平井 美喜(ひらい みき、1981年9月10日 - )は、日… 平井 美喜(ひらい みき、1981年9月10日 - )は、日本の女子車いすバスケットボール選手。ポジションはフォワード。女子車いすバスケットボールチーム「九州ドルフィン」、男子チーム「ライジングゼファーフクオカWheelchair」所属。車いすバスケットボール女子日本代表選手。 熊本県天草市出身。2歳の時のがんの手術で脊髄を傷め、4歳から車いすを使用している。小学4年生の時から吹奏楽を始め、玉名女子高等学校でピッコロを担当してアメリカや韓国での演奏経験がある。1年生の時、友人に誘われて試合観戦したことをきっかけに車いすバスケットボールに興味を持つ。2000年に高校を卒業した後、女子車いすバスケットボールチーム「九州ドルフィン」に入団して本格的に競技を始めた。
大西 裕之(おおにし ひろゆき、1981年9月2日 - )は… 大西 裕之(おおにし ひろゆき、1981年9月2日 - )は、兵庫県出身の元バスケットボール選手である。ポジションはフォワード。背番号31。195cm、80kg。 永山中から国立高校へ進学。3年次には熊本国体で第3位となる。 卒業後は電気通信大学を経て、2004年エクセレンスに入団。クラブ選手権3位に貢献。 2005年にbjリーグが発足され、仙台89ERSよりドラフト2巡目指名を受け入団。 2007 - 08シーズン、日本バスケットボールリーグに新規参入するレラカムイ北海道に移籍。 2008年、アイシンシーホースへ移籍。2012年引退。
師玉 祐一(しだま ゆういち、1981年8月11日 - )は… 師玉 祐一(しだま ゆういち、1981年8月11日 - )は、バスケットボール選手である。ポジションはフォワード。東京八王子ビートレインズ所属。 世田谷区立弦巻小学校を卒業、世田谷区立駒沢中学校を卒業、東京農業大学第一高校を卒業後、総合学園ヒューマンアカデミー東京校に進学。 卒業後、自由が丘産能短期大学に進学。 卒業後、大分ヒートデビルズに入団。2012年、東京サンレーヴスに移籍。 2017年、埼玉ブロンコスに移籍。 2020年、東京八王子ビートレインズに移籍。 2021年、現役引退とともにサンロッカーズ渋谷U18アシスタントコーチ兼U18/U15/U12トレーニングコーチに就任。
清水 太志郎(しみず たいしろう、1981年8月6日 - )… 清水 太志郎(しみず たいしろう、1981年8月6日 - )は、宮崎県日南市出身の元男子プロバスケットボール選手、現バスケットボール指導者である。現役時代のポジションはポイントガード、シューティングガード。 8歳でバスケットボールを始める。 日南市立吾田中学校から宮崎県立小林高等学校に進学し、3年生時の1999年、全国高等学校総合体育大会バスケットボール競技大会(インターハイ)でベスト8、全国高等学校バスケットボール選抜優勝大会(ウインターカップ)では準優勝。 2000年、筑波大学に進学。2004年、日本リーグの大塚商会アルファーズに入団。 2005年、bjリーグ発足に当たりトライアウトに参加。
宮永 雄太(みやなが ゆうた、1981年8月1日 - )は、… 宮永 雄太(みやなが ゆうた、1981年8月1日 - )は、北海道富良野市生まれの元男子プロバスケットボール選手である。183cm、80kg。 札幌市立あやめ野中学校で全国大会に出場し、ジュニアオールスターでは準優勝を経験。[要出典] 東海大四高校進学後も、柏木真介らとともにインターハイで準優勝に貢献。[要出典] 大東文化大学でも、インカレ準優勝に貢献し、敢闘賞とMr.カレッジのW受賞を果たした。[要出典] 卒業後、東芝に入社。 2012年、東芝を退社。 同年のbjリーグドラフト会議で千葉ジェッツと新潟アルビレックスBBに1巡目で指名され、新潟が交渉権を獲得したが、8月にリンク栃木ブレックスと契約。
永田 晃司(ながた こうじ、1981年7月31日 - )は、… 永田 晃司(ながた こうじ、1981年7月31日 - )は、日本の男子プロバスケットボール選手、指導者。ポジションはガード。 広島県出身。広島市立基町高等学校、拓殖大学を経て、2004年に実業団の葵企業に入社。2011年にチーム初の全日本実業団バスケットボール選手権大会ベスト8を経験。 2012年9月、JBLのレバンガ北海道と契約。2シーズン所属した後、2014年6月、bjリーグの埼玉ブロンコスに移籍。チームの中心選手の一人となり、2014-15シーズンbjリーグオールスターゲームに出場。 2015-16シーズンは岩手ビッグブルズに移籍。在籍5シーズン目の2019-20シーズンは選手兼任でヘッドコーチに就任した。
黒岩 元希(くろいわ げんき、男性、1981年6月30日 -… 黒岩 元希(くろいわ げんき、男性、1981年6月30日 - )は、『FIRE WORKSバスケットボールアカデミー』主宰者、指導者、プロバスケットボール選手である。埼玉県志木市出身。ポジションはガード。身長172cm、体重70kg。
岩村裕美(いわむら ゆみ、1981年6月30日)は大阪府出身… 岩村裕美(いわむら ゆみ、1981年6月30日)は大阪府出身の日本の元バスケットボール選手である。ポジションはシューティングガード。ニックネームは「ユミ」。 五領中学校から大阪薫英高校、大阪薫英女短を経て、日本航空に入社。バスケットボール選手と国内線のキャビンアテンダント(客室乗務員)を兼任していた。2007年アジア選手権日本代表に選ばれる。2011年引退し、日本航空を退社。引退後は山口県のクラブチーム、エンジェルに所属し、山口県代表として国体に出場した。2012年、新潟アルビレックスBBラビッツに復帰。2015年引退。2016年から園田学園女子大学バスケットボール部のアシスタントコーチ、2023年現在は社会人チームの播磨ホワイトバックスのヘッドコーチをつとめる。
山田 大治(やまだ だいじ、1981年6月8日 - )は、大… 山田 大治(やまだ だいじ、1981年6月8日 - )は、大阪府大阪市出身の男子プロバスケットボール選手である。B.LEAGUE2部の広島ドラゴンフライズ所属。
朝山 正悟(あさやま しょうご、1981年6月1日 - )は… 朝山 正悟(あさやま しょうご、1981年6月1日 - )は、神奈川県横浜市出身の元男子プロバスケットボール選手、指導者。ポジションはG/F、SG。広島ドラゴンフライズ所属し、現在の役職はヘッドコーチ。広島での選手時代にはBリーグで初となる選手兼任監督を歴任。「ミスタードラゴンフライズ」や「広島のレジェンド」と呼ばれる。 兄の影響を受け、小5でバスケを始める。横浜市立西谷中学校3年時には神奈川県選抜としてジュニアオールスター優勝を経験。 世田谷学園高校でも活躍し、1999年3年時はウィンターカップ3位となり優秀選手にも選ばれる。 2000年早稲田大学人間科学部スポーツ科学科に進学、早大ビッグベアーズに所属する。
冨山 晋司(とみやま しんじ、1981年5月12日 - )は… 冨山 晋司(とみやま しんじ、1981年5月12日 - )は、日本のバスケットボール指導者である。東京都出身。 立教大学2年時より東京都新宿区立の落合第二中学校でコーチとして指導に当たる。 2009年、日本から米独立リーグIBLに参戦するニッポン・トルネードのコーチを務めた後、bjリーグ、東京アパッチのアシスタントコーチに就任。 2010-11シーズンはbjリーグアカデミーでサポートコーチを務め、2011-12シーズンは岩手ビッグブルズのACに就任するが、前任者の解任のためヘッドコーチ代行として残りのシーズンで指揮を執った。 2012年、千葉ジェッツHCに就任。千葉ジェッツとしてbjリーグ最後のシーズンを戦い、クラブを初のプレイオフへと導いた。
磯山 絵美(いそやま えみ、1981年5月11日 - )は、… 磯山 絵美(いそやま えみ、1981年5月11日 - )は、千葉県出身の元女子バスケットボール選手である。シャンソンVマジック所属。ポジションはフォワード。175cm。ニックネームは「モカ」。 市立船橋高校で卒業後、富士通に入社しバスケットボール部に入団。 2004年、日立ハイテクノロジーズに移籍。 2006年アジア大会で銅メダル獲得。 2007年アジア選手権の日本代表にも選ばれる。 2010年引退。2011年復帰、シャンソンVマジックに加入。2013年退団。
板倉 令奈(いたくら れいな、1981年5月11日 - )は… 板倉 令奈(いたくら れいな、1981年5月11日 - )は、東京都出身の元バスケットボール選手。ポジションはF。男性。 和光中学校で2年次にジュニアオールスターに出場。 秋田県立能代工業高等学校では1年先輩である田臥勇太らとともに全国タイトルを6度獲得。2年次には世界青少年競技大会日本代表に選ばれる。 法政大学では澤岻直人とともに1年次から活躍。4年次の2003年全日本学生バスケットボール選手権大会(インカレ)でベスト4を経験。 卒業後の2004年、東芝ブレイブサンダースに加入。ルーキーシーズンからJBLスーパーリーグ優勝に貢献。その後も主力として東芝を支え全日本総合バスケットボール選手権大会(オールジャパン)でも2006年優勝に貢献した。
渡辺 由夏(わたなべ ゆうか、1981年5月7日 - )は、… 渡辺 由夏(わたなべ ゆうか、1981年5月7日 - )は、神奈川県出身の元女子バスケットボール選手である。ポジションはセンターフォワード。180cm。ニックネームは「サラ」。 桜花学園高校で全国タイトルを獲得し、卒業後、シャンソン化粧品に入社。 ルーキーシーズンより三冠に貢献し、シャンソン黄金時代を支えた。 2006年ドーハアジア大会及び2007年アジア選手権の日本代表にも選ばれる。 だが、負傷のため2004-05シーズンはマネージャーに転じ、手術を敢行。翌シーズン選手復帰。 2007-08シーズンはシャンソンの主将を務める。2009年アジア選手権で代表復帰。 2015年引退。引退後は母校桜花学園バスケットボール部のアシスタントコーチを務める。
池田 麻美(いけだ あさみ、1981年5月1日 - )は、埼… 池田 麻美(いけだ あさみ、1981年5月1日 - )は、埼玉県出身の元女子バスケットボール選手である。トヨタ自動車アンテロープスに所属していた。ポジションはセンターフォワード。ニックネームは「キラ」。 大宮東高校卒業後、2000年にトヨタ自動車に入社した。 2006年競技大会の日本代表に選出されたが、けがのため欠場。 2007年アジア選手権の日本代表に選出された。 2007年から2009年までトヨタ自動車アンテロープスの副将を、2009年から10年は主将を務めた。 2014年オフに引退を発表した。
松藤 光生(まつふじ みつお、1981年4月22日 - )は… 松藤 光生(まつふじ みつお、1981年4月22日 - )は、神奈川県出身の元バスケットボール選手である。ポジションはG。175cm、70kg。2008年まで豊田通商でプレーした松藤貴秋は実兄。高校の同期に俳優の野久保直樹がいる。現在は沼津中央高校で女子バスケットボール部の監督。 興誠高校から中京大学を経てオーエスジーに入社。 2007年、兄が所属する豊田通商に移籍。 2008-09シーズンはJBL2優勝に貢献しMVPを受賞した。 2009-10シーズン、V2に貢献し引退。
近藤 雄治(こんどう ゆうじ、1981年4月22日 - )は… 近藤 雄治(こんどう ゆうじ、1981年4月22日 - )は、岩手県出身のプロバスケットボール選手である。ポジションはシューティングガード。身長187cm、体重75kg。
御手洗 貴暁(みたらい たかあき、1981年4月21日 - … 御手洗 貴暁(みたらい たかあき、1981年4月21日 - )は、長崎県出身のバスケットボール選手である。ポジションはG。日本体育大学卒業。 幼少期に父親が教諭・監督をしている瓊浦高校にてバスケットボールに出会う。 長崎市立西山台小学校時代は通っていた小学校にバスケ部がなかったため、サッカー・リトルリーグを経験。正義感の強い少年であり、同級生や周りの子供がカツアゲやいじめに遭っているのを見ると、体を張って助けに行っていた。 長崎市立三川中学校からバスケット部に入部、この頃、恩師との出会いなどでバスケットボールに関する技術の多くを学ぶ。この頃、当時流行していたアニメ『SLAM DUNK』に感動して将来バスケ選手になる決断をする。
川曽 努(かわそ つとむ、1981年2月17日 - )は、大… 川曽 努(かわそ つとむ、1981年2月17日 - )は、大阪府出身のバスケットボール選手である。ポジションはシューティングガード。 大阪市立淀川中学校から大阪府立東住吉工業高等学校を経て同志社大学に進学。 卒業後の2003年、松下電器に入社。
小林 優子(こばやし ゆうこ、1981年2月16日 - )は… 小林 優子(こばやし ゆうこ、1981年2月16日 - )は、埼玉県出身の日本のバスケットボール選手である。ポジションはフォワード。 実践学園高校から、青山学院大学を経て、2003年、ビッグブルー東京に入社。 この項目は、バスケットボール関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:BASKET)。
田村 大輔(たむら だいすけ、1981年〈昭和56年〉1月2… 田村 大輔(たむら だいすけ、1981年〈昭和56年〉1月22日 - )は、日本の元プロバスケットボール選手。大阪府出身。現役時代のポジションはポイントガード兼シューティングガード。 関西大学北陽高等学校、大阪体育大学を経て2003年、新潟アルビレックスA2に入団。 2005年、ドラフト外でbjリーグ・大阪エヴェッサに入団し、控えながらチームの初代王者に貢献。オフに福岡BBボーイズへ移籍したが、2006-07シーズン途中、大阪エヴェッサに復帰。 2008年、ライジング福岡へ移籍したが、2009年に契約解除となり、インターナショナル・バスケットボール・リーグ(IBL)に参戦するニッポン・トルネードに加入。
野尻 晴一(のじり せいいち、1981年1月20日 - )は… 野尻 晴一(のじり せいいち、1981年1月20日 - )は、富山県高岡市出身のプロバスケットボール選手である。ポジションはフォワード。194cm、76kg。bjリーグ、富山グラウジーズに所属した。田臥世代の一人。 高岡商業高等学校と法政大学の卒業生。 高岡商業高校ではインターハイ・ウィンターカップ、法政大学進学後もインカレ・オールジャパンに出場した。 卒業後の2003年、大塚商会アルファーズに入団。 2006年、bjリーグの富山グラウジーズからドラフト全体15位(5巡目)指名を受け入団。2008年に退団。現在は、自営で塗装店を営む。地元の富山県商工会議所青年部連合会の副会長。
藤野 素宏(ふじの もとひろ、1981年1月1日 - )は、… 藤野 素宏(ふじの もとひろ、1981年1月1日 - )は、日本の元プロバスケットボール選手である。田臥世代のひとり。
佐々木 クリス(ささき クリス、1980年12月24日 - … 佐々木 クリス(ささき クリス、1980年12月24日 - )は、日本のバスケットボールアナリスト・解説者で、元プロバスケットボール選手。アメリカ合衆国ニューヨーク生まれ、東京都出身。現役時代のポジションはガード。 2017-18シーズンからB.LEAGUE公認アナリストとして活動中。 所属事務所はボイスワークス。 元プロバスケットボール選手であり、bjリーグの千葉ジェッツや東京サンレーヴスに所属していた。 また、元ヒップホップミュージシャンでありDJ MASTERKEYが運営するレーベル「THE LIFE ENTERTAINMENT.」より2003年にavex traxでデビューした。 父は日本人、母はアメリカ人。
高橋 憲一(たかはし けんいち、1980年12月22日 - … 高橋 憲一(たかはし けんいち、1980年12月22日 - )は、秋田県南秋田郡昭和町(現:潟上市)出身のバスケットボール選手である。2003年から日本リーグの日立電線に所属し、新人王、最多アシストのタイトルを獲得、2005年にはベストファイブにも選ばれた。2006年にはbjリーグの仙台89ERSと契約しプロ選手に転身し、bjリーグ 2009-10シーズンにはフリースロー成功率1位のタイトルを獲得した。秋田ノーザンハピネッツに所属していた2016-17シーズンを最後に現役を退き、秋田ノーザンハピネッツの「アンバサダー」に就任した。選手時代の身長は181cm、体重76kgで、ポジションはポイントガード、シューティングガード。
青木 康平(あおき こうへい, 1980年12月13日 - … 青木 康平(あおき こうへい, 1980年12月13日 - )は、日本の元プロバスケットボール選手である。身長167cm、体重75kg、ポジションはポイントガード。身長はリーグで4番目に低いが、高いボールハンドリングスキルを持ち、多彩な1対1のスキルと共に、精度の高いシュート力を持つ。[要出典] 福岡県福岡市南区出身。福岡市立西長住小学校に入学。3年生の終わりに友達の誘いでミニバスケットボールを始め、全国大会に出場。中学校は強豪の福岡市立長丘中学校に入学し、全国大会に出場。[要出典] 高校は全国でも名門の福岡大学附属大濠高校に入学。1年生時にインターハイベスト4、同年の国体では4位、ウィンターカップではベスト16という成績を残す。
桑原 義典(くわはら よしふみ、1980年11月17日 - … 桑原 義典(くわはら よしふみ、1980年11月17日 - )は、福岡県北九州市出身の元バスケットボール選手である。東芝ブレイブサンダースに所属していた。ポジションはC。 小倉南高校、近畿大学を経て、2003年にオーエスジーフェニックス東三河に加入。 2008年、東芝ブレイブサンダースに移籍。2013年引退。
立川真紗美(たちかわ まさみ、1980年11月16日 - )… 立川真紗美(たちかわ まさみ、1980年11月16日 - )は、神奈川県横須賀市出身のバスケットボール選手である。ニックネームは「サミ」。ポジションはガードフォワード。所属。田臥世代の一人。 バスケットボールを始めたきっかけは、地元の「ミニバスケットクラブ員募集」の回覧板。 久里浜中学校、横須賀商業高校(現・横須賀総合高校)を経て1999年、ジャパンエナジー入社。バスケットボール部に所属する。 2004年にはアテネオリンピックに出場した。 2009年、JOMOを退団、富士通に移籍。2014年腰の怪我で引退。 その後、バスケットボールアカデミーのコーチを務めるが、3×3で競技復帰。
安齋 竜三(あんざい りゅうぞう、1980年11月10日 -… 安齋 竜三(あんざい りゅうぞう、1980年11月10日 - )は、福島県出身の元プロバスケットボール選手である。ポジションはガード。田臥世代の一人。
斉藤 恵一(さいとう けいいち、1980年11月9日 - )… 斉藤 恵一(さいとう けいいち、1980年11月9日 - )は、北海道出身のバスケットボール選手である。ポジションはスモールフォワード/パワーフォワード。193cm、85kg。イカイレッドチンプス所属。 宮の丘中学校でバスケットボールを始め、東海大学第四高校、宮田自動車を経て、2005年のbjリーグドラフト全体13位(3巡目)で仙台89ERSに入団。 2007年、実業団のイカイに入団。
北谷 稔行(きたや のりゆき、1980年10月10日 - )… 北谷 稔行(きたや のりゆき、1980年10月10日 - )は、青森県出身の元バスケットボール選手、指導者、実業家である。。 青森県鶴田町出身。鶴田中学校、弘前実業高校から拓殖大学に進学し、1999年の全日本大学選手権(インカレ)で準優勝を経験した。大学卒業後は地元に戻り、青森県国民健康保険団体連合会に勤務しながら競技を続け、国民体育大会の青森県代表チームに13年連続で選出されたほか、2017年には3x3日本選手権大会にも出場、3位に入賞した。2018年2月27日、佐藤信長の後任としてBリーグ2部(B2)所属の青森ワッツのヘッドコーチに就任した。プロ、アマ通じてチームの指揮を執るのは自身初めてである。
田臥 勇太(たぶせ ゆうた、1980年10月5日 - )は、… 田臥 勇太(たぶせ ゆうた、1980年10月5日 - )は、日本の男子プロバスケットボール選手。ポジションはポイントガード。神奈川県横浜市金沢区出身。B.LEAGUEの栃木ブレックス所属。秋田県立能代工業高等学校時代には世界ジュニア選抜に選ばれた。2004年、フェニックス・サンズの開幕ロースターに入った日本人初のNBAプレーヤーである。身長173cm、体重75kg、靴のサイズ29cm。
浦 伸嘉(うら のぶよし、1980年10月1日 - )は、広… 浦 伸嘉(うら のぶよし、1980年10月1日 - )は、広島県出身の元プロバスケットボール選手である。ポジションはポイントガード。背番号3(新潟時代)。172cm、65kg。 美鈴が丘高校から大阪商業大学を経て、2003年に新潟アルビレックスA2に入団。 2004年には国体に広島代表として出場。そのときのチームメイトには仲摩純平がいる。 2005年、bjリーグ開幕とともにA1昇格。 2006年、福岡BBボーイズに移籍。 引退後は「REAL ABILITES」という広島を拠点としたクラブチームを設立。バスケットボールコーチとして多くの選手を育成。 2016年から地元のプロバスケットボールチームBリーグ広島ドラゴンフライズの社長を務め、2017年にはゼネラルマネージャー(GM)を兼任した。
網野 友雄(あみの ともお、1980年9月25日 - )は、… 網野 友雄(あみの ともお、1980年9月25日 - )は、東京都あきる野市出身の元男子プロバスケットボール選手である。ポジションはフォワード。196cm、87kg。田臥世代の一人。 中学まではサッカー選手で、東海大菅生でバスケを始める。 その後、日本大学に進学し、2001年にはさいたま市で開催されたヤングメン世界選手権に出場。 2003年、トヨタ自動車に入社。 2005年、アイシンシーホースへ移籍し、プロ契約を結ぶ。 2006年には世界選手権の日本代表に選ばれる。 2007年にはスポーツマンNo.1決定戦にも参戦し、モンスターボックスでは南山真の持っていたバスケットボール選手記録18段を塗り替える19段(バスケットボール選手新記録)をクリアした。
菊地 勇樹(きくち ゆうき、1980年8月7日 - )は、日… 菊地 勇樹(きくち ゆうき、1980年8月7日 - )は、日本のバスケットボール選手である。ポジションはフォワード。素早い動作から放たれるスリーポイントショットを得意とした。
柏倉 秀徳(かしわくら ひでのり、1980年8月6日 - )… 柏倉 秀徳(かしわくら ひでのり、1980年8月6日 - )は、宮城県出身のバスケットボール指導者、選手である。ポジションはポイントガード。選手として三菱電機、レラカムイ北海道、日立サンロッカーズ、パスラボ山形ワイヴァンズで2015-16シーズンまで競技生活を送り、2016年に引退。指導者の道に移った。 1980年、宮城県に生まれる。兄の影響でバスケットボールを始め、小学校2年生の時にクラブチームに加わった。仙台高校でインターハイ・ウィンターカップに出場し、筑波大学でもインカレなどで活躍、2001年に埼玉で開催されたヤングメン世界選手権では主将を務めアシスト王に輝く。 大学卒業後、三菱電機に入社。
栗野 譲(くりの じょう、1980年7月28日 - )は、神… 栗野 譲(くりの じょう、1980年7月28日 - )は、神奈川県横須賀市出身の元プロバスケットボール選手、指導者である。B.LEAGUE島根スサノオマジックのアシスタントコーチを務める。 2003年〜2018年までプロバスケットボール選手としての現役生活を経て、B.LEAGUE の豊通ファイティングイーグルス名古屋 で2017-2018シーズンを最後に引退。ポジションはフォワード。 バスケ選手および指導者の他、自身が設立したスポーツビジネス、バスケットボールスクール、ウェブマーケティング、およびアパレル関係の会社社長も務める。クリスチャン。 父親は元空母ミッドウェイ乗船員で横須賀基地に勤務していたアメリカ人。
高原 純平(たかはら じゅんぺい、1980年7月21日 - … 高原 純平(たかはら じゅんぺい、1980年7月21日 - )は、北海道出身のバスケットボール選手、指導者。選手としては2003年に日本リーグの大塚商会アルファーズ(現:越谷アルファーズ)に所属し、2005年には福岡レッドファルコンズと契約しプロ選手になった。選手としてのポジションはガード。現役時代の身長は178cm、体重82kgだった。 2010年には指導者に転身し、実業団チームであるイカイ女子バスケットボール部の監督を2017年で務めた。2017年7月にはBリーグの群馬クレインサンダーズのアシスタントコーチに就任した。その後、2020年に同じくBリーグ所属で、大塚商会の後継チームである越谷アルファーズのヘッドコーチ、2022年からは青森ワッツのヘッドコーチを歴任。
岩佐 潤(いわさ じゅん、1980年7月15日 - )は、千… 岩佐 潤(いわさ じゅん、1980年7月15日 - )は、千葉県船橋市坪井町出身のプロバスケットボール選手である。Sealz.exeに所属している。ポジションはポイントガード、シューティングガード。背番号は5。183cm、82kg。 10歳の時にバスケットボールを始める。坪井中学校から市立船橋高校(同級生に高橋美佳子・西紀寛・松田正俊)経て大東文化大学に進学。 大学4年生時に、千葉バジャースに入団。2003年には全日本実業団大会優勝に貢献。 その後、ストリートボール「FAR EAST BALLERS」に身を置き、マイケル・ジョーダン来日時にはモデルとして同じステージに立った。また、3on3全国大会で優勝し、渡米。
安藤 正彦(あんどう まさひこ、1980年7月7日 - )は… 安藤 正彦(あんどう まさひこ、1980年7月7日 - )は、大分県杵築市出身の元プロバスケットボール選手である。ポジションはポイントガード。168cm、63kg。 2005年 IBLSalem Stampedeの練習生になる。チームにはAND1のプロフェッサーも所属していた。シーズン途中にPortland Chinooksに移籍し、アジア人初のプレーヤーになる。 2006年2年目となったシーズン、IBLのCorolado Crossoverでプレー。 2007年3年目はIBLの強豪Lasvegas Starsでプレー。 東京都でストリートボールチームE.D.Sを結成し、国内最高レベルのトーナメントALLDAYの過去最大100チームのトーナメントで優勝。
北郷 謙二郎(ほんごう けんじろう、1980年7月3日 - … 北郷 謙二郎(ほんごう けんじろう、1980年7月3日 - )は、宮崎県出身のバスケットボール選手。ポジションはG。身長183cm、体重75Kg。田臥世代の一人。 父は元延岡学園高等学校監督でbjリーグ・宮崎シャイニングサンズHCも務めた北郷純一郎。兄・慎太郎も三井住友銀行のバスケットボール選手である。 小林高校ではインターハイベスト8・ウィンターカップベスト4を経験。年代別全日本にも選ばれる。 1999年、カリフォルニア州立大学ロサンゼルス校に渡米。NCAA2部で活躍。 卒業後に帰国し、オーエスジーに入社。2005-06シーズンにはスーパーリーグ準優勝に貢献。 2006年世界選手権では日本代表候補に選ばれるも本大会からは漏れた。
齋藤 豊(さいとう ゆたか、1980年〈昭和55年〉6月29… 齋藤 豊(さいとう ゆたか、1980年〈昭和55年〉6月29日 - )は、日本のプロバスケットボール選手。大阪府出身。ポジションはスモールフォワード。 大阪府立東住吉工業高等学校、筑波大学、ドイツ2部リーグのケムニッツ99ersを経て、2005年にトヨタ自動車アルバルクに加入。 2006年バスケットボール世界選手権では日本代表候補に選出されるが、最終メンバーから落選。 ケムニッツでは高校の1年後輩であり後に埼玉ブロンコスでプレーする清水耕介とチームメイトであった。また、同じく1年後輩に太田和利がいる。日立サンロッカーズの柏倉秀徳は大学の同期。 2010年トヨタを退団。クラブチームのエクセレンスに所属。
吉村 隆宏(よしむら たかひろ、1980年6月24日 - )… 吉村 隆宏(よしむら たかひろ、1980年6月24日 - )は、富山県高岡市出身のプロバスケットボール選手。 9歳の時にバスケットボールを始める。南星中学校を卒業後、高岡第一高校に進学。その後、大東文化大学を経て、富山グラウジーズに入団。 グラウジーズのbjリーグ参入後は下部のアマチュアチーム「GROUSES.NET」に所属。 2008年、アーリーチャレンジを経てトップチームとプロ契約。 2009年、キャプテンに就任。 bjリーグ 2010-11シーズン終了後に退団。
宅見 雅幸(たくみ まさゆき、1980年6月18日 - 20… 宅見 雅幸(たくみ まさゆき、1980年6月18日 - 2008年3月27日)は、北海道出身のプロバスケットボール選手である。元新潟アルビレックスBB所属。ポジションはシューティングガード。背番号7。187cm、75kg。 駒澤大学附属苫小牧高等学校から大東文化大学を経て、葵企業入り。 2004年、JBLスーパーリーグ時代の新潟アルビレックスA2に移籍。 2004年の6月30日に勝又英樹、小菅直人、橋本伸広とともにA1に昇格。サテライトチームであるA2からA1に選手が昇格するのは初めてであった。 美しいフォームから繰り出されるスリーポイントシュートは小菅以上のものがあった。病気のためアルビレックスBBを退団後は静養に努め、2007年はレラカムイ北海道のトライアウトを受けるまでに回復していた。
勝又 英樹(かつまた ひでき、1980年6月16日 - )は… 勝又 英樹(かつまた ひでき、1980年6月16日 - )は、埼玉県草加市出身の元プロバスケットボール選手である。ポジションはスモールフォワード、パワーフォワード。195cm、80kg。田臥世代の一人。 出身は埼玉県草加市になっているが、生まれは宮城県。両親は宮城県牡鹿郡女川町出身であり、本人も生まれてから6歳まで女川町で過ごした。 草加市立両新田中学校在籍時の13歳の時にバスケットボールを始める。 その後、高校は東京の名門京北高校に進学。1998年インターハイではベスト16入り。 東海大学では2002年インカレでベスト16入り。 大学卒業後、新潟アルビレックスA2(二軍)に入団。 2004年、A1(一軍)に昇格。
福田 幹也(ふくだ みきや、1980年6月6日 - )は、神… 福田 幹也(ふくだ みきや、1980年6月6日 - )は、神奈川県出身のプロバスケットボール選手である。ポジションはフォワードで、身長191cm、体重85kg。 横浜商大高から神奈川大学を経て横浜ギガキャッツに入団。ギガキャッツの後継クラブである横浜ギガスピリッツにも所属し、2007年にJBL2の千葉ピアスアローバジャーズに移籍。 2008年、bjリーグのライジング福岡に入団したが、2009年1月契約解除。同年、米独立リーグIBLの日本人チーム、ニッポン・トルネードでプレーする。 2011-12シーズンを横浜ビー・コルセアーズの練習生として過ごした後、2012年に埼玉ブロンコスと契約し、2012-13シーズンは25試合に出場。
竹田 智史(たけだ さとし、1980年5月21日 - )は、… 竹田 智史(たけだ さとし、1980年5月21日 - )は、高知県南国市出身の元プロバスケットボール選手である。ポジションはシューティングガード。身長185cm、体重72kg。 12歳の時にバスケットボールを始める。南国市立鳶ヶ池中学校から高知工業高校に進学し、高校総体、ウインターカップなどの全国大会に出場する。 1999年に高校卒業後、高知県の一般クラブチームを経て大阪ディノニクスに入団。bjリーグ発足後の2005-06シーズンは大阪エヴェッサに在籍し、優勝に貢献する。 2006年、2006-07シーズンよりbjリーグに新規参入する高松ファイブアローズに移籍し、準優勝に貢献。 2008-09シーズンは高松のキャプテンを務めて、プレイオフ進出に貢献。
紺野 麻里(こんの まり、1980年5月18日 - )は、東… 紺野 麻里(こんの まり、1980年5月18日 - )は、東京都西東京市(旧田無市)出身の女子バスケットボール選手。身長178cm。現・安齋(あんざい)麻里。田臥世代の一人。
田中 範昌(たなか のりまさ、1980年5月15日 - )は… 田中 範昌(たなか のりまさ、1980年5月15日 - )は、愛媛県出身のバスケットボール選手である。ポジションはポイントガード。183cm、75kg。イカイレッドチンプス所属。 育英高校から青山学院大学、千葉バジャーズを経て、2005年のbjリーグドラフト全体24位(6巡目)で仙台89ERSに入団。初代主将を務める。 2007年、実業団のイカイに入団。
五十嵐 圭(いがらし けい、1980年5月7日 - )は、日… 五十嵐 圭(いがらし けい、1980年5月7日 - )は、日本の男子プロバスケットボール選手。ニックネームは「ケイ」。新潟県上越市出身。2013年10月1日付で芸能事務所セント・フォースのアスリート部門「ゾーン」と契約。血液型はA型。 真行寺幼稚園、上越市立春日新田小学校、上越市立直江津東中学校、北陸高等学校、中央大学文学部卒業。[要出典] 中央大学在籍時、インターカレッジ(全日本大学バスケットボール選手権大会)で1年生の時に3位、3年生の時に準優勝を経験。[要出典]2003年、日立サンロッカーズに入団。背番号は7。日本代表にも選出される。2006年にはバスケットボール世界選手権に出場した。 2009年、トヨタ自動車アルバルクに移籍。