横田 濱夫(よこた はまお、1958年 - )は、日本の経済… 横田 濱夫(よこた はまお、1958年 - )は、日本の経済評論家、エッセイスト、小説家。東京都生まれ。 1958年、東京生まれ。1981年に中央大学商学部を首席で卒業後、横浜銀行に入行。銀行の内幕を暴露した『はみ出し銀行マンの勤番日記』を出版し40万部を超えるベストセラーとなる。銀行を退行後は専業作家として2007年ごろまで活動。
明治大学:155人
横田 濱夫(よこた はまお、1958年 - )は、日本の経済… 横田 濱夫(よこた はまお、1958年 - )は、日本の経済評論家、エッセイスト、小説家。東京都生まれ。 1958年、東京生まれ。1981年に中央大学商学部を首席で卒業後、横浜銀行に入行。銀行の内幕を暴露した『はみ出し銀行マンの勤番日記』を出版し40万部を超えるベストセラーとなる。銀行を退行後は専業作家として2007年ごろまで活動。
園田 英樹(そのだ ひでき、1957年9月22日 - )は、… 園田 英樹(そのだ ひでき、1957年9月22日 - )は、日本の脚本家、演出家、小説家。佐賀県鳥栖市出身。 佐賀県立鳥栖高等学校卒業。私立探偵になるが、浮気調査に飽きて明治大学政治経済学部に入学。在学中はアングラ演劇に明け暮れ、のちに卒業。「天井桟敷」出身の童話作家・森忠明、劇団「日本」の演出家・三原四郎に脚本・演出を師事。系譜としては寺山修司の孫弟子となる。 テレビアニメの脚本を手がけるようになったのは、森忠明に小山高生を紹介されたことがきっかけである。当初は小山が構成を担当していた「手塚治虫のドン・ドラキュラ」(1982年)で脚本家デビューするはずだったが、担当広告代理店が倒産した影響で番組が打ち切りとなり、本作でのデビューにはならなかった(同じく脚本家の中弘子、照井啓治も園田と同様に当番組でデビューする予定だった)。
宮下 すずか(みやした すずか、1957年 - )は、日本の… 宮下 すずか(みやした すずか、1957年 - )は、日本の児童文学作家。 長野県安曇野市生まれ。明治大学文学部を卒業する。学術専門書の出版社への勤務経験がある。2004年、「い、ち、も、く、さ、ん」で、毎日新聞社が主催する第21回《小さな童話》大賞大賞を受賞する。2009年、『ひらがなだいぼうけん』で鹿児島市と鹿児島市教育委員会が主催する第19回椋鳩十児童文学賞を受賞する。好きな作家として、加古里子や椋鳩十を挙げている。
三宅 彰(みやけ あきら、1956年7月27日 -)は、日本… 三宅 彰(みやけ あきら、1956年7月27日 -)は、日本の推理作家。 長野県上田市生まれ。 明治大学法学部を卒業して、上田市役所に入職し、25歳のときに、労働組合の機関紙に執筆を依頼されたのを契機として小説を書くようになり、公務員としての勤務のかたわらミステリー作品の執筆活動を行う。 上田市教育委員会に勤務していた1997年に、『風よ、撃て』が、第14回サントリーミステリー大賞を受賞し、これを原作としたテレビ・ドラマも放映された。これより前、1993年の第6回日本推理サスペンス大賞では「猟犬の日」が最終候補作品5篇に残ったが、受賞したのは天童荒太の「孤独の歌声」であった。また、1994年の第40回江戸川乱歩賞では、別名儀の平尾彰として応募した「白き煉獄」が候補作5編に残ったが、受賞したのは中嶋博行の「検察捜査」であった。
長崎 尚志(ながさき たかし、1956年1月14日 - )は… 長崎 尚志(ながさき たかし、1956年1月14日 - )は、日本の漫画編集者・漫画原作者・漫画プロデューサー・小説家。名古屋造形大学元客員教授。 宮城県仙台市出身。幼い頃は名古屋、東京、横浜、金沢などで過ごす。1980年小学館入社。『ビッグコミック』『週刊少年サンデー』『ビッグコミックオリジナル』『ビッグコミックスペリオール』などの編集を担当する。1999年7月『ビッグコミックスピリッツ』編集長に就任。2001年に小学館を退社、フリーとなり、以降は漫画原作者として活動する。東周斎雅楽(とうしゅうさい がらく)、 江戸川啓視(えどがわ けいし)、リチャード・ウーなど複数のペンネームで多くの作品を手掛ける。
安東 能明(あんどう よしあき、1956年 -)は、日本の小… 安東 能明(あんどう よしあき、1956年 -)は、日本の小説家・推理作家。 静岡県天竜市二俣町(現・浜松市天竜区二俣町)生まれ。静岡県立二俣高等学校、明治大学政治経済学部卒業 。浜松市役所に勤務する傍ら執筆を続け、1994年、「褐色の標的」で日本推理サスペンス大賞受賞(『死が舞い降りた』として刊行)。代理ミュンヒハウゼン症候群をテーマとした『鬼子母神』を書き上げた後、市役所を退職し専業作家となる。2000年、『鬼子母神』でホラーサスペンス大賞特別賞、2010年「随監」で日本推理作家協会賞短篇部門受賞。 「」内が安東能明の作品
加賀山 耕一(かがやま こういち、1956年 - )は、日本… 加賀山 耕一(かがやま こういち、1956年 - )は、日本の紀行作家、狂歌師。 東京都足立区千住生まれ。明治大学卒業。23歳夏に四国一周の歩き遍路を敢行。塾講師を経て37歳の春に二度目の遍路。旅で出会ったユニークな人々との交流を通じて自己の生い立ちを見つめ直す『さあ、巡礼だ』を上梓する。
藤原 智美(ふじわら ともみ、男性、1955年7月20日 -… 藤原 智美(ふじわら ともみ、男性、1955年7月20日 - )は、日本の小説家、エッセイスト。芥川賞受賞。 福岡県福岡市出身。福岡県立福岡高等学校、明治大学政治経済学部政治学科卒業。1990年、フリーランスのライターの傍ら『王を撃て』により小説家デビュー。1992年『運転士』により第107回(1992年上半期)芥川龍之介賞受賞。2021年10月より読売新聞人生案内の回答者の一人を担当している。
高瀬 毅(たかせ つよし、1955年1月18日 - )は、日… 高瀬 毅(たかせ つよし、1955年1月18日 - )は、日本のジャーナリスト、ノンフィクション作家、ラジオパーソナリティ。 長崎県長崎市出身。被爆二世。高校は、カトリック系の南山高校。明治大学政治経済学部を卒業後、ニッポン放送に入社。報道、編成、制作各部で活動したのち、情報センター出版局編集者を経てジャーナリストとなり現在に至る。日本文藝家協会会員。YouTube番組であるデモクラシータイムスにて司会を務める。 1982年、ラジオドキュメンタリー「通り魔の恐怖」で日本民間放送連盟賞最優秀賞。放送文化基金賞奨励賞。2009年には、『ナガサキ 消えたもう一つの「原爆ドーム」』で「平和・協同ジャーナリスト基金賞奨励賞」受賞。
盛田 隆二(もりた りゅうじ、1954年12月23日 - )… 盛田 隆二(もりた りゅうじ、1954年12月23日 - )は、日本の作家。2007年度-2009年度、早稲田大学文学学術院客員教授。第一文学部・第二文学部・文化構想学部の講義を担当。2010年度より、淑徳大学エクステンションセンターにて「小説の書き方講座」を開講。日本文藝家協会会員、日本ペンクラブ会員。 東京都目黒区出身。埼玉県立川越高等学校在学中に書いた短編「糠星」が旺文社小説コンクールで1等になり、「高二時代」1971年12月号に掲載される。同作品は短編集『あなたのことが、いちばんだいじ』に所収。明治大学政治経済学部政治学科卒。1975年から1977年まで、日本文学学校に学んだ。1978年、ぴあ株式会社に入社。
松永 真理(まつなが まり、1954年11月13日 - )は… 松永 真理(まつなが まり、1954年11月13日 - )は、日本の編集者、著作家、実業家。松永真理事務所代表。 株式会社日本リクルートセンター、株式会社リクルートでの勤務を経て、エヌ・ティ・ティ移動通信網株式会社ゲートウェイビジネス部企画室室長などを歴任した。 長崎県佐世保市出身。祖父は海軍中将松永貞市、父は海軍大尉で作家の松永市郎。長崎県立佐世保北高等学校、明治大学文学部仏文科卒業。 1977年、日本リクルートセンター(現在のリクルート)入社。雑誌「とらばーゆ」、「リクルートブック」等の編集部を経て、1986年7月「就職ジャーナル」編集長、1988年7月「とらばーゆ」編集長。1997年7月退社し、エヌ・ティ・ティ移動通信網(現在のNTTドコモ)入社。
たつみや章(たつみや しょう、1954年7月2日 - )は、… たつみや章(たつみや しょう、1954年7月2日 - )は、日本の児童文学作家。女性。本名は廣瀬 賜代(ひろせ たまよ)。秋月 こお(あきづき こお)名義でも執筆活動を行ない、主に「小説JUNE」「TheRuby」などでボーイズラブ作家として活動していたが、2017年を最後に作家を廃業した。(最初の本も最後の本も、富士見二丁目だった) 埼玉県大宮市(現さいたま市)に生まれ、神奈川県逗子市で育つ。 1977年3月、明治大学文学部史学地理学科卒業。同年5月に結婚、熊本県へ移住。 1983年1月、夫が死去。一男三女を女手一つで育てる。 1989年、BL小説雑誌「小説JUNE」にて秋月こお名義で「独り白書」を発表。
園田 佐登志(そのだ さとし、1954年 - )は、日本のギ… 園田 佐登志(そのだ さとし、1954年 - )は、日本のギタリスト、DJ、映像作家、フィールド・レコーディスト。別名:昼間○助、葉月成美。 明治大学・現代の音楽ゼミナール(通称:現音ゼミ)主宰。1970年代後半の東京のアンダーグラウンド・シーンの重要人物、サブ・カルチャーの立役者でもある。 現在の熊本県熊本市東区に生まれる。父親は国立熊本病院に勤める医師で、3人兄弟の兄2人が国立大学に進学する環境のなか少年時代を過ごす。 熊本市立帯山中学校時代、渡辺仁という転校生が園田の前に現れる。中学では同級、高校と大学では別だったが、音楽を通じて交流を持っていた。地元の商科大学の付属高校に通いフォークソング系のクラブに入り、はっぴいえんどの曲をコピーするなどしていた。
北村 浩史(きたむら ひろし、1953年〈昭和28年〉8月9… 北村 浩史(きたむら ひろし、1953年〈昭和28年〉8月9日 - )は、日本の批評家、小説家、詩人、エッセイスト、ジャーナリスト。 小説家としての名は北村 洪史(きたむら ひろし)。 北海道士別市出身。道北日報社社長。 本名は北村浩史であるが、小説家としての活動は北村洪史(きたむら ひろし)の名義で行っている。 「洪史」には「こうじ」と振り仮名が付けられていることが多い。1992年に北方文芸賞を受賞した「ファミリー」は、『北方文芸』掲載時は「洪史」の振り仮名は「ひろし」であったが、1993年に講談社が出版した単行本の奥付では「こうじ」と振り仮名がつけられているほか、新刊広告にも「こうじ」と読ませているものがある。
佐藤 剛(さとう ごう、男性、1952年1月21日 - 20… 佐藤 剛(さとう ごう、男性、1952年1月21日 - 2023年6月20日)は、日本の音楽プロデューサー、ノンフィクション作家。岩手県盛岡市出身。幼稚園から高校までを宮城県仙台市で育つ。明治大学文学部演劇科卒。
千厩 ともゑ(せんまや ともえ、本名:松山 朝江〈まつやま … 千厩 ともゑ(せんまや ともえ、本名:松山 朝江〈まつやま ともえ〉、1952年〈昭和27年〉 - )は、日本の旅行作家、編集者、曹洞宗の住職(方丈)。岩手県東磐井郡小梨村(現:一関市千厩町小梨)出身。明治大学文学部史学地理学科卒業。 日伊協会や朝日カルチャーセンターでアグリツーリズモ講座の講師を務めており、取材で渡伊した際に出会ったアグリツーリズムの魅力を紹介している。 1952年、岩手県東磐井郡小梨村(現:一関市千厩町小梨)の常楽寺に長女として生まれる。千厩町立南小梨小学校、千厩町立小梨中学校、岩手県立千厩高等学校を経て明治大学文学部史学地理学科に入学。塩野七生の本『チェーザレ・ボルジア あるいは優雅なる冷酷』に感銘を受け、西洋史学を専攻した。
三浦 紀夫(みうら のりお、1952年 - )は、日本の実業… 三浦 紀夫(みうら のりお、1952年 - )は、日本の実業家、著作家。 在学時よりかかわった株式会社コアへ大学卒業後に入社。1990年に代表取締役に就任し、同社は2002年に倒産した。その経験をもとに『倒産社長の告白』を著し、執筆活動に入る。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
いしかわ じゅん(本名:石川 潤、1951年2月15日 - … いしかわ じゅん(本名:石川 潤、1951年2月15日 - )は、日本の漫画家・小説家・漫画評論家。 漫画家の藤臣柊子は元妻。日本SF作家クラブ会員だったが2023年5月時点では退会している(元妻の藤臣も同様)。既婚者。実父は元愛知県議会議員で元全トヨタ自動車労連会長の石川義之( - 2024年3月、97歳没)。 愛知県西加茂郡挙母町(現・豊田市)出身。愛知県立豊田西高等学校、明治大学商学部卒。大学在学中に明治大学漫画研究会に所属し、先輩として三学年上にかわぐちかいじ、二学年上にほんまりうがいた。ただし、5年間に手掛けた漫画は十数枚程度だった。 1975年4月、トヨタ自動車工業(現・トヨタ自動車)に入社し生産管理部に配属されるも、翌1976年2月に退社。
多門 昭(たもん あきら、本名・横山 義昭、1951年2月1… 多門 昭(たもん あきら、本名・横山 義昭、1951年2月12日 - )は、日本の小説家。コピーライターを経て、2010年2月、短編小説「杠(ゆずりは)」が文芸雑誌・季刊文科(鳥影社刊)に掲載、本格的に創作活動を始める。 青森県出身。弘前高等学校・明治大学文学部英米文学科を卒業後、広告代理店のコピーライターとなり、以後フリーランス。短編小説集『ぱちもん』を鳥影社より2011年1月27日、季刊文科コレクションとして発刊。
杉村 悦郎(すぎむら えつろう、1950年6月27日 - )… 杉村 悦郎(すぎむら えつろう、1950年6月27日 - )は、日本の伝記作家。フリーライター。 新撰組の二番隊長であった永倉新八のひ孫(長男の孫)にあたる。 北海道北檜山町(現在のせたな町)生まれ。北海道札幌東高等学校、明治大学文学部卒業。大学卒業後に札幌に戻り、タウン誌の編集長や広告制作会社のコピーライターを経て、現在、フリーライターの傍ら、主に曽祖父永倉新八の伝記を綴る。 平成17年「板橋の慰霊碑と永倉新八」により新撰組研究論文大会優秀賞を受賞。
山田 正紀(やまだ まさき、1950年1月16日 -)は、日… 山田 正紀(やまだ まさき、1950年1月16日 -)は、日本の小説家。 愛知県名古屋市生まれ。明治大学政治経済学部卒業。日本推理作家協会会員。本格ミステリ作家クラブ会員。日本冒険作家クラブ元会員。日本の「SF作家第二世代」を代表する作家の一人。 日本SF作家クラブでは第9代事務局長、第12代会長を務めたが、後に退会、2021年に再入会した。 子供時代は漫画家を目指していた。60年代後半、雑誌『話の特集』の編集者をしていたこともある。 大学を1年間休学して、イスラエルのキブツで暮らすなど海外放浪。 帰国して大学卒業後、同人誌『宇宙塵』に投稿し、処女作「終末曲面に骰子を投げ入れて」が掲載、さらに「襲撃のメロディ」が掲載される。
光岡 史朗(みつおか しろう、1949年〈昭和24年〉10月… 光岡 史朗(みつおか しろう、1949年〈昭和24年〉10月 - 2015年〈平成27年〉9月9日)は、日本のコピーライター・作家。 1949年生まれ。神奈川県出身。県立横浜翠嵐高校卒。高校時代から文学に親しむが、1967年高校3年のとき「10.8羽田事件」にショックを受け、急速に政治運動、マルクス主義に興味を抱く。明治大学に入学するが、その入学式の次の日から学生自治会室に入りびたる。 サークルは社会主義研究会。そこはブント=社学同の拠点サークルのひとつであった。そして1年生の後期から法学部委員長として活動し。ほとんど学生会館に泊り込みで、アジビラをつくり、立て看板を描き、毎朝校門でビラ撒きをする生活をおくる。
喜多嶋 隆(きたじま たかし、本名: 喜多嶋 隆夫、1949… 喜多嶋 隆(きたじま たかし、本名: 喜多嶋 隆夫、1949年5月10日 - )は、日本の小説家である。 1949年(昭和24年)、東京都文京区生まれ。東京都立北園高等学校を経て、明治大学政治経済学部卒業。 大学卒業後は、コピーライター、CFディレクターなどを務めた。1981年(昭和56年)、著作 『マルガリータを飲むには早すぎる』 で、小説現代新人賞受賞。その後、多くの青春小説を、角川文庫、集英社コバルト文庫、光文社文庫など文庫オリジナルで多数執筆している。 一部の本は電子書籍でも販売されている。
軍司 貞則(ぐんじ さだのり、1948年(昭和23年)3月5… 軍司 貞則(ぐんじ さだのり、1948年(昭和23年)3月5日 - )は、日本のノンフィクション作家。NPO法人NIPPON生涯いきいきメガパフォーマンス協会総合プロデューサー。 明治大学文学部卒業。1977年渡欧、ウィーン大学で学ぶかたわら、ヨーロッパ全域を取材する。1979年帰国し、ノンフィクション作家として、政治・経済から食糧・教育問題まで、幅広いジャンルの作品を発表する。特にスポーツとマグロ問題に詳しい。 1982年『滅びのチター師』で扇谷正造の推薦を受けて大宅壮一ノンフィクション賞の受賞がほぼ決まったが、選考会に扇谷が欠席したため受賞作なしになったという(本人記『週刊朝日』2010年2月9日号) 1980年、社会人野球のクラブチーム・WIEN BASEBALL CLUBの立ち上げに携わる。
団 龍彦(だん たつひこ、1948年1月26日 - 2005… 団 龍彦(だん たつひこ、1948年1月26日 - 2005年6月)は、日本の小説家。本名、菊池 忠昭(きくち ただあき)。 福島県出身。明治大学卒業。 永井豪ファンクラブ会員を経て、1972年にダイナミックプロに入社。 ダイナミックプロでは、永井のネタだしの聞き役を務めたと『激マン!』で語られている。ネタを出してもほとんど忘れてしまう永井は、聞きながらメモを取る団を重宝したが、当の本人はネーム原稿の段階から作品を読みたいがために居残りしていたとのこと。 『デビルマン』『マジンガーZ』などの雑誌媒介用の設定製作を担当する。『マジンガーZ』などの裏設定について、詳細まで考えていなかったため、同作を掲載していた『テレビマガジン』などの編集者に聞かれた際に慌てて作ったと述懐している。
鎌田 三平(かまた さんぺい、1947年4月2日 - )は、… 鎌田 三平(かまた さんぺい、1947年4月2日 - )は、日本の翻訳家、文芸評論家、作家。 本名は瀧田英雄 (たきた ひでお)。 千葉県出身。3 - 4歳から大田区蒲田で暮らし、のちのペンネームの由来となった。 1971年に明治大学文学部英文科卒業。1972年に、早川書房入社。「ハヤカワ・ノベルズ」などの編集を担当するかたわら、「ハヤカワ・ミステリ・マガジン」に冒険小説のコラムを執筆。瀧田 英雄名義での短編の翻訳もある。宮田 洋介も鎌田の別名義。 1979年、早川書房退社、翻訳家に専念。主にSF、冒険小説の翻訳を行う。また、評論、創作も手がけた。1988年には、システムサコムから発売されたノベルウェア(「パソコンで読む小説」と銘打ったアドベンチャーゲーム)『シャティ』の原作を書いている。
山田 一廣(やまだ かずひろ、1946年6月19日 - )は… 山田 一廣(やまだ かずひろ、1946年6月19日 - )は、日本のノンフィクション作家。神奈川県生まれ。明治大学卒。エチオピアについての著作が多い。
中村 建治(なかむら けんじ、1946年〈昭和21年〉- )… 中村 建治(なかむら けんじ、1946年〈昭和21年〉- )は、日本の著作家。 山梨県大月市生まれ。鉄道史学会会員。明治大学政治経済学部卒。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
花家 圭太郎(はなや けいたろう、1946年 - 2012年… 花家 圭太郎(はなや けいたろう、1946年 - 2012年5月7日)は、日本の小説家(時代小説)、作家。本名:村岡末男。 秋田県仙北郡太田町(現在の大仙市)出身。秋田県立角館高等学校を経て明治大学文学部仏文科卒業。フリーライターをへて、1998年『暴れ影法師』でデビュー。 2012年5月7日、東京都中央区の病院にて肺がんにより逝去。66歳歿。
阿木 燿子(あき ようこ、1945年5月1日 - )は、日本… 阿木 燿子(あき ようこ、1945年5月1日 - )は、日本の作詞家・女優・小説家・エッセイスト。本名は木村 広子(旧姓は福田)。明治大学文学部卒業。夫はミュージシャン・俳優の宇崎竜童。 長野県長野市で出生、神奈川県横浜市出身。捜真女学校中学部・高等学部を卒業 後の1964年、明治大学文学部史学地理学科に入学し、軽音楽クラブに入部。そこで、後に夫となる同学年の宇崎竜童(法学部)と出会う。宇崎は入部に訪れた阿木を一目見て、「あ、嫁が来た!」と思ったという。テレビ出演では「妻・阿木燿子を語る」と題されたコーナーでの本人トークで「先輩から校門での部員勧誘を命じられ、はじめに声をかけた女の子がうちの嫁なんですよ。
落合 恵子(おちあい けいこ、1945年〈昭和20年〉1月1… 落合 恵子(おちあい けいこ、1945年〈昭和20年〉1月15日 - )は、日本の小説家。クレヨンハウス主宰。『週刊金曜日』編集委員。元文化放送アナウンサー。 栃木県宇都宮市出身。実父の矢野登は参議院議員(自民党)。婚外子として母子家庭で育つ。異母弟に参議院議員の矢野哲朗がいる。小学一年から東京都中野区育ち。明治大学文学部英文学科卒業。 1967年4月、文化放送にアナウンサーとして入社。同期に、みのもんたがいる。『日野ミッドナイトグラフィティ 走れ!歌謡曲』『セイ!ヤング』のパーソナリティを務めた。 『セイ!ヤング』では「レモンちゃん」の愛称でリスナーから親しまれ、人気DJとなる。同番組のパーソナリティは、作家に転身後の1978年3月まで務めた。
伊勢 暁史(いせ あきふみ、1944年11月3日 - )は、… 伊勢 暁史(いせ あきふみ、1944年11月3日 - )は、日本の雑誌記者、放送作家、ルポルタージュ作家。 京都府生まれ[要出典]。本名・進藤康明[要出典]。明治大学法学部卒業、法律専門出版社に勤務[要出典]。その後消費者問題を扱う新聞社記者、特報部長を経て独立[要出典]。 月刊現代では『迎賓館を撃て』『竹下登総理は何故右翼に脅えるか』『田中弁護団かく闘う』などスクープをものにした[要出典]。 その後、(有)しぇるぱ舎を起こしテレビ番組も制作[要出典]。1997年には『有森裕子アトランタの激走』(ニッポン放送)の脚本でスタッフの一員として放送文化基金賞大賞を受賞した。
南 英男(みなみ ひでお、1944年 - )は、日本の作家。… 南 英男(みなみ ひでお、1944年 - )は、日本の作家。 東京生まれ。明治大学卒業後、雑誌編集者を経て作家となる 。1985年以降、警察小説を執筆する。『強請屋稼業』シリーズは累計130万部突破。全著作の累計は2300万部突破。
馬場 信浩(ばば のぶひろ、Nobuhiro Baba 19… 馬場 信浩(ばば のぶひろ、Nobuhiro Baba 1941年11月5日 - )は、日本の元役者、作家。 主に、スポーツ小説、ノンフィクション小説、時代小説の分野で活動する。 男性。大阪府枚方市出身。アメリカ合衆国カリフォルニア州アナハイム在住。 1960年 大阪府立四條畷高等学校卒業。1964年に明治大学文学部演劇科を中退し、劇団「ぶどうの会」養成所にて役者修業。 1978年 テレビ朝日「23時ショー」の司会を一年間、担当。 1989年 米国に移住。
大野 芳(おおの かおる、1941年8月10日 - 2022… 大野 芳(おおの かおる、1941年8月10日 - 2022年5月5日)は、日本のノンフィクション作家。かっぱ村村長。 愛知県生まれ。明治大学法学部卒業後、雑誌記者を経て、ノンフィクション作家となる。1975年、岩手県遠野市でかっぱ伝承に触れ、中河与一を村長としてかっぱ村を設立した。中河の没後は2代目村長となった。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
川元 祥一(かわもと よしかず、1940年 - )は、日本の… 川元 祥一(かわもと よしかず、1940年 - )は、日本の作家、ルポライター。 兵庫県神戸市に生まれ、岡山県津山市で育つ。曾祖父は津山城下で屠畜場を経営していたが、1873年、賤民解放令に反対する農民の一揆で家屋を破壊され廃業に追い込まれた。自らも被差別部落に育ち、自らの被差別体験に基づき部落問題研究をライフワークとして「部落学」を提唱している。 18歳で上京し、働きながら明治大学文学部に学ぶ。1965年に卒業。筑波大学非常勤講師や立教大学非常勤講師として部落学を担当。伝統芸能研究・千町の会代表、東日本部落解放研究所会員。
宗 肖之介(そう しょうのすけ、1939年8月25日 - 2… 宗 肖之介(そう しょうのすけ、1939年8月25日 - 2011年5月5日)は、日本の文芸評論家・著作家。 本名は重岡 重雄(しげおか しげお)。
高本 公夫(たかもと きみお、1939年 - 1994年10… 高本 公夫(たかもと きみお、1939年 - 1994年10月16日)は昭和後期に活躍した競馬評論家、作家。 北海道色丹島出身。明治大学文学部卒業。北海道内の私立高校で英語教師を務めていたが、35歳の時に作家を志して再上京。1977年、小池一夫主宰の「劇画村塾」に参加。 出版業界に顔を出している内に、趣味である競馬の予想にまつわる『競馬で勝って歓喜する本』・『馬券革命』シリーズなど主に中央競馬の馬券予想に関する競馬予想理論の本を著し、これらがヒットして時代の寵児となる。 サイン理論(暗号馬券理論)の事実上の元祖として知られており、そのため競馬業界ではそのような予想のことを「タカモト式」(あるいは単に「タカモト」)と呼ぶほどである。
笠原 靖(かさはら やすし、1938年 - )は、日本の絵本… 笠原 靖(かさはら やすし、1938年 - )は、日本の絵本作家、イラストレーター、小説家。男性。福井県ふるさと大使。 福井県小浜市出身。明治大学法学部卒業。福井放送アナウンサー、学習研究社を経て、イラストレーターとして独立。空手(日本空手協会所属 5段)。 1990年『夏の終り』で、第7回織田作之助賞受賞。雑誌に作品を多数発表。「中学生の時には犬の言語ノートを作っていましたね。」という程の動物好きで、犬を題材とした作品を多く執筆していた。元警視庁捜査第一課長とその愛犬・フーバーの名コンビが、様々な事件を解決していく動物推理小説『名犬フーバーの事件簿』は、2008年水曜ミステリー9にて、里見浩太朗主演でテレビドラマ化された。
赤羽 尭(あかばね たかし、1937年8月26日 - 199… 赤羽 尭(あかばね たかし、1937年8月26日 - 1997年1月22日)は、日本の作家。本名は庄司英樹。 青森県弘前市生まれ。明治大学文学部卒。 20代の前半に世界各地を放浪し、国際情勢を身をもって体験。帰国後、週刊誌の記者を経て、『スパイ特急』で文壇にデビュー。1986年『脱出のパスポート』が第96回直木賞候補に選ばれた。主として海外を舞台にしたスパイ小説・歴史小説を書く。
阿久 悠(あく ゆう、1937年〈昭和12年〉2月7日 - … 阿久 悠(あく ゆう、1937年〈昭和12年〉2月7日 - 2007年〈平成19年〉8月1日)は、淡路島出身の放送作家、詩人、作詞家、小説家。数々のヒット曲の歌詞を生み出し、日本歌謡界の黄金時代を築いた。 ペンネームの由来は、広告会社勤務時代に放送作家として活躍を始めたが、兼業禁止の会社にばれないよう“悪友”をもじった筆名として使い始めた事から。深く考えずにつけたため、いずれは別の筆名にするつもりだったが、仕事が途切れなかったので、独立後も使い続けた。また、多夢星人(たむせいじん)の変名も使用した(阿久の小説『グッドバイ―BN童子の青春』の登場人物であるロック歌手の名に由来する)。 長男は作曲家の深田太郎で、阿久作詞・深田作曲の楽曲も存在する。
松本 富生(まつもと とみお、1937年 - 2018年2月… 松本 富生(まつもと とみお、1937年 - 2018年2月17日)は、元韓国籍の日本の小説家。 朝鮮南部慶尚南道三千浦市実安洞生まれ。栃木県宇都宮市在住。5歳で両親の徴用に伴って来日。栃木県立大田原高等学校、明治大学文学部英米文学科卒。1972年日本国籍取得。喫茶店やボウリング場、レストランなど様々な職業を経験する。小説は立松和平のすすめで書き始めた。1986年「野薔薇の道」で文學界新人賞受賞(片山恭一と同期)。栃木県文学大賞選考委員。栃木県文芸家協会常任理事。
河野 典生(こうの てんせい、1935年1月27日 - 20… 河野 典生(こうの てんせい、1935年1月27日 - 2012年1月29日)は、日本の小説家。本名は河野典生(のりお)。遠い親戚に安岡章太郎がいる。 高知県高知市生まれ。明治大学仏文科中退。在学中から詩、戯曲、幻想小説等を書き始め、戯曲「墜ちた鷹」を「三田文学」に掲載し、寺山修司らと劇団活動も行っていた。また寺山とやっていた総合芸術雑誌に銅版画を描き、野中ユリ・加納光於らと知り合う。他にアルバイトでラジオドラマの脚本を多数執筆した。 1958年、テレビの仕事を開始し、明治大学を中退。1959年、日本テレビの番組「夜のプリズム」の原作小説募集に作品「ゴウイング・マイ・ウェイ」で応募して当選、雑誌『宝石』に掲載される。
斎藤 伯好(さいとう はくこう、1935年1月6日 - 20… 斎藤 伯好(さいとう はくこう、1935年1月6日 - 2006年8月8日)は、日本のSF翻訳家、作家。本名の読み方は「さいとう のりよし」。斉藤伯好、齋藤伯好などとも表記。日本ペンクラブ、日本SF作家クラブ、日本推理作家協会、少年文芸作家クラブ、日本児童文芸家協会、日本文芸家協会、各会員。 東京府(現:東京都足立区千住河原町)で公務員の家庭に生まれる。英語を習い始めた小学6年生の時から翻訳家を志望。17歳の時、英語コンテストの懸賞翻訳で優勝し、賞金を獲得。特許事務所で産業英語の翻訳のアルバイトをしつつ、明治大学政治経済学部を卒業。 国家公務員試験(上級職)に合格し、1957年(22歳時)から38年間、運輸省に勤務(途中、内閣総理大臣官房、外務省などに出向もあり)。
立石 優(たていし ゆう、1935年 - )は日本の歴史小説… 立石 優(たていし ゆう、1935年 - )は日本の歴史小説作家、ノンフィクション作家。中国・大連市生まれ。明治大学文学部文学科卒業。 広告代理店勤務、お茶の製造販売会社役員を経て専業作家となる。史実に忠実な歴史小説を手掛ける。また歴史ノンフィクションも執筆している。
安田 雅企(やすだ まさき、1934年 - )は、日本の小説… 安田 雅企(やすだ まさき、1934年 - )は、日本の小説家。東京都出身。筆名大場 左以門。 旧制都立八中、都立小山台高校、明治大学文学部仏文科卒業。東京犯罪研究会会長を務めた。専門分野は犯罪と刑務所、ヤクザなど。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
泉 名月(いずみ なつき、1933年(昭和8年)9月21日 … 泉 名月(いずみ なつき、1933年(昭和8年)9月21日 - 2008年(平成20年)7月6日)は、日本の作家。幻想的な童話や、泉鏡花とその家族にまつわる回想記を執筆した。1999年(平成11年)に金沢市に開設された泉鏡花記念館の名誉館長を務めるなど、泉鏡花の作品の普及と研究の発展にも貢献した。泉鏡花文学賞の選考委員も務めた。 父は、優れた幻想文学の作家として知られる泉鏡花の弟で、自身も作家である泉斜汀(本名・豊春)である。泉鏡花にとっては姪にあたる。泉鏡花の死後、その妻・泉すずの養女となった。 1933年(昭和8年) 愛知県渥美郡田原町池の原に生まれる。1943年(昭和18年) 実母とともに上京。
長堂 英吉(ながどう えいきち、1932年11月3日 - 2… 長堂 英吉(ながどう えいきち、1932年11月3日 - 2020年2月18日)は、日本の小説家、ルポルタージュ作家。 沖縄県那覇市出身。本名・謝花長英。明治大学文学部卒業、フロリダ大学大学院中退。極東放送アナウンサー、アメリカ民政府教育部、沖縄女子短期大学助教授などを歴任し、同人誌『南濤文学』を主宰する。1972年「我羅馬テント村」で九州沖縄芸術祭文学賞、ルポルタージュ作家として沖縄を舞台に執筆活動を行い、1990年「ランタナの花の咲く頃に」で新潮新人賞受賞。2000年『黄色軍艦』で芸術選奨新人賞受賞。2020年2月18日、肺癌のため那覇市内の病院で死去、87歳。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
大川 タケシ(おおかわ タケシ、1932年9月28日 - )… 大川 タケシ(おおかわ タケシ、1932年9月28日 - )は、日本の脚本家・原作家・小説家。日本脚本家連盟の元理事、シナリオスクール元講師。 東京市日本橋区(現・東京都中央区)出身。子供の頃から映画好きで、黒澤明作品が好きだった。1949年に公開された映画『野良犬』に感銘を受け、同作の監督を務めた黒澤に手紙を出し、文通するようになる。これが脚本家を志すきっかけともなった。高校生時代からシナリオを書き始め、シナリオコンクールに応募し続けて何本か佳作に入選。 明治大学文学部卒業。1960年の日活映画『刑事物語』で脚本家デビュー。『特別機動捜査隊』(NETテレビ・東映)からテレビドラマの脚本にも進出する。
嶋岡 晨(しまおか しん、1932年3月8日 ‐ )は、日本… 嶋岡 晨(しまおか しん、1932年3月8日 ‐ )は、日本の仏文学者・詩人・評論家・小説家。立正大学名誉教授。本名はしまおか あきら。 高知県高岡郡四万十町生まれ。高知県立高知工業高等学校建築科、明治大学文学部仏文科卒、同大学院文学研究科修了。大学在学中に後輩の片岡文雄らと詩誌「貘」を創刊。1958年に寺山修司と「様式論争」を繰り広げるが、1959年には寺山らと詩劇グループ「鳥の会」を結成する。「歴程」同人、「無限」編集長を歴任。 詩集や詩論のほか、坂本龍馬などの土佐国出身の幕末維新期の人物伝、フランス詩の翻訳もおこなう。小説も書き、1980年に『裏返しの夜空』で第84回芥川賞候補、1982年に『《ポー》の立つ時間』で第87回芥川賞候補となっている。