スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
深山 卓也 (みやま たくや、1954年9月2日 - ) は… 深山 卓也 (みやま たくや、1954年9月2日 - ) は、日本の元裁判官。勲等は旭日大綬章。元最高裁判所判事。東京都出身。 練馬区立大泉南小学校、練馬区立大泉第二中学校、東京都立富士高等学校を経て、1979年に東京大学法学部卒業。 1980年に司法修習生。1982年に判事補任官。1992年那覇地方裁判所判事。1994年東京地方裁判所判事。1996年法務省に出向し民事局参事官。2001年法務省大臣官房参事官。2002年法務省民事局民事法制管理官。2003年法務省大臣官房審議官心得。2004年法務省大臣官房審議官。2008年法務省大臣官房司法法制部長。2010年東京高等裁判所判事。2011年東京地方裁判所判事部総括。
野中 ともよ(のなか ともよ、1954年6月18日 - )は… 野中 ともよ(のなか ともよ、1954年6月18日 - )は、日本のテレビキャスター、ジャーナリスト、実業家。元三洋電機代表取締役(CEO)。そのルックス(えくぼ)から「ペコちゃん」と呼ばれたことがある。NPO法人ガイア・イニシアティブほか市民活動を率いている。 東京都出身。東京都立富士高等学校を経て、上智大学文学部新聞学科を卒業後、アメリカ合衆国のミズーリ大学コロンビア校大学院に留学。1994年、上智大学大学院文学研究科博士前期課程修了。 1979年からNHK総合テレビの報道、スポーツニュース番組でキャスターに就任。主な番組は、「海外ウィークリー」、「スポーツとニュース」、星野仙一、大塚範一と始めた「サンデースポーツスペシャル」の初代キャスター。
校條浩(めんじょう ひろし、1954年 - )は、日本の新事… 校條浩(めんじょう ひろし、1954年 - )は、日本の新事業プロデューサー、イノベーション・コンサルタント、ベンチャー投資家。シリコンバレーに本拠を置くNSV Wolf Capital代表兼マネージング・パートナーを務める。米国ベンチャー企業と日本企業との戦略提携を進めるエクスパートとして知られる。 1954年、東京生まれ。東京都立富士高等学校を経て、1978年東京大学理学部卒業、同学修士課程修了後、小西六工業(現コニカミノルタ)にエンジニアとして入社。銀塩写真フィルムの開発に携わる。1981年、世界で初めての電子カメラ、ソニー社製 デジタル・マビカの発表をきっかけに、「30年後にデジタル写真の画質は銀塩写真に追いつく」と予測、専門をデジタル分野に大きく舵を取る。
謝敷 宗敬(しゃしき むねたか、1953年12月13日 - … 謝敷 宗敬(しゃしき むねたか、1953年12月13日 - )は、日本の実業家。新日鉄住金ソリューションズ株式会社代表取締役社長を務めた。 東京都出身。東京都立富士高等学校を経て、1977年東京大学経済学部卒業、新日本製鐵入社。2000年新日本製鐵エレクトロニクス・情報通信事業部金融システムソリューション部長。2001年新日鉄ソリューションズ金融ソリューション第一事業部長。2005年新日鉄ソリューションズ取締役企画部長・総務部長。2007年新日鉄ソリューションズ取締役企画部長。2009年新日鉄ソリューションズ常務取締役。2012年から新日鉄住金ソリューションズ代表取締役社長を務め、モノのインターネット化への対応を進めるなどした。
魚住弘人(うおずみ ひろと、1953年3月10日 - )は、… 魚住弘人(うおずみ ひろと、1953年3月10日 - )は、日本の実業家である。元日立GEニュークリア・エナジーの取締役会長であり、原子力設計技術者である。また、日立製作所「電力・インフラシステムグループ電力システム社原子力担当CEO」兼「福島原子力発電所プロジェクト推進本部長」を兼務しており、日本原子力学会会員、日本機械学会会員、電気学会会員である。 1953年福岡県北九州市生まれ。少年時代は長崎で過ごしたこともある。中学生の頃から原子力技術、原子力政策に関心を持つ。1971年に東京都立富士高等学校を卒業。東京大学工学部原子力工学科で学び、東京大学野球部でも活躍する。1974年の東京六大学野球秋季大会の1回戦で、法政大学の江川卓から3安打を放つ。
高橋 明也(たかはし あきや、1953年 - )は、日本の美… 高橋 明也(たかはし あきや、1953年 - )は、日本の美術史家、東京都美術館館長。 東京都出身。東京都立富士高等学校を経て、東京芸術大学大学院美術研究科修士課程修了。ドラクロワやマネを中心とする19世紀フランス美術史専攻。1980年より2006年まで国立西洋美術館研究員を務めた。 1984年から1986年にかけて文部省在外研究員としてパリ・オルセー美術館開館準備室に客員研究員として在籍。国立西洋美術館主任研究官・学芸課長、三菱一号館美術館初代館長(2006年 - 2021年)を経て現職。アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレックによるポスター及びリトグラフ250点あまりの「モーリス・ジョワイヤン コレクション」を館として購入、所蔵作品の核に据えた。
土橋 茂樹(つちはし しげき、1953年 - )は、日本の哲… 土橋 茂樹(つちはし しげき、1953年 - )は、日本の哲学者。専門は古代ギリシア哲学・教父学・中世哲学・徳倫理学。中央大学文学部名誉教授。 ほか、新プラトン主義協会会長、日本倫理学会や中世哲学会の編集委員長などを歴任。
大谷 直人(おおたに なおと、1952年〈昭和27年〉6月2… 大谷 直人(おおたに なおと、1952年〈昭和27年〉6月23日 - )は、日本の裁判官。第19代最高裁判所長官。勲等は桐花大綬章。 北海道赤平市出身。東京都立富士高等学校を経て、1975年(昭和50年)に東京大学法学部を卒業。司法修習29期を経て、1977年(昭和52年)に東京地方裁判所に判事補として着任して以降、刑事裁判官としてキャリアを積んできた。最高裁判所調査官、司法研修所教官、東京地裁部総括判事、最高裁判所刑事局長・人事局長、静岡地方裁判所所長、最高裁判所事務総長、大阪高等裁判所長官を歴任。 2015年より最高裁判所判事を務めており、2018年1月9日付で第19代最高裁判所長官に就任。
大野 恒太郎(おおの こうたろう、1952年4月1日 - )… 大野 恒太郎(おおの こうたろう、1952年4月1日 - )は、日本の検察官、弁護士、実業家。法務事務次官、東京高等検察庁検事長、検事総長等を歴任。またイオン取締役兼指名委員、小松製作所や伊藤忠商事の監査役を務める。 東京都生まれ。1970年、東京都立富士高等学校卒業。1974年 東京大学法学部卒業、司法修習、(1978年ハーバード・ロー・スクールLL.M(法学修士))。 1976年検事任官、東京地方検察庁検事。ハーバード大学留学を経て、1982年法務省刑事局付、1987年大阪地方検察庁検事、1989年東京地方検察庁検事、1994年法務省刑事局参事官、1996年法務省大臣官房参事官、1998年法務省刑事局総務課長、2000年東京地方検察庁総務部長、2001年内閣官房司法制度改革推進本部事務局次長、2004年宇都宮地方検察庁検事正、2005年最高検察庁総務部長、2007年法務省刑事局長、2009年法務事務次官等を経て、2011年8月仙台高等検察庁検事長。
三輪 裕子(みわ ひろこ、1951年11月6日 - )は、日… 三輪 裕子(みわ ひろこ、1951年11月6日 - )は、日本の児童文学作家。 日本児童文学者協会会員。 東京都出身。東京学芸大学教育学部卒業。その後2年間練馬区立大泉学園小学校で教師をする。 1982年、「子どもたち山へ行く」で第23回講談社児童文学新人賞受賞。同作品を改稿、「ぼくらの夏は山小屋で」と改題し刊行、1987年野間児童文芸新人賞(受賞当時は野間児童文学推奨作品賞)を受賞する。1989年「パパさんの庭」で野間児童文芸賞受賞。2010年、「優しい音」で新美南吉児童文学賞受賞。 「」内が三輪裕子の作品
永井 愛(ながい あい、1951年10月16日 - )は、日… 永井 愛(ながい あい、1951年10月16日 - )は、日本の劇作家、演出家。劇団二兎社主宰。 東京都出身。東京都立富士高校時代から演劇部に入る。桐朋学園芸術短期大学演劇専攻科卒。 春秋団に研究生として参加し、そこで出会った大石静と1981年、「二兎社」を結成。脚本、演出、出演を大石と二人で行う。翌1982年の、老若男女12人を二人で演じた『カズオ』は再演を重ね、初期の代表作となる。 1997年、『見よ、飛行機の高く飛べるを』と『ら抜きの殺意』を発表。両作品により芸術選奨文部大臣新人賞を受賞。 1991年、大石は二兎社を離れ、以後永井が単独で主宰。日本劇作家協会前会長[リンク切れ]、理事。2016年3月より副会長。
清原 慶子(きよはら けいこ、1951年(昭和26年)9月1… 清原 慶子(きよはら けいこ、1951年(昭和26年)9月10日 - )は、日本の政治家。元東京都三鷹市長(4期)。 東京都武蔵野市生まれ。東京都立富士高等学校、慶應義塾大学法学部政治学科(ゼミはマスコミュニケーション論)卒業。1976年、慶應義塾大学大学院法学研究科政治学専攻修士課程修了。1979年、慶應義塾大学大学院社会学研究科社会学専攻博士課程単位取得満期退学。 1980年から慶應義塾大学文学部及び杏林大学医学部で非常勤講師を務め、1983年常磐大学人間科学部専任講師に就任。1987年からルーテル学院大学文学部助教授、1992年にルーテル学院大学文学部教授に着任。1999年に東京工科大学メディア学部教授に着任し、2002年4月から2003年2月まで学部長を務める。
一方井 誠治(いっかたい せいじ、1951年 - )は、日本… 一方井 誠治(いっかたい せいじ、1951年 - )は、日本の経済学者。京都大学教授を経て、武蔵野大学工学部環境システム学科教授 兼 大学院環境学研究科長。武蔵野大学環境研究所長。専攻は環境経済学。学位は、博士(経済学)(京都大学・論文博士・2008年)。 東京都出身。1965年にお茶の水女子大学附属小学校卒業。お茶の水女子大学附属中学校、都立富士高校を経て、1974年に東京大学経済学部を卒業し、翌年環境庁に入庁。地球環境部企画課長、大臣官房政策評価広報課長、財務省神戸税関長等を歴任。2005年に京都大学経済研究所教授、2011年に京都大学学際融合教育研究推進センター特定教授、2012年より同特任教授。
伊藤文樹(いとう ふみき、1949年5月19日 - )は、N… 伊藤文樹(いとう ふみき、1949年5月19日 - )は、NHKの元チーフアナウンサー。
北爪 道夫(きたづめ みちお、1948年2月12日 - )は… 北爪 道夫(きたづめ みちお、1948年2月12日 - )は、日本の作曲家。 東京都出身。東京都立富士高等学校を経て、東京藝術大学大学院作曲科修了。東京藝術大学、京都市立芸術大学、愛知県立芸術大学、国立音楽大学、東京音楽大学などで後進の指導にあたる。現在、東京音楽大学客員教授、愛知県立芸術大学名誉教授。インターナショナル・ロストラム・オブ・コンポーザーズグランプリなど、国際的に評価されている。父はクラリネット奏者の北爪利世。息子は作曲家の北爪裕道。姉は作曲家の北爪やよひ。
丁 宗鐵(てい むねてつ、1947年(昭和22年)11月6日… 丁 宗鐵(てい むねてつ、1947年(昭和22年)11月6日 - )は、日本の医師、漢方医学者。医学博士。東京都出身。 東京都立富士高等学校、横浜市立大学医学部を卒業し、同大学院を修了する。在学中に、漢方医である石原明、大塚敬節、大塚恭男らに師事する。また、客員研究員として、アメリカのスローン・ケタリング記念癌研究所に留学する。 大学院修了後、北里研究所に入所する。北里研究所の東洋医学総合研究所研究部門長に就任する。その後、東京大学医学部の生体防御機能学講座助教授などを歴任する。 2010年2月現在、日本薬科大学教授。その他、東京女子医科大学特任教授、未病システム学会理事、東亜医学協会理事、百済診療所院長を務める。
池澤 夏樹(いけざわ なつき、1945年7月7日 - )は、… 池澤 夏樹(いけざわ なつき、1945年7月7日 - )は、日本の小説家・詩人。翻訳、書評も手がける。日本芸術院会員。 文明や日本について考察を基調にした小説や随筆を発表している。翻訳は、ギリシア現代詩からアメリカ現代小説など幅広く手がけている。各地へ旅をしたことが大学時代に専攻した物理学と併せて、池澤の作品の特徴となる。詩が小説に先行していることも、文章に大きな影響を与えている。 声優の池澤春菜と起業家、投資家の池澤摩耶は娘。画家のSaya(摩耶の娘)は孫。 北海道帯広市出身で、マチネ・ポエティクで同人の原條あき子(山下澄、1923年 - 2004年)と福永武彦の間に、疎開先の帯広で誕生した。
北山 雅史(きたやままさひと、1943年9月20日 - )は… 北山 雅史(きたやままさひと、1943年9月20日 - )は徳島県生まれの日本の実業家、教育関係者。栄光ゼミナールを経営する株式会社栄光創業者・最高顧問。
堀尾 真紀子(ほりお まきこ、1943年〈昭和18年〉7月2… 堀尾 真紀子(ほりお まきこ、1943年〈昭和18年〉7月28日 - )は、日本の美術史学者。文化学園大学名誉教授。女性画家を論じる。 東京都出身。東京都立富士高等学校を経て、1968年東京藝術大学美術学部卒業、1972年同大学院修士課程修了。1969年から1970年までパリのフランス国立美術工芸大学に留学。1987年『画家たちの原風景』で日本エッセイストクラブ賞を受賞。東京クラフトデザイン研究所講師、文化女子大学助教授、教授、2011年校名変更で文化学園大学教授・造形学部長。2019年退任。 万葉文化館建設委員、運営委員などを経て万葉古代学客員研究員、万葉文化館評議員、調布市政策策定委員、調布市文化コミュニティセンター理事など。
干刈 あがた(ひかり あがた, 1943年(昭和18年)1月… 干刈 あがた(ひかり あがた, 1943年(昭和18年)1月25日 - 1992年(平成4年)9月6日)は、日本の小説家。本名:浅井和枝(旧姓柳)。東京・多摩出身。 デビュー作『樹下の家族』(1982年)以降、安保闘争世代の女性の青春、結婚、離婚、子育てなど、社会や家族との関わりについて鋭い同時代性を持って描き、読者の大きな共感を得た。作品に『ウホッホ探険隊』『ゆっくり東京女子マラソン』(1984年)、『黄色い髪』(1987年)などで、約10年ほどの作家生活の後、49歳で死去。 両親の出身地である奄美群島の郷土史研究家でもあった。 講談社児童文学新人賞選考委員を、1988年から1991年まで務めた。
石川 次郎(いしかわ じろう、1941年7月5日 - )は、… 石川 次郎(いしかわ じろう、1941年7月5日 - )は、東京都生まれの雑誌編集者で、CNNj放送番組審議会委員を務める。 7人姉弟で姉6人の末子として生まれる。戦後まもなく父が他界して母親に育てられる。杉並区立高井戸中学校で美術部に所属して絵描きを志望した。高校受験で第1志望の東京都立西高等学校に不合格となり、第2志望の東京都立富士高等学校へ進学する。 平凡出版創業者の1人である清水達夫は、清水の娘と同級生であることから意気投合する。早稲田大学へ進学後、清水から企画の相談を受ける。 1964年に大学を卒業して旅行代理店に就職するも2年後に退職し、平凡出版(現在のマガジンハウス)へ入社して『平凡パンチ』の編集を担当する。
森本 毅郎(もりもと たけろう、1939年〈昭和14年〉9月… 森本 毅郎(もりもと たけろう、1939年〈昭和14年〉9月18日 - )は、日本のフリーアナウンサー、総合司会者。元NHKアナウンサー、ニュースキャスター。番組制作会社株式会社ラダック(LADAK)の設立者。TBSラジオで30年以上続く長寿番組であり「首都圏で一番聴かれている朝の情報番組」ともなった『森本毅郎・スタンバイ!』のパーソナリティ。また、やはり30年以上の長寿番組となったTBS→BS-TBS『噂の!東京マガジン』の総合司会を務め、テレビドラマや映画などへも出演している。 東京府東京市中野区(現在の東京都中野区)で3男4女の7人きょうだいの三男として誕生。兄は評論家の森本哲郎。1944年12月、東京に戦火が落とされるのを恐れ、長野県長野市横沢町へ一家揃って疎開した。
栗 葉子(くり ようこ、1938年9月21日 - )は、日本… 栗 葉子(くり ようこ、1938年9月21日 - )は、日本の声優、女優。東京都出身。本名及び旧芸名は村田 豊子(むらた とよこ)。 代表作に『ど根性ガエル』の吉沢京子役、『みなしごハッチ』のハッチ役、『小さなバイキングビッケ』のビッケ役などがある。 子供の頃から芸能が好きだったという。 1958年に東京都立富士高等学校を卒業後、NHK俳優養成所へ入所。1960年、同養成所卒業生により立ち上げられた劇団三十人会のメンバーの一人に加わり、後に河の会(劇団河)に移籍。 1960年、NHK総合テレビで放送されたアメリカドラマ『走れチェス』の主人公、ベルベット役で声優デビュー。 声種はソプラノ。NHKの学校放送や幼児番組、テレビアニメに多く出演し活動。
浜口 允子(はまぐち のぶこ、1938年1月15日 -202… 浜口 允子(はまぐち のぶこ、1938年1月15日 -2023年3月22日 )は、日本の中国学者。放送大学名誉教授。長野県出身。 1960年にお茶の水女子大学文教育学部史学科を卒業。1972年から1975年には二人の男児を連れて中国・北京に滞在。初期の東京第一学習センターから放送大学と関わり、その後東京世田谷センターに10年勤務したのち、東京世田谷学習センター所長・神奈川学習センター所長を務めた。主に中国についての研究を行った。あまり知られていないが、卒業した 東京都立名門の、東京都立富士高等学校の校歌の作詞は同氏(旧姓:鯨井 時)の作品。2025年現在も歌い継がれている。 故 浜口義曠(元 農林水産省事務次官、日本中央競馬会理事長)は夫。
木塚 晴夫(きづか はるお、1936年3月26日 - )は、… 木塚 晴夫(きづか はるお、1936年3月26日 - )は、日本の英語教育者。東京理科大学名誉教授。 東京出身。東京都立富士高等学校卒業後、渡米。カリフォルニア大学バークレー校卒業。政治(国際関係)を専攻した。帰国後、NHK国際局にて英語ニュース解説者、その後東京理科大学助教授、教授。2002年退職し、名誉教授となる。日本時事英語学会理事などを歴任した。
浅野 輔(あさの たすく、1936年(昭和11年)2月11日… 浅野 輔(あさの たすく、1936年(昭和11年)2月11日 - 2000年(平成12年)2月29日)は、日本の国際政治学者、ニュースキャスター、翻訳家。JNNニュースコープキャスター、東京国際大学教授、ニューズウィーク日本版初代編集長。
太田 經子(おおた きょうこ、1928年8月15日 - 20… 太田 經子(おおた きょうこ、1928年8月15日 - 2008年12月2日)は、日本の小説家、官能小説家。一般に太田 経子と表記される。 静岡県生まれ。東京府立第五高等女学校(現東京都立富士高等学校)卒。 長与善郎、石川利光に師事、丹羽文雄の『文学者』や『女流』といった同人誌で小説を書く。1957年「渇き」が室生犀星に認められてデビュー。その後『小説宝石』などに官能小説を書く。1996年の『青眉の女』は高く評価された。
佐々木 すみ江(ささき すみえ、1928年〈昭和3年〉6月2… 佐々木 すみ江(ささき すみえ、1928年〈昭和3年〉6月22日 - 2019年〈平成31年〉2月17日)は、日本の女優、声優。本名:青木すみ江(旧姓:佐々木)。所属事務所はアルファエージェンシー。 東京府出身(出生地は台北市)。東京府立第五高等女学校、日本女子大学家政学科卒業。劇団民藝(当初は東京民衆芸術劇場)養成所1期生(同期は大滝秀治・奈良岡朋子)。 大学卒業後の1951年、劇団民藝の結成に参加。『その妹』で初舞台を踏んで以降、多くの作品に出演。同年、ジャーナリストで産経新聞編集局長、筑波大学名誉教授の青木彰と結婚。 1971年に内部で起きた対立により、下條正巳や鈴木瑞穂、佐野浅夫らと共に劇団を退団。
津村 節子(つむら せつこ、1928年〈昭和3年〉6月5日 … 津村 節子(つむら せつこ、1928年〈昭和3年〉6月5日 - )は、日本の小説家。勲等は旭日中綬章。本名は吉村 節子(よしむら せつこ、旧姓北原)。日本芸術院会員、文化功労者。名誉三鷹市民。 福井県福井市生まれ。1965年「玩具」で芥川賞、1990年『流星雨』で女流文学賞、1998年『智恵子飛ぶ』で芸術選奨文部大臣賞、2003年「長年にわたる作家としての業績」で恩賜賞・日本芸術院賞受賞。同年日本芸術院会員となる。2011年「異郷」で川端康成文学賞受賞。ふるさと五部作に『炎の舞い』、『遅咲きの梅』、『白百合の崖』、『花がたみ』、『絹扇』がある。夫も小説家の吉村昭。
村野民子(むらの たみこ、1925年7月19日ー2017年6… 村野民子(むらの たみこ、1925年7月19日ー2017年6月12日)は、日本の作家。 東京生まれ。東京都立第五高等女子学校(現富士高校)卒。1951年から四年間、平林たい子の秘書を務める。97年『対馬 こころの島』(筆名・村野温)でやまなし文学賞を受賞した。
加藤 道子(かとう みちこ、1919年10月31日 - 20… 加藤 道子(かとう みちこ、1919年10月31日 - 2004年1月31日)は、日本の女優、声優。東京府東京市(現・東京都)出身。俳優・加藤精一の長女。 東京府立第五高等女学校(現東京都立富士高等学校)卒業。 1941年、東京放送劇団第1期生として入団。 1957年から森繁久彌と共に『日曜名作座』に出演していた。 2004年1月31日、膵臓がんのため、東京都港区の病院で死去。84歳没。
堀 文子(ほり ふみこ、1918年7月2日 - 2019年2… 堀 文子(ほり ふみこ、1918年7月2日 - 2019年2月5日)は、日本画家。東京市麹町区平河町(現・東京都千代田区麹町)生まれ。 洋画家の内海信彦は甥である。 アルビレックスチアリーダーズに2003年から2010年まで所属していた堀文子は、同姓同名の別人である。 永田町小学校(現・千代田区立麹町小学校)、東京府立第五高等女学校(現・都立富士高等学校)、女子美術専門学校師範科日本画部(現・女子美術大学芸術学部美術学科日本画専攻)を卒業。府立第五高等女学校時代に自宅近くで二・二六事件に遭遇した。 在学中の1939年に第2回新美術人協会展入選。1940年に女子美術専門学校を卒業し、新美術人協会会員。
三井 ふたばこ(みつい ふたばこ、1918年〈大正7年〉5月… 三井 ふたばこ(みつい ふたばこ、1918年〈大正7年〉5月3日 - 1990年〈平成2年〉10月29日)は、日本の童話作家、詩人、随筆家。本名・嫩子。 西条八十の長女として東京府に生まれる。弟に西條八束。 東京府立第五高等女学校(現東京都立富士高等学校)を経て、日本女子大学英文科中退。父とともに詩誌『ポエトロア』を発行、童話、詩集、翻訳、父の詩集の編纂などを行う。1970年に父が没した後は、父の思い出などを書いた。当初、三井嫩子、三井ふたばこ、三井ふたば子などの表記を用いたが、夫が亡くなったこともあり、父の没後は西條嫩子の名を用いた。
安西 愛子(あんざい あいこ、本名:志村 愛子(しむら あい… 安西 愛子(あんざい あいこ、本名:志村 愛子(しむら あいこ)、1917年4月13日 - 2017年7月6日)は、日本の童謡歌手、声楽家、政治家。参議院議員(3期、自由民主党)、安西音楽研究所名誉会長、杉の子こども会名誉会長、日本会議副会長などを歴任。 東京府出身。杉並第七小学校、府立第五高等女学校(現東京都立富士高等学校)卒業後、東京音楽学校声楽科に入学。在学中には浅野千鶴子、長坂好子、ヘルマン・ヴーハープフェニッヒに師事。 1942年、同校研究科卒業。コロムビアレコード専属の歌手となる。 1949年には松田トシと共にラジオ番組『うたのおばさん』(NHKラジオ第1放送)に出演、1964年まで番組を担当する。
水の也 清美(みずのや きよみ、1916年8月18日 - 没… 水の也 清美(みずのや きよみ、1916年8月18日 - 没年不詳)は、日本の女優である。兵庫県神戸市出身。本名は水谷 貞(みずたに さだ)(根沢 貞子とも)。宝塚歌劇団時代の芸名は左近 八重子(さこん やえこ)。愛称はサアちゃん。 兵庫生まれで兄三人姉一人妹一人がいた。水谷八重子は叔母で9歳のときに叔母とともに初舞台を踏む。幼少期は芸術座にいて芸術座童話劇部として活動していた。東京府立第五高等女学校(現在の東京都立富士高等学校・附属中学校)を三年で中退、宝塚音楽歌劇学校(現在の宝塚音楽学校)に入る。1931年に宝塚少女歌劇団の21期生として入団。同期に轟夕起子、服部富子がいた。1932年4月、『フーピー・ガール』で初舞台を踏んだ。
清水 たみ子(しみず たみこ、1915年3月6日 - 201… 清水 たみ子(しみず たみこ、1915年3月6日 - 2010年4月30日)は、日本の児童文学作家、詩人。 埼玉県生まれ。東京府立第五高等女学校(現東京都立富士高等学校)卒。北原白秋の指導を受け、「赤い鳥」に児童自由詩や童謡を投稿する。1991年「清水たみ子詩集 かたつむりの詩」で第21回赤い鳥文学賞、第21回日本童謡賞受賞。日本児童文学者協会、日本童謡協会会員。
文挾 夫佐恵(ふばさみ ふさえ、1914年1月23日 - 2… 文挾 夫佐恵(ふばさみ ふさえ、1914年1月23日 - 2014年5月19日)は、日本の俳人。 東京都生まれ、東京府立第五高等女学校卒。小学校時代より作句、1934年に上川井梨葉主宰の「愛吟」に入会。1944年に飯田蛇笏の「雲母」に入会。のちに同門の石原八束の家での三好達治を囲む文章会に参加した。1961年、八束とともに「秋」の創刊に参加、同人となる。1998年、八束の逝去により「秋」主宰。2006年まで務めたのち佐怒賀正美に主宰を譲り同誌の名誉主宰となる。1965年に第12回現代俳句協会賞、2007年に句集『青愛鷹』により第7回俳句四季大賞、2011年に第2回桂信子賞を受賞。2013年には句集『白駒』(はくく)により、史上最高齢となる99歳で第47回蛇笏賞を受賞した。
桂 ゆき(かつら ゆき、1913年10月10日 – 1991… 桂 ゆき(かつら ゆき、1913年10月10日 – 1991年2月5日)は、日本の洋画家。 東京府東京市本郷区出身。本名は桂 雪子(かつら ゆきこ)。初めは「ユキ子」、1970年代頃から「ゆき」と称する。日本における前衛女性画家の先駆者であり、第一人者として前衛美術の基礎を築いた。戦前から逸早く先端的なコラージュの手法を、シュルレアリスムから距離をおきながら独自に展開し、生活用具や動物など実在と抽象的な形を混在させた独自の表現を探求した。フランス、アメリカ、アフリカなど世界各地へ滞在し、1962年には『女ひとり原始部落に入る アフリカ・アメリカ体験記』を上梓したほか、絵本の挿絵なども手掛け、動物をモチーフとした特徴的な作品を数多く制作した。
森村 浅香(もりむら あさか、1912年〈明治45年〉3月4… 森村 浅香(もりむら あさか、1912年〈明治45年〉3月4日 - 2011年〈平成23年〉8月6日)は、歌人。夫は作家の豊田三郎と、長女は森村桂。 群馬県伊勢崎市の旧家の生まれ。東京府立第五高等女学校卒。女子高等学園で西角井正慶に和歌の教えを受ける。同人誌『海石榴』を発行。1946年『鶏苑』に参加。1953年加藤克巳を中心に『近代』を創刊。1954年に『古今』に入会。1960年北沢郁子らと同人誌『藍』を創刊する。現代歌人協会会員。
秦 万紀子(はた まきこ、1910年1月30日 - 1965… 秦 万紀子(はた まきこ、1910年1月30日 - 1965年10月10日)は日本のファッションデザイナー、カラリスト。自らのコレクション発表と共に、日本各地で編物デザイナー養成をし、服飾編み物界の興隆に寄与した。1951年、財団法人白南風社 しらはえしゃ (1951-2009)を労働省の認可を得て設立。編物手芸にデザイン・色彩・製図 法の指導で付加価値を高めて提供をする授産事業を行い、第2次大戦による戦争未亡人の自立のために活躍した。1961年パリのサロン・デ・エトワール(SALONS DE L’ETOILE)にて「秦 万紀子コレクション」を開催し、パリ市会よりパリ名誉市民賞(AMI DE PARIS)を受賞。
赤堀 全子(あかほり まさこ、本名:赤堀房江、1907年11… 赤堀 全子(あかほり まさこ、本名:赤堀房江、1907年11月8日 - 1988年3月4日)は、日本の料理研究家。放送開始の最初期からNHK『きょうの料理』に関わり、赤堀栄養専門学校校長なども歴任した。赤堀割烹教場(現・赤堀料理学園)4代目。 赤堀割烹教場(赤堀料理学園の前身)を1882(明治 15)年に創設した赤堀峯吉(初代)の孫である赤堀峯吉(3代) の長女として、東京に生まれる。初代峯吉は、親が営んでいた掛川宿の料理屋が1832(天保 3)年の大火で焼失したため、江戸に出て修業したのち、1860(万延元)年に45歳で日本橋元大工町(現・中央区八重洲一丁目4、日本橋二丁目1・2)に割烹店を開業、67歳で赤堀割烹教場を開設した。
小田原 潔 は、日本の政治家、自由民主党所属の衆議院議員(5… 小田原 潔 は、日本の政治家、自由民主党所属の衆議院議員(5期)。
広瀬 建 は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(2期… 広瀬 建 は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(2期)、農林水産大臣政務官。
糸緒 思惟(いとお しい)は、日本の小説家(ライトノベル作家… 糸緒 思惟(いとお しい)は、日本の小説家(ライトノベル作家)である。 都立富士高等学校、東京学芸大学卒業。秋葉原にあるパソコンパーツ専門店「クレバリー」のバイト、某ゲーム会社に勤務の後HJ文庫に作品を持ち込んだことがきっかけとなり、2010年5月に「突然騎士になってムフフな俺がいる」でデビューを果たした。
大野 恭子(おおの きょうこ)は、国会職員で女性として史上初… 大野 恭子(おおの きょうこ)は、国会職員で女性として史上初めて課長に就任した人物である。茨城県出身。東京府立第五高等女学校(東京都立富士高等学校)、毛利式速記学校卒業。 毛利式速記学校卒業後、1940年に貴族院職員となる。1957年、参議院参事となり、1979年には参議院記録部第三課課長補佐に就任した。1981年、参議院記録第四課課長に抜擢され、女性国会職員として初めて課長職に就任した。他に、参議院記録部用語調査委員会副委員長などの要職を歴任した。
白間 竜一郎(しらま りゅういちろう)は、日本の文部科学官僚… 白間 竜一郎(しらま りゅういちろう)は、日本の文部科学官僚。文部科学省大臣官房審議官を経て、文部科学省高等教育局私学部長。 東京都立富士高等学校を経て、東北大学法学部卒業。1986年文部省入省。島根県教育委員会出向や、文部省高等教育局医学教育課課長補佐、文部科学省大臣官房総務課広報室長等を経て、2006年の第1次安倍内閣で公募による首相官邸政策スタッフとして、井上一徳や、高橋洋一、清水康弘らとともに内閣総理大臣補佐官付内閣参事官に就任した。 その後、文部科学省高等教育局私学部私学助成課長や、文化庁文化財部伝統文化課長を経て、2011年文部科学省初等中等教育局児童生徒課長。2013年文部科学省スポーツ・青少年局スポーツ・青少年企画課長。
平野 文 は、日本の声優、女優、ナレーター、ラジオパーソナリ… 平野 文 は、日本の声優、女優、ナレーター、ラジオパーソナリティ、エッセイストである。東京都杉並区西荻窪出身。青二プロダクション所属。
片山 達彦(かたやま たつひこ)は、日本の漫画編集者。集英社… 片山 達彦(かたやま たつひこ)は、日本の漫画編集者。集英社少年ジャンプ編集者・少年ジャンプ+編集主任。 東京都立富士高校を卒業後、法政大学経済学部へと進学。大学在学中は芥川賞作家の藤沢周教授のゼミで学ぶ。ゼミでは個々の学生が音楽や文学などジャンルに囚われず作品制作に励み、文学作品の読書を盛んに行った。もともと自主的に漫画を書くほど、漫画が好きだったこともあり出版社への就職を見据えて、3年次から法政大学内に設置されているマスコミ業界志望の学生のための「自主マスコミ講座」を受講。 2010年、集英社に入社。入社後は『週刊少年ジャンプ編集部』に配属。2011年に『最強ジャンプ編集部』へと異動した後、2014年に同誌が隔月刊化されて編集部が解散することとなったことを期に『週刊少年ジャンプ編集部』へと戻る。