村山 佐織(むらやま さおり、1962年10月4日 - )は… 村山 佐織(むらやま さおり、1962年10月4日 - )は、元高知放送のアナウンサー。 1985年、高知大学人文学部文学科を卒業、高知放送に入社。かつては「橋詰」の姓で活動していたが、現在は離婚して結婚前の「村山」の姓に戻っている。血液型はO型。2007年、第28回NNSアナウンス大賞ラジオ部門大賞を受賞。2010年からアナウンス部を離れ、ディレクターの仕事をしていたが、2014年春よりアナウンス部に戻っている。2017年春から、ラジオ局ラジオ制作部長に異動しラジオパーソナリティとディレクターを兼任していたが、2020年春からディレクター専任になった。井手上恵の後任として「あさドレッ!わいど」の火曜日を担当していたが、番組改編に伴い2022年3月22日で番組を降板することなる。
木村 浩一郎 (きむら こういちろう、1961年〈昭和36年… 木村 浩一郎 (きむら こういちろう、1961年〈昭和36年〉4月17日 - )は、日本の編集者、リーダーズノート出版代表、YouTuber。自称マルチクリエイター。 福岡県北九州市門司区生まれ。高校卒業後に上京して吉祥寺の高級クラブ「ルナ・武蔵野」にバーテンダーとして勤務。1982年高知大学の経済学部に入学、在学中に土佐出版社に勤務する。2度目の上京後は、朝日新聞社広告局外注先の編集プロダクションに勤務して、著名人の紹介記事などを担当。PR会社に転職後、1999年にリーダーズノートを設立。以後、学術書や報道関係の書籍を出版する少人数の出版社を25年間経営している。
福田 健次(ふくだ けんじ、1960年〈昭和35年〉10月1… 福田 健次(ふくだ けんじ、1960年〈昭和35年〉10月11日 - )は、日本の政治家。本名・旧芸名は福田 浩(ふくだ ひろし)。 かつては、福岡県を拠点にしたローカルタレントとして活動し、アクションを得意とした俳優でもある。福岡県中間市長(3期)。愛称は「けんちゃん」、「福田のけんちゃん」。 選挙に立候補して以降は全ての出演を見合わせている。 すべて福岡ローカルでの放送。
青島 大明(あおしま だいめい、旧姓:隋、1960年 - )… 青島 大明(あおしま だいめい、旧姓:隋、1960年 - )は中華人民共和国の武術家、作家。中華人民共和国北京市出身。高知大学人文学部経済学科卒業。世界医学気功学会常務理事。大明気功院院長。 1960年に北京で生まれる。幼少の頃から八卦掌・太極拳などの家伝の健康法を学び、賈永斌(ジャユンビン)師や大雁功の楊梅君(ヤンメイヂュン)師、祝由科の黄茂祥(ファンマオシャン)師などの気功師と出会い、気功を修行し、1976年より気功施術・指導を始める。 気功が発祥した中国において、政府から認められた医学気功の学会で、世界20数ヶ国の気功師や気功を研究する医師や科学者、気功の愛好者などが参加している世界医学気功学会が招聘した気功の特邀気功専家(スペシャル・エキスパート)14名の中の一人として、様々な難病を研究・施術している。
細美 遥子(ほそみ ようこ、1960年 - )は、日本の翻訳… 細美 遥子(ほそみ ようこ、1960年 - )は、日本の翻訳家。英米文学を多く翻訳。幹 遙子(みき ようこ)名義でも翻訳活動を行っている。細美名義では主にミステリ、ホラーを、幹名義では主にファンタジー、SFの翻訳を行っている。 高知県高知市生まれ。高知大学文学部人文学科卒業。専攻は心理学。 高校時代、大森望、岩郷重力らとSFファン活動をはじめる。大学時代は、学外会員として大森が創設した京都大学SF研究会に参加。のち翻訳家になる。 日本推理作家協会会員。神戸市在住。
春名 直章(はるな なおあき、1959年4月16日 -)は、… 春名 直章(はるな なおあき、1959年4月16日 -)は、日本の政治家。元衆議院議員(通算2期)。日本共産党中央委員、高知県委員長。 岡山県生まれ。岡山県立林野高等学校、高知大学教育学部卒業。在学中に日本共産党に入党。民青同盟中央副委員長等を歴任。1996年に行われた第41回衆議院議員総選挙に高知県第3区から出馬。自由民主党から出馬した山本有二に大差で敗れるも比例復活により初当選。以後、2期連続当選。 議員在任中は農林水産委員会・総務委員会・憲法審査会等に所属。国会質問の常連として知られ7年間で246回の国会質問を行う。 2000年の第42回衆議院議員総選挙では、比例四国ブロックから単独出馬し再選される。
荊木美行(いばらき よしゆき、昭和34年(1959年)4月 … 荊木美行(いばらき よしゆき、昭和34年(1959年)4月 - )は、日本の歴史学者。皇學館大学研究開発推進センター副センター長・教授。日本古代史専攻。 和歌山県和歌山市出身。1982年和歌山県立桐蔭高等学校卒業。同年高知大学人文学部文学科史学専攻入学。玉井力・金子修一に師事。1982年3月同大学卒業、同年4月筑波大学大学院修士課程地域研究研究科(日本研究コース)入学、1984年3月修了(国際学修士)。井上辰雄・芳賀登に師事。 1989年四條畷学園女子短期大学専任講師。1992年4月、皇學館大學史料編纂所専任講師。1996年助教授、「律令官制成立史の研究」にて愛知学院大学より文学博士を授与される。
清古 愛弓(せいこ あゆみ、1959年 - )は日本の医師。… 清古 愛弓(せいこ あゆみ、1959年 - )は日本の医師。東京都葛飾区健康部長兼保健所長。 全国保健所長会副会長、台東保健所長、全国保健所長会「公衆衛生医師 の確保と育成に関する委員会」委員長、社会医 学系専門医・指導医などを歴任した。 高知医科大学医学部卒業。1984年(昭和59年)に上京。都内の病院に2年間臨床研修をした後、都内の保健所や都庁へ勤務する。 2014年より現職。 2020年、新型コロナウィルスへの保健所の現状をオンラインで報告2021年、芦田多恵デザインによるオリジナルハンカチを保健所職員に寄付。同年、朝日新聞連載「耕論」にて、住吉雅美、中山哲夫と共に出演。
高橋 敏明(たかはし としあき、1958年6月5日 - )は… 高橋 敏明(たかはし としあき、1958年6月5日 - )は、日本の政治家、医師。愛媛県西条市長(1期)。 愛媛県西条市生まれ。愛媛県立西条高等学校、国立高知医科大学医学科卒業 。博士(医学)。整形外科医として従事し、ハーバード大学附属マサチューセッツ総合病院に留学。2005年より愛媛大学医学部附属病院整形外科講師に就任。2012年には愛媛大学医学部附属病院地域医療支援センター准教授・副センター長併任 。2019年には愛媛大学社会共創学部地域資源マネジメント学科スポーツ健康科学講座教授に就任 。2024年3月に愛媛大学を定年退職した。 2024年7月に同年11月に行われる西条市長選挙への立候補を表明。
村木 厚子(むらき あつこ、1955年〈昭和30年〉12月2… 村木 厚子(むらき あつこ、1955年〈昭和30年〉12月28日 - )は、日本の労働・厚労官僚。津田塾大学客員教授。旧姓西村(にしむら)。 2008年に厚生労働省4人目の女性局長として厚生労働省雇用均等・児童家庭局長を務めた後、内閣府政策統括官(共生社会政策担当)、厚生労働省社会・援護局長を歴任し、2013年7月から2015年9月まで厚生労働事務次官を務めた。 厚生労働省退官後は、内閣官房孤独・孤立対策担当室政策参与、全国社会福祉協議会会長、全国老人クラブ連合会会長、中央共同募金会会長、伊藤忠商事取締役、住友化学取締役、SOMPOホールディングス監査役、コニカミノルタアドバイザー、大妻学院理事、土佐中学校・高等学校理事、若草プロジェクト代表呼びかけ人、抱樸が実施する希望のまちプロジェクト顧問など。
板原 啓文(いたはら けいぶん、1955年〈昭和30年〉7月… 板原 啓文(いたはら けいぶん、1955年〈昭和30年〉7月31日 - )は、日本の政治家。高知県土佐市長(5期)。 高知県土佐市出身。高知高等学校、高知大学卒業。 1978年(昭和53年)土佐市役所入庁。企画調整課長、總務課長。 2007年(平成19年)10月21日投開票の土佐市長選挙に立候補し初当選を果たした。投票率は過去最低の49.17%。10月29日、市長就任。 2011年(平成23年)、無投票により再選。 2015年(平成27年)7月16日、平和安全法制関連2法案が衆議院本会議で可決され、参議院へ送付された。これを受けて、同年9月開催の土佐市議会において板原は「安保関連法案は、多くの憲法学者が憲法に抵触すると言っている以上、法案に問題があると判断している。
渡辺 春美(わたなべ はるみ、男性、1951年 - )は、国… 渡辺 春美(わたなべ はるみ、男性、1951年 - )は、国語教育学者、高知大学名誉教授。 愛媛県生まれ。1969年愛媛県立宇和島東高等学校卒業。1973年広島大学教育学部高等学校教員養成課程体育科を卒業後、同国語科に編入し、1975年に卒業する。1994年鳴門教育大学大学院学校教育研究科教科・領域教育専攻(言語系コース)を修了した。1975年4月から香川県大手前高等(中)学校、大阪府立岬高等学校、大阪府立和泉高等学校に勤める。1999年沖縄国際大学文学部助教授、同総合文化学部教授。2007年高知大学総合教育センター教授、同教育研究部人文社会科学系教育学部門教授を務め、2012年4月高知大学教育学部附属小学校校長を兼任。
秦泉寺 尚(じんぜんじ ひさし、1951年-)は日本の男子ス… 秦泉寺 尚(じんぜんじ ひさし、1951年-)は日本の男子スポーツ科学者。高知県高知市出身。 高知大学卒業で筑波大学大学院修士課程コーチ学専攻修了。学生時代から陸上競技選手として短距離走を専門にしており、今でもマスターズ陸上に選手や役員として参加している。 現在は宮崎大学教育文化学部の助教授を務めている。 この項目は、陸上選手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:陸上競技/PJ陸上競技)。
中澤 高清(なかざわ たかきよ、1947年10月10日 - … 中澤 高清(なかざわ たかきよ、1947年10月10日 - ) は、日本の地球物理学者。東北大学名誉教授、元大気化学研究会会長。 島根県松江市生まれ。1966年島根県立松江南高等学校卒業。1970年高知大学文理学部理学科卒業。同年東北大学大学院理学研究科に入学し、山本義一、次いで田中正之に師事し、大気放射学の研究を行い、1976年東北大学大学院理学研究科博士課程単位取得退学、東北大学理学部教務系技官。1979年東北大学理学部助手。1980年東北大学理学博士。 1986年スクリップス海洋研究所客員研究員。1987年東北大学理学部助教授。1989年宇宙科学研究所客員助教授。1993年国立極地研究所客員助教授。
上田 和夫(うえだ かずお、1943年3月24日 - )は、… 上田 和夫(うえだ かずお、1943年3月24日 - )は、日本のドイツ文学者。福岡大学人文学部名誉教授。専門はドイツ語学、ドイツ文学、フランツ・カフカ、イディッシュ語、イディッシュ文学。 京都府出身。高知大学文理学部文学科卒業。東京大学大学院人文科学研究科独語独文学専攻修士課程修了。大学院在学中、山下肇の講義でカフカの日記を読んだことからイディッシュ語に関心を持ち始める。 1971年から1972年までと、1983年から1984年までの二度にわたってイスラエルのヘブライ大学イディッシュ文学科に留学。帰国後に高知大学教授を経て福岡大学教授。1996年にはオーストリアのウィーン大学に留学。2012年退任、名誉教授。
蓮井 孝夫 (はすい たかお、1941年〈昭和16年〉10月… 蓮井 孝夫 (はすい たかお、1941年〈昭和16年〉10月24日 - )は、RNC西日本放送の元男性アナウンサー。 香川県高松市(旧・香川郡塩江町)出身。高知大学卒業後、1964年に西日本放送アナウンス部入社。RNC在籍中からボランティア活動を行う。現在はラオスの教育支援の香川国際ボランティアセンター会長(理事)、高松市民活動応援団副代表を務める。その他、高松朗読会顧問(35年)、自殺予防活動(36年)継続中。あわせて平成10年から香川医科大学、香川大学、香川看護専門学校等の非常勤講師を行う。平成23年高松市市政功労表彰受賞、 第31回高松キワニス社会公益賞受賞、「瑞宝双光章」平成24年11月3日「瑞宝双光章」受賞等の受賞。
柳井 恒夫(やない つねお、1940年12月5日 - )は大… 柳井 恒夫(やない つねお、1940年12月5日 - )は大阪府出身の元NHKのエグゼクティブアナウンサー。
渡辺 弘之(わたなべ ひろゆき、1939年2月20日 - )… 渡辺 弘之(わたなべ ひろゆき、1939年2月20日 - )は、日本の森林生態学者。京都大学名誉教授。
小西 博行(こにし ひろゆき、1936年10月19日 - 2… 小西 博行(こにし ひろゆき、1936年10月19日 - 2022年1月23日)は、日本の政治家。参議院議員を2期12年務めた。 香川県善通寺市生まれ。 1959年に高知大学農学部農芸化学科を卒業後、淀川製鋼所に入社する。近畿大学の講師を経て、1977年7月に行われた第11回参議院選挙で広島県選挙区から民社党公認で立候補したが落選する。1980年6月に行われた第12回参議院選挙に立候補して初当選を果たした後、1986年の第14回参議院選挙で再選。1992年7月の第16回参議院選挙では「連合の会」から立候補したが落選した。2009年、旭日中綬章受章。 2022年1月23日16時30分、肺炎のため、広島県呉市の病院で死去。
北村 総一朗(きたむら そういちろう、本名及び旧芸名:北村 … 北村 総一朗(きたむら そういちろう、本名及び旧芸名:北村 総一郎(読み同じ)、1935年〈昭和10年〉9月25日 - )は、日本の俳優、声優。 高知県出身。身長は172cm。血液型はA型。高知大学農学部卒業。妻は磯辺万沙子。劇団昴に所属していた。 土佐中学在学時に、劇団民藝の『セールスマンの死』を観劇したことがきっかけで役者の道を志す。土佐高校卒業後に高知大学農学部に入学し、同大学の演劇研究会に所属。同時期に放送局の放送劇団に入り、俳優の傍ら放送劇も書くようになる。 24歳の時に上京し、1961年に文学座に研究生として入る。同期には岸田森、寺田農、橋爪功、草野大悟、樹木希林、小川真由美などがいる。
鈴木 鐸志(すずき たくし、1935年3月19日 - )は、… 鈴木 鐸志(すずき たくし、1935年3月19日 - )は、日本の経営者。淀川製鋼所社長を務めた。 高知県出身。1957年に高知大学文理学部社会学科を卒業し、同年に淀川製鋼所に入社。1993年6月に取締役に就任し、1995年6月に常務を経て、2001年6月に社長に就任。2006年6月に会長に就任。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
小松弘愛(こまつ ひろよし、1934年11月13日 - )は… 小松弘愛(こまつ ひろよし、1934年11月13日 - )は、日本の詩人。 高知県生まれ。高知大学卒。高知学芸高等学校の国語教師を長く務め、教え子には歌人の谷岡亜紀などがいる。1967年より詩作を開始。1972年、詩集『異物』を私家版で刊行。1980年、詩集『狂泉物語』でH氏賞受賞。1995年、詩集『どこか偽者めいた』で日本詩人クラブ賞。「兆」「火牛」同人。高知新聞文芸・詩壇選者。土佐弁の研究も行う。
山下 弘文(やました ひろふみ、1934年2月19日 - 2… 山下 弘文(やました ひろふみ、1934年2月19日 - 2000年7月21日)は日本の自然保護活動家。長崎県出身。高知大学文理学部卒業。 長崎県長崎市出身。佐賀県水産試験場有明海分場(現・佐賀県有明水産振興センター)、長崎水族館勤務をへて、1973年長崎県諫早地区労事務局長。1989年エコロジカルプランニング研究所代表。1997年諫早干潟緊急救済本部代表。1991年日本湿地ネットワーク (JAWAN)代表。1998年ゴールドマン環境賞を受賞。 諫早湾干拓事業に反対するなど、干潟の保護活動に努めた。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
関田 英里(せきた ひでさと、1921年(大正10年)9月1… 関田 英里(せきた ひでさと、1921年(大正10年)9月1日 - 2002年(平成14年)10月30日)は、日本の経済学者。元高知大学学長、同大学名誉教授。専門は経済史、農業経済学。高知県生まれ。 1921年9月1日、高知県長岡郡大篠村大埇(現南国市)において、海軍武官の父関田繁里と母豊榮の長男として生まれる。幼少期は郷里で祖父母のもとに過ごし、1927年に父母のもとへ上京。1934年3月、東京市世田谷区立八幡尋常小学校を卒業。同年4月、父の赴任先の長崎県立佐世保中学校を受験し入学。1935年秋頃、父の転勤に伴い麻布中学校に転入。1937年夏頃、父の死に伴い帰郷し高知県立高知城東中学校に転入。
小松 暢(こまつ のぶ、1918年 - 1993年11月22… 小松 暢(こまつ のぶ、1918年 - 1993年11月22日)は20世紀の日本の女性。漫画家・やなせたかしの妻で、結婚前は編集者を務めた。「小松」は1度目の結婚以降、やなせとの再婚までの間に名乗った姓で出生時の姓は「池田」。 大阪府大阪市に生まれる。父は現在の高知県安芸市出身で、鈴木商店に勤務していた。幼い頃は釧路市を経て高知市で暮らしており、高知県女子師範学校附属小学校(現:高知大学教育学部附属小学校)、高知県立第二高等女学校(現:高知県立高知丸の内高等学校)に通っていた。大阪で旧制阿部野高等女学校(現:大阪府立阿倍野高等学校)を卒業した。女学校時代は「韋駄天おのぶ」の異名を持つ短距離ランナーとして知られたという。
松村 誠一(まつむら せいいち、1913年〈大正2年〉7月6… 松村 誠一(まつむら せいいち、1913年〈大正2年〉7月6日 - 2004年〈平成16年〉10月30日)は、国文学者。高知大学教授、成蹊大学教授を歴任。岡山県生まれ。池田亀鑑に師事。池田の『古典の批判的処置に関する研究』、『校異源氏物語』の作成に関与した。中古文学、特に源氏物語が専門。 近代文学研究者で東京女子大学名誉教授の松村綠(1909年(明治42年)1月4日~1978年(昭和53年)1月18日)は姉。
正延 正俊(まさのぶ まさとし、1911年(明治44年) -… 正延 正俊(まさのぶ まさとし、1911年(明治44年) - 1995年(平成7年))は、日本の画家。具体美術協会の結成メンバーであり、抽象絵画を手がけた。 1911年(明治44年)、高知県高岡郡須崎町(現在の須崎市)に生まれる。1933年(昭和8年)、高知県師範学校(現在の高知大学教育学部)専攻科を卒業。 1935年(昭和10年)に東京に移り、また1940年代半ばに神戸市に移った。この間、高知県内、東京、神戸市内で小学校の図工教員として勤務し、1968年(昭和43年)まで教員生活を送った。 戦前期から具象的な絵画を制作し公募展に出品を行っていた。1948年(昭和23年)頃に神戸で吉原治良に出会い、師事するようになると、急速に抽象絵画に展開。
竹内 正巳(たけうち まさみ、1906年 - 1986年7月… 竹内 正巳(たけうち まさみ、1906年 - 1986年7月24日)は、日本の経済学者。専門は、地域経済論。 兵庫県佐用町出身。大阪府立高津中学校(大阪府立高津高等学校の前身)、高知高等学校(高知大学の前身のひとつ)に、いずれも1期生として学び、高知高ではボート部を創設して活躍した。1929年、京都帝国大学経済学部を卒業。在学中は蜷川虎三ゼミで統計学を学んだ。 1930年代はじめから1945年まで、満鉄調査部に勤務し、東亜経済調査局の報告書などにもたずさわった。戦後、ソ連によるシベリア抑留を経験する。 1950年に帰国し、以降、経済企画庁の前身である経済安定本部勤務、経済審議庁調査官、愛媛県企画室長を経て、1954年ころに大阪府立商工経済研究所長として大阪へ戻り、近畿開発促進協議会事務局長なども務めた。
上田 庄三郎(うえだ しょうざぶろう、1894年(明治27年… 上田 庄三郎(うえだ しょうざぶろう、1894年(明治27年)11月10日 - 1958年(昭和33年)10月19日)は、日本の教員、教育評論家である。 高知県幡多郡三崎町(現土佐清水市)出身。高知師範学校(現高知大学教育学部)卒業。 高知県下の小学校教師・校長を経て1925年に上京。生活綴方運動に参加、1929年雑誌『綴方生活』同人となり、1931年には雑誌『観念工場』を創刊・主宰した。大正自由教育運動を果敢に実践し、池袋児童の村小学校を手本として、神奈川県茅ケ崎の雲雀岡(ひばりがおか)児童の村小学校校長を務めた。戦後、「日本教育新聞」編集局長などを務めた。 戦前戦後の教育界に鋭い議論を展開し、特に教師論で多くの理解者・支持者を得た。
吉田 アカリ(よしだ アカリ、9月19日 - )は、日本の女… 吉田 アカリ(よしだ アカリ、9月19日 - )は、日本の女性ドラマー。愛媛県四国中央市出身。高知大学農学部卒。 大学在学中、そして就職してからのバンド活動を経て上京。 2016年3月、ロックバンド「Unicycle dio(ユニサイクルディオ)」にドラマーとして加入。 2019年3月、ロックンロールバンド「The Lady Shelters(ザ・レディ・シェルターズ)を結成(ボーカル・ドラマー)。 The Local Pintsのサポートドラムを担当 。
島田 彰 は、日本の男性俳優、声優。兵庫県出身。
物部 真一郎(ものべ しんいちろう)は、日本の精神科医、起業… 物部 真一郎(ものべ しんいちろう)は、日本の精神科医、起業家。株式会社エクスメディオの創業者。高知県で学び奈良県・三重県で臨床を行った経験から、僻地の医療格差是正を自らの使命としている。 1983年(昭和58年)京都府生まれ。 京都市立上里小学校、同志社中学校・高等学校を卒業後、高知医科大学に入学。在学中に出版社を創業し、高知県下の医療法人の広報誌などを制作すると共に、発行部数3万部の地域情報誌「Velocity」発行人を務める。2010年同大学修了。 精神科医として吉田病院(奈良県奈良市)、東員病院(三重県東員町)に勤務後、米国カリフォルニア州シリコンバレーに位置するスタンフォード大学経営大学院に2013年9月入学。
梶原 あや(かじわらあや)は、日本の漫画家、イラストレーター… 梶原 あや(かじわらあや)は、日本の漫画家、イラストレーター。女性。愛媛県松山市出身。高知大学教育学部卒業。 1993年、18歳の時にエニックス主催の4コママンガ大賞にて「けんけん猫間軒」(ぴよ吉名義)で佳作。1994年に『月刊少年ギャグ王』にて『殺し屋ジョージ』でデビュー。同じく4コママンガ大賞仲間で年齢もさほど変わらない三笠山出月とはウマが合ったようで2度の合作の他、広告漫画を交換で描くなど交流が深かった。 オリジナル作品ではファンシーな動物キャラ(特にウサギとパンダ)が登場するのが特徴。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。