手塚 寿郎(てづか すみお/じゅろう、明治29年(1896年… 手塚 寿郎(てづか すみお/じゅろう、明治29年(1896年)4月12日 - 昭和18年(1943年)5月3日)は、日本の経済学者。小樽高等商業学校(現小樽商科大学)教授や東亜同文書院大学教授を務め、日本への近代経済学の導入を行った。 栃木県出身。宇都宮市立宇都宮商業学校(現栃木県立宇都宮商業高等学校)を経て、無試験入学で小樽高等商業学校(現小樽商科大学)に進学し、1916年に同卒業。1919年東京高等商業学校(現一橋大学)専攻部経済科卒業。福田徳三ゼミ出身。 経済学及び統計学研究のため、1920年から1926年までイギリス、アメリカ、フランスに留学。1921年小樽高等商業学校教授、叙従七位。オーストリア学派などの日本への導入を行った。
井藤 半彌(いとう はんや、1894年9月14日 - 197… 井藤 半彌(いとう はんや、1894年9月14日 - 1974年2月6日)は、日本の経済学者。専門は財政学。経済学博士。正三位勲一等瑞宝章。 海軍経理学校教授、一橋大学学長、日本学士院会員、自治庁参与、大蔵省税制特別調査会会長、日本ホッケー協会理事、大学基準協会常任理事などを歴任した。 京都市出身。京都市立第一商業学校(現京都市立西京高等学校)を経て、1918年東京高等商業学校(現一橋大学)本科卒業、1920年同校専攻部貿易科卒業。福田徳三教授に師事。1920年東京商科大学(現一橋大学)助手、1910年東京商科大学附属商学専門部講師。1922年から財政学の内池廉吉教授に師事。1935年東京商科大学より経済学博士の学位を取得。
白 南雲(日本語読み;はく なんうん、朝鮮語読み;ペク・ナム… 白 南雲(日本語読み;はく なんうん、朝鮮語読み;ペク・ナムン、1894年2月11日 - 1979年6月12日)は、日本統治時代の朝鮮・連合軍軍政期の南朝鮮・朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の経済学者、政治家。学者としての専門は朝鮮社会経済史。 韓国のマルクス主義歴史学の創始者として知られ、京城帝国大学教授、ソウル大学校教授等を務めたのちに北朝鮮に渡り、朝鮮民主主義人民共和国初代教育相、最高人民会議議長、祖国統一民主主義戦線議長等を歴任した。論文「金日成同志の英雄的偉業」により金日成勲章受章。 全羅北道高敞郡の貧しい家で生まれ育つ。本貫は水原白氏。1911年に結婚。同年朝鮮総督府附属水原農林学校(現ソウル大学校農業生命科学大学)に入学して農業政策を学び、1915年に卒業。
田中金司(たなか きんじ、1894年-1985年)は、日本の… 田中金司(たなか きんじ、1894年-1985年)は、日本の経済学者。神戸大学名誉教授。専門は、貨幣論・金融論・国際金融論。 1913年(大正2年)に群馬県高崎中学校(現群馬県立高崎高校)を卒業し、東京高等商業学校(現一橋大学)予科に入学。東京高商では佐野善作の指導を受けた。卒業後、神戸高等商業学校、神戸商業大学、神戸経済大学を経て神戸大学教授を務めた。さらに、神戸大学退官後は関西学院大学教授を務めた。 門下生には矢尾次郎神戸大学名誉教授、宮下忠雄神戸大学名誉教授、安居洋神戸市外国語大学名誉教授、小寺武四郎元関西学院大学教授・関西学院大学学長・学校法人関西学院・第10代院長などがいる。貨幣論では名目主義、一般的購買手段を主張したほか、全体的な経済理論としては貨幣的経済理論を主張した。
山口 茂(やまぐち しげる、1893年(明治26年)3月5日… 山口 茂(やまぐち しげる、1893年(明治26年)3月5日 - 1974年(昭和49年)8月21日)は、日本の経済学者。金融論、経済学史等を専攻した。一橋大学名誉教授。 神奈川県高座郡大和村(現・大和市)の地主の家に生まれる。暁星中学校を経て、1917年東京高等商業学校(現・一橋大学)本科卒業。1919年同校専攻部卒業。1921年から東京商科大学(現・一橋大学)附属商学部専門部助教授を務め、三浦新七、上田貞次郎のプロゼミに参加。1922年から銀行論の講義を担当し、佐野善作、高垣寅次郎の指導を受けた。1925年からイギリス、ドイツ帝国、フランス共和国、アメリカ合衆国に留学し、1927年に帰国すると東京商科大学助教授を兼任。
大熊 信行(おおくま のぶゆき、1893年2月18日 - 1… 大熊 信行(おおくま のぶゆき、1893年2月18日 - 1977年6月20日)は、経済学者・文芸評論家・歌人。 富山大学教授、神奈川大学教授、創価大学教授などを歴任。福田徳三門下。 山形県米沢市元籠町生まれ。旧制米沢興譲館中学校(現山形県立米沢興譲館高等学校)を経て1916年東京高等商業学校(現一橋大学)卒。中学時代、浜田広介や上泉秀信と同人誌を作っていた。高商同期の歌人浦野敬はのちに、大熊の創刊した歌誌「まるめら」の同人となった。 1916年日清製粉入社。米沢商業学校で教鞭をとった後、1919年東京高等商業学校専攻部進学、1921年同卒。1941年経済学博士(東京商科大学)。論文の題は「経済理論における配分原理の所在並に適用に関する基礎的研究」。
上田 辰之助(うえだ たつのすけ、1892年2月2日 - 1… 上田 辰之助(うえだ たつのすけ、1892年2月2日 - 1956年10月13日)は、日本の経済学者、思想史家。一橋大学名誉教授。日本学士院会員。ペンシルベニア大学博士。正三位勲一等瑞宝章、イタリア王国コンメンダトーリ・コローナ・イタリヤ受章。 東京市日本橋小網町出身。実家は上田回漕店。東京府立第一中学校(現東京都立日比谷高等学校)を経て、1914年に東京高等商業学校(現一橋大学)を卒業。1916年、同校専攻部貿易科を卒業し同校講師に就任。1917年には教授に昇格。1918年からペンシルベニア大学に留学して海運論を研究。1920年、ペンシルベニア大学博士(Ph.D.)。一橋では上田貞次郎教授に師事した。
飯島 幡司(いいじま まんじ、1888年 - 1987年)は… 飯島 幡司(いいじま まんじ、1888年 - 1987年)は日本の経済学者、実業家。神戸高等商業学校(現神戸大学)教授、 大阪鐵工所専務、朝日放送社長、関西経済連合会会長を歴任。ローマ法王庁聖グレゴリオ勲章、イタリア共和国グランデウフィチアレ勲章受章。
前田 幸太郎(まえだ こうたろう、1883年10月26日 -… 前田 幸太郎(まえだ こうたろう、1883年10月26日 - 1965年3月8日)は、日本の経済学者。専門は経済学史、経済史。第3代横浜市立大学学長。横浜文化賞受賞。 京都府出身。1904年東京高等商業学校(現一橋大学)本科卒業。1909年同専攻部領事科卒業。市立下関商業学校教諭、山口高等商業学校教授を経て、1932年から横浜市立横浜商業専門学校校長、横浜市立商業学校校長を務め、教員の充実化などを進めた。1933年横浜経済研究所(のちの横浜市立大学経済研究所)を設立し所長に就任。1949年初代横浜市立大学商学部長兼横浜市立経済専門学校校長。1955年度横浜文化賞受賞。1957年横浜市立大学学長。
武藤 長蔵(むとう ちょうぞう、1881年6月9日 - 19… 武藤 長蔵(むとう ちょうぞう、1881年6月9日 - 1942年6月27日)は、日本の経済学者・歴史家(経済史・経済学史専攻)。長崎高等商業学校(長崎大学経済学部の旧制前身校)の教授を長く務めた。従三位・勲三等。 1881年、愛知県海部郡津島町(現・津島市)に武藤長八の二男として生まれた。東京高商専攻部(のちの旧制東京商科大学、一橋大学の前身)貿易科に進学して、1905年7月に卒業。 卒業後は東亜同文書院講師に就いた。1907年より長崎高等商業学校教授。1909年から 1912年まで、商学研究のためにアメリカ・イギリス・ドイツに3年間留学。この間、小泉信三などと交流をもった。1936年、長崎高等商業学校を退官し、名誉教授となった。
左右田 喜一郎(そうだ きいちろう、明治14年(1881年)… 左右田 喜一郎(そうだ きいちろう、明治14年(1881年)2月28日 - 昭和2年(1927年)8月11日)は日本の経済学者、経済哲学者。新カント主義者。弟子の杉村広蔵とともに経済哲学の創始者とされる。東京高等商業学校(現一橋大学)や京都帝国大学文学部で教鞭をとると同時に、貴族院議員を務めた。帝国学士院賞受賞。チュービンゲン大学博士。 1881年、神奈川県横浜市生まれ。横浜の金融界で活躍した左右田金作の長男である。幼少より秀才で鳴らし、1887年に横浜小学校では第1学年を飛ばし、2年生として入学。尋常科、高等科を7年で修了し、横浜商業学校(現横浜市立横浜商業高等学校)では予科1年の1学期の修了後に2年生に進級。
藤本 幸太郎(ふじもと こうたろう、1880年7月4日 - … 藤本 幸太郎(ふじもと こうたろう、1880年7月4日 - 1967年6月1日)は、日本の商学者・経済学者。専門は、海上保険論・統計学。当時の日本の保険学の最高権威とされた。一橋大学名誉教授。日本統計学会会長、東京海上火災保険監査役等を歴任。また、日本初の商学博士としても知られる。勲二等旭日重光章受章。村瀬春雄門下。 福井県丹生郡生まれ。三重県四日市市川原町出身。小学校時代は常に優等で鳴らし、三重県初の商業学校である四日市商業学校(現三重県立四日市商業高等学校)を第1期生として卒業後、同校で教鞭を執った。その後も母校四日市商業にたびたび貢献し、創立90周年記念に作成された胸像「藤本幸太郎翁」が正面玄関に置かれている。
上田 貞次郎(うえだ ていじろう、1879年5月12日 - … 上田 貞次郎(うえだ ていじろう、1879年5月12日 - 1940年5月8日)は日本の経営学者、経済学者。経営学という概念を命名・提唱した。1937年、帝国学士院会員。1932年、勲二等瑞宝章。1940年、正三位勲二等旭日重光章。 上田家は祖父の代まで町人であったが、父上田章が漢学をやったために、士族に引き上げられた。 旧制正則中学校(現正則高等学校)を経て、1902年に高等商業学校(現一橋大学)専攻部貿易科卒、同年福田徳三に師事。卒業後イギリスやドイツ等に留学し、アシュレーやシドニー・ウェッブ夫妻等の下で学ぶ。1919年、法学博士。1925年、如水会常務理事。 1902年、高等商業学校嘱託講師となり、1905年に同教授。
井浦 仙太郎(いうら せんたろう、明治11年(1878年)6… 井浦 仙太郎(いうら せんたろう、明治11年(1878年)6月10日 - 昭和30年(1955年)11月2日)は、日本の経済学者。東京商科大学(現一橋大学)名誉教授。位階は正三位。 東京府士族。1897年東京府尋常中学校(現東京都立日比谷高等学校)卒業。1901年東京高等商業学校(現一橋大学)本科卒業。1903年同校専攻部卒業。1904年福岡市立福岡商業学校(現福岡市立福翔高等学校)教諭。1905年市立大阪高等商業学校(現大阪公立大学)教諭。 1908年 神戸高等商業学校(現神戸大学)教授。1910年から1913年まで商業学研究のためアメリカ合衆国、ドイツ帝国、イギリスに留学。1911年小樽高等商業学校(現小樽商科大学)教授。
三浦 新七(みうら しんしち、1877年〈明治10年〉6月1… 三浦 新七(みうら しんしち、1877年〈明治10年〉6月12日 - 1947年〈昭和22年〉8月14日)は、日本の経済学者、実業家、政治家。専門は経済史。1942年(昭和17年)帝国学士院会員。研究者、財界人、政治家として活躍した。 山形県山形市旅籠町三浦新兵衛の四男として生まれる。のちに、一族の宗家である四日町の豪商三浦権四郎の養嗣子となった。 旧制山形中学校(現:山形県立山形東高等学校)を経て、東京高等商業学校(現:一橋大学)卒。1903年(明治36年)からイギリス・ドイツに留学し、ライプツィヒ大学でランプレヒトに師事し、歴史学を研究する。 帰国後の1911年(明治44年)、母校である東京高等商業学校の教授となり経済史、文明史を教えた。
福田 徳三(ふくだ とくぞう、1874年(明治7年)12月2… 福田 徳三(ふくだ とくぞう、1874年(明治7年)12月2日 - 1930年(昭和5年)5月8日)は、日本の経済学を開拓した経済学者。社会政策学派、新歴史学派として経済理論、経済史などを導入した。東京商科大学(現・一橋大学)教授、慶應義塾教授、フランス学士院文科部外国会員等を歴任。レジオンドヌール勲章受章。 1874年、東京・神田で生まれた。母がクリスチャンであったため、1885年、12歳の時に築地新栄教会において植村正久から洗礼を受けた。泰明小学校から私立の東京英語学校などを経て、母の遺言と姉の助言に従い高等商業学校(後の東京高等商業学校、現在の一橋大学)に入学。学生時代には、東京の貧民窟(スラム)での伝道活動にも参加した。
根岸 佶(ねぎし ただし、1874年(明治7年)8月9日 -… 根岸 佶(ねぎし ただし、1874年(明治7年)8月9日 - 1971年(昭和46年)7月22日)は、日本の経済学者。一橋大学名誉教授。日本学士院賞受賞。 和歌山県出身。和歌山県尋常中学校(現和歌山県立桐蔭高等学校)を経て、1899年高等商業学校(現一橋大学)本科卒業、1901年同校専攻部貿易卒。本科では日中貿易論、専攻部では中国交通論を研究。1933年「支那ギルドの研究」で東京商科大学(現一橋大学)経済学博士。 1901年上海の東亜同文書院教授、1907年東亜同文会主査。中国経済を研究。帰国後、1908年東京高等商業学校(現一橋大学)講師、1911年東京朝日新聞政治部記者、1916年東京商科大学(現一橋大学)教授、1919年同大学附属商業専門部教授、1921年同大学専門部教授、1935年定年退官、同大学講師、1936年同大学学生課課長心得、1939年東亜同文会第六調査委員会学術部委員会委員、1950年東京商科大学客員教授、東京商科大学名誉教授、1951年一橋大学名誉教授。
佐野 善作(さの ぜんさく、1873年(明治6年)8月29日… 佐野 善作(さの ぜんさく、1873年(明治6年)8月29日 - 1952年(昭和27年)5月1日)は、日本の会計学者、経済学者、教育家。商業教育に大きな功績があるとして、1952年に勲一等瑞宝章を受章した。 1873年、現在の静岡県富士市中島に生まれる。1895年高等商業学校(現・一橋大学)卒業。同期に石井健吾(元第一銀行頭取)、岡崎久次郎(日米富士自転車創業者)などがいた。 卒業後はコロンビア大学、ロンドン大学に留学し、研究を深める。帰国後は母校の高等商業学校助手となり、1896年より同助教授、1900年より同教授。1903年より附属商業教員養成所主事。1911年、法学博士号を取得。1914年、東京高等商業学校校長、1920年に同校が大学へ昇格すると東京商科大学(現・一橋大学)初代学長を務めた。
安田 行宏(やすだ ゆきひろ)は、日本の経済学者。専攻は金融… 安田 行宏(やすだ ゆきひろ)は、日本の経済学者。専攻は金融論。一橋大学大学院経営管理研究科教授、博士(商学)。プロネクサス懸賞論文優秀賞受賞。 岡山県立岡山操山高等学校を経て、1996年一橋大学商学部卒業。2002年一橋大学大学院商学研究科博士課程修了。論文「銀行リスクと規制の経済分析:自己資本比率規制の評価」により、一橋大学博士(商学)の学位を取得。審査員は小西大、小川英治、藤田岳彦。 2002年東京経済大学経営学部専任講師。2005年同助教授。2006年から2008年までカリフォルニア大学バークレー校ハース・ビジネススクール客員研究員。2011年第3回プロネクサス懸賞論文優秀賞受賞。2012年東京経済大学経営学部教授。
遠藤 寿三(えんどう じゅぞう)は、日本の経済学者。第7代台… 遠藤 寿三(えんどう じゅぞう)は、日本の経済学者。第7代台北高等商業学校校長。 鳥取県西伯郡名和村生まれ。1906年東京高等商業学校(現一橋大学)本科卒業。久留米市立久留米商業学校教諭、大日本帝国陸軍三等主計、広島県立広島商業学校教諭、台湾総督府高等商業学校教授などを経て、1922年に1年間イギリス及びドイツに在留研究員として留学した。1937年から台北高等商業学校校長を務め、1941年に紀元二千六百年祝典記念章を受章。1945年に退官し、同年特旨を以て正四位に叙された。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。
大久保 敏弘(おおくぼ としひろ)は、日本の経済学者。専門は… 大久保 敏弘(おおくぼ としひろ)は、日本の経済学者。専門は、国際貿易・海外直接投資・日本経済・空間経済学・国際マクロ経済学。学位は、Ph.D.(国際関係学・経済学)(スイス・ジュネーブ大学、スイス・高等国際問題研究所)。慶應義塾大学経済学部教授。日本国際経済学会小田賞受賞。 神奈川県川崎市出身。1999年、一橋大学経済学部卒業(首席卒業)。2000年、一橋大学経済学研究科修士課程修了(飛び級)。2003年、ミシガン大学修士課程修了(M.A. 経済学)。2005年、ジュネーブ大学および国際・開発研究大学院博士課程修了、Ph.D.(国際関係学)。 2003年、スイス・ジュネーブの国際・開発研究大学院助手。
大西 宏一郎(おおにし こういちろう)は、日本の知的財産学者… 大西 宏一郎(おおにし こういちろう)は、日本の知的財産学者・経済学者。博士(経済学)(一橋大学)。早稲田大学教育・総合科学学術院教授。元大阪工業大学知的財産学部准教授。元文部科学省科学技術政策研究所研究員。元知的財産研究所研究員。 専門は、経済学/経済科学・科学技術政策、産業組織論、知的財産権・著作権保護・イノベーション。 一橋大学大学院経済学研究科博士課程修了、博士(経済学)(一橋大学)。2005年知的財産研究所研究員。2006年文部科学省科学技術政策研究所第2研究グループ研究員などを経て、2009年大阪工業大学知的財産学部に講師として着任。2017年同学部准教授。その間、2014年から1年間、マックスプランク研究所Innovation and Competition客員シニアフェローを務める。
久保田 肇(くぼた はじめ)は、日本の経済学者。北海道大学大… 久保田 肇(くぼた はじめ)は、日本の経済学者。北海道大学大学院経済学研究院教授及び北海道大学大学院国際食資源学院教授。日本国際経済学会特命理事。 一橋大学大学院経済学研究科修了。指導教官池間誠。Ph.D(ロチェスター大学)。指導教官は、ライオネル・マッケンジー、Ronald W. Jones、John H. Boyd Ⅲ。滋賀大学経済学部専任講師・助教授、北海道大学大学院助教授・教授を経て、現職。2014年から16年まで国立大学法人北海道大学教育研究評議会評議員。2022年から北海道大学大学院経済学研究院長・経済学院長・経済学部長。また、専門は数理経済学及び国際経済学。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。
清水 順子(しみず じゅんこ)は、日本の経済学者。専門は、国… 清水 順子(しみず じゅんこ)は、日本の経済学者。専門は、国際金融・通貨制度。学習院大学教授。財務省財務総合政策研究所特別研究官。元年金積立金管理運用独立行政法人運用委員長代理。 一橋大学経済学部野口悠紀雄ゼミ出身。早稲田祐美子元日本弁護士連合会副会長は大学時代からの知り合い。2004年一橋大学大学院商学研究科博士課程修了、論文「東アジア諸国における為替変動と国際資本フロー 」により、審査員釜江廣志、三隅隆司、小西大で、博士(商学)の学位を取得。2019年日経・経済図書文化賞受賞。
霍見 浩喜(つるみ ひろき)は日本の経済学者、ペンシルベニア… 霍見 浩喜(つるみ ひろき)は日本の経済学者、ペンシルベニア大学経済学博士。ラトガーズ大学経済学部教授、コロンビア大学客員教授、一橋大学客員教授、京都大学客員教授等を歴任。 1961年に一橋大学商学部を卒業、1963年にサスカチュワン大学経済学修士、1967年にペンシルベニア大学経済学博士。 ラトガーズ大学経済学部教授、コロンビア大学客員教授、一橋大学客員教授、京都大学客員教授、新潟大学客員教授等を歴任。 専門は計量経済学や統計学で、企業紛争の計量分析等を行う。
西脇 雅人(にしわき まさと)は、日本の経済学者。大阪大学大… 西脇 雅人(にしわき まさと)は、日本の経済学者。大阪大学大学院経済学研究科准教授。専門は産業組織論、経済政策。 ミクロ経済学の理論に基づき、特にセメント産業におけるカルテル行動や企業合併、設備廃棄の動学的な分析を専門としている。2016年に公正取引協会より第5回宮澤健一記念賞を受与された。 早稲田大学政治経済学部卒業後、2010年一橋大学大学院経済学研究科博士課程修了、博士(経済学)。同年政策研究大学院大学政策研究科助教授。2014年早稲田大学高等研究所准教授。2017年大阪大学大学院経済学研究科准教授。 主な研究分野は実証産業組織論であり、特に日本のセメント産業を対象とした動学的な市場構造の分析を行っている。
新田 政則(にった まさのり)は、日本の経済学者。第3代京都… 新田 政則(にった まさのり)は、日本の経済学者。第3代京都産業大学学長、京都産業大学名誉教授。 1961年一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了、経済学修士。指導教官は山田雄三。京都産業大学経済学部教授を経て、1996年から第3代京都産業大学学長を務め、文化学部の増設を行うなどした。2002年任期満了退任。京都産業大学名誉教授。滋賀医科大学研究行動規範委員会外部委員なども務めた。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。
堀出 一郎 ほりで いちろう、1931年7月12日 - )は… 堀出 一郎 ほりで いちろう、1931年7月12日 - )は、日本の経済学者。専門は経営学マーケティング、企業家論、企業行動論、経済学進化経済学。元TBSブリタニカ社長。元サントリー取締役・監査役・顧問。麗澤大学名誉教授。インターネット放送局ことのは顧問。 1949年3月、三重県立津中学校卒業、1950年3月、三重県立津高等学校卒業[要出典]。1954年3月、一橋大学経済学部卒業。在学中は中山伊知郎に師事した。同年4月、大阪商船株式会社に入社。1962年2月サントリー株式会社へ転職。マーケティング室長・取締役国際本部長を経て、1985年TBSブリタニカ社長。1991年、サントリー株式会社役員監査役。
本多 俊毅(ほんだ としき)は、日本の経済学者。専門は金融論… 本多 俊毅(ほんだ としき)は、日本の経済学者。専門は金融論。一橋大学大学院経営管理研究科教授。日本ファイナンス学会会長、MPTフォーラム副会長、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の運用委員会委員等を歴任。 1990年一橋大学経済学部卒業。1992年一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了、経済学修士。1997年 スタンフォード大学エンジニアリング・エコノミック・システムズ・アンド・オペレーションズ・リサーチ Ph.D。 2000年10月~2007年03月 一橋大学大学院国際企業戦略研究科 助教授 2005年04月~2006年03月 京都大学経済研究所 客員助教授 2007年04月~2012年03月 一橋大学国際企業戦略研究科 准教授 2012年04月~2018年03月 一橋大学国際企業戦略研究科 教授 2018年04月~ 一橋大学経営管理研究科経営管理専攻 教授 2016年~2018年 日本ファイナンス学会会長 2013年6月 日本ファイナンス学会 丸淳子研究奨励賞 2017年1月 日本金融・証券計量・工学学会 2016年度ジャフィー論文賞
前原 康宏(まえはら やすひろ)は日本の経済学者。専門は金融… 前原 康宏(まえはら やすひろ)は日本の経済学者。専門は金融論。日本銀行金融研究所審議役、一橋大学大学院経済学研究科教授、日本証券アナリスト協会代表理事、国際公認投資アナリスト協会会長、アジア証券・投資アナリスト連合会会長等を歴任した。 1974年一橋大学経済学部卒業、日本銀行入行。1978年ロンドン大学ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス経済学部博士課程に入学し、1981年修了、経済学博士の学位を取得。専門は金融論。 国際畑を歩み、ブルッキングス研究所客員研究員、日本銀行ワシントン事務所長、日本銀行政策委員会室審議役、日本銀行在ニューヨーク米州駐在参事、日本銀行金融研究所審議役等を経て、2005年一橋大学大学院経済学研究科教授。
元山 斉(もとやま ひとし)は、日本の統計学者・経済学者。専… 元山 斉(もとやま ひとし)は、日本の統計学者・経済学者。専門分野は、統計科学・経済統計学・情報科学。特に、標本調査理論・経済統計・ミクロ計量経済学。学位は、博士(経済学)(一橋大学・論文博士・2008年)。青山学院大学経済学部教授。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。
藪 友良(やぶ ともよし)は、日本の経済学者。専門は国際金融… 藪 友良(やぶ ともよし)は、日本の経済学者。専門は国際金融論、時系列論。慶應義塾大学商学部教授。 千葉県出身。1997年法政大学経済学部卒業、1999年一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了、2006年ボストン大学大学院経済学研究科博士課程修了、Ph.D.。 2002年に『経済セミナー』誌に伊藤隆敏との共著で為替相場と介入の調査「日本の為替介入は有効だったか」を発表し、これが国会の予算委員会で峰崎直樹議員により取り上げられた。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。
横山 泉(よこやま いずみ)は、日本の経済学者。専門は労働経… 横山 泉(よこやま いずみ)は、日本の経済学者。専門は労働経済学、応用計量経済学。学位は、Ph.D in Economics (ミシガン大学で2023年取得)。一橋大学教授。日本経済学会会計理事。2023年に日本経済学会女性研究者奨励賞(日生賞)を受賞。2021年より全世代型社会保障構築会議、2025年より経済・財政一体改革推進委員会の、政府の審議会の有識者を務める。 学者一家に生まれ、母親は東北大学名誉教授で法学者であり弁護士の辻村みよ子、父親は一橋大学名誉教授で同じく法学者の横山潤である。両親とも一橋の卒業生(法学部卒)で、次女である横山泉も2001年に一橋の経済学部に入学し、一橋大学経済学部の5年一貫教育システムの第一期生となる。