二宮 さよ子(にのみや さよこ、本名同じ、1948年6月23… 二宮 さよ子(にのみや さよこ、本名同じ、1948年6月23日 - )は、日本の女優、舞踊家。身長162cm、体重55kg。静岡県熱海市生まれ。 静岡県立三島北高等学校卒業。 趣味は三味線。実家はとんかつ屋。 1967年に高校を卒業すると、同年に文学座付属演劇研究所へ入所。杉村春子の部屋子として、身の回りの世話をしながら女優としての心得を叩き込まれる。 1973年から座員に昇格し、1990年、退団。 1973年に萩原健一主演の『化石の森』でスクリーンデビューしており、『吉原炎上』共々ヌードによる大胆な演技で話題となった。 はっきりした美貌と口跡で、気丈な女性役を得意とし、アメリカのテレビ映画の主人公ワンダーウーマン役のアテレコなどもこなした。
阪口 善雄(さかぐち よしお、1948年(昭和23年)6月2… 阪口 善雄(さかぐち よしお、1948年(昭和23年)6月23日 - )は、日本の政治家。大阪府吹田市長(3期)、大阪府議会議員(3期)を務めた。 大阪府生まれ。大阪府立茨木高等学校、大阪市立大学文学部卒業。1982年から吹田市職員。 1987年、父親の跡を継ぎ、大阪府議会議員選挙に日本社会党公認で出馬し、初当選を果たした。以後3期連続当選。1999年、自民・民主・社民3党の推薦で吹田市長選挙に出馬し、当選。約30年続いた革新市政に終止符を打った(ただし阪口も元々は社会党の出身である)。 2011年4月、統一地方選挙に際して実施された吹田市長選に4選をめざして出馬したが、大阪維新の会が擁立した新人の井上哲也に敗れ、落選した。
大場 隆広(おおば たかひろ、1948年6月23日 - 20… 大場 隆広(おおば たかひろ、1948年6月23日 - 2016年7月16日)は、福岡県田川郡香春町出身のプロ野球選手(投手)・コーチ。息子は元巨人の大場豊千。 別府鶴見丘高校では3年次の1966年、エースとして夏の甲子園予選中九州大会準決勝に進出したが、熊本一工の田尻茂敏と投げ合い敗退。甲子園出場はならなかったが、予選では1試合平均11の三振を奪う。荒削りながら速球に魅力があり、ドロップを武器とした。1966年第1次ドラフト会議で中日ドラゴンズから1位指名を受け、1967年に入団。1年目にはジュニアオールスターに選出されるなど貴重な本格派左腕として期待されたが、一軍では結果を出せず、1970年オフに自由契約となり、近鉄バファローズへ移籍。
横山 忠始(よこやま ただし、1948年〈昭和23年〉6月2… 横山 忠始(よこやま ただし、1948年〈昭和23年〉6月23日 - 2017年〈平成29年〉11月3日)は、日本の政治家。香川県議会議員(1期)、旧詫間町長(4期)、三豊市長(3期)を歴任。第22代大阪市長の横山英幸は長男。 香川県詫間町(現・三豊市)に生まれる。 1972年、関西学院大学法学部卒業。卒業後、大平正芳の秘書となる。 1983年から1987年に、香川県議会議員。 1993年、詫間町長に就任。以後、4期務める。 2006年1月、三豊郡7町が合併したことにより三豊市が誕生し、同年2月12日の市長選で、初代市長に当選した。以後、3期務めた。 2017年9月の定例市議会で、2018年1月に予定される同市長選に立候補しない意向を表明。
池田 英男(いけだ ひでお、1948年6月23日 - )は日… 池田 英男(いけだ ひでお、1948年6月23日 - )は日本の農学者。農学博士・技術士・名誉教授。長年にわたり農業に関する研究・教育をおこなっている。研究分野は園芸学、植物栄養学、生物環境調節学、施設栽培学、養液栽培技術など多岐に渡る。 1967年、茨城県立水戸第一高等学校卒業。1971年、東京教育大学農学部農学科(現筑波大学)卒業。1973年、大阪府立大学大学院農学研究科園芸農学専攻修了課程修了(蔬菜の亜硝酸害に関する研究)。1973年、大阪府立大学農学部助手、1988年、筑波大学農林学系助教授、1992年、大阪府立大学農学部教授。この間に農林水産省流動研究員(農業技術研究所、農業工学研究所など)、三重大学大学院・鳥取大学大学院などで講師兼任、福井県農業試験場客員研究員兼任。
木下 寛之(きのした ひろゆき、1947年6月23日 - )… 木下 寛之(きのした ひろゆき、1947年6月23日 - )は、日本の農水官僚。元農林水産審議官。 1971年、京都大学農学部農業経済学科卒業、農林省に入省する。1989年に水産庁沿岸課長。各課の課長を経て1995年大臣官房予算課長。その後、農産園芸局長、農村振興局長、水産庁長官を経て2003年農林水産審議官となり2006年辞職。
鈴木 尚之(すずき なおゆき、1947年6月23日 - 20… 鈴木 尚之(すずき なおゆき、1947年6月23日 - 2011年5月4日)は、日本の労働運動家、市民運動家。新しい歴史教科書をつくる会事務局長。鉄道労働組合(鉄労)書記長。 福島県白河市生まれ。1966年4月、新国労に就職。1968年3月、民社党入党。1970年3月、中央大学第二法学部卒業。1982年9月、鉄労経営対策部長、1984年9月、情宣部長、1985年8月、企画部長、1986年7月、副書記長、1987年2月、書記長に就任。同年9月、鉄労友愛会議副議長。 労働運動を離れてからは、1991年6月、大内啓伍衆議院議員秘書、1994年6月、民社党福島県連副委員長。同年12月、民社党の解党、新進党への合流に伴い福島民社協会代表理事になった。
鳥羽 至英(とば よしひで、1946年6月23日 - )は、… 鳥羽 至英(とば よしひで、1946年6月23日 - )は、日本の会計学者。早稲田大学名誉教授。国際教養大学客員教授。 東京都練馬区生まれ。1965年早稲田高等学校卒業。1969年早稲田大学政治経済学部卒業。1976年早稲田大学大学院商学研究科博士課程修了、「監査証拠論の研究」で商学博士の学位を取得。1976年東京都立商科短期大学専任講師、1978年専修大学商学部専任講師、1979年助教授、1984年教授、2005年早稲田大学商学部教授となる。2017年定年となり、名誉教授。
吉田 孝司(よしだ たかし、1946年6月23日 - )は、… 吉田 孝司(よしだ たかし、1946年6月23日 - )は、兵庫県出身の元プロ野球選手。ポジションは捕手。
青木 建(あおき けん、1946年(昭和21年)6月23日 … 青木 建(あおき けん、1946年(昭和21年)6月23日 - )は、日本の銀行家。みずほインベスターズ証券顧問。 この項目は、経済に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル 経済学、プロジェクト 経済)。 この項目は、実業家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:経済学、PJ:経済)。
栗山 正隆(くりやま まさたか、1945年(昭和20年)6月… 栗山 正隆(くりやま まさたか、1945年(昭和20年)6月23日 - )は、日本の政治家。元京都府亀岡市長(3期)。 京都府亀岡市出身。篠村立安詳小学校(現:亀岡市立安詳小学校)、洛星中学校・高等学校卒業。1968年(昭和43年)3月、京都大学農学部卒業。同年4月、京都府職員に採用された。 2003年(平成15年)10月6日、亀岡市長の田中英夫が次期衆院選に出馬するために辞職。これに伴って11月9日に行われた亀岡市長選挙に出馬し初当選。2007年(平成19年)、2期目の当選。2011年(平成23年)、3期目の当選。 2015年(平成27年)6月25日、次期市長選に立候補しないことがメディアで報道された。
小林 哲也(こばやし てつや、1945年6月23日 - )は… 小林 哲也(こばやし てつや、1945年6月23日 - )は、日本の経営者。帝国ホテル社長、会長を務めた。 新潟県出身。1969年に慶應義塾大学法学部を卒業し、同年3月に帝国ホテルに入社した。1998年6月に取締役に就任し、2000年6月に常務、2003年6月に副社長を経て、2004年6月に社長に就任。2013年4月から2020年4月までに会長を務めた。 2019年11月、旭日中綬章を受章。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
嶋村 紘輝(しまむら ひろき、1944年6月23日 - )は… 嶋村 紘輝(しまむら ひろき、1944年6月23日 - )は、日本の経済学者、早稲田大学名誉教授。 埼玉県深谷市生まれ。埼玉県立熊谷高等学校卒、1967年早稲田大学商学部卒、1972年同大学院博士課程満期退学。1997年「マクロ経済学研究 景気循環とマクロ経済政策の理論的分析」で商学博士の学位を取得。早大商学部助教授、教授、2015年定年、名誉教授。
清水 正孝(しみず まさたか、1944年6月23日 - )は… 清水 正孝(しみず まさたか、1944年6月23日 - )は、日本の実業家であり、東京電力社長(2008年6月 - 2011年6月)、同社顧問(2011年6月 - )。福島第一原子力発電所事故の当時の取締役社長である。2012年からは富士石油取締役を務めている。東京電力会長の勝俣恒久は義理の父親にあたる。 神奈川県横浜市出身。父は東京電力社員。『とうでん』2006年5月号からスタートした「役員の横顔」で初回に登場した際には「生粋の浜っ子」と自己紹介している[要出典]。少年時代までの横浜は未開発地も多く、友達と野山を駆け回ったと言う。また、富岡(後金沢区)の岸壁の水深が5~6mあり、そこで水泳を覚えた。
渡辺 武達(わたなべ たけさと、1944年6月23日- 20… 渡辺 武達(わたなべ たけさと、1944年6月23日- 2025年4月6日)は、日本の社会学者。専攻は、ジャーナリズムの倫理・国際コミュニケーション論。同志社大学名誉教授。 愛知県中島郡(現在の稲沢市)出身。同志社大学文学部英文学科卒業。同大学院文学研究科修士課程新聞学専攻修了。京都産業大学教授を経て、1990年より同志社大学文学部新聞学科教授、2001年同社会学部メディア学科教授。2015年定年退任、名誉教授。2001年ハーバード大学客員研究員。 2025年4月6日死去。80歳没。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
須永 慶(すなが けい、1943年6月23日 - )は、日本… 須永 慶(すなが けい、1943年6月23日 - )は、日本の俳優。東京都(出生時は東京府)出身。血液型はO型。身長170cm、体重64kg。希楽星所属。 1962年、東京都立三鷹高等学校卒業。1964年、東宝芸能学校卒業。俳優座養成所第16期生を経て、1967年3月から1968年12月まで劇団四季に所属した。1968年から2000年まで、芸能事務所「有限会社エム・スリー」(現:Grue)に所属。2001年に希楽星に移籍した。 特技は柔道と英語。趣味はインターネット。
佐伯 チズ(さえき ちず、1943年〈昭和18年〉6月23日… 佐伯 チズ(さえき ちず、1943年〈昭和18年〉6月23日 - 2020年〈令和2年〉6月5日)は、株式会社チズコーポレーション創業者。美容師、美容・生活アドバイザー。満洲国・新京(現中華人民共和国・長春)生まれ。 外資系化粧品会社の定年退職を経て執筆活動に入り、雑誌、テレビ、各種講演などで美容・生活アドバイザーとして活動。2012年から成安造形大学の客員教授も務めた。 第二次世界大戦中の満洲国で生まれ、終戦前に日本へ帰国、滋賀県の親戚のもとに預けられ、オードリー・ヘプバーンへの羨望から15歳で美容に目覚める。1962年、成安女子高等学校(現在の京都産業大学附属高等学校)卒業後、OLとして働いていたが、20歳のときに牛山美容文化学園(現ハリウッド美容専門学校)に入学し、美容師免許を取得。
志摩 れい子(しま れいこ、1943年〈昭和18年〉6月23… 志摩 れい子(しま れいこ、1943年〈昭和18年〉6月23日-)は、日本の政治家、フリーアナウンサー。鹿児島市議会議員(5期)。元鹿児島県議会議員。元MBC南日本放送アナウンサー。 鹿児島市出身。東京の共立女子短期大学を卒業。 1964年(昭和39年)に帰郷し、有島裕子として同年4月1日付けでMBC南日本放送へアナウンサーとして入社。 鹿児島市の丸屋デパートにおいて1963年(昭和38年)に完成した九州初のサテライトスタジオ「MBCサテライトスタジオ」では、ラジオ公開放送の度スタジオ前に人だかりができる状態であったが、その丸屋デパートにおいて1965年(昭和40年)、2周年記念イベントの公開ラジオ番組「ミュージック☆オンパレード」を行い『ユアヒットパレード』で人気を博していたアナウンサーの横山欣司と共に司会を務め、集まった多くの来場者からリクエスト曲の受け付けを行った。
岩田 英憲(いわた えいけん(ひでのり)、1941年6月23… 岩田 英憲(いわた えいけん(ひでのり)、1941年6月23日 - )は、日本のパンパイプ(パンフルート)奏者。 奈良時代以降初めて日本でパンパイプを演奏したパイオニアであり第一人者である。 パンパイプ・エイケントリオのメンバー。広島文化学園大学名誉教授、宮島観光大使、日本野鳥の会会員。妻は舞踊家の岩田玲子。 1941年、広島県生まれ。国立音楽大学を卒業後、1970年にオーストリア・ウィーンに音楽留学。 ウィーン市立音楽院、ウィーン国立音楽大学卒業、フルートを竹本博、吉田雅夫、カミロ・ヴァナウゼック、ゴッドフリード・ヘヒトゥル、ハンス・レズニチェックに師事。パンパイプはM,ファネルから基本的な奏法を学び、G,ザンフィル、D,ルカには技術だけではなく精神面での教えを受け、後の演奏スタイルに大きく影響を与えた。
吉岡 公義(よしおか きみよし、1941年6月23日 - )… 吉岡 公義(よしおか きみよし、1941年6月23日 - )は、日本の経営者。紀伊國屋書店社長、会長を務めた。 広島県出身。1964年に島根大学教育学部を卒業し、同年に紀伊國屋書店に入社。専務を経て、2002年11月に社長に就任。2006年11月から2008年11月までに副会長を務めた。
朝風 新一郎(あさかぜ しんいちろう、1941年6月23日 … 朝風 新一郎(あさかぜ しんいちろう、1941年6月23日 - 没年不明)は、現在の香川県善通寺市出身で佐渡ヶ嶽部屋に所属した元大相撲力士。本名は石川 旻(いしかわ たかし)。183cm、98kg。最高位は西十両2枚目。得意技は右四つ、吊り。 1958年3月場所初土俵、1967年11月場所十両昇進、1971年7月場所限りで廃業。
荒井 幸昭(あらい ゆきあき、1940年(昭和15年)6月2… 荒井 幸昭(あらい ゆきあき、1940年(昭和15年)6月23日 - 2019年(令和元年)6月14日)は、昭和から平成時代の政治家。山形県南陽市長。旭日小綬章。 中央大学法学部卒業。1976年(昭和51年)4月から17年3か月にわたり南陽市議会議員を務め、1994年(平成6年)4月からは同議長を務めた。1998年(平成10年)7月、南陽市長に当選し2期務めた。 市長在任中は、第4次南陽市総合計画の策定、公立置賜総合病院の開設、えくぼプラザ、赤湯小学校、交流プラザ「蔵楽」の建設、斎場整備などに尽くした。2011年春の叙勲で旭日小綬章を受章。
小林 達彦(こばやし たつひこ、1940年6月23日 - )… 小林 達彦(こばやし たつひこ、1940年6月23日 - )は、日本のアナウンサー。株式会社オフィス・コバヤシ代表取締役社長。神奈川県出身。サッカーネームは「ペレコバ」。 1963年に早稲田大学教育学部を卒業後、RKB毎日放送へ入社。1969年にニッポン放送(LF)へ移籍。野球やサッカーを中心に各種スポーツ中継の実況アナウンサーとして活躍した。 2000年の定年退社後は引き続きLFの契約アナウンサーとして活動し、2004年よりフリーアナウンサーとなる。2007年に株式会社オフィス・コバヤシを設立。 サンケイスポーツに記事を出稿することもある。 この項目は、アナウンサーに関連した書きかけの項目です。
野々村 勅夫(ののむら ただお、1936年〈昭和11年〉6月… 野々村 勅夫(ののむら ただお、1936年〈昭和11年〉6月23日 - )は、日本の経営者。清水銀行頭取を務めた。 静岡県清水市出身。1960年に小樽商科大学を卒業し、同年に清水銀行に入行した。1985年6月に取締役に就任し、1986年6月に常務、1989年6月に専務を経て、1993年6月には頭取に就任。1995年2月には取締役相談役に就任。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
岸部 陞(きしべ すすむ、1936年(昭和11年)6月23日… 岸部 陞(きしべ すすむ、1936年(昭和11年)6月23日 - 2025年5月15日)は、日本の政治家、医師。元秋田県北秋田市長(1期)。 弘前大学大学院医学研究科博士課程修了後、北秋中央病院勤務。院長を務めた。2003年の鷹巣町長選挙に出馬、高福祉・合併反対を掲げる3期目の現職岩川徹を破り、初当選。 2005年3月22日、鷹巣町は、北秋田郡の森吉町・合川町・阿仁町の3町と合併し北秋田市となり廃止された。これに伴い行われた北秋田市長選挙で旧鷹巣町議との一騎討ちを制し、初代市長に当選した。 2012年(平成24年)11月22日、医師退職による無医村問題に揺れる上小阿仁村に赴き、上小阿仁村国保診療所所長に就任、診療を開始した。
洗 建(あらい けん、1935年6月23日 -)は、京城出身… 洗 建(あらい けん、1935年6月23日 -)は、京城出身の日本の宗教学者。駒澤大学名誉教授。専門は宗教と法制度。元文化庁宗務課専門員。 宗教学の立場からの法制度研究を開始し、同分野の第一人者として、国会や各裁判所より参考人として意見を求められている。 1935年、京城生まれ。1954年に東京都立日比谷高等学校卒業後、早稲田大学教育学部国語国文学科に入学。1959年に同卒業後、同大学院文学研究科国文学専攻修士課程に進む。1962年に修了後、東京大学文学部宗教学宗教史学科に学士編入。1964年に同大学院修士課程に進み、脇本平也、柳川啓一に師事、1970年に博士課程を満期退学。 1970年に東京大学助手となり、1974年から文化庁宗務課専門職員に転じ。
筑紫 哲也(ちくし てつや、1935年〈昭和10年〉6月23… 筑紫 哲也(ちくし てつや、1935年〈昭和10年〉6月23日 - 2008年〈平成20年〉11月7日)は、日本のジャーナリスト、ニュースキャスター。長年にわたって新聞・雑誌・テレビ報道の第一線に立ちつづけ、日本のテレビジャーナリズムの確立に多大な貢献をした業績により日本記者クラブ賞を受賞。朝日新聞社政治部記者、ワシントン特派員、テレビ朝日『日曜夕刊!こちらデスク』メインキャスター、朝日ジャーナル編集長などを経て、TBSテレビ『筑紫哲也NEWS23』キャスター編集長を18年あまり務めた。 大分県日田郡小野村(現在:日田市)で筑紫和臣・文子夫妻の長男として生まれた。静岡県立沼津東高等学校、東京都立小山台高等学校を経て、早稲田大学第一政治経済学部経済学科卒業。
浅井 信雄(あさい のぶお、1935年6月23日 - 201… 浅井 信雄(あさい のぶお、1935年6月23日 - 2015年3月6日)は、日本の国際ジャーナリスト。三桂所属。 新潟県長岡市出身。新潟県立長岡高等学校、東京外国語大学インド・パーキスターン語学科卒。 1958年読売新聞社入社。海外特派員としてジャカルタ、ニューデリー、カイロ各特派員を経て、1978年から1981年までワシントン支局長。1981年に読売新聞社を退社。 その後はジョージタウン大学研究員、野村総合研究所在米コンサルタント、1983年に東京大学、東京外国語大学各講師、三菱総合研究所研究員、財団法人中東調査会理事を歴任。 1987年から1998年まで、神戸市外国語大学国際関係学科教授(国際政治学)。
森下 洋一(もりした よういち、1934年〈昭和9年〉6月2… 森下 洋一(もりした よういち、1934年〈昭和9年〉6月23日 ‐ 2016年〈平成28年〉12月18日)は、日本の実業家。位階は従三位。 関西学院大学バレーボール部員であったため、先輩である大松博文に薦められ松下電器産業株式会社(現・パナソニック株式会社)に運動選手枠で入社する。後に同社の社長、会長、相談役、学校法人関西学院の理事長を務めた。 社長在任時の1995年に「これからはブラウン管の時代」と提唱して液晶開発への投資を縮小したことにより、松下が液晶競争に乗り遅れる原因の一つを作る。退任後、2019年にはパナソニックの液晶事業からの撤退が決定された。 現在までに関西経済連合会副会長、JEITA(電子情報技術産業協会)会長、日本電機工業会会長、郵政行政審議会会長など、数々の公共の益に係わる役職を務める。
鈴木 一郎(すずき いちろう、1934年6月23日 - 20… 鈴木 一郎(すずき いちろう、1934年6月23日 - 2013年3月10日)は、日本の政治家、農林官僚。大分県中津市長(4期16年間)。 大分県中津市出身の医師、鈴木圭吉の長男。圭吉は京都帝国大学卒業後、1939年に杵築市で医院開業。一郎は杵築市で育つ。杵築小学校、杵築中学校から東京都立日比谷高等学校に入学。東京大学法学部を卒業後、1957年農林省入省。水産庁参事官、通産省貿易局農水産課長、構造改善局課長、九州農政局次長、東京営林局長、東北農政局長などを歴任。1987年、中津市長に当選。2003年まで4期16年間、財政再建、教育文化施設の整備、中津港の拡充、ダイハツの誘致などに努めた。ダイハツ九州は中津を本社とし、工場は2004年に操業を開始して雇用を生み出している。
大矢 兼臣(おおや かねおみ、1934年6月23日 - )は… 大矢 兼臣(おおや かねおみ、1934年6月23日 - )は、日本の男性俳優、声優。 東京都出身。東京都立八潮高等学校、明治学院大学卒業。劇団15人会、1956年に劇団文化座に入団し、1963年に劇団群像座に移る。1965年1月の時点では同劇団の代表。2012年2月まで東京俳優生活協同組合に所属していた。 声域はハイバリトン。方言は名古屋弁。特技は三味線、新内浄瑠璃、櫓(和船)。趣味は水泳、卓球。
星空 ひかる(ほしぞら ひかる、1933年6月23日-)は、… 星空 ひかる(ほしぞら ひかる、1933年6月23日-)は、宝塚歌劇団花組主演男役スターの人物である。本名:曲谷和子。兵庫県神戸市出身。宝塚歌劇団時代の公称身長は162cm。宝塚歌劇団時代の愛称はおよし。宝塚歌劇団38期生。 1951年、宝塚歌劇団入団。星組公演『春の踊り』で初舞台。宝塚入団時の成績は34人中8位。1952年、花組配属。 1965年8月30日をもって宝塚歌劇団を退団。最終出演公演の演目は花組・東京宝塚劇場公演『笛吹きと豚姫/天使が見ている』である。 2014年、古巣・宝塚歌劇団創立100周年記念で創立された『宝塚歌劇の殿堂』最初の100人のひとりとして殿堂入り。 夫は映画監督の曲谷守平。
萩原 晴二(はぎわら せいじ、1932年6月23日 - 20… 萩原 晴二(はぎわら せいじ、1932年6月23日 - 2000年2月24日)は、日本の経営者。横浜ゴム社長、会長を務めた。東京都出身。 1949年に慶應義塾大学経済学部を卒業し、同年に橫濱護謨製造(のちの横浜ゴム)に入社。1985年に取締役に就任し、1989年に常務を経て、1993年3月に社長に就任。1999年4月に会長に就任。 1998年に藍綬褒章を受章。 2000年2月24日、心不全のために死去。67歳没。
岡松 和夫(おかまつ かずお、1931年6月23日 - 20… 岡松 和夫(おかまつ かずお、1931年6月23日 - 2012年1月21日)は、日本の小説家、国文学者。 福岡県福岡市出身。旧制福岡中学校、旧制福岡高等学校を経て、東京大学文学部仏文学科卒。1954年に東京大学文学部国文科に学士入学。 1955年、「百合の記憶」が「文藝」全国学生小説コンクール佳作第一席として青柳和夫の筆名で『文藝』に掲載される。この時の佳作同期に大江健三郎がいる。1956年に国文科卒業。大学院に入るがほどなく池田亀鑑が死去。翻訳家の平井呈一の姪である瀬山梅子と1957年に結婚。横浜学園高等学校に勤務。 1959年に「壁」で第9回文學界新人賞受賞。1964年に立原正秋が編集長格の同人誌『犀』に参加。
吉村 徳重(よしむら とくしげ、1931年(昭和6年)6月2… 吉村 徳重(よしむら とくしげ、1931年(昭和6年)6月23日 - )は、日本の法学者。専門は、民事手続法・民事訴訟法。九州大学名誉教授。元日本学術会議会員。2010年瑞宝中綬章受章。弁護士。福岡県生まれ。
香内 三郎(こううち さぶろう、1931年6月23日 -20… 香内 三郎(こううち さぶろう、1931年6月23日 -2006年1月20日)は、日本の社会学者。東京経済大学名誉教授。マス・コミュニケーション論、イギリス言論史専攻。 大連生まれ。東京大学文学部社会学科卒。同大学院社会学研究科修士課程修了、東京大学新聞研究所助手、講師、助教授、教授、東京経済大学教授。2002年定年、名誉教授。 2005年「「読者」の誕生 活字文化はどのようにして定着したか」で東京経済大学で博士(コミュニケーション学)号。1982年の『活字文化の誕生』で日本出版学会賞受賞。
細田 勝(ほそだ まさる、1931年〈昭和6年〉6月23日 … 細田 勝(ほそだ まさる、1931年〈昭和6年〉6月23日 - 2021年〈令和3年〉12月31日)は、東京都新宿区出身のアナウンサー、大相撲評論家。 早稲田大学文学部卒業。1954年4月、文化放送にアナウンサーとして入社。以来、スポーツアナウンサーとして、33年に渡って活躍。大相撲に対する造詣が深く、1相撲番組を15年に渡って担当。進行を担当した『大相撲熱戦十番』は「大相撲熱戦十番の狂言回し」と自らを紹介した。 文化放送の定年退職後は大相撲評論家として、著書出版の他、講演会活動を行った。 2021年12月31日、腎不全のため死去。その死去は文化放送の後輩アナウンサーである坂信一郎が雑誌『相撲』(ベースボール・マガジン社)に寄稿したことで明らかにされた。
妹尾 河童(せのお かっぱ、本名同じ、旧名:妹尾 肇(せのお… 妹尾 河童(せのお かっぱ、本名同じ、旧名:妹尾 肇(せのお はじめ)、1930年(昭和5年)6月23日 - )は、兵庫県神戸市生まれのグラフィックデザイナー・舞台美術家・エッセイスト・小説家。 自著『河童が覗いた』シリーズでの緻密な手書きイラストレーションでも知られている。妻はエッセイストの風間茂子。 神戸で洋服屋の長男として生まれる。 小学生の時、芥川龍之介の『三つの宝』を裕福な友人から借りたくて、その友人が冗談で出した「空中2回転が出来たら貸す」という条件を鵜呑みにして失敗、肩から落下し骨折した経験がある。本自体は友人が父親に内緒で貸し出した。近所に可愛がってくれる青年が数人いたが彼は出征、非合法活動による逮捕、召集拒否からの自殺によって居なくなる。
柏木 駿(かしわぎ たかし、1930年6月23日 - )は、… 柏木 駿(かしわぎ たかし、1930年6月23日 - )は、日本の法学者。専門は経済法。 大阪府泉北郡北上神村(現・堺市西区)に生まれる。1950年福岡県立修猷館高等学校を経て、1954年九州大学法学部法律学科を卒業。1956年九州大学大学院法学研究科修士課程(私法学専攻)を修了、1959年同博士課程を満了退学。 1961年4月九州大学法学部助手を経て、同年11月名城大学法商学部法学科専任講師(労働法担当)に転じ、1963年11月法商学部が分離した法学部の助教授となる。1969年4月同教授(経済法担当)に就任。1975年4月同大学院法学研究科修士課程で英米法、1978年4月社会法を担当。1985年4月同博士課程で社会法を担当。
横井 雍 (よこい たすく、1930年 <昭和5年> 6月2… 横井 雍 (よこい たすく、1930年 <昭和5年> 6月23日 - 2021年 <令和3年> 11月4日)は、日本の経営者。住友ゴム工業社長を務めた。位階は従四位。 大阪府出身。1953年に神戸大学経済学部を卒業し、同年に住友電気工業に入社。1979年6月に取締役に就任し、1981年12月に常務を経て、1987年6月には専務に就任。1989年3月に住友ゴム工業副社長に就任し、1990年3月には社長に昇格。1995年5月に会長に就任し、1999年3月に取締役相談役を経て、2001年3月から相談役を務めた。1997年6月から2002年6月までに住友電気工業監査役も務めた。 1993年11月に藍綬褒章を受章し、2001年4月に勲三等瑞宝章を受章。
秋永 一枝(あきなが かずえ、1928年〈昭和3年〉6月23… 秋永 一枝(あきなが かずえ、1928年〈昭和3年〉6月23日 -2017年〈平成28年〉9月29日)は、日本の日本語学者。早稲田大学名誉教授。日本語アクセント論を専門とする。本名は鳥越 一枝(とりごえ かずえ)。夫は鳥越文蔵。 1928年(昭和3年)、東京府東京市本所区東両国の商家に生まれる。同地で、日本舞踊を習い芝居に通い、東京弁を聞いて育った。桜蔭高等女学校を経て、戦後すぐに帝国女子医学薬学専門学校で学んだ。1949年(昭和24年)、早稲田大学第一文学部国文学専修に編入学し、1951年(昭和26年)3月に卒業論文「清少納言について」を提出して卒業した。 大学卒業後は三省堂出版株式会社編修所の嘱託として『明解国語辞典』『明解日本語アクセント辞典』の改訂や編集にも携わった。
青木 定雄(あおき さだお、本名:兪奉植, 朝: 유봉식、1… 青木 定雄(あおき さだお、本名:兪奉植, 朝: 유봉식、1928年6月23日 - 2017年6月8日)は、韓国の実業家。在日韓国人1世。元エムケイ会長、近畿産業信用組合代表理事会長など、複数の企業・団体の要職を歴任した。 (経歴は青木定雄の自伝、紳士録、MKグループホームページ「MKの歩み」、国会委員会議事録、記事などから) 日本におけるタクシー業界の規制緩和は、青木による運賃値下げ闘争から始まったといわれている。青木は運輸省によるタクシーの「同一地域内、同一運賃」の行政指導へ異を唱え、1981年、京都市内における一律のタクシー料金値上げにも単独反対する。この時は最終的に一律の運賃値上げに同調するが、翌1982年に運賃の値下げを申請。
河合 隼雄(かわい はやお、1928年〈昭和3年〉6月23日… 河合 隼雄(かわい はやお、1928年〈昭和3年〉6月23日 - 2007年〈平成19年〉7月19日)は、日本の心理学者。京都大学名誉教授、国際日本文化研究センター名誉教授。文化功労者。元文化庁長官。
岡田 進裕(おかだ のぶひろ、1928年6月23日 - 20… 岡田 進裕(おかだ のぶひろ、1928年6月23日 - 2014年2月19日)は、日本の政治家。兵庫県明石市長(3期)。 1928年(昭和3年)6月23日、兵庫県明石市に生まれる。神戸高等工業学校(のち神戸大学工学部を経て、現在の神戸大学大学院工学研究科・工学部)卒業。明石市役所に入り、水道部長、土地開発公社理事長、助役などを歴任する。1991年明石市長に初当選する。1995年、1999年に再選。 2001年7月21日に明石花火大会歩道橋事故が発生、多数の死傷者を出した。同年12月30日には明石市の大蔵海岸を歩いていた4歳の女児が、人工砂浜の陥没による穴に落ちて生き埋めになり、明石市立市民病院に救急搬送されたが、意識が戻らないまま翌2002年5月26日に死亡した(明石砂浜陥没事故)。
片野 達郎(かたの たつろう、1927年6月23日 - 20… 片野 達郎(かたの たつろう、1927年6月23日 - 2015年5月11日)は、日本の国文学者。学位は、文学博士(東北大学・1976年)(学位論文「平安・鎌倉時代における文芸と絵画の相関性の研究」)。東北大学名誉教授。 神奈川県鎌倉市小町出身。東北大学国文科卒、同大学院博士課程中退、東北大学教養部助教授、教授、1976年「平安・鎌倉時代における文芸と絵画の相関性の研究」で東北大学より文学博士の学位を取得。91年定年退官、名誉教授、いわき明星大学教授、2001年退職。中世和歌が専門。長男は片野道郎。
浜口 喜博(はまぐち よしひろ、1926年〈大正15年〉6月… 浜口 喜博(はまぐち よしひろ、1926年〈大正15年〉6月23日 - 2011年〈平成23年〉8月10日)は、香川県出身の競泳選手、俳優。 1952年ヘルシンキオリンピック男子800m自由形リレー銀メダリスト。引退後は俳優に転向するも、その後は日本水泳連盟役員を歴任、死去時は顧問を務めていた。 1926年6月13日、香川県香川郡雌雄島村大字男木(男木島、現・香川県高松市男木町)にて出生。香川県立大川中学校(現・香川県立三本松高等学校)、日本大学卒業。 1952年のヘルシンキオリンピック男子800m自由形リレーで鈴木弘、後藤暢、谷川禎次郎とともに銀メダルを獲得。自由形100mでも準決勝に進出し、わずかの差で決勝進出を逃している。
榎本 和平(えのもと わへい、1926年6月23日 - 20… 榎本 和平(えのもと わへい、1926年6月23日 - 2006年4月24日)は、日本の政治家。元自由民主党衆議院議員。1996年勲三等旭日中綬章。2006年従五位。 山形県天童市出身。中央大学経済学部卒業後、山形新聞に入社。整理部記者などを歴任。木村武雄秘書を経て、山形県議会議員を4期務め、自民党県連幹事長、県議会副議長等を担った。 1983年の衆議院議員総選挙山形1区で木村武雄の後継として田中角栄派(木曜クラブ)から出馬。67300票を獲得し初当選。 1985年1月27日、竹下登は田中に「若手といっしょに勉強会をやりたい」と告げた。田中は「いいだろう」と答え、竹下らは翌日から入会勧誘を開始した。
石倉 孝昭(いしくら たかあき、1925年(大正14年)6月… 石倉 孝昭(いしくら たかあき、1925年(大正14年)6月23日 - 2019年(令和元年)11月19日)は、昭和から平成初期の地方公務員、政治家。松江市長。 島根県松江市出身。中央大学法学部卒。1945年、松江市役所に入る。総務部長を経て、助役に就任する。1986年松江市総合文化センター館長になる。1989年の松江市長選挙に立候補して当選する。1993年の市長選挙で再選を目指したが、宮岡寿雄に敗れた。2011年、旭日双光章受章。 2019年11月19日、内臓疾患のため自宅で死去。94歳没。死没日をもって正六位に叙される。
大樹 孝啓(おおき こうけい、1924年〈大正13年〉6月2… 大樹 孝啓(おおき こうけい、1924年〈大正13年〉6月23日 - )は、日本の天台宗の僧侶。圓教寺第140世長吏。第258世天台座主。比叡山宝珠院の大樹徧謙(幕末から明治期)は、祖父大樹徧誠の師。 1924年(大正13年)、兵庫県飾磨郡曽左村書写(現在の姫路市書写)に生まれる。旧制大正大学予科を終了した。 1943年(昭和18年)、出家し、圓教寺塔頭仙岳院で得度した。 1944年(昭和19年)、滋賀海軍航空隊入隊。 1945年(昭和20年)、置塩山法界寺住職に就任した。 1948年(昭和23年)、姫路市の小学校教師となり、1965年(昭和40年)3月まで17年間務めた。この間、1962年(昭和37年)には得度を受けた仙岳院の住職に就任した。
中井 武夫(なかい たけお、1924年6月23日 - 200… 中井 武夫(なかい たけお、1924年6月23日 - 2007年6月22日)は、日本の経営者。日産化学工業社長、会長を務めた。 富山県富山市出身。1947年に東北大学法文学部経済学科を卒業し、同年に日本興業銀行に入行。1972年11月に取締役に就任し、1975年7月に日産化学工業常務、1979年7月に専務、1980年7月に副社長を経て、1986年7月には社長に就任。1992年6月に会長、1996年6月に取締役相談役を経て、1997年6月には相談役に就任。 1994年11月に勲三等瑞宝章を受章。 2007年6月22日急性心不全のために死去。82歳没。