河島 英昭(かわしま ひであき、1933年11月22日 - … 河島 英昭(かわしま ひであき、1933年11月22日 - 2018年5月25日)は、日本のイタリア文学者、翻訳家。東京外国語大学名誉教授。 東京府生まれ。福島県立白河高等学校卒業後、学資のため三年間働き、東京外国語大学イタリア語科を卒業、同大学副手、助手、専任講師、助教授、1960年からチェーザレ・パヴェーゼ全集の半ばを翻訳、1960年代後半にローマ大学に留学、1979年、東京外大教授。 イタリア文学の研究、翻訳に業績をあげ、1988年、『ウンガレッティ全詩集』でピーコ・デッラ・ミランドラ賞、1990年、ウンベルト・エーコ『薔薇の名前』の翻訳で日本翻訳文化賞、1991年、BABEL国際翻訳大賞日本翻訳大賞、2006年、『イタリア・ユダヤ人の風景』で読売文学賞受賞。
原 誠(はら まこと、1933年(昭和8年)8月3日 - 2… 原 誠(はら まこと、1933年(昭和8年)8月3日 - 2018年(平成30年)2月16日)は、日本のスペイン語学者、東京外国語大学・拓殖大学名誉教授。 東京生まれ。1956年東京外国語大学スペイン語学科卒業。1964年マドリード・コンプルテンセ大学哲文学部大学院博士課程修了、文学博士、東京外国語大学助教授、教授、1996年定年退官、名誉教授、拓殖大学教授、2004年定年、名誉教授。 2013年4月瑞宝中綬章受章。
近藤 陽次(こんどう ようじ、1933年5月26日 -201… 近藤 陽次(こんどう ようじ、1933年5月26日 -2017年10月9日)は、天体物理学者・SF作家。 日立第一高等学校、東京外国語大学、ニューヨーク市立大学を経て、ペンシルベニア大学の大学院で天体物理学の博士号を取得。NASAの職員となり、ロケット、人工衛星などによる紫外線観測に従事。アポロ計画およびスカイラブ計画の時にはNASAのジョンソン宇宙センター(前:有人宇宙船センター)の天体物理学研究所を率いていた。 またエリック・コタニ(Eric Kotani)のペンネームでSF小説も執筆している。 小惑星の(8072) 近藤陽次は彼に因んで命名された。
辛島 昇(からしま のぼる、1933年4月24日 - 201… 辛島 昇(からしま のぼる、1933年4月24日 - 2015年11月26日)は、日本の東洋史学者。専門は南アジア地域。東京大学名誉教授、大正大学名誉教授。 1933年、東京で生まれた。神奈川県立湘南高等学校を卒業し、東京大学文学部に入学。東洋史学科で学び、1958年に卒業。東京大学大学院人文科学研究科に進み、1961年に修士課程を修了、1964年に博士課程を単位取得退学。 同1964年、東京大学文学部助手に採用された。1967年、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所講師となった。1971年、同助教授に昇格。1974年、東京大学文学部助教授に転じ、1981年に同教授昇格。1993年、学位論文『ヴィジャヤナガル王国支配下の南インド社会:新しい体制の成立へ』を東京大学に提出して 文学博士号を取得。
三木 宮彦(みき みやひこ、1933年4月8日 - )は、映… 三木 宮彦(みき みやひこ、1933年4月8日 - )は、映画評論家。 東京生まれ。本名・饗場徳衛。東京外国語大学イスパニア語学科卒。日本放送協会国際局編成部職員および国際短波放送北欧向け番組PD、映画評論家。専門分野はベルイマンを中心とする北欧映画および北欧文化一般。
藤井 一行(ふじい かずゆき、1933年3月30日 - 20… 藤井 一行(ふじい かずゆき、1933年3月30日 - 2015年12月25日 )は、日本の政治学者、ロシア思想史学者、富山大学名誉教授。 宮城県大崎市生まれ。1951年岩手県立黒沢尻高等学校卒業、東京外国語大学ロシア語学科入学。3年生に進級したあと、肺結核のため2年間休学。1957年同大学卒業。同年、一橋大学大学院社会学研究科入学、金子幸彦に師事。1965年一橋大学大学院博士課程満期退学。1967年、札幌大学外国語学部ロシア語学科助教授。1972年金沢大学教養部助教授(ロシア語)。1978年富山大学人文学部教授(ロシア語ロシア文学コース担当)。1998年、富山大学を定年退官、名誉教授。 19世紀ロシアの民主主義思想、20世紀初頭のロシア・マルクス主義(とりわけレフ・トロツキー)、スターリン主義体制、北朝鮮体制などを研究してきた。
山中 邦紀(やまなか くにき、1933年(昭和8年)3月1日… 山中 邦紀(やまなか くにき、1933年(昭和8年)3月1日 - 2001年(平成13年)1月3日)は、日本の政治家。日本社会党衆議院議員(1期)。弁護士。 岩手県盛岡市出身。岩手県立盛岡第一高等学校を経て、1955年(昭和30年)東京外国語大学英米科卒、1957年(昭和32年)東京大学法学部卒、東京大学大学院法学研究科中退。千葉県立千葉商業高等学校の講師、同教諭を経て、衆議院議員の父山中吾郎の秘書を務め、1966年(昭和41年)に弁護士登録し、開業。1983年(昭和58年)から1年間岩手県弁護士会会長を務めた。 1990年(平成2年)第39回衆議院議員総選挙で旧岩手1区から立候補して初当選。1993年(平成5年)第40回総選挙で落選、1996年(平成8年)第41回総選挙で岩手1区から社会民主党公認で出馬したが、再び落選した。
蓮見 博昭(はすみ ひろあき、1933年 - )は、日本のジ… 蓮見 博昭(はすみ ひろあき、1933年 - )は、日本のジャーナリスト、国際政治学者、恵泉女学園大学名誉教授。 東京生まれ。兄は蓮見和男。1956年東京外国語大学ドイツ語科卒業後、時事通信社入社。ロサンゼルス、ニューヨーク、ハンブルク、ロンドン各特派員、解説委員、出版局長などを務める。1989年恵泉女学園大学英米文化学科教授(アメリカ政治担当)、2004年定年、名誉教授。
西村暢夫(にしむら のぶお、1933年 - 2024年12月… 西村暢夫(にしむら のぶお、1933年 - 2024年12月6日)は、イタリア文化研究家、書籍輸入業者、翻訳家。(財)日伊協会評議員。 京都市生まれ。1956年東京外国語大学イタリア語科卒業。1975年国際交流基金の派遣で日本語講師としてヴェネツィアに滞在。株式会社文流取締役社長をへて会長。書籍の輸入、翻訳を行い、イタリアに日本人のための料理学校を設立し、日本でのイタリア料理普及など、日伊文化交流に尽くした功績で、1980年サンドロ・ペルティーニ大統領から教育・文化・芸術銀賞を授与され、99年イタリア政府から大騎士の称号を授かる。
小浪 充(こなみ たかし、1932年 <昭和7年> 11月1… 小浪 充(こなみ たかし、1932年 <昭和7年> 11月15日 - 2006年 <平成18年> 11月18日)は、日本の社会学者、東京外国語大学名誉教授。元NHKテレビ英会話講師。元日本カナダ学会会長。位階は正四位。 秋田県生まれ。1955年、東京外国語大学外国語学部英米語学科卒業後、東京大学大学院社会科学研究科入学。東大の教養学科アメリカ分科で主任教授を務めた中屋健一に師事した。東大大学院在学中に、フルブライト奨学生としてコロンビア大学国際関係大学院修士課程に留学。 外務省調査員を経て、母校である東京外国語大学英米語学科の教員となる。在職中(1966-1995年)、学部講座では主にアメリカ事情、大学院では地域研究方法論を担当、1980年代の学際研究ブームの一翼を担った外語黄金期を支えた。
藤代 幸一(ふじしろ こういち、1932年10月10日 - … 藤代 幸一(ふじしろ こういち、1932年10月10日 - 2020年1月14日)は、日本の中世ドイツ文学者、旧・東京都立大学名誉教授。 1932年、東京市築地(現中央区)で生まれた。東京外国語大学ドイツ語科を卒業。大学院は東京都立大学大学院へ進み、1958年に修士課程を修了。 1959年、日本大学講師に就いた。1964年に静岡大学講師に転じ、1967年より東京都立大学助教授となった。1983年に教授昇格。1996年に東京都立大学を定年退官し、名誉教授となった。2020年1月14日、肺炎のため死去。87歳没。叙従四位、瑞宝小綬章追贈。 幼少時から歌舞伎、落語に親しみ、中世ドイツの笑いのある演劇・文芸を研究した。
二宮 宏之 (にのみや ひろゆき、1932年5月 - 200… 二宮 宏之 (にのみや ひろゆき、1932年5月 - 2006年3月)は、日本の歴史学者。西洋史・フランス史。東京外国語大学名誉教授及びフェリス女学院大学名誉教授。
桑名 一博(くわな かずひろ、1932年1月19日 - )は… 桑名 一博(くわな かずひろ、1932年1月19日 - )は、日本のスペイン文学者、翻訳家。多くの翻訳書がある。 東京生まれ。1956年東京外国語大学スペイン語学科卒業。1963年龍谷大学講師、1965年神奈川大学助教授、1972年愛知県立大学助教授、1975年教授、1980年外国語学部長、1983年東京外国語大学教授、1995年定年となり清泉女子大学教授を務めた。 1988年、フランシスコ・デ・ケベード『大悪党』をはじめとするスペイン古典文学の翻訳で会田由賞受賞。 ホセ・オルテガ・イ・ガセットのほか、ガブリエル・ガルシア=マルケスなど20世紀ラテンアメリカ文学の翻訳も多く出した。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
末沢 昌二(すえざわ しょうじ、1932年 - )は、日本の… 末沢 昌二(すえざわ しょうじ、1932年 - )は、日本の外交官。 香川県生まれ。1956年に東京外国語大学を卒業し、外務省に入省。在レニングラード(現・サンクトペテルブルク)日本総領事、在モンゴル日本大使、在ウクライナ日本大使、在モルドバ日本大使などを務めた。1997年に退官した。 この項目は、外交官に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ政治)。
若林 俊輔(わかばやし しゅんすけ、1931年11月9日 -… 若林 俊輔(わかばやし しゅんすけ、1931年11月9日 - 2002年3月2日)は、日本の英語教育学者、東京外国語大学名誉教授。
佐藤 純一(さとう じゅんいち、1931年9月30日 - )… 佐藤 純一(さとう じゅんいち、1931年9月30日 - )は、日本のロシア語学者、東京大学名誉教授、東京都出身。
直井 明(なおい あきら、1931年9月22日 - 2025… 直井 明(なおい あきら、1931年9月22日 - 2025年2月2日)は、日本の海外ミステリ研究家。エド・マクベイン研究者として知られる。マクベイン本人とも交流があった。 東京で生まれて、東京外国語大学インド語科を卒業する。商社時代には、パキスタンのカラチ、ヒューストン、 ルーマニアのブカレスト、ニューヨークに赴任した。2003年に商社を退職。 エド・マクベインに感銘を受けて、「87分署シリーズ」を研究した『87分署グラフィティ―エド・マクベインの世界』で1989年に日本推理作家協会賞(評論部門)を受賞。晩年のマクベインとも交流があり、マクベインが新作を書く際に「過去の自作についての情報」を直井に尋ねるほどだった。
中野 謙二(なかの けんじ、1931年9月12日 - 200… 中野 謙二(なかの けんじ、1931年9月12日 - 2004年11月19日)は、日本のジャーナリスト、中国問題評論家。現代中国学会会員。 富山県高岡市生まれ。1954年、東京外国語大学中国語科卒業。 1954年毎日新聞社入社。1970年ソウル支局長、1973年香港支局長、東京本社外信部副部長を経て、1976年北京支局長、1979年論説委員。 1986年高岡短期大学教授に就任。1989年東海大学教授、2002年定年退職。 2000年、アジア人口・開発協会評議員。
中村 平治(なかむら へいじ、1931年8月21日 - 20… 中村 平治(なかむら へいじ、1931年8月21日 - 2021年3月17日)は、日本のインド史学者、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所名誉教授。長野県諏訪郡ちの町(現茅野市)生まれ。本名・平次。 長野県諏訪清陵高等学校を経て、1951年、東京外国語大学東京外事専門学校英語科卒。1955年、東京外国語大学インド語科卒。1957年、東京大学社会科学研究科国際関係論修士課程修了、東京大学東洋文化研究所助手(1963年まで)。1958年から1960年にかけて、デリー大学に学ぶ。1965年、東京外国語大学専任講師。1967年に助教授、1973年に教授へ昇任。1994年、定年退官、名誉教授。専修大学文学部教授。
窪川 英水(くぼかわ ひでお、1931年7月26日 - )は… 窪川 英水(くぼかわ ひでお、1931年7月26日 - )は、日本のフランス語学者、東京都立大学 (1949-2011)名誉教授。 東京生まれ。1956年東京外国語大学フランス語科卒、1964年東京都立大学大学院博士課程満期退学。駒澤大学文学部助教授、東京都立大学 (1949-2011)助教授、教授。95年定年退官、名誉教授。
藤野 幸雄(ふじの ゆきお、1931年7月6日 - 2014… 藤野 幸雄(ふじの ゆきお、1931年7月6日 - 2014年11月15日)は、日本の図書館学者。 群馬県前橋市に生まれる。1955年東京外国語大学ロシア語科卒業。1957年文部省図書館職員養成所を卒業し、財団法人国際文化会館職員となる。1961年から翌年にかけ、カリフォルニア大学ロサンジェルス校大学院図書館サービス学科に学ぶ。1970年国際文化会館図書室長となる。1979年図書館短期大学教授、翌年図書館情報大学教授。1993年図書館情報大学副学長(1999年まで)。1995年定年退官[要出典]、名誉教授、2000年東京農業大学教授(2002年まで)、愛知学院大学客員教授。専門は図書館史、出版文化史。
櫻井 秀勲(さくらい ひでのり、1931年3月4日 - )は… 櫻井 秀勲(さくらい ひでのり、1931年3月4日 - )は日本の作家、編集者、YouTuber。 「ミニスカートブームの仕掛け人」「OLの名付け親」「西洋占星術を日本に紹介」として知られる。 『ウーマンウェーブ』代表取締役会長、『きずな出版』代表取締役社長、『KIZUNA CREATIVE』取締役、『早稲田運命学研究会』主宰。元女性自身編集長。著者『女がわからないでメシが食えるか』『男の運命は35歳で決まる』など200冊に及ぶ。古今東西の占い・運命学を研究活用している。 作家、きずな出版社長、5つのオンラインサロンのオーナー、YouTuberの顔を持ち、女学の神様・運命師・伝説の編集長などと呼ばれる。
しまね きよし(1931年(昭和6年)2月11日 - 198… しまね きよし(1931年(昭和6年)2月11日 - 1987年(昭和62年)7月12日)は、日本の思想史家。本名、嶋根 清。千葉県出身。 東京外国語大学フランス語科卒。思想の科学研究会会員。思想の科学研究会の共同研究「転向」に参加。 1965年から1968年、雑誌『思想の科学』編集長。なお、「1965年から1968年」は「デジタル版 日本人名大辞典+Plus」の記述であり、「20世紀日本人名事典」「日外アソシエーツ現代人物情報」では「1964年高校を退職、評論活動に専念。同年4月「思想の科学」編集長となり」という表現になっている。 近代日本の社会主義思想を転向の観点から研究した。「日本社会主義人名事典」を作りたいと願った、しまねの膨大なカードを基に、彼の没後、彼の遺志を継いだ者-いいだもも、大野明男、田村紀雄、鶴見俊輔、山領健二、輿石正、渡辺一衛、安田常雄、余川典子、石井紀子-たちの手で、『近代日本 社会運動史人物大事典』(日外アソシエーツ、1997年)が刊行された。
吉田 誠一(よしだ せいいち、1931年1月19日 - 19… 吉田 誠一(よしだ せいいち、1931年1月19日 - 1987年10月28日)は、日本の英文学者、翻訳家。 神奈川県横浜市出身。東京外国語大学英米語科卒業。横浜市立大学教授を務めた。また、日本英文学会会員であった。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・作詞家・作家・放送作家・随筆家(コラムニスト)・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ:作家)。
岡 達子(おか たつこ、1931年 - )は、日本の翻訳家。… 岡 達子(おか たつこ、1931年 - )は、日本の翻訳家。 特に『修道士カドフェル』シリーズの翻訳で知られる。北海道生まれ。東京外国語大学英米科卒業。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
篠田 雅雄(しのだ まさお、1930年〈昭和5年〉11月16… 篠田 雅雄(しのだ まさお、1930年〈昭和5年〉11月16日 - )は、日本の漢文学者、元慶應義塾志木高等学校教諭。 東京外語大学中国語学科、東京大学文学部中国哲学科(学士入学)を経て、慶應義塾志木高等学校教諭。同校鉄道研究会顧問。鯉の養殖の名人としても知られる。愛称は「篠G」(しのじい)。 現、東京都世田谷区若林に女一人・男四人の五人兄弟の末っ子として生まれる。父、篠田賢則(かたのり)は海軍兵学校の元軍人。賢則は英語が得意だったため、終戦後は神奈川県高等女学校の教諭をしていた。 若林小学校・第十中學校(現、都立西高校)・東京外語大学中国語学科卒業後、東京大学文学部中国哲学科に学士入学。 若林小学校には、後に慶應義塾志木高等学校で同じく教鞭を執ることになる三田 煕(みた ひろし)がいた(1年生と6年生のときに同じクラスだった。
石井 鐘三郎(いしい しょうざぶろう、1930年11月13日… 石井 鐘三郎(いしい しょうざぶろう、1930年11月13日 - 没年不明)は、元NHKアナウンサー。 東京外国語学校ロシア文学科卒業。 1951年5月よりNHK帯広放送局、1953年4月よりNHK東京、1961年9月よりNHK福岡放送局で勤務。 『NHK紅白歌合戦』では、1954年 - 1960年、1962年 - 1967年に総合司会を担当。 NHK退職後、1999年12月まで全国産業資源循環連合会発行の雑誌「いんだすと」でコラムを連載していた。
渋沢 孝輔(しぶさわ たかすけ、1930年10月22日 - … 渋沢 孝輔(しぶさわ たかすけ、1930年10月22日 - 1998年2月8日)は、日本の詩人・フランス文学者。 長野県小県郡長村(現・上田市)生まれ。旧制上田中学(現・長野県上田高等学校)を経て、1953年、東京外国語大学フランス語科を卒業。1956年、東京大学大学院フランス文学科修士課程を修了。1956年武蔵大学講師、1957年明治大学文学部講師、助教授を経て、1969年より教授。 ランボー、ボードレールなどフランス詩を研究する一方、みずからたくさんの詩集を発表。1958年同人誌「XXX」を発行、1984年文芸誌「譚」創刊に参加。藤村記念歴程賞、高見順賞、萩原朔太郎賞を次々に受賞した。 1998年、下咽頭癌のため死去(67歳)。
原 卓也(はら たくや、1930年 <昭和5年> 7月3日 … 原 卓也(はら たくや、1930年 <昭和5年> 7月3日 - 2004年 <平成16年> 10月26日)は、日本のロシア文学者、翻訳家。東京外国語大学名誉教授。位階は従三位。瑞宝中綬章。 1930年、東京に生まれ。東京都立北園高等学校を経て、1953年東京外国語大学ロシヤ語卒業。卒業後は文筆活動に入る。1966年、母校である東京外国語大学助教授に着任。1973年に教授昇進。1989年から1995年まで東京外国語大学学長を務めた。学界では、1993年より日本ロシア文学会会長を務めた。2004年死去。死没日付をもって従三位に叙され、瑞宝中綬章を追贈された。
青柳 健(あおやぎ けん、1930年6月9日 - 没年不明)… 青柳 健(あおやぎ けん、1930年6月9日 - 没年不明)は、日本の実業家。書店創業者、登山家、詩人、随筆家。 長野県南安曇郡(現:安曇野市)生まれ。民族学者の岡正雄に影響を受ける。 1950年に長野県松本深志高等学校を卒業後、東京外国語大学フランス語学科入学。哲学科教授であった串田孫一に出会い、山岳部創設に関わる。東京外国語大学山岳会会員。まいんべるく会創立会員。もんたにゆ会(1971年 - 2011年)主宰。1968年穂高書店を創業する。2017年現在は同社の会長を務める。
坂本 鉄男(さかもと てつお、1930年3月31日 - 20… 坂本 鉄男(さかもと てつお、1930年3月31日 - 2022年4月28日)は、日本のイタリア文学者、コラムニスト。元ナポリ東洋大学教授。 神奈川県小田原市生まれ。東京外国語大学イタリア語科卒。東京音楽大学講師、東京外国語大学助教授。 1971年、ナポリ東洋大学の教授に就任。 1970年代半ばからサンケイ新聞の嘱託でイタリアとバチカン市国に関するコラムを2020年12月の引退まで執筆を続けた。 1979年、産経新聞連載の『イタリア通信』でイタリア文化会館のマルコ・ポーロ賞を受賞。 1983年、イタリア共和国功労勲章コンメンダトーレ章授与。 2000年、勲三等瑞宝章を受章。 2002年、ナポリ東洋大学教授を退官。
柴田 穂(しばた みのる、1930年〈昭和5年〉3月21日 … 柴田 穂(しばた みのる、1930年〈昭和5年〉3月21日 - 1992年〈平成4年〉2月1日)は日本のジャーナリスト。元産経新聞論説委員長。 東京生まれ。東京外国語大学外国語学部中国語科卒業。 1954年産経新聞社に入社。のちソウル特派員、および北京支局長となる。紅衛兵らによる文化大革命について、1964年に決まった「日中双方の新聞記者交換に関するメモ」もあり制約された報道だったが、柴田は壁新聞をよみこなし、権力闘争と看破し取材報道、1967年9月に中華人民共和国を追放となる。その後も中国や北朝鮮に対し客観的な観点で著作を行った。産経新聞論説委員に就任。1979年には『毛沢東の悲劇』シリーズを出版する。
高見 英一(たかみ えいいち、1930年3月18日 - )は… 高見 英一(たかみ えいいち、1930年3月18日 - )は、日本のスペイン文学者、翻訳家。法政大学名誉教授。 大阪市生まれ。1954年東京外国語大学スペイン語科卒。1957年同志社大学講師、1963年法政大学教養部講師、助教授、第一教養部教授。2001年定年退任、名誉教授。
鼓 直(つづみ ただし、1930年1月26日 - 2019年… 鼓 直(つづみ ただし、1930年1月26日 - 2019年4月2日)は、日本の文学者・翻訳家。専門はラテンアメリカ文学。法政大学名誉教授。 朝鮮半島の馬山生まれ。少年時代をそこで過ごす。東京外事専門学校イスパニヤ語学科(現・東京外国語大学スペイン語科)で会田由に師事。1951年に卒業後、大阪のメーカーに会社員として7年間勤務。龍谷大学講師、神戸市外国語大学助教授、神奈川大学助教授を経て、1974年法政大学教授。2000年退職。2009年秋、瑞宝中綬章受章。2019年4月2日死去。 スペイン語専攻だが、ミゲル・アンヘル・アストゥリアスの長篇小説『緑の法王』の翻訳を皮切りに早くからラテンアメリカの新しい文学の翻訳に携わり、1970年代のラテンアメリカ小説ブームを支えた一人で、ガブリエル・ガルシア=マルケス『百年の孤独』、ホルヘ・ルイス・ボルヘス『伝奇集』など、著名な作品を訳し、ラテンアメリカ文学翻訳の第一人者だった。
河野 一郎(こうの いちろう、1930年1月6日 - 202… 河野 一郎(こうの いちろう、1930年1月6日 - 2023年1月6日)は、日本の英文学者、比較文学者、翻訳家。東京外国語大学およびフェリス女学院大学名誉教授。専門は、19・20世紀イギリス小説、児童文学。20代から多くの英米文学を訳し、翻訳学校教師も務めた。 兵庫県芦屋市出身(大阪府出身とも)。1947年(昭和22年)東京高等師範学校附属中学校、1951年(昭和26年)東京外事専門学校卒業。1954年(昭和29年)東京外国語大学外国語学部英米語学科卒業 。 1958年に一橋大学講師。1961年に東京外国語大学講師。1964年にカリフォルニア大学客員教授。1970年に東京外国語大学教授を経てフェリス女学院大学教授。
川野辺 敏(かわのべ さとし、1930年 - )は、日本の教… 川野辺 敏(かわのべ さとし、1930年 - )は、日本の教育学者、星槎大学特任教授。ソ連の教育政策について研究した。 埼玉県熊谷出身。埼玉県立熊谷高等学校をへて、1953年東京外国語大学ロシア語科卒。 文部省で外国教育調査(ソビエト担当)を担当した後に、国立教育政策研究所勤務、指導普及部長、生涯学習研究部長を経て、常葉学園大学教授。星槎大学副学長、特任教授。元日本比較教育学会会長。 日本学習社会学会創設にも関わり、初代会長を務め、同学会理事として活動中。
志村 正雄(しむら まさお、1929年9月25日 - 202… 志村 正雄(しむら まさお、1929年9月25日 - 2022年4月24日)は、日本のアメリカ文学者。東京外国語大学名誉教授、鶴見大学名誉教授。 20世紀アメリカ文学専攻で、トマス・ピンチョン、ジョン・バースなどを研究、翻訳した。 東京府豊多摩郡渋谷町(現在の渋谷区広尾)生まれ。評論家のマークス寿子は実妹。 1953年に東京外国語大学外国語学部英米語学科を卒業。1962年ニューヨーク大学大学院英米科修士課程修了。1961年コロンビア大学助手、1962年インディアナ大学専任講師、1964年コロンビア大学兼任講師、1967年鶴見女子大学助教授、1970年横浜市立大学助教授、1972年東京外国語大学助教授、1974年教授、1993年定年退官、名誉教授、鶴見大学教授、2000年退職、名誉教授。
茂木 幹弘(もてぎ みきひろ、1929年〈昭和4年〉6月14… 茂木 幹弘(もてぎ みきひろ、1929年〈昭和4年〉6月14日 - )は、ディスクジョッキー、プロデューサー。 東京生まれ。東京外国語大学モンゴル語科卒業。1954年文化放送にアナウンサーとして入社。音楽番組ディスクジョッキーとして活躍。1967年チーフプロデューサーとなる。 1974年退社し、米国でコミュニケーション論などを学んだのち、フリーパーソナリティ、ディスクジョッキー。 1977年コミュニケーション文化研究所を設立し、代表。
北條 賢三(ほうじょう けんぞう、1929年3月1日 - )… 北條 賢三(ほうじょう けんぞう、1929年3月1日 - )は、真言宗の僧、大正大学名誉教授。 東京府(現中野区)出身。東京外国語大学卒、1965年東北大学大学院印度哲学博士課程満期退学。1990年「インド神秘言語思想の研究」で東北大学文学博士。大正大学文学部助教授、教授、99年定年退任、名誉教授。ひかり幼稚園園長、中野区東光寺住職。インド仏教・インド思想を専門とした。
伊集院 俊隆(いじゅういん としたか、1929年2月 - 2… 伊集院 俊隆(いじゅういん としたか、1929年2月 - 2004年9月1日)は、日本のロシア語翻訳家、出版編集者、ロシア語教育者。 現在の大阪府大阪市旭区森小路生まれ。大阪市立中大江東小学校、山水中学校、仙台幼年学校、茨城県立下妻中学校を経て、東京外国語大学ロシア語科卒業。新読書社社長、本郷ロシア語クールス主宰。レーニン、クルプスカヤ夫妻に関心が深く教育学関係図書の翻訳を多く行った。 2004年9月1日、脳幹梗塞のため死去。
阿部 幸夫(あべ ゆきお、1929年 - 2016年)は、日… 阿部 幸夫(あべ ゆきお、1929年 - 2016年)は、日本の中国文学者。 東京生まれ。東京外国語大学卒、同専攻科中国文学専攻中退。成城大学、昭和女子大学などの非常勤講師をへて、1985年実践女子大学教授。2000年定年退職。 『北斗』に参加。夏衍を中心とした中国現代演劇(話劇)を専門としたが、中国古典を題材とする一般書を多く書いた。
若狭蔵之助(わかさ くらのすけ、1929年 - 2010年)… 若狭蔵之助(わかさ くらのすけ、1929年 - 2010年)は、日本の教育者。埼玉県秩父市生まれ。 旧制埼玉県立熊谷中学校を経て、埼玉師範学校を卒業ののち、東京外事専門学校専修科ロシア語科卒。東京都内で練馬市立大泉学園小学校などで、小学校教員を長年務めたのち、鳥取大学教育学部教授。1980年、また1981年には1年間、南フランスのセレスタン・フレネのフレネ学校を訪問。彼の自由テキストや学校印刷所を軸とした、子どもたちが生活から学ぶ学校に傾倒し、日本の小学校現場で、フレネに学ぶ教育実践を展開し、それを次々と発表し続ける。自らの教育実践の姿勢を、生活学校と名付けた。フレネ教育研究会の設立に関与し、また日本生活教育連盟の会員でもある。
飯田 規和(いいだ のりかず、1928年11月6日 - 20… 飯田 規和(いいだ のりかず、1928年11月6日 - 2004年1月12日)は、日本のロシア文学者・翻訳家。元新潟女子短期大学学長。筆名が飯田規和(いいだ きわ)。 1928年、山梨県石和町(現・笛吹市)で生まれる。1950年4月東京外国語大学に入学、外国語学部ロシヤ語学科で学び、1955年に卒業。 1955年、日ソ翻訳出版懇話会勤務。同会でソ連の出版物の翻訳・出版の仲介などに18年間従事する傍ら翻訳の仕事に精力的に取り組んだ。埼玉大学講師などを務めたほか、1973年東京外国語大学勤務を経て、1974年同大学教授。1991年停年退官し、同年新潟女子短期大学教授。1997年から県立新潟女子短期大学学長。
小島 義郎(こじま よしろう、1928年8月21日 - 20… 小島 義郎(こじま よしろう、1928年8月21日 - 2009年3月2日)は、日本の英語学者・英語教育者。早稲田大学名誉教授。 長野県出身。東京外事専門学校(東京外国語大学の前身の一つ)英米科卒。テキサス大学に留学。南山大学講師、日本大学理工学部助教授、早稲田大学教育学部助教授をへて、教授を務め、94年定年退職し、名誉教授。虚血性心不全のため逝去。80歳没。1977年4月から1983年3月までNHK「基礎英語」の講師を務めたほか、英語辞典を多く編纂した。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
藤富 保男(ふじとみ やすお、1928年8月15日 - 20… 藤富 保男(ふじとみ やすお、1928年8月15日 - 2017年9月1日)は、東京府小石川区(現・文京区)生まれの詩人。 詩誌『gui』同人。獨逸学協会中学(現・獨協高等学校)、東京外国語大学モンゴル語学科卒。日本現代詩人会、日本文藝家協会会員。 1950年、北川冬彦の詩会「時間」に参加。またカミングス研究会で新国誠一と知り合い、新国と共に詩的実験を試みるグループ、芸術研究協会(ASA)を設立。視覚と音律から日常の言語を再構築する独特の詩法をもち、ユーモラスな作風を得意とする。代表的な詩集に『コルクの皿』『正確な曖昧』『新聞紙とトマト』など。詩集は30冊を超えるほか、翻訳書、編著書も多数。 サッカーが得意であり、アマチュアチームの指導者や、実業団や関東大学リーグの審判を務めていた経験を持つ。
佐野 洋(さの よう、1928年〈昭和3年〉5月22日 - … 佐野 洋(さの よう、1928年〈昭和3年〉5月22日 - 2013年〈平成25年〉4月27日)は、日本の推理作家、評論家。本名は丸山一郎。 東京市大森(現・東京都大田区大森)出身。東京中学卒業。 旧制一高に首席合格、東京大学文学部心理学科卒業。大学時代、日野啓三、大岡信らと同人誌『二十代』、『現代文学』を作る。彼ら文学仲間には「推理小説好き」であることはかくしていた。 1953年、読売新聞社に入社。当初兼業作家だったため、ペンネームは「社の用」にかけて付けた。1959年に新聞社を退社。最も好きな推理作家として英国のアンドリュー・ガーヴの名を挙げている。黒岩重吾に「血や汗を流していない小説」と批判され、「むしろ賛辞と受け止めたい」と返したほど知的遊戯としてのミステリを貫いているが、一方で「同一の主人公のシリーズばかり書くと、作品のパターンが繰返しになり、マンネリズムに陥る」などの理由からシリーズ探偵には否定的な立場を取り、エキセントリックな犯罪、大掛かりなトリック、大邸宅大家族などのゴシックロマン的な背景も排除するなど、ほどのよいリアリズム、中庸さが持ち味でもある。
竹中 労(たけなか ろう、本名:たけなか つとむ、1928年… 竹中 労(たけなか ろう、本名:たけなか つとむ、1928年3月30日、戸籍上では1930年5月30日 - 1991年5月19日)は、日本のルポライター、アナーキスト、評論家。 東京都出身。甲府中学(現:山梨県立甲府第一高等学校)中退。「夢野京太郎」「ケンカ竹中」「反骨のルポライター」などの異名を持ち、芸能界や政界に斬り込む数々の問題作を世に送り出した。晩年には癌を患うが、闘病しながら活動を続けた。 父はシュルレアリスムの画家として知られる竹中英太郎であり、彼の作品にも影響を与えた。妹の金子紫は「竹中英太郎記念館」の館長を務めており、兄と父の遺志を引き継ぐ形で活動を続けている。
松本 勝明(まつもと かつあき 1928年(昭和3年)3月5… 松本 勝明(まつもと かつあき 1928年(昭和3年)3月5日 - )は、元競輪選手。現在は日本競輪学校名誉教諭。京都府出身。
倉田 清(くらた きよし、1928年2月6日 - 2002年… 倉田 清(くらた きよし、1928年2月6日 - 2002年)は、日本のフランス文学者、翻訳家。神奈川大学名誉教授。 東京府生まれ。1953年東京外国語大学フランス学科卒。1958年から1960年までパリ大学文学部留学。上智大学助教授、教授、神奈川大学教授、1998年定年退任、名誉教授。 シャルル・ペギーを中心にキリスト教文学を研究、翻訳した。フランス語のみならずイタリア語、スペイン語、英語に通じ、語学教科書も数多く執筆した。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
下飯坂 菊馬(しもいいざか きくま、1927年8月22日 -… 下飯坂 菊馬(しもいいざか きくま、1927年8月22日 - 2008年4月10日)は、日本の脚本家。 東京都世田谷区生まれ。父は裁判官の下飯坂潤夫。子供の頃、父の転勤に伴って鳥取県へ転校するも、その後再び東京へ戻る。 旧制麻布中学校、東京外国語大学ロシア語科卒。大学4年生の時から約4年間結核を患って闘病生活をしていた。役所勤務、ロシア語教師を経て、大学の同窓生の脚本家・山内久の勧めで大映シナリオ作家養成所に入所。1955年大映シナリオ作家養成所卒業(同所の同期に野上龍雄、安倍徹郎らがいる)、5年間専属ライターとして勤務の後フリー。女を主人公としたアクション映画、やくざ映画などを得意とした。映画のほか、テレビドラマのシナリオも多数執筆した。