内野 宗揮(うちの むねき、1973年1月 - )は、日本の… 内野 宗揮(うちの むねき、1973年1月 - )は、日本の裁判官、法務官僚。法務省大臣官房司法法制部長(最高検察庁検事)。 中央大学法学部を卒業後、1996年に司法修習生。1998年に東京地方裁判所判事補に任官。2000年法務省民事局付(東京地方検察庁検事)。2001年法務省大臣官房司法法制部付(東京地方検察庁検事)。2005年から釧路地方裁判所・釧路家庭裁判所北見支部判事補。2006年釧路地方裁判所・釧路家庭裁判所北見支部兼網走支部判事補。2007年から東京地方裁判所判事補を務めた 2008年法務省民事局付(東京地方検察庁検事)、法務総合研究所教官(法務教官)、簡裁訴訟代理等能力認定考査考査委員。
山田 幸夫(やまだ ゆきお、1969年〈昭和44年〉1月15… 山田 幸夫(やまだ ゆきお、1969年〈昭和44年〉1月15日 - )は、日本の総務官僚。 埼玉県出身。中央大学法学部卒業。1992年(平成4年)4月、総務庁に入庁。入庁後、統計行政などに携わり、内閣官房行政改革推進本部事務局企画官、行政管理局企画官、内閣官房情報通信技術総合戦略室参事官、総務省政策統括官(統計基準担当)付統計審査官、独立行政法人統計センター経営審議室長、統計局統計調査部国勢統計課長、総務省統計企画管理官(政策統括官付)兼統計改革実行推進室参事官(政策統括官付)兼内閣官房統計改革推進室参事官などを歴任。統計審査等の統計行政の政府横断的な調整などにあたった。 2021年(令和3年)7月1日、独立行政法人統計センター総務部長に就任。
田中 利則(たなか としのり、1967年8月30日 – )は… 田中 利則(たなか としのり、1967年8月30日 – )は、日本の防衛官僚。 福島県出身。福島県立安積高等学校を経て、中央大学法学部卒業。
茂里 毅(もり つよし、1966年〈昭和41年〉4月25日 … 茂里 毅(もり つよし、1966年〈昭和41年〉4月25日 - )は、日本の文部・文科官僚。 石川県金沢市出身。石川県立金沢泉丘高等学校を経て、1991年(平成3年)3月、中央大学法学部を卒業。1992年(平成4年)11月、文部省に入省。入省後、初等中等教育局教職員課教員免許企画室長、同局教職員課長、内閣官房内閣参事官(内閣総務官室)、高等教育局私学部私学行政課長、スポーツ庁政策課長、文部科学省大臣官房総務課長などを歴任。研究人材育成、スーパーサイエンスハイスクール事業、教育DXの推進などに携わった。 2021年(令和3年)9月21日、文部科学省大臣官房学習基盤審議官に就任。 2022年(令和4年)9月1日、高等教育局私学部長に就任。
深澤 雅貴(ふかさわ まさき、1965年(昭和40年)5月2… 深澤 雅貴(ふかさわ まさき、1965年(昭和40年)5月27日 - )は、日本の防衛官僚。防衛省大臣官房審議官、統合幕僚監部総括官、防衛省地方協力局長等を経て、防衛装備庁長官。 山梨県笛吹市出身。駿台甲府高等学校を経て、1988年中央大学法学部卒業、防衛庁入庁。1995年厚生省生活衛生局指導課課長補佐。2014年内閣官房内閣参事官。2016年防衛省東北防衛局長。2018年から防衛省大臣官房審議官として、イージス・アショアの秋田県や山口県への配備計画を担当したが、2019年に報告書にミスが発覚したことを受け、秋田県議会と秋田市議会の全員協議会で謝罪し説明を行った。同年防衛省大臣官房サイバーセキュリティ・情報化審議官。
竹中 理比古(たけなか よしひこ、1964年3月1日 - )… 竹中 理比古(たけなか よしひこ、1964年3月1日 - )は、日本の検察官、法務官僚、金融官僚。現職は宇都宮地方検察庁検事正。兵庫県出身。中央大法学部卒。 この項目は、法曹に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝)。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
佐々木 宗啓(ささき むねひら、1963年1月8日 - )は… 佐々木 宗啓(ささき むねひら、1963年1月8日 - )は、日本の裁判官、法務官僚。法務省大臣官房司法法制部参事官や、仙台地方裁判所所長等を経て、東京高等裁判所部総括判事、横浜地方裁判所所長。 東京都出身。神奈川県立横須賀高等学校を経て、中央大学法学部卒業、同大学院修士課程修了。大阪地方裁判所判事補、前橋地方裁判所判事補、東京地方裁判所判事補、釧路地方裁判所判事、東京地方裁判所判事、司法研修所教官、法務省大臣官房司法法制部参事官、東京高等裁判所判事、仙台高等裁判所判事、仙台高等裁判所事務局長、東京地方裁判所部総括判事等を経て、2017年から文部科学省研究開発局原子力損害賠償紛争和解仲介室長を務め、原子力損害賠償紛争解決センターでの福島第一原子力発電所事故和解仲介手続きに従事。
上冨 敏伸(うえとみ としのぶ、1962年8月10日 - 2… 上冨 敏伸(うえとみ としのぶ、1962年8月10日 - 2024年8月13日)は、日本の検察官、法務官僚。位階は従三位。法務省大臣官房審議官や、仙台高等検察庁検事長を経て、大阪高等検察庁検事長。 栃木県出身。1985年中央大学法学部卒業。同年旧司法試験合格。1988年横浜地方検察庁検事任官。 1989年秋田地方検察庁検事。1992年浦和地方検察庁川越支部検事。1995年浦和地方検察庁検事。 1996年法務省刑事局付。1998年外務省在ドイツ日本国大使館一等書記官。2001年法務省刑事局付、法務省大臣官房司法法制部付。2004年法務省大臣官房司法法制部付、内閣官房内閣参事官(内閣官房副長官補付)。
畝本 直美(うねもと なおみ、1962年7月9日 - )は、… 畝本 直美(うねもと なおみ、1962年7月9日 - )は、日本の検察官、法務官僚。女性初の検事長として広島高等検察庁検事長に就任したのち、女性初の東京高等検察庁検事長、女性初の検事総長に就任した。 千葉県千葉市出身。1981年千葉県立千葉高等学校卒業、1985年中央大学法学部卒業、1988年東京地方検察庁検事任官。1989年名古屋地方検察庁豊橋支部検事。1991年名古屋地方検察庁検事。1993年浦和地方検察庁検事。1995年東京地方検察庁検事。1996年東京地方検察庁検事兼法務省民事局付兼法務省人権擁護局付。1999年東京地方検察庁検事兼法務省刑事局付兼法務省人権擁護局付。2000年横浜地方検察庁検事。
小波 功(こば いさお、1962年5月 – )は、日本の防衛… 小波 功(こば いさお、1962年5月 – )は、日本の防衛官僚。 大分県出身。大分県立別府青山高等学校を経て、中央大学法学部卒業。
中山 孝雄(なかやま たかお、1960年3月15日 - )は… 中山 孝雄(なかやま たかお、1960年3月15日 - )は、日本の裁判官、法務官僚、弁護士。法務省大臣官房審議官、長野地方裁判所所長、東京高等裁判所部総括判事、司法研修所長等を経て広島高等裁判所長官。定年退官後、アンダーソン・毛利・友常法律事務所顧問。 長野県上水内郡信濃町出身。1978年長野県長野高等学校卒業。1982年中央大学法学部法律学科卒業。1984年旧司法試験合格。司法修習39期を経て、1987年裁判官任官。大阪地方裁判所判事補、長野地方裁判所判事補、富山地方裁判所判事補、名古屋地方裁判所判事補、法務省名古屋法務局訟務部付(検事)、東京地方裁判所判事、新潟地方裁判所新発田支部長等を経て、2008年法務省大臣官房民事訟務課長(検事)。
角田祐一(つのだ ゆういち、1959年4月15日 - )は、… 角田祐一(つのだ ゆういち、1959年4月15日 - )は、日本の総務(旧総務系)官僚。 宮城県出身。中央大学法学部卒業。1983年 行政管理庁入庁。総務省自治行政局公務員部公務員課定員給与調査官などを経て、2002年7月3日 総務省統計局統計基準部統計調査官、(併)内閣府。2004年7月2日 総務省行政評価局評価監視官(農水・環境担当)。2006年7月21日 厚生労働省社会・援護局援護課長。2008年7月1日 総務省大臣官房付兼内閣府食品安全委員会事務局勧告広報課長。2011年7月22日 京都行政評価事務所長。2014年 関東管区行政評価局総務部長。2015年10月15日 九州管区行政評価局長。
松本 洋明(まつもと ひろあき、1958年10月7日 - )… 松本 洋明(まつもと ひろあき、1958年10月7日 - )は、日本の財務官僚、税理士。国税庁長官官房首席監察官や、国税庁熊本国税局長を務めた。 埼玉県出身。中央大学法学部卒業後、1981年国税庁東京国税局入局。2006年国税庁関東信越国税局秩父税務署長。国税庁東京国税局統括国税査察官、国税庁東京国税局総務部国税広報広聴室長、国税庁東京国税局総務部人事第二課長を経て、2016年国税庁長官官房首席監察官。2018年から国税庁熊本国税局長を務め、熊本地震被災者支援施策などを行った。2019年松本洋明税理士事務所税理士。2020年矢崎総業監査役。2021年科研製薬監査役。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。
鈴木良之(すずき よしゆき、1958年7月3日 - )は、日… 鈴木良之(すずき よしゆき、1958年7月3日 - )は、日本の防衛官僚、弁護士、法務博士。防衛研究所長や、人事教育局長、防衛装備庁長官を歴任した。 東京都出身。東京工業高等専門学校電気工学科を中退、1982年中央大学法学部卒業、防衛庁入庁。入庁同期に豊田硬元防衛事務次官がいる。定時退庁を心がけ、2012年には桐蔭横浜大学大学院法務研究科法務専攻を修了し、法務博士(専門職)の学位を取得。2013年には司法試験に合格した。 契約本部輸入課長、技術研究本部技術企画部長、北関東防衛局長を経て、2008年防衛省大臣官房審議官兼情報本部副本部長。2012年防衛省地方協力局次長。防衛監察本部副監察監を経て、2015年防衛研究所長。
齋藤 修(さいとう おさむ、1957年7月 - )は、日本の… 齋藤 修(さいとう おさむ、1957年7月 - )は、日本の財務官僚。財務省北海道財務局長や、財務総合政策研究所副所長を務めた。 北海道函館市出身。国家公務員初級職試験合格後、1976年札幌国税局入局、総務部総務課。1977年東京国税局総務部総務課。1981年中央大学法学部卒業。1985年大蔵省大臣官房秘書課。1996年大蔵省大臣官房秘書課課長補佐。2000年近畿財務局理財部理財課長。2001年財務省大臣官房秘書課課長補佐。2005年財務省大臣官房人事調査官。2011年東京国税局荻窪税務署長。2012年北海道財務局総務部長。2013年東海財務局総務部長。2014年財務省理財局管理課長。2015年から北海道財務局長を務め、地方創生などにあたった。
青沼 隆之(あおぬま たかゆき、1955年2月25日 - )… 青沼 隆之(あおぬま たかゆき、1955年2月25日 - )は、日本の検察官、法務官僚、弁護士。法務省保護局長や、東京地方検察庁検事正、次長検事、名古屋高等検察庁検事長等を歴任した。 福岡出身。1973年久留米大学附設高校卒業。同級生に鶴丸哲哉元ルネサスエレクトロニクス会長、栗木康幸元東京エレクトロンデバイス社長がいた。 1978年中央大学法学部法律学科卒業。1982年司法修習修了、東京地方検察庁検事任官。福岡地方検察庁検事、福島地方検察庁検事を経て、1991年から外務省国際連合局付や外務省総合外交政策局付を務めた。 1994年大阪地方検察庁検事。東京地方検察庁検事や東京高等検察庁検事を経て、2002年東京地方検察庁公判部副部長。
上瀧 守(こうたき まもる、1951年 - )は、日本の防衛… 上瀧 守(こうたき まもる、1951年 - )は、日本の防衛官僚。技術研究本部副本部長や、防衛庁長官官房報道官、防衛監察本部副監察監、防衛省人事教育局長等を歴任した。退官後、一般財団法人自衛隊援護協会理事長。 東京都出身。都立富士高等学校、1975年中央大学法学部卒業。1976年防衛庁入庁、長官官房総務課配属。1988年防衛庁防衛局調査第2課総括・分析班長。1991年防衛施設庁労務部労務厚生課長。1992年防衛施設庁施設部施設対策第3課長。1994年防衛施設庁福岡防衛施設局施設部長。1996年防衛庁経理局監査課長。1998年防衛施設庁会計課長。2000年防衛庁人事教育局人事第1課長。2002年防衛施設庁広島防衛施設局長。
岩村 修二(いわむら しゅうじ、1949年9月16日 - )… 岩村 修二(いわむら しゅうじ、1949年9月16日 - )は、日本の弁護士、元検察官、元法務官僚。東京地方検察庁検事正、名古屋高等検察庁検事長、長島・大野・常松法律事務所顧問等を歴任。 長崎県出身。1973年3月中央大学法学部法律学科卒業。1973年10月司法試験合格、司法修習28期を経て1976年に福岡地方検察庁刑事部検事任官。前橋地方検察庁検事、東京地方検察庁検事、静岡地方検察庁検事を経て、1985年東京地方検察庁特捜部検事。1989年法務省刑事局付(刑事課)。1991年12月法務省刑事局参事官(公安課、刑事法制課)。1992年から1996年まで法務省司法試験委員(刑事政策、刑法)。1992年から1994年まで慶應義塾大学法学部非常勤講師。
中村正則(なかむら まさのり 1948年10月29日 - )… 中村正則(なかむら まさのり 1948年10月29日 - )は、日本の官僚。宮崎県出身
井上 正幸(いのうえ まさゆき、1948年10月6日 - 2… 井上 正幸(いのうえ まさゆき、1948年10月6日 - 2024年9月19日)は、日本の文部官僚、文部科学省管轄の財団法人日本国際教育支援協会の理事長(常勤)。 東京都生まれ。1973年3月、東京外国語大学外国語学部インド・パーキスタン語学科卒業。同年4月、外務省に入省、1974年中央大学法学部卒業、文部省(当時)に入省。 1976年-1978年イギリス留学(リバプール大学行政学修士)、1981年-1984年OECDパリ本部、1986年-1989年在フランス大使館と英仏での留学・勤務を経験。学術国際局国際学術課長、同局国際企画課長、大臣官房審議官(学際局担当)、2001年より文部科学省科学技術・学術政策局次長、2004年より国際統括官(日本ユネスコ国内委員会事務総長)等を歴任し、同省を退官。
増田 暢也(ますだ のぶや、1947年10月30日 - )は… 増田 暢也(ますだ のぶや、1947年10月30日 - )は、日本の検察官、法務官僚、弁護士。法務省入国管理局長や、最高検察庁公判部長、横浜地方検察庁検事正、仙台高等検察庁検事長等を歴任した。 神奈川県横浜市出身。1971年中央大学法学部卒業。1974年東京地方検察庁検事。法務省入国管理局長、最高検察庁公判部長、千葉地方検察庁検事正を経て、2008年横浜地方検察庁検事正。2009年仙台高等検察庁検事長。2010年に退官し、東京弁護士会弁護士登録、外立総合法律事務所入所、中央更生保護審査会委員(常勤)。2018年春の叙勲で瑞宝重光章受章。同年増田法律事務所代表。2022年月島機械取締役。2023年月島ホールディングス取締役。
北原 巌男(きたはら いわお、1947年〈昭和22年〉7月2… 北原 巌男(きたはら いわお、1947年〈昭和22年〉7月20日 - )は、日本の防衛官僚、外交官。防衛施設庁長官等を経て、2008年(平成20年)7月29日から東ティモール駐箚特命全権大使。 長野県上伊那郡高遠町(現・伊那市高遠町)荊口出身。長野県上田高等学校を経て、1972年(昭和47年)中央大学法学部を卒業し、防衛庁(現在の防衛省)に入庁する。
小村 和年(こむら かずとし、1947年(昭和22年)5月1… 小村 和年(こむら かずとし、1947年(昭和22年)5月1日 - )は、日本の政治家、運輸・国土交通官僚。広島県呉市長(3期)、日本下水道協会会長などを歴任した。 広島県呉市出身。呉市立阿賀中学校、広島県立広高等学校卒業。1966年(昭和41年)4月、国税庁広島国税局入局。1967年(昭和42年)4月、呉税務署に配属。 1972年(昭和47年)3月、中央大学商学部卒業。同年4月、運輸省に入省、鉄道監督局総務課配属。1998年、近畿運輸局運航部長。2000年、運輸省航空局地域航空活性化対策室長。中国運輸局企画部長を経て、2001年(平成13年)8月、国土交通省を退職。 2001年(平成13年)11月4日に行われた呉市長選挙に立候補するも、現職の小笠原臣也に敗れ落選。
坂井建(さかい たつ、1947年3月31日 - 2002年1… 坂井建(さかい たつ、1947年3月31日 - 2002年11月24日)は日本の大蔵官僚。名古屋国税局長、税務大学校長などを務めた。血液型はA型。神奈川県藤沢市鵠沼松が岡4丁目在住。趣味は俳句、ゴルフ。 北海道釧路市出身(父は北海道、母は山形県)。東京都立千歳丘高等学校、中央大学法学部法律学科卒業。東京大学大学院法学政治学研究科修士課程を中退し、1971年4月 大蔵省入省(主計局調査課)。1976年7月 飯田税務署長。1990年7月5日 関東財務局総務部長。1992年7月7日 造幣局東京支局長。1994年7月1日 国税庁長官官房会計課長。1996年7月12日 広島国税局長。1998年7月1日 名古屋国税局長。
宇田川 新一(うだがわ しんいち、1947年 - )は、日本… 宇田川 新一(うだがわ しんいち、1947年 - )は、日本の防衛官僚。防衛施設庁次長や、防衛庁人事教育局長、防衛庁契約本部長を務めた。退官後、財団法人防衛調達基盤整備協会理事長。 千葉県出身。1971年中央大学法学部卒業、防衛庁入庁、長官官房総務課。1997年防衛施設庁横浜防衛施設局長。1998年防衛庁調達実施本部副本部長。2000年防衛施設庁次長。2002年防衛庁人事教育局長。2003年防衛庁契約本部長。2005年退官、財団法人防衛調達基盤整備協会理事長。2017年瑞宝中綬章受章。
畠中 信夫(はたけなか のぶお,1943年 - )は、日本の… 畠中 信夫(はたけなか のぶお,1943年 - )は、日本の労働官僚。退職後、白鷗大学教授などを歴任。 1968年中央大学法学部卒業、同年労働省入省、在ジュネーブ国際機関日本政府代表部参事官、北海道労働基準局長、中央労働委員会事務局次長、日本労働研究機構理事、労働保険審査会委員等を歴任。 その後、白鷗大学法学部教授。 労働官僚として労働安全衛生法、作業環境測定法、賃金の支払の確保等に関する法律等の法案作成に深く関わった。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
細井 為行(ほそい ためゆき、1943年 - )は、日本の弁… 細井 為行(ほそい ためゆき、1943年 - )は、日本の弁護士、警察官僚。
江間 清二(えま せいじ、1942年〈昭和17年〉11月27… 江間 清二(えま せいじ、1942年〈昭和17年〉11月27日 - )は、日本の防衛官僚。第23代防衛事務次官。東京都出身。 中央大学法学部卒業後、防衛庁に入庁。防衛施設庁施設部長、防衛庁参事官を経て、1995年(平成7年)防衛庁長官官房長。 1997年(平成9年)内閣官房内閣安全保障室長、1998年(平成10年)4月組織改称に伴い内閣安全保障・危機管理室長。 同年11月に防衛事務次官に就任。2000年(平成12年)退官。
沖村 憲樹(おきむら かずき、1940年7月3日 - )は、… 沖村 憲樹(おきむら かずき、1940年7月3日 - )は、日本の官僚。元科学審議官。科学技術振興事業団理事長を務めていた期間に第1回アジア科学技術フォーラムの開催、湯川秀樹のノーベル賞受賞論文などの電子アーカイブ化しての公開を始めた。 <理事>公益財団法人立石科学技術振興財団、公益財団法人東京応化科学技術振興財団、公益財団法人日本学術協力財団、公益財団法人徳山科学技術振興財団、一般財団法人養蜂・薬草産業基盤復興促進協議会 等 <評議員>一般財団法人日本科学技術連盟、公益財団法人岩谷直治記念財団、公益財団法人未来工学研究所、公益財団法人つくば科学万博記念財団、公益財団法人日本海洋科学振興財団 等 <顧問等>NPO法人STSフォーラム監事、一般財団法人先端技術産業戦略推進機構顧問、一般財団法人世界貿易センター東京顧問、高知県産学官連携事業化支援顧問、日本科学新聞社監事、中国科学院科技政策与管理科学研究所特別顧問、中国科学技術部中国科学技術信息研究所(iSTIC)特別研究者、中国北京交通大学 特任教授、中国科学院大学名誉教授、人民日報社国際問題研究センター外国人専門家委員会委員、中国 大連理工大学名誉教授 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。
鈴木 正孝(すずき まさたか、1940年(昭和15年)6月2… 鈴木 正孝(すずき まさたか、1940年(昭和15年)6月22日 - )は、日本の官僚、政治家。元防衛医科大学校副校長。元参議院議員。静岡県出身。
清島 傳生(きよしま ただお、1938年11月15日 - 2… 清島 傳生(きよしま ただお、1938年11月15日 - 2004年10月3日)は、日本の警察官僚。元東北管区警察局長。山形県、熊本県、静岡県の警察本部長などを歴任した。長崎県長崎市出身。 1938年長崎県生まれ。1963年に中央大学法学部を卒業後、警察庁に入庁。 刑事局保安部保安課経済調査官を務めていた1982年頃から豊田商事による悪徳商法が社会問題化していたことを受けて、警察庁で対策会議を開くなど捜査に取り組んだ。詐欺容疑の可能性が早くから指摘されていたが確証は得られなかったといい、豊田商事への強制捜査は1985年まで実施されなかった。豊田商事事件被害者らによる国を相手取った訴訟では、行政による対応の遅れが被害拡大を招いたとして関係機関の担当者とともに批判を受けた。
安西 愈(あんざい まさる、1938年10月19日 - )は… 安西 愈(あんざい まさる、1938年10月19日 - )は、日本の弁護士・元官僚。安西法律事務所所長。イカイほか企業顧問を多く務める。元・中央大学教授。香川県出身。専門は、労働法や社会保障法(特に労働保険法)。中央大学法学部通信教育課程出身の生え抜き法曹の一人 この他、東京基督教大学神学部兼任講師、中央労働災害防止協会参与会議長、法務省司法書士簡裁訴訟代理等能力認定考査委員、厚生労働省特定社会保険労務士紛争解決手続代理業務試験委員なども務めた
平工 剛郎(ひらく たけお、1937年 - )は、日本の元官… 平工 剛郎(ひらく たけお、1937年 - )は、日本の元官僚。実業家。 北海道開発庁企画室長、計画監理官、(株)北海道道路サービス代表取締役社長、北海道総合研究センター代表を歴任。 1956年に岐阜県立華陽高等学校卒業。中央大学法学部卒業。北海道大学大学院文学研究科博士課程修了(文学博士・日本史)。2012年、瑞宝中綬章受賞。
鈴木 邦芳(すずき くによし、1936年4月 - )は、日本… 鈴木 邦芳(すずき くによし、1936年4月 - )は、日本の警察官僚。元中国管区警察局長。 福島県会津出身。1956年皇宮巡査となり、皇宮護衛官を務めながら中央大学法学部(夜間部)で学んだ。 中央大学法学部卒業後、1962年警察庁入庁。入庁同期に、亀井静香、井上幸彦、金田雅喬(内閣情報調査室長)、有馬浩一郎(四国管区警察局長)、古川定昭(中部管区警察局長)、望月秀一(科警研総務部長)など。1962年入庁組は、ノンキャリア警察官から転身した者、民間企業から転身した者など異色な人材が揃っていた。 入庁後は、刑事畑を長く歩んだ。神奈川県警察本部刑事部長時代には、現職警部による職安法違反容疑女性への覚醒剤注射事件など相次ぐ警察官による犯罪への対応に追われ、大阪府警察本部刑事部長時代には、グリコ・森永事件が発生し、任期の大半を事件に費やすこととなった。
八木 俊道(やぎ としみち、1935年5月27日 - 200… 八木 俊道(やぎ としみち、1935年5月27日 - 2006年9月19日)は日本の総務官僚。総務事務次官、環境省顧問、日本大学政経研究所所長などを歴任し、2006年に電源開発監査役に就任したが、同年死去し正四位瑞宝重光章を追贈された。 東京都出身。1958年中央大学法学部卒業。総務庁長官官房長、総務庁行政管理局長等を経て、1994年から総務事務次官を務めた。退官後、環境省顧問、日本大学法学部教授。
五十嵐 義三(いがらし よしぞう、1933年(昭和8年)9月… 五十嵐 義三(いがらし よしぞう、1933年(昭和8年)9月16日 - 2000年(平成12年)5月23日)は、日本の弁護士・官僚・法学者。北海道函館市出身。専門は教育法学。中央大学法学部通信教育課程出身の生え抜き法曹の一人。位階は正五位。勲三等瑞宝章。 函館の中学校卒業後、函館地方検察庁に入庁。北海道函館中部高等学校定時制、中央大学法学部通信教育課程卒業。東京高等検察庁事務官に就任。間もなく司法試験に合格。1967年札幌で弁護士登録。1977年札幌弁護士会副会長。1983年札幌学院大学法学部客員教授( - 1989年)。1990年札幌弁護士会会長に就任。1991年北海道弁護士連合会理事長に就任。
渡辺 貢(わたなべ みつぐ、1928年3月4日 - 2022… 渡辺 貢(わたなべ みつぐ、1928年3月4日 - 2022年6月12日)は日本の官僚、政治家。元衆議院議員(日本共産党公認、2期)。日朝協会代表理事、埼玉中央医療生協顧問、日本共産党埼玉県副委員長。 東京都出身。中央大学法学部を卒業後、大蔵省事務官を経て1979年の衆院選で埼玉1区から出馬し初当選を果たす。以後1980年の衆院選でも再選されるが、1983年の衆院選で次点に終わり、その後返り咲きはできなかった。 議員在任中の1982年2月25日、衆院予算委員会にて中曽根康弘行政管理庁長官(当時)が1980年の総選挙に際し、富士通や日立製作所から違法献金を受け取っていたことを明らかにした。 2022年6月12日、埼玉県内の病院で死去。
松井 旭(まつい あさひ、1927年11月24日 - 201… 松井 旭(まつい あさひ、1927年11月24日 - 2012年2月21日)は、日本の官僚、政治家。第18代~23代千葉市長(在任期間 1977年 - 2001年(六期))。北海道旭川市生まれ、広島県広島市育ち。
中平 和水(なかひら かずみ、1924年8月27日 - 19… 中平 和水(なかひら かずみ、1924年8月27日 - 1993年12月29日)は、日本の警察官僚。元警察庁刑事局長。 高知県土佐市出身。1952年に中央大学法学部を卒業後、国家地方警察本部(現・警察庁)入庁。 徳島・三重・神奈川・大阪各警察本部刑事部捜査第二課長などを歴任して1966年に警察庁刑事局捜査第二課理事官に就く。 1967年に神奈川県警察本部刑事部長に就任した際には翌年に国鉄大船駅付近で発生した横須賀線電車爆破事件を解決に導いた。 1971年に佐賀県警察本部長、1972年に警察庁刑事局捜査第二課長、1974年に同捜査第一課長にそれぞれ就任。 1975年になると2月に警察庁長官官房総務課長、同年8月警視庁刑事部長にそれぞれ就任。
金 鶴烈(キム・ハンニョル、朝鮮語: 김학렬、1923年1月… 金 鶴烈(キム・ハンニョル、朝鮮語: 김학렬、1923年1月1日 - 1972年3月21日)は、大韓民国の官僚。第3代経済企画院次官、第22代財務部(現・企画財政部)長官、第10代副総理、第10代経済企画院長官。 本貫は慶州金氏。キム・ハギョル(漢字同、김학열)という表記も見られる。 日本統治時代の慶尚南道固城郡出身。釜山商業学校、ウォンサン商業学校、中央大学卒。1950年に第1回高等考試行政科外務職に合格し、1952年にはミズーリ大学とアクロン大学大学院で経済学を専攻した。帰国後に財務部司税局長・予算局長、経済企画院調整官・副院長補(1962年)・次官(1963年12月17日〜1966年9月26日)、大統領首席政務秘書官を務めた。
川島 廣守(かわしま ひろもり、1922年(大正11年)2月… 川島 廣守(かわしま ひろもり、1922年(大正11年)2月27日 - 2012年(平成24年)12月9日)は、日本の官僚。第10代プロ野球コミッショナー、第3代セントラル・リーグ会長、第2代本田財団理事長、内閣調査室長、内閣官房副長官、日本鉄道建設公団総裁などをつとめた。位階は従三位。 福島県湊村(現会津若松市)出身。会津中学校を経て、中央大学法学部専門部法科入学。在学中に高等試験に合格。中大卒業後、内務省入省。短期現役海軍主計科士官(10期)を志願し、1943年9月、海軍経理学校に入学し、1944年3月に卒業して海軍主計中尉に任官。1945年3月、海軍主計大尉に昇進してインドネシア・サバン島で終戦を迎えた。
金 鍾吉(キム・ジョンギル、朝鮮語: 김종길、1921年2月… 金 鍾吉(キム・ジョンギル、朝鮮語: 김종길、1921年2月5日 - 1991年1月31日)は、大韓民国の官僚、政治家。第5代韓国国会議員。 慶南南海出身。中央大学法科3年卒業。総務処事務官、国務院事務処書記官・人事課長・総務課長、重機工業協同組合理事などを務めた。崔致煥の公民権制限による1961年の第5代総選挙の補欠選挙で当選し、国会議員を務めた。 第5代議員当選後すぐに発生した5・16軍事クーデターにより3日間しか在籍できず、議員宣誓もできなかった。
洪 範憙(ホン・ボミ、朝鮮語: 홍범희、1917年6月8日ま… 洪 範憙(ホン・ボミ、朝鮮語: 홍범희、1917年6月8日または6月18日 - 1972年2月27日または2月28日)は、大韓民国の官僚、政治家、教育者。槐山郡郡守、内務部次官、制憲・第4代韓国国会議員。 本貫は豊山洪氏(朝鮮語版)。号は逸谷。漢字表記は洪範熹とも。 日本統治時代の江原道原州郡または慶尚北道善山郡出身。京城京北中学校を経て、1935年に京城第二高普、1937年に普成専門学校法科、1941年に中央大学法学部卒。1945年に高等文官試験行政科に合格した後、1946年に原州に育民館を設立し、館長を務めた。朝鮮食糧営団忠清北道支部勤務を経て、1948年の初代総選挙で国会議員に当選し、国会交通逓信委員会常任委員会で活動した。
金 濬泰(キム・ジュンテ、朝鮮語: 김준태、1915年9月5… 金 濬泰(キム・ジュンテ、朝鮮語: 김준태、1915年9月5日 - 1987年10月1日または10月4日)は、満洲国および大韓民国の検察官、官僚、弁護士、政治家。第2・5・6代韓国国会議員。 慶尚北道清道郡出身。大邱公立商業学校(現・大邱商苑高等学校)、満州新京大同学院卒。中央大学法律研究所修了。1939年朝鮮弁護士予備試験合格、1943年高等文官試験司法科合格、その後満洲国国務院事務局で勤務した。弁護士として23年活動したほか、1948年に大邱地方検察庁検事、1958年に民主党清道郡党委員長・監察部長、1960年に民主党院内副総務・監察委員長・院内対策委員会委員、1961年に張勉第2次改造内閣の復興部政務次官、1963年に自由民主党結党発起準備委員会メンバー・同党政策委員、同年末からは民主共和党党務委員・院内副総務・中央常任委員・絶糧危機克服委員長・党紀委員を務めた。
朴 海禎(パク・ヘジョン、朝鮮語: 박해정/朴海禎、1915… 朴 海禎(パク・ヘジョン、朝鮮語: 박해정/朴海禎、1915年または1916年7月21日 - 1966年2月6日)は、大韓民国の警察官僚、政治家。元交通部長官、制憲・第3・4・5代韓国国会議員。本貫は密陽朴氏。 日本統治時代の慶尚北道慶山郡(現・慶山市)出身。大邱公立高等普通学校、大邱師範学校講習科、中央大学専門部・法学部卒。光復後は慶尚北道警察局総務課長、警察庁警察学校副校長、安東警察署長、順天地方警察署長、民主党創設メンバー・中央委員・政策委員・慶山郡党委員長、国会財経委員・予決委員、民主党政権の交通部長官を務めた。 1966年2月6日、ソウル市西大門区の自宅にて脳溢血により死去。享年51。
高 在珌(コ・ジェピル、朝鮮語: 고재필、1913年4月20… 高 在珌(コ・ジェピル、朝鮮語: 고재필、1913年4月20日 - 2005年1月17日)は満州国の官僚、大韓民国の政治家、弁護士、法学者、陸軍軍人。第15代保健社会部(現・保健福祉部)長官、第7・8・9・10代大韓民国国会議員を歴任した。 本貫は長興高氏(朝鮮語版)で高敬命(朝鮮語版)の子孫である。号は河南(ハナム、하남)。1920〜30年代に水原学生独立運動事件(水原高等農林学校事件)を主導した1人で独立有功者の高在千は兄。 日本統治時代の全羅南道潭陽郡生まれ。1933年光州高等普通学校卒。1936年中央大学予科修了、1939年同大法学部卒。1937年に満州高等文官試験に合格し、満洲国国務院総務庁高等官試補に任命され、同年12月大同学院第1部卒業(第11期生)。
安 龍大(アン・ヨンデ、朝鮮語: 안용대、1912年または1… 安 龍大(アン・ヨンデ、朝鮮語: 안용대、1912年または1913年1月13日または1915年 - 1999年5月6日)は、日本統治時代の朝鮮および大韓民国の官僚、政治家、弁護士。泗川郡・咸安郡・昌原郡・居昌郡郡守、第2・4代韓国国会議員を歴任した。 本貫は順興安氏(朝鮮語版)。号は南史。 日本統治時代の慶尚北道慶州郡(現・慶州市)出身。1940年、中央大学法学部卒。1941年に高等文官試験行政科合格し、朝鮮総督府属、咸鏡南道属として泗川郡・咸安郡・昌原郡・居昌郡守を務めた。解放後は総務処人事局銓叙課長、国会内務委員会専門委員、国務院事務処人事課長、居昌厚生協会長、社会教育協会長、居昌オリンピック後援会会長、山林会支部長などを務めた。
永井 純一郎(ながい じゅんいちろう、1907年〈明治40年… 永井 純一郎(ながい じゅんいちろう、1907年〈明治40年〉12月1日 - 2003年〈平成15年〉9月29日)は、昭和期の官僚、政治家。参議院議員(1期)。 宮崎県宮崎郡田野村(田野町を経て現宮崎市)で、永井三郎の長男として生まれた。1931年(昭和6年)中央大学法科を卒業し、同年、農林省に入省した。 同省では、畜産局、山林局、蚕糸局、経済更生部、総務局で勤務。和歌山県庁に転じ、食料課長、農務課長、人事課長を経て、総務部長、食料部長、農林部長を歴任した。 1950年(昭和25年)6月の第2回参議院議員通常選挙に和歌山県選挙区から無所属で出馬して当選し、参議院議員を1期務めた。この間、日本社会党に入党し、同党政策審議会副会長、日本農民組合和歌山県連顧問などを務めた。
太田 利雄(おおた としお、1907年(明治40年)8月21… 太田 利雄(おおた としお、1907年(明治40年)8月21日 - 没年不明)は、昭和時代前期の台湾総督府官僚。陸軍司政官。 愛知県名古屋市に生まれる。名古屋商業学校、東京外国語学校専修科英語科に入学する。その後、同校を退学し中央大学専門部法律科に入学し、1937年(昭和12年)3月、卒業した。同年10月、高等試験行政科に合格し、1938年(昭和13年)4月、台湾総督府文教局社会課に奉職した。1939年(昭和14年)5月、台南州北門郡守に就任し、台南州警務部警務課長同社会教育官、文教局勤務などを経て、1942年(昭和17年)8月、陸軍司政官に任じた。
岩本 晋一郎(いわもと しんいちろう、1903年11月2日 … 岩本 晋一郎(いわもと しんいちろう、1903年11月2日 - 1981年2月10日)は、日本の商工官僚。岐阜県高山市長(2期)。岩本漆器店代表取締役。 岐阜県出身。中央大学卒業後、1933年高等文官試験に合格し、商工省に入る。山梨、山形各県の商工課長を経て、岩手県社会、商工、経済統制課長を歴任し、福岡県学務、農務各課長を務める。その後、高知県経済部長から岐阜県民生部長、同教育長を務める。1950年の岐阜県知事選挙に立候補するが落選。以降合計3回続けて立候補したが落選した。1959年の高山市長選挙に立候補して初当選した。1期目は市民生活の向上と産業振興などに施策を進め、環境衛生センターの完成、簡易水道の整備、市民会館の開館などがあり、1963年に2回目の当選をした。