板垣 信幸(いたがき のぶゆき、1952年 - )は、NHK… 板垣 信幸(いたがき のぶゆき、1952年 - )は、NHK解説委員、解説主幹。担当分野は財政、金融、国際経済。放送文化基金賞受賞。 山形県西村山郡大江町左沢出身。山形県立山形東高等学校理系コース卒業後、1年間の浪人を経て、1977年一橋大学社会学部社会学科(哲学専攻)卒業。同年日本放送協会入局。高校、大学では演劇活動を行う。 NHK岐阜放送局、NHK金沢放送局を経て、1984年から報道局経済部記者。農水、運輸、通商産業、大蔵といった中央省庁や日銀を担当。米価、国鉄改革、東芝ココム事件、公定歩合、銀行合併、リクルート事件、金融証券不祥事、湾岸戦争拠出金、東京サミットなどを取材。 1993年からNHKワシントン支局特派員となり、ホワイトハウス、FRBのほか、国務省や財務省など、経済官庁も担当。
蓮沼 勇一(はすぬま ゆういち、1952年 - )は、日本の… 蓮沼 勇一(はすぬま ゆういち、1952年 - )は、日本の合唱指導者。杉並混声合唱団指揮者。暁星小学校聖歌隊の指導を約40年間にわたって務めた。 国立音楽大学を卒業。声楽を鈴木惇弘、平良栄一、指揮法を小松一彦、河地良智に師事。1991年(平成3年)より指揮及び合唱指導を小林光雄(国立音楽大学教授)に師事。
北山 真(きたやま まこと、1952年 - )は、日本のシン… 北山 真(きたやま まこと、1952年 - )は、日本のシンガーソングライター、クライマー。日本フリークライミング協会元理事長、元日本山岳協会理事。日本人初の国際山岳連盟公認国際審判員(現在はノンアクティブ)。日本山岳ガイド協会フリークライミングインストラクター協会顧問。日本クライミングジム連盟顧問。日本開拓クライマー協会代表。JMCC代表。 1952年、北海道に生まれる。1歳より栃木県宇都宮市に在住、栃木県立宇都宮東高等学校在学中からシンガーソングライターとして活動を開始する。 プログレッシブ・ロックバンドOUT OF CONTROL(後にSerenadeと改名)のボーカリストとして加入。Serenade解散後、先に脱退していた花本彰のいる新●月に加入する。
古郷 秀一(ふるごう しゅういち、1952年(昭和27年) … 古郷 秀一(ふるごう しゅういち、1952年(昭和27年) - )は、日本の栃木県益子町出身の彫刻家である。 1952年(昭和27年)、 栃木県芳賀郡益子町に生まれる。 栃木県立真岡高等学校を卒業後、1978年(昭和53年)、東京芸術大学彫刻科を卒業し、同大大学院に進み、1980年(昭和55年)に大学院を修了した後から、日本国際美術館賞受賞、ヘンリー・ムーア大賞展佳作賞受賞など、数多くの展覧会に出品。 1983年(昭和58年)、東京芸術大学大学院博士課程を修了する後も数多くの展覧会に出品し、東京都や神奈川県などで個展を多数開催した。 1985年(昭和60年)に横浜から山林に囲まれた故郷の益子に戻りアトリエを建て、活動の場とする。
八木 勝彦(やぎ かつひこ、1952年 -)は、日本の元アマ… 八木 勝彦(やぎ かつひこ、1952年 -)は、日本の元アマチュア野球選手である。ポジションは投手、外野手。 大宮高校では1970年夏の甲子園県予選でエースとして活躍し、2回戦において、飯能高校を相手にノーヒットノーランを達成。しかし、準々決勝で上尾高校に敗れ、甲子園への出場を果たすことができなかった。同年のドラフト会議で大洋ホエールズから5位指名されたが入団を拒否。 明治大学に進学し、外野手に転向する。東京六大学野球リーグでは、1974年秋季リーグで、首位打者を獲得し、ベストナインにも選ばれた。 大学卒業後は朝日生命に入社。1976年の都市対抗から補強選手として、5年連続出場した。引退後は野球部副部長を務めた。
井上 登美夫(いのうえ とみお、1952年 - )は、日本の… 井上 登美夫(いのうえ とみお、1952年 - )は、日本の医師、医学者。学位は医学博士(群馬大学)。横浜市立大学名誉教授。専門は放射線医学、核医学。医療法人沖縄徳洲会湘南鎌倉総合病院先端医療センター長。横浜市立大学医学部放射線医学講座教授、先端医科学研究センター長、附属市民総合医療センター病院長、医学部長などを歴任した。ポジトロン断層法を用いた分子イメージングに関する研究を行い、日本におけるPET検査の普及に貢献した。 放射線科医としてPET検査の黎明期から研究に取り組み、後にPET検査やMRI検査を応用して細胞や分子レベルの生物学的現象を可視化する分子イメージング分野で研究を展開した。また、PET検査の第一人者として、2005年から2014年まで日本学術会議連携会員、2011年から2015年まで日本核医学会理事長を務めながら、日本におけるPET検査関連法令の整備と普及に携わった。
國分泰雄(こくぶん やすお、1952年 - )は、ものつくり… 國分泰雄(こくぶん やすお、1952年 - )は、ものつくり大学学長。横浜国立大学元副学長。中部大学元副学長。 1952年に生まれる。埼玉県立熊谷高等学校を経て、横浜国立大学工学部電気工学科卒業。1980年に東京工業大学大学院博士課程修了。1984年AT& TBell研究所客員研究員、1996年横浜国立大学教授、2009年横浜国立大学理事・副学長2018年横浜国立大学退職。退官記念講義の際は、東京工業大学栄誉教授の末松先生、名誉教授の伊賀先生も出席した。同年、中部大学副学長、2021年中部大学学長顧問、同年9月ものつくり大学学長顧問、特任教授。2022年ものつくり大学学長。
土屋 哲雄(つちや てつお、1952年 - )は、ワークマン… 土屋 哲雄(つちや てつお、1952年 - )は、ワークマン専務。ベイシアグループ創業者の土屋嘉雄は叔父、カインズホーム会長の土屋裕雅は従兄弟。 埼玉県深谷市に生まれる。渋沢栄一の故郷でもあり、叔父でベイシアグループ総帥の土屋嘉雄も同郷。埼玉県立熊谷高等学校を経て、東京大学経済学部を卒業し、三井物産に入社。35歳で社内ベンチャーとして三井物産デジタルを起業し、本社経営企画室次長、エレクトロニクス製品開発部長、上海広電三井物貿有限公司総経理、三井情報取締役などを歴任する。中国でワープロを作る会社を立ち上げるなどの事業に携わる。 退社後、土屋嘉雄から「何もしなくてもいいから」と言われ、2012年にワークマンの常務取締役に就く。
越澤 明(こしざわ あきら、1952年 - )は、日本の工学… 越澤 明(こしざわ あきら、1952年 - )は、日本の工学者、都市計画家、都市政策学者、工学博士。北海道大学名誉教授。元一般財団法人住宅保証支援機構理事長。 国土交通省の社会資本整備審議会で、住宅宅地分科会、都市計画・歴史的風土分科会、歴史的風土部会の会長を歴任した。人文・社会科学分野でも評価される著書・業績が多い。全国の地方自治体で都市政策・まちづくりの指導助言をしてきた。 専門分野は、都市政策、都市計画、公共政策。国や自治体の審議会経験が長く、都市計画法、都市再生特別措置法、都市公園法、古都保存法、明日香法、景観法、歴史まちづくり法、高齢者住まい法など都市・住宅法制度に詳しく、また、都市計画・まちづくり・文化財の行政実務に明るい。
佐野 一彦(さの かずひこ、1952年 - 2011年)は、… 佐野 一彦(さの かずひこ、1952年 - 2011年)は、日本出身のイラストレーター。全米のトップ・イラストレーターに15年連続選ばれており、1983年の映画『スター・ウォーズ ジェタイの復讐』の"Style B"ポスター(こちら)を手掛けた。
吉川 弘道(よしかわ ひろみち、1952年 - )は、日本の… 吉川 弘道(よしかわ ひろみち、1952年 - )は、日本の土木系耐震工学者。工学博士、技術士(建設部門)、土木学会認定特別上級土木技術者(鋼・コンクリート)、1級土木施工管理技士。専門は、鉄筋コンクリート、耐震設計、地震リスク。
内田 篤呉(うちだ とくご、1952年 - )は、日本の美術… 内田 篤呉(うちだ とくご、1952年 - )は、日本の美術史家。美学博士。MOA美術館・箱根美術館館長。 東京都生まれ(1952)。慶應義塾大学商学部卒業(1976)。専門は日本工芸史。「光悦光琳蒔絵の特質とその系譜」で慶應義塾大学より博士(美学)の学位を取得(2007)。東京藝術大学(2007)、武蔵野美術大学(2007~2012)、スペインのラ・マンチャ大学招聘講師(2007)、お茶の水女子大学大学院(2008~2010)、慶應義塾大学(2010~2013)、九州大学客員教授(2011~2013)、沖縄県立芸術大学非常勤講師(2013~2022)を務める。公益社団法人日本工芸会常任理事、文部科学省文化審議会(2010~2019)、世界文化遺産・無形文化遺産委員(2013~2019)、静岡県文化審議会委員(2016~)、経済産業省産業構造審議会(2017~2024)、東京都大田区特別文化アドバイザー(2025~)、東京国立近代美術館評議員(2018~)などの各種委員を歴任。
小林 竜雄(こばやし たつお、1952年 - )は、日本の脚… 小林 竜雄(こばやし たつお、1952年 - )は、日本の脚本家・評論家。東京都出身。 別名・小林竜夫。東京都立北園高等学校を経て、早稲田大学卒業。1978年、『もっとしなやかに、もっとしたたかに』の脚本が城戸賞に準入賞。翌年、藤田敏八監督によって映画化される。以後は脚本、評論を手がけている。
荻野 博司(おぎのひろし、1952年 - )は、東洋学園大学… 荻野 博司(おぎのひろし、1952年 - )は、東洋学園大学教授、多摩大学客員教授、元朝日新聞社論説副主幹。
稲垣 美晴(いながき みはる、1952年 - )は、フィンラ… 稲垣 美晴(いながき みはる、1952年 - )は、フィンランド語を専門とする日本の翻訳家、エッセイスト。 1952年、東京都出身。女子学院高校を経て、青山学院女子短期大学国文科、東京芸術大学美術学部芸術学科を卒業。東京芸術大学在学中からフィンランドのヘルシンキ大学に留学してフィンランド人の画家アクセリ・ガッレン=カッレラを研究し、東京芸術大学卒業後もヘルシンキ大学でフィンランド語を学ぶ。 帰国後、『フィンランド語は猫の言葉』(1981年、文化出版局)を初めとするエッセイなどを発表してフィンランドの文化を紹介するとともに、フィンランド語の書物を翻訳。 1995年から2007年まで、東海大学文学部北欧学科に非常勤講師として勤務。
関 啓子(せき けいこ、1952年 - )は、日本の言語聴覚… 関 啓子(せき けいこ、1952年 - )は、日本の言語聴覚士である。半側空間無視などの高次脳機能障害の研究で知られるが、自身もまた高次脳機能障害の当事者となる。2013年からは、その経験を踏まえ、三鷹高次脳機能障害研究所を設立し、高次脳機能障害に対するリハビリテーションと相談にあたっている。学位は、博士(医学)(東邦大学・1995年)。日本メロディックイントネーションセラピー協会(日本MIT協会)会長。失語症者の発話改善・促進のため、節回しやリズムといった音楽的要素を用いて音楽を用いるリハビリ手法、メロディックイントネーションセラピー(MIT)の日本語版(MIT-J)の開発に携わり、普及活動に努めている。
石田 卓也(いしだ たくや、1952年 - )は、アメリカ国… 石田 卓也(いしだ たくや、1952年 - )は、アメリカ国籍の実業家。東京生まれ。興和商事株式会社代表取締役会長、米国Fan Out Co.,Ltd.代表。
林 龍郎(はやし たつろう、1952年 - )は、東京都出身… 林 龍郎(はやし たつろう、1952年 - )は、東京都出身の出身の元アマチュア野球選手(外野手)。 日本大学第一高校では、主力打者として3年連続で夏の甲子園に出場。1968年夏の選手権に、1年上のエース小山良春(日大-三協精機)を擁し右翼手として出場するが、2回戦(初戦)で星林高に敗退。1969年夏の選手権では中堅手に回り、1回戦で東洋大姫路を降すが、2回戦では松島英雄、藤波行雄のいた静岡商に敗れる。他のチームメイトに捕手、三塁手の宇野輝幸がいた。1970年夏の選手権は1年下の保坂英二がエースとなる。1回戦で都城高を降すが、2回戦で大分商の小川清一に抑えられ敗退。 亜細亜大学に進学。東都大学野球リーグでは、1971年春季リーグでエース山本和行の好投もあって優勝を経験。
松田 良一(まつだ りょういち、1952年 - ) は、日本… 松田 良一(まつだ りょういち、1952年 - ) は、日本の生物学者。東京大学名誉教授、東京理科大学教授、国際生物学オリンピック議長。 横浜市生まれ。駒場東邦高等学校を経て、1972年から帝京大学医学部衛生学教室教務職員を務めながら、東京都立大学の夜間部に通い、1976年東京都立大学理学部生物学科卒業、曹洞宗大雄山最乗寺専門僧堂。1979年千葉大学大学院理学研究科生物学専攻修士課程修了。1980年カリフォルニア大学バークレー校動物学教室ジュニア・スペシャリスト。 1981年東京都立大学大学院理学研究科生物学専攻博士課程中退。1982年東京都立大学理学博士、カリフォルニア大学バークレー校動物学教室博士研究員。
なみき たかし(本名:並木 孝、1952年 - )は、日本の… なみき たかし(本名:並木 孝、1952年 - )は、日本のアニメーション研究家、東京アニメーション同好会(アニドウ)4代目会長、有限会社オープロダクション代表取締役/プロデューサー、日本アニメーション文化財団代表理事。 日本アニメーション協会会員(初代事務局長)、日本アニメーション学会会員、日本アニメーター・演出協会(JAniCA)発起人、アニメーション事業者協会理事(すでに解散)。 1952年、埼玉県浦和市(現:さいたま市)で生まれる。 日本大学鶴ヶ丘高等学校美術科在学中の1968年東京新宿の漫画喫茶コボタンで、アニメーターの集まりであるアニドウ(東京アニメーション同好会) に参加。漫画家でフィルム・コレクターの杉本五郎や各国大使館のフィルム提供による上映会で世界のアニメーションを知り16歳でアニメーション界へ進路を定める。
高橋 毅(たかはし つよし、1952年 - )は、日本の財務… 高橋 毅(たかはし つよし、1952年 - )は、日本の財務官僚、外交官、公取官僚。アジア開発銀行予算人事局長や、公正取引委員会事務総局官房審議官、米州開発銀行理事、国際交流基金参与等を歴任した。妻は参議院議員で女性初の北海道知事を務めた高橋はるみ。 北海道札幌市出身。北海道教育大学教育学部附属札幌中学校、桐朋高等学校を経て、一橋大学経済学部卒業。妻は大学のAIESECの後輩で、のちに女性初の北海道知事を務めた高橋はるみ。日本海ガス社長や国際青年会議所副会頭等を務めた義弟の新田八朗富山県知事も大学の後輩にあたる。1975年 大蔵省(現在の財務省)入省(国際金融局国際機構課)。大蔵省の同期には勝栄二郎、加藤治彦、篠原尚之、西原政雄、南木通、村瀬吉彦、外山秀行、倉川茂行、浜田恵造らがいる。
三浦 淳(みうら あつし、1952年 - )は、日本の地方公… 三浦 淳(みうら あつし、1952年 - )は、日本の地方公務員。川崎市総合企画局長や、川崎市副市長を経て、公益財団法人川崎市産業振興財団理事長。 神奈川県川崎市生まれ。1971年神奈川県立川崎高等学校卒業。1975年横浜国立大学経済学部卒業。大学卒業後は川崎市を良くしたいという思いから、横浜国立大学生の進路としては珍しかった川崎市役所に入庁。予算や、まちづくりなどを担当し、2006年総合企画局長に就任。 2010年4月 総合企画局長を平岡陽一と交代し曽禰純一郎の後任として川崎市副市長を務め、経済政策、環境政策、福祉行政等を担当し、京浜臨海部国際戦略特区の整備などにあたった。2018年副市長退任。
泉谷 淑夫(いずみや よしお、1952年 - )は、日本の洋… 泉谷 淑夫(いずみや よしお、1952年 - )は、日本の洋画家、美術教育者。 神奈川県伊勢原市生まれ。神奈川県立平塚江南高等学校、横浜国立大学教育学部美術科卒業。横浜国立大学大学院教育学研究科修士課程修了。岡山大学教育学部教授を経て、大阪芸術大学教授、岡山大学名誉教授。一陽会運営委員、岡山県美術展審査員。神奈川県美術展大賞、一陽展一陽賞、花の美術大賞展大賞、トリックアート大賞展大賞、岡山県美術展大賞、小磯良平大賞展優秀賞など受賞多数。特別展『月・歌会始御題によせて』(式年遷宮記念神宮美術館)、公募団体ベスト・セレクション(東京都美術館)出品。八千代の丘美術館、奈義町現代美術館、池田20世紀美術館で企画展。
飯田 雅明(いいだ まさあき、1952年 - )は、日本の実… 飯田 雅明(いいだ まさあき、1952年 - )は、日本の実業家。三井製糖代表取締役社長や精糖工業会会長を務めた。 神奈川県出身。1971年神奈川県立湘南高等学校卒業。1977年一橋大学商学部を卒業し、三井物産に入社。1992年マサチューセッツ工科大学スローン経営大学院修了、MBA(経営学修士)。東京ディズニーランド開園時のアトラクション輸入や横浜博覧会のイベント開催等を担当し、米国三井物産ゼネラルマネージャー等を経て、2002年三井物産ロジスティクス第3部長、2004年物流事業部長、2006年物流金融機能部長、2007年執行役員・物流本部長、2009年常務執行役員・物流本部長。この間三井物産ロジスティクス・パートナーズ取締役等を兼務。
吉川 伸治(よしかわ しんじ、1952年 - )は、日本の地… 吉川 伸治(よしかわ しんじ、1952年 - )は、日本の地方公務員。神奈川県政策局長や、神奈川県副知事、神奈川県内広域水道企業団企業長を経て、地方独立行政法人神奈川県立病院機構理事長。 神奈川県立小田原高等学校を経て、1975年千葉大学人文学部法経学科卒業、神奈川県入庁。財政課長、総務部次長等を経て、2007年保健福祉部長。2010年理事兼政策局長。2012年から副知事を務め、県民局、保健福祉局、京浜臨海部ライフイノベーション国際戦略総合特区を担当し、医食農同源プロジェクトの推進などにあたった。2016年神奈川県内広域水道企業団企業長。2019年地方独立行政法人神奈川県立病院機構理事長。
大山 行男(おおやま ゆきお、1952年-)は、写真家。自然… 大山 行男(おおやま ゆきお、1952年-)は、写真家。自然写真、山岳写真の系譜。富士山の写真(ほとんどカラー写真)では第一人者。富士山に関する写真集も多数出版。富士山そのものだけでなく、樹海等の動植物を撮影した作品もある。
会津 泉(あいづ いずみ、あいず いずみ、1952年 - )… 会津 泉(あいづ いずみ、あいず いずみ、1952年 - )は、日本の情報社会学研究者。多摩大学情報社会学研究所教授・主任研究員、公益財団法人ハイパーネットワーク社会研究所主幹研究員。 宮城県仙台市に生まれ、神奈川県逗子市に育つ。1971年に栄光学園高等学校を卒業後、伝習館訴訟の救援活動などに従事した。その後、印刷会社に勤め、転職を重ねて欧文印刷で日本国外向けの広告・広報の営業などに従事する。業務の中で、コンピュータ関係のマニュアル制作を受けるようになり、1985年に発表されたApple IIcの日本語マニュアル「はじめてのあっぷる」の制作に従事した。 1985年に独立して、アメリカ合衆国における草創期のパソコン通信ネットワークの実態調査に取り組み、1986年に株式会社ネットワーキングデザイン研究所を設立して、日本におけるパソコン通信の普及に取り組み、特に大分県における取り組みなどに深く関わる。
徳間 佳信(とくま よしのぶ、1952年 - )は、日本の翻… 徳間 佳信(とくま よしのぶ、1952年 - )は、日本の翻訳者。中国当代文学研究者、翻訳家。駒澤大学外国語部門非常勤講師。新潟県出身。 1952年、新潟県柏崎市出身。新潟県立柏崎高等学校、明治大学卒業。
長棟 輝行(ながむね てるゆき、1952年 - ) は、日本… 長棟 輝行(ながむね てるゆき、1952年 - ) は、日本の生物工学者。東京大学名誉教授。 富山県立富山中部高等学校を経て、1975年東京工業大学工学部化学工学科卒業。1977年東京工業大学大学院理工学研究科化学工学専攻修士課程修了、理化学研究所化学工学研究室研究員補。1985年東京工業大学工学博士、理化学研究所化学工学研究室研究員。1988年イリノイ大学生化学科客員研究員。1990年理化学研究所バイオデザイン研究グループ研究員。1992年理化学研究所化学工学研究室副主任研究員。1993年東京大学工学部教授。1995年東京大学大学院工学系研究科教授。1999年日本技術士会技術士試験委員。2001年文部科学省大学設置・学校法人審議会専門委員。
田中 俊明(たなか としあき、1952年 - )は、日本の歴… 田中 俊明(たなか としあき、1952年 - )は、日本の歴史学者。滋賀県立大学名誉教授。専攻は朝鮮古代史・古代日朝関係史。 福井県出身。初期の研究は『三国史記』の原典追求にあったが、1980年代後半より伽耶史への取り組みを深めた。高霊の大伽耶を中心とする大伽耶連盟の概念は、韓国の伽耶史研究で支持されるものとなっている。つくる会の歴史教科書については批判的である。市民活動では日朝友好促進京都婦人会議の講師、朝鮮古代史ツアーの主催などを行っている。
荒木 久文(あらき ひさふみ、1952年 - )は、日本の映… 荒木 久文(あらき ひさふみ、1952年 - )は、日本の映画評論家・ラジオパーソナリティ兼番組プロデューサー。 昭和27年(1952年)長野県上田市真田町出身。長野県上田高等学校を経て、早稲田大学卒業後、ラジオ関東(現 RFラジオ日本)入社。在職中は編成・制作局を中心に営業局・コンテンツ部などで勤務。元ラジオ日本編成制作局次長。プロデューサー・ディレクターとしては、アイドル、J-POP、演歌などの音楽番組を制作。2012年、同社退職後、ラジオ各局で、映画をテーマとした番組に出演。評論家・映画コメンテイターとして映画紹介・映画評などを担当。 現在は報知映画賞選考委員、日本映画ペンクラブ会員。 CDレーベル「Radi-on(ラディ-オン)」(日本クラウン)を設立し5組以上のアーティストのデビューを手掛ける。
小長井 一男(こながい かずお、1952年 - )は、日本に… 小長井 一男(こながい かずお、1952年 - )は、日本における地震工学、地盤防災工学を専門とする学者。東京大学名誉教授。 1971年(昭和46年)、静岡県立静岡高等学校卒業。1975年(昭和50年)、東京大学工学部土木工学科卒業、1979年(昭和54年)東京大学大学院工学系研究科土木工学専門課程卒業。同年、長岡技術科学大学建設系助手、1981年(昭和56年)、長岡技術科学大学建設系助教授。1987年(昭和62年)東京大学生産技術研究所助教授、1994年(平成6年)、文部省在外研究員(ノルウェー科学技術大学)、1997年(平成9年)、東京大学生産技術研究所教授。2013年(平成25年)、横浜国立大学都市イノベーション研究院教授。
滝 文人(たき ふみと、1952年 - )は、日本の模型設計… 滝 文人(たき ふみと、1952年 - )は、日本の模型設計者。静岡県出身。静岡県立静岡商業高等学校卒業。 タミヤ(田宮模型)にて長年ラジコンカーの企画・開発に関わったことで知られる。『タミヤRCカーグランプリ』(テレビ東京系)での滝博士という別名でも有名。 本人によれば幼少期からメカニカルなものが好きで、小学校のころは『模型工作』という雑誌を愛読していた。ただプラモデルは小学校で飽きてしまい、中学時代は自分でオリジナルな模型を設計し、木を彫って部品を作っていたという。 タミヤには経理担当として入社。就職シーズンに高校にちょうどタミヤから求人が来ていたため「入っちゃえばなんとかなる」と考えて同社を受験し入社に至った。
樋田 毅(ひだ つよし、1952年 - )は、日本のジャーナ… 樋田 毅(ひだ つよし、1952年 - )は、日本のジャーナリスト、ノンフィクション作家。 愛知県出身。1968年4月、愛知県立旭丘高等学校に入学。1972年4月、早稲田大学第一文学部に入学。同年11月、川口大三郎事件に遭遇、自治会再建運動の先頭に立ち、1年生ながら第一文学部学生自治会臨時執行部委員長、同執行委員長を務める。運動終息後は革マル派の妨害で登校困難ながら早稲田大学第一文学部社会学専修を卒業した。 1978年、朝日新聞社に入社。高知支局、阪神支局を経て大阪社会部へ移る。大阪府警察担当となり、朝日新聞阪神支局襲撃事件取材班キャップを務めたのち、和歌山総局長などを歴任した。 2012年から17年まで朝日新聞社社主村山美知子の大阪秘書役。
大野 広司(おおの ひろし、1952年 - )は、日本のアニ… 大野 広司(おおの ひろし、1952年 - )は、日本のアニメーション美術監督である。愛知県出身。 ディズニー作品(1998.5~2004.5、ディズニージャパンにて) パイロット・フィルム
北 寿郎(きた としろう、1952年生まれ)は日本の工学者、… 北 寿郎(きた としろう、1952年生まれ)は日本の工学者、経営学者、学校法人京都外国語大学理事長、同志社大学名誉教授。 愛知県名古屋市出身。 私立東海中学・東海高等学校を経て1974年名古屋大学工学部機械工学科、1976年同大学大学院工学研究科機械工学専攻を修了。工学博士(名古屋大学) 専門はトライボロジ、自然言語(工学分野)、イノベーションマネジメント(経営学分野)。 1976年、日本電信電話公社(現在の日本電信電話株式会社)入社。以降、研究開発、事業開発およびそのマネジメントに従事。2000年、NTTコミュニケーションズに移籍し、住民基本台帳ネットワークシステムいわゆる住基ネットの構築プロジェクトの指揮を執る。
西澤 茂(にしざわ しげる、1952年 - )は、日本の医師… 西澤 茂(にしざわ しげる、1952年 - )は、日本の医師。専門は脳神経外科。医学博士。産業医科大学教授。前産業医科大学病院副院長。
門上 武司(かどかみ たけし、1952年 - )は、日本のフ… 門上 武司(かどかみ たけし、1952年 - )は、日本のフードコラムニスト。大阪府生まれ。一般社団法人全日本・食学会副理事長。食の権威として、料理雑誌「あまから手帖」の編集顧問を務める傍ら、食関係の執筆を中心に、プロデューサーとして活動。また「水野真紀の魔法のレストラン」の他、テレビ等のメディアでも活躍。各地の生産者とのネットワークを持ち、食に携わる生産者・流通・料理人・サービス・消費者をつなぐ役割を果たす。著書に「僕を呼ぶ料理店(クリエテ関西)」、「スローフードな宿(木楽舎)」等。 京都教育大学附属高等学校卒業、大阪外国語大学外国語学部露西亜語学科中退。1991年に株式会社ジオード設立、2004年10月に門上武司食研究所設立。
吉田 義朗(よしだ よしろう、1952年-)は、日本障害者カ… 吉田 義朗(よしだ よしろう、1952年-)は、日本障害者カヌー協会会長。 中学の時に警察が学生を暴行しているのを見てから反権力思想を持つようになった。 京都市立洛陽工業高等学校(現・京都工学院高等学校)在学中に起きた成田空港予定地の代執行(第一次)に触発され、三里塚闘争に参加した。 強制収用に対抗して立て籠もるための穴を掘削中に落盤事故に遭う。ヘルメットの隙間にあった空気により生きながらえたものの、脊髄を損傷して下半身不随となる。その後、第四インターナショナル日本支部に所属していた吉田は警察の視察対象者となっただけでなく当時三里塚で対立する支援セクトに内ゲバを行っていた中核派の標的にもなり、嫌がらせ電話などを受けていた。
川崎 裕子(かわさき ゆうこ、1952年(昭和27年) - … 川崎 裕子(かわさき ゆうこ、1952年(昭和27年) - )は、日本の弁護士。横山ノック大阪府知事による強制わいせつ事件で被害者の女子学生を担当。橋下徹大阪市長のヘイトスピーチ条例の諮問に基本案を答申するなど、セクハラや人権の問題に詳しい。大阪弁護士会の副会長も務めた。 1952年(昭和27年)大阪府生まれ。大阪府立清水谷高等学校卒業、大阪大学法学部を卒業。1978年弁護士登録。 大阪弁護士会で副会長(2009年(平成21年)度)や人権擁護委員長のほか、大阪家庭裁判所の調停委員、各自治体の人事委員会、公平委員会、情報公開審査会の会長など歴任。 大阪府では2010年10月、大阪府議OB枠を廃止後で初の収用委員会委員に就任(関西学院大学教授の前田雅子、元摂津市長の森川薫と3人)。
野崎 久和(のざき ひさかず、1952年 - )は、日本の経… 野崎 久和(のざき ひさかず、1952年 - )は、日本の経済学者。 大阪府大阪市出身。1970年大阪府立桜塚高等学校卒業。1975年京都大学法学部卒業、丸紅入社。1979年イギリス、ワーリック大学大学院国際学修士課程修了、1980年イギリス、ケンブリッジ大学大学院国際関係学修士課程修了。1987年アメリカ合衆国、ブルッキングス研究所客員研究員。丸紅の調査部、国際業務部、プロジェクト金融部、丸紅米国会社ワシントンD.C.出張所などを渡り歩き、丸紅経済研究所主席研究員を経て、2003年丸紅退社。同年、北海学園大学経済学部助教授。2005年同経済学部教授・同大学院経済学研究科教授に就任。2005年カナダ、レスブリッジ大学交換教授。
松川 正毅(まつかわ ただき、1952年 - )は、日本の法… 松川 正毅(まつかわ ただき、1952年 - )は、日本の法学者(民法)。大阪大学名誉教授。大阪府出身。 大阪府生まれ。大阪星光学院高等学校卒。神戸大学法学部法律学科卒業。神戸大学大学院法学研究科博士後期課程修了、トゥールーズ第一大学博士課程修了、私法学博士。1984年、学位論文「遺言意思の研究」で神戸大学より法学博士の学位を取得。 三重大学人文学部教授、愛知学院大学法学部教授などの後、大阪大学大学院高等司法研究科教授、同研究科長。2016年より大阪学院大学法学部教授。 2004年から2005年には法務省司法試験考査委員となる。2004年フランス政府より教育功労章を授与される。 専門研究分野は、フランス民法、親族・相続のほか、人工生殖・DNA鑑定などの科学技術・医療技術の発展と親族・相続法の関係などである。
中尾 良信(なかお りょうしん、1952年 - )は、日本の… 中尾 良信(なかお りょうしん、1952年 - )は、日本の仏教学者・僧侶。花園大学教授。専門は日本禅宗史(中世)、仏教と人権。曹洞宗清久寺住職。 兵庫県生れ。1971年兵庫県立加古川東高等学校、1975年駒澤大学仏教学部仏教学科卒業。1977年同大学院文学研究科仏教学専攻修士課程修了。1980年博士後期課程単位取得満期退学。1980~1989年曹洞宗宗学研究所に勤務。1989年花園大学文学部仏教学科専任講師、1991年助教授を経て、1996年教授に就任。2009年花園大学人権教育研究センター所長(2017年3月まで)。花園大学文学部国際禅学科教授。兵庫県の曹洞宗清久寺住職。 著書に「日本禅宗の伝説と歴史」「図解雑学・禅」「道元の戒律観と〈没後作僧〉」など。
青木 進(あおき すすむ、1952年 - )は、日本の作曲家… 青木 進(あおき すすむ、1952年 - )は、日本の作曲家。 和歌山県出身。和歌山県立桐蔭高等学校を経て、東京藝術大学音楽学部作曲科を卒業後、ドイツに渡り、ケルン国立アカデミーで学ぶ。作曲を池内友次郎、矢代秋雄、佐藤眞、山田光生、ユルク・バウアーに師事した。 全日本吹奏楽コンクールの課題曲公募に応募し、「フェリスタス」が1979年度の課題曲に採用された。 1999年に和歌山市文化奨励賞受賞。2009年奏楽堂日本歌曲コンクール(作曲部門)中田喜直賞入選。 作品はピアノ曲、エレクトーン曲、歌曲、合唱曲など多数。
山本 博資(やまもと ひろすけ、1952年 - )は、日本の… 山本 博資(やまもと ひろすけ、1952年 - )は、日本の情報工学者。東京大学名誉教授。 和歌山県和歌山市出身。和歌山市立西浜中学校を経て、1971年和歌山県立桐蔭高等学校卒業。1975年静岡大学工学部電気工学科卒業。1980年東京大学大学院工学系研究科電気工学専攻博士課程修了、工学博士。同年徳島大学工学部助手。1981年同講師。1983年同助教授。1987年電気通信大学電気通信学部助教授。1989年スタンフォード大学ISL客員研究員。1995年東京大学工学部助教授。 1999年東京大学大学院工学系研究科教授に昇任。2001年東京大学大学院情報理工学系研究科教授。2004年東京大学大学院新領域創成科学研究科教授。
藤井 喜臣(ふじい きしん、1952年 - )は、日本の地方… 藤井 喜臣(ふじい きしん、1952年 - )は、日本の地方公務員。鳥取県教育長、鳥取県副知事、同県信用保証協会会長、鳥取市教育委員、鳥取県社会福祉協議会会長などを歴任。現在、学校法人鳥取家政学園理事長、鳥取県国際交流財団理事長。 1952年、鳥取県米子市生まれ。1971年、鳥取県立米子東高等学校卒業。1975年、京都大学法学部卒業、鳥取県庁入庁。鳥取県国際課長、財政課長、県民室長、西部県民局長を経て2001年4月、鳥取県福祉保健部長。2002年4月、鳥取県教育委員会教育長。2005年7月、鳥取県副知事。2013年7月 林昭男を後任として退任。同年8月、鳥取県信用保証協会会長。2017年12月鳥取県社会福祉協議会会長。
石井 博康(いしい ひろやす、1952年(昭和27年)- )… 石井 博康(いしい ひろやす、1952年(昭和27年)- )は、日本の画家であり、教育者でもある。東北芸術工科大学教授を務めた後、同大学副学長となる。東北芸術工科大学名誉教授。岡山県高梁市出身。 1952年(昭和27年)岡山県高梁市に出生。地元の岡山県立高梁高等学校へ進学し美術部に所属する。1970年(昭和45年)に卒業し、東京芸術大学美術学部絵画科油画専攻へ進学する。その後、同大学卒業を経て、東京芸術大学大学院学美術研究科油画専攻に進学し、1977年(昭和52年)同大学院を卒業する。 卒業後、油絵画家となった石井は、1979年(昭和54年)に東京のギャルリー・ヴィヴァン(現在は神奈川県へ移転)で初めての個展を開く。
青木 省三(あおき しょうぞう、1952年 - )は、日本の… 青木 省三(あおき しょうぞう、1952年 - )は、日本の精神科医。広島市生まれ。 広島大学附属高等学校を経て1977年岡山大学医学部卒業。90年「青年期におけるヒステリー性神経症の臨床的研究」で岡山大学より医学博士の学位を取得。90年-91年ロンドン大学精神医学研究所、ベスレム王立病院青年期病棟に留学。岡山大学医学部神経精神医学教室助教授、97年川崎医科大学精神科学教室教授。2018年公益財団法人慈圭会精神医学研究所所長・川崎医科大学名誉教授。専門は、青年期精神医学と精神療法。
池田 辰夫(いけだ たつお、1952年 - )は、日本の法学… 池田 辰夫(いけだ たつお、1952年 - )は、日本の法学者。元裁判官。専門は民事訴訟法。学位は、博士(法学)(九州大学・論文博士・1995年)。大阪大学名誉教授。弁護士。 山口県生まれ。1970年山口県立防府高等学校卒業。1974年九州大学法学部卒業、旧司法試験合格。1976年九州大学大学院法学研究科修士課程修了。 神戸地方裁判所判事補、東京地方裁判所判事補等を経て、大阪大学法科大学院教授を務めた。1995年、九州大学より博士(法学)の学位を取得。2005年北浜法律事務所客員弁護士。
原 文彦(はら ふみひこ、1952年 - )は、日本の作詞家… 原 文彦(はら ふみひこ、1952年 - )は、日本の作詞家。 一般社団法人日本作詩家協会副会長。 公益社団法人日本空手協会 香川県本部 本部長。 香川県東かがわ市ふるさと大使。 香川県出身。三本松高校卒業。法政大学卒業。大学在学中から本格的に作詞を始めて、西沢爽に師事。一般社団法人日本音楽著作権協会(JASRAC)監事・理事を歴任。