礒﨑 敦仁(いそざき あつひと、1975年 - )は、日本の… 礒﨑 敦仁(いそざき あつひと、1975年 - )は、日本の政治学者。専門は北朝鮮政治。慶應義塾大学法学部准教授。
東京都立小石川中等教育学校:48人
礒﨑 敦仁(いそざき あつひと、1975年 - )は、日本の… 礒﨑 敦仁(いそざき あつひと、1975年 - )は、日本の政治学者。専門は北朝鮮政治。慶應義塾大学法学部准教授。
伊藤 直樹(いとう なおき、1971年 - )は、クリエイテ… 伊藤 直樹(いとう なおき、1971年 - )は、クリエイティブディレクター、アーティスト、起業家。静岡県出身。 静岡市立東豊田小学校、静岡市立東豊田中学校、東京都立小石川高等学校を経て、1995年に早稲田大学法学部を卒業。大学時代より、映画サークルなどで映像制作を始め、インターネットに没頭する。同年、株式会社アサツーディ・ケイ(略称:ADK、当時:旭通信社)に入社。株式会社ジーティー(略称:GT)クリエイティブディレクター、ワイデンアンドケネディ東京合同会社(略称:W+K Tokyo) エグゼクティブクリエイティブディレクターを経て、2011年株式会社パーティー(略称:PARTY)を共同設立。
阿部 祐二(あべ ゆうじ、1958年8月14日 - )は、日… 阿部 祐二(あべ ゆうじ、1958年8月14日 - )は、日本のテレビリポーター、俳優、京都美術工芸大学客員教授。テンダープロ所属。 東京都板橋区出身。板橋区立弥生小学校、板橋区立上板橋第一中学校、東京都立小石川高等学校、早稲田大学政治経済学部卒業。2019年11月より京都美術工芸大学客員教授に就任。身長は186cm。妻はプロゴルファーの阿部まさ子(旧姓:礒村)。長女の阿部桃子はファッションモデル・タレントとして活動しつつ、2017年度ミス・ユニバース・ジャパンに選出された。現在は東京都江東区豊洲在住。 大学在学中に雑誌『POPEYE』でモデルを務めたり、タレントとしてCMにも出演するようになった。
森本 あんり(もりもと あんり、1956年10月19日 - … 森本 あんり(もりもと あんり、1956年10月19日 - )は、日本の神学者、牧師、国際基督教大学名誉教授。2022年4月-2026年3月東京女子大学・第17代目学長。男性。 神奈川県生まれ。幼い頃に実母を亡くし、実父と継母(父の再婚相手)を両親として育った。父親は画家・グラフィックデザイナー。1975年東京都立小石川高等学校卒業、1979年国際基督教大学教養学部人文科学科卒業。1982年東京神学大学大学院組織神学修士課程修了。1982 - 1986年日本基督教団松山城東教会牧師。1991年 アメリカ合衆国プリンストン神学大学院博士課程修了(組織神学)、Ph.D。 1991年国際基督教大学宗務部(国際基督教大学教会牧師)、1997年同大学準教授、2001年教授、2012年-2020年同大学学務副学長。
杉原 たく哉(すぎはら たくや、1954年12月20日 - … 杉原 たく哉(すぎはら たくや、1954年12月20日 - 2016年5月31日)は日本の美術史家。早稲田大学講師。中国古代美術史専攻。 1954年(昭和29年)、東京生まれ。東京都立小石川高等学校を経て、1989年、早稲田大学大学院文学研究科東洋美術専攻博士課程修了。早稲田大学文学部助手を経て、現在は講師。専門は中国古代美術史だが、専門の枠にとらわれず、日中のさまざまな図像を比較芸術の視点から幅広く研究している。天狗や北斗七星にまつわる信仰等の民間伝承に関する造詣も深い。
石井 研士(いしい けんじ、1954年8月13日 - )は、… 石井 研士(いしい けんじ、1954年8月13日 - )は、日本の宗教学者。学位は、博士(宗教学)(國學院大学・乙博士・1999年)。國學院大學神道文化学部名誉教授。 東京都出身。東京都立小石川高等学校を経て、 東京大学文学部宗教学宗教史学科卒業、東京大学大学院人文科学研究科宗教学宗教史学博士課程単位取得。東京大学文学部助手、文化庁宗務課専門職員を経て、國學院大學神道文化学部教授。2025年退任、同年文化庁長官表彰。
関口 正司(せきぐち まさし、1954年 - )は、日本の政… 関口 正司(せきぐち まさし、1954年 - )は、日本の政治学者。九州大学法学部教授。
御厨 貴(みくりや たかし、1951年4月27日 - )は、… 御厨 貴(みくりや たかし、1951年4月27日 - )は、日本の政治史学者・政治学者。博士(学術)(東京大学 論文博士 2010年)。 東京大学、旧・東京都立大学名誉教授。東京大学先端科学技術研究センター フェロー 、放送大学客員教授。公益財団法人サントリー文化財団理事、サントリーホールディングス株式会社取締役。専門は、近現代日本政治史、オーラル・ヒストリー。 祖父は戦前の貴族院議員で、検事総長や司法大臣を歴任した木村尚達。父はジョンソン社長で山梨学院大学教授を務めた御厨文雄。息子の御厨亮は、京都の劇団夕暮れ社 弱男ユニットの元メンバー。 東京都生まれ。幼稚園のとき父親の転勤で福岡市に転居し、福岡教育大学附属福岡小学校に入学、同級生にバイオリニストの安永徹がいる。
小林 康夫(こばやし やすお、1950年2月6日 - )は、… 小林 康夫(こばやし やすお、1950年2月6日 - )は、日本の哲学者、翻訳家。東京大学名誉教授。前青山学院大学大学院総合文化政策学研究科特任教授。専門は現代哲学、表象文化論。『知の技法』の編者として有名。
新間一美(しんま かずよし、1949年10月14日- )は、… 新間一美(しんま かずよし、1949年10月14日- )は、日本の国文学者、京都女子大学元教授、和漢比較文学会常任理事。 父は国文学者の新間進一。 千葉県船橋市生まれ。板橋区立中台小学校、文京区立第四中学校、都立小石川高等学校を経て、1969年京都大学文学部入学。この年は東大紛争によって東大入試が行われなかったため、京都大学を志望した。学部より同大学院に進み、佐竹昭広や非常勤講師として出講していた小島憲之らに師事。大学院在学中の1977年に新間美緒と結婚し、1979年京都大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。 翌1980年、甲南大学文学部講師として赴任し、助教授(1984年)を経て、教授昇任(1993年)。
竹村 牧男(たけむら まきお、1948年2月25日 - )は… 竹村 牧男(たけむら まきお、1948年2月25日 - )は、日本の仏教学者。専攻は唯識、禅、大乗仏教思想。学位は、博士(文学)(東京大学・論文博士・1993年)。筑波大学名誉教授、東洋大学名誉教授。東洋大学学長を歴任。 東京豊島区生まれ。豊島区立千早小学校、豊島区立千早中学校、東京都立小石川高等学校卒業、1971年に東京大学文学部卒業、1975年、同大学院印度哲学専修博士課程中退。 1993年に『唯識思想論攷 -三性説の哲学的究明』で東京大学より文学博士(乙種)の学位を取得。 文化庁宗務課専門職員を経て三重大学助教授に移籍、筑波大学に転じ、教授に昇任。2002年に定年退官、名誉教授となる。東洋大学文学部に転じ、2009年9月より2020年3月まで同大学長。
有田 秀穂(ありた ひでほ、1948年1月28日 - )は日… 有田 秀穂(ありた ひでほ、1948年1月28日 - )は日本の脳生理学者、医師。専門領域は呼吸の脳神経学、セロトニン神経の機能と活性法、坐禅の科学。「セロトニン」が心身の元気とハピネスに関係する脳内物質であると主張。東邦大学医学部名誉教授。セロトニンDOJO代表。 東京大学医学部在学中に、「潜り人、92歳」の著者である大崎映晋にダイビングを習い、東大海洋研究会を設立し、初代会長となった。 米国ニューヨーク州立大学バッファロー校に2年半留学し、1年後に新設の筑波大学基礎医学系の講師に着任、生理学に転向した。 東邦大学医学部第一生理学の助教授となり、睡眠時無呼吸の実験研究を行った。2000年に主任教授になって研究チームを組織し、「坐禅の丹田呼吸法を脳科学で読み解くヒューマン実験」を本格的に開始、セロトニン神経が中心的役割を担う事を証明し、サイエンスの国際誌に掲載された。
金澤 英作(かなざわ えいさく、1947年1月 - )は、日… 金澤 英作(かなざわ えいさく、1947年1月 - )は、日本の解剖学者、人類学者、医学博士。日本大学名誉教授(松戸歯学部)。形態人類学や歯科学に光学手法の一つであるモアレ法を導入した功績や歯の人類学に関する著作で知られる。 東京都立小石川高等学校から東京大学に進み、1971年に農学部獣医畜産学科を卒業した。 北里大学医学部解剖学教室(寺田春水教授主任)助手、日本大学松戸歯学部解剖学教室(尾崎公教授主任)講師を経て、1992年に同学部解剖学教室教授に就任した。在任中にオランダ・ライデン大学・動物学教室やアメリカ・シカゴ・イリノイ大学人類学教室に長期留学した。その後日本解剖学会、日本人類学会会員・理事を経て、2008年、日本人類学会会長となる。
春日 豊(かすが ゆたか、1947年 - )は、日本史学者・… 春日 豊(かすが ゆたか、1947年 - )は、日本史学者・経済学者。専門は日本経済史。名古屋大学名誉教授。 長野県上伊那郡高遠町(現伊那市)生まれ。東京都立小石川高等学校を経て、1971年一橋大学社会学部卒業。1973年一橋大学大学院経済学研究科修士課程経済史及経済政策専攻修了、1976年一橋大学大学院経済学研究科博士後期課程経済史及経済政策専攻単位取得満期退学。永原慶二ゼミ出身。 大学院在学中の1975年から財団法人三井文庫研究員を務め、1988年から名古屋大学教養部助教授。1996年名古屋大学大学院人間情報学研究科教授、2003年名古屋大学大学院文学研究科人文学専攻教授、2012年名古屋大学名誉教授。
遠藤 隆二(えんどう りゅうじ、1946年6月16日 - )… 遠藤 隆二(えんどう りゅうじ、1946年6月16日 - )は、日本の教育者、東京都立小石川中等教育学校校長(初代)、東京都立小石川高等学校校長(19代)、鎌倉女子大学教授。 1946年生まれ。福島県立会津高等学校、早稲田大学教育学部卒業後、東京都立三宅高等学校教諭。以後、数校の高校教諭を経て、1991年東京都教育委員会指導主事、1995同主任指導主事、1998年同試験室長。2000年東京都立飛鳥高等学校校長。2004東京都立小石川高等学校長(兼務:文京地区中高一貫6年制学校開設準備担当校長)。2005年東京都立小石川中等教育学校校長。2007年東京都を定年退職したのち、鎌倉女子大学教授。
鈴木 博之(すずき ひろゆき、1945年5月14日 - 20… 鈴木 博之(すずき ひろゆき、1945年5月14日 - 2014年2月3日)は、日本の建築史家。工学博士(東京大学・1984年)(学位論文「ヴィクトリアン・ゴシックの崩壊過程の研究」)。東京大学名誉教授。2005年紫綬褒章受章。位階は正四位、勲等は瑞宝中綬章。 東京大学工学部教授、東京大学大学院工学系研究科教授、青山学院大学総合文化政策学部教授、博物館明治村館長、公益財団法人明治村副理事長などを歴任した。 東京都生まれ。文京第一中学校、都立小石川高校を経て、1968年、東京大学工学部建築学科を卒業、大学院に進む。1974年に東京大学工学部の専任講師となる。1974年から1975年にかけて、ロンドン大学附属コートールド美術研究所に留学していた。
安藤 英義(あんどう ひでよし、1943年7月 - )は、日… 安藤 英義(あんどう ひでよし、1943年7月 - )は、日本の会計学者。専門は、財務会計。企業会計制度と会計基準を研究テーマとする。学位は、商学博士(一橋大学・論文博士・1985年)(学位論文「商法会計制度論 : 商法会計制度の系統的及び歴史的研究」)。一橋大学名誉教授。瑞宝中綬章受章。 日本会計研究学会会長、企業会計審議会会長等を歴任。日本会計研究学会太田賞、日経・経済図書文化賞等受賞。 東京都豊島区生まれ。1962年3月 東京都立小石川高等学校卒業。1967年 一橋大学商学部経営学科卒業。1969年 一橋大学法学部卒業。商法の吉永榮助の指導を受けた。1974年 一橋大学大学院商学研究科博士後期課程単位修得。
山本 吉宣(やまもと よしのぶ、1943年1月27日 - 2… 山本 吉宣(やまもと よしのぶ、1943年1月27日 - 2023年7月7日)は、日本の政治学者。専門は国際政治学。東京大学名誉教授、青山学院大学名誉教授、新潟県立大学名誉教授、PHP総合研究所研究顧問。 1943年、神奈川県生まれ。東京都立小石川高等学校を卒業。東京大学教養学部で国際関係論を専攻し、1966年に卒業。1968年、同大学院社会学研究科修士課程修了し、1968年よりミシガン大学大学院に留学した。1974年にミシガン大学にて博士号を取得。 1975年、埼玉大学教養学部専任講師に就いた。助教授、教授に昇進。1989年、東京大学教養学部教授となる。2003年に東京大学を定年退官し、名誉教授となった。
山中 高光(やまなか たかみつ、1942年7月17日 - )… 山中 高光(やまなか たかみつ、1942年7月17日 - )は、日本の固体地球科学者。専門は、鉱物科学・結晶学。神奈川県横浜市生まれ。 長年にわたり、物質の構造研究に取り組んできた。多面的学際領域(固体地球科学・惑星科学・材料科学・固体物理学・生体物質学・環境科学)にとって、物質の構造研究は極めて重要な研究対象である。大学院時代から、地殻・マントル内の地球構成物質の、さらに地球圏外物質の、組成・成因・相平衡・物性などの基本的な研究を通して固体地球科学に寄与してきた。また一方では、物質科学としての半導体・伝導電物質・誘電体・磁性体の物性の基礎である電子状態やスピン・原子の熱振動・電荷・配位結合などの研究を通して、固体物理学を研究対象としてきた。
鈴木 路子(すずき みちこ、1940年(昭和15年) - )… 鈴木 路子(すずき みちこ、1940年(昭和15年) - )は、日本の教育学者。東京福祉大学大学院教育学研究科教授、東京学芸大学名誉教授。教育学博士(東京大学)。専門は環境教育学、健康教育学、発育発達学。 1940年(昭和15年)、上海市に生まれる。1959年(昭和34年)に東京都立小石川高等学校を卒業。1963年(昭和38年)にお茶の水女子大学文教育学部を卒業し、1970年(昭和45年)に東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得。1983年(昭和58年)、「学習環境としての室内至適温度に関する教育生理学的研究」により、東京大学から教育学博士を取得。 東京学芸大学教育学部教授、東京学芸大学大学院連合学校教育学研究科博士課程教授を経て、2004年より東京福祉大学大学院教育学研究科教授。
青山 善充(あおやま よしみつ、1939年4月4日 - )は… 青山 善充(あおやま よしみつ、1939年4月4日 - )は、日本の法学者。専門は民事訴訟法・民事手続法。東京大学名誉教授。公益財団法人日本スポーツ仲裁機構評議会会長。長野県高遠町(現・伊那市)出身。三ヶ月章門下。弟子に松下淳一、大橋眞弓、貝瀬幸雄など。
島田 太郎(しまだ たろう、1937年7月6日 - )は、日… 島田 太郎(しまだ たろう、1937年7月6日 - )は、日本の英文学者、東京大学・昭和女子大学名誉教授。東京生まれ。 東京都立小石川高等学校を経て、1961年、東京大学文学部英文科卒業。1964年、同大学大学院修士課程修了。1967年 - 68年、イエール大学に学ぶ。一橋大学助教授を経て、1975年、東京大学教養学部助教授、1977 - 78年ハーヴァード大学客員研究員。1988年、東京大学教授。1998年、定年退官、名誉教授、昭和女子大学教授。2013年、昭和女子大学名誉教授。 西川正身・平井正穂・大橋健三郎の弟子。弟に最高裁長官だった島田仁郎、物理学者で明大教授の島田徳三、息子は法学者の島田聡一郎。
高桑 昭(たかくわ あきら、1937年4月1日 - 2025… 高桑 昭(たかくわ あきら、1937年4月1日 - 2025年8月3日)は、日本の法学者・法務官僚・弁護士。学位は、法学博士(京都大学)。立教大学法学部教授・京都大学大学院法学研究科教授・帝京大学教授などを歴任。 東京市渋谷区生まれ。1955年東京都立小石川高等学校卒業、1959年司法試験合格、1960年東京大学法学部卒業。 1962年東京地方裁判所判事補、その後法務省民事局参事官(外務省条約局併任)、1968年コロンビア大学修士課程修了。1976年辞職。1988年立教大学法学部教授、1993年京都大学大学院法学研究科教授、2000年定年、帝京大学教授、2003年成蹊大学大学院法務研究科教授、2013年退職。
長島 信弘(ながしま のぶひろ、1937年1月2日 - 20… 長島 信弘(ながしま のぶひろ、1937年1月2日 - 2025年7月14日)は、日本の文化人類学者。一橋大学名誉教授。中部大学名誉教授。JRA賞馬事文化賞受賞。指導学生に坂内徳明一橋大学名誉教授、足羽與志子一橋大教授、小馬徹神奈川大学教授、深澤秀夫東京外国語大学教授、林勲男国立民族学博物館名誉教授・総合研究大学院大学名誉教授など。
三橋 修(みはし おさむ、1936年11月27日- 2015… 三橋 修(みはし おさむ、1936年11月27日- 2015年12月29日)は、日本の社会学者、和光大学名誉教授、元学長。差別論が専門。
高野 哲夫(たかの てつお、1934年10月1日 - 198… 高野 哲夫(たかの てつお、1934年10月1日 - 1985年3月23日)は、日本の薬学者、薬害問題の運動家。 山形県生まれ。大連、東京で育つ。東京都立小石川高等学校卒、1959年京都大学医学部薬学科卒、64年同大学院薬学研究科博士課程満期退学。1981年「戦後薬害問題の研究」で北海道大学薬学博士。関西医科大学助手、立命館大学、京都府立医科大学講師を務めた。スモン、サリドマイドなど薬害問題にとりくむが、子供の頃のカリエスが33歳で再発し、病と戦いつつ50歳で死去した。反戦平和運動にも挺身。妻は高野恵美子(1938年京都府生まれ、旧姓森本。1962年神戸薬科大学卒業。会社勤務を経て1964年国立京都病院検査技師。
佐藤 純一(さとう じゅんいち、1931年9月30日 - )… 佐藤 純一(さとう じゅんいち、1931年9月30日 - )は、日本のロシア語学者、東京大学名誉教授、東京都出身。
古畑 和孝(ふるはた かずたか、1931年(昭和6年)6月9… 古畑 和孝(ふるはた かずたか、1931年(昭和6年)6月9日 - )は、日本の社会心理学者、東京大学名誉教授。父は、法医学者・医学博士・東京大学名誉教授・日本学士院会員の古畑種基。 石川県金沢市出身。三重県人・古畑種基の四男。金沢医科大学教授を務めていた父・種基は1936年、東京帝国大学教授に任ぜられ医学部に勤務した。 1954年、東京大学教育学部教育心理学科卒業。同大学院人文科学研究科修士課程、同博士課程を経て、1960年~64年米国イリノイ大学留学。国際基督教大学、東京大学文学部、帝京大学文学部の各教授を歴任。
高木 教典(たかぎ のりつね、1931年5月8日 - 201… 高木 教典(たかぎ のりつね、1931年5月8日 - 2015年5月7日)は、日本のマスコミュニケーション研究者、東京大学名誉教授。 東京府北多摩郡小平村(後の東京都小平市)の天台宗の寺に生まれる。1950年、東京都立小石川高等学校を卒業し、東京大学教養学部文科1類に入学。1952年4月に経済学部へ進学するが、学生運動への関わりにより退学処分を受け、7月に退学、のち1954年5月に再入学し、1956年に経済学部を卒業して、新聞研究所研究生となった。1957年に大学院社会科学研究科社会学専攻新聞学専修に進学、1961年に博士課程を中途退学して、新聞研究所助手。以降、1965年に助教授、1981年に教授へ昇任し、1982年から1983年にかけてはロンドン大学、コロンビア大学の客員教授も務めた。
小島 三郎(こじま さぶろう、1930年5月4日 - 198… 小島 三郎(こじま さぶろう、1930年5月4日 - 1984年7月8日)は、日本の経営学者。 東京市本郷区(現・文京区)白山生まれ。都立小石川高校(現都立小石川中等教育学校)卒業後、1953年慶應義塾大学経済学部卒業、1958年同大学院博士課程満期退学、同商学部助手となり、1962年助教授、1968年経済学博士。1969年教授、1979年商学部長となるが53歳で死去した。
牧 柾名(まき まさな、1929年10月11日 - 2022… 牧 柾名(まき まさな、1929年10月11日 - 2022年1月12日)は、日本の教育学者。駿河台大学名誉教授。元東京大学教授。専門は、教育行政学・教育権。 1929年に東京都で生まれる。 東京府立第五中学校、静岡高等学校を経て、東京大学へ進学した。その後、東京大学大学院人文科学研究科を中退する。 東京大学教育学部教授として教育行政学研究室で教育・研究に従事した。東京大学退職後は、駿河台大学経済学部教授を歴任した。 その他に、川崎市子ども権利条例検討連絡会議副座長、子どもの人権埼玉ネット代表委員などを務めた。 子どもの権利条約など教育権に関する研究で多数の著作を執筆した。1998年に『牧柾名教育学著作集』(エムティ出版)が発表されている。
稲岡 耕二(いなおか こうじ、1929年4月12日 - )は… 稲岡 耕二(いなおか こうじ、1929年4月12日 - )は、日本文学者(万葉学者)。古代文学専攻。東京大学名誉教授。
マサオ・ミヨシ(三好将夫、1928年 - 2009年10月1… マサオ・ミヨシ(三好将夫、1928年 - 2009年10月1日)は、日本生まれの米国の英文学者、カリフォルニア大学バークレー校名誉教授。専門は、英文学(ビクトリア朝文学)、日本文学、比較文学。 東京府生まれ。次兄は建設省の官僚であった三好勝彦。1945年旧制東京府立第五中学校(現小石川高等学校)卒業、49年第一高等学校卒業、51年東京大学文学部英文科卒業、学習院大学助手、同講師時代にフルブライト奨学生としてイェール大学大学院に学ぶ。 1953年強制送還され学習院に戻るが米国人と結婚していたため再度渡米、ニューヨーク大学において英文学で博士号取得。1963年、博士論文作成中にカリフォルニア大学バークレー校に英文学の助教授(assistant professor)として迎えられ、ヴィクトリア朝英文学を専門に教える。
三ヶ月 章(みかづき あきら、1921年〈大正10年〉6月2… 三ヶ月 章(みかづき あきら、1921年〈大正10年〉6月20日 - 2010年〈平成22年〉11月14日)は、日本の法学者。専門は民事訴訟法。学位は法学博士(東京大学・論文博士・1962年)(学位論文「強制執行と滞納処分の統一的理解」)。法務大臣(第56代)。東京大学名誉教授。1991年日本学士院会員、2005年文化功労者、2007年文化勲章受章。弁護士(大江忠・田中豊法律事務所)。菊井維大門下。弟子に青山善充、伊藤眞、上原敏夫など。 島根県浜田市出身。家計が貧しかったため中学進学は諦め洋服屋の小僧になるつもりでいたが、東京府立第五中学校(現東京都立小石川中等教育学校)に進み、第一高等学校を経て、1942年東京帝国大学入学。
平井 隆太郎(ひらい りゅうたろう、1921年2月15日 -… 平井 隆太郎(ひらい りゅうたろう、1921年2月15日 - 2015年12月9日)は、日本の心理学者、新聞学者。立教大学名誉教授。大阪府出身。 平井太郎(江戸川乱歩)の一人息子として大阪府北河内郡守口町(現在の守口市)に生まれる。東京府立第五中学校から1年浪人して第一高等学校に入学。このとき1級下に藤村正太がいた。1942年、東京帝国大学文学部心理学科に入学。1943年11月、同大学を仮卒業し(正式卒業は1944年9月)、1943年12月に学徒出陣で徴兵されて大日本帝国海軍に入団。千葉県の館山海軍砲術学校に配属され、高射砲を専修。予備学生として横須賀市武山の海兵団で過ごした後、海軍少尉として茨城県土浦市の航空隊に赴任。
久保 亮五(くぼ りょうご、1920年2月15日 - 199… 久保 亮五(くぼ りょうご、1920年2月15日 - 1995年3月31日)は、日本の物理学者。東京大学、京都大学、慶應義塾大学教授。全米科学アカデミー、フランス科学アカデミー名誉会員。線形応答理論で知られる。 統計物理学、物性物理学の分野で国際的に知られた。 1920年、東京府駒込で中国文学者の久保天随の5人目の子供(4男)として2月15日に誕生。1931年、父・天随が台北帝国大学教授に就任したため、一家は台湾の台北市に移った。翌1932年、台北高等学校尋常科に入学。しかし、1934年に父が死去したことにともない、駒込に戻る。東京府立第五中学校に編入して中学校を4年で修了し、1936年に第一高等学校 (旧制)理科甲類に入学。
西嶋 和夫(にしじま かずお、1919年11月29日 - 2… 西嶋 和夫(にしじま かずお、1919年11月29日 - 2014年1月28日)は、日本の仏教学者。 神奈川県横浜市出身。東京府立第五中学校、旧制静岡高校を経て、東京帝国大学法学部法律学科へ進学。卒業後大蔵省入省。日本証券金融等に勤務のかたわら仏教研究を行い、その主著は道元の著した「正法眼蔵」全巻の現代日本語訳である「現代語訳正法眼蔵全12巻」と、さらにその詳細な解説をした「正法眼蔵提唱録全34冊」である。「正法眼蔵」の現代語訳と同時にその詳細な「提唱」を行ったのは、日本で最初である。2007年頃まで日本証券金融常任監査役を経て、㈱井田両国堂顧問。仏教に関する多数の著書があり、ナーガールジュナ(龍樹尊者)の著作「中論」の日本語訳を出版して以降はその講義と再改訂ならびに英語訳に取り組んでいる。
鳥居 鉄也(とりい てつや、1918年(大正7年)5月14日… 鳥居 鉄也(とりい てつや、1918年(大正7年)5月14日 - 2008年(平成20年)10月16日)は、日本の地球化学者、冒険家。日本における南極調査・研究の第一人者。理学博士。ソ連科学アカデミー南極大陸発見150周年メダル、南極観測20周年文部大臣表彰などを受賞。日本極地研究振興会理事長、千葉工業大学教授などを歴任。
田辺 健一、田邊 健一(たなべ けんいち、1917年12月1… 田辺 健一、田邊 健一(たなべ けんいち、1917年12月10日 - 1985年10月7日)は、日本の地理学者。専門は人文地理学、特に都市地理学。宮城教育大学名誉教授、東北大学名誉教授。 東京神田生まれ。旧制東京府立五中から旧制浦和高等学校(現埼玉大学)に進学。卒業後東京帝国大学理学部に進んだ。 学生時代に、木内信蔵が主導して行なわれた東京市四谷谷町小住宅密集地区の学際的調査に参加したことを機に、都市地理学研究者として注目され、後には「木内門下生きっての都市地理学者」と評されるに至った。 1944年1月17日旧姓小石弘子と結婚。仙台に疎開する。 1945年に長男の好美(よしはる)、1950年に長女のさつきをもうける。
今井 秀喜(いまい ひでき、1914年9月5日 - 2014… 今井 秀喜(いまい ひでき、1914年9月5日 - 2014年5月17日)は、日本の地球科学者。専門は鉱床学。 父、今井登志喜は東京帝国大学文学部の学部長を務めた歴史学者。 東京府立第五中学校(現:都立小石川高等学校)から(旧制)第一高等学校を経て,1939年東京帝国大学理学部地質学科を卒業、同工学部助手となる。1944年助教授、1958年教授に昇進し、鉱山学科応用地質学第一研究室を担当した。1958年東京大学より工学博士の学位取得。学位論文の表題は「本邦における銅・亜鉛・鉛鉱床の地質構造、共生関係並びに成因に関する研究」。1975年定年退官し、名誉教授となる。 1987年、勲三等旭日中綬章を受章。
前田 泰次(まえだ やすじ、1913年9月21日 - 198… 前田 泰次(まえだ やすじ、1913年9月21日 - 1982年1月16日)は、工芸研究家、東京芸術大学名誉教授。日本金工史、東洋工芸史、工芸論を講じた。 鋳金家・田中後次の子として東京府大森町(現東京都大田区)に生まれる。東京府立第五中学、松本高等学校文科乙類を経て、東京帝国大学文学部宗教史学科卒。東京帝室博物館、大阪市立美術館勤務、東京美術学校助教授、1959年東京芸大教授。77年定年退官、名誉教授。文化財保護審議会専門委員、日本伝統工芸展鑑査委員。
早瀬 喜太郎(はやせ きたろう、1911年10月22日 - … 早瀬 喜太郎(はやせ きたろう、1911年10月22日 - 1977年3月17日)は、日本の地球科学者。専門は鉱床学。北海道奥尻島生まれ。 1929年旧制東京府立第五中学校を卒業後、朝鮮の金山や日本の喜茂別・大土森鉱山などに勤務。1940年早稲田大学理工学部採鉱冶金学科に入学、1943年に同学科を修業、1945年に早稲田大学専門部工科講師となる。1949年4月新制大学発足に伴い理工学部鉱山学科講師となり、同年10月助教授に昇進。1950年同大学より工学博士の学位取得。博士論文の表題は「松尾硫黄鉱床の成因と採鉱」。退任まで鉱物学実験・岩石学実験などを担当、該博な知識と長年の実務経験を生かし、多くの学生を育てる。
江上 不二夫(えがみ ふじお、1910年11月21日 - 1… 江上 不二夫(えがみ ふじお、1910年11月21日 - 1982年7月17日)は日本の生化学者。戦後日本の生化学を牽引した一人。日本学術会議会長、国際生命の起源学会会長等を務めた。東京生まれ。考古学者江上波夫は兄。
別技 篤彦(べっき あつひこ、1908年12月7日 - 19… 別技 篤彦(べっき あつひこ、1908年12月7日 - 1997年4月17日)は、日本の地理学者。 陸軍少将・別技嘉助の長男として東京に生まれる。東京府立第五中学校(現東京都立小石川高等学校)卒。1928年静岡高等学校文科甲類卒業。1932年京都帝国大学文学部史学科卒。1938年大阪商科大学予科教授、戦時中地理調査のためジャワ派遣軍に所属、南方文化研究室長。1946年帰国。1949年大阪商科大学を退職し、福井大学教授となり、1952年からは神戸商科大学教授を兼任。1954年立教大学教授、74年定年退任、名誉教授。 1962年「東南アジア諸島の居住と開発史」により京都大学から文学博士の学位を授与される。
吉村 信吉(よしむら しんきち、1907年(明治40年)8月… 吉村 信吉(よしむら しんきち、1907年(明治40年)8月21日 - 1947年(昭和22年)1月21日)は、日本の湖沼学者。 1907年8月21日、吉村信二、千代の子として東京市牛込区(現・新宿区)に生まれる。東京府立第五中学校(現・東京都立小石川高等学校)、浦和高等学校、東京帝国大学理学部地理学科卒業。中学時代に五中の同窓会誌に千葉県東金の雄蛇ヶ池における湖沼観測の結果を発表している。卒業論文は「鳥取県多鯰ケ池の湖沼学的研究」であった。1937年、東京帝国大学にて学位を受け、学位論文は「日本の湖沼の溶解性酸素」であった。東京文理科大学講師、東北帝国大学講師、九州帝国大学講師、陸軍予科士官学校教官、資源科学研究所員を務めた後、1945年3月に中央気象台(現・気象庁)海洋課陸水掛長となる。
高島 春雄(たかしま はるお、1907年(明治40年)3月2… 高島 春雄(たかしま はるお、1907年(明治40年)3月20日- 1962年(昭和37年)5月31日)は、日本の動物学者。 高島春雄は、東京生まれの動物学者である。 1960年にコビトカバが上野動物園に導入された際、オカピ、ジャイアントパンダ、コビトカバの3種を世界三大珍獣として選抜したことで知られる。
福島 正夫(ふくしま まさお、1906年7月11日-1989… 福島 正夫(ふくしま まさお、1906年7月11日-1989年12月14日)は、昭和・平成期の法制史学者・弁護士。社会主義法学・比較法学・日本近代法制史などの研究において業績を残した。 静岡県磐田郡見付町(現在の磐田市)出身。東京府立第五中学校・第一高等学校を経て、東京帝国大学法学部法律学科に入る。穂積重遠・末弘厳太郎の指導を受け、1928年には在学のまま高等文官試験行政科に合格。 1929年(昭和4年)の卒業後は日本不動産に入社しながら学問を続け、1931年には高等文官試験司法科にも合格し、翌年には弁護士登録を行う。ところが、1934年(昭和9年)に日本共産党に資金提供をしていたとして治安維持法違反で摘発されたために会社を退社に追い込まれ、同年東京帝国大学大学院に再入学、我妻栄の下で土地法の研究を行う。
長谷川 万由美(はせがわ まゆみ)は、日本の社会学者。宇都宮… 長谷川 万由美(はせがわ まゆみ)は、日本の社会学者。宇都宮大学共同教育学部教授。 東京都立小石川高等学校を経て、埼玉大学教養学部卒業。英国シェフィールド大学短期留学。1994年、法政大学大学院社会科学研究科社会学専攻修士課程修了、1998年、法政大学大学院社会科学研究科社会学専攻博士後期課程退学。 同年、立教大学コミュニティ福祉学部助手。2000年、宇都宮大学教育学部講師、2003年同助教授、2010年同教授。