金井万理恵/暁方ミセイ(かない まりえ/あけがた みせい、女… 金井万理恵/暁方ミセイ(かない まりえ/あけがた みせい、女性、1988年8月10日 - )は、日本の詩人。「六本木詩人会」「歴程」同人。 神奈川県横浜市出身。明治大学文学部史学地理学科卒業、同大学院理工学研究科修士課程修了。 2010年、第48回現代詩手帖賞を受賞。2011年、第一詩集『ウイルスちゃん』(思潮社)上梓。2012年、同作で第17回中原中也賞を受賞。独特の死生観の表現や、自然、宇宙への想像力を評価された。2015年、第二詩集『ブルーサンダー』(思潮社)第6回鮎川信夫賞、第33回現代詩花椿賞最終候補。2018年、第三詩集『魔法の丘』で第9回鮎川信夫賞受賞。2019年、第四詩集『紫雲天気、嗅ぎ回る 岩手歩行詩篇』に対して第29回宮沢賢治賞奨励賞受賞。
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蜂飼 耳(はちかい みみ、女性、1974年6月3日 - )は… 蜂飼 耳(はちかい みみ、女性、1974年6月3日 - )は、日本の詩人、エッセイスト、小説家。立教大学文学部教授。神奈川県出身、座間市在住。早稲田大学大学院文学研究科修士課程修了(上代文学専攻)。2009年度~2011年度、早稲田大学教育学部非常勤講師。2012年度~2014年度、早稲田大学文学学術院教授(任期付)。2017年度、法政大学文学研究科特任教授。2018年度~2019年度、國學院大學文学部非常勤講師。2020年より立教大学文学部教授。 第1詩集『いまにもうるおっていく陣地』(1999年)で注目される。丁寧に選ぶ言葉で透明感のある詩世界を構築。作品に詩集『食うものは食われる夜』(2005年)、『顔をあらう水』(2016年)、小説『紅水晶』(2007年)など。
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東 雄一朗(あずま ゆういちろう、1969年8月29日 - … 東 雄一朗(あずま ゆういちろう、1969年8月29日 - )は、日本の詩人、音楽家、ラジオDJ。東京都品川区生まれ、神奈川県鎌倉市出身。バンドFlight Of Ideaのリーダーとして活動するほか、ソロ名義YAZUMAでも活動している。 高校時代にビート世代の作家の影響を受け、本格的に詩作を始める。 1990年、大学入学と同時にラジオDJおよび音楽ライターとして活動を開始。卒業後はレコード会社勤務を経て、1998年以降フリーランスとして執筆・編集、ラジオDJ/制作、音楽活動など、ジャンルを横断した表現活動を行っている。 1996年、武蔵大学白雉祭「ALL NIGHT POETRY READING」のオープンマイク参加を機に、人前でのポエトリー・リーディングを始める。
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西原 大輔(にしはら だいすけ、1967年(昭和42年) -… 西原 大輔(にしはら だいすけ、1967年(昭和42年) - )は、日本の比較文学者、詩人。東京外国語大学国際日本学研究院教授、博士(学術)。 東京都生まれ。聖光学院中学校・高等学校、筑波大学第二学群比較文化学類卒業。1992年(平成4年)東京大学大学院総合文化研究科比較文学比較文化専攻修士課程修了。シンガポール国立大学助教を経て、駿河台大学法学部講師、助教授。2002年(平成14年)「谷崎潤一郎と中国」で東大より博士(学術)取得。2004年(平成16年)広島大学大学院教育学研究科助教授、2007年(平成19年)同准教授、2013年(平成25年)教授。2021年(令和3年)東京外国語大学国際日本学研究院教授。
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橋出 たより(はしで たより、1964年7月23日 - )は… 橋出 たより(はしで たより、1964年7月23日 - )は、日本の文筆家、詩人、エッセイスト。鎌倉ペンクラブ会員。神奈川県逗子市在住。 神奈川県鎌倉市生まれ。1983年に神奈川県立湘南高等学校を卒業。 慶應義塾大学文学部卒業後、大手新聞社系の出版社に勤務。1995年にエッセイストとして独立し、エッセイのほか、詩や童話なども執筆する。絵本『もんじゅのちえ』の文筆や、エイミー・ショア・フェリスの小説『グレーターグッド』の翻訳も手掛けた。
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阿部 嘉昭(あべ かしょう、1958年8月2日 - )は、日… 阿部 嘉昭(あべ かしょう、1958年8月2日 - )は、日本の映画・サブカルチャー評論家、詩人、北海道大学名誉教授(北海道大学文学院の教授だったが、2024年3月末で定年退官)。2024年4月より京都情報大学院大学教授。 東京都大田区堤方(現中央8丁目)に生まれる。 1971年、中学校入学。中学時代の詩作は「ボブ・ディラン崩れや鈴木翁二崩れのよう」だったと振り返っている。 神奈川県立湘南高等学校卒業。 1977年4月、慶應義塾大学法学部法律学科入学。7月、町田市に引越し。1982年3月に慶應義塾大学法学部卒業。 オーディオ・ビデオ業界紙の編集者の後、1985年編集プロダクション「ジャックポット」入社。
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中村 不二夫(なかむら ふじお、1950年 - )は、日本の… 中村 不二夫(なかむら ふじお、1950年 - )は、日本の詩人。 神奈川県横浜市生まれ。神奈川大学法学部卒業。1974年より東京都在住。恵泉女学園短期大学非常勤講師を務める(1992年から1999年)。 1979年に第一詩集『ベース・ランニング』、1984年に第二詩集『ダッグ・アウト』と、スポーツをタイトルとする独自の詩世界で颯爽と登場し、第三詩集『Mets』は第一回日本詩人クラブ新人賞を受賞した。 一方で日本聖公会信徒であり、日本キリスト教詩人会に所属する。信仰、愛、平和を現代に問う詩世界を構築する詩集『People』、『使徒』を刊行、2007年の第六詩集『コラール』は第33回地球賞を受賞した。
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八木 幹夫(やぎ みきお、1947年1月14日 - )は、神… 八木 幹夫(やぎ みきお、1947年1月14日 - )は、神奈川県相模原市出身の詩人。『歴程』同人。 神奈川県相模原市出身。相模原市立旭小学校、相模原市立旭中学校を経て、1965年に神奈川県立厚木高等学校を卒業。厚木高校時代には詩や小説を読み耽り、朝日新聞に短歌を投稿していた。 1969年に明治学院大学文学部英文科卒。大学在学中には新倉俊一のもとで英米詩を学び、山根謹爾に短歌を学んだ。新倉や入沢康夫から西洋詩への刺激を受けて詩を書き始めた。山口佳己にも学び、西脇順三郎の詩を読み始めた。仏文科の下村康臣と出会い、以後生涯の友となった。 相模原市内の公立中学校7校で36年間英語教師を務め、在職中にはバスケットボール部顧問として30年以上活動した。
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高岡 和子(たかおか かずこ、1946年(昭和21年) - … 高岡 和子(たかおか かずこ、1946年(昭和21年) - 1964年(昭和39年))は、日本の詩人。子供のころから詩作に関心を持ち、中学1年からひそかに詩人をめざして高校2年まで抒情詩をひたすら書き続けた。遺されたノートから死後に才能が評価されるようになった。神奈川県茅ヶ崎市出身。 神奈川県茅ヶ崎市で育つが後に横浜に転居する。父親は貿易を営む。兄と妹のいる3人兄妹。中学時代から詩人になることを夢見て、自分が感じたことを抒情詩として書き続けた。横浜にあるミッション系の高校に進学し新聞部に所属した。1964年2月17日の放課後、横浜から東海道線に乗車し、藤沢市の辻堂駅で下車。そのまま、湘南海岸まで歩き、夕方6時頃に最後の日記を書き、砂浜にノートを置いて消息を絶った。
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芥川 耿子(あくたがわ てるこ、1945年3月 - )は、日… 芥川 耿子(あくたがわ てるこ、1945年3月 - )は、日本のエッセイスト、児童文学者、詩人。 芥川比呂志・瑠璃子夫妻の三女として神奈川県藤沢市鵠沼に生まれ、祖父・芥川龍之介の未亡人である祖母・文の寵愛を受けて育つ。4歳で東京都目黒区に転居する。小学校時代、肺門リンパ腺炎で1年間休学する。当時は病弱でいじめを受ける。1958年、女子美術大学附属中学校に入学。女子美術大学附属高等学校を経て女子美術大学造形科を卒業する。23歳でデザイナー本村弘と結婚、のち一男一女を儲ける。 子育ての傍ら、詩や童話や随筆を発表する。さらに、ワイドショーの司会者や美術番組の聞き手、CMソングの作詞者、CFのモデルを務めるなど、テレビの世界でも活躍する。
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舟崎 靖子(ふなざき やすこ、1944年5月17日 -202… 舟崎 靖子(ふなざき やすこ、1944年5月17日 -2020年2月7日[要出典])は、日本の詩人、児童文学作家。旧姓、熊倉。 別筆名として童謡・詩で近江 靖子(おうみ やすこ)、小説・随筆で村上 靖子(むらかみ やすこ)。長女の舟崎真理との共著もある。 神奈川県小田原市生まれ。祖父は東京帝国大学卒の弁護士だった。 マラソン選手志望だったが、川村短期大学英文学科在学中に落馬事故で自宅療養生活を余儀なくされ、病床で読書に耽る。1964年、療養中に書いた童謡「うたう足の歌」で第9回日本レコード大賞童謡賞を史上最年少受賞する。同年、当時学習院大学1年生だった舟崎克彦の第1詩集『いもむしの詩』(栄光社、自費出版)を買ったことがきっかけで、克彦と知り合う。
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渡辺武信(わたなべ たけのぶ、1938年1月10日 - )は… 渡辺武信(わたなべ たけのぶ、1938年1月10日 - )は、日本の詩人・建築家・映画評論家。
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内田 正人(うちだ まさと、1936年10月29日 - 20… 内田 正人(うちだ まさと、1936年10月29日 - 2019年2月15日)は、日本の歌手、音楽家、ソングライター、詩人。ザ・キング・トーンズの創設メンバーの一人でリーダー、リードテナー。愛称はリーダー。 神奈川県横浜市の生まれ。日本大学高等学校・中学校、日本大学法学部で学ぶ。 1960年、音楽友達の加生スミオらとともにザ・キング・トーンズを結成。中心メンバーとして活躍した。1969年にグッド・ナイト・ベイビーのスマッシュヒットを放ったことで、知名度をあげた。NHK紅白歌合戦、フジロックフェスティバル、日本有線大賞など檜舞台への出場経験も持つ。1998年ごろ、サントリー・ザ・カクテルバーのCM「パーティーサイズ・リニューアル編」で話題になった。
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細野 豊(ほその ゆたか、1936年2月13日-2020年1… 細野 豊(ほその ゆたか、1936年2月13日-2020年12月10日)は、日本の詩人・翻訳家。 神奈川県横浜市生まれ。東京外国語大学スペイン語科卒。メキシコ、ブラジル、ボリビアに17年滞在、南米の詩人を翻訳する。2013-15年日本詩人クラブ会長。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
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三田 洋(みた よう、1934年 - )は日本の詩人、エッセ… 三田 洋(みた よう、1934年 - )は日本の詩人、エッセイスト。神奈川県横須賀市生まれ、山口県長門市出身。山口県立大津高等学校美術部にて画家香月泰男に師事。早稲田大学第一文学部卒。 卒業論文で宮沢賢治にとりくみ、四次元の世界と創作を模索。出版社に勤務し、1970年第1詩集『青の断片』を刊行。70年代、詩の朗読集団「赤提灯」に加わり、諏訪優、吉増剛造、中上哲夫、八木忠栄らを知る。『詩人会議』、『冊』を経て『地球』に参加、秋谷豊や新川和江らを知る。詩の魅力はその抒情性にあるとして多くの詩論を執筆。詩集『回漕船』にて第四回壺井繁治賞受賞。 世田谷区主催「詩と作曲の会」会員、壺井繁治賞、日本詩人クラブ賞各選考委員、国民文化祭現代詩選者、世田谷文学賞選考委員を務める。
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高良 留美子(こうら るみこ、1932年12月16日 - 2… 高良 留美子(こうら るみこ、1932年12月16日 - 2021年12月12日)は、日本の詩人、評論家、女性史研究者。夫は作家の竹内泰宏。 高良武久、高良とみの二女として東京に生まれる。 自由学園初等部、日本女子大学附属高等学校を経て、東京藝術大学美術学部(転学)、慶應義塾大学法学部に学ぶ(中退)。 1963年、詩集『場所』でH氏賞受賞。1988年、詩集『仮面の声』により第6回現代詩人賞を受賞。 女性史研究にも力を注ぎ、1997年には、女性の文化向上に貢献した人に贈る「女性文化賞」を個人で創設した。 2000年、詩集『風の夜』で丸山豊記念現代詩賞を受賞。詩のみならず評論でも活躍、『高良留美子の思想世界』全6巻があり、岩見照代と「女性のみた近代」を編纂。
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草鹿 外吉(くさか そときち、1928年8月28日 - 19… 草鹿 外吉(くさか そときち、1928年8月28日 - 1993年7月25日)は、日本のロシア文学研究者、詩人、小説家、翻訳家。 後の神奈川県鎌倉市に生まれる。父は海軍兵学校校長を務めた草鹿任一であり、草鹿龍之介も親戚にあたるという海軍一家に育ち、湘南中学校から1945年海軍兵学校に入学する(77期)も、まもなく終戦を迎え、復員する。 第二次世界大戦復員後は、横浜工業専門学校を卒業後、早稲田大学に編入学して、ロシア文学を学ぶ。その後、早稲田大学や中央労働学院などで教えながら、日本福祉大学の教授となり、副学長も務めた。 また、詩人としては〈詩人会議〉の常任運営委員も務め、詩集も刊行した。 アレクサンドル・プーシキンを中心とした19世紀文学と、エフゲニー・エフトゥシェンコなどの同時代の詩人を中心に研究し、その方面の著書・訳書も多い。
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呉 美代(くれ みよ、1927年8月1日 - 2017年11… 呉 美代(くれ みよ、1927年8月1日 - 2017年11月21日)は、日本の詩人。 東京生まれ。鎌倉女学院卒。本姓・土橋。現代詩人会会員。『詩と思想』編集参与。土橋治重に師事し、のち再婚。
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平林 敏彦(ひらばやし としひこ、1924年8月3日 - 2… 平林 敏彦(ひらばやし としひこ、1924年8月3日 - 2025年4月6日)は、日本の詩人。草鹿 宏(くさか ひろし)の名で作家としても活動。 横浜市生まれ。横浜市立商業学校卒業。戦中に詩作をはじめ「四季」などに発表。戦後、第一次「ユリイカ」創刊と同時に編集に携わる。1993年、詩集『磔刑の夏』で富田砕花賞、2005年、『舟歌』で現代詩人賞、2009年、『戦中戦後 詩的時代の証言』で桑原武夫学芸賞受賞。2012年、第18回横浜文学賞受賞。2015年、『ツィゴイネルワイゼンの水邊』で小野十三郎賞受賞。 草鹿宏名義ではジュニア向けノンフィクション、漫画のノヴェライゼーションなどを書き、『翔べイカロスの翼』や『神様なぜ愛にも国境があるの』は映画化もされ話題になった。
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河合 幸男(かわい ゆきお、1922年12月2日 - 201… 河合 幸男(かわい ゆきお、1922年12月2日 - 2016年9月21日)は、日本の詩人。河合紗良(さら)および河合紗己(さき)名義でも活動を行った。 神奈川県横浜市生まれ。横浜市立横浜商業高等学校卒業。堀口大學に学ぶ。詩誌「誌苑」主宰。1967年、詩集『愛と別れ』(河合沙良名義)にて第7回室生犀星詩人賞受賞。2016年、肺炎のため、東京都世田谷区の自宅にて死去。 妻は声楽家の河合敏子。
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鈴木 亨(すずき とおる、1918年9月29日 - 2006… 鈴木 亨(すずき とおる、1918年9月29日 - 2006年12月9日)は詩人。神奈川県横浜市出身。 慶應義塾大学文学部国文科卒業、同大学院修士課程修了。第2次『四季』に寄稿、のち編集に当たる。1939年『山の樹』を創刊、主宰。90年より詩誌「木々」を主宰。98年「火の家」で丸山薫賞受賞。明治大学教授、跡見学園女子大学教授、宇都宮文星短期大学教授。 2006年に肺炎のため死去した。享年88。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
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長島 三芳(ながしま みよし、1917年9月14日 - 20… 長島 三芳(ながしま みよし、1917年9月14日 - 2011年9月7日)は、日本の詩人。 神奈川県横須賀市生まれ。横浜専門学校(現在の神奈川大学)卒業。北園克衛の詩誌「VOU」に参加。1937年より中支を転戦し、負傷して帰国。戦後は「日本未来派」同人、「植物派」主宰となる。1958年、横浜詩人会設立に参加。現代詩人会会員。また、神奈川近代文学館評議員を務めた。 戦争体験を直截に描いた詩を多数書く。三好達治や草野心平など多くの詩人と交流があり、その直筆原稿や書、掛け軸などは、死後、遺族によって神奈川近代文学館に寄贈された。遺稿「駆けぬけた夏」は、「現代詩手帖」2012年1月号に掲載された。
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鷲巢 繁男(わしす しげお、1915年1月7日 - 1982… 鷲巢 繁男(わしす しげお、1915年1月7日 - 1982年7月27日)は、日本の詩人。宗教評論家。ギリシア正教徒。洗礼名ダニール。漢詩文では不羣(ふぐん)と号した。 サン=ジョン・ペルスに影響された長大な叙事詩的スタイルの作品が特徴である。少年時代からボードレール『悪の華』に原書で親しむなどしたが、戦時中に新興俳句運動に出会い、富澤赤黄男に師事して俳人として出発した。北海道石狩に戦後開拓に入るが、やがて離農、札幌で印刷会社に校閲者として就職した。その頃に現代詩に転じ、和田徹三の形而上詩誌「湾」同人として活動した。 定年退職とともに埼玉県に移住。前年に出版した『定本鷲巣繁男詩集』で歴程賞受賞。
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薮田義雄(やぶた よしお、1902年4月13日‐1984年2… 薮田義雄(やぶた よしお、1902年4月13日‐1984年2月18日)は、日本の詩人。 神奈川県小田原市生まれ。旧制小田原中学三年の時、その地に住む北原白秋の門人となる。法政大学に学ぶ(卒業したかは不明)。詩のほか、白秋の初の本格的伝記などを書いた。 関連資料が小田原文学館に展示されている。
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平野 威馬雄(ひらの いまお、1900年(明治33年)5月5… 平野 威馬雄(ひらの いまお、1900年(明治33年)5月5日 - 1986年(昭和61年)11月11日)は、日本の詩人・フランス文学者。同人誌「青宋」主宰。日本詩人クラブ創設会員。 横浜市出身。大杉栄との交流の縁から、平野の父とも個人的に交友関係のあったジャン・アンリ・ファーブル関係の著作の翻訳をいくつか手がけたことでも知られている。松戸 淳(まつど じゅん)という変名で好色文学の翻訳も手がけた。2度の結婚で9人の子を持つ。 東京市赤坂区青山北町(現在の東京都港区北青山)の柳原愛子邸に生まれ、横浜市西区老松町に育つ。父は弁護士事務所勤務から富豪の未亡人の3番目の夫となったことで財を成し、美術好きの日本通としてサンフランシスコ日米協会The Japan Society of San Francisco(The Japan Society of Northern Californiaの前身)の初代会長を務めたヘンリイ・パイク・ブイ(Henry Pike Bowie)で、その妻の死後1893年に来日し日米を行き来していた。
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笹沢 美明(ささざわ よしあき、1898年〈明治31年〉2月… 笹沢 美明(ささざわ よしあき、1898年〈明治31年〉2月6日 - 1984年〈昭和59年〉3月29日)は、日本の詩人。 横浜市の富裕な商人の家庭に生まれ育つ。東京外国語学校(現東京外国語大学)ドイツ語科を卒業後、1週間で勤めを辞し、遊民となる。ハイネによって詩に目覚め、リルケを始めとするドイツ語圏の詩と詩論を日本に紹介。新即物主義の先駆者。親の遺産を使い果たした後は貧困の中で暮らしていたが、戦後、昭和女子大学教授や工学院大学教授を歴任した。 詩集に『蜜蜂の道』『海市帖』『美しき山賊』『おるがん調』『冬の炎』『仮設のクリスタル』など。 三男は小説家の笹沢左保。自伝小説『詩人の家』に父の姿が描かれている。
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井上 康文(いのうえ やすぶみ、1897年6月20日 - 1… 井上 康文(いのうえ やすぶみ、1897年6月20日 - 1973年4月18日)は、日本の詩人、作家、新聞記者。本名・康治。日高駿一の筆名も用いた。 生涯で3回結婚した。最後の妻、井上淑子(きよこ)もまた詩人であった。 神奈川県小田原市出身。東京薬学校(現東京薬科大学)を卒業後、東京市役所の技師や雑誌『新小説』の記者などを務めた。1918年、同郷の福田正夫や白鳥省吾らと共に雑誌『民衆』を創刊して注目を集める。大正デモクラシーの時流の中で、民衆の生活を口語体で平易に表現する「民衆詩派」の一翼を担った。『民衆』は毎回300部程度、17号まで発行された。 さらに井上は詩人団体「詩話会」に入会。詩壇での地位を確立する一方、北原白秋らは「詩ではなく散文的である」として民衆詩派に反発した。
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北村 初雄(きたむら はつお、 1897年〈明治30年〉2月… 北村 初雄(きたむら はつお、 1897年〈明治30年〉2月13日 - 1922年〈大正11年〉12月2日)は、大正期の日本の詩人。 東京市麹町区飯田町(現・東京都千代田区飯田橋)で、北村七郎の長男として生まれる。 横浜市南太田町(現・南区内)で育ち、1903年に横浜市老松小学校(現・横浜市立本町小学校)に入学した。 1912年に神奈川県立第一横浜中学校(現・神奈川県立希望ケ丘高等学校)に進む。中学校在学中から三木露風に師事した。 1917年に中学校を卒業し、東京高等商業学校(現・一橋大学)予科に入学した。1921年に同校本科を卒業して、三井物産に入社したが、1922年に結核のため鵠沼の旅館東屋に転地療養し、同年死去した。
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馬淵 美意子(まぶち みいこ、1896年〈明治29年〉3月1… 馬淵 美意子(まぶち みいこ、1896年〈明治29年〉3月16日 - 1970年〈昭和45年〉5月28日)は、日本の詩人、画家。 幼年時代より絵を志し有島生馬に師事する。二科展に4回出品し入選を果たすが、のちに絵を断念して詩作に転じる。1952年に刊行した『馬淵美意子詩集』は読売文学賞の候補となった。夫は洋画家の庫田叕。 兵庫県神戸市に生まれる。1902年(明治35年)、長崎尋常小学校へ入学した。1909年(明治42年)、鎌倉女学校へ入学し、後に卒業した。1916年(大正5年)、父親の専断により結婚し二児を得るが、1922年(大正11年)に離婚する。1926年、有島生馬に師事する。1928年(昭和3年)、二科展に初入選し、以後3回出品する。
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陶山 篤太郎(すやま とくたろう、1895年〈明治28年〉4… 陶山 篤太郎(すやま とくたろう、1895年〈明治28年〉4月4日 - 1941年〈昭和16年〉9月28日)は詩人、実業家。昭和初期に政治家としても活動した。 1895年、神奈川県橘樹郡川崎町(現・川崎市)砂子生まれ。1913年(大正2年)に横浜商業学校(現・横浜市立横浜商業高等学校)卒業。 1919年(大正8年)の雑誌『太洋の周辺』の同人になり、1924年(大正13年)に詩集「銅牌」を刊行する。また、労働学校の講師になり、労働者の教育に従事する。 1932年(昭和3年)に社会民衆党から川崎市会議員選に出馬して最高点で当選、1936年には神奈川県会議員にも当選して1938年 - 1939年に県会副議長。
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福田 正夫(ふくだ まさお、1893年3月26日 - 195… 福田 正夫(ふくだ まさお、1893年3月26日 - 1952年6月26日) は、神奈川県足柄下郡小田原町(現・小田原市)出身の詩人。「民衆詩人」と呼ばれる一派の中心的詩人であった。広く歌われた国民歌謡「愛国の花」(1937年、古関裕而作曲)の作詞者である。 小田原藩士族の堀川家の五男として生まれる。1910年、17歳の時に福田家の養子となる。1913年神奈川師範学校(現・横浜国立大学)卒業。東京高等師範学校(現・筑波大学)体操科中退。1915年、川崎市の小学校教員となる。同年12月、処女詩集『農民の言葉』を自費出版し、民衆詩人として注目される。 1918年、富田砕花・井上康文・白鳥省吾・川崎長太郎らと同人誌『民衆』を創刊。
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