齋藤 進六(さいとう しんろく、1919年3月30日 - 1… 齋藤 進六(さいとう しんろく、1919年3月30日 - 1994年11月21日) は、日本の材料科学者。東京工業大学名誉教授。第11代東京工業大学学長。第2代長岡技術科学大学学長。紫綬褒章受章。 栃木県宇都宮市生まれ。1943年、東北帝国大学工学部航空学科卒業。1960年、東京工業大学にて工学博士の学位を取得。 1945年久我山工業専門学校教授。1967年、東京工業大学工学部材料工学科教授。1973年東京工業大学工業材料研究所所長。 1977年東京工業大学学長。1981年東京工業大学より名誉教授の称号を授与される。1982年、紫綬褒章受章。1983年長岡技術科学大学学長。1985年、日本セラミックス協会会長。
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天城 一(あまぎ はじめ、1919年1月11日 - 2007… 天城 一(あまぎ はじめ、1919年1月11日 - 2007年11月9日)は、日本の小説家、推理作家、数学者(解析学)、大阪教育大学名誉教授。本名中村 正弘。 別筆名に「高天原 アリサ」「青山 狂介」がある。 東京生まれ。東北帝国大学数学科卒業。 1947年、探偵小説雑誌『宝石』2・3月合併号(岩谷書店)掲載の短編「不思議な国の犯罪」(後に「不思議の国の犯罪」に改題)でデビュー。摩耶正を探偵役とした密室ものの作品を発表し、寡作ながらも学者独特の観察眼からの作品は人気が高い。 1955年に長編「圷家殺人事件」執筆後、長らく作品がなかったが、1975年に復活。アリバイを重視した島崎警部を探偵役とした作品を発表した。
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田中 菊次(たなか きくじ、1918年9月19日 - (2… 田中 菊次(たなか きくじ、1918年9月19日 - (2020-02-17) 2020年2月17日(101歳没))は、日本の経済学者、東北大学名誉教授。 東京府下出身。短期現役海軍主計科士官(12期)を志願。1944年(昭和19年)9月、海軍経理学校に入学し1945年(昭和20年)に卒業。同年6月、海軍主計少尉に任官して終戦を迎え、その後、解員(復員)した。 1947年東北帝国大学法文学部法律科卒、1962年「地代論の理論的内容について」で東北大学経済学博士。東北大学経済学部教授。82年定年退官、名誉教授、東洋大学教授。89年退職。
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中澤 信午(なかざわ しんご、1918年5月17日 - 20… 中澤 信午(なかざわ しんご、1918年5月17日 - 2002年5月30日)は、日本の生物学者。山形大学理学部教授をつとめた。 新潟県南魚沼郡塩沢町(現南魚沼市)出身。1943年東北帝国大学理学部生物学科卒。1961年「形成の場の極性理論」で東北大学理学博士。1951年山形大学助教授、教授、1984年定年退官、名誉教授。 念写の発見者とされる福来友吉と懇意にしており、『福来友吉博士の生涯と学問』『超心理学者福来友吉の生涯』『海外の超心理学研究機関一覧』などの著者でもある。 中澤は福来が1931年に行った月の裏の透視・念写についての英論文のタイプライター浄書を福来から依頼されて行った。中澤論文は、海外の研究所等の名称・所在地を掲載しているもので、研究の国際交流を求める向きには不可欠の参考資料となっている。
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田辺 康平(たなべ こうへい、1918年5月10日 - 20… 田辺 康平(たなべ こうへい、1918年5月10日 - 2000年10月28日)は、日本の法学者。西南学院大学名誉教授。 北海道出身。東北帝国大学法学部卒、1963年「損害保険契約の本質」で東北大学・法学博士。西南学院大学法学部教授。1989年定年退職、名誉教授。弁護士、境克彦法律事務所。
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南部 松夫(なんぶ まつお、1917年11月19日 - 20… 南部 松夫(なんぶ まつお、1917年11月19日 - 2009年8月21日)は、日本の地球科学者。専門は鉱床学・鉱物学。福島県相馬市生まれ。 1947年、東北帝国大学理学部岩石鉱物鉱床教室を卒業し、同大学選鉱精錬研究所(現、素材工学研究所)助手となる。1949年に講師、1953年に助教授、1955年 に東北大学理学博士 「Mineralogical study of limonite from Japan(日本産褐鉄鉱の鉱物学的研究) 」。 1962年に教授へと昇任し、1981年に停年退職。この間、1971年から1976年に同研究所所長。東北大学退職後は、東京理科大学の専任教授や監事にも就任した。
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二村 忠元(にむら ただもと、1917年11月9日 - 19… 二村 忠元(にむら ただもと、1917年11月9日 - 1982年12月18日)は、日本の工学者。東北大学名誉教授。専門は電気音響工学。 長野県松本市出身。旧制松本第二中学(現長野県松本県ヶ丘高等学校)、旧制松本高校理科甲類を経て、1940年(昭和15年)京都帝国大学工学部電気工学科卒業。 東京大学、東北大学で1年間研究に従事した後、1941年(昭和16年)から1945年(昭和20年)まで、創設時の京城帝国大学理工学部助教授を務める。1946年(昭和21年)、東北大学助教授。1951年(昭和26年)、東京大学から理学博士の学位を取得。1955年(昭和30年)、東北大学教授に昇任。 ダイナミックスピーカーの改良、スピーカアレイの設計法、残響可変装置、電気的な残響付加装置など先進的な研究に取り組む。
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李 建鎬(イ・ゴノ、朝鮮語: 이건호、1917年7月21日 … 李 建鎬(イ・ゴノ、朝鮮語: 이건호、1917年7月21日 - 2020年4月12日)は、大韓民国の弁護士、法学者、教授、政治家。第11代韓国国会議員。 本貫は全州李氏、号は為村(ウィチョン、위촌/爲村)。カトリック教徒。 日本統治時代の忠清北道清州郡(現・清州市)またはソウル出身。東北帝国大学(現・東北大学)法学部卒。法学博士。朝鮮弁護士試験合格。普成専門学校、高麗大学校、ソウル大学校や梨花女子大学校で講義したほか、中央日報論説委員、成均館大学校教授、梨花女子大学校大学院長、国会議員、民主正義党中央委員会副議長、韓国放送倫理委員会委員長、ユネスコ韓国委員長、韓国刑法学会会長を歴任した。 2020年4月12日に死去。
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黄 聖秀(ファン・ソンス、朝鮮語: 황성수/黃聖秀、1917… 黄 聖秀(ファン・ソンス、朝鮮語: 황성수/黃聖秀、1917年2月22日 - 1997年3月4日または3月5日)は、アメリカ合衆国のジャーナリスト、大韓民国の外交官、弁護士、学者、政治家。第3代韓国国会民議院副議長、第2・3・4・5代国会議員(第5代は参議員)、全羅南道知事を歴任した。 本貫は昌原黄氏。父は牧師の黄保翼で、制憲国会議員の黄斗淵は父方の叔父、呉錫柱は母方の叔父である。篤実なキリスト教徒である。 日本統治時代の全羅南道宝城郡宝城邑宝城里出身、本籍は平安北道である。平壌崇実中学校、崇実専門学校、明治学園を経て、1940年、東北帝国大学(現・東北大学)法文学部を卒業。東京帝国大学(現・東京大学)文学部で研究を行った後、渡米しウェストミンスター神学校を卒業した。
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小室 直人(こむろ なおと、1916年(大正5年)5月1日 … 小室 直人(こむろ なおと、1916年(大正5年)5月1日 - 1997年(平成9年)11月25日)は、日本の法学者。専門は民事訴訟法。学位は、法学博士(東北大学・論文博士・1962年)(学位論文「上訴制度論」)。大阪市立大学名誉教授。勲三等旭日中綬章受章。斎藤秀夫門下。弟子に松本博之、上野泰男など。 鳥取県の谷内家に生まれ、宮城県小室家へ養子に行く。 1939年広島高等学校 (旧制)卒、1940年学徒出陣、45年復員し、1948年東北帝国大学法文学部卒、1950年東北大学法学部大学院(旧制)修了(指導教員:斎藤秀夫)、1950年大阪市立大学法文学部助手、1951年講師、1952年助教授、1960年法学部教授。
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海藤 勇(かいとう いさむ、1916年(大正5年)3月18日… 海藤 勇(かいとう いさむ、1916年(大正5年)3月18日 - 1984年(昭和59年)2月17日は、日本の内科学者。専門は、消化器病学、特に肝臓疾患。医学博士。 長崎県長崎市生まれ。 1941年、東北帝国大学医学部卒業後、同医学部内科教室(教授 黒川利雄)に入局。1962年、東北大学医学部同内科助教授。1966年、岩手医科大学教授。1981年、同大学付属病院長・理事。がん予防対策に貢献した。医学博士(東北帝国大学)、論文「糖尿病に於ける肝臓機能について」。正五位、勲三等瑞宝章。1984年逝去、享年67。
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黒田 正典(くろだ まさすけ、1916年2月29日 - 20… 黒田 正典(くろだ まさすけ、1916年2月29日 - 2009年5月29日)は、日本の心理学者。 宮城県出身。東北帝国大学法文学部心理学科を卒業。1967年「日本文字の筆跡心理学に関する基礎的研究」で東北大学より文学博士号を取得する。新潟大学教育学部助教授、教授を経て、1970年東北大学教養部教授となる。1979年に定年退官、名誉教授となり、岩手大学教授、東北福祉大学教授を務めた、福来心理学研究所。児童心理学を専門とした。
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佐藤 日吉(さとう ひよし、1916年〈大正5年〉 - 20… 佐藤 日吉(さとう ひよし、1916年〈大正5年〉 - 2007年〈平成19年〉)は、日本の倫理学者。専門は倫理学・宗教的倫理学。北海道教育大学名誉教授・元旭川大学女子短期大学部学長。山形県東村山郡出身。 この他1968年(昭和43年)から1974年(昭和49年)まで北海道教育大学附属旭川小学校長を務める 勲三等旭日中綬章(1990年) 『北海道人物・人材リスト 2004 な-わ』(日外アソシエーツ編集・発行、2003年) この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。
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木村 瑞雄(きむら みずお、1915年11月23日 - 19… 木村 瑞雄(きむら みずお、1915年11月23日 - 1989年7月1日) は、日本の電気工学者。東北大学教授を経て、第4代東北工業大学学長を務めた。 1940年東北帝国大学工学部電気工学科卒業、東洋通信機入社。1941年東北帝国大学工学部通信工学科助手。1946年東北大学電気通信研究所助教授。1958年東北大学工学博士。信州大学工学部教授、東北大学工業教員養成所教授を経て、1968年東北工業大学教授。1969年日本音響学会東北支部長。1971年学校法人東北工業大学理事。1976年東北工業大学学長。1989年従四位勲三等瑞宝章。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
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杉山 尚(すぎやま たかし、1915年3月21日 - 200… 杉山 尚(すぎやま たかし、1915年3月21日 - 2004年4月20日)は、日本の内科学者。専門は温泉医学、リハビリテーション、消化器病学。医学博士 宮城県仙台市生まれ。 1939年、東北帝国大学医学部卒業後、同医学部内科教室(教授 黒川利雄)に入局。医学博士(東北大学)、論文「各種胃疾患の胃曲線に関する研究」。1948年、同内科助教授。1955年、東北大学医学部附属温泉医学研究実験所教授・附属鳴子分院院長。日本温泉物理医学会、日本温泉科学会、日本リウマチ学会、宮城県温泉審議会、日本リハビリテーション医学会などの会長を歴任。1987年、勲三等旭日中綬章受章。2004年(平成16年)逝去、享年89。
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斉藤 達雄(さいとう たつお、1914年11月30日 - 2… 斉藤 達雄(さいとう たつお、1914年11月30日 - 2012年11月4日)は、日本の内科学者。専門は、糖尿病、癌化学療法。医学博士。 福島県福島市生まれ。 福島中学(現福島県立福島高等学校)を経て第二高等学校 (旧制)から、東北帝國大学医学部卒業。1938年、同医学部内科教室(教授・山川章太郎)に入局。1947年、青森医学専門学校教授。1952年、東北大学医学部内科助教授(教授・黒川利雄)。1959年から1年間、アメリカ国立がん研究所 (NCI) に留学。1963年、東北大学抗酸菌病研究所教授(癌化学療法部門、1969年臨床癌化学療法部門と改称)、1974年、同研究所所長・東北大学評議員。
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木下 康民(きのした やすたみ、1914年〈大正3年〉8月2… 木下 康民(きのした やすたみ、1914年〈大正3年〉8月24日 - 1982年〈昭和57年〉)は、日本の医学博士、新潟大学名誉教授。 鳥取県鳥取市西町の鳥取士族で、衆議院議員(鳥取市選出)、鳥取市会議長、鳥取県会議員などをつとめた木下義之の五男。 東北大学医学部卒業。1945年に台北帝大助手。1949年に新潟医大講師、1950年に助教授。1952年に新潟大医学部助教授を経て1960年に教授。1973年に腎研究施設長。 住所は新潟市浜浦町。 木下家は鳥取藩主の御殿医をつとめた。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
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早坂 寿雄(はやさか としお、1914年(大正3年)6月10… 早坂 寿雄(はやさか としお、1914年(大正3年)6月10日 - 2004年(平成16年)3月9日)は、日本の電気音響学者。 1914年6月10日生まれ。1937年3月、東北帝国大学工学部電気工学科卒業。同年4月、同学部助手。1941年3月、逓信省電気試験所技師。1945年7月、工学博士。1952年11月、日本電信電話公社電気通信研究所音響研究課長。1959年2月、同電気通信研究所次長。1963年4月、同理事・所長。1967年5月、沖電気工業常務取締役。1970年5月、同専務取締役。1984年11月、勲三等瑞宝章受章。 1956年5月から1958年5月まで、日本音響学会会長。
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木羽 敏泰(きば としやす、1913年11月1日 - 201… 木羽 敏泰(きば としやす、1913年11月1日 - 2017年2月20日)は、日本の化学者、教育者。 1913年(大正2年)大阪市に生まれる。大阪府立浪速高等学校を経て東北帝国大学に進学。1937年(昭和12年)同大理学部化学科卒業。1939年(昭和14年)金沢高等工業学校に勤務。1941年(昭和16年)名古屋帝国大学工学部助教授、1949年(昭和24年)金沢大学教授。金沢大学では理学部分析化学講座を担当した。1969年(昭和44年)同大学理学部長,1979年(昭和54年)同大を定年退職、金沢工業大学教授に就任。1984年(昭和59年)金沢工業大学学長。1988年(平成元年)任期満了により同学長を退職。
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斎藤 錬一(さいとう れんいち、1913年 - 1983年1… 斎藤 錬一(さいとう れんいち、1913年 - 1983年10月31日)は、日本の気象学者。理学博士。 1913年、静岡県生まれ。旧制静岡県立静岡中学校、旧制静岡高等学校理科甲類、東北帝国大学理学部物理学科卒業。札幌気象台予報課長・観測課長、気象庁海上気象課長、気象庁統計課長、気象庁予報課長、福岡管区気象台長、気象庁観測部長、気象庁予報部長、気象大学校講師。(判明分) この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
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佐々木 慶市(ささき けいいち、1912年12月20日 – … 佐々木 慶市(ささき けいいち、1912年12月20日 – 2002年 8月21日)は、日本の歴史家。 宮城県大崎市生まれ、1930年に第二高等学校に入学。柔道部の選手でもあった。3年生のときに日本史の本を読むようになり、特に三浦周行『国史上の社会問題』を読んだことが室町期の社会に興味を持つきっかけとなった。また、在学中に 武内義範らと歴史同好会の活動をし、そこで伊東信雄と知り合い、東北帝国大学への進学を勧められた。1933年に二高を卒業する。同年、東北帝国大学法文学部に入学。古田良一に師事するとともに、中村吉治の指導も受けた。また、伊木寿一から古文書学を学び、実習で飯野八幡宮文書の調査を行ったことが、のちの好嶋荘や岩城氏の研究につながった。
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北住 敏夫(きたずみ としお、1912年9月18日 - 19… 北住 敏夫(きたずみ としお、1912年9月18日 - 1988年5月26日)は、日本の国文学者、東北大学名誉教授。 三重県生まれ。東北帝国大学法文学部国文科卒。宮城県女子専門学校教授、東北大学助教授、55年「文芸に於ける写生説の研究」で東北大文学博士。59年教授。76年定年退官、山形女子短期大学教授。75年「写生説の研究」「写生派歌人の研究」などで学士院賞受賞。岡崎義恵、阿部次郎らに学び、「万葉集」から長塚節まで研究。 この項目は、文学に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJライトノベル)。 項目が小説家・作家の場合には {{Writer-stub}} を、文学作品以外の本・雑誌の場合には {{Book-stub}} を貼り付けてください。
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鹿間 時夫(しかま ときお、1912年6月6日 - 1978… 鹿間 時夫(しかま ときお、1912年6月6日 - 1978年12月12日)は、日本の古生物学者。 1912年、京都府で生まれた。旧制成蹊高等学校を経て、東北帝国大学理学部に進学。1931年から1939年にかけて、栃木県葛生町周辺に広く分布する古生代石灰岩の割れ目にたまった第四紀の堆積物の中から発見された化石を調査。東北帝国大学理学部を卒業。 1942年、満洲国の新京工業大学教授に就任。 戦後は1947年から3年間、長野県飯田高松高校教諭として勤務。このとき直接の影響を受けた卒業生には長谷川善和、鎮西清高、加賀美英雄(海洋地質学)、山田哲雄(岩石学)、松島信幸(日本地質学会名誉会員)がいる。ほか、本多勝一(ジャーナリスト)や富永明夫(仏文学者)、近藤信道(画家)もその時期の教え子であった。
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加藤 陸奥雄(かとう むつお、1911年12月2日 - 19… 加藤 陸奥雄(かとう むつお、1911年12月2日 - 1997年3月8日)は日本の生物学者。位階は正三位。 宮城県仙台市生まれ。専門は昆虫生態学。 兄に化学者の加藤多喜雄(仙台名誉市民)、地球物理学者の加藤愛雄、弟に地質学者の加藤磐雄がいる。大甥(甥の息子)に数学者の加藤文元。 指導学生に松田達郎などがいる。
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佐々木 洋興(ささき ひろおき、1911年10月22日 - … 佐々木 洋興(ささき ひろおき、1911年10月22日 - 2008年6月19日 )は、日本の有機化学者。民間財団法人経営者。理学博士。 1911年(明治44年)、佐々木隆興の長男として、東京に生まれた。東京高等学校修了後、東北帝国大学理学部化学科で学び、卒業。 卒業後は同大学副手に採用された。1945年、財団法人佐々木研究所研究員となり、理事を兼ねた。1958年、学位論文『グリシンから出発するアミノ酸の生成およびその関連反応について』を東北大学に提出して理学博士号を取得。1965年、慶應義塾大学教授に就任。1966年、父の佐々木隆興の後を受けて(財)佐々木研究所第2代理事長に就任。以後35年間理事長職にあったが、2001年に(財)佐々木研究所名誉理事長・特別顧問に引いた。
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平 重道(たいら しげみち、1911年10月18日 - 19… 平 重道(たいら しげみち、1911年10月18日 - 1993年7月2日)は、日本の歴史学者、東北大学名誉教授。 仙台市生まれ。1934年に東北帝国大学法文学部国史学科に入学し、村岡典嗣の指導を得て、1937年卒業。卒業論文は「承久の乱の史論と解釈」。1968年「吉川神道の基礎的研究」で東北大学より文学博士の学位を取得。東北大学教養部助教授、教授、宮城教育大学教授。仙台の歴史などを研究した。1986年11月、勲三等旭日中綬章受章。
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村岡晢(むらおか あきら/せき、1911年9月6日 - 19… 村岡晢(むらおか あきら/せき、1911年9月6日 - 1996年5月7日)は、日本の西洋史学者。早稲田大学名誉教授。ドイツ近代史。 1911年、村岡典嗣の長男として東京に生まれる。東北帝国大学文学部で学ぶ。1956年に「ランケ研究序説」を東京大学に提出して文学博士号を取得。山形大学助教授、早稲田大学教育学部教授。1981年に定年退官し、名誉教授となった。
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結城 陸郎(ゆうき りくろう、1911年 <明治44年> 9… 結城 陸郎(ゆうき りくろう、1911年 <明治44年> 9月 - 1999年 <平成11年> 3月23日)は、日本の教育史学者。位階は従四位。 石川県宇出津生まれ。1940年、東北帝国大学法文学部国史学科を卒業。教師を経て、1944年、東京第三師範学校助教授、翌年教授となる。1949年6月からは東京学芸大学助教授。1965年4月に名古屋大学教授となり、1975年に定年退官、名誉教授。同年、皇學館大學教授となり、1982年3月まで務める。1960年に「金沢文庫の教育史的研究」により、日本大学から文学博士の学位を授与される。1999年死去。死没日付をもって従四位に叙された。
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祇園寺 信彦(ぎおんじ のぶひこ、1911年8月27日 - … 祇園寺 信彦(ぎおんじ のぶひこ、1911年8月27日 - 1998年11月23日)は日本の西洋史学者。 宮城県大崎市古川(旧・古川市)生まれ。宮城県古川中学校(現:宮城県古川高等学校)卒業、第二高等学校(独法)卒業、東北帝国大学法文学部西洋史学科卒業。1962年「古ローマの社会と政治」で東北大学文学博士。東北大学文学部助教授、教授。1975年定年退官、名誉教授、東京国際大学教授。 専門は西洋古代史で、主としたのは、古代ローマにおける政治権力のあり方とその歴史的変遷、さらにその過程において個人が織り成した役割の問題の解明であった。研究は大類伸、原随園の学問的伝統を継承しつつ、マックス・ヴェーバーの歴史学方法論をよりどころとし、西洋古代史の研究と後進の指導に当たり、古代ローマ史研究において開拓者的な役割を果たした。
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澤柳 大五郎(沢柳 大五郎、さわやなぎ だいごろう、1911… 澤柳 大五郎(沢柳 大五郎、さわやなぎ だいごろう、1911年8月23日 - 1995年11月3日)は、日本の美術史家。東京教育大学名誉教授。 東京生まれ。父は明治・大正期の教育官僚、教育者の澤柳政太郎。 西洋美術研究を開拓した児島喜久雄(東北帝国大学・東京帝国大学教授)の弟子の一人で後継者。 木下杢太郎(太田正雄)の研究・著作画集の編集を行った。新書などを除き歴史的仮名遣いで著訳書を刊行した。 弟子・同僚らによる『アガルマ 澤柳先生古稀記念美術史論文集』(同編集委員会編、同朋舎出版、1982年)がある。 (古田光、藤田健治、木田献一、屋形禎亮、澤柳大五郎、廣川洋一、中野幸次、秀村欣二、兼岩正夫、清水富雄、裾分一弘、下村寅太郎、西沢龍生、永井博による共編著) (澤柳大五郎、関根正雄、村治能就、浅野順一、中野幸次、秀村欣二、兼岩正夫、清水富雄、渡辺金一、下村寅太郎、西沢龍生、藤田健治、永井博による共編著)
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羽田野 伯猷(はたの はくゆう、1911年7月13日 - 1… 羽田野 伯猷(はたの はくゆう、1911年7月13日 - 1985年1月9日)は、日本の仏教史学者。東北大学名誉教授。日本学士院賞受賞。 愛知県三河国出身。1933年第四高等学校卒業。1936年東北帝国大学法文学部卒業、文学士。1939年大日本帝国陸軍歩兵少尉。1941年大日本帝国陸軍中尉。大日本帝国陸軍大尉として満州で従軍したのち、1944年東北帝国大学着任。1951年東北大学助教授。1955年日本学士院賞受賞。1959年から東北大学教授を務め印度学第二講座を担当した。1960年東北大学文学博士。1975年退官。勲三等旭日中綬章。指導学生に磯田熙文東北大学名誉教授など。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。
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戸頃 重基(ところ しげもと、1911年5月14日 - 19… 戸頃 重基(ところ しげもと、1911年5月14日 - 1977年3月1日)は、日本の倫理学者。日蓮宗の仏教学者。 東京生まれ。1935年立正大学文学部宗教学科卒業。1939年同大学院修了。1944年東北帝国大学法文学部哲学科修了。金沢大学法文学部助教授、教授。文学博士。
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黒田 了一(くろだ りょういち、1911年〈明治44年〉3月… 黒田 了一(くろだ りょういち、1911年〈明治44年〉3月16日 - 2003年〈平成15年〉7月24日)は、日本の法学者(憲法)・政治家・弁護士。大阪府知事(2期)。憲法改悪阻止各界連絡会議代表委員。 大阪市北区大淀町生まれ。旧制北野中・旧制三高から東北帝国大学法学部法律学科を卒業後、東北帝国大学法学部助手を経て満洲国高等鉄路警護学校教官などを歴任。終戦後5年間シベリア抑留を経験し、1950年(昭和25年)に帰国。大阪市立大学法学部助教授に就任し、憲法学を担当した。1956年に教授に昇任し学生部長・法学部長を歴任、日本学術会議「学問・思想の自由」委員会委員長・日本科学者会議全国参与・大阪護憲連合代表委員なども務めた。
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永野 為武(ながの ためたけ、1910年12月12日 - 1… 永野 為武(ながの ためたけ、1910年12月12日 - 1994年12月14日)は、日本の生物学者。俳人としても活動した。東北大学名誉教授。 1910年、愛媛県松山市で生まれた。東北帝国大学理学部生物学教室で学び、1933年に卒業。同年、同大学大学院に進学し、動物生理学を専攻した。 1936年3月、大学院を退学し、東北帝国大学理学部副手に採用された。後、講師昇格。 戦後、東北大学教養部、農学部助教授に昇格。1948年、学位論文『Physiological studies on the pigmentary system of Crustacea (甲殻類色素系の生理学的研究)』を東北大学に提出して理学博士号を取得。
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菊池 喜充(きくち よしみつ、1910年8月19日 - 19… 菊池 喜充(きくち よしみつ、1910年8月19日 - 1984年10月31日)は、日本の電子工学者。電気音響工学、超音波工学の専門家で、魚群探知機、超音波探傷法の実用化、フェライトによる磁歪材料の開発などに貢献した。紫綬褒章受章。朝日賞等受賞。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
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石田 周三(いしだ しゅうぞう、1910年7月16日‐ 19… 石田 周三(いしだ しゅうぞう、1910年7月16日‐ 1985年6月20日)は、日本の動物生理学者。 東北帝国大学理学部卒。1956年「二枚介類における代謝型式」で理学博士。東北帝国大学浅虫臨海実験所、千葉大学文理学部助教授、教授、1974年定年退官、名誉教授。ダーウィンの『種の起原』を訳すなど啓蒙的著作・翻訳を行った。妻は西村伊作の長女の石田アヤ。娘は文化学院副院長を務めた立花利根(1937- )。
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二条 弼基(にじょう たねもと、1910年〈明治43年〉6月… 二条 弼基(にじょう たねもと、1910年〈明治43年〉6月19日 - 1985年〈昭和60年〉8月28日)は、日本の工学者、政治家、華族。貴族院公爵議員、工学博士。 東京府出身。男爵・二条正麿の三男として生まれ、二条家第28代当主・二条厚基の死後、相続争いが起こる中で、弼基の聡明さが認められて養子となる。 1930年(昭和5年)9月1日、公爵を襲爵。1934年(昭和9年)、東北帝国大学理学部地質科を卒業し、さらに1937年(昭和12年)に同大学工学部電気科を卒業。同年、逓信省電気試験所に入所し研究員となり、1939年(昭和14年)、逓信技師に任官。 1940年(昭和15年)6月19日、満30歳に達し貴族院公爵議員に就任し、火曜会に所属し1947年(昭和22年)5月2日の貴族院廃止まで在任した。
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浅野 清(あさの きよし、1910年6月1日 - 1989年… 浅野 清(あさの きよし、1910年6月1日 - 1989年3月24日)は、日本の古生物学者。愛知県名古屋市出身。 名古屋市内において、11人兄弟の末っ子として生を受ける。第八高等学校(名古屋大学教養部の前身)を卒業後、東北帝国大学理学部、東北帝国大学大学院に進んだ。大学院において、小型有孔虫に関する研究に精力的に取り組む。 1938年(昭和13年)、南洋庁熱帯研究所嘱託となり、当時日本の委任統治下にあったパラオに赴いた。翌年技師となりサンゴ礁の研究を開始したものの、その年の秋には太平洋石油株式会社に移ることとなった。同社ではメキシコの石油資源調査に携わる。1941年(昭和16年)夏には仙台に戻り、東北帝大において副手の職を得た。
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田澤 巌(たざわ いわお、1910年〈明治43年〉5月15日… 田澤 巌(たざわ いわお、1910年〈明治43年〉5月15日 - 1990年〈平成2年〉6月30日)は、日本の政治学者。専門は政治思想史学、ヨーロッパの哲学史。北海道教育大学名誉教授・元旭川大学女子短期大学部学長。山形県出身。 『北海道人物・人材リスト 2004 か-と』(日外アソシエーツ編集・発行、2003年) この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
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真方 敬道(まがた のりみち、1910年 - 1987年)は… 真方 敬道(まがた のりみち、1910年 - 1987年)は、日本の倫理学者。東北大学名誉教授。中世キリスト教哲学を専攻。 東北帝国大学卒業。1962年、「西洋中世哲学における個体論の研究」で文学博士。東北大学倫理学主任教授を務め、1973年、定年退官。東京女子大学教授、1980年、退職。
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佐々 久(ささ ひさし、1909年10月1日 - 1989年… 佐々 久(ささ ひさし、1909年10月1日 - 1989年6月8日)は、日本の郷土史家、東洋史学者、教育者。宮城県図書館長、仙台郷土研究会会長などを務めた。 宮城県仙台市生まれ。東北帝国大学で東洋史を専攻し東北学院の教授などを務めたのち、30代後半で宮城県の郷土史研究に転じる。公務員として教育行政や文化財保護、図書館運営に携わりながら『仙台市史』、『宮城県史』の編纂・執筆をし、また宮城県内の多くの自治体の地方史を監修した。1981年、勲四等瑞宝章受章。蔵書は宮城県図書館に寄贈され「佐々久文庫」として所蔵されている。 1909年(明治42年)10月1日、宮城県仙台市二十人町に7人きょうだいの長男として生まれる。
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畑井 小虎(はたい ことら、1909年7月22日 - 197… 畑井 小虎(はたい ことら、1909年7月22日 - 1977年9月12日)は、日本の古生物学者である。東北大学名誉教授。貝類や腕足類の生物学および古生物学に関する研究で知られる。 1909年、動物生理学者で、ペンシルベニア大学ウィスター研究所教授を務めた畑井新喜司の次男として、ペンシルベニア州Ridely Park で生まれた。東北帝国大学に入学し、入学時より父親の創立した東北大学浅虫臨海実験所(現在の浅虫海洋生物学研究センター)などで貝類や腕足類の生物学および古生物学に関する研究をした。 1948年、学位論文『日本新生代腕足類の研究』を東北大学に提出して理学博士号を取得。 1951年、東北大学助教授となり、1952年に教授昇格。
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山本 義一(やまもと ぎいち、1909年7月4日 - 198… 山本 義一(やまもと ぎいち、1909年7月4日 - 1980年2月7日) は、日本の気象学者。東北大学名誉教授。元日本気象学会理事長。 石川県金沢市生まれ。第四高等学校を経て、1933年東北帝国大学理学部物理学科卒業、中央気象台入庁。1941年逓信省中央航空研究所研究官。1945年東北帝国大学理学部地球物理学科が新設されると同教授兼任。1946年東北帝国大学に学位論文を提出して理学博士を取得するとともに、専任の教授に異動。地球物理学第3講座を担任し、ここに東北帝国大における気象学講座発祥となった。1959年から国際放射委員会委員。1966年から1969年まで理学部長。1966年から68年まで国際科学会議大気科学委員会委員。
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本多 修郎(ほんだ しゅうろう、1909年6月8日 ‐ 19… 本多 修郎(ほんだ しゅうろう、1909年6月8日 ‐ 1990年12月11日)は、日本の哲学者・科学史家。東北大学名誉教授。科学史・技術史を研究。 福島県耶麻郡長瀬村(現猪苗代町)出身。喜多方中学、二高理科を経て東北帝国大学哲学科卒。次いで東京帝国大学大学院に学ぶ。高橋里美、三宅剛一に師事。東北大学助教授、1950年教授。1962年「ヘーゲル弁証法と数学・自然科学」で文学博士の学位を取得。1973年定年退官、名誉教授。東北福祉大学教授。父寅多、母クラ、次男。
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斎藤 秀夫(さいとう ひでお、1909年〈明治42年〉5月4… 斎藤 秀夫(さいとう ひでお、1909年〈明治42年〉5月4日 - 2003年〈平成15年〉9月6日)は、日本の法学者。専門は民事訴訟法、特に競売法、司法学。学位は、法学博士(東北大学・論文博士・1952年)。東北大学名誉教授。司法権論、裁判官論など、日本の司法学の開拓者として著名。菊井維大門下。弟子に小室直人など。 宮城県出身。旧制仙台第一中学校(現・宮城県仙台第一高等学校)、旧制第二高等学校を経て、1933年東北帝国大学法文学部卒、同助手。東京帝国大学法学部に内地留学し、菊井維大、兼子一に師事した。その後、1937年東北帝国大学助教授、1949年東北大学法学部教授。1952年「国会と司法権の独立 国政調査権と裁判官弾劾」で東北大学より法学博士の学位を取得。
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村田 潔(むらた きよし、1909年2月28日 - 1973… 村田 潔(むらた きよし、1909年2月28日 - 1973年11月3日)は、西洋美術史学者。東北大学名誉教授。専門は古代ギリシア美術、フランス印象派。 長野県松本市出身。東北帝国大学文学部美学美術史学科で児島喜久雄に学び、1932年卒業後、東北帝大文学部助手。イギリスなどヨーロッパに学び、帰国後1937年講師、1939年助教授、1947年東北帝国大学教授、東北大学文学部教授、1950年「印象派美術論」で東北大学文学博士。1972年定年退官、名誉教授、武蔵野美術大学教授。
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打田 峻一(うちだ しゅんいち、1909年1月15日 - 1… 打田 峻一(うちだ しゅんいち、1909年1月15日 - 1992年6月19日)は、日本の法学者・弁護士・元国家公務員。 専修大学名誉教授。多数の門下生(研究者)を育てる。 「打田畯一」とも表記される。 1909年1月15日、東京市麹町区三番町に生まれる。東京府立第一中学校・第一高等学校を経て、1932年に東北帝国大学法文学部卒業、1934年には同大学院(旧制)修了。 その後、東京で弁護士として活動し、1945年東京大空襲の戦災に遭遇。再び東北大学の勝本正晃の下で助手を務め、1948年に衆議院法制局入局。1957年から1979年に定年退職するまで専修大学法学部教授にあった。1992年、脳梗塞のため死去。
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矢本貞幹(やもと ただよし、1909年1月11日 - 199… 矢本貞幹(やもと ただよし、1909年1月11日 - 1990年11月25日)は、日本の英文学・比較文学者。 岐阜県出身。1933年東北帝国大学文学部英文科卒。1949年大阪大学文学部助教授、1956年関西学院大学助教授、教授、70年「エリザベス朝文学論」で関西学院大文学博士。77年定年、名誉教授、梅光女学院大学教授。85年退任。 専門は英文学(エリザベス朝、批評)だが、夏目漱石などの比較文学研究もおこなった。
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岡本 博之(おかもと ひろゆき、1909年 - 2002年)… 岡本 博之(おかもと ひろゆき、1909年 - 2002年)は、日本の経済学者・大阪市立大学教授。雑誌『経済』初代編集長、日本共産党中央党学校校長、出版局長、社会科学研究所所長、新約『資本論』翻訳出版責任者等を歴任。専攻は経済学説史。先の大戦では、1943年より中部第二部隊に召集され、下士官として参戦。1945年日本の敗戦後1949年までシベリアに抑留された。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。
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北村 晴朗(きたむら せいろう、1908年4月21日 - 2… 北村 晴朗(きたむら せいろう、1908年4月21日 - 2005年7月16日)は、日本の心理学者。 宮城県加美郡(現仙台市)出身。1935年東北帝国大学法文学部心理学科卒。1962年「心理学における自我の諸問題」で東北大学文学博士。1947年第二高等学校教授、1950年東北大学文学部助教授、1960年教授となり、1972年定年退官、名誉教授、秋田大学教授、1974年から東北福祉大学教授を務めた。後年には仏教に基づく心理学を研究した。
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