志村 洋子(しむら ようこ、1950年10月18日 - )は… 志村 洋子(しむら ようこ、1950年10月18日 - )は、日本の音楽教育学者、埼玉大学名誉教授。 和歌山県生まれ。1973年東京芸術大学音楽学部声楽科卒、1977年同大学院修士課程修了、1978年埼玉大学教育学部講師、1983年助教授、1997年教授。2005-2008年埼玉大学教育学部附属中学校校長を併任。2016年定年退任、名誉教授となる。2003年「乳児の音声における非言語情報に関する実験的研究」で東京学芸大学博士(教育学)。
池田 直樹(いけだ なおき、1950年6月24日-)は、日本… 池田 直樹(いけだ なおき、1950年6月24日-)は、日本の声楽家(バス・バリトン)、オペラ歌手、音楽学者。東京二期会所属。日本大学元教授。 鹿児島県姶良郡蒲生町出身で、父は鹿児島県職員から後に第11代蒲生町長となった池田正辰。ラ・サール中学校・高等学校に入った後、父の異動にともない東京都に転居し東京都立目黒高等学校に編入、卒業。1973年東京芸術大学音楽学部声楽科卒業(首席)、1976年同大学院音楽研究科修士課程修了、1980年10月から1年間文化庁芸術家在外研修員としてドイツ留学。中山悌一、小島琢磨、ハンス・ホッターに師事。二期会(東京二期会)のオペラ歌手・演者として活動し、1992年より幹事を務める。
塚田 健一(つかだ けんいち、1950年(昭和25年) - … 塚田 健一(つかだ けんいち、1950年(昭和25年) - 2019年11月6日)は、日本の音楽学者、広島市立大学名誉教授、桐朋学園大学大学院教授。アフリカ音楽、音楽人類学専攻。 東京都生まれ。1975年東京芸術大学音楽学部楽理科卒、1978年同大学院音楽研究科音楽学修士課程修了、1981年インディアナ大学大学院人類学科文化人類学・民族音楽学修士課程修了、1988年ベルファスト・クイーンズ大学大学院社会人類学科民族音楽学博士課程修了、Ph.D.。1983-84年ザンビア大学アフリカ研究所客員研究員。1990年宮崎大学教育学部助教授、1994年広島市立大学国際学部教授。2014年、『アフリカ音楽学の挑戦 伝統と変容の音楽民俗誌』で田辺尚雄賞を受賞。
櫻井 哲男(さくらい てつお、1948年9月21日 - )は… 櫻井 哲男(さくらい てつお、1948年9月21日 - )は、日本の音楽学者、阪南大学名誉教授。 茨城県日立市出身。東京芸術大学音楽学部楽理科卒、1973年同大学院修士課程修了。和歌山大学教育学部助手、国立民族学博物館助手、助教授、熊本大学文学部教授、総合研究大学院大学併任教授、阪南大学国際コミュニケーション学部教授、同国際観光学部教授を経て、2016年阪南大学名誉教授。 日本音楽学会全国委員、東洋音楽学会理事、同関西支部長、同副会長を歴任。 2003年に聴力を失い、それ以後、公の場に姿を見せていない。 この項目は、音楽に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル 音楽/ウィキプロジェクト 音楽)。
若尾 裕(わかお ゆう、1948年3月25日 - )は、日本… 若尾 裕(わかお ゆう、1948年3月25日 - )は、日本の音楽学者、広島大学名誉教授。専門は臨床音楽学。演奏活動もおこなう(ピアノによる即興演奏など)。 東京生まれの大阪育ち。東京藝術大学音楽学部作曲科卒、1976年同大学院音楽研究科作曲専攻修士課程修了、広島大学教育学部助手、1979年助教授、教授、名誉教授、神戸大学発達科学研究科教授、名誉特任教授。
関 出(せき いずる、1948年 - )は、元東京芸術大学教… 関 出(せき いずる、1948年 - )は、元東京芸術大学教授、東京藝術大学名誉教授。
中嶋 猛夫(なかじま たけお、1947年 - )は、日本の環… 中嶋 猛夫(なかじま たけお、1947年 - )は、日本の環境デザイナー(博士(学術))。専門は環境デザイン、特に宗教空間・景観論と設計に関する研究。女子美術大学名誉教授。中嶋環境設計主宰。 東京都生まれ。東京芸術大学美術学部工芸科工業デザイン専攻卒業。東京芸術大学大学院美術研究科デザイン専攻博士課程修了。東京芸術大学に博士論文「日本の山岳寺院・神社の境内構成研究」を提出し博士(学術)の学位を取得。 植藤造園勤務(京都府、1972年 - 1975年)、東京芸術大学美術学部デザイン科非常勤講師(1987年 - 2001年)、女子美術大学芸術学部デザイン学科助教授(1990年 - 1998年)/教授(1998年 - 2010年)、女子美術大学芸術学部デザイン・工芸学科環境デザイン専攻教授(2010年4月 - 2013年3月)。
立田 洋司(たつた ようじ、1946年8月 - )は、日本の… 立田 洋司(たつた ようじ、1946年8月 - )は、日本の美学者(比較文化・美術史・芸術学・オリエント学)。学位は芸術学修士。 静岡女子大学助教授、静岡県立大学国際関係学部教授、静岡県立大学国際関係学部特任教授などを歴任した。 比較文化、美術史、芸術学、オリエント学などを研究する美学者である。カッパドキアや唐草文様の研究に取り組んでおり、特にカッパドキアの通史を世界で初めて著したことで知られている。 1946年8月生まれ。東京芸術大学に進学し、美術学部の芸術学科にて学んだ。1970年3月、東京芸術大学を卒業した。大学卒業後は、そのまま東京芸術大学の大学院に進学した。美術研究科の芸術学・西洋美術史専攻にて研究を続け、1972年3月に修士課程を修了した。
鈴木 まどか(すずき まどか、1945年(昭和20年)4月2… 鈴木 まどか(すずき まどか、1945年(昭和20年)4月22日 - 2018年(平成30年)1月17日)は、昭和から平成時代のエジプト学者。 愛知県に生まれる。1968年に東京芸術大学美術学部を卒業すると同時にエコール・デュ・ルーヴルに入学し、エジプト考古学美術史を専攻する。1973年に日本人として初めて同校を正式に卒業した。引き続き同校の研究課程に進み、1978年にディプロマを取得し、卒業した。1979年にソルボンヌ大学の修士号を取得。1991年に比治山女子短期大学教授に就任。1992年にソルボンヌ大学大学院博士課程を修了。1993年には比治山大学現代文化学部教授に就任。2001年、倉敷芸術科学大学芸術学部教授に着任し、2015年3月に定年退職した。
堀尾 真紀子(ほりお まきこ、1943年〈昭和18年〉7月2… 堀尾 真紀子(ほりお まきこ、1943年〈昭和18年〉7月28日 - )は、日本の美術史学者。文化学園大学名誉教授。女性画家を論じる。 東京都出身。東京都立富士高等学校を経て、1968年東京藝術大学美術学部卒業、1972年同大学院修士課程修了。1969年から1970年までパリのフランス国立美術工芸大学に留学。1987年『画家たちの原風景』で日本エッセイストクラブ賞を受賞。東京クラフトデザイン研究所講師、文化女子大学助教授、教授、2011年校名変更で文化学園大学教授・造形学部長。2019年退任。 万葉文化館建設委員、運営委員などを経て万葉古代学客員研究員、万葉文化館評議員、調布市政策策定委員、調布市文化コミュニティセンター理事など。
荒川 恒子(あらかわ つねこ、1943年3月15日 - )は… 荒川 恒子(あらかわ つねこ、1943年3月15日 - )は、日本のリコーダー奏者、音楽学者。西洋音楽史、とりわけバロック音楽を専門とし、自ら古楽コンクールを運営する。
丸山 忠璋(まるやま ただあき、1943年(昭和18年) -… 丸山 忠璋(まるやま ただあき、1943年(昭和18年) - )は、日本の音楽教育学者、武蔵野音楽大学教授。 長野県松本市生まれ。1969年東京藝術大学音楽学部声楽科卒、1970年新潟大学教育専攻科音楽教育専攻修了、長野県高等学校教諭、1973年東京都高等学校教諭、1984年東京都教育委員会指導主事、1989 - 96年文部省初等中等教育局教科書調査官、1996年横浜国立大学教育学部助教授、教育人間科学部助教授、99年教授、2005年定年退官、武蔵野音楽大学教授。日本音楽療法学会常任理事、NPO音楽療法かながわ理事長、日本音楽教育学会常任理事、全日本音楽教育研究会大学部会理事。
岸本 宏子(きしもと ひろこ、1943年 - 2020年10… 岸本 宏子(きしもと ひろこ、1943年 - 2020年10月9日)は、日本の西洋音楽史学者、昭和音楽大学名誉教授。特に、イタリア・ルネサンスのマドリガーレ、音楽図書館学を専門とし、歌声に関する科学的研究にも取り組んだ。 東京藝術大学音楽学部楽理科を卒業して、同大学院修士課程を修了した後、フルブライト奨学金を得て1969年にアメリカ合衆国のブリンマー・カレッジ(後のブリンマー大学)大学院博士課程に進んだ。1972年から1974年にかけては帰国していたが、1975年にPh.D.(音楽学)を取得した。再度の帰国後、1978年から1981年にかけて再び渡米してシモンズ・カレッジ(後のシモンズ大学(英語版))大学院修士課程でM.Sc.(図書館情報学)を取得して帰国した。
馬杉 宗夫(うますぎ むねお、1942年9月15日 - 20… 馬杉 宗夫(うますぎ むねお、1942年9月15日 - 2018年10月12日)は、日本の西洋中世美術史学者。武蔵野美術大学名誉教授。 広島県生まれ。1967年東京芸術大学芸術学科修士課程修了。1974年パリ大学付属考古学研究所博士課程修了。清泉女子大学助教授、武蔵野美術大学助教授を経て教授。2013年定年、名誉教授となる。 2018年10月12日、肺炎のため死去。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
越宏一(こし こういち、1942年4月8日- )は、日本の美… 越宏一(こし こういち、1942年4月8日- )は、日本の美術史学者、東京芸術大学名誉教授。 長野県生まれ。曽祖父は信越化学工業初代社長の越寿三郎。1965年東京藝術大学美術学部卒、65−72年ウィーン大学に留学、オットー・ペヒトに師事し博士号取得。東京芸大教授。91年フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト賞受賞。2008年定年退官し名誉教授。ヨーロッパ中世美術が専門。2020年瑞宝中綬章受章。
黒田 能勝(くろだ よしかつ 1942年 - )は、日本の彫… 黒田 能勝(くろだ よしかつ 1942年 - )は、日本の彫刻家、教育学者。元群馬大学教授。栃木県出身。 群馬県立高崎女子高等学校、前橋市、高崎市、伊勢崎市、大田原市などの記念碑を制作している。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
磯崎 康彦(いそざき やすひこ、1941年12月14日- )… 磯崎 康彦(いそざき やすひこ、1941年12月14日- )は、日本の美術史家。福島大学名誉教授。近世日本の蘭画を専門とした。 神奈川県生まれ。横浜国立大学教育学部美術科卒、東京芸術大学大学院修士課程修了。オランダ政府給費生としてアムステルダム自由大学に学び、福島大学教授となる。ハイデルベルク大学客員教授、ベルリン大学客員研究員を歴任。福島大学教授退任後は同大学名誉教授となる。 2007年、「江戸時代の蘭画と蘭書 近世日蘭比較美術史」で東京芸術大学より博士(美術)。
六角 鬼丈(ろっかく きじょう、1941年6月22日 - 2… 六角 鬼丈(ろっかく きじょう、1941年6月22日 - 2019年1月12日)は、日本の建築家、東京藝術大学名誉教授。旧名は正廣。東京都出身。日本建築学会賞作品賞など受賞。 祖父は漆芸家の六角紫水、父は漆芸家の六角大壌、娘は建築家の六角美瑠。
船山 隆(ふなやま たかし、1941年5月2日 - )は日本… 船山 隆(ふなやま たかし、1941年5月2日 - )は日本の音楽学者、現代音楽研究家、批評家。東京芸術大学名誉教授、東京オペラシティ文化財団評議員。戸籍名は舩山隆だが、著作では船山隆という表記を使っている。 福島県郡山市に生まれる。福島県立安積高等学校、東京芸術大学音楽学部楽理科卒業。1967年、同大学大学院音楽研究科修士課程修了。1972年から1974年にかけて、パリ第8大学大学院博士課程に在学。1984年、東京芸術大学教授。2009年に定年退任、名誉教授となる。 1987年、第1回津山国際総合音楽祭の副監督に就任。第2回、第3回、第6回、第10回の音楽監督を歴任。津山文化振興財団理事(1998年~2012年)、津山市音楽顧問(2002年~2012年)も務めた。
朝岡 康二(あさおか こうじ、 (1941-04-09) 1… 朝岡 康二(あさおか こうじ、 (1941-04-09) 1941年4月9日 - )は、日本の文化人類学者、国立歴史民俗博物館・総合研究大学院大学名誉教授。専門は冶金史・鍛冶技術史。 京城生まれ。1964年東京藝術大学美術学部卒業。66年同大学院工芸専攻修士課程修了。育英工業高等専門学校グラフィック工学科講師、助教授、1985年教授、1986年沖縄県立芸術大学教授、1990年国立歴史民俗博物館教授・民俗研究部長、総合研究大学院大学・千葉大学教授併任、1992年「日本鉄器文化の比較民俗学的研究」で筑波大学文学博士。2003-06年沖縄県立芸術大学学長。
蒲生 美津子(がもう みつこ、1941年 - )は、日本の音… 蒲生 美津子(がもう みつこ、1941年 - )は、日本の音楽学者、日本音楽研究者。沖縄県立芸術大学名誉教授。専門は日本音楽史。 1941年生まれ。1981年に東京藝術大学大学院博士課程を修了した。東京藝術大学附属図書館の博士学位論文一覧によれば、学位論文は「早歌の音楽的研究」である。著者紹介によれば、東京藝術大学非常勤講師を経て沖縄県立芸術大学教授を務め、のちに同大学名誉教授となった。 蒲生は、中世歌謡である早歌の研究を行った。単著『早歌の音楽的研究』は1983年に三省堂から刊行されている。この著作は『東洋音楽研究』において永池健二の書評の対象となった。 また、後年の研究文献では、蒲生の同書が室町期譜本の調査に基づく研究として言及されている。
柳澤 紀子(柳沢 紀子、やなぎさわ のりこ、1940年5月3… 柳澤 紀子(柳沢 紀子、やなぎさわ のりこ、1940年5月30日 - )は、日本の版画家、美術家、学者。武蔵野美術大学造形学部教授。 静岡県浜松市にて誕生。浜松市立高等学校を経て、1965年、東京藝術大学大学院を修了。その後、アメリカ合衆国ニューヨーク州に渡り、デザイン、版画といった美術への造詣を深める。帰国後は静岡県掛川市に居を構えアーティストとして活躍し、精力的に作品を発表する。 東京芸術大学では林武に油彩を学び、当時「最も影響を受けたのはゴーギャン」「版画の様々な制約の中自分が日常感じている矛盾、情念的なものをどれだけ表現出来るか」に意欲がわき、版画を志す。(「出会い」 静岡新聞 1982年1月12日) 東京芸術大学四年から大学院時代に、駒井哲郎に銅版画のてほどきをうける。
眞理 ヨシコ(まり ヨシコ、1938年〈昭和13年〉12月4… 眞理 ヨシコ(まり ヨシコ、1938年〈昭和13年〉12月4日 - )は、日本の童謡歌手、声優、女優、東洋英和女学院大学名誉教授。本名、佐藤 美子(さとう よしこ)。旧芸名は真理ヨシコ。東京芸術大学音楽学部声楽科卒業。 岐阜県で生まれ、間もなく親の転勤で東京都へ転居。東京都立駒場高等学校芸術科(後に東京都立芸術高等学校として分離独立するも閉校)在学中より、東京芸術大学の講師だった酒井弘に師事。その後、深緑夏代にシャンソンの指導を受ける。東京芸術大学音楽学部声楽科を卒業。1961年、東京芸大2年の時NHKのオーディションに合格し、NHK『歌の広場』のニュー・ボイスとなる。 その後、『おかあさんといっしょ』(当時はうたのえほん)の初代うたのおねえさんに就任。
森田 恒之(もりた つねゆき、1938年4月18日 - )は… 森田 恒之(もりた つねゆき、1938年4月18日 - )は、日本の博物学者。専攻は博物館学・保存科学・色彩材料学。国立民族学博物館名誉教授。愛知県立芸術大学客員教授。祖父は洋画家の森田恒友。 東京都出身。東京芸術大学美術学部芸術学科卒業後、同美術専攻絵画修士課程修了。ベルギー国王立文化財研究所研究生、埼玉県立博物館学芸員、東京都美術館学芸員を経て、1979年より国立民族学博物館に勤務。同第5研究部助教授を経て、1993年に教授。1998年に同博物館民族学研究部教授、2000年に同民族学研究開発センター教授を経て、2002年3月末をもって国立民族学博物館を定年退職、同名誉教授。
柘植 元一(つげ げんいち、1937年9月23日 - )は、… 柘植 元一(つげ げんいち、1937年9月23日 - )は、日本の音楽学者、東京藝術大学名誉教授。東洋音楽学会会長、国際伝統音楽学会(ICTM)理事。 愛知県生まれ。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、1963年同専攻科修了、ウェズリアン大学大学院民族音楽学博士課程修了、音楽学博士。ウェズリアン大学助教授、国立音楽大学助教授、教授、東京藝術大学教授、2001年名誉教授。
水野 信男(みずの のぶお、1937年(昭和12年)7月9日… 水野 信男(みずの のぶお、1937年(昭和12年)7月9日 - )は、日本の民族音楽研究者、兵庫教育大学名誉教授。 1937年、岐阜県生まれ。東京藝術大学大学院修士課程を修了。 島根大学教育学部助教授となり、兵庫教育大学教授に就いた。国立民族学博物館教授を併任。2001年に兵庫教育大学を定年退官し、名誉教授となった。2003年、学位論文『ウンム・クルスーム:ウンマのなかの音』を大阪大学に提出して文学博士号を取得。 2024年(令和6年)8月26日、正四位に叙された。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
佐野 光司(さの こうじ、1937年4月1日 - )は、日本… 佐野 光司(さの こうじ、1937年4月1日 - )は、日本の音楽学者、現代音楽研究の第一人者。スクリャービン研究で名高い音楽学者。桐朋学園大学名誉教授。 東京藝術大学音楽学部楽理科卒業後、同大学大学院音楽研究科音楽学専攻修了、同大助手に就任。母校で講師を務めつつ、桐朋学園大学音楽学部教授を務める。 京都賞など数ある権威ある賞の選考委員を務めている。 この項目は、クラシック音楽に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル クラシック音楽/ウィキプロジェクト クラシック音楽)。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
高野 紀子(たかの のりこ、1936年 (昭和11年) 8月… 高野 紀子(たかの のりこ、1936年 (昭和11年) 8月4日 - )は、日本の音楽学者、国立音楽大学名誉教授、元学長。 満州国時代に日本の租借地であった関東州の大連市に生まれる。東京芸術大学音楽学部楽理科を卒業し、さらに同大学専攻科を修了後、ドイツ政府留学生としてチュービンゲン大学に留学した。 中世ルネッサンス音楽ないし初期バロック音楽の声楽作品の演奏研究を専門として、永く国立音楽大学音楽研究所に所属し、古楽器を用いた初期のオペラ作品の復元演奏に取り組んだ。 1970年代から国立音楽大学が継続的に取り組む歌唱法研究において、科学研究費助成事業の代表を務める。その成果は1989年に、フランチェスカ・カッチーニ作品のオペラ『ルッジェーロの救出(イタリア語版、英語版)』(La liberazione di Ruggiero)と、クラウディオ・モンテヴェルディ作品のオペラ『オルフェオ 』(L'Orfeo)の古楽器を用いた演奏会形式による復元上演を企画・構成し、同年『ルッジェーロの救出』の復元演奏を収めたCDが発表された際には、その監修に当たった。
若桑 みどり(わかくわ みどり、1935年〈昭和10年〉11… 若桑 みどり(わかくわ みどり、1935年〈昭和10年〉11月10日 - 2007年〈平成19年〉10月3日)は、日本の美術史学者。千葉大学名誉教授。専門は西洋美術史・表象文化史・ジェンダー史・ジェンダー文化論。旧姓は山本。 東京に生まれた。山本政喜の二女。父・山本政喜は福岡県出身の英文学者・翻訳家である。兄は有斐閣の編集者だった山本阿母里、ロシア文学者の川端香男里。東京学芸大学教授だった哲学者の若桑毅は元夫。 玉川学園中学部・高等部を経て、1953年に東京都立駒場高等学校芸術科(後に東京都立芸術高等学校として分離独立するも閉校)を卒業。1958年東京藝術大学美術学部卒業。1960年同芸術学専攻科修了。
吉森 章夫(よしもり あきお、1935年〈昭和10年〉9月2… 吉森 章夫(よしもり あきお、1935年〈昭和10年〉9月21日 - 2025年〈令和7年〉3月5日)は、日本の教育学者。合唱指揮者。声楽家。徳島大学名誉教授。 大阪府大阪市出身。徳島大学学芸学部卒業。東京芸術大学音楽学部卒業。 大阪府大阪市出身。父親の転勤により中学校のときに徳島県徳島市へ移る。 徳島大学学芸学部に入学し、当時の文部省の制度で東京芸術大学音楽学部に委託留学。卒業後、東京都内で中学校の教諭となり、1961年(昭和36年)に徳島大学学芸学部助手に就任する。その後、同学部教授、同大学総合政策学部学部長を経て2001年(平成13年)に退官、同大学名誉教授に就任。 また1965年(昭和40年)には徳島合唱団を設立し、全日本合唱コンクールで金、銀、銅賞を計19回受賞するなど数々の賞に導いてきた。
齋藤 龍 (さいとう りゅう、女性、1935年3月 - 20… 齋藤 龍 (さいとう りゅう、女性、1935年3月 - 2025年7月28日)は、日本の音楽学者、音楽教育者、文筆家。旧姓は渡邊。 横浜市で初の女性助役に任命された。財団法人横浜市芸術文化振興財団理事長も務めた。 教育者の渡邊潜龍・カツの一人娘として横浜市鶴見区に生まれる。横浜市立磯子国民学校(現・横浜市立磯子小学校)、鶴見女子中学校 から神奈川県立希望ヶ丘高等学校に進学。希望ヶ丘高等学校では男女共学実施後の女子1期生で、式典でピアノ演奏に起用されたりしたが、3年生のときに芸術科を新設した東京都立駒場高等学校に移る。ピアニストを志望し、石渡日出夫よりピアノの指導を受けた。東京芸術大学音楽学部楽理科に進み、音楽学を服部幸三に師事し、西洋音楽史を専攻する。
仲條 正義(なかじょう まさよし、1933年5月4日 - 2… 仲條 正義(なかじょう まさよし、1933年5月4日 - 2021年10月26日)は、日本のグラフィックデザイナー、女子美術大学客員教授。 東京都生まれ。千葉県立匝瑳高等学校、東京芸術大学美術学部図案科卒業。大学時代の同級生に福田繁雄、江島任がおり、芸大三羽烏と呼ばれた。1956年に資生堂宣伝部に入社。 1959年、資生堂を退社し河野鷹思を中心に八幡製鐵(現・新日本製鐵)との共同出資で設立されたデスカに福田繁雄、江島任、森下俊彦、日下弘らとともに参加。 翌年にフリーランス。1961年に仲條デザイン事務所を設立。以降、グラフィックデザインを領域に資生堂、松屋銀座、東京都現代美術館など中心に様々なクライアントで活躍する。
辻 成史(つじ しげぶみ、1933年1月6日- )は、日本の… 辻 成史(つじ しげぶみ、1933年1月6日- )は、日本の美術史家。大阪大学名誉教授。専門は古代末期、ビザンティン・中世美術、図像学。 1933年、東京で生まれた。東京芸術大学美術学部芸術学科で学び、1958年に卒業。立教大学大学院文学研究科組織神学専攻に進学し、修士課程を修了。プリンストン大学に留学して1966年に博士号を取得。 清泉女子大学教授を経て、1977年大阪大学文学部助教授に就任。1989年、同文学部教授に昇格。1996年に大阪大学を定年退官し、名誉教授となった。その後は金沢美術工芸大学教授として教鞭を執り、2000年からは大手前大学人文科学部教授をつとめた。また、西宮市大谷記念美術館館長を務める。
角倉 一朗(すみくら いちろう、1932年10月27日 - … 角倉 一朗(すみくら いちろう、1932年10月27日 - )は、日本の音楽学者、東京藝術大学音楽学部名誉教授、バッハを中心とする西洋音楽史や音楽理論の研究の第一人者。 東京生まれ。東京藝術大学音楽学部楽理科卒、同研究科修了。桐朋学園大学助教授、東京藝術大学教授を歴任し、多くの音楽学者を育てた。多くの門下生が全国の大学で音楽史関連講義の教鞭をとっている。退官後神戸女学院大学特任教授に着任。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、クラシック音楽に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル クラシック音楽/ウィキプロジェクト クラシック音楽)。
有村 祐輔(ありむら ゆうすけ、1932年10月14日-)は… 有村 祐輔(ありむら ゆうすけ、1932年10月14日-)は、日本の音楽家、指揮者、音楽学者。都留文科大学名誉教授。専門はルネッサンス音楽と合唱で、日本古楽界の第一人者。 鹿児島県出身。鹿児島県立甲南高等学校を経て、東京藝術大学音楽学部声楽科を1958年に卒業。NHKの「歌のメリーゴーランド」のレギュラーや都留文科大学の講師を務めた。1972年、ノッティンガム大学大学院音楽学専攻修士課程修了。1983年~1984年、再度渡英してオクスフォード大学に留学。都留文科大学文学部教授を経て、上野学園大学国際文化学部教授。 日本合唱指揮者協会会員、日本古楽協会代表。東京プロ・ムジカ・アンティカ指揮者を務めた。
杉浦 康平(すぎうら こうへい、1932年9月8日 - )は… 杉浦 康平(すぎうら こうへい、1932年9月8日 - )は、日本のグラフィックデザイナー、アジアの図像学研究者、神戸芸術工科大学名誉教授、同大学アジアンデザイン研究所(RIAD)所長。 意識領域のイメージ化で多元的なデザイン宇宙を切り開き、レコードジャケット、ポスター、ブックデザイン、雑誌デザイン、展覧会カタログデザイン、ダイアグラム、切手などの第一線で先端的かつ独創的な活躍を展開。また、「マンダラ 出現と消滅」展や「アジアの宇宙観」展、「花宇宙・生命樹──アジアの染め・織り・飾り」展など、アジアの伝統文化を展覧会企画構成および斬新なカタログデザインで紹介するとともに、マンダラ、宇宙観を中核とする自らの図像研究の成果を『かたち誕生』ほかの幾多の著作をとおして精力的に追究している。
端山 貢明(はやま こうめい、1932年〈昭和7年〉4月28… 端山 貢明(はやま こうめい、1932年〈昭和7年〉4月28日 - 2021年〈令和3年〉5月11日)は、日本(東京都出身)の作曲家、メディア研究者、東北芸術工科大学名誉教授。 1932年、東京に生まれる。東京藝術大学音楽学部在学中に、『ヴィオラ協奏曲』(1955)を作曲し文化庁芸術祭文部大臣賞を受賞。同大学卒業後、1957年、フランス政府給費留学生として渡仏、パリ国立音楽院でオリヴィエ・メシアンらに学ぶ。 1959年帰国し作曲を続ける。NHKの放送音楽、映画音楽なども手掛ける。また、芸術的表現と社会的コミュニケーションのメディアとしてのコンピュータに着目した研究活動に取り組む。1969年、『ピアノと管弦楽のための交響的変容』が文化庁芸術祭ラジオ音楽の部優秀賞を受賞。
水野 敬三郎(みずの けいざぶろう、1932年3月29日- … 水野 敬三郎(みずの けいざぶろう、1932年3月29日- )は、日本の仏像美術史学者、東京芸術大学名誉教授、新潟県立近代美術館名誉館長。
佐藤 陽三(さとう ようぞう、1932年(昭和7年)3月12… 佐藤 陽三(さとう ようぞう、1932年(昭和7年)3月12日 - )は、日本の教育学者。合唱指揮者。愛媛大学名誉教授。 全日本合唱連盟名誉会長。国際合唱連合顧問。四国二期会顧問。愛媛県文化協会名誉会長。東京芸術大学音楽学部卒業。愛媛県松山市出身。 愛媛県松山市出身。東京芸術大学音楽学部卒業。大学卒業後は愛媛大学教育学部で講師となり、合唱の指導者として全国的に評さた。愛媛大学では助教授・教授を経て、退官後に名誉教授に就任。 またこれまでに四国二期会顧問・全日本合唱連盟名誉会長・国際合唱連合顧問・愛媛県文化協会名誉会長などを歴任。 2017年(平成29年)4月に瑞宝中綬章を受章した。 この項目は、音楽家(演奏者・作詞家・作曲家・編曲家・バンドなど)に関連した書きかけの項目です。
前野 まさる(まえの まさる、1932年 - )は、日本の建… 前野 まさる(まえの まさる、1932年 - )は、日本の建築史家である。東京藝術大学名誉教授。特定非営利活動法人たいとう歴史都市研究会理事長。専門は近代建築史、文化財保存学。本来の表記は「前野嶤(山冠に堯)」だが、「前野まさる」と表記されることが多い。 中国長春市に生まれる。引き揚げ後、倉敷市児島で高校までを過ごす。1959年(昭和34年)、東京藝術大学卒業。その後、東京大学大学院数物系研究科に進み、修士課程修了、博士課程中退。1962年、東京藝術大学美術学部建築科非常勤講師、その後、助手、講師、助教授を経て、1987年、教授。2000年(平成12年)、退任、名誉教授。 文化財や町並み保全のための調査や運動への取り組みで知られ、旧東京音楽学校奏楽堂(東京都台東区)や東京駅丸の内駅舎の保存運動など、市民とともに保存運動を重ねるほか、日本イコモス国内委員会委員長、特定非営利活動法人全国町並み保存連盟理事長、赤レンガの東京駅を愛する市民の会事務局長、東京を描く市民の会理事長などを務めた。
柿木吾郎(かきのき ごろう、1930年5月10日-2013年… 柿木吾郎(かきのき ごろう、1930年5月10日-2013年1月8日)は、日本の音楽学者。 東京生まれ。1955年東京芸術大学音楽学部楽理科卒。宮崎大学教育学部助教授、上越教育大学教授。94年定年退官、名誉教授。
辻 茂(つじ しげる、1930年3月29日 -2017年7月… 辻 茂(つじ しげる、1930年3月29日 -2017年7月2日)は、日本の美術史学者。東京藝術大学名誉教授。西洋美術史専攻。 福井県敦賀市出身。東京藝術大学美術学部藝術学科卒。イタリアに留学後、同大で教え、日本におけるイタリア美術史の権威の一人として指導に当たった。東京藝術大学美術学部助教授、教授。1997年定年退官、名誉教授。1996年『遠近法の発見』でマルコ・ポーロ賞受賞。ルネサンス期の遠近法の研究で知られた。 2011年11月瑞宝中綬章受章。 退官後はイタリアで在住していた。肺炎のため、入院先のイタリア中部オルビエトの病院で亡くなった。
東川 清一(とうかわ せいいち、1930年1月2日- )は、… 東川 清一(とうかわ せいいち、1930年1月2日- )は、日本の音楽学者であり音楽評論家、東京学芸大学名誉教授。 富山県滑川市生まれ。1957年東京芸術大学音楽学部楽理科卒業。1965~67年アレクサンダー・フォン・フンボルト財団給費留学生としてケルン大学音楽学研究所に留学。東京学芸大学助教授、教授、93年定年退官、名誉教授、東海大学教授。2010年退任。バッハ研究の権威として名高い。 この項目は、クラシック音楽に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル クラシック音楽/ウィキプロジェクト クラシック音楽)。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
宍戸 睦郎(ししど むつお、1929年1月6日 - 2007… 宍戸 睦郎(ししど むつお、1929年1月6日 - 2007年2月3日)は、日本の作曲家、洗足学園大学名誉教授。姪に歌手の松尾和子がいる。 北海道旭川市出身。東京藝術大学で池内友次郎に師事。1954年からフランスのパリへ留学しパリ音楽院でジョリヴェやメシアンのクラスで勉強。1957年に卒業したが1961年まで現地に残る。1965年に「ピアノ協奏曲第1番」で芸術祭奨励賞を受賞した。フランスの書法を取っているが日本的な力強さもある作風で、代表作に1966年にのピアノのためのトッカータがある。 1956年、ピアニストの田中希代子と結婚(1959年に離婚)。 1981年から洗足学園大学音楽学部・同学園短期大学音楽科で教鞭をとり、1995年から1999年まで大学音楽学部長・短大音楽科長を務めた。
白砂 昭一(しらすな しょういち、1929年 - )は、日本… 白砂 昭一(しらすな しょういち、1929年 - )は、日本の音楽学者。 1929年、山梨県北巨摩郡白州町生まれ。中学校教員(英語、数学)を務めたのちに東京芸術大学に入学。 卒業後は、東京芸術大学に新しく設立された音響研究室で教鞭をとり、坂本龍一らの指導に当たった。 のちに国立音楽大学、聖徳大学人文学部で講師を務めた。 この項目は、クラシック音楽に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル クラシック音楽/ウィキプロジェクト クラシック音楽)。 この項目は、音楽家(演奏者・作詞家・作曲家・編曲家・バンドなど)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:音楽/PJ:音楽)。
土肥 泰(どい ゆたか、1928年9月10日 - 1998年… 土肥 泰(どい ゆたか、1928年9月10日 - 1998年11月14日)は、日本の作曲家、指揮者、ピアニスト、埼玉大学名誉教授。下總皖一、團伊玖磨に師事。 この項目は、音楽家(演奏者・作詞家・作曲家・編曲家・バンドなど)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:音楽/PJ:音楽)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、クラシック音楽に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:クラシック音楽/PJ:クラシック音楽)。
稲田 尚之(いなだ ひさゆき、1927年3月6日 - 200… 稲田 尚之(いなだ ひさゆき、1927年3月6日 - 2003年3月13日)は、日本の建築家、京都市立芸術大学名誉教授。 東京美術学校油絵科卒。京都市立芸術大学美術学部環境デザイン学科教授、同名誉教授(1993)、大阪芸術大学環境計画学科教授(1993-2003)。宝塚武庫川ロータリークラブ会長(1988-89)。戦後の個人住宅、公共施設、ゴルフ場などの独創的な設計で活躍し、その作品の多くが雑誌「新建築」に採り上げられる。 版画家稲田年行の弟。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
島岡 譲(しまおか ゆずる、1926年〈大正15年〉1月13… 島岡 譲(しまおか ゆずる、1926年〈大正15年〉1月13日 - 2021年〈令和3年〉9月30日)は、日本の作曲家、音楽学者、音楽理論家。国立音楽大学名誉教授、元東京藝術大学教授。娘は法学者の島岡まな。 1926年、群馬県前橋市に生まれる。桃井小学校に入り群馬師範学校の岩上行忍からオルガンと和声学を習う。1935年に上京し忍岡小学校へ編入。1936年から平井康三郎にピアノと作曲を師事する。1938年田端に転居し聖学院中学に入学。1942年に東京音楽学校(現・東京藝術大学音楽学部)に入学し、橋本國彦、下総皖一に師事した。1945年、東京音楽学校本科作曲部卒業。池内友次郎に師事し、1947年に同学研究科を修了。
稲田 年行(いなだ ねんこう、1925年1月4日 - 201… 稲田 年行(いなだ ねんこう、1925年1月4日 - 2014年2月3日、本名:稻田俊志、いなだ としゆき)は、日本の版画家、浮世絵研究家、郷土玩具収集家、岐阜大学名誉教授、浜松大学教授( - 2000年)。位階は従四位。 東京美術学校卒、同専修科修了。安井曽太郎に師事。日本美術家連盟会員、大学版画協会会員、竹とんぼの会会員。水府森家の末裔で、森鴻次郎の孫。建築家稲田尚之の兄、版画家松田ハルミの夫、哲学者純丘曜彰、版画家稲田醍伊祐の父。憲法学者小林直樹の甥。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。
木村 信之(きむら のぶゆき、1923年1月20日 - 20… 木村 信之(きむら のぶゆき、1923年1月20日 - 2016年7月3日)は、日本の音楽教育学者。 鳥取県に生まれる。1948年に東京音楽学校甲類師範科を卒業。群馬大学学芸学部付属小学校教諭、東京学芸大学附属大泉小学校教諭を務めた後、東京学芸大学の講師、助教授を経て、教授となる。[要出典]1986年に定年退官し、名誉教授となるとともに、文教大学教育学部教授を務めた。没後、従四位に叙せられる[要出典]。