桜井 道夫(さくらい みちお、1949年(昭和24年)11月… 桜井 道夫(さくらい みちお、1949年(昭和24年)11月8日 - )は、日本の政治家。元北海道美唄市長(2期)。お笑いコンビ「西麻布ヒルズ」の櫻井市長(本名:櫻井慎一朗)は長男。 北海道空知郡美唄町出身。北海道大学経済学部卒。1974年、美唄市役所に入る。財政、行政管理、総務の各課長、企画財政部長を経て、2004年の美唄市長選挙に立候補し、現職に5000票以上の差をつけ、初当選する。2008年の市長選挙でも新人候補に大差をつけて再選する。同年9月に長男の出演するお笑いライブに特別出演し、下着姿で親子漫才をしている画像が長男のブログに掲載されたところ市議会で追及され、陳謝する羽目に陥った。2期目途中の2010年に脳内出血を起こし、公務に支障を期したため、翌2011年に「療養に専念する」ため、市長を辞職した。
溝口 常俊(みぞぐち つねとし、1948年(昭和23年)11… 溝口 常俊(みぞぐち つねとし、1948年(昭和23年)11月8日 - )は、日本の地理学者。名古屋大学名誉教授。 1948年、愛知県名古屋市で生まれた。愛知県立明和高等学校を卒業し、名古屋大学文学部史学地理学科に進んだ。1972年に卒業し、同大学院文学研究科に進学。1979年に博士後期課程を単位取得後満期退学。 1981年、名古屋大学文学部助手に採用された。1983年、富山大学教養部助教授に就いた。1994年に教授昇格。1996年、名古屋大学文学部教授に転じ、2001年からは環境学研究科教授。2002年、学位論文『日本近世の畑作地域史論』を京都大学に提出して文学博士号を取得。2013年に名古屋大学を定年退任し、名誉教授となった。
藤原隆(ふじわら たかし、1948年11月8日 - )は日本… 藤原隆(ふじわら たかし、1948年11月8日 - )は日本の大蔵・金融官僚。東北財務局長、金融庁総務企画局長、(株)ジャスダック証券取引所会長などを歴任。血液型はB型。 秋田県秋田市出身(父母も秋田県)。秋田県立秋田高等学校、東京大学経済学部経済学科卒業。1972年 大蔵省入省(大臣官房文書課)。1977年7月 米沢税務署長。その後は和歌山県総務部財政課長、主計局総務課長補佐(歳入・国債係主査)、主計局主計官補佐(労働係主査)、主計局主計官補佐(厚生第三係主査)などを務める。1987年7月 大臣官房企画官兼大臣官房文書課。1990年7月 三重県総務部長。1996年7月12日 証券局総務課長。1998年7月1日 東北財務局長。
今西 一(いまにし はじめ、1948年11月8日 - 202… 今西 一(いまにし はじめ、1948年11月8日 - 2022年1月6日)は、日本の歴史学者。小樽商科大学名誉教授。日本経済史、日本近代史を専門に扱い、同和問題で積極的に問題提起する。サハリン・樺太史研究会で副会長を務めた。 京都市東山区出身で、1972年に龍谷大学文学部を卒業後、京都大学農学部研修員を経て、1979年に立命館大学大学院文学研究科修士課程を修了し、1990年に京都大学より農学博士の学位を取得。 1973年に大阪貿易学院高校、京都府立朱雀高等学校の非常勤講師。1980年大阪外国語大学非常勤講師、大阪府立大学、立命館大学、神戸大学などの非常勤講師を経て、1992年小樽商科大学商学部助教授、1994年教授、2014年退職。
尾高 忠明(おたか ただあき、1947年11月8日 - )は… 尾高 忠明(おたか ただあき、1947年11月8日 - )は、日本の指揮者。大阪フィルハーモニー交響楽団音楽監督。東京藝術大学音楽学部指揮科名誉教授。 作曲家・指揮者である尾高尚忠の次男として神奈川県鎌倉市に生まれる。兄は作曲家尾高惇忠。妻の尾高遵子(ゆきこ)はピアニストである。父方の伯父の尾高朝雄は西田幾多郎門下の東大法学部元教授(法哲学)、同じく伯父の尾高邦雄は東大文学部元教授(労働社会学)、従兄の尾髙煌之助は一橋大学経済研究所元教授、曾祖父の尾高惇忠は富岡製糸場の初代工場長などを務めた明治期の実業家である。曾祖父惇忠の従弟で妹婿であった実業家渋沢栄一もまた忠明の曾祖父であり、作曲家諸井三郎・誠親子とも渋沢家、および従兄の会計学者諸井勝之助を通じて縁戚関係にある。
佐藤 信秋(さとう のぶあき、1947年〈昭和22年〉11月… 佐藤 信秋(さとう のぶあき、1947年〈昭和22年〉11月8日 - )は、日本の政治家、建設・国土交通官僚(技官)。自由民主党新潟県支部連合会会長。 参議院議員(3期)、参議院決算委員長、同財政金融委員長、同地方創生及び消費者問題に関する特別委員長、同行政監視委員長、同環境委員長、第6代国土交通事務次官、技監、国土交通省道路局長、自由民主党国土強靭化推進本部長などを務めた。学位は工学修士(京都大学・1972年)。 新潟県新潟市出身。1966年、新潟県立新潟高等学校卒業。1970年、京都大学工学部土木工学科卒業。1972年、京都大学大学院工学研究科土木工学専攻修士課程修了。修士論文ではinteger programming(整数計画問題)を扱った。
松本 光弘(まつもと みつひろ、1947年11月8日 - )… 松本 光弘(まつもと みつひろ、1947年11月8日 - )は、日本の経営者。三井不動産レジデンシャル社長を務めた。東京都出身。 1970年に慶應義塾大学商学部を卒業し、同年に三井不動産に入社した。1998年に取締役に就任し、2001年に執行役員、2004年に常務、2005年に専務を経て、2006年10月には三井不動産レジデンシャル社長に就任。2012年4月には会長に退いた。 この項目は、実業家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:経済学、PJ:経済)。
木下 達則(きのした たつのり、1947年(昭和22年)11… 木下 達則(きのした たつのり、1947年(昭和22年)11月8日)は、日本の地方公務員、政治家。埼玉県下水道公社理事長や、鳩ヶ谷市長、さいたま市副市長等を歴任した。 1970年中央大学法学部卒業後、1972年埼玉県庁入庁。1996年岩槻市助役。埼玉県人事委員会事務局長を経て、2005年埼玉県下水道公社理事長。 2006年10月22日、川口市との合併を公約に出馬し、現職の名倉隆を破って鳩ヶ谷市長に初当選した。※当日有権者数:47,361人 最終投票率:60.17%(前回比:1.84pts) 2010年10月24日、新人2人を破って、鳩ヶ谷市長に再選した。※当日有権者数:49,180人 最終投票率:51.67%(前回比:-8.5pts) 2011年には川口市と鳩ヶ谷市の合併を実現した。
奥村 萬壽雄(おくむら ますお、1947年(昭和22年)11… 奥村 萬壽雄(おくむら ますお、1947年(昭和22年)11月8日 - )は、日本の警察官僚。第84代警視総監。大阪府出身。東京大学法学部卒業後、警察庁に入庁。主に警備公安畑を歩む。瑞宝重光章。 この項目は、警察に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています。
金沢 和良(かなざわ かずよし、1946年11月8日 - )… 金沢 和良(かなざわ かずよし、1946年11月8日 - )は、日本の男性プロボクサー、キックボクサー。北海道札幌市出身。アベボクシングジム所属。戦績41戦30勝(17KO)10敗1分。 北海道札幌工業高等学校在学中に札幌ジムでボクシングを始め、1963年には全日本社会人フライ級で優勝。 当初は協栄ジム入門を希望していたが結果的にアベボクシングジム所属で1965年7月18日、市川清戦でプロデビュー。 ルーベン・オリバレスとは1969年に1度対戦したが、その際は2RKO負けだった。1971年7月2日、孫永煥を5RKOで下し、OBF(現OPBF)東洋バンタム級王座を獲得。 同年10月25日、愛知県体育館でルーベン・オリバレスが持つWBA世界王座に挑戦した。
伊藤 榮子(いとう えいこ、1946年11月8日 - )は、… 伊藤 榮子(いとう えいこ、1946年11月8日 - )は、日本の女優。本名は河原崎 榮子。兵庫県宝塚市出身。身長156cm、体重53kg。梅花学園高校卒業。アネモイエンタテインメント所属(メンバー)。別名義は河原崎 有稀。 1963年、『姿三四郎』(フジテレビ、主演:倉丘伸太郎)で芸能界デビュー。 1965年、日本電波映画製作のテレビ映画『柔道水滸伝』(フジテレビ、主演:平井昌一)に出演する。1965年 - 1966年読売テレビの連続大河ドラマ「長流」(島本久恵原作)の主演で、京都市民映画祭主演女優賞受賞。 1970年、河原崎長一郎と結婚(以後、夫とは「おしどり夫婦」としてトーク番組等で共演する機会が多かった)。
橋本 克彦(はしもと かつひこ、1945年〈昭和20年〉11… 橋本 克彦(はしもと かつひこ、1945年〈昭和20年〉11月8日 - )は、日本のノンフィクション作家。 宮城県生まれ。仙台市立仙台高等学校卒業。日本大学芸術学部除籍。 雑誌記者を経て、1984年に『線路工手の唄が聞えた』で大宅壮一ノンフィクション賞受賞。1990年『日本鉄道物語』で交通図書賞受賞。
北村 茂男(きたむら しげお、1945年(昭和20年)11月… 北村 茂男(きたむら しげお、1945年(昭和20年)11月8日 ‐ )は、日本の政治家。 環境副大臣(第2次安倍改造内閣・第3次安倍内閣)、総務大臣政務官兼内閣府大臣政務官(第2次安倍内閣)、衆議院議員(4期)、衆議院農林水産委員長、第73代石川県議会議長、石川県議会議員(7期)を歴任した。藍綬褒章受章(地方自治功労)。 石川県輪島市出身。石川県立輪島高等学校を経て明治大学経営学部卒業[要出典]。 旧石川2区選出の衆議院議員稲村左近四郎の秘書を経て、29歳の時に石川県議会議員選挙に自由民主党から出馬し初当選。自民党石川県支部連合会会長や幹事長、政調会長、総務会長を歴任した。また県議会運営委員長、石川県議会最大会派「拓政会」の会長を務めた[要出典]。
嶋田 功(しまだ いさお、1945年11月8日 - 2020… 嶋田 功(しまだ いさお、1945年11月8日 - 2020年10月19日)は、北海道三石郡三石町(現・日高郡新ひだか町)出身の元騎手・元調教師。騎手時代はオークス通算5勝など牝馬限定競走で顕著な実績を残し、「牝馬の嶋田」「オークス男」等と称された。元騎手・元調教師の嶋田潤は実弟、元騎手の嶋田高宏は甥。 騎手の嶋田純次との血縁関係はない。 嶋田家は福井県からの入植で、父・福栄が入植三代目であった。嶋田は男3人女7人の10人兄弟で、上から5番目の三男として産まれる。 実家は後にプレクラスニー・タイセイアトムを輩出した「嶋田牧場」で、3歳から馬に跨がっており、揺りかご代わりにした馬の背で寝ていて泥田に落ちたこともあった。
木口 宣昭(きぐち のりあき、1944年11月8日 - 20… 木口 宣昭(きぐち のりあき、1944年11月8日 - 2021年9月12日)は、日本の元レスリング選手で、レスリング・総合格闘技の指導者。 満洲生まれ。法政大学2年次、1962年に全日本学生選手権グレコローマンスタイル57kg級優勝。1969年には、レスリング世界選手権62kg級5位、全米選手権62kg級優勝及びフリースタイル62kg級3位の成績を残した。 現役を引退した1970年より「木口道場」を開きレスリング、総合格闘技を指導し普及に努めた。また1990年にはレスリングをベースにサブミッションを加えたコンバットレスリングを創始し大会を運営。 ほか多数の要職に就くなど、日本のレスリング・総合格闘技界に多大な貢献をした。
久保田 秀次郎(くぼた しゅうじろう、1944年11月8日 … 久保田 秀次郎(くぼた しゅうじろう、1944年11月8日 - )は、日本中央競馬会(JRA)の元騎手。 東京都府中市出身。1960年に長期騎手課程の講習生となり、修了後に尾形藤吉厩舎の騎手見習となって、1963年に騎手デビューを果たした。講習生の同期には、大崎昭一、笹倉武久、安田伊佐夫、久保敏文、鹿戸明らが居る。 久保田のお手馬で有名なのは、カブトシローである。1966年3月の中山競馬場でのオープン戦(芝1800m)が初騎乗で1着になると、翌年秋まで主戦騎手として騎乗し、1966年の天皇賞・春では、尾形厩舎のハクズイコウの3着に入り、有馬記念でも同じく尾形厩舎のコレヒデの2着となった。さらに翌年には、天皇賞・春でスピードシンボリの2着になると、中山競馬場で代替開催された秋の天皇賞で遂に1着となった。
佐藤 嘉尚(さとう よしなお、1943年11月8日 - 20… 佐藤 嘉尚(さとう よしなお、1943年11月8日 - 2011年11月19日)は、秋田県出身の作家、編集者。筆名に里井鵠治(サトイ コウジ)がある。 秋田県山本郡二ツ井町(現在の能代市二ツ井町)に生まれる(なお、日外アソシエーツ現代人物情報は「秋田県山本郡響村に出生」としている)。秋田県立秋田高等学校を経て、浪人時代に山下力と知り合う。 1966年に慶應義塾大学文学部国文科を中退して東京新宿の小出版社である大光社に入社。最初に企画した丸山明宏(後の美輪明宏)著『紫の履歴書』がベストセラーになったため、1969年、入社3年目で編集長に昇進。金子光晴の『人非人伝』、吉行淳之介『生と性』『なんのせいか』、大岡昇平の『戦争』、泉靖一や西江雅之などの共著『構造主義の世界』、大島渚の『青春』や、中原弓彦の『笑殺の美学』などを刊行。
芦沢 孝子(あしざわ たかこ〔本名同じ〕、1943年11月8… 芦沢 孝子(あしざわ たかこ〔本名同じ〕、1943年11月8日 - )は、愛知県名古屋市出身の日本の女優。身長158 cm。体重60 kg。血液型はA型。 名古屋市立西陵商業高等学校を卒業。NHK名古屋放送劇団研究所に入団したことがきっかけでデビュー。劇団雲、舞プロモーション、プロダクション・エムスリーを経て希楽星所属。 特技は名古屋弁。趣味は一人旅、ドライブ。
中野 実(なかの みのる、1943年11月8日 - 2001… 中野 実(なかの みのる、1943年11月8日 - 2001年7月4日)は、日本の政治学者。専門は、政治過程論、日本政治論。 2001年、三重県上野市で生まれた。早稲田大学政治経済学部で学び、卒業。早稲田大学大学院政治学研究科に進み、博士課程を終了。 修了後は、東京大学法学部助手に採用された。1987年、学位論文『現代国家と集団の理論:政治的プルラリズムの諸相』を早稲田大学に提出して政治学博士号を取得。その後、茨城大学人文学部教授に就いた。明治学院大学法学部教授に転じ、2001年在職中に死去。
首藤 奉文(しゅとう ほうぶん、1943年(昭和18年)11… 首藤 奉文(しゅとう ほうぶん、1943年(昭和18年)11月8日 - )は、日本の政治家、元教諭。元大分県由布市長(3期)。 大分県庄内町(現・由布市)出身。大分県立大分上野丘高等学校卒業。1966年(昭和41年)3月、大分大学学芸学部卒業。同年4月、国語教諭として中学校に赴任する。 1999年(平成11年)2月、庄内町長に就任。2003年(平成15年)、2期目の当選。 2005年(平成17年)10月1日、大分郡挾間町・庄内町・湯布院町が新設合併して由布市が発足。これに伴って10月30日に行われた由布市長選挙に出馬。挾間町長の佐藤成己、湯布院町長の佐藤哲紹ら3人の候補者を破り初当選を果たした(首藤:8,538票、佐藤成己:8,424票、佐藤哲紹:7,161票、佐藤俊彦:796票)。
柳沢 由実子(やなぎさわ ゆみこ、1943年11月8日 - … 柳沢 由実子(やなぎさわ ゆみこ、1943年11月8日 - )は、日本の翻訳家・評論家。主に英語・スウェーデン語の日本語訳を手がける。別名義にヤンソン由実子(Jansson Yumiko、ヤンソンゆみこ)、ヤンソン柳沢由実子がある。 岩手県一関市生まれ。貧しい家の出身ながらも音楽家の父と裕福な家の出身の母の間に生まれた2人姉妹のうちの次女として育つ。物心ついた頃から家や性別に伴う因習や固定的な価値観への抵抗があった。上智大学文学部英文学科卒業。卒業したのち1年半ほど丸の内の韓国銀行東京支店で勤務。1967年、24歳の時、当時日本語を学ぶために文部省の交換留学生として来日していたスウェーデン人のペール・スタファン・ヤンソン(典: Per Staffan Jansson)と国際結婚をして、翌1968年に初めてスウェーデンを訪れる。
加藤 久雄(かとう ひさお、1942年(昭和17年)11月8… 加藤 久雄(かとう ひさお、1942年(昭和17年)11月8日 - )は、日本の政治家、実業家。元長野県長野市長(2期)。現在は日本会議NAGANO会長を務める。 長野県長野市出身。1961年、長野県長野高等学校卒業。1965年、早稲田大学第一政治経済学部卒業。内田産業株式会社を経て、1967年に株式会社本久入社。1985年に同社社長、2009年に本久ホールディングス社長に就任。インフラ整備、外食事業、ホテル国際21等のレジャー事業を手掛ける。 2007年から長野商工会議所会頭・長野県商工会議所連合会会長を務め、2009年には、しなの鉄道取締役会長にも就任した。 2013年10月27日に行われた長野市長選挙に立候補。
内田 富夫(うちだ とみお、1942年(昭和17年)11月8… 内田 富夫(うちだ とみお、1942年(昭和17年)11月8日 - )は、日本の外交官、シリアおよびスウェーデン駐箚特命全権大使等を務めた。 1942年(昭和17年)11月8日、福岡県福岡市に生まれる。第二次世界大戦・太平洋戦争中は、佐賀県に疎開する。灘高等学校を経て、1965年(昭和40年)東京大学法学部を卒業し、外務省に入省する。フランス、ベトナム、中国、韓国の各大使館、在外公館に勤務。1989年(平成元年)6月、外務省大臣官房外務参事官兼中近東アフリカ局。1991年(平成2年)[要検証 – ノート]12月、外務省大臣官房審議官兼中近東アフリカ局。1992年(平成3年)[要検証 – ノート]2月、欧州共同体(EC)日本政府代表部公使。
原田 稔(はらだ みのる、1941年〈昭和16年〉11月8日… 原田 稔(はらだ みのる、1941年〈昭和16年〉11月8日 - )は、日本の宗教家。宗教法人・創価学会会長(第6代)。 1941年(昭和16年)11月8日に東京府東京市(現在の東京都文京区)で生まれた。 東京都立小石川高等学校(現在の東京都立小石川中等教育学校)を経て、東京大学経済学部卒業。 1953年(昭和28年)に創価学会に入会し、池田大作(後の第3代会長、名誉会長)に師事する。創価学会学生部長、青年部長、副会長、北海道担当、総東京長、総東京総合長、総東京総主事などを歴任する。 2001年(平成13年)に創価学会副理事長に就任。第一庶務(創価学会名誉会長の秘書部局)部長、第一庶務室長を務めた後、事務総長として事務関係を統括する。
川村 二郎(かわむら じろう、1941年11月8日 - 20… 川村 二郎(かわむら じろう、1941年11月8日 - 2020年9月29日)は、元朝日新聞記者の文筆家。 東京生まれ。鎌倉学園高等学校卒業。慶應義塾大学経済学部卒業。『週刊朝日』編集長、朝日新聞編集委員などをへて文筆家。在職中よりエッセイストとして活動。2008年初の本格的な著書として白洲正子の伝記を上梓した。2009年度より文教大学で講師を務めていた。 2020年9月29日、肺がんのため死去。78歳没。
福永 哲夫(ふくなが てつお、1941年11月8日 - )は… 福永 哲夫(ふくなが てつお、1941年11月8日 - )は、徳島県出身の体育研究者。教育学博士(東京大学)。専門分野は運動生理学、バイオメカニクス、トレーニング科学。 東京大学名誉教授、早稲田大学名誉教授、鹿屋体育大学名誉教授、順天堂大学客員教授、日本ゴルフ学会会長、日本スポーツパフォーマンス学会会長、一般社団法人日本体育・スポーツ・健康学会名誉会員、一般社団法人日本体力医学会名誉会員。 1941年11月8日徳島県徳島市生まれ。学生時代はラグビー部に所属。1964年の第19回国民体育大会(新潟大会)ラグビー競技には徳島県代表として出場。 東京オリンピックが開催された同年に徳島大学学芸部保健体育科を卒業後、徳島県立小松島西高等学校の教諭に就任。
片山 又一郎(かたやま またいちろう、1941年(昭和16年… 片山 又一郎(かたやま またいちろう、1941年(昭和16年)11月8日 - 2006年(平成18年)12月18日)は、日本の経営学者。 東京生まれ。1964年早稲田大学商学部卒、同大学院商学研究科博士課程満期退学。高千穂商科大学助教授、高千穂大学商学部教授。
井上 竜夫(いのうえ たつお、1941年〈昭和16年〉11月… 井上 竜夫(いのうえ たつお、1941年〈昭和16年〉11月8日 - 2016年〈平成28年〉10月5日)は、日本のお笑いタレント、喜劇俳優。本名:井上 龍男(いのうえ たつお)。兵庫県尼崎市出身。 吉本新喜劇の座員として吉本興業に所属していた。 尼崎市立尼崎産業高等学校卒業。 キングレコード所属で現役歌手の井上実香は実娘で、代表曲に「大阪恋みれん」「逃げる月」などがある。 尼崎市にスナック「SNACKたっちゃん」を経営。趣味はカメラ収集。実父は奈良県の薬師寺の僧侶であった。 老人に実際ありがちなボケ
鷲澤 正一(わしざわ しょういち、1940年(昭和15年)1… 鷲澤 正一(わしざわ しょういち、1940年(昭和15年)11月8日 - 2022年(令和4年)3月5日)は、日本の政治家、実業家。位階は正五位。元長野県長野市長(3期)。 長野県長野市生まれ。長野県長野高等学校、早稲田大学第一商学部卒業。大学在学中から生家が経営する炭平鷲澤(現炭平製作所)に入社し、1963年から代表取締役社長を務める。大学を卒業後、1965年長野陸送、1966年炭平運輸、1968年三国コンクリートの各代表取締役に就任。会社経営の傍ら、長野市及び長野県のPTA連合会会長、長野市教育委員会委員、長野商工会議所副会頭、東北信生コン事業協同組合理事長、長野市青年会議所理事長、長野県経営者協会常任理事などを歴任した。
森岡 久元(もりおか ひさもと、本名同じ(旧姓 井上)、19… 森岡 久元(もりおか ひさもと、本名同じ(旧姓 井上)、1940年11月8日 - )は、日本の作家。『姫路文学』『別冊関学文芸』『酩酊船』各同人。 大阪市生まれ。1944年に広島県尾道市へ転住。尾道市立土堂小学校、尾道市立長江中学校、広島県立尾道商業高等学校を経て、関西学院大学文学部英文学科卒業。高校2年の時、文芸部誌『ゲミュート』掲載の小説「風と話す人」が旺文社発行『高校時代』主催の第三回高校文芸誌コンクール小説の部で二席に入選(選者木村毅)。大学時代に同人誌『姫路文学』に参加。卒業後は文学活動から離れて、会社を創業して事業活動をする。1995年、休刊していた『姫路文学』の復刊を機に創作活動を再開。
岡野 幸義(おかの ゆきよし、1940年11月8日 - )は… 岡野 幸義(おかの ゆきよし、1940年11月8日 - )は日本の実業家。ダイキン工業代表取締役社長や、大阪実業教育協会会長、太平洋人材交流センター理事長などを務めた。 満州国大連市生まれ。大阪府大阪市出身。1964年大阪市立大学法学部卒業、ダイキン工業入社。管理部長を経て、1994年取締役に昇格。常務取締役、専務取締役を経て、2002年財務担当代表取締役副社長。2004年から代表取締役社長兼COOを務め、中国での住宅用暖房給湯事業などを進めた。2011年相談役。2015年太平洋人材交流センター理事長。大阪実業教育協会会長なども務めた。
半明 正之(はんみょう まさゆき、1940年(昭和15年)1… 半明 正之(はんみょう まさゆき、1940年(昭和15年)11月8日 - 2016年(平成28年)8月29日)は、JFEスチール元会長。香川県善通寺市出身。川崎製鉄との経営統合を決めた下垣内洋一の後を受け、NKKの最後の社長として統合実現にあたる。 技術畑出身でNKK社長となった珍しいケース。経営統合相手の川崎製鉄には技術出身者が社長となる慣例があり、下垣内洋一前社長がそれを意識したようだ。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
亀井 久興(かめい ひさおき、1939年〈昭和14年〉11月… 亀井 久興(かめい ひさおき、1939年〈昭和14年〉11月8日 - )は、日本の政治家。参議院議員(2期)、衆議院議員(通算5期)、国土庁長官(第30代)、国民新党幹事長(初代)、総務省顧問などを歴任した。島根県日華親善協会会長。 自由民主党時代には、閣内人事では国土庁長官、党内人事では自由民主党の国会対策委員会副委員長、総務会副会長、政務調査会の副会長、会長代理を歴任し、自民党の党三役に近い立場にいた。 2005年7月5日の郵政国会では衆議院本会議で郵政民営化法案に反対票を投じ、同年8月、綿貫民輔らと国民新党の結党に参加した。結党時より国民新党幹事長を務める。 2007年7月の第21回参議院議員通常選挙の島根県選挙区には長女の亀井亜紀子が国民新党公認・民主党推薦で出馬し、初当選。
船場 太郎(せんば たろう、1939年〈昭和14年〉11月8… 船場 太郎(せんば たろう、1939年〈昭和14年〉11月8日 - 2020年〈令和2年〉11月27日)は、日本のコメディアン、政治家。位階は正五位。 元吉本新喜劇座長。大阪市会議員(6期)、大阪市会議長を務めた。本名は松原 昌平(まつばら しょうへい)。大阪府大阪市旭区出身。 大阪府立旭高等学校を卒業後、和田弘とマヒナスターズのバンドボーイとなる。初舞台は1959年2月11日に日劇で行われた「第2回 日劇コーラスパレード」というショウのイベントであった。そのイベントはザ・ピーナッツの初舞台でもあった。 のちに喜劇に転じ「マヒナ太郎」を名乗る。その後劇団・笑いの王国に在籍、花登プロダクションを経て、1965年吉本新喜劇に入団。
小阪 憲司(こさか けんじ、1939年11月8日 - 202… 小阪 憲司(こさか けんじ、1939年11月8日 - 2023年3月16日)は、日本の精神科医、医学者。横浜市立大学名誉教授。学位は、医学博士(順天堂大学・1982年)。レビー小体型認知症(英: Dementia with Lewy Bodies; DLB)の発見者として知られる。三重県伊勢市出身。 1976年にレビー小体型認知症の症例を世界で初めて報告し、1978年にさらに3例を発表した。その後もレビー小体型認知症の診断、治療の発展に貢献した。その功績が評価され、2013年度朝日賞を受賞した。
川口 徳一(かわぐち とくいち、1939年(昭和14年)11… 川口 徳一(かわぐち とくいち、1939年(昭和14年)11月8日 - )は、日本の政治家。元新潟県両津市(現・佐渡市)長(3期)。 新潟県佐渡郡両津町(のち両津市、現・佐渡市)出身。1958年、新潟県立両津高等学校卒。地元の漁業協同組合に入り、参事を務める。1995年の両津市長選挙に立候補し初当選する。1999年、2003年と続けて当選した。2004年に両津市は合併で佐渡市となり、合併後の佐渡市長選挙に立候補したが、元真野町長の高野宏一郎に敗れた。4年後の佐渡市長選挙に再び立候補したが落選した。
清水 一嘉(しみず かずよし、1938年11月8日 - )は… 清水 一嘉(しみず かずよし、1938年11月8日 - )は、日本のイギリス文学者。愛知大学名誉教授。 兵庫県神戸市生まれ。岡山県立岡山朝日高等学校卒、1962年東北大学文学部英文科卒、1964年同大学院修士課程修了。同年愛知大学教養部講師、1969年助教授、1980年教授、1998年文学部教授。2009年定年退任、名誉教授。専攻は英文学、英国文化史。 2018年秋の叙勲で瑞宝中綬章を受章。
中野 淳一(なかの じゅんいち、1938年11月8日 - 2… 中野 淳一(なかの じゅんいち、1938年11月8日 - 2007年8月23日)は、日本の実業家。初代野村不動産ホールディングス代表取締役社長や、同社代表取締役会長、不動産協会副理事長などを務めた。 北海道生まれ。1962年小樽商科大学商学部卒業、野村證券入社。職員部長や、名古屋駅前支店長を経て、1984年取締役に昇格。1987年常務取締役。1988年専務取締役。1991年顧問。1992年野村不動産専務取締役。1993年同社取締役副社長。 1995年から野村不動産代表取締役社長を務め、2004年には野村不動産ホールディングスを設立し同社代表取締役社長に就任。同年同社代表取締役会長に就任。不動産協会副理事長なども歴任した。
早川 征一郎(はやかわ せいいちろう、1938年(昭和13年… 早川 征一郎(はやかわ せいいちろう、1938年(昭和13年)11月8日 - )は、日本の経済学者。法政大学名誉教授・大原社会問題研究所名誉研究員。 新潟県に生まれる。1966年に法政大学経済学部を卒業し、1968年に東京大学大学院経済学研究科修士課程を修了する。1968年に東京大学社会科学研究所研究助手、1972年に法政大学大原社会問題研究所専任研究員に就任する。1997年から2003年まで大原社会問題研究所長を務め、2009年に退職する。1997年、『国家公務員の昇進システムとその実態』で博士(経済学)(法政大学)を取得し、2012年に『イギリスの炭鉱争議(1984~85年)』で森嘉兵衛賞を受賞する。
樺 美智子(かんば みちこ、1937年〈昭和12年〉11月8… 樺 美智子(かんば みちこ、1937年〈昭和12年〉11月8日 - 1960年〈昭和35年〉6月15日)は、日本の学生運動家。安保闘争で死亡した東京大学の女子学生である。 曽祖父は鳥取県出身の数学者樺正董、父は社会学者の樺俊雄。 1937年(昭和12年)に東京都北多摩郡武蔵野町(現:武蔵野市)の学者の家系に生まれた。2人の兄がいる。中学から父の神戸大学赴任に伴い兵庫県芦屋市に移る。 芦屋市立山手中学校、兵庫県立神戸高等学校を卒業後、一浪して東京の研数学館(お茶の水校)へ通ったが、授業に満足できず、6月に紅露外語予備校に移ったが、午前中だけの授業に飽き足らず、2学期から駿台予備学校に移る。1957年(昭和32年)に東京大学文科二類(現在の文科三類)に入学。
角永 武夫(かくなが たけお、1937年11月8日 - 19… 角永 武夫(かくなが たけお、1937年11月8日 - 1988年9月21日)は、日本の分子生物学者。薬学博士。朝鮮・京城(現・ソウル特別市)生まれ。 金沢大学薬学部卒、大阪大学大学院薬学研究科博士課程修了。1970年高松宮妃癌研究基金学術賞受賞。1987年「癌細胞の表現形質発現の分子機構に関する研究」の業績により大阪科学賞受賞。1988年4月第13代大阪大学微生物病研究所所長に就任。この頃、自身が癌に冒されていることがわかり「あと数カ月の命」と診断される。癌細胞の研究が専門であった。亡くなる3日前まで発癌遺伝子の研究論文を書き続けた。1988年9月、死去。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。
林 謙作(はやし けんさく、1937年11月8日 - 201… 林 謙作(はやし けんさく、1937年11月8日 - 2010年3月15日)は日本の考古学者。元北海道大学教授。
政弘(まさひろ、1936年(昭和11年)11月8日 - 19… 政弘(まさひろ、1936年(昭和11年)11月8日 - 1999年(平成11年)12月29日)は、大相撲の三役呼出。本名は佐藤 正博。徳島県美馬郡脇町(現・美馬市)出身。二所ノ関部屋所属。 政博→正博→政弘→正弘→政弘
宇宿 允人(うすき まさと、1934年11月8日 - 201… 宇宿 允人(うすき まさと、1934年11月8日 - 2011年3月5日)は、京都府出身の指揮者、トロンボーン奏者。旧名は山口 治だが、のちに婚家の姓を名乗り、宇宿 治となり、のち宇宿 允人と改名した。 京都市西陣で表具師の家庭に生まれ育つ。京都市立西陣小学校から京都市立上京中学校を経て同志社高等学校に入学するが経済的理由で中退し、京都市立堀川高等学校普通科に転校。同音楽科への転科を経て、1957年に東京芸術大学器楽科卒業後、ABC管弦楽団に入団。翌1958年、トロンボーンの師である嶋昇の誘いでNHK交響楽団に移籍。1960年から1968年までN響の首席トロンボーン奏者として活動。傍ら、フルトヴェングラーの指揮する音楽と彼の人柄に感銘を受けて指揮者を志し、管弦楽法と指揮法を近衛秀麿に師事し、指揮者として東京佼成ウインドオーケストラを指導した。
大久保 健治(おおくぼ けんじ、1934年11月8日 - 2… 大久保 健治(おおくぼ けんじ、1934年11月8日 - 2014年1月17日)は、日本のドイツ文学者、評論家、翻訳家。東京都立大学 (1949-2011)名誉教授。 1957年東京大学独文科卒、1960年同大学院修士課程修了、1964年ゲーテ賞を受賞し西ドイツに留学、1968年ドイツ語学文学振興会奨励賞受賞、東京都立大学助教授、教授を務め、定年後、大妻女子大学比較文化学部教授として勤めた。 アドルノ、ルカーチ、ジンメルなどドイツの批評家を翻訳するほか、『源氏物語』に関する批評的著作もある。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
神田 昌男(かんだ まさお、1933年11月8日 - )は、… 神田 昌男(かんだ まさお、1933年11月8日 - )は、栃木県宇都宮市出身の元プロ野球選手。 宇都宮工業高校では吉成武雄とバッテリーを組んで1950年夏と1951年春に甲子園出場。 1952年に大洋ホエールズへ吉成と共に入団。1958年に引退。 引退後は日立製作所で監督を務めた。
若尾 文子(わかお あやこ、本名:黒川 文子、1933年11… 若尾 文子(わかお あやこ、本名:黒川 文子、1933年11月8日 - )は、日本の女優。亡夫は建築家の黒川紀章。
那波多目 功一(なばため こういち、1933年〈昭和8年〉1… 那波多目 功一(なばため こういち、1933年〈昭和8年〉11月8日 - 2026年〈令和8年〉7月1日)は、茨城県出身の日本画家。 日本芸術院会員、日本美術院代表理事・同人・評議員。父は日本画家那波多目煌星。歌人花香煌星は弟。松尾敏男に師事。写生に基づく繊細で優雅な画風が特徴で、四季の花をモチーフにした作品が多い。現存作家の中でも花の名手として知られ、その中でも赤い薔薇が代表的。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
津金沢 聡広(津金澤 聰廣、つがねさわ としひろ、1932年… 津金沢 聡広(津金澤 聰廣、つがねさわ としひろ、1932年11月8日 - )は、日本の社会学者、メディア研究者、関西学院大学名誉教授、関西学院大学博士(社会学)。
津金沢 聡広(津金澤 聰廣、つがねさわ としひろ、1932年… 津金沢 聡広(津金澤 聰廣、つがねさわ としひろ、1932年11月8日 - 2022年2月19日)は、日本の社会学者、メディア研究者、関西学院大学名誉教授。学位は、博士(社会学)(関西学院大学・2000年)。 群馬県生まれ。1957年京都大学教育学部卒業、1959年同大学院教育学研究科修士課程中退。関西学院大学教授を務め、2000年「現代日本メディア史の研究」で関西学院大学より博士(社会学)の学位を取得。定年後名誉教授、桃山学院大学特任教授、2008年退任。 戦中期から戦後に至るメディア史、宝塚歌劇の宣伝戦略などを研究、『村嶋歸之著作選集』も編纂した。 1976年には、桑原武夫、鶴見俊輔、多田道太郎、井上俊らと現代風俗研究会を創設(桑原が初代会長)。