松枝 三男(まつえだ みつお、1948年11月6日 - )は… 松枝 三男(まつえだ みつお、1948年11月6日 - )は、熊本県出身の元プロ野球選手(投手)。 熊本第一工業高(現・開新高)では田尻茂敏の控えながら中九州大会でも登板したが敗れた、社会人野球のトヨタ自動車に3年間在籍し、1969年にドラフト外で大洋ホエールズへテスト入団。 ピッチングも速球でグイグイ押して行く荒っぽさでカーブやシンカーが武器。陸上選手のボブ・ヘイズを思わせる投法はダイナミックで柔軟な体と上背を利しての速球は威力十分と評されていた。 1972年に、一軍公式戦に出場がないまま引退。
高垣 義広(たかがき よしひろ、1948年11月6日 - )… 高垣 義広(たかがき よしひろ、1948年11月6日 - )は、鳥取県出身の元プロ野球選手。ポジションは投手。
加藤 篤次(かとう とくじ、1948年11月6日 - )は、… 加藤 篤次(かとう とくじ、1948年11月6日 - )は、日本の実業家。スターキャット・ケーブルネットワーク元社長。愛知県出身。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
井上 登(いのうえ のぼる、1948年11月6日 - )は、… 井上 登(いのうえ のぼる、1948年11月6日 - )は、日本の経営者。ドコモ・ビジネスネット社長。 兵庫県出身。灘高等学校を経て、東京大学経済学部卒業。1971年、日本電信電話公社入社、2000年、NTTドコモ営業本部担当部長、同年取締役広報部長。2001年、同営業企画部長、2002年、常務取締役神奈川支店長、2001年、NTTドコモ九州社長。現在は、ドコモ・ビジネスネット社長を務める。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
三田村 雅子(みたむら まさこ、1948年11月6日 - )… 三田村 雅子(みたむら まさこ、1948年11月6日 - )は、日本の国文学者。専攻は中古文学、特に『源氏物語』と『枕草子』。フェリス女学院大学名誉教授。義父の三谷栄一、夫の三谷邦明はいずれも中古文学研究者。 東京都に生まれる。1964年にお茶の水女子大学附属中学校を卒業。1967年にお茶の水女子大学附属高等学校を卒業。1971年に早稲田大学第一文学部国文科卒業。1979年に早稲田大学大学院文学研究科博士課程単位取得修了、同大学助手。 1981年に東横学園女子短期大学専任講師、1983年にフェリス女学院大学文学部助教授、1989年に教授。2005年にフェリス女学院大学付属図書館長。2009年にフェリス女学院大学を退職し、上智大学文学部教授に着任。
保 巖(たもつ いわお、1948年11月6日 - 2016年… 保 巖(たもつ いわお、1948年11月6日 - 2016年11月29日)は、日本の武道家、アマチュア写真家。 少林寺流空手道錬心舘の二代目宗家。號は少林寺守正(しょうりんじもりまさ)であり、十段範士である。 少林寺流空手道錬心舘開祖保勇の長男。 19歳の時、フィリピンへ渡航。バギオ大学において流派の普及と指導に当たる。以降、台湾やドミニカ共和国を拠点に中米地域などでも普及活動につとめ、現在の海外支部の基礎を築いた。 宗家襲名後も海外への流派普及推進には積極的であり、欧米以外にも貧困国などに対して直接指導のために赴いている。特にインドでは貧困層の子供に向け、教育支援および医療支援のため「イワオ・タモツ国際基金」を創設。
ルイズルイス加部( - かべ、本名:加部 正義(かべ まさよ… ルイズルイス加部( - かべ、本名:加部 正義(かべ まさよし)、1948年11月5日 - 2020年9月26日)は、ベーシスト、ギタリストである。横浜市出身。 ※ザ・ゴールデン・カップスの頃は、所属事務所の意向で1歳サバを読んで1949年生まれと称していた。その名残りで今でもたまに1949年生まれと書かれることがある。 1966年、後のグループ・サウンズ(GS)ブームにおける重要なバンドの一つとなる「ザ・ゴールデン・カップス」へ参加。加部はベースを担当していたが、1969年5月にエディ藩の脱退によりギターへ転向(加部はカップス参加前はギタリストだった)。なお、カップスの4thシングル『愛する君に』は、オリコン13位のヒットとなっている。
真鍋 安政(まなべ やすまさ、1948年11月5日 - 20… 真鍋 安政(まなべ やすまさ、1948年11月5日 - 2016年11月5日)は、山口県宇部市出身のプロ野球選手(内野手)。右投右打。 宇部鴻城高等学校時代は主将を務め、春の中国地区大会の準決勝で下関市立下関商業高等学校を破るなど、攻守の要として活躍。中国地方では指折りの打てる大型内野手として知られていた。通算打率.318[要出典]。 1966年の第1次ドラフト会議で巨人から4位指名され入団。 1972年限りで一軍公式戦の出場がないまま引退した。
大渕 敏和(おおぶち としかず 1948年11月5日 - )… 大渕 敏和(おおぶち としかず 1948年11月5日 - )は、日本の裁判官(25期)、公証人、弁護士。福岡県出身。福岡県立小倉高等学校を経て、一橋大学法学部卒業。 最高裁判所調査官、東京高等裁判所判事を経て、東京地方裁判所の裁判長(部総括判事)として、のちに冤罪と発覚した東電OL殺人事件で無罪判決を出したことで知られる。その後、八王子、広島、福井、大阪と転任し、一度も東京に戻ることなく定年に2年余を残して依願退官・公証人となった。2012年に、東電OL事件被告が東京高裁再審で無罪となる。翌2013年から一般財団法人東京公証人協会評議員を務め、2017年には同議長に就任した。
ルイズルイス加部(るいずるいすかべ、1948年11月5日 -… ルイズルイス加部(るいずるいすかべ、1948年11月5日 - )は、ベーシスト、ギタリストである。本名は加部 正義(かべ まさよし)、父はフランス系アメリカ人(だと自称していたという)、母は日本人、愛称:マーちゃん、マー坊 など。横浜市本牧出身。
荒川 秀之助(あらかわ しゅうのすけ、1948年11月4日-… 荒川 秀之助(あらかわ しゅうのすけ、1948年11月4日- )は、宮城県名取市出身で、日本競輪選手会・宮城支部に所属していた元競輪選手。25期。 東北高等学校を経て日本競輪学校第25期生となる。同期には谷津田陽一や、1964年東京オリンピックに出場した山藤浩三や伊藤富士夫らがいる。また、実弟の荒川玄太(31期)も元競輪選手であった。 デビュー戦は1967年9月17日の準地元・いわき平競輪場で迎え6着。初勝利は同年同月18日の同場。 1970年。この年は競輪界のこれまでの図式が大きく変わった年となった。高原永伍時代の終焉が訪れると同時に、高原に加え、伊藤繁、吉川多喜夫らが形成していた「神奈川王国」にも終焉の時代が訪れた。
伊藤 茂昭(いとう しげあき、1948年11月4日 - )は… 伊藤 茂昭(いとう しげあき、1948年11月4日 - )は、日本の弁護士。シティユーワ法律事務所パートナー。東京弁護士会会長や、日本弁護士連合会副会長、関東弁護士会連合会理事長等を務めた。兄は厚生労働省医政局長や全国社会保険協会連合会理事長などを務めた厚生労働技官・医師の伊藤雅治。 新潟県西頚城郡木浦村(現・糸魚川市)生まれ。厚生労働省医政局長などを務めた伊藤雅治は兄。1967年新潟県立高田高等学校卒業、新潟大学医学部入学。6年間の在学を経て中退。大学闘争で公務執行妨害罪により起訴された経験から弁護士を志し、1973年中央大学法学部入学。1976年旧司法試験合格。1977年中央大学法学部卒業。
西澤 久雄(にしざわ ひさお、1948年〈昭和23年〉11月… 西澤 久雄(にしざわ ひさお、1948年〈昭和23年〉11月4日 - )は、日本の政治家、元滋賀県東近江市長(1期)。 滋賀県出身。平安高等学校を経て、大谷大学文学部卒。八日市市職員を経て、1999年滋賀県議会議員に当選。2期務める。2005年合併により東近江市が発足。合併後の市長選挙に立候補したが旧八日市市長中村功一に敗れて落選した。2009年の選挙で当選。東近江市長を1期務め、2013年の市長選挙で小椋正清に敗れた。
塩口 哲朗(しおぐち てつお、1948年(昭和23年)11月… 塩口 哲朗(しおぐち てつお、1948年(昭和23年)11月4日 - )は、日本の外交官。 兵庫県出身。六甲中学校・高等学校を経て、1973年(昭和48年)一橋大学法学部卒業、外務省入省。佐藤直子(テニス選手)は妻。
綾部 美知枝(あやべ みちえ、旧姓: 押見、1948年11月… 綾部 美知枝(あやべ みちえ、旧姓: 押見、1948年11月4日 - )は、日本の女性教育者、サッカー指導者。日本体育大学女子短期大学部卒業。静岡県清水市(現静岡市清水区)出身。元・日本サッカー協会特任理事、静岡市生活文化局文化スポーツ部参与兼サッカーのまち推進室長。日本初の女性サッカー指導者と呼ばれる人物である。 清水市立江尻小学校在学時に堀田哲爾からサッカーの指導を受けるが競技には傾倒せず、中学と高校では陸上競技やバレーボール、日本体育大学女子短期大学部在学時には創作ダンスに打ち込んだ。 1969年、清水市立飯田小学校に赴任。担任をすることになった2年生の生徒に誘われサッカーを始めると、恩師である堀田の下を生徒と共に訪れ指導法を学び、同小学校に「飯田ファイターズ」を結成した。
梶 文秋(かじ ふみあき、1948年〈昭和23年〉11月4日… 梶 文秋(かじ ふみあき、1948年〈昭和23年〉11月4日 - )は、日本の政治家。石川県輪島市長(4期)、旧輪島市長(2期)、旧輪島市議会議員(2期)を歴任。 石川県鳳至郡輪島町鳳至町(現・輪島市鳳至町)生まれ。1967年3月、石川県立輪島高等学校卒業。民間会社を経て、1971年4月に輪島市役所に採用される。 1991年4月、輪島市議会議員に初当選。1995年、市議に再選。 1998年4月、旧輪島市長に初当選。2002年、再選。 2006年2月1日、旧輪島市と鳳珠郡門前町が合併し、新輪島市が誕生。これに伴って3月19日に行われた市長選に当選。2010年、再選。2014年、無投票により3選。 2018年3月、自民党・公明党の推薦を受けて立候補し、元市職員の林平成人を67票差で破り4選(梶:8,389票、林平:8,322票)。
髙田 明(たかた あきら、1948年〈昭和23年〉11月3日… 髙田 明(たかた あきら、1948年〈昭和23年〉11月3日 - )は、日本の実業家。 ジャパネットたかたの創業者で、同社が制作するテレビ・ラジオショッピング番組のMCとしても知られた。 2015年1月16日まではジャパネットたかた初代代表取締役社長、2017年4月25日から2020年1月1日まではV・ファーレン長崎代表取締役社長を務めた。 現在は株式会社A and Live(エーアンドライブ)の代表取締役社長を務める。 1948年(昭和23年)11月3日、長崎県平戸市でカメラ店経営者の父の下、4人兄弟の次男として生まれる(他の兄弟は兄、弟、妹)。明治節に生まれたことから明と命名される。 平戸市立平戸小学校、平戸市立平戸中学校、長崎県立猶興館高等学校卒業後、大阪経済大学経済学部に進学する。
下斗米 伸夫(しもとまい のぶお、1948年11月3日 - … 下斗米 伸夫(しもとまい のぶお、1948年11月3日 - )は、日本の政治学者。法学博士(東京大学・課程博士・1978年)。法政大学名誉教授。専攻は、比較政治、ロシア・CIS政治、ソ連政治史。「旧ソ連・ロシア研究の第一人者」、「ロシア政治研究の第一人者」と称される。 1948年、北海道札幌市生まれ。熊本県立熊本高等学校を経て、1971年に東京大学法学部を卒業。東京大学大学院法学政治学研究科修士課程に進学し、渓内謙に師事した。1978年に、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。法学博士。学位論文は「ソビエト労働組合(1925年-1928年)伝達紐帯の政治構造」。 同年、成蹊大学法学部専任講師に就任し、1985年、同大学法学部教授を経て、1988年から2019年まで法政大学法学部教授。
加藤 宣明(かとう のぶあき、1948年(昭和23年)11月… 加藤 宣明(かとう のぶあき、1948年(昭和23年)11月3日 - )は、日本の実業家。元デンソー代表取締役社長。愛知県経営者協会会長。 この項目は、実業家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:経済学、PJ:経済)。
北 孝一(きた こういち、1948年11月3日 - )は、日… 北 孝一(きた こういち、1948年11月3日 - )は、日本の経営者。大和紡績社長を務めた。 石川県出身。1972年に神戸大学経済学部を卒業し、同年4月に大和紡績に入社した。2003年6月に取締役に就任し、2010年6月から2010年6月までに社長を務めた。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
中村 研一(なかむら けんいち、1948年11月3日 - )… 中村 研一(なかむら けんいち、1948年11月3日 - )は、日本の政治学者。専門は、国際政治学、平和学。北海道大学名誉教授。坂本義和に師事。門下に遠藤乾、秋野豊など。妻は政治学者で北海学園大学名誉教授の中村敏子。 神奈川県藤沢市生まれ。1972年東京大学理学部卒業後、同法学部に学士入学。1974年東京大学法学部卒業。 1974年東京大学法学部助手。1977年北海道大学法学部助教授。1990年北海道大学大学院法学研究科教授。2003年北海道大学副学長・理事・留学センター長(~2005年)。2005年北海道大学公共政策大学院教授。2009年に北海道大学公共政策大学院院長(~2012年)。2012年北海道大学大学院法学研究科特任教授。
柄本 明(えもと あきら、1948年11月3日 - )は、日… 柄本 明(えもと あきら、1948年11月3日 - )は、日本の俳優、演出家、タレント。愛称は、えもっちゃん、エモアキ。 ノックアウト所属。 東京都中央区銀座(旧:木挽町)出身。東京都立王子工業高等学校機械科卒業。妻は角替和枝、息子は柄本佑、柄本時生。義娘は安藤サクラ(佑の妻)、ほな・いこか(さとうほなみ、時生の妻)。 父親は殿山泰司の小学生時代の親友であった。母方の祖父は東京・銀座で箱屋(芸妓斡旋業)を経営していた。生家が歌舞伎座の裏手にあったこと、映画や演劇好きの両親・家族に囲まれて幼少期を過ごしたことが俳優を志すきっかけとなる。工業高校卒業後は商社に就職したが、俳優に憧れ金子信雄が主宰する劇団「マールイ」の演劇教室の生徒となり、同じ教室にいた松田優作と知り合う。
五十嵐 文彦(いがらし ふみひこ、本名:五十嵐 ふみひこ、1… 五十嵐 文彦(いがらし ふみひこ、本名:五十嵐 ふみひこ、1948年11月2日 - )は、日本の政治家。 財務副大臣(菅直人第1次改造内閣・菅直人第2次改造内閣・野田内閣・野田第1次改造内閣・野田第2次改造内閣)、衆議院財務金融委員長、同災害対策特別委員長、衆議院議員(通算4期)などを務めた。 警察官の長男として東京都世田谷区に生まれた。他に弟1人。 幼少時、母の病気のため足立区長門町在住の親族の元に里子に出され、足立区立大谷田小学校に入学。小学校2年生の時に養父が他界したため、小学校3年生から実父母の元に戻り、一家で小平市に在住した。小平市立第二小学校卒業後、桐朋中学校・高等学校を経て、東京大学文学部西洋古典学科卒業(古代ギリシャ語、ラテン語、西洋古典文学専攻)。
吉田 加南子(よしだ かなこ、1948年11月2日 - )は… 吉田 加南子(よしだ かなこ、1948年11月2日 - )は、日本の詩人、フランス文学者、翻訳家。学習院大学名誉教授。 『定本 闇ー見ること闇が光となるまで』(1993年)で高見順賞を受賞。無駄な言葉の一切を削り、抑制の利いた端的な言葉で表現する。作品に詩集『さかな』(2008年)、随筆集『言葉の向こうから』(2000年)などがある。 東京生まれ。学習院大学文学部仏文科卒。東京大学大学院およびパリ第三大学にて学ぶ。1994年、詩集『定本 闇』で高見順賞受賞。父は詩人で『ガダルカナル戦記』の著者・吉田嘉七(1918 - 1997)。
白井 静雄(しらい しずお、1948年11月2日 - 、東京… 白井 静雄(しらい しずお、1948年11月2日 - 、東京都出身)は、日本のフリーアナウンサー。元文化放送アナウンサーで、元 編成局報道制作部デスク。法政大学文学部国文学科卒業。 1971年4月1日に、アナウンサーとして文化放送に入社。同期アナウンサーは中田秀作(2001年退社)。1981年に報道部へ異動してからは、お昼のニュースや『ニュース・パレード』のキャスターを務める一方で、記者の立場で取材リポートを随時担当していた。 2001年からアナウンス部長を務めた後に、2007年7月から報道制作部へ再び異動。2008年9月25日までデスクを担当した後に、同年11月30日で文化放送の定年(60歳)を迎えたことを機に退職した。
山下 修(やました おさむ、1948年(昭和23年)11月1… 山下 修(やました おさむ、1948年(昭和23年)11月1日 - )は、日本の政治家。元島根県江津市長(2期)。 1971年(昭和46年)3月、関西大学法学部卒業。同年4月、島根県庁に入庁。商工労働部長、地域振興部長を経て2008年(平成20年)3月、退職。同年4月、島根県信用保証協会専務理事に就任。同年12月、退職。 2009年(平成21年)1月から2014年(平成26年)4月まで江津市副市長を務めた。 2014年(平成26年)5月25日告示、6月1日投票の江津市長選挙に無投票で初当選した。7月16日、市長就任。 2023年(令和5年)春の叙勲で旭日小綬章を受章した。
高橋 順一(たかはし じゅんいち、1948年(昭和23年)1… 高橋 順一(たかはし じゅんいち、1948年(昭和23年)11月1日- 2018年(平成30年))は、日本の文化人類学者、桜美林大学教授。専門は社会文化人類学(北米インディアン文化のほか、日本の捕鯨文化、グローバル時代の国際教育)。 千葉県富津市生れ。京都大学文学部卒。1984年ニューヨーク市立大学大学院修了。人類学博士。ブルックリン大学、文化女子大学講師等を経て、桜美林大学国際学部教授、同リベラルアーツ学群教授。
佐藤 順一(さとう じゅんいち、1948年11月1日 - )… 佐藤 順一(さとう じゅんいち、1948年11月1日 - )は、日本の技術者。IHI検査計測代表取締役社長や、日本機械学会会長、日本工学会会長等を歴任した。 1971年横浜国立大学工学部卒業。1976年東京大学大学院工学系研究科航空学専門課程博士課程単位取得退学、石川島播磨重工業入社、技術研究所研究員。1979年工博。1998年石川島播磨重工業技術研究所研究推進部長。1999年石川島播磨重工業技術開発本部管理部長。2002年石川島播磨重工業事業企画部部長。2005年石川島播磨重工業執行役員技術開発本部副本部長。2006年石川島播磨重工業取締役常務執行役員技術開発本部長。2008年IHI検査計測代表取締役社長。
坪井 善明(つぼい よしはる、1948年11月1日 - )は… 坪井 善明(つぼい よしはる、1948年11月1日 - )は、ベトナム史学者、早稲田大学名誉教授。専攻はベトナム政治・社会史、国際関係学、国際開発論。 埼玉県生まれ。1972年東京大学法学部第3類(政治コース)卒業。1982年パリ大学社会科学高等研究院課程博士。1982年北海道大学法学部助教授、1988年教授、1989-91年、在ベトナム日本大使館専門調査員として外務省に出向。1997年早稲田大学政治経済学部教授、政治経済学術院教授。2019年定年退職。 1988年「フランスと中華帝国に対するヴェトナム帝国」で渋沢・クローデル賞、1995年『ヴェトナム 「豊かさ」への夜明け』でアジア・太平洋賞特別賞受賞。
あかは ゆき(1948年〈昭和23年〉11月1日 - )は、… あかは ゆき(1948年〈昭和23年〉11月1日 - )は、日本のタレント。東京都中野区出身。圭三プロダクションに所属していた。本名は、赤羽 由紀江(あかは ゆきえ)。 実家は海苔問屋である。学習院女子短期大学を卒業した。 元々子供の頃の夢は女優で、その後はアナウンサー志望だった。大学在学中にTBS『ヤング720』のレポーターに起用され出演した。これがきっかけでテレビやラジオの司会者を目指すようになる。TBSのアナウンサー試験を受けて落選したことがあったが、大学卒業後に圭三プロダクションに所属した。1970年代にテレビ番組の司会者として活動していた。 1974年当時、パンタロンが好きでBIGIのファッションブランドなどで購入して200本くらい集めていたのを明かしたことがあった。
峯村 保雄(みねむら やすお、1948年11月 - )は、日… 峯村 保雄(みねむら やすお、1948年11月 - )は、日本の外交官。在カルガリー総領事を経てエルサルバドル駐箚特命全権大使。 新潟県新井市(現・妙高市)出身。新潟県立高田高等学校を経て、1972年(昭和47年)法政大学法学部を卒業し、外務省に入省した。1973年6月から英国アバディーン大学にて在外研修。外務本省では中南米局、国際連合局、北米局及び大臣官房に勤務、在外ではナイジェリア、米国(ニューヨーク、カンザスシティ)、サウディアラビア、オーストリア、パキスタン、シリア、インド、カナダ及びエルサルバドルに在勤。
四宮 章夫(しのみや あきお、1948年11月 - )は、日… 四宮 章夫(しのみや あきお、1948年11月 - )は、日本の弁護士、元裁判官。弁護士法人淀屋橋・山上合同所属。現在はコスモス法律事務所。徳島県出身。 倒産・事業再生を専門とする。フェニックス電機の更生管財人など、実績多数。
山田 文明(やまだ ふみあき、1948年11月 - )は、日… 山田 文明(やまだ ふみあき、1948年11月 - )は、日本の経営学者。大阪経済大学経営学部元教授。専門は経営情報学。大阪経済大学経済学修士。 滋賀県出身。1972年龍谷大学経済学部卒業。1977年大阪経済大学大学院経済学研究科博士課程単位取得。1987年愛知女子短期大学講師、1990年愛知女子短期大学助教授 。 NGO団体の「北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会」の代表として北朝鮮への帰国事業で北朝鮮に帰った在日朝鮮人や、その日本人配偶者、脱北者などの生命と人権を守り、救出する活動もしている。 2003年には中国で脱北者支援中に中国公安当局に脱北者や韓国人支援者らとともに拘束された。その後、国外退去処分となり日本へ無事帰国した。
満田 久義(みつだ ひさよし、1948年11月 - )は、日… 満田 久義(みつだ ひさよし、1948年11月 - )は、日本の環境社会学者。佛教大学社会学部公共政策学科教授。農学博士。 現場主義(フィールドワーク第一主義)を掲げ、自然保護活動などに実際に参加し、自然環境と人間社会の永続的な共生を目指す持続可能な社会システムの研究を行っている社会学者である。 大学で社会学を専攻し、大学院で農学を専攻した満田久義は、社会科学と自然科学の両面から環境問題を考える稀有な研究者である。また、1980年代後半に生まれた新しい学問である環境社会学をアメリカで学び、それを日本で提唱した第一人者としても有名である。 畑正憲やC・W・ニコルなどと共に、原生林に抱きついて「この木を切るなら私達の体を切りなさい!」とチェーンソーを持った人達の前に立ちはだかった知床の原生林の自然保護運動は、知床の自然の重要性が見直される大きな契機となり、この運動が2005年の世界遺産登録へと繋がったことはいうまでもない。
松本 昇(まつもと のぼる、1948年11月 - )は、日本… 松本 昇(まつもと のぼる、1948年11月 - )は、日本のアメリカ文学者、前国士舘大学教授。 長崎県生まれ。明治大学文学部卒。同大学院博士後期課程満期退学。
吉村 博人(よしむら ひろと、1948年〈昭和23年〉11月… 吉村 博人(よしむら ひろと、1948年〈昭和23年〉11月 - )は、日本の警察官僚。第21代警察庁長官。熊本県出身。 東京大学法学部卒業後、警察庁に入庁。主に刑事畑を歩む。刑事局長、長官官房長、次長を経て、2007年(平成19年)より警察庁長官に就任。 取調べの一部録音・録画や被疑者取調べ監督制度の導入を実現させ、取調べ適正化施策の推進に尽力した。2009年(平成21年)に勇退。 2019年、瑞宝重光章受章。
東 玲治(ひがし れいじ、1948年11月 - 2008年1… 東 玲治(ひがし れいじ、1948年11月 - 2008年10月21日)は、愛媛県出身のジャーナリスト。元サンケイ新聞(現産経新聞)記者。 愛媛県温泉郡南吉井村(後の重信町、現東温市)生まれ。愛媛県立松山東高等学校、松山商科大学(現松山大学)経済学部卒。 1971年、サンケイ新聞入社。高松、松山支局、大阪本社等で勤務。 1974年、甲山事件で逮捕された容疑者について、犯人であるとする警察・検察側の論拠が成立しないことをつかみ他社に先駆けスクープ。検察は証拠不十分で容疑者を釈放した。 1984年、愛媛県の県立高校新設に関し、県が地方財政法で禁止されている負担金を松山市に要求したとの疑惑を報道。同内容の記事を書き県から取材拒否された日刊新愛媛が県を相手取り提訴に踏み切ると、日刊新愛媛側の証人として法廷に立った。
大川 栄策(おおかわ えいさく、本名:荒巻 逸造(あらまき … 大川 栄策(おおかわ えいさく、本名:荒巻 逸造(あらまき いつぞう)、1948年10月30日 - )は、日本の演歌歌手。大川栄策音楽事務所所属。 1948年(昭和23年)、3人兄弟の末っ子として誕生。福岡県大川市出身。佐賀県立佐賀商業高等学校を卒業と同時に上京し、作曲家・古賀政男に弟子入り。1969年(昭和44年)に日本コロムビアより「目ン無い千鳥」で念願のデビューを果たす。 芸名は古賀の命名で出身地の「大川」を「栄」えさせる対「策」に由来する。「栄策」については、芸名を名付けた当時の総理大臣が佐藤栄作であったからという説もある。 1982年(昭和57年)、「さざんかの宿」が180万枚の大ヒット。
中村正則(なかむら まさのり 1948年10月29日 - )… 中村正則(なかむら まさのり 1948年10月29日 - )は、日本の官僚。宮崎県出身
内桶 文清(うちおけ ふみきよ、1948年10月29日 - … 内桶 文清(うちおけ ふみきよ、1948年10月29日 - )は、日本の実業家。住友電装代表取締役社長や、同社取締役会長、住友電気工業代表取締役副社長、ジェイ・パワーシステムズ取締役会長等を歴任した。電気通信協会賞受賞。 1971年東京理科大学工学部卒業、住友電気工業入社。労働組合執行委員長等を経て、2003年執行役員情報通信事業本部副本部長。2004年常務執行役員情報通信ソリューション営業本部長。2005年常務取締役情報通信営業本部長に昇格。2006年住友電装取締役執行役員副社長。2007年から自動車事業本部副本部長兼住友電装代表取締役社長を務め、住友電装子会社の統合によりSWS西日本を発足させた。
喜多川 美佳(きたがわ みか、1948年10月28日 - )… 喜多川 美佳(きたがわ みか、1948年10月28日 - )は、日本の女優である。本名は大野 照代(おおの てるよ)。旧芸名は北川 美佳(きたがわ みか)。
大野 直竹(おおの なおたけ、1948年10月28日-)は、… 大野 直竹(おおの なおたけ、1948年10月28日-)は、日本の実業家。大和ハウス工業代表取締役社長。
平石 貴樹(ひらいし たかき、1948年10月28日 - )… 平石 貴樹(ひらいし たかき、1948年10月28日 - )は、日本のアメリカ文学者・小説家。東京大学名誉教授。元日本アメリカ文学会会長。北海道函館市生まれ。
小島 周二(こじま しゅうじ、1948年(昭和23年)10月… 小島 周二(こじま しゅうじ、1948年(昭和23年)10月28日 - )は、日本の放射線生物学者。薬学博士(東北大学、1981年)。東京理科大学薬学部元教授。放射線被ばく後の適応応答に関する研究で知られる。 低線量の放射線を被ばくしたマウスにおいて、抗酸化物質グルタチオンの血中濃度とナチュラルキラー活性が上昇することを見出した。また、放射線誘発バイスタンダー効果において、アデノシン三リン酸(ATP)が細胞間シグナル伝達に関与する可能性を示した。 その他、がん関連抗体を用いたがんの放射免疫学的診断・治療の分野等でも業績を残している。 神奈川県横浜市出身。1973年東京理科大学薬学部卒業、1975年千葉大学大学院薬学研究科修士課程修了。
石川 幹子(いしかわ みきこ、1948年10月27日 - )… 石川 幹子(いしかわ みきこ、1948年10月27日 - )は、日本のランドスケープ・アーキテクト。中央大学研究開発機構グリーンインフラ研究室機構・機構教授、東京大学名誉教授。農学博士、技術士(都市及び地方計画)、元日本学術会議会員。宮城県岩沼市出身。 専攻は環境デザイン、都市環境計画。 世界文化的景観科学者会議日本代表、日本イコモス文化的景観国内委員会主査。日本都市計画学会、日本造園学会、土木学会、各会員。元日本学術会議環境学委員会委員長、元東京都自然環境保全審議会委員、元東京都都市計画地方審議会委員、元東京都公園審議会委員、元新宿区都市計画審議会委員、元川崎市環境審議会委員、元鎌倉市緑政審議会委員、元宮城県岩沼市震災復興会議議長。
宮内 正敬(みやうち まさよし、1948年10月27日 - … 宮内 正敬(みやうち まさよし、1948年10月27日 - )は、日本の実業家。株式会社東武ストア代表取締役社長を務めた。 茨城県生まれ。1972年一橋大学商学部卒業、丸紅入社。丸紅経営企画部副部長などを経て、2003年東武ストア取締役業務本部副本部長。2004年東武ストア常務取締役業務本部長。2008年東武ストア専務取締役業務本部長。 2010年から東武ストア代表取締役社長を務め、実情に応じた運営を可能にするため各店舗への権限移譲などを進めた。日本チェーンストア協会常任理事、東京学芸大学附属特別支援学校若竹会会長、中央大学経済学部非常勤講師、関西学院大学国際学部非常勤講師、創価大学経済学部非常勤講師なども務めた。
高木 長之助(たかき ちょうのすけ、1948年10月26日 … 高木 長之助(たかき ちょうのすけ、1948年10月26日 - 2016年12月6日)は、日本の柔道家(講道館9段)。千葉県出身。 選手として1973年の世界選手権大会で金メダル、75年の同大会で銅メダルを獲得。引退後は指導者として日本大学柔道部の総監督を務める傍ら、全日本柔道連盟理事や全日本学生柔道連盟副会長等を歴任した。 千葉県は房総半島の先端、安房郡白浜町(現・南房総市)にて、半農半漁の家に生まれる。海に面した土地柄のため幼少時の遊びはもっぱら海の素もぐりで、アワビ・サザエ等の海産物を獲っては食べるというのが日課だった。 小学校では水泳をやっていたがレギュラーにはなれず、町立白浜中学校への入学と同時に柔道部に入部。
岩本 正和(いわもと まさかず、1948年10月26日 - … 岩本 正和(いわもと まさかず、1948年10月26日 - ) は、日本の化学工学者。東京工業大学名誉教授。元北海道大学触媒化学研究センターセンター長。元触媒学会会長。紫綬褒章受章。 1967年長崎県立島原高等学校卒業。1971年九州大学工学部応用化学科卒業。1973年九州大学大学院工学研究科応用化学専攻修士課程修了。1976年九州大学大学院工学研究科応用化学専攻博士課程単位取得退学、長崎大学工学部助手。1978年長崎大学工学部講師、テキサスA&M大学研究員。1981年長崎大学工学部助教授。1987年宮崎大学工学部教授。1990年北海道大学触媒化学研究センター教授。1997年北海道大学触媒化学研究センター長。
片桐 美雪(かたぎり みゆき、Katagiri Miyuki… 片桐 美雪(かたぎり みゆき、Katagiri Miyuki、1948年10月26日 -) は、日本のアルペンスキーヤー選手である。 1972年の冬季オリンピックに出場した。 この項目は、スキーに関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:スポーツ/Portal:スポーツ)。
村田 純一(むらた じゅんいち、1948年10月25日 - … 村田 純一(むらた じゅんいち、1948年10月25日 - )は、日本の哲学者。東京大学大学院総合文化研究科名誉教授。専門は、現象学・知覚論・心身問題・科学哲学・技術哲学。 兵庫県生まれ。武蔵高等学校卒業。1972年東京大学教養学部教養学科科学史・科学哲学分科卒業。1974年同大学院理学研究科科学史専攻修士課程修了。1977-1979年西ドイツ・ケルン大学留学、1980年東京大学博士後期課程中退、1991年東大教養学部助教授、1997年教授。2011年退任、立正大学文学部哲学科教授。2017年同大大学院文学研究科長。2019年同大定年退職。 科学哲学、技術哲学から、心理学、生態学、現象学までにわたる、幅広い論稿、訳書がある。