森 裕司(もり ゆうじ、1953年(昭和28年)11月21日… 森 裕司(もり ゆうじ、1953年(昭和28年)11月21日 - 2014年(平成26年)9月17日)は、日本の動物行動学者。高知県出身。東京大学大学院農学生命科学研究科教授。 高知県高知市生まれ。 東京大学農学部を卒業後、同大大学院博士課程、東京農工大学助教授などを経て、東京大学大学院農学生命科学研究科教授となった。 2014年9月17日午後3時24分、閉塞性細気管支炎のため東京都文京区の病院で死去。60歳没。
コジロー(1953年10月5日 - 本名:北代浩二郎)は、日… コジロー(1953年10月5日 - 本名:北代浩二郎)は、日本の漫画家。高知県吾川郡伊野町(現:いの町)出身。ペンネームは、本名である「こうじろう」をもじったもの。
山崎 匡佑(やまさき きょうすけ、1953年7月26日 - … 山崎 匡佑(やまさき きょうすけ、1953年7月26日 - )は、日本の漫画家。本名は山崎 享祐(読み同じ)で、2024年現在は主にこちらの名義で執筆している。高知県室戸市吉良川町出身。 高知県立の園芸高等学校(現・春野高等学校)を経て、1976年、日本大学芸術学部文芸学科卒業。1974年、大学3年生の時に『別冊漫画アクション』でデビュー。スポーツ漫画(特に相撲・ゴルフもの)を主に手掛ける。2021年4月27日発売の週刊アサヒ芸能(徳間書店)2021年5月6日・13日合併号で「白鵬本紀」 (監修:白鵬翔)を本名の山崎 享祐名義で連載開始と同時に公式サイト「漫画 やまさき商店」とTwitterアカウントを開設。
岡﨑 誠也(おかざき せいや、1953年(昭和28年)3月1… 岡﨑 誠也(おかざき せいや、1953年(昭和28年)3月17日 - )は、日本の政治家。元高知県高知市長(5期)。国民健康保険中央会会長。 高知県宿毛市出身。高知学芸高等学校卒業。1975年(昭和50年)3月、青山学院大学経済学部卒業。同年4月、高知市役所に入庁。 2003年(平成15年)10月、高知市役所産業振興部副部長・産業振興部産業政策課長事務取扱を最後に高知市役所を退職。松尾徹人の高知県知事選挙転出に伴って11月30日に行われた高知市長選挙に立候補。民主党・社民党の推薦と公明県本部の支持を受けて初当選した。 2004年(平成16年)、全国市長会副会長に就任。 2007年(平成19年)、自民党、民主党、公明党、社民党推薦で立候補し再選。
横山 充男(よこやま みつお、1953年2月19日 - )は… 横山 充男(よこやま みつお、1953年2月19日 - )は、日本の児童文学作家。 高知県宿毛市出身。立命館大学文学部卒業。梅花女子大学児童文学科教授を経て、東海学園大学人文学部教授。日本児童文芸家協会、日本文藝家協会会員。「プレアデス」同人。 1953年(昭和28年)2月、高知県幡多郡平田村(現宿毛市平田町)に生まれる。父横山春馬、母一尾。3人兄弟の末っ子であった。生後半年たらずで父親が事故死。その年のうちに母親の実家がある中村市(現四万十市)に引っ越す。 中村小学校、中村中学校、高知県立中村高等学校をへて、京都市の婦人服メーカーに就職する。1年ほどで肺結核を病み、大阪府高槻市にある療養所に入所。
浜窪 隆雄(はまくぼ たかお、1952年(昭和27年)12月… 浜窪 隆雄(はまくぼ たかお、1952年(昭和27年)12月14日 - )は、日本の医学者、生化学者。東京大学先端科学技術研究センター教授。専門は、生化学、抗体医薬。
山本 有二(やまもと ゆうじ、1952年〈昭和27年〉5月1… 山本 有二(やまもと ゆうじ、1952年〈昭和27年〉5月11日 - )は、日本の政治家、弁護士。 衆議院議員(11期)、農林水産大臣(59代)、再チャレンジ担当大臣兼内閣府特命担当大臣(金融)(第1次安倍内閣)、財務副大臣(第1次小泉第2次改造内閣・第2次小泉内閣)、法務総括政務次官(小渕第2次改造内閣)、自治政務次官(第1次橋本内閣)、衆議院予算委員長、同懲罰委員長、同法務委員長、同経済産業委員長、高知県議会議員(1期)、自由民主党財務委員長、同ITS推進・道路調査会長、同経理局長、同道路調査会長、同高知県支部連合会会長、同国会対策副委員長、同建設部会長などを歴任。 高知県高岡郡越知町出身。
竹村 よしひこ(たけむら よしひこ、1952年4月10日 -… 竹村 よしひこ(たけむら よしひこ、1952年4月10日 - )は、日本の漫画家。高知県南国市出身。高知県立高知工業高等学校建築科卒。本名は竹村芳彦。 寺田ヒロオ、藤子不二雄、一峰大二などのアシスタントを経て、1975年「ろぼっ子ビートン」(てれびくん連載)でデビュー。80、90年代は少年誌で活躍していた。現在は故郷の高知県で暮らしている。 趣味はドライブ、映画鑑賞。
吉村 金八(よしむら きんぱち、1952年3月20日 - )… 吉村 金八(よしむら きんぱち、1952年3月20日 - )は、高知県幡多郡小筑紫町(現・宿毛市)出身のプロゴルファー。 「きんぱち」という読みはゴルフの登録名で、本名の読みは「かねや」。 ほとんどの親族が漁師という家に生まれ、中学卒業後は漁の手伝いをしていたが、地元を離れ、兵庫県の高校に編入しようとしてみたり、建築士になりたいと言って東京に出たりもした。 18歳で豊島区雑司ヶ谷の親戚の家に転がり込んで工業高校に入学し、学校生活の傍ら、図面を描くアルバイトをしていた。 アルバイト先の会社にいた同じ工業高校を卒業した先輩に「ゴルフをしていたほうが、この先、仕事にも役立つから。3ヶ月まじめに練習してこい」と言われてハーフセットを貰うと、板橋区にある練習場「四葉ゴルフ」で一生懸命練習した。
北尾 一喜(きたお かずき、1952年2月10日 - )は、… 北尾 一喜(きたお かずき、1952年2月10日 - )は、高知県幡多郡西土佐村出身の元プロ野球選手。ポジションは内野手。 高知県立中村高等学校では遊撃手で主将。1969年夏南四国大会まで進んだが、初戦で国岡恵治(阪急)がエースの鴨島商に敗れて甲子園には出場できなかった。 1969年のドラフトで南海ホークスから9位で指名され入団。 一軍公式戦に出場することはなく引退した。
福留 貴美子(ふくとめ きみこ、1951年12月17日 - … 福留 貴美子(ふくとめ きみこ、1951年12月17日 - )は、よど号グループの岡本武の妻。北朝鮮政府は「1988年に死亡」としている。政府認定の北朝鮮による日本人拉致問題被害者ではないが、北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会(救う会)は拉致被害者と認定、死亡情報は疑わしいとして救出運動を行っている。 高知県香美郡暁霞村(現香美市)生まれ。父親は自民党系の村議もしくは役員をしていたと言われる。高知県立山田高校に入学し、剣道部に所属していた。1970年、高校を卒業して綜合警備保障に就職。大阪の日本万国博覧会会場で勤務した後、東京に転勤し1975年に退職。 1974年、幼稚園教諭の免許取得を目指し東京教育専修学校(現・東京教育専門学校)夜間部に入学、1976年3月に卒業した。
中西 哲(なかにし さとし、1951年12月7日 - )は、… 中西 哲(なかにし さとし、1951年12月7日 - )は、日本の政治家。 参議院議員(1期)、外務大臣政務官(菅義偉内閣)、高知県議会議員(4期)、宿毛市議会議員(1期)を歴任。 高知県宿毛市に生まれる。高知高等学校卒業後、中央大学法学部政治学科に入学し、日本学生同盟に参加。 大学卒業後は高村正彦法律事務所に勤務。1981年、株式会社朝日建物入社。1988年、宿毛市に戻り家業である養殖業を継ぐ。 1995年、宿毛市議会議員選挙に立候補し当選。 1999年、高知県議会議員選挙に立候補し当選。以後4回連続当選。 2015年、任期満了に伴い高知県議を退任。高知県選挙区次期参議院議員候補者に内定した。
石田 祝稔(いしだ のりとし、1951年9月1日 - )は、… 石田 祝稔(いしだ のりとし、1951年9月1日 - )は、日本の政治家。公明党アドバイザー。 衆議院議員(8期)、衆議院経済産業委員長、厚生労働副大臣(第1次安倍内閣)、農林水産副大臣(福田康夫改造内閣・麻生内閣)、公明党政務調査会長、公明党副代表、衆議院総務委員長などを歴任した。 高知県高知市生まれ。 1970年、高知県立高知追手前高等学校を卒業し、電気通信大学に入学するが、1971年に中退した。 その後、1971年に創立された創価大学文学部社会学科に入学し、1975年に卒業した。 1978年、創価大学大学院文学研究科修士課程を修了した。 1979年、東京都庁に入庁した。 1990年、第39回衆議院議員総選挙に公明党公認で高知県全県区(定数5)から出馬し、得票数4位で初当選した。
稲毛 忠治(いなげ ちゅうじ、1951年7月26日 - )は… 稲毛 忠治(いなげ ちゅうじ、1951年7月26日 - )は、日本の元キックボクサー。本名は松田正。高知県高知市出身。元日本ウェルター級、元東洋ウェルター級チャンピオン。 キックボクシング全盛時代毎週のようにテレビに登場した。細身ながら、国際式で鍛えた左ストレートを武器に高いKO率を誇った。 1972年5月17日斎藤修治(目黒ジム)を破り、日本キックボクシング協会ウェルター級新人王獲得。 1974年1月5日乗富悦司(目黒ジム)を破り、日本キックボクシング協会(第4代)日本ウェルター級王座獲得。 1975年1月2日富山勝治(目黒ジム)を破り、日本キックボクシング協会(第5代)東洋ウェルター級王座獲得。
森下 一仁(もりした かつひと、1951年6月16日 - )… 森下 一仁(もりした かつひと、1951年6月16日 - )は、日本の作家。SF作家、評論家。 高知学芸高等学校卒業。在学中にSF研究会を創立、一年後輩のメンバーに宮脇孝雄がいた。東京大学文学部心理学科卒。在学中は、東大SF研究会、一の日会等に参加。 高知放送に勤務し制作、報道などの仕事を経験する。1978年末に退社し上京。1979年短編『プアプア』で『SFマガジン』よりデビュー。 『SFアドベンチャー』の「森下一仁のショートノベル塾」には、森岡浩之、北野勇作、井上雅彦、鯨統一郎などの常連投稿者がいた。また、川又千秋をひきついで講師をしていた空想小説ワークショップからは浅暮三文、深堀骨がデビューしている。
樋口 恵子(ひぐち けいこ、1951年2月6日 - 2023… 樋口 恵子(ひぐち けいこ、1951年2月6日 - 2023年9月15日)は日本の政治家、元町田市議会議員(1期)。障害者運動の社会活動家、著作家である。 1951年、高知県安芸市生まれ。1歳半で脊椎カリエスを罹患し、中学時代は寝たきり状態の中で施設での生活を体験する。安芸高校の商業科を卒業。このころ、後のパートナーである近藤秀夫に出会う。 1972年、近藤と結婚した。埼玉県へ移り、近藤と生活しつつ高千穂商科大学で会計学を専攻する。卒業後は東京都町田市で障害者の訪問介護事業に携わる。 1984年、ダスキンの「障害者リーダー育成海外研修派遣事業」の研修生としてアメリカにわたる。カリフォルニア州バークレーの自立生活センターで身体障害者や知的障害者の当事者運動を学ぶ。
法光院 晶一(ほうこういん しょういち、1951年(昭和26… 法光院 晶一(ほうこういん しょういち、1951年(昭和26年)1月3日 - )は、日本の政治家。元高知県香美市長(2期)。 高知県大川村生まれ。1973年(昭和48年)3月、専修大学経済学部卒業。日本図書販売に就職した翌年、高知県に戻り、物部村役場に入庁。 2006年(平成18年)3月1日、物部村は土佐山田町、香北町と新設合併し、香美市が発足する。2008年(平成20年)、香美市役所の総務課長に就任。 2014年(平成26年)3月23日に行われた香美市長選挙に自由民主党・公明党の推薦を受けて出馬。元市議の笹岡優、元県議の黒岩直良、元市議の有元和哉らを破り初当選した。4月9日、市長就任。選挙の結果は以下のとおり。
宗石 大(むねいし だい、1951年1月1日 - )は、日本… 宗石 大(むねいし だい、1951年1月1日 - )は、日本の騎手(高知競馬場)、調教師(高知競馬場)。高知県香美郡土佐山田町(現・香美市)出身。 1951年1月1日、高知県香美郡土佐山田町(現・香美市)出身。生家は農家で、農耕馬や競走馬を飼っていた。エンタツ・アチャコや藤山寛美に憧れて漫才師を志したが伝手がなかったため断念し、大工を目指して職業訓練校に通った。しかし経済的な事情から職業訓練校に通えなくなり、体が小さいことを活かして金を稼ごうと騎手になることを決意。「一発試験」と呼ばれる試験に合格し、騎手免許を取得した。騎手としては1万回以上騎乗し、1000を超える勝利を挙げた。このことについて宗石は、「下手くそに1万回も乗せてくれたのは義理と人情みたいなものだったから、私も義理と人情が大事の人間になっちゃった」と述べている。
南 哲行 (みなみ のりゆき、1951年または1952年 -… 南 哲行 (みなみ のりゆき、1951年または1952年 - )は、日本の建設・国土交通技官。国交省砂防部長、北海道大学大学院特任教授、全国治水砂防協会常務理事等を歴任。 高知県高知市出身。1977年 (昭和52年) 京都大学農学部卒。同年建設省入省、北海道庁土木部、九州地方建設局大隅工事事務所長、建設省土木研究所砂防研究室長、奈良県土木部長、国交省東北地方整備局道路部長、同河川部長、水管理・国土保全局砂防計画課長、2011年7月、砂防部長。2013年1月 大野宏之を後任に砂防部長退任、退官。同年 北海道大学大学院農学研究院国土保全学研究室特任教授 。2015年 全国治水砂防協会常務理事。一般財団法人砂防・地すべり技術センター理事長。
秦泉寺 尚(じんぜんじ ひさし、1951年-)は日本の男子ス… 秦泉寺 尚(じんぜんじ ひさし、1951年-)は日本の男子スポーツ科学者。高知県高知市出身。 高知大学卒業で筑波大学大学院修士課程コーチ学専攻修了。学生時代から陸上競技選手として短距離走を専門にしており、今でもマスターズ陸上に選手や役員として参加している。 現在は宮崎大学教育文化学部の助教授を務めている。 この項目は、陸上選手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:陸上競技/PJ陸上競技)。
井本 隆(いもと たかし、1950年11月21日 - 201… 井本 隆(いもと たかし、1950年11月21日 - 2015年1月21日)は、高知県出身のプロ野球選手(投手)。 高知県高岡郡宇佐町(現・土佐市宇佐町)に生れる。伊野商業高では、1967年秋季四国大会県予選準決勝に進出、土佐高の萩野友康と投げ合うが1-2で惜敗。1968年夏の甲子園県予選でも準々決勝で高知工業高に延長10回敗退。高校の同期生に巨人や日本ハムでプレーした控え投手の谷山高明がいる。高校卒業後は、社会人野球の鐘淵化学に進み、速球投手として頭角を現す。1971年の都市対抗野球に出場し、1回戦では先発を任され好投、電電東北を降す。 1972年の都市対抗野球にも連続出場、同年の産業対抗では準優勝に貢献し敢闘賞を獲得した。
谷山 高明(たにやま たかあき、1950年10月8日 - )… 谷山 高明(たにやま たかあき、1950年10月8日 - )は、高知県出身の元プロ野球選手(投手)。 伊野商業高時代は、同期に同じく投手の井本隆がいる。 高校卒業後、社会人野球の愛媛相互銀行では第42回都市対抗野球大会に補強選手として出場、1971年のプロ野球ドラフト会議で読売ジャイアンツから2位指名を受け入団。 1972年11月20日には、イースタンの教育リーグ最終戦のロッテ戦(巨人軍多摩川グラウンド)に2番手で登板し5回3分の1を4安打に抑える好投。「ウチには珍しいシュートで勝負する投手に成長するはず。もう少しコントロールさえつけば、来年は一軍でも十分通用する」と二軍監督の中尾碩志も太鼓判を押すほどだった。
田村 哲郎(たむら てつろう、1950年9月25日 - 19… 田村 哲郎(たむら てつろう、1950年9月25日 - 1991年12月6日)は、日本の舞踏家である。 公演歴は主に原田著舞踏(BUTOH)大全による。
岩谷 滋雄(いわたに しげお、1950年(昭和25年)9月8… 岩谷 滋雄(いわたに しげお、1950年(昭和25年)9月8日 - )は日本の外交官、国際公務員。駐オーストリア特命全権大使などを経て、第2代三国協力事務局長。 高知県出身。1969年愛光高等学校卒業、1973年一橋大学法学部卒業、同年外務省入省。 英語研修(米国)、国連政府代表部一等書記官、在インドネシア大使館一等書記官、経済協力局政策課企画官を経て、1991年外務省国際連合局科学課長、1993年在ドイツ日本国大使館参事官、1996年在中国公使(文化担当)、1998年法務省入国管理局政策課長、1999年法務省仙台入国管理局長、2001年外務省領事移住部審議官、2002年内閣府遺棄化学兵器処理担当室長、2004年在ドイツ公使、2005年ホノルル総領事。
福冨 博(ふくとみ ひろし、旧名:福富 博(読み同じ)、19… 福冨 博(ふくとみ ひろし、旧名:福富 博(読み同じ)、1950年7月25日 - )は、日本の男性アニメーター、アニメーション演出家、アニメ監督。高知県出身。妻はアニメーターの福富和子。 東京デザイナー学院(現・東京ネットウエイブ)中退後、Aプロダクション(現・シンエイ動画)に入社。1982年、『怪物くん』のスタッフである真田芳房、本多敏行、森脇真琴を中心にアニメ制作会社あにまる屋(現・エクラアニマル)を設立。主にスタジオコメット作品を中心に活動していた。 手がけたオープニングアニメーションにはダイナミックな背景動画を多用したり、キャラクターの顔を意図的に隠すなど特徴的な演出が多い。
福冨 博(ふくとみ ひろし、1950年7月25日 - 、旧名… 福冨 博(ふくとみ ひろし、1950年7月25日 - 、旧名:福富 博(読み同じ))は日本のアニメーション監督。高知県出身。妻はアニメーターの福富和子。
萩野 友康(はぎの ともやす、1950年7月15日 - )は… 萩野 友康(はぎの ともやす、1950年7月15日 - )は、高知県出身の元社会人野球の野球選手(投手)、野球指導者。 土佐高では、1967年の2年生時に夏の甲子園に出場。準々決勝に進出するが中京高の川口勉に抑えられ敗退。秋は県大会準決勝で伊野商の井本隆に投げ勝つが決勝で高知商に敗れて準優勝。四国大会は初戦で徳島商の松村憲章と投げ合うも敗れた。翌1968年夏は、高知県大会決勝に進出するが、高知高に0-1で延長10回サヨナラ負け、甲子園出場を逸する。 高校卒業後の1969年、慶應義塾大学に進学し野球部に入部。東京六大学野球リーグでは1971年秋季リーグから3季連続優勝。同期の長谷部優との二本柱で活躍する。
加賀野井 秀一(かがのい しゅういち、1950年5月28日 … 加賀野井 秀一(かがのい しゅういち、1950年5月28日 - )は、フランス哲学研究者、言語学者。中央大学理工学部教授を定年退任後は名誉教授。 高知県高知市生まれ。父・朗は高知新聞の記者。幼少期には父の転勤が多く、小学校は東京・高知・大阪と転校をくり返し、デラシネの生活をおくったという。大阪府池田市の北豊島中学校には同級生に、後に社会学者となる坂本ひろ子やコンピューター・グラフィックス専門家の高沖英二がおり、ロッキング・オンの渋谷陽一が一年下のクラスにいた。 高知市の土佐高校に進み、自由闊達な校風を身につけ、高校では二年先輩に英文学の大家・高山宏、劇作家・演出家の笠井賢一がいた。中央大学文学部仏文科に入学し、大学の指導教授はソシュール研究家の丸山圭三郎だが、哲学科の木田元にも学ぶ。
右城 猛(うしろ たけし、1950年〈昭和25年〉5月22日… 右城 猛(うしろ たけし、1950年〈昭和25年〉5月22日 - )は日本の工学博士。高知県長岡郡本山町古田出身。第一コンサルタンツの代表取締役社長を務める。 高知県立高知工業高等学校土木科、徳島大学工業短期大学部土木工学科卒業。右城の最終学歴は短期大学卒業であるが、その研究が認められ1997年(平成9年)10月31日に愛媛大学より工学博士の学位を受けた。 擁壁の土圧計算法には様々なものがあるが、複雑な形状の背面土圧は試行くさび法で求めるのが一般的である。しかしその試行くさび法を逆T型擁壁やL型擁壁に当てはめると矛盾が生じるとして、右城は1991年(平成3年)に自らが改良した試行くさび法に「改良試行くさび法」と名付けて発表した。
西本 勝子(にしもと かつこ、1950年4月1日 - 202… 西本 勝子(にしもと かつこ、1950年4月1日 - 2025年2月2日)は、日本の政治家。自由民主党所属の元衆議院議員(1期)。 高知県高岡郡日高村出身。高知学芸高等学校、獨協大学法学部を卒業後、西本建設(廃業)の代表取締役社長、日高村議会議員を経て、2005年の第44回衆議院議員総選挙に比例四国ブロックから立候補。名簿順位14位と下位だったが、四国のほぼ全ての自民党重複候補が小選挙区当選したため、初当選した。番町政策研究所(高村派)所属。 2006年の自由民主党総裁選挙では安倍晋三を支持した。 2007年6月14日、ワシントン・ポストに掲載されたアメリカ合衆国下院121号決議の全面撤回を求める歴史事実委員会名義の全面広告「THE FACTS」に賛同者として名を連ねた。
川添 哲夫(かわぞえ てつお、1950年〈昭和25年〉1月1… 川添 哲夫(かわぞえ てつお、1950年〈昭和25年〉1月15日 - 1988年〈昭和63年〉3月24日)は、日本の剣道家。段位は教士七段。 上段の遣い手で、全日本剣道選手権大会優勝2回・準優勝1回・第三位3回、全国教職員剣道大会個人優勝5回、世界剣道選手権大会団体優勝1回などの戦績を残した。 高知県香美郡土佐山田町(現・香美市)生まれ。父は剣道範士八段・高知県剣道連盟副会長の川添恵美(かわぞえ めぐみ)。 高知中学校・高等学校で剣道に励み、高校2年・3年にはインターハイに出場。3年から上段の構えを執る。 国士舘大学体育学部4年時の1971年、第19回全日本剣道選手権大会で初出場初優勝した。大学生で全日本選手権を制覇したのは川添が史上初であり、これは2014年の第62回全日本選手権で竹ノ内佑也(筑波大学)が川添と同じく初出場初優勝を果たすまで43年間現れなかった。
和田 健夫(わだ たてお、1950年1月 - )は、日本の法… 和田 健夫(わだ たてお、1950年1月 - )は、日本の法学者。勲等は瑞宝中綬章。 専門は、経済法・日本の競争政策。第10代小樽商科大学学長。日本経済法学会理事。高知県出身。 1968年 土佐高等学校卒業。1975年 金沢大学法文学部卒業。1977年 金沢大学大学院法学研究科修士課程修了。 1980年 北海道大学大学院法学研究科博士後期課程退学、小樽商科大学商学部講師。1981年 小樽商科大学商学部助教授。1991年 小樽商科大学商学部教授。2001年 小樽商科大学副学長。2004年 小樽商科大学理事・教育担当副学長。2008年 小樽商科大学理事・総務・財務担当副学長、附属図書館長。2014年 第10代小樽商科大学学長。
梅原 真(うめばら まこと、1950年 - )は、日本のグラ… 梅原 真(うめばら まこと、1950年 - )は、日本のグラフィックデザイナー。梅原デザイン事務所代表。「土地のチカラを引き出すデザイン」で2016年度 毎日デザイン賞・特別賞。武蔵野美術大学客員教授。 高知県高知市出身。大阪経済大学卒業後、RKCプロダクション美術部に入社。日本テレビで研修後、スタジオの大道具担当になる。25歳の時、スペインへ渡り休職。1979年、退職後にアメリカ大陸を横断し、サンフランシスコ滞在を経て帰国の後、梅原デザイン事務所を設立。高知を拠点に「一次産業×デザイン=風景」をモットーにデザイン活動を展開。 1988年、「土佐一本釣り・藁焼きたたき」のデザインでカツオの一本釣り漁法を支え、8年間で年商20億円の産業を作り出す。
笹山 久三(ささやま きゅうぞう、1950年 - )は、日本… 笹山 久三(ささやま きゅうぞう、1950年 - )は、日本の小説家・労働運動家。高知県幡多郡西土佐村(現・四万十市)出身。本名:芝 久巳(しば ひさみ)。高知県中村高校西土佐分校卒。1969年、横浜金沢郵便局入局(現在は配転により異動)。
竹村 一義(たけむら かずよし、1949年12月19日 - … 竹村 一義(たけむら かずよし、1949年12月19日 - )は、高知県安芸郡安田町出身の元プロ野球選手(投手)。 安芸高校ではエースとして活躍。1967年春季四国大会県予選で決勝に進出し、土佐高の萩野友康と投げ合うが惜敗。夏の甲子園県予選では準々決勝で高知工に敗退、甲子園には出場できなかった。 同年11月、ドラフト7位で大洋ホエールズに指名され、卒業後に入団。しかし在籍5年半で僅か2勝しかできず、1973年のシーズン途中に山口富士雄との交換トレードで阪急ブレーブスへ移籍した。この年は8勝を挙げて、パ・リーグのプレーオフ(対南海ホークス)にも出場し活躍している。 1974年には開幕投手を務め9勝3敗、勝率.750という好成績を残して、最優秀勝率投手のタイトルも獲得。
弓月 光(ゆづき ひかる、本名:西村 司、1949年12月5… 弓月 光(ゆづき ひかる、本名:西村 司、1949年12月5日 - )は、日本の漫画家。男性。高知県吾川郡伊野町(現・いの町)出身。淳心学院高等学校卒業。 1968年(昭和43年)に第1回りぼん新人漫画賞で準入選してデビュー。集英社の雑誌を主として少女漫画・少年漫画・青年漫画と幅広く活動する。代表作に『ボクの初体験』・『エリート狂走曲』・『みんなあげちゃう♡』など。『グランドジャンプ』誌上において「甘い生活 2nd season」および「瞬きのソーニャ」を連載中。日本漫画家協会の参与を務めている。 淳心学院高等学校3年の時に『まんが王』(秋田書店)と『少年』(光文社)の新人賞に応募、佳作に入賞し、『少年』に応募したものについては付録に掲載されている。
宮田 速雄(みやた はやお、1949年12月 - 2026年… 宮田 速雄(みやた はやお、1949年12月 - 2026年1月10日)は、日本のジャーナリスト、実業家。高知新聞社の元代表取締役社長。高知県室戸市出身。慶應義塾大学卒業。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
須賀 陽子(すか ようこ、1949年(昭和24年)11月28… 須賀 陽子(すか ようこ、1949年(昭和24年)11月28日 - )は、日本のヴァイオリニスト。元徳島文理大学音楽学部准教授。 高知県高知市出身。東京芸術大学音楽学部器楽科卒業。 高知県高知市出身。高知市にて田中昇、深瀬岩造にヴァイオリンを師事。土佐中学校・高等学校を卒業後、東京芸術大学音楽学部器楽科に進学し井上武雄、中村泉に師事。大学を首席卒業後、1973年(昭和48年)より同大学音楽指揮科助手に就任。 1975年(昭和50年)より高知大学教育学部非常勤講師及び徳島文理大学音楽学部講師に就任。1989年(平成元年)に同大学准教授に就任。 1988年(昭和63年)よりドイツ・ウルムで活動している室内楽団・ウルマー・カンマー・アンサンブルとの交流が続いており、様々な演奏会に参加。
田中 則夫(たなか のりお、1949年9月13日 - 201… 田中 則夫(たなか のりお、1949年9月13日 - 2014年11月12日)は、日本の法学者。国際法が専門。 高知市生まれ。1974年龍谷大学法学部卒、1981年同大学院博士課程満期退学、同大学法学部助教授、1990年教授・2011年副学長。
間 寛平(はざま かんぺい、1949年〈昭和24年〉7月20… 間 寛平(はざま かんぺい、1949年〈昭和24年〉7月20日 - )は、日本のお笑いタレント、喜劇俳優、歌手。吉本新喜劇の元座長で現在はゼネラルマネージャー。レゲエシンガーとしての活動名義および本名は間 重美(はざま しげみ)。高知県宿毛市出身。吉本興業所属。アイドルユニット「秘蔵っ子」のプロデューサー。 愛称は「寛平ちゃん」。後輩芸人や年下の著名人や一般の方からは「寛平さん」や「寛平師匠」、笑福亭鶴瓶や吉本の後輩芸人などからは「寛平兄さん」と呼ばれている。身長164 cm、体重60 kg、血液型AB型。既婚。 私立柏原高等学校卒業。既婚者。妻は吉本新喜劇の元座員で、長男はミュージシャンの間慎太郎。
荒勢 永英(あらせ ながひで、1949年6月20日 - 20… 荒勢 永英(あらせ ながひで、1949年6月20日 - 2008年8月11日)は、高知県吾川郡伊野町(現在のいの町)出身で花籠部屋に所属した大相撲力士、エイビープロモーションに所属していたタレント。本名は荒瀬 英生(あらせ ひでお)。芸名は荒勢(あらせ)、最高位は東関脇(1976年5月・7月場所、1977年3月場所、9月場所〜1978年3月場所、1980年3月・5月場所)。大相撲時代の体格は身長177cm、体重151kg。得意手は右四つ、寄り。公認候補者として所属した自由連合では、組織委員会文化スポーツ局次長を務めた。 実家は農家。高知中学校在学時より相撲を始め高知高校、日本大学と相撲部で活躍し、大学3年時には全日本相撲選手権大会で3位に入賞している。
弘田 澄男(ひろた すみお、1949年5月13日 - )は、… 弘田 澄男(ひろた すみお、1949年5月13日 - )は、高知県宿毛市出身の元プロ野球選手(外野手)、監督、野球解説者、評論家。
西森 弘志 ルイスことルイス・ヒロシ・ニシモリ(ポルトガル語… 西森 弘志 ルイスことルイス・ヒロシ・ニシモリ(ポルトガル語: Luiz Hiloshi Nishimori、1949年4月9日 - )は、ブラジルの政治家。ブラジル社会民主党所属のブラジル連邦下院議員(4期)。 ブラジル連邦共和国パラナ州マリアルバ市出身。高知市立高知商業高等学校、マリンガ州立大学商業科卒業。 パラナ州議会議員(2期)を経て、ブラジル連邦下院議員(4期)を務める。 2024年、旭日中綬章を受章。
小松 幹侍(こまつ けんじ、1949年(昭和24年)2月3日… 小松 幹侍(こまつ けんじ、1949年(昭和24年)2月3日 - )は、日本の政治家。元高知県室戸市長(3期)。 高知県羽根村(現・室戸市羽根町)生まれ。1967年(昭和42年)3月、高知県立高知農業高等学校卒業。同年7月1日、室戸市役所に入庁。福祉事務所長、教育次長兼学校教育課長などを務める。出自は同市吉良川町黒耳地区の中野家で小松家に養子入りしている。 2006年(平成18年)5月31日、市役所を退職。同年11月19日に行われた室戸市長選挙に立候補し、市議の沢山保太郎との一騎打ちを制し初当選を果たした。投票率は65.16%。 2010年(平成22年)、再選。2014年(平成26年)、前々回の市長選以後、東洋町長を1期務めた沢山保太郎を破り3選。
馬場 章夫(ばば あきお、1949年 - )は、日本の化学工… 馬場 章夫(ばば あきお、1949年 - )は、日本の化学工学者。大阪大学名誉教授。元大阪大学理事・副学長。産学官連携功労者表彰文部科学大臣賞受賞。 高知県生まれ。土佐高等学校を経て、1971年大阪大学工学部応用化学科卒業。1976年大阪大学大学院工学研究科石油化学専攻博士課程修了、工学博士。同年三菱化成工業(現在の三菱ケミカル)入社、総合研究所配属。1981年大阪大学工学部助手。1995年大阪大学大学院工学研究科教授。2007年大阪大学先端科学イノベーションセンター長。2008年大阪大学大学院工学研究科長・工学部長兼総長補佐(産学連携担当)。2011年から大阪大学理事・副学長(産学連携担当)を務め、第12回産学官連携功労者表彰(平成26年度)文部科学大臣賞を受賞した。
岡崎 郁子(おかざき いくこ、1949年 - )は、日本の中… 岡崎 郁子(おかざき いくこ、1949年 - )は、日本の中国文学者、元吉備国際大学教授。 高知市生まれ。1973年大東文化大学文学部日本文学科卒、1979年国立台湾大学大学院修士課程修了。2002年岡山大学大学院文化科学研究科人間社会文化学博士課程修了、「戦後台湾の日本語文芸研究 黄霊芝を中心として」で岡山大学文学博士。1990年より吉備国際大学社会学部教授、2020年退職。
山崎 博昭(やまざき ひろあき、1948年11月12日 - … 山崎 博昭(やまざき ひろあき、1948年11月12日 - 1967年10月8日)は、日本の学生活動家である。第1次羽田事件で死亡した学生として知られる。 高知県生まれ。大阪市立茨田中学校、大阪府立大手前高等学校卒業。1967年京都大学文学部に入学し、同年4月に革命的共産主義者同盟全国委員会(中核派)に参加。高校時代は「大手前高校社研(社会研究会)」で活動したほか、中核派系の反戦高協大阪府委員会結成に参加している。デモや集会に度々参加し、砂川闘争にも加わっていた。 1967年10月8日の第1次羽田事件(佐藤栄作首相の南ベトナム訪問阻止運動)に参加。羽田空港への突入を図る学生らと機動隊が海老取川に架かる弁天橋で激しい攻防を展開し、機動隊から奪った警備車兼放水車を暴走させるなど学生が激しく機動隊を攻撃する中、警備車が通った後に倒れているのを発見された。
濱口 達男(はまぐち たつお、1948年〈昭和23年〉10月… 濱口 達男(はまぐち たつお、1948年〈昭和23年〉10月17日 - )は、日本の建設官僚。元国土技術政策総合研究所長。元ダム技術センター理事長。元ニュージェック副社長執行役員。安藤・間土木事業本部顧問。瑞宝中綬章受章。息子は映画監督・脚本家の濱口竜介。父は洋画家・教育者の浜口喬夫。 高知県出身。土佐高校、東京大学工学部土木工学科を卒業後、1971年(昭和46年)7月建設省に入省。在イラン日本国大使館一等書記官、国土交通省東北地方整備局長等を経て、2004年(平成16年)1月、国土交通省国土技術政策総合研究所長に就任。2005年(平成17年)8月、国土交通省を退職。退職後はダム技術センター理事長やニュージェック副社長執行役員、安藤・間土木事業本部顧問等を歴任。
神野 正英(じんの まさひで、1948年8月7日 - )は日… 神野 正英(じんの まさひで、1948年8月7日 - )は日本の男子陸上競技選手。専門は短距離走。高知県出身。 中学時代から陸上競技を始める。当初は走幅跳の選手だった。高知市立高知西部中学校の1期生で、当時校庭が小学校と併用だったため練習場所が限られ、助走路と砂場だけが確保できた走幅跳をおこなったという。中学3年だった1963年に県の大会で6メートル67センチを記録し、中学ランキングで3位だった。一方で短距離走もおこない、同じ中学3年生の6月に高知中学通信競技選手権大会で11秒5を出した(1か月前には12秒5だった)ことで自らのスピードを自覚したという。 高知高等学校に進学する。高校時代も走幅跳を続け、2年生の時には第20回国民体育大会に7メートル18センチで優勝し、この年の自己ベストは7メートル20センチで、追い風参考で7メートル41センチを記録したこともあった。
山下 司(やました つかさ、1948年7月8日 - )は、高… 山下 司(やました つかさ、1948年7月8日 - )は、高知県出身の元プロ野球選手(内野手)。 伊野商業高校では1965年秋季四国大会県予選準決勝に進むが、土佐高の上岡誠二らに抑えられ敗退。翌1966年夏の甲子園県予選でも準々決勝に進出するが、弘田澄男のいた高知高に完封負け、甲子園出場はならなかった。 1966年第1次ドラフト会議で読売ジャイアンツから1位指名を受け入団。中央球界では無名だが、フットワークがよく四国球界では随一といわれる遊撃手だった。1967年から2年連続ジュニアオールスターにも出場。 しかし、プロ入り後は特に打撃面で伸び悩んだ。ファームではそこそこ安打を打ち盗塁王も獲得したが、一軍では守備固めと代走要員としてたまに出場するに留まった。