多嘉山 侑三(たかやま ゆうぞう、1984年 - )は、沖縄… 多嘉山 侑三(たかやま ゆうぞう、1984年 - )は、沖縄県糸満市生まれ、名護市在住のYouTuber、琉球独立活動家、音楽講師、名護市議会議員。慶應義塾大学商学部卒業。 YouTuberとして、沖縄の基地などの時事問題を「うちなーありんくりん(沖縄あれこれ、の意味)TV」を製作して配信している。戸籍上の姓は「高山」。本人曰く、先祖代々「多嘉山」であったが、1947年(昭和22年)に「高山」と改姓している。当時は大和風に改姓することが流行っていたためと語っている。市議会の規定には、通称名の使用を許可していないため、名護市議会への登録は「高山侑三」となっている。 2019年2月23日、ロバート梶原来沖プロジェクトにて、ハワイ在住県系4世のロバート・カジワラなどと普天間基地移設問題などの議論を行った。
古謝 玄太(こじゃ げんた、1983年〈昭和58年〉10月2… 古謝 玄太(こじゃ げんた、1983年〈昭和58年〉10月23日 - )は、日本の政治家。 那覇市副市長、沖縄県薬剤師会副会長、長崎県財政課長などを歴任した。 沖縄県那覇市出身。東京大学薬学部卒業、東京大学在学中は東京大学沖縄県人会の初代会長を務めた。 2006年3月に東京大学卒業後、2008年4月に総務省へ入省し、岡山県庁や長崎県庁に赴任した。 2020年に総務省を退職し、NTTデータ経営研究所に転職した。 第26回参議院議員通常選挙では西銘恒三郎から立候補を打診され、2週間後に立候補を表明し、自由民主党公認・公明党推薦で沖縄県選挙区から立候補する、271,347票を獲得するも次点で落選した。
徳元 次人(とくもと つぐと、1981年6月24日 - )は… 徳元 次人(とくもと つぐと、1981年6月24日 - )は、日本の政治家。沖縄県豊見城市長(1期)。元豊見城市議会議員(3期)。 豊見城市立長嶺小学校、豊見城市立長嶺中学校、沖縄県立小禄高等学校卒業。2003年波の上スイミングスクール入社。2010年那覇バス入社。 2011年豊見城市議会議員選挙に出馬し初当選。2015年、2019年再選。 2022年10月9日投開票の豊見城市長選挙で自由民主党・公明党の推薦を得て初当選。 ※当日有権者数:49,888人 最終投票率:49.72%(前回比:-3.56pts)
大山 孝夫(おおやまたかお、1980年12月20日 - )は… 大山 孝夫(おおやまたかお、1980年12月20日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の那覇市議会議員(2期)。元航空自衛官(最終階級:一等空尉)。 1980年、沖縄県那覇市(自衛隊那覇病院)生まれ。現在は那覇市在住。福岡県築上郡築上町築上町立築城小学校、福岡県築上郡築上町立築城中学校を経て1999年(平成11年)に福岡県立豊津高等学校を卒業。航空自衛隊入隊。航空自衛隊幹部候補生学校を経て、救難ヘリコプターパイロットとなる。 UH-60Jの救難パイロットとして航空自衛隊松島基地に所在する松島救難隊、航空自衛隊那覇基地に所在する那覇救難隊で勤務。その後、CH-47Jに機種転換をし、空輸ヘリパイロットとして航空自衛隊那覇基地所在の春日ヘリコプター空輸隊、那覇ヘリコプター空輸隊で勤務した後、2017年(平成29年)3月末、1等空尉で退官。
高良 沙哉(たから さちか、1979年(昭和54年)1月16… 高良 沙哉(たから さちか、1979年(昭和54年)1月16日 - )は、日本の法学者、政治家。専門は憲法学、ジェンダー論。沖縄大学人文学部教授。無所属の参議院議員(1期)。沖縄大学のウェブサイトや著書における氏名の表記は、「はしごだか」を用いた髙良 沙哉である。本名は坂本 沙哉(さかもと さちか)。 沖縄県那覇市田原に生まれる。那覇市立小禄小学校、那覇市立鏡原中学校を経て昭和薬科大学附属高等学校を卒業。北九州大学(現・北九州市立大学)法学部を卒業後、北九州市立大学大学院法学研究科に進んで憲法学を専攻、修士(法学)を取得した。さらに同大学大学院社会システム研究科博士後期課程に進み、2013年には学位論文「戦時性暴力について」で北九州市立大学から博士(学術)を授与された。
前泊 正人(まえどまり まさと、1977年〈昭和52年〉7月… 前泊 正人(まえどまり まさと、1977年〈昭和52年〉7月6日 - )は、日本の政治家。沖縄県竹富町長(2期)。 沖縄県石垣市登野城出身。沖縄県立沖縄水産高等学校を経て、九州共立大学を卒業。卒業後は、竹富町役場臨時職員として勤務した。2008年(平成20年)に町職員として本採用された後は、水道課や防災危機管理課などで勤務した。 2022年(令和4年)2月13日、竹富町の西大舛高旬町長(当時)が官製談合防止法違反などの疑いで逮捕された。同年3月4日に西大舛は辞職。西大舛の辞職に伴う町長選挙出馬のため、教育委員会社会文化課課長補佐で退職。町長選挙では知名度不足が課題だったものの、各島を丹念に回って若年層の支援に繋げたこと、保革双方の有力者や公明党八重山連合支部の支持を得たことが功を奏し、序盤から優勢ムードを保った。
喜友名 智子(きゆな ともこ、1976年11月24日 - )… 喜友名 智子(きゆな ともこ、1976年11月24日 - )は、日本の政治家。沖縄県議会議員(2期)。立憲民主党沖縄県連代表。 沖縄県那覇市出身。沖縄県立開邦高等学校を経て、慶應義塾大学総合政策学部を卒業。大学卒業後は松下政経塾に入塾し、沖縄の地域振興や自治に関する研究・実践に取り組んだ。 2002年に帰郷後、那覇市のコミュニティFM「エフエム那覇」の運営に関わるほか、国際通りや栄町市場で地域振興活動を行った。2008年からは日本IBMの関連会社に勤務し、沖縄の雇用環境や女性のキャリア形成に関する研究・発表を行っている。 2019年、立憲民主党の活動に参加し、2020年の沖縄県議選で那覇市・南部離島選挙区から立候補し初当選。
山川 仁(やまかわ ひとし、1974年(昭和49年)9月24… 山川 仁(やまかわ ひとし、1974年(昭和49年)9月24日 - )は、日本の政治家。 衆議院議員(1期)、沖縄県豊見城市長(1期)、豊見城市議会議員(2期)、れいわ新選組国会対策委員長(第2代)を歴任した。 沖縄県島尻郡豊見城村(現・豊見城市高嶺)出身。沖縄県立豊見城南高等学校卒業。産能短期大学(現・自由が丘産能短期大学)中退。衆議院議員の瑞慶覧長敏の公設第一秘書を務めた。 2011年、豊見城市議会議員選挙に民主党公認で立候補し初当選。2015年では無所属で立候補し、再選。 2018年8月8日、豊見城市長選挙に立候補の意向を表明。同年10月14日に行われた市長選に社民党・共産党・沖縄社会大衆党・自由党・国民民主党・立憲民主党の推薦、玉城デニー知事の支援を受けたオール沖縄の候補として立候補。
比嘉 麻乃(ひが あさの、1974年5月22日 - )は、日… 比嘉 麻乃(ひが あさの、1974年5月22日 - )は、日本の政治家。沖縄県中城村長(1期)。元中城村議会議員(3期)。 沖縄県那覇市久茂地生まれ。中学生の頃から観光バスガイドになりたかった比嘉は1993年3月に沖縄県立コザ高等学校を卒業すると、琉球バス株式会社(現・株式会社琉球バス交通)に就職した。バスガイドをしながら選挙の車上運動員(ウグイス嬢)も約20年間務めた。 車上運動員を長く務めるなかで、中城村長の浜田京介と知り合う。浜田から2016年5月31日告示・6月5日投票の中城村議会議員補欠選挙(定数2)への立候補をうながされ、数回断るも、浜田の子育て支援施策に感銘を受け立候補を決意した。
花城 大輔 (はなしろ だいすけ、1971年〈昭和46年〉8… 花城 大輔 (はなしろ だいすけ、1971年〈昭和46年〉8月3日 - )は、日本の政治家。沖繩県沖縄市長(1期)。沖縄県議会議員(4期)、自由民主党沖縄県支部連合会幹事長を歴任した。 沖縄中頭郡コザ市諸見里(現・沖縄県沖縄市)出身。沖縄市立中の町小学校、沖縄市立山内中学校を経て沖縄県立北谷高等学校を卒業後、陸上自衛隊に入隊。4年間勤務した後、家業である化粧品の卸などを手掛ける会社に入り、代表取締役を務めた。2009年には沖縄青年会議所理事長に就任した。 2014年、琉球大学法文学部に入学。同年、沖縄県知事選挙と同日に執行された、県議会議員補欠選挙に沖縄市選挙区から初当選。県議中は、自由民主党沖縄県支部連合会幹事長も務めた。
宜保 晴毅(ぎぼ はるき、選挙時は宜保ハルキ、1968年(昭… 宜保 晴毅(ぎぼ はるき、選挙時は宜保ハルキ、1968年(昭和43年)3月14日 - )は、日本の政治家。元沖縄県豊見城市長(2期)。元豊見城市議会議員(1期)。 琉球政府島尻郡豊見城村(現・沖縄県豊見城市高安)出身。那覇市立与儀小学校に2年生まで在籍。那覇市立古蔵小学校に3年生まで在籍。豊見城市立上田小学校卒業。豊見城市立豊見城中学校、沖縄県立豊見城高等学校、沖縄大学法経学部卒業。有限会社高安生コンクリート工業役員を経て、株式会社龍友建設代表取締役を務める。 2007年(平成19年)2月4日の豊見城市議会議員選挙に立候補し初当選。 2010年(平成22年)6月8日、金城豊明・豊見城市長は記者会見で引退を正式表明し、後継候補として宜保を指名。
松本 哲治(まつもと てつじ、1967年10月19日 - )… 松本 哲治(まつもと てつじ、1967年10月19日 - )は、日本の政治家。沖縄県浦添市長(4期)。2013年、浦添市長選で初当選。保守系市長で構成された市長連合「チーム沖縄」のメンバーである。 琉球政府浦添村(現・沖縄県浦添市)出身。浦添市立仲西小学校、浦添市立仲西中学校、興南高等学校卒業。1991年(平成3年)3月、琉球大学法文学部法政学科政治学コース卒業。東京で英国系金融コンサルティング会社に勤務したのち、1996年(平成8年)、カリフォルニア大学バークレー校修士課程修了。社会福祉学の修士号を取得。 浦添総合病院等に勤務したのち、2002年(平成14年)に福祉活動、まちづくり活動を主たる目的とするNPO法人を設立。
中山 義隆(なかやま よしたか、1967年6月26日 - )… 中山 義隆(なかやま よしたか、1967年6月26日 - )は、日本の政治家。沖縄県石垣市長(2期)。元石垣市議会議員(1期)。
當銘 真栄(とうめ しんえい、1966年5月3日 - )は、… 當銘 真栄(とうめ しんえい、1966年5月3日 - )は、日本の政治家。沖縄県糸満市長(2期)。元糸満市議会議員(2期)。 琉球政府(現・沖縄県)糸満市武富生まれ。糸満市立兼城中学校、沖縄県立糸満高等学校卒業。家業の當銘タタミ店を継ぐ。1995年(平成7年)、糸満市青年団協議会会長に就任。 2013年(平成25年)11月17日に行われた糸満市議会議員選挙に立候補し、日本共産党の支援も受け、初当選。2017年(平成29年)、再選。 2020年(令和2年)6月7日に行われた糸満市長選挙に前市長の上原裕常や日本共産党の支援を受けて立候補。自民党・公明党の推薦を受けた現職の上原昭ら2候補を破り初当選した。
宮崎 政久(みやざき まさひさ、1965年〈昭和40年〉8月… 宮崎 政久(みやざき まさひさ、1965年〈昭和40年〉8月8日 - )は、日本の政治家、弁護士。自由民主党所属の衆議院議員(6期)、防衛副大臣兼内閣府副大臣。 衆議院経済産業委員長、厚生労働副大臣、法務大臣政務官を歴任した。弁護士法人那覇綜合代表弁護士。沖縄国際大学非常勤講師。姓の漢字の「崎」は正確には、立崎の「﨑」。 1965年(昭和40年)8月8日、長野県上田市に生まれる。父親の転勤に伴い、埼玉県立春日部高校を経て明治大学法学部法律学科に進学。大学卒業後の1992年(平成4年)に司法試験に合格し、司法修習生(47期)となった。 修習地として那覇地裁を選んだのを機に沖縄県に移住。県収用委員会委員長や各種訴訟の行政側代理人を務めた保守系弁護士の小堀啓介に師事し、2004年(平成16年)まで小堀啓介法律事務所(現在の琉球法律事務所)に勤務した。
佐喜眞 淳(さきま あつし、1964年(昭和39年)8月9日… 佐喜眞 淳(さきま あつし、1964年(昭和39年)8月9日 - )は、日本の政治家。沖縄県宜野湾市長(3期)。元沖縄県議会議員(2期)、元宜野湾市議会議員(2期)。 沖縄(米国統治時代)の宜野湾市生まれ。父親は宜野湾市議会議員を務めた佐喜眞博。沖縄県立普天間高等学校、千葉商科大学商経学部経営学科卒業。大学卒業後、フランスに留学し、8年間滞在した。フランスでは空手の指導などをした。日本に帰国後、自由民主党に入党。1997年より旅行会社に勤務。 2001年、父親の佐喜眞博が宜野湾市議会の議長在職時にくも膜下出血で倒れ、死去。同年に行われた補欠選挙に父親の後継として立候補し、初当選した。2005年に再選。
知念 覚(ちねん さとる、1963年〈昭和38年〉9月19日… 知念 覚(ちねん さとる、1963年〈昭和38年〉9月19日 - )は、日本の地方公務員、政治家。沖縄県那覇市長(1期)。 1963年(昭和38年)、那覇市首里山川町生まれ。那覇市立城西小学校、那覇市立首里中学校、沖縄県立首里高等学校を経て、沖縄大学第2部法経学部法学科卒業。 1985年(昭和60年)、那覇市役所に就職。2000年(平成12年)、当時の那覇市長・翁長雄志により秘書に任命された。2010年(平成22年)から総務部長、2015年(平成27年)に副市長就任。 2022年城間幹子の引退に伴い実施される那覇市長選挙に無所属で立候補する意向を表明し、自由民主党・公明党からの推薦と城間市長から支持を受けた。
嘉数 登(かかず のぼる、1963年〈昭和38年〉8月28日… 嘉数 登(かかず のぼる、1963年〈昭和38年〉8月28日 - )は、日本の政治家。沖縄県宮古島市長(1期)。元宮古島市副市長(2期)。 1963年(昭和38年)、宮古島市生まれ。平良市立西城小学校、平良市立平良中学校、沖縄県立宮古高等学校を経て、日本福祉大学社会福祉科卒業。 1989年(平成元年)沖縄県事務吏員採用となり、2014年(平成26年)沖縄県企画部交通政策課長、2015年(平成27年)沖縄県総務部人事課長、2017年(平成29年)沖縄県企画部企画振興統括監、2019年(平成31年)沖縄県商工労働部長、2022年(令和4年)沖縄県知事公室長、2023年(令和5年)宮古島市副市長経て、2025年(令和7年)宮古島市市長選挙に現職の座喜味一幸ら5人を破り初当選した。
儀武 剛(ぎぶ つよし、1961年9月8日 - )は沖縄県の… 儀武 剛(ぎぶ つよし、1961年9月8日 - )は沖縄県の政治家。元金武町長(3期)。金武町長在任中に北部市町村会長を4期務めた。 沖縄県金武町生まれ。1984年3月南九州大学園芸学部卒業。 1986年金武町役場採用。産業課、経済課、教育委員会社会教育課などを経て総務課財政係長を最後に2001年退職。2002年町長選挙に出馬し初当選。 2014年4月6日に行われた金武町長選挙には立候補せず、仲間一を後継候補として擁立し、後援会長を務めた。また、2014年沖縄県知事選挙に下地幹郎が立候補した際は、選挙対策本部長を務めた。 2015年9月1日、維新の党が次期参院選に儀武を擁立することを発表。維新の党分裂後はおおさか維新の会に参加し、2016年7月の第24回参議院議員通常選挙は同党公認で参議院比例区から出馬したが、次点で落選した。
下地 幹郎(しもじ みきお、1961年〈昭和36年〉8月14… 下地 幹郎(しもじ みきお、1961年〈昭和36年〉8月14日 - )は、日本の実業家、政治家。久米島オーシャンジェット会長。 衆議院議員(6期)、沖縄開発政務次官(小渕内閣・小渕第1次改造内閣)、経済産業大臣政務官(第1次小泉内閣)、内閣府特命担当大臣<防災・郵政民営化担当>(野田第3次改造内閣)、政治団体「無所属 創造」代表、国民新党国会対策委員長(第3代)、同政務調査会長(第3代)、同選挙対策本部長(初代)、同幹事長(第3代)兼代表代行、日本維新の会非常任役員、同国会議員団副代表、同政務調査会長、同国会議員団副代表兼選対本部長等を歴任。 父は大米建設の創業者であり、元沖縄県平良市長の下地米一。
當間 盛夫(とうま もりお、1960年 (昭和35年)9月7… 當間 盛夫(とうま もりお、1960年 (昭和35年)9月7日 ‐ )は、日本の政治家。沖縄県議会議員(6期)。那覇市議会議員(1期)、政党そうぞう代表、日本維新の会沖縄県総支部幹事長兼代表代行などを務めた。 沖縄県那覇市出身。沖縄県立豊見城高等学校、阪南大学商学部卒業後、小禄農業協同組合(現:JAおきなわに統合)に就職。1990年1月、合資会社照屋総業などに勤務。 2001年7月8日、第16回那覇市議会議員選挙に当選。 2004年6月6日、第9回沖縄県議会議員選挙当選。以後、6期連続当選。県議会会派「維新の会」を結成。2005年12月、下地幹郎衆議院議員らと「政治団体そうぞう」を結成し政調会長に就任。
宮城 康博(みやぎ やすひろ、1959年12月18日 - )… 宮城 康博(みやぎ やすひろ、1959年12月18日 - )は、日本の沖縄県の政治家、作家、劇作家。前南城市議会議員(1期)、前名護市議会議員(3期)、ジュゴン保護キャンペーンセンター共同代表。市民グループ「オキュパイ普天間」代表。 名護市における米軍のヘリポート基地建設の是非を問う市民投票を担った、市民団体「ヘリポート基地建設の是非を問う名護市民投票推進協議会」の代表を務めた。 1959年、沖縄県名護市に生まれる。 1980年代、「東京演劇アンサンブル」にて活動 1992年、沖縄に帰郷し、企画・編集プロダクションを営む 1997年、同年に結成された市民団体「ヘリポートいらない名護市民の会」に所属し、名護市においてヘリ基地反対運動を行う。
玉城 デニー(たまき デニー、1959年〈昭和34年〉10月… 玉城 デニー(たまき デニー、1959年〈昭和34年〉10月13日 - )は、日本の政治家、タレント。沖縄県知事(公選第8代)。無所属。戸籍名は玉城 康裕(たまき やすひろ)。 衆議院議員(4期)、自由党幹事長兼国会対策委員長、沖縄市議会議員(1期)などを歴任した。なお、知事業務上、法的効果を伴う行政文書には本名を使用している。 米国統治下の沖縄、中頭郡与那城村(現・沖縄県うるま市)出身。沖縄の米軍基地に駐留していた米兵の父と伊江島出身の母の間に生まれたアメラジアンである。父の母国である米国に渡航することを前提に母親から「デニス(Dennis)」と名付けられるが、結局、母は先に帰国した夫を追うことはなかった。
玉城 満(たまき みつる、 (1958-10-25) 195… 玉城 満(たまき みつる、 (1958-10-25) 1958年10月25日(67歳)- )は、沖縄県のタレント・政治家である。劇団「笑築過激団」の座長。りんけんバンドの元メンバー。母方の祖父はコザ市長を務めた大山朝常。 1958年10月25日、コザ市(現在の沖縄市)に生まれる。1969年に熊本マリスト学園中学校・高等学校に入学。1977年、昭和薬科大学附属高等学校・中学校を卒業し、岡山理科大学に入学。 東京に出て、アングラ劇団「発見の会」で役者修行。劇団「潮」で沖縄芝居を再発見したのを機に沖縄に戻り、照屋林助に従事する。 1981年から、りんけんバンドに所属し、メインボーカルを務めた。1983年、自らの劇団「笑築過激団」を旗揚げする。
比嘉 奈津美(ひが なつみ、1958年10月3日 - )は、… 比嘉 奈津美(ひが なつみ、1958年10月3日 - )は、日本の政治家、歯科医師。 衆議院議員(2期)、参議院議員(1期)、環境大臣政務官、参議院厚生労働委員長を歴任。 米国統治下の沖縄のコザ市(現在の沖縄県沖縄市)に生まれる。コザ教育区立諸見小学校、コザ中学校を経て、1974年に浦添市に新設された昭和薬科大学附属高校に進学した。小学6年生時にはコザ暴動を目の当たりにした。その後福岡歯科大学へと進学し、1986年に卒業。 卒業後は沖縄県の久米島へと渡って歯科医師となり、後に沖縄市内に「なつみ歯科医院」を開院した。また2006年からカンボジアでの歯科医療ボランティアに携わるようになった。2009年4月には沖縄県歯科医師会の副会長に就任した。
又吉清義(またよし せいぎ、1957年11月20日 - )は… 又吉清義(またよし せいぎ、1957年11月20日 - )は日本の政治家。宜野湾市議(4期)を経て、沖縄県議(3期目)を務める。 1957年11月20日、宜野湾市我如古に生まれる。1976年、沖縄県立普天間高等学校卒業。1981年、琉球大学短期大学部機械工学科卒業。1990年、我如古自治会会長に就任する。1994年、宜野湾市議会議員選挙に立候補して、初当選を果たす。2002年、市議選に3選を目指して立候補したが、定数30に対し33位で落選した。2006年、市議選に無所属で立候補し、28人中4位で3選を果たし、返り咲きを果たした。2010年9月12日、市議選で28人中7位で4選を果たした。2012年3月17日、沖縄県議会議員選挙に宜野湾市選挙区から立候補する意向を表明した。
粟國 彰(あぐに あきら、1956年3月29日 - )は、日… 粟國 彰(あぐに あきら、1956年3月29日 - )は、日本の政治家。那覇市議会議員(3期)。 沖縄県宮古郡伊良部町伊良部島長浜(現宮古島市)出身。宮古島市立伊良部小学校、宮古島市立伊良部中学校を経て、高校は沖縄本島の沖縄高等学校へ進学。高校時代はボクシング部に所属した。沖縄大学卒業後は沖縄県土木建築部非常勤職員として下地島空港で働いたのち、1985年より建築会社に16年間勤務。 2001年、那覇市議会議員選挙に初めて出馬するも落選。4回連続の落選の中、知人から東京慈恵会医科大学の医師を紹介され、共同で那覇市に病院を設立。2004年に医療法人博鳳会、2009年に統合医療クリニック勤務。 2013年に那覇市議会議員に初当選を果たした。
桑江 朝千夫 (くわえ さちお、1956年〈昭和31年〉1月… 桑江 朝千夫 (くわえ さちお、1956年〈昭和31年〉1月11日 - 2024年〈令和6年〉12月9日)は、日本の政治家。沖縄市長(2期)。沖縄県議会議員、沖縄市議会議員。父親は元沖縄市長の桑江朝幸。また、県内8市の保守系市長で構成された市長連合「チーム沖縄」のメンバーであった。 沖縄中頭郡コザ地区(現・沖縄県沖縄市住吉)出身。コザ市教育区立コザ小学校(現・沖縄市立コザ小学校)、那覇教育区立那覇中学校(現・那覇市立那覇中学校)、沖縄県立那覇高等学校、日本大学法学部卒業。 1986年(昭和61年)、衆議院議員の小渡三郎の公設秘書となる。1988年(昭和63年)、衆議院議員の渡辺美智雄の私設秘書となる。
新垣 安弘(あらかき やすひろ、1955年〈昭和30年〉12… 新垣 安弘(あらかき やすひろ、1955年〈昭和30年〉12月30日 - )は、日本の政治家。沖縄県八重瀬町長(3期)。元沖縄県議会議員(2期)、元八重瀬町議会議員(2期、当選回数は1回)、元東風平町議会議員(1期)。 琉球政府島尻郡東風平村(現・沖縄県八重瀬町字志多伯)生まれ。沖縄県立糸満高等学校卒業。 1982年10月14日、統一教会(現・世界平和統一家庭連合)の6000双国際合同祝福結婚式がソウルの蚕室体育館で開催され、5837組の新郎新婦が祝福された。新垣もこの合同結婚式に参加した。 2002年9月、東風平町議会議員に初当選。2006年1月1日、東風平町と具志頭村が合併し八重瀬町が誕生。
伊良皆 光夫(いらみな みつお、1955年〈昭和30年〉5月… 伊良皆 光夫(いらみな みつお、1955年〈昭和30年〉5月25日 - )は、日本の政治家。沖縄県多良間村長(第29 - 32代)。 米国施政下にあった沖縄の宮古郡多良間村塩川出身。沖縄県立宮古高等学校を経て、琉球大学短期大学部法経学科を卒業。1979年(昭和54年)12月、宮古郡農業協同組合に入組。同組合金融課長、沖縄県農業協同組合多良間支店金融共済課長などを歴任。 2005年(平成17年)7月、多良間村助役に就任。 2007年(平成19年)4月、多良間村副村長に就任。2012年(平成24年)10月まで務めた。 2013年(平成25年)5月11日、多良間村長選挙への出馬を表明。同年6月16日に投開票され、3選を目指した現職の下地昌明を破り初当選。
古謝 景春(こじゃ けいしゅん、1955年3月24日 - )… 古謝 景春(こじゃ けいしゅん、1955年3月24日 - )は、日本の政治家。元沖縄県南城市長(4期)。元知念村長(1期)。 本籍は南城市知念字安座真。知念村立知念小学校、知念村立知念中学校、沖縄県立沖縄水産高等学校卒業。1979年(昭和54年)4月、知念村役場に採用される。1989年(平成元年)3月、沖縄大学法経学部法学科卒業。1992年(平成4年)、自治大学校卒業。 1998年(平成10年)12月22日、知念村助役に就任。2002年(平成14年)5月31日、助役を退任。同年9月21日、知念村長に就任。 2006年(平成18年)1月1日、知念村は佐敷町、玉城村、大里村と合併して消滅。南城市が誕生。
仲間 一(なかま はじめ、1955年1月15日 - )は、日… 仲間 一(なかま はじめ、1955年1月15日 - )は、日本の政治家。元沖縄県金武町長(3期)。 沖縄県金武町並里区生まれ。沖縄県立宜野座高等学校卒業、沖縄国際大学中退。 並里区事務所職員を経て並里区長を4期務めた後、2007年6月から2013年6月まで金武町教育長を2期務める。金武町がネイチャーみらい館を整備した際は、同施設を運営する指定管理者のNPO法人雄飛ツーリズムネットワークの理事長にも就任した。 2014年、儀武剛金武町長の引退に伴い、儀武の後継指名を受け無所属で金武町長選挙に出馬し、初当選した。同年4月17日、正式に金武町長に就任。 2018年、無投票により再選。 2022年4月3日の町長選で前町観光協会会長の山川宗仁を破り3選。
山川 典二(やまかわ のりじ、1954年12月23日 - )… 山川 典二(やまかわ のりじ、1954年12月23日 - )は、日本の政治家、音楽評論家。沖縄県議会議員を務める。元NHKアナウンサー。 沖縄県島尻郡伊是名村生まれ。沖縄県立那覇高等学校、青山学院大学卒業後、沖縄国際大学大学院に入学し、修士課程を修了した。1979年、NHKに入局した。報道・文化番組を中心に出演し、様々な文化新規事業に従事した。その後コンチネンタル航空に転職し、観光関連事業に従事した。 1997年、那覇市議会議員選挙に初当選し、通算5期にわたり務めた。2016年、沖縄県議会議員選挙に初当選を果した。 音楽評論家として、ラジオ沖縄で毎週日曜日18時から18時30分に生放送されている『山川典二のJAZZ LIFE』を担当している。
西銘 恒三郎(にしめ こうさぶろう、1954年〈昭和29年〉… 西銘 恒三郎(にしめ こうさぶろう、1954年〈昭和29年〉8月7日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(8期)。 復興大臣(第12・13代)、内閣府特命担当大臣(沖縄及び北方対策)・福島原発事故再生総括担当大臣(第1次岸田内閣・第2次岸田内閣)、経済産業副大臣(第3次安倍第3次改造内閣)、総務副大臣(第2次安倍改造内閣)、国土交通大臣政務官(福田康夫改造内閣・麻生内閣)、衆議院安全保障委員長、同国土交通委員長、沖縄県議会議員(連続4期)、自由民主党幹事長代理、自由民主党副幹事長、同総務部会長、同沖縄県支部連合会長などを歴任。 父は沖縄県知事、衆議院議員、那覇市長を務めた西銘順治。
髙良 鉄美(たから てつみ、男性、1954年1月15日 - … 髙良 鉄美(たから てつみ、男性、1954年1月15日 - ) は、日本の憲法学者、政治家。琉球大学大学院法務研究科(法科大学院)名誉教授。 参議院議員(1期)、沖縄社会大衆党委員長を歴任した。父は動物学者で第8代琉球大学学長の高良鉄夫。 琉球政府那覇市出身。那覇市教育区立松川小学校、那覇市教育区立真和志中学校、琉球政府立那覇高等学校卒業。九州大学法学部へ進学。1981年、九州大学大学院法学研究科にて法学修士号を取得。1984年、同研究科博士課程(公法学専攻)を単位取得退学。 1984年、琉球大学に着任。助手、講師を経て、1988年より法文学部助教授。1995年より教授。2019年退任。 2019年1月、沖縄社会大衆党元委員長の糸数慶子の後継として、同年7月に行われる第25回参議院議員通常選挙に沖縄県選挙区より立候補することを表明。
松川 正則(まつがわ まさのり、1953年〈昭和28年〉9月… 松川 正則(まつがわ まさのり、1953年〈昭和28年〉9月20日 - 2024年〈令和6年〉7月26日)は、日本の政治家。沖縄県宜野湾市長(2期)。 琉球政府宜野湾村(現・沖縄県宜野湾市野嵩)に生まれる。1973年(昭和48年)4月、宜野湾市役所に入庁。1976年(昭和51年)3月、琉球大学短期大学部法経学科卒業。2012年(平成24年)3月、副市長に就任。 2018年8月8日、沖縄県知事の翁長雄志が任期中に死去。翁長の死去に伴う県知事選に出馬するため、宜野湾市長の佐喜眞淳が8月18日付で辞職。9月30日に行われた宜野湾市長選挙に自民党・公明党・日本維新の会の推薦を受けて立候補。「オール沖縄」勢力が支援した沖縄県高校PTA連合会前会長の仲西春雅との一騎打ちを制し初当選した。
島袋 俊夫(しまぶく としお、1952年(昭和27年)10月… 島袋 俊夫(しまぶく としお、1952年(昭和27年)10月26日 - )は、日本の政治家。沖縄県うるま市長(3期)、うるま市議会議員(1期)、具志川市議会議員(4期)などを歴任した。また、県内9市の保守系市長で構成された市長連合「チーム沖縄」のメンバーである。 琉球政府具志川市(現・沖縄県うるま市天願)出身。1976年(昭和51年)3月、沖縄国際大学短期大学部経済科卒業。 1990年(平成2年)、具志川市議会議員に就任。具志川市議4期目中の2005年(平成17年)4月1日、具志川市は、石川市・勝連町・与那城町と合併してうるま市となったため消滅した。2005年4月からはうるま市議会議員となる。2006年(平成18年)10月8日のうるま市議選で当選。
安里 猛(あさと たけし、1952年〈昭和27年〉1月29日… 安里 猛(あさと たけし、1952年〈昭和27年〉1月29日 - )は、日本の政治家。元沖縄県宜野湾市長(1期)。 現在の沖縄県宜野湾市普天間出身。琉球政府立普天間高等学校卒。1972年宜野湾市役所に入る。教育委員会勤務、企画部次長などを経て、2004年助役、2008年副市長に就任。 2010年の宜野湾市長選挙に立候補し、初当選する。市長選では普天間飛行場の国外移設を掲げ、市長就任後もオスプレイの配備計画に抗議する市役所前の座り込みに自ら参加するなどしていた。2011年7月に心臓疾患で緊急入院し、9月に手術を受けたが、同年末には辞職の意向を固め、2012年1月に任期半ばで市長を退任した。 2014年7月に闘病を続けていた東京大学医学部附属病院で移植手術を受け、翌年2月に沖縄に戻った。
伊波 洋一(いは よういち、1952年(昭和27年)1月4日… 伊波 洋一(いは よういち、1952年(昭和27年)1月4日 - )は、日本の政治家。沖縄県選出の参議院議員(2期)、会派「沖縄の風」幹事長。 沖縄県宜野湾市長(2期)、沖縄県議会議員(2期)を歴任した。 琉球臨時中央政府中頭郡宜野湾村(現・沖縄県宜野湾市)生まれ。琉球政府立普天間高等学校、琉球大学理工学部物理学科卒業。1974年、宜野湾市役所に就職。宜野湾市職労委員長、中部地区労事務局長を経て、1996年、沖縄県議会議員選挙に出馬し、初当選。2000年に再選。2003年、2期目の任期途中で辞職し、宜野湾市長選挙に出馬して当選する。2007年、宜野湾市長再選。市長在職中、沖縄県内の地方自治体で初めて中学生までの病院への入院費の無料化を実現した。
城間 幹子(しろま みきこ、1951年〈昭和26年〉1月20… 城間 幹子(しろま みきこ、1951年〈昭和26年〉1月20日 - )は、日本の教育者、政治家。沖縄県那覇市長を2期務めた。 1951年(昭和26年)、島尻郡伊是名村生まれ。那覇教育区立松川小学校、那覇教育区立真和志中学校、琉球政府立那覇高等学校を経て、宮城教育大学教育学部中学校教員養成課程国語専攻卒業。なお、城間の前任の那覇市長である翁長雄志は真和志中学校及び那覇高校の同級生だった。 1973年(昭和48年)、公立学校教員(地方公務員)となり、千葉県の市川市立第四中学校で教職に就き、その後沖縄に帰還し、1980年(昭和55年)4月から那覇市立中学校に勤める。2009年(平成21年)まで36年間、学校教員を務めた。
翁長 雄志(おなが たけし、1950年〈昭和25年〉10月2… 翁長 雄志(おなが たけし、1950年〈昭和25年〉10月2日 - 2018年〈平成30年〉8月8日)は、日本の政治家。沖縄県那覇市長(4期)、沖縄県知事(本土復帰後第7代)を歴任した。 1985年から2018年まで政治家としての活動を続けてきた。那覇市議会議員(2期)→沖縄県議会議員(2期)を経て、那覇市長(4期)、沖縄県知事(1期)を歴任した。 父は元沖縄県真和志市長の翁長助静、兄は沖縄県副知事・沖縄県議会議員を務めた翁長助裕。次男は元沖縄県議会議員の翁長雄治である。 沖縄県議時代は普天間米軍基地の辺野古移設を推進した。 平成11年10月の県議会の定例会で、普天間飛行場の移設問題を取り上げ、「私たちがなにゆえにこの県内移設を早期にやらきゃならぬかという見地に立ったのは、県全体の立場に立っての危険性の軽減であります」と強調。
尾辻 吉兼 (おつじ よしかね、1950年2月 - 2005… 尾辻 吉兼 (おつじ よしかね、1950年2月 - 2005年7月25日)は、日本の政治家。元与那国町長(第16代)。 沖縄県八重山郡与那国町久部良に生まれる。琉球政府立沖縄水産高等学校を卒業後、与那国町漁業協同組合長を務める。 1982年より1999年まで与那国町議会議員を5期務め、1999年4月25日投開票の与那国町長選挙において自民党の公認を受け当選。4年ぶりに保守町政を奪還する。2003年4月27日の町長選挙で再選された。 任期中は石垣市、竹富町との市町村合併を目指したが2004年10月16日に行われた与那国町の住民投票では合併反対が賛成を大きく上回ったため、与那国町は法定合併協議会からの脱退を余儀なくされた。
上原 昭(うえはら あきら、1950年(昭和25年)1月7日… 上原 昭(うえはら あきら、1950年(昭和25年)1月7日 - )は、日本の政治家。元沖縄県糸満市長(1期)。県内9市の保守系市長で構成された市長連合「チーム沖縄」のメンバー。 現在の沖縄県糸満市出身。琉球政府立糸満高等学校を経て、1974年(昭和48年)3月、東京大学経済学部卒業。同年4月、沖縄県庁に入庁。2009年(平成21年)4月、沖縄県信用保証協会の専務理事に就任。2013年(平成25年)6月から2015年(平成27年)6月まで、那覇空港ビルディング株式会社の非常勤会長を務めた。 2015年(平成27年)11月26日、糸満市長選挙に立候補する意向を表明。 2016年(平成28年)6月5日に行われた市長選挙に自由民主党とおおさか維新の会の推薦を受けて無所属で出馬。
西銘 順志郎(にしめ じゅんしろう、1950年1月2日 - … 西銘 順志郎(にしめ じゅんしろう、1950年1月2日 - )は、日本の政治家。参議院議員(1期)を務めた。 沖縄県島尻郡与那原町生まれ。琉球政府立那覇高等学校、立正大学経済学部卒業。元衆議院議員で沖縄県知事も務めた西銘順治の長男。三男は衆議院議員の西銘恒三郎という政治家一族の生まれである。1973年に琉球海運に入社し、1979年からは父(県知事)の秘書を務めた。 1983年の第13回参議院議員通常選挙に出馬したが落選。以後2回の衆院選落選を経て、2001年の第19回参議院議員通常選挙で沖縄県選挙区から出馬し初当選。2007年の第21回参議院議員通常選挙では元職の糸数慶子に敗れ落選。 2022年8月、同年9月投開票の沖縄県議会議員補欠選挙に立候補を表明したが、他の自民党系の候補者が立候補に意欲を示したため辞退した。
座喜味 一幸 (ざきみ かずゆき、1949年(昭和24年)1… 座喜味 一幸 (ざきみ かずゆき、1949年(昭和24年)12月15日 - )は、日本の政治家。第3代宮古島市長(1期)。元沖縄県議会議員(3期)。 1949年、アメリカ統治下の沖縄(宮古民政府)平良市(現・沖縄県宮古島市平良字西仲宗根)に生まれる。平良市立北小学校(現・宮古島市立北小学校)、平良市立平良中学校(現・宮古島市立平良中学校)、琉球政府立宮古高等学校(現・沖縄県立宮古高等学校)卒業。1972年、琉球大学農学部卒業。同年、沖縄の本土復帰(沖縄返還)に伴い設置された沖縄総合事務局に入局。 1995年、宮古土地改良区事務局長就任。 2008年、沖縄県議会議員選挙に自由民主党公認で立候補し初当選。
松本 文明(まつもと ふみあき、1949年3月25日 - )… 松本 文明(まつもと ふみあき、1949年3月25日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の元衆議院議員(4期)。 内閣府副大臣(第3次安倍第1次改造内閣・第3次安倍第3次改造内閣・第4次安倍内閣)、総務大臣政務官兼内閣府大臣政務官(第2次安倍内閣)、衆議院内閣委員長、東京都議会議員(4期)などを歴任した。 広島県世羅郡東村生まれ(現住所は東京都中野区沼袋3丁目)。広島県甲山町立東小学校、世田谷区立奥沢中学校、世田谷高等学校、明治大学政治経済学部第二部政治学科を卒業。衆議院議員高橋一郎秘書を務めた。 1985年、自民党から東京都議会議員選挙に立候補し初当選。都議を4期務め、都議会自民党幹事長等を歴任。
上原 裕常(うえはら ひろつね、1949年〈昭和24年〉1月… 上原 裕常(うえはら ひろつね、1949年〈昭和24年〉1月27日 - )は、日本の政治家。元沖縄県糸満市長(2期)。 現在の沖縄県出身。琉球政府立糸満高等学校卒。沖縄大学中退。1967年〈昭和42年〉糸満町役場に入る。総務企画部長、中央図書館長などを務める。 2007年〈平成19年〉に市役所を退職。翌2008年〈平成20年〉の糸満市長選挙に立候補し現職の西平賀雄を破って、初当選する。2012年〈平成24年〉の市長選挙で再選。2016年〈平成28年〉に三選を目指したが、元那覇空港ビルディング会長の上原昭に敗れた。
喜納 昌吉(きな しょうきち、1948年〈昭和23年〉6月1… 喜納 昌吉(きな しょうきち、1948年〈昭和23年〉6月10日 - )は、沖縄出身の日本人音楽家、平和活動家、政治家である。米軍占領下の中頭郡越來村(現・沖縄県沖縄市)生まれ。 琉球民謡を現代風にアレンジしたウチナー・ポップを確立した。バンド・喜納昌吉&チャンプルーズを率い、ヴォーカル、ギター、三線、作詞作曲を主に担当する。 参議院議員(1期)、元民主党沖縄県総支部連合会代表。 父は琉球民謡の第一人者喜納昌永。11人兄弟の四男。 琉球民謡を元にした独特のメロディとウチナーグチ(沖縄方言)が特徴的なポップスを歌ってきた。実妹らと共に結成したバンド「喜納昌吉&チャンプルーズ」の音楽は、りんけんバンド、ネーネーズ等のものと共に「ウチナー・ポップ」とも呼ばれる。
糸数 慶子(いとかず けいこ、1947年10月11日 - )… 糸数 慶子(いとかず けいこ、1947年10月11日 - )は、日本のバスガイド、政治家。オール沖縄共同代表。 参議院議員(3期)、沖縄社会大衆党委員長(第11代)、沖縄県議会議員(3期)を務めた。 1947年、中頭郡読谷村生まれ。米軍統治下で育ち、米軍基地・読谷補助飛行場で実施されたパラシュート演習で投下されたトレーラーに小学生の少女が圧殺された事件(1965年6月11日)をきっかけにはじまった米軍抗議集会に初参加。 1966年に琉球政府立読谷高等学校卒業後、琉球放送の番組「土曜ワイド」アシスタントや、沖縄バス・東陽バス等のバスガイドに勤務。沖縄県の歴史や現状を県外、国外の人に伝えるバスガイド経験は20年以上におよぶ。
安里 カツ子(あさと カツこ、1947年6月16日 - 20… 安里 カツ子(あさと カツこ、1947年6月16日 - 2013年12月5日)は日本の実業家、政治家(沖縄県副知事)。沖縄県名護市屋我地出身。 1947年(昭和22年)6月16日生まれ。 那覇商業高校(現:沖縄県立那覇商業高校)、商業実務専門学校卒業。1967年、琉球石油(現:りゅうせき)に入社。1987年、りゅうせきビジネスサービス設立に参画。1993年、りゅうせき社長、その後専務などを経て2006年からりゅうせき副社長。また、1996年には県経営者協会の女性リーダー部会を立ち上げた。2007年から4年間沖縄県副知事を務めた。 2013年12月5日11時40分、心不全により死去。享年66歳。