高橋 都彦(たかはし くにひこ、1942年 - )は、日本の… 高橋 都彦(たかはし くにひこ、1942年 - )は、日本のブラジル語・ポルトガル語学者、拓殖大学名誉教授。 東京都生まれ。1967年東京外国語大学ポルトガル・ブラジル科卒、71年同大学院修士課程修了、拓殖大学商学部助教授、教授、2014年退職、名誉教授。2007年フェルナンド・ペソア『不安の書』の翻訳でポルトガル大使館からロドリゲス通事賞を受賞。
東京外国語大学:88人
高橋 都彦(たかはし くにひこ、1942年 - )は、日本の… 高橋 都彦(たかはし くにひこ、1942年 - )は、日本のブラジル語・ポルトガル語学者、拓殖大学名誉教授。 東京都生まれ。1967年東京外国語大学ポルトガル・ブラジル科卒、71年同大学院修士課程修了、拓殖大学商学部助教授、教授、2014年退職、名誉教授。2007年フェルナンド・ペソア『不安の書』の翻訳でポルトガル大使館からロドリゲス通事賞を受賞。
片岡 弘次(かたおか ひろじ、1941年6月18日 - )は… 片岡 弘次(かたおか ひろじ、1941年6月18日 - )は、日本のウルドゥー語学者。大東文化大学名誉教授。 埼玉県生まれ。1969年東京外国語大学インド・パーキスターン語科卒、同大学院アジア第二言語修了。1971から1973年まで、パキスタン・カラチ大学に学ぶ。その後大東文化大学にて教授、国際関係学部長、国際交流センター所長。 2009年パキスタン政府より、ウルドゥー文学の翻訳と日本でのウルドゥー語の振興に寄与したことでシターラ・エ・イムティアーズ勲章叙勲。2011年『ジブリールの翼』で日本翻訳家協会特別賞受賞。2012年定年退任、名誉教授。ウルドゥー文学専攻。
寺崎 英樹(てらさき ひでき、1941年 - )は、スペイン… 寺崎 英樹(てらさき ひでき、1941年 - )は、スペイン語学者。東京外国語大学名誉教授。 東京外国語大学スペイン語科卒、同大学院修士課程修了、小樽商科大学助教授、東京外国語大学教授、2004年定年退官、名誉教授、神奈川大学外国語学部特任教授、2012年退職。2022年、瑞宝中綬章受章。
富野 幹雄(とみの みきお、1940年11月12日 - )は… 富野 幹雄(とみの みきお、1940年11月12日 - )は、日本のポルトガル語学者。南山大学名誉教授。 愛知県半田市生まれ。1963年同志社大学経済学部卒業。1966年東京外国語大学ポルトガル・ブラジル語学科卒業。1968年同大学院修士課程修了。1968 - 1970年サンパウロ州立大学で給費奨学生として学ぶ。1972年南山大学外国語学部専任講師、助教授、教授、2010年定年退職、名誉教授。
西江 雅之(にしえ まさゆき、1937年10月23日 - 2… 西江 雅之(にしえ まさゆき、1937年10月23日 - 2015年6月14日)は、日本の文化人類学者、言語学者。アフリカ諸語・文化研究が専門。 東京都出身。桑沢デザイン研究所ゼミマスター、東京外国語大学助教授、早稲田大学文学部教授を歴任。アフリカ諸語やピジン・クレオール語の研究の先駆者。23歳のとき日本で初めてスワヒリ語文法を発表した。東アフリカ、インド洋諸島、カリブ海領域の現地調査・研究に勤しんだ。著書に『ことばを追って』(1989年)、『異郷日記』(2008年)、『食べる』(2010年)など。 西江定(のち早稲田大学英語英文学科教授となる)の三男として東京市本郷区駒込林町(現:東京都文京区千駄木)に生まれる。
榎本 英雄(えのもと ひでお、1936年4月6日 - )は、… 榎本 英雄(えのもと ひでお、1936年4月6日 - )は、日本の中国語学者、明治学院大学名誉教授。 東京生まれ。1960年東京外国語大学中国語科卒業。1979~1981年上海復旦大学に研究留学。明治学院大学助教授を経て、教授、2016年定年、名誉教授。1981~2001年「NHKテレビ中国語会話」講師。2004年10月~2005年3月「NHKテレビ中国語講座」担当。
田中 克彦(たなか かつひこ、1934年6月3日 - )は、… 田中 克彦(たなか かつひこ、1934年6月3日 - )は、日本の言語学者。専門は社会言語学。モンゴル研究も行う。言語と国家の関係を研究。国際言語として日本語の漢字を批判。一橋大学名誉教授。2009年モンゴル国北極星勲章受章。著書に『言語からみた民族と国家』(1978年)、『名前と人間』(1996年)、『ことばとは何か』(2004年)など。 兵庫県養父郡八鹿町(現養父市)生まれ。兵庫県立八鹿高等学校を経て、1953年、東京都立戸山高等学校卒業。1956年11月、草創期の言語学研究会運営委員となる。1957年、東京外国語大学外国語学部第六部第二類(モンゴル語学)を卒業。同年東京外国語大学言語学研究室副手となる。
原 誠(はら まこと、1933年(昭和8年)8月3日 - 2… 原 誠(はら まこと、1933年(昭和8年)8月3日 - 2018年(平成30年)2月16日)は、日本のスペイン語学者、東京外国語大学・拓殖大学名誉教授。 東京生まれ。1956年東京外国語大学スペイン語学科卒業。1964年マドリード・コンプルテンセ大学哲文学部大学院博士課程修了、文学博士、東京外国語大学助教授、教授、1996年定年退官、名誉教授、拓殖大学教授、2004年定年、名誉教授。 2013年4月瑞宝中綬章受章。
佐藤 純一(さとう じゅんいち、1931年9月30日 - )… 佐藤 純一(さとう じゅんいち、1931年9月30日 - )は、日本のロシア語学者、東京大学名誉教授、東京都出身。
窪川 英水(くぼかわ ひでお、1931年7月26日 - )は… 窪川 英水(くぼかわ ひでお、1931年7月26日 - )は、日本のフランス語学者、東京都立大学 (1949-2011)名誉教授。 東京生まれ。1956年東京外国語大学フランス語科卒、1964年東京都立大学大学院博士課程満期退学。駒澤大学文学部助教授、東京都立大学 (1949-2011)助教授、教授。95年定年退官、名誉教授。
小島 義郎(こじま よしろう、1928年8月21日 - 20… 小島 義郎(こじま よしろう、1928年8月21日 - 2009年3月2日)は、日本の英語学者・英語教育者。早稲田大学名誉教授。 長野県出身。東京外事専門学校(東京外国語大学の前身の一つ)英米科卒。テキサス大学に留学。南山大学講師、日本大学理工学部助教授、早稲田大学教育学部助教授をへて、教授を務め、94年定年退職し、名誉教授。虚血性心不全のため逝去。80歳没。1977年4月から1983年3月までNHK「基礎英語」の講師を務めたほか、英語辞典を多く編纂した。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
首藤訓宏(しゅどう くにひろ、1927年3月20日- )は、… 首藤訓宏(しゅどう くにひろ、1927年3月20日- )は、日本の英語学者。 群馬県桐生市生まれ。本名・新八。1948年東京外国語大学卒業。51年に渡米。アズベリー大学院修士課程修了、ノースウェスタン大学院に留学後、60年に帰国。群馬大学教授、東京慈恵会医科大学教授、新潟経営大学教授。
黒柳 恒男(くろやなぎ つねお、1925年6月2日 - 20… 黒柳 恒男(くろやなぎ つねお、1925年6月2日 - 2014年8月30日)は、日本のペルシャ語学者・ペルシャ文学者、翻訳家。日本国におけるペルシア語・ペルシア文学研究の礎を築き、普及に努めた。アラビア語・ペルシア語・ウルドゥー語の辞書を編纂した。 東京外事専門学校卒。東京外国語大学助教授、教授、1989年定年退官、名誉教授、大東文化大学教授。
安田 一郎(やすだ いちろう、1922年9月27日 - 19… 安田 一郎(やすだ いちろう、1922年9月27日 - 1992年)は、日本の英語学者、英文学者、成城大学名誉教授。NHKラジオ『続・基礎英語』の講師として知られる。 東京入谷生まれ。1944年9月東京外国語学校英語部卒。1947年埼玉県経済部倍賞課嘱託、1949年埼玉地方経済調査庁経済調査官、1952年埼玉県地方行政観察局総理府事務官、埼玉大学教育学部附属中学校教官、1962年東京教育大学指導主事課程修了、1963年から64年にかけてフルブライト留学生としてミシガン大学に学び研修修了、帰国後に成城大学短期大学部講師、1965年NHK英語講座『続・基礎英語』講師(-1980年)、1967年成城短大助教授、1976年教授、1977年成城大学法学部教授(英語)、1978年大学評議員、1983年から87年図書館長、1990年成城大学定年退職、名誉教授、調布学園女子短期大学教授。
瓜谷 良平(うりたに りょうへい、1918年7月9日 - 1… 瓜谷 良平(うりたに りょうへい、1918年7月9日 - 1993年12月1日)は、日本のスペイン語学者。拓殖大学教授を歴任。 兵庫県出身。東京外国語学校スペイン語科卒。拓殖大学助教授、教授。1989年定年、名誉教授。子は瓜谷望(1952- )スペイン語学者、拓殖大学教授。
太田 辰夫(おおた たつお、1916年〈大正5年〉6月29日… 太田 辰夫(おおた たつお、1916年〈大正5年〉6月29日 - 1999年〈平成11年〉1月31日)は、日本の中国語学者・中国文学者。 東京生まれ。東京外国語学校支那語科卒、1961年「現代中国語文法の歴史的研究」で東京教育大学より文学博士の学位を取得。神戸市外国語大学助教授、教授、1982年名誉教授、京都産業大学教授。1999年、肺炎のため死去。死没日付をもって勲六等単光旭日章を追贈された。 呉承恩を『西遊記』の作者ではないとする立場にたって、中国古典文学大系版の『西遊記』の翻訳にたずさわった。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
香坂 順一(こうさか じゅんいち、1915年6月7日 - 2… 香坂 順一(こうさか じゅんいち、1915年6月7日 - 2003年7月22日)は、日本の中国語学者、大東文化大学名誉教授。 栃木県生まれ。東京外国語学校支那語科卒業。広州市嶺南大学(現・中山大学の前身)に学ぶ。戦後、大阪市立大学教授、1973年から1975年北京大学客員教授。大東文化大学東洋文化研究所教授、同中国語学科主任、同学長、同常務理事、同顧問。NHK中国語講座の講師を務めた。一般財団法人日本中国語検定協会創設者、初代理事長。1990年勲三等旭日中綬章受勲。
鐘ケ江 信光(かねがえ のぶみつ、1912年(大正元年)1月… 鐘ケ江 信光(かねがえ のぶみつ、1912年(大正元年)1月18日 - 2012年(平成24年)12月5日)は、日本の中国語学者。東京外国語大学名誉教授、元同大学学長。 大阪市出身。東京外国語学校支那語科卒。東京外国語大学助教授、教授、1971年4月から1975年3月まで学長、1976年(昭和51年)定年退官、名誉教授。1965年(昭和40年)から1967年(昭和42年)まで、NHKの中国語入門を担当した。2012年(平成24年)12月5日、老衰のため100歳で死去。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
藤田 五郎(ふじた ごろう、1911年7月8日 - 1997… 藤田 五郎(ふじた ごろう、1911年7月8日 - 1997年1月31日)は、日本のドイツ語学者、東京外国語大学名誉教授。 東京都生まれ。1931年武蔵高等学校卒業、東京帝国大学法学部入学、1935年同文学部独文科卒業、大学院進学、副手、1936年武蔵高校教授、1938年広島高等学校教授、1942年東京外国語学校教授、東京外国語大学助教授、1956年教授、1973年定年退官、麗澤大学教授、1982年退職。
岩田 一男(いわた かずお、1910年4月23日 - 197… 岩田 一男(いわた かずお、1910年4月23日 - 1977年12月7日)は、日本の英語学者、英文学者。ロバート・ルイス・スティーヴンソン研究の日本における第一人者で、スティーヴンソン・クラブの日本人唯一の会員。 横浜生まれ。祖父の岩田幸吉は中区石川町で質店を営んでいた。神奈川県立横浜第三中学校卒業。1932年(昭和7年)、東京外国語学校英語部文科卒業。横浜高等女学校(現横浜学園高等学校)教諭、小樽高等商業学校(現小樽商科大学)教授を経て、1943年(昭和18年)に東京商科大学(現一橋大学)講師、翌年に教授。1971年(昭和46年)に定年を前に退職。一橋文芸顧問を務めた。 横浜高等女学校では中島敦の同僚で、中島の「光と風と夢」に対するスティーヴンソンの手紙の影響を論じたりしている。
大久保 忠利(おおくぼ ただとし、1909年8月28日 - … 大久保 忠利(おおくぼ ただとし、1909年8月28日 - 1990年6月1日)は、日本の言語学者・国語学者・文筆家。 神奈川県小田原市生まれ。1929年東京外国語学校卒。新聞記者、ユーモア作家、中学教師などを経て、東京都立大学教授。言語学、国語学、国語教育などについて多くの著述活動をした。
海江田 進(かいえだ すすむ、1909年〈明治42年〉5月3… 海江田 進(かいえだ すすむ、1909年〈明治42年〉5月30日 - 1984年〈昭和59年〉9月16日)は、日本の英文学・英語学者。海江田信義の子孫。 東京生まれ。1931年東京外国語学校英語科卒。1952年東京外国語大学助教授、教授、73年定年退官、名誉教授、明星大学教授。大学入試英語の教科書などを多く執筆した。
大岩 正仲(おおいわ まさなか、1909年1月16日 - 1… 大岩 正仲(おおいわ まさなか、1909年1月16日 - 1972年6月19日)は、日本の言語学者・国語学者。千葉大学元教授。 専門は方言学、文法学。 東京市芝区(現:港区)生まれ。東京外国語学校ドイツ語学科を経て京城帝国大学文学科卒。外国語学校卒業後にはすでに東条操のアシスタントとして平凡社『大辞典』(1933年)の方言の項目を担当。それを皮切りに『全国方言辞典』(1951年)、『分類方言辞典』(1954年)の刊行の際実質的な作業に力を注いだ。 その後、いよいよ大岩の名前で『日本方言大辞典』を編集・刊行すべく作業を進めていたが、1972年、その完成を見ずに死去。享年64。 その後徳川宗賢が大岩の遺志を受け継ぎ『日本方言大辞典』を刊行した。
小川 芳男(おがわ よしお、1908年10月15日 ‐ 19… 小川 芳男(おがわ よしお、1908年10月15日 ‐ 1990年7月31日)は、日本の英語学者。東京外国語大学名誉教授。神田外語大学初代学長。日本語教育学会初代会長。 岡山県生まれ。東京外国語学校英語科卒。戦後、東京外国語大学助教授、1955年教授、1961年学長。NHKラジオ「基礎英語」を長く担当した。 1972年、中央教育審議会の委員に就任。1977年初代日本語教育学会副会長。 発音を重視した英語教授法を広めた人物として一般に知られている。英語教育においては「語学の学習は根本的には誤りをおかさせないようにすることが大切である。(中略)間違ったことは、耳にも聞かせず口にも発音させず目にも見せず手でも書かせないようにしなければならない(中略)たとえば生徒に英語を音読させる場合でも最後まで黙って聞いていてそれから強制するのではなく、間違いを犯した場合はただちにその場で矯正するようにしなければならない」という考えを一般に広めている。
東郷 正延(とうごう まさのぶ、1908年7月13日 - 2… 東郷 正延(とうごう まさのぶ、1908年7月13日 - 2002年2月13日)は、日本のロシア語学者。 茨城県生まれ。土浦中学校(現在の茨城県立土浦第一高等学校)卒業。1931年東京外国語学校ロシヤ語科卒業。ソ連通商代表部、陸軍幼年学校ロシア語教官となり1945年の敗戦を迎える。1947年東京外事専門学校助教授、1949年東京外国語大学助教授、1957年教授、1971年定年退官、名誉教授。東京ロシア語学院院長。日本ロシア文学会会長。
浅井 恵倫(あさい えりん、1894年12月25日 - 19… 浅井 恵倫(あさい えりん、1894年12月25日 - 1969年10月9日)は、日本の言語学者。台湾を中心としたオーストロネシア語族諸言語を研究した。日本言語学会評議員、日本民族学会評議員、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所運営委員を務めた。 1894年、石川県能美郡苗代村(現・小松市)で浄土真宗大谷派住職・浅井恵定の長男として生まれた。1912年、県立小松中学校を卒業。第四高等学校に進学し、在学中にエスペラントを独学。1915年に卒業し、東京帝国大学文科大学に進学した。言語学科専攻で学び、1918年に卒業。 卒業論文『ポリネシア諸民族とその諸言語』はエスペラントで執筆した。1919年、日本エスペラント学会の創立に関わった。
岩崎 民平(いわさき たみへい、1892年〈明治25年〉12… 岩崎 民平(いわさき たみへい、1892年〈明治25年〉12月18日 - 1971年〈昭和46年〉6月29日)は、日本の英語学者・辞書編纂者。東京外国語大学名誉教授。 1892年、山口県都濃郡富田村(現:周南市)で生まれた。1910年、山口県立徳山中学校(現:山口県立徳山高等学校)を卒業。東京外国語学校に進学し、1913年に卒業。 卒業後は東京府立第四中学校教諭となったが、再び東京帝国大学に入学し、1922年に卒業。 1922年、東京外国語学校(のちの東京外国語大学)教授に就いた。1932年刊行の岡倉由三郎編『新英和大辞典(初版)』(研究社)の改訂にあたり、中心となって作業に当たった。続いて1941年刊行の『簡約英和辞典』(研究社)を編纂。
須藤 兼吉(すどう けんきち、1888年 - 1980年)は… 須藤 兼吉(すどう けんきち、1888年 - 1980年)は、日本の英語学者、東京高等商船学校(現・東京海洋大学)教授、元神奈川大学外国語学部教授。旺文社顧問。J・A・サージェント、J・B・ハリスと共著の『Systematic English & American Conversation系統的英米会話』が有名[要出典]。 長野県西筑摩郡福島町(現木曽町)に生まれる。1911年(明治44年)、東京外国語学校英語科(現・東京外国語大学)を卒業する。 東京高等商船学校(現・東京海洋大学)を経て、神奈川大学外国語学部教授となる。
今岡 十一郎(いまおか じゅういちろう、1888年 - 19… 今岡 十一郎(いまおか じゅういちろう、1888年 - 1973年9月2日)は日本のハンガリー語学者。専門のハンガリー語の他、フィンランド語辞典の著もある。また叢書『フィン・ウゴル研究』を編集刊行し、日本におけるウラル学の先駆者やハンガリーにおける日本文化紹介者として知られる。島根県出身。 松江市生まれ。1914年、東京外国語学校ドイツ語科卒業。同年、来日中のハンガリーの民俗学者バラートシ・バログ・ベネデク(ハンガリー語版)のアイヌ・ギリヤーク・オロッコ研究旅行に通訳として同行し、北海道や樺太を巡る。これが縁で、バラートシからツラニズムの日本普及に協力するよう求められる。 東京帝国大学経済統計研究室などに勤務した後、アメリカを経てドイツに留学し、程なくしてバラートシ=バログの招きで1922年にハンガリーへ移り、ブダペスト大学哲学科を卒業。
細江 逸記(ほそえ いっき、1884年9月28日 - 194… 細江 逸記(ほそえ いっき、1884年9月28日 - 1947年3月11日)は、日本の英語学者。 三重県出身。東京外国語学校英語科卒。東京外国語学校講師、大阪高等商業学校教授、1931年大阪商科大学教授。1936年「ヂヨーヂエリオツトの作品に用いられたる英国中部地方言の研究」で京都帝国大学文学博士。
小柳 篤二(おやなぎ とくじ、1883年〈明治16年〉8月1… 小柳 篤二(おやなぎ とくじ、1883年〈明治16年〉8月1日 - 1985年〈昭和60年〉12月23日)は、日本のドイツ文学者、ドイツ語学者。元東京高等学校独語主任教授、元早稲田大学教授。日出学園名誉園長。 新潟県新潟区学校町通(現 新潟市中央区学校町通)出身。1903年(明治36年)3月に新潟中学校を卒業、9月に第一高等学校大学予科理科に入学するも、病気で中退。 新潟中学校の5年先輩の櫻井天壇の所によく遊びに行き、ゲーテやシラーの話を聞いたり、ドイツ語の詩を教えられたりしたことがきっかけで、ドイツ語の道に入ろうと思うようになる。 1909年(明治42年)3月に東京外国語学校独語学科を卒業、1912年(明治45年)に東京帝国大学文科大学文学科選科を修了。
八杉 貞利(やすぎ さだとし、1876年9月16日 - 19… 八杉 貞利(やすぎ さだとし、1876年9月16日 - 1966年2月26日)は、日本のロシア語学者。 1876年、東京府で生まれた。1888年8月、高等師範学校附属小学校高等科(現・筑波大学附属小学校)を卒業。1894年に高等師範学校尋常中学科(現・筑波大学附属中学校・高等学校)卒業し、第一高等学校を経て、東京帝国大学言語学科に進学、卒業した。卒業後はロシアに留学し、比較言語学、スラブ比較文法を学んだ。 帰国後の1903年に東京外国語学校教授となり、母校である東京帝国大学、早稲田大学でも講師を務めた。言語学の研究者として研究を進めると同時に、米川正夫、中村白葉、昇曙夢、木村彰一などのロシア文学者を育成した。
鮎貝 房之進(あゆかい ふさのしん、文久4年1月4日(186… 鮎貝 房之進(あゆかい ふさのしん、文久4年1月4日(1864年2月11日) - 昭和21年(1946年)2月24日)は、日本の言語学者、歴史学者、歌人。号は槐園(かいえん)。 言語学的なアプローチからの古代朝鮮の地名・王号などの考証を行い、また民俗学的な研究にも努めた。その成果は雑攷9集としてまとめられ、今日でも優れた先行研究として扱われている。李朝時代の禁書『鄭鑑録』の収集研究を行った。 京都・秦氏の名前由来を「波旦」(ハダ)説を提起した。1986年に韓国慶尚北道で新羅古碑が発見され、それには古地名「波旦」が明らかにあり、京都大学名誉教授・上田正昭が当地を訪れ、鮎貝説を支持している。 原書は1931年5月から1938年5月にかけて京城にて出版されたものであり、国内13箇所の大学図書館において揃って所蔵される。
野田 春美(のだ はるみ)は、日本の言語学者、日本語学者。神… 野田 春美(のだ はるみ)は、日本の言語学者、日本語学者。神戸学院大学人文学部人文学科教授。専門は日本語文法。
五十嵐 陽介(いがらし ようすけ)(1976年 - )は、日… 五十嵐 陽介(いがらし ようすけ)(1976年 - )は、日本の言語学者。学位は博士(言語学)。国立国語研究所教授。 日琉語族内の言語ないし方言の分岐過程に関して2016年より以下のような新説を提示している: 東京都稲城市生まれ、都立三鷹高校出身、躰道二段。 元々は日本語の諸方言の音声の研究をしていたが、宮古島のアクセントを調査するため現地に行った際に偶然トマ・ペラールと知り合い、話すうちに歴史言語学が面白いと感じ日本語の歴史の研究を始めた旨、対談で語っている。
小澤 悦夫(こざわ えつお)は、日本の英語学者。専門は、英文… 小澤 悦夫(こざわ えつお)は、日本の英語学者。専門は、英文法。 長野県諏訪市出身。長野県諏訪清陵高等学校を経て、松田徳一郎、竹林滋に師事し、東京外国語大学外国語学部英米語学科卒業。長谷川欣佑、池上嘉彦、国広哲弥、金田一春彦、南不二男に師事し、東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。1986年早稲田大学商学部専任講師。1988年同大学助教授。1994年同大学教授。2021年同大学退官。
中澤 英彦(なかざわ ひでひこ)は、日本の言語学者。専門はロ… 中澤 英彦(なかざわ ひでひこ)は、日本の言語学者。専門はロシア語学、ウクライナ語学。東京外国語大学でロシア語学・スラヴ語学を専攻し、母校で助教授、教授を務めて退職し、現在は名誉教授。NHKラジオロシア語講座講師(1986年 - 1995年)、ソビエト連邦時代のロシア他で在外研究(1988年 - 1989年)。群馬県前橋市出身。 ウクライナ首都の日本語表記を「キエフ」から、ウクライナ語に近い「キーウ」と表記することなど、2019年の日本国政府との有識者会議で提唱。2022年ロシアのウクライナ侵攻開始後の同年3月31日に日本国外務省が発表した「キーウ」への変更に至るまでの検討に寄与した。 著書『ニューエクスプレス ウクライナ語』(白水社、2009年)において、日本語・ウクライナ語間の転写方法をまとめている(10—18頁)。
星井 牧子(ほしい まきこ)は、日本の言語学者。専門は、ドイ… 星井 牧子(ほしい まきこ)は、日本の言語学者。専門は、ドイツ語学・外国語教育。早稲田大学法学学術院教授。 1989年東京外国語大学外国語学部ドイツ語学科。1995年東京外国語大学大学院外国語学研究科ゲルマン系言語専攻修了。1997年獨協大学大学院外国語学研究科博士前期課程ドイツ語学専攻修了、修士(ドイツ語学)。1998年年から99年までフンボルト大学ベルリンドイツ言語学研究機関留学。2000年獨協大学大学院外国語学研究科ドイツ語学専攻修了、博士(ドイツ語学)。同年桐朋学園大学音楽学部非常勤講師。2001年早稲田大学法学部専任講師。2004年早稲田大学法学部助教授。2007年早稲田大学法学部准教授。