清水 真(しみず まこと、1961年5月21日 - )は、日… 清水 真(しみず まこと、1961年5月21日 - )は、日本の法学者(刑事法)。函館市生まれ。カトリック信者で洗礼名はアウグスティヌス。専門は、刑事訴訟法、医事法、少年法。明治大学大学院教授、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科講師、財務省税関研修所高等科・高等専科講師、東京医科歯科大学医学部研究倫理審査委員・同遺伝子解析倫理委員や日本動脈硬化学会倫理委員、日本臨床法学教育協会理事、日本比較法研究所嘱託研究所員。 元函館大学教授の清水紘史は父親、作庭家で京都工芸繊維大学講師の重森千青は義兄。母方の祖父母・叔父・従弟等、親族に医師が多いことが医事法をも研究するきっかけだったとする。 北海道函館中部高等学校卒業。
富樫 倫太郎(とがし りんたろう、1961年 - )は、日本… 富樫 倫太郎(とがし りんたろう、1961年 - )は、日本の小説家。北海道函館市出身。日本推理作家協会所属。 北海道札幌東高等学校を経て北海道大学経済学部卒業後、3年の会社員生活ののち、本格的な執筆活動へ入る。 15年間に60回以上投稿しては落選をし続けた。1998年、『修羅の跫(あしおと)』で第4回歴史群像大賞を受賞しデビュー。 以後、歴史小説・時代小説・警察小説のジャンルを執筆する。 『早雲の軍配者』で週刊朝日の「2010年 歴史・時代小説ベスト10」にて第1位を獲得。また2011年には同作で第32回吉川英治文学新人賞の候補に選ばれる。
今野 徹(こんの とおる、1960年9月2日 - 2017年… 今野 徹(こんの とおる、1960年9月2日 - 2017年12月5日)は、日本のテレビ番組の演出家、プロデューサーである。北海道函館市出身。上智大学卒業後、株式会社イースト(後のイースト・エンタテインメント)に入社。落語関係の番組を多数担当。都民寄席実行委員などを務め、浅草演芸ホール8月下席「禁演落語の会」の解説で高座にも上がっている。落語家との親交も深く、結婚式の司会のひとりは、当時二ツ目だった柳家三太楼(現・三遊亭遊雀)だった。 落語研究会は白井良幹から引き継いで1998年から20年近くプロデューサーを務めた。出演者と演目決め、本番の進行からテレビ番組の編集までほとんど一人でやっていた。 2012年には、居住地町田市で鶴川落語会を立ち上げる。
稲田 博(いなだ ひろし、1960年6月12日 - )は、俳… 稲田 博(いなだ ひろし、1960年6月12日 - )は、俳優、脚本家、演出家。劇団イナダ組代表。「イナダ」名義でも活動する。北海道函館市出身。北海高等学校、北海道東海大学(現・東海大学)芸術学部情報デザイン学科卒業。東海大学(北海道・旭川キャンパス芸術工学部)と北海道浅井学園大学(現・北翔大学)生涯学習システム学部・芸術メディア学科・舞台芸術コース非常勤講師。 大学時代に1学年上の先輩に誘われ、演劇を始める。北海道東海大学時代は演劇部「えびぞった」の部長。1988年からは自身のプロデュース公演を行い、活動。1990年、現在CREATIVE OFFICE CUEの会長である鈴井貴之と意気投合し、鈴井主宰として、劇団「OOPARTS」を立ち上げる。
青沼 貴子(あおぬま たかこ、1960年(昭和35年)1月1… 青沼 貴子(あおぬま たかこ、1960年(昭和35年)1月1日 - )は、日本の漫画家。北海道函館市出身。函館東高等学校卒業。本名は鈴木 貴子(旧姓:青沼)。東京都板橋区在住。
片山 雅子(かたやま まさこ、1959年9月30日 - )は… 片山 雅子(かたやま まさこ、1959年9月30日 - )は、北海道函館市出身のフリーアナウンサー。身長170cm。
林 道郎(はやし みちお、1959年7月20日 - )は、日… 林 道郎(はやし みちお、1959年7月20日 - )は、日本の美術史家、美術批評家。上智大学国際教養学部元教授。 北海道函館市生まれ。東京大学文学部卒業、東京大学大学院、コロンビア大学大学院で西洋美術史を専攻、1999年、ポール・セザンヌに関する博士論文でコロンビア大学大学院美術史学科博士号取得。武蔵大学人文学部助教授、上智大学比較文化学部助教授、教授などを歴任。 2003年、上智大学国際教養学部教授に就任。 2021年4月30日、上智大学の元学生の女性が、教授職にあった林から10年に渡ってセクシャルハラスメントを受けたとして2100万円の損害賠償を求め東京地裁に提訴した。訴状によれば、女性は2003年に同大学入学後、2004年の後期から林の講義を受け、大学院進学直前の2007年夏のゼミ旅行をきっかけに、妻帯者である林から二人きりで学外で会うことを求められ出したという。
鈴木 聡一郎(すずき そういちろう、1959年7月7日 - … 鈴木 聡一郎(すずき そういちろう、1959年7月7日 - )は日本のロボット工学者、スポーツ工学者。 北見工業大学第10代学長。学位は博士(情報科学)。 専門はロボット工学、福祉工学、スポーツ工学。北海道函館市出身。 1984年に北海道大学工学部金属工学科卒業後、アシックスに入社。同社スポーツ工学研究所での研究活動を経て、1993年に北見工業大学工学部機械システム工学科助手として赴任。並行して東北大学大学院情報科学研究科で学び、1999年に博士後期課程修了。同年、北見工業大学機械システム工学科助教授。2011年、同学科教授となる。 2017年11月16日に開催された北見工業大学学長選考会議において次期学長候補者に選ばれ、翌2018年4月1日に学長に就任した(任期は2022年3月31日までの4年間)。
杉谷 実(すぎや みのる、1959年7月4日 - )は、日本… 杉谷 実(すぎや みのる、1959年7月4日 - )は、日本の元プロボクサー。北海道茅部郡南茅部町(現:北海道函館市)出身、函館大学付属有斗高等学校卒業。現役時代は協栄ボクシングジム所属。第10代日本スーパーライト級王者。元プロボクサーの杉谷満は弟、元プロ野球選手の杉谷拳士は甥(満の次男)にあたる。 弟である杉谷満も協栄ボクシングジムの元プロボクサーで日本フェザー級王者を獲得し、史上3組目の兄弟日本王者となった。2人の甥姪がおり、甥である杉谷拳士は元プロ野球選手。
三遊亭 洋楽(さんゆうてい ようらく、1958年6月24日 … 三遊亭 洋楽(さんゆうてい ようらく、1958年6月24日 - 2017年12月28日)は、日本の落語家、政治家。円楽一門会所属。函館市議会議員(1期)。 北海道函館市生まれ。北海道北斗市育ち。北海道函館西高等学校で2年間学び転校、札幌大学経済学部卒業。
中原理恵(なかはら りえ、1958年〈昭和33年〉6月17日… 中原理恵(なかはら りえ、1958年〈昭和33年〉6月17日 - )は、日本の元歌手・女優・タレント・司会者。かつて田辺エージェンシーに所属していた。本名は目加田 貴美恵(めかた きみえ)。 北海道函館市出身。函館市立潮見中学校・遺愛女子高校卒業。 上京前は高校卒業後に札幌で喫茶店のウエートレスや、高級クラブのホステスを務めていた時期もあったという。「以前は歌手よりファッションデザイナーになりたかったの。高校を出ると、とにかく東京に行きたいと計画していました。でもある日、デザイナーでも歌手でも自分の世界をつくることに変わりはない。自分の世界をつくれれば最高!と思うようになりました」と歌手の道を選んだ。
村井 康司(むらい こうじ、1958年- )は、日本のジャズ… 村井 康司(むらい こうじ、1958年- )は、日本のジャズ評論家、俳人、編集者。 北海道函館市生まれ。函館ラ・サール高等学校、上智大学文学部新聞学科卒。大学時代からジャズ・ビッグバンドでギターと編曲を担当。小学館に入社し、編集者として勤務のかたわら1987年より音楽雑誌にジャズ評論はじめ音楽についての文章を雑誌に書き始める。そのほか、俳人としても活動する。後藤雅洋、中山康樹と「熱血トリオ」と呼ばれ鼎談で仕事をしていた。俳句同人誌「恒信風」の初代編集長であり、同誌には長嶋有や川上弘美が俳人として依った。編集者としては、歌人の穂村弘をエッセイストとしてメジャーにした『世界音痴』の出版や、同郷の小説家・佐藤泰志の『海炭市叙景』復刊が知られる。
小林 敬(こばやし たかし、1957年11月22日 - )は… 小林 敬(こばやし たかし、1957年11月22日 - )は、北海道函館市出身の実業家。 函館市出身。函館有斗高等学校卒業、その後大阪府のあべの辻調理師学校を卒業後、フランス料理店に勤務。1979年、地元函館に戻り料理店「らんぷ亭」を開業。1982年、再び大阪に戻り、フランス料理店に勤務する一方、食肉卸売業者でシステムエンジニアとしてオフィスコンピュータのシステム開発に関わる。1988年、「食べて得する料理家 庵」を開業。1991年、小林事務所を設立。「新和風料理 庵」など数々の飲食店を全国に展開していた。 2005年には長崎オランダ村の跡地を使った「食」のテーマパーク「キャスビレッジ」をプロデュースし、その親会社CASジャパンの取締役に就任。
細川 馨 (ほそかわ かおる、1957年10月15日 - )… 細川 馨 (ほそかわ かおる、1957年10月15日 - )は、日本の実業家、経営コンサルタント。ビジネスコーチ株式会社代表取締役社長。世界ビジネスコーチ協会資格検定委員、BCS認定プロフェッショナルビジネスコーチ。男性。北海道生まれ。 函館市出身。北海道函館北高等学校、1980年に駒澤大学経営学部卒業。セゾン生命保険(現:AIGエジソン生命)入社。1986年、営業所長。1994年、営業部次長。1998年、銀座支社長。2001年、営業推進部長 兼 支社開発室長。2002年9月末、セゾン生命を退職(同社が4月にエジソン生命に吸収合併されたのを機に)。プロコーチとして独立。2005年にビジネスコーチを設立し代表取締役に就任。
赤城 敏正(あかぎ としまさ、1957年〈昭和32年〉9月3… 赤城 敏正(あかぎ としまさ、1957年〈昭和32年〉9月3日 - )は、元北海道放送(HBC)のアナウンサー。北海道函館市出身。北海道大学水産学部水産増殖学科卒業。血液型B型。 1981年4月HBC入社。卒業論文執筆のための実験でワカメの栽培中にサーモスタットが壊れたために実験をやり直したために就職活動も遅れ、就職試験の遅かった北海道放送を受験したら合格したというエピソードを持つ。本社アナウンス部に配属後、1982年8月に釧路放送局に異動して数々のローカル番組を担当し、1986年8月に本社アナウンス部へ異動(復帰)となり、その直後に、ナイターオフシーズン期の1986年10月から1987年3月まで放送されたラジオのリクエスト番組「赤城敏正 宵の口ワイド」を担当し好評を得たことから、1987年4月から1988年3月までの1年間にわたって「ベストテンほっかいどう」のパーソナリティを担当。
齋藤 修(さいとう おさむ、1957年7月 - )は、日本の… 齋藤 修(さいとう おさむ、1957年7月 - )は、日本の財務官僚。財務省北海道財務局長や、財務総合政策研究所副所長を務めた。 北海道函館市出身。国家公務員初級職試験合格後、1976年札幌国税局入局、総務部総務課。1977年東京国税局総務部総務課。1981年中央大学法学部卒業。1985年大蔵省大臣官房秘書課。1996年大蔵省大臣官房秘書課課長補佐。2000年近畿財務局理財部理財課長。2001年財務省大臣官房秘書課課長補佐。2005年財務省大臣官房人事調査官。2011年東京国税局荻窪税務署長。2012年北海道財務局総務部長。2013年東海財務局総務部長。2014年財務省理財局管理課長。2015年から北海道財務局長を務め、地方創生などにあたった。
魚戸 おさむ(うおと おさむ、本名:魚戸 修、1957年5月… 魚戸 おさむ(うおと おさむ、本名:魚戸 修、1957年5月9日 - )は、日本の漫画家。北海道函館市出身。 上京後、星野之宣・村上もとかのアシスタントを経て、1985年の『わんぱっくコミック』(徳間書店)に『忍者じゃじゃ丸くん』を執筆、商業誌デビューを果たす。漫画雑誌での初連載作品は1987年に『月刊コロコロコミック』(小学館)にて開始された『熱拳カンフークラブ』。代表作にテレビドラマ化された『家栽の人』(原作:毛利甚八)、『イリヤッド-入矢堂見聞録-』(原作:東周斎雅楽)などがある。 生活クラブの組合員であり、クラブが提携する特産品を紹介するコーナーのイラストをクラブの情報誌で担当している。
高野 裕美子(たかの ゆみこ、1957年 - 2008年2月… 高野 裕美子(たかの ゆみこ、1957年 - 2008年2月10日)は、日本の小説家、翻訳家。本名は長井裕美子。 北海道函館市出身。立教大学文学部卒業。 海外冒険小説の翻訳家を経る。2000年、『サイレント・ナイト』で第3回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞し、小説家としてデビューする。 2008年、クモ膜下出血で急逝。50歳没。
大崎 誠子(おおさき せいこ、1956年8月28日 - )は… 大崎 誠子(おおさき せいこ、1956年8月28日 - )は、日本の政治家。元アナウンサー・報道記者。自由民主党所属の元北海道議会議員(4期)。 北海道函館市出身。遺愛女子高等学校[要出典]、明治学院大学社会学部卒業。1979年、北海道文化放送(UHB)にアナウンサーとして入社。「テレビ道新6:30」→「UHBイブニングニュース」→「UHBスーパータイム」を始めとした各種番組の司会者、キャスターとして活動。 1986年にはアメリカ合衆国へ語学留学し一時休職。1991年にテレビ北海道(TVh)に報道記者として転籍し、北海道の行政・経済を中心に取材。一時期は『TVh道新ニュース』の土曜日のキャスターも担当したことがある。
叶 和貴子(かのう わきこ、1956年4月23日 - )は、… 叶 和貴子(かのう わきこ、1956年4月23日 - )は、日本の女優。本名、高松 和貴子。 北海道函館市生まれ。中学・高校時代は陸上競技で活躍し、女子80mハードルで北海道記録をマークした。 1977年に桐朋学園短期大学音楽科を卒業後、ピンク・レディーや郷ひろみのバックコーラスを務めた。女優への転身のきっかけは、「和服の似合う美人女優」を探していた久世光彦に郷が叶を紹介したことによる。1980年にTBSのテレビドラマ『源氏物語』の紫の上役でデビューした。芸名の由来は「自分の可能性を試すデビューだから」ということで「可能」を「叶」に変えて付けたという説がある。最初に所属していた事務所はバーニングプロダクション。
加山 麗子(かやま れいこ、1956年4月2日 - )は日本… 加山 麗子(かやま れいこ、1956年4月2日 - )は日本の女優。北海道函館市出身、茨城県育ち。 実家は北海道の神社で、父親は神主。 茨城県立日立第二高等学校卒。 日活ロマンポルノの清純派として人気を得ると、以後テレビドラマにも多数出演した。
春日 粧(かすが さやか、1956年 - )は染色作家。北海… 春日 粧(かすが さやか、1956年 - )は染色作家。北海道函館市生まれ。 1980年、立命館大学産業社会学部卒業後、京都手描き友禅の世界へ。1989年、夫・春日英克とともに、「創作家具と染・春日工房」を開設し、創作活動に入る。
秋 透(あき とおる、1956年 - )日本の作曲家。北海道… 秋 透(あき とおる、1956年 - )日本の作曲家。北海道函館市生まれ。 北海道大学理学部物理学科および京都市立芸術大学音楽学部作曲専修を卒業。廣瀬量平に作曲を師事した。色彩感と躍動感に優れた独特のサウンドで、作品は大規模な器楽作品から合唱曲まで幅広い。日本作曲家協議会会員。
のむら しんぼ(1955年(昭和30年)9月24日 - 、本… のむら しんぼ(1955年(昭和30年)9月24日 - 、本名:野村 伸(のむら しん))は、日本の漫画家。 北海道茅部郡南茅部町(現・函館市)出身。函館ラ・サール高等学校卒業。立教大学文学部仏文科中退。血液型はAB型。 立教大学時代に初めて触れた青年漫画に衝撃を受けて漫画家を目指し、大学2年の時に漫画研究会に入る。大学3年生の時に似顔絵描きのアルバイトをしていた際に弘兼憲史に声を掛けられ、アシスタントとなる。大学在学中の1979年(昭和54年)、『ケンカばんばん』(『コロコロコミック』)でデビュー。1980年(昭和55年)からは同誌で『とどろけ!一番』を連載する。立教大学は漫画の世界に本格的に入ったため通わなくなり、5年間在籍した後は中退した。
青木 仁志(あおき さとし、1955年〈昭和30年〉3月19… 青木 仁志(あおき さとし、1955年〈昭和30年〉3月19日 - )は、日本の実業家、経営者。人材教育コンサルティング会社、アチーブメント株式会社を設立し、代表取締役会長 兼 社長を務める。 北海道函館市生まれ。 3歳の頃に両親が離婚し義理の母に育てられる。その後、実母に会いたい思いで17歳の頃に家出の形で東京へ向かい、履歴書の必要なかった溶接工見習いとなる。 19歳の頃、祖父への手紙の消印を手がかりに実母が見つける形で再会。再会後、御徒町で実母と喫茶店を経営。その後、喫茶店で知り合った会社社長が経営する商社に就職。
高楼 方子(たかどの ほうこ、1955年 - )は、日本の作… 高楼 方子(たかどの ほうこ、1955年 - )は、日本の作家。主に絵本、児童書の執筆を手がけている。 北海道函館市出身、札幌市在住。東京女子大学文理学部日本文学科卒。
深澤 祐二(ふかさわ ゆうじ、1954年11月1日 - )は… 深澤 祐二(ふかさわ ゆうじ、1954年11月1日 - )は、日本の実業家。東日本旅客鉄道(JR東日本)取締役会長。公益財団法人日本交通公社評議員。 ・社長時代、ある区にて演説を行った際に乗務員数十名(見習い、指導含む)が聞いているにも関わらず、「あと10年後に、この仕事(運転関係)は無くなっている」と発言し叩かれた過去がある。
植竹 公和(うえたけ きみかず、1954年4月28日 - )… 植竹 公和(うえたけ きみかず、1954年4月28日 - )は、日本の放送作家、ソングライター。北海道函館市生まれ。北海道教育大学附属函館小学校卒業、同附属中学校卒業、函館ラサール高等学校、法政大学文学部卒業。横浜市在住。 高校生のとき、『北海道新聞』(北海道新聞社)主宰の有島武郎文学賞に入選。大学生の頃、『とびだせものまね大作戦』(フジテレビ)、『お笑い大集合』(フジテレビ)、『びっくりショー』(フジテレビ)でものまねチャンピオンを総なめする(主なネタはアメリカのテレビドラマ『コンバット!』(ABC)のオープニングの英語のナレーション、ベトコンとアメリカ兵の言い争い、イヴ・サン=ローランと高田賢三の違いの形態模写、ドナルドダック、ワーナー・ブラザースのアニメ『ルーニー・テューンズ』内の『ロードランナー・ショー』などに登場するキャラクター、ロード・ランナー、『版画まんだら』の棟方志功、『徹子の部屋』(テレビ朝日)の黒柳徹子のリアクションのものまね(黒柳徹子本人もその映像を見て「似てる」と認める)、俵孝太郎、三遊亭円生、等など)。
逢見 直人(おうみ なおと、1954年2月10日 - )は、… 逢見 直人(おうみ なおと、1954年2月10日 - )は、日本の労働運動家。 北海道函館市生まれ。北海道函館中部高等学校を経て、1976年一橋大学社会学部卒業。一橋大では依光正哲人口問題専任講師の前期ゼミ及び津田真澂労働問題教授の後期ゼミ、体育会ボート部に所属。趣味は落語、クラシック音楽鑑賞。 当初は労働ジャーナリストを志していたが、ゼミの指導教官の紹介で大学卒業後はゼンセン同盟書記局に入局。労働政策部長、千葉県支部長、1988年常任中央執行委員(政策局長)、2004年UIゼンセン同盟副会長、2005年-2011年日本労働組合総連合会(連合)副事務局長(政策局長)、2011年UIゼンセン同盟会長付(副会長)、2012年全国繊維化学食品流通サービス一般労働組合同盟(UAゼンセン)会長、連合副会長を経て、2015年10月より連合事務局長を務め、働き方改革関連法案に関し菅義偉内閣官房長官との交渉を担当した。
石倉 淳一(いしくら じゅんいち、1954年 - 2007年… 石倉 淳一(いしくら じゅんいち、1954年 - 2007年9月6日)は、日本の漫画家、イラストレーター。 北海道函館市出身。獨協大学卒業後、「小さい花のテレジア」の挿絵でイラストデビューを飾る(1980年)。のち1983年に『月刊少年ジャンプ』誌上で「わてがナニワの太子だす」を連載開始。同年、月間ギャグマンガ賞佳作を受賞。 幅広い読者層に支持され、漫画、専門書など様々な媒体で創作活動を行った。 2007年9月6日、脳腫瘍のため都内病院で永眠。享年53。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。
山内 絵美子(やまうち えみこ、1953年12月17日 - … 山内 絵美子(やまうち えみこ、1953年12月17日 - )は、日本の女優・歌手。北海道函館市出身。身長164 cm、B88 cm、W59 cm、H88 cm(1975年3月) 遺愛女子高等学校卒業。1972年に上京後、スカウトされモデルとしてデビュー、1973年、東映に所属となり、山内えみ子の芸名でデビュー。 映画デビュー作『ネオンくらげ』でグラマラスなヌードと体当たり演技を披露し注目され、以後セクシーかつ不良の香りのする役で『番格ロック』、『ネオンくらげ 新宿花電車』に主演。 1974年、映画『聖獣学園』に助演後、歌手としてもデビュー。ロングヘアーの黒髪が印象的な女優だったが、歌手活動後の70年代後半にはショーカットのスタイルにしている。
牧 泰昌(まき やすまさ、1953年〈昭和28年〉6月14日… 牧 泰昌(まき やすまさ、1953年〈昭和28年〉6月14日 - 2025年〈令和7年〉8月12日)は、日本の実業家、ラジオパーソナリティ。北海道函館市出身。
成田 和幸(なりた かずゆき、1953年4月20日 - )は… 成田 和幸(なりた かずゆき、1953年4月20日 - )は、北海道函館市出身の実業家。 函館市出身。函館有斗高等学校卒業、その後北海道産業短期大学卒業。昭和51年に東日本ハウス株式会社函館支店入社、平成2年函館支店長、平成6年に取締役北海道ブロック長兼支店強化推進部長、平成7年に取締役首都圏ブロック長兼横浜支店長、平成13年に常務取締役関東ブロック長兼首都圏ブロック長、平成14年に代表取締役社長に就任。同社内で営業成績全国1位を15回受賞、生涯受注実績棟数532棟で歴代1位を記録している。[要出典]
矢口 敦子(やぐち あつこ、1953年 -)は、日本の小説家… 矢口 敦子(やぐち あつこ、1953年 -)は、日本の小説家。北海道函館市生まれ。 病気のため小学5年で通学を辞め、通信教育課程を経て慶應義塾大学文学部および中央大学法学部を卒業。山村正夫のもとで小説を学んだ後、1991年4月、講談社ノベルスより「谷口敦子」名義で『かぐや姫連続殺人事件』を刊行しデビュー。第2作から現在の筆名になる。1994年に『家族の行方』が第5回鮎川哲也賞候補になり、1997年には『人形になる』で第40回女流新人賞を受賞。廃止前の最後の受賞者となった。 2007年には早見江堂(はやみえどう)名義でメフィスト賞に応募し、『本格ミステリ館焼失』以下の三部作を刊行している。 文庫化されない作品もあるなどあまりヒットに恵まれていなかったが、2008年に『償い』が65万部を超えるヒットを記録した。
佐藤 久美子(さとう くみこ、1952年5月25日 - )は… 佐藤 久美子(さとう くみこ、1952年5月25日 - )は、日本の言語学者、玉川大学教授。玉川大学大学院脳情報・文学研究科、リベラルアーツ学部教授、脳科学研究所言語情報研究センター主任。専門分野は言語心理学・応用言語学・英語教育。乳幼児の言語獲得・発達を研究し、その結果に基づく英語教育を提案している。趣味はピアノや料理、ショッピング。 北海道函館市出身。津田塾大学学芸学部を卒業し、1982年同大学大学院文学研究科博士課程修了。文学修士。玉川大学の教授で「認知とコミュニケーションの言語心理学・発達心理学的研究」をしている。日本英語学会、大学英語教育学会、JAAL -in- JACET、日本認知科学会、日本音声学会、日本心理学会、日本赤ちゃん学会、日本子ども学会といった多方面の学会に所属している。
笹島 明夫(ささじま あきお、1952年 - )は、日本のジ… 笹島 明夫(ささじま あきお、1952年 - )は、日本のジャズ・ギタリスト。北海道函館市出身。 1977年に渡米し、現在はアメリカ・カリフォルニア州を拠点に活動している。アメリカの有名レーベルから、ロン・カーターやジョー・ヘンダーソンなどの大物ミュージシャンをゲストに迎えたリーダー作を数多くリリースしている実力派。また、海外の教則本の翻訳も手がけている他、自身の動画ページでのジャズギター講座も人気を集めている。
田原 良信(たはら よしのぶ、1952年 - )は、日本の考… 田原 良信(たはら よしのぶ、1952年 - )は、日本の考古学者、歴史学者。市立函館博物館館長、箱館奉行所館長を歴任。 北海道函館市生まれ。駒澤大学文学部歴史学科考古学専攻卒業。函館市学芸員、同教育委員会生涯学習部文化財課課長を経て、市立函館博物館館長。 2014年4月より箱館奉行所館長。 著書に「五稜郭 - 幕末対外政策の北の拠点」など。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
佳山 明生(かやま あきお、1951年9月19日 - )は、… 佳山 明生(かやま あきお、1951年9月19日 - )は、日本の演歌歌手。1983年のヒット曲「氷雨」で知られている。函館観光大使。既婚。 北海道函館市出身。1970年に作曲家の古賀政男最後の門下生として師事する。1973年3月に那須高原でセミプロとして歌うときに、美輪明宏から佳山 明生の芸名をもらう。この芸名は、当時の美輪の活動名「丸山明宏」の「山明」を採って、那須高原を表現するべく字を足したものということで、本人は「加山雄三さんのファンだったし、名前の響きもいいので、すごく嬉しかった」という。1977年12月1日に「氷雨」でデビューを果たす。デビュー時のキャッチフレーズは「キャンペーンの星」。
中山 俊之(なかやま としゆき、1951年6月25日 - )… 中山 俊之(なかやま としゆき、1951年6月25日 - )は、北海道函館市出身の元プロ野球選手・アマチュア野球指導者。 函館大谷高校から北海道産業短期大学へ進学して第2回明治神宮大会でも登板、卒業後に大昭和製紙北海道へ入社。1973年の都市対抗にエースとして出場する。1回戦で住友金属の山中正竹と投げ合い、延長15回両チーム無得点で引き分ける。続く再試合で光内数喜(鐘淵化学から補強)、2回戦では日本楽器の池谷公二郎に投げ勝ち、準々決勝に進出。日本通運に惜敗するが、この年に創設された若獅子賞に輝く。 1973年ドラフト会議で中日ドラゴンズから3位指名を受けるも拒否。1974年の都市対抗でチームは優勝するが、柳俊之(電電北海道から補強)、千藤和久(北海道拓殖銀行から補強)両投手の陰に隠れ、活躍の場はなかった。
芳野 藤丸(よしの ふじまる、1951年4月21日 - )は… 芳野 藤丸(よしの ふじまる、1951年4月21日 - )は、日本のミュージシャン。所属事務所はto Coda Music。北海道函館市出身。スタジオ・ミュージシャンとしてのキャリアも長く、「新世紀エヴァンゲリオン」等の楽曲演奏にも参加している。 北海道函館市生まれ。 3歳の時からヴァイオリンをはじめ小学生の頃には、エルヴィス・プレスリー、リッキー・ネルソンなどのロックンロール音楽に親しむ。函館ラ・サール学園を卒業後、アメリカ合衆国西海岸を10ヶ月間放浪、帰国後大学に入学する。 1970年、大学入学と同時に上京、音楽サークル入部。ブリティッシュ・ロックに傾倒。学生仲間とバンド「WISH」を結成。
斉藤 文春(さいとう ぶんしゅん、1951年1月25日 - … 斉藤 文春(さいとう ぶんしゅん、1951年1月25日 - )は、日本の書家、現代美術家。 北海道函館市生まれ。宮城県仙台第三高等学校卒、東北学院大学経済学部卒(書道研究部在籍)。現代における<ことばの表現>としての「書」、墨線・墨点による「水墨抽象」作品の可能性を多面的に追求している。特にそれらの拡張的展開としてオブジェ、インスタレーション、パフォーマンスで現代美術と交流。1980年には秋亜綺羅らと批評総合誌「SENDAI IN」を発行した。水墨トリエンナーレ富山2007奨励賞。 トリエンナーレ豊橋・星野眞吾賞展(2017)審査委員推奨。美術展等の企画、評論、執筆活動を行う。映画、演劇、コンサート、イベント、出版物の題字等、手掛けている。
佐々木 一夫(ささき かずお、1950年9月28日 - 20… 佐々木 一夫(ささき かずお、1950年9月28日 - 2008年9月28日)は、ホッカイドウ競馬の元調教師(元騎手)。勝負服の柄は黄・胴赤一本輪、袖緑・黄一本輪。北海道函館市出身、身長158センチ、体重52キロ、血液型B型。函館工業高等専門学校卒業。 1969年4月29日函館競馬ツワイメリーでレース初騎乗。同年5月9日、函館競馬場でアツカシに騎乗し、初勝利。以来、1994年に引退するまでホッカイドウ競馬で数々の名馬に騎乗し、通算9510戦1539勝を記録。重賞も通算86勝を挙げた。 1995年3月31日に調教師免許を取得し、1996年に厩舎を開業。同年4月17日に調教師として管理馬を初出走。同年5月15日には調教師として初勝利。
宇江佐 真理(うえざ まり、1949年10月20日 - 20… 宇江佐 真理(うえざ まり、1949年10月20日 - 2015年11月7日)は、日本の時代小説作家。本名、伊藤 香(いとう かおる)。 北海道函館市生まれ。北海道函館中部高等学校在学中より創作を始める。函館大谷女子短期大学(現・函館大谷短期大学)卒業。OL生活を経て、主婦となる。 1995年、『幻の声』でオール讀物新人賞を受賞しデビュー。同賞の選考委員の一人、白石一郎から、伊三次(『幻の声』の主人公)を主人公に据えた連作が可能である、との意見をもらい連作化された。同作品を含んだ連作短編集『幻の声 髪結い伊三次捕物余話』は第117回直木三十五賞候補にもなり注目される。なおペンネーム「宇江佐真理」は『ウエザ・リポート』というタイトルでエッセイを書くために決めたため、その名に拘りはなく、本名を隠蔽することさえできればよかった。
佐藤 泰志(さとう やすし、1949年4月26日 - 199… 佐藤 泰志(さとう やすし、1949年4月26日 - 1990年10月10日)は、日本の小説家。 北海道函館市高砂町(現・若松町)出身。國學院大學文学部哲学科卒業。芥川賞に計5回ノミネートされたが、受賞は逸したまま41歳で自死した。 1949年(昭和24年)4月26日、北海道函館市高砂町に父・佐藤省三、母・佐藤幸子の長男として生まれた。村上春樹と同年の生まれである。1965年4月、北海道函館西高等学校に入学。1966年、高校の文芸部誌に小説「退学処分」を発表、また「青春の記憶」を第4回有島青少年文芸賞に応募して優秀賞を受賞。翌年の第5回有島青少年文芸賞では、1967年10月の「第一次羽田闘争」に触発を受け、同年9月に函館西高で起こった防衛大学校入学説明会阻止闘争を題材とした「市街戦の中のジャズ・メン」で優秀賞を獲得する。
大内 全(おおうち たもつ、1949年4月12日 - )は、… 大内 全(おおうち たもつ、1949年4月12日 - )は、日本の技術者、実業家。北海道電力取締役副社長を経て、北海道電気保安協会理事長や、北海道経済連合会会長を務めた。 北海道函館市生まれ。1972年北海道大学工学部卒業、北海道電力入社。取締役原子力部長、常務取締役泊原子力事務所長、常務取締役発電本部長、取締役副社長を経て、2011年北海道電気保安協会理事長。2014年から北海道経済連合会会長を務め、北海道新幹線延伸前倒し問題などにあたった。2015年から体調に問題が生じ2016年に退任した。北海道食産業総合振興機構理事長、北海道科学技術総合振興センター理事長等も歴任した。
加藤 唯史(かとう ただし、本名:加藤 正、1949年2月1… 加藤 唯史(かとう ただし、本名:加藤 正、1949年2月17日 - 2017年10月15日)は、日本の漫画家。北海道函館市出身。 北海道函館西高等学校卒業後上京、新聞配達のアルバイトの傍ら、渡米を志し英会話学校に通う。しかしその1年後、棚下照生のアシスタントとなり、3年間務めた。 1973年に貸本雑誌『劇画No.1』(東考社)掲載の『妖かしの森』にてデビュー。当時のペンネームは本名の加藤正だった。その後は少年誌で執筆し、後に青年誌で連載を持つようになる。『ザ・シェフ』は後にドラマ化も果たすほどのヒット作になる。 『週刊少年チャンピオン』(秋田書店)で連載していた『ロン先生の虫眼鏡』は、当時同誌で『がきデカ』などが連載されていたせいか、同誌の「唯一の良心」と言われていた。
竹本 義明(たけもと よしあき、1949年 - )は、日本の… 竹本 義明(たけもと よしあき、1949年 - )は、日本のトランペット奏者、教育者。名古屋芸術大学学長などを務めた。アートマネジメント研究者。 北海道函館市生まれ。1967年に北海道函館中部高等学校を卒業し、1972年に武蔵野音楽大学音楽学部器楽科を卒業して、名古屋フィルハーモニー交響楽団に入団した。 1989年に交響楽団を退団して名古屋芸術大学非常勤講師となり、1992年に助教授となった。 1994年には、古楽器修得を目的として、イギリスの王立音楽大学への研究留学した。 1999年に教授に昇任し、2001年に音楽学部長、2004年に副学長(学校法人名古屋自由学院理事、評議員)、2007年に学生部長、2009年に生涯学習センター長などを歴任し、2010年に学長となった。
今泉 博(いまいずみ ひろし、1949年 - )は、日本の教… 今泉 博(いまいずみ ひろし、1949年 - )は、日本の教育者、教育学者、松本大学教授。 北海道函館市生まれ。1971年北海道教育大学卒、東京都公立小学校教員として勤務。2004年北海道教育大学釧路校助教授、教授となり、2015年定年退任、松本大学教育学部教授となる。間違い・失敗を活かし、子どもたちが生き生き学ぶ授業を創造。現場の経験をもとに「教師教育論」「授業論」「学力論」などの研究を進めている。2002年「学びをつくる会」(東京)、2004年「釧路学びをつくる会」の設立に尽力。全国進路指導研究会常任委員。
平石 貴樹(ひらいし たかき、1948年10月28日 - )… 平石 貴樹(ひらいし たかき、1948年10月28日 - )は、日本のアメリカ文学者・小説家。東京大学名誉教授。元日本アメリカ文学会会長。北海道函館市生まれ。
栖原 暁(すはら さとる、1948年8月15日 - 2011… 栖原 暁(すはら さとる、1948年8月15日 - 2011年7月20日)は、日本の社会学者。専門は在日外国人問題。元東京大学国際センター長・教授。 北海道函館市出身。1967年函館ラ・サール高等学校卒業。一橋大学社会学部卒業。 大学卒業後、東京大学大学院人文科学研究科修士課程に進学し、西洋史を専攻したが、「頭でっかちはもういい」と、ビルの清掃作業員のアルバイトを始める。大学院在学中の1973年に、大学で教鞭をとりながらアジア文化会館で在日外国人問題を扱っていた田中宏(のちに一橋大学名誉教授)を訪ねて、アジア文化会館に訪問。1975年に大学院を中退し、田中の紹介により、アジア文化会館を運営するアジア学生文化協会に就職し、留学生問題を担当。