川口 真(かわぐち まこと、1937年11月5日 - 202… 川口 真(かわぐち まこと、1937年11月5日 - 2021年10月20日)は、日本の作曲家、編曲家。兵庫県神戸市出身。本名:川口 眞弘(かわぐち まさひろ)。 幼少期は岡山県倉敷市、岡山市育ち。岡山県立岡山操山高等学校を卒業後、東京芸術大学に進学した。 東京芸術大学音楽学部楽理科に2年在籍したのち、作曲科へ転科。在学中から越路吹雪のバックバンド「クレール・ド・シャルム」のピアニストとして活動。その傍らでいずみたくの事務所で編曲のアルバイトも行っており、ミュージカル『見上げてごらん夜の星を』で編曲家としてデビュー。そのまま本業となったため、大学は4年で中退。 1966年、ザ・ベンチャーズが作曲した「二人の銀座」(歌:和泉雅子・山内賢)の編曲を担当。
姫田 光義(ひめた みつよし、1937年10月2日 - )は… 姫田 光義(ひめた みつよし、1937年10月2日 - )は、日本の歴史学者。専門は中国現代史、中国共産党史。中央大学経済学部名誉教授。筆名=武内 香里(タケウチ カオリ)。アジア政経学会、日本平和学会会員。「撫順の奇蹟を受け継ぐ会」会員。映像民俗学者の姫田忠義は兄。 兵庫県神戸市出身。東京教育大学文学部東洋史学科卒。東京教育大学大学院東洋史学専攻博士課程修了。1967年、日本国際問題研究所所員。1972年、香港総領事館特別研究員(~1973年10月)。1975年、中央大学助教授。1977年、同教授。1993年、同学生部長(~1995年)。2008年、同退職、名誉教授。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
新谷 琇紀(しんたに ゆうき、1937年7月26日 - 20… 新谷 琇紀(しんたに ゆうき、1937年7月26日 - 2006年8月31日)は、日本の具象彫刻家。
寺谷 弘壬(てらたに ひろみ、1937年7月17日 - )は… 寺谷 弘壬(てらたに ひろみ、1937年7月17日 - )は、日本の社会学者、ソ連研究者。青山学院大学名誉教授。 神戸市生まれ。1960年神戸市外国語大学ロシア語科卒業、1968年プリンストン大学社会学大学院博士課程中退。 1974年法政大学講師、1976年青山学院大学経営学部助教授、教授。2008年定年、名誉教授。 公明党に対しては肯定的な価値観を持っており、支持を表明している。
江夏 健一(えなつ けんいち、1937年7月13日 - 20… 江夏 健一(えなつ けんいち、1937年7月13日 - 2024年10月29日)は、日本の経済学者。早稲田大学名誉教授。 神戸市出身。兵庫県立星陵高等学校を経て、1961年早稲田大学教育学部英文科卒、1968年同大学院商学研究科国際経済学専攻博士課程満期退学、1984年「多国籍企業の現代的意義に関する研究」で商学博士の学位を取得。1968年近畿大学商経学部専任講師、1970年助教授、1977年教授、1981年関西学院大学商学部教授、1987年早稲田大学商学部教授。1994-1998年早稲田実業学校校長を兼任。のち副総長、2008年定年、名誉教授、ハリウッド大学院大学学長を務めた。2016年春瑞宝中綬章受勲。
司波 寛(しば ゆたか、1937年5月 - 2021年7月)… 司波 寛(しば ゆたか、1937年5月 - 2021年7月)全国路地のまち連絡協議会世話人、財団法人都市農地活用支援センターアドバイザー、日本の都市プランナーで都市計画協会マスター都市プランナー。(社)国土政策研究会理事、都市計画コンサルタント協会理事、文部科学省革新技術活性化委員。日本都市計画家協会副会長、東京理科大学講師、八王子市都市計画マスタープラン策定委員など歴任。技術士建設部門、一級建築士。神戸市生まれ。 1962年 東京大学工学部土木工学科卒。 1962年 - 1966年 日本技術開発株式会社勤務。 1966年 - 1968年 東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻修士課程修了。
池長 潤(いけなが じゅん、1937年3月11日 - )は、… 池長 潤(いけなが じゅん、1937年3月11日 - )は、日本のカトリック高位聖職者、イエズス会士。第7代大阪大司教。洗礼名はレオ。 兵庫県神戸市生まれ。父は育英商業学校校長を務めた池長孟。兄は摂南大学教授だった倫理学者の池長澄。 1962年上智大学文学部ラテン哲学科卒業、1967年上智大学神学部卒業。 1968年(昭和43年)3月20日、司祭に叙階。 1995年11月2日、教皇ヨハネ・パウロ2世により、大阪教区協働大司教に任命された。1996年3月20日、パウロ安田久雄大阪大司教により、司教叙階の秘跡を受けた。 1997年5月10日、安田久雄の引退承認に伴い、大阪大司教の職務を引き継いだ。着座式は同年6月22日に行われた。
黒積 俊夫(くろずみ としお、1937年3月6日 - 201… 黒積 俊夫(くろずみ としお、1937年3月6日 - 2012年10月19日)は、日本の哲学者。 兵庫県神戸市出身。九州大学文学部哲学科卒、1966年同大学院博士課程満期退学、1994年「カント批判哲学の研究 統覚中心的解釈からの転換」で九州大学博士(文学)。九大教養部講師、助教授、名古屋大学文学部助教授を経て、教授。2000年定年退官、名誉教授となる。イマヌエル・カントが専門。
新井 節男(あらい せつお、1937年3月 - )は、日本の… 新井 節男(あらい せつお、1937年3月 - )は、日本の関西学院大学名誉教授。専門は体育学。関西学院大学体育会ハンドボール部女子部名誉監督も務める。大阪大学医学博士。神戸市出身。
西谷 敬(にしたに けい、1937年1月10日 - 2020… 西谷 敬(にしたに けい、1937年1月10日 - 2020年7月)は、日本の哲学者、奈良女子大学名誉教授。 神戸市生まれ。兵庫県立神戸高等学校卒、1959年京都大学文学部哲学科卒、64年同大学院文学研究科博士課程単位取得。1964年神戸女学院中学部・高等学部教諭、68年神戸女学院大学講師、71年助教授、78年教授、1984年奈良女子大学文学部教授、99年定年退官、名誉教授、龍谷大学文学部哲学科教授。2007年退任。
岩田 信義(いわた のぶよし 1937年 - )は、日本の教… 岩田 信義(いわた のぶよし 1937年 - )は、日本の教育者、著作家、歴史家。神戸連続児童殺傷事件当時加害者の通っていた神戸市立友が丘中学校校長であり、事件に関わる著作を行った。 兵庫県神戸市出身。神戸大学教育学部卒業。神戸市内の学校教諭を経て神戸市立友が丘中学校校長に就任。事件当時は校長として、ことあるごとに記者会見を開き、記者からの質問には一つ一つ答えていた。 1998年には日本精神衛生会の広報誌で、メンタルヘルスについての連載を行っていた。 2000年には新潮45で、神戸連続児童殺傷事件が起きてから3年後に思うことの手記を掲載する。 2001年には『校長は見た!酒鬼薔薇事件の「深層」』という書籍を出版した。
篠原 義近(しのはら よしちか、1937年 - )は、日本の… 篠原 義近(しのはら よしちか、1937年 - )は、日本のフランス文学者。神戸市生まれ。1961年、早稲田大学フランス文学科卒。読売新聞社勤務。
上田 睆亮(うえだ よしすけ、Ueda Yoshisuke,… 上田 睆亮(うえだ よしすけ、Ueda Yoshisuke, 1936年12月23日 - )は、日本の電気工学者、物理学者、応用数学者。京都大学名誉教授、アバディーン大学名誉教授、ハルビン工業大学名誉教授。 兵庫県神戸市出身。1959年、京都大学工学部電気工学科卒業。1964年同大学大学院博士課程単位取得退学。京都大学工学部助手、助教授、教授を経て、2000年に定年退官。同年、公立はこだて未来大学複雑系科学科教授となり、2007年に定年退職。弟子には赤松則男、稲垣耕作らがいる。2017年4月、春の叙勲で瑞宝中綬章を受章。2023年、IEEE GUSTAV ROBERT KIRCHHOFF AWARDを受賞。
矢野 恵一朗(やの けいいちろう、1936年11月19日 -… 矢野 恵一朗(やの けいいちろう、1936年11月19日 - 2016年7月15日)は、日本の経営者。みなと銀行頭取を務めた。 兵庫県神戸市出身。1959年に神戸商科大学商業経済学部経営学科を卒業し、同年に神戸銀行に入行した。1988年6月に太陽神戸銀行取締役に就任し、1992年6月にさくら銀行常務、1995年6月に専務を経て、1996年6月には阪神銀行頭取に就任し、1999年4月にはみなと銀行頭取に就任。2002年6月に特別顧問に就任。 2007年4月に旭日小綬章を受章。 2016年7月15日、病気のために死去。79歳没。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
小原 信(おはら しん、1936年10月3日- )は、日本の… 小原 信(おはら しん、1936年10月3日- )は、日本の哲学者(倫理学)。青山学院大学名誉教授。 神戸市出身。国際基督教大学卒業後、東京大学大学院、イェール大学大学院で学び、1966年「神学的議論からみたキェルケゴール」でPh.D.。1970年に和辻哲郎賞(日本倫理学会)を受賞。1979年から1997年まで青山学院大学文学部教授、1998年から2005年まで同大国際政治経済学部教授を務める。生命倫理・キリスト教に関する研究とともに現代の若者文化に対する言及でも知られる。 『教会教育』1967年12月号 『遊びの研究』6章、三一書房、1976 日本基督教学会、1979、18号 第三章、海越出版社、1993 The Japan Foundation Newsletter, 1997/8 『青山国際政経論集』48, 1999/9
宮岡 伯人(みやおか おさひと、1936年8月2日 - )は… 宮岡 伯人(みやおか おさひと、1936年8月2日 - )は、日本の言語学者、京都大学名誉教授である。エスキモー語専門で、なかでもユピック語(中央アラスカユピック語)を研究している。 兵庫県神戸市生まれ。大阪外国語大学外国語学部卒、1965年京都大学大学院博士課程満期退学、1998年「エスキモー語文法 -中央アラスカ・ユピック語」で文学博士(京都大学)。 1965年小樽商科大学商学部助手、助教授、教授、1982年東京外国語大学外国語学部教授、1987年北海道大学文学部教授、1994年京都大学文学部・文学研究科教授、名誉教授、2000年大阪学院大学情報学部教授、2007年退職。 1987年に「『エスキモー――極北の文化誌』(岩波書店)を中心としてサントリー学芸賞(芸術・文芸部門)を受賞。
平吉 毅州(ひらよし たけくに、1936年(昭和11年)7月… 平吉 毅州(ひらよし たけくに、1936年(昭和11年)7月10日 - 1998年(平成10年)5月28日)は、日本の作曲家。 独唱曲や合唱曲など児童へ向けた作品も数多く残し、そのいくつかは教科書へ採用されるなど音楽教育へ大きく貢献した。 兵庫県神戸市出身。兵庫県立兵庫高等学校を卒業。1961年(昭和36年)、東京藝術大学音楽学部作曲科を卒業し、1967年(昭和42年)には芸大大学院を修了する。 在学中は長谷川良夫、伊熊良穂に師事。大学卒業後「管弦楽のためのコンポジション」を発表、第31回日本音楽コンクールにて第1位入賞。1969年(昭和44年)には「交響変奏曲」で尾高賞を受賞。1999年には第9回日本吹奏楽アカデミー賞(作・編曲部門)を受賞している。
宅見 勝(たくみ まさる、1936年〈昭和11年〉6月22日… 宅見 勝(たくみ まさる、1936年〈昭和11年〉6月22日 - 1997年〈平成9年〉8月28日)は、20世紀に活動した日本のヤクザ。指定暴力団・五代目山口組若頭であり、山口組有力団体・宅見組の創設者。神戸出身。 バブル期を通して金融や不動産などのフロント企業を通じ蓄財した2,000億円とも言われる豊富な資金を背景に、渡辺芳則を首領に据えた五代目山口組の発足(1989年)に立役者として関与。以後、山口組のナンバー2にあたる若頭として構成員3万6千名を擁する山口組の事実上の仕切り役として活動し、山口組を近代的な組織に創り上げる他、“山口組の金庫番”とも呼ばれた。また政治家の安倍晋太郎とは親友であった。
倉内 憲孝(くらうち のりたか、1936年1月26日 - 2… 倉内 憲孝(くらうち のりたか、1936年1月26日 - 2026年3月26日)は、日本の実業家。住友電気工業代表取締役社長や、日本電線工業会会長、JR西日本取締役会長などを務めた。大阪府池田市神田在住。 兵庫県神戸市生まれ、福井県出身。1958年東京大学工学部を卒業し、住友電気工業入社。川上哲郎の後任として、同社社長を務めた。 その後、2006年からJR福知山線脱線事故を受けて混乱の渦中にあったJR西日本の社外取締役として、代表権のない同社取締役会長及び取締役会議長を務めた。
長町 三生(ながまち みつお、1936年 - )は、日本の工… 長町 三生(ながまち みつお、1936年 - )は、日本の工学者。専門は人間工学。学位は、文学博士(1963年)。「感性工学」の日本における創始者である。広島大学名誉教授。2012年瑞宝中綬章受章。 1936年、兵庫県神戸市生まれ。1958年に広島大学教育学部心理学科を卒業、1963年に文学博士の学位を取得し、翌年、広島大学工学部助手となる。1978年、同教授に就任。専門は、人間工学、認知科学。特に、感性工学については、日本におけるパイオニア的な存在である。感性工学の発想を初めて商品開発に導入した人物とされる。そのほか、労務管理、安全工学に関する著作も多い。 広島大学退官に際し名誉教授の称号を贈られ、退官後は、呉工業高等専門学校の第五代校長を経て、広島国際大学人間環境学部長を務める。
吉田 一彦(よしだ かずひこ、1936年 - 2022年3月… 吉田 一彦(よしだ かずひこ、1936年 - 2022年3月)は、日本の英語学者、情報史学者。神戸大学名誉教授。専門は英語学、情報論で特に戦争と情報史学の関連著作が多い。 兵庫県神戸市出身。神戸市外国語大学卒業。大阪大学大学院博士課程単位取得退学。英字新聞記者を経て、神戸大学国際文化学部教授、1995年定年退官、名誉教授。神戸大学在職中(1980年代頃)には、非常勤講師として札幌予備学院や大学受験ラジオ講座に出講し、英作文関係の講義を担当した。神戸大学退官後は、北星学園大学文学部教授。2007年退職。
寺田 雅昭(てらだ まさあき、1936年 - )は、日本の医… 寺田 雅昭(てらだ まさあき、1936年 - )は、日本の医学者。専門は、分子腫瘍学。医学博士。国立がんセンター名誉総長。神戸市出身。
佐野 綾目(さの あやめ、1936年 - )は、神戸市生まれ… 佐野 綾目(さの あやめ、1936年 - )は、神戸市生まれ。父は哲学者佐野一彦、母はドイツ出身のドイツ語学者、翻訳家佐野えんね。姉妹に川端春枝。
本屋敷 錦吾(もとやしき きんご、1935年10月31日 -… 本屋敷 錦吾(もとやしき きんご、1935年10月31日 - )は、兵庫県神戸市東灘区出身の元プロ野球選手(内野手)・コーチ、解説者。現在は芦屋市在住。 芦屋高校では在学中に甲子園に3回、国体に3回出場。1年時はベンチ外だったが、チームが出場した1951年夏の選手権では、1年先輩のエース植村義信を擁し準々決勝に進出するも、中西太のいた高松一高に敗退。秋の広島国体では決勝に進むが、広島観音高に敗退。2年上のチームメートに杉谷和男中堅手(のち大映)がいる。二塁手として出場した翌1952年春の選抜では、2回戦で平安高に敗れる。同年夏の選手権は順調に勝ち進み、決勝でエース木村保を擁する八尾高を降し初優勝を飾る。
宮内 義彦(みやうち よしひこ、1935年(昭和10年)9月… 宮内 義彦(みやうち よしひこ、1935年(昭和10年)9月13日 - )は、日本の実業家。兵庫県神戸市出身。米ワシントン大学経営学部大学院修士課程修了。 オリックス社長、会長、グループCEOを歴任した。プロ野球・パ・リーグに加盟するオリックス・バファローズの前オーナー。著書もいくつか書いており、『“明日”を追う【私の履歴書】』『グッドリスクをとりなさい!』『私の経営論』『私の中小企業論』『私のリーダー論』などがある。 父の義作は神戸の米国人商館に出入りする木材輸入商社に勤務する貿易商だった。 神戸市立成徳国民学校(現神戸市立成徳小学校)を経て、山口県玖珂郡大畠町に疎開。鳴門国民学校(現柳井市立鳴門小学校)、佐用町立佐用小学校、関西学院中学部・高等部を経て、1958年関西学院大学商学部卒業。
高崎 正弘(高﨑正弘、たかさき まさひろ、1935年〈昭和1… 高崎 正弘(高﨑正弘、たかさき まさひろ、1935年〈昭和10年〉9月7日 - 2026年〈令和8年〉3月15日)は、日本の経営者。さくら銀行(現在の三井住友銀行)会長を務めた。 兵庫県神戸市出身。1959年に神戸大学経営学部を卒業し、同年に神戸銀行に入行した。1988年6月に太陽神戸銀行取締役に就任し、1992年6月にさくら銀行常務、1994年6月に専務を経て、1997年6月には会長に就任。2001年4月に三井住友銀行相談役を経て、2002年6月には特別顧問に退いた。 2007年10月から2015年10月までに兵庫県教育委員会委員長を務め、関西経済連合会副会長、神戸商工会議所副会頭、住生活グループ非常勤取締役なども務めた。
牧 美也子(まき みやこ、Miyako Maki、女性、19… 牧 美也子(まき みやこ、Miyako Maki、女性、1935年〈昭和10年〉7月29日 - )は、日本の漫画家。日本漫画家協会の元参与。夫は同じく漫画家で『銀河鉄道999』などで知られる松本零士。 兵庫県神戸市出身。大阪府立高津高等学校卒業(6期生)。 1957年(昭和32年)『母恋いワルツ』でデビュー。1960年代初めは『りぼん』(集英社)、1963年創刊の『マーガレット』(集英社)や『少女フレンド』(講談社)などで活躍の後、レディースコミックに転向。 近年は、女性週刊誌・青年誌などに『悪女聖書(あくじょばいぶる)』(原作:池田悦子)など官能的な漫画作品を連載し、ドラマ化された作品もある。
粟木原 毅(あわきはら つよし、1935年〈昭和10年〉7月… 粟木原 毅(あわきはら つよし、1935年〈昭和10年〉7月20日 - )は日本映画の照明技師。兵庫県神戸市出身。 1954年に兵庫県立芦屋高等学校を卒業。1955年、東宝に照明助手として入社。1975年に照明技師に昇進。1980年に東宝専属契約者を経て1992年にフリーとなる。
清水 勤(しみず つとむ、1935年4月5日- )は、日本の… 清水 勤(しみず つとむ、1935年4月5日- )は、日本の経営評論家。 兵庫県神戸市出身。1958年東京大学教育学部教育心理学科卒、東京芝浦電気に入社し、人材開発部担当課長、総合企画部担当課長、勤労部福祉担当課長、76年日野工場総務部長、78年原子力事業本部総務室長、81年人材開発部担当部長を経て退職。職業能力開発総合大学校教授に就任。2001年退任後、HRDリサーチを設立しコンサルタントとなり、多数のビジネス書を執筆。1974年、日本労務管理協会藤林賞を受賞。
たいらまさお(本名:平 正夫、1935年4月5日 - )は、… たいらまさお(本名:平 正夫、1935年4月5日 - )は、フリーライター。兵庫県神戸市生まれ。平龍生(たいらりゅうせい)は兄。 絵本ストーリィ作者として学研の幼児誌を中心に幼年童話を多数執筆 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
平 龍生(たいら りゅうせい、1935年4月5日 - )は、… 平 龍生(たいら りゅうせい、1935年4月5日 - )は、日本の小説家。 兵庫県神戸市生まれ。本名・忠夫。早稲田大学第二文学部日本文学科卒。広告業界で働いたのち、1972年「真夜中の少年」でオール読物新人賞受賞(平忠夫名義)、1983年「脱獄情死行」で横溝正史賞受賞。以後、平龍生の名で小説を発表する。サスペンス、官能小説、ホラー、バイオレンスなどを主に手がける。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
絵沢 萠子(えざわ もえこ、1935年〈昭和10年〉3月28… 絵沢 萠子(えざわ もえこ、1935年〈昭和10年〉3月28日 - 2022年〈令和4年〉12月26日)は、日本の女優。本名:楠 智江、旧姓:松田。旧芸名:松田 友絵。 兵庫県神戸市出身。特技は日舞、バレエ、三味線。夫は1971年に結婚した楠年明。 兵庫県立西宮高等学校、関西学院大学文学部英文科卒業。中学生の頃から女優を志し、高校の文化祭では『修禅寺物語』の楓役を演じた。大学の卒業論文はテネシー・ウィリアムズであった。 大学卒業後は関西で会社勤めをしながら、劇団くるみ座の演劇教室に入る。1963年、『リチャード三世』で初舞台を踏む。 1968年に仕事を辞め、くるみ座も退団。劇団四季に合格したが、上京に備えて発声練習に通っていた頃に新藤兼人の監督映画『強虫女と弱虫男』でデビュー。
松岡 享子(まつおか きょうこ、1935年3月12日 - )… 松岡 享子(まつおか きょうこ、1935年3月12日 - )は、日本の翻訳家、児童文学研究者。ビバリー・クリアリーの「ゆかいなヘンリーくんシリーズ」(学習研究社)や、マイケル・ボンドの「くまのパディントンシリーズ」(福音館書店)の翻訳で知られる。
藤本 統紀子(ふじもと ときこ、1935年〈昭和10年〉2月… 藤本 統紀子(ふじもと ときこ、1935年〈昭和10年〉2月11日 - )は、日本のタレント、エッセイスト。作家・藤本義一の妻。義一との間に2女があり、次女はアーティストのフジモト芽子(まいこ)。 兵庫県神戸市須磨区生まれ。小学二年から商社マンだった父の赴任先、蒙古張家口で育つ。終戦後引き揚げ、父が故郷・広島県尾道市で事業を始めたため、中学一年から高校卒業まで尾道に住んだ。 広島県立尾道北高校を経て大阪女子大学(現・大阪公立大学)英文科に進学。高校、大学と演劇部に所属し、当時大阪府立大学の演劇部だった藤本義一と知り合う。 大学卒業後、スポーツニッポンの文化部記者として二年間勤務。藤本と結婚後退社。
河谷 禎昌(かわたに さだまさ、1935年1月17日 - 2… 河谷 禎昌(かわたに さだまさ、1935年1月17日 - 2025年12月13日)は、日本の経営者、銀行家。北海道拓殖銀行最後の頭取を務めた。 兵庫県神戸市出身。祖父と兄は弁護士、父は裁判官の法曹一家に育つ。北海道札幌北高等学校を経て、1957年に北海道大学法学部を卒業し、同年に北海道拓殖銀行に入行。 業務企画部長、企画部長、1986年7月に取締役、1989年4月に常務、1992年6月に専務、1993年6月に副頭取を経て、1994年6月に頭取に就任し、破綻する1997年11月まで務めた。破綻後、特別背任罪で実刑判決が確定し、2009年12月から1年7ヶ月服役した。その後はテレビ局、新聞社のインタビューに時折答えていた。
北岡 耕二(きたおか こうじ、1935年 - )は、日本の小… 北岡 耕二(きたおか こうじ、1935年 - )は、日本の小説家。兵庫県神戸市出身、一橋大学社会学部卒業。電通を定年退職。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
赤松 宏(あかまつ ひろし、1935年 - 2025年6月1… 赤松 宏(あかまつ ひろし、1935年 - 2025年6月1日)は、日本の哲学者、ドイツ哲学研究者。名古屋大学名誉教授。 神戸市生まれ。1960年東京大学文学部哲学科卒業。1963年同大学院修士課程修了。1967年関西大学大学院博士課程中退。 1966年名城大学講師。1967年名古屋工業大学講師。1973年名古屋工業大学助教授。1973年文部省内地研究員として京都大学へ留学。1975年ボン大学(西ドイツ)へ留学。1981年名古屋工業大学教授。1987年名古屋大学文学部教授、1999年定年退官、名誉教授。2000年愛知産業大学教授。 専門は、西洋哲学(現代哲学)―ハイデッガー、マルセル、サルトルなど。
川田 靖子(かわた やすこ、1934年(昭和9年)12月16… 川田 靖子(かわた やすこ、1934年(昭和9年)12月16日 - )は、日本の詩人、フランス文学者、玉川大学名誉教授。旧姓・松村。 兵庫県神戸市生まれ。1959年東北大学文学部仏文科卒、1961年京都大学大学院文学研究科修士課程修了、玉川大学文学部講師、助教授、教授。2005年定年退任、名誉教授。1972年詩集『北方砂漠』で小熊秀雄賞受賞。2003-2013年日本キリスト教詩人会会長。
森中 蕃(もりなか しげる、1934年11月29日 - 20… 森中 蕃(もりなか しげる、1934年11月29日 - 2022年10月17日)は日本の実業家、馬主。兵庫県神戸市出身。 神戸市中央区にある証券会社である光証券株式会社の前代表取締役会長。 中央競馬、地方競馬の馬主で、小田切有一、細川益男らとともに珍馬名の名付け親として知られる。勝負服は緑、赤星散、赤袖。冠名には「シゲル」を用いる。かつて宝石の卸売りをしていたことがあり、その時の仲間で馬を持とうということになったことから、1970年代より馬主としての活動を始めた。阪神馬主協会の会長を経て、日本馬主協会連合会の相談役を歴任。モットーは「安くて走る馬を見つける」。馬を選ぶポイントについて、「一番大切にしているのは歩様。
ひろた まさき(広田 昌希、1934年11月21日 - 20… ひろた まさき(広田 昌希、1934年11月21日 - 2020年6月17日)は、日本の思想史学者、大阪大学名誉教授。専攻・日本思想史。差別問題を中心に日本思想を研究する。 兵庫県神戸市生まれ。1958年京都大学文学部史学科卒業。1963年京都大学大学院博士課程修了。北海道教育大学助教授、岡山大学助教授、教授、1988年大阪大学文学部日本学教授。1997年定年退官、名誉教授、甲子園大学教授、京都橘大学教授。 2020年6月17日、85歳で死去。
江後 迪子(えご みちこ、1934年11月15日- )は、日… 江後 迪子(えご みちこ、1934年11月15日- )は、日本の食文化史学者。 兵庫県神戸市生まれ。山口女子短期大学卒業、実践女子大学卒、1974年同大学院修士課程修了。広島文教女子大学短期大学助教授、教授を経て、別府大学短期大学部教授を務めた。江戸期の食文化をテーマに研究を続けてきた。
睦 五朗(むつみ ごろう、1934年9月11日 - )は、日… 睦 五朗(むつみ ごろう、1934年9月11日 - )は、日本の俳優・声優。本名:中西 清二(なかにし せいじ)、旧表記:睦 五郎。昭和九年会のメンバー。北斗七星プロジェクト所属。趣味はガーデニング、ゴルフ、麻雀。
小中 陽太郎(こなか ようたろう、1934年〈昭和9年〉9月… 小中 陽太郎(こなか ようたろう、1934年〈昭和9年〉9月9日 - 2024年〈令和6年〉12月3日)は、日本の小説家、社会評論家、翻訳家。 兵庫県神戸市生まれ。 幼時を上海で過ごす。東京都立大学附属高等学校を経て、東京大学文学部仏文科で渡辺一夫に師事。1958年に同大学を卒業してNHKに入り、ディレクターとして『夢であいましょう』などを手がける。 1964年に退職してフリーとなり、野坂昭如の薫陶を受けてルポルタージュやコラムを執筆。 1965年、小田実たちと共にベ平連を結成。世話人としてパリやハノイやストックホルムに赴き、国際連帯に貢献する。特に脱走兵援助では、ハノイやモスクワを巡った。 1970年から法政大学講師を務める。
西澤 暲(にしざわ あきら、1934年〈昭和9年〉6月30日… 西澤 暲(にしざわ あきら、1934年〈昭和9年〉6月30日 - )は、兵庫県神戸市出身のフリーアナウンサー。2020年11月の時点で、日本における現役最高齢のスポーツアナウンサーとされている。 神戸市中央区で出生したが、実家は1945年6月5日の神戸大空襲で焼失。当時10歳だった自身は長野県内への学童疎開中だったため難を逃れたものの、実父と実姉を亡くしている。 第2次世界大戦の終戦後に神戸へ帰郷。兵庫県立長田高等学校への在学中には、軟式野球部のキャプテンを務めるかたわら、文化祭で総合司会を務めた。卒業後に進学した関西学院大学では、学内の放送研究会(通称「KGB」、現在の総部放送局)に所属。学生タレントとして、ラジオで多数のCMや番組に出演した。
本庄 正則(ほんじょう まさのり、1934年4月25日 - … 本庄 正則(ほんじょう まさのり、1934年4月25日 - 2002年7月22日)は、日本の実業家。伊藤園の創業者。 兵庫県神戸市出身。1959年早稲田大学第一法学部を卒業して東都日産モーターで自動車セールスマンをしていたが、脱サラし日用品の訪問販売会社「日本ファミリーサービス株式会社」を1964年に埼玉県で起業した。同社取扱商品の中の一つであった茶葉製品に注力するかたちで、1966年6月に産地直送の販売手法による「フロンティア製茶株式会社」を静岡県静岡市神明町(現・静岡市葵区神明町)に設立。茶葉製品市場に参入した。その後、東京・上野にあった茶問屋「釜邦」より「伊藤園」の商号を200万円で譲り受け、1969年5月より現社名の「株式会社伊藤園」に商号を変更している。
小曽根 実(おぞね みのる 1934年4月20日 - 201… 小曽根 実(おぞね みのる 1934年4月20日 - 2018年2月15日)は、日本のジャズピアニストおよびハモンドオルガン奏者。兵庫県神戸市出身。滝川高等学校卒業。 小学校のころからピアノに親しみ、関西大学生のころからジャズ演奏ユニットを立ち上げ演奏活動をするとともに、テレビの音楽番組での演奏を担当するようになる。中でも讀賣テレビ放送製作の「11PM」では9年間にわたりピアノ演奏を担当していた。そのほかにも、東京12チャンネル(現・テレビ東京)・近畿放送(現・KBS京都)・サンテレビジョン3社共同制作のワイドショー番組「こんにちは!奥さん2時です」のサンテレビジョン制作分の司会、ラジオパーソナリティ等多彩な活動をしていた。
白石 善章(しらいし よしあき、1934年2月20日 - 2… 白石 善章(しらいし よしあき、1934年2月20日 - 2016年3月25日)は、日本の経営学者。流通科学大学名誉教授。 兵庫県神戸市出身。1974年神戸大学大学院経営学研究科修士課程修了。1977年神戸大学大学院商学研究科博士課程満期退学、1992年「流通過程における重層的競争の研究」で神戸大商学博士。福岡大学商学部助教授、西南学院大学教授、流通科学大学教授、流通科学大学副学長。2005年 流通科学大学 定年、流通科学大学名誉教授、熊本学園大学教授。 1991年~2004年 日仏経営学会 理事、1992年 - 2000年 日本商業学会 常任理事、1999年 - 2003年 日本商業教育学会 理事。
高寄 昇三(たかよせ しょうぞう、1934年 - )は、日本… 高寄 昇三(たかよせ しょうぞう、1934年 - )は、日本の財政学者・行政学者、経営学博士。専門は財政学、行政学。 兵庫県神戸市生まれ。1959年京都大学法学部卒業。1960年神戸市役所にはいる。1975年「地方自治の財政学」にて「藤田賞」受賞。1979年「地方自治の経営」にて「経営科学文献賞」を受賞。1985年神戸市退職。甲南大学教授。2003年姫路獨協大学教授。2007年退職。甲南大学名誉教授。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
大貫 恵美子(おおぬき えみこ、Emiko Ohnuki-T… 大貫 恵美子(おおぬき えみこ、Emiko Ohnuki-Tierney、1934年 - )は、日本生まれ、米国籍の文化人類学者。ウィスコンシン大学人類学部教授。 兵庫県神戸市生まれ。甲南小学校、甲南女子中学校・高等学校卒業。津田塾大学学芸学部英文学科卒業。1958年渡米。1968年ウィスコンシン大学人類学博士課程修了。ビロイト大学、ウィスコンシン大学人類学部助教授を経て、ウィスコンシン大学人類学部教授。プリンストン大学高等研究学院に滞在中。 1985年『日本人の病気観』でサントリー学芸賞受賞。1999年アメリカ学士院会員。 樺太アイヌ文化の研究を行い、数多くの著作を発表している。アイヌ語(樺太方言)と、英訳、詳細な註が付された民話集のSakhalin Ainu Folklore. (Washington, D.C.: American Anthropological Association, 1969) は言語の資料としても、文化研究の資料としても貴重である。
平尾 浩三(ひらお こうぞう、1934年 - 2024年3月… 平尾 浩三(ひらお こうぞう、1934年 - 2024年3月3日 )は、日本のドイツ語・ドイツ文学者。東京大学名誉教授、日本橋学館大学名誉教授。専門は中高ドイツ語・ドイツ中世文学。 神戸市生まれ。甲南高等学校を経て1957年東京大学教養学部教養学科ドイツ分科卒業。西ドイツに渡り、フライブルク大学非常勤講師、中央大学専任講師、同助教授を経て、1969年東京大学教養学部助教授、1985年教授。この間、ハンブルク大学、フライブルク大学にて在外研究。1989年定年退官、名誉教授、慶應義塾大学独文科教授、2000年から2005年まで日本橋学館大学教授。 NHKラジオ第2放送ドイツ語講座講師、日本独文学会理事長、日本学術振興会日独科学協力事業委員会委員、財団法人ドイツ語学文学振興会理事長、千葉県日独協会会長等を歴任。