井戸川 射子(いどがわ いこ、1987年12月1日 - )は… 井戸川 射子(いどがわ いこ、1987年12月1日 - )は、日本の詩人・小説家。兵庫県在住。 神戸市生まれで、小学生のころから西宮市に住む。関西学院大学社会学部卒業。2023年3月まで高校の国語科教諭。 2016年から『ユリイカ』誌上「今月の作品」欄、『現代詩手帖』誌上「新人作品」欄に投稿詩が掲載され始める。 2018年、第一詩集『する、されるユートピア』を私家版にて刊行。2019年2月に同詩集にて第24回中原中也賞を受賞。 2021年、小説集『ここはとても速い川』で野間文芸新人賞を受賞。 2023年、「この世の喜びよ」で第168回芥川龍之介賞を受賞。同年、西宮市特別賞を受賞。 2025年、『無形』で芸術選奨新人賞を受賞。
最果 タヒ(さいはて タヒ、1986年 - )は、日本の詩人… 最果 タヒ(さいはて タヒ、1986年 - )は、日本の詩人、小説家。女性。兵庫県神戸市生まれ。 中学生のときからブログで文章を書き始める。書いていた文章に対して読者から「これは詩として発表できるのでは」と言われ、詩の雑誌への投稿を勧められるようになる。詩の投稿サイト文学極道に投稿もしていた。 2005年、『現代詩手帖』2月号の新人作品欄に初投稿、入選した。その後も投稿を続け、2006年に優秀な投稿者に贈られる第44回現代詩手帖賞を受賞。2007年、第一詩集『グッドモーニング』(思潮社)上梓。2008年、京都大学在学中に『グッドモーニング』により当時女性では最年少の21歳で第13回中原中也賞を受賞した。
佐藤 文香(さとう あやか、1985年6月3日 - )は、日… 佐藤 文香(さとう あやか、1985年6月3日 - )は、日本の俳人、詩人、作家。 兵庫県神戸市生まれ。父は日本語学者の佐藤栄作。1997年、愛媛県松山市に転居。1998年より句作を開始。2002年、愛媛県立松山東高等学校在学中に第五回俳句甲子園にて団体準優勝、「夕立の一粒源氏物語」が最優秀句に選ばれる。2004年、早稲田大学に入学、早大俳句研究会に入会。また2006年1月より月刊俳句同人誌「里」に参加。2005年、上田信治、谷雄介とともに俳句ユニット「ハイクマシーン」を結成(2007年に谷が抜け、2012年に解散)。2006年、第二回芝不器男俳句新人賞にて対馬康子審査員奨励賞を受賞。 2008年、早稲田大学第一文学部日本文学専修卒業。
内田 るん(うちだ るん、1982年 - )は、日本の詩人、… 内田 るん(うちだ るん、1982年 - )は、日本の詩人、フェミニスト、イベントオーガナイザー。 東京都生まれ。8歳の時に兵庫県芦屋市立山手小学校に転校、兵庫県立芦屋高等学校卒業。バンド「くほんぶつ」と「The Scrooge」を主宰。友人のマスダユキと共に年1回発行するミニコミ「漫想新聞」の共同編集者としても活動。父は思想家の内田樹。
軌保 博光(のりやす ひろみつ、1968年2月2日 - )は… 軌保 博光(のりやす ひろみつ、1968年2月2日 - )は、日本の映画監督・路上詩人、元お笑い芸人である。軌保白井博光の名義を使用していた時期もある。2002年以降はてんつくマンの名義で活動している。 兵庫県姫路市出身。滋賀県立湖南農業高等学校を卒業した[要出典]。 1987年、吉本総合芸能学院(大阪校)に入学する。同期の山崎邦正(現・月亭方正)と「GSX(ガスペケ)」を結成しデビューする。東京進出時に「TEAM-0」に改名。ダウンタウンの番組を中心にテレビに出演した。[要出典] 1991年に映画製作に興味を持つようになり、1993年にコンビを解散した。1994年、「やりたいことが見つかった」と吉本興業を退社して映画製作の道に入る。
三代目魚武濱田成夫(さんだいめうおたけはまだしげお、1963… 三代目魚武濱田成夫(さんだいめうおたけはまだしげお、1963年11月12日 - )は、日本の詩人、芸術家、音楽家、俳優。兵庫県西宮市出身。1982年、京都市立銅駝美術工芸高等学校漆芸科卒。 自分を讃える詩しか詠わないことをコンセプトにした詩人であり、全ての作品は自分の為に製作している。1988年、25歳の時に実家の寿司屋「魚武」の三代目魚武を襲名したことが名前の由来。それを機に1989年、自叙伝を出版しデビュー。映画『仁義なき戦い』が大好きで自身の作品には『仁義なき戦い』の影響を受けたものが多い。1998年、女優の大塚寧々と結婚し、男児をもうけるもその後2001年に離婚。長男の親権は大塚寧々にある。
細見 和之(ほそみ かずゆき、1962年2月27日 - )は… 細見 和之(ほそみ かずゆき、1962年2月27日 - )は、日本の詩人。京都大学大学院教授、大阪文学学校校長。専門はドイツ思想、特にテオドール・アドルノ。 兵庫県多紀郡篠山町、現在の丹波篠山市生まれ。丹波篠山市在住。兵庫県立篠山鳳鳴高等学校、大阪大学文学部卒業、同大学院人間科学研究科博士課程満期退学。2007年「アドルノの場所」で大阪大学から博士(人間科学)。 大阪府立大学講師、助教授、教授を経て、2008年10月、高階杞一、山田兼士、四元康祐らとともに詩誌「びーぐる」を創刊。 2013年5月より自分の詩に曲を付けはじめるとともに、高校時代のバンド仲間とtheチャンポラパンbandを結成、丹波篠山市を中心に大阪でもライブ活動も行ない、ソロでの展開をふくめて活動を模索している。
キョウコ・モリ(Kyoko Mori、1957年 - )は、… キョウコ・モリ(Kyoko Mori、1957年 - )は、アメリカ合衆国の作家、詩人。日本出身。 兵庫県神戸市に生まれ、母と祖母の影響で早くから英語で文章を書き始める。12歳の時母が自殺、神戸女学院高等学部を卒業後渡米し、ロックフォード・カレッジ (英語) 卒業、ウィスコンシン大学で修士号取得。1993年に初の小説『シズコズドーター』を発表する。その後詩集を出し、小説家として活動する。作品は日本でも翻訳されている。 ハーバード大学で講師を務めた経歴があり、2025年現在、ジョージ・メイソン大学の教授を務める。
時里 二郎(ときさと じろう、1952年 - )は、日本の詩… 時里 二郎(ときさと じろう、1952年 - )は、日本の詩人。 兵庫県加西市出身・在住。高校時代に谷川俊太郎を読んだことで詩に興味を持つ。同志社大学文学部卒業後、故郷で教職に就いてから、友人のすすめで詩作を始める。兵庫県立北条高等学校などの教諭を務める。1991年に『星痕を巡る七つの異文』で富田砕花賞、1996年に『ジパング』で晩翠賞、2004年に『翅の伝記』で現代詩人賞、2019年『名井島』で高見順賞および読売文学賞、2025年に『伎須美野』で歴程賞を受賞。
高木 敏克(たかぎ としかつ、1947年7月31日 - )は… 高木 敏克(たかぎ としかつ、1947年7月31日 - )は、日本の小説家・詩人。フランツ・カフカや、イギリス文学・フランス文学の研究者でもある。季刊文科会員。航跡舎代表者。イリプス同人、詩的現代同人、時刻表同人。 神戸市長田区に生まれる。関西大学文学部に進み、W・H・オーデンを研究した。卒業後は会社員として勤務する傍ら、1975年に同人誌『漿』を創刊する。『漿』には瀧克則、粟津謙太郎、大西隆志、織田年和、川岸則夫、倉橋信廣、倉本修、冨上芳秀、松田伊三郎、松尾真知子、田中孝雄、中平俊昭、桑原徹、永末恵子が参加した。 永末恵子とは1979年に結婚する。1979年、小説「溶ける闇」で第4回神戸文学賞を受賞。
植村 孝(うえむら たかし、1940年11月25日 - )は… 植村 孝(うえむら たかし、1940年11月25日 - )は、日本の詩人。兵庫県姫路市生まれ。
たかとう 匡子(たかとう まさこ、1939年2月16日 - … たかとう 匡子(たかとう まさこ、1939年2月16日 - )は、日本の詩人。兵庫県神戸市生まれ。本姓・高藤(たかふじ)。1961年武庫川女子大学卒。1961年から2004年まで高校の国語教師。詩人・歌人の野田かおりは、教え子。2006年詩集『学校』で第8回小野十三郎賞受賞。2015年、第39回井植文化賞受賞。2018年『私の女性詩人ノートⅡ』で第39回日本詩人クラブ詩界賞受賞。詩誌「イリプス」同人。
阿久 悠(あく ゆう、1937年〈昭和12年〉2月7日 - … 阿久 悠(あく ゆう、1937年〈昭和12年〉2月7日 - 2007年〈平成19年〉8月1日)は、淡路島出身の放送作家、詩人、作詞家、小説家。数々のヒット曲の歌詞を生み出し、日本歌謡界の黄金時代を築いた。 ペンネームの由来は、広告会社勤務時代に放送作家として活躍を始めたが、兼業禁止の会社にばれないよう“悪友”をもじった筆名として使い始めた事から。深く考えずにつけたため、いずれは別の筆名にするつもりだったが、仕事が途切れなかったので、独立後も使い続けた。また、多夢星人(たむせいじん)の変名も使用した(阿久の小説『グッドバイ―BN童子の青春』の登場人物であるロック歌手の名に由来する)。 長男は作曲家の深田太郎で、阿久作詞・深田作曲の楽曲も存在する。
川田 靖子(かわた やすこ、1934年(昭和9年)12月16… 川田 靖子(かわた やすこ、1934年(昭和9年)12月16日 - )は、日本の詩人、フランス文学者、玉川大学名誉教授。旧姓・松村。 兵庫県神戸市生まれ。1959年東北大学文学部仏文科卒、1961年京都大学大学院文学研究科修士課程修了、玉川大学文学部講師、助教授、教授。2005年定年退任、名誉教授。1972年詩集『北方砂漠』で小熊秀雄賞受賞。2003-2013年日本キリスト教詩人会会長。
青木 はるみ(あおき はるみ、1933年8月4日 - 202… 青木 はるみ(あおき はるみ、1933年8月4日 - 2022年5月10日)は、日本の詩人。本名は春美。 兵庫県出身。兵庫県立西宮高等学校卒業、関西学院大学文学部を経て、大阪文学学校に学ぶ。小野十三郎に師事し、1974年、第13回現代詩手帖賞を受賞。1982年、『鯨のアタマが立っていた』で第32回H氏賞を受賞。1988年、第12回井植文化賞を受賞。奈良市在住。関西詩人協会会員。「PO (雑誌)」「歴程」「たうろす」同人。 2022年5月10日午後0時28分、誤えんによる窒息のため奈良市で死去。88歳没。
原條 あき子(はらじょう あきこ、1923年3月9日 - 2… 原條 あき子(はらじょう あきこ、1923年3月9日 - 2003年)は、日本の詩人。マチネ・ポエティクに属し、押韻定型詩を試みた。芥川賞作家池澤夏樹の母。声優の池澤春菜と起業家、投資家の池澤摩耶は孫。画家のSaya(摩耶の娘)は曽孫。 本名は山下澄。兵庫県神戸市に生まれる。兵庫県立第一高等女学校(現在の兵庫県立神戸高等学校)を卒業後上京、日本女子大学に学ぶ。第2外国語として学んでいたフランス語の力をつけるためにアテネ・フランセに通い、福永武彦と知り合う。福永の誘いによって、マチネ・ポエティクの集まりに参加し、原條あき子の筆名を使用するようになる。1944年、女子大卒業直後に福永と結婚、1945年に長子夏樹をもうける。
安東 次男(あんどう つぐお、1919年(大正8年)7月7日… 安東 次男(あんどう つぐお、1919年(大正8年)7月7日 - 2002年(平成14年)4月9日)は、日本の俳人、詩人、評論家、翻訳家。俳号は流火艸堂。 1919年(大正8年)岡山県苫田郡東苫田村(現在の津山市)生まれ。小学5年時に一家で神戸に移住。第二神戸中学校卒業後、1937年、旧制第三高等学校文科丙類(フランス語)に入学。1941年(昭和16年)頃より「寒雷」に投句、加藤楸邨に俳句を学ぶ。1942年(昭和17年)東京帝国大学経済学部経済学科を卒業。短期現役海軍主計科士官(9期)を志願し、同年9月に海軍経理学校に入校。1943年(昭和18年)1月、海軍主計中尉に任官し経理学校を卒業。1944年(昭和19年)5月に海軍主計大尉に進み終戦を迎えた。
岩谷 時子(いわたに ときこ、1916年(大正5年)3月28… 岩谷 時子(いわたに ときこ、1916年(大正5年)3月28日 - 2013年(平成25年)10月25日)は、日本の作詞家、詩人、翻訳家。本名:岩谷 トキ子(読み同じ)。歌手・越路吹雪のマネージャーを務めたことでも知られる。
野間 宏(のま ひろし、1915年(大正4年)2月23日 -… 野間 宏(のま ひろし、1915年(大正4年)2月23日 - 1991年(平成3年)1月2日)は、日本の小説家・評論家・詩人。 大学時代の左翼運動と出征経験から、戦後『暗い絵』を書いて第一次戦後派の先頭に立ち、特に『真空地帯』は大きな反響を呼んで戦後文学の記念碑的名作となった。その後は社会全体の構造をとらえる全体小説を志向し、次々と大作を発表。文学の国際交流にも尽力し、また最晩年まで社会的な発言を多く行った。部落外の出身者だが部落解放同盟中央委員となった
八木 好美(やぎ よしみ、1914年(大正3年)3月24日 … 八木 好美(やぎ よしみ、1914年(大正3年)3月24日 - 1996年(平成8年)5月17日)は、兵庫県揖保郡越部村觜崎(現たつの市新宮町觜崎)出身の詩人。 1914年(大正3年)、警察官であった父肔哉の長男として、越部村觜崎に生まれる。本名美衛。尋常小学校の頃、父の仕事のため一時姫路に住むが、後に帰郷し兵庫県立龍野中学校に入学。龍野中学校時代、作文を先生に褒められた事が文学を志すきっかけとなった。この頃から『愛誦』『若草』『山脈』『昭和詩人』等に詩を投稿するようになり、『山陰詩人』『詩創元』『ばく』等の同人に参加の他、自らも『火虹』『深苑』等の同人誌を主宰した。生涯の友である大塚徹、植原繁市らと出会ったのもこの頃である。
森玉 美雄(もりたま よしお、1910年4月19日 - 19… 森玉 美雄(もりたま よしお、1910年4月19日 - 1943年4月8日)は、日本の小説家、詩人。兵庫県加古郡天満村(現・稲美町)出身。織田作之助が編集長格の雑誌「大阪文学」で見出された小説家。 短編小説『おふくの家出』(雑誌「大阪文学」2巻4号に発表)が第15回芥川賞推薦候補になる。活躍し始めてすぐの昭和18年4月8日に、結核のため32歳で死去。 1910年(明治43年)4月19日、大百姓の森玉柳祐の次男として生れる。母はえい。本名は作男。1911年(明治44年)に長女豊江、1916年(大正5年)に三女善枝が生れる。天満村立天満尋常小学校(現・稲美町立天満小学校)から兵庫県立小野中学校(現・兵庫県立小野高等学校)を経て、神戸高等商船学校(現・神戸大学海洋政策科学部)機関科に入学。
津村 信夫(つむら のぶお、1909年〈明治42年〉1月5日… 津村 信夫(つむら のぶお、1909年〈明治42年〉1月5日 - 1944年〈昭和19年〉6月27日)は、日本の詩人。兄は映画評論家の津村秀夫。 法学博士・津村秀松を父として、兵庫県神戸市葺合区に生まれる。官僚・小山健三は祖父。神戸一中を卒業して慶應義塾大学経済学部に入学し以後は東京に住む。慶大予科に在学中に肋膜炎にかかり、1927年(昭和2年)10月、鎌倉・坂ノ下の旅館海月楼に滞在して予後を養う。翌年3月にかけてしばしば訪れる。療養期間中に文学への素養を深めた。1930年(昭和5年)に白鳥省吾が主宰する文芸誌『地上楽園』の同人に加わり、それに詩作を発表するようになる。室生犀星に師事し、生涯にわたってその指導と愛顧を受ける。
大塚 徹(おおつか とおる、1908年(明治41年)12月8… 大塚 徹(おおつか とおる、1908年(明治41年)12月8日 - 1976年(昭和51年)12月2日)は、日本の詩人。 脊椎カリエスを患いながらも、叙情詩の発表を続け、播磨地域を中心とする多くの文学人に影響を与えた。また、ハーモニカ演奏や民謡、歌謡、学校歌の作詞等に多芸に活躍した。 兵庫県姫路市堺町で質屋を営む大塚捨次の三男として生まれる。母・まさは芸に秀で、若い頃の桂米朝、坂東大蔵らが出入りしていた。長兄が出奔し、次兄が早逝したため、時計古物商を営んで父母を養ったという。 旧制姫路中学3年在学時、飾磨港で水泳中に飛び込みをし、脊髄を損傷、3年間闘病する。その後脊髄カリエスも患い、一生疼痛と闘うこととなる。
竹中 郁(たけなか いく、1904年4月1日 - 1982年… 竹中 郁(たけなか いく、1904年4月1日 - 1982年3月7日)は、日本の詩人。本名、育三郎。 兵庫県神戸市兵庫区出身。生家は裕福な問屋で、1歳の時紡績用品商の竹中家へ養子に出された。兵庫県立第二神戸中学校、関西学院大学文学部英文学科卒。画家の小磯良平は二中の同制作作品「彼の休息」は竹中がモデルをつとめている。小磯の弟子の石阪春生は竹中の甥。 中学時代より北原白秋に傾倒し、『近代風景』『詩と音楽』などの白秋主宰の雑誌で詩人としての履歴をスタートした。1924年に北川冬彦、安西冬衛らの「亜」のグループと交流をもち、モダニズムのスタイルの影響をうける。1925年、第1詩集『黄蜂と花粉』を発表する。
榎本 栄一(えのもと えいいち、1903年10月 - 199… 榎本 栄一(えのもと えいいち、1903年10月 - 1998年10月12日)は、仏教詩人。 兵庫県淡路島三原郡阿万町(現南あわじ市)生まれ。五歳の時大阪に出て父母は小間物化粧品店を始める。高等小学校卒業の頃に父が死亡。19歳の頃から母と家業に精を出す。生田春月の『詩と人生』へ投稿。空襲で淡路へ逃れたのち大阪へ戻り知人の店舗化粧品部を担当。1950年東大阪市で化粧品店を開業。浄土真宗に帰依して念仏のうたと称する仏教詩を書く。1994年仏教伝道文化賞受賞。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
平田 内蔵吉(ひらた くらきち、1901年4月26日 - 1… 平田 内蔵吉(ひらた くらきち、1901年4月26日 - 1945年)は、日本の医学者(民間療法家)、詩人。兵庫県赤穂市出身。弟の平田晋策は『新戦艦高千穂』などの作品がある戦争小説家。長男の平田穂生はシナリオライター。孫の平田オリザは劇作家である。 その他、民間療法の他に、坐の哲学と日本精神の真髄を追究したり、吉凶判断も研究したりしていた。平田は、自らが創始した療法体系を「皇方医学」(皇法医学)と名付けた。平田に学んだ奥山龍峰 (初代)が開いた八光流柔術に「皇方医学」(皇法医学)や吉凶判断は受け継がれたが、八光流の皇方医学は、指圧を中心に、整骨法、体操(護身体操、脊椎運動法)などのみで、平田の皇方医学の全てを伝えていない。
遠地 輝武(おんち てるたけ、1901年4月21日 - 19… 遠地 輝武(おんち てるたけ、1901年4月21日 - 1967年6月14日)は、日本の詩人・美術評論家。 本名: 木村 重夫。兵庫県飾磨郡八幡村(現・姫路市)生まれ。日本美術学校卒。1925年に第1詩集「夢と白骨との接吻」を刊行するが発禁となる。1930年プロレタリア詩人会の創設に参加。戦争中は美術活動をし、戦後は1946年に日本共産党に入党し、新日本文学会に参加。本名で美術評論を書いた。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
河原 侃二(かわら かんじ、1897年4月16日 - 197… 河原 侃二(かわら かんじ、1897年4月16日 - 1974年1月26日)は、日本の俳優であり、詩人・編集者出身で写真家としても知られる。本名同じ。詩人としての筆名は河原 森月(かわら しんげつ)。萩原朔太郎とともに詩誌『侏儒』を創刊し、新劇俳優としては「築地小劇場」「第二次芸術座」の設立に参加、写真の世界では「ヴェス単の名手」として知られる。 1897年(明治30年)4月16日、兵庫県赤穂郡赤穂町(現在の同県赤穂市)に生まれる、とされている。『群馬県百科事典』(上毛新聞社)には、生年は1899年(明治32年)、生地は群馬県前橋市堀川町(現在の同市表町)である旨が記されている。 生後に東京に移り、東京府荏原郡品川町(現在の東京都品川区)の旧制・公立小学校品川学校(のちの品川区立品川小学校、現在の品川区立品川学園)に入学、同校を卒業して、東京市芝区(現在の東京都港区)の旧制・正則中学校(現在の正則高等学校)に入学する。
三木 露風(みき ろふう、1889年6月23日 - 1964… 三木 露風(みき ろふう、1889年6月23日 - 1964年12月29日)は、日本の詩人、童謡作家、歌人、随筆家。本名は三木 操(みき みさお)。異父弟に映画カメラマンの碧川道夫がいる。国木田独歩の曾祖母が三木家出身。その縁もあり1912年『独歩詩集』を刊行した。早稲田詩社結成に加わり、『廃園』(1909年)を刊行。ほかに詩集『寂しき曙』(1910年)、『白き手の猟人』(1913年)など。 近代日本を代表する詩人・作詞家として、北原白秋と並んで「白露時代」を築いた。若き日は日本における象徴派詩人でもあった。 1889年(明治22年)6月23日、兵庫県揖西郡龍野町(現・たつの市)に父・三木節次郎、母・かたの長男として生まれた。
深尾 須磨子(ふかお すまこ、1888年〈明治21年〉11月… 深尾 須磨子(ふかお すまこ、1888年〈明治21年〉11月18日 - 1974年〈昭和49年〉3月31日)は、日本の詩人、作家、翻訳家。本名は荻野志げの(おぎの しげの)。 兵庫県氷上郡大路村(現・丹波市)の旧家の生まれ。京都師範学校中退、1907年京都菊花高等女学校卒。与謝野晶子に師事する。大正元年(1912年)詩人で技師の深尾贇之焏と結婚するが、大正9年(1920年)に死別。夫の遺稿集『天の鍵』を出版、その附録に深尾須磨子作として掲載した詩54篇と散文「最終の旅」が処女作となる。 大正14年(1925年)詩集『斑猫』を上梓すると神戸港から箱根丸で初めてフランスに渡り、シドニー=ガブリエル・コレットの知遇を得ている。
塩井 雨江(しおい うこう、1869年2月13日(明治2年1… 塩井 雨江(しおい うこう、1869年2月13日(明治2年1月3日) - 1913年(大正2年)2月1日)は、日本の詩人、国文学者、翻訳家。本名・正男。 兵庫県豊岡市出身。豊岡藩士の子。1886年(明治19年)7月、第一高等中学校に入学。1892年(明治25年)7月、第一高等中学校文科を卒業。同月、東京帝国大学に入学。 1895年(明治28年)7月、東京帝国大学文科大学国文科卒。落合直文に師事。同年『帝国文学』の創刊とともに編集委員となり、擬古文で名を知られた。詩人として新体詩の普及に貢献する一方で、国文学者としても活躍。 1895年(明治28年)9月、立教学校(現・立教大学)の教授に就任し、国文国語を講じた。
こたにな々(こたになな)は、日本のフリーライター、占い師、Y… こたにな々(こたになな)は、日本のフリーライター、占い師、YouTuber、詩人。兵庫県神戸市出身、東京都在住。 神戸芸術工科大学デザイン学部(現・芸術工学部)ビジュアルデザイン学科出身。 音楽やYouTuberなどのカルチャーに関する執筆活動(主にコラムやインタビュー)を軸に、本人による占い関連の仕事も行っている。 2006年、神戸芸術工科大学 デザイン学部(現・芸術工学部)ビジュアルデザイン学科に入学。その後、グラフィックデザイナーの戸田ツトム研究室に在籍し、エディトリアルデザインやブックデザインを学んでいる。 2009年以降、詩集の制作を開始。学外での展覧会や文学フリマなどのイベントに出品している。