吉永 昭(よしなが あきら、1927年 - )は、日本の歴史… 吉永 昭(よしなが あきら、1927年 - )は、日本の歴史学者、広島大学名誉教授、福山大学名誉学長。 熊本県に生まれる。熊本県立玉名中学校、広島高等師範学校を経て、 広島文理科大学(現・広島大学)史学科を卒業した。 文部省資料館勤務、開成高等学校教諭を経て、東京女子体育大学で助教授となる。その後相模女子大学助教授に移り、愛知教育大学助教授、教授を経て、広島大学教授に就任した。 この間、1971年に「近世専売制度の研究」で広島大学より文学博士号を取得した。 1991年に定年退官して、広島大学名誉教授となる。退官後は福山大学学長を務め、退任後に名誉学長となる。
澤田 洋太郎(さわだ ようたろう、1927年(昭和2年) -… 澤田 洋太郎(さわだ ようたろう、1927年(昭和2年) - 2014年(平成27年)は、日本の歴史学者、高等学校社会科教諭。 東京府に生まれる。1948年に第一高等学校を、1951年に東京大学法学部政治学科を卒業。 大学卒業後は東京都高等学校社会科教諭として、東京都立江戸川高等学校などで政治・経済を講じた。1978年から1982年まで東京都立大学附属高等学校教頭を経て退職。 その後は著作を精力的に行い、日本古代史や憲法改正論議、共産党や資本主義などの政治経済の解説、社会人向け教養書などを多数執筆した。また、古代史研究では大和王権を朝鮮半島からの渡来王朝とする説を論じることもある。
石川 武(いしかわ たけし、1927年-)は、日本の法学者、… 石川 武(いしかわ たけし、1927年-)は、日本の法学者、歴史学者。専門は西洋史及び西洋法制史。法学博士(北海道大学)。名誉文学博士(ベルリン自由大学)。北海道大学名誉教授。元拓殖大学北海道短期大学学長。北海道室蘭市出身。 和田卓朗 - 元大阪市立大学法学部教授 この項目は、法学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝)。
坂本 賞三(さかもと しょうぞう、1926年10月29日 -… 坂本 賞三(さかもと しょうぞう、1926年10月29日 - 2021年8月18日)は、日本の歴史学者。広島大学名誉教授。平安時代史が専門。 中華民国(のち満洲)生まれ。広島大学文学部卒、同大学院修了、1977年「王朝国家と王朝貴族の国政観」で文学博士。滋賀大学助教授、広島大学文学部助教授を経て教授、1992年定年退官、名誉教授、神戸学院大学人文学部教授を務めた。
姜 在彦(カン ジェオン、朝鮮語: 강재언、英語: KANG… 姜 在彦(カン ジェオン、朝鮮語: 강재언、英語: KANG je-on, 1926年10月25日 - 2017年11月19日)は、朝鮮半島出身の歴史学者。朝鮮近代史、思想史を専門とした。花園大学客員教授。小説家の司馬遼太郎と親しかった。 1926年、日本統治下の済州島で生まれた。済州農業高校を卒業。 太平洋戦争終結後、朝鮮半島は解放されたが、1948年に朝鮮戦争が始まるとその初期に日本へ密航した。大阪商科大学で経済学を学び、同大学研究科を修了。その後は、 大阪市立大学など関西圏の多くの大学で非常勤講師を務めた。次第に研究テーマを朝鮮史に変え、1981年に学位論文『朝鮮の開化思想』を京都大学に提出して文学博士号を取得。
山口 光朔(やまぐち こうさく、1926年10月16日 - … 山口 光朔(やまぐち こうさく、1926年10月16日 - 1993年8月20日)は、日本の歴史学者。神戸女学院大学名誉教授。 兵庫県神戸市主まれ。神戸YMCAの主事だった山口一郎の長男として生まれた。御影教会で受洗。海軍兵学校在籍中に江田島から原爆投下された広島へ救援に行き二次被爆。 戦後すぐに京都教会に移り、その夏教会のキャンプで妹、鼎(かなえ)が水死。青年会の責任者であった竹中正夫と光朔は遺体を挟んで無言で一夜を過ごした。これが2人の最初の出会いであったという。京都大学大学院在学中に、豪僧といわれた八代斌助日本聖公会総裁主教の次女、洋子と結ばれる。八代主教の桃山学院大学設立を手伝い、主教の死後、神戸女学院大学に移った。
青山 吉信(あおやま よしのぶ、1926年8月20日 - 2… 青山 吉信(あおやま よしのぶ、1926年8月20日 - 2006年6月29日)は、日本の歴史学者、日本女子大学名誉教授。英国中世史が専門。 1926年、広島県で生まれた。東京大学文学部西洋史学科で学び、1952年に卒業。 卒業後は、東洋大学助教授に就いた。1961年、日本女子大学助教授に転じた。後に教授昇格。1997年に日本女子大学を定年退任し、名誉教授となった。2000年に勲三等瑞宝章を受章。
辻 達也(つじ たつや、1926年7月3日 - 2022年9… 辻 達也(つじ たつや、1926年7月3日 - 2022年9月20日)は、日本の歴史学者、横浜市立大学名誉教授。専門は日本近世史。幕府政治史を中心に研究した。 1926年、辻善之助の次男として東京にて出生。東京大学国史学科に入学し、平泉澄ほかに師事。 1962年、学位論文『享保改革の研究』を東京大学に提出して文学博士の学位を取得。横浜市立大学助教授となり、1968年に教授昇格。1986年に横浜市立大学を定年退官し、名誉教授となった。その後は専修大学教授として教鞭をとり、1997年に退任。 2022年9月20日に死去。
青木 和夫(あおき かずお、1926年5月31日 - 200… 青木 和夫(あおき かずお、1926年5月31日 - 2009年8月15日)は、日本の歴史学者。専門は日本古代史。お茶の水女子大学名誉教授。 1926年、東京生まれ。東京大学文学部国史学科に入学し、石母田正に師事した。 卒業後は、お茶の水女子大学教授として勤務。1989年にお茶の水女子大学を定年退官し、名誉教授となった。その後は放送大学教授として教鞭をとった。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
石田 善人(いしだ よしひと、1926年5月25日 - 19… 石田 善人(いしだ よしひと、1926年5月25日 - 1996年12月4日)は、日本の歴史学者。岡山大学名誉教授。専門は日本中世史。 神戸市生まれ。県立明石中学校(現:兵庫県立明石高等学校)、東京高等師範学校、1952年京都大学文学部卒業。卒業論文は、「畿内の一向一揆に関する一考察」。 1961年神戸大学教育学部講師、1962年同助教授を経て、1970年に岡山大学教養部教授。1992年に定年退官し、神戸女子大学教授。1992年、岡山大学名誉教授。1993年、文化庁地域文化功労者表彰。1996年、兵庫県文化賞受賞。逝去にあたり、正四位・勲三等旭日中綬章を贈られた。 日本中世における惣村の研究を大きく進めた。
後藤 均平(ごとう きんぺい、1926年5月9日 - 199… 後藤 均平(ごとう きんぺい、1926年5月9日 - 1998年7月3日)は、日本の歴史学者。専門は中国古代史、ベトナム史。出身。 1926年、大分市に生まれる。1952年に東京大学文学部史学科(東洋史学専攻)を卒業。 鎌倉学園高等学校非常勤講師を経て、1955年に神言会研究所MONUMENTA SERICA助手、1958年に東京大学文学部助手、1962年に東洋文庫研究員、1965年には新潟大学人文学部助教授となった。1970年に立教大学文学部へ移って、1972年には同教授となった。立教大学史学会会長、文学部史学科長を歴任した後、1992年に立教大学を定年退職、名誉教授となった。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
鈴木 理生(すずき まさお、1926年5月9日 - 2015… 鈴木 理生(すずき まさお、1926年5月9日 - 2015年3月4日)は、日本の歴史学研究者・歴史学者である。本名は鈴木昌雄。江戸を対象にした歴史研究をすすめ、地質学や考古学の知見をも活かした実証的な都市史研究をおこなった。とくに、徳川家康が幕府を開く以前の江戸について、あらたな歴史像を提示した。 法政大学高等師範部を卒業、東京都職員となる。 千代田図書館に1986年まで勤務したのち、東京都市史研究所理事、東京地縁社会史研究所理事などを歴任した。 編纂に携わった東京都中央区立京橋図書館編『中央区沿革図集-月島篇』(東京都中央区立京橋図書館・東京都中央区教育委員会、1994年3月)、同編『中央区沿革図集-日本橋篇』(東京都中央区立京橋図書館・東京都中央区教育委員会、1995年3月)、同編『中央区沿革図集-京橋編』(東京都中央区立京橋図書館・東京都中央区教育委員会、1996年3月)で、地名文化賞を受賞。
大谷 瑞郎(おおたに みずお、1926年4月14日 - 19… 大谷 瑞郎(おおたに みずお、1926年4月14日 - 1992年1月29日)は、日本の歴史学者。武蔵大学経済学部教授。 東京府荏原郡平塚村(現・東京都品川区)生まれ。東京、函館、静岡、富山に住み、富山高等学校尋常科・高等科を経て、1949年東京大学経済学部経済学科卒。学生時代は大内力のゼミに参加。1951年武蔵大学助手、1953年専任講師、1958年助教授、1960年教授。西洋経済史を担当。在職中に死去。
高取 正男(たかとり まさお、1926年3月16日 - 19… 高取 正男(たかとり まさお、1926年3月16日 - 1981年1月3日)は、日本の歴史学者・民俗学者。専攻は、日本文化史・民俗学。元京都女子大学教授。 1926年、愛知県名古屋市で生まれた。愛知県立明倫中学校(現愛知県立明和高等学校)を経て、京都大学文学部史学科に入学。1951年に卒業し、同大学大学院にて国史学を専攻して柴田實に師事した。また先輩の竹田聴洲と出会い、民俗学を志した。 京都女子大学非常勤講師に就いた後、1961年に同大学助教授に就任。1966年に教授昇格。1977年より国立民族学博物館客員教授も務めた。 専門は民俗学で、宗教民俗学。没後には法藏館より『高取正男著作集』(全5巻)が刊行された。
鯖田 豊之(さばた とよゆき、1926年3月12日- 200… 鯖田 豊之(さばた とよゆき、1926年3月12日- 2001年10月25日)は、日本の歴史学者、評論家、京都府立医科大学名誉教授。 専攻は西洋中世史、比較史。 奈良県生まれ。1952年京都大学文学部史学科卒。島根大学助教授や京都府立医科大学教授を経て、1988年に定年退官し、名誉教授。 『肉食の思想』が話題となり、保守派評論家として知られた。
後藤 靖(ごとう やすし、1926年2月22日 - 1998… 後藤 靖(ごとう やすし、1926年2月22日 - 1998年3月4日)は日本の経済学者、歴史学者。立命館大学経済学部名誉教授。専攻は近代経済史。日本資本主義の展開と近代天皇制国家の形成過程を研究。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。
荒井 信一(あらい しんいち、1926年2月4日 - 201… 荒井 信一(あらい しんいち、1926年2月4日 - 2017年10月11日)は、日本の歴史学者。専攻は西洋史、国際関係史。茨城大学名誉教授、駿河台大学名誉教授。 東京府東京市小石川区(現・東京都文京区)生まれ。1949年、東京大学文学部西洋史学科卒業。 歴史家として茨城大学人文学部教授、駿河台大学現代文化学部教授を歴任した。 大学退職後は、日本の戦争責任資料センター共同代表、韓国・朝鮮文化財返還問題連絡会議を結成し、代表世話人などを務める。 帝国主義や第二次世界大戦、戦争責任などを研究し、シンポジウム出席やメディアへの執筆活動も行う。 2017年10月11日、胆管癌で死去。91歳没。
黒田 俊雄(くろだ としお、 1926年1月21日 - 19… 黒田 俊雄(くろだ としお、 1926年1月21日 - 1993年1月26日)は、日本の歴史学者。大阪大学名誉教授。専門は日本中世史。文学博士。『黒田俊雄著作集』全8巻(法藏館)がある。 1926年、富山県生まれ。第四高等学校文科甲類卒業。1948年、京都大学文学部史学科を卒業。 1955年、神戸大学教育学部専任講師に着任。1961年、大阪大学文学部助教授となった。1975年、同大教授に昇進。1981年から3期学術会議会員を務めた。1983年、学位論文『日本中世の国家と宗教』を大阪大学に提出して文学博士号を取得。1989年、大阪大学を定年退任し、名誉教授となった。その後は同年より大谷大学教授として教鞭をとった。
稲川 誠一(いながわ せいいち、1926年1月11日 - 1… 稲川 誠一(いながわ せいいち、1926年1月11日 - 1985年3月20日)は、日本の歴史学者である。元聖徳学園岐阜教育大学教授。 愛知県名古屋市出身。第七高等学校造士館を経て、1948年に東京帝国大学文学部国史学科卒業、同大学院に進学。健康診断の結果、公立高校に就職できず、はじめ鶯谷女子高等学校に赴任し、後に健康が回復してから岐阜県立大垣北高等学校の教諭などをつとめる。その後、1980年に高山短期大学助教授、1982年に聖徳学園岐阜教育大学講師。1984年に助教授、1985年に教授に昇進。 七高で久保田収、東大で平泉澄に師事。日本中世史を専門とし、『新修大垣市史』の中世の部分を担当し、また岐阜県内の東大寺領荘園の研究に従事。
芥川 龍男(あくたがわ たつお、1926年 - 2011年)… 芥川 龍男(あくたがわ たつお、1926年 - 2011年)は、日本の歴史学者。法政大学名誉教授。専門は日本中世史。 1947年3月、駒澤大学専門部高等師範科歴史科卒業。法政大学第二高等学校の教員を経て、法政大学教授に就任。 2004年11月、秋の叙勲で瑞宝中綬章を受章。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
篠原 宏(しのはら ひろし、1926年(大正15年) -19… 篠原 宏(しのはら ひろし、1926年(大正15年) -1996年(平成8年)9月8日)は、日本の歴史学者。専門は、日本海軍史、郵便史。海軍歴史保存会常任理事、銀座文化史学会理事長、日本郵便史学会理事長、郵便史コレクション学会理事長を務め郵便史および明治文化史を研究。 1926年 東京にて出生。1945年 海軍兵学校卒業(75期)。1950年 慶應義塾大学法学部政治学科卒業。朝日新聞政治部記者、編集委員、論説委員(軍事・安全保障担当)を経て、三菱総合研究所専門調査員。東京国際大学講師。
浜林 正夫(はまばやし まさお、1925年12月25日 - … 浜林 正夫(はまばやし まさお、1925年12月25日 - 2018年5月19日)は、日本の歴史学者。専門は、イギリス近代史でマルクス主義の立場からピューリタン革命と名誉革命を中心に研究していた。一橋大学名誉教授。日本学術会議会員、日本科学者会議代表幹事、全国革新懇代表世話人、労働者教育協会副会長、憲法改悪阻止各界連絡会議代表委員など護憲組織を歴任。 北海道小樽市生まれ。旧制小樽中学校(現北海道小樽潮陵高等学校)、仙台陸軍予備士官学校を経て、1948年東京商科大学(現一橋大学)卒業。大学在学中はボート部に所属。村松恒一郎ゼミ出身。 1947年に小樽経済専門学校(現小樽商科大学)教授を務めていた父が結核のため死去。
吉田 晶(よしだ あきら、1925年12月15日 - 201… 吉田 晶(よしだ あきら、1925年12月15日 - 2013年1月15日)は、日本の歴史学者。専門は日本古代史。文学博士。岡山大学名誉教授。 兵庫県出身。陸軍士官学校59期生。1949年京都大学文学部卒業。高校教員を経て大阪電気通信大学教授。1978年岡山大学法文学部(現文学部)教授。1991年3月に退官後、甲子園大学教授を務めた。1986年「日本古代村落史序説」で大阪大学文学博士。岡山大学名誉教授。2013年1月15日、心不全で死去、87歳。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
旗手 勲(はたて いさお、1925年11月14日 - )は、… 旗手 勲(はたて いさお、1925年11月14日 - )は、日本の農学者、歴史学者、愛知大学名誉教授。 北海道出身。1949年北海道大学農学部卒業。同大学院、東京大学大学院農学部農業経済学修士課程修了、1962年「明治以降における大農場制の研究」で農学博士。国立国会図書館調査立法考査局勤務、愛知大学経済学部教授。1996年定年、名誉教授。1978年『日本の財閥と三菱 財閥企業の日本的風土』で日経・経済図書文化賞受賞。
永井 秀夫(ながい ひでお、1925年11月12日 - 20… 永井 秀夫(ながい ひでお、1925年11月12日 - 2005年12月12日)は、東京市小石川区(現文京区)生まれの歴史学者。北海道大学名誉教授。専攻は日本近代史、北海道史。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
小林 肇(こばやし はじめ、1925年(大正14年)10月2… 小林 肇(こばやし はじめ、1925年(大正14年)10月27日 - )は、日本の歴史学者、郷土史家。 現在の佐賀県鳥栖市に生まれる。1945年佐賀師範学校卒業、1952年日本大学法文学部人文地理学科卒業。 佐賀大学教育学部附属中学校教諭、佐賀県立佐賀西高等学校教諭、佐賀県立鳥栖高等学校教諭を経て西九州大学名誉教授。 1984年(昭和59年)4月1日 鳥栖市が公募する「鳥栖市民憲章」で最優秀賞を受賞し採用された。鳥栖市役所前にその市民憲章を彫った石碑が建っている。 ・田代売薬〔対馬田代領〕の史的研究 ・対馬領田代売薬の史的研究(第4報)領域経済と田代売薬の創業 ・対馬領田代売薬の史的研究-第5報-宝歴・天明期における田代売薬 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
三木 亘(みき わたる、1925年10月24日 - 2016… 三木 亘(みき わたる、1925年10月24日 - 2016年9月4日)は、日本の歴史学者、中東学者。慶應義塾大学名誉教授。専門は中東歴史生態学、民族生薬学、世界史学など。 兵庫県生まれ。東京大学文学部西洋史学科を卒業後、都立高校教員となり東京都立深川高等学校、東京都立大学附属高等学校などで歴史学を教える。その後、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所教授となった後に、慶應義塾大学文学部教授に就任する。91年定年、名誉教授、静岡精華短期大学教授。
門脇 禎二(かどわき ていじ、1925年9月28日 - 20… 門脇 禎二(かどわき ていじ、1925年9月28日 - 2007年6月12日)は、日本の歴史学者。専門は日本古代史。大化の改新否定論や地域国家論で知られる。京都府立大学名誉教授、京都橘女子大学名誉教授。 1925年、高知県生まれ。第五高等学校在学中に応召。除隊後に京都大学文学部史学科に進み、1949年に卒業。同大学大学院に進んだ。 1954年、京都大学文学部助手に採用された。1957年、奈良女子大学文学部講師となった。1960年に同助教授、1966年に同教授昇格。1969年、学位論文『「大化改新」論:その前史の研究』を京都大学に提出して 文学博士号を取得。1975年10月、京都府立大学文学部史学科教授に転じた。
林 陸朗(はやし ろくろう、1925年8月12日 - 201… 林 陸朗(はやし ろくろう、1925年8月12日 - 2017年2月17日)は、日本の歴史学者。國學院大學文学部名誉教授。文学博士。専門分野は日本古代史。 富山県富山市出身。1949年に國學院大學文学部史学科を卒業、同年助手。1965年から同専任講師、1966年から助教授、1969年から教授。同大学文学部長、大学院委員長、1991年国学院短期大学長を歴任。1996年定年退職、名誉教授。 1970年国学院大学にて「上代政治社会の研究」で文学博士。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
河上 民雄(かわかみ たみお、1925年7月12日 - 20… 河上 民雄(かわかみ たみお、1925年7月12日 - 2012年9月22日)は、日本の政治家、歴史学者。衆議院議員(7期)、日本社会党国際局長・東海大学政治経済学部教授を歴任。聖学院大学大学院客員教授、東海大学名誉教授。アメリカ史を専攻。 兵庫県神戸市出身。関西学院教授・河上丈太郎の長男として生まれる。父・丈太郎は、1928年の総選挙で日本初の無産政党出身の代議士となり、戦後は右派社会党委員長・日本社会党委員長を歴任した。 旧制静岡高等学校(現在の静岡大学)を経て、1948年に東京大学文学部西洋史学科を卒業。大学卒業後、高等学校教師となったが、病気のために辞職を余儀なくされた。その後は病気療養を続けながら、翻訳業に従事したり、父・丈太郎の政治秘書・ゴーストライターを務めた。
井上 泰男(いのうえ やすお、1925年3月16日 - 20… 井上 泰男(いのうえ やすお、1925年3月16日 - 2017年8月26日[要出典])は、日本の歴史学者、北海道大学名誉教授。専門はフランス史。 東京府生まれ。1948年北海道帝国大学農学部卒業、1949年北大法文学部助手。1953年同文学部助手、1954年8月北海道学芸大学助教授(札幌分校)、1960年10月北大文学部助教授。1970年5月教授。1988年定年退官、名誉教授。北星学園大学経済学部教授、1991年英知大学教授、1995年同文学部長。1998年同大学特任教授、2002年客員教授。2004年瑞宝中綬章叙勲。
佐伯 有清 (さえき ありきよ、1925年(大正14年)3月… 佐伯 有清 (さえき ありきよ、1925年(大正14年)3月2日 - 2005年(平成17年)7月19日)は、日本の歴史学者。 1925年、東京市赤坂区で生まれた。法政大学第二高校を卒業し、名古屋大学文学部国史学科に進学。1952年に卒業し、1957年に東京大学大学院国史学専攻を修了。 1952年より母校の法政大学第二高校に勤務。後に同校校長となった。1962年、学位論文『新撰姓氏録の基礎的研究』を名古屋大学に提出し、文学博士号を取得。1971年、北海道大学教授に就いた。1983年、成城大学教授に転じた。1995年に成城大学を退任。 専門は日本史で、日本古代史。その研究内容は大きく下記の3つに分けられる。
虎尾 俊哉(とらお としや、1925年1月13日 - 201… 虎尾 俊哉(とらお としや、1925年1月13日 - 2011年1月5日)は、日本の歴史学者、国立歴史民俗博物館・弘前大学名誉教授。日本古代史専攻。 長崎市出身。愛媛県松山市生まれ。1943年第五高等学校卒業、東京帝国大学文学部国史学科入学、兵役のため休学ののち1947年卒業。1952年同大学大学院(旧制)満期退学。1953年弘前大学理学部講師、1955年助教授、1962年「班田収授法の研究」で東京大学より文学博士の学位を取得。1965年改組により弘前大学人文学部助教授、1967年教育学部教授、1969年文部省在外研修員としてロンドン大学に滞在、1974年プリンストン大学客員教授、1982年弘前大学教育学部長、1983年国立歴史民俗博物館教授、1990年定年退官、名誉教授。
渡辺 金一(わたなべ きんいち、1924年12月14日 - … 渡辺 金一(わたなべ きんいち、1924年12月14日 - 2011年2月6日)は日本の歴史学者、経済学者。主専攻は東ローマ帝国史、古典古代史。一橋大学名誉教授。
井上 秀雄(いのうえ ひでお、1924年(大正13年)12月… 井上 秀雄(いのうえ ひでお、1924年(大正13年)12月1日 - 2008年10月7日)は、日本の歴史学者。東北大学名誉教授、樟蔭女子短期大学名誉教授。専門は古代朝鮮史、日朝関係史。 1924年、愛知県生まれ。京都大学文学部に入学し、三品彰英に師事。1950年、京都大学文学部史学科卒業。1962年より大阪工業大学講師、1963年より同助教授、1973年より同教授。1975年に東北大学文学部へ移り、教授を務め、1988年に定年退官、名誉教授。その後は樟蔭女子短期大学教授として教鞭をとり、1993年~1999年には樟蔭女子短期大学学長を務めた。 通説とは異なった多くの問題提起をした。倭を大和朝廷とする通説に対して、朝鮮半島南部にいた人を倭人と呼んだ、などがその一例である(「倭・倭人・倭国」東アジア古代史再検討 第2部参照 人文書院)。
樋口 謹一(ひぐち きんいち、1924年11月8日 - 20… 樋口 謹一(ひぐち きんいち、1924年11月8日 - 2004年1月9日)は、日本の歴史学者、政治思想学者。専攻はヨーロッパ政治思想史。京都大学名誉教授。 京都大学卒業。1965年に設立した京都ベ平連の中心メンバーの一人だった。京都大学人文科学研究所助教授・教授、佛教大学教授を歴任し、日本平和学会会長も務めた。2004年叙従四位、授瑞宝中綬章。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
臼井 勝美(うすい かつみ、1924年11月4日 - 202… 臼井 勝美(うすい かつみ、1924年11月4日 - 2021年9月24日)は、日本の歴史学者、筑波大学名誉教授。専攻は日本近代史。近代日中関係史。 栃木県出身。大正から昭和前期における日中関係史研究の重鎮。外務省では栗原健の指導の下、外交文書の編纂に従事。転出後も『日本外交文書』編纂委員を務める。1990年には、NHKと共に張学良とのインタビューを行った。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
橋本 義彦(はしもと よしひこ、1924年9月26日 - 2… 橋本 義彦(はしもと よしひこ、1924年9月26日 - 2015年7月1日)は、昭和・平成期の歴史学者。平安貴族や院政の研究で著名。 1971年から2013年まで日本歴史学会理事や評議員に就任。
金野 靜一(きんの せいいち、1924年9月15日 - 20… 金野 靜一(きんの せいいち、1924年9月15日 - 2021年5月18日)は、日本の歴史学者、教育者。元岩手県立博物館長。 岩手県大船渡市出身。立正大学地理歴史科卒業。岩手県立高校教諭、岩手県立盛岡第二高等学校校長、岩手県立博物館長。盛岡大学短大部教授、岩手県文化財保護審議会長、岩手県教育弘済会理事長を歴任。 2021年5月18日、急性心筋梗塞のため死去。
小林 清治(こばやし せいじ、1924年8月13日 - 20… 小林 清治(こばやし せいじ、1924年8月13日 - 2007年4月4日)は、日本の歴史学者。福島大学名誉教授。専門は日本近世史。 北海道旭川市出身。東北大学文学部史学科卒、同大学院博士課程満期退学。1972年「奥羽における戦国大名の成立と展開」により東北大学から文学博士の学位を授与される。福島大学学芸学部助教授、教育学部教授。86年定年退官、名誉教授、東北学院大学教授。
本田 創造(ほんだ そうぞう、1924年〈大正13年〉5月5… 本田 創造(ほんだ そうぞう、1924年〈大正13年〉5月5日 - 2001年〈平成13年〉1月7日)は、日本の歴史学者。専門はアメリカ史。一橋大学名誉教授。サンケイ児童出版文化賞受賞。 大阪市出身。1949年東京大学経済学部卒業。1954年一橋大学経済研究所アメリカ経済研究部門で、都留重人教授や小原敬士教授の下、佐藤定幸とともに助手に就任。 一橋大学経済研究所助教授、神戸大学文学部助教授、一橋大学社会学部教授を経て、1988年一橋大学を定年退官し、一橋大学より名誉教授の称号を受ける。同年桜美林大学教授に就任。その後桜美林大学学長補佐、桜美林大学副学長を務めた。2001年1月7日、虚血性心不全のため死去。
弓削 達(ゆげ とおる、1924年3月31日 - 2006年… 弓削 達(ゆげ とおる、1924年3月31日 - 2006年10月14日)は、日本の歴史学者。専攻は古代ローマ史。東京大学名誉教授、フェリス女学院大学名誉教授。経済学博士。元日本学術会議会員。
青村 真明(あおむら しんめい、1924年3月2日 - 19… 青村 真明(あおむら しんめい、1924年3月2日 - 1953年5月13日)は、日本の歴史学者。専攻は近代日本思想史。 東京生まれ。甲子郎と名付けられる。1937年に父親の奨めにより僧籍に入り、真明と改名する。旧制麻布中学校卒業後、1941年に第三高等学校文科甲類に入学し、1943年に卒業。1943年10月に東京帝国大学文学部国史学科に入学するも、1944年8月から1945年4月まで土浦海軍航空隊入隊、ついで同年6月まで横須賀海軍通信学校を経て、松山海軍基地で終戦を迎える。同年10月に復学し、国史研究室の民主改革に努め「青村時代」と称された。卒業論文「所謂『明治四十年代』の一考察」をまとめ、1948年9月卒業。
松村潤(まつむら じゅん、1924年〈大正13年〉2月29日… 松村潤(まつむら じゅん、1924年〈大正13年〉2月29日 - 2021年〈令和3年〉9月22日)は、日本の歴史学者。専門は東洋史、特に明清史・満州族史。日本大学名誉教授。東洋文庫研究員。勲三等瑞宝章受章。 1924年2月29日、千葉医科大学教授であった松村䏋の四男として千葉県千葉市にて生誕。 1950年学習院高等科文科甲類卒業後、東京大学文学部東洋史学科入学。1953年卒業後、同大学大学院進学とともに学習院大学東洋文化研究所助手に任ぜられ(同年9月まで)、10月には東洋文庫研究員に転じ、「以後四〇年にわたって、機関誌『東洋学報』の編輯などを通じて、同文庫の国際的な発展に尽」くす(古稀記念 1994, p. I 序文 丹喬二)。
土井 正興(どい まさおき、1924年2月18日 - 199… 土井 正興(どい まさおき、1924年2月18日 - 1993年10月18日)は、日本の歴史学者。専攻は古代ローマ史。 東京市渋谷生まれ。1949年東京帝国大学文学部西洋史学科卒,1956年東京大学大学院西洋古代史専攻(旧制)修了。法政第二高等学校教諭を経て、1966年専修大学助教授、1972年教授。在任中に死去。
平泉 洸(ひらいずみ あきら、1924年2月16日 - 19… 平泉 洸(ひらいずみ あきら、1924年2月16日 - 1995年10月7日)は、日本の歴史学者である。平泉寺白山神社宮司・玄成院第二十五世。金沢工業大学名誉教授。 東京に、平泉澄の長男として生れる。京華中学校・大阪高等学校を経て、1948年東京大学文学部国史学科卒業。福井県立勝山高等学校教諭、福井県立勝山精華高等学校(のちの福井県立勝山南高等学校)教諭などを歴任し、1972年から、金沢工業大学教授。1980年、平泉寺白山神社宮司。1994年、金沢工業大学を退官して、名誉教授となった。 金沢工業大学教授平泉隆房の父。
高嶌 正人(たかしま まさと、1924年2月13日 - )は… 高嶌 正人(たかしま まさと、1924年2月13日 - )は、日本の歴史学者。立正大学名誉教授。同大元理事長。 1924年、長崎県東彼杵郡川棚町で生まれた。本姓・高嶌。立正大学文学部史学科で学び、卒業。同大学大学院文学研究科国史学専攻に進み、1954年に修士課程を修了。 修了後は立正大学文学部助手に採用された。後に助教授、教授に昇格。1981年、学位論文『奈良時代における諸氏族の研究』を立正大学に提出して文学博士号を取得。また、理事長も務めた。立正大学を退任後、名誉教授。日本学術会議会員。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
今井 清一(いまい せいいち、 1924年〈大正13年〉2月… 今井 清一(いまい せいいち、 1924年〈大正13年〉2月7日 - 2020年〈令和2年〉3月9日)は、日本の歴史学者・政治学者。横浜市立大学名誉教授。専門は日本近現代史・政治史。 1924年、群馬県前橋市小柳町(現・住吉町)に生まれる。群馬県立前橋中学校(現・群馬県立前橋高等学校)、第一高等学校を経て、1942年東京帝国大学法学部政治学科に入学し、1945年9月卒業。編集人を経て1947年、東京帝国大学大学院に進学。丸山眞男に師事した。 卒業後は1952年より横浜市立大学専任講師となり、1955年より同校助教授。1965年同校教授に就任、1977年文理学部長。1991年より湘南国際女子短期大学教授を務めた。
木村 礎(きむら もとい、1924年1月26日 - 2004… 木村 礎(きむら もとい、1924年1月26日 - 2004年11月27日)は、日本の歴史学者。専門は、地方史・村落史。明治大学名誉教授。 東京都生まれ。明治大学専門部地歴科を経て1950年東京文理科大学史学科卒業。1958年に明治大学文学部助教授、1963年教授、1980年大学院長、1988年学長となる。この間1972年に「日本の共同体」で文学博士の学位を取得。1991年の替え玉入試事件を受けて翌年3月末をもって学長を辞任。1995年定年、名誉教授。著作集全11巻がある。 2004年11月27日、脳内出血のため死去。
土田 直鎮(つちだ なおしげ、1924年(大正13年)1月1… 土田 直鎮(つちだ なおしげ、1924年(大正13年)1月16日 - 1993年(平成5年)1月24日)は、日本の歴史学者。東京大学名誉教授。元国立歴史民俗博物館長。