズ』(上野毛あさみ名義)でそれぞれデビュー。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。