立川 裕大(たちかわ ゆうだい、1965年9月27日 - )… 立川 裕大(たちかわ ゆうだい、1965年9月27日 - )は、日本の実業家・伝統技術ディレクター。株式会社 t.c.k.w代表取締役。 長崎県生まれ。長崎県立諫早高等学校、甲南大学卒業。オーダーメイドの伝統工芸プロジェクト「ubushina」を立ち上げ、日本の伝統技術を先鋭的なインテリアに仕立てるというスタイルを確立。空間に応じた家具・照明器具・アートオブジェなどを一点物として仕立ててきた。「東京スカイツリー」「パレスホテル東京」「伊勢丹新宿店」など、日本各地の職人と長年にわたって切磋琢磨しながらものづくりの現場を共にし、2016年、伝統工芸の世界で革新的な試みをする個人団体に贈られる三井ゴールデン匠賞を受賞。
岩佐 哲也(いわさ てつや、1965年〈昭和40年〉9月25… 岩佐 哲也(いわさ てつや、1965年〈昭和40年〉9月25日 - )は、日本の総務官僚。 長崎県長崎市出身。青雲高等学校を経て、1990年(平成2年)、東京大学工学部を卒業。同年4月、総務庁に入庁。 入庁後、人事行政、統計、青少年対策、男女共同参画、規制改革、電子政府などの行政分野に携わり、統計局統計調査部経済統計課長、同局統計調査部経済基本構造統計課長、同局統計調査部国勢統計課長、総務省大臣官房総務課参事官、統計局総務課長、同局統計作成支援課長、同局事業所情報管理課長などを歴任。2011年(平成23年)から4年間に渡って国勢調査を担当。当時スマートフォンの普及やオートロックマンションの増加を受け、オンライン調査を導入することとなり、岩佐は導入に向けた関係各所への説明などに対応した。
稲田 雅裕(いなだ まさひろ、1965年〈昭和40年〉9月3… 稲田 雅裕(いなだ まさひろ、1965年〈昭和40年〉9月3日 - )は、日本の国土交通技官。港湾空港技術研究所長や国土交通省港湾局長を歴任。 長崎県諫早市出身。長崎県立諫早高等学校を経て、1990年九州大学大学院工学研究科土木工学専攻修了、運輸省入省、2003年国土交通省総合政策局政策課課長補佐。2006年国土交通省関東地方整備局港湾空港部地域港湾空港調整官。 2007年国土交通省港湾局計画課計画企画官。2009年国土交通省九州地方整備局博多港湾・空港整備事務所長。2011年国土交通省港湾局計画課事業企画官。2013年国土交通省港湾局計画課企画室長。2015年国土交通省近畿地方整備局港湾空港部長。
香田 勲男(こうだ いさお、1965年5月29日 - )は、… 香田 勲男(こうだ いさお、1965年5月29日 - )は、長崎県東彼杵郡東彼杵町出身の元プロ野球選手(投手)、野球指導者、野球解説者・野球評論家。 現役時代には、読売ジャイアンツ(巨人)と近鉄バファローズに在籍。2001年に大阪近鉄バファローズで現役を引退してからは、日本プロ野球(NPB)の3球団(巨人・近鉄・阪神タイガース)や韓国プロ野球(KBO)・斗山ベアーズの投手コーチを経て、2022年1月4日から佐世保市の九州文化学園高等学校で硬式野球部の監督を務めている。 1982年、佐世保工業高校の2年生エースとして第64回全国高等学校野球選手権大会に出場。翌年の春夏まで3季連続で甲子園出場を果たし、3回とも初戦を突破。
原田 貴和子(はらだ きわこ、1965年5月21日 - )は… 原田 貴和子(はらだ きわこ、1965年5月21日 - )は、日本の女優。本名も同じ。所属事務所は個人事務所のショーン・ハラダ。マネジメントは委託事務所パシフィック・ボイス。実妹は原田知世。 長崎県長崎市出身。身長 163センチメートル。血液型 A型。 1986年スペイン・イタリア・日本合作による『アフガニスタン地獄の日々』にてスクリーンデビュー(日本未公開、東宝よりビデオ発売。すでに廃盤)。国内では大林宣彦監督の角川映画『彼のオートバイ、彼女の島』でデビュー。 2001年に一般会社員と結婚したが、2011年に離婚。 結婚当初は芸能界を引退していたが、後に復帰して活動中。一男一女の母である。 この項目は、俳優(男優・女優)に関連した書きかけの項目です。
小田 一生(おだ いっせい、※脚本・VFXではオダイッセイ表… 小田 一生(おだ いっせい、※脚本・VFXではオダイッセイ表記、1965年5月8日 - )は、日本の映画監督、脚本家、VFXスーパーバイザー(特撮監督)。 長崎県出身。長崎大学在学中よりテレビ番組やCMの演出に携わる。2006年に公開された『笑う大天使』で劇場長編映画を初監督する。2008年には、監督第2作目となる『カンフーくん』を監督した。
竹本 孝之(たけもと たかゆき、1965年4月28日 - )… 竹本 孝之(たけもと たかゆき、1965年4月28日 - )は、長崎県出身の歌手・俳優。OFFICE TOMORROW所属。
小川 隆広(おがわ たかひろ、1965年 - )は、日本の歯… 小川 隆広(おがわ たかひろ、1965年 - )は、日本の歯学者、歯科医師、カリフォルニア大学ロサンゼルス校 歯学部終身教授。先端補綴学講座、ワイントロープセンター所属。骨インプラントサイエンス研究チーム(LBIS)ディレクター。インプラント(デンタルインプラント)治療の画期的、ユニバーサル技術であるインプラントの光機能化、ならびにインプラント生物学的研究の研究者。国際歯科医学学会William J. Gies 賞、米国補綴学会の最高学術賞、米国・国際インプラント学会AOのWilliam R. Laney賞などを多数受賞。 IADR国際歯科研究学会補綴部門会長など、国際学術組織の中枢でも活躍。日本では口腔先端応用医科学研究会AAASOMを創設、2012年現在、会長を務める。
富田 一彦(とみた かずひこ、1965年 - )は、日本のプ… 富田 一彦(とみた かずひこ、1965年 - )は、日本のプロダクトデザイナー。食器や家具などのデザインを手掛け、グッドデザイン賞をはじめ、ドイツ・デザインプラス賞(ドイツ語版)など国際的な賞も数多く受賞している。 長崎県長崎市出身。長崎県立長崎東高等学校を経て、千葉大学工学部工業意匠学科卒業後、イギリスのロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA、王立美術大学院)へ留学。同大学修了後、イタリア・ミラノに自身のアトリエ「意匠二次元半」を設立し、2010年まで現地を拠点として作品制作に取り組んだ。その間、日本の伝統工芸品である漆器を用いたデザインブランド「NUSSHA」およびCOVO社(ローマ)のアートディレクターを務めたほか、ローマ大学工業デザイン科において非常勤講師を担当した。
諫見 泰彦(いさみ やすひこ、1965年 - )は、九州産業… 諫見 泰彦(いさみ やすひこ、1965年 - )は、九州産業大学 建築都市工学部住居・インテリア学科 准教授(地域貢献実践学)。文化庁 文化芸術による子ども育成総合事業 派遣芸術家(メディア芸術)。 長崎県諫早市出身。1984年、長崎県立諫早高等学校、1988年、福岡大学工学部建築学科を卒業し、九州芸術工科大学(現 九州大学)大学院芸術工学研究科に進学。1990年、修士課程修了(芸術工学修士)。長崎県立長崎工業高等学校建築科教諭(1990年 – 1997年)、学校法人麻生塾麻生工科専門学校建築学科教務(1997年 – 2001年)、福岡市立博多工業高等学校建築科教諭(2001年 – 2006年)としての教育実践の傍ら、長崎大学工学部社会開発工学科内地留学研修員、国立教育政策研究所教育情報・資料センター共同研究員、近畿大学九州工学部産業デザイン学科/同建築学科兼職教員として研究活動を行った。
長与 千種(ながよ ちぐさ、1964年12月8日 - )は、… 長与 千種(ながよ ちぐさ、1964年12月8日 - )は、日本の女子プロレスラー、実業家、女優。長崎県大村市出身。女子プロレスラーのカリスマの一人とされる。 父親は競艇選手の長與繁。 競艇選手として財を成した父がいる裕福な漁師の家庭に生まれ、10歳まで何不自由なく育ったが、小学5年生の時に父が「保証倒れ」で億単位の借金を背負った。一家は離散し、4年間で親戚の家を5軒たらい回しにされた。 食べるのにも不自由する生活を送り、親戚から厄介者扱いされたため、居場所が無いと感じた長与は中学1年生になると勉強をしなくなり、学業成績は急降下した。成績が悪いという理由で血がにじむほど殴る数学教師が嫌で学校にも行かなくなった。
松尾 勝也(まつお かつや、1964年3月23日 - )は、… 松尾 勝也(まつお かつや、1964年3月23日 - )は、日本の陶芸家で、有田焼の伝統工芸士。長崎県波佐見町出身。日本工芸会、有田陶芸協会(監事)、佐賀県陶芸協会会員に所属。 長男として生まれる。 佐賀県立有田工業高等学校窯業科(現・セラミック科)卒業後、恩師の紹介により、有田町の窯元「走波」に就職する。7年間勤務し、成型から焼成までの工程を学ぶ。修行の後に母校、恩師から県立学校実習助手のオファーを受け、窯業の魅力を若い世代に伝えるために教師を志す。 教員採用試験合格後、佐賀県立有田工業高等学校窯業科の教師となり、教鞭を執る。教壇に立ちつつ、九州山口陶磁展(現・有田国際陶磁展)2位、日本伝統工芸展入選(12回)、宮内庁買上(4回)、などの栄に浴した。
西岡 秀子(にしおか ひでこ、1964年3月15日 ‐ )は… 西岡 秀子(にしおか ひでこ、1964年3月15日 ‐ )は、日本の政治家。国民民主党所属の衆議院議員(4期)。国民民主党長崎県連代表。 父は参議院議長、文部大臣、参議院議員、自由民主党総務会長などを務めた西岡武夫。 長崎県長崎市生まれ。長崎大学教育学部附属小学校、長崎大学教育学部附属中学校、活水高等学校、学習院女子短期大学、学習院大学法学部卒業。大学卒業後、NEC勤務を経て、父・西岡武夫の秘書を務めた。 2016年1月、次期参議院議員通常選挙に民主党公認で長崎県選挙区(定数1)から立候補する意向を表明した。同年3月17日、市民団体が仲介する形で、民主党、日本共産党、社会民主党、生活の党の4党が西岡を長崎県選挙区の野党統一候補とすることに合意した。
田中 篤(たなか あつし、1964年(昭和39年)3月6日 … 田中 篤(たなか あつし、1964年(昭和39年)3月6日 - )は、日本のレーシングドライバー。長崎県佐世保市出身。 ランナップスポーツおよびランナップグループ代表である。1986年(昭和61年)に西日本サーキットシビックレースでデビューし、F3、FC45、全日本ツーリングカー選手権 (Gr.A)やN1耐久シリーズ(現:スーパー耐久)などに出場した。現在は SUPER GT・GT300クラス及びSRO・ジャパンカップにドライバーとして参戦中。 SUPER GTに参戦開始以降、多くの若手ドライバーを起用。その中にもトップドライバーに成長した若手も多数いる。 2014年と2015年に参戦。所属していた時期は田中から「何回も車を壊している」と指摘される程粗削りなのが目立つドライバーだったが、その後GAINERやGreen Brave等トップチームを渡り歩き、2020年にはGT300クラスで初優勝、2023年にはシリーズチャンピオンを獲得した。
小島 啓民(こじま ひろたみ、1964年3月3日 - )は、… 小島 啓民(こじま ひろたみ、1964年3月3日 - )は、日本の野球選手、野球指導者。第16回アジア大会日本代表チームなどの監督を務めた。 諫早高校では第61回全国高等学校野球選手権大会、第52回選抜高等学校野球大会に出場。2年春は一番・三塁手として、2回戦の対東海大三戦で決勝タイムリーを放つなどの活躍をしている。高校卒業後は早稲田大学に進み、2年時からレギュラーになった。 大学卒業後は社会人野球の三菱重工長崎に進み、1991年には四番打者として第62回都市対抗野球大会での準優勝に貢献。久慈賞を受賞し、同年は初の社会人ベストナインにも外野手として選ばれている。1992年はバルセロナオリンピック野球日本代表にも選ばれ、同五輪では8試合に全て指名打者として出場。
林家 しゅう平(はやしや しゅうへい、1964年3月1日 -… 林家 しゅう平(はやしや しゅうへい、1964年3月1日 - )は、落語協会に所属する落語家。本名∶佐々木 龍彦。 1982年7月、林家こん平に入門。翌年8月に前座となり、前座名「しゅう平」を名乗る。 1987年9月、柳家小のり、三遊亭歌太郎と共に二ツ目昇進。 1998年3月、三代目三遊亭歌雀、三遊亭歌武蔵、三遊亭多歌介と共に真打昇進。 この項目は、落語家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:舞台芸術/PJ:お笑い)。
黒氏 康博(くろうじ やすひろ、1964年2月13日 - )… 黒氏 康博(くろうじ やすひろ、1964年2月13日 - )は、NHKの元シニアアナウンサー。
城谷 厚司(しろたに あつし、1964年 - )は、日本の演… 城谷 厚司(しろたに あつし、1964年 - )は、日本の演出家、プロデューサー。長崎県長崎市出身。 長崎県立長崎南高等学校、早稲田大学社会科学部卒業。在学中は早稲田大学ラグビー部に所属。1989年、NHKに入局。NHK鹿児島放送局に赴任し、1994年より番組制作局ドラマ番組部に所属。以来、ドラマ番組の演出、制作を手掛ける。NHK大阪放送局制作部ドラマ統括を経て、現在、NHKエンタープライズ所属。
菅 豊(すが ゆたか、1963年10月 - )は、日本の民俗… 菅 豊(すが ゆたか、1963年10月 - )は、日本の民俗学者。東京大学東洋文化研究所教授。長崎県長崎市出身。日本と中国をフィールドに、地域社会における自然資源や文化資源の利用や管理のあり方、コモンズ、無形文化遺産の管理手法、伝統文化(錦鯉)のトランス・ナショナリズム、ヴァナキュラー文化などについて民俗学の方面から研究。また、日本におけるパブリック・フォークロア(公共民俗学、「新しい野の学問」)やパブリック・ヒストリーに関する理論的研究も行ってきた。 長崎県長崎市に生まれる。長崎県立長崎北高等学校を経て、1986年筑波大学第一学群人文学類を卒業した。引き続き筑波大学大学院博士課程歴史・人類学研究科に進み、1991年に中退した。
Moo.念平(ムーねんぺい、1963年7月24日 - )は、… Moo.念平(ムーねんぺい、1963年7月24日 - )は、日本の漫画家。本名、武次 宏城。長崎県西彼杵郡出身。主に児童漫画を手がける。Moo.念平のペンネームは、「ペンネーム」を逆さ読みし名前風に仕立てたアナグラムから。 1984年、九州産業大学在学中に第7回藤子不二雄賞入選作である『おてんば転校生』でデビューを果たす。翌1985年、大学を中退して上京し本格的に漫画家の道を歩み、同年『月刊コロコロコミック』(小学館)にて『太陽犬ゼロ』で初連載。 1986年から1992年まで同じく『月刊コロコロコミック』で『あまいぞ!男吾』を連載し、同作で第36回小学館漫画賞児童向け部門を受賞。 2005年からは『ちゃぐりん』(家の光協会)、2010年からは『思い出食堂』(少年画報社)などを中心に執筆活動を続けている。
原田 賢治(はらだ けんじ、1963年7月5日 - )は、長… 原田 賢治(はらだ けんじ、1963年7月5日 - )は、長崎県対馬市出身の元プロ野球選手(投手)。 対馬高から社会人野球のあけぼの通商を経て、1985年オフにドラフト外で阪急ブレーブスに入団。 1年目の1986年後半からリリーフで登板機会を得ると、10月2日にプロ初セーブを挙げた。また翌3日にプロ初勝利を記録したが、その翌々日の5日に記録が訂正されて勝利投手の記録が取り消された。その後先発で初勝利、その後も先発リリーフの両方で貴重な役割を果たした。 1988年、門田博光との交換で内田強・白井孝幸らと共に福岡ダイエーホークスに移籍。1991年限りで現役を引退。 引退後は、1993年から2000年まで読売ジャイアンツの打撃投手を務めた。
村岡 克彦(むらおか かつひこ、1963年6月26日 - )… 村岡 克彦(むらおか かつひこ、1963年6月26日 - )は、日本の映画プロデューサー。学校法人東放学園評議員。東放学園映画専門学校非常勤講師。長崎県諫早市出身。 長崎県諫早市立飯盛中学校、長崎県立諫早高等学校卒業。福岡大学経済学部経済学科中退。コンサートイベンター、CDプロモーター等を20年余り務め、その間YUI、絢香などのメジャーデビューにも深く関わる。 その後、映画プロデューサーとしての活動を始め、2013年認知症となった母と息子の物語「ペコロスの母に会いに行く」(主演:赤木春恵・岩松了 / 特別協賛:ソニー生命保険)を製作。キネマ旬報ベストテン日本映画第1位、映画芸術ベストテン日本映画第1位、毎日映画コンクール日本映画優秀賞ほか国内外の映画賞を数多く受賞。
宮島 大典(みやじま だいすけ、1963年6月6日 - )は… 宮島 大典(みやじま だいすけ、1963年6月6日 - )は、日本の政治家。民主党所属の元衆議院議員(2期)。
古海 五月(ふるみ さつき、旧姓:原田、1963年5月26日… 古海 五月(ふるみ さつき、旧姓:原田、1963年5月26日 - )は、長崎県出身の女子バスケットボール選手・指導者である。現役時代は共同石油(現・ENEOSサンフラワーズ)でプレー。バスケットボール女子日本代表アシスタントコーチも務めた。 豊玉高校2年時に鶴鳴女子高(現:長崎女子高校)の監督だった山崎純男の誘いを受けて転校。卒業後は鶴鳴女子高の元監督である中村和雄が監督を務める共同石油に入社。日本リーグ優勝3度、オールジャパン優勝3度経験。リーグMVPも2度獲得した。 全日本でも6年に渡って選ばれ、4年間主将を務めた。 1990年に共石退社後は徳島に移り、北島CR・クラブに所属。全日本クラブ選手権4連覇や国体連覇の輝かしい成績を残す。
松尾 伴内(まつお ばんない、1963年5月3日 - )は、… 松尾 伴内(まつお ばんない、1963年5月3日 - )は、日本のお笑いタレント、レポーター。本名、松尾 憲造(まつお けんぞう)。 長崎県大村市生まれ、東京都目黒区育ち。新潟県新潟市在住。血液型A型。株式会社TAP所属。東京都立桜町高等学校卒業。 妻は女優の栗林知美。二人の息子がいる。 漫才ブームで人気芸人となったビートたけしに着目し、弟子入りするためにニッポン放送の通用口付近で出待ちをした。しかし、人見知りである松尾は声を掛けるきっかけが掴めず、『ビートたけしのオールナイトニッポン』収録後のたけしをただ見送ることが続いた。松尾の存在に気付いた高田文夫は、たけしに「タケちゃん、あいつ(松尾の事)ヤバイよ」と警告していたという。
毛利 嘉孝(もうり よしたか、1963年3月21日 - )は… 毛利 嘉孝(もうり よしたか、1963年3月21日 - )は、日本の社会学者。専攻は、社会学・文化研究・メディア論。東京芸術大学大学院国際芸術創造研究科教授。東京在住。 長崎県生まれ。京都大学経済学部卒業後、広告代理店(I&S)に勤務。その後、ロンドン大学ゴールドスミス・カレッジに留学。ポール・ギルロイらの指導を受ける。 九州大学大学院比較社会文化研究院助手、助教授などを経て、2005年より東京芸術大学音楽学部音楽環境創造科助教授、2007年より東京芸術大学大学院音楽研究科(音楽文化学芸術環境創造研究分野)准教授。 2016年より東京芸術大学大学院国際芸術創造研究科(アートプロデュース専攻)教授。
織田 央(おりた ひろし、1963年〈昭和38年〉3月3日 … 織田 央(おりた ひろし、1963年〈昭和38年〉3月3日 - )は、日本の農林水産技官。 長崎県雲仙市出身。青雲高等学校を経て、1988年(昭和63年)3月、東京大学農学部林学科を卒業し、同年4月、農林水産省へ入省。入省後、農林水産省大臣官房政策課調査官、林野庁森林整備部森林利用課森林吸収源情報管理官、同庁森林整備部計画課長、同庁森林整備部長、同庁国有林野部長などを歴任。 2021年(令和3年)4月26日、林野庁次長に就任。 2022年(令和4年)6月28日、林野庁長官に就任。2023年(令和5年)7月4日、退職。同年12月1日、日本治山治水協会参与及び日本林道協会参与に就任。 2024年(令和6年)8月22日、国土緑化推進機構専務理事に就任。
鍋島 雅治(なべしま まさはる、1963年2月9日 - )は… 鍋島 雅治(なべしま まさはる、1963年2月9日 - )は、日本の漫画原作者。長崎県立佐世保商業高等学校卒業、中央大学文学部仏文専攻卒業。代表作に映画化された『築地魚河岸三代目』、テレビドラマ化された『東京地検特捜部長・鬼島平八郎』『火災調査官』など。
真島 省三(まじま しょうぞう、1963年1月12日 - )… 真島 省三(まじま しょうぞう、1963年1月12日 - )は、日本の政治家。日本共産党所属。衆議院議員を1期務めた。 長崎県佐世保市出身。佐世保市立山手小学校、佐世保市立花園中学校、長崎県立佐世保北高等学校卒業。九州工業大学進学を機に北九州市へ移り住み、今日に至る。在学中日本民主青年同盟に加盟し、共産党の活動にかかわるようになる。大学中退後は民青同盟職員を経て民青同盟戸畑地区委員長。のち日本共産党八幡遠賀地区委員会委員長。 2007年に第16回統一地方選挙として行われた福岡県議会議員選挙で、八幡西区選挙区から立候補し当選。この時は真島が唯一の共産党所属県議だった。当時福岡県知事だった麻生渡に県町村会をめぐる汚職について追及した。
未須本 有生(みすもと ゆうき、1963年 -)は、日本の小… 未須本 有生(みすもと ゆうき、1963年 -)は、日本の小説家、推理作家。工業デザイナー。 長崎県長崎市生まれ。長崎県立長崎南高等学校卒業。東京大学工学部航空学科を卒業する。大手メーカーに勤務し、航空機の設計などに携わる。1997年、フリーの工業デザイナーとして独立する。2014年、「推定脅威」で日本文学振興会が主催する第21回松本清張賞を受賞する。大病を患い、読書ざんまいの療養生活を送るうちに創作欲が沸き上がり、「自分にしか書けない話はないか」と考え、大好きな飛行機を題材にした物語の構想が芽生えたという。趣味は、ワイン、園芸、旅行、ドライブ。
山口 謠司(やまぐち ようじ、1963年 - )は、日本の中… 山口 謠司(やまぐち ようじ、1963年 - )は、日本の中国文献学者。大東文化大学文学部中国文学科教授。中国山東大学客員教授。 佐世保北高等学校卒業。大東文化大学文学部中国文学科卒業後、同大学院修士課程修了。修士課程入学と同時に東洋文庫所蔵『岩崎文庫貴重書解題』作成のため林望の助手となる。博士課程1年の時に東洋文庫研究員。東洋文庫研究員を務めた亀井孝一橋大学名誉教授に師事。 1989年よりイギリスケンブリッジ大学大学東洋学部兼任研究員。フランス国立社会科学高等研究院人文科学研究所アジア言語研究センター大学院博士課程後期を経て、1996年大東文化大学専任講師、2003年助教授、07年准教授。妻はフランス人。
若杉 宏二(わかすぎ こうじ、1962年11月16日 - )… 若杉 宏二(わかすぎ こうじ、1962年11月16日 - )は、日本の俳優である。長崎県出身。流山児★事務所団員。クリオネ所属。身長:172cm、体重:62kg。 2019年4月に離婚していた。 流山児★事務所のトップスターとして、劇団のほぼ全ての公演に出演。舞台を中心に、外部の公演にも多く出演。近年は映画やテレビドラマでも活躍。 七瀬なつみとは、2004年に「心中天の網島」で共演。2006年に結婚し、同年10月に第1子が誕生。七瀬と離婚していた事がわかった。
饗庭 敦子(あいば あつこ、1962年11月12日 - )は… 饗庭 敦子(あいば あつこ、1962年11月12日 - )は、日本の政治家。 1962年11月12日、長崎県出身。長崎県立長崎西高等学校、長崎大学商科短期大学部を経て、長与町議会議員。2019年長崎県議会議員西彼杵郡選挙区にて初当選。 2011年4月、長与町議会議員選挙に立候補。無投票で当選となり、2期務める。 2019年4月、長崎県議会議員選挙西彼杵選挙区で立候補。7,761票を獲得し、当選となった。次点とは59票差と接戦であった。
濱 洋一(はま よういち、1962年9月2日 - )は、日本… 濱 洋一(はま よういち、1962年9月2日 - )は、日本の作詞家、作曲家、編曲家、写真家、映像作家、音楽プロデューサー。別名義は「H(eichi)」「H」「hamar」「hamer」。ソニー・ミュージックパブリッシング専属作家、UNIVERSAL J 所属アーティスト。元「three tight b」ギター・ボーカル。無名だった中島美嘉を発掘、茉奈 佳奈を歌手としてデビューさせた。長崎県佐世保市出身。身長172センチ。 長崎県佐世保市生まれ。幼い頃から祖母が住む平戸市・米軍基地内で遊び、FEN等で洋楽に親しむ。第一経済大学卒業(現、日本経済大学)在学中は音楽部に所属。LA遊学後、大学在学中からツアーコンダクターを始め、15年間FMラジオのDJ、CM音楽プロデューサーを経験。
大久保 哲也(おおくぼ てつや、1962年9月1日 - )は… 大久保 哲也(おおくぼ てつや、1962年9月1日 - )は、長崎県諫早市出身の元アマチュア野球選手(捕手)、野球指導者。 弟に元プロ野球選手の大久保勝也がいる。 海星高等学校卒業後に九州産業大学に進学して硬式野球部に所属し、福岡六大学野球リーグでは、捕手として活躍し、ベストナインに2度選ばれ、1984年の秋季リーグでは最優秀選手賞を受賞した。 大学卒業後は、社会人野球の三菱重工長崎のチームに入団し、コーチを兼任した時期も含めて14年間プレーした。 2002年秋からは母校の九州産業大学の監督に就任。2005年の明治神宮野球大会ではチームを日本一に導いた。大学日本代表のコーチを経て、2019年からは監督を務め、2023年に開催された第44回日米大学野球選手権大会ではアメリカ開催では16年ぶり2回目の優勝に導いた。
両国 梶之助(りょうごく かじのすけ、1962年7月30日 … 両国 梶之助(りょうごく かじのすけ、1962年7月30日 - )は、長崎県長崎市出身の元大相撲力士。本名は小林 秀昭(こばやし ひであき)。出羽海部屋伝統の四股名である両國(兩國)梶之助を襲名した者は9人存在するが新字体の両国表記のみの者は当人だけである。学生相撲の経験を有する影響で、両国梶之助 (小林)とも表記される場合がある。現在は年寄・境川(13代)として境川部屋師匠を務めている。
本西 厚博(もとにし あつひろ、1962年5月15日 - )… 本西 厚博(もとにし あつひろ、1962年5月15日 - )は、長崎県長崎市出身の元プロ野球選手(外野手、内野手)。野球解説者、プロ野球コーチ。 父親は漁師。子供の頃、スポーツは遊びでソフトボールをする程度だったという。長崎市立東長崎中学校入学後は陸上部に入るつもりでいたが、中卒で漁師になった兄から「お前も野球をやれ」と言われたことで、自分の強い意志ではなかったが野球部に入る。兄も野球をやっていてある高校の野球部から声もかかっていたが断念したことで、「兄は自分に夢を託したのかも」と話している。捕手以外のポジションを全て経験した後、中学3年生時から投手。当人もいくつかの高校から声がかかっていたが、その中から特待生として誘われていた私立瓊浦高等学校に入学。
内村周子(うちむら しゅうこ、1962年4月27日 - )は… 内村周子(うちむら しゅうこ、1962年4月27日 - )は、日本の体操競技選手、指導者。体操競技選手の内村航平は長男で、孫も2人いる。 長崎県出身。9歳からバレエ、14歳から体操を習い、純心女子高等学校で体操部に所属した。長崎県立女子短期大学体育科時代には、九州学生体操競技選手権大会で優勝する。卒業後、体操指導者の内村和久と結婚。諫早市の自宅に体操教室を開き、航平も3歳のときからこの教室で指導した。長女の内村春日も日本体育大学在学中の2011年に全日本学生体操競技選手会で個人総合優勝を達成し、「体操一家」とも呼ばれる。2014年の第69回国民体育大会では長崎県の体操成年女子チームの監督を務めた(和久は成年男子の監督)。
高山 善司(たかやま ぜんし、1962年4月24日 - )は… 高山 善司(たかやま ぜんし、1962年4月24日 - )は、日本の実業家。ゼンリン第4代代表取締役社長。 長崎県佐世保市出身。佐世保西高、西南学院大学商学部卒業。1986年ゼンリンに入り、東京第二支社長、営業本部副本部長、経営戦略室長、2006年営業本部長。リクルートとの業務・資本提携をまとめる。2006年6月から取締役営業本部長を経て社長に就任(2008年4月1日)。大迫正冨が創業してから60年の歴史のなか4人目の社長となるが、創業家以外で生え抜きのトップは初めて。さらに役員の序列は10番目で8人抜き、わずか45歳での抜擢となったため就任発表があった時、株価が急反発し高水準となったという事が日本証券新聞の1面に載るなど話題となる。
向井 幹博(むかい みきひろ、1962年4月22日 - )は… 向井 幹博(むかい みきひろ、1962年4月22日 - )は長崎県出身の日本の柔道家。現役時代は60kg級の選手。段位は七段を取得。身長170cm。のちに講道館道場指導部課長に。 長崎県立長崎南高等学校から筑波大学を経て、筑波大学大学院へ進んだ。大学時代にはフランスのストラスブルクで開催された世界学生の60kg級で3位、団体戦で2位となった。さらにはこの当時、全日本学生柔道連盟と対立関係にあった全日本柔道連盟側の全日本大学柔道連盟が新たに設けた第一回の全日本大学柔道体重別選手権大会において優勝を飾った。ブルガリア国際でも優勝した。1986年には佐世保南高校の教員として、モスクワで開催されたCNN創業者のテッド・ターナー考案による第一回のグッドウィル・ゲームズに出場すると、決勝で地元ソ連の選手を破って優勝を飾った。
瀬川 光之(せがわ みつゆき、1962年〈昭和37年〉3月3… 瀬川 光之(せがわ みつゆき、1962年〈昭和37年〉3月3日 - )は、日本の政治家、長崎県西海市長(1期)。長崎県議会議員(6期)、西彼町議会議員(4期)を務めた。 長崎県立諫早農業高等学校卒業。卒業後は農業に従事し、青年団で活動。西彼町議会議員を4期務め、2003年長崎県議会議員に初当選。6期務める。県議会では総務常任委員会委員長、文教厚生常任委員会委員長、議会運営委員長を務める。2019年長崎県議会議長に就任。議会内では自由民主党会派に所属し、長崎県連政務調査会長、幹事長、県連副会長を歴任した。 2021年9月18日、自民党長崎県連は同年に予定される第49回衆議院議員総選挙長崎4区において、現職の北村誠吾ではなく瀬川を公認候補として党本部に推薦することを決定。
宮﨑 徹(みやざき とおる、1962年3月 - )は、日本の… 宮﨑 徹(みやざき とおる、1962年3月 - )は、日本の内科医、医学者、免疫学者。元・東京大学大学院医学系研究科・医学部教授。一般社団法人AIM医学研究所代表。 1962年、長崎県島原市生まれ。実家は宮崎温仙堂商店。 鹿児島県のラ・サール高等学校を卒業後、東京大学理科三類に入学。実家が薬問屋で自身は長男ということもあり、元々は医師を目指していたわけではなく、家業を継ぐものと考えていた。そのため、薬学部を目指して東京大学理科二類の受験を志望していたが、3年次の秋に父親から「理科三類を受けて医学部に進め」と突然言われ、理由を尋ねても答えてもらえなかったという。頑として譲らなかった父親に宮﨑が折れる形で出願先を変え、三類に合格した。
松岡 幹夫(まつおか みきお 1962年2月16日 - )は… 松岡 幹夫(まつおか みきお 1962年2月16日 - )は、日本の仏教思想家。在家僧侶。専門は、社会哲学、日蓮研究、創価信仰学。東日本国際大学教授。同大学東洋思想研究所所長。公益財団法人東洋哲学研究所研究員。創学研究所所長。
松田 正隆(まつだ まさたか、1962年 - )は、日本の劇… 松田 正隆(まつだ まさたか、1962年 - )は、日本の劇作家・演出家、立教大学教授。日本劇作家協会所属(過去に理事を務めたこともある)。 長崎県北松浦郡出身。長崎県立猶興館高等学校、立命館大学文学部哲学科卒業。 1990年、劇団「時空劇場」を設立し、作・演出を手掛ける。代表作は『紙屋悦子の青春』『どん底』『蜻蛉』『坂の上の家』『海と日傘』『月の岬』など。 1997年に同劇団を解散。その後フリーの劇作家として活躍している。 2004年には平田オリザ(演出)と組んで『天の煙』の劇作を担当。舞台戯曲の他、黒木和雄監督作品『美しい夏キリシマ』にて映画脚本を手がけ、『紙屋悦子の青春』は映画化されている。
山口 喜三(やまぐち きぞう、1962年 - )は、日本の実… 山口 喜三(やまぐち きぞう、1962年 - )は、日本の実業家。株式会社松翁軒代表取締役社長、11代目。 1962年、長崎市生まれ。立教大学経済学部卒業。大学卒業後、東京と千葉の和菓子店での菓子職人修業を経て、1991年に株式会社松翁軒に入社し、カステラを焼き始める。松翁軒は、1681年(天保元年)創業の長崎に本店を置くカステラの老舗である。 1994年、スペインのマドリードの菓子店「「オルノ・サン・オノフレ」にて、長崎カステラの製法を伝授し、約420年ぶりとなるカステラの里帰りを果たすなど、文化の継承と国際交流の取り組みを行った。また、1996年にはポルトガルの菓子職人を受け入れ、カステラの製造指導を行った。
大坪 幸夫(おおつぼ ゆきお、1961年12月22日 - )… 大坪 幸夫(おおつぼ ゆきお、1961年12月22日 - )は、長崎県佐世保市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 佐世保実業高から、1979年オフにドラフト外で南海ホークスに入団。 高い制球力が武器で、1984年には二軍戦でノーヒットノーランを達成している。 スリークォーターから、スライダー、カーブを武器とした。 1989年オフに退団し、1991年にマイナーリーグA級のサリナス・スパーズ(英語版)に在籍したのち現役引退。 現在は会社員の傍ら、福岡陸上競技会所属まどかランニングクラブ代表委員。
中村 芳子(なかむら よしこ、1961年9月15日 - )は… 中村 芳子(なかむら よしこ、1961年9月15日 - )は、日本の経済評論家、ファイナンシャル・プランナー。長崎市生まれ。早稲田大学商学部卒。大手電気メーカーに就職するが、翌年社員5人のFP会社に転職。1991年にアルファアンドアソシエイツを設立、代表。個人向けの家計相談、執筆、講演などを行う。
勝矢 寿延(かつや としのぶ、1961年9月2日 - )は、… 勝矢 寿延(かつや としのぶ、1961年9月2日 - )は、長崎県出身の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはDF。元サッカー日本代表。元フットサル日本代表。 島原商業高校時代は全国高等学校サッカー選手権大会に出場している。大阪商業大学を経て、本田技研工業に入社。センターバックとして活躍すると、1985年に開催された1986 FIFAワールドカップ・アジア予選、香港戦でAマッチ初出場。アジア地区最終予選の韓国戦の第2戦にも出場したが、0-1と破れワールドカップ出場はならなかった。1987年にはソウル五輪のアジア地区最終予選まで進出したが、最終戦で中国に敗れ敗退。以降は代表を遠ざかったが、1991年に日産自動車へ移籍し存在感を発揮すると、新たに代表監督に就任したハンス・オフトによって代表に復帰。
桝屋 友子(ますや ともこ、1961年9月 - )は、イスラ… 桝屋 友子(ますや ともこ、1961年9月 - )は、イスラーム美術史学者、東京大学東洋文化研究所教授。 1961年、長崎生まれ。長崎県立長崎東高等学校を卒業し、1986年に東京大学文学部美術史学科を卒業した。修士課程はニューヨーク大学大学院で修め、1989年に美術史修士課程を修了。続いて1990年に東大大学院人文科学研究科美術史修士課程を修了。 1992年から1994年まで、ニューヨーク・メトロポリタン美術館イスラーム部ハゴップ・ケヴォルキアン学芸研究員。1997年、ニューヨーク大学大学院で、美術史博士号(Ph.D.)を取得した。1997年より国立民族学博物館第2研究部(のち博物館民族学研究部) 助手に就いた。
吉見 宏(よしみ ひろし、1961年8月1日 - 2023年… 吉見 宏(よしみ ひろし、1961年8月1日 - 2023年1月2日)は、日本の会計学者。博士(経営学)。専門は公会計、監査論。長崎県出身。 長崎県長崎市生まれ。長崎県立長崎東高校、九州大学経済学部経営学科卒業。1987年同大学院経済学研究科経営学専攻修士課程修了。1990年同大学院経済学研究科経営学専攻博士後期課程単位取得退学。 1990年日本学術振興会特別研究員。1991年北海道大学経済学部講師。同経済学部助教授を経て、2000年北海道大学大学院経済学研究科助教授。2004年同大学院経済学研究科教授。その後、北海道大学会計専門職大学院教授。2012年北海道大学大学院経済学研究科長。2016年より北海道大学副学長。