春名 徹(はるな あきら、1935年(昭和10年)12月13… 春名 徹(はるな あきら、1935年(昭和10年)12月13日 - )は、日本のノンフィクション作家、漂流民研究家。妻は作家の入江曜子。
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春名 徹(はるな あきら、1935年(昭和10年)12月13… 春名 徹(はるな あきら、1935年(昭和10年)12月13日 - )は、日本のノンフィクション作家、漂流民研究家。妻は作家の入江曜子。
鈴木 志郎康(すずき しろうやす、1935年5月19日 - … 鈴木 志郎康(すずき しろうやす、1935年5月19日 - 2022年9月8日)は、日本の詩人、映像作家。東京市江東区亀戸生まれ。本名・鈴木康之。 1952年頃から詩を書き始める。1954年、日本大学第一高等学校卒業、1961年3月、早稲田大学第一文学部仏文専修卒業。在学中の1959年に高野民雄と雑誌「青鰐」を刊行。1961年から1977年までNHKに16ミリ映画カメラマンとして勤務。 1963年頃から個人映画を作り始める。ジョナス・メカスの影響を受け、日記的な作品を多数制作。この年に詩集「新生都市」が発刊され、注目を浴びる。 1964年、天沢退二郎、渡辺武信、菅谷規矩雄、藤田治、彦坂紹男、秋元潔、山本道子、野沢暎、高野民雄とともに、雑誌「凶区」創刊。
畑山 博(はたやま ひろし、1935年5月18日 - 200… 畑山 博(はたやま ひろし、1935年5月18日 - 2001年9月2日)は、東京府出身の小説家、文学研究者。
三木 卓(みき たく、1935年5月13日 - )は、日本の… 三木 卓(みき たく、1935年5月13日 - )は、日本の小説家、詩人、翻訳家。日本芸術院会員。
今村 光一(いまむら こういち、1935年2月14日 - 2… 今村 光一(いまむら こういち、1935年2月14日 - 2003年)は、日本の死生・健康問題著作家、心霊主義者。 東京市大森生まれ。1955年早稲田大学文学部英文科中退。 死後の世界や生まれ変わりを信じる立場からの文筆活動と、健康・ガンに関する民間療法の著作、翻訳を行ったほか、千葉県で有機農法を営んだ。 オフィス今村(現在の自健会)主宰、月刊「ヘルスレター」を発行などを手掛けた。
さとう わきこ(本名:佐藤和貴子、武井和喜子、1935年1月… さとう わきこ(本名:佐藤和貴子、武井和喜子、1935年1月28日 - 2024年3月28日)は、日本の絵本作家。東京市品川区大井町生まれ、練馬区東大泉町育ち。 児童出版美術家連盟所属、子どもの文化研究所所員、岡谷市小さな絵本美術館主宰。 東京学芸大学附属大泉小学校、附属中学校を経て、東京都立大泉高校に進学。高校では美術部に所属し、美術大学への進学を希望していたものの家計の問題で叶わず、映画会社の東宝に就職。しかし、腎臓結核にかかり2年間療養生活に入る。 その後働きながら、高校美術部の顧問の恩師であった東京教育大学美術学科教授の高橋正人にデザインを学び、デザイン会社に就職。寺村輝夫と知り合って、挿絵画家としてデビュー。
柴田 翔(しばた しょう、男性、1935年1月19日 - )… 柴田 翔(しばた しょう、男性、1935年1月19日 - )は、日本の小説家、ドイツ文学者。東京大学名誉教授。 東京府東京市足立区栗原町生まれ。幼少期に東京都板橋区常盤台に転居して育つ。板橋区立上板橋第一中学校に入学した後、武蔵中学校・高等学校へ転校。1953年、東京大学教養学部理科一類に入学。工学部応用化学科から文転して文学部独文科を卒業。 1959年、同人雑誌『象』を創刊。1960年、同大学院独文科修士課程修了、助手となる。同年、同人誌『象』に発表した小説「ロクタル管の話」が「同人雑誌優秀作」として『文學界』に転載され、芥川賞候補となる。1961年「『親和力』研究―西欧近代の人間像の追求とその崩壊の認識―」で日本ゲーテ協会ゲーテ賞を受賞。
さねとう あきら(本名・實藤述。 1935年1月16日 -2… さねとう あきら(本名・實藤述。 1935年1月16日 -2016年3月7日)は日本の児童文学作家・劇作家。 東京出身。1972年に『地べたっこさま』で日本児童文学者協会新人賞・野間児童文芸推奨作品賞、1979年に『ジャンボコッコの伝記』で小学館文学賞、1986年に『東京石器人戦争』で産経児童出版文化賞をそれぞれ受賞。『なまけんぼの神さま』、『おこんじょうるり』、『かっぱのめだま』、『神がくしの八月』、『ゆきこんこん物語』などの創作・評論多数。 劇作の分野では、1973年、大阪の劇団2月で『ゆきと鬼んべ』を上演したのを皮切りに、泰西名作が幅をきかす関東圏と違い、創作劇の上演が比較的自由だった関西圏を活躍の場に選んだ。
角野 栄子(かどの えいこ、本名:渡辺栄子、1935年1月1… 角野 栄子(かどの えいこ、本名:渡辺栄子、1935年1月1日 - )は、日本の童話作家、絵本作家、ノンフィクション作家、エッセイスト。日本福祉大学客員教授。江戸川区角野栄子児童文学館(魔法の文学館)館長。神奈川県鎌倉市在住。 東京府東京市深川区(現・東京都江東区深川)に生まれる。5歳の時に生母を病気で亡くし、寂しさを紛らわすために物語をよく空想した。深川で質屋を営んでいた父親は物語をよく聞かせてくれた。江戸川区立西小岩国民学校に入学する。父が再婚後すぐに出征したため父が戻るまで小岩の自宅で新しい母と弟で暮らした。小学4年生の秋、山形県西置賜郡長井町(現・長井市)に学童疎開する。深川の店は東京大空襲で焼失した。
五十嵐 均(いがらし ひとし、1934年12月31日 -)は… 五十嵐 均(いがらし ひとし、1934年12月31日 -)は、日本の小説家、推理作家。本名は五十嵐鋼三。 妹は小説家の夏樹静子。 東京府(現・東京都)生まれ。東京都立日比谷高等学校、慶應義塾大学法学部卒業。 1994年、『ヴィオロンのため息の 高原のDデイ』で第14回横溝正史賞(現・横溝正史ミステリ大賞)大賞を受賞しデビューする。 「」内が五十嵐均の作品
鈴木 銀一郎(すずき ぎんいちろう、1934年11月24日 … 鈴木 銀一郎(すずき ぎんいちろう、1934年11月24日 - 2021年1月6日)は、日本の作家、ゲームデザイナー。有限会社翔企画取締役。愛称は「G大佐」「(ヒゲの)大佐」「銀爺」など。妻を将軍と称していたために、「大佐」を名のったという。 日本におけるカードゲーム・ブームの火付け役となった『モンスターメーカー』シリーズのデザイナーとして知られるほか、ボードゲーム(ウォー・シミュレーションゲーム)、テーブルトークRPG(モンスターメーカー関連など)のデザインも手がけている。同じゲームデザイナーである鈴木一也は実子である。 1934年(昭和9年)11月24日、東京生まれ。早稲田大学高等学院卒、早稲田大学政治経済学部中退。
海渡 英祐(かいと えいすけ、1934年9月24日 -)は、… 海渡 英祐(かいと えいすけ、1934年9月24日 -)は、日本の小説家・推理作家。日本推理作家協会現会員。本名広江純一。筆名は「成吉思汗=源義経」(海を渡った英雄)にちなむ。 1934年、東京市(現東京都)目黒区に生まれる。少年時代を満洲で過ごし、1946年に引き揚げて青森市に居住。青森県立青森高等学校では寺山修司、沢田教一と同級生。東京大学法学部卒業後、推理小説家の高木彬光の『成吉思汗の秘密』執筆を手伝い、アルバイトで資料収集や原稿整理を助けたことから推理作家志望となる。 その後、初の自作小説『極東特派員』を1961年に刊行した。1967年には森鷗外やビスマルクなどを交え展開する殺人事件を描いた本格推理小説『伯林―一八八八年』で第13回江戸川乱歩賞を受賞する。
金坂 健二(かねさか けんじ、1934年9月22日 - 19… 金坂 健二(かねさか けんじ、1934年9月22日 - 1999年7月2日)は日本の映画作家、評論家、写真家。 東京都生まれ。祖父はうなぎ屋だが、父親は家業を継がず家を貸して不動産収入で遊食していた。足立区立千住小学校から旧制東京都立江北中学校に入学、学制改革を経て、1952年、東京都立江北高等学校卒業。同校在学中は美術部に籍を置き、英語が得意で、成績は学年400人中1番から2番で通していた。東京大学に落ちて1浪で早稲田大学と慶應義塾大学文学部に合格し、後者に入学、1957年、同英米文学科卒業。松竹映画国際部に社長(城戸四郎)付きの通訳として籍を置き、ハーヴァード大学の国際セミナーに参加するうちに米国のアングラ映画作家と知り合い、松竹を休職中にフルブライト基金を受けて渡米、ノースウェスタン大学に1年間留学。
佐藤 早苗(さとう さなえ、1934年7月1日 - )は、日… 佐藤 早苗(さとう さなえ、1934年7月1日 - )は、日本のノンフィクション作家。 東京市(現東京都)中野区生まれ。広島県福山市育ちで、広島大学附属福山高校卒業、女子美術大学洋画科中退。鶴岡政男に師事、自由美術協会に属して美術活動をするが、40歳でノンフィクション作家に転向した。
藤川 桂介(ふじかわ けいすけ、本名:伊藤 英夫(いとう ひ… 藤川 桂介(ふじかわ けいすけ、本名:伊藤 英夫(いとう ひでお)、1934年6月16日 - )は、日本の男性脚本家、小説家、放送作家。日本文芸家協会、日本ペンクラブ、日本脚本家連盟会員。京都嵯峨芸術大学客員教授。 東京都出身。東京都立墨田川高等学校、慶應義塾大学文学部国文学科卒(1958年)。 1960年代中盤から1970年代中盤までは実写のアクション番組や特撮物の脚本家として、1970年代から1980年代はテレビアニメーションの脚本家として活躍した。1980年代中盤以降は、活動の中心を小説の執筆に当てている。代表作に、テレビアニメーション『マジンガーZ』、『六神合体ゴッドマーズ』、『宇宙戦艦ヤマト』、小説『宇宙皇子』シリーズなど。
亀井 宏(かめい ひろし、1934年(昭和9年)5月26日 … 亀井 宏(かめい ひろし、1934年(昭和9年)5月26日 - )は、日本のノンフィクション作家、小説家。東京都葛飾区堀切出身。 日中戦争中の1938年9月、父は陸軍伍長として召集された。母子家庭となった一家は母方実家の三重県南牟婁郡五郷村(現・熊野市五郷町)に移住する。1943年初、母は結核より病没、父の再婚ともに、勤務先の福井県福井市、そして再出征より義母方実家の三重県南牟婁郡飛鳥村(現・熊野市飛鳥町)に移り住んだ。1964年、文芸雑誌『新潮』に創作を発表する。1970年、『弱き者は死ね』で第14回小説現代新人賞受賞。 30代の半ば頃から太平洋戦争に関心を抱き、生き残りの人々に戦争の証言を聞くために日本中を回った。
高見 のっぽ(たかみ のっぽ、以前の芸名:高見 映(たかみ … 高見 のっぽ(たかみ のっぽ、以前の芸名:高見 映(たかみ えい)、本名:高見 嘉明(たかみ よしあき)、1934年〈昭和9年〉5月10日 - 2022年〈令和4年〉9月10日)は、日本の俳優、作家。京都府京都市右京区出身。 『なにしてあそぼう』(NHK教育テレビジョン、1966年 - 1970年)『できるかな』(NHK教育テレビジョン、1970年 - 1990年)にて、一切喋らないキャラクター「ノッポさん」を務め上げ、放送終了後も「ノッポさん」の愛称で親しまれた。 京都府京都市右京区太秦の役者長屋に生まれ、4歳から東京府東京市向島区(現在の東京都墨田区)に育つ。6人兄弟の第4子。 父・嘉一(芸名は柳妻麗三郎(やなづま れいざぶろう)、松旭斎天秀(しょうきょくさい てんしゅう)、チャーリー高見など)は芸人、奇術師、俳優、工場長と様々な職業を経験し、太平洋戦争後、芸人に復帰した人物。
柴田 道子(しばた みちこ、本姓・横田、1934年3月30日… 柴田 道子(しばた みちこ、本姓・横田、1934年3月30日 - 1975年8月14日)は、日本の児童文学作家、社会運動家。被差別部落問題や狭山事件の被告支援活動にも取り組んだ。 夫は弁護士で狭山弁護団の一員だった横田雄一。 東京市大森区(現・東京都大田区)生まれ。大森区立馬込第三国民学校(各地を転々と疎開)、東京都立雪谷高等学校併設中学校、同高校を卒業。高校在学中、クラスメイトと同人誌『たわごと』を創刊。在校中、自由研究の詩を同校教諭が編集する文芸誌『六華』に発表したほか、太宰治についての購読感想文で学内のコンクールに一等入選している。一方で、持病であった喘息の悪化による出席日数不足のため、1年留年している。
田草川 弘(たそがわ ひろし 1934年1月28日 - 20… 田草川 弘(たそがわ ひろし 1934年1月28日 - 2024年7月30日)は、日本の作家・ジャーナリスト。 東京都出身。東京都立新宿高等学校を経て早稲田大学第一文学部英文科卒業後、NHK記者、AP通信記者、東海大学教授を経てフリー・ジャーナリスト。 放送ジャーナリストエドワード・R・マローの評伝『ニュースキャスター』と、翻訳『マロー・ボーイズ』を刊行している。 『黒澤明VS.ハリウッド 「トラ・トラ・トラ!」その謎のすべて』(文藝春秋)で、第28回講談社ノンフィクション賞、第33回大佛次郎賞、第38回大宅壮一ノンフィクション賞、第57回芸術選奨文部科学大臣賞を、各受賞した。また映画本大賞2006(キネマ旬報)で、ベストワンに選出された。
児玉 清(こだま きよし、1934年1月1日 - 2011年… 児玉 清(こだま きよし、1934年1月1日 - 2011年5月16日)は、日本の俳優、タレント、テレビ司会者、作家。東京府東京市滝野川区(現在の東京都北区)出身。学習院大学文学部ドイツ文学科卒業。本名は北川 清(きたがわ きよし)。出生名および旧芸名は小玉 清(こだま きよし)。 元児玉清事務所代表取締役。事務用品の販売・卸会社の株式会社チカダ元専務取締役。妻は元女優の北川町子。長男は元タレントで児玉清事務所代表取締役兼事務用品の販売・卸会社の株式会社チカダ代表取締役社長の北川大祐。 俳優業・司会業で人気を博した他、書評や政治評論でも存在感を示し、後者では保守の立場から日本の現状への憂いなどを綴った文章を度々寄稿していた。
半村 良(はんむら りょう、1933年10月27日 - 20… 半村 良(はんむら りょう、1933年10月27日 - 2002年3月4日)は、日本の男性小説家。 本名:清野 平太郎(きよの へいたろう)。 東京府東京市葛飾区生まれ。小学1年生の時に父を失う。1942年から1945年まで母親の実家である石川県能登地方に疎開していた。1952年、東京都立両国高等学校を卒業。その後は連込み宿の番頭やキャバレーのバーテンなど30近い職業を転々とした。広告代理店に勤務していた時代にはニッポン放送と密接な関係を持ち、5代目月の家圓鏡(後の8代目橘家圓蔵)をラジオパーソナリティとして発掘した。 1962年、短編小説『収穫』が第2回ハヤカワ・SFコンテストに入選(第3席)し、作家デビューした。
及川 和男(おいかわ かずお、1933年10月13日 - 2… 及川 和男(おいかわ かずお、1933年10月13日 - 2019年3月10日)は、日本の作家。小説、ノンフィクション、児童文学など幅広く活動した。日本文芸家協会、日本ペンクラブ、日本児童文学者協会、島崎藤村学会会員。一関市立一関図書館名誉館長。 東京府(現・東京都)池袋に生まれ、豊島区立池袋第五小学校入学後、本郷区立駒本国民学校に転校。1945年(昭和20年)の東京大空襲の後に福島県南会津郡檜原村へ疎開。その後、岩手県内を転々とし、1946年(昭和21年)12月から父の郷里である一関市に住むようになる。1949年、一関市立一関中学校卒業。 1952年、岩手県立一関第一高等学校普通科を卒業後、岩手殖産銀行(現:岩手銀行)に入行、銀行員として勤務の傍ら小説を書く。
海老名 香葉子(えびな かよこ、1933年〈昭和8年〉10月… 海老名 香葉子(えびな かよこ、1933年〈昭和8年〉10月6日 - 2025年〈令和7年〉12月24日)は、日本のエッセイスト、作家。ねぎし事務所代表取締役。本名は海老名 嘉代子(読みは同じ)、旧姓は中根(なかね)。初代林家三平の妻。 東京府東京市本所区竪川町(現・東京都墨田区立川)出身。生家は釣り竿の名匠「竿忠」。 第二次世界大戦中、静岡県沼津市の叔母宅に疎開した。家族と別れる当日、母から「香葉子は強い子よ。だから大丈夫よ。いつもニコニコしているのよ。笑顔でいれば必ずお友達もいっぱいできるし、みんなに好かれるのよ、どんなときでも笑顔でいるのよ」と言われたことが心に残っていると言い、自身の著書に記述され、インタビューでも度々語っている[要出典]。
志村 建世(しむら たけよ、1933年5月18日 - )は、… 志村 建世(しむら たけよ、1933年5月18日 - )は、日本の著作家。父は野ばら社の社主だった志村文蔵。 武蔵高等学校(旧制の尋常科に入学し新制で卒業)を経て、1956年に学習院大学英文科を卒業。レジナルド・ブライス教授から禅の思想を学んだ。 卒業後に家業の野ばら社で編集を担当するが、結婚を機に独立した。 1959年から1965年までNHKに在職し、初期の『みんなのうた』を担当して「線路は続くよどこまでも」の作詞などにも参加した。 その後、映像・音楽制作の日教研株式会社を創業し、次いで家庭教育ビデオ教材のにっく映像株式会社を1988年に設立した。 2005年に最初の著書『おじいちゃんの書き置き』を出版し、この年からインターネット上で「志村建世のブログ」の執筆を開始し、以後、社会的発言とともに、歌の訳詞・作詞を含む創作発表の場としても利用している。
石原 藤夫(いしはら ふじお、1933年〈昭和8年〉4月1日… 石原 藤夫(いしはら ふじお、1933年〈昭和8年〉4月1日 -)は、日本の小説家、SF作家、サイエンス・ライター、SF書誌研究家、通信工学者(工学博士)である。2000年ごろ、インターネット上で保守的な発言を始めた頃から、過去の自作に因んで“オロモルフ”と名乗り始めた。 ハードSF研究所、SF資料研究会主宰。日本文芸家協会、日本推理作家協会、日本SF作家クラブなどの会員。靖国神社崇敬奉賛会終身会員。元玉川大学教授。論文特許多数あり。 遠縁に社会主義者の沖野岩三郎。 東京府東京市(現在の東京都渋谷区原宿)生まれ。歯科医の長男としてうまれる。母親は同志社大学卒業で、吉屋信子の英語の家庭教師をしたこともある。
本田 靖春(ほんだ やすはる、1933年(昭和8年)3月21… 本田 靖春(ほんだ やすはる、1933年(昭和8年)3月21日 - 2004年(平成16年)12月4日)は、日本のジャーナリスト、ノンフィクション作家。 朝鮮・京城府生まれ。父は朝鮮総督府の役人で、後に日本高周波重工業に移った。会社では廉潔な管理職だったが、自宅では異様なほどに躾に厳しかったという。東京都立千歳高等学校、早稲田大学政治経済学部新聞学科卒業。高校時代の同級生に映画監督の恩地日出夫がいる。 1955年、読売新聞社に入社。直後から社会部に在籍、朝日新聞社の深代惇郎とは同じ警察担当記者として接点があった。1964年、売血の実態を抉った「黄色い血」追放キャンペーンでは、自らも山谷の売血常習者たちの列に並んで売血するなどの綿密な取材の効果あって大きな反響を呼び、献血事業の改善につながった。
野口 冬人(のぐち ふゆと、1933年2月27日 - 201… 野口 冬人(のぐち ふゆと、1933年2月27日 - 2016年12月13日)は、日本の旅行作家、温泉評論家。民俗研究家(山村民俗)。本名は野口 邁(のぐち つとむ)。 東京都出身。東京都立石神井高等学校卒業。山の雑誌・旅のガイドブック編集を経て、現代旅行研究所代表取締役。 温泉関連の著作が多く、『読売旅行』などに温泉関連の連載を多く抱える。1965年から旅行作家として活躍し、離島を含め、国内のほとんどという約3300の温泉を踏破し、「全国露天風呂番付」を制作した。 1973年(昭和48年)に設立した株式会社現代旅行研究所代表のほかに、旅行作家の会代表、日本山書の会、山村民俗の会会員、NPO法人健康と温泉フォーラムへも参加している。
佐々木忠次(ささき ただつぐ、1933年2月13日 - 20… 佐々木忠次(ささき ただつぐ、1933年2月13日 - 2016年4月30日 )は、日本のインプレサリオ(impresario)、著作家。東京バレエ団総監督、日本舞台芸術振興会(略称 NBS)専務理事を務める。
小関 智弘(こせき ともひろ、1933年2月1日 - )は、… 小関 智弘(こせき ともひろ、1933年2月1日 - )は、日本の作家・ノンフィクション作家。 東京市大森区(現・東京都大田区)生まれ。東京都立大学附属高等学校卒。大田区周辺の町工場に旋盤工として勤務。1960年代から『新日本文学』や同人誌『塩分』などを舞台に小説を発表、1977年『錆色の町』で直木賞候補、1978年『地の息』で同、1979年「羽田浦地図」で芥川賞候補、1981年「祀る町」で同、同年『大森界隈職人往来』で日本ノンフィクション賞受賞。2004年『職人学』で日経BP・BizTech図書賞、2015年『町工場のものづくり』で産経児童出版文化賞・産経新聞社賞受賞。
今井 重幸(いまい しげゆき、1933年1月4日 - 201… 今井 重幸(いまい しげゆき、1933年1月4日 - 2014年1月4日 )は、日本の現代音楽作曲家、舞台演出家、構成作家。別名にまんじ 敏幸(まんじ としゆき)、島 敏幸(しま としゆき)。 純音楽や歌曲の作曲活動だけでなく、映像音楽、劇音楽、舞踊音楽などにも多くの作品を残す一方、まんじ敏幸の別名で舞台・演劇の構成作家や演出を手がけ、劇団を創設した。さらに島敏幸のペンネームで歌曲の作詞をするなど、ジャンルを超えた幅広い芸術活動を精力的に展開してきた。その間、ヨネヤマ・ママコ、三条万里子、土方巽、小松原庸子らを指導し、世に送り出した。また、土方巽や“舞踏(BUTOH)”の命名者としても知られる。
佐野 美津男(さの みつお、1932年、昭和7年〉12月16… 佐野 美津男(さの みつお、1932年、昭和7年〉12月16日 - 1987年、昭和62年〉5月9日)は、日本の児童文学作家、評論家。本名は暠俊(あきとし)。 東京府東京市浅草区生れ。1945年(昭和20年)3月の東京大空襲で両親を失い、孤児となる。東京都立蔵前工業高等学校卒。大学中退。 古田足日ら児童文学研究誌の「小さな仲間」に参加。25歳から児童文学を中心とした文筆活動に入り、1970年「児童図書館」創刊に参加。 1977年相模女子短期大学教授に就任。相模女子大学短期大学部教授在職中に急死。
青島 幸男(あおしま ゆきお、1932年〈昭和7年〉7月17… 青島 幸男(あおしま ゆきお、1932年〈昭和7年〉7月17日 - 2006年〈平成18年〉12月20日)は、日本の政治家、小説家、作詞家、タレント、テレビ司会者、俳優、放送作家、映画監督、歌手。位階は正四位。 参議院議員(5期)、第二院クラブ代表(初代・第5代)、東京都知事(第13代)等を歴任した。 テレビ業界で当初は放送作家として成功し、高度成長期を歌った「スーダラ節」を作詞する。クレージーキャッツ主演の映画はもとより、『若大将シリーズ』などでも映画の主題歌を作詞した。主演したドラマ『いじわるばあさん』では国民的キャラクターとして定着し、小説を執筆すれば処女作『人間万事塞翁が丙午』が直木賞を受賞するなど、多才の人として知られ、「超マルチタレント」と呼ばれた。
斎藤 守弘(さいとう もりひろ、1932年7月7日 - 20… 斎藤 守弘(さいとう もりひろ、1932年7月7日 - 2017年4月14日)は、日本の科学評論家、SF作家、超古代文明研究家。 1960年代、自分では前衛科学評論家を名乗った。日本考古学会会員、日本天文学会会員。超歴史学研究会理事。 東京府北豊島郡三河島町(現・東京都荒川区)出身。父は九州帝国大学(現・九州大学)農学部助手、母方の一族は三河島の大地主。第一峡田小学校(現・荒川区立峡田小学校)5年生の時、福島県伊達郡梁川町(現・伊達市)に疎開。中学校1年生の時に敗戦を迎えて東京に戻り、東京都立上野中学校(現・東京都立上野高等学校)に入る。当時、アメリカへの復讐として原子破壊機の発明を誓い、物理学の本を読みあさっていた。
島津 隆子(しまづ たかこ、1932年7月2日 - )は、日… 島津 隆子(しまづ たかこ、1932年7月2日 - )は、日本の作家。 山梨県生まれ。本姓・森。東京都立荻窪高等学校卒。
佐々木 たづ(ささき たず、1932年〈昭和7年〉6月28日… 佐々木 たづ(ささき たず、1932年〈昭和7年〉6月28日 - 1998年〈平成10年〉4月3日)は、日本の児童文学作家。 童話集『白い帽子の丘』で厚生大臣児童福祉文化賞、『ロバータ さあ歩きましょう』で日本エッセイスト・クラブ賞、『わたし日記を書いたの』で野間児童文芸賞推奨作品賞を受賞している。 東京都出身。本名は佐々木多津。 1950年(昭和25年)、東京都立駒場高等学校在学中の18歳のときに突然片目を失明する。手術をするも回復せず、やむなく高校を中退する。その後緑内障と診断され、手術によって眼圧は抑えられたものの、1953年(昭和28年)には両目の視力を完全に失う。失明後は英語と点字とタイプライターを学習し、横浜竹の丸の訓盲院という眼の不自由な子供のための施設で1年間過ごす。
勝目 梓(かつめ あずさ、男性、1932年6月20日 - )… 勝目 梓(かつめ あずさ、男性、1932年6月20日 - )は、日本の小説家、エッセイスト、俳人。 東京生まれ。鹿児島県立伊集院高等学校中退。
早乙女 勝元(さおとめ かつもと、1932年3月26日 - … 早乙女 勝元(さおとめ かつもと、1932年3月26日 - 2022年5月10日)は、日本の小説家・児童文学作家。東京府東京市足立区出身。
伊藤 文學(いとう ぶんがく、英: Bungaku Ito,… 伊藤 文學(いとう ぶんがく、英: Bungaku Ito, 1932年3月19日 - )は、日本の実業家、雑誌編集者、作家、歌人。 日本初の商業ベースの同性愛雑誌『薔薇族』創刊者・編集長。第二書房代表取締役社長、ロマンの泉美術館館長。 男性同性愛者のためのゲイ雑誌刊行により、全国の書店に置くことで「同性愛者の存在を可視化」させ、社会的少数者は「自分だけではない」と明確に分かるようになる。雑誌の投稿欄、読者座談会やカフェ開業など交流の場を設け、コミュニティ作りに尽力。「薔薇族」「百合族」を命名。『薔薇族』編集長を40年間務めた。 東京府に生まれる。荏原小学校代沢分教場(世田谷区立代沢小学校)、世田谷中学校・高等学校を経て、駒澤大学文学部国文科を卒業。
平岩 弓枝(ひらいわ ゆみえ、1932年3月15日 - 20… 平岩 弓枝(ひらいわ ゆみえ、1932年3月15日 - 2023年6月9日)は、日本の小説家、脚本家。 長谷川伸門下。『鏨師』(たがねし)で直木賞を受賞。次いでテレビドラマの脚本家として多くのヒット作を生み出した。その後小説の世界に戻り、女の生き方を描いた国際色豊かな家庭物や恋愛物、推理物で人気を集め、やがて時代小説に専念し永く活躍した。代表作の『御宿かわせみ』シリーズは江戸情緒溢れる人情物語で、40年以上に及ぶ人気シリーズ、ベストセラーとなった。そのほか『はやぶさ新八御用帳』シリーズなどがある。 文化功労者、文化勲章受章者。位階は従三位。 代々木八幡宮の宮司の一人娘として生まれた。母親は箱根神社で育った女性。
三神 真彦(みかみ まさひこ、1932年2月24日 - 20… 三神 真彦(みかみ まさひこ、1932年2月24日 - 2008年10月18日)は日本の作家、映像作家。東京都生まれ。本名・藤久真彦。放送評論家の藤久ミネは妻。
谷川 俊太郎(たにかわ しゅんたろう、1931年〈昭和6年〉… 谷川 俊太郎(たにかわ しゅんたろう、1931年〈昭和6年〉12月15日 - 2024年〈令和6年〉11月13日)は、日本の詩人、翻訳家、絵本作家、脚本家。愛称は「タニシュン」。 太平洋戦争後の現代日本を代表する、国民的詩人と評価されている。 哲学者で法政大学総長を務めた谷川徹三を父、衆議院議員 長田桃蔵の娘である多喜子を母として、東京府豊多摩郡杉並町(現:東京都杉並区)に生まれ育つ。 1938年 (昭和13年)に東京市立杉並第二尋常小学校、1944年(昭和19年)に東京都立豊多摩中学校(後の東京都立豊多摩高等学校)へ入学。太平洋戦争末期の1945年(昭和20年)5月に山の手空襲を体験した。この年、京都府久世郡淀町に疎開し、京都府立桃山中学校に転学した。
せな けいこ(瀬名 恵子、1931年12月3日 - 2024… せな けいこ(瀬名 恵子、1931年12月3日 - 2024年10月23日)は、日本の絵本作家。結婚後の姓:黒田。。童画家の武井武雄に師事し童画を、児童文学作家の武田雪夫に童話を学んだのち、4冊からなる「いやだいやだの絵本」シリーズでデビューする。同作で、第17回サンケイ児童文学出版文学賞を受賞。その他「あーんあーんの絵本」シリーズ(全4冊)、「めがねうさぎ」シリーズなど、後世まで長く読み継がれる名作絵本を多数世に出した。「いやだいやだの絵本」シリーズのうちの1冊、『ねないこだれだ』に登場する「おばけ」は、せな作品のトレードマークとして広く知られている。 1931年(昭和6年)12月3日、東京市牛込区(現:新宿区)南町に、瀬名貞利・富美の長女として生まれる。
曽野 綾子(その あやこ、1931年9月17日 - 2025… 曽野 綾子(その あやこ、1931年9月17日 - 2025年2月28日)は、日本の小説家、政治評論家。日本財団会長、日本郵政取締役を務めた。日本芸術院会員。文化功労者。 「曾野 綾子」とも表記される。本名は三浦 知壽子(旧姓:町田)。夫は三浦朱門。カトリック教徒で、洗礼名はマリア・エリザベト。 聖心女子大学文学部英文科卒業。『遠来の客たち』が芥川賞候補に挙げられ、出世作となった。以後、宗教、社会問題などをテーマに幅広く執筆活動を展開。エッセイ『誰のために愛するか』はじめベストセラーは数多い。有吉佐和子と共に「才女」として注目された。晩年は生き方や老い方をテーマとしたエッセイが多く、保守的論者としても有名だった。
松川 八洲雄(まつかわ やすお、1931年8月12日 - 2… 松川 八洲雄(まつかわ やすお、1931年8月12日 - 2006年10月11日)は、日本の映画監督、脚本家、著作家である。
深田 祐介(ふかだ ゆうすけ、1931年7月15日 - 20… 深田 祐介(ふかだ ゆうすけ、1931年7月15日 - 2014年7月14日)は、日本の作家。本名は深田 雄輔。 1982年に『炎熱商人』で第87回直木賞を受賞。 東京市で生まれる。曾祖父は江戸城の「奥」に出入りする御用商人で、祖父深田米次郎は日本橋で深田銀行を設立するも不況により愛知銀行 (東海銀行の前身)に吸収され父は、入サ証券を創業して、第二次世界大戦中の1944年(昭和19年)に丸三証券(前身の「長尾秀一商店」)へ売却している。なお、この頃避暑に湘南に行った際、東条英機首相と会っている。暁星高等学校を経て早稲田大学法学部に入学し、在学中より堀辰雄に傾倒して曽野綾子らとともに同人誌『ラマンチャ』に参加している。
獅騎 一郎(しき いちろう、1931年6月20日 - 200… 獅騎 一郎(しき いちろう、1931年6月20日 - 2008年11月3日)は、東京府出身のシナリオライター、クイズ作家。スパイや暗号の専門家。本名である松村基生の名義による作品もある。 東京市中野区江古田生まれ。東京府立第五中学校(現・東京都立小石川高等学校)卒業。衆議院速記者養成所在学中からシナリオを執筆。卒業後は毎日新聞社に入り、メディア情報部副部長などを歴任(退社後は嘱託となる)。 シナリオライターとしては石原裕次郎主演の『ジャズ娘誕生』(日活、1957年)などアクション・ミステリーものが10本映画化されている。 神奈川県鎌倉市に住んでいた。2008年肺梗塞で死去。
戸川 昌子(とがわ まさこ、1931年3月23日 - 201… 戸川 昌子(とがわ まさこ、1931年3月23日 - 2016年4月26日)は、日本の推理作家、シャンソン歌手。 1931年、東京市に生まれる。東京都立千歳丘高等学校中退。戦争で父と兄を亡くし、戦後は母と二人で女性専用の同潤会大塚女子アパートに入居。伊藤忠商事の英文タイピストの職を経て、1957年頃からはシャンソン歌手として銀巴里に出演するようになる。これは、銀巴里の素人飛び入り企画で、アルトで歌っている戸川を観た美輪明宏が、バンドマスターにレギュラーに加えるよう進言したのがきっかけだった。 1962年、戸川自身が住んでいた大塚女子アパートを舞台としたミステリー『大いなる幻影』で第8回江戸川乱歩賞を受賞。
齋藤 雅子(さいとう まさこ、1931年〈昭和6年〉2月 -… 齋藤 雅子(さいとう まさこ、1931年〈昭和6年〉2月 - 2004年〈平成16年〉)は、日本の小説家、文筆家。東京都生まれ。東京都立大学仏文学科卒業。1955年から1965年まで共同通信社記者。1968年4月『早稲田文学』に「悲しみの人魚の歌」を発表、川端康成が、芥川賞候補になぜなっていないのかと称賛した。共同通信社を退社後は、リーダーズダイジェスト、FMfan、婦人画報等、雑誌のための取材やインタヴュー、英文和訳を数多く手がけ、1970年代末からは、古典文学の解説や平安京に取材した小説などを執筆した。没時まで、日本ペンクラブ会員。本名とは別に藤岡 雪子の筆名がある。 イタリア語作品の翻訳家で、第5回須賀敦子翻訳賞受賞者の齋藤ゆかりは、その子にあたる。
三好 徹(みよし とおる、1931年1月7日 - 2021… 三好 徹(みよし とおる、1931年1月7日 - 2021年4月3日)は、日本のジャーナリスト、作家。東京生まれ。推理小説、スパイ小説、歴史小説などを発表した。本名は河上 雄三。 小学生時代は「雷電為右衛門」などの少年講談や推理小説を愛読。旧制中学校1年の時に陸軍幼年学校を目指したが不合格、2年修了時に合格して、14歳で第二志望だった名古屋陸軍幼年学校に入学した。東京幼年学校の同期に西村京太郎、名古屋幼年学校の2期上に加賀乙彦がいた。敗戦で元の学校に戻り、東京府立第一商業学校(現・東京都立第一商業高等学校)卒業後、横浜高等商業学校(在学中に横浜国立大学経済学部に改名)に進学、卒業後1950年、読売新聞社に入社。
大庭 みな子(おおば みなこ、1930年〈昭和5年〉11月1… 大庭 みな子(おおば みなこ、1930年〈昭和5年〉11月11日 - 2007年〈平成19年〉5月24日)は、日本の小説家。本名・美奈子。東京市出身。出生名は椎名 美奈子。 東京渋谷に生まれる(生家は千駄ヶ谷)。海軍軍医の父の転勤に伴い、全国各地を転々とした他、海外転勤となった1941年(昭和16年)には数カ月だけ母の生家がある新潟の伯母の家で暮らしたこともあった。敗戦を広島で迎え、原爆の惨状が文学の原点となった。 津田塾大学英文学科を卒業後、結婚。夫の転勤によるアラスカ生活中、現地から投稿した『三匹の蟹』(1968年)で芥川賞受賞。以後、時空を超えて混沌とした人間関係と性の様態に迫った『寂兮寥兮』(1982年)などを発表。