田村 勲(たむら いさお、1957年3月22日 - 2000… 田村 勲(たむら いさお、1957年3月22日 - 2000年12月25日)は、山口県出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 岩国工業高では、1974年夏の甲子園県予選準々決勝に進むが、宇部工業高に延長12回敗退した。同年オフにドラフト外で読売ジャイアンツに入団する。 1年目の1975年は同期入団の定岡正二、西本聖とともにオープン戦に登板するが、一軍での登板には恵まれなかった。1976年に一軍初登板、翌1977年には定岡、西本に先駆けて初勝利を果たし、1978年には中継ぎとして16試合に登板する。 サイドスローからコーナーをつく揺さぶり投法で、得意球は外角のスライダー。カーブ、シュート、シンカーも投げたが、左打者にはボールのキレが半減し、巨人ではなかなか一軍に踏みとどまれない原因となった。
田中 清行(たなか きよゆき、1957年 - )は、出版社社… 田中 清行(たなか きよゆき、1957年 - )は、出版社社長、編集者、元日本有権者連盟会長。 山口県岩国市錦見出身。山口県立岩国高等学校、上智大学文学部卒業。会社勤務などを経て、1994年に出版社「四谷ラウンド」を設立。佐藤亜紀、兵頭二十八、松原隆一郎、潮匡人などの文芸出版や、『中学生の教科書』シリーズ『下町酒場巡礼』シリーズ、社会政治評論で『政治家の通信簿』などを80点近くの書目を刊行。四谷ラウンド文学賞を設け(第5回まで)、『モンスーン』『40's』などの雑誌を創刊した。2002年11月、四谷ラウンドは倒産し田中は自己破産した。 2004年に市井文学株式会社を設立した。2006年、岩国飛行場の縮小・撤去を掲げて岩国市長選に立候補し落選した。
門前 典之(もんぜん のりゆき、1957年 -)は、日本の小… 門前 典之(もんぜん のりゆき、1957年 -)は、日本の小説家、推理作家。 山口県下関市生まれ。熊本大学工学部建築学科卒業。 2001年、『建築屍材』(「人を喰らう建物」を改題)で東京創元社主催の第11回鮎川哲也賞を受賞しデビューした。受賞後のエッセイでは、「理性においても感性においても、あっと驚かせる本格推理小説を書く」ことが究極の目標だとしている。2020年、新作『エンデンジャード・トリック』を発表。 「」内が門前典之の作品。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
ソルボンヌK子(ソルボンヌケイこ、1957年 - )は、日本… ソルボンヌK子(ソルボンヌケイこ、1957年 - )は、日本の漫画家、元大学講師。 山口県宇部市出身。ペンネームとして旧姓の鹿野景子を用いることもある。本名、唐沢景子。元夫は著述家の唐沢俊一。 高校卒業後、上京し庄司陽子のアシスタントとなる。講談社の少女漫画で司みい名義でデビュー、レディースコミックやホラー漫画を多く手がける。1976年にクモ膜下出血で倒れ、翌年には外科手術にともなう輸血がもとで血清肝炎を患っている。退院後、闘病生活をもとにした作品を多数発表し、その中の一編を読んだ唐沢俊一から文通をへて結婚。夫である俊一と共著も多く、俊一の本の挿絵や漫画の多くはK子の手による物も少なくない。貸本ホラー漫画は夫婦共通の趣味であり、旧作の復刻も行っている(唐沢俊一のK子の項も参照)。
横溝 洋一郎(よこみぞ よういちろう、1956年11月1日 … 横溝 洋一郎(よこみぞ よういちろう、1956年11月1日 - )は、山口県を拠点に活躍する日本のフリーアナウンサー。元テレビ山口 (tys) アナウンサー。血液型はAB型。 山口県下関市出身。山口県立下関西高等学校、山口大学文理学部(現在の人文学部)中国哲学研究室を卒業後、1980年にテレビ山口へ入社。情報番組・報道番組を中心に担当。 2009年10月に山口東部本社(周南支局)に異動(2016年8月末まで)。定年後も嘱託職として在籍後、フリーアナウンサーに転身。 趣味は、小旅行。「単刀直入」をモットーにしている。
藤村 広志(ふじむら ひろし、1956年(昭和31年)11月… 藤村 広志(ふじむら ひろし、1956年(昭和31年)11月1日 - )は、日本の実業家。清水建設副社長。 山口県出身。1979年西南学院大学経済学部を卒業。 営業総本部長 夢洲プロジェクト室長 夢洲プロジェクト室 副室長 夢洲プロジェクト室 営業担当(現任)
吉本 博(よしもと ひろし、1956年10月15日 - )は… 吉本 博(よしもと ひろし、1956年10月15日 - )は、山口県徳山市出身の元プロ野球選手(捕手、内野手、外野手)・コーチ。 在日韓国人であり、本名および韓国プロ野球(KBO)での登録名は、宋 才博(ソン・ジェバク、송재박)。 南陽工業高校では大型捕手として注目を集め、1974年のドラフト3位で太平洋クラブライオンズに入団。膝の故障で長く一軍に定着できなかった。 1979年には長打力を買われフロリダキャンプに選抜され、4月21日のロッテ戦(川崎)でシーズン初出場。この試合は終盤までに山村善則・伊原春樹と三塁を守れる選手を使い果たしてしまった為、本来捕手である吉本が途中から三塁の守備に就いたが、吉本が現役時代に三塁を守ったのは後にも先にもこの試合だけである。
剛州(ごうしゅう、1956年9月24日 - 2025年12月… 剛州(ごうしゅう、1956年9月24日 - 2025年12月27日)は、日本の俳優・タレント。浅井企画所属。本名:河村 剛州(かわむら たけくに)。山口県下関市出身。血液型B型。早鞆高等学校卒業、立正大学経済学部卒業。 1979年、立正大学経済学部卒業後、坂上二郎の付き人を経て芸能界デビュー。しかしブレイクすることなく、テレビドラマや舞台では脇役としての出演がほとんどである。その理由として、セリフなどを噛む癖があり、正味の放送時間が1回あたり2分のテレビのミニ番組のナレーションの収録に何時間もかかるなど、本番では本領を発揮することができないことが理由である。逆に楽屋では力量を見せることから「楽屋芸人」とも呼ばれている。
益岡 徹(ますおか とおる、1956年8月23日 - )は、… 益岡 徹(ますおか とおる、1956年8月23日 - )は、日本の俳優。山口県下関市出身。株式会社仕事所属。神奈川県立横浜緑ケ丘高校、早稲田大学商学部卒業。身長181cm。血液型はAB型。 高校時代はラグビーに打ち込んでいたが、文化祭の8ミリ映画でラーメン店の客として出演したのがきっかけで、演劇を志す。 大学在学中はサークルでアングラ演劇に傾倒する一方、『影武者』などの映画のエキストラ出演を経験。 1980年の大学卒業後、『影武者』の主演でもあった仲代達矢主宰の無名塾に応募、当時約200倍の難関を突破し、大橋吾郎らと共に第4期生となった。同年、「ソルネス」で初舞台を踏み、2010年「脇役物語」で映画初主演を果たす。
松井 満(まつい みつる、1956年5月21日 - )は、山… 松井 満(まつい みつる、1956年5月21日 - )は、山口県出身の元プロ野球選手(外野手)。右投右打。
米田 雅子(よねだ まさこ、1956年3月12日- )は、日… 米田 雅子(よねだ まさこ、1956年3月12日- )は、日本の建設業・農林業・防災・減災・地方公共政策の研究者。国立大学法人宇都宮大学 理事。一般社団法人 防災学術連携体代表幹事。建設トップランナー倶楽部代表幹事。24、25期日本学術会議会員(〜2023/09)。博士(環境学) 1956年、山口県柳井市生まれ。山口県立柳井高等学校、1978年お茶の水女子大学理学部数学科卒業。同年に新日本製鐵(現・日本製鉄)に就職。 1986年から1989年に夫の赴任に伴い英国・米国滞在。1990年から1995年まで建設技術の調査研究会社を設立・運営。1995年に東京大学建築学専攻松村研究室に研究生として入学。
辻畑 鉄也(つじはた てつや、1956年2月29日 - )は… 辻畑 鉄也(つじはた てつや、1956年2月29日 - )は、日本の音楽家・作曲家である。 山口県宇部市出身。慶應義塾大学法学部卒業。バンド「ピカソ」のボーカル・ギター担当。「ピカソ」の関係者やファンからは「リーダー」「社長」と呼ばれている[誰によって?]。うるう日生まれ・血液型AB。 1984年、ピカソのメンバーとしてメジャーデビュー。デビュー当時からバンド活動のみならず、個人でも音楽プロデューサー・コンポーザーとして活動し、多くの歌手に曲を提供する[いつ?]。このうち、西村知美に提供したシングルA面曲「16粒の角砂糖」「初めまして 愛」「ポケットに太陽」はいずれも、オリコンシングル週間ランキングでトップ3入りを果たした。
福江 純(ふくえ じゅん、1956年2月3日 - )は、日本… 福江 純(ふくえ じゅん、1956年2月3日 - )は、日本の天文学者。大阪教育大学名誉教授。専門は相対論的宇宙流体力学。理学博士(京都大学)。 天文学者(本人は「天文楽者」を名乗ることもある)としてだけではなく熱心なSF、アニメファンとしても有名で、SFアニメやSF小説のアイデアを天文学の立場から考察した著書も多数ある。石原藤夫の主催する「ハードSF研究所」会員でもある。「ハードSF研究所」の広報に発表した〈ラーマに関する一連の考察〉により1992年SFファンジン大賞・研究部門を受賞。 宇部市立琴芝小学校、宇部市立上宇部中学校、山口県立宇部高等学校卒業。1978年3月、京都大学理学部宇宙物理学科卒業。
なかはら かぜ(1955年12月23日 - )は、日本の漫画… なかはら かぜ(1955年12月23日 - )は、日本の漫画家・イラストレーター。山口県厚狭郡山陽町(現山陽小野田市)出身。山口県立厚狭高等学校、大阪芸術大学芸術学部油絵専攻卒業。周南公立大学特任教授。(公社)日本漫画家協会中国支部長。 大学在学中に漫画家を志し、1977年に原田武明名義で応募した『ゆきげしき』で小学館第18回ビッグコミック賞佳作入選。卒業後の1980年には『Good-byヴィーナス』で集英社第14回月例ヤングジャンプ賞佳作入選。漫画以外にもCDのジャケットイラストや絵本の挿絵などを執筆しているほか、テレビのコメンテーターやラジオのパーソナリティなど、幅広く活動している。2005年から特任教授として徳山大学に招かれた。
原 知遙(はら ちはる、本名:原 千春、1955年10月16… 原 知遙(はら ちはる、本名:原 千春、1955年10月16日 - )は、株式会社夢大陸および株式会社夢人・代表取締役社長、福岡コミュニティ放送元代表取締役社長。「六本木の巫女」と自称していた。架空の投資話で投資家から数十億円の金をだまし取った無登録金融取引の容疑で逮捕起訴された。 山口県下関市出身。梅光女学院高校を卒業後「イースタン・ワシントン大学」および「シカゴ大学」を修了と自称していたが、のちに経歴偽装が明らかになる。 2001年、インターネットのウェブサイト企画会社として有限会社夢大陸を設立。主に女性向けメールマガジンの配信サービスなどで2万人の会員を集めたという。 そののち2003年頃には投資コンサルタント事業をうたい、株式会社夢大陸に組織変更。
礒部 博昭(いそべ ひろあき、1955年〈昭和30年〉10月… 礒部 博昭(いそべ ひろあき、1955年〈昭和30年〉10月8日 - )は、日本の外交官。2013年(平成25年)10月11日から2016年までパナマ駐箚特命全権大使を務めた。 山口県防府市出身。1979年(昭和54年)東京外語大学英米語学科を卒業し、外務省に入省した。トゥール留学を経て、経済協力局、外務大臣官房海外広報課、中南米局、在ルーマニア日本国大使館、在ベルギー日本国大使館などで勤務。 この項目は、外交官に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ政治)。
金 政玉(キム・ジョンオク、1955年8月22日 - )は障… 金 政玉(キム・ジョンオク、1955年8月22日 - )は障害者インターナショナル日本会議事務局次長、在日本大韓民国民団葛飾支部国際課長。 2007年7月の第21回参議院議員通常選挙において民主党公認で比例区から立候補。障害者差別禁止法の制定と定住外国人の地方参政権獲得などを訴えたが、獲得票は19,379票に止まり、同党比例名簿中最下位(35位)に終わって落選した。 公式ホームページによれば以下の政策を掲げていた。 また、公式ホームページには、この時の出馬を応援する人として武者小路公秀らが掲載されていた。
シーザー武志(シーザーたけし、1955年8月17日 - )は… シーザー武志(シーザーたけし、1955年8月17日 - )は、日本のキックボクサー、シュートボクサー、俳優。シュートボクシング協会およびシーザージム会長。 1972年にキックボクサーとしてプロデビューし、日本キックボクシング協会でウェルター級王座を獲得。UWFへの関与を経て、1985年に投げ技、立った状態での関節技を認める立ち技格闘技「シュートボクシング」を創設。シュートボクシングでは1988年にホーク級(-75kg)で世界王座を獲得。 山口県長門市出身。母子家庭で育ち、少年期は喧嘩に明け暮れ、不良としてその名を轟かせた。更生のため16歳からキックボクシングを始めると、「キックボクシングの方が喧嘩より面白い」と感じるようになり大阪の西尾ジムから1972年にプロデビュー。
山本 寿宣(やまもと としのり、1955年6月21日 - 2… 山本 寿宣(やまもと としのり、1955年6月21日 - 2024年2月9日)は、日本の実業家。東ソー取締役相談役、日本ソーダ工業会会長。 山口県周南市出身。山口県立徳山高等学校を経て、1979年神戸大学経済学部卒業、東洋曹達工業(現東ソー)入社。オランダ駐在を長く務めたのち、2001年有機化成品事業部企画開発室長。2003年化学品事業部企画管理室長。2006年化学品事業部副事業部長兼企画管理室長。2007年理事化学品事業部長兼企画管理室長。 2009年取締役に昇格し塩ビ事業統轄副担当化学品事業部長兼企画管理室長となる。2010年取締役クロル・アルカリセクター副セクター長兼石油化学セクター長兼化学品事業部長。
石川 祝男(いしかわ しゅくお、1955年〈昭和30年〉4月… 石川 祝男(いしかわ しゅくお、1955年〈昭和30年〉4月15日 - 2024年9月9日)は、日本のゲームクリエイター、実業家。山口県岩国市出身。学位は文学士(関西大学・1978年)。栄典はレジオンドヌール勲章シュヴァリエ。 株式会社バンダイナムコゲームス(現・株式会社バンダイナムコエンターテインメント)代表取締役社長、株式会社バンダイナムコホールディングス代表取締役社長兼CEOなどを歴任した。 砂利の運送会社を営む家庭に生まれ、へその緒が首に巻きつく危険な状態から助産師に叩かれやっと産声を上げためでたさから、祖父により「祝男」と名付けられた。 年少期から中学時代までは岩国市で育ち、広島市の楽々園遊園地でゲーム機に親しんだ。
室積 光(むろづみ ひかる、1955年4月11日 - )は、… 室積 光(むろづみ ひかる、1955年4月11日 - )は、山口県光市出身の作家。ペンネームは出身地である「光市室積」から由来。 本名の『福田 勝洋』(ふくだ かつひろ)名義で俳優としても活動している。俳優としては F ACTOR(現・ラッシュアップ)に所属していた。 八幡製鐵(現・日本製鉄)光製鐵所に勤務していた父の二男として生まれる。幼少時から読書好きで、父の書棚にあった北杜夫、三島由紀夫らの本を読みあさった。山口大学教育学部附属光小学校6年の頃、太平洋戦争末期に結成された演劇慰問部隊が極限状態の戦地で兵士を楽しませた実話を元にした俳優・加東大介の従軍手記『南の島に雪が降る』を読み、役者という仕事に特別な思いを抱くきっかけとなる。
中山 修身(なかやま おさみ、1955年3月 - )は、日本… 中山 修身(なかやま おさみ、1955年3月 - )は、日本の弁護士。山口県の出身。
北村 経夫(きたむら つねお、1955年〈昭和30年〉1月5… 北村 経夫(きたむら つねお、1955年〈昭和30年〉1月5日 - )は、日本の政治家、新聞記者。自由民主党所属の参議院議員(4期)、参議院内閣委員長。 経済産業大臣政務官(第3次安倍第1次改造内閣)、参議院外交防衛委員長、自由民主党副幹事長、同国際局長代理、同広報本部長代理、同経済産業部会長代理などを歴任。祖母は天照皇大神宮教開祖である北村サヨ。 山口県熊毛郡田布施町生まれ。田布施西小学校、田布施中学校、山口県立熊毛南高等学校卒業。浪人後、中央大学経済学部に入学。卒業後、ペンシルベニア大学大学院国際関係論学科修士課程を修了し、1985年、産業経済新聞に入社。外信部を経たのち政治部に配属される。
松岡 由幸(まつおか よしゆき、1955年 - )は、日本の… 松岡 由幸(まつおか よしゆき、1955年 - )は、日本のデザイン科学者。博士(工学)。慶應義塾大学名誉教授、早稲田大学客員教授。デザイン塾主宰。多空間デザインモデル、Mメソッド、創発デザイン、分析・発想・評価で構成されるデザイン思考モデルなどのデザイン科学の基礎となるデザイン理論・方法論を構築している。また、デザイン・設計の理論・方法論に時間軸を組み込むタイムアクシスデザインも提唱している。
佐藤 典司(さとう のりじ、1955年- )は、日本の経営学… 佐藤 典司(さとう のりじ、1955年- )は、日本の経営学者、立命館大学教授。 山口県宇部市生まれ。早稲田大学政治経済学部経済学科卒。1980年電通入社の後、ソフト化経済センター出向などを経て、1998年電通を退社し立命館大学経営学部教授。デザインマネジメントおよび、近年は情報・知識価値マネジメントを中心に研究。
花田 憲彦(はなだ のりひこ、1955年〈昭和30年〉 - … 花田 憲彦(はなだ のりひこ、1955年〈昭和30年〉 - )は、日本の政治家、元地方公務員。山口県阿武郡阿武町長(3期)。 山口県阿武郡阿武町出身。1976年(昭和51年)、阿武町役場に入職した。 阿武町で要職を歴任し、約40年にわたり一貫して町政の実務を担った。 2017年(平成29年)4月、任期満了に伴い引退した前町長の後継として阿武町長選挙に無所属で立候補。無投票で初当選を果たした。同年4月に町長に就任。2021年(令和3年)の町長選挙においても、再び無投票で再選(2期目)を決めている。 2025年(令和7年)4月20日執行の町長選挙では、現職として3期目を目指して出馬。選挙戦が展開されたが、1,336票を獲得し、新人の候補を破って3選を果たした。
山崎 史郎(やまさき しろう、1954年〈昭和29年〉12月… 山崎 史郎(やまさき しろう、1954年〈昭和29年〉12月17日 - )は、日本の厚生・厚労官僚。リトアニア国駐箚日本国特命全権大使等を経て、内閣官房参与(社会保障・人口問題担当)。 山口県出身。山口県立下関西高等学校、東京大学法学部卒業。1978年、厚生省入省。各課課長補佐を経て、1991年、大臣官房老人保健福祉部老人保健課課長補佐として老人保健制度の改正、薬価の包括払い制度の導入に携わる。北海道庁へ出向していた1994年、介護対策本部発足により古川貞二郎を本部長とする専従スタッフのトップとして大臣官房高齢者介護対策本部次長に。2000年の介護保険制度の成立、実施、改正すべてに携わったことから「ミスター介護保険」と呼ばれる。
久能 祐子(くのう さちこ、1954年12月8日 - )は、… 久能 祐子(くのう さちこ、1954年12月8日 - )は、日本の実業家。緑内障点眼薬、便秘薬の開発と製品化に関わる。Sucampo Pharmaceuticals共同創業者兼最高経営責任者 (CEO)、株式会社アールテック・ウエノ共同創業者、S&R Technology Holdings, LLC共同創業者兼最高経営責任者 (CEO)、RUSK Intellectual Reserve AG共同創業者兼理事、S&R財団共同創業者兼最高経営責任者(CEO)兼理事、ジョンズ・ホプキンズ病院理事、ストラスモアホール財団理事、元慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科客員教授、ワシントン日本商工会理事、全米桜祭り理事、モーリーン&マイク・マンスフィールド財団理事。
末延 吉正(すえのぶ よしまさ、1954年〈昭和29年〉11… 末延 吉正(すえのぶ よしまさ、1954年〈昭和29年〉11月9日 - )は、日本のジャーナリスト、元東海大学教授、元テレビ朝日政治記者。姪はバイオリニストの末延麻裕子。 山口県光市出身。実家は末延建設株式会社と言う建設業 を営み、近所に岸信介宅があり、青少年時代から安倍晋三と面識があった。 1979年3月、早稲田大学社会科学部卒業後、同年4月、テレビ朝日に入社。社会部、政治部、ニューヨーク特派員、バンコク支局長などを歴任し、湾岸戦争で米軍を従軍取材する。帰国後に『ニュースステーション』のディレクターを経て、1997年に『スーパーJチャンネル』初代プロデューサーとして番組の立ち上げに携わった。2002年報道局解説委員室にへ異動し、『やじうまプラス』などの番組コメンテーターを務める。
岡村 隆則(おかむら たかのり、1954年10月2日 - )… 岡村 隆則(おかむら たかのり、1954年10月2日 - )は、西武ライオンズに所属した元プロ野球選手である。ポジションは外野手。
来島 達夫(きじま たつお、1954年9月22日 - )は、… 来島 達夫(きじま たつお、1954年9月22日 - )は、日本の実業家。西日本旅客鉄道(JR西日本)顧問、交通文化振興財団理事長。 山口県下関市出身。1978年、九州大学法学部卒業と同時に日本国有鉄道入社。「人間万事塞翁が馬」を座右の銘とし、ウォーキングを趣味としている。 山口県立下関西高等学校の卒業生からなる「旭陵同窓会」の関西支部で会計監査を務めている(来島は第50回目の卒業生)。来島と同じ高校に通っていた小説家の船戸与一は先輩、第2次・第3次安倍内閣で農林水産大臣を務めた林芳正は後輩にあたる。 国鉄においては、のちに東海旅客鉄道社長となる金子慎、東日本旅客鉄道社長となる深澤祐二、北海道旅客鉄道会長となる田浦芳孝と同期である。
戸倉 三郎(とくら さぶろう、1954年〈昭和29年〉8月1… 戸倉 三郎(とくら さぶろう、1954年〈昭和29年〉8月11日 - )は、日本の裁判官。勲等は桐花大綬章。最高裁判所長官(第20代)。 最高裁判所事務総局審議官、同総務局長、最高裁判所事務総長、東京高等裁判所長官を歴任した。
忌部 栄次郎(いんべ えいじろう、1954年6月18日 - … 忌部 栄次郎(いんべ えいじろう、1954年6月18日 - )は、国際年金経済研究所主任研究員、経営コンサルタント、データベースマーケティング・データマイニング・ビッグデータ研究者。山口県下関市出身。西南学院大学商学部卒業。 1976年大学在学中、岸信介事務所に入所する。これは忌部の祖父である藤本万次郎の意図によるものである。1978年大学卒業後株式会社EDWIN入社、マーケティング担当責任者、物流担当責任者などを経て、1986年に社長室責任者。 EDWINのイタリア/ミラノのフィオルッチ・(フィオリッチ)/FIORUCCI買収に伴い、フィオルッチ・(フィオリッチ)/FIORUCCI統括責任者。
片山 正則(かたやま まさのり、1954年5月16日 - )… 片山 正則(かたやま まさのり、1954年5月16日 - )は、日本の経営者。いすゞ自動車会長CEOを務めている。山口県出身。 山口県光市生まれ。山口大学教育学部附属光小学校、山口大学教育学部附属光中学校、山口県立光高等学校を経て、1978年に東京大学工学部を卒業し、同年にいすゞ自動車に入社。2007年6月に取締役に就任し、常務、専務を経て、2014年4月に副社長に就任し、翌年6月には社長に昇格。 2020年9月から日本自動車工業会(自工会)副会長に就任。 2023年4月から会長CEO。 2024年1月から自工会会長。トヨタ自動車・日産自動車・本田技研工業(ホンダ)以外、並びに商用車メーカー出身の人物では初めて自工会会長に就任した。
松永 美隆(まつなが よしたか、1954年5月16日 - )… 松永 美隆(まつなが よしたか、1954年5月16日 - )は、山口県出身の元プロ野球選手。ポジションは投手。
木本 茂美(きもと しげみ、本名:金 茂美(キム・ムミ、ハン… 木本 茂美(きもと しげみ、本名:金 茂美(キム・ムミ、ハングル:김무미)、1954年4月7日 - )は、山口県徳山市櫛ヶ浜出身の元プロ野球選手(捕手)。在日韓国人。 山口桜ケ丘高から1972年ドラフト8位で広島入団。プロ10年目の1982年に1軍初本塁打を記録。 1983年1月、宇田東植と共に韓国のヘテ・タイガースに移籍。韓国での登録名は金 茂宗(キム・ムジョン、김무종)。 韓国ではシリーズ出場3回、球宴出場5回を果たし、1986年には同MVPに選出されるなどの成績を残した。 また、1983年の韓国シリーズで優勝した際の表彰式には、広島時代の同僚で三美スーパースターズに移籍し活躍していた福士敬章が駆けつけ「良かった」「来た甲斐があった」と声をかけ、宇田を交えた3人で泣いたという逸話がある。
福島 知春(ふくしま ともはる、1954年3月7日 - 19… 福島 知春(ふくしま ともはる、1954年3月7日 - 1995年3月15日)は、山口県出身のプロ野球選手(捕手)。1984年の登録名は福嶋 一人(ふくしま かずと)。
柏 秀樹(かしわ ひでき、1954年2月24日 - )は、日… 柏 秀樹(かしわ ひでき、1954年2月24日 - )は、日本のモータージャーナリスト、ライディングスクール校長。 山口県岩国市出身。駒澤大学大学院博士課程商学研究課修了。大学院生の時、作家片岡義男とバイクサウンドを収録したLPレコード「W1ツーリング~風を切り裂きバイクは走る~」を共同製作。大学院修了後、フリーランスのモータージャーナリストとなる。その後は、世界一過酷な「ダカールラリー」に4回参戦した他、さまざまなラリーレイドに参戦しながらモーターサイクルを中心とする雑誌・新聞への寄稿や、単行本執筆・講演活動などを行う。2003年にRAS:ライディング・アート・スクールを開校。2009年には名称と講習内容をリニューアルしたKRS「柏秀樹ライディングスクール」を開校。
西渕 光昭(にしぶち みつあき、1954年2月22日 - 2… 西渕 光昭(にしぶち みつあき、1954年2月22日 - 2019年6月24日)は、日本の細菌学者。京都大学名誉教授。 山口県光市生まれ。北九州市八幡区を経て、小学校6年から大阪市阿倍野区に住み、大阪府立生野高等学校を経て、1976年広島大学水畜産学部水産学科卒業。1979年広島大学大学院農学研究科修了、農学修士、オレゴン州立大学微生物学科研究補助員 。1983年オレゴン州立大学大学院微生物学科修了、Ph.D.。 1983年メリーランド大学ワクチン開発センター研究員。1986年大阪大学微生物病研究所助手。1988年京都大学医学部助教授。1993年大阪大学蛋白質研究所助教授併任。1996年京都大学東南アジア研究センター教授。
山本 和男(やまもと かずお、1954年2月15日 - )は… 山本 和男(やまもと かずお、1954年2月15日 - )は、山口県熊毛郡大和町(現:光市)出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。 柳井学園高から、社会人野球の新日鉄光に入団。大町定夫、児玉克雅ら先発陣を救援投手として支える。1978年にはチーム創部17年目の都市対抗初出場を果たす。1回戦で大町をリリーフして登板するが日本通運に惜敗。1980年の都市対抗でも、2回戦で大昭和製紙を相手に好投するが敗退。 同年オフに、ドラフト外で広島東洋カープに入団。背番号は江夏豊から26を受け継いだ。スリークォーターから、MAXは138㌔程、スライダー、シュート、カーブ、シンカーなどを武器とした。左の中継ぎとして活躍し1984年には46試合に登板、5勝をあげる。
井上 茂子(いのうえ しげこ、1954年2月5日 - )は、… 井上 茂子(いのうえ しげこ、1954年2月5日 - )は、日本の歴史学者、翻訳家。専門は西洋史(ドイツ史)。上智大学名誉教授。 山口県山口市生まれ。1976年東京大学教養学部教養学科卒業、1979年同大学院社会学研究科国際関係論専門課程修士課程修了、1986年同博士課程単位取得満期退学。1982年10月から1985年3月にかけて西ドイツ・ミュンヘン大学へ留学。1986年東京大学教養学部助手、1987年姫路獨協大学外国語学部専任講師、1990年助教授、1997年上智大学文学部助教授、2001年教授、2019年特別契約教授。2023年名誉教授。 2004年『ホロコースト事典』で日本翻訳出版文化賞受賞。
藤井 泰(ふじい やすし、1954年1月28日 - )は、日… 藤井 泰(ふじい やすし、1954年1月28日 - )は、日本の教育学者。松山大学経営学部教授。博士(教育学)(1993年、広島大学にて)取得。 山口県山口市生まれ。1976年山口大学教育学部中学校教員養成課程英語専攻卒業、1978年-1979年ロンドン大学に学ぶ。1980年広島大学大学院教育学研究科比較教育制度学博士課程中退、1993年「イギリス中等教育制度史研究 -三類型別中等教育の系譜」で広島大学にて博士(教育学)。1981年松山商科大学講師、1985年同大学助教、1986年-1987年バーミンガム大学客員研究員を経て、1992年松山大学経営学部教授に就任。
伊藤 青波(いとう しょうは、1954年1月 - )は、日本… 伊藤 青波(いとう しょうは、1954年1月 - )は、日本の政治家である。山口県山口市議会議員(3期)、徳地町長(4期)等を歴任した。山口県立山口高等学校卒業。山口県山口市徳地町在住。
前田 雅之(まえだ まさゆき、1954年 - )は、日本の国… 前田 雅之(まえだ まさゆき、1954年 - )は、日本の国文学者。明星大学教授。中古・中世文学(説話・和歌・注釈)専攻。 山口県出身。1973年山口県立下関西高等学校卒、1979年早稲田大学教育学部国文科卒、1987年同大学大学院文学研究科日本文学専攻博士課程を単位取得退学。 東京女学館短期大学教授、東京家政学院大学人文学部教授、明星大学人文学部日本文化学科教授。明星大学名誉教授。 1990年早稲田大学国文学会賞(窪田空穂賞)を受賞。2000年「今昔物語集の世界構想」で、早稲田大学より文学博士の学位を取得。
仲西 昭徳(なかにし あきのり、1954年 - )は、日本の… 仲西 昭徳(なかにし あきのり、1954年 - )は、日本の自動車デザイナー。現職は、三菱自動車工業の執行役員、及び北米本部長。 山口県山口市出身。山口県立山口高等学校、金沢美術工芸大学卒業。1977年、三菱自動車工業入社。1987 - 88年のカリフォルニア駐在等を経て同社欧州法人のデザインスタジオであるミツビシ・デザイン・ヨーロッパ(MDE、ドイツ・ヘッセン州Trebur)においてゼネラル・マネジャーを務める。2004年6月、三菱自動車工業デザインセンター長に就任、2006年6月からは同社執行役員を兼務する。2009年2月にデザイン部門から離れ、以後アジア・アセアン本部長、ミツビシ・モーターズ・ヨーロッパ社(Mitsubishi Motors Europe BV)の取締役社長を歴任。
弘中 勝久(ひろなか かつひさ、1953年12月7日 - )… 弘中 勝久(ひろなか かつひさ、1953年12月7日 - )は、日本の地方公務員。勲等は瑞宝中綬章。山口県議会事務局長や、山口県公営企業管理者等を経て、山口県副知事。 山口県阿武郡むつみ村(現萩市)出身。山口県立萩工業高等学校を経て、1977年 長崎県立国際経済大学経済学部卒業、山口県庁入庁。2004年 商工労働部企業立地推進室次長。2005年 農林部林政課長。2006年 農林水産部森林企画課長。2008年 農林水産部審議監。2010年 農林水産部次長兼全国植樹祭推進室長。2011年 山口県議会事務局長。2013年 公営企業管理者。 2016年から副知事を務め、2017年からは行財政改革統括本部長を兼務し、財政悪化を受け行政改革を進めた。
藤井 律子(ふじい りつこ、1953年〈昭和28年〉8月7日… 藤井 律子(ふじい りつこ、1953年〈昭和28年〉8月7日 - )は、日本の政治家、看護師。山口県周南市長(2期)。元山口県議会議員(4期)、元日本会議山口副会長。 山口県徳山市(現・周南市)生まれ。旧姓は有吉。1972年(昭和47年)3月、山口県立徳山高等学校卒業。1975年(昭和50年)3月、広島大学医学部附属看護学校卒業。同年4月、広島大学原爆放射線医科学研究所臨床外科病棟の看護師となる。1979年(昭和54年)5月、藤井真と結婚。 2001年(平成13年)9月、山口県議会議員だった夫の藤井真が死去。その後継として2003年(平成15年)4月に行われた県議選に立候補し初当選した。県議時代は自由民主党山口県連の総務会長、副会長などを歴任した。
安田 栗之助(やすだ くりのすけ、1953年7月9日 - )… 安田 栗之助(やすだ くりのすけ、1953年7月9日 - )は、福岡県を拠点に九州・山口地方で活動するローカルタレント。本名は安田 誠(やすだ まこと)。山口県下関市出身。出身高校は私立早鞆高等学校、出身大学は私立九州産業大学、愛称は「栗ちゃん」。 1990年代に九州朝日放送で土曜朝7:00に放送されていた釣り番組(ANN九州各局やスカイ・Aでも放送)。従来からある玄人向けの釣り番組と違い、釣り人の個性やキャラクター・人間性を引き出し、さらに釣った魚を利用したアウトドアクッキングや、釣り場や漁港の近くの宿泊施設まで紹介するエンタテイメント性が受け人気番組となる。この番組がきっかけとなり「栗之助=釣り」というイメージができあがった。
大河原 栄(おおかわら さかえ、1953年6月6日 - )は… 大河原 栄(おおかわら さかえ、1953年6月6日 - )は、山口県出身の元プロ野球選手(捕手)。右投右打。
永見 武司(ながみ たけし、1953年5月31日 - )は、… 永見 武司(ながみ たけし、1953年5月31日 - )は、元プロ野球審判員で前パシフィック・リーグ審判部長。現日本女子プロ野球リーグ審判部長。山口県出身。 山口県立豊浦高等学校から中央大学を経て1976年パ・リーグ審判部に入局。中央大学時代は空手部に所属していた。審判員袖番号は19。 2002年、藤本典征前審判部長の後を継いで部長に就任したが、2005年に、前川芳男の9年振りという異例の部長(指導員兼任)復帰に伴い部長職を解かれ、審判部参与という肩書きになった。2006年からは、一審判員に戻っている。定年年齢以前に部長を解かれた例は他にはない。 2007年までにオールスターゲームに4回(1984年、1990年、1993年、2001年。