鵜澤 飛羽(うざわ とわ、2002年11月25日 -)は、日… 鵜澤 飛羽(うざわ とわ、2002年11月25日 -)は、日本の短距離走選手。200メートル競走を専門としている。 宮城県出身。宮城県築館高等学校、筑波大学を経て日本航空所属。中学時代に野球をしていた経験がある。 2023年にアジア陸上競技選手権大会と日本陸上競技選手権大会で優勝した。同年、世界選手権にも出場し、準決勝に進出した。 2024年にはオリンピックに出場し、準決勝に進出した。 2025年にはアジア陸上競技選手権大会に出場し、20秒12の自己ベストで2連覇を達成した。
樫原 沙紀(かたぎはら さき、2001年11月12日 - )… 樫原 沙紀(かたぎはら さき、2001年11月12日 - )は、日本の陸上競技選手。中距離走と長距離走の大会に出場している。 広島県呉市立昭和中学校、広島県立呉三津田高等学校、筑波大学体育専門学群卒業。 昭和中では第43回全日本中学校陸上競技選手権大会において1500mで初優勝を果たし、呉三津田高校1年の時の全国高等学校総合体育大会陸上競技大会1500mが全国大会初出場である。 2020年より4年連続で日本陸上競技選手権大会に1500mで出場、2022年と2023年には800mでも出場している。 2023年には日本学生陸上競技個人選手権大会女子1500mにて優勝を果たした。同年のワールドユニバーシティゲームズ日本代表に女子1500mで選出され、5位に入った。
松本 奈菜子(まつもと ななこ、1996年9月3日 - )は… 松本 奈菜子(まつもと ななこ、1996年9月3日 - )は、静岡県静岡市出身の日本の陸上選手。短距離走を専門とする。300メートル競走の日本記録保持者。 静岡市立清水第四中学校、浜松市立高等学校、筑波大学を経て東邦銀行所属。
東田 旺洋(ひがしだ あきひろ、1995年12月13日 - … 東田 旺洋(ひがしだ あきひろ、1995年12月13日 - )は、日本の陸上選手。専門は短距離。関彰商事所属。 奈良県奈良市出身。奈良市立三笠中学校、奈良市立一条高等学校、筑波大学体育専門学群卒業。関彰商事所属。 2024年パリオリンピックの陸上競技男子100メートルでは、予選1組に出場し、10秒19のタイムで5着となり予選敗退となった。
神保 祐希(じんぼ ゆうき、1995年12月2日 - )は、… 神保 祐希(じんぼ ゆうき、1995年12月2日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は短距離走。100mで11秒61(ジュニア日本歴代5位)、200mで23秒65(ジュニア日本歴代4位)の自己ベストを持つ。 白山市立美川中学校、石川県立金沢二水高等学校、筑波大学卒業。 陸上競技は小学2年生の時に地元の陸上クラブに入って始めた。 2012年6月、インターハイ北信越大会の100m、200m、400mを自己ベストで制して3冠を達成。7-8月のインターハイは400mで2位入賞を果たすが、100mは準決勝全体10位タイ、200mは準決勝全体9位で決勝進出を逃した。10月の国民体育大会少年A400mはインターハイに続き2位で、全国タイトル獲得まであと一歩だった。
三津家 貴也(みつか たかや、1995年8月2日 - )は、… 三津家 貴也(みつか たかや、1995年8月2日 - )は、日本の陸上競技選手・指導者、インフルエンサー、ランニングアドバイザー。熊本県玉名市出身。 熊本県立玉名高等学校で陸上競技(中距離走)を始める。インターハイ800mで6位。 筑波大学(体育専門学群)、大学院(人間総合科学研究科 体育学専攻)でランニングについて研究、学生個人選手権:1500m 6位、学術論文を3本投稿(国内誌1本、国際誌2本)、国際学会発表。 RUNNNING SCIENCE LAB でランニングコーチをしながら、陸上競技選手としても活躍。日本選手権800mに出場、PB:800m 1’50”11、1500m 3’46”33。
山下 航平(やました こうへい、1994年9月6日 - )は… 山下 航平(やました こうへい、1994年9月6日 - )は、福島県出身 の陸上競技選手。専門は三段跳で、自己ベストは日本歴代7位の16m85。2016年リオデジャネイロオリンピックの日本代表。スプリント力もあり、100mでは10秒51の自己ベストを持つ。ANAアスナビ採用社員アスリート。父の山下訓史は三段跳の日本記録保持者。 陸上競技は小学4年生の時に始めたが、その前は2年ほどスイミングスクールにも通っていた。小学6年生の時はハードルに取り組むも、当時は身長が低かったため中学生になるとハードルの高さに対応できなくなり、中学からは走幅跳に取り組んだ。福島大学附属中学校 時代は県大会の7位が最高成績で、自己ベストは6m11だった。
勝山 眸美(かつやま ひとみ、1994年(平成6年)5月21… 勝山 眸美(かつやま ひとみ、1994年(平成6年)5月21日 - )は、日本のハンマー投選手。埼玉県出身。 埼玉県立進修館高校から筑波大学に進み、筑波大学陸上競技部に入部。2017年には、第22回アジア陸上競技選手権大会で銅メダルを獲得し、第101回日本陸上競技選手権大会では金メダルを獲得した。また2018年には、第102回日本陸上競技選手権大会で金メダルを獲得し、2018年アジア競技大会では銅メダルを獲得した。オリエントコーポレーション所属。
久馬 悠(きゅうま はるか、1993年12月20日 - )は… 久馬 悠(きゅうま はるか、1993年12月20日 - )は、京都府綾部市出身の陸上競技選手。専門は5000mと10000m。一卵性双生児の姉であり、妹の萌と合わせて久馬姉妹と呼ばれている。 小学校時代に綾部市の駅伝大会に出場したのを、地元中学の陸上部顧問が見てスカウトされたことから、本格的に陸上競技を始めた。綾部中学校2年時の2008年1月、初めて姉妹同時に全国都道府県対抗女子駅伝競走大会(全国女子駅伝)京都府代表に抜擢される。中学校3年時の同年8月21日、新潟スタジアム(東北電力ビッグスワンスタジアム)で行われた第35回全日本中学校陸上競技選手権大会女子1500mに出場、3位入賞を果たす。この時、萌は優勝し、大会新記録を出している。
久馬 萌(きゅうま もえ、1993年12月20日 - )は、… 久馬 萌(きゅうま もえ、1993年12月20日 - )は、京都府綾部市出身の陸上競技選手。専門は5000mと10000m。一卵性双生児の妹であり、姉の悠と合わせて久馬姉妹と呼ばれている。 小学校時代に綾部市の駅伝大会に出場したのを、地元中学の陸上部顧問が見てスカウトされたことから、本格的に陸上競技を始めた。2008年、綾部市立綾部中学校2年生で初めて姉妹同時に全国都道府県対抗女子駅伝競走大会京都府代表に抜擢される。同年8月21日に新潟スタジアム(東北電力ビッグスワンスタジアム)で行われた第35回全日本中学校陸上競技選手権大会女子1500mに出場、大会新記録で優勝を果たす。この時、悠は3位に入賞している。
戸邉 直人(とべ なおと、1992年3月31日 - )は、日… 戸邉 直人(とべ なおと、1992年3月31日 - )は、日本の陸上競技選手。男子走高跳日本記録保持者(2m35)。千葉県野田市出身。学位は「博士(コーチング学)(筑波大学)」。身長194センチメートル。 野田市立第二中学校出身。第33回全日本中学校陸上競技選手権大会に中学3年で出場。1m94で優勝した。中学卒業後、専修大学松戸高等学校に進学。高校3年次にインターハイ出場、2m18で優勝。インターハイから約2ヶ月後に行われたトキめき新潟国体では高校新記録となる2m23で優勝し、高校2冠となった。大学は筑波大学に進学。大学2年次に第94回日本陸上競技選手権大会で5位入賞、第19回アジア陸上代表となる。
世古 和(せこ のどか、1991年7月28日 - )は、三重… 世古 和(せこ のどか、1991年7月28日 - )は、三重県出身の陸上競技選手。専門は短距離走で、100mの自己ベストは11秒50。2018年アジア大会女子4×100mリレーの日本代表。CRANE(乗馬クラブクレイン)所属。 1991年7月28日に三重県に生まれる。血液型はA型。両親は陸上経験者で、宇治山田商業高等学校出身の父は4×100mリレーにおいて全国2位の実績を誇る。 1年時から器械体操に取り組んでいたが、両親から勧められて3年時から陸上競技も始める。3年時に60mで9秒54、4年時に60mで9秒12の県小学生記録(ともに当時)を樹立。5年時には全国小学生陸上の100mで4位入賞するなど活躍したが、当時は体操に夢中で陸上競技はあまり好きではなかったという。
清山 ちさと(きよやま ちさと、1991年7月24日 - )… 清山 ちさと(きよやま ちさと、1991年7月24日 - )は、日本の陸上選手。 宮崎県宮崎市出身。宮崎県立宮崎商業高等学校の時には全国大会で三冠を達成した。 筑波大学卒業、同大学院修了。 いちご陸上部所属。いちご傘下である宮交シティに配属されており総務部に所属していたが、2026年3月1日付のいちごグループの人事異動により、同社の子会社である株式会社テゲバジャーロ宮崎事業部広報チームに所属している。
中野 瞳(なかの ひとみ、1990年11月23日 - )は、… 中野 瞳(なかの ひとみ、1990年11月23日 - )は、兵庫県神戸市出身の日本の陸上競技選手。専門は走幅跳及び三段跳で、それぞれ6m44及び13m00の記録を持つ。 兵庫県立長田高等学校在学中の2007年6月、池田久美子、桝見咲智子が保持していた当時の日本ジュニア記録6m43を1cm上回る6m44を記録した。当時16歳であり、この記録は日本ユース記録でもある。 長田高校卒業後は筑波大学に進学し、陸上競技部に所属していた。関東インカレ優勝3回及び全日本インカレ優勝1回をはじめ、数々の好成績を残す。 2019年からアルバイト先である和食山口を所属先としていたが、現在は、株式会社籠谷に所属し、競技を続けながらアスリート向けカステラ等の開発業務にも従事している。
大室 秀樹(おおむろ ひでき、1990年7月25日 - )は… 大室 秀樹(おおむろ ひでき、1990年7月25日 - )は、埼玉県出身の陸上競技選手。専門はハードル。110mハードルで13秒48、200mハードルで22秒80(元アジア最高記録)の自己ベストを持つ。2017年ロンドン世界選手権男子110mハードルの日本代表。 吉見町立吉見中学校、埼玉県立松山高等学校、筑波大学卒業。筑波大学大学院修了。大塚製薬所属。 小学生の時にモーリス・グリーンの影響で陸上競技を始め、中学生になってから110mハードルを始めた。中学時代は3年生の時に2005年ジュニアオリンピック110mハードルで表彰台(3位)に上った。 地元埼玉県で開催された2008年インターハイ110mハードルを高校歴代4位(当時)の14秒05(+0.4)で制すると、10月の日本ジュニア選手権110mハードルも高校歴代3位(当時)の14秒01で制して高校2冠を達成した。
安孫子 充裕 (あびこ みつひろ、1988年10月25日 -… 安孫子 充裕 (あびこ みつひろ、1988年10月25日 - )は、日本の元陸上競技選手で、専門は短距離走。 山形県山形市出身の陸上競技選手。専門種目は短距離走。山形市立第三中学校入学時から本格的に陸上競技を行う。山形県立上山明新館高等学校3年生時のインターハイ200m走にて全国大会初優勝し、同年の国民体育大会少年A競技400m走でも優勝した。アジア・ジュニア選手権にも400m走に出場し、銅メダルを獲得している。その後、筑波大学に進学。2008年大学2年時には北京五輪代表となり、4×400mリレーに出場した。2009年大学3年時には関東インカレにて、100m走、200m走、4×400mRにてスプリント種目3冠を達成した。
岡部 奈緒(おかべ なお、1988年8月28日 - )は、日… 岡部 奈緒(おかべ なお、1988年8月28日 - )は、日本の元短距離走選手。100mを専門とした。2011年の世界陸上の4 × 100mリレーに出場した。2011年のアジア選手権大会の4 × 100mリレーに出場し金メダルを獲得した。 市立船橋高、筑波大学を卒業し、チームミズノアスレティックに所属していた。 2012年に引退した。
齋藤 仁志(さいとう ひとし、1986年10月9日 - )は… 齋藤 仁志(さいとう ひとし、1986年10月9日 - )は、日本の男子陸上競技選手。専門は短距離走。栃木県栃木市(旧下都賀郡都賀町)出身。栃木県立鹿沼高等学校、筑波大学卒。佐野 SAC JUVY TRACK CLUB所属。東野高校短距離コーチ。 陸上を始めたのは中学に入ってから。地元は野球が盛んだったが、バットを振ってもかすらないくらい球技が苦手だったため、野球やサッカーではなく陸上部に入部。練習が少ないだろうという理由で消去法で短距離を選択。 高校2年時に2003年インターハイ200mに出場し、22秒84(+0.6)の予選3組7着に終わる。 将来は教師になって陸上部の顧問になれればと思い、教育学部のある大学を受験するも失敗し、1年間の浪人生活を送る。
土屋 光(つちや ひかる、1986年2月1日 - 、富田林市… 土屋 光(つちや ひかる、1986年2月1日 - 、富田林市立明治池中学校→大阪府立金剛高等学校→筑波大学→モンテローザ)は日本の陸上競技選手。専門種目は走高跳。身長:171cm、体重:57kg、血液型はAB型。現在の自己記録は2009年の大阪国際グランプリで記録した2m25cm。 日本インカレ:第1位・南部記念第:1位・スーパー陸上:第3位 日本選手権:第5位・日本インカレ:第6位 世界ジュニア陸上選手権:第8位・日本インカレ:第3位・日本ジュニア陸上競技選手権大会:第1位 世界ユース陸上選手権:第3位・インターハイ:第6位 インターハイ:第3位・国民体育大会:第4位 この項目は、陸上選手に関連した書きかけの項目です。
成迫 健児(なりさこ けんじ、1984年7月25日 - )は… 成迫 健児(なりさこ けんじ、1984年7月25日 - )は日本の陸上選手、政治家。大分県議会議員(2期)。 大分県佐伯市出身。2007年、ミズノに入社。2013年、地元の佐伯市に戻り、佐伯市役所職員として東京オリンピック出場を目指す公務員ハードラー。
大橋 祐二(おおはし ゆうじ、1983年9月5日 - )は、… 大橋 祐二(おおはし ゆうじ、1983年9月5日 - )は、日本の陸上競技選手。専門はハードルで、110mハードルの自己ベストは13秒55。県立浦和高校時代に高校生初の13秒台をマークした元高校記録保持者である。 埼玉県出身。さいたま市立大久保中学校、埼玉県立浦和高等学校、筑波大学卒業。ミズノ入社(ミズノ在籍中に筑波大学大学院修士課程修了)。ミズノ、帝京平成大学を経て、現在は日本女子体育大学の健康スポーツ学科にスポーツ方法学(陸上競技)准教授として在籍。 中学時代に110mハードルを始め、3年時には全日本中学校選手権で8位という成績を残した。 高校時代には110mハードルで14秒77(+1.5)の高1最高記録(当時)、14秒30(+0.7)の高2歴代2位(当時)の14秒30をマークすると、3年時の2001年インターハイ110mハードル決勝において13秒98(-0.1)の高校記録(当時)を樹立。
鐘ヶ江 幸治(かねがえ こうじ、1981年10月8日 - )… 鐘ヶ江 幸治(かねがえ こうじ、1981年10月8日 - )は、日本の陸上競技選手、航空技術者、機械研究者。専門は長距離。
藤永 佳子(ふじなが よしこ、1981年8月15日 - )は… 藤永 佳子(ふじなが よしこ、1981年8月15日 - )は、日本女子の陸上競技元選手・現教職員・指導者。専門は長距離走・マラソン。身長171cm、体重55kg。血液型O型。趣味は旅行。好物はみかん、ウナギ。 長崎県立諫早高等学校時代から、駅伝・トラック種目等で注目された大型女子選手だった。その後筑波大学へ進学し、大学卒業後は資生堂ランニングクラブに所属。2009年4月から2012年3月まで資生堂女子陸上競技部のキャプテンを務めていた。 長崎県北松浦郡佐々町生まれ。1994年、佐々町立佐々中学校入学後から陸上競技を始める。 1997年、諫早市に転居し、長崎県立諫早高等学校に進学。諫早高校の陸上部はこの頃から県内有数の強豪校となっていたこともあり、全国高等学校駅伝競走大会で2・3年次には2年連続1区区間賞を獲得。
村川洋平(むらかわ ようへい、1981年5月1日 - )は、… 村川洋平(むらかわ ようへい、1981年5月1日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は砲丸投。現在の日本トッププッターの一人である。大阪府出身。 泉大津市立誠風中学校時代に、中学新記録を樹立。全日本中学校選手権で優勝を飾った。 太成学院大学高等学校でも力を発揮した。 1998年の全国高校総体(丸亀)では2年生で4位入賞。 1999年、岩手県で行われた全国高校総体では、最終6投目で大逆転劇を演じ、優勝をもぎ取った。 2000年、筑波大学体育学群に進学。大学卒業後、競技に専念できる環境を求めたがかなわず企業就職はしなかった。地元の泉大津アスリートクラブに所属し、日本選手権優勝。その後、スズキに就職し、スズキ浜松アスリートクラブに所属し、競技に打ち込んだ。
松村 拓希(まつむら ひろき、1980年12月12日 - )… 松村 拓希(まつむら ひろき、1980年12月12日 - )は、茨城県守谷市出身の陸上競技選手・指導者。専門は中距離・長距離走。 土浦日本大学高等学校、駒澤大学卒業。実業団時代は日清食品グループに所属した。 実業団引退後の2011年、筑波大学大学院人間総合科学研究科体育学専攻に進学。大学院修了後は2年間コーチを務める。 2015年、東京国際大学駅伝部コーチに就任。2023年よりヘッドコーチを務める。
佐藤 真太郎(さとう しんたろう、1980年8月20日 - … 佐藤 真太郎(さとう しんたろう、1980年8月20日 - )は、日本のオリンピック選手、ボブスレー選手、陸上競技選手。埼玉県鶴ヶ島市出身。早稲田大学人間科学部卒業、筑波大学大学院修了。 ソチオリンピックボブスレー競技日本代表。陸上競技の成績は埼玉国体100m優勝、日本選手権リレー4×100mリレー優勝2回。 当初は長距離の選手で、鶴ヶ島市立藤中学校1年の時に駅伝の県大会で10位に入る。2年時からロングスプリンターになり、全日中400mで準決勝進出、ジュニアオリンピックC400mで2位という成績を残し、3年時には全日中400mを制覇して全国タイトルを獲得した。 松山高校に進学し、1年時に国体少年B400mで6位、3年の時にインターハイ400mで準決勝進出、国体少年A400mで4位、日本ジュニア選手権400mで7位という成績を残した。
河北 尚広(かわきた なおひろ、1980年7月10日 - )… 河北 尚広(かわきた なおひろ、1980年7月10日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は400mハードル。自己ベストは2009年10月の新潟国体で記録した49秒04。 香川県高松市出身。高松市立龍雲中学校の時に陸上競技を始める。香川県立香川中央高等学校、筑波大学卒。RATTLE、石丸製麺に所属した後、2012年4月より香川県教職員。 2005年、日本陸上競技選手権大会400mハードルで3位入賞。翌2006年も連続で3位。 2006年9月、スーパー陸上400mハードルで2位入賞(日本人1位)。10月、九州石油ドームで行われた全日本実業団陸上で初優勝。12月9日、ドーハアジア大会の400mハードル予選を1位で突破すると、翌10日に行われた決勝では3位となり、銅メダルを獲得した。
鈴木 徹(すずき とおる、1980年5月4日 - )は、片下… 鈴木 徹(すずき とおる、1980年5月4日 - )は、片下腿義足の陸上競技選手。山梨県出身、SMBC日興証券所属、 IPC 陸上競技クラス T44 、身長 178cm 、体重 64kg。 日本初の義足の走り高跳び代表選手として、2000年、シドニーパラリンピックに出場して以後5大会連続入賞。2017年、世界パラ陸上競技選手権大会で銅メダルを獲得。クラス T44 (旧 F44 )のアジア記録、日本記録を樹立、世界で2人目となる2m00を跳んだ。 山梨市立山梨北中学校→駿台甲府高等学校→筑波大学。 駿台甲府高校時代、ハンドボールで国体3位という成績を残したが卒業前に自らが起こした自動車事故で右足を失う。
山中 美和子(やまなか みわこ、1978年5月24日 - )… 山中 美和子(やまなか みわこ、1978年5月24日 - )は、日本の元陸上競技選手。専門は長距離走。現ダイハツ女子陸上部監督。 奈良県香芝市出身。香芝市立香芝中学校から奈良県立添上高等学校、筑波大学を経てダイハツで選手生活を送る。 添上高校時代は、全国高校女子駅伝に1年時の1994年第6回大会から3年間エース区間の1区を走った。2学年上のエスタ・ワンジロ(仙台育英 )や千葉真子(宇治)、1学年上で3年時に1区だった川島亜希子(須磨学園)、同学年で2・3年時に出場しいずれも1区区間賞だったアン・ワムチ(仙台育英)、3年時に1区だった秦由華(市立船橋)、2・3年時に出場しいずれも1区14位・3位だった渋井陽子(那須拓陽)らを相手に3位(19:59)・3位(19:51)・2位(19:19)と快走した。
杉林 孝法(すぎばやし たかのり、1976年3月14日 - … 杉林 孝法(すぎばやし たかのり、1976年3月14日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は三段跳。石川県金沢市出身。星稜高等学校から筑波大学を卒業後、ミキハウスに所属したが、ミキハウスの廃部により、チームミズノアスレティックで競技を続けている。
横山 学(よこやま まなぶ、1974年7月20日 - )は、… 横山 学(よこやま まなぶ、1974年7月20日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は棒高跳。現在、香川高等専門学校 教員 准教授 香川県三豊市出身。詫間町立詫間中学校、香川県立観音寺第一高等学校を経て、筑波大学体育専門学群卒業。 小学校4年生の時に初めてテレビでロサンゼルスオリンピックの棒高跳の競技を見て、外国人選手が跳んでいる姿が格好いい、自分もああいう舞台に出たいと思った。 詫間中学で陸上を始め、アジア大会棒高跳の金メダリスト木川泰弘の指導を受ける。観音寺第一高校時代は、1991年(平成3年)6月、第7回日本ジュニア陸上競技選手権大会で5メートルを跳び優勝。同年10月、第46回国民体育大会では、5メートル10で優勝。
谷川 聡(たにがわ さとる、1972年7月5日 - )は、日… 谷川 聡(たにがわ さとる、1972年7月5日 - )は、日本の陸上競技選手で、現在は筑波大学人間総合科学研究科准教授、筑波大学陸上競技部監督・コーチ。博士(体育科学)。110mハードルの第一人者で、2000年シドニーオリンピック、2004年アテネオリンピック代表。東京都町田市出身。 愛称は「サトシ」「サトル」。元陸上競技長距離走・マラソン選手の谷川真理は、いとこに当たる。 1991年に東京都立八王子東高等学校を卒業し、1浪して中央大学経済学部に進学し同大学陸上競技部に在籍。高校時代は都大会どまりだったが、中央大学進学後、日本トップクラスの選手として活躍。同期に鈴木真紀、小出正子らがいた。中大卒業後、筑波大学大学院に進学した。
吉田 孝久(よしだ たかひさ、1970年2月17日 - )は… 吉田 孝久(よしだ たかひさ、1970年2月17日 - )は、日本の元陸上競技選手で、陸上競技指導者、スポーツ科学者。現役時代の専門は走高跳で、元日本記録保持者である。 2000年シドニーオリンピック日本代表選手。 広島市で開かれた1994年アジア競技大会では優勝を果たしている。 神奈川県横浜市栄区出身。姉の影響で、横浜市立庄戸中学校時代に陸上競技を始める。3年生の時に全国大会に出場した。 神奈川県立上郷高等学校時代に全国高等学校総合体育大会陸上競技大会(インターハイ)で2メートル20の大会記録を樹立した。高校時代に好成績を残せた背景には、走高跳を専門とした教員が着任した事情もあった。 筑波大学に進み、日本ジュニア記録を2度更新(2メートル23、2メートル25)したほか、日本学生記録(2メートル28)も樹立した。
弘山 勉(ひろやま つとむ、1966年10月12日 - )は… 弘山 勉(ひろやま つとむ、1966年10月12日 - )は栃木県真岡市出身の元陸上競技選手、現指導者。専門は中距離走・長距離走・マラソン。栃木県立真岡高等学校、筑波大学卒業。現役時代は資生堂に所属した。2015年4月〜2024年3月迄、母校の筑波大学陸上競技部男子駅伝監督.を務めた。 妻は同じく資生堂ランニングクラブに所属し、オリンピックでは3大会連続で出場した弘山晴美。 真岡市立山前中学校在学時は、野球部に所属しポジションは投手であった。しかし、中学のマラソン大会で上位に入ったのをきっかけに、高校から陸上競技へ転向する。高校時代は主に中距離ランナーとして活躍。3年時には全国高校駅伝の2区(3Km)に出場した(区間7位)。
栗原 浩司(くりはら こうじ、1964年5月2日 - )は、… 栗原 浩司(くりはら こうじ、1964年5月2日 - )は、栃木県佐野市(旧:田沼町)出身の元陸上競技選手。現陸上競技指導者。1988年ソウルオリンピック日本代表。4×100mリレーの元日本記録保持者。現在は栃木県立佐野高等学校の陸上競技部の顧問などを務める。 佐野市立閑馬小学校時代は100mを14-15秒で走るなど、学校で一番の快足の持ち主だった。 栃木県立佐野高等学校時代は国民体育大会少年男子Aで優勝する活躍を見せたが、腰を痛める、腹膜炎、足首を捻挫するなど、大事な試合前に怪我をすることが多かった。 筑波大学時代には日本選手権男子4×100mリレーで優勝、男子200mで2位、日本学生選手権で2冠(男子100m・4×100mリレー)達成するなど活躍。
矢野 哲(やの さとし、1963年1月16日 - )は、日本… 矢野 哲(やの さとし、1963年1月16日 - )は、日本の元陸上競技選手、指導者。宮崎県延岡市出身。筑波大学体育専門学群卒業。現在はJFEスチール競走部の監督を務める。 宮崎県立延岡西高等学校、筑波大学出身。 箱根駅伝には3度出場。4年時の第61回箱根駅伝は復路は雪が舞う悪コンディションだった中で、7区を担当。区間賞を獲得する活躍で、6年連続のシード権獲得に貢献した。 日本電信電話株式会社(NTT)に入社し、NTT中国(現:NTT西日本)として全日本実業団駅伝には8回出場した。また、1987年には世界クロスカントリー選手権の日本代表として出場している(結果は184位)。 1995年3月に現役を引退し、同年4月からはNTT中国のコーチを務め、1997年には監督に就任した。
渋谷 俊浩(しぶたに としひろ、1962年8月30日 - )… 渋谷 俊浩(しぶたに としひろ、1962年8月30日 - )は、日本の元陸上競技選手(長距離走、マラソン)。兵庫県加古川市出身。
麻場 一徳(あさば かずのり、1960年9月12日 - )は… 麻場 一徳(あさば かずのり、1960年9月12日 - )は、日本の元陸上競技選手。現山梨学院大学教授、同大学陸上競技部部長兼監督。 愛知県岡崎市出身。岡崎市立城北中学校卒業。愛知県立岡崎高等学校卒業後、筑波大学へ進学。大学4年次の第9回アジア大会では、1600mリレーで第1走を務め優勝に貢献。同じく400mリレーでは第3走を務め3位入賞。大学卒業後は筑波大学大学院に進学。ユニバシアードエドモントン大会では、400mで準々決勝進出。翌年の第1回世界陸上競技選手権大会では、1600mリレーで第2走を務め、準決勝進出。 現役を退いた後は筑波大学体育センター準研究員を経て、1987年に都留文科大学文学部初等教育学科の専任講師に就任。
尾縣 貢(おがた みつぎ、1959年6月29日 - )は、日… 尾縣 貢(おがた みつぎ、1959年6月29日 - )は、日本の陸上競技解説者・陸上競技選手・体育学者。元十種競技日本王者。博士(体育科学)(筑波大学)。日本陸上競技連盟会長。筑波大学大学院人間総合科学研究科教授。 兵庫県加東郡滝野町(現在の加東市)出身。兵庫県立小野高等学校、筑波大学卒業。 小野高校時代、全国高等学校総合体育大会陸上競技大会の110mHに出場。全国制覇を成し遂げた。筑波大学時代は、十種競技の日本のトップ選手として名をはせた。小野高時代の1977年にアメリカ・ロサンゼルスで開催された日米ジュニア陸上大会で記録した110mHの14.1秒と、筑波大時代の1982年に筑波大で開催された混成記録会での十種競技7255点は、2021年現在も兵庫県民男子最高記録の地位を維持し続けている。
阪本 孝男(さかもと たかお、1958年12月19日 - )… 阪本 孝男(さかもと たかお、1958年12月19日 - )は、1970年代から1980年代の日本の元陸上競技選手で、陸上競技指導者、陸上競技解説者。現役時代の専門種目は走高跳で、元日本記録保持者。1984年ロサンゼルスオリンピック日本代表。群馬県出身。 群馬県立富岡高等学校から筑波大学に進む。1977年10月の日本学生陸上競技対校選手権大会で、2メートル21の日本タイ記録を達成した。1978年、日本陸上競技選手権大会に初めて優勝し、代表として出場したアジア競技大会(バンコク)でも優勝する。1979年4月の静岡リレーカーニバルで2メートル25の日本新記録を樹立した。1980年モスクワオリンピック代表に選ばれたが、日本が不参加のため出場できなかった。
茂木 善作(もぎ ぜんさく、1893年(明治26年)12月1… 茂木 善作(もぎ ぜんさく、1893年(明治26年)12月10日 - 1974年(昭和49年)12月24日)は、日本の陸上競技選手、スポーツ指導者、教員。山形県飽海郡本楯村(現・酒田市)の出身で、山形県初のオリンピック選手である。また、第1回箱根駅伝で最終10区を走り、11分52秒差を覆して東京高等師範学校(現・筑波大学)を優勝に導いた。 1893年(明治26年)12月10日、山形県飽海郡本楯村大字豊原(現・酒田市豊原)に生まれる。茂木家は農家で、善作は三男であった。当時はまだ、農家の三男が普通に学校に通える時代ではなく、晩年の茂木は両親や兄弟にいつも感謝していた。1913年(大正2年)に山形県師範学校(山形師範、現・山形大学地域教育文化学部)を卒業する。
星野 有(ほしの ゆたか)は、日本の陸上競技選手。群馬県出身… 星野 有(ほしの ゆたか)は、日本の陸上競技選手。群馬県出身。群馬県立中之条高等学校、筑波大学卒業。元800m・1500m日本高校記録保持者。