山口 卓也(やまぐち たくや、1985年4月13日 - )は… 山口 卓也(やまぐち たくや、1985年4月13日 - )は、日本の政治家。佐賀県嬉野市長(1期)。 嬉野市出身。佐賀県立鹿島高等学校卒業。九州大学芸術工学部画像設計学科卒業。卒業後は福岡市役所、嬉野市役所に勤務した。2018年の嬉野市議会議員選挙に当選し、2期務める。 2025年10月1日に、翌年1月に行われる嬉野市長選挙に立候補することを表明。2026年1月の市長選挙では現職で自民党が推薦する村上大祐を破り、初当選を果たした。 ※当日有権者数:20,179人 最終投票率:66.78%(前回比: 0.1pts) 2月5日、市長に就任した。
甲斐田 晴子(かいだ はるこ 1981年〈昭和56年〉 9月… 甲斐田 晴子(かいだ はるこ 1981年〈昭和56年〉 9月8日 - )は、日本の政治家、実業家、社会起業家、プロデューサー。いきいき唐津株式会社のCEO兼代表取締役、映画館「THEATER ENYA」の館長。早稲田大学政治経済学部卒。フランスグルノーブル政治学院留学。早稲田大学17代総長田中愛治ゼミ第7期生。代表取締役を務めるまちづくり会社・いきいき唐津株式会社は、総務省が主催する令和6年度「ふるさとづくり大賞」最優秀賞である内閣総理大臣賞を受賞。2025年1月より唐津市議会議員。 1981年(昭和56年)、佐賀県唐津市生まれ。福岡女学院中学校卒業、佐賀県立唐津東高等学校を経て、早稲田大学政治経済学部卒業。
坂井 英隆(さかい ひでたか、1980年〈昭和55年〉5月7… 坂井 英隆(さかい ひでたか、1980年〈昭和55年〉5月7日 - )は、日本の政治家、弁護士、国土交通官僚。佐賀県佐賀市長(2期)。父は衆議院議員を務めた坂井隆憲。 佐賀県佐賀市生まれ。佐賀大学教育学部附属小学校、弘学館中学校・高等学校、東京大学法学部。2004年、慶應義塾大学法科大学院に入学、2006年に修了し、法務博士号を取得した。2008年、司法試験に合格し、弁護士登録の後、東京都内の法律事務所に勤務した。2014年、国土交通省に入省し、大臣官房や自動車局、鉄道局、水管理・国土保全局にて勤務した。 2021年、国土交通省を退官し、10月投開票の佐賀市長選挙に出馬する意向を表明した。8月には自由民主党佐賀県支部連合会が坂井の推薦を決定したが、県連内には別の候補を推す声もあり、自民党所属の佐賀市議会議員の半数は、連合佐賀が推薦し、市長選に出馬せず引退する意向を表明した秀島敏行が支持、立憲民主党佐賀県連が支援する、元・佐賀市地域振興部長の古賀臣介の支援に回った。
武広 勇平(たけひろ ゆうへい、1979年5月7日 - )は… 武広 勇平(たけひろ ゆうへい、1979年5月7日 - )は、日本の政治家。佐賀県上峰町長(4期)。 佐賀県三養基郡上峰町生まれ。東明館中学校・高等学校 、上智大学経済学部経営学科卒業。在学中は弁論部に所属。元・参院議員秘書。 2009年3月、前・町長(大川紀男)による公職選挙法違反の罪による公民権停止による失職に伴う上峰町長選挙に無所属で出馬して前副町長を破り初当選を果たした。就任時29歳10ヶ月で全国最年少首長。九州・山口地方で健全化判断比率(実質公債費比率23.7%)ワーストの町財政の健全化を掲げ2010年、町長給与を50%カット、職員給与を5%カットし身を切る改革を進めた。3人目以降の保育料の無償化を進め、財源を活用し身体の不自由な人のタクシーチケット支給制度を整備した。
渕上 綾子(ふちがみ あやこ、1975年1月16日 - )は… 渕上 綾子(ふちがみ あやこ、1975年1月16日 - )は、日本の政治家、トランスジェンダー。立憲民主党所属の北海道議会議員(2期)。 佐賀県小城市出身。男性として出生し、当時の名前は「大介」だったが、好意を持つのは小学生の頃より男性だった。1993年3月、佐賀県立小城高等学校卒業。1997年3月、富山大学理学部生物圏環境科学科卒業。1999年3月、北海道大学大学院地球環境科学研究科修了。同年、北海道大学低温科学研究所に勤務。2000年、農林水産省北海道農業試験場にて勤務。コメの品種改良に取り組む。 2001年にすすきののショークラブのダンサーとなる。2006年に性別変更し、戸籍名も改めた。ショークラブの客であった北海道議会議員の北口雄幸に誘われ、政界入りを決意する。
松尾 佳昭(まつお よしあき、1973年11月19日 - )… 松尾 佳昭(まつお よしあき、1973年11月19日 - )は、日本の政治家。元佐賀県西松浦郡有田町長(2期)、元有田町議会議員(3期)。 有田町出身。佐賀県立伊万里高等学校、福岡大学法学部を卒業した。卒業後は民間企業勤務を経て、参議院議員秘書となる。その後、再び民間企業に勤務した後、2006年に行われた有田町議会議員選挙に初当選し、3期務める。 2018年4月8日に行われた有田町長選挙に立候補し、現職の山口隆敏ら2候補を破り、初当選した。 ※当日有権者数:16,669人 最終投票率:72.84%(前回比:3.12pts) 2022年4月10日投開票の町長選で、理容業の新人候補を破り再選。 2026年4月12日投開票の町長選では3選を目指したが、元町財政課長の鷲尾佳英に敗れ落選。
一ノ瀬 裕子(いちのせ ゆうこ、本名・牟田裕子、1971年9… 一ノ瀬 裕子(いちのせ ゆうこ、本名・牟田裕子、1971年9月20日 - )は、日本の政治家、元アナウンサー。佐賀県県議会議員(2期)。 佐賀県佐賀市出身。佐賀大学教育学部附属小学校、同中学校、佐賀西高校を経て早稲田大学に進学。卒業後の1994年に地元佐賀のサガテレビに入社し、1998年にフリーアナウンサーとして独立。アナウンサーとしてはニュース番組のキャスターや情報番組のMCを務めたほか、めざましテレビでの佐賀からの中継リポーターも担当した。また自治体・企業による各種シンポジウムのコーディネーター、講演会やイベントの司会、全国植樹祭や赤十字大会など皇室が関係する行事での式典司会なども務めた。 2019年、佐賀県議会議員選挙の佐賀市選挙区に無所属で立候補を表明。
向門 慶人(むかいかど よしひと、1971年〈昭和46年〉1… 向門 慶人(むかいかど よしひと、1971年〈昭和46年〉1月21日 - )は、日本の政治家。佐賀県鳥栖市長(1期)。佐賀県議会議員(4期)、鳥栖市議会議員(2期)を務めた。 佐賀県鳥栖市出身。佐賀県立鳥栖高等学校、福岡大学商学部卒業。大学3年の時に山下徳夫衆議院議員の秘書を務めていた父が急逝。大学卒業後、自身も東京都内で6年間山下の秘書を務め、山下の政界引退を機に帰郷し2001年の鳥栖市議選で初当選。市議を2期め、2007年からは佐賀県議会議員を4期を務める。2021年7月には自由民主党佐賀県連幹事長に就任。 2022年10月、翌年2月の鳥栖市長選挙への立候補を表明し、2023年1月16日付で県議を辞職。
樋渡 啓祐(ひわたし けいすけ、1969年〈昭和44年〉11… 樋渡 啓祐(ひわたし けいすけ、1969年〈昭和44年〉11月18日 - )は、日本の政治家、連続起業家(シリアル・アントレプレナー)、一般社団法人理事・理事長、経営者。樋渡社中株式会社代表取締役、宇多津町まちづくりアドバイザー、一般社団法人巨樹の会理事、株式会社地域経済活性化支援機構社外取締役、関西学院大学大学院客員教授、一般社団法人全国空き家バンク推進機構理事長。 前武雄市長(3期)、2015年にCCCが設立した子会社ふるさとスマホ株式会社(後に株式会社TSUTAYAに吸収合併され解散)の代表取締役社長に就任、2016年から会長だった。2017年1月18日にホワイトテクノロジー株式会社を設立し、2018年8月31日まで代表取締役だった。
本山 博幸(もとやま ひろゆき、1969年9月28日 - )… 本山 博幸(もとやま ひろゆき、1969年9月28日 - )は、日本の政治家、建築士。神奈川県松田町長(4期)。 佐賀県武雄市出身。東海大学工学部卒業。2000年(平成12年)頃、松田町に移り住んだ。住宅建築会社社長を務める。 2013年(平成25年)9月8日に行われた松田町長選挙に立候補。現職の島村俊介との一騎打ちを制し初当選した。9月23日、町長就任。 2017年(平成29年)、再選を果たす。2021年(令和3年)、3選。 その後、2025年(令和7年)9月に改選を迎える直前に、2014年(平成26年)に定めていた「連続して3期を超えて在任することのないよう努める」とするいわゆる多選自粛条例の廃止を求める住民の直接請求が町議会で審議され、同年5月3日に条例廃止を賛成多数で可決している。
實松 尊徳(さねまつ たかのり、1966年(昭和41年)11… 實松 尊徳(さねまつ たかのり、1966年(昭和41年)11月30日 - )は、日本の政治家、元地方公務員。佐賀県神埼市長(1期)。 佐賀県千代田町(現・神埼市)出身。佐賀県立神埼高等学校、久留米大学を卒業。 1991年佐賀県庁に入庁。さが創生推進課長、人事課長、秘書課長、政策部副部長、文化・観光局長、健康福祉部長などを務める。 2024年3月28日に県庁を退職し、翌29日に前市長の内川修治が同市のふるさと納税PR強化事業を巡る官製談合事件で辞職したことに伴う神埼市長選挙(4月21日告示、4月28日投開票)への立候補を表明した。 選挙戦は、医師の細川博司との一騎打ちとなり地元選出の国会議員や周辺市町村長らの支援を受け大差で初当選したが投票率は、前回を大幅に下回った。
岡本 三成(おかもと みつなり、1965年〈昭和40年〉5月… 岡本 三成(おかもと みつなり、1965年〈昭和40年〉5月5日 - )は、日本の政治家。中道改革連合所属の衆議院議員(6期)、同党政務調査会長。 シティバンク、ゴールドマン・サックス証券を経て、2012年に衆議院議員に初当選。外務大臣政務官、財務副大臣、衆議院経済産業委員長、公明党政務調査会長などを歴任した。 1965年(昭和40年)5月5日、佐賀県鳥栖市に4人兄弟の末っ子として生まれる。中学時代は野球部に所属。中学卒業後は佐賀県立鳥栖高等学校に進学し、バンド活動でギターとボーカルを担当した。 1989年(平成元年)、創価大学経営学部を卒業。在学中はイギリス・スコットランドのグラスゴー大学に留学した。
吉田 久美子(よしだ くみこ、1963年〈昭和38年〉7月1… 吉田 久美子(よしだ くみこ、1963年〈昭和38年〉7月19日 - )は、日本の政治家。公明党所属の元衆議院議員(1期)。 佐賀県鳥栖市出身。鳥栖高等学校を経て、1986年に佐賀大学教育学部卒業。1998年1月から「ダイオキシンから生命を守る母の会」、2016年3月から「女性の声で輝く未来を開く会(福岡ミモザの会)」の代表を務める。 2017年、第48回衆議院議員総選挙の比例九州ブロックに公明党公認で立候補し、落選。 2021年、第49回衆議院議員総選挙の比例九州ブロックに公明党公認で立候補し、当選した。 2024年、第50回衆議院議員総選挙の比例九州ブロックに公明党公認で立候補し、落選。 政治とかかわるきっかけは、1997年に日本におけるダイオキシン問題についての新聞記事を読んだこと。
坂井 俊之(さかい としゆき、1961年(昭和36年)8月5… 坂井 俊之(さかい としゆき、1961年(昭和36年)8月5日 - 2019年(令和元年)7月11日)は、日本の政治家。唐津市長(4期),佐賀県議会議員(1期)などを務めた。 佐賀県唐津市出身。佐賀県立唐津西高等学校(24期)を経て、国士舘大学文学部中退。 1999年、佐賀県議会議員選挙に自民党公認で立候補し初当選。 2003年4月27日に行われた旧唐津市長選挙に自民党・公明党の推薦を受けて立候補し、初当選。 2005年1月1日、旧唐津市は東松浦郡呼子町、鎮西町、肥前町、相知町、厳木町、浜玉町、北波多村と合併して新たな唐津市となった。これに伴って同年2月6日に行われた市長選に自民党・公明党の推薦を受けて立候補し、旧・相知町長の大草秀幸を破り当選を果たす。
川崎 稔(かわさき みのる、川﨑 稔、1961年3月7日 ‐… 川崎 稔(かわさき みのる、川﨑 稔、1961年3月7日 ‐ )は、日本の政治家。参議院財政金融委員長、参議院議員(1期)を務めた。 佐賀県佐賀市生まれ。佐賀県立佐賀西高等学校、1984年京都大学経済学部卒業。1984年、日本銀行に入行。日銀新潟支店総務課長や本店経営企画室調査役を経て、2004年に退職。 同年、第20回参議院議員通常選挙に佐賀県選挙区から民主党公認で出馬したが、自由民主党現職の岩永浩美に惜敗し、落選。2007年、第21回参議院議員通常選挙に再び佐賀県選挙区から民主党公認で出馬し、自民党新人の川上義幸を破り初当選を果たした。佐賀県選挙区では、それまで自民党(前身の自由党も含む)が21回連続(補欠選挙1回を含む)で議席を獲得していたが、この時初めて野党系候補に敗れた。
渕上 隆信(ふちかみ たかのぶ、1961年〈昭和36年〉2月… 渕上 隆信(ふちかみ たかのぶ、1961年〈昭和36年〉2月11日 - )は、日本の政治家。元福井県敦賀市長(2期)、全国原子力発電所所在市町村協議会会長。元・敦賀市議会議員(1期)。 佐賀県生まれの長崎県育ち。佐賀県立白石高等学校出身。1984年(昭和59年)3月、九州大学理学部化学科卒業。同年4月、東洋紡績株式会社に就職。以後数社の会社に転職し、1995年(平成7年)、行政書士・土地家屋調査士事務所を開業する。 2007年(平成19年)4月、敦賀市議会議員選挙に出馬し初当選。 2011年(平成23年)4月24日に行われた敦賀市長選挙に出馬するも現職の河瀬一治に敗れ、次点で落選。 2015年(平成27年)4月26日に行われた敦賀市長選挙に出馬。
峰 達郎(みね たつろう、1960年〈昭和35年〉8月19日… 峰 達郎(みね たつろう、1960年〈昭和35年〉8月19日 - )は、日本の政治家、薬剤師。佐賀県唐津市長(3期)。元佐賀県議会議員(3期)、元唐津市議会議員(2期)。 佐賀県唐津市山本出身。佐賀県立唐津東高等学校、第一薬科大学薬学部卒業。薬剤師として有限会社峰薬局の取締役を務める。 1995年(平成7年)、亡父の峰政登市議の地盤を引き継ぎ、旧唐津市議会議員選挙に初当選。1999年(平成11年)、再選。 2003年(平成15年)、佐賀県議会議員選挙に初当選。2007年(平成19年)に再選。2011年(平成23年)に3選。県議時代は自由民主党に所属した。 2013年(平成25年)1月27日に行われた唐津市長選挙に立候補するも、現職の坂井俊之に敗れ次点で落選。
南里 隆(なんり たかし、1960年(昭和35年)4月27日… 南里 隆(なんり たかし、1960年(昭和35年)4月27日 - )は、日本の政治家。佐賀県小城市長(1期)、元佐賀県副知事。 佐賀県小城郡牛津町(現・小城市)生まれ。佐賀県立小城高等学校、佐賀大学経済学部卒業後、1984年に佐賀県庁入庁。総務部副部長や産業労働部副部長、地域交流部長を経て、2021年3月に定年退職し、同7月から副知事を務めた。2024年12月27日、副知事を退任。 2025年3月23日投開票の小城市長選挙に立候補し、南里が元教育総務課長の高塚誠を217票差で破り、初当選した。
木下 敏之(きのした としゆき、1960年〈昭和35年〉2月… 木下 敏之(きのした としゆき、1960年〈昭和35年〉2月12日 - )は、日本の政治家、農林水産官僚。参政党所属の衆議院議員(1期)。 東京大学法学部卒業。佐賀市長を2期務め、福岡大学経済学部産業経済学科教授などを歴任した。2025年3月に福岡大学を定年退職し、現在は同大学の非常勤講師として「九州経済論」と「情報社会と経済」を担当している。 佐賀市生まれ。母方の叔父2人が陸軍少佐(日華事変で戦死)と学徒動員(ミャンマーで戦死)で、父も陸軍士官学校の軍人だった。 佐賀大学教育学部附属小学校、ラ・サール中学校・高等学校、東京大学法学部第2類(公法コース)卒業。1984年(昭和59年)、農林水産省に入省した。
古川 康(ふるかわ やすし、1958年〈昭和33年〉7月15… 古川 康(ふるかわ やすし、1958年〈昭和33年〉7月15日 - )は、日本の政治家、自治・総務官僚。自由民主党所属の衆議院議員(5期)、衆議院総務委員長、自由民主党佐賀県支部連合会長。 佐賀県知事(第55・56・57代)、総務大臣政務官、国土交通大臣政務官、国土交通副大臣を歴任。息子は衆議院議員の古川あおいである。 佐賀県唐津市生まれ。佐賀大学教育学部附属中学校、ラ・サール高等学校、東京大学法学部第3類(政治コース)卒業。1982年、自治省(現・総務省)に入省。本省勤務の他、長野県や沖縄県、岡山県、長崎県に出向する。1997年9月、第2次橋本改造内閣で自治大臣に任命された上杉光弘の秘書官を務める。
田中 茂(たなか しげる、1957年11月27日 - )は、… 田中 茂(たなか しげる、1957年11月27日 - )は、日本の政治家。参議院議員(1期)を務めた。 福岡県生まれ、佐賀県武雄市出身。武雄市立武雄小学校、武雄市立武雄中学校、佐賀県立武雄高等学校、クレイトン大学教養学部政治学科卒業。 広告代理店東急エージェンシー勤務を経て、1987年に中曽根康弘(第71 - 73代内閣総理大臣)事務所に入所。1993年12月より、中曽根の秘書、公設第一秘書、政策秘書を務める。 2010年7月の第22回参議院議員通常選挙にみんなの党公認で比例区から立候補したが、落選した。2014年3月に同党から当選していた藤巻幸夫が死去したことに伴い、同選挙におけるみんなの党比例区名簿にて、11位となっていた田中を繰り上げ当選とすることが、同年3月28日に行われた中央選挙管理会の選挙会で決定した(みんなの党の獲得議席数は7でその時点までで8位から10位の3人が既に繰り上げ当選していたため11位の田中が当選となった)。
田中 茂(たなか しげる、1957年11月27日 - )は、… 田中 茂(たなか しげる、1957年11月27日 - )は、日本の政治家。前参議院議員(1期)。
松田 一也(まつだ かずや、1957年5月9日 - )は、日… 松田 一也(まつだ かずや、1957年5月9日 - )は、日本の政治家、経産官僚。佐賀県基山町長(3期)。 佐賀県基山町出身。佐賀県立鳥栖高等学校、九州大学経済学部卒業。1981年4月、通商産業省に入庁。福岡通商産業局に配属される。 2003年(平成15年3月)、文部科学省に出向。九州大学大学院工学研究院助教授に就任。2014年(平成26年)4月、基山町副町長に就任。 2016年(平成28年)2月2日公示、2月7日執行の基山町長選挙に立候補し、無投票で初当選。2月20日、町長に就任。 2020年(令和2年)、前町議の久保山義明を破り再選。
脇山 伸太郎(わきやま しんたろう、1956年〈昭和31年〉… 脇山 伸太郎(わきやま しんたろう、1956年〈昭和31年〉8月22日 - )は、日本の政治家。佐賀県東松浦郡玄海町長。 佐賀県東松浦郡(現・玄海町)出身。佐賀県立唐津東高等学校を経て福岡大学経済学部卒業。 2001年9月、玄海町議会議員に初当選。5期に亘り、玄海町国際交流会理事、佐賀県商工会青年部連合会利委員、総務文教常任委員長、産業建設常任委員長などを歴任するなど数々の役職として活動した。 2018年7月24日、玄海町長選挙にて元町議中山敏夫に638票差の2199票を獲得し初当選し、2018年8月より現職。 2024年4月26日、玄海町議会は、飲食業組合や旅館組合など地元3団体がそれぞれ出した、原子力発電所から出る高レベル放射性廃棄物の最終処分場の選定へ向けた文献調査に応募するよう求める請願を賛成多数で採択。
横尾 俊彦(よこお としひこ、1956年〈昭和31年〉5月5… 横尾 俊彦(よこお としひこ、1956年〈昭和31年〉5月5日 - )は、日本の政治家。元佐賀県多久市長(7期)。 佐賀県多久市生まれ。佐賀県立小城高等学校卒業。1980年、慶應義塾大学法学部を卒業し、松下幸之助が創設した財団法人松下政経塾に入塾(第1期生)。同期生には野田佳彦(第95代内閣総理大臣・立憲民主党衆議院議員)、逢沢一郎(自由民主党衆議院議員)、小野晋也(元衆議院議員)、岡田邦彦(元松下政経塾塾頭)らがいる。カナダ留学を経て、松下政経塾を卒塾後は地元・佐賀県多久市に帰郷し、市民運動に参加。1992年、松下政経塾の評議員を務めていた細川護煕の動きに呼応し、日本新党結党に参画。翌1993年の第40回衆議院議員総選挙に佐賀県全県区(定数5)から日本新党公認で出馬したが、得票数7位で落選。
深浦 弘信(ふかうら ひろのぶ、1956年(昭和31年)3月… 深浦 弘信(ふかうら ひろのぶ、1956年(昭和31年)3月17日 - )は、日本の政治家。佐賀県伊万里市長(2期)。 佐賀県伊万里市立花町渚に生まれる。伊万里市立大坪小学校、伊万里市立伊万里中学校、佐賀県立伊万里高等学校、九州大学経済学部卒業。伊万里市役所に入庁。伊万里情報センターの設立に参画。有志で情報誌『いっと』を創刊した。総務部情報推進課長、水道部管理課長、総務部契約監理課長、水道部長、産業部長。2016年(平成28年)3月、伊万里市役所を定年退職。 2017年(平成29年)12月20日、任期満了に伴う伊万里市長選挙に立候補する意向を表明。 2018年(平成30年)4月15日に行われた伊万里市長選挙に無所属で出馬。
橋本 康志(はしもと やすし、1956年〈昭和31年〉1月1… 橋本 康志(はしもと やすし、1956年〈昭和31年〉1月11日 - )は、日本の政治家、実業家。前佐賀県鳥栖市長(4期)。 佐賀県鳥栖市出身。鳥栖市立鳥栖中学校、佐賀県立鳥栖高等学校卒業。1979年(昭和54年)3月、早稲田大学商学部卒業。同年4月、富士通に就職。システムエンジニアとして、主に国立大学病院のシステム開発を担当する。1986年(昭和61年)3月、富士通を退職。同年4月、株式会社中央軒に入社。5月に同社の代表取締役に就任。2006年(平成18年)12月、同社を退職。 2007年(平成19年)2月18日執行。自民党・公明党の推薦を受けた現職の牟田秀敏を破り初当選。3月15日、市長就任。
松尾 勝利(まつお かつとし、1954年8月5日 - )は、… 松尾 勝利(まつお かつとし、1954年8月5日 - )は、日本の政治家。佐賀県鹿島市長(1期)、元鹿島市議会議員(4期)。 佐賀県鹿島市出身。佐賀県立鹿島高等学校出身。長崎大学水産学部卒業後、鹿島市内の実家に戻り農漁業を継ぎ、2008年からは佐賀県有明海漁業協同組合で監事及び鹿島支所の運営委員長も務めた。2007年に有明海漁協の仲間から「漁業者の声を議会に届けてほしい」と後押しされ、鹿島市議に初当選し、4期務めた。 2021年12月22日、翌年4月の鹿島市長選挙への立候補を表明し、2022年1月11日付で市議を辞職。4月24日の投開票の結果、元市議の稲富雅和を1,412票差で破り、初当選を果たした。
広津 素子(ひろつ もとこ、1953年5月16日 - )は、… 広津 素子(ひろつ もとこ、1953年5月16日 - )は、日本の政治家、元衆議院議員(1期)。公認会計士。戸籍上の氏名は平林 素子(ひらばやし もとこ)。 佐賀県唐津市出身。唐津市立外町小学校、唐津市立第一中学校、佐賀県立唐津東高等学校卒業。高等学校時代は、旺文社全国実力テストで日本一になった。1977年、東京大学医学部保健学科卒業。1982年から中央青山監査法人(プライスウォーターハウスクーパース)や朝日監査法人(アーサー・アンダーセン)、KPMGにおいて公認会計士・税理士として活動、その後LEC会計大学院の教授を務めた。 2005年9月11日の第44回衆議院議員総選挙(郵政選挙)では、元自治大臣で旧橋本派(平成研究会)であった保利耕輔のいわゆる刺客として、佐賀3区から立候補した。
古賀 敬章(こが たかあき、1953年4月25日 - )は、… 古賀 敬章(こが たかあき、1953年4月25日 - )は、日本の政治家。 衆議院議員(2期)、山口県議会議員(2期)を務めた。 佐賀県佐賀市で生まれ、山口県下関市で育つ。ラ・サール中学校・高等学校、東京大学法学部卒業。東大卒業後、全日本空輸に入社。 1983年、大学時代の親友である中川昭一の第37回衆議院議員総選挙出馬に伴い全日空を退社し、北海道で中川の選挙を手伝う。中川の初当選後、郷里の山口県下関市に戻り、山口県議会議員選挙に無所属で出馬して初当選した。当選後、自由民主党に入党。 県議時代は自民党山口県連青年局長を務め、下関市が地盤の安倍晋太郎の薫陶を受け媒酌人も務めてもらった。しかし安倍が死去した後、山口県連内の主導権争い(安倍晋太郎系列、林義郎系列の対立)や晋太郎の後継争い(晋太郎の二男・安倍晋三が擁立された)に巻き込まれ、古賀は自民党を離党し、1993年に新生党入党。
江里口 秀次(えりぐち しゅうじ、1952年(昭和27年)1… 江里口 秀次(えりぐち しゅうじ、1952年(昭和27年)10月30日 - )は、日本の政治家。元佐賀県小城市長(5期)、元小城町長(2期)。 佐賀県小城町(現小城市)出身。小城町立(現:小城市立)小城中学校、佐賀県立小城高等学校、西南学院大学商学部卒業。小城町長を2期務める。 2005年(平成17年)3月1日に小城郡4町(小城町・三日月町・牛津町・芦刈町)が合併して小城市が誕生。これに伴って同年4月10日に行われた小城市長選挙に出馬。佐賀県知事特別補佐の北島悦子、旧三日月町長の林富佳ら2候補を破り初当選した(江里口:12,723票、北島:6,741票、林:5,915票)。 2009年(平成21年)、無投票で再選。
松本 茂幸(まつもと しげゆき、1950年〈昭和25年〉8月… 松本 茂幸(まつもと しげゆき、1950年〈昭和25年〉8月2日 - )は、日本の政治家。佐賀県神埼市長(4期)、神埼町長(1期)などを歴任した。 佐賀県神埼町本堀出身。神埼町立神埼中学校、佐賀県立神埼高等学校卒業。1969年(昭和44年)4月、神埼町役場に採用される。1976年(昭和51年)、東洋大学法学部(通信教育)を卒業。2004年(平成16年)5月、役場を退職。 2005年(平成17年)2月に行われた神埼町長選挙に立候補し初当選。 2006年(平成18年)3月20日、神埼町・千代田町・脊振村の2町1村が合併して神埼市が誕生。これに伴って行われた市長選に立候補し初当選、以降4選。 2022年(令和4年)4月17日に行われた神埼市長選挙で、無所属新人の内川修治に破れ、落選。
塚部 芳和(つかべ よしかず、1949年(昭和24年)12月… 塚部 芳和(つかべ よしかず、1949年(昭和24年)12月29日 - )は、日本の政治家。元佐賀県伊万里市長(4期)。 佐賀県伊万里市出身。佐賀県立伊万里高等学校卒業。1973年(昭和48年)3月、佐賀大学農学部農業土木科卒業。同年4月、伊万里市役所に入所。建設部副部長などを務めたのち、2001年(平成13年)10月5日、退職。 2002年(平成14年)4月21日に行われた伊万里市長選挙に無所属で立候補。現職の川本明市長を破り初当選(塚部:17,976票、川本:15,067票)。4月27日、市長就任。 2006年(平成18年)の市長選で2選(無投票)。2010年(平成22年)の市長選で3選。2014年(平成26年)の市長選で4選(無投票)。
伊東 健吾(いとう けんご、1947年6月 - )は、日本の… 伊東 健吾(いとう けんご、1947年6月 - )は、日本の政治家。 佐賀県神埼郡吉野ヶ里町長(3期)。 佐賀県立神埼高等学校卒業。神埼郡三田川町職員、上豆田区長、中部営農生産組合長、吉野ヶ里町議会議員、吉野ヶ里町議会議長を務めた。2018年3月25日投開票の町長選挙で、現職の多良正裕との一騎打ちを僅差で破り、初当選した。 2022年4月10日投開票の町長選挙で多良との一騎討ちを制し再選。 2026年4月12日投開票の町長選挙で元町議ら3人を破り3選。 2025年9月16日、吉野ケ里町は2024年11月に死亡した財政協働課長の男性に対する伊東の発言がパワハラに該当するとの第三者委員会の調査報告書を公表した。
大草 秀幸(おおくさ ひでゆき、1947年4月2日 - 20… 大草 秀幸(おおくさ ひでゆき、1947年4月2日 - 2019年6月12日)は、日本のジャーナリスト、政治家、社会運動家。元佐賀県相知町長(2期)。 佐賀県唐津市生まれ。佐賀県立唐津東高等学校、日本大学法学部新聞学科卒業。1970年(昭和45年)に佐賀新聞社へ入社。記者を経て、編集局次長や販売局長などを歴任。 記者時代の連載「ガン制圧への道」は日本対がん協会賞を受賞した(受賞は佐賀新聞社)。1999年(平成11年)に退職。翌年、相知町(現唐津市)の町長選で初当選し、2期務めた。市町村合併に伴い、2005年の唐津市長選に出馬したが、坂井俊之に敗れ落選した。 その後は左派活動に携わり、「憲法理念の実現をめざす第55回大会(護憲大会)」佐賀県実行委員長、悪魔の飽食佐賀合唱団団長、「戦争をさせない佐賀県1000人委員会」代表や、国政選挙で野党共闘を支援する「市民連合さが」の代表代行を務め、2019年の参院選で野党候補一本化の調整役を務めていた。
今村 雅弘(いまむら まさひろ、1947年〈昭和22年〉1月… 今村 雅弘(いまむら まさひろ、1947年〈昭和22年〉1月5日 ‐ )は、日本の政治家。カンボジア首相顧問。 衆議院議員(9期)、国土交通大臣政務官(第2次森改造内閣)、外務大臣政務官(第1次小泉内閣)、農林水産副大臣(第1次安倍改造内閣・福田康夫内閣)、衆議院決算行政監視委員長、衆議院国土交通委員長、復興大臣(第6代)等を務めた。 佐賀県鹿島市生まれ。佐賀県立鹿島高等学校、東京大学法学部第2類(公法コース)卒業。1970年、日本国有鉄道に入社した。国鉄では主に人事・労務関係の部署に所属し、民営化後の九州旅客鉄道では経営管理室長や関連事業本部企画部長を務めた。 1996年、第41回衆議院議員総選挙に自由民主党公認で佐賀2区より立候補し、新進党新人の横尾俊彦らを破り初当選した。
谷口 太一郎(たにぐち たいちろう、1946年9月8日 - … 谷口 太一郎(たにぐち たいちろう、1946年9月8日 - )は、日本の政治家。佐賀県嬉野市長(3期)。元嬉野町長(3期)。 佐賀県藤津郡嬉野町出身。嬉野町立嬉野小学校、嬉野町立嬉野中学校卒業後、佐賀県立武雄高等学校卒業。1969年(昭和44年)に同志社大学を卒業し佐賀新聞社へ入社。 1995年(平成7年)、嬉野町長に就任。 2006年(平成18年)1月1日、嬉野町と塩田町が合併して嬉野市が誕生。これに伴って1月29日実施の市長選挙に出馬し無投票で当選。2月5日、市長就任。2010年(平成22年)も無投票で再選。 2014年(平成26年)1月26日に行われた選挙では、会社経営者の藤山勝済を破り3選(谷口:8,584票、藤山:7,669票)。
樋口 久俊(ひぐち ひさとし、1946年〈昭和21年〉2月1… 樋口 久俊(ひぐち ひさとし、1946年〈昭和21年〉2月12日 - )は、日本の政治家、農林水産官僚。元佐賀県鹿島市長(3期)。 佐賀県鹿島市出身。1964年(昭和39年)3月、佐賀県立鹿島高等学校卒業。1969年(昭和44年)6月、東京大学法学部(私法)卒業。そのまま学士入学し、1970年(昭和45年)3月、東京大学法学部(公法)卒業。同年4月、農林水産省に入省。2001年(平成13年)1月、退官。2002年(平成14年)4月から2004年(平成16年)3月まで神田外語大学の客員教授を務めた。 2003年(平成15年)4月13日に行われた佐賀県知事選挙に出馬し落選。 2010年(平成22年)4月11日公示、4月18日投票の鹿島市長選挙で無投票で初当選。
秀島 敏行(ひでしま としゆき、1942年〈昭和17年〉7月… 秀島 敏行(ひでしま としゆき、1942年〈昭和17年〉7月4日 - )は、日本の政治家。元佐賀県佐賀市長(第1・2・3・4代)。 佐賀県佐賀市本庄町生まれ。佐賀県立佐賀高等学校(現佐賀西高等学校)、熊本大学法文学部(現法学部)法学科卒業。1966年(昭和41年)、佐賀市役所に入庁。佐賀市民生部保険年金課長や環境課長、民生部次長、消防長、水道局長を経て、2003年(平成15年)より佐賀広域シルバー人材センター事務局長。翌2004年(平成16年)より、常務理事を兼任。 2005年(平成17年)10月、佐賀市・佐賀郡諸富町・大和町・富士町・神埼郡三瀬村の合併に伴う新・佐賀市の発足に伴う佐賀市長選挙に無所属で立候補。
岩永 浩美(いわなが ひろみ、男性、1942年6月17日 -… 岩永 浩美(いわなが ひろみ、男性、1942年6月17日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属。参議院議員(3期)、参議院農林水産委員会委員長、農林水産副大臣(第1次安倍改造内閣、福田康夫内閣)、佐賀県議会議員(6期)などを歴任。 佐賀県西松浦郡西有田町(現有田町)出身。佐賀県立伊万里高校を経て1964年中央大学商学部中退。1967年衆議院議員第一秘書となる。1975年、佐賀県議会議員当選。以後連続6期20年務める。1995年には佐賀県議会議長に就任。 1995年11月、参議院議員補欠選挙に自由民主党公認で佐賀県選挙区より立候補し初当選、以後連続3期15年務める。 2005年8月8日の郵政国会では、郵政民営化法案に反対票を投じた。
牟田 秀敏(むた ひでとし、1941年2月2日 - 2021… 牟田 秀敏(むた ひでとし、1941年2月2日 - 2021年3月12日)は、日本の政治家。第5代佐賀県鳥栖市長(2期8年)。 佐賀県出身。1941年(昭和16年)、満州と朝鮮の国境付近で誕生し、終戦後日本に引き揚げ。佐賀県立三養基高等学校卒業。参議院議員秘書 を経て佐賀県議会議員を4期、自民党佐賀県連総務会長(1990年 - 1991年)、政調会長(1991年 - 1993年)を務める。1999年(平成11年)3月から鳥栖市長を2期8年務める。市の行財政改革をはじめ、鳥栖流通業務団地整備事業、九州新幹線鹿児島ルートの建設、新鳥栖駅周辺整備事業をすすめた。 2007年(平成19年)の市長選で橋本康志に敗れる。
緒方 克陽(おがた かつよう、1938年2月5日 - )は、… 緒方 克陽(おがた かつよう、1938年2月5日 - )は、日本の政治家。元衆議院議員(3期)。 佐賀県鳥栖市出身。鳥栖工業高校卒業後、国鉄に入社。国鉄労働組合に参加し、佐賀県評議長を経て、1986年の第38回衆議院議員総選挙で八木昇の後継者として佐賀県全県区から日本社会党公認で立候補し、初当選。同党の県本部などで構成する「玄海原発設置反対佐賀県民会議」の議長を務めていた事から、佐賀県電力総連との政策協定作りなどが難航した。 1995年には村山改造内閣で運輸政務次官に就任。1996年の総選挙で佐賀県第1区から社会民主党公認で立候補するが落選。2000年の衆議院総選挙でも同区から立候補し、前回を約3,000票上回る30,018票を得たが再び落選した。
貝原 俊民(かいはら としたみ、1933年8月24日 - 2… 貝原 俊民(かいはら としたみ、1933年8月24日 - 2014年11月13日)は、日本の自治官僚、政治家。位階は従三位。第5代兵庫県知事(在任:1986年11月24日 - 2001年7月31日、4期)。 佐賀県武雄市に生まれる。佐賀県立武雄高等学校、東京都立北園高等学校を経て、東京大学法学部卒業後に旧自治省へ入省。1970年、兵庫県に総務部地方課長として出向して財政課長、農林部長、総務部長などを歴任、1980年から副知事を務める。1986年には知事となり4期15年を務めたが、任期を1年残した2001年に、辞任した。防災士を育成する特定非営利活動法人日本防災士機構会長を経て同機構顧問に就任。 2007年4月29日の春の叙勲で、旭日大綬章を受章する。
田代 富士男(たしろ ふじお、1931年〈昭和6年〉2月22… 田代 富士男(たしろ ふじお、1931年〈昭和6年〉2月22日 - )は、日本の元政治家、元公明党参議院議員(4期)。 佐賀県出身。旧制三養基中卒。聖教新聞社、創価学会関西本部に勤務する。1965年の第7回参議院議員通常選挙で大阪府選挙区から公明党公認で立候補して初当選。以来連続4期当選する。参議院法務委員長、運輸委員長、党大阪府連本部長、参議院国会対策委員長などを歴任した。1988年に砂利船汚職事件で全国砂利石材店用組合連合会から現金を受け取った事が発覚。田代は離党して参議院議員を辞職した。その直後に受託収賄罪で起訴された。1992年に大阪地裁で懲役2年6ヶ月、執行猶予3年の判決を受けた。
岡崎 万寿秀(おかざき ますひで、1930年1月1日 - 2… 岡崎 万寿秀(おかざき ますひで、1930年1月1日 - 2024年12月21日)は、日本の政治家、俳人。元衆議院議員(日本共産党公認、2期)。日本共産党名誉幹部会顧問を経て、同党名誉役員。俳号は万寿(まんじゅ)。 佐賀県唐津市出身。1953年に中央大学法学部を卒業後、日本共産党の理論誌『前衛』の編集長を経て、1983年の第13回参議院議員通常選挙の比例代表から出馬し日本共産党の第7位に登載されたが落選。同年の第37回衆議院議員総選挙に榊利夫の後継として旧東京2区から出馬し初当選。以後1986年の第38回衆議院議員総選挙でも再選を果たすものの、第39回、第40回の各衆院選で次点に終わる。 2024年12月21日死去。
愛野 興一郎(あいの こういちろう、1928年4月18日 -… 愛野 興一郎(あいの こういちろう、1928年4月18日 - 1998年3月20日)は、日本の実業家、政治家。祐徳自動車3代目社長・初代会長。衆議院議員(9期)、経済企画庁長官(第40代)。 父も実業家・政治家で、祐徳自動車創立者、衆議院議員の愛野時一郎。 1928年愛野時一郎、すみれ夫妻の長男として神奈川県横浜市に生まれる。1945年に旧制鹿島中学校を卒業。 1951年に中央大学法学部を卒業後、農協組合長、1968年佐賀県議会議員、父の時一郎が創立したバス会社の祐徳自動車副社長・社長(議員在任中も社長を務め、後述の経済企画庁長官就任時に辞任し、初代会長に就任)を経て、1972年の第33回衆議院議員総選挙に自由民主党から立候補し初当選。
吉浦 忠治(よしうら ちゅうじ、1926年7月16日 - 2… 吉浦 忠治(よしうら ちゅうじ、1926年7月16日 - 2000年2月15日)は、日本の政治家。公明党衆議院議員(4期)。 佐賀県三養基郡基山町出身。1954年日本大学文学部卒業後、中学校教師を務めた。 1969年の第32回衆議院議員総選挙と1972年の第33回衆議院議員総選挙に旧千葉3区から立候補するが次点。 1976年の第34回衆議院議員総選挙で初当選。以後4期務める。 1986年の公明党第二四回全国大会で中央統制委員に選出。 1990年の第39回衆議院議員総選挙で落選。 1996年11月の秋の叙勲で勲二等瑞宝章受章。 2000年2月15日、死去。73歳没。死没日付をもって従四位に叙された。
宮島 剛(みやじま たけし、1925年〈大正14年〉9月19… 宮島 剛(みやじま たけし、1925年〈大正14年〉9月19日 - 2006年〈平成18年〉4月3日)は、日本の厚生官僚、政治家。佐賀県佐賀市長(2期)。 佐賀県佐賀市出身。1949年(昭和24年)東京帝国大学法学部政治学科を卒業。同年厚生省に入省し、薬務局長、官房長などを歴任する。1976年(昭和51年)に退官。退官後は親類が経営する会社に勤めた。 1979年の佐賀市長選挙に立候補して当選、2期務める。2期目が満了に近づいた1986年暮れ、病に倒れ市長を辞任した。翌1987年船員保険会会長に就任した。その後、日本血液製剤協会理事長を務めた。2006年4月3日入院先の東京都港区の病院で死去。
井本 勇(いもと いさむ、1925年9月17日 - 2018… 井本 勇(いもと いさむ、1925年9月17日 - 2018年4月23日)は、日本の政治家。元佐賀県知事。佐賀清和学園元理事長。認定NPO法人地球市民の会元顧問。 1925年、佐賀県唐津市久里出身。旧制武雄中学校(現・佐賀県立武雄高等学校)を卒業後、1947年に佐賀県の地方事務所に採用された。経済部次長、総務部長などを経て1982年から副知事を2期務めた。自民党、民主党、公明党、社会党の推薦を受け、1991年から3期12年にわたって知事を務めた。在任中は吉野ヶ里遺跡の歴史公園整備や世界・焱の博覧会の開催、佐賀空港開港などを進めた。知事選では毎回30万票以上の得票を得て圧勝し、後継を指名せず2003年に引退。
大塚 清次郎(おおつか せいじろう、1921年9月5日 - … 大塚 清次郎(おおつか せいじろう、1921年9月5日 - 1995年10月3日)は、日本の政治家。位階は従四位勲二等、勲章は瑞宝章。参議院議員(2期、自由民主党)。自由民主党参議院副幹事長。 1921年佐賀県鹿島市生まれ。1939年佐賀県立佐賀商業学校卒業。その後、南満洲鉄道入社。敗戦を満洲で迎える。 1946年引き揚げ、浜町農業協同組合に就職。その後、鹿島市農業協同組合長、佐賀県農業協同組合中央会会長、日本園芸農業協同組合連合会会長、日本果汁農業協同組合連合会会長を歴任。1955年鹿島市議会議員選挙当選。以後4期16年務める。1971年佐賀県議会議員当選、以後4期15年務め、副議長も経験。 1986年、第14回参議院議員通常選挙で佐賀県選挙区から自由民主党公認で立候補し、初当選。