佐藤 陽成(さとう ようせい、2003年9月3日 - )は、… 佐藤 陽成(さとう ようせい、2003年9月3日 - )は、北海道稚内市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・北海道コンサドーレ札幌所属。ポジションはフォワード。 北海道コンサドーレ札幌のユース出身。2020年に2種登録選手としてトップチームに登録されたが公式戦出場はなし。2021年2月、1学年下の西野奨太と共に再び2種登録選手としてトップチームに登録。7月7日の天皇杯3回戦V・ファーレン長崎戦で途中出場し、トップチームデビューを果たした。 その後、西野は同年に飛び級でトップ昇格を果たしたが、佐藤は昇格を果たせず大阪体育大学でプレーを続け、2025年3月17日に北海道コンサドーレ札幌と仮契約を結び2026年シーズンからの加入が内定した。
斉藤 莉生 (さいとう りお、2000年〈平成12年〉1月3… 斉藤 莉生 (さいとう りお、2000年〈平成12年〉1月3日 - ) は日本の俳優。 北海道稚内市出身。北翔大学教育文化学部芸術学科舞台芸術分野を卒業。 小学1年生でわっかない子どもミュージックサークル エンジェルボイスに入団。そこで参加したミュージカルをきっかけに舞台に興味を持つ。大学では舞台芸術を学ぶ。 大学卒業後、ハリー・ポッターと呪いの子にてスコーピウス・マルフォイ役で2022年6月16日にプロデビュー。本来のデビュー日は8月だったが、ダブルキャストである門田宗大が稽古中の怪我のため休演が決定。急遽プレビュー公演からの登板となり、6月~8月までの期間シングル登板となった。 2023年7月22日~7月30日ザ・ミステリアス・ストレンジャー(原作マーク・トウェイン、演出白石隼也)に出演。
本間 吏成(ほんま りせい、1996年5月5日 - )は、北… 本間 吏成(ほんま りせい、1996年5月5日 - )は、北海道放送(HBC)のアナウンサー。 野球実況も担当する。 北海道稚内市出身。稚内南小学校、稚内南中学校、稚内高校普通科、関西学院大学卒業。 特技は関西弁。弱点は友達がいない、休日にやることがない、声が暗い。 高校まで10年間野球に打ち込み、部活動を引退後、「野球にも携われる」とアナウンサーを目指す。 2020年4月に北海道放送に入社。新人研修の一環で報道部に、9月より正式にアナウンス部に配属。同期のアナウンサーは大竹彩加。 2021年3月30日、HBCラジオ「Fledge!!(フレッジ)」の初回放送を同期の大竹彩加とともに担当。 大竹彩加が勝手に決めた、番組冒頭のフレーズは「ほんまに、ほんまに、ほんまやで~」( - 2021年6月末)→「いでよ!カフの奥にいる中の人!」(2021年7月 - )
遠藤 元一(えんどう げんいち、1994年9月9日 - )は… 遠藤 元一(えんどう げんいち、1994年9月9日 - )は、北海道稚内市出身のサッカー選手。ポジションは、ディフェンダー(DF)。 JFL・ラインメール青森所属。 旭川実業高校では2年と3年の2度全国高等学校サッカー選手権大会に出場した。産業能率大学では1年からレギュラーに定着して、4年時は主将を務めた。 2017年より、AC長野パルセイロへ加入した。 2021年より、カマタマーレ讃岐へ完全移籍した。 2022年12月、FC岐阜へ完全移籍。加入後2年間、副キャプテンを務めた。2024シーズン終了後、契約満了により退団。 2025年、ラインメール青森に加入。
尾崎 雄貴(おざき ゆうき、1991年5月27日 - )は、… 尾崎 雄貴(おざき ゆうき、1991年5月27日 - )は、日本の男性ミュージシャン、歌手であり、Galileo Galilei、BBHF(旧称:Bird Bear Hare and Fish)のボーカル・ギター担当。北海道稚内市出身。O型。ソロプロジェクトでの名義は「warbear」(ウォーベアー)。Galileo GalileiおよびBBHFのドラマー・尾崎和樹は実弟である。 中学3年生の時、実弟である和樹とエアギターバンドごっこをしていた。まじめに練習するなかでバンドをやりたいと思うようになり、雄貴は幼馴染の佐孝仁司を誘う。そこへ、隠れて教本を参考にドラムを練習していた和樹を加入させ、2007年にロックバンド「ガリレオ・ガリレイ」を結成。
若狭 与志枝(わかさ よしえ、1988年6月7日 - )は、… 若狭 与志枝(わかさ よしえ、1988年6月7日 - )は、日本の女子プロボクサー。北海道稚内市出身。花形ボクシングジム所属。身長161cm。第4・7代日本女子フェザー級王者。 2014年8月27日、田中智沙戦でプロデビューし1回KO勝利。 デビューから4連勝するが、拳の負傷のため2017年2月19日の吉田実代戦を棄権しブランクを作ってしまう。 2018年4月17日、島野りーみん戦で1年半ぶりに復帰し判定勝利。 8月20日、日本女子バンタム級挑戦者決定戦として奥田朋子と対戦し、2-1判定で勝利し挑戦権獲得。 2019年3月13日、吉田実代が持つ日本女子バンタム級王座に挑むが、0-3判定で敗れ王座奪取ならず。
中村 有岐(なかむら ゆき、1988年1月30日 - )は、… 中村 有岐(なかむら ゆき、1988年1月30日 - )は、日本の声優、女優、歌手。北海道稚内市出身。 太字はメインキャラクター。 この項目は、声優(ナレーターを含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:アニメ/PJ:アニメ/PJ:声優)。
藤田 征樹(ふじた まさき、1985年1月17日 - )は、… 藤田 征樹(ふじた まさき、1985年1月17日 - )は、日本のトライアスロン選手、自転車競技選手。藤建設株式会社勤務。チームチェブロ所属。北海道稚内市出身。 稚内市立稚内港小学校、稚内市立稚内南中学校、北海道稚内高等学校、東海大学工学部動力機械工学科卒業。同大学院工学研究科修士課程修了。 小学生時代はスピードスケート、中学・高校時代は陸上競技をしており、東海大学に進学してからはトライアスロンのサークルに在籍していた。しかし、2004年の夏、自動車に同乗中交通事故に巻き込まれ両下脚を損傷し、切断を余儀なくされてしまう。その2年後に義足をつけてトライアスロン大会に出場するようになり、健常者と混じって参加し完走を果たしたことから、各方面から注目されるようになった。
阿部芙蓉美(あべ ふゆみ、1983年2月20日 - )は、日… 阿部芙蓉美(あべ ふゆみ、1983年2月20日 - )は、日本のシンガーソングライター・歌手。北海道稚内市出身。身長170cm。
渡邊 ゆかり(わたなべ ゆかり、1981年4月28日 - )… 渡邊 ゆかり(わたなべ ゆかり、1981年4月28日 - )は、北海道稚内市出身の女子競輪選手、元女子スピードスケート選手。 競輪選手としては、日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)102期生、日本競輪選手会新潟支部所属(登録地は山梨県)。また、選手登録名は渡辺ゆかりとしている。 白樺学園高等学校を経て、富士急行に所属していた。2009-2010シーズン終了後、富士急スケート部を退部した。
岡田 敦(おかだ あつし、男性、1979年7月24日 - )… 岡田 敦(おかだ あつし、男性、1979年7月24日 - )は、日本の写真家、芸術学博士。北海道稚内市で生まれる。北海道にルーツを持ち、現在は東京を拠点に活動している。大阪芸術大学、東京工芸大学大学院で写真を学び、芸術学の博士号を取得している。第4回富士フォトサロン新人賞をはじめ、写真界で最も権威ある賞の一つとされる第33回木村伊兵衛写真賞、第66回北海道文化奨励賞、第33回写真の町東川賞特別作家賞、第37回JRA賞馬事文化賞など、数々の著名な賞を受賞しており、現代日本を代表する写真家の一人として評価されている。 幼少期を稚内と札幌で過ごした岡田は、幼い頃から美術に関心を抱いていた。北海道札幌北陵高等学校を卒業後、写真家を志し、1999年に大阪芸術大学芸術学部写真学科に進学。
中座 真(ちゅうざ まこと、1970年2月3日 - )は、将… 中座 真(ちゅうざ まこと、1970年2月3日 - )は、将棋棋士。佐瀬勇次名誉九段門下。棋士番号は219。北海道稚内市出身。妻は女流棋士の中倉彰子。 稚内市立稚内南小学校時代に小学生将棋名人戦に出場し、4年時に3位、5・6年時にベスト8。1981年に奨励会に入会。20歳で三段に昇段したが、四段に昇段できないまま5年が経ち、26歳の年齢制限が迫っていた。四段昇段できなければ退会する覚悟を決めて臨んだ第18回三段リーグ(1995年度下半期)は、最後の一局で敗れ12勝6敗で終了。本人は諦めていたが、その後競争相手の3人が全員敗れ、逆転で四段昇段が決まった。その知らせを聞いた際、放心状態でその場に座り込んだ姿をとらえた写真が『週刊将棋』に掲載された。
伊藤 直人(いとう なおと、1969年8月15日 - )は、… 伊藤 直人(いとう なおと、1969年8月15日 - )は、ノルディックスキージャンプの元選手。 北海道稚内市生まれで5歳からジャンプを始める。兄の伊藤克彦はW杯出場経験がある元複合選手。下川町立下川中学校3年時の全国中学2位で頭角を現し、東海大四高では2年で世界ジュニア選手権代表、3年でインターハイ優勝。北海道東海大学3年時の札幌ユニバーシアード大会は個人(ノーマルヒル、ラージヒル)、団体の3冠に輝いた。1992年、雪印乳業に入社。W杯は95年ファルン大会(スウェーデン、ラージヒル)3位が最高で、同年ノルディックスキー世界選手権代表にも選ばれた。 1968年から連載、翌69年にはテレビ放送された漫画「タイガーマスク」の主人公伊達直人と名前が一字違いであることから、これにあやかりヘルメットとフェースガード、ジャンプスーツまでトラ柄にしてファンにアピールした。
大村 巌(おおむら いわお、1969年5月31日 - )は、… 大村 巌(おおむら いわお、1969年5月31日 - )は、北海道稚内市出身の元プロ野球選手(外野手)・コーチ・監督、解説者・評論家。 愛称は同姓の大村崑にちなんだ「コンちゃん」。 東海大四高校2年時の1986年に、夏の甲子園(第68回大会)にエース兼五番打者として出場し、尽誠学園高校(香川県代表)の伊良部秀輝(元千葉ロッテマリーンズ等)から本塁打を放ち注目される。1987年秋のプロ野球ドラフト会議にてロッテオリオンズに6位で指名された(この時のドラフト1位は上述の伊良部)。投手として入団したが、すぐに打者に転向した。 1989年のフレッシュオールスターゲームで2安打を放ち最優秀選手に選出された際に、賞金の使い道を問われ、「すべてバット代」と答えるほどの練習熱心な選手だった。
坂下たけとも(さかした たけとも、1968年3月8日 - )… 坂下たけとも(さかした たけとも、1968年3月8日 - )は、日本のギタリスト。北海道稚内市出身。 1990年代始めにギタリスト・音楽プロデューサーの土方隆行に師事しローディーを6年間務める。土方がサウンド・プロデュースするDragon Ashや黒夢のサポート・メンバーとして活動する傍ら、レコーディング・セッションで出会ったドラマー・音楽プロデューサーの平出悟と意気投合しバンドTRANSを結成。 1999年、黒夢の清春が率いるSADSに結成メンバーとして参加し2003年の活動休止まで活動。 Towerなどを経て、2004年にZIGGYのボーカルである森重樹一に誘われ、The DUST'N'BONEZに加入。
森 みつえ(もり みつえ、1966年7月19日 - )は、日… 森 みつえ(もり みつえ、1966年7月19日 - )は、日本の元女優。本名︰森 美津栄(読み同一)。 北海道出身。身長165cm、体重53kg。血液型はO型。桐朋学園短期大学芸術科演劇専攻卒業。東映東京撮影所を経て、宝井プロジェクトに所属していた。 稚内市立稚内東小学校→稚内市立稚内東中学校→北海道稚内高等学校。稚内高校で演劇部に入り、桐朋学園短期大学に進学。短大卒業後、無名塾入り。1989年1月に同塾卒業後は主にテレビ、映画、CMなどで活躍。 特技は小学校で始めたスピードスケート(元北海道代表)、スキー、日本舞踊、バレエ。4人きょうだいの長女で、弟が2人に妹が1人いる。マニピュレータのTOMMY-Gとは、高校時代の遊び仲間である。
立原 ちえみ(たちはら ちえみ、1966年3月9日 - )は… 立原 ちえみ(たちはら ちえみ、1966年3月9日 - )は、日本の元女優。本名は横山 智恵美。 北海道稚内市出身。サンプロモーションに所属していた。 三姉妹の次女(姉、妹がいる)。 スチュワーデスになることを目指して上京、高校3年生の時にサンプロモーションにスカウトされたことで芸能界入り。堀越高等学校卒業。 1984年テレビドラマ『不良少女とよばれて』でデビュー。その後は、テレビドラマなどで活躍する。 現在は結婚して引退している。 この項目は、俳優(男優・女優)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ芸能人)。
伊藤 浩一(いとう こういち、1960年〈昭和35年〉5月1… 伊藤 浩一(いとう こういち、1960年〈昭和35年〉5月18日 - )は、日本の政治家。北海道猿払村長(第11代)。 北海道稚内市生まれ。1979年(昭和54年)3月、北海道稚内高等学校を卒業。同年4月、猿払村役場に入庁。入庁後、協働まちづくり推進課長、保健福祉課長兼地域包括支援センター長、産業課長などを歴任。保健福祉推進課長として、巽昭村長による小規模多機能型居宅介護施設構想、カラオケルームや浴場などを備えた地域交流施設の整備に携わった。 2013年(平成25年)11月18日、無投票で初当選。同年12月3日、猿払村長に就任。 2017年(平成29年)11月14日、無投票で2選。 2021年(令和3年)11月16日、無投票で3選。
六土 開正(ろくど はるよし、1955年10月1日 - )は… 六土 開正(ろくど はるよし、1955年10月1日 - )は、日本のベーシスト、キーボーディスト、ピアニスト、作曲家。ロックバンド安全地帯でベース、キーボード、ピアノを担当。北海道稚内市出身。 キティレコード - ソニー・ミュージックエンタテインメント (日本) - ユニバーサル ストラテジック マーケティング ジャパン - Template:玉置浩二 この項目は、音楽家(演奏者・作詞家・作曲家・編曲家・バンドなど)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:音楽/PJ:音楽)。
田中 裕也(たなか ひろや、1952年9月30日 - )は、… 田中 裕也(たなか ひろや、1952年9月30日 - )は、日本の実測家、建築学博士である。北海道稚内市出身。主な研究分野はアントニ・ガウディ。 1978年から、スペインの現地にてガウディの建築物の実測と建築図面の作成を続けている。バルセロナ在住。 この項目は、建築・土木に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:建築/Portal:建築)。
鈴木 和宏(すずき かずひろ、1951年9月4日 - )は、… 鈴木 和宏(すずき かずひろ、1951年9月4日 - )は、日本の検察官、裁判官、弁護士。最高検察庁刑事部長、東京地方検察庁検事正、福岡高等検察庁検事長などを務めた。退官後、国際研修協力機構理事長を務めた。瑞宝重光章受章。 北海道稚内市出身。1970年函館ラ・サール高等学校卒業。1974年一橋大学法学部卒業。日本弁護士会連合会会長菊地裕太郎、日本医師会会長中川俊男は高校の同期生。検察批判などで有名なジャーナリストの魚住昭や参議院議員の藤巻健史は大学前期クラスでの同級生。司法修習28期を経て、1976年東京地方検察庁検事。福島地方検察庁いわき支部、京都地方検察庁を経て、判検交流として東京地方裁判所で判事補や判事を務めた。
斉藤 裕(さいとう ひろし、1950年〈昭和25年〉9月17… 斉藤 裕(さいとう ひろし、1950年〈昭和25年〉9月17日 - )は、北朝鮮による拉致被害者と考えられる日本男性。特定失踪者問題調査会でも「拉致濃厚」(1000番台リスト)としている。1968年(昭和43年)12月1日夜、失踪した。彼については、脱北した北朝鮮の元工作員による目撃情報がある。 1950年(昭和25年)9月17日、北海道生まれ。 1968年12月1日夜7時頃、約4キロメートル離れた友人宅を訪ねたものの本人が不在だったので、「また来る」と友人の家族に告げて浜の方へ下りていったまま消息不明となっている。工業高校の機械科3年生で、翌年4月から大阪の企業に就職が内定していた。失踪当時の身長は160センチメートルと小柄でやせ型、左右いずれかの腕に火傷痕、また盲腸の手術痕があったという。
工藤 広(くどう ひろし、1949年10月15日 - )は、… 工藤 広(くどう ひろし、1949年10月15日 - )は、日本の政治家。北海道稚内市長(4期)。 北海道稚内市出身。北海道大学経済学部卒業。稚内市役所に入庁し企画調整部長、経済部長などを歴任した。2005年(平成17年)3月、稚内市助役に就任。2007年(平成19年)4月、稚内市副市長に就任。2010年(平成22年)12月、副市長を退職。 2011年(平成23年)4月24日に行われた稚内市長選に民主党と自由民主党の推薦を得て出馬。建設会社社長の長谷川伸一の猛攻をしりぞけ初当選した(工藤:11,942票、長谷川:11,726票)。投票率は75.80%だった。5月1日、市長就任。 2015年(平成27年)、無投票で再選。
浜谷 英博(はまや ひでひろ、1949年(昭和24年)4月2… 浜谷 英博(はまや ひでひろ、1949年(昭和24年)4月28日 - )は、日本の法学者(憲法学・比較憲法)・安全保障学者(自衛隊法・防衛法・安全保障法)。三重中京大学(旧・松阪大学)現代法経学部(旧・政治経済学部)名誉教授。 北海道稚内市生まれ。国士舘大学大学院博士課程単位取得退学。1993年同大学日本政教研究所教授を経て、1997年から松阪大学(2005年に三重中京大学と校名変更)教授。同大学現代法経学部・大学院政策科学研究科教授、同大学図書館長を歴任。 防衛法学会理事長、比較憲法学会常任理事。三重県国民保護協議会委員(2005年 - )。国家基本問題研究所評議員。 国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律、周辺事態に際して我が国の平和及び安全を確保するための措置に関する法律、武力攻撃事態等における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律、武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律(国民保護法)等の審議において、国会公述人や参考人を務める[要出典]。
横田 耕一(よこた こういち、1948年12月30日 - )… 横田 耕一(よこた こういち、1948年12月30日 - )は、日本の政治家、実業家。勲等は旭日小綬章。北海道稚内市出身。1971年3月、東洋大学社会学部応用社会学科卒。元横田モータース株式会社代表取締役。第14代 - 第16代北海道稚内市長(1999年 - 2011年)。 千葉県君津市教育委員会勤務、横田モータース株式会社代表取締役などを経て、1999年稚内市長に初当選。以後、3期連続当選。 2011年4月実施の市長選には、出馬せず引退した。 自然エネルギーの導入促進に積極的に取り組んでおり、風力発電では74基の風車の導入、また太陽光発電では新エネルギー・産業技術総合開発機構の大規模太陽光発電の実証研究の導入などの実績を残した。
米本 秀仁(よねもと ひでひと、1946年9月27日-202… 米本 秀仁(よねもと ひでひと、1946年9月27日-2023年12月3日)は、日本の社会福祉学者。北星学園大学社会福祉学部福祉臨床学科教授を経て、同大学名誉教授。専門は、社会福祉学。特に、高齢者福祉論、ソーシャルワーク論を研究。北海道稚内市出身 北海道稚内市出身。1969年(昭和44年)北星学園大学文学部社会福祉学科卒業。1972年(昭和47年)明治学院大学大学院社会学研究科社会福祉専攻修士課程修了。1972年秋草保育専門学院(現・秋草学園福祉教育専門学校)専任講師。1979年(昭和54年)道都大学社会福祉学部専任講師。1981年(昭和56年)北星学園大学文学部講師。1984年(昭和59年)同文学部助教授。
館 淳一(たて じゅんいち、1943年8月16日 - )は、… 館 淳一(たて じゅんいち、1943年8月16日 - )は、日本の小説家、官能小説家、雑学研究家、エッセイスト。日本文芸家クラブ会員、日本推理作家協会会員。 北海道稚内市出身。北海道札幌西高等学校、日本大学藝術学部放送学科卒業。 フリーライター、週刊誌アンカーマン(週刊プレイボーイ、週刊明星など)、フリー編集者、日本版PLAYB0Y(月刊プレイボーイ)などで生計をたてる傍らSM小説を書き、蘭光生に認められ1975年雑誌デビュー。以後、官能小説界で活動。著書は190冊(2017年6月時点)。
五十嵐紀男(いがらしのりお、1940年8月30日 - )は、… 五十嵐紀男(いがらしのりお、1940年8月30日 - )は、日本の検察官、公証人、弁護士。公安調査庁総務課長、東京地検特捜部長、最高検検事、千葉地検検事正、横浜地検検事正等を歴任した。 北海道稚内市生まれ。 北海道苫小牧東高等学校を経て、北海道大学法学部在学中に旧司法試験合格。大学卒業後、1965年東京地方検察庁検事。東京地方検察庁特別捜査部副部長(財政・経済担当)、公安調査庁総務部総務課長、最高裁判所司法研修所教官、東京地方検察庁総務部長等を歴任。 1991年から東京地方検察庁特別捜査部長を務め、金丸信自由民主党経世会会長を巡る東京佐川急便事件などを手掛けた。1993年最高検察庁検事。同年大分地方検察庁検事正。
畠山 みどり(はたけやま みどり、1939年4月5日 - )… 畠山 みどり(はたけやま みどり、1939年4月5日 - )は日本の演歌歌手。本名は千秋 みどり(せんしゅう みどり)。北海道士別高等学校卒業。 北海道稚内市出身。北海道士別高校卒業後、デザイナーを志し上京し文化服装学院に入学するも、幼少時からの歌手の夢が棄て難く退学。古賀政男ギター学院へ入学し、レッスンに励む。一時は練習生として大橋節夫とハニー・アイランダースでハワイアンを歌っていた。 1960年、素人のど自慢番組『トップライトショウ』(ニッポン放送)で優勝したことでレコード会社の関係者の目に入り、日本コロムビアに入社。入社後1年4ヶ月間、船村徹のもとでレッスンに通うかたわら、島倉千代子らコロムビアの看板歌手の前座を務めたのち、1962年に「恋は神代の昔から」でデビュー。
大竹 仁(おおたけ ひとし、1935年8月18日 - )は、… 大竹 仁(おおたけ ひとし、1935年8月18日 - )は、北海道稚内市出身の元プロ野球選手(外野手)。左投左打。 稚内高から東洋高圧砂川。東洋高圧砂川では都市対抗野球大会にも出場した。1956年、毎日オリオンズに入団すると別当薫監督からは大いに強打を期待された。しかし通算1本塁打に終わり、1959年に引退した。引退後は日本楽器の横浜店に勤務。「ピアノ調律師」となった。
高橋 英生(たかはし えいせい、1933年 - 2017年)… 高橋 英生(たかはし えいせい、1933年 - 2017年)は、北海道稚内市出身の画家。札幌を中心として東京、パリなどで活動し、現在は稚内市上勇知南部にアトリエを構える。15歳から国鉄に入社し鉄道員だったが33歳に退職し本格的に画家を志す。若いころは前衛的な作品が多かったが、のちにパリの街並みを描いた作品や風景画など作成し高い評価を得ている。稚内に移住してからは上勇知や利尻富士など地元の風景を中心に描いている。 北海道稚内市上勇知南部にある画家高橋英生のアトリエ。平成18年にいちど火災で全焼したが、その後再建される。1階はギャラリー、2階はカフェとなっており、地域のサロンとなっている。すぐそばには牛舎を改造した「ぎゃらりー華」があり自身や地元住人の様々な作品を展示するスペースが存在する。
因藤 壽(いんどう ひさし、1925年12月30日 - 20… 因藤 壽(いんどう ひさし、1925年12月30日 - 2009年8月8日)は北海道稚内市生まれの現代美術家。 モノクローム絵画が特徴。 1942年、北海道庁立苫小牧工業学校本科電気科(現在の北海道苫小牧工業高等学校)を卒業。卒業後、北海道大学超短波研究所に勤務。 1947年頃より仕事の傍ら、クレヨン画を始める。その後、喜茂別や倶知安の中学校の教員に転身。道内の美術展に積極的に出品する。1950年第2回読売アンデパンダン展に出品。以後も継続して出品。 1963年、大宮市(現さいたま市)に移り、首都圏の画廊で個展を開催。その後も精力的に制作活動に取り組んだ。 2009年8月8日、他界。 北海道立旭川美術館、北海道立近代美術館、埼玉県立近代美術館などが作品を所蔵する。
敦賀 一夫(つるが かずお、1922年〈大正11年〉1月21… 敦賀 一夫(つるが かずお、1922年〈大正11年〉1月21日 - 2025年〈令和7年〉4月14日)は、日本の政治家。元北海道稚内市長(2期)。 北海道宗谷郡稚内町または礼文町出身。札幌逓信講習所卒。卒業後は稚内郵便局に勤務し、地区労働組合事務局長を経て、1959年(昭和34年)に稚内市議会議員を1期務める。その後は日本電信電話公社に勤務し、1971年(昭和46年)に共同ボデー工業株式会社取締役社長に就任。1967年(昭和42年)と1971年の2回北海道議会議員選挙に稚内市選挙区から社会党公認で立候補したが、いずれも落選した。 1991年(平成3年)、8期32年務めた現職の浜森辰雄を破って稚内市長に当選する。
浜森 辰雄(はまもり たつお、1916年2月9日 - 200… 浜森 辰雄(はまもり たつお、1916年2月9日 - 2009年9月4日)は、日本の政治家。北海道稚内市出身。第4代 - 第11代北海道稚内市長(1959年 - 1991年)。 1939年札幌商業学校、1941年早稲田大学政治経済学部(旧制)卒業。 北海道議会議員(日本社会党会派)を経て、1959年稚内市長に初当選。以後連続8期務め、稚内の天皇とまで称された。1983年に7月にソビエト連邦を初訪し、両国のパイプ役として活躍。同年12月には、ソ連対外友好・文化交流団体連合会より友好促進記章を贈られた。また同年9月の大韓航空機撃墜事件では、遺族対策や報道陣対応でこの年は多忙を極めた。1991年に9選を目指すも落選。
柏木 ベン(かしわぎ ベン、1879年〈明治12年〉12月1… 柏木 ベン(かしわぎ ベン、1879年〈明治12年〉12月12日 - 1963年〈昭和36年〉8月14日)は、宗谷のアイヌ。アイヌ語宗谷方言の話者であり、当地のアイヌ文化の保持者であった。アイヌ名はHatankoyma、ハタンコイマッ、ハタンコイマ。 1879年12月12日、イキコマナイ 'Ikikomanay(現・稚内市大字宗谷村会所前)に生まれる。父・柏木弁太(ベンタ)(嘉永3年(1850年)6月-?)はオランナイ 'Oran Nay(現・稚内市大字宗谷村字第二清浜)の人、父方祖父・イクニンケ 'Ikuninkeは紋別の人、父方祖母はオランナイの人であった。また、父は首長であった。母・シマ(安政4年(1857年)6月-?)はその父母ともに石狩の人であり(シマはオランナイ出身との記述もある)、宗谷のことは何も知らなかったという。
如月音流(きさらぎ ねる)は、日本の実業家、アスキーアート作… 如月音流(きさらぎ ねる)は、日本の実業家、アスキーアート作家、タレント、およびヴィジュアル系ロックバンド・Lily-C[lie]meボーカリスト。北海道稚内市出身。身長168cm・バスト93cm・ウエスト68cm・ヒップ92cm(いずれも公式プロフィール)。所属所属事務所はGrick。 芸名の「如月」は、自身が2月生まれであることに由来する。本名は非公開だが、レギュラー番組『おネエ★MANS』でのコストコ特集で、会員証の記載欄から名前が「濱下カツマサ」であることが明かされている。 実家はラーメン屋、寿司屋、大衆食堂を同時に経営しているため、料理も得意であり、自身でラーメンの麺を打つこともできる。
中井 広恵 は、フリーの女流棋士。北海道稚内市出身。佐瀬勇次… 中井 広恵 は、フリーの女流棋士。北海道稚内市出身。佐瀬勇次名誉九段門下。1981年から日本将棋連盟に所属、2007年5月から新設の日本女子プロ将棋協会(LPSA)に移籍、2014年1月からフリーとなる。過去の女流棋士番号は日本将棋連盟所属時は旧17、LPSA所属時は7。タイトル獲得数は19期(歴代3位、2024年度末時点)。女流通算勝利数の最多記録保持者(記録継続中、2024年度末時点で女流通算760勝)。