真山 祐一(まやま ゆういち、1981年6月4日 - )は、… 真山 祐一(まやま ゆういち、1981年6月4日 - )は、日本の政治家。公明党所属の福島県議会議員(2期)。元衆議院議員(1期)。 宮城県仙台市出身。仙台市立大沢中学校、東北学院高等学校を経て、東北学院大学経済学部を卒業、店舗用備品製造会社に就職。公明党入党後、党青年局次長、党福島県職員、国会議員秘書などを務めて、東北方面青年局長に就任。 2012年12月16日、第46回衆議院議員総選挙において比例東北ブロック・公明党名簿第2位で出馬するも落選。 2014年11月20日、福島県庁で記者会見し、「福島の復興を風化させてはいけない、止めてはいけないと訴えていく」として、第47回衆議院議員総選挙に比例東北ブロックで立候補することを表明。
渡辺 勝幸(わたなべ かつゆき、1975年〈昭和50年〉5月… 渡辺 勝幸(わたなべ かつゆき、1975年〈昭和50年〉5月10日 - )は日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(1期)。 宮城県仙台市生まれ。仙台市立沖野小学校に入学するが、父の仕事の都合で3年時に転校し、青森市立筒井小学校を卒業。その後、青森市立筒井中学校を経て、仙台市立沖野中学校を卒業した。中学時代は生徒会長および応援団長を務めた。 1994年、宮城県仙台第一高等学校卒業。高校時代は2年間にわたり応援団長を務めた。1999年、慶應義塾大学法学部政治学科卒業。在学中は玉井清研究会(近代日本政治史)および鈴木透研究会(アメリカ文化研究)に所属。同年、国会議員政策担当秘書資格試験に合格。2001年には、慶應義塾大学大学院法学研究科政治学専攻修士課程を修了した。
三浦 信祐(みうら のぶひろ、1975年3月5日 - )は、… 三浦 信祐(みうら のぶひろ、1975年3月5日 - )は、日本の政治家、工学者。公明党所属の参議院議員(2期)、公明党選挙対策委員長、公明党安全保障部会長。 1975年、宮城県仙台市に生まれる。福島県立福島高等学校を卒業後、千葉工業大学工学部で材料工学を専攻する。 1997年に大学を卒業後、防衛庁に入庁し、防衛大学校機械システム工学科の助手に着任する。2003年、東京工業大学で博士(工学)号を習得。防衛大学校助教、防衛大学校講師を経て、2012年4月、防衛大学校准教授に就任する。 2016年7月、第24回参議院議員通常選挙に公明党公認で神奈川県選挙区より立候補し、第2位で初当選を果たす。公明党としては3年前の佐々木さやかに続く神奈川県選挙区での議席獲得となった。
熊谷 大(くまがい ゆたか、1975年2月16日 - )は、… 熊谷 大(くまがい ゆたか、1975年2月16日 - )は、日本の政治家。宮城県利府町長(3期)。元参議院議員(1期)。松下政経塾出身。 宮城県仙台市生まれ。仙台市立高砂小学校、仙台市立高砂中学校、宮城県仙台東高等学校(英語科)を経て、八千代国際大学(現・秀明大学)政治経済学部を卒業し、東北大学大学院(国際文化研究科アメリカ研究講座)修了。高校時代には、アメリカ合衆国オレゴン州のハイスクールに1年間の留学経験がある。 起業家、フリーター、電子計算機描写術者などを経験した。また、中学校教員(英語科講師)として、仙台市立中野中学校、同中山中学校、同三条中学校に勤務した。その後、松下政経塾に入塾し、2010年3月に卒塾(第28期生)した。
石垣 のりこ(いしがき のりこ、本名:小川 のり子、1974… 石垣 のりこ(いしがき のりこ、本名:小川 のり子、1974年 〈昭和49年〉8月1日 - )は、日本の政治家、アナウンサー。立憲民主党所属の参議院議員(2期)。立憲民主党宮城県総支部連合会代表。1998年より約21年間エフエム仙台(Date fm)にてアナウンサーを務めた。 宮城県仙台市宮城野区出身。仙台市立岩切小学校、仙台市立岩切中学校、宮城県第二女子高等学校(現・宮城県仙台二華高等学校)卒業。中学と高校では生徒会長を務めた。宮城教育大学小学校教員養成課程教育心理学コース在学中の1996年、みやぎライシーレディ6代目を務めた。大学を卒業し、学士(教育学)の学位を取得した。 1998年4月にエフエム仙台に入社。
菅野 志桜里(かんの しおり、1974年〈昭和49年〉7月2… 菅野 志桜里(かんの しおり、1974年〈昭和49年〉7月24日 - )は、日本の弁護士、政治家、元検察官。 衆議院議員(3期)、国民民主党広報局長、同憲法調査会長、民進党政務調査会長(初代)、同国民運動局長を歴任。2021年衆議院総選挙立候補見送り後一般社団法人国際人道プラットフォーム代表理事に就任。 出生時の姓は「菅野」。2006年の結婚時に当時の夫の姓である「山尾」に改姓。衆議院議員時代の活動名義は山尾 志桜里(やまお しおり)。2018年の離婚時に「菅野」へ復氏した。2021年11月8日、自身のTwitterを更新し、今後は「菅野志桜里」と本名に戻して活動すると発表した。2025年5月14日、次期参院選擁立を決定した国民民主党は姓の表記を「菅野」から「山尾」に修正すると発表した。
安藤 泰作(あんどう たいさく、1974年2月17日 - )… 安藤 泰作(あんどう たいさく、1974年2月17日 - )は、日本の漫画家、政治家。品川区議会議員(5期)。漫画家としてのペンネームは、庵堂田吾作(あんどう たごさく)。 宮城県仙台市生まれ。ペンネーム『庵堂田吾作』を名乗り、2001~2004年にかけて、週刊少年ジャンプや週刊少年チャンピオン、コミックバンチ、ヤングアニマル、月刊少年ガンガン、月刊アフタヌーンなど。多くの大手漫画雑誌編集部に原稿を持ち込みをしていた。しかし各編集部の評は総じて「女の子が可愛くない」というものだった。懸命に持ち込みを続けるも連載に繋がらない安藤に対して、2ちゃんねるアニメ漫画業界板には彼を観察する専用スレまで立つ状況だった。
上野 宏史(うえの ひろし、1971年2月23日 - )は、… 上野 宏史(うえの ひろし、1971年2月23日 - )は、日本の政治家。前衆議院議員(1期)。元参議院議員(1期)。
井戸 正枝(いど まさえ、旧姓は小形、勝又、1965年〈昭和… 井戸 正枝(いど まさえ、旧姓は小形、勝又、1965年〈昭和40年〉12月13日 - )は、日本の政治家。国民民主党所属の衆議院議員(2期)。兵庫県議会議員(2期)を務めた。文筆業の際は「井戸まさえ」の名を使う。 宮城県仙台市出身。仙台市立東華中学校、宮城県第二女子高等学校、1988年東京女子大学文理学部史学科卒業、同大学大学院博士後期課程修了。博士(生涯人間科学)。松下政経塾9期生。松下政経塾の同期には、秋葉賢也、市村浩一郎、本多平直、松野博一などがいる。1990年(平成2年)、東洋経済新報社入社、データ編集担当となる。その後「緒方あきの」のペンネームで経済ライターとして活動。 その後、松下政経塾8期生の勝又恒一郎と結婚し神奈川県で暮らす。
島尻 安伊子(しまじり あいこ、1965年〈昭和40年〉3月… 島尻 安伊子(しまじり あいこ、1965年〈昭和40年〉3月4日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(3期)、衆議院沖縄及び北方問題に関する特別委員長。 情報通信技術(IT)政策担当大臣兼海洋政策・領土問題担当大臣兼内閣府特命担当大臣(沖縄及び北方対策・科学技術政策・宇宙政策)(第3次安倍第1次改造内閣)、内閣府大臣政務官兼復興大臣政務官(第2次安倍内閣)、内閣府大臣補佐官(沖縄振興・子どもの貧困緊急対策担当)、参議院環境委員長、参議院議員(2期)、那覇市議会議員(2期)、自由民主党女性局長、同女性局長代理兼総務部会長などを歴任した。 宮城県仙台市生まれ。聖ウルスラ学院高等学校、上智大学文学部新聞学科卒業。
郡 和子(こおり かずこ、1957年(昭和32年)3月31日… 郡 和子(こおり かずこ、1957年(昭和32年)3月31日 - )は、日本の政治家、元アナウンサー。仙台市長(3期)。旧姓は高橋(たかはし)。 東北放送株式会社に入社し、報道制作局部長を務める。政治家としては衆議院議員(4期)、衆議院厚生労働委員会理事、衆議院消費者問題に関する特別委員会理事、内閣府大臣政務官、復興大臣政務官、民主党筆頭副幹事長などを歴任した。 宮城県名取郡秋保町(現・仙台市太白区)出身。仙台市立長町小学校を経て仙台市立長町中学校に入学。秋保町立秋保中学校(現在の仙台市立秋保中学校)に転校して卒業。宮城県第二女子高等学校(現在の宮城県仙台二華高等学校)を経て東北学院大学経済学部経済学科を卒業後、1979年4月に東北放送にアナウンサーとして入社。
佐々木 一十郎(ささき いそお、1950年(昭和25年)1月… 佐々木 一十郎(ささき いそお、1950年(昭和25年)1月10日 - 2026年(令和8年)3月15日)は、日本の政治家。宮城県名取市長(3期)。名取市議会議員(2期)を歴任した。 宮城県仙台市出身。1972年(昭和47年)12月、東北工業大学建築科中退。1976年(昭和51年)10月1日、有限会社佐々木酒造店に入社。1992年(平成4年)2月1日から2000年(平成12年)1月まで名取市議会議員を2期務めた。1998年(平成10年)3月、有限会社佐々木酒造店の代表取締役に就任。 2000年(平成12年)の名取市長選挙に出馬するも落選。同年12月1日、閖上(ゆりあげ)わかば幼稚園の園長に就任。
大石 正光(おおいし まさみつ、1945年1月28日 - )… 大石 正光(おおいし まさみつ、1945年1月28日 - )とは、日本の政治家である。公益財団法人緑の地球防衛基金理事長である。 参議院議員(1期)、衆議院議員(5期)、参議院財政金融委員長などを歴任した。農林大臣、環境庁長官を務めた元衆議院議員の大石武一は父である。 宮城県仙台市生まれ。暁星高等学校、立教大学文学部史学科卒業。大学卒業後、米国ウィットワース大学(Whitworth University, ワシントン州スポケーン)政治学部に留学。帰国後、国土計画(現・プリンスホテル)勤務を経て、父、大石武一の秘書となる。1976年に武一が農林大臣に就任した際は大臣秘書官を務めた。 1986年の第38回衆議院議員総選挙に自由民主党公認で旧宮城2区から立候補し、初当選した。
市川 昭男(いちかわ あきお、1941年(昭和16年)8月1… 市川 昭男(いちかわ あきお、1941年(昭和16年)8月10日 - )は、日本の政治家。元山形市長(第17代、3期)。旭日小綬章。 宮城県仙台市生まれ。山形市立第四小学校、山形市立第一中学校、山形市立商業高等学校を卒業後、一旦就職するも新潟大学人文学部に入学。大学卒業後、山形市役所に就職した。金澤忠雄山形市長の下では東北芸術工科大学の設置を推進し、同大の開学に尽力した。その後、山形市土地開発公社理事長や山形市総務部長、水道事業管理者を歴任。吉村和夫市長の下で山形市助役に就任。 2003年、吉村和夫市長が在職のまま多臓器不全により病死。吉村の死去に伴って実施された山形市長選に、吉村が推進してきた「環境先進都市の建設」の継承を掲げて立候補した。
桜井 良之助(さくらい りょうのすけ、1940年7月3日 -… 桜井 良之助(さくらい りょうのすけ、1940年7月3日 - 2006年7月16日)は、日本の政治家。宮城県仙台市出身。東北大学卒業。元東京都議会議員。公明副代表を歴任。 1940年7月3日、宮城県仙台市に生まれる。創価学会に入会する。東北大学を卒業する。公明新聞記者を務める。 1973年、東京都議会議員選挙に、世田谷区から公明党公認候補として立候補し、初当選する(以降、連続9期)。東京都議会副議長、東京都議会総務委員長を歴任する。 1994年12月5日、公明党解散にともない、公明結成に参加し、公明副代表に就任する。 1998年11月7日、公明党再結成に参加し、公明党幹事に就任する。公明党東京都本部代表代行を歴任する。
針生 雄吉(はりう ゆうきち、1937年2月25日 - 20… 針生 雄吉(はりう ゆうきち、1937年2月25日 - 2025年3月27日)は、日本の政治家、医師。元公明党参議院議員(1期)。医学博士。 宮城県仙台市出身。1963年東北大学医学部卒。1968年東北大学大学院医学研究科修了。修了後は国立水戸病院や仙台市立病院などに産婦人科医として勤務する。1986年の第14回参議院議員通常選挙に比例区から公明党公認で立候補したが次点に終わる。1990年塩出啓典の衆院選立候補(落選)に伴い繰り上げ当選、1期務めた。1992年引退。 2025年3月27日午前1時18分、肺炎のため仙台市の病院で死去。88歳没。
佐藤 道夫(さとう みちお、1932年(昭和7年)10月24… 佐藤 道夫(さとう みちお、1932年(昭和7年)10月24日 - 2009年(平成21年)7月15日)は、日本の検察官、政治家、弁護士。札幌高等検察庁検事長、参議院議員(2期)を務めた。 宮城県仙台市出身。仙台一高、東北大学法学部卒業。1955年に司法修習生。1957年に検察庁に入り、札幌地検検事、法務省刑事課長、東京地検刑事部長、横浜地検検事正、最高検刑事部長、札幌高検検事長などを歴任。 東京地検特捜部では、1972年の沖縄返還交渉での西山事件の捜査を担当し、起訴状を書いた。起訴状に記された「女性事務官をホテルに誘ってひそかに情を通じ、これを利用して」という起訴理由は、世論を国家が密約を結んだことの是非から、西山太吉の私的なスキャンダルに向けさせた。
栗林 卓司(くりばやし たくじ、1931年〈昭和6年〉3月8… 栗林 卓司(くりばやし たくじ、1931年〈昭和6年〉3月8日 - 1997年〈平成9年〉9月21日)は、昭和期の労働運動家、政治家。参議院議員(3期、民社党)。 本籍宮城県仙台市。千葉県、現在の市川市で元陸軍主計大佐の長男として生まれる。東京府立第六中学校から疎開のため栃木県立宇都宮中学校に転校。学徒勤労動員により戦闘機の生産に従事した。戦後に仙台に移り、宮城県仙台第二中学校を経て、1954年(昭和29年)東北大学法学部を卒業した。 1954年日産自動車に入り吉原工場に配属された。日産自動車労働組合(日産労組)に入り吉原支部青年部の結成に尽力。1964年(昭和39年)日産労組情宣部長、1965年(昭和40年)同副組合長になる。
安田 養次郎(やすだ ようじろう、1930年(昭和5年)10… 安田 養次郎(やすだ ようじろう、1930年(昭和5年)10月16日 - 2022年(令和4年)2月15日)は、日本の政治家。東京都三鷹市長(3期)。名誉三鷹市民。 宮城県仙台市出身。東北大学教育学部卒。三鷹市役所に入り、建設部、企画部、総務部の各部長を経て、収入役、助役を務める。1991年の三鷹市長選挙に立候補して当選、3期務める。2003年に市長を引退。自身の後継者に東京工科大学教授の清原慶子を指名した。2022年2月15日死去、91歳。 この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:政治学/PJ政治)。
片山 正英(かたやま まさひで、1914年(大正3年)2月1… 片山 正英(かたやま まさひで、1914年(大正3年)2月17日 - 2005年(平成17年)3月22日)は、昭和期の農林官僚、政治家。参議院議員、林野庁長官。 宮城県仙台市出身。1939年(昭和14年)東京帝国大学農学部林学科を卒業した。 農林省に入省し、同山林局、林野庁、経済審議庁などで勤務。群馬県林務部長、林野庁業務部長などを歴任し、林野庁長官に1967年(昭和42年)9月から1970年(昭和45年)1月まで在任して退官した。 1971年(昭和46年)6月の第9回参議院議員通常選挙に全国区から自由民主党公認で出馬して初当選。なお、この選挙を通じて関係者19人が買収、文書違反の疑いで逮捕されている。
大石 武一(おおいし ぶいち、1909年6月19日 - 20… 大石 武一(おおいし ぶいち、1909年6月19日 - 2003年10月19日)は、日本の医師、政治家。位階は正三位。医学博士。 衆議院議員(10期)、参議院議員(1期)。環境庁長官(第2代)、農林大臣(第47代)。 仙台市元常磐町1番地(現在の仙台市民会館付近)に 、後に衆議院議員を務めた大石倫治の長男として生まれた。宮城県男子師範附属小学校から、宮城県立仙台第二中学校(現在の宮城県仙台第二高等学校)、旧制第二高等学校理科乙類に進学し、中学校ではテニス、高等学校では野球に熱中した。高校時代には結核性の肋膜炎に罹患して留年、翌年には腹膜炎を患った。1935年(昭和10年)に東北帝国大学医学部を卒業、1940年(昭和15年)に同大学大学院医学博士課程を修了した。
愛知 揆一(あいち きいち、1907年〈明治40年〉10月1… 愛知 揆一(あいち きいち、1907年〈明治40年〉10月10日 - 1973年〈昭和48年〉11月23日)は、日本の大蔵官僚、政治家。参議院議員から衆議院議員に転じ、内閣官房長官(第18・29代)や外務大臣(第92-93代)、大蔵大臣(第77代)などを歴任した。 東京市麹町区(現在の東京都千代田区)に、愛知敬一・祥夫妻の長男として生まれた。父・敬一は物理学者で、1911年に東北帝国大学理科大学物理学科の教授に就任したため、一家は仙台市へ移った。母・祥の実家も代々漢学者の系統という家柄で、一家を挙げての学者家庭だったという。 愛知は旧制宮城県第二中学校(現在の仙台第二高等学校)、旧制第二高等学校文科乙類を経て、東京帝国大学法学部政治学科に入学、1931年に卒業した。
村松 久義(むらまつ ひさよし、1896年7月25日 - 1… 村松 久義(むらまつ ひさよし、1896年7月25日 - 1972年5月12日)は、日本の弁護士、政治家。衆議院議員(6期)、参議院議員(1期)。 宮城県仙台市出身。1923年東京帝国大学独法科、1925年同大学経済科卒。司法官試補、検事代理、名古屋地方裁判所判事を経て、弁護士となる。1932年の第18回衆議院議員総選挙で宮城2区(当時)から立憲民政党公認で立候補して初当選する。民政党解党後は大政翼賛会国民生活動員本部長に就任、翼賛選挙では大政翼賛会の推薦を受けて当選。当選後は翼政会政調厚生委員となった。 戦後、公職追放となり、1951年に追放解除。翌年の第25回衆議院議員総選挙で自由党公認で立候補して当選し、政界に復帰した。
成田 一郎(なりた いちろう、1894年〈明治27年〉12月… 成田 一郎(なりた いちろう、1894年〈明治27年〉12月22日 - 1959年〈昭和34年〉7月4日)は、日本の内務官僚、政治家。兵庫県知事(官選第28代)、石川県知事(官選第36代)、台湾総督府総務長官、参議院議員(1期)。 宮城県仙台市出身。成田喜十郎の長男として生まれる。広島高等師範学校を経て、1920年(大正9年)、京都帝国大学法学部を卒業。同年10月、高等試験行政科試験に合格。内務省に入り、埼玉県属となる。埼玉県児玉郡長、警視庁警視、内務省社会局事務官、社会局労働部労務課長、同庶務課長、資源局事務官などを歴任。 1936年(昭和11年)、内務書記官兼内務大臣秘書官となり、大臣官房人事課長、社会局労働部長、厚生省労働局長などを務める。
松坂 義正(まつざか よしまさ、1888年〈明治21年〉7月… 松坂 義正(まつざか よしまさ、1888年〈明治21年〉7月12日 - 1979年〈昭和54年〉11月13日)は、日本の皮膚科・泌尿器科医師、政治家。広島県医師会会長。日本赤十字社理事。医学博士。広島市名誉市民。広島市会議長(21代、22代)。広島市会副議長(28代)。 宮城県仙台市出身。松坂佐兵衛の長男。1908年(明治41年)、日本医学校(現・日本医科大学)卒業。同年11月より1912年(明治45年)3月まで東大医学部専攻生。1929年(昭和4年)11月より1934年(昭和9年)3月まで東大医学部研究生。 1912年(明治45年)3月、広島県警察医。1915年(大正4年)、開業する。1921年(大正10年)、広島市会議員に当選する。
伊澤 平馬(いさわ / いざわ へいま、1887年(明治20… 伊澤 平馬(いさわ / いざわ へいま、1887年(明治20年)5月10日 - 1940年(昭和15年)4月1日)は、明治から昭和期の実業家、政治家。貴族院多額納税者議員。 宮城県仙台区(現仙台市)で実業家・伊澤平左衛門の三男として生まれる。1907年(明治40年)宮城県立仙台第二中学校(現宮城県仙台第二高等学校)を卒業。また、醸造試験所(現酒類総合研究所)講習所を修了した。 1907年以降、家業の酒造業に従事。また、仙台平機業社長、仙台染織製綿社長、東北貯蓄銀行取締役、七十七銀行取締役、宮城銀行取締役、仙台瓦斯取締役、仙北鉄道取締役、宮城電気鉄道取締役などを務めた。その他、宮城県連合保護会理事、吉田高等女学校(現聖和学園高等学校)理事長、第二中学校奨学会監事、日本赤十字社宮城県支部商議員、仙台市社会事業協会委員、仙台育英会評議員、仙台市政振興会委員、警防団長なども務めた。
佐藤 正(さとう まさし、1884年〈明治17年〉9月8日 … 佐藤 正(さとう まさし、1884年〈明治17年〉9月8日 - 1951年〈昭和26年〉1月12日)は、日本の衆議院議員(立憲民政党、東京府第6区)、拓務参与官。教育者。実業家。勲等は勲四等。位階は正五位。 宮城県仙台市生まれ。1909年(明治42年)に早稲田大学文科哲学科を卒業し、翌年に同研究科を修了した。鉄道院総裁官房嘱託を経て、1912年(大正元年)から東北帝国大学講師や宮城県立工業学校講師を務め、1915年(大正4年)に早稲田大学学長秘書に転じ、1920年(大正9年)からは教育新聞社社長となり、さらに日本社会教育協会専務理事を務めた。 1928年(昭和3年)、第16回衆議院議員総選挙に出馬し当選。
岡崎 憲(おかざき けん、1880年〈明治13年〉11月30… 岡崎 憲(おかざき けん、1880年〈明治13年〉11月30日 - 1942年〈昭和17年〉7月15日)は、日本の政治家。衆議院議員(2期)。 宮城県仙台市生まれ。1907年(明治40年)東京高等商船学校(現東京海洋大学)卒。東洋汽船に入り、外国航路の船長になる。同時に海軍予備員となり、少佐となる。1920年(大正9年)にイタリアのジェノバで開かれた第2回ILO総会に出席。帰国後は海員組合の創立委員となり、顧問に就任。その後社会民衆党の結成に参加し、中央委員となる。1936年(昭和11年)の第19回衆議院議員総選挙で当時の神奈川1区から社会大衆党公認で立候補して当選した。翌年の総選挙でも再選。いずれもトップで当選した。
戸津 高知(とつ たかとも、明治5年1月13日(1872年2… 戸津 高知(とつ たかとも、明治5年1月13日(1872年2月21日) - 1959年12月30日)は、日本の政治家、教育者。学校法人北海学園元理事長であり、札幌商業学校(現・北海学園札幌高等学校)の創設者。 1872年、伊達藩士の長男として仙台に生まれた。北海英語学校を経て、1890年に札幌農学校に進学。 卒業後は、札幌尋常中学校に教諭として勤務。1901年、浅羽靖に望まれて北海英語学校中等部教頭に就いた。1915年、北海中学校校長に就任。また同1915年からは財団法人北海中学校理事(1923年まで)。 1920年、札幌商業学校(戦時中、札幌豊陵工業学校と改名)が創設となると、初代校長に就任。
佐藤 亀八郎(さとう かめはちろう、1871年11月20日(… 佐藤 亀八郎(さとう かめはちろう、1871年11月20日(明治4年10月8日) - 1936年(昭和11年)7月15日)は、日本の政治家、実業家。貴族院多額納税者議員、宮城県農工銀行頭取、宮城県販売購買組合理事長。 仙台県名取郡柳生村(宮城県名取郡中田村を経て現仙台市太白区柳生)で、素封家・佐藤惣十郎の長男として生まれる。1889年(明治22年)宮城農学校、1896年(明治29年)和仏法律学校(現法政大学)を卒業。1903年(明治36年)に家督を相続し、同年、宮城県会議員(-1927年(昭和2年))に当選する。その他、中田村会議員、宮城県農会長、同県産米改良協会会頭、帝国農会議員、仙台商業会議所常議員などを務めた。
伊澤 平左衛門(いさわ / いざわ へいざえもん、1862年… 伊澤 平左衛門(いさわ / いざわ へいざえもん、1862年12月28日(文久2年11月8日) - 1934年(昭和9年)6月9日)は、日本の実業家、政治家。衆議院議員(2期)。貴族院多額納税者議員。 仙台に醸造家伊澤平藏(3代目)の長男に生まれる。父の跡を継ぎ、1907年に仙台市会議員、その後、同参事会員などを務めた。1915年に宮城貯蓄銀行、1919年に塩釜銀行の各頭取に、1920年に仙台ガス社長に就任した。 同年の総選挙では立憲政友会から出馬を要請されたが、一族に反対された。しかし、政友会本部は岡崎邦輔を仙台に派遣し、伊澤を説き伏せ、正式に立候補となった。これにより、憲政会の村松亀一郎との争いになり、当選し、激しい選挙戦を制した。
荒井 泰治(あらい たいじ、1861年6月23日〈文久元年5… 荒井 泰治(あらい たいじ、1861年6月23日〈文久元年5月16日〉- 1927年〈昭和2年〉3月3日)は、日本の実業家、政治家。貴族院多額納税者議員(1911年 - 1918年)。日本統治時代の台湾で事業を興し財を成した。 仙台に町奉行であった荒井加右衛門の分家に生まれる。宮城県士族荒井盛行の長男。明治維新後、東京に出て法律とフランス語を学びながら新聞記者となる。1885年(明治18年)には大阪新報社編集長。中江兆民の門下となる。 日本銀行総裁で同郷の富田鉄之助に見い出されて日本銀行に入り、富田の秘書となったが、富田が日本銀行を去ると荒井も去った。その後、鐘淵紡績に入り、1890年(明治23年)には鐘淵紡績支配人となる。
岩崎 総十郎(いわさき そうじゅうろう、安政7年2月5日(1… 岩崎 総十郎(いわさき そうじゅうろう、安政7年2月5日(1860年2月26日) - 大正9年(1920年)5月2日)は、日本の衆議院議員(立憲政友会)、弁護士。 仙台市出身。岡鹿門が開いた私塾「麟経堂」で学んだ後、専修学校(現在の専修大学)で法学・経済学を学んだ。1881年(明治14年)に専修学校を卒業すると、明治法律学校(現在の明治大学)に進み、翌年に卒業した。その後判事補に任ぜられ、大阪地方裁判所に勤務したが、やがて官を辞し、弁護士を開業した。 1912年(明治45年)、第11回衆議院議員総選挙に出馬し、当選。第13回衆議院議員総選挙でも再選された。 その他に塩水港精糖拓殖株式会社、七十七銀行、仙台瓦斯株式会社、大崎水電株式会社の監査役を務めた。
早坂 敦 は、日本の政治家。
鎌田 さゆり は、日本の政治家。