岸本 英太郎(きしもと えいたろう、1914年〈大正3年〉5… 岸本 英太郎(きしもと えいたろう、1914年〈大正3年〉5月1日 - 1976年〈昭和51年〉3月11日)は、日本の経済学者。元京都大学教授。学位は、経済学博士(同志社大学)。 岡山県出身。第六高等学校を経て1937年京都帝国大学法学部卒業。出版社などの勤務を経て1946年専修大学講師、1948年京都大学経済学部助教授、1952年より広島大学、岡山大学の助教授を併任。同年学位論文「社会政策論の根本問題」により同志社大学より経済学博士の学位を取得。1957年京都大学経済学部教授、1965年同学部長。専門は労働問題・社会政策論。大河内一男らと社会政策本質論争を行う。教授在職中に逝去。享年61。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
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小野 義彦(おの よしひこ、1914年4月25日 - 199… 小野 義彦(おの よしひこ、1914年4月25日 - 1990年11月19日)は、日本の経済学者、大阪市立大学名誉教授。マルクス主義の立場から資本主義批判を行った。日本共産党における主流派のアメリカ従属論を批判した。主流派が、日本のアメリカ従属から脱する民族民主革命と社会主義革命が必要とする二段階革命論を唱えたことに対して日本はアメリカに従属しておらず、戦術としてアメリカ従属を利用する日本の独占資本主義に対する一段階革命論を提唱し、事実上日本共産党から排除された。1963年9月に平民学連からシンパ学生を率いて民主主義学生同盟を結成した。 東京府東京市四谷区生まれ。仙台第二中学校から第一高等学校へ進んだが、1933年に左翼活動のため中退。
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上杉 正一郎(うえうぎ しょういちろう、1912年8月4日 … 上杉 正一郎(うえうぎ しょういちろう、1912年8月4日 - 1990年)は、日本の統計学者、マルクス経済学者。長く東京経済大学で教鞭を執り、同大学名誉教授となった。 上杉は、第二次世界大戦後の経済学界において、「社会統計学派の指導的理論家」であったとされる。 東京に生まれる。父・上杉慎吉は、東京帝国大学法学部教授で、天皇主権説に立つ憲法学者であった。なお、弟・上杉重二郎は、長じて労働運動史の研究者となり、北海道大学教授などを務めた。 1930年に第一高等学校に入学し、1933年に東京帝国大学経済学部に進んだ。学生時代の上杉は、日本共産青年同盟(共青)に参加し、滝川事件に関連して1934年と1935年の2度、検挙勾留された。
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松井 清(まつい きよし、1912年5月26日 - 1972… 松井 清(まつい きよし、1912年5月26日 - 1972年9月6日)は、日本の経済学者。元京都大学大学院経済学研究科・経済学部教授。 岡山市生まれ。第三高等学校卒、1934年京都帝国大学(現・京都大学)経済学部卒。副手をへて1936年同講師、1947年助教授、1949年教授、1950年「世界経済学批判」で、経済学博士(大阪商科大学)の学位を取得。1960-1961年京都大学経済学部長。60歳で教授在任中に死去。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。
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島 恭彦(しま やすひこ、1910年6月5日 - 1995年… 島 恭彦(しま やすひこ、1910年6月5日 - 1995年9月28日)は、日本の経済学者。専門は財政学。学位は、経済学博士。京都大学名誉教授。福井県敦賀市生まれ。
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青山 秀夫(あおやま ひでお、1910年3月21日 - 19… 青山 秀夫(あおやま ひでお、1910年3月21日 - 1992年2月16日)は、日本の経済学者。学位は、経済学博士・社会学博士。京都大学名誉教授。 岡山県出身。岡山第一中学(現:岡山朝日高校)、旧制第六高等学校を経て、京都帝国大学経済学部を卒業。その後、京都大学経済学部教授・学部長、京都大学経済研究所所長、関西学院大学社会学部教授、摂南大学経営情報学部教授、同学部長などを歴任した。
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白杉 庄一郎(しらすぎ しょういちろう、1909年11月24… 白杉 庄一郎(しらすぎ しょういちろう、1909年11月24日 - 1961年6月15日)は、日本の経済学者。経済学史やマルクス経済学の研究者として知られる。 京都府与謝郡市場村(現・与謝野町)出身。1928年に京都師範学校(現・京都教育大学)本科第2部に入学し、翌年卒業。続けて京都帝国大学経済学部に入学(当初選科、1930年より本科)し、1931年に大学院に進学。石川興二に師事し、1934年に京都帝大経済学部講師に就任した。1940年に助教授に昇格するが、太平洋戦争終結後に経済学部で起きた「戦争責任の自己批判」論に伴い、1946年に京都帝大を退職する。1947年、彦根経済専門学校(1949年より滋賀大学経済学部)の教授となる。
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高岡 周夫(たかおか かねお、1909年5月2日 - 200… 高岡 周夫(たかおか かねお、1909年5月2日 - 2005年1月31日)は、日本の統計学者・経済学者。経済学博士(北海道大学)。元北海学園大学学長代理・北海学園大学名誉教授。 この他、経済統計学会全国運営委員や北海道経済学会理事でもあった。 経営学を小島昌太郎に師事し、統計学を蜷川虎三に師事する。 父は第三代北海道帝国大学総長の高岡熊雄であり、叔父に高岡直吉がいる。夫人は世界的外科医であり九州大学医学部教授を務めた三宅速の娘。兄弟に北海道大学名誉教授の高岡道夫・北星学園大学名誉教授の高岡英夫がいる。
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山岡 亮一(やまおか りょういち、1909年2月10日 - … 山岡 亮一(やまおか りょういち、1909年2月10日 - 1991年9月21日)は、日本の経済学者。京都大学名誉教授、高知大学名誉教授。専門は農業経済学。経済学博士(京都大学・1962年)。京都府生まれ。 子に山岡亮平(動物生態学者、京都工芸繊維大学名誉教授)、山岡耕作(魚類学者、高知大学名誉教授)など
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出口 勇蔵(でぐち ゆうぞう、1909年1月23日 - 20… 出口 勇蔵(でぐち ゆうぞう、1909年1月23日 - 2003年4月2日)は、日本の経済学者。経済学博士(京都大学)。京都大学名誉教授。 京都市出身。1933年京都帝国大学経済学部卒。1938年京都大学経済学部助手、講師、助教授、1948年京都大学教授。1952年「経済学と歴史意識」で、経済学博士(京都大学)の学位を取得。1968年経済学史学会代表幹事。1972年定年退官、名誉教授、京都薬科大学教授、1984年名城大学教授。経済哲学・経済思想史を専攻した。
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神崎 博愛(かんざき ひろちか、1908年(明治41年)4月… 神崎 博愛(かんざき ひろちか、1908年(明治41年)4月16日 - 1986年(昭和61年)8月25日)は、日本の農業経済学者。京都大学名誉教授。専門は農業経営学で、農家家計経済、農村社会学的日本農民論、近代経済学的農業経営論を主に研究。農学博士。 鹿児島県姶良郡清水村(現:霧島市)の後の国分清水地域出身。鹿児島県立加治木中学校 (旧制)を経て、1931年(昭和6年)3月に第五高等学校 (旧制)理科甲類卒業。1934年(昭和9年)3月に京都帝国大学農学部農業経済学科を卒業し、同年9月より朝鮮総督府技手。旧制五高・京大在学中は学生野球選手で、京大では関西六大学リーグ優勝を経験。1940年(昭和15年)京都帝国大学農学部教務嘱託、同年7月京都帝国大学農学部助手就任、1941年(昭和16年)3月京都帝国大学農学部講師嘱託。
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柏 祐賢(かしわ すけかた、1907年〈明治40年〉11月1… 柏 祐賢(かしわ すけかた、1907年〈明治40年〉11月10日 - 2007年〈平成19年〉3月12日)は、日本の農学者、農業経済学者。京都大学名誉教授、第2代京都産業大学学長。李登輝(第4代中華民国総統)の京大農学部在籍時の恩師として知られる。 1907年、富山県立山町生まれ。京都帝国大学農学部農林経済学科で学び、1933年に卒業。 卒業後は同1933年に農林省入省。1936年、京都帝国大学農学部助手に任じられる。1939年、同大学農学部講師に昇進。11月、京都帝国大学人文科学研究所助教授となる。 1945年、太平洋戦争が終結。1947年4月、京都帝国大学人文科学研究所教授に昇進。1948年8月に学位論文『経済秩序個性論:中国経済の理論的研究』を京都大学に提出して農学博士を提出。
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北野 熊喜男(きたの ゆきお、1907年2月13日 - 19… 北野 熊喜男(きたの ゆきお、1907年2月13日 - 1989年6月3日)は、日本の経済学者。神戸大学名誉教授。位階は従三位。 1907年、大阪府大阪市北区堂島で生まれた。1918年(大正7年)に大阪市立天王寺商業高等学校を卒業し、神戸高等商業学校(現・神戸大学)に進んだ。1928年に同校を卒業。続いて京都帝国大学経済学部に進み、1932年に卒業。 卒業後は、1933年から1935年まで京都帝国大学経済学部副手に採用された。同1933年より同志社高等商業学校講師を務め、1936年からは教授。1939年より和歌山高等商業学校講師、同年教授昇進。 戦後の1945年より福島経済専門学校教授を務めた。
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名和 統一(なわ とういち、1906年<明治39年>6月18… 名和 統一(なわ とういち、1906年<明治39年>6月18日 - 1978年<昭和53年>7月8日)は、日本の経済学者。大阪市立大学名誉教授。 1906年に兵庫県に生まれる。父はキリスト教徒の株屋。京都帝国大学を卒業し、大阪商科大学(現大阪市立大学)教授となる。1943年に大阪商大事件で追放されるも、戦後復帰し、大阪市立大学教授となる。1951年に「国際価値論研究」で、京都大学から経済学博士の学位を取得する。1971年に定年退官し、大阪市立大学名誉教授、岐阜経済大学学長となる。マルクス経済学による貿易理論を展開した。門下に三辺信夫がいる。
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黒松巌(くろまついわお、1906年1月18日-1976年11… 黒松巌(くろまついわお、1906年1月18日-1976年11月8日)は、日本の経済学者。 鹿児島市生まれ。第七高等学校造士館卒、1931年京都帝国大学経済学部卒、1960年「日本工業の構造」で京都大学経済学博士。1938年建国大学助教授、1944年教授、1948年同志社大学経済学部教授。59-61年経済学部長、1976年定年、名誉教授となる。
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中谷 実(なかたに みのる、1904年4月9日 - 1982… 中谷 実(なかたに みのる、1904年4月9日 - 1982年4月)は、日本の経済学者。教育者。 1904年(明治37年)4月9日、大阪府に生まれる。1928年(昭和3年)京都帝国大学経済学部卒業後、同学部講師となり1938年(昭和13年)に助教授、1946年(昭和21年)に教授。1962年 経済学博士 取得、1968年(昭和43年)に京都大学を退官して名誉教授。同年、甲南大学の教授。1972年(昭和47年)から京都学園大学教授、翌年から1980年(昭和55年)まで同大学学長。1982年(昭和57年)4月死去。
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磯部 喜一(いそべ きいち、1902年10月18日 - 19… 磯部 喜一(いそべ きいち、1902年10月18日 - 1987年8月15日)は、日本の経済学者・経営学者。専門は、工業経済学、中小企業論。東京工業大学・武蔵大学名誉教授。 大阪府大阪市生まれ。1926年京都帝国大学経済学部卒。1949年「日本漆器工業論」で、京都大学より経済学博士の学位を取得。1928年関西大学専任講師、助教授、教授、1944年東京工業大学生産工学部助教授、教授、1963年定年退官、名誉教授、広島大学工学部教授・武蔵大学教授。1972年武蔵大学名誉教授。日本工業経営学会会長。
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豊崎 稔(とよさき みのる、1901年11月28日 - 19… 豊崎 稔(とよさき みのる、1901年11月28日 - 1984年9月13日)は、日本の経済学者。京都大学名誉教授。 1901年、徳島県徳島市生まれ。徳島県立徳島中学校(現徳島県立城南高等学校)を卒業し、山口高等商業学校を経て、1927年東北帝国大学法文学部経済学科を卒業した。 卒業後、母校の東北帝国大学助手に採用。1931年より大阪商科大学講師。1932年に同助教授、1941年に同教授に昇進。1945年に大阪商科大学に学位論文を提出して経済学博士号を取得。1946年、京都帝国大学経済学部教授となった。1949年より経済学部長。1951年からは日本学術会議会員となった。また、1959年税制調査会委員。
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近藤 文二(こんどう ぶんじ、1901年10月24日 - 1… 近藤 文二(こんどう ぶんじ、1901年10月24日 - 1976年11月25日)は、日本の経済学者。大阪市立大学名誉教授。保険学、社会保障論を研究。 戦前から保険の歴史や民間保険を研究。1942年の共著『労働者年金保険法論』では「戦費調達説」を提起し、同書刊行または1948年の『社会保険』刊行の頃から社会保険の研究に関心を移した。社会保険を重視する社会保障論を展開し、社会保険の社会事業化・公的扶助化を批判した。1963年の『社会保険』は「社会保険に関する理論・歴史・政策が三位一体となったこの分野の名著」「近藤自身のこれまでの研究の総仕上げ」だと評価されている。第6回日経・経済図書文化賞を受賞した。
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江頭 恒治(えがしら つねはる、1900年10月7日 - 1… 江頭 恒治(えがしら つねはる、1900年10月7日 - 1978年10月5日)は、日本の経済学者。滋賀大学名誉教授。 佐賀県生まれ。1924年佐賀高等学校を卒業。同年、京都帝国大学経済学部に入学し、本庄栄治郎のもとで日本経済史を学び、1927年卒業。浪速高等学校講師などを務めたのち、1933年黒正巌が開設した日本経済史研究所の所員となる。1937年、満州建国大学助教授、1940年に同大学教授。戦後、1947年2月に彦根経済専門学校講師となり、翌3月同校教授。1949年に同校が新設の滋賀大学に包摂されると、同大学教授となり、兼ねて同大学彦根経済専門学校教授に任ぜられる。1961年、定年退官、名誉教授。
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福井 孝治(ふくい こうじ、1899年4月1日 - 1977… 福井 孝治(ふくい こうじ、1899年4月1日 - 1977年3月13日)は日本の経済学者・社会科学者。大阪経済大学、旧制大阪商科大学、大阪市立大学の学長を歴任。学位は経済学博士(大阪商科大学)。大阪市立大学名誉教授。 愛知県出身。第八高等学校を経て1922年京都帝国大学経済科卒、同大学院に進学、河上肇に師事した。1925年、福島高等商業学校(現・福島大学経済学部)教授。1929年に旧制大阪商科大学助教授に就任し1933年教授、経済学原論やドイツ語を講じた。戦後は学制改革に伴い1949年に大阪商科大などを母体に発足した大阪市立大学経済学部教授。翌1950年からは前年に急逝した黒正巌に代わり大阪経済大学の学長(第2代)も務めた(-1960年)。
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志村 茂治(しむら しげはる、男性、1898年(明治31年)… 志村 茂治(しむら しげはる、男性、1898年(明治31年)9月10日 – 1971年(昭和46年)8月9日)は、神奈川県出身の政治家、経済学者。衆議院議員(3期)。 三浦郡初声村和田(現・三浦市)に、志村広太郎の長男として生まれる。1921年(大正10年)東京帝国大学農学部実科、1925年(大正14年)京都帝国大学経済学部を卒業、東京帝国大学農学部教授・佐藤寛次の研究室に入り農業経済学を専攻。ベルリン大学、ハイデルベルク大学にも学び、帰国後は専修大学経済学部講師、日本大学商経学部教授、中央物価統制協力会議調査部長を務める。 戦後、神奈川県農地委員を務めていた1952年(昭和27年)、第25回衆議院議員総選挙において、旧神奈川2区にて 左派社会党から立候補し当選。
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長谷部 文雄(はせべ ふみお、1897年(明治30年)6月2… 長谷部 文雄(はせべ ふみお、1897年(明治30年)6月29日 - 1979年(昭和54年)6月13日)は、日本の経済学者。 愛媛県出身。愛媛県立今治中学校卒業後、第一高等学校に進学し、1920年に同校英法科を卒業し、京都帝国大学経済学部に入学。1923年に学士試験に合格し、「経済原論」の研究のため、同大学大学院に進学する。その後、同志社大学講師となり、教授であった1933年には治安維持法違反で検挙起訴され、同志社大学を退職した。戦後、立命館大学教授、龍谷大学教授、1977年退職。 マルクス主義経済学文献の翻訳を行い「資本論」を完訳した。
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堀江 邑一(ほりえ むらいち、1896年12月18日 - 1… 堀江 邑一(ほりえ むらいち、1896年12月18日 - 1991年11月24日)は、日本の経済学者。 専攻はソ連経済、マルクス経済学。妻は日本共産党衆議院議員の苅田アサノ。日ソ協会(現日本ユーラシア協会)顧問などを務めた。 徳島県の出身。京都帝国大学経済学部を卒業後、同大大学院に進学し河上肇の一番弟子として彼の薫陶を受ける。1926年に高松高等商業学校(現・香川大学経済学部)教授となり、翌年ドイツへ留学しベルリン社会科学研究会(後のベルリン反帝グループ)に参加、ドイツ共産党へも入党した。また、1933年には上海の東亜同文書院に留学するが、この時高商時代の政治活動を理由に検挙、留学から半年足らずで内地へ戻ると共に休職。
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堀 経夫(ほり つねお、1896年〈明治29年〉4月20日 … 堀 経夫(ほり つねお、1896年〈明治29年〉4月20日 - 1981年〈昭和56年〉9月18日)は、日本の経済学者。専門は、経済思想史、社会思想史。日本学士院会員。関西学院大学学長、四国学院大学学長を歴任した。 1896年4月20日、函館市生まれ。1920年、京都帝国大学卒業。河上肇に師事。1925年東北大学教授、1932年大阪商科大学 (現在の大阪市立大学) 教授を経て、1948年関西学院大学教授に就任。1955年に、関西学院大学学長(第5代学長)に就任し、同学長を1966年に退任。同年、四国学院大学学長に就任。理論経済学会、経済学史学会、大洋州経済学会など多くの学会の創設以来の会員、幹事、顧問をつとめる。
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黎 世蘅(れい せいこう、1896年 – 1977年)は、中… 黎 世蘅(れい せいこう、1896年 – 1977年)は、中華民国・中華人民共和国の経済学者・教育者・官僚。字は子鶴。経済学者として活動した一方、中華民国臨時政府と南京国民政府(汪兆銘政権)において官僚をつとめたことがある。 日本に留学し、1919年(民国7年/大正7年)、京都大学経済学部に入学した。1922年(民国11年/大正11年)、同学部を卒業、経済学士を取得したと見られる。帰国後、1922年(民国11年)、国立北京大学経済系講師兼私立民国大学校長となる。1925年(民国14年)2月17日、教育部編審処編審員に任命された。1928年(民国17年)、国立北平大学法学院教授となる。1930年(民国19年)から1937年(民国26年)まで北平成達初級中学校長兼中法大学院教務主任をつとめた。
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石川 興二(いしかわ こうじ 1892年5月16日 - 19… 石川 興二(いしかわ こうじ 1892年5月16日 - 1976年3月25日)は、昭和時代に活動した日本の経済学者、教育者。経済学博士(京都帝国大学)。京都大学名誉教授。 第六高等学校を経て、1917年に京都帝国大学法科大学政治経済科を卒業。在学時には西田幾多郎の指導を受け、日本では先例のない経済哲学を研究した。経済学は河上肇を師として慕った。1920年より京都帝国大学経済学部講師、彦根高等商業学校教授を務め、1926年から京都帝国大学経済学部助教授、次いで1930年には教授となった。同年、同大学経済学博士。1937年から評議員として大学運営に参画、1939年に経済学部長に就任。1943年には著書『新体制の指導原理』(1940年)の記述内容が帝国議会に於いて問題視され休職処分を受けている(いわゆる石川事件)。
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道家 斉一郎(どうけ せいいちろう、1888年(明治21年)… 道家 斉一郎(どうけ せいいちろう、1888年(明治21年)6月13日 - 1942年(昭和17年)3月28日)は、経済学者、専修大学総長、衆議院議員。 貴族院議員・農商務官僚道家斉の長男として東京市に生まれる。1915年(大正4年)、京都帝国大学法科大学政治科を卒業。1922年(大正11年)より久原鉱業株式会社参事を務め、また専修大学・日本大学・中央大学で講師として統計学・経済学・労働問題などを講義した。1923年(大正12年)、久原鉱業を退社して、帝都復興院参事に任命された。翌年には東京市の主事となり、1929年(昭和4年)に辞職するまでの間、統計課長、文書課長、電気局労働課長を歴任した。 1928年(昭和5年)に専修大学の評議員となり、翌年には教授・常務理事となった。
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本庄 栄治郎(ほんじょう えいじろう、1888年(明治21年… 本庄 栄治郎(ほんじょう えいじろう、1888年(明治21年)2月28日 - 1973年(昭和48年)11月18日)は、日本の経済学者。専門は日本経済史、経済思想史。学位は、経済学博士(京都帝国大学)。大阪商科大学第2代学長。京都大学・大阪府立大学名誉教授。日本学士院会員。文化功労者。 昭和期に多数の学者を送り出し日本経済史研究の権威として知られた。 1888年、京都西陣に生まれる。第三高等学校を経て、1913年京都帝国大学法科大学政治学科卒業、同大学院に進学、生家の生業である西陣機業の研究を行い戸田海市、内田銀蔵に師事した。1914年に『西陣研究』、1916年に『江戸幕府ノ米価調節』が京都法学会より公刊されている。
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櫛田 民蔵(くしだ たみぞう、1885年〈明治18年〉11月… 櫛田 民蔵(くしだ たみぞう、1885年〈明治18年〉11月16日 - 1934年〈昭和9年〉11月5日)は、日本の経済学者。妻は女性解放運動指導者の櫛田ふき。子の櫛田克巳は朝日新聞社の学芸記者。 福島県磐城郡上小川村(現在のいわき市小川町)生まれ。福島県立磐城中学校から錦城中学に編入し、1908年、東京外国語学校卒。1912年京都帝国大学卒。 同志社大学教授、同法学部長、大阪朝日新聞論説委員を歴任。その後東京帝国大学経済学部助手となるが、1919年に高野岩三郎の勧誘を受けて大原社会問題研究所の研究嘱託となる。1920年から2年間久留間鮫造と渡欧し、主にドイツで書籍の蒐集に当たる。1922年、立教大学商学部教授に就任し、経済政策を講じた。
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高田 保馬(たかた やすま、1883年(明治16年)12月2… 高田 保馬(たかた やすま、1883年(明治16年)12月27日 - 1972年(昭和47年)2月2日)は、日本の経済学者、社会学者、歌人。文化功労者。京都大学、大阪大学、大阪府立大学各名誉教授。 1883年12月27日、佐賀県小城郡三日月村(現・佐賀県小城市三日月町)遠江で生まれた。1897年3月に三日月村晩成小学校を卒業し、佐賀県立佐賀中学校(現在の佐賀西高校、佐賀北高校、佐賀東高校)に進んだ。1902年3月に卒業し、第五高等学校第一部に入学。1907年7月に卒業し、同年京都帝国大学文科大学哲学科に進み、米田庄太郎に師事した。1910年7月に京都帝国大学を卒業し、同大学大学院に進学。 1914年9月、京都帝国大学法科大学講師に就いた。
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山本 美越乃(やまもと みおの、1874年(明治7年)1月2… 山本 美越乃(やまもと みおの、1874年(明治7年)1月22日 - 1941年(昭和16年)5月13日)は、明治から昭和時代前期の日本の経済学者。京都帝国大学総長。 旧鳥羽藩士・山本昇平の三男として三重県志摩郡鳥羽町に生まれる。鳥羽商船学校を飛び級で卒業し、同志社普通学校を経て、1903年(明治36年)京都帝国大学法科大学選科を卒業する。 大阪高等商業学校(現・大阪市立大学の前身)教諭を経て、山口高等商業学校(現・山口大学経済学部の構成母体)教授となり、同校の命にて、1905年(明治38年)経済学研究のため欧米に留学。コロンビア大学夏季講座を経て、ウィスコンシン大学大学院で経済学のほか、ポール・ラインシュより殖民政策を学び、文学修士を取得。
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塚谷 恒雄(つかたに つねお)は、日本の環境学者、経済学者。… 塚谷 恒雄(つかたに つねお)は、日本の環境学者、経済学者。京都大学経済研究所経済情報解析研究部門教授。 専門は、環境影響評価、環境保全、中央アジア地域研究。工学博士。水文・水資源学会理事などを歴任。 中央アジアの環境問題、特に水資源問題、砂漠化、放射能汚染などを中心に研究を行っている。セミパラチンスク核実験場における放射能汚染調査や、アラル海、バルハシ湖などの環境問題に関する研究で知られる。 Ecological conservation and reclamation of arid/saline lands under agricultural system development in Kyzylkum deserts of Uzbekistan Health Effects of the Nuclear Tests conducted at Nuclear Test Explosions: Environmental Contamination and Health Effects Global Water Enviroument and International Couflict Living Environment and Car Problem Absolute Loss of Life and Its Case Evidence Nuclear Energy and Environment Compensation System for Environmental Damage and Other Economic Incentives in Japan Operation of storage reservoir for water quality by using optimization and artificial intelligence techniques Risk assessment of Environmental contaminants of Asiatic Deserts Ecosystems in relation to plant distribution and structure Human Impact on Land Degradation of Kyzylkum Deserts Development in Kyzylkum Desert Baseline Study of Surface Streams of Zerafshan River Basins Perspectives for International Collaboration on the Water Resources of Central Asia Entrepreneurial Environment in Kazakhstan Current levels of Pu isotopes and Cs-137 at the former Soviet Union's Semipalatinsk nuclear test site Aral Sea and Socioeconomic Development Residual radioactivity in the soil of the semipalatinsk nuclear test site in the former USSR Plutonium isotopic composition in soil from the former Semipalatinsk nuclear test site Current Economy and Environment of Kazakhstan in 1995 Semipalatinsk Nuclear Test Site and the Nuclear Development of the former USSR Political Economy in Ceutral Asia, Light and Shade of Cotton Monoculture
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中嶋 亮(なかじま りょう)は、日本の経済学者。慶應義塾大学… 中嶋 亮(なかじま りょう)は、日本の経済学者。慶應義塾大学教授。京都大学農学部農林経済学科卒、ニューヨーク大学経済学部博士課程修了 (Ph.D. in Economics).専門分野は応用計量経済学。主な研究テーマは社会的相互作用の実証研究。 社会的相互作用、ネットワーク形成、知的スピルオーバー等のテーマに関する顕著な研究成果をあげた。
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西田 充邦(にしだ みつくに)は日本の経済学者。ジョンズ・ホ… 西田 充邦(にしだ みつくに)は日本の経済学者。ジョンズ・ホプキンズ大学ビジネススクール准教授。専門分野は数量マーケティング、Retailing, 実証的産業組織論。 京都大学卒業、シカゴ大学博士課程修了(Ph.D).
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岡 敏弘(おか としひろ)は、日本の経済学者。京都大学公共政… 岡 敏弘(おか としひろ)は、日本の経済学者。京都大学公共政策大学院・経済学研究科教授。専門は厚生経済学、環境経済学。 1988年、京都大学大学院経済学研究科経済政策専攻博士後期課程修了、京都大学 博士(経済学)、滋賀県琵琶湖研究所研究員。1993年福井県立大学経済学部助教授。1997~98年、Visiting Professor, CSERGE, ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン。2000年福井県立大学大学院経済・経営学研究科教授。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。
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上東 貴志(かみひがし たかし)は、日本の経済学者。神戸大学… 上東 貴志(かみひがし たかし)は、日本の経済学者。神戸大学経済経営研究所教授。専門は経済理論、マクロ経済学。 2010年に「中原賞」を受賞。EconometricaやAmerican Economic Reviewをはじめとする経済学における主要な学術雑誌の査読を行っている。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。
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坂爪 聡子(さかつめ さとこ)は、日本の経済学者。専門は、応… 坂爪 聡子(さかつめ さとこ)は、日本の経済学者。専門は、応用ミクロ経済学、家族経済学。 京都大学大学院経済学研究科卒。現在、京都女子大学現代社会学部現代社会学科教授。所属学会は、日本経済学会、社会・経済システム学会。 恋愛結婚か見合い結婚かの選択、女性の就業形態や出産期の選択といった家族問題を経済学的に分析している。 師匠に吉田和男(京都大学大学院経済学研究科教授)をもつ。 1999年、「結婚・出産行動の経済学的分析 -1970年以降の日本人口に関する理論分析 」により京都大学から博士(経済学)。
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