佐藤 和樹(さとう かずき、1993年5月18日 - )は、… 佐藤 和樹(さとう かずき、1993年5月18日 - )は、日本のプロサッカー選手、議員秘書。神奈川県社会人サッカーリーグ・鎌倉インターナショナルFC所属。ポジションは、ディフェンダー(DF)。愛知県名古屋市出身。 名古屋グランパス三好スクール、U15を経て、U18へ昇格。2011年3月、2種登録選手としてトップチームに登録された。 2012年、高原幹、水野泰輔と共にトップチームに昇格。同年9月8日、天皇杯2回戦のFC刈谷戦でプロ初出場した。2014年2月、J3に参戦するJリーグ・アンダー22選抜に選手登録された。2015年に契約満了。 2016年、水戸ホーリーホックに完全移籍。 2017年9月、カターレ富山へ育成型期限付き移籍。
佐藤 啓(さとう けい、1979年4月7日 - )は、日本の… 佐藤 啓(さとう けい、1979年4月7日 - )は、日本の政治家、元総務官僚。自由民主党参議院議員(奈良県選挙区)。
杉本 純子(すぎもと じゅんこ、1977年〈昭和52年〉7月… 杉本 純子(すぎもと じゅんこ、1977年〈昭和52年〉7月23日 - )は、日本の政治家。参政党所属の参議院議員(1期)。 愛知県名古屋市出身。母子家庭で育つ。愛知淑徳大学文学部英文学科を卒業。中学校高等学校教諭1種英文科を取得した。大学卒業後は世界各国を訪問し、海外で働くことを希望したが、家庭の事情で断念。結婚式場スタッフを経て、2002年に結婚した後は夫と共に自営建設内装業に従事した。30代前半の時には乳癌を患った。 2020年の新型コロナウイルス感染症の世界的流行を機に、国民の行動を制限する政策や、コロナワクチンの接種推奨への疑問から政治を志す。 2023年7月、参政党愛知県国政改革員に就任し、政治活動を始める。
山本 幸靖(やまもと ゆきやす、1976年3月7日 - )は… 山本 幸靖(やまもと ゆきやす、1976年3月7日 - )は、日本の政治家。山形県上山市長(1期)。元国土交通省官僚。 愛知県名古屋市出身。愛知大学法学部卒業。卒業後は民間企業に勤務した後、2000年4月に旧建設省(現国土交通省)に入省。住宅局住宅生産課性能、国土計画局総務課予算、都市・地域整備局下水道部下水道事業課予算、都市局市街地整備課市街地整備制度調整室調査、都市局総務課融資監査、都市局都市計画課総務、都市局総務課総務人事各係長、同課専門調査官などを経て、2020年7月、上山市副市長に就任。市の建設課エリアマネジメント推進室長、商工課企業誘致推進室長なども兼務した。 2023年1月、4月に行われる上山市長選挙への立候補を表明。
伊藤 孝恵(いとう たかえ、1975年6月30日 - )は、… 伊藤 孝恵(いとう たかえ、1975年6月30日 - )は、日本の政治家。国民民主党所属の参議院議員(2期)、同党コミュニケーション統括本部長、参議院国会対策委員長、選挙対策委員長代理。 愛知県名古屋市出身。父は名古屋市出身[要出典]、母は岐阜県下呂市出身。父親は株式会社丸栄の従業員だった。幼少期の6年間は愛知県名古屋市守山区に住み、6歳からは愛知県犬山市在住。犬山市立犬山北小学校、金城学院中学校・高等学校、金城学院大学文学部国文学科卒業後、1998年4月テレビ大阪入社、営業配属を経て報道へ異動。大阪府警察記者クラブで事件や事故を取材するかたわら、ニート問題を取りあげたドキュメンタリー番組を制作し、第1回TXNドキュメンタリー大賞を受賞した。
四方 源太郎(しかた げんたろう、1974年3月7日 - )… 四方 源太郎(しかた げんたろう、1974年3月7日 - )は、日本の政治家。京都府綾部市長(1期)。元京都府議会議員(4期)。元綾部市長、元京都府議会議員の四方八洲男は父。元毎日新聞社学生新聞本部長、元サンデー毎日編集長の四方洋は伯父。 愛知県名古屋市生まれ。4歳の時に京都府綾部市に転居し、以後は同市で育つ。綾部小学校、綾部中学校、綾部高校、三重大学人文学部卒業。1996年4月、株式会社ジェイアールアイ(企画会社)に入社し東京都で勤務。その後綾部市にUターンし、1998年3月より株式会社両丹経済新聞社(現・北近畿経済新聞)で記者を、1999年9月より有限会社両丹企画(印刷会社)で業務責任者を務める。
藤澤 忠盛(ふじさわ ただもり、1971年〈昭和46年〉11… 藤澤 忠盛(ふじさわ ただもり、1971年〈昭和46年〉11月29日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(1期)。昭和女子大学准教授。 愛知県名古屋市生まれ。豊田工業高等専門学校卒業。2025年9月に慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科で博士号取得。学位は博士(政策・メディア)。 2020年から昭和女子大学環境デザイン学部准教授に就任した。 2026年2月の第51回衆議院議員総選挙において愛知11区から自民党公認で立候補したが、国民民主党の丹野みどりに敗れ、落選。しかし、比例東海ブロックで復活当選を果たした(惜敗率67.53%)。 この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。
松下 昌代(まつした まさよ、1971年〈昭和46年〉1月9… 松下 昌代(まつした まさよ、1971年〈昭和46年〉1月9日 - )は、日本の政治家。埼玉県朝霞市長(1期)。埼玉県議会議員(1期)、朝霞市議会議員(2期)を務めた。 愛知県名古屋市出身。サラリーマンの家庭で育つ。名古屋市立向陽高等学校、愛知県立大学外国語学部卒業後、安田火災海上保険株式会社(現・損害保険ジャパン)勤務を経て石油会社に勤める。1999年に当時の朝霞市助役・松下貞夫の長男と結婚。翌年に義母の急逝により朝霞市に転居し、2001年に長男を出産。 2010年、みんなの党の政治塾1期生として学び、2011年の朝霞市議会議員選挙でトップ当選を果たす。2015年の市議選では日本を元気にする会公認で立候補し、再選。
松下 玲子(まつした れいこ、1970年〈昭和45年〉9月2… 松下 玲子(まつした れいこ、1970年〈昭和45年〉9月26日 - )は、日本の政治家。戸籍名は内田 玲子。 衆議院議員(1期)、東京都武蔵野市長(第6代)、東京都議会議員(2期)を歴任した。 愛知県名古屋市生まれ。通信社に勤務していた父親の転勤により、幼稚園は新宿区で過ごす。横浜市立永野小学校、同上永谷中学校、苫小牧市立和光中学校、北海道苫小牧東高等学校、実践女子短期大学国文科卒業。1993年3月、実践女子大学文学部美学美術史学科卒業。同年4月、サッポロビールに一般職で就職。 金曜日の夜に三浦半島に入って合宿所に泊まり、土日は相模湾でヨットの練習というヨットレース三昧の生活を送るが、途中で考えを改め、社内の試験を受けて総合職に転換。
伊藤 渉(いとう わたる、1969年〈昭和44年〉11月13… 伊藤 渉(いとう わたる、1969年〈昭和44年〉11月13日 - )は、日本の政治家。 衆議院議員(5期)、厚生労働大臣政務官、財務副大臣などを歴任した。 愛知県名古屋市南区にペンキ職人の長男として生まれる。名古屋市立笠東小学校を経て名古屋市立本城中学校に進学し、柔道部主将を務めた。 名古屋市立菊里高等学校を卒業後、大阪大学工学部土木工学科で土木工学を学ぶ。高校・大学時代はラグビー部に所属し、ポジションはフォワード・フッカー(NO.2)だった。 1994年(平成6年)3月、大阪大学大学院工学研究科土木工学専攻修士課程修了。同年4月、JR東海に就職。 新幹線運転免許取得後、総合企画本部企画開発部、建設工事部、新幹線鉄道事業本部などで勤務し、JRセントラルタワーズの建設をはじめとする名古屋駅周辺の開発事業などに携わった。
永田 寿康(ながた ひさやす、1969年〈昭和44年〉9月2… 永田 寿康(ながた ひさやす、1969年〈昭和44年〉9月2日 - 2009年〈平成21年〉1月3日)は、日本の政治家、官僚。愛知県名古屋市出身。衆議院議員(3期)などを歴任した。 国会などにおける発言の過激さから「平成の爆弾男」と呼ばれ、物議を醸す発言や行動を多々行ったことで知られた。 1969年9月2日、愛知県名古屋市で生まれる。 実父は医師の蒲池真澄(九州大学医学部卒。勤務医を経て1974年独立。医療法人財団池友会創設者、社会医療法人財団池友会理事長、カマチグループ会長)。江戸中期から続く医師の家系の9代目であり、九州の医療法人財団会長を務める資産家である。 幼少時に両親が離婚し、母親の再婚により永田姓となった。
岩井 茂樹(いわい しげき、1968年〈昭和43年〉6月2日… 岩井 茂樹(いわい しげき、1968年〈昭和43年〉6月2日 - )は、日本の政治家。静岡県東伊豆町長(2期)。学位は修士(工学)(名古屋大学・1996年)。選挙活動などでは岩井 しげき(いわい しげき)表記を用いる。 前田建設工業株式会社での勤務を経て、政治家秘書、参議院議員(2期)、参議院政府開発援助等特別委員長、参議院農林水産委員長などを歴任した。 愛知県名古屋市昭和区生まれ、東京都出身。前田建設工業に勤務したのち、父である岩井國臣の秘書を経て、第22回参議院議員通常選挙で当選を果たす。第2次安倍改造内閣、第3次安倍内閣では経済産業大臣政務官・内閣府大臣政務官・復興大臣政務官を務め、菅義偉内閣では国土交通副大臣・内閣府副大臣・復興副大臣を務めた。
柴山 昌彦(しばやま まさひこ、1965年〈昭和40年〉12… 柴山 昌彦(しばやま まさひこ、1965年〈昭和40年〉12月5日 - )は、日本の政治家、弁護士。自由民主党所属の衆議院議員(9期)。衆議院国家基本政策委員長。 文部科学大臣(第24代)、内閣総理大臣補佐官(第3次安倍第1次改造内閣)、総務副大臣(第2次安倍内閣)、外務大臣政務官(福田康夫改造内閣・麻生内閣)、衆議院内閣委員長、自由民主党総裁特別補佐・筆頭副幹事長、幹事長代理、政調会長代理、自由民主党埼玉県支部連合会長を歴任した。 愛知県名古屋市生まれ(現住所は埼玉県所沢市小手指町2丁目)。武蔵中学校、武蔵高校を経て、1990年、東京大学法学部第1類(私法コース)卒業。東大法学部在学中は高橋宏志(民事訴訟法を専門)のゼミに所属していた。
細田 健一(ほそだ けんいち、1964年7月11日 - )は… 細田 健一(ほそだ けんいち、1964年7月11日 - )は、日本の政治家、経産官僚。自由民主党所属の衆議院議員(5期)。 経済産業副大臣兼内閣府副大臣、農林水産大臣政務官などを歴任。 兵庫県神戸市生まれ。父親の仕事の都合で小学校を2度転校。中学・高校は愛知県名古屋市で過ごす。東海高等学校を経て京都大学法学部(行政学:村松ゼミ)卒業。1988年、通商産業省(現:経済産業省)に入省し、1994年から1年間、橋本龍太郎通商産業大臣の下で広報担当の補佐官を務める。1997年から3年間、マドリッドの在スペイン日本大使館へ出向。2003年、ハーバード大学ケネディ行政大学院で行政学の修士号を取得。2006年に経産省を退官し、2008年まで民間企業に勤務する。
伊藤 忠彦(いとう ただひこ、1964年7月11日 - )は… 伊藤 忠彦(いとう ただひこ、1964年7月11日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(3期)、環境副大臣兼内閣府副大臣(第3次安倍第2次改造内閣)。
小林 憲司(こばやし けんじ、1964年7月4日 - )は、… 小林 憲司(こばやし けんじ、1964年7月4日 - )は、日本の政治家。元衆議院議員(2期)。議員在職中は民主党に所属していた。 衆院選落選直後、覚醒剤取締法違反の容疑(使用)で逮捕されたことで知られる。 2005年9月18日、覚醒剤取締法違反の疑いで私設秘書2名とともに逮捕された。警視庁の内偵捜査により、私設秘書経由で小林の手に覚せい剤が渡り、議員時代から選挙活動中の時まで頻繁に覚せい剤を使用したとされた。 これを受けて、民主党は同年9月20日の常任幹事会で除籍(除名)するとともに、衆議院比例東海ブロックの名簿の登録を抹消した。これは、小林が次点であったため、繰り上げ当選ができないようにするための措置である。
初宿 和夫(しやけ かずお、1964年〈昭和39年〉4月16… 初宿 和夫(しやけ かずお、1964年〈昭和39年〉4月16日 - )は、日本の政治家、元地方公務員。東京都八王子市長(1期)。多摩都市モノレール取締役。東京たま広域資源循環組合理事。東京都の職員として、調布市副市長・調布市土地開発公社理事長・東京都知事補佐官・東京都福祉保健局担当局長・初代東京都感染症対策センター長・東京都人事委員会事務局長などを歴任した。 愛知県名古屋市生まれ。 1983年、愛知県立小牧南高等学校卒業、防衛庁入庁、海上自衛隊入隊。 1988年、自衛隊を退官して東京都に入庁(東京都立大学事務局会計課)。 東京都総務局人事部人事課課長補佐を経て、2004年、東京都建設局北多摩南部建設事務所用地第三課長。
近藤 浩(こんどう ひろし、1961年1月31日 - )は、… 近藤 浩(こんどう ひろし、1961年1月31日 - )は、日本の政治家、介護福祉士。 衆議院議員(1期)、愛知県議会議員(2期)などを歴任。衆議院議員初当選の約1ヶ月後、買収容疑で逮捕された。 愛知県名古屋市瑞穂区出身。祖父は元市議、父親は開業医。そのコネを生かし、小学生の頃から政治家になることが夢だった。名古屋市立高田小学校、名古屋市立瑞穂ヶ丘中学校卒業。1979年3月、私立滝高等学校卒業。アメリカ合衆国に留学。留学中、マイアミ市長の秘書を経験した。1985年1月、ノースイースタン大学政治学科中退。 1989年10月26日、次期衆院選に旧愛知6区から立候補する意向を表明した。記者会見で「自民党に公認の申請をしたい」と述べた。
大塚 耕平(おおつか こうへい、1959年〈昭和34年〉10… 大塚 耕平(おおつか こうへい、1959年〈昭和34年〉10月5日 - 2026年〈令和8年〉3月2日)は、日本の政治家、経済学者。位階は従三位。 参議院議員(4期)、内閣府副大臣(鳩山由紀夫内閣・菅直人内閣)、厚生労働副大臣(菅直人第2次改造内閣)、参議院北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員長、参議院国家基本政策委員長、民主党政策調査会長代理、民主党参議院政審会長、民進党参議院政策審議会長、民進党代表(第4代)、旧国民民主党共同代表、同党代表代行・参議院議員会長、国民民主党代表代行兼政務調査会長、藤田医科大学特命教授を歴任した。 名古屋市生まれ(父は一宮市木曽川町出身、母は新潟県燕市又新出身)。
木村 隆秀(きむら たかひで、1955年8月10日 - )は… 木村 隆秀(きむら たかひで、1955年8月10日 - )は、日本の政治家。勲等は旭日重光章。 衆議院議員(4期)、初代防衛副大臣、国土交通大臣政務官、内閣府大臣政務官、衆議院環境委員長等を歴任。 愛知県名古屋市中川区生まれ。名古屋市立八熊小学校、名古屋市立山王中学校、愛知県立熱田高等学校卒業。1978年、東京経済大学経済学部卒業。株式会社ニチリョウ勤務後、衆議院議員・西岡武夫の秘書となる。 1983年4月、愛知県議会議員選挙に中川区選挙区から立候補し初当選。1987年の県議選で落選。1991年の県議選で2回目の当選。1995年の県議選で3選。 1996年の第41回衆議院議員総選挙に、愛知5区より自民党公認で出馬。
黒川 慶一(くろかわ けいいち、1953年7月15日 - )… 黒川 慶一(くろかわ けいいち、1953年7月15日 - )は、日本の俳優、タレント、政治家。 愛知県名古屋市出身。名古屋学院高等学校(現・名古屋高等学校)卒業、愛知工業大学建築学科中退。地元の放送局でリポーター、俳優、司会者、フリーアナウンサーとして活動。 2011年3月13日に投開票が行われた名古屋市議会議員選挙に減税日本から出馬し、当選した。 2013年10月4日、政務調査費として事務所家賃を請求する際、自分で偽造した領収書を使用していたことと、政調費を充てたガソリン代53件のうち、7件が他人のガソリン代だったことが発覚した。 その後、減税日本を除名され生活の党と山本太郎となかまたちに入党。
マック 赤坂(マック あかさか、本名:戸並 誠〈となみ まこ… マック 赤坂(マック あかさか、本名:戸並 誠〈となみ まこと〉、1948年〈昭和23年〉9月18日 - )は、日本の政治家、実業家、民間セラピスト、美容研究家。一般財団法人スマイルセラピー協会会長、スマイル党総裁。 東京都港区議会議員(1期)を務めた。 愛知県名古屋市出身。貧しい家で育った。1967年、愛知県立瑞陵高等学校卒業。現役時に東京大学を受験するも不合格。一浪して京都大学農学部に入学、バイオ研究に取り組んだ。1972年、京都大学農学部卒業。伊藤忠商事退社後にレアアースの輸入商社、マックコーポレーション株式会社を設立、同社社長となる。名前の「マック」は本名の誠(まこと)、「赤坂」は自身が好きな街の東京・赤坂が由来である。
赤松 広隆(あかまつ ひろたか、1948年〈昭和23年〉5月… 赤松 広隆(あかまつ ひろたか、1948年〈昭和23年〉5月3日 - )は、日本の政治家。 大学時代は社青同解放派の学生活動家。日本社会党の愛知県議から国会議員になった後は書記長を務め、民主党国会対策委員長、副代表、選挙対策委員長、最高顧問、農林水産大臣(第49代)、民進党両院議員総会長、立憲民主党所属の元衆議院議員(10期)、元衆議院副議長(第65・67代)、立憲民主党最高顧問を歴任した。 父は日本社会党国会対策委員長や副委員長を務めた元衆議院議員の赤松勇。旧社会党から民主党へ移った後は、2021年の引退まで後継政党の党内左派グループを率い続けた。 愛知県名古屋市生まれ。東海中学校、早稲田大学高等学院を卒業。
八田 広子(はった ひろこ、1946年4月9日 - )は、日… 八田 広子(はった ひろこ、1946年4月9日 - )は、日本の政治家。元・日本共産党参議院議員(1期)、日本共産党中央委員会名誉役員。八田 廣子、八田 ひろ子とも。 愛知県名古屋市出身。名古屋市立名城小学校、名古屋市立前津中学校、愛知県立瑞陵高等学校卒業。 三井信託銀行(現・三井住友信託銀行)に就職。勤め始めてすぐに「女の子は1時間前に出勤して掃除するものだ」と上司に言われ、男女差別に矛盾を感じたのが政治の道に進むきっかけだったという。 1975年、岡崎市議会議員選挙に日本共産党公認で出馬し、初当選。3期連続で当選。新日本婦人の会の支部役員を務める。 1983年12月2日に岡崎市議を辞職。同年12月18日執行の第37回衆議院議員総選挙に旧愛知4区から立候補し落選。
筒井 隆彌(つつい たかや、1945年〈昭和20年〉5月17… 筒井 隆彌(つつい たかや、1945年〈昭和20年〉5月17日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の愛知県議会議員。元愛知県議会副議長。藍綬褒章、旭日中綬章受章。 愛知県名古屋市生まれ。名古屋市立千種小学校、名古屋市立今池中学校、東邦高等学校を経て、1968年(昭和43年)に日本大学法学部政治経済学科政治哲学専攻を卒業。在学中は日本大学雄弁会に所属し、全日本学生討論大会で内閣総理大臣杯を受賞した。 大学卒業後、橋本繁蔵参議院議員の秘書を経て、1975年(昭和50年)、愛知県議会議員選挙に当時最年少の29歳で初当選。以降自由民主党に所属し、名古屋市名東区選挙区選出の愛知県議会議員として活動した。
中野 直輝(なかの なおてる、1945年(昭和20年)3月2… 中野 直輝(なかの なおてる、1945年(昭和20年)3月26日 - )は、日本の政治家、弁護士。元愛知県小牧市長(4期)。 愛知県名古屋市生まれ。同志社大学法学部卒業。1974年、29歳で司法試験に合格し、司法修習を経て弁護士登録。名古屋市で法律事務所を開業し、小牧市商工会議所や小牧市の顧問弁護士を務める。 1995年1月9日、小牧市総合福祉施設ふれあいセンターの建設を巡り、小牧市長の佐橋薫が収賄の疑いで逮捕される。佐橋の辞職に伴って2月26日に行われた小牧市長選挙に無所属で出馬し、初当選を果たす。以後4期16年にわたり小牧市長を務めた。市長在任中は「市民総ぐるみの協働」を掲げ、「市長交際費ゼロ」を宣言。
谷田 武彦(たにだ たけひこ、1943年12月16日 - )… 谷田 武彦(たにだ たけひこ、1943年12月16日 - )は、日本の政治家。衆議院議員(1期)、名古屋市議会議員(6期)を務めた。自由民主党所属。 愛知県名古屋市出身。1970年、早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。江﨑真澄の秘書を務める。1975年、名古屋市議に当選。6期務めた。 2000年の第42回衆議院議員総選挙に自由民主党公認として愛知1区からの出馬を予定していたが、公明党現職平田米男との選挙区調整のため比例東海ブロック候補(名簿登載順位第5位)となり初当選。なお、谷田の比例転出に反発した自民党名古屋市議の宮田正之が離党し無所属で出馬した。(結果は落選) 2003年の第43回衆議院議員総選挙では、愛知1区から立候補したが、民主党の河村たかし(現名古屋市長)に敗れ落選。
佐藤 泰介(さとう たいすけ、1943年9月27日 - )は… 佐藤 泰介(さとう たいすけ、1943年9月27日 - )は、日本の政治家。 参議院議員(2期)、衆議院議員(2期)、文部政務次官(村山改造内閣)、参議院内閣委員長・総務委員長を歴任。 愛知県名古屋市出身。愛知県立旭丘高等学校卒業。高校時代は野球部に所属。愛知教育大学教育学部社会科卒業。1967年4月から小中学校教員を務める。1986年4月、愛知県教員組合(愛教組)執行委員長を務める。 1990年2月、第39回衆議院議員総選挙に旧愛知1区から日本社会党公認で立候補し初当選。1993年に再選。同年、山花貞夫委員長を首班とする社会党シャドーキャビネット文相、1995年8月に村山改造内閣の文部政務次官に就任。
朝日 俊弘(あさひ としひろ、1943年〈昭和18年〉7月2… 朝日 俊弘(あさひ としひろ、1943年〈昭和18年〉7月26日 ‐ )は、日本の政治家、精神科医。参議院議員(2期)を歴任。
簑輪 幸代(みのわ さちよ、1942年4月5日 - )は日本… 簑輪 幸代(みのわ さちよ、1942年4月5日 - )は日本の弁護士、政治家。元衆議院議員(日本共産党公認、2期)。元日本共産党中央委員会委員。夫は同じく弁護士の簑輪弘隆。 愛知県名古屋市出身。中央大学法学部を卒業後、司法修習生時代に日本共産党へ入党。弁護士となってからは、夫・弘隆と共に岐阜県岐阜市内に法律事務所を開設する。 1974年の参院選で岐阜県選挙区から出馬するも落選するが、1980年の衆院選で旧岐阜1区から立候補し初当選、岐阜県初の共産党衆議院議員となった。以後衆議院議員を2期務める。
高井 和伸(たかい かずのぶ、 1940年12月13日 - … 高井 和伸(たかい かずのぶ、 1940年12月13日 - 2025年7月30日)は日本の元政治家、弁護士。元連合参議院参議院議員(1期)。愛知県名古屋市出身、岐阜県久々野町(現高山市)育ち。 岐阜県立斐太高等学校卒業後、名古屋中央郵便局にて働きながら愛知大学法経学部二部を卒業。郵政大学校本科などを経て、1969年郵政省入省。1974年司法試験合格。1976年司法修習修了(29期)。高知地裁、浦和家裁各判事補を経て、1981年高井和伸弁護士事務所開設。東京弁護士会所属。 1989年第15回参議院議員通常選挙に連合の会公認で岐阜県選挙区より出馬し初当選。以後1期途中まで務める。その後、1993年第43回衆議院議員総選挙岐阜県第2区で日本新党公認で落選。
大島 慶久(おおしま よしひさ、1940年〈昭和15年〉3月… 大島 慶久(おおしま よしひさ、1940年〈昭和15年〉3月30日 - )は、日本の政治家、歯科医師。元参議院議員(通算3期)、元名古屋市会議員(3期)。 愛知県名古屋市出身。1967年(昭和42年)3月、愛知学院大学歯学部卒業。同年、南区六条町の大島病院に歯科診療所を設立。 1979年(昭和54年)、名古屋市会議員選挙・南区選挙区に出馬し初当選を果たす。以後、3期連続当選。1981年(昭和56年)、医学博士号授与。 1990年(平成2年)9月24日、無所属の参議院議員の高木健太郎が病気のため任期中に死去。高木の死去に伴い11月4日に行われた愛知県選挙区補欠選挙に自由民主党公認で立候補し初当選した。
江口 克彦(えぐち かつひこ、1940年2月1日 - )は、… 江口 克彦(えぐち かつひこ、1940年2月1日 - )は、日本の実業家、政治家、経済学博士。おおさか維新の会所属の前参議院議員(1期)。元みんなの党最高顧問(両院議員総会長)。地域政党自由を守る会顧問。PHP総合研究所・PHP研究所前社長。
加藤 紘一(かとう こういち、1939年(昭和14年)6月1… 加藤 紘一(かとう こういち、1939年(昭和14年)6月17日 ‐ 2016年(平成28年)9月9日)は、日本の外務官僚、政治家。「宏池会のプリンス」[注釈 1]と呼ばれ、山崎拓・小泉純一郎と結成したYKKの代表格。衆議院議員(13期)、防衛庁長官、内閣官房長官、自由民主党政務調査会長、幹事長、宏池会会長を歴任。「総理に一番近い男」とも呼ばれたが、加藤の乱や秘書の脱税疑惑で失脚した。正三位、旭日大綬章受勲。
前畑 幸子(まえはた さちこ、1937年8月16日 - )は… 前畑 幸子(まえはた さちこ、1937年8月16日 - )は、日本の政治家、元参議院議員(1期)。 愛知県名古屋市出身。南山大学文学部卒。1979年中京大学大学院修了。同年税理士事務所を開く。1986年の第14回参議院議員通常選挙で愛知県選挙区から日本社会党公認で立候補したが次点で落選。1989年の第15回参議院議員通常選挙で愛知県選挙区から社会党公認で立候補して当選。1995年に社会党を離党し、同年の第17回参議院議員通常選挙で無所属・社会党推薦で立候補したが落選した。1998年の第18回参議院議員通常選挙にて民主党から比例区で出馬するも落選。 この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。
横江 金夫(よこえ かねお、1934年〈昭和9年〉6月22日… 横江 金夫(よこえ かねお、1934年〈昭和9年〉6月22日 - 2025年〈令和7年〉2月3日)は、日本の政治家。元日本社会党衆議院議員(1期)、元愛知県議会議員(4期)。 愛知県名古屋市出身。1958年、明治大学法学部卒業。 24歳で下之一色漁業協同組合に入り、4年間組合長を務める。1963年、愛知県議会議員選挙に名古屋市中川区選挙区から日本社会党公認で立候補し初当選した。以後4期務め、この間社会党愛知県本部書記長や副委員長を歴任した。 1983年の第37回衆議院議員総選挙で旧愛知6区から立候補して初当選。1985年11月にはジャパンライフからの献金を巡って中曽根康弘内閣総理大臣を追及した。
水平 豊彦(みずひら とよひこ、1932年1月3日 - 19… 水平 豊彦(みずひら とよひこ、1932年1月3日 - 1986年6月18日)は、日本の政治家。衆議院議員(4期)、内閣官房副長官、愛知県議会議員(5期)などを歴任。 愛知県愛知郡天白村(現在の名古屋市天白区)生まれ。愛知県立明和高等学校卒業。1958年(昭和33年)、名古屋工業大学建築科卒業。日本住宅公団勤務から早稲田柳右衛門の秘書となる。 1959年(昭和34年)、愛知県議会議員(名古屋市昭和区選出)に初当選。1974年(昭和49年)5月、最年少(42歳)にて県議会議長となる。 1976年(昭和51年)12月の第34回衆議院議員総選挙に、定数が3から4に増えた旧愛知6区から無所属で立候補。得票数4位で初当選した。
海部 俊樹(かいふ としき、1931年〈昭和6年〉1月2日 … 海部 俊樹(かいふ としき、1931年〈昭和6年〉1月2日 - 2022年〈令和4年〉1月9日)は、日本の政治家。位階は正二位、勲等は大勲位菊花大綬章(没後叙勲)。 衆議院議員(16期)、労働政務次官(第1次佐藤第2次改造内閣 - 第2次佐藤内閣)、内閣官房副長官(三木内閣)、自由民主党国会対策委員長(第21代)、文部大臣(第98・107代)、自由民主党総裁(第14代)、大蔵大臣(第95代)、内閣総理大臣(第76・77代)、新進党党首(初代)などを歴任した。 国際天文学連合(IAU)会長の海部宣男、2008年にノーベル物理学賞を受賞した小林誠の従兄である。 名古屋市東区七曲町(現・東区東桜一丁目)に生まれる。
佐藤 昭夫(さとう あきお、1927年8月15日 - 200… 佐藤 昭夫(さとう あきお、1927年8月15日 - 2007年10月23日)は日本の教育者、政治家。元参議院議員(日本共産党公認、2期)。 愛知県名古屋市出身。京都大学理学部を卒業後、京都市立日吉ヶ丘高等学校教諭を務める傍ら、1958年京都教職員組合役員に就任。 1977年の参院選に京都府選挙区から立候補し初当選。1983年の参院選でも再選を果たすが、1989年の参院選で次点に終わる。 2007年10月23日、肺炎のため京都府宇治市の病院で死去。80歳。
塚本 三郎(つかもと さぶろう、1927年〈昭和2年〉4月2… 塚本 三郎(つかもと さぶろう、1927年〈昭和2年〉4月20日 - 2020年〈令和2年〉5月20日)は、日本の政治家。位階は正三位。 衆議院議員(通算10期)、民社党委員長(第5代)、書記長(第5代)などを歴任した。 愛知県名古屋市に製材所を営む家の三男として生まれる。旧制明倫中学校(現・愛知県立明和高等学校)から中央大学法学部に進み、中大では辞達学会(弁論部)で活動した。 中大卒業後まもなく運輸省で鉄道員として勤務、国鉄労働組合の結成にも関わり一時期本省への出向も経験した。運輸省退職後は家具製造卸業を営みつつ日本農民組合中央委員を歴任、1952年の総選挙・1953年の総選挙に無所属で19
仲谷 義明(なかや よしあき、1925年(大正14年)10月… 仲谷 義明(なかや よしあき、1925年(大正14年)10月27日 - 1988年(昭和63年)11月18日)は、日本の政治家、自治官僚。元愛知県知事(2期)。 愛知県渥美郡神戸村(現・田原市)で農業を営んでいた父親の仲谷清一は第一次世界大戦の好況にあおられ、田畑を売り、機屋(はたや)を始めた。ところがつぶれてしまい、夜逃げ同然で一家は名古屋市に出た。1925年10月27日、仲谷は名古屋市西区桜木町3丁目で出生した。父親は織機会社のあとミシン会社に勤め、やがて仲谷ミシン商会として独立した。 名古屋市立新道尋常小学校、愛知県立明倫中学校卒業。1945年3月、第四高等学校文科甲類卒業。同年4月、東京帝国大学法学部政治学科に入学。
安藤 巌(安藤 巖、あんどう いわお、1925年1月28日 … 安藤 巌(安藤 巖、あんどう いわお、1925年1月28日 - 2009年11月11日)は、日本の弁護士、日本共産党員、政治家。衆議院議員(4期)。 愛知県名古屋市出身。1948年に京都大学法学部を卒業後、中部日本新聞社に入り記者となるが、1950年にレッドパージの対象者とされ退社し、日本共産党に入党する。1961年に弁護士を開業、東海労働弁護団代表幹事や総評弁護団代表幹事などを歴任するかたわら、四日市公害や大須事件の弁護団にも加わる。 1976年の衆議院議員選挙に日本共産党公認で旧愛知県第6区から立候補し初当選を果たし、1990年の落選まで衆議院議員を通算4期務めた。議員在職中は法務、決算の各委員のほか、共産党愛知県副委員長などを歴任した。
田辺 広雄(田邊 廣雄、たなべ ひろお、1925年1月15日… 田辺 広雄(田邊 廣雄、たなべ ひろお、1925年1月15日 - 1999年4月3日)は、日本の政治家。衆議院議員(1期)、名古屋市会議員(5期)、守山市議会議員などを務めた。 愛知県名古屋市生まれ。父親は守山町長を務めた。関西学院大学専門学校政経科卒業後、家業の毛織物会社を継いだ。1955年、守山市議会議員に立候補し当選。1963年に守山市が名古屋市と合併した後は名古屋市会議員を5期務め、議長も務めた。 1983年の衆議院選挙と1986年の衆議院選挙に旧・愛知1区から立候補するが落選。自民党内では安倍派に所属し、竹下派の今枝敬雄と公認を争った。 1990年2月18日に行われた衆議院選挙に自民党の公認を得て立候補し初当選。
石井 信弘(いしい のぶひろ、1924年〈大正13年〉7月4… 石井 信弘(いしい のぶひろ、1924年〈大正13年〉7月4日 - 1987年〈昭和62年〉2月4日)は、昭和時代の政治家。愛知県尾西市長。 名古屋市出身。1942年(昭和17年)愛知工業学校卒業。 同校卒業後、名古屋鉄道管理局に入る。のち中島郡起町役場に転じ、市制施行で尾西市役所に移る。1977年(昭和52年)助役を経て、1981年(昭和56年)尾西市長に当選。同年7月に就任し、2期目在任中に死去した。
横山 利秋(よこやま としあき、1917年10月10日 - … 横山 利秋(よこやま としあき、1917年10月10日 - 1988年11月1日)は、日本の政治家、労働運動家。位階は正三位。 日本社会党所属の衆議院議員(11期)。 愛知県名古屋市生まれ。3歳のときに父親を亡くす。中京商業学校卒業後に鉄道員として鉄道省(当時)に就職。国鉄労働組合(国労)の結成に参加する。 1947年に日本共産党による国労の組合活動への介入に反発した国労組合員を中心に国鉄労組反共連盟(後に国鉄民主化同盟=国鉄民同)が結成されると、これに参加。1950年に民同の支持で国労本部企画部長となるが、団体として加盟していた日本労働組合総評議会(総評)が「平和四原則」を決定すると、これに則る形で「平和三原則」を盛り込んだ運動方針案を提出する。
飯田 忠雄(いいだ ただお、1912年1月28日 - 201… 飯田 忠雄(いいだ ただお、1912年1月28日 - 2012年1月16日)は、日本の政治家。衆議院議員(2期、公明党)、参議院議員(1期)、神戸学院大学教授。俳人。 愛知県名古屋市出身。1939年京都帝国大学法学部卒。同年満洲に渡り、総務庁協和会に勤める。1946年帰国し、翌年運輸省に入る。内閣調査室に出向、海上保安庁に戻ってからは、海上保安大学校の首席教授を最後に1969年に退職し神戸学院大学教授に就任した。 1974年の兵庫県知事選に公明党推薦で立候補するが落選、1976年の総選挙において兵庫3区から公明党公認で立候補して当選し2期務める。この間1977年4月18日の衆院法務委でロッキード事件の灰色高官を擁護する質問をした。
杉戸 清(すぎと きよし、1901年(明治34年)10月10… 杉戸 清(すぎと きよし、1901年(明治34年)10月10日 - 2002年(平成14年)4月24日)は、日本の政治家。元名古屋市長(3期)。 愛知郡則武村字香箱(現・名古屋市中村区)出身。名古屋中学校、第八高等学校を経て、東京帝国大学工学部土木工学科を卒業。1926年(大正15年)4月に名古屋市役所に入り、水道局長、名古屋市助役などを歴任する。 1961年(昭和36年)3月16日、名古屋市長の小林橘川が任期中に死去。職務代理者を務める。同年4月28日に行われた市長選に自民党の推薦を受けて立候補。元参議院議員の栗山良夫(社会党推薦)、元市議の横井亀吉(民社党推薦)らを破り初当選した。 名古屋市長として地下鉄の整備等に尽力した。
赤尾 敏(あかお びん、1899年〈明治32年〉1月15日 … 赤尾 敏(あかお びん、1899年〈明治32年〉1月15日 - 1990年〈平成2年〉2月6日)は、日本の政治家、右翼活動家、衆議院議員、大日本愛国党初代総裁。 当初は社会主義者であったが、1926年(大正15年)に「天皇制社会主義」を理想として民族主義者へ転向。1942年(昭和17年)には翼賛会非推薦で衆議院議員に当選し、親英米反共の反体制右翼として対英米戦争に反対した。1945年(昭和20年)の敗戦後、政治活動と講演活動を行い、1951年(昭和26年)親米反共を訴える大日本愛国党を創党した。特に銀座数寄屋橋などでの辻説法による気迫に溢れる街頭演説で有名であった。 赤尾敏は1899年(明治32年)1月15日、愛知県名古屋市の金物商の息子として生まれた。
伊藤 修(いとう おさむ、1896年3月30日 - 1969… 伊藤 修(いとう おさむ、1896年3月30日 - 1969年6月14日)は、日本の弁護士、政治家。参議院司法委員長および法務委員長(初代)。 名古屋市生まれ。1921年、日本大学法科卒。1922年、弁護士となる。中部日本農民組合および日本農民組合岐阜県連の常任顧問、岐阜市会議員、東亜興業、旭炭鉱、関東重工業、三富士製作所、朝日精機、旭電気工業および日本社会公論の社長、日本社会新聞岐阜県総局長、社会文化大学名誉学長、富田高等女学校理事、岐阜弁護士会会長、岐阜地方裁判所調停委員。1952年、右派社会党岐阜県連委員長。青年民主主義擁護連盟本部会長。浄土真宗。東京都新宿区下落合に龍山荘を構えていた。 1966年4月の春の叙勲で勲二等に叙され、瑞宝章を受章する。
塚本 三(つかもと ぞう、1889年4月21日 - 1952… 塚本 三(つかもと ぞう、1889年4月21日 - 1952年8月25日)は、日本のジャーナリスト、政治家。公選初の名古屋市長(2期)。戦前は衆議院議員(1期)、名古屋市会議員などを務めた。旧姓は井箟。 岐阜県土岐郡稲津村(現・瑞浪市稲津町)出身。幼くして塚本竜三郎の養子となる。稲津小学校、瑞浪高等小学校卒業。1907年、旧制名古屋中学校卒業。 日本陶器、森村組を経て、1920年2月に名古屋新聞政治記者となる。 1921年10月、名古屋市会議員に就任。1922年3月、名古屋新聞編集長となる。1928年2月、名古屋新聞を退社。 1937年、第20回衆議院議員総選挙で当選し、立憲民政党の衆議院議員となる。