堀端 宏行(ほりばた ひろゆき、1986年10月28日 - … 堀端 宏行(ほりばた ひろゆき、1986年10月28日 - )は、日本の元男子陸上競技(長距離走・マラソン)選手。熊本県八代市出身。189 cm・68Kg。2011年世界陸上大邱大会男子マラソン6位入賞。 2005年3月、熊本県立八代東高等学校卒業。高校時代は国体男子5000m代表として出場した事がある位の、全国的には無名の選手だった。同年4月、宮崎県延岡市拠点の旭化成に入社・陸上部に入部後、着実に力を付けた。初マラソンは2008年2月の東京マラソン男子の部で9位。 2011年3月のびわ湖毎日マラソンでは、31Kmを過ぎて今井正人と足が接触した際に大きくバランスを崩し、あわや転倒しかけるアクシデントで一旦は今井との差が開いた。
堺 晃一(さかい こういち、1986年3月11日 - )は日… 堺 晃一(さかい こういち、1986年3月11日 - )は日本の元陸上競技選手、専門は長距離走。兵庫県加古川市出身。兵庫県立飾磨工業高等学校、駒澤大学卒業。富士通陸上競技部に所属した。 大学2年時の第82回箱根駅伝では8区を担当し区間2位の快走。4位からトップに順位を押し上げた。3年時の第83回箱根駅伝では9区区間4位の走りでチームのシード権獲得に貢献。4年時の第84回箱根駅伝では再び9区を担当。トップと15秒差の2位でタスキを受けるとハイペースで突っ込み、2.6kmで先頭の早稲田大学を捉えると8.4kmで単独先頭に立ち、鶴見中継所では1分21秒の差をつける快走で逆転優勝の立役者となった。 卒業後は富士通に入社。
足立 知弥(あだち ともや、1985年12月18日- )は大… 足立 知弥(あだち ともや、1985年12月18日- )は大分県大分市出身の元マラソン選手。旭化成陸上部に所属した。 大分市立吉野中学校、大分高等学校を卒業後、旭化成陸上部に入団した。初マラソンとなった2008年の別府大分毎日マラソンでは39km過ぎにトップに立ち、その後独走し2時間11分59秒で優勝した。同マラソンでの初マラソンは谷口浩美や森下広一以来のことであった。 2009年元日の全日本実業団駅伝では最終区間7区を担当。3位でタスキを受け取り、旭化成10年ぶりの優勝を目指しゴール直前まで富士通・日清食品と激しい入賞争いを演じたものの最後に競り負け、優勝した富士通とわずか1秒差の3位でゴールした。
川内 侑子(かわうち ゆうこ、1985年5月24日 - )は… 川内 侑子(かわうち ゆうこ、1985年5月24日 - )は、日本の女子長距離走・マラソン選手。旧姓・水口(みずぐち)。岐阜県高山市出身。三重大学教育学部スポーツ健康科学コース卒業。1児(長男)の母。 岐阜県立斐太高等学校時代には1500mと3000mでインターハイに出場。三重大入学後に実力が開花し、大学3年次には日本学生女子ハーフマラソン選手権で優勝。 大学4年次の日本インカレでは10000mで4位入賞。2008年には、ニューカレドニア国際マラソンに参加し、後に夫となる川内優輝と出会った。 大学卒業後は実業団のデンソーに10年間所属。 2010年に日本代表として、世界クロスカントリー選手権に出場したほか、 2013年 - 2015年のクイーンズ駅伝では主要区間を担い、チームの3連覇に貢献した。
樋口 紀子(ひぐち のりこ、1985年5月23日 - )は、… 樋口 紀子(ひぐち のりこ、1985年5月23日 - )は、日本の元陸上競技選手(長距離走)。東京マラソン2011優勝者。現姓・末長。 京都府生まれ。小学生の頃から持久走が得意だったため、中学校入学と同時に陸上部に入り本格的に陸上競技を始めた。中学時代から全国都道府県対抗女子駅伝に京都チームのメンバーとして出場し、立命館宇治高校1年時に出場した2002年の第20回大会では福士加代子(ワコール)らと共に優勝を果たし、樋口も7区で区間賞に輝いた。 立命館大学に進み全日本大学女子駅伝などで区間賞を獲得し、卒業後、憧れの福士加代子が所属するワコール女子陸上競技部に入部。他の複数の実業団からオファーがあり、ワコールからは声がかからなかったが、京都が本拠地のワコールのスカウトマンと面識があり、思い切って自分から声をかけ入部が決まったという。
吉川 美香(よしかわ みか、1984年9月16日 - )は、… 吉川 美香(よしかわ みか、1984年9月16日 - )は、神奈川県相模原市出身の女子陸上競技選手(主に中距離走・長距離走)。神奈川県立荏田高等学校を卒業し、パナソニック女子陸上競技部に所属していた。 2005年度までは全国的に無名に近い存在だったが、2006年度初めの世界クロカンで代表入りしてから徐々に頭角を現す。2006年7月の第90回日本選手権で1500mに出場し、当時優勝候補と目されていた小林祐梨子とラスト90mの直線でデッドヒートを繰り広げて写真判定までもつれ込み、同タイムの僅差で初の日本一となった。また、自己ベストを大きく更新し、第15回アジア大会出場が決定した。以後2010年の第94回日本選手権大会まで1500m走で5連覇を果たした(日本陸上競技選手権大会の記録一覧 (女子)#1500m参照)。
がんばれゆうすけ(本名:猪瀬 祐輔(いのせ ゆうすけ)、19… がんばれゆうすけ(本名:猪瀬 祐輔(いのせ ゆうすけ)、1984年8月7日 - )は、日本のお笑い芸人、タレント、陸上競技選手、マラソンランナー、ランニングコーチ。栃木県下都賀郡野木町出身。 栃木県に生まれ、地元の野木中学校を卒業したのちに作新学院・東洋大学と進学する。大学在学中の4年間、東洋大学は東京箱根間往復大学駅伝競走に出場しているが、自らは2度(第81回・第83回)の補欠メンバーに留まり、一度も箱根路を走ることができなかった。東洋大学時代の5年後輩に柏原竜二がいる。 2006年に東洋大学を卒業し、社会人生活を5年経験した。東日本大震災が発生したあと、仮設住宅で漫才をするボランティア活動を行っている。
岡本 直己(おかもと なおき、1984年5月26日 - )は… 岡本 直己(おかもと なおき、1984年5月26日 - )は、日本の陸上競技選手、専門は長距離走。鳥取県出身。由良育英高校(現・鳥取中央育英高校)、明治大学政治経済学部卒業。中国電力陸上競技部所属。 小学校のマラソン大会で好成績を収めたことをきっかけに、中学校で陸上部に入り本格的に陸上を始める。中学時代から都道府県対抗駅伝に鳥取県代表として出場していた。鳥取県の駅伝の強豪・由良育英高校を経て、明治大学に進学。当時の明治大学は総合優勝経験がありながらも、長らく箱根駅伝出場から遠ざかっていたが、岡本が2年生の時に14年ぶりに予選会を勝ち抜き2005年箱根駅伝への出場を決めた。以後、2007年箱根駅伝まで3年連続で明治大学は箱根駅伝本戦に出場する。
今井 正人(いまい まさと、1984年4月2日 - )は、陸… 今井 正人(いまい まさと、1984年4月2日 - )は、陸上競技(長距離走・マラソン)選手。福島県相馬郡小高町(現・南相馬市)生まれ。妻はRKB毎日放送元アナウンサーの川添麻美。トヨタ自動車九州所属。2024年3月に現役引退を表明し、同社で指導者。2024年4月から順天堂大学スポーツ健康科学部の非常勤講師を兼任。 小高町立小高中学校→福島県立原町高等学校→順天堂大学スポーツ健康科学部→トヨタ自動車九州所属。 小中学校時代、野球部に所属しながら、駅伝でも助っ人として活躍し、小高中3年の1999年度に中学生枠で都道府県対抗男子駅伝の福島県代表に選ばれ、区間3位の成績を残した。そこで、当時早大のエースで将来を嘱望された佐藤敦之(福島県出身)と出会った。
原田拓(はらだ たく、1984年1月16日 - )は、日本の… 原田拓(はらだ たく、1984年1月16日 - )は、日本の陸上競技長距離走・マラソン選手。国士舘大学出身で、所属は八千代工業→アパレル→トーエネック→ランニングスクールフロッグを創業。2012年ホノルルマラソン日本人1位。→2014年軽井沢リゾートマラソン2日連続総合優勝→2014年ホノルルマラソン日本人1位。→2015年ハパルアハーフマラソン招待選手→2015年JALホノルルマラソン公認トレーナー就任→スポーツブランド「lecoqsportif(ルコックスポルティフ)」商品開発アドバイザー契約→名古屋市委託事業名城公園トナリノ、協力企業としてランニングスクールフロッグ移転(名古屋市北区名城1-4-1)→2017年1月子どもたちに正しい走り方を指導する「キッズ走り型教室」を名古屋市内の幼稚園、保育園、小学校を中心に開校。
森本 友(もりもと とも、1983年12月27日 - )は女… 森本 友(もりもと とも、1983年12月27日 - )は女子陸上競技(長距離走・マラソン)元選手。兵庫県宍粟市(旧宍粟郡山崎町)出身。身長164cm、体重53kg。 山崎東中学校、就実高等学校を経て、岡山県の天満屋に入社。ちなみに就実高校は、五輪2大会連続メダリストの有森裕子の母校でもあり、森本が尊敬するマラソンランナーにも有森の名を挙げていた。 入社した天満屋女子陸上部で元所属の先輩選手では、アテネ五輪7位入賞の坂本直子と、シドニー五輪7位入賞の山口衛里などがいた。 2006年1月28日施行の大阪国際女子マラソンにて初マラソンを走り5位となると、5月7日(現地時間)施行のウィーンマラソンにて海外初挑戦。
吉冨 博子(よしとみ ひろこ、1983年12月26日 - )… 吉冨 博子(よしとみ ひろこ、1983年12月26日 - )は日本の女子陸上競技(長距離走・マラソン)選手。佐賀県佐賀市出身。メモリード所属。 兄の影響で鹿島実業高校で陸上を始め、卒業後の2002年から実業団のサニックス陸上部に所属。駅伝を中心に競技を行っていたが故障のため2年で退部。その後2006年に監督の重松森雄の呼びかけで復帰したが、半年後の2007年に陸上部が廃部。重松の紹介で結婚・出産により一旦競技を引退後、市民ランナーとしてマラソン復帰を目指していた小鴨由水(重松が監督を務めていた岩田屋陸上部に所属していた)の練習パートナーとしてトレーニングを重ね、さらに小鴨と重松が立ち上げた福岡県のクラブチーム「ファーストドリームAC」の佐賀チームを作り練習を継続した。
難波 祐樹(なんば ゆうき、1983年7月10日 - )は、… 難波 祐樹(なんば ゆうき、1983年7月10日 - )は、京都府亀岡市出身の日本の陸上競技元選手(中距離走・長距離走)、現指導者。順天堂大学卒業。元JALグランドサービス所属。大分東明高等学校女子駅伝部コーチを経て、現在は京都府立洛北高等学校陸上部監督を担当。 亀岡小学校、亀岡中学校時代はサッカーをして過ごした。1999年の第4回全国都道府県対抗男子駅伝競走大会に京都府代表選手として出場、6区3kmを8:51のタイムで走破し区間賞を獲得した。 中学卒業後は駅伝の名門、洛南高等学校へ入学し陸上部に所属。2000年の第63回中国山口駅伝には洛南高校の代表選手として出場し、6区15.9kmを50:21のタイムで走破し区間賞を獲得している。
風見 尚(かざみ なお、英語: Nao Kazami、198… 風見 尚(かざみ なお、英語: Nao Kazami、1983年4月9日 - )は、日本の長距離走選手。ウルトラマラソン100kmの元世界記録保持者。東京都足立区出身。 東京実業高校、2006年に駒澤大学経営学部卒業。愛三工業に入社し陸上競技部所属。2010年に現役引退した後、フルタイムで勤務しながら、一般の市民ランナーとして競技を続ける。 2018年6月、サロマ湖100キロウルトラマラソンにおいて、6時間9分14秒の世界最高記録で優勝。従来の記録は1998年の同マラソンで砂田貴裕が出した6時間13分33秒(世界記録を4分19秒更新)。 2019年、コムラッズマラソン(86.83km)で3位(アジア人初の表彰台)。
尾熊 栄輔(おぐま えいすけ、1983年3月30日 - )は… 尾熊 栄輔(おぐま えいすけ、1983年3月30日 - )は、日本の元陸上競技(マラソン)選手。 埼玉県川口市出身の元陸上選手。 埼玉栄高等学校、日本体育大学卒業。NTT西日本陸上競技部に所属していた。埼玉県川口市出身。身長168cm 、48kg。 高校から陸上競技を始め、埼玉栄高等学校、日本体育大学へ進学し、活躍。 大学卒業後はNTT西日本陸上部に所属し、2008年3月に引退した。 現國學院大学陸上部所属の尾熊迅斗の父親 2000年岐阜総体 5000m 予選3組 14位 15分11秒69 全国高等学校駅伝競走大会 第50回4位(4区区間3位23分57秒)、第51回9位(3区区間4位24分45秒)) 全国都道府県対抗駅伝大会 埼玉県代表 第5回10位(4区区間31位15分13秒)第6回3位(5区区間7位25分20秒) 2000年済州島国際マラソン2位 第33回全日本大学駅伝予選会 3組 19位 30分31秒92 第78回東京箱根間往復大学駅伝予選会 2位 個人全体31位 1時間1分2秒 (全大学1学年1位) 大阪実業団駅伝競走大会 (59回3位(4区区間3位9分48秒)60回3位(5区区間3位9分57秒))
馬目 綾(まのめ あや、1982年8月30日 - )は、日本… 馬目 綾(まのめ あや、1982年8月30日 - )は、日本の元長距離走選手。福島県出身で白鴎大学卒。大学時代は実績が殆どなく、卒業を以て陸上競技を引退する予定であり、地元のフィットネスクラブに内定していた。しかし2005年に出場した大学女子選抜駅伝1区で区間賞を取った事で一転、競技を続ける道を選び卒業後はしまむらに入社した。入社後は実業団駅伝を始めとし、ハーフマラソンや5000m、10000m、クロスカントリーなど多方面で活躍した。 2005年 大学女子選抜駅伝1区区間賞 2006年 ロッテルダムハーフマラソン3位 2007年 グレートスコティッシュランハーフマラソン3位、福岡国際クロスカントリー女子シニア(6㎞)3位 2008年 織田記念陸上女子5000m4位、静岡国際陸上女子10000m3位 「富士山女子駅伝」として復活
阿蘇品 照美(あそしな てるみ、1982年8月2日 - )は… 阿蘇品 照美(あそしな てるみ、1982年8月2日 - )は、日本の元陸上競技選手(長距離走)。熊本県阿蘇郡一の宮町(現・阿蘇市)出身。 一の宮町立一の宮中学校時代の1997年に第15回全国都道府県対抗女子駅伝で3区に出場、区間賞を取り、熊本県チームの優勝に貢献した。熊本信愛女学院高等学校を経て2001年に京セラに入社。長距離選手として活動した[要出典]。 2003年12月の第24回全日本実業団女子駅伝では、同じ区間(3区)を走った渋井陽子と同タイムの区間賞であった。 2005年には4月の兵庫リレーカーニバルの女子10000メートル (m)で世界陸上選手権の参加記録Aを突破する31分23秒55を記録して2位(日本人最高順位)となったが、代表選考会となる6月の日本陸上競技選手権大会では31分59秒01のタイムで8位に終わり、代表選出はならなかった。
福士 加代子(ふくし かよこ、1982年3月25日 - )は… 福士 加代子(ふくし かよこ、1982年3月25日 - )は、日本の女子陸上競技(主に長距離走・マラソン)の選手。2010年5月末の時点で、3000mと5000mの日本記録、ハーフマラソンおよび10km、15kmのアジア記録を有する。
早川 英里(はやかわ えり、1981年11月15日 - )は… 早川 英里(はやかわ えり、1981年11月15日 - )は、東京都世田谷区出身の女子陸上競技(長距離走・マラソン)元選手。153cm・42kg。 東京都立駒場高等学校・成蹊大学出身。かつては谷川真理の所属するアミノバイタルACに在籍していたが、30歳の時にTOTO陸上競技部に移籍。2012年度から2016年度までの5シーズン、実業団所属の選手として活躍した。2014年仁川アジア競技大会・女子マラソン日本代表(4位)。 初マラソンは大学在学中だった2002年12月のホノルルマラソン女子の部で、日本人でトップの4位に入る。翌2003年12月のホノルルマラソン女子の部では、日本人としては初の快挙となる同マラソン初優勝を達成した。
藤原 新(ふじわら あらた、1981年9月12日 - )は、… 藤原 新(ふじわら あらた、1981年9月12日 - )は、日本の陸上競技長距離走・マラソン元選手、現指導者(スズキAC・男子ヘッドコーチ)。現役時代の所属はJR東日本→フリー→レモシステム→フリー(東京陸上競技協会)→ミキハウス→フリー(富山陸上競技協会)→アキレス(MEDIFOAM)。 男子マラソンの主な実績に、2012年ロンドンオリンピック・2009年世界陸上ベルリン大会各日本代表、2008年・2010年・2012年東京マラソン男子の部各2位、2015年防府読売マラソン優勝など。 長崎県諫早市(旧・西彼杵郡多良見町)出身。1997年3月、諫早市立琴海中学校(旧・多良見町立琴海中学校)卒業。
高見澤 勝(たかみざわ まさる、1981年7月14日 - )… 高見澤 勝(たかみざわ まさる、1981年7月14日 - )は、日本の陸上競技(男子長距離走・マラソン)元選手・現指導者。既婚、二児の父
堀江 知佳(ほりえ ちか、1981年2月15日 - )は、兵… 堀江 知佳(ほりえ ちか、1981年2月15日 - )は、兵庫県加古川市出身の陸上競技(長距離走・マラソン)元選手。 須磨女子高等学校(現・須磨学園高等学校)卒業後、1999年4月に積水化学工業に入社、小出義雄の指導を受ける。その後、小出と他の部員らと共にアルゼ(佐倉アスリートクラブ)、2009年11月1日に「ユニバーサルエンターテインメント」にチーム名変更)へ移籍した。161 cm、45Kg。 須磨女子高校の3年生時、1998年の全国高校総体では3000m女子の部で優勝。 積水化学へ入社した翌2000年4月、19歳で出場した長野オリンピック記念長野マラソンで初マラソンに挑戦、2時間29分台で4位に入る。
清水 将也(しみず まさや、1980年11月12日 - )は… 清水 将也(しみず まさや、1980年11月12日 - )は、兵庫県豊岡市出身の陸上競技(長距離・マラソン)選手・指導者。西脇工業高校・日本大学出身。旭化成陸上部を経て、旭化成延岡陸上部所属。双子の弟である清水智也もマラソン・長距離の元選手。 弟の影響で小学5年生のときに陸上を始めた。高校は兄弟揃って県内の名門西脇工業高校に進み、ともに全国高校駅伝に出場し、大会2連覇に貢献。将也は2年連続区間賞を獲得している。日大進学後も兄弟揃って4年連続で箱根駅伝に出場した。 大学卒業後は旭化成に入社。一方、弟は佐川急便に入社し社会人で初めて兄弟別のチームとなった。 2005年のびわ湖毎日マラソンで初マラソンも14位と惨敗。
熊坂 香織(くまさか かおり、1980年6月23日 ‐ )は… 熊坂 香織(くまさか かおり、1980年6月23日 ‐ )は、山形県山形市出身の元女子陸上競技(長距離走)選手。山形市立第十中学校、山形城北高校卒、第一生命陸上競技部を経て、スポーツ山形21に所属した。 山形第十中1年生時から陸上競技を始めた。 山形城北女子高校時代は国民体育大会や日本ジュニ ア陸上競技選手権大会、全国高校女子駅伝競走大会などに出場。高校1年時に出場した国民体育大会では少年女子B800mで準優勝を果たした。 高校卒業後、第 47 回全日本実業団対抗陸上競技選手権大会ジュニア3000m 、東北総合体育大会陸上競技大会5000mで優勝するなど活躍した。 2005年(平成17年)は飛躍の年となり、1月開催の第23回全国都道府県対抗女子駅伝競走大会では第2区で12分27秒の区間賞および区間新記録を更新、6月3日開催の 第89回日本陸上競技選手権大会の女子1500mで4分21秒04の第7位、。
松宮 隆行(まつみや たかゆき、1980年2月21日 - )… 松宮 隆行(まつみや たかゆき、1980年2月21日 - )は日本の男子陸上競技(長距離走・マラソン)選手。コニカミノルタ陸上競技部⇒愛知製鋼陸上競技部所属。秋田県鹿角市出身、秋田県立花輪高等学校卒業。2008年北京オリンピック男子長距離トラック日本代表。男子5000mの元日本記録保持者。30km競走の前世界記録保持者である。
松宮 祐行(まつみや ゆうこう、1980年2月21日 - )… 松宮 祐行(まつみや ゆうこう、1980年2月21日 - )は、日本の男子陸上競技(長距離走・マラソン)選手。コニカミノルタ陸上競技部⇒日立物流陸上部⇒セキノ興産陸上部所属。秋田県鹿角市出身、秋田県立花輪高等学校卒業。
秋葉 啓太(あきば けいた、1979年11月27日 - )は… 秋葉 啓太(あきば けいた、1979年11月27日 - )は、日本の男子陸上競技(長距離走・マラソン)選手。神奈川県海老名市出身。小森コーポレーション所属。
那須川 瑞穂(なすかわ みずほ、1979年11月22日 - … 那須川 瑞穂(なすかわ みずほ、1979年11月22日 - )は、日本の陸上競技(中距離走・長距離走・マラソン)元選手。岩手県水沢市(現・奥州市)出身。現役中はユニバーサルエンターテインメント(佐倉アスリートクラブ)に所属。岩手県立花巻南高等学校卒業後、積水化学にて小出義雄の指導を受け、その後小出と共にアルゼ(2009年11月1日に「ユニバーサルエンターテインメント」にチーム名変更)へ移籍した。 2002年5月のゴールデンゲームズinのべおかでは1500mで、2位ながら4分16秒24の自己ベスト記録をマーク。それから1年後、2003年5月のゴールデンゲームズinのべおかでは、同じく1500mで4分22秒74のゴールタイムで初優勝。
新妻 拓弥(にいつま たくや、1978年9月19日 - )は… 新妻 拓弥(にいつま たくや、1978年9月19日 - )は、日本の元陸上競技選手(長距離走)。東京大学在学中に学生陸上界で活躍し、「東大史上最強ランナー」と称されることもある。現在はENEOSのゼネラルマネージャー(ロンドン在住)として、水素・合成燃料・持続可能航空燃料などの脱炭素事業開発に従事している。 岩手県盛岡市出身。中学3年生の夏に野球部を引退後、同級生に誘われて陸上競技を始め、中学駅伝で全国大会出場を果たす。 岩手県立盛岡第一高等学校を経て、東京大学工学部化学システム工学科に進学。在学中は東京大学陸上運動部に所属し、3年生以降に学生トップクラスの成績を記録。10000mで28分45秒62などの大学記録を残した。
佐藤 敦之(さとう あつし、1978年5月8日 - )は、福… 佐藤 敦之(さとう あつし、1978年5月8日 - )は、福島県会津若松市出身(出生地は福島県河沼郡会津坂下町)の男子陸上競技(長距離種目・マラソン)の元選手・指導者。身長170cm。 ハーフマラソン元日本男子記録保持者(1時間0分25秒)。ほか主な実績に各男子マラソン種目で、2008年北京オリンピック日本代表(76位)、2009年世界陸上ベルリン大会6位入賞、2003年世界陸上パリ大会10位など。 小学校までは郡山市や原町市(現在の南相馬市)で過ごす。会津若松市立第四中学校、福島県立会津高等学校、早稲田大学人間科学部卒業。榊枝広光(順大-日産自動車)は中学校時代の同級生である。また小川博之(国士舘大-日清食品-JALグランドサービス-八千代工業、元サンベルクス陸上部監督、現国士舘大学監督)は中学時代からのライバルであった。
市橋 有里(いちはし あり、1977年(昭和52年)11月2… 市橋 有里(いちはし あり、1977年(昭和52年)11月22日 )は、徳島県鳴門市出身の元女子陸上競技長距離走・マラソン選手。1990年代後半から2000年代前半に活躍。元東京ランナーズ倶楽部所属。身長157cm。趣味は旅行先での美味しいものや食材探し・料理。愛称は「マラソン界のシンデレラ」。
和田 伸也(わだ しんや、1977年7月9日 - )は、視覚… 和田 伸也(わだ しんや、1977年7月9日 - )は、視覚障害の陸上競技・マラソン選手。 IPC 世界パラ陸上競技クラス T11 、大阪府出身、長瀬産業所属、身長 176cm 、体重 62kg 。 2012年、ロンドン・パラリンピックの 5000m で銅メダルを獲得。2013年、IPC 陸上競技世界選手権大会マラソン銀メダル、2014年、アジアパラ競技大会 800m 、 1500m 、 5000m 金メダルの三冠、2017年、世界パラ陸上競技マラソン・ワールド・カップ金メダル等で活躍。クラス T11 の 800m 、 5000m 、 10000m 、マラソンのアジア記録、日本記録を樹立、 1500m の日本記録を樹立した。
松岡 理恵(まつおか りえ、1977年3月9日 - )は、兵… 松岡 理恵(まつおか りえ、1977年3月9日 - )は、兵庫県津名郡五色町(現洲本市五色町)出身の日本の元女子マラソン選手。身長150cm、体重40kg。
油谷 繁(あぶらや しげる、1977年2月8日 - )は、山… 油谷 繁(あぶらや しげる、1977年2月8日 - )は、山口県長門市出身の中国電力陸上競技部所属の陸上競技(長距離走・マラソン)元選手、現指導者。山口県立美祢工業高等学校-中国電力。愛称は「あぶさん」。 主な実績に男子マラソンの種目で、2004年アテネオリンピック5位入賞、2001年世界陸上エドモントン大会・2003年世界陸上パリ大会二大会連続5位入賞など。息子の油谷颯太は元陸上競技選手で、現在は法政大学陸上競技部でマネージャーを務める。 美祢工業時代はほとんど無名。高校3年の時、広島であった全国高校総体中国地区予選に出場。同大会を中国電力の坂口泰監督が全国的に有名だった島根・松江商業の三代直樹(現・富士通)を見るため視察。
諏訪 利成(すわ としなり、1977年(昭和52年)1月29… 諏訪 利成(すわ としなり、1977年(昭和52年)1月29日 - )は、日本の陸上競技(長距離走・マラソン)元選手・現指導者である。群馬県佐波郡東村(現伊勢崎市)出身。身長178センチメートル、体重58キログラム。 主な実績に、2004年アテネオリンピック6位入賞、2007年世界陸上大阪大会7位入賞(共に男子マラソン)。 2004年限りで伊勢崎市に吸収された東村最初で最後の名誉村民である。
嶋原 清子(しまはら きよこ、1976年12月22日 - )… 嶋原 清子(しまはら きよこ、1976年12月22日 - )は、日本の女子陸上競技(長距離走・マラソン)元選手。山口県大島郡周防大島町出身。高水高等学校、国士舘大学卒業。身長154cm、体重43kg。1999年4月、資生堂ランニングクラブに入部し、その後8年間所属していたが、2007年4月1日をもってセカンドウィンドAC(SWAC)に移籍した。 2010年5月、当時陸上競技の現役選手で佐久長聖高等学校・陸上部コーチ(2011年3月より同校陸上部監督就任)の高見澤勝と結婚、その後ミセスランナーとしても活躍した。2012年1月29日の大阪国際女子マラソンで現役引退。2012年12月6日、第一子となる男子を出産した。
佐藤 由美(さとう ゆみ、1976年(昭和51年)12月22… 佐藤 由美(さとう ゆみ、1976年(昭和51年)12月22日 - )は、山形県鶴岡市出身の、元陸上競技(中距離走・長距離走・マラソン・駅伝)女子選手。現役時代は資生堂ランニングクラブ所属で、2009年3月まで同クラブのキャプテンを務めていた(2009年4月より藤永佳子と交替)。
千葉 真子(ちば まさこ、1976年7月18日 - )は、日… 千葉 真子(ちば まさこ、1976年7月18日 - )は、日本の元女子陸上競技(長距離走・マラソン)選手で、1990年代中盤 - 2000年代中盤に活躍した。京都府宇治市出身。愛称は「千葉ちゃん」。 現在の活動は陸上指導者・スポーツ解説者・コメンテーター・タレントなど。スポーツビズ所属。既婚。2児の母。 2016年に宇治市観光大使に就任。 中学校ではテニス部を3年生の夏休みまでやって、駅伝の人数が足りないと誘われていた。宇治高校(1994年から立命館宇治高校に改組)では陸上部に入部。高校では1校3人の枠に選ばれずインターハイの出場経験はない。但し、全国高校駅伝女子の部では、2年時の1993年度は準エース区間の2区4.0975kmを走り、水内聡子(市立船橋3年、のち三井海上)と同タイムの区間4位ながら1区の出遅れにより32位と沈んでいたチームを一挙に15位にまで順位を挽回した。
北島 良子(きたじま りょうこ、1976年6月12日 - )… 北島 良子(きたじま りょうこ、1976年6月12日 - )は、秋田県秋田市出身の女子陸上競技(長距離走・マラソン)選手・指導者・トレイルランナー。 秋田県立秋田北高等学校、城西短期大学卒業。 短大卒業後、みずほ銀行(入社当時は富士銀行)へ入社し陸上競技部に所属するも、2004年に陸上競技部が廃部。その後ヤマダ電機女子陸上部へ移籍。 初マラソンは1998年のベルリンマラソンで2時間36分55秒で8位。4年後の2002年大阪国際女子マラソンで2時間29分20秒で6位。2年後の2004年大阪国際女子マラソンは2時間31分18秒で再び6位。 2004年2月に結婚し、姓名登録を北島から「江田(えだ)良子」へ変更。
大崎 悟史(おおさき さとし、1976年6月4日 - )は、… 大崎 悟史(おおさき さとし、1976年6月4日 - )は、日本男子陸上競技(長距離走・マラソン)元選手、現指導者。大阪府堺市(堺区)出身。主な実績として各男子マラソン種目で、2006年ドーハアジア競技大会銅メダリスト、2007年世界陸上大阪大会6位入賞、2008年北京オリンピック日本代表(ただし故障により欠場)。 湊西小学校(現新湊小学校)、大浜中学校を経て、1992年4月に清風高等学校に入学し陸上競技部に所属。清風高校時代は全国高校駅伝に3年連続出場し、2年・3年時は1区を走りチームの2年連続入賞に貢献した。また、1500mの大阪府高校記録(3分48秒94)保持者であり、インターハイでも1500mで入賞を果たしている。
市河 麻由美(いちかわ まゆみ、1976年5月3日 - )は… 市河 麻由美(いちかわ まゆみ、1976年5月3日 - )は、東京都出身の女子陸上競技元選手(長距離走・マラソン)、現指導者。 陸上競技の名門である市立船橋高校在学時は、全国高校女子駅伝にチームが2度目の総合優勝を果たした1年時1992年度は補欠メンバーにも入らず不出場。2年時1993年度と3年時1994年度の2度出場し、それぞれ3区3km区間1位、アンカー5区5km区間2位でいずれもチームは総合3位だった。 高校卒業後は三井住友海上(当時・三井海上)へ所属。なお、市立船橋高陸上部監督だった鈴木秀夫は、1995年に市河の高校卒業・社会人入りと同時に、三井住友海上の監督(2009年に退任)となった。
市川 良子(いちかわ よしこ、1976年4月18日 - )は… 市川 良子(いちかわ よしこ、1976年4月18日 - )は、山口県光市出身の元陸上競技中距離走・長距離走・マラソンランナーであり、現在は指導者として活動中である。
入船 敏(いりふね さとし、1975年12月14日 - )は… 入船 敏(いりふね さとし、1975年12月14日 - )は、日本の陸上競技長距離走・マラソン元選手・現指導者。鹿児島県日置市(旧・日置郡伊集院町)出身。身長:176 cm、体重:59 kg。世界陸上競技選手権(男子10000m1回・男子マラソン2回の合計3大会)・アジア競技大会(男子マラソン1回)日本代表。 鹿児島商業高等学校卒業後、1994年京セラ入社。男子陸上競技部が廃部したため、2000年に伊藤国光監督(当時)率いるカネボウへ移籍。 同陸上競技部には、2000年シドニーオリンピック男子10000m7位入賞・現マラソン日本記録保持者の高岡寿成現監督らが所属、入船自身ライバルながらも尊敬する選手として高岡の名を挙げていた。
大南 敬美(おおみなみ たかみ、1975年11月15日 - … 大南 敬美(おおみなみ たかみ、1975年11月15日 - )は、福井県三方郡三方町(現・三方上中郡若狭町)出身のマラソンランナーである。また2005年8月の世界陸上ヘルシンキ大会10000m代表・2007年4月ロッテルダムマラソン覇者の大南博美は、双子の姉である(区別は、髪が短い方が姉の博美、長い方が妹の敬美である)。 町立三方中学校・福井県立美方高等学校卒業。トヨタ自動車 - 東海銀行・UFJ銀行 - トヨタ車体・ユティックに所属していた。 姉の博美とともに三方中学時代より県下トップ選手となり、美方高校進学後は竹中奈緒らとともに全国高校駅伝に出場するなどの活躍をした。就職にあたっては博美と道が分かれトヨタ自動車に就職したが、その後博美が所属する東海銀行(現・三菱UFJ銀行)に移籍した。
橋本 康子(はしもと やすこ、現姓・松井、1975年8月12… 橋本 康子(はしもと やすこ、現姓・松井、1975年8月12日- )は、日本の元女子陸上競技長距離走・マラソン選手。
川上 優子(かわかみ ゆうこ、1975年8月1日 - )は、… 川上 優子(かわかみ ゆうこ、1975年8月1日 - )は、1990年代後半から2000年代初期に活躍した、女子陸上競技(長距離走)元選手・指導者。キヤノンアスリートクラブ九州アドバイザー。1996年アトランタオリンピック(7位入賞)と2000年シドニーオリンピック(10位)は共に女子10000m代表として出場した。 熊本県下益城郡松橋町(現在の宇城市)出身。熊本信愛女学院高校卒業。 信愛女学院高校在学中の1991年度・1993年度には全国高校女子駅伝に出場した。1991年度の1年時は4区3kmを走り、区間6位(チームは5位)で走り、1993年度の3年時は準エース区間2区4.0975kmを走り、区間3位(チームは6位)であった。
奥谷 亘(おくたに わたる、1975年1月9日 - )は、陸… 奥谷 亘(おくたに わたる、1975年1月9日 - )は、陸上競技(長距離走・マラソン)元選手で、現在はSUBARU陸上部監督(指導者)。兵庫県加古郡播磨町出身。身長181cm、体重61kg。2005世界陸上選手権ヘルシンキ大会男子マラソン日本代表、2007世界陸上選手権大阪大会男子マラソン日本代表(病気の為辞退)。 父の勧めにより小学校から走り始め、1990年、西脇工業高校に進学。高校3年時にインターハイの3000mSCで8位に入賞。その年、それまで補欠メンバーで出場ならなかった全国高校駅伝に個人として初出場し準エース区間の3区を走った。3区をダニエル・ジェンガ(仙台育英1年)の記録した24:15に次ぐ区間2位24:20をマークし6人抜きをし、2区石本文人(1年)、4区小島宗幸(2年)、5区小島忠幸(1年)を配するチームは、由良育英(総合2位)、榎木和貴(3年)擁する小林高校(総合3位)やジョン・マイタイ)1年やダニエル・ジェンガら留学生ランナーを擁する仙台育英(総合4位)に走り勝ち優勝した。
小出 正子(こいで まさこ、本名・高橋正子。1974年1月3… 小出 正子(こいで まさこ、本名・高橋正子。1974年1月3日 - )は、元陸上競技・マラソン選手。千葉県出身。2001年のロッテルダムマラソンで2位に入るなど、国際舞台で活躍した。中央大学卒業。父は小出義雄、夫は高橋健一。 市立船橋高校、中央大学を経て積水化学入社。市立船橋同期に杉村奈美(のちリクルート。1500m元日本記録保持者、元ジュニア日本記録保持者、及び現U20日本記録歴代3位)、中大陸上部同期に谷川聡、徳田由美子(800m元日本記録保持者)、全日本大学女子駅伝で共に優勝メンバーの鈴木真紀らがいた。 積水化学入社後に頭角をあらわし、1997年の北海道マラソンで2時間36分51秒をマークし4位に入る。
原口 幸一(はらぐち こういち、1974年1月3日 - )は… 原口 幸一(はらぐち こういち、1974年1月3日 - )は、男子陸上競技(長距離走・マラソン)元選手。鹿児島県大崎町出身。 鹿児島県私立志布志実業高等学校(現・尚志館高等学校)卒業後、1992年京セラ入社。2000年、京セラ男子陸上競技部が廃部の為、2001年に広島日出国監督が率いる沖電気陸上競技部へランニングコーチとして入社。2005年全日本実業団女子駅伝では、雪が降りしきる中、3位入賞など数々の実績を挙げている。2009年3月末をもって廃部となった。2010年12月、久留米工業大学女子駅伝部監督に就任。 京セラ時代の1994年2月に、延岡西日本マラソンに出場5位に終わった。同大会が初マラソンで、1996年長野信毎マラソンで初優勝。
尾方 剛(おがた つよし、1973年5月11日 - )は、日… 尾方 剛(おがた つよし、1973年5月11日 - )は、日本の陸上競技(長距離走・マラソン)元選手、現指導者。中国電力陸上競技部所属。広島経済大学准教授(スポーツ経営学科)。 男子マラソン種目では主な実績に、2008年北京オリンピック日本代表(13位)、2005年世界陸上ヘルシンキ大会銅メダリスト、2007年世界陸上大阪大会5位入賞、2003年世界陸上パリ大会日本代表(12位)、2004年福岡国際マラソン優勝など。 恩師である中国電力陸上競技部監督の坂口泰は、尾方を評して「努力の選手」と言い切っていた。 広島県安芸郡熊野町出身。血液型は、B型。身長は、165 cm。体重は、50 kg。 広島県立熊野高校3年生時の1991年の国体1万mで2位となり、当時高校歴代3位の快記録をマークした。