山田 兼士(やまだ けんじ、1953年7月4日 - 2022… 山田 兼士(やまだ けんじ、1953年7月4日 - 2022年12月6日)は、日本のフランス文学者、評論家、詩人。妻は歌人の山下泉。 1953年、岐阜県大垣市生まれ。岐阜県立大垣北高等学校、関西学院大学文学部仏文科卒業。同大学院文学研究科博士課程満期退学。 1986年大阪芸術大学に着任し、2004年より教授。大阪文学学校講師。大阪文学協会理事。日本フランス語フランス文学会、日本近代文学会、京都フランス歌曲協会、中原中也の会、ボードレール研究会の会員。詩誌「別冊・詩の発見」主宰。高階杞一、四元康祐、細見和之らとともに季刊詩誌「びーぐる-詩の海へ」編集同人。 フランス近代詩を専門とするが、中原中也、福永武彦、小野十三郎、谷川俊太郎など日本の近現代詩人も研究対象とした。
伊藤 俊治(いとう としはる、1953年6月26日 - )は… 伊藤 俊治(いとう としはる、1953年6月26日 - )は、日本の美術評論家、写真評論家、美術史家。東京芸術大学名誉教授。多摩美術大学客員教授。 京都芸術大学 大学院 芸術研究科(通信教育)教授。 秋田県生まれ。東京大学文学部美術史学科卒業、東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了(西洋美術史専攻)。 多摩美術大学教授を経て、2002年より東京芸術大学美術学部先端芸術表現科教授。2021年3月に定年退任、名誉教授となる。 翻訳を含め、特に内外の写真史においても著書を多数刊行している。1985年のつくば写真美術館'85の企画にも参加。 1987年に著書『ジオラマ論』により、サントリー学芸賞を受賞している。
新保 祐司(しんぽ ゆうじ、1953年5月12日 - )は、… 新保 祐司(しんぽ ゆうじ、1953年5月12日 - )は、日本の文芸評論家。元都留文科大学副学長・教授。 宮城県仙台市出身。四人兄弟の末っ子。父親は出光興産勤務。小中学校時代は世田谷区の上馬で過ごす。世田谷区立旭小学校、世田谷区立駒留中学校卒業。1977年東京大学文学部仏文科卒業。 キリスト教や日本の伝統・文化に理解を示す。自らの評論を「文芸的な評論」とし、詩的な文章をつくることを主眼としている。 文芸評論家の富岡幸一郎との対談本、共著が比較的多い。表現者、北の発言に連載をもつ。 2007年度の第8回正論新風賞を受賞。2017年度の第33回正論大賞を受賞した。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
伊藤 悟(いとう さとる、1953年4月27日 - 、男性)… 伊藤 悟(いとう さとる、1953年4月27日 - 、男性)は、日本の評論家、マルチアクティヴィスト、高等学校教師、予備校講師、ラジオパーソナリティ、著作家。自称、他称「ワニ(さん)」。
三田村 善衛(みたむら よしえ、1953年4月15日 - )… 三田村 善衛(みたむら よしえ、1953年4月15日 - )は、日本の音楽評論家、レコードコレクター、骨董コレクター、小林麻美のファン倶楽部「新女神子の会」会長、福井県路上観察倶楽部会長。福井県越前市(旧・武生市)出身。立命館大学卒。愛車は英国車の赤いローバーミニ。 正式な音楽誌デビューは「ロッキング・オン」と言われており、初期の「ロッキング・オン」誌で、Queenなどについての稚拙な文章が確認されている。 関西の阿木譲の「ロック・マガジン」には創刊号から書いており、創刊号の巻末には編集長となっている。 「ロック・マガジン」創刊当時三田村は学生で、大阪の阿木譲のマンションに入り浸り、連日音楽業界のレクチャーがなされ、夜は阿木からジャーマン・ロックの手ほどきを受けたという。
幕内 秀夫(まくうち ひでお、1953年4月4日 - )は、… 幕内 秀夫(まくうち ひでお、1953年4月4日 - )は、健康・料理評論家。 伝統食と民間食養法の研究をする「フーズアンドヘルス研究所」を主宰。学校給食と子どもの健康を考える会代表。 ホリスティック医学を目指した「帯津三敬病院」で管理栄養士を務める。粗食をすすめていて、マスコミへの出演、本の出版多数。 茨城県生まれ。茨城県立土浦第三高等学校、東京農業大学農学部栄養学科卒業。管理栄養士。 幕内の著書『変な給食』における三重県松阪市の学校給食の献立を批判する記述が実際と異なる盛り付けを描写しているとして松阪市が2011年ブックマン社に抗議した。 2014年SAPIOの記事で「愛知県江南市の学校給食でやきそばと一緒にメロンパンが提供されている」と幕内が書いたことについて、事実誤認であるとして江南市が同誌に抗議し、同誌編集長が江南市を訪れ謝罪した。
米沢 嘉博(よねざわ よしひろ、1953年3月21日 - 2… 米沢 嘉博(よねざわ よしひろ、1953年3月21日 - 2006年10月1日)は、日本の漫画評論家、大衆文化評論家、編集者。 コミックマーケット準備会の第2代代表である。有限会社コミケット取締役社長、日本マンガ学会理事、手塚治虫文化賞選考委員、日本オタク大賞審査員なども務めた。「おたく四天王」の一人に挙げられる。愛称は米やん。名字について戸籍上は「米澤」表記であるが、普段は「米沢」表記を使っていた。 妻の英子(えいこ)はサークル「迷宮」以来の仲間。コミックマーケット準備会代表補佐として夫とともに運営に関わり、夫の死後は準備会副代表・有限会社コミケット社長に就任した。英子との間には1男2女の3人の子供がいる。
米澤 嘉博(よねざわ よしひろ、1953年3月21日 - 2… 米澤 嘉博(よねざわ よしひろ、1953年3月21日 - 2006年10月1日)は日本の漫画評論家、大衆文化評論家、編集者、コミックマーケット準備会の第2代代表である。有限会社コミケット取締役社長、日本マンガ学会理事、手塚治虫文化賞選考委員、日本オタク大賞審査員なども務めた。「おたく四天王」の一人に挙げられる。愛称は米やん。
水鏡子(すいきょうし、1953年3月9日 - )は、日本のS… 水鏡子(すいきょうし、1953年3月9日 - )は、日本のSF評論家。本名は角 伸一郎(すみ しんいちろう)。日本推理作家協会会員。 筆名は、アメリカのSF作家ウォルター・M・ミラー・ジュニアの名前のもじり。コードウェイナー・スミス作品を翻訳する際に利用した「司須美子」という名義は「C・スミス」のもじり。また、ジェイムズ・ティプトリー・Jr.を評論する際などに利用した筆名に「鳥居定夫」がある。 1953年、兵庫県に生まれる。神戸大学文学部卒業。 在学中の1972年に米村秀雄、大野万紀らと神戸大学SF研究会を設立。1973年8月には、筒井康隆が主宰するSFファングループ「ネオ・ヌル」に、山本義弘、小笠原成彦、岡本俊弥、大野万紀らと参加。
小林孝吉(こばやし たかよし、1953年3月6日- )は、文… 小林孝吉(こばやし たかよし、1953年3月6日- )は、文芸評論家、元学校法人神奈川大学常務理事。 長野県生まれ。明治学院大学文学部卒業。博士(学術)九州大学。新日本文学会会員、『新日本文学』(2004年終刊)最後の編集委員。1995年、小畑精和、高良留美子らと『千年紀文学』を創刊し、編集人、会員は、原仁司、綾目広治、喜谷暢史、村松孝明、河村義人など。1987年『神奈川大学評論』創刊以来編集専門委員を務めた(2020年9月まで)。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
栗本 薫(くりもと かおる、女性、1953年〈昭和28年〉2… 栗本 薫(くりもと かおる、女性、1953年〈昭和28年〉2月13日 - 2009年〈平成21年〉5月26日)は、日本の小説家・評論家。日本SF作家クラブ会員、日本推理作家協会員、日本ペンクラブ会員、日本文藝家協会員、日中文化交流協会員。 代表作は『グイン・サーガ』、『魔界水滸伝』、『伊集院大介』シリーズなど。『グイン・サーガ』は序盤が英語、ドイツ語、フランス語、イタリア語、ロシア語、韓国語に翻訳されている。 また、中島 梓(なかじま あずさ)名義で、メディアへの出演、評論活動や作詞作曲、ピアノ演奏、ミュージカルの脚本・演出なども手がけた。 夫は『S-Fマガジン』第6代編集長を務め、天狼プロダクションを経営する今岡清。
前野 重雄(まえの しげお、1953年2月11日 - )は、… 前野 重雄(まえの しげお、1953年2月11日 - )は、日本のスポーツグッズ評論家・スポーツグッズ販売店経営者、コラムニスト、ジャーナリスト。東京都荒川区出身。台東区立根岸小学校卒。明治大学付属明治高等学校・中学校中退。ハワイ州立大学言論学部、世論誘導学科修了。旧姓は宇野(うの)。オフィス流体力学所属。
井口 時男(いぐち ときお、1953年2月3日 - )は、日… 井口 時男(いぐち ときお、1953年2月3日 - )は、日本の文芸評論家、俳人。 新潟県南魚沼市出身。長岡工業高等専門学校三年修了退学後、東北大学文学部卒業。1983年、中上健次論「物語の身体」で群像新人文学賞評論部門受賞。1987年7月、最初の著作『物語論/破局論』を論創社から上梓。1990年、永山則夫の日本文芸家協会入会拒否事件で、柄谷行人らに続いて協会を退会。12月、東京工業大学助教授、のち教授。1991年、湾岸戦争への自衛隊派遣に抗議し、柄谷行人、中上健次、津島佑子、田中康夫らとともに『湾岸戦争に反対する文学者声明』を発表する。1994年、評論集『悪文の初志』で平林たい子文学賞受賞。1997年、『柳田國男と近代文学』で伊藤整文学賞受賞。
関口 苑生(せきぐち えんせい、1953年2月2日 - 20… 関口 苑生(せきぐち えんせい、1953年2月2日 - 2025年6月12日)は、日本のミステリ評論家・書評家。日本推理作家協会会員。本名は田原 孝司(たはら たかし)。 山口県下関市生まれ。北海道函館西高等学校卒業、早稲田大学社会科学部中退。在学中はワセダミステリクラブに所属。 在学中からライターへ活動に入り、冒険小説を中心とした文芸評論を発表。書評や解説も多い。また、1983年の日本冒険作家クラブ発足の発起人の一人。「週刊現代」では長く翻訳ミステリのレビューを担当している。 共同事務所「オフィス・レム」に連城三紀彦(作家)、北澤和彦(翻訳家)、香山二三郎(コラムニスト)、上原ゼンジ(写真家)らと所属していた。
松葉 一清(まつば かずきよ、1953年1月27日 - 20… 松葉 一清(まつば かずきよ、1953年1月27日 - 2020年2月3日)は、日本の建築評論家、武蔵野美術大学教授。専門は、近代建築・都市史、現代建築評論。 兵庫県出身。京都大学工学部建築学科卒、朝日新聞社に入る。編集委員などを経て、2008年武蔵野美術大学教授。2011年日本建築学会文化賞受賞。 2020年2月3日、急性心不全により死去。67歳没。
青海健(せいかいけん、本名:青山健、1953年1月19日 -… 青海健(せいかいけん、本名:青山健、1953年1月19日 - 1997年9月14日)は、日本の文芸評論家。『三島由紀夫とニーチェ 悲劇的文化とイロニー』が第31回(1988年)群像新人文学賞評論部門の優秀作に選ばれる。 1953年1月19日、愛知県名古屋市本星崎町で、青山和彦・俊子(作家花井俊子)の長男として生を享ける。 1968年4月、名古屋市立桜台高等学校入学。このころキルケゴール、カミュ、サルトルなどを乱読、実存主義哲学に興味を抱く。 1972年4月、慶應義塾大学文学部入学。ニーチェ全集に傾倒する。 1977年3月、慶應義塾大学文学部哲学科美学(美術史)専攻卒業。4月、早稲田大学大学院文学研究科日本文学専攻修士課程入学。
田村 重信(たむら しげのぶ、1953年〈昭和28年〉1月1… 田村 重信(たむら しげのぶ、1953年〈昭和28年〉1月17日 - )は、日本の政治評論家・歌手。 企業顧問、拓殖大学桂太郎塾名誉フェロー、日本国際問題研究所客員研究員、坂本博之後援会会長、日本論語研究会代表幹事、YouTubeチャンネル「田村重信・たむたむ歌のチャンネル」、歌手。 慶應義塾大学大学院法学研究科非常勤講師(-2014年3月)、自由民主党政務調査会調査役(-2018年1月)。自由民主党政務調査会嘱託(2018年8月-2020年7月)。 自身の著作『なぜか誰も書かなかった民主党研究』と『民主党はなぜ、頼りないのか 不毛の二大政党制の根源を探る』の中で、民主党の岡田克也衆議院議員が通産官僚時代に国家公務員法に違反し、一族会社の取締役を兼務していたことおよび父である岡田卓也が創業したイオンに便宜を図った疑惑があるということの記載をめぐり、岡田が田村に1100万円の損害賠償請求を求めて訴訟をおこした。
倉沢 良一(くらさわ りょういち、1953年〈昭和28年〉1… 倉沢 良一(くらさわ りょういち、1953年〈昭和28年〉1月8日 - )は経済評論家。新潟県長岡市出身。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。 この項目は、アナウンサーに関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(アナウンサーPJ)。
伊藤 貫(いとう かん、1953年 - )は、日本の評論家、… 伊藤 貫(いとう かん、1953年 - )は、日本の評論家、国際政治アナリスト、米国金融アナリスト、政治思想家。アメリカ・ワシントンD.C.在住。東京大学経済学部卒業。姉は政治家の山谷えり子。 東京都出身。東京都立新宿高等学校を経て、東京大学経済学部卒業。 ワシントンD.C.のビジネス・コンサルティング会社とロビイスト事務所で国際政治・米国金融アナリストとして勤務。 17世紀のヴェストファーレン体制(ウェストファリア体制)や19世紀のウィーン体制のように、勢力均衡を目指す古典的な外交思想の復活を唱えている。 エドマンド・バーク、アレクシ・ド・トクヴィル、T・S・エリオット、ジョージ・ケナン、シャルル・ド・ゴールなどを支持する古典的自由主義者で、保守派の言論人である。
山田 理恵子(やまだ りえこ、1953年 - )は、日本の教… 山田 理恵子(やまだ りえこ、1953年 - )は、日本の教育評論家。池坊短期大学幼児保育学科学科長。大阪教育大学大学院修士課程修了。
伊東 和彦(いとう かずひこ、1953年 - )は、日本の自… 伊東 和彦(いとう かずひこ、1953年 - )は、日本の自動車評論家。 神奈川県横浜市出身。1976年、関東学院大学工学部機械工学科卒業。卒業研究は『シトロエンDSにみる油圧制御技術の実例』。1977年、同工学専攻科修了。 神奈川三菱ふそう自動車販売、および伊藤忠オート営業企画部技術課にて自動車整備、輸入車ホモロゲーションに従事。 1982年、伊藤忠オートの解散に伴い、株式会社二玄社入社。広告部、『カーグラフィック』(CG)編集部を経て、季刊自動車雑誌『SUPER CG』の創刊に参加。1992年4月よりSUPER CG編集長。 CG別冊単行本編集室において、単行本およびCG別冊の編集執筆の傍ら、休刊中だったSUPER CGの復刊を果たす。
大野 万紀(おおの まき、1953年 - )は、日本のSF評… 大野 万紀(おおの まき、1953年 - )は、日本のSF評論家、書評家、翻訳家。NHKテレビの海外ドキュメンタリーでプロデュ―サーとしてクレジットされていた「大野万紀」は別人。 神戸大学理学部卒業。在学中の1972年に米村秀雄、水鏡子らと神戸大学SF研究会を設立。また安田均らと関西海外SF研究会(KSFA)に参加しSFファン活動を行う。 SFファンダムでは神大四天王(岡本俊弥・水鏡子・米村秀雄)の一人として知られた。 1973年8月には、筒井康隆が主宰するSFファングループ「ネオ・ヌル」に、山本義弘、小笠原成彦、岡本俊弥、水鏡子らと参加。またこの「ネオ・ヌル」グループはスタッフとして、筒井を大会名誉委員長として1975年8月に、日本SF大会「SHINCON」を神戸で開催。
佐藤 幹夫(さとう みきお、1953年 - )は、日本の評論… 佐藤 幹夫(さとう みきお、1953年 - )は、日本の評論家、フリージャーナリスト。 1953年、秋田県出身。國學院大學文学部卒業。養護学校の教員を20年以上勤める。その後フリージャーナリストとして活動。1987年より批評誌『飢餓陣営』の主宰者として、思想・文学・心理学・司法と司法精神医学、障害問題など、幅広い分野で評論活動を行う(現在58号。60号にての終刊が予定されている)。また出版の企画・プロデュース・編集なども手がけるかたわら、生活支援や更生支援の現場で、事例検討会議や職員研修の助言者などを務める。(以上は各著作の著者紹介欄より)
高橋 勇夫(たかはし いさお、1953年 - )は、日本の文… 高橋 勇夫(たかはし いさお、1953年 - )は、日本の文芸評論家、アメリカ文学者。元専修大学法学部教授。 岩手県出身。岩手県立盛岡第一高等学校、東京大学文学部英文科卒業。東京大学大学院人文科学研究科英語英文学専攻修士課程修了。修士論文はノーマン・メイラー論である「Existential Odyssey : An Advertisement for Norman Mailer」。専門は20世紀アメリカ文学、日本近現代文学及び英米思想。愛知教育大学助教授をへて専修大学助教授。 1987年に「帰属と彷徨──芥川龍之介論」(『群像』1987年6月号)で第30回群像新人文学賞評論部門を受賞。 マイケル・ポランニー、ハンナ・アーレントなどを翻訳している。
森山 明子(もりやま あきこ、1953年 - )は、日本のデ… 森山 明子(もりやま あきこ、1953年 - )は、日本のデザイン評論家、武蔵野美術大学教授。 新潟県生まれ。1975年東京芸術大学美術学部芸術学科卒業。特許庁意匠課審査官、国際デザイン交流協会勤務を経て、1986年日経マグロウヒル社(現・日経BP社)入社。『日経デザイン』の創刊に関わり、1993-1998年同誌編集長。1998年武蔵野美術大学教授。NHKハート展詩選考委員、グッドデザイン賞審査副委員長、芸術工学会副会長・理事、公益財団法人の三宅一生デザイン文化財団理事、日本デザイン振興会評議員などを務める。
清水 敏男(しみず としお、1953年 - )は、日本の美術… 清水 敏男(しみず としお、1953年 - )は、日本の美術評論家。学習院女子大学名誉教授、美術評論家連盟常任委員(2012年-2015年)、公益財団法人徳間記念アニメーション文化財団評議員、公益財団法人新宿未来創造財団理事、東京都現代美術館美術資料収蔵委員会委員、日仏美術学会会員、美術史学会会員、国際博物館会議会員、エンジン01文化戦略会議会員。 東京都大田区生まれ。東京都庭園美術館キュレーター、水戸芸術館現代美術センター芸術監督を経て、2002年TOSHIO SHIMIZU ART OFFICEを設立。藤田嗣治の学術的研究を元に1988年公立美術館で初めての藤田嗣治回顧展を企画しその後の藤田研究の基礎を作った。
岡本 和明(おかもと かずあき、1953年 - )は、演芸評… 岡本 和明(おかもと かずあき、1953年 - )は、演芸評論家。父は超常現象研究家・中岡俊哉。曾祖父は浪曲師・桃中軒雲右衛門。 東京都生まれ[要出典]。早稲田大学卒業[要出典]。趣味が嵩じて落語、江戸小咄等に関わるようになる。
天野 礼子(あまの れいこ、1953年 - )は、日本の環境… 天野 礼子(あまの れいこ、1953年 - )は、日本の環境運動家、環境問題評論家、アウトドアライター。 長良川河口堰建設をやめさせる市民会議代表。日本に健全な森をつくり直す委員会事務局長。 京都市生まれ。ろうけつ染め作家の一人娘として生まれる。同志社中学・高等学校、同志社大学文学部美学芸術学専攻卒業。大学在学中の19歳より釣りを始め、国内外の川、海を年に100日ほど釣り歩いていた。 1988年、作家・開高健を会長に「日本のダムを問う運動」を立ち上げ、長良川河口堰建設反対運動を展開。1989年に国会内で超党派国会議員による「長良川河口堰問題を語る会」が設立されるなど、「川とダム」を問う国民運動に育て上げ、国会で議論をつくった。
水沢 勉(みずさわ つとむ、1952年11月27日 - )は… 水沢 勉(みずさわ つとむ、1952年11月27日 - )は、日本の美術評論家・キュレーター。 神奈川県横浜市生まれ。 1976年、慶應義塾大学美学美術史学科卒業。1978年、慶應義塾大学大学院修士課程修了後、神奈川県立近代美術館学芸員として勤務。 2008年、横浜トリエンナーレ2008の総合ディレクターを勤める。 神奈川県立近代美術館館長(2011 - 2024)。ドイツ語圏および日本の近現代美術に関心を抱き、その交流史についても論じる。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
小林 繁(こばやし しげる、1952年11月14日 - 20… 小林 繁(こばやし しげる、1952年11月14日 - 2010年1月17日)は、鳥取県東伯郡赤碕町(現・琴浦町)出身のプロ野球選手(投手)・コーチ、解説者・評論家、スポーツキャスター・タレント・俳優。 8歳の時に父親から野球用のグラブを渡され、キャッチボールを日課とするようになった。小学校時代にソフトボールをプレーし、中学時代は野球部に所属。当時は胃腸が弱かったこともあり、身長170cmに対して体重が50kgほどしかなかった。 中学卒業後の1968年に由良育英高校へ入学し、野球部に入部。当時監督を務めていた牧野紀史は当時の小林について、「特にボールが速かったわけではない。コントロールは悪くなかったが、抜群に良いというほどでもなかった」、「投げるボール自体は大したことはない」、「『どうしても欲しい』と思うようなピッチャーではありませんでした」と語る一方、「印象的だったのは、マウンドで常に小林は冷静だった」、「タテに割れるカーブを織り交ぜて、相手バッターのタイミングを上手く外す。
徳田 耕一(とくだ こういち、1952年(昭和27年)11月… 徳田 耕一(とくだ こういち、1952年(昭和27年)11月1日 - )は、日本の交通ジャーナリスト、作家、評論家。 鉄道に関する時事評論や紀行文、旅行ガイドを数多く発表している。特に中京圏(東海3県)の鉄道に関しては、自らの出身・在住地であるためか多くの著作がある。 北海道函館市の「はこだて観光大使」に任命されている。また台湾鉄路管理局の台鉄之友でもある。 愛知県名古屋市出身。名城大学附属高等学校、名城大学法学部卒業。名古屋市在住で中部地方の交通ジャーナリストとして活動。叔父の経営するパナソニックショップ徳田ラジオ商会の手伝いの傍ら、鉄道をメインに交通全般と旅、観光をテーマに執筆活動を続ける。
麻生 香太郎(あそう こうたろう、1952年10月7日 - … 麻生 香太郎(あそう こうたろう、1952年10月7日 - 2018年3月6日)は、日本の作詞家・音楽評論家・エンターテインメント評論家。大阪府大阪市曾根崎生まれ、兵庫県出身。 甲陽学院中学校・高等学校、東京大学文学部卒業。 東大を卒業しながらサラリーマンになるのが嫌な「就職試験逃避型」の人間で、作詞家になった。 1980年代半ばよりエンタテインメント・ジャーナリストに転身し、『1992年から1995年には週刊朝日でコラム「麻生香太郎の芸能みなと町」を連載し、日経エンタテインメント!』スーパーバイザーを務めていた。 『TVステーション』でも連載を務め、麻生もSEYMOURのペンネームでTM NETWORKや中森明菜に作詞を提供。
小林 一郎(こばやし いちろう、1952年9月17日 - )… 小林 一郎(こばやし いちろう、1952年9月17日 - )は、日本の建築評論家、編集者。ガード下(鉄道高架橋)空間利用考察のパイオニア。横丁と路地の考察も手がける。淑徳大学池袋サテライトキャンパス・エクステンションセンター講師、朝日カルチャーセンター千葉講師、東急セミナーBE自由が丘講師。 東京都葛飾区柴又出身。東京外国語大学の日本語教育学者・小林幸江教授は従姉にあたる。 1975年明治大学卒。卒業後、出版社の編集を経て、1984年、土木・建築を中心とした編集プロダクション・秋耕社を設立。鹿島出版会のほかX-Knowledgeなどの雑誌で執筆、単行本制作に長年たずさわる。書評歴も長く、「住宅建築」(建築資料研究社)では10年以上続けていた。
藤井 厳喜(ふじい げんき、1952年〈昭和27年〉8月5日… 藤井 厳喜(ふじい げんき、1952年〈昭和27年〉8月5日 - )は、日本の国際問題アナリスト、政治学者、評論家。 株式会社ケンブリッジ・フォーキャスト・グループ・オブ・ジャパン代表取締役。呉竹会代表幹事だったが脱会した。本名は藤井昇。 東京都江戸川区西小岩出身。江戸川区立北小岩小学校、江戸川区立小岩第三中学校、東京学芸大学附属高等学校、1977年3月、早稲田大学政治経済学部政治学科を卒業。1977年から1985年までクレアモント大学大学院、ハーバード大学大学院に留学し政治学を学ぶ(ただし両大学院での学位は未取得である)。 1982年12月に自身のシンクタンクである株式会社ケンブリッジ・フォーキャスト・グループ・オブ・ジャパンを立ち上げ、近未来予測の会員制情報誌「ケンブリッジ・フォーキャスト・レポート」を発行した。
鈴木 晶(すずき しょう、男性、1952年8月2日 - )は… 鈴木 晶(すずき しょう、男性、1952年8月2日 - )は、日本の評論家、翻訳家。法政大学教授。専門は文学批評、精神分析とその思想史、西洋舞踊史など。
高澤 秀次(たかざわ しゅうじ、1952年(昭和27年)7月… 高澤 秀次(たかざわ しゅうじ、1952年(昭和27年)7月18日 - )は、日本の文芸評論家。日本ジャーナリスト専門学校文芸創作科、慶應義塾大学総合政策学部、明治学院大学文学部、近畿大学大学院文芸学研究科非常勤講師、苫小牧駒澤大学国際文化学部特任教授、二松學舍大学文学部非常勤講師を歴任。 北海道室蘭市生まれ。北海道室蘭栄高等学校、早稲田大学第一文学部(文芸専攻)卒業。フリージャーナリストを経て、1980年代後半から評論活動を始める。民俗ルポルタージュから思想史、近代知識人論、中上健次に関する評論・研究、文芸評論などのほか、文芸誌上に発表された近年の作家論では、中野重治、金石範、大西巨人、石牟礼道子、小島信夫、小田実、古井由吉、後藤明生、津島佑子がある。
村田 辰美(むらた たつみ、1952年7月9日 - )は、秋… 村田 辰美(むらた たつみ、1952年7月9日 - )は、秋田県横手市出身の元プロ野球選手(投手)・コーチ、解説者・評論家。 横手市立金沢小学校、横手市立金沢中学校を卒業後、秋田県立六郷高等学校に進学。1試合18奪三振で無安打に抑えたにも関わらず、試合に敗れた、いわゆる「ノーヒットありラン」を経験。高校卒業後は三菱自動車川崎に入社。菅野光夫とは三菱自動車川崎時代のチームメイト。 1974年の都市対抗野球では、菅野と共に東芝の補強選手として出場し、チームの準決勝進出に貢献。 1974年のドラフト2位で近鉄バファローズに入団。当初は中継ぎ、特に対左打者用ワンポイントとして起用された。 コントロールに難があり登板機会に恵まれなかったが、入団4年目にサイドスローに転向し飛躍する。
柏原 純一(かしわばら じゅんいち、1952年6月15日 -… 柏原 純一(かしわばら じゅんいち、1952年6月15日 - )は、熊本県八代市出身の元プロ野球選手(内野手)・コーチ、解説者・評論家・YouTuber。 実家はイグサ農家で、母親は代用教員をしていたという家庭だった。4人きょうだいの第3子(姉、兄、妹がいる)。高校から本格的に野球を始め、八代東高校では3年次の1970年、春の選抜にエースとして出場。1回戦で日大三高の渡部良克(日大)と投げ合うも0-2で完封負けを喫した。同年の夏の甲子園県予選では、準々決勝で熊本一工に延長15回の末、敗退した。 同年のドラフトで南海ホークスから8位指名を受け、外野手として入団。当時は中央球界ではまだ無名の存在で、地元のファンがたまたま訪れていた南海のスカウトに紹介したことがそのままプロ入りに繋がったという。
加藤 清隆(かとう きよたか、1952年〈昭和27年〉5月1… 加藤 清隆(かとう きよたか、1952年〈昭和27年〉5月18日 - )は、日本の政治評論家。 長崎市生まれ。長崎県立長崎北高等学校、早稲田大学政治経済学部卒業後、1977年時事通信社入社、政治部に配属。福田赳夫、大平正芳の両総理番、森喜朗、加藤紘一両官房副長官番、新自由クラブを担当。1980年、山口支局で主に県政担当。1985年、政治部再異動。山崎拓官房副長官番、後藤田正晴官房長官番、橋本龍太郎幹事長番、自民党竹下派担当。外務省キャップを担当。1994年、ワシントンD.C.特派員として主にホワイトハウス、国防総省を担当。1997年帰国後、第2次橋本内閣、小渕内閣の内閣官房キャップ。2000年、政治部次長、2002年、政治部長を歴任。
松村 洋(まつむら ひろし、1952年5月8日 - )は、日… 松村 洋(まつむら ひろし、1952年5月8日 - )は、日本の音楽評論家。 大阪府生まれ。東京大学文学部社会学科卒。東大で初のロック音楽での卒論を書く。NHKに入りテレビディレクターを務めたのち、音楽評論家となる。考察対象はポピュラー音楽全般、特に沖縄の音楽文化、タイを中心とした東南アジアのポピュラー音楽文化、日本流行歌史。
広田寛治(ひろた かんじ、1952年4月16日- )は、日本… 広田寛治(ひろた かんじ、1952年4月16日- )は、日本の音楽評論家。 愛媛県生まれ。東京都立大学大学院修士課程修了。山梨県立大学講師などを経て、編集プロダクション/フロム・ビー主宰。
淡口 憲治(あわぐち けんじ、1952年4月5日 - )は、… 淡口 憲治(あわぐち けんじ、1952年4月5日 - )は、兵庫県西宮市出身の元プロ野球選手(外野手)・コーチ・監督、評論家。
高橋 敏夫(たかはし としお、1952年4月3日 - )は、… 高橋 敏夫(たかはし としお、1952年4月3日 - )は、日本の文芸評論家。 早稲田大学文学学術院教授を経て、早稲田大学名誉教授。専攻は日本近・現代文学、文芸批評。文化庁舞台芸術国際フェスティバル実行委員、文化庁舞台芸術創作奨励賞選考委員、文化庁創造活動重点支援事業審査委員、芸術選奨推薦委員も務める[要出典]。 香川県小豆郡内海町に生まれる。1976年早稲田大学第一文学部日本文学科卒業。1979年、同大学大学院文学研究科日本文学専攻修士課程修了、1983年同大学院博士課程単位取得退学。1991年関東学院女子短期大学助教授を経て、1994年同助教授、1995年早稲田大学助教授、1999年教授。2002年、『藤沢周平―負を生きる物語』で第15回尾崎秀樹記念・大衆文学研究賞受賞。
山下 大輔(やました だいすけ、1952年3月5日 - )は… 山下 大輔(やました だいすけ、1952年3月5日 - )は、静岡県清水市(現:静岡市清水区)出身の元プロ野球選手(内野手、右投右打)・監督・コーチ、解説者・評論家。愛称は「大ちゃん」。 清水東高校から1970年に一般入試で慶應義塾大学商学部へ進学。東京六大学野球リーグでは、1年次の同年秋季リーグから正遊撃手となり、高校の2年先輩である松下勝実とクリーンアップを組み活躍する。2年上の工藤真投手、清水東高でも2年上の松下勝実、1年上の萩野友康・長谷部優両左腕投手らを擁し、2年次の1971年秋季リーグからの3連覇に3番打者として貢献。1、2年時には「鬼の榊原」と呼ばれた榊原敏一監督に「試合と同じ集中力で練習しろ」と鍛え上げられた。
渡部 直己(わたなべ なおみ、1952年2月26日、男性 -… 渡部 直己(わたなべ なおみ、1952年2月26日、男性 - )は、日本の文芸評論家。早稲田大学元教授。父は第18代陸上幕僚長の渡部敬太郎。2018年6月に学生に対するセクハラが発覚し、同年7月に早稲田大学教授を解任された。 2016年4月、のちに詩人として活躍する深沢レナは早稲田大学文学学術院の大学院の現代文芸コースに入学した。2017年4月20日、指導教員だった渡部は飲食店で「卒業したら俺の女にしてやる」という趣旨の発言をした。同月24日、深沢は同コースの主任の水谷八也教授に相談するが、「君に隙があった」「セクハラというのはもっとすごいやつだ」と二次加害発言を受けた。 2018年3月、深沢は退学。
織田 邦男(おりた くにお、1952年1月19日 - )は日… 織田 邦男(おりた くにお、1952年1月19日 - )は日本の評論家。麗澤大学特別教授。日本会議副会長。国家戦略研究所(自営)所長。元航空自衛官。 愛媛県出身。兵庫県立明石高校卒。大阪大学も受験し合格していたが、防衛大学校に入校。1974年3月、防衛大学校(18期)を卒業し、同年4月、航空自衛隊に入隊。 F-4戦闘機パイロットなどを経て、1983年、アメリカ空軍大学へ留学し、指揮幕僚課程を修了。1990年、第301飛行隊の隊長、1993年、スタンフォード大学の客員研究員を務める。 1999年、第6航空団司令兼小松基地司令。2005年、空将・航空開発実験集団司令官、2006年、航空支援集団司令官(イラク派遣航空部指揮官)。
高取 英(たかとり えい、1952年1月17日 - 2018… 高取 英(たかとり えい、1952年1月17日 - 2018年11月26日、本名:非公開)は、日本の劇作家、演出家、マンガ評論家、編集者。男性。月蝕歌劇団代表。京都精華大学マンガ学部マンガプロデュースコース学科教授、大正大学表現学部客員教授を務めた。 大阪府堺市出身。大阪府立岸和田高等学校、大阪市立大学商学部卒業。 大阪市立大学の学生時代に白夜劇場を結成し、1974年に「白夜月蝕の少女航海紀」を作・演出。これが演劇のデビューとなる。 大学卒業後、寺山修司の取材・出版スタッフとなる一方、エロ劇画誌『漫画エロジェニカ』三代目編集長となり、『劇画アリス』編集長の亀和田武らと三流劇画ブームを起こす。『漫画エロジェニカ』は、最高12万部弱を売り上げた。
小林 竜雄(こばやし たつお、1952年 - )は、日本の脚… 小林 竜雄(こばやし たつお、1952年 - )は、日本の脚本家・評論家。東京都出身。 別名・小林竜夫。東京都立北園高等学校を経て、早稲田大学卒業。1978年、『もっとしなやかに、もっとしたたかに』の脚本が城戸賞に準入賞。翌年、藤田敏八監督によって映画化される。以後は脚本、評論を手がけている。
平山 周吉(ひらやま しゅうきち、1952年 - 、本名:細… 平山 周吉(ひらやま しゅうきち、1952年 - 、本名:細井 秀雄)は、日本の評論家・元編集者。雑文家を自称する。 東京都生まれ。慶應義塾大学文学部国文科卒。文藝春秋に入社、『諸君!』『文學界』編集長を務めた。1999年7月に鎌倉の自宅で自決した江藤淳に、編集担当者として最後に会い原稿を受け取った。筆名は小津安二郎の「東京物語」の主人公にちなむ。2025年5月より中央公論webで「小林秀雄の戦争と平和」連載を開始した。
永瀬唯(ながせ ただし、1952年 - )は、日本の評論家、… 永瀬唯(ながせ ただし、1952年 - )は、日本の評論家、科学史・技術文化史研究家、ジャーナリスト、SF史家。 明治大学理工学部、成城大学文藝学部、日本ジャーナリスト専門学校、東京綜合写真専門学校の講師を勤め、日本SF作家クラブにも所属。と学会運営委員。 東京都立大学理学部卒業。在学中からSFファン活動を開始。編集者、メカニックライターとして活動。1987年、SF同人誌『イスカーチェリ』に掲載された「科学ロマンスとサイエンス・フィクションをめぐって」により、SFファンジン大賞・評論部門を受賞。2002年、「光の街」によりSFファンジン大賞・研究部門を受賞。 テレビアニメ『機動戦士ガンダム』のファンとして、放送後の科学考証に係わり、その世界観を築いたひとり。