桑名 一博(くわな かずひろ、1932年1月19日 - )は… 桑名 一博(くわな かずひろ、1932年1月19日 - )は、日本のスペイン文学者、翻訳家。多くの翻訳書がある。 東京生まれ。1956年東京外国語大学スペイン語学科卒業。1963年龍谷大学講師、1965年神奈川大学助教授、1972年愛知県立大学助教授、1975年教授、1980年外国語学部長、1983年東京外国語大学教授、1995年定年となり清泉女子大学教授を務めた。 1988年、フランシスコ・デ・ケベード『大悪党』をはじめとするスペイン古典文学の翻訳で会田由賞受賞。 ホセ・オルテガ・イ・ガセットのほか、ガブリエル・ガルシア=マルケスなど20世紀ラテンアメリカ文学の翻訳も多く出した。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
今江 祥智(いまえ よしとも、1932年1月15日 - 20… 今江 祥智(いまえ よしとも、1932年1月15日 - 2015年3月20日)は、日本の児童文学作家、翻訳家。
鶴羽 伸子(つるわ のぶこ、女性、1932年1月7日 - 2… 鶴羽 伸子(つるわ のぶこ、女性、1932年1月7日 - 2002年12月8日)は、日本の翻訳家・文芸評論家。本姓は斎藤(さいとう)。 石川県金沢市生まれ。石川県立金沢第二高等女学校在学中の1945年5月に、東京から疎開転校してきた曽野綾子と出会う。1954年金沢大学法文学部卒業。大学の同級生に、後に金沢女子短期大学教授となる森井道男がいる。1957年から1967年まで、金沢アメリカ文化センター図書主任を務める。 曽野綾子の評伝を表し、曽野や夫の三浦朱門とともに翻訳を手がけるが、1981年には曽野に対し「もう付き合わない」と通告し絶縁状態となった。晩年には癌に冒され、聖路加国際病院の緩和ケアー病棟に入院した1999年に、曽野と連絡を取り復縁する。
高畠 正明(たかばたけ まさあき、1932年1月5日 - 1… 高畠 正明(たかばたけ まさあき、1932年1月5日 - 1980年5月30日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。 父は洋画家の高畠達四郎。妻は津村秀夫の娘。 東京生まれ。1954年慶應義塾大学経済学部卒、文学部仏文科に学士入学し、1961年慶應義塾大学仏文科大学院博士課程満期退学、文学部助手、1965年専任講師、1970年助教授、1976年から1978年フランスに留学、1979年教授。 アルベール・カミュのほか、ボードレールなど19世紀の詩人を研究、翻訳し、講じたが50歳を前に早逝。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
柴田 稔彦(しばた としひこ、1932年 - )は、日本の英… 柴田 稔彦(しばた としひこ、1932年 - )は、日本の英文学者、翻訳家。福岡大学名誉教授。専門はシェイクスピアなど英国演劇。 福岡県生まれ。1954年九州大学文学部卒、1957年東京大学英文科大学院修士課程修了、福岡女子大学、九州大学助教授をへて1964年東大教養学部助教授、1982年福岡大学教授、2002年定年退職、名誉教授。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
松沢 あさか(まつざわ あさか、1932年- )は、日本のド… 松沢 あさか(まつざわ あさか、1932年- )は、日本のドイツ語翻訳家。本名・松沢朝香、旧姓・渡辺。 愛知県出身。父親、母親共に小学校教師。1942年、台南州新営東尋常小学校に赴任した父親と共に一家で台湾に移住。終戦後台湾から引揚げの後、新制愛知県立新城高等学校に入学。 名古屋大学文学部独文科卒業。中学校や高校の英語教師ののち、30代半ばで仕事を辞め専業主婦に。60歳で翻訳を始める。現在は富山県高岡市在住。ドイツ語の児童文学を翻訳する。2000年『絵で見るある町の歴史』の翻訳で産経児童出版文化賞受賞。
三原 幸久(みはら ゆきひさ、1932年 - 2013年1月… 三原 幸久(みはら ゆきひさ、1932年 - 2013年1月18日)は、日本のスペイン文学者、民話研究者、翻訳家。大阪外国語大学名誉教授。 大阪市生まれ。1961年大阪外国語大学イスパニア語科卒、天理大学講師、大阪外国語大学講師、関西外国語大学助教授、教授、2003年定年退任、名誉教授。
久米 博(くめ ひろし、1932年 - 2023年9月16日… 久米 博(くめ ひろし、1932年 - 2023年9月16日)は、日本の哲学者、翻訳家。 ポール・リクールを中心に多くのフランス現代思想を翻訳した。 茨城県日立市生まれ。1957年、東京大学文学部哲学科卒業。1962年、東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程満期退学。1967年、ストラスブール大学プロテスタント神学部で宗教学博士。桐朋学園大学教授。1995年、立正大学教授。2003年、定年退職。 2023年9月16日、死去。
円子 修平(圓子修平、まるこ しゅうへい、1931年12月2… 円子 修平(圓子修平、まるこ しゅうへい、1931年12月24日 - 2003年9月28日)は、日本のドイツ文学者、翻訳家。東京都立大学名誉教授。 岩手県立盛岡第一高等学校卒。トーマス・マン、ロベルト・ムージルなどを研究、翻訳した。1995年に東京都立大学教授を定年退任後は、明治大学法学部兼任講師を務めた。
中村 保男(なかむら やすお、1931年12月21日 - 2… 中村 保男(なかむら やすお、1931年12月21日 - 2008年12月9日)は日本の翻訳家、作家。 東京府生まれ。1955年東京大学文学部英文科卒業、1958年同大学院修士課程修了。在野の福田恆存に師事し、1957年福田を中心に沼沢洽治、谷田貝常夫、横山恵一と読書会「蔦の会」を結成する。 初期の訳書では、福田と共訳のコリン・ウィルソン『アウトサイダー』(1957年)、G・K・チェスタートン「ブラウン神父シリーズ」(1959 - 1961年)が代表的である。単独では伝記の『フランクリン』(R・バーリンゲーム、時事通信社、1956年)、小説の『苦力』(マルク・ラジ・アナンド、新潮社、1957年)などが挙げられる。
谷川 俊太郎(たにかわ しゅんたろう、1931年〈昭和6年〉… 谷川 俊太郎(たにかわ しゅんたろう、1931年〈昭和6年〉12月15日 - 2024年〈令和6年〉11月13日)は、日本の詩人、翻訳家、絵本作家、脚本家。愛称は「タニシュン」。 太平洋戦争後の現代日本を代表する、国民的詩人と評価されている。 哲学者で法政大学総長を務めた谷川徹三を父、衆議院議員 長田桃蔵の娘である多喜子を母として、東京府豊多摩郡杉並町(現:東京都杉並区)に生まれ育つ。 1938年 (昭和13年)に東京市立杉並第二尋常小学校、1944年(昭和19年)に東京都立豊多摩中学校(後の東京都立豊多摩高等学校)へ入学。太平洋戦争末期の1945年(昭和20年)5月に山の手空襲を体験した。この年、京都府久世郡淀町に疎開し、京都府立桃山中学校に転学した。
森 みさ(もり みさ、1931年〈昭和6年〉11月28日 -… 森 みさ(もり みさ、1931年〈昭和6年〉11月28日 - )は、日本の翻訳家。森 ミサとも表記され、本名は森田 瑠美(もりた るみ)。森田瑠美名義の翻訳作品もある。日本脚本家連盟に加盟。秋田県出身。慶應義塾大学卒業。 多くの映像作品で字幕や吹き替え翻訳を担当。特に東北新社制作の吹き替えを中心に活躍し、代表作に『大草原の小さな家』『サウンド・オブ・ミュージック』などがある。 森の訳は後進の映像翻訳家にも影響を与えており、教材として使われることもある。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
中山 容(なかやま よう、1931年11月28日 - 199… 中山 容(なかやま よう、1931年11月28日 - 1997年3月7日)は、日本の翻訳家、詩人、英米文学研究者。「ボブ・ディラン全詩集」などの訳者として有名。平安女学院大学、京都精華大学で教鞭をとった。本名、矢ケ崎庄司。 東京都八王子市出身。1954年、明治学院大学文学部英文科卒業。 1959年~1960年、フルブライト奨学生として渡米し、サンフランシスコに滞在。ここで片桐ユズルと出会う。1968年、国際基督教大学修士課程修了。1960年代末、東京都立武蔵高等学校の英語教諭から、京都の平安女学院短期大学の教官となる。 片桐ユズルとともにボブ・ディランの楽曲の歌詞の翻訳を手がけ、関西フォーク運動の影の仕掛人のひとりとしても知られ、中山ラビ、古川豪、高石ともやらに影響を与えた。
川村 ハツエ(かわむら ハツエ、1931年11月24日 - … 川村 ハツエ(かわむら ハツエ、1931年11月24日 - 2012年2月11日)は、日本の歌人、翻訳家。 茨城県大宮町(現常陸大宮市)生まれ。茨城大学文理学部英文科卒。 英語教諭を経て1970年「茨城歌人」に入会。1980年「かりん」に入会、馬場あき子に師事。埼玉純真女子短期大学、戸板女子短期大学、流通経済大学講師などをしながら歌作を行った。 また英語による日本文学研究の翻訳や短歌の国際化活動にも携わり、日本歌人クラブ発行の英語短歌誌「TANKA JOURNAL」の編集長を務めた。歌集『孔雀青』で茨城新聞社賞、日本歌人クラブ北関東ブロック優良歌集賞受賞。著書『TANKAの魅力』で日本英学史学会豊田実賞、茨城文学賞受賞。
塙 治夫(はなわ はるお、1931年11月8日 - 2016… 塙 治夫(はなわ はるお、1931年11月8日 - 2016年4月7日)は、日本の外交官、アラブ文学翻訳家。 茨城県生まれ。茨城大学政経学部で学び、1952年外務省入省、1953年から1954年までカイロでアラビア語の研修を受けた後、エジプト、レバノン、シリア、イラク、オーストラリア、サウジアラビアへの勤務を経て、駐カタール大使、駐オマーン大使を歴任。 大使時代を含め、アラブ七カ国に駐在、のちエジプトのノーベル文学賞作家となるナギーブ・マフフーズの作品などを翻訳する。「カイロ3部作」の翻訳により、2012年に日本翻訳出版文化賞、2015年にアラブ首長国連邦のシェイク・ザーイド・ブック・アワードの翻訳賞を受賞した。
大島 かおり(おおしま かおり、1931年11月3日 - 2… 大島 かおり(おおしま かおり、1931年11月3日 - 2018年5月8日)は、日本のドイツ語翻訳家。 東京出身。東京女子大学文学部英米文学科卒業。英語教師を10年間勤めたのち、ドイツに渡る。帰国後、翻訳家となった。 ミヒャエル・エンデの『モモ』をはじめ、ナチス、ハンナ・アーレント、アドリエンヌ・リッチ、ノーマ・フィールドなど、プロテスタント左派、フェミニズムの立場からのドイツ語からの翻訳が多いが、英語の翻訳も行う。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
深町 眞理子(ふかまち まりこ、1931年11月1日 - )… 深町 眞理子(ふかまち まりこ、1931年11月1日 - )は、日本の翻訳家。 東京府東京市生まれ。生命保険会社に勤務していた父の転勤のため、日本・朝鮮の各地を転々として過ごす。朝鮮の京城で敗戦を迎える。 京城府立第一高等女学校を経て、1951年、東京都立忍岡高等学校卒。 洋書輸入会社タトル商会(のち日本洋書販売)に11年間、勤務。同社の著作権部の宮田昇の推薦で山本恭子の下訳者を4年間務める。1962年に翻訳家を目指して退社し、宇野利泰、福島正実の下訳者を務めながら、専業翻訳者となる。 英米のSF、ミステリーを中心に、スティーブン・キング、ルース・レンデル、M・H・クラーク、アガサ・クリスティーなど、数多くの翻訳を刊行している。
蛭川 久康(ひるかわ ひさやす、1931年9月30日 - )… 蛭川 久康(ひるかわ ひさやす、1931年9月30日 - )は、日本の英文学者、翻訳家。武蔵大学名誉教授。 東京府豊多摩郡戸塚町(現・東京都新宿区高田馬場)生まれ。1954年東京大学教養学部イギリス分科卒業。中学、高校教諭をへて、1965年玉川大学教養部専任講師、1966年助教授、1969年武蔵大学助教授、1973年教授、1997年定年となり特任教授。 現代英国小説、特にアイリス・マードックの研究で知られる。ほかに英国文化史が専門。
大社 淑子(おおこそ よしこ、1931年9月25日 - )は… 大社 淑子(おおこそ よしこ、1931年9月25日 - )は、日本の英文学者、翻訳家。早稲田大学名誉教授。 福岡県北九州市生まれ。青山学院大学文学部卒業、早稲田大学大学院文学研究科博士課程修了、法学部教授、2002年定年、名誉教授。ほか、梅光女学院大学専任講師、関東学院大学助教授を歴任した。 英文学を専攻し、現代の英国女性作家を研究、翻訳、特に米国黒人女性作家のトニ・モリスンの翻訳で知られるが、アイヴィ・コンプトン=バーネットの研究書も出した。
小野寺 健(おのでら たけし、1931年9月19日 - 20… 小野寺 健(おのでら たけし、1931年9月19日 - 2018年1月1日)は、日本の英文学者、翻訳家。横浜市立大学名誉教授。 神奈川県横浜市生まれ。東京大学英文科卒、同大学院に学び、1958年茨城大学専任講師、1962年横浜市立大学助教授、1967年英国リーズ大学に留学。横浜市立大学教授を96年定年退官、日本大学教授、2002年退職。文化学院・文芸学科講師。2018年1月1日午前3時5分、老衰のため死去した。86歳没。 20世紀の英国小説を専門とし、ジョージ・オーウェル、アニータ・ブルックナー、E・M・フォースターなど翻訳多数、またエッセイ集もある。
行方 昭夫(なめかた あきお、1931年9月14日 - )は… 行方 昭夫(なめかた あきお、1931年9月14日 - )は、日本の英文学者、翻訳家。東京大学・東洋学園大学名誉教授。日本モーム協会会長。 東京生まれ。父は朝日生命保険社長を務めた行方孝吉。東京都立九段高等学校卒、1955年東京大学教養学部イギリス科卒業、1958年同英文科大学院修士課程修了、1966年東大教養学部助教授、1983年教授。1992年定年退官、東洋学園大学教授、学長を務めた。 朱牟田夏雄、上田勤に師事し、アメリカ文学者としてヘンリー・ジェイムズを専攻していたが、英文読解者としても多くの著作を刊行し、英文学、英語学の専門誌である英語青年において英文解釈練習のコーナーを長年隔月で担当。
岩崎 力(いわさき つとむ、1931年8月12日 - 201… 岩崎 力(いわさき つとむ、1931年8月12日 - 2015年4月10日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。東京外国語大学名誉教授。 1931年、山形県生まれ。1954年、東京大学教養学部フランス科を卒業し、同大学大学院人文科学研究科比較文学比較文化修士課程に進んだ。1957年、同大学大学院を修了。 卒業後は、東京外国語大学助教授となり、後に教授昇格。1966年4月28日、映画監督のジャン=リュック・ゴダールが初来日し、日本フィルムライブラリー助成協議会は本国で公開されて間もないゴダールの新作の『男性・女性』の上映会を東京国立近代美術館で開いた。岩崎はその日に行われたインタビューや質疑応答の通訳を務めた。
米川 良夫(よねかわ りょうふ、1931年7月19日 - 2… 米川 良夫(よねかわ りょうふ、1931年7月19日 - 2006年4月27日)は、日本のイタリア文学者・翻訳家。國學院大學名誉教授。 1931年、ロシア文学者米川正夫の五男として東京に生まれる。名前が「よしお」ではなく「りょうふ」なのは、父正夫が当時レフ・トルストイの全集を翻訳していたことに因む。。早稲田大学第一文学部仏文科在学中、学生運動に熱中したため、卒業後、母の発議によりフランスに遊学。パリで2年あまり仏語仏文学を学んでいたが、第二外国語として研究していたイタリア語に惹かれたため、ローマに移ってイタリア文学を研究、伊文学者となった。 帰国後は國學院大學教授となった。2006年4月27日に肺癌のため死去した。
花崎 皋平(はなざき こうへい、1931年6月22日 - )… 花崎 皋平(はなざき こうへい、1931年6月22日 - )は、日本の著述家、翻訳家、詩人、哲学者。 東京出身。1954年東京大学文学部哲学科卒業。1964年より、北海道大学の西洋哲学の教員となる。マルクス主義の研究などが専門。北海道大学助教授を務めたのち、1971年に自主退官。 1966年、「ベトナムに平和を!市民連合」の札幌の運動「札幌ベ平連」の結成に加わる。立上げ集会は、すすきのの東本願寺での、アメリカの反戦活動家ハワード・ジンと小田実の講演会であった。アメリカ軍兵士の脱走支援運動にも、参加している。1970年11月16日、デモ参加者の女性をかばい公務執行妨害罪で逮捕されるが、釈放となる 1970年、北大全共闘関係者による北大本部封鎖事件の被告人の学生の特別弁護を行う。
酒本 雅之(さかもと まさゆき、1931年5月14日 - )… 酒本 雅之(さかもと まさゆき、1931年5月14日 - )は、日本のアメリカ文学者、翻訳家。お茶の水女子大学・共立女子大学名誉教授。ラルフ・エマソン、ヘンリー・ソロー、ホイットマンなどを、長年翻訳・研究した。 岡山県生まれ。東京大学大学院修士課程修了。お茶の水女子大助教授、教授、2002年まで共立女子大学教授。2011年瑞宝中綬章受章。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
沢崎 順之助(さわさき じゅんのすけ、1931年5月10日 … 沢崎 順之助(さわさき じゅんのすけ、1931年5月10日 - 2021年4月12日)は、日本のアメリカ文学者、翻訳家。昭和女子大学名誉教授。弟の沢崎浩平はフランス文学者。 研究対象は英国詩からアメリカ詩に移り、ウィリアム・カーロス・ウィリアムズを専門とした。エドガー・アラン・ポオの短編・詩やT・S・エリオットなど古典の翻訳も行った。 1931年東京都生まれ。1953年東京大学文学部英文科を卒業。同大学院修士課程に進み、平井正穂に師事して英国詩を学ぶ。1955年に修了。 卒業後は、國學院大學講師、1961年東京都立大学講師、助教授、1969年にニューヨーク大学に留学。東京都立大学教授を経て、1989年より昭和女子大学教授。
犬養 智子(いぬかい ともこ、1931年4月18日 - 20… 犬養 智子(いぬかい ともこ、1931年4月18日 - 2016年4月9日)は、日本の作家、翻訳家。 家事、女性問題、高齢者問題、都市問題などについて発言する一方、イラストも手がけ、童話、小説、翻訳も執筆する。 東京府出身。父親は波多野元武(三井物産勤務後千代田証券投資取締役)、母親は瀬下清(三菱銀行第3代会長)の三女・克。長女の犬養亜美はエッセイスト。祖父の波多野承五郎(1858年 - 1929年)は報知新聞記者、フランス公使館付書記官、朝野新聞社長、三井銀行役員、衆議院議員を歴任。 学習院女子短期大学文学科英語専攻卒業後、学習院大学政経学部政治学科に編入学して1954年に卒業する。1955年、米国イリノイ大学大学院入学。
清水 徹(しみず とおる、1931年3月31日 - )は、日… 清水 徹(しみず とおる、1931年3月31日 - )は、日本のフランス文学者・翻訳家。明治学院大学名誉教授。 東京府生まれ。1954年東京大学フランス文学科卒業、1956年同大学院修士課程修了、東京大学助手、國學院大學助教授、1965年明治学院大学文学部助教授、1970年教授。1986年同図書館長、1997年退職。 ヌーヴォー・ロマン作家のミシェル・ビュトールの研究、翻訳を行い、1967年に「時間割」の訳でクローデル賞。1985年に出版したマルグリット・デュラス『愛人』は、1992年に映画公開され文庫判はベストセラーになった。1991年、ビオイ=カサーレス『モレルの発明』の翻訳でBABEL国際翻訳大賞日本翻訳大賞・文学部門。
西 桂太(にし けいた、1931年3月31日 - )は、日本… 西 桂太(にし けいた、1931年3月31日 - )は、日本の男性俳優、声優、演出家、映像ディレクター、吹き替えディレクター、翻訳家、劇作家。本名及び演出家としての名義は大西 桂太。翻訳家としての名義は秋元 良介。大阪府出身。 1956年、大学在学中にぶどうの会演出部に入団。早稲田大学演劇科卒業後はTBS放送劇団、青年工房、土の会で俳優・声優として活動後、フリーランスとなり、日本合唱センター、劇団アトリエ座、劇団どらま座、声の劇団イマージュ(代表を経て、顧問)、演劇企画集団「人」などを設立した。 日活芸術学院、東京アナウンス学院などで講師も行っていた。 2017年、親戚関係にあたる高嶺巌によって引退していることが明かされた。
宇野 輝雄(うの てるお、1931年3月24日- 2017年… 宇野 輝雄(うの てるお、1931年3月24日- 2017年2月13日)は日本の翻訳家。 千葉県夷隅郡大多喜町出身。1953年明治学院大学文学部英文科卒。
山内 清子(やまのうち きよこ、1931年3月24日 - 2… 山内 清子(やまのうち きよこ、1931年3月24日 - 2000年)は、日本の翻訳家。北欧児童文学、絵本などの翻訳をおこなった。 東京府生まれ。東京教育大学言語学科卒業。
吉川 勇一(よしかわ ゆういち、1931年3月14日 - 2… 吉川 勇一(よしかわ ゆういち、1931年3月14日 - 2015年5月28日)は、元ベトナムに平和を!市民連合(ベ平連)事務局長など市民運動家、翻訳家。元英語教師(予備校講師・専門学校講師)、元大学非常勤講師。ソ連崩壊によるソ連共産党秘密文書公開で、日本共産党の不破哲三委員長(当時)から、ソ連のスパイと認定された。 東京大学在学中に日本共産党に入党し、武装闘争を志向する、党内では多数派だが東大では少数派の所感派の活動家として頭角を現し、旧国際派は役職に就かせないという共産党中央の指示で東京大学学生自治会議長に就任した。山村工作隊、東大ポポロ事件、砂川闘争などに参加し、講和・安保両条約発効に抗議する全学ストライキを指導して退学処分を受けた後は、共産党員として専従活動家の道を歩み、全学連書記局員、日本戦没学生記念会(わだつみ会)事務局員(組織部長)、日本平和委員会事務局員、同常任理事などを歴任して実務能力を身につけ、所感派の山村工作隊出身ながら「日本共産党第6回全国協議会(六全協)」後も党に留まり、1958年4月には、後藤新平の義理の姪婿で鶴見和子・俊輔姉弟と姻戚に当たる平野義太郎の仲人で結婚していたが、1965年、前年の原水爆禁止世界大会で共産党の方針に反対意見を表明したことで党から除名処分を受ける。
成瀬 駒男(なるせ こまお、1931年3月12日 - 199… 成瀬 駒男(なるせ こまお、1931年3月12日 - 1995年8月14日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。 神奈川県横浜市生まれ。1953年、東京大学文学部仏文科卒業。同大学院修士課程修了。國學院大学文学部助教授、教授。1995年8月14日、在任中に肝不全のため死去。 ルネサンスの民衆文化などを研究、『マルタン・ゲールの帰還』などアナール派の歴史書の翻訳で知られる。
常盤 新平(ときわ しんぺい、1931年〈昭和6年〉3月1日… 常盤 新平(ときわ しんぺい、1931年〈昭和6年〉3月1日 - 2013年〈平成25年〉1月22日)は、日本の作家・翻訳家・アメリカ文化研究者。別名に、大原寿人(おおはらとしひと)。 岩手県水沢市(現・奥州市)生まれ。母親は福島県の出身。税務署員だった父親の転勤に伴って生後半年で水沢を離れ、山形県長井町、宮城県石巻市と転居した。小学校時代に仙台市に落ち着き、高校卒業までを同地で過ごした。宮城県仙台第二高等学校を経て、早稲田大学第一文学部英文科卒。同大学院修了。 早川書房に入社。1961年には新雑誌「ホリディ」の編集長になるが11号のみの発行となる。都筑道夫、生島治郎の後任として、ミステリー小説誌 『エラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジン』(日本版)の三代目編集長を、1963年(昭和38年)から6年間務めた。
白石 かずこ(しらいし かずこ、1931年2月27日 - 2… 白石 かずこ(しらいし かずこ、1931年2月27日 - 2024年6月14日)は、日本の詩人、翻訳家。本名:菱沼嘉壽子〈ひしぬま・かずこ〉。 妹に白石奈緒美(女優・料理研究家)がいる。 カナダのバンクーバーに生まれる。 伯父の小原克己は「満州公論」などの雑誌編集長をしており、井伏鱒二や林芙美子らといった作家と深い交流があった。 7歳で帰国し、10代から詩を書き始め、北園克衛らの「VOU」に所属。早稲田大学第一文学部在学中の1951年、20歳で詩集『卵のふる街』を上梓。一時期、映画監督の篠田正浩と結婚していた。1960年に『虎の遊戯』で復活し、1970年、『聖なる淫者の季節』でH氏賞、1978年、『一艘のカヌー、未来へ戻る』で無限賞、1982年、『砂族』で藤村記念歴程賞、1997年、『現れるものたちをして』で高見順賞、読売文学賞(詩歌部門)、1998年、紫綬褒章、2003年、『浮遊する母、都市』で晩翠賞受賞。
大津 栄一郎(おおつ えいいちろう、1931年2月18日 -… 大津 栄一郎(おおつ えいいちろう、1931年2月18日 - 2013年1月17日)は、アメリカ文学者、翻訳家。明治学院大学名誉教授であった。 長崎県島原市生まれ。東京大学教養学部卒、同英文科大学院修了、東海大学助教授、明治学院大学教授を務め、ウラジーミル・ナボコフ、ヘンリー・ジェイムズなどを翻訳、研究した。晩年になって日本語に関心を深め『古事記』の現代語訳を刊行した。 ナボコフの『賜物』の翻訳については翻訳家の若島正から『翻訳の世界』誌の「改訳したい小説ベスト10」で多数の誤訳を指摘されたため、「若島正氏に反論する」を同誌に寄稿し反駁した。これに対する若島正の反論は『乱視読者の冒険 - 奇妙キテレツ現代文学ランドク講座』におさめられている。
山本 博(やまもと ひろし, 1931年2月6日 - 202… 山本 博(やまもと ひろし, 1931年2月6日 - 2024年1月17日)は、日本の弁護士、著作家、翻訳家、ワイン評論家。日本労働弁護団名誉会長、日本輸入ワイン協会会長、世界ソムリエコンクール日本代表審査委員、一般社団法人「日本ワインを愛する会」会長。東京ドイツワイン協会名誉顧問。 日本でもっともワイン関連著作の多い人物であるとされている。 1931年、神奈川県横浜市の伊勢佐木町にある商家(自転車屋)の生まれ。旧制中学3年だった14歳の時に太平洋戦争終戦を迎え、戦後にはサイクリングクラブを設立している。旧制中学卒業後、昼間は英語の通訳養成学校に通い、夜間は早稲田大学夜間部に通った。学生時代には学生演劇活動も行っており、後に劇団四季の顧問となっている。
中野 好之(なかの よしゆき、1931年2月 - )は、日本… 中野 好之(なかの よしゆき、1931年2月 - )は、日本の西洋思想史学者、翻訳家。元國學院大學、富山国際大学教授。英国の社会思想・保守思想研究を専門とし、皇室崇拝家である。 東京に生まれる。1955年東京大学経済学部卒業。名古屋大学大学院修士課程修了。編集者などを経て、國學院大學文学部教授、富山国際大学教授を歴任。晩年の父中野好夫が訳していたエドワード・ギボン『ローマ帝国衰亡史』の翻訳を、朱牟田夏雄から引き継ぎ完成させた。その功績により1994年、日本翻訳出版文化賞(第30回)を受賞。 父の中野好夫は、著名な英文学者で進歩的文化人。好之はその長男だが思想信条は異なる。 母・信子は土井晩翠の次女(1940年に没)、兄に土井英一。
薩摩 忠(さつま ただし、1931年1月29日 - 2000… 薩摩 忠(さつま ただし、1931年1月29日 - 2000年3月24日)は、日本の詩人、翻訳家、作詞家、放送作家。 童謡『まっかな秋』の作詞で知られる。 東京出身。慶応幼稚舎(小学校)で菊池知勇に学ぶ。慶應義塾大学仏文科卒。堀口大學、藤浦洸に師事。『風』『新詩潮』『詩帖』同人。1962年昆虫詩集『蝶の道』を刊行。1964年『海の誘惑』で室生犀星詩人賞受賞。昆虫など小動物を題材とした詩が多く、海外児童文学の翻訳・再話などもある。放送作家としてラジオの音楽番組の構成を担当したほか、シャンソンの訳詞も多く手がけた。 その他アンデルセン、グリムなどの再話 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
神鳥 統夫(かんどり のぶお、1931年1月21日 - 20… 神鳥 統夫(かんどり のぶお、1931年1月21日 - 2007年)は、日本の児童文学翻訳家。別筆名に美山 二郎。 関東州大連市出身。1957年東京大学経済学部卒。偕成社の編集者を務め、1979年退職。
吉田 誠一(よしだ せいいち、1931年1月19日 - 19… 吉田 誠一(よしだ せいいち、1931年1月19日 - 1987年10月28日)は、日本の英文学者、翻訳家。 神奈川県横浜市出身。東京外国語大学英米語科卒業。横浜市立大学教授を務めた。また、日本英文学会会員であった。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・作詞家・作家・放送作家・随筆家(コラムニスト)・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ:作家)。
川勝 久(かわかつ ひさし、1931年1月18日 - )は、… 川勝 久(かわかつ ひさし、1931年1月18日 - )は、日本の社会心理学者、ビジネス書の翻訳家、文筆家。 産業能率短期大学講師、助教授、教授をへて、淑徳大学国際コミュニケーション学部教授。 1953年一橋大学社会学部社会学科卒業。東京放送(TBS。現・TBSホールディングス / TBSテレビ・TBSラジオ)に入社し、CM部長、営業促進部長、調査部長等を歴任した。このころより、海外ビジネス書の翻訳、ビジネス書の執筆に携わる。 1985年、NPO法人知的生産の技術研究会で講師を務めた。一橋大学大学院修士課程修了、1985年退職。 1980年から2002年にかけてホノルルマラソン協会スペシャル・アドバイザーを務めた。
岡部 宏之(おかべ ひろゆき、1931年(昭和6年)1月17… 岡部 宏之(おかべ ひろゆき、1931年(昭和6年)1月17日 - 2023年12月29日)は、日本のSF翻訳家、詩人。日本文藝家協会会員。杉山 高之の名義も使用した。 静岡県静岡市出身。1953年静岡大学文理学部卒業。静岡のSFサークル「東海SFの会」で活動している際、浜松在住の浅倉久志の紹介でSF翻訳家になる。SFファン時代の1967年、ハインラインの『宇宙の戦士』が翻訳され、石川喬司の否定的なレビューにより『SFマガジン』誌上で論争となった際、杉山高之名義で論争に参加しており、のちの石川の著書『SFの時代』で「読み応えがある」と4頁もにわたり投稿全文が紹介されている。なお、この時の杉山の在住地は「静岡県志太郡岡部町」と書かれている。
滝沢 武久(たきざわ たけひさ、1931年1月9日 - 20… 滝沢 武久(たきざわ たけひさ、1931年1月9日 - 2015年7月5日)は、日本の心理学者、翻訳家。電気通信大学名誉教授。 東京出身。東京大学教育学部卒。同大学院をへて、東京大学新聞研究所助手、新潟大学助教授、電気通信大学助教授、1975年教授。1995年定年退官、大妻女子大学教授。 1964年フランス政府招聘留学生としてパリ大学発達心理学研究室に留学 (1965年まで)。ピアジェの影響を受け、発達心理学や教育心理学を研究。
原 昌(はら しょう、1931年1月3日 - )は、日本の児… 原 昌(はら しょう、1931年1月3日 - )は、日本の児童文学研究者、翻訳家、中京大学名誉教授。 名古屋市生まれ。本名・昌一。南山大学文学部英文科卒、市邨学園短期大学(現・名古屋経済大学短期大学部)教授、1980年中京大学文学部教授、2002年名誉教授。台湾国立成功大学客員教授。日本イギリス児童文学会会長、日本児童文学学会会長を務めた。1974年新美南吉文学賞を『児童文学の笑い』で受賞。2004年児童文化功労者褒章。
工藤 政司(くどう まさし、1931年 - )は、日本の翻訳… 工藤 政司(くどう まさし、1931年 - )は、日本の翻訳家。元東京国際大学教授。 弘前大学文理学部卒業。主として推理小説の翻訳をしてきたが、近年はジョージ・スタイナー、ジェイン・オースティンなどの文学作品も翻訳している。
河野 徹(こうの てつ、1931年 - 2018年)は、日本… 河野 徹(こうの てつ、1931年 - 2018年)は、日本の英文学者、翻訳家。法政大学名誉教授。 東京大学教養学部イギリス科卒業、同大学院英語英文学修士課程修了。法政大学教養部助教授、教授、2002年定年、名誉教授。
西村 六郎(にしむら ろくろう、1931年(昭和6年) - … 西村 六郎(にしむら ろくろう、1931年(昭和6年) - )は、日本の翻訳家、元日本航空社員。 東京府豊多摩郡大久保町(現新宿区西大久保)生まれ。1955年東京大学教養学部教養学科フランス分科卒業。1957年同法学部卒業。日本航空株式会社に勤務。1963年フランス政府給費技術留学生。 アテネ支店長などを務め、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の生地に記念碑を建てる運動などをした。 1991年から1992年、日本ペンクラブ事務局長。大江健三郎と親しく、大江、山口昌男らが1979年にバリ島へ旅行した時に手続きをした。
岡 達子(おか たつこ、1931年 - )は、日本の翻訳家。… 岡 達子(おか たつこ、1931年 - )は、日本の翻訳家。 特に『修道士カドフェル』シリーズの翻訳で知られる。北海道生まれ。東京外国語大学英米科卒業。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
石黒 英男(いしぐろ ひでお、1931年 - 2010年3月… 石黒 英男(いしぐろ ひでお、1931年 - 2010年3月)は、日本のドイツ文学者、翻訳家。中央大学名誉教授。 名古屋市生まれ。1954年名古屋大学文学部独文科卒業。1955年同研究生、1957年6月名城大学商学部専任講師、1963年1月日本大学理工学部専任講師、1966年中央大学商学部専任講師、1968年助教授、1973年教授、1994-1997年同人文科学研究所所長、2002年定年、名誉教授。 『新日本文学』などに拠り、左翼的立場からドイツ演劇を研究した。