揚石 創(あげいし そう, 1987年7月8日- )は、茨城… 揚石 創(あげいし そう, 1987年7月8日- )は、茨城県出身のフットサル選手。バルドラール浦安所属。ポジションはゴレイロ。平均値が高く、シュートストップにも優れる安定したプレースタイルが持ち味。 高校まではサッカーを続け、順天堂大学入学後、大学の暇つぶしからフットサルを始める。順天堂大学jfc/GAZILを経て、当時、関東フットサルリーグ1部所属のFUGA TOKYO(現・フウガドールすみだ)に入団。在籍中の2014-15シーズンにフウガドールはFリーグへ参入した。 2017年4月、バルドラール浦安に移籍。Fリーグ5シーズン目の2018年11月17日 Fリーグ2018/2019第22節対アグレミーナ浜松において、Fリーグ通算100試合出場を達成した。
青木梓(あおき あずさ、1987年7月1日 - )は、日本の… 青木梓(あおき あずさ、1987年7月1日 - )は、日本の陸上競技選手。2004年アジアジュニア陸上競技選手権大会日本代表。専門は棒高跳。群馬県高崎市出身。高崎経済大学附属高等学校、順天堂大学卒。
田頭 剛(たがしら ごう、1987年6月2日 - )は、日本… 田頭 剛(たがしら ごう、1987年6月2日 - )は、日本の体操選手。広島県因島出身。 広島県立因島高等学校を卒業後、順天堂大学に進学。その後同大学院へ進学と同時にセントラルスポーツに所属。2008年には、全日本体操競技選手権大会の跳馬で優勝。同年の第4回アジア体操競技選手権の日本代表として団体ではゆか、つり輪、跳馬の3種目に出場し団体優勝を果たし、個人では跳馬で銀メダル、つり輪で7位となった。また、翌年2009年にアメリカで開催されたパシフィックコースト・クラシック及び日本学生選抜・スタンフォード大学対抗戦においても高得点を獲得して跳馬優勝を果たす。そして、同年の11月に開催された第63回全日本体操競技団体・種目別選手権大会において連覇がかかる中、日本人で初めて当時の価値点7.0満点の大技を2本成功させて、ただ一人両技とも16点台の高得点をたたき出した。
伊藤 大介(いとう だいすけ、1987年4月18日 - )は… 伊藤 大介(いとう だいすけ、1987年4月18日 - )は、千葉県市原市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはミッドフィールダー。 ジュニア時代からジェフユナイテッド千葉の下部組織で育った生え抜き選手であったが、トップチーム昇格は叶わず順天堂大学に進学。順天堂大学の先輩には岡本達也と森英次郎、同期には田中順也、三浦旭人などがいる。大学時代は一年次からレギュラーで、全日本大学選抜やユニバーシアード日本代表にも選出された。関東大学リーグでは常盤聡(東京農業大学)とともに4年間の最多出場選手として表彰された。 2010年、ユース時代に所属した千葉に入団。7月3日にひたちなか市総合運動公園陸上競技場で行われた鹿島アントラーズとのプレシーズンマッチでネット・バイアーノのアシストから決勝点を決める活躍を見せた。
武田 毅(たけだ つよし、1987年1月22日 - )は、日… 武田 毅(たけだ つよし、1987年1月22日 - )は、日本の3000m障害選手。大宮東高、順天堂大学を卒業し、スズキとスズキ浜松ACに所属した。 2010年と2011年の日本選手権で優勝し、2013年のアジア選手権で3位となり銅メダルを獲得した。 箱根駅伝では2008年の第84回と2009年の第85回の4区を走った。
浦部 郁里(うらべ かおり、1987年1月6日 - )は、千… 浦部 郁里(うらべ かおり、1987年1月6日 - )は、千葉県流山市出身の女子競輪選手、鍼灸師。競輪選手としては日本競輪選手会千葉支部所属(一時期は福井支部所属)。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第102期生。師匠は吉川和廣(67期)、弟子は川上いちご(130期)。 順天堂大学時代は陸上競技の短距離種目で活動していたが、同大学卒業後、女子競輪が復活するという話を受け、在住する松戸市の自転車競技連盟が実施している練習会に参加し、訓練を重ねる。 2011年2月25日、競輪学校入学試験に合格。競輪学校時代の在校競走成績は第22位(2勝)。 2012年5月1日、日本競輪選手会千葉支部所属の競輪選手として登録された。
鏡原 裕一(かがみはら ゆういち。1987年 - )は、日本… 鏡原 裕一(かがみはら ゆういち。1987年 - )は、日本の医師。 プライベートクリニック高田馬場院長および通販サイト「モバクリ」を提供する株式会社Mirrorの代表取締役。 オンライン診療と美容皮膚科サービスの提供を行なっている。 1987年、東京都生まれ。板橋区・練馬区で育つ。筑波大学附属小学校、同中学校・高校を卒業。 高校卒業後、医学部を志し、2007年4月に順天堂大学医学部に進学、2013年3月に卒業。 医師免許取得後、東京医療センターで研修を行う。研修医時代に病院医療の在り方に疑問を抱き、自由診療に関心を持つ。美容医療分野に進み、技術を習得するとともに、医療とビジネスの融合について学ぶ。
新島卓矢(にいじま たくや、1986年(昭和61年)12月1… 新島卓矢(にいじま たくや、1986年(昭和61年)12月12日 - )は、日本の元体操競技選手。体操競技パフォーマー、指導者。 One on Oneバク転・アクロバット教室代表。One on One(同)所属。 よしもと興業ふるさとアスリート。 5歳で体操を始める。 5年生で全国大会に出場。翌年、全国大会の鉄棒競技に於いて優勝を果たす。 体操クラブで体操を続け、中学3年時[いつ?]、全国大会で個人総合7位に入賞。 名門洛南高校に進学。3年時[いつ?]のインターハイで、団体総合準優勝、個人総合3位入賞。 同年、初めて国際大会[いつ?]にも出場。順天堂大学に進学。 大学3年時に膝の半月板を損傷し、手術をする。
小野 裕幸(おの ひろゆき、1986年10月3日 - )は、… 小野 裕幸(おの ひろゆき、1986年10月3日 - )は、群馬県勢多郡富士見村(現・前橋市)出身の元陸上競技選手、現指導者。専門は長距離走。富士見村立富士見中学校、前橋育英高等学校、順天堂大学スポーツ健康科学部卒業。日清食品グループ所属を経て慶應義塾大学競走部長距離ブロックのコーチを務める。2005、2007、2013年世界クロスカントリー選手権日本代表。 2004年に熊谷スポーツ文化公園陸上競技場で行われた第59回国民体育大会陸上競技少年男子A 5000mに出場し14分09秒92で6位入賞(日本人4位)。2005年にはフランス・サンテティエンヌサンガルミエで開催された第33回世界クロスカントリー選手権に日本代表として出場。
岡本 達也(おかもと たつや、1986年9月19日 - )は… 岡本 達也(おかもと たつや、1986年9月19日 - )は、静岡県浜松市出身のサッカー選手。ポジションはフォワード(FW)。 小学校時代からのジュビロ磐田育ちで、ユースでは藤井貴との2トップで得点を重ね、上田康太らと共にトップチームへの昇格を果たした。しかし出場機会を得ることはできなかった。 本人が大学への進学を希望した事により、2006年シーズンの契約をもってチームを退団した。2007年3月8日、本人より順天堂大学への入学が決定したとジュビロ磐田会員専用サイト内にて発表。また大学進学後もサッカーを続け、スピードという弱点を克服してJリーグの舞台への復帰を目指すともコメントしている。 順天堂大学ではレギュラーFWの一角として活躍、2007年関東大学リーグの新人王を獲得した。
坂本 功貴(さかもと こうき、1986年8月21日 - )は… 坂本 功貴(さかもと こうき、1986年8月21日 - )は、日本の元体操競技選手。北海道江別市出身。 北海道江別市で生まれ、2歳で札幌市厚別区に移る。保育園時代に先生に勧められ、体操をはじめる。札幌市立上野幌中学校出身で卒業後は強豪、埼玉栄高等学校に入学。その後、順天堂大学に入学し数多くの成績を残している。 2008年北京オリンピック日本代表に選出。北海道出身の体操選手では不参加となったモスクワ五輪女子の日向由佳(札幌市出身)以来2人目、男子では初の五輪体操選手となった。8月12日に行われた団体決勝では、4種目にエントリーし、日本の銀メダル獲得に貢献した。個人総合でも決勝に残っていたが、順天堂大学の先輩である冨田洋之に出場を譲った。
福士 徳文(ふくし のりふみ、1986年6月17日 - )は… 福士 徳文(ふくし のりふみ、1986年6月17日 - )は岩手県盛岡市出身の元サッカー選手。ポジションはFW。
佐藤 秀和(さとう ひでかず、1986年6月7日 - )は、… 佐藤 秀和(さとう ひでかず、1986年6月7日 - )は、日本の男子陸上競技選手(長距離種目)。宮城県加美町出身。仙台育英学園高等学校卒業、順天堂大学を経てトヨタ紡織に所属した。 2002年高校駅伝の新興校である仙台育英高校に入学、その後から本格的に陸上競技に取り組んだ。元々はサッカーをしていたが宮城県中学校総合体育大会の駅伝に出場していたところ、渡辺高夫監督により見出されたことが転向のきっかけであるという。練習ではサムエル・ワンジルと切磋琢磨し力をつけた。 高校3年時には、当時佐久長聖高校3年の佐藤悠基とともにインターハイ、国体、国内主要駅伝大会等においてレベルの高い競走を繰り広げて実業団でも十分通用するほどの突出した成績を残し、ダブル佐藤という言葉まで発生した。
貞包 紘子(さだかね ひろこ、1986年5月16日 - )は… 貞包 紘子(さだかね ひろこ、1986年5月16日 - )は、愛知県出身のショートトラックスピードスケート選手。 予選第6組では終始冷静な滑りで2着に入り準決勝へ進出。準決勝第1組では4位に終わり決勝進出には至らなかった。 9~12位の順位決定戦で総合12位。
渡邊 知晃(わたなべ ともあき、1986年4月29日 - )… 渡邊 知晃(わたなべ ともあき、1986年4月29日 - )は、福島県郡山市出身の元フットサル選手。立川・府中アスレティックFC所属。日本代表。福島県初のFリーガーである。ポジションはピヴォ。ボレーシュートの名手として知られる。2021年3月で現役を引退した。現在はABEMAでのFリーグ生中継の解説を務めている。2021年7月14日に、初版となる著書『蹴論』-シュートは考え方で決定力が高まる-を出版した。 福島県郡山市出身。小学3年時に郡山市立桃見台小学校のサッカー少年団でサッカーをはじめ、小学6年時には福島県代表として全日本少年サッカー大会に出場。郡山市立第五中学校を経て、福島県立郡山高校ではサッカー部に所属し、順天堂大学でも1年次には蹴球部に所属したが、大学2年次に順天堂大学フットサル部GAZILでフットサルをはじめた。
森 英次郎(もり えいじろう、1986年4月8日 - )は、… 森 英次郎(もり えいじろう、1986年4月8日 - )は、神奈川県出身の元サッカー選手。ポジションはMF、DF。
岡田由佳子(おかだ ゆかこ、1986年3月17日 - )は、… 岡田由佳子(おかだ ゆかこ、1986年3月17日 - )は、日本のスポーツジャーナリスト、元女子自転車競技選手。 愛知県豊橋市出身。桜丘高等学校自転車競技部に所属し、キャリアを積み始める。 2003年3月に行なわれた全国高等学校選抜自転車競技大会500mTTで優勝、7月に開催されたジュニアオリンピックカップ(JOC)でも優勝する。 高校卒業後、順天堂大学に入学し自転車競技部に所属。マネージャーに転向後、大学のインターンシップを通じて日本最大の国際自転車ロードレース、ツアー・オブ・ジャパンに広報スタッフとして参加する。ツアー・オブ・ジャパンで自転車専門のスポーツジャーナリスト、山口和幸と出会い弟子入り。
松岡 佑起(まつおか ゆうき、1986年1月14日 - )は… 松岡 佑起(まつおか ゆうき、1986年1月14日 - )は、日本の陸上競技選手(長距離種目)、京都府綴喜郡田辺町(現・京田辺市)出身。身長176cm、体重59kg。洛南高等学校、順天堂大学スポーツ健康科学部卒業。大塚製薬所属。現在は引退し、大塚製薬のアシスタントコーチをしている。ユニバーシアードバンコク大会男子5000m2位。2009年東アジア競技大会男子5000m2位。2010年第94回日本陸上競技選手権大会男子5000m優勝者。 中学校では野球部に所属していたが、陸上の試合にも駆り出されていたといい、中学3年になって陸上に転向した。ラストスパートが持ち味である。双子の弟(悟史)は同じ中学・高校から龍谷大学進学ののち、揃って大塚製薬に就職。
菅井 洋平(すがい ようへい、1985年8月30日 - )は… 菅井 洋平(すがい ようへい、1985年8月30日 - )は、栃木県足利市久保田町出身の元陸上競技選手。専門は走幅跳で、自己ベストは日本歴代6位の8m18。2015年北京世界選手権の日本代表。 栃木県足利市久保田町出身。血液型はO型。足利市立久野小学校、足利市立愛宕台中学校、群馬県立太田工業高等学校、順天堂大学卒業。チームミズノアスレティック、ミズノトラッククラブに所属し、2017年に現役を引退。 小学生時代は野球に取り組んでいたが、中学1年時に「個人競技のほうが自分には向いているかな」と思い、陸上競技部へ入部して陸上競技を始めた。走幅跳(と短距離)に取り組み、3年時には全日本中学校選手権に出場を果たしている(結果は予選敗退)。
佐藤 亮(さとう とおる, 1985年8月4日 - )は、新… 佐藤 亮(さとう とおる, 1985年8月4日 - )は、新潟県長岡市出身のフットサル選手。フットサル日本代表。2018年に現役引退した。 新潟県長岡市の長岡ビルボードFCでサッカーをはじめ、帝京長岡高校を経て順天堂大学に進学。大学時代にフットサルに出会い、大学の先輩でもある高橋健介率いるPREDATOR URAYASU(現・バルドラール浦安)に大敗したことでフットサルに目覚めた。関東フットサルリーグのFUGA MEGURO(現・フウガドールすみだ)ではキャプテンを務め、須賀雄大監督に率いられたチームは2009年に全日本フットサル選手権大会(PUMA CUP)で優勝。佐藤はFリーグ勢3クラブを含む全5試合で得点した。
石橋 健(いしばし けん、1985年6月14日 - )は、日… 石橋 健(いしばし けん、1985年6月14日 - )は、日本の男子バレーボール選手。 埼玉県秩父市出身。中学まではサッカーをしており、埼玉県立深谷高等学校入学後からバレーボールを始める。2つ上に石島雄介、小川旭、金丸晃大ら。2001年1年次から試合出場を果たし、同年のインターハイ優勝、2002年2年次にはインターハイ準優勝、春高バレーおよび国体3位入賞に貢献した。 2004年、順天堂大学へ進学。同年から3年連続で全日本インカレに出場し同年には3位入賞。。 2008年、JTサンダーズへ入団した。同期に井上俊輔。2012/13シーズンは久保義人監督に評価されレギュラーとして活躍した。2014年に退団し、JTでの社業に就いた。
河雲 栄樹(かわくも えいき、1985年6月12日 - )は… 河雲 栄樹(かわくも えいき、1985年6月12日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 順天堂大学在学中にVプレミアリーグの東レアローズの内定選手になり、大学卒業後の2008年に地元静岡県の東レに入団した。在籍時には、東レ所属の日本人選手の中では最長身のミドルブロッカーであった。 前年に手術した怪我の回復度の関係から、2011年4月1日をもって引退し、社業に専念することとなった。 この項目は、バレーボール関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(Pバレーボール/PJバレーボール)。
山岡 祐也(やまおか ゆうや、1985年5月17日 - )は… 山岡 祐也(やまおか ゆうや、1985年5月17日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 高知県高知市出身。高知高等学校を卒業後、順天堂大学へ進学。大学では東日本大学バレーボール選手権大会でベストセッター賞を受賞した経歴を持つ。大学卒業後の2008年にFC東京へ入団した。 2009-2010年Vプレミアリーグ・レギュラーラウンドではスタメン出場の機会も増え、セッターとしてチームに貢献した。 2017年、2016/17シーズン終了をもって引退。
森岡 紘一朗(もりおか こういちろう、1985年4月2日 -… 森岡 紘一朗(もりおか こういちろう、1985年4月2日 - )は、日本の競歩選手、競歩コーチ。ユニバーシアードの20km競歩で2005年、2007年の2大会連続で銅メダル。2006年アジア競技大会20km競歩銅メダル。2008年北京オリンピックの20km競歩に出場。広州アジア大会50km競歩で3時間47分41秒のタイムで銅メダル。日本選手権の20km競歩で2010年、2011年に優勝。現在はコーチ。富士通所属。 長崎県諫早市出身。長崎県立諫早高等学校卒業、順天堂大学卒業。もとは長距離ランナーだったが、高校2年のとき競歩に転向。2003年、地元の長崎で行われた長崎ゆめ総体5000m競歩決勝でトップでフィニッシュしたが、歩型違反により失格となった。
佐別當 賢治(さべっとう けんじ、1985年1月25日 - … 佐別當 賢治(さべっとう けんじ、1985年1月25日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 三重県津市出身。母親と姉の影響で小学2年からソフトバレーを始め、小学3年からバレーボールを始める。皇學館高校卒業後、順天堂大学へ進学。 大学在学中の2006年11月にサントリーサンバーズの内定選手となり、卒業後の2007年4月に入団。同期に冨士田裕大、二木健太。 持ち前の瞬発力を活かしたプレーで、第62回黒鷲旗全日本男女バレーボール大会ではフル出場し、優勝に大きく貢献した。また2013/14シーズンでは副主将として年間を通して出場し、サーブレシーブ成功率ランキング第3位(71.9%)とキャリアハイの成績を残した。
小宮山 尊信(こみやま たかのぶ、 1984年10月3日 -… 小宮山 尊信(こみやま たかのぶ、 1984年10月3日 - )は、千葉県船橋市出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはディフェンダー。 市立船橋高校3年時に全国高等学校サッカー選手権大会で優勝を果たしている。当時のチームメイトに青木良太、大久保裕樹、小川佳純、原一樹、1学年後輩に増嶋竜也、カレン・ロバート、鈴木修人、佐藤優也、石井秀典らがいる。 高校3年時にU-18日本代表に選ばれ、オランダ遠征に参加している。また、イビチャ・オシム監督時代の日本代表合宿に招集された経験を持つ。 順天堂大学在学中の2006年、特別指定選手として横浜F・マリノスに登録されリーグ戦、ナビスコ杯1試合ずつに出場している。
松瀬 元太(まつせ げんた、1984年9月25日 - )は、… 松瀬 元太(まつせ げんた、1984年9月25日 - )は、日本の元陸上競技選手。専門は長距離。佐賀県立白石高等学校-順天堂大学。大学卒業後は出身地の佐賀県で母校白石高校の教師をしている。2007年の箱根駅伝第83回大会10区で区間新記録を樹立、この記録は2020年に嶋津雄大(創価大学)が更新するまで破られなかった。2007年の九州一周駅伝に佐賀県代表として出場した。
佐藤 健太郎(さとう けんたろう、1984年8月14日 - … 佐藤 健太郎(さとう けんたろう、1984年8月14日 - )は、三重県出身のプロサッカー選手。レノファ山口FC所属。ポジションはミッドフィルダー(MF)。
髙平 慎士(たかひら しんじ、1984年7月18日 - )は… 髙平 慎士(たかひら しんじ、1984年7月18日 - )は、北海道旭川市出身の陸上選手。富士通陸上競技部所属。
中村 英之(なかむら ひでゆき、1984年6月3日 - )は… 中村 英之(なかむら ひでゆき、1984年6月3日 - )は埼玉県さいたま市出身の元プロサッカー選手。ポジションはDF。 小学校4年から6年まで柏レイソルの下部組織チームに所属し第19回全日本少年サッカー大会で、柏レイソル下部組織として初の全国優勝を成し遂げた。 中学時代は浦和レッズの下部組織に所属し、2000年に帝京高校に進学した。2002年度全国高校総体・茨城インターハイでは決勝で長崎県立国見高等学校を倒し全国優勝。大会の優秀選手にも選出された。同級生には大沢朋也、横山知伸、山口貴弘、一年後輩には関口訓充がいた。 2003年に順天堂大学に進学し、1年次から全日本大学選抜に抜擢され、2006年の全日本大学サッカー選手権大会では小宮山尊信、佐藤健太郎、村上祐介らと共に準優勝という成績を残した。
村上 佑介(むらかみ ゆうすけ、1984年4月27日 - )… 村上 佑介(むらかみ ゆうすけ、1984年4月27日 - )は、東京都出身の元プロサッカー選手。ポジションはDF(CB、SB)。 村上水軍の末裔である。 8歳の時に静岡県清水市でサッカーを始める。小学校6年次に北京・ソウル・ジャカルタ・東京4都市少年サッカー大会東京都代表、国士舘高等学校で全国高等学校サッカー選手権大会に出場。その後国士舘大学を経て順天堂大学に移り、ユニバーシアード日本代表にも選出された。大学選抜の同期には長友佑都、兵藤慎剛などがいる。2007年に柏レイソルの特別指定選手に登録された。 2008年より、正式に柏に入団。10月4日に行われた大宮アルディージャ戦で初出場・初先発でハットトリックを達成するという鮮烈なプロデビューを飾った。
今井 正人(いまい まさと、1984年4月2日 - )は、陸… 今井 正人(いまい まさと、1984年4月2日 - )は、陸上競技(長距離走・マラソン)選手。福島県相馬郡小高町(現・南相馬市)生まれ。妻はRKB毎日放送元アナウンサーの川添麻美。トヨタ自動車九州所属。2024年3月に現役引退を表明し、同社で指導者。2024年4月から順天堂大学スポーツ健康科学部の非常勤講師を兼任。 小高町立小高中学校→福島県立原町高等学校→順天堂大学スポーツ健康科学部→トヨタ自動車九州所属。 小中学校時代、野球部に所属しながら、駅伝でも助っ人として活躍し、小高中3年の1999年度に中学生枠で都道府県対抗男子駅伝の福島県代表に選ばれ、区間3位の成績を残した。そこで、当時早大のエースで将来を嘱望された佐藤敦之(福島県出身)と出会った。
山﨑 勇喜(やまざき ゆうき、1984年1月16日 - )は… 山﨑 勇喜(やまざき ゆうき、1984年1月16日 - )は、日本の男性陸上競技元選手。専門は競歩。オリンピックに2004年アテネ大会から3大会連続出場し、2008年北京大会では50キロメートル競歩で日本人初の7位入賞を果たした。日本選手権50キロメートル競歩では7連覇を含む通算8度優勝した。富山県出身。順天堂大学卒業。長谷川体育施設を経て、自衛隊体育学校に所属していた自衛官。 富山県立富山商業高等学校時代の2001年9月23日、5000m競歩にて日本高校新記録、日本Jr最高記録となる19分35秒79を記録。2002年1月の日本陸上競技選手権大会20キロメートル競歩では高校生ながら1時間20分43秒の日本ジュニア最高記録(当時)で優勝。
山崎 勇喜(やまざき ゆうき、1984年1月16日 - )は… 山崎 勇喜(やまざき ゆうき、1984年1月16日 - )は日本の男性陸上競技選手。専門は競歩。50km競歩日本記録保持者。2008年北京オリンピックでは50Km競歩で7位入賞を果たした。富山県出身。長谷川体育施設を経て、現在は陸上自衛隊(自衛隊体育学校)に所属。階級は二等陸曹。
釘宮 宗大(くぎみや むねひろ、1984年[要出典] - )… 釘宮 宗大(くぎみや むねひろ、1984年[要出典] - )は、日本の元体操競技選手で体操競技指導者。 2024年時点では帝京大学医療技術学部スポーツ医療学科助教。 岩手県出身。中学生時代に体操競技を始め、岩手県立盛岡北高等学校では2002年の全国高等学校総合体育大会体操競技・新体操大会(インターハイ)にも出場した(男子団体および個人総合)。 順天堂大学に進学し、卒業後は同大大学院に進んで修了した。しかし、大学院生時に負傷したため、体操選手としては引退した。指導者に転身し、日本体操協会からの勧めで海外で活動することになる。 2012年から2013年まで、体操スリランカ代表のコーチを務める。 2013年、体操のフィリピン代表合宿に日本体操協会から派遣されていた際にカルロス・ユーロの才能を見出し、日本への体操留学を実現させた。
村上 康則(むらかみ やすのり、1983年12月30日 - … 村上 康則(むらかみ やすのり、1983年12月30日 - )は、日本の陸上競技選手。中・長距離種目専門。福島県いわき市出身。順天堂大学卒業、元富士通陸上競技部所属、身長 178cm、体重 64kg 。 1500m で、2005年、アジア選手権4位、2009年、東アジア競技大会金メダル、2010年、日本選手権優勝等で活躍、日本歴代6位の記録を残した。また、2006年、箱根駅伝の順天堂大学往路優勝時の4区区間賞など駅伝でも活躍。2016年3月、現役引退。 中学1年生の時、バスケットボール部に所属していたが、その足の速さと持久力の才能に目をつけた陸上競技部の先生から駅伝競走に誘われ、当時福島県でトップだった選手に迫る好記録を残し、その後3年間に県大会2位、東北大会にも出場した。
櫻井 麻美(さくらい まみ、1983年9月30日 - )は、… 櫻井 麻美(さくらい まみ、1983年9月30日 - )は、医学博士、ビューティ&ウェルネス専門職大学講師、株式会社サクラボ代表取締役。ミス・インターナショナル2006日本代表。 1983年9月30日、千葉県に生まれる。 映像制作の仕事がしたくて多摩美術大学美術学部情報デザイン学科に入学。在学中からモデル活動はしていたがミスコンには縁がなかった。4年生のとき当時の所属事務所からミス・インターナショナル出場を勧められた。 在学中の2005年、ミス・インターナショナルの日本代表選出大会で優勝。大学の卒業制作審査会と日本代表大会の日程が重なり、どちらかを捨てなければならない可能性もあった。結局、審査会の日程がずれて大会に出場できた。
小川 旭(おがわ あきら、1983年9月5日 - )は、日本… 小川 旭(おがわ あきら、1983年9月5日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 埼玉県さいたま市出身。さいたま市立七里中学校1年時からバレーボールを始める。このころの同級生に金丸晃大がいる。その後埼玉県立深谷高等学校へ進学、同級の金丸や石島雄介と共に数々の栄冠に輝き、2001年3年生時には春高バレー・インターハイ・国体と3冠達成した。 2002年、順天堂大学へ進学。2004年には全日本インカレ猛打賞受賞。2005年にはユニバーシアード代表に選ばれインスブルック大会に出場し準優勝。 2006年、JTサンダーズへ加入。同期に中山大祐。2008年、ゴードン・メイフォースによエースに抜擢される。
高田 慶太(たかた けいた、1983年7月29日 - )は、… 高田 慶太(たかた けいた、1983年7月29日 - )は、熊本県出身のバスケットボール選手である。ポジションはガード。 九州学院高校に進学後、2年生時の2000年、インターハイに出場。3年生時の2001年インターハイではベスト8。2006年に順天堂大学を卒業後はアトランタ・ビジョンに入団。 その後、4球団でプレーし、2013-14シーズンはNBLの新規チーム・熊本ヴォルターズに所属。 2015年1月、埼玉ブロンコスに入団。13試合に出場。 2019-20シーズンは金沢武士団に所属、26試合に出場した。
谷内 謙介(たにうち けんすけ、1983年7月16日 - )… 谷内 謙介(たにうち けんすけ、1983年7月16日 - )は、埼玉県出身の元サッカー選手。現役時代のポジションはDF。
難波 祐樹(なんば ゆうき、1983年7月10日 - )は、… 難波 祐樹(なんば ゆうき、1983年7月10日 - )は、京都府亀岡市出身の日本の陸上競技元選手(中距離走・長距離走)、現指導者。順天堂大学卒業。元JALグランドサービス所属。大分東明高等学校女子駅伝部コーチを経て、現在は京都府立洛北高等学校陸上部監督を担当。 亀岡小学校、亀岡中学校時代はサッカーをして過ごした。1999年の第4回全国都道府県対抗男子駅伝競走大会に京都府代表選手として出場、6区3kmを8:51のタイムで走破し区間賞を獲得した。 中学卒業後は駅伝の名門、洛南高等学校へ入学し陸上部に所属。2000年の第63回中国山口駅伝には洛南高校の代表選手として出場し、6区15.9kmを50:21のタイムで走破し区間賞を獲得している。
関 健作(せき けんさく、1983年5月18日 - )は日本… 関 健作(せき けんさく、1983年5月18日 - )は日本のドキュメンタリー写真家。千葉県横芝光町出身。順天堂大学スポーツ健康科学部スポーツ科学科卒業。 ブータンに住むヒップホッパーや日本の陸上競技アスリートを取材している。2017年、APAアワード2017 写真作品部門 文部科学大臣賞 受賞。 1983年に千葉県で生まれ。2001年に順天堂大学スポーツ健康科学部スポーツ科学科に入学。大学では陸上競技部(ハードル選手)に所属。 2007年からJICAの青年海外協力隊に参加。ブータンのタシ・ヤンツェ県にあるタシヤンツェ小中学校で3年間体育教師を務め、2011年からフリーランスの写真家として活動を開始。
鴨川 奨(かもがわ しょう、1983年2月7日 - )は、大… 鴨川 奨(かもがわ しょう、1983年2月7日 - )は、大分県別府市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。現役時のポジションはフォワード。 順天堂大学在籍中の2004年に関東大学リーグ得点王(14得点)になり、翌年にJ1・名古屋グランパスエイトに入団。1年目は5試合の出場で3得点を挙げた。しかしその後、度重なる負傷に泣かされ、試合どころか練習にも満足に参加できない状態に陥り[要出典]、3年目の2007年に戦力外通告を受ける。サンフレッチェ広島、大分トリニータなどの入団テストを受けたが、能力の高さを認められつつも故障の多さがネックになって獲得に至らず、浪人状態を続けた。[要出典] 2008年7月、シーズン途中から当時JFL所属のファジアーノ岡山へ入団。
藤田 義明(ふじた よしあき、1983年1月12日 - )は… 藤田 義明(ふじた よしあき、1983年1月12日 - )は、栃木県宇都宮市出身の元プロサッカー選手。ポジションはDF(右SB、CB)、MF(ボランチ、両WB)。 順天堂大学から、2005年にジェフユナイテッド千葉とプロ契約。 千葉ではなかなか出場機会に恵まれず、2006年途中に大分へ期限付き移籍。移籍初年度は4試合のみの出場に留まったが、2007年には第3節でボランチとして先発出場。それ以降は守備的なポジションであればどこでもこなせるマルチぶりを発揮。その活躍によって出場機会が増加し、2008年に大分に完全移籍した。 大分では主にCBや守備的MF(ボランチ)として、さらには右サイドでも出場している。
君塚 大輔(きみづか だいすけ、1983年1月5日 - )は… 君塚 大輔(きみづか だいすけ、1983年1月5日 - )は、神奈川県横須賀市出身のプロバスケットボール選手である。ポジションはシューティングガード、スモールフォワード。190cm、83kg。 5歳頃の時にバスケットボールを始める。田浦中学校を卒業後、県内の名門横浜商大高に進学。同級生である蒲谷正之と共に1年生の時からレギュラーを取り、2年生の時には共にスタメンとしてコンビを組み、同校を3年ぶりのインターハイに導くも1回戦で福岡商業に73vs75で惜敗(この試合、君塚は14点)。同年のウィンターカップにも3年ぶりに同校を導き、2回戦に進出。新潟商業に敗れるも君塚自身は17点と活躍。3年生となった2000年、再びイ、今度は見事3回戦まで進出し、ベスト16入りを果たすも、小林高校に惜敗(君塚はこの試合チーム最多の21点)。
有馬 浩平(ありま こうへい、1982年12月10日 - )… 有馬 浩平(ありま こうへい、1982年12月10日 - )は、福岡県出身の元プロバスケットボール選手。ポジションはポイントガード。166cm、72kg。ライジング福岡に所属していた。背番号2。 九産大附属九州高から順天堂大学に進学し、インカレなどで活躍。卒業後の2005年、地元の強豪クラブチームである福太郎クラブで全日本クラブ選手権優勝に貢献。 2007年、ライジング福岡に練習生として入団した後、シーズン中に選手契約を結ぶ。シーズン後、J-RIZINGに所属。 引退後はバスケットボールスクールプライドの指導員として活動している。
近藤 茂(こんどう しげる、1982年11月23日 - )は… 近藤 茂(こんどう しげる、1982年11月23日 - )は、日本の男子元バレーボール選手。静岡県掛川市出身。ポジションはセッター。Vプレミアリーグの東レ・アローズ所属。
萩原 達郎(はぎはら たつろう、1982年8月6日 - )は… 萩原 達郎(はぎはら たつろう、1982年8月6日 - )は、鹿児島県出身のサッカー選手。ポジションはゴールキーパー。 2001年、鹿児島実高からJリーグ・ベガルタ仙台に加入。しかし高橋範夫・小針清允・高桑大二朗等実力者とのポジション争いに敗れ、長く第2・第3GKという立場で公式戦の出場機会はなかった。 高橋と高桑が退団し、小針の負傷でシュナイダー潤之介が加入しても控えが続いたが、2007年10月7日の天皇杯3回戦(対順天堂大学)でようやく公式戦初出場。2008年5月6日にはリーグ戦初出場を果たし、この年に圧倒的な成績で優勝したサンフレッチェ広島を好プレーの連続で完封、広島にこの年の初黒星をつけた。
堀 健人(ほり けんと、1982年6月13日 - )は、山口… 堀 健人(ほり けんと、1982年6月13日 - )は、山口県出身の元サッカー選手。現役時代の主なポジションはフォワード。 広島皆実高校時代(2年先輩に朝日大輔、1年先輩に瀬戸彬仁・秦賢二、同級生に柴村直弥ら)は、森崎和幸・浩司兄弟・駒野友一らと広島県選抜のメンバーとして1999年熊本国体3位。順天堂大学時代の2003年には大邱ユニバーシアード優勝に貢献した。 2005年からはJFLの佐川急便東京SCに加入。チームに慣れた夏場以降に2トップに入ると、天皇杯東京都予選決勝の横河武蔵野FC戦で延長決勝ゴール、後期第6節での首位愛媛FC戦で2ゴール、第85回天皇杯4回戦の川崎フロンターレ戦での先制ゴール など勝負所での活躍をみせた。
林 明辰(はやし あきたつ、1982年6月5日 - )は、形… 林 明辰(はやし あきたつ、1982年6月5日 - )は、形成外科・リンパ外科を専門とする日本人医師。現在、亀田総合病院、亀田京橋クリニック、渋谷サクラステージクリニック 、東京リンパ浮腫手術センターにて主にリンパ浮腫の診察・治療を行っている。リンパ浮腫手術におけるリンパ管イメージングの世界的第一人者。カリフォルニア大学や南カリフォルニア大学 形成外科などで客員教授を務める。 2010年3月 順天堂大学医学部卒業、東京大学医学部附属病院形成外科医員、国保旭中央病院形成外科 主任医員、Lymfecentrum,AZ Sint-Maarten Hospital Department of lymphatic surgery(ベルギー)Medical instructorを経て、2018年2月 亀田総合病院乳腺センター リンパ外科医師として着任。