徳野 崇行(とくの たかゆき、1978年 - )は、日本の仏… 徳野 崇行(とくの たかゆき、1978年 - )は、日本の仏教民俗学者(博士(仏教学))、駒澤大学教授、曹洞宗の僧侶(宮城県松島町、寳船寺副住職)。専門は仏教民俗学、特に日本禅宗の供養儀礼. 1978年、宮城県宮城郡松島町の寳船寺の次男に生まれる。小学生で得度し、駒大付属高から同大仏教学部仏教学科に進学、長谷部八朗(同大元学長、宗教学)に師事。2001年、同大大学院人文科学研究科仏教学専攻修士課程へ進学。2007年、同大学院博士後期課程を一旦満期退学のち、大本山永平寺、及び永平寺鹿児島出張所紹隆寺にて1年間修行。乞暇後、大学院に戻ってオーバードクターとして研究を続け、2011年、『日本仏教における追善供養の研究 - 歴史的変遷と現状 - 』にて、課程博士、博士 (仏教学)取得。
吉村 昇洋(よしむら しょうよう、1977年3月16日 - … 吉村 昇洋(よしむら しょうよう、1977年3月16日 - )は、日本の曹洞宗の僧。公認心理師・臨床心理士(専門は認知行動療法)。写真家。広島県広島市出身。曹洞宗八屋山普門寺住職。 禅仏教・精進料理・臨床心理学・食育の研究・講義・講演、仏教マンガ研究など活動は多岐にわたり、雑誌各誌にて連載、執筆を行う。また、各種イベントにて他領域の専門家との対談(鼎談)も積極的に行っている。 広島城北高等学校卒、駒澤大学大学院にて仏教学修士、広島国際大学大学院にて臨床心理修士をそれぞれ取得。2010年に臨床心理士資格、2018年に公認心理師資格を取得。 2002年に曹洞宗大本山永平寺にて修行。2004年の乞暇後、永平寺史料全書編纂室に勤務。
藤岡 善信(ふじおか よしのぶ、1976年 - )は浄土真宗… 藤岡 善信(ふじおか よしのぶ、1976年 - )は浄土真宗本願寺派の僧侶。スタッフが全員僧侶という「坊主バー」のマスターで、僧侶からなる楽隊「坊主バンド」のリーダーである。音楽家としては「Zennen(善念)」、「色即是空男」(しきそくぜくうお)という名義も使う。僧侶が経営するバーやカフェの先駆者の一人である。 岡山県で誕生。幼少の頃に母親が出家し、熱心な信仰者の祖母に引き取られ、仏教に惹かれる。 15歳の時にボブ・ディランに出会い衝撃を受け渡米を志したが、周囲の反対もあり高校に通い、ボクサーになる。駒澤大学に入学。在学中、仏教詩人の坂村真民と出会い、仏教への傾倒を深める。インドに渡りマザー・テレサと面談。
林鳴宇(りん めいう、1972年 - )は、中華人民共和国上… 林鳴宇(りん めいう、1972年 - )は、中華人民共和国上海市出身の曹洞宗の僧侶、仏教学者。専門は中国天台。 駒澤大学大学院人文科学研究科仏教学専攻修了、博士(仏教学)。学習院大学、駒澤大学、東京電機大学非常勤講師。 東京電機大学では、アジア文化研究と中国語の講義を担当しており、人気の講座になっている。 日本印度学仏教学会会員、日本宗教学会会員、日本道教学会会員等。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
高梨 尚之(たかなし しょうし、1972年 - )は、日本の… 高梨 尚之(たかなし しょうし、1972年 - )は、日本の精進料理研究家、曹洞宗の僧侶(永福寺住職、布教師)。男性。
佐久間 賢祐(さくま けんゆう、1965年ー )は、日本の仏… 佐久間 賢祐(さくま けんゆう、1965年ー )は、日本の仏教学者・僧侶。専門は、曹洞宗学・禅学・禅戒論。苫小牧駒澤大学元学長。宮城県出身。 1988年、駒澤大学仏教学部卒業。1993年、同大学院人文学研究科博士課程単位取得退学。1993年、曹洞宗宗学研究所研究員。1998年、苫小牧駒澤大学国際文化学部専任講師。2003年、同国際文化学部助教授。同学事課長・同教務課長を兼任。2007年、同国際文化学部准教授。2009年、同国際文化学部教授。2015年5月、苫小牧駒澤大学学長に就任。2017年3月、苫小牧駒澤大学学長を辞任。2019年苫小牧駒澤大学退職。宮城県龍泰寺住職。東北福祉大学仏教専修科講師。
本山 嗣朗(もとやま しろう、1960年 - )は、日本の元… 本山 嗣朗(もとやま しろう、1960年 - )は、日本の元雑誌記者、編集者、著作家、僧侶。週刊パーゴルフ副編集長、日本ジャーナリスト専門学校講師を歴任。新潟県十日町市の福聚山長命寺住職。 新潟県松代町(現十日町市)出身。駒澤大学卒業。 月刊誌の出版社を経て、学習研究社の週刊パーゴルフ編集部に配属。1985年から編集記者としてプロツアーを中心にゴルフ界を取材。のちに週刊・月刊パーゴルフ副編集長となる。1996年、学習研究社を退社。 以降、旅行誌の編集長を務めながらフリーの編集記者として活動する。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・作詞家・作家・放送作家・随筆家(コラムニスト)・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
山中 律雄(やまなか りつゆう、1958年3月22日 - )… 山中 律雄(やまなか りつゆう、1958年3月22日 - )は日本の歌人、曹洞宗の僧侶。日本文藝家協会会員。現代歌人協会会員。日本歌人クラブ秋田県代表幹事。秋田魁新報読者文芸「短歌」選者。秋田県歌人懇話会会長。短歌結社「運河」所属。 秋田県にかほ市出身・在住。駒澤大学仏教学科時代に短歌を始め、1983年に「運河」に入会した。川島喜代詩に師事し、後に代表となる。 1996年、歌集『無窮より』(川島書店)を出版した。1997年、「現代短歌の新しい風」(ながらみ書房)に参加する。 2000年、歌集『刻ゆるやかに』(角川書店)を出版。同歌集にて「秋田県芸術選奨」「日本歌人クラブ東北地域ブロック優良歌集賞」を受賞した。
角田 泰隆(つのだ たいりゅう、1957年 - )は、日本の… 角田 泰隆(つのだ たいりゅう、1957年 - )は、日本の仏教学者・曹洞宗の僧侶(長野県伊那市常圓寺住職)。駒澤大学教授。 長野県伊那市生まれ。駒澤大学大学院修士課程修了。大本山永平寺安居。曹洞宗宗学研究所所員、主任。駒澤短期大学仏教科講師、助教授、教授。駒澤大学仏教学部禅学科教授。博士(文学)。
羽田 守快(はねだ しゅかい、1957年 - )は、日本の僧… 羽田 守快(はねだ しゅかい、1957年 - )は、日本の僧侶、文筆家。天台寺門宗「金翅鳥院」住職。 東京都生まれ。和光高校、駒澤大学文学部心理学専攻卒業。学生時代より修験道、密教の門をたたく。密教の立場から祈祷占術の研究を重ねる。天台寺門宗旧東京出張所でもある天台宗大福生寺、故白戸快昇大僧正門下に入り、主に密教と修験を学ぶ。また密教占星法を研鑽、独自の尊星王流宿曜道を確立。尊星王流宗家。密教祈祷、密教占星術、心理セラピーなどを融合して信徒の育成にあたる。天台寺門宗本山布教師、大慈光教主管、総本山園城寺学問所員、鎌倉市の金翅鳥院住職。 著書に「実践 般若心経入門」「般若心経入門」「修験道秘経入門」「密教宿曜占星術」「破門殺」など。
金田 諦應(かねた たいおう、1956年4月12日 - )は… 金田 諦應(かねた たいおう、1956年4月12日 - )は、日本の僧侶。曹洞宗通大寺住職。日本臨床宗教師会副会長。宮城県出身。 栗原市生まれ。1979年、駒澤大学仏教学部卒業。1982年、同大学院修士課程修了。2000年、通大寺の住職に就任。 東北大学大学院 実践宗教学寄附講座運営委員長。日本スピリチュアルケア学会会員。傾聴移動喫茶「カフェ・デ・モンク」主宰。 この項目は、宗教家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル 宗教/ウィキプロジェクト 宗教)。
佐藤 秀孝(さとう ひでたか《しゅうこう》、1953年 - … 佐藤 秀孝(さとう ひでたか《しゅうこう》、1953年 - )は、日本の仏教学者、僧侶。駒澤大学教授。新潟県の曹洞宗少林寺住職。 新潟県生れ。駒澤大学仏教学部卒業。同大学大学院文学研究科仏教学専攻修士課程修了。同博士後期課程満期退学。駒澤大学仏教学部禅学科教授。曹洞宗文化財調査委員会委員、大本山建長寺研究員、永平寺史料全書編纂委員会委員など歴任。新潟県十日町市曹洞宗少林寺住職。 著書に「明峯素哲禅師の生涯」「道元思想大系 2 伝記篇 第2巻」など。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
村上 信行(むらかみ のぶゆき、1949年〈昭和24年〉9月… 村上 信行(むらかみ のぶゆき、1949年〈昭和24年〉9月1日 - )は、日本の政治家、僧侶。山梨県上野原市長(2期)。元上野原市議会議員(2期)。 駒澤大学仏教学部卒業。上野原市上野原の龍泉寺の住職を務める。 2011年(平成23年)、上野原市議会議員に初当選。 2017年(平成29年)2月19日に行われた上野原市長選挙に立候補するも次点で落選。 2021年(令和3年)2月21日に行われた市長選に長崎幸太郎知事の支援を受けて立候補し、自由民主党衆議院議員の堀内詔子の支援を受けた現職の江口英雄、用地買収をめぐり江口に対し住民訴訟(2020年10月敗訴確定)を起こした渡辺敦雄を破り初当選した。3月20日、市長就任。
一戸 彰晃(いちのへ しょうこう、1949年 - 2023年… 一戸 彰晃(いちのへ しょうこう、1949年 - 2023年3月25日)は、青森県五所川原市金木町の仏教僧侶。曹洞宗雲祥寺の住職。 駒澤大学大学院修士課程英米文学専攻修了。「狭山事件の再審を求める市民集会」実行委員、および市民団体『竹島の日』を考え直す会のメンバー。2012年9月16日の東国寺における石碑建立を主導した「東国寺を支援する会」の代表者。 2013年5月21日、元小学校教員の久保井規夫や元高校教員の黒田伊彦とともに韓国釜山市で記者会見をおこない、「独島は歴史的に韓国の領土」と述べた。 5月23日には「独島は韓国領」と書かれたTシャツを着用して竹島に上陸し、韓国語で「独島は韓国のものだ」と宣言した。
大下 一真(おおした いっしん、1948年7月2日 - )… 大下 一真(おおした いっしん、1948年7月2日 - )は、日本の歌人、臨済宗円覚寺派の僧侶。瑞泉寺住職。 静岡県生まれ。駒澤大学仏教学部卒業。1981年まで、円覚寺専門道場にて修行。1985年、瑞泉寺住職。 1971年、高校在学中に歌誌「まひる野」に入会。1982年より同誌編集委員、2015年より編集発行人。角川「短歌」選者。 親交のあった山崎方代の没後、1988年、研究誌「方代研究」の創刊にかかわり、以来、編集を担当。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
奥村 正博 (おくむら しょうはく、1948年6月22日-)… 奥村 正博 (おくむら しょうはく、1948年6月22日-)は、日本の曹洞宗の僧侶で、インディアナ州ブルーミントンの三心寺の開山。 1997年から2010年までサンフランシスコにある曹洞宗北アメリカ開教センター(現、曹洞宗国際禅センター)長を務めた。 1948年、大阪に生まれた。その後駒澤大学に入学した。在学中の1969年に安泰寺の接心に参加、翌1970年12月8日、安泰寺にて内山興正の下で出家し、1975年に内山が隠退するまで修行を続けた 。 その後、アメリカに渡り、マサチューセッツにパイオニアヴァレー禅堂(英語版)を共同創設し、1981年までそこで禅を教えた。 その年、病気のため一旦日本に帰国し、1993年まで京都禅センターで内山の命で内山や道元の著書を日本語から英語に翻訳し始めた。
川口 高風 (かわぐち こうふう、1948年3月 - )は、… 川口 高風 (かわぐち こうふう、1948年3月 - )は、日本の曹洞宗の僧侶、法持寺住職。愛知学院大学教授。専門は日本禅宗史。博士(仏教学)。
佐藤 達全(さとう たつぜん、1948年2月3日 - )は、… 佐藤 達全(さとう たつぜん、1948年2月3日 - )は、日本の仏教学者、僧侶。育英短期大学教授。群馬県の曹洞宗常仙寺副住職。 高崎市生まれ。1970年駒澤大学仏教学部禅学科卒業。1976年同大学大学院博士課程満期退学。明和女子短期大学専任講師、前橋育英短期大学助教授を経て、育英短期大学保育学科教授。鶴見大学短期大学部講師(仏教保育担当)、曹洞宗・常仙寺副住職。食物も研究する。 著書に「道元・日々の生きかた 典座教訓・赴粥飯法・衆寮箴規」「典座教訓 - 永平寺流精進料理の心」「暮らしの仏教Q&A」など。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
粟谷 正光(あわや しょうこう〈まさみつ〉、1948年 - … 粟谷 正光(あわや しょうこう〈まさみつ〉、1948年 - )は、日本の水墨画家、僧侶。山口県出身。雅号は大雲 道人(だいうん どうじん)。福井県三方郡美浜町の徳賞寺住職。 山口市生まれ。多々良学園高校、駒澤大学仏教学部学科卒業。高校在学時から日展作家の多田院大に師事。仏教美術に関心を深めた。1970年、第一回正光展開催。1971年、大本山永平寺僧堂に修行安居。1972年、広島大学文学部倫理学研究室入学。1974年、愛媛県端応寺専門僧堂に修行安居(4年間)。 1981年、福井県三方町曹洞宗宗伝寺住職となる。1988年 大本山永平寺七十七貫主・丹羽廉芳禅師より画号「大雲道人」拝受。1997年、徳賞寺住職となり、だるま大師の水墨画を描くことが増える。
廣瀬 良弘(ひろせ りょうこう、1947年7月28日 - )… 廣瀬 良弘(ひろせ りょうこう、1947年7月28日 - )は、日本の歴史学者、曹洞宗僧侶(横浜市寿徳寺住職)兼埼玉県杉戸町 源長寺 埼玉県宗教法人番号 4216。駒澤大学名誉教授。日本禅宗史専攻。 埼玉県杉戸町生まれ。駒澤大学文学部卒業、1975年駒澤大学大学院人文科学研究科日本史学専攻博士課程満期退学。1986年『禅宗地方展開史の研究 中世・近世の曹洞宗を中心として』で駒澤大学文学博士。1987年、駒澤大学文学部歴史学科専任講師就任、1989年助教授、1995年教授。2013年から2017年まで駒澤大学学長を務めた。2018年名誉教授。
渡会 正純(渡會 正純、わたらい しょうじゅん、1947年 … 渡会 正純(渡會 正純、わたらい しょうじゅん、1947年 - )は、日本の教育者、僧侶。 大学非常勤講師、社会福祉法人専務理事、大本山總持寺祖院副寺などを歴任。 北海道生まれ。少年工科学校9期。1973年、駒澤大学大学院修士課程修了。鶴見女子中学・高等学校教諭の傍ら東邦音楽大学非常勤講師、金沢工業大学穴水湾自然学苑非常勤講師を経て、足利工業大学非常勤講師を歴任。曹洞宗宗学研究員、大本山總持寺祖院副寺兼講師、社会福祉法人諸岳会専務理事を務める。 著書に「直心是我師 - 自分らしく生きる禅語45」「無という生き方」「あったまる禅語」などがある。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
丸山 劫外(まるやま こうがい、女性、1946年12月8日 … 丸山 劫外(まるやま こうがい、女性、1946年12月8日 - )は、群馬県出身の日本の曹洞宗の尼僧、埼玉県吉祥院住職。和歌の研究者。元脚本家(ペンネームは丸山文櫻)。詩人。 早稲田大学教育学部に入学。映画研究会に所属し、才賀明に師事。「仮面ライダー」の96話ほか、「ケンちゃんシリーズ」などの脚本を執筆。5年ほど脚本家として活動。 その後、デザイン会社経営の後、1982年に曹洞宗で出家。愛知専門尼僧堂で修行の後、最乗寺塔頭正寿庵住職となる。大雄山最乗寺第十八世余語翠巖老師に嗣法。師の遷化後駒澤大学大学院入学、博士後期課程を満期退学の後、曹洞宗総合研究センター宗学研究部門研究員となり、道元の和歌を研究する。
野田 大燈(のだ だいとう、1946年3月21日 - )は、… 野田 大燈(のだ だいとう、1946年3月21日 - )は、日本の曹洞宗の僧侶、教育者。喝破道場塾長、報四恩精舎住職。元總持寺後堂。 サッカーワールドカップ日本代表元監督の岡田武史の心の師として知られる。 1946年3月21日、香川県高松市に生まれる。1973年、働きながら香川県立高松南高等学校定時制を卒業。指圧鍼灸専門学校に通い、健康器具販売会社を設立。1974年4月8日、駒澤大学理事長の栗田大俊に師事して出家得度。瑞応寺専門僧堂にて修行。1975年、遺産の土地に醤油樽、後にバスを改造した「報四恩精舎」を建てる。不登校や非行の青少年を受け入れ、1984年に財団法人喝破道場を設立。1993年、四恩の里設立、1994年、若竹学園を設立。
中村 信幸(なかむら としゆき《しんこう》、1946年 - … 中村 信幸(なかむら としゆき《しんこう》、1946年 - )は、日本の中国語学者、僧侶。杏林大学教授。甲府市の曹洞宗福寿院および韮崎市の曹洞宗松雲寺住職。 山梨県生れ。東京外国語大学中国語学科卒業。駒澤大学大学院文学研究科仏教学専攻修士課程修了。東京外国語大学大学院修士課程修了。 駒澤大学および大正大学、東京薬科大学、中央大学商学部、 山梨医科大学などの非常勤講師、大正大学専任講師などを経て杏林大学外国語学部中国語学科教授。外国語学部開設時の1988年より教鞭をとり、2011年1月18日に最終講義を行い退職。甲府市福寿院ならびに韮崎市松雲寺住職。 著書に「慧能研究」「典座教訓・赴粥飯法」「作る心、食べる心」などの共著がある。
アルボムッレ・スマナサーラ(シンハラ語: අලුබෝමුල්… アルボムッレ・スマナサーラ(シンハラ語: අලුබෝමුල්ලේ සුමනසාර Alubomulle Sumanasara、1945年4月 - )は、イギリス領セイロン(現・スリランカ)出身の僧侶。スリランカ上座仏教(テーラワーダ仏教)長老であり、スリランカ上座仏教シャム派の日本大サンガ主任長老、日本テーラワーダ仏教協会長老、スリランカ・キリタラマヤ精舎住職。日本において仏教伝道、および瞑想指導を行う。『怒らないこと』(サンガ新書)など多数の著書がある。仏教とは今この場で役に立ち、自ら実践し理解する智慧の教えであると説く。 1945年4月、イギリス領セイロン(現・スリランカ)のアルボ村に生まれた。
大野 榮人(おおの ひでと、1944年12月28日 - )は… 大野 榮人(おおの ひでと、1944年12月28日 - )は、広島県出身の僧侶、愛知学院大学元学長。玉琳山天寧寺の住職。 1944年広島県生まれ。1967年駒澤大学仏教学部仏教学科卒業、1973年大谷大学大学院文学研究科博士後期課程仏教学専攻満期退学。 1975年4月から愛知学院大学講師(仏教学)。1981年日本印度学仏教学会賞受賞。 1992年2月愛知学院大学教授就任、同年11月駒沢大学にて論文博士(仏教学)取得。 愛知学院大学禅研究所所長を経て、2010年3月同大学長就任、2014年10月学長退任。
小原 智司(おはら ちし、1944年7月15日 - )は、日… 小原 智司(おはら ちし、1944年7月15日 - )は、日本の僧侶。曹洞宗大教師。豊橋市西光寺住職。全国曹洞宗青年会理事、日本スリランカ禅仏教協会事務局長を歴任。 愛知県田原市伊良湖生まれ(旧姓山下)。1973年駒澤大学仏教学部卒業。1975年同大学大学院修士課程修了。大本山永平寺特別僧堂安居。1983年全国曹洞宗青年会監査役、1985年全国曹洞宗青年会理事、1987年日本スリランカ禅仏教協会事務局長を歴任。1986年以来、スリランカやミャンマーなど、貧困や差別などの厳しい状況にいるアジア仏教国の人々への支援活動を行う。2004年スリランカで初の曹洞宗寺院となる瑞慶山永雲寺を建立。その寺院を拠点とし、貧困地域からの要請を受けて境内に幼稚園や小学校を建設するなど災害支援や教育振興に尽力。
篠原 鋭一 (しのはら えいいち、1944年-)は、日本の曹… 篠原 鋭一 (しのはら えいいち、1944年-)は、日本の曹洞宗の僧侶(長寿院住職)、NPO法人自殺防止ネットワーク風(かぜ)理事長。 兵庫県豊岡市の寺院に生まれる。3歳時に父が亡くなり、母と共に他のお寺に移る。駒澤大学仏教学部を卒業後、仏教系の財団法人に勤める。1979年、曹洞宗東南アジア難民救済会議(JSRC、現、シャンティ国際ボランティア会)の結成に参加。カンボジアの難民キャンプで教育活動に携わる。 その後、無着成恭師の紹介で千葉県成田市名古屋の曹洞宗長寿院の住職となり、周辺の大学に通う留学生を対象に研究書代の費用援助活動、留学生の出身である中国少数民族の教育活動に従事。 自身のくも膜下出血での自殺未遂をきっかけに、1995年から自殺対策活動を開始。
藤木 隆宣(ふじき たかのり、1944年 - )は、日本の実… 藤木 隆宣(ふじき たかのり、1944年 - )は、日本の実業家、僧侶。福井県越前市の曹洞宗日庭寺住職。仏教企画代表。社会福祉法人輝雲会理事長。 福井県生まれ。駒澤大学仏教学部卒業。永平寺安居、福井県で県立高校の非常勤講師、財団法人全国青少年教化協議会を経て友人と会社を設立して営業を担当。1982年に有限会社仏教企画を設立。季刊『曹洞禅グラフ』、『仏教企画通信』を発刊。書籍の出版ならびに販売などを行う。 1990年に社会福祉法人輝雲会の理事長に就任。2013年3月、立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科前期課程修了。福井県で「たいら保育園」、相模原市南区で「あおいそら保育園」、愛川町で児童養護施設「手まり学園」を運営する。
吉津 宜英(よしづ よしひで、1943年12月17日 - 2… 吉津 宜英(よしづ よしひで、1943年12月17日 - 2014年1月5日)は、日本の仏教学者・曹洞宗僧侶。専門は華厳、東アジア仏教思想。学位は、博士(仏教学)(駒澤大学・乙種)。駒澤大学教授。駒澤大学仏教経済研究所所長を務めた。広島県府中市出身。 1943年、広島県府中市の曹洞宗松林寺に生まれる。広島県立府中高等学校卒業後、駒澤大学仏教学部に進学。1966年に卒業。同級生の石井修道(同大教授)・袴谷憲昭(同大教授)と共に三羽烏と称された。同大学院進学、鎌田茂雄・宮本正尊の両師に師事、1971年に同大学院博士課程満期退学。1980年に『阿毘達磨倶舎論索引』(平川彰らとの共同研究)で日本学士院賞受賞、日本印度学仏教学会賞も受賞。
石川 力山(いしかわ りきざん、1943年11月4日-199… 石川 力山(いしかわ りきざん、1943年11月4日-1997年8月4日)は、日本の仏教学者、曹洞宗僧侶。 宮城県加美郡中新田町(現、加美町)生まれ。加美町立中新田中学校、宮城県古川高等学校卒業。1974年駒澤大学大学院仏教学専攻博士課程満期退学。1981年駒澤大学専任講師。1982年日本印度学仏教学会賞受賞。1991年駒澤大学仏教学部教授。1997年、在任中に急逝。享年53歳。
池田 魯參(いけだ ろさん、1941年〈昭和16年〉- )は… 池田 魯參(いけだ ろさん、1941年〈昭和16年〉- )は、日本の曹洞宗の僧侶(長野県長野市豊野町柳原寺住職)・仏教学者。第30代駒澤大学総長。専門は中国天台教学。幼名は悟。 埼玉県北足立郡与野町下落合(現さいたま市中央区)生まれ。1944(昭和19)年、父の本籍地である長野県上水内郡の柳原寺に戦時疎開。1957(昭和32)年、長野県長野高等学校入学。1960(昭和35)年に駒澤大学仏教学部禅学科入学、魯参に改名。1964(昭和39)年、同大学卒業。1969(昭和44)年、同大学院博士後期課程満期退学、同学部助手に着任。1972(昭和47)年に同大専任講師、1977(昭和52)年に助教授、1983(昭和58)年に教授就任。
村上 泰賢(むらかみ たいけん、1941年 - )は、日本の… 村上 泰賢(むらかみ たいけん、1941年 - )は、日本の曹洞宗の僧侶(東善寺住職)。小栗上野介顕彰会理事、「小栗上野介忠順」研究の第一人者。 群馬県生まれ。駒澤大学文学部卒業。県立高校教諭を経て、曹洞宗東善寺住職。小栗上野介顕彰会理事。 群馬高体連登山部参与、群馬県山岳連盟参与を歴任。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
細川 景一(ほそかわ けいいつ、1940年11月 - )は、… 細川 景一(ほそかわ けいいつ、1940年11月 - )は、日本の臨済宗妙心寺派の僧侶。元同派の宗務総長、元学校法人花園学園理事長、花園大学学長、花園大学国際禅学研究所所長(兼任)、財団法人禅文化研究所理事長、所長、東京都世田谷区の龍雲寺住職。 日本画家の細川要子(旧姓:松原)は妻、同派元教学部長の松原泰道は義父、松原哲明は義兄。
萩野 浩基(はぎの こうき、1940年〈昭和15年〉7月20… 萩野 浩基(はぎの こうき、1940年〈昭和15年〉7月20日 - 2015年〈平成27年〉10月18日)は、日本の政治家、哲学者、僧侶。衆議院議員(3期)、参議院議員(1期)、科学技術政務次官(羽田内閣)、衆議院沖縄及び北方問題に関する特別委員長、島根県済善寺住職、東北福祉大学学長などを務めた。島根県鹿足郡津和野町出身。 島根県鹿足郡津和野町(旧津和野町域)にある曹洞宗の寺院・永明寺に生まれる。世田谷高等学校、駒澤大学卒業を経て、1970年(昭和45年)早稲田大学大学院政治学研究科修士課程を修了。玉川大学、共立女子大学、駒澤大学、早稲田大学社会科学部などの講師を経て、1977年(昭和52年)東北福祉大学助教授となり、1979年(昭和54年)東北福祉大学教授。
大谷 哲夫(おおたに てつお、1939年8月22日 - )は… 大谷 哲夫(おおたに てつお、1939年8月22日 - )は、日本の仏教学者、曹洞宗の僧侶。駒澤大学学長・総長、都留文科大学理事長、東北福祉大学学長、曹洞宗総合研究センター所長、北京大学客員教授、国際(日中)禅文化交流協会会長などを歴任。市ヶ谷の長泰寺住職。東京都出身。 新宿区生まれ 。1958年3月、山梨県立都留高等学校卒業。1963年3月、早稲田大学第一文学部哲学科東洋哲学専修卒業。1965年3月、早稲田大学大学院文学研究科東洋哲学専攻修了。1969年3月、駒澤大学大学院人文科学研究科博士課程仏教学専攻満期退学、4月に曹洞宗宗学研究所研究員。1977年4月、駒澤大学北海道教養部専任講師(岩見沢駒澤短期大学兼任講師)。
中野 東禅(なかの とうぜん、1939年 - )は、日本の仏… 中野 東禅(なかの とうぜん、1939年 - )は、日本の仏教学者、僧侶。曹洞宗総合研究センター講師など歴任。京都市の曹洞宗龍宝寺住職。 静岡県生まれ。駒澤大学仏教学部禅学科卒業。同大学大学院修士課程修了。曹洞宗教化研修所所員、講師、主事を経て曹洞宗総合研究センター教化研修部門講師。大正大学、駒澤大学、武蔵野大学等の非常勤講師として死生学・生命倫理を担当。「南無の会」副総務、「医療と宗教を考える会」世話人、「死の臨床研究会」世話人、「儀礼文化学会」評議員を歴任。可睡斎後堂、京都市左京区竜宝寺住職を務めた。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
小笠原 隆元(おがさわら りゅうげん、1938年3月1日 -… 小笠原 隆元(おがさわら りゅうげん、1938年3月1日 - )は、日本の仏教学者、僧侶。駒澤大学名誉教授。大本山總持寺顧問。長野県の曹洞宗広沢寺第30世住職。 長野県松本市生れ。1956年長野県松本深志高等学校卒業。同年、駒澤大学仏教学部仏教学科入学、1961年同卒業。同年東京大学大学院人文科学研究科印度哲学専攻修士課程入学、1964年同修了。同年、駒澤大学大学院人文科学研究科仏教学専攻博士課程に入学し1968年3月同満期退学。同年、駒澤大学文学部専任講師、同大学国際仏教研究所理事。 1970年より1973年3月まで東海大学教養部非常勤講師。1971年より1994年3月まで曹洞宗教化研修所海外開教課程嘱託講師。
小倉 玄照(おぐら げんしょう、1937年 - )は、日本の… 小倉 玄照(おぐら げんしょう、1937年 - )は、日本の僧侶、文筆家。岡山県の曹洞宗成興寺第十三世住職。 岡山県生まれ。1960年、駒澤大学仏教学部禅学科卒業。高校教師となり、岡山県立久世高等学校、岡山県立津山東高等学校、岡山県立津山商業高等学校教諭を歴任。1973年3月に退職。 1973年、曹洞宗大本山永平寺講師(1988年末まで)。1982年、曹洞宗特派布教師(1988年まで3期)。 苫田郡加茂町の成興寺住職。加茂保育園園長、理事長を歴任。 著書に「道元禅師旧蹟紀行」「修証義のことば」「道元禅師の慕古」「禅と食」など。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・作詞家・作家・放送作家・随筆家(コラムニスト)・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
有馬 実成(ありま じつじょう、1936年3月7日 - 20… 有馬 実成(ありま じつじょう、1936年3月7日 - 2000年9月18日)は、日本の曹洞宗僧侶。曹洞宗東南アジア難民救済会議JSRCに始まる社団法人シャンティ国際ボランティア会SVAの創設者として専務理事をつとめた。国際協力NGOセンターJANIC副理事長および理事長や、東京災害ボランティアネットワーク副代表等の役員を歴任し、NGO間調整にあたる「NGOの有馬」と呼ばれた。NHK記者・キャスターの有馬嘉男は長男。 1936年3月7日、山口県徳山市(現 周南市)の原江寺に生まれる。1954年多々良学園高等学校(現、高川学園高等学校・中学校)卒業、駒澤大学仏教学部進学。1958年駒澤大学卒業、原江寺住職となる。
東 隆眞 (あずま りゅうしん、1935年12月20日 - … 東 隆眞 (あずま りゅうしん、1935年12月20日 - 2022年5月17日)は、日本の仏教学者(文学博士、元駒沢女子大学学長、同名誉教授)、曹洞宗の僧侶(大乗寺山主、同専門僧堂堂長)。専門は曹洞宗学(瑩山紹瑾・徹通義介)。
河内 賢隆(かわうち けんりゅう、1935年 - )は、日本… 河内 賢隆(かわうち けんりゅう、1935年 - )は、日本の英文学者、僧侶。駒澤大学名誉教授。千葉県の曹洞宗仁守寺住職。 千葉県生まれ。千葉県立国府台高等学校卒業。1975年駒澤大学大学院人文科学研究科英文学専攻。駒澤大学教養部教養教育等外国語英語科教授。日本英文学会、中世英文学会などに所属。 1993年、山口晃との共訳『ビルマ―タイ鉄道建設捕虜収容所- 医療将校ロバート・ハーディ博士の日誌 1942-45』で 第30回日本翻訳文化賞を受賞。大学を定年を前に退職。ドイツ語学者の河内信弘は弟。千葉市中央区の曹洞宗仁守寺住職。 著書に「シェイクスピアとその背景」「ウェアリー・ダンロップの戦争日記」「ビルマ‐タイ鉄道建設捕虜収容所」などの共訳書がある。
原田 道一(はらだ どういつ、1935年 - )は、日本の僧… 原田 道一(はらだ どういつ、1935年 - )は、日本の僧侶、文筆家。岐阜県の曹洞宗正宗寺東堂。 高山市生まれ。1941年春から半年間、三重県津市景雲寺(尼寺)に預けられ、剃髪。1963年駒澤大学仏教学部卒業。曹洞宗教化研修所青年コース(4年間)修了。岐阜県立高校教諭(倫理と社会科)を経て、正宗寺住職となる。住職としての職責のほか講演会、音楽会などを企画、運営。地元飛騨の地域、文化活動に積極的に関わる。 著書に「出あうところ わがいのち」「脳幹鍛練で『自分流の生き方』をつくる -いま、身心一如の時代に必要なこと」など。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・作詞家・作家・放送作家・随筆家(コラムニスト)・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
酒井 大岳(さかい だいがく、1935年 - 2020年2月… 酒井 大岳(さかい だいがく、1935年 - 2020年2月4日)は、日本の禅僧(曹洞宗)。群馬県吾妻郡東吾妻町長徳寺17世住職。本名は酒井哲雄(てつお)。 群馬県生まれ。駒澤大学仏教学部禅学科卒業。群馬県立吾妻高等学校で30年余り書道講師を勤めた。南無の会会友。 道元禅師の「愛語」(愛に満ちた言葉)など仏教の教えを分かりやすい言葉で、かみくだいて説き、多くの著作がある。 金子みすゞの詩を愛好し、著書に「酒井大岳と読む金子みすゞの詩」などがある。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
椎名 宏雄(しいな こうゆう、1934年 - )は、東京生ま… 椎名 宏雄(しいな こうゆう、1934年 - )は、東京生まれの日本の仏教学者・書誌学者、曹洞宗の僧侶(龍泉院 (柏市)東堂)。専門は禅宗文献学(宋元版禅籍)。 1934年、東京府淀橋区戸塚町に、日本大学主事、龍泉院住職の椎名正雄の長男に生まれる。6歳の時、千葉県東葛飾郡沼南町の龍泉院に転居。 高校生時に両親を亡くすも、父と同じ日本大学文学部宗教科に進学、のち駒澤大学仏教学部禅学科に編入。同学部卒業後、大本山永平寺にて修行。 1958年に龍泉院住職に就任。1962年より同大学院人文科学研究科仏教学専攻修士課程に進学。衛藤即応に師事。同博士後期課程満期退学後、曹洞宗宗学研究所研究員を経て、曹洞宗総合研究センター委託研究員、駒澤大学大学院非常勤講師、大本山永平寺眼蔵会講師、柏市文化財保護委員会会長を歴任。
田中 良昭 (たなか りょうしょう、1933年3月3日 - … 田中 良昭 (たなか りょうしょう、1933年3月3日 - 2016年1月12日)は、日本の曹洞宗の僧侶(静岡県菊川市正林寺住職)、仏教学者(中国禅宗史・敦煌文献、文学博士)、曹洞宗総合研究センター所長、駒澤大学総長・名誉教授。妻は賀来(田中)良江でタンダバハダンスカンパニィを主催し児童舞踊に大きく貢献した。
青山 俊董(あおやま しゅんどう、1933年〈昭和8年〉1月… 青山 俊董(あおやま しゅんどう、1933年〈昭和8年〉1月15日 - )は、曹洞宗の尼僧。澤木興道、内山興正、余語翠巖らに師事した。 大本山總持寺西堂(2022年〜)。愛知専門尼僧堂堂長(1976年〜)。塩尻市の曹洞宗無量寺住職(1975年〜2006年)、以降東堂。 昭和8年(1933年)、愛知県一宮市の在家(農家)の生まれ。母が妊娠・出産した際、御講の場において、御嶽教の先達であった祖父から、生まれてくる子は将来出家するであろうとの予言(神託)があったとされる。 昭和12年(1937年)4月8日、数え年5歳(満4歳)の時、実家・両親から離れ、長野県塩尻市の無量庵(昭和17年に「無量寺」となる)に入門する。
福山 諦法(ふくやま たいほう、1932年11月13日 - … 福山 諦法(ふくやま たいほう、1932年11月13日 - 2021年9月10日)は、日本の僧侶。曹洞宗管長・永平寺79世貫首、仏教伝道協会理事長。道号法諱「絶学諦法」、慈航玄徳禅師。 東京都出身。旧姓小野田。11歳で愛知県新城市鳳来町に学童疎開。1946年、愛知県豊川市の妙厳寺(豊川稲荷)住職、福山忍裳に就いて得度。同寺の修行僧となる。旧制豊川中学校を経て、駒澤大学仏教学部を卒業。同大学大学院修士課程修了。1958年、永平寺に上山する。豊川稲荷東京別院の副寺(ふうす、経理部長のこと)などを経て、1972年、師僧の福山忍裳遷化に伴い、40歳で豊川閣妙厳寺住職となり、福山姓を襲名する。1985年、大本山永平寺名古屋別院監院就任。
前角 博雄(まえずみ はくゆう、1931年2月24日 - 1… 前角 博雄(まえずみ はくゆう、1931年2月24日 - 1995年5月15日)は、日本の曹洞宗の僧侶。 数十年の指導の間に、ロサンゼルス禅センター、ホワイト・プラム・アサンガ、禅マウンテンセンター陽光寺、禅マウンテンモナストリー道真寺を設立し、12人の嗣法の弟子、68人の僧侶、500人の居士を育てた。 安谷白雲の下で公案も学んだ。 鈴木俊隆、崇山行願、宣化と同様に、彼の禅は欧米に大きな影響を与えた。 彼の嗣法の弟子の何人か、例えばバーニー・グラスマン・徹玄、デニス・ゲンポウ・メルツェル、ローリ大道、ジャン・澄禅・ベイズ、シャーロン・浄光・ベック、ウィリアム・ニョゲン・イェオらは、それぞれ参禅会を設立した。
五十嵐 卓三(いがらし たくざん、1931年 - )は、日本… 五十嵐 卓三(いがらし たくざん、1931年 - )は、日本の僧侶。山形県鶴岡市善寶寺第42世住職(前住職)。鶴岡市湯野浜乗慶院25世。大本山總持寺顧問。前大本山總持寺西堂。 鶴岡市生まれ。駒澤大学大学院修士課程修了。曹洞宗教化研修所研修員、乗慶院住職、京都大学特別研修員を歴任。国立鶴岡工業高等専門学校、鶴岡市立荘内看護専門学校にて哲学・心理学を20年にわたり講義を行う。発表論文多数。1983年から2000年までヨーロッパでの講義・講演に招聘された。 2010年に善寶寺42世住職となる。大本山總持寺顧問。令和4年(2022年)4月、退董し善宝寺東堂となる。 著書に『瑩山思想の本質―瑩山禅師の垂語参究』『道元思想の本質―道元禅師の垂語参究』などがある。 「国立国会図書館サーチ」を参照 この項目は、仏教に関連した書きかけの項目です。